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考古地磁気学における試料採取および成形 - 測定精度の

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考古地磁気学における試料採取および成形 - 測定精度の
Naturalistae 20: 1-12 (Feb. 2016)
© 2016 by Okayama University of Science, PDF downloadable at http://www.ous.ac.jp/garden/
原著論文
考古地磁気学における試料採取および成形 - 測定精度の向上に向けて
畠山唯達1・北原 優2・納本和孝3・鳥居雅之3
Sampling on sites and sample preparation in laboratory for archaeomagnetism - for improvement of
precision in measurements
Tadahiro HATAKEYAMA1, Yu KITAHARA2, Kazutaka OKUMOTO3, and Masayuki TORII3
Abstract: Paleomagnetic results in archaeomagnetic studies, whose targets are archaeological relics
and artifacts, often show much better precisions and stabilities than other targets such as volcanic
rocks and sediments. In the sampling procedure of archaeomagnetism, therefore, it is necessary to
obtain the samples with careful and high accuracy orientations. Here we introduce and discuss a sampling procedure and a sample preparation method for archaeomagnetic measurements. This method
recently has been well improved and sophisticated for using spinner magnetometers in the paleomagnetic laboratories of Okayama University of Science, from the method which was originally
developed in Osaka University during 1960-70S for using astatic magnetometers.
I.はじめに
まざまな時間スケールで変動しており,岩石が残留
古地磁気学は,岩石や堆積物試料に対して試料
磁化を獲得した時点の地磁気は現在のものとは方位
が保持する残留磁化を実験室中で測定し,その方向
も強さも異なる.つまり,残留磁化はその時点で地
や強度から試料採取地点における過去の時点での地
球磁場がどうであったかを表す古地球磁場の化石と
球磁場の方位や強度を推定する学問分野である.こ
も言える.古地磁気学の大きな目的のひとつは,さ
こでいう過去の時点とは,火山岩などが噴出後,含
まざまな時代,さまざまな場所での地球磁場の化石
まれている磁性鉱物がキュリー温度を下回って強磁
を発掘し過去の地球磁場の様子とその変動を調べる
性を獲得する時点,あるいは,堆積物が堆積しその
ことである.
後圧密・続成作用を受けて磁性鉱物を含む粒子が自
古地磁気方位を測定するためには,対象となる岩
由に回転できなくなる時点を指し,このタイミング
石等の試料が現在ある状況(定置している方位)を保
で岩石や堆積物はその時の周囲の磁場と平行に,磁
存・記録したまま実験室内へ持ち込むことが必要で
場の強さに応じた残留磁化を獲得する.前者のよう
ある.つまり,採取現場での岩石の方位と傾斜状態
な残留磁化を熱残留磁化,後者を堆積残留磁化と言
を試料上にマークし,そのマークごと試料採取と成
う(たとえば,小玉 1999).「周囲の磁場」が指すも
形をしなくてはならない.実際の試料採取に際して
のは,ほとんどがその場において観測される地球内
は,試料ブロック上に基準面や基準3点を設定し,
部(コア)を起源とする地球磁場であるが,これはさ
その面の傾斜の方向や面上の水平線の方位(北からの
1.〒700-0005 岡山県岡山市北区理大町1-1 岡山理科大学情報処理センター Information Processing Center, Okayama University of Science,
1-1, Ridai-cho, Kita-ku, Okayama-shi, Okayama-ken 700-0005, Japan. (Corresponding author: [email protected])
2.〒819-0395 福岡県福岡市西区元岡744 九州大学大学院地球社会統合科学府 Graduate School of Integrated Sciences for Global Society,
Kyushu University, 744, Motooka, Nishi-ku, Fukuoka-shi, Fukuoka-ken 819-0395, Japan.
3.〒700-0005 岡山県岡山市北区理大町1-1 岡山理科大学総合情報学部生物地球システム学科. Department of Biosphere-Geosphere System
Sciences, Okayama University of Science, 1-1, Ridai-cho, Kita-ku, Okayama-shi, Okayama-ken 700-0005, Japan.
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畠山唯達・北原 優・納本和孝・鳥居雅之
角度)および傾斜角等を記載し,採取する.さらに実
固く焼きしめられていて採取・成形がしやすい.そ
験室で磁力計を用いて測定する前段階での試料成形
のためなるべくこの面にそって基準面を作成し,焼
においても,その方位の目印を保持することが求め
成面を試料中に保存するようにする.
られる.傾斜方向や水平線の方位を調べるためには
須恵器窯跡をはじめとする被熱遺構の床面を用い
方位磁石や太陽方位を計測して岩石の方位を決める
た考古地磁気学において,試料採取は発掘現場で行
オリエンテーター(方向記録器)を使用して記録・採
う一番初めの作業であり,最も精度を要求される作
取する(たとえば,中井 2004).
業である.1960~70年代にかけて大阪府の陶邑窯跡
古地磁気学のうち,とくに考古遺跡や考古遺物を
群を発掘した大阪大学のグループが,石膏を用いた
対象とするものを考古地磁気学と言う.考古地磁気
採取方法を確立し,その後も基本的にそのやり方が
学が対象とする地磁気変動は,古地磁気学が明らか
踏襲されてきた(中島ほか 1977).その方法では,
にしうる変動の中では最も短い時間スケール(数十
以下のような手順を踏んでいる.(1)採取床面に四
年~数千年)である.主に対象となる試料は,土器
角形の溝を掘る.(2)溝と囲まれた床面上部に石膏
作成・製鉄等に用いた窯跡,竈や火事跡といった被
をかける.(3)石膏表面が固まったら,少し粘度の
熱遺構,あるいは発掘される土器片等の被熱遺物で
高い石膏を上面につけ,すぐにアルミ板を置いて平
ある.これらの対象,とくに土器や窯跡の場合は焼
面を作る.(4)石膏が乾いたらアルミ板を外し,そ
成過程が人間によってコントロールされており,そ
こにコンパスを用いて方位と水平の基準となる3つ
の過程中の酸化還元状態等の変化は天然の試料と比
の点を書き込む.(5)ブロック状の試料を丁寧に外
べて少ない.そのため,保持する熱残留磁化は玄武
す.(6)むき出しの底面にも粘度の低い石膏に浸し
岩等岩石と比べて安定である.また,埋没からの時
て補強し,実験室へ持ち帰る.この時,最も大切な
間が短いため水などを介した鉱物の化学変質がほと
ことは,平面と3つの点を保持したまま採取・加工
んど起こっておらず2次的な(ノイズとなる)磁化成
することである.これが消えたり,面が壊れたりす
分も少ない.さらに,多くの遺構(サイト)では考古
ると,古地磁気データとしての信頼性はすべてなく
学その他の手法により,独立に年代が求められてい
なってしまう.
る.つまり,考古地磁気学はあらゆる古地磁気学の
上記の手法で試料採取を行っていた大阪大学基礎
中でも最も精度と信頼性が高いデータを提供できる
工学部川井研究室では,採取した試料を一辺5cm(後
と言える(中島・夏原 1981).
に一辺3.5cm)の直方体上に切り出して,当時主流で
日本においては,1940年代より本格的に考古地磁
あった無定位磁力計で測定を行い残留磁化の方向を
気学研究が始まった(Watanabe 1958,1959).その後
特定していた.この測定法では磁力計の感度が悪い
1960年代から須恵器窯に対する考古地磁気学が大き
うえ磁気シールド外の周囲の磁場にさらされた環境
く発展し,過去2000年間程度の地磁気変動が推定さ
で測定するため,試料が大きい方が測定しやすかっ
れた(Hirooka 1971,広岡 1977).また逆に,求め
た.一方で,現在古地磁気測定で一般的に使用され
られた地磁気変動の様子を標準として,年代がわか
ているスピナー磁力計では,磁気シールド中で試料
らない窯跡等に対する年代推測法としても利用され
を回転させながら感度の良いフラックスゲート式磁
てきた(中島・夏原 1981).熱残留磁化を保持して
気センサーで測定する.センサーからなるべく近い
いる測定対象は熱を受け変質や赤色化したように見
場所で試料を回転させるため通常は直径2.5cmの円
える窯や竈,炉等の床面である.この面は操業当時
筒状試料までしか測定することができず,3.5cm角
に整えられ人工的に加熱された面であるため,被熱
試料を測定するときは試料をセンサーの中心高度か
の度合いも高く(確実にキュリー点以上まで昇温し
ら持ち上げて回転させる専用の台座を使用する.当
ていたと推測されるものが多い),表層から数cmは
然センサーと試料の距離が離れてしまうので大きな
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考古地磁気学における試料採取および成形
試料を使う効果が相殺されてしまい,実質的な感度
あるが,サンプリング現場において試料上基準石膏
は通常サイズの試料を近くに置いて回転させる測定
面につける方位のマークを付ける方法も異なる.大
とさほど変わらない.また,窯床面の強く磁化した
阪大学方式では,面上に一辺3cmの逆三角形の頂
層の厚さが3.5cm以上になることは少ないので,小
点となるような3点のマークを付けた(上2点が水
さな(薄い)試料で測定した方が磁化した部分の割合
平,下1点が斜面下方位を表す).これは1つのブ
は大きくなる.以上の理由から我々は,スピナー磁
ロック試料から周囲を切り落とし1つの測定試料に
力計の通常の試料空間に入る容器に収まるサイズの
した時に正確な方位を維持するために取られた方策
試料を用意することにした.現在は,一辺約1.5cm
であるが,我々の方式ではブロックから複数の測定
の立方体状に成形し,試料固定性の良い7ccキュー
試料を取るため3点が個別の試料に保持されない.
ブ型容器に収めている.本稿では,大阪大学で行わ
そこで基準面上に水平線を引き,平行線を複数記入
れていた試料採取・成形法から改良しスピナー磁力
することで,基準面を含みさえすればどこで切断し
計で測定するために適応させた方法を紹介し,より
ても方位が保持されるようにした.
精度が高くなる測定について議論する.特に成形法
に関してはサンプリング時の定方位精度を重視し,
1.実地での正確な方位と座標系
なるべく測定以前に発生する角度誤差が小さくなる
考古地磁気サンプリングをするときに,その場所
での方位を測るために方位磁石(コンパス)を利用す
ように工夫している.
る.コンパスのN極は真北でなく,その場所におけ
II.考古地磁気サンプリング(被熱遺構床面からの
る現在の磁力線ベクトルの方向の水平方位を指す.
人工構造物が近辺になければ磁北方向である.磁北
定方位試料採取)
古地磁気学のサンプリングで最も厳守すべきこと
は大局的にはコア起源地球磁場の方位であるが,局
は,試料を採取する前の位置関係を正確に記録し,
所的には周囲の地質や測定対象である窯が保持する
実験室中に持ち帰ることである.これができない
磁化そのものの影響を受ける可能性がある.そのた
と,せっかく試料座標系での古地磁気方位を測定し
めに,事前に周囲の地質図や磁気異常図(国土地理
ても実地座標系における方位に変換して過去の地磁
院サイトhttp://vldb.gsi.go.jp/sokuchi/geomag/menu_04/
気方位を論ずることは不可能である.特に考古地磁
index.htmlにて2010.0年値モデルの国内各地における
気学においては,2~3度以下の精度で角度の議論
偏角値が求められる.2015年12月現在.)を確認する
をすることが必要なので,サンプリング精度はより
か現場にて太陽の方位を測定し,磁北方位の補正を
重要である.そのために,考古地磁気学において試
行う必要がある.これら局所的な磁気異常を無視し
料採取・成形をする方法は,他の古地磁気学で行う
ても問題ない場合は,標準地球磁場(IGRF: Thébault
方法と比べて極めて繊細で慎重を要する.
et al. 2015,京都大学大学院理学研究科付属地磁気世
ここでは,大阪大学旧川井研究室にて1970年代ま
界資料解析センター「国際標準地球磁場(IGRF-12)」
でに編み出された手法をもとに,岡山理科大学(総
サイト http://wdc.kugi.kyoto-u.ac.jp/igrf/index-j.html
合情報学部旧鳥居研究室と情報処理センター畠山研
で各地の地磁気偏角値を計算できる.2015年12月現
究室)において精度を高めるために改良し,現在行
在.)を用いて磁北の方位(地磁気偏角)を計算し,測
っているサンプリング方法について,その手順と狙
定後に古地磁気方位データを座標変換する段階でこ
いを説明する.なお,旧来の大阪大学方式の試料採
の値を加算する.
取・測定は,中島・夏原(1981)に詳しいので,そち
図1に登窯を例とした実地(地表面)および試料上
らを参照されたい.最大の違いは,前項で記したよ
の座標系を示す.窯床面と平行になるように石膏で
うに磁力計に収めるために切り出す試料のサイズで
平面を作り基準面とする(図1A,Bの黄色い面).こ
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畠山唯達・北原 優・納本和孝・鳥居雅之
図2.考古地磁気測定用サンプリングに用いる道具(窯跡の場
合). (a)基準面作成用アルミ板(厚さ1~2mm,大きさは1
辺5~10cmのものを何種類か).(b)定方位用コンパス(ブラ
ントン社製のコンパスに夏原技研製の治具を装着).(c)石膏
(写真は吉野石膏株式会社製の鑑識用焼石膏).(d)ハンマー・
タガネ・ヘラなど.(e)刷毛・折尺.(f)マーク用ペン.(g) 試
料袋とペーパータオル.ほかに石膏を水と混ぜためのビニル袋
や新聞紙,水運搬用タンク等が必要となる.
図1.登窯を例としたサンプリング時と試料成型時の方位.
(A) 登窯床面における試料(ブロックから最終的に切り出され
る個別の試料)の位置と水平線を表した模式図.(B)(A)におけ
る試料の拡大図.OAは基準線と垂直な水平線でこの方位が傾
斜の方向(ϕ,真北から東向きが正)で∠AOBが基準面の傾斜角
(λ).(C)実際に切り出した1.5cm角試料.(D)(C)の模式図と
サンプル座標系.(A),(B),(D)において黄色い面が床面と
平行な基準面で,(D)の赤線は基準線と平行な線(図6B).
また,青い面が試料番号等を記入する傾斜上方の面(図
6E,F)である.
たサイトにおける地磁気偏角方位d(真北から東向き
を正)を用いて,
J’X = JX sin(ϕ + d) + JY cosλ cos(ϕ + d) - JZ sinλ cos(ϕ + d)
の面上に水平線を描き,これを基準線とする.最終
J’Y = - JX cos(ϕ + d) + JY cosλ sin(ϕ + d) - JZ sinλ sin(ϕ + d) (2)
的にサイコロ状にされる個々の測定用試料(図1C)
J’Z = JY sinλ + JZ cosλ
は,基準面の一部と基準線に平行な線を含むように
と変換できる(F’=F).このようにして個々の試料か
切断される(III節).試料上の座標系は,窯の焚口か
ら古地磁気方位を決定する.なお,平窯跡や竃跡の
ら見て基準線の右手方向をX軸,基準面上の焚口(傾
ようなほぼ水平な面上にある構造物の床面から採取
斜の下)方向をY軸,そこから右手系になるよう基準
する場合,基準線は個々のブロックでだいぶ異なる
面の垂直下向きをZ軸とする(図1D).実際に磁力計
ものになるが,それぞれちゃんと方位と傾斜角を測
で測定するサンプル座標系のX,Y,Z軸方向の残留
定しておけば問題ない.
磁化成分をそれぞれJX,JY,JZ(単位は[A/m])とする
と,偏角D,伏角Iおよび残留磁化の強さ(ベクトルの
2.サンプリングの道具
長さ)Fとの間には,
考古遺跡の発掘現場にて古地磁気用のサンプリ
JX = F cos I cos D, JY = F cos I sin D, JZ = F sin I (1)
ングをするための道具は,試料表面に方位付けをす
という関係がある.一方,サイトにおいて真北をX’
るためのコンパス(方位磁石)の他,床面を掘るため
軸,東をY’軸,鉛直下向きをZ’軸とする地理的な座
の道具(岩石ハンマー,瓦用ハンマー,タガネ,刷
標系を定めると,この座標系における残留磁化の
毛等),石膏,石膏を溶くためのビニル袋と刷毛・
3成分J’X,J’Y,J’Zと偏角,伏角,全磁力D’,I’,F’
筆,基準面を作るためのアルミ板,マーカーペン,
も ( 1 ) 式 と 同 様 の 関 係 が あ る . ( J X, J Y, J Z) と
試料を乾燥させ持ち帰るためのサンプル袋と新聞紙
(J’X,J’Y,J’Z)の関係は,基準線(水平線)の傾斜角
等である(図2).
(Dip)λ,基準線方向を合わせた時のコンパスの読み
我々は方位付けにブラントン社製コンパスに夏原
(N方向:Dip Direction)ϕ,およびコンパスを使用し
技研製の治具を装着したものを使用している.この
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考古地磁気学における試料採取および成形
る.これらすべての条件を十分に満たしている材料
が石膏である.樹脂等の硬化剤と比べ,石膏は水の
量を調整することで成形時の粘性を柔軟に変えられ
ることが最大の特徴である.また,水を用いて硬化
させているが十分乾燥させれば多少の熱にも耐え
ることができるため,石膏で補強した試料を熱消磁
(無磁場炉にてキュリー温度以上まで加熱)すること
も可能である(藤井・中島 2002,中島ほか 2004,
北原 2015).サイトにおける試料採取から試料成
形後に磁力計で測定する時点まで,基準面ほかすべ
ての面を石膏で補強した状態になるので,石膏の残
図3.コンパスと治具による傾斜角測定の様子(屋内での再現).
治具の底面を測定したい面(今回の場合は石膏とアルミ板で出
した基準面)に当て,コンパスを水平にした状態での治具脇の
目盛(黄色い矢印)の読みが傾斜角λである.また,治具の足の
上辺(赤線)が水平になっているのでここを定規にして基準面上
に水平線を記す(基準線).
留磁化も測定対象であるから十分弱くなければなら
ない.そのため鉄などの磁性を持つ不純物が入って
いない種類の石膏を用いる必要がある.カタログで
は不純物の量や種類が不明であるため,実際には事
治具の先を傾斜面に接地させながらヒンジを調整し
前に残留磁化を着磁させその値を測定してみて,問
コンパス上で水平を取った時に,ヒンジ脇にある目
題のないものを選択する.一方で,採取現場におい
盛を読むことで面の傾斜角を測定できる(図3).ま
て石膏の乾き具合は試料採取速度や精度に大きく影
た,この状態で治具の足となっている三角柱状の台
響するので,なるべく速乾性のあるものを使用する
座上辺の線が水平になるため,そこを定規として傾
ことが望ましい.我々は,速乾かつ十分な強度を持
斜面上に水平線を引くことができる.ブラントン社
つものとして,鑑識用石膏(足跡等の型取り用)や歯
製コンパスは半球形の磁石を用い磁針の重量分布を
科用石膏(義歯の歯形土台成型用)を用いている.と
支点付近の低い位置に設定しているためモーメント
くに鑑識用石膏はサンプリング現場における石膏粘
が小さく,磁北方位を指し示すまでの時間が短い(地
度の調整もしやすく,考古地磁気サンプリング用に
質学の様々な場面で用いるクリノメーター・クリノ
最も適した補強材である.現在我々が常用している
コンパスは,先端まで重量と磁化が分布する棒磁石
吉野石膏株式会社製のサクラ印鑑識用石膏の場合,
を針状の支点で支持するため,支点の状態が研ぎ澄
1Tの直流磁場(地球磁場の約2000倍)をかけて着磁
まされて良好である場合は静止までかなりの時間を
させた残留磁化(ほとんど飽和残留磁化=着磁しう
要する).そのため,とくに窯跡のような暗く狭い場
る最大の磁化で自然残留磁化より数桁高い)の強度は
所で素早くコンパス方位を読むのに好都合である.
1×10-2A/mほどであり,これは測定される熱残留
石膏は本稿の試料採取・成形法においてもっと
磁化の強度と比べて十分小さい.よってこの石膏に
も重要な消耗品である.焼土等の試料は,表面こそ
よる残留磁化は我々の測定にはほとんど問題ない.
焼きしまっていて硬くなったり半ばガラス化してい
アルミ板は試料測定の生命線である基準面を正確
たりすることも多いが,被熱面から数cm掘り進む
に形成するために,曲げに強く,かつ小さすぎ(採
だけでかなり柔らかい土壌(地山)の層になる.その
取できる試料が小さくなる)も大きすぎ(床面に湾曲
ため,試料採取時は現場において表面も含め採取し
などがあるときに面との密着性が悪くなる)もしな
たブロックのすべての面を補強する必要がある.補
い,50~100mm角で厚さが1~2mmのものを使用
強材に求められる性能として,非磁性,速乾性,流
する.後述するように,アルミ板を床面上に流した
動性,および取扱いのしやすさとコストが挙げられ
石膏の上から圧着させある程度固まったらはがすこ
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畠山唯達・北原 優・納本和孝・鳥居雅之
図4.古窯発掘現場における考古地磁気測定用試料採取の様子.(A)試料採取する
窯跡床面の様子.中央の白灰色になっている部位(黄色矢印,この窯の場合は大
きく傾斜がついた煙道部)がよく焼けている部分.(B)ハンマー等で表面から幅
10~15cm,深さ5~10cmほどの溝を掘る.(C)溝を掘り終わり石膏を流す前の
様子.(D)溝に石膏を流し込む.(E)硬化したのち,さらに粘度の高い石膏を
上に流してアルミ板を置く.(F)石膏が硬化したらアルミ板をはがして,平ら
な面(基準面)を出し,基準線(水平線)と下方向をマーク(傾斜方位と傾斜角を
記録)する.(G)基準面上に基準線と傾斜の下向きを表す短線,および試料番
号を記入する.(H)壊れないよう注意しながら,土壌側の面を外し採取された
ブロック状サンプル.(I)ブロック裏面に薄い石膏を刷毛で浸み込ませるように
塗布する.新聞紙上で可能な限り乾かし,壊れないように持ち帰る.上記写真
のうち、(F),(G)はそれ以外とは別のサイトでのサンプリングの様子である.
とで基準面となる平面を作るのだが,生乾きの状態
(竈,火事跡),土器窯(須恵器窯等)や炭窯,たたら
ではがすと石膏がアルミ板側に付着してしまう.そ
製鉄炉の跡などがあるが,対象の種類だけでなく,
うなるのを防ぐため,事前準備の段階でアルミ板は
個々の遺跡ごとに被熱の度合いや表面物質が大きく
十分洗った後で薄めた中性洗剤を表面に塗布し乾か
異なる.それゆえ全部の対象に共通した普遍と言え
しておく.サンプリング時,未固結の石膏の上に乗
る方法はないが,本稿では須恵器等の登窯の床面を
せると,石膏中の水を吸って洗剤が剥離剤として機
例として示すことにする.他の種類の被熱遺構でも
能し石膏の面をきれいに出せるようになる.大阪大
採取方法は同様であるが,サイトや種類によって表
学で開発されたこのノウハウはかなり有効であり,
面の焼け具合(力学的強度や残留磁化の安定性と関
現在もそのまま踏襲している.
係がある)が異なるので,臨機応変に状態のよいサ
ンプリングを心がける必要がある.
3.手順
考古地磁気方位測定が対象とする試料は,被熱遺
(1)採取場所の調査
構のうち操業当時から歪みや変形がないと推定され
考古学の発掘現場を訪れたら,はじめに発掘関
る面(多くは床面)から採取する.対象として住居跡
係者と話合い発掘作業の邪魔にならない範囲で,良
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考古地磁気学における試料採取および成形
く火が当たり高温になっている試料採取可能な部位
7割ほど)で撹拌を十分に行って,塗布した石膏が
を探す(図4A).登窯の場合,窯中央の燃焼部が良
流れないような粘度(ハミガキ程度)にする.石膏を
く焼けている場合が多い.また,床面中央部は壁と
塗布したら,すぐにアルミ板を乗せ軽く押さえつけ
つながる外縁と比べて歪みが少なく,こちらから試
る.この状態で石膏が十分乾くまで待つ(図4E).
料を採取することが望ましい.遺跡自体が保存対象
となっている場合は,任意の場所から試料採取する
(5)定方位
ことができない場合が多いが,その時は発掘時に入
石膏が十分乾いてからアルミ板をはがすと,表面
れる断割り(床断面を見るために掘る幅20cm程度の
には床面とほぼ平行な平面ができる.これを方位づ
溝)を掘る前にその予定部位から採取する.いずれ
けの基準面とする.この基準面と,面上に記載する
にせよ,1つの遺構より5~10ブロックを採取する
基準線を測定時まで正確に保存する.平面の表面が
ことを目指す.
乾いていることを確認し,コンパス治具の底面を基
準面に合わせ,水準器を使ってコンパス面が水平に
なるように治具の傾斜角度を合わせる(図4F).こ
(2)表面の削り込み
1つのブロックは床面において10×10cm程度の
の状態でコンパス台座の上辺(図3の赤線)をガイド
表面を含む.この表面付近が最もよく焼けており重
にマジックで水平線を引く(この線が試料上もっとも
要であるため,傷つけないように一回り広い範囲の
重要となる基準線である).線が引けた状態で,コン
床表面をハンマー等で削り込む(図4B).床表面に
パスの針(N針が指す目盛)の読む.この方位はこの面
粘土を塗布している窯では,粘土部分は焼き締まっ
の傾斜下方向が磁北からどれだけ東向きかを表す角
て強固であるがその下部の間に力学的なギャップが
度(ϕ:Dip Direction)である.コンパスを取り外し,
あり剥離しやすいため,削り込む際に細心の注意が
傾斜治具の脇にある角度計の角度を読む(図3の黄
必要である.四辺を深さ5~10cm程度まで掘るこ
色矢印).この角度は面の水平からの傾斜角(λ:Dip)
とができたら,削りくずの土を払っておく.このよ
を表す.試料表面には基準線,傾斜の向き,試料番
うな箇所を数カ所作成(図4C)し,次の段階に移る.
号を記し(図4G),フィールドノートに試料番号と
ϕ,λの角度を記録する.
(3)石膏の流し込み①
(6)取り外しと補強
掘ったブロック試料の周辺と中央の床表面部の5
面に石膏を流し込む(図4D).この時の石膏の水分
方位付けしたブロック試料は,タガネ等を用いて
量は通常程度(通常の石膏や鑑識用石膏であれば石
根がついている裏面を削り床面から外す(図4H).
膏:水が1:1~1:0.8程度)である.この作業によっ
すぐに背面に通常よりも水を多めに使用した石膏を
て,最後に取り外される底面を除いた5面の表面を
刷毛等で浸み込ませるように塗布する(図4I).背
コーティングし,後の作業で試料が壊れないように
面側は焼けが悪かったり,まったく焼けていない土
する.石膏を流したのち表面に石膏の凹凸があった
壌であったりすることが多いので,表面と比べて特
ら軽く削っておく.
に脆く崩れやすい.こちらの面は古地磁気測定上重
要ではないが,脆い土壌の中まで浸み込ませ,持ち
(4)石膏の流し込み②と基準面作成
帰り切断するまでの補強とする.石膏を流した面
数分~数十分待ち石膏が半渇きの状態になった
を上にしてある程度乾かしたのち,新聞紙等で梱包
ら,新たに石膏を溶いて表面部分にのみ塗布する.
して実験室へ持ち帰る.実験室では梱包をといて,
この石膏はアルミ板を圧着し基準面を形成するため
十分な時間をかけて常温で乾燥させる(残留磁化の
のもので,通常より少ない水分量(通常の半分から
低温成分に影響が出るのでオーブンは使わない).
-7-
畠山唯達・北原 優・納本和孝・鳥居雅之
(a)
(b)
(c)
(d)
(e)
(f)
(g)
(h)
(i)
図5.ブロック試料から考古地磁気測定用試料を成形するための
道具.(a)ミニルーター.(b)紙粘土(ものによって鉄分を含ん
でいるようで残留磁化を持つものがあるので注意).(c)細か
図5い凹凸や石膏を落とすためのヘラ(スクレイパー).(d)石膏(
図2cと同様).(e)ポリカーボネート製7ccキューブ容器とふ
た(夏原技研製,海洋底堆積物の個別試料採取などで用いるも
の).下の写真は元の容器(左)と内部の突起をルーターで削っ
たあとのもの(右)の拡大.(f)マーク用ペンとキューブに貼る
ラベル.(g)石膏塗布用の筆.(h)および(i)使用する岩石カッ
ター(それぞれ固い試料と脆い試料用)で,使用している刃はキ
ンバリー刃および銅製刃.
図6.考古地磁気測定用試料成形の様子.(A)採取してきた試
料.表面にはみ出した石膏等を削り,基準面表面を丁寧に出
す.(B)基準面上の基準線に平行に約5mm間隔で線を引く(
基準線についている短線は窯の下方向を指す(試料座標系のY
方向).(C)平行線に沿って基準面と垂直に切断する.(D)(C)
の切断面と平行に,約1.5cm間隔でもう一度切断し.板状にす
る.(E)(C)で切断した面(この面は窯の上方を指す)上に基準
面と平行に線を引く.また上位側を約1.5cm間隔(切り代を考
慮して1.6cm間隔程度)に線を引き,試料番号を記入する.基
準面直下に引いてある二重線は方向を間違えないようにする
ためのマーク)である.(F)(E)で基準面と平行に引いた線に
沿って棒状に切断する.(G)各試料に切断する.(H)1.5cm
角に切断された試料を7ccキューブに詰める.キューブの底
側が基準面とぴったり接するようにする.成形の工程がわか
りやすいように,異なるブロック試料の写真を使用している
((A),(B),(F),(G)が同一,(C),(D),(E),(H)はそれ
ぞれ別の試料).切断するたびに石膏を筆等で塗り込み,乾
かしているので,(G)の個別に切り分ける以外の各切断作業
時には,同時に2面以上で土が見えている状態にはならない.
以上のような手順で1辺10~15cm程度のブロッ
ク状試料を採取し持ち帰る.古地磁気学測定データ
を統計的に扱うため,また,ブロックが輸送や成形
過程で破損することを考えて,一つのサイト(窯跡)
につき数個~十数個の試料を採取する.
III.考古地磁気測定用の試料成形
窯跡等サンプリングサイトより持ち帰ったブロッ
ク状試料は,石膏と土壌中の水分を十分乾燥させた
のち,磁力計で測定するために必要な大きさに成形
する.この時に最も留意すべきことは,定方位基準
に切って試料成形するが,磁力計サンプルホルダー
面とその上にある水平線(基準線)を維持することと
が大きく3.5cm立方体へ成形する場合もほぼ同一の
測定中に破損しないように切断ごとに補強すること
手順である.切断に使用するカッターは試料の固さ
である.ここでは,岡山理科大学等で行っている試
に応じて2種類のものを使用している.よく焼結し
料成形の方法を示す.使用する主な道具は図5に示
半ガラス化しているような試料の場合は通常の岩石
す.前記したように,我々は一辺1.5cmの立方体状
カッターで切ることが可能である.我々は砂岩等の
-8-
考古地磁気学における試料採取および成形
切断に用いる高速カッターへキンバリー刃を取り付
損に十分注意する.切断面には石膏を塗布し,十分
けて使用している(図5h).一方焼けが甘く通常の
乾燥させる.
カッターで切断するとボロボロに崩れてしまうよう
な試料の場合は,比較的低速なミニラボカッターに
(10)平面切断①
薄手(厚さ1mm以下)の銅製刃をつけて切断するこ
(8)の平行線に沿って基準面と垂直に切断する
とで,試料の崩壊を防ぐようにしている(図5i).
(図6C).切断面には石膏を塗布して乾燥させる.
通常の岩石の切断同様,切断時には刃の部分を水冷
するが,その水の量は可能な限り少ない方が良い.
(11)平面切断②
次の段階の切断時に試料が壊れるのを防ぐため,1
(10)の平面と平行に約1.5cm(平行線3本分)離
面の切断ごとに切断面に石膏を塗布し乾燥させる.
してもう1度切断し(図6D),石膏を塗布して乾燥
そのため,1日に切断できるのは各試料について1
させる.この状態で約1.5cm厚の板が作成できる.
面のみである.水彩画用の平筆(8~14号程度)で塗
布すると必要十分な厚さで均質な石膏の薄層を作る
(12)切断面①への個別試料のマーク記述
ことができる.
切断した板の面は,登窯で言えば傾斜に沿って
切断時,もっとも起こりうる失敗は基準線を含む
上方向と下方向を指す面である.このうち傾斜の上
表面付近が剥離してしまうことである.被熱遺構床
方向の面(図1A,B,Dの青色で示した面)に基準面
面はもともと表面とその直下に力学的強度のギャッ
(同黄色で示した面)から約1.5~1.7cmの深さの所に
プがあるうえ,その上に塗布する石膏層との間にも
線を引く.この線が各個試料の底になる.今引いた
ギャップができる.そのため,これら2つの境界で
線と基準面の間の棒状の部分に各試料を分けるよう
はとても剥離しやすい.とくにこの点に注意し以下
に約1.5cm間隔で線を引き,それぞれの試料番号を
の作業を行っていく.
記入する.さらに各試料の基準面側直下に2本の短
線を引いてマークとする(図6E).この短線を引い
た面が傾斜の上方向を示す.
(7)基準面のクリーニング
現場(6)にてブロック試料裏面に塗布した石膏が
基準面(表面)側に回り込んでいることがあるので,
(13)棒状試料の切断
表面上に残った石膏をスクレイパーでこそぎ落と
基準面と平行に引いた線に沿って切断し,棒状に
し,平面を確保する(図6A).また面上に記載され
する(図6F).切断面には石膏を塗布し乾燥させる.
ている試料番号と基準線も確認する.
(14)個別試料の切断
各試料を切り分け,切断面に石膏を塗布する(図
(8)基準線の平行線記入
基準面上に,サンプリング現場にて記載した基準
6G).この時点で各試料の成形は終了である.現
線と平行な線を5mm程度の間隔で引けるだけ引く
場で塗布された石膏が上面に残っているためこの試
(図6B).この平行線が引いてある基準面が一部で
料の正味体積を正確に測ることはできないが,実
も確保されていれば切断試料の方位は保護される.
質的な体積は3.0~3.3cm3といったところである.
(9)前切断
(15)7ccキューブ型試料容器の準備
ブロック試料が大きく以下の面出しを行う際に
多くのスピナー磁力計では直径2.5cm(1インチ),
支障をきたす場合は,あらかじめ側面や底面を岩石
高さ約2cmの円筒状試料に対応している(サンプリ
カッターで切り落とす.この時,基準面の剥離や破
ング現場で内径1インチのドリルコアを採取するこ
-9-
畠山唯達・北原 優・納本和孝・鳥居雅之
とが多いため).我々はこの円筒試料と同じ外径を
の角度の精度が要求される.採取~測定における角
持つ体積7ccのポリカーボネート製キューブ型試料
度に誤差を生じる原因としては,以下のようなもの
容器に,切断した試料を収めて測定している.サン
が考えられる.
プルの基準面を試料容器の底面にぴったりとつける
A.サンプリングサイトにおける現在の地磁気偏角
ように固定する.この試料容器は海底堆積物などの
B.被熱床面の埋没後の変形や歪み
未固結物質をうまく収納できるように作成されてお
C.被熱床面の発掘調査時の歪み
り,底面側に高さ約0.5mmの山脈状の盛り上がり
D.基準面の平面度
があるため,事前にルーターなどで削り取って平ら
E.基準面上に引く水平線(基準線)の精度
にする.
F.基準線の方位角の精度(コンパスの精度を含む)
G.石膏・試料乾燥時に起こる基準面を構成する石
(16)容器へ試料を封入
膏と床面の間の歪み
凸部分を削り取った底面に基準面がつくように
H.基準線の平行線の歪み
サンプルをおさめ,容器のふたをする(図6H).試
I.切断時のずれ
料底面とふたとの隙間には,非磁性であることを確
L.切断試料を容器に設置する時のずれ
認している紙粘土等を詰めて動かないようにする.
J.磁力計へ容器を収める時のずれ
基準面上の基準線(と平行な線)を磁力計にセットし
K.(測定中)各段階消磁後に着磁する実験室内粘性
た時に磁力計座標のX方向に回転して合わせること
残留磁化による角度ずれ
ができるので,線が容器の側面と平行になる必要は
M.磁力計そのものの精度と感度
特にない.試料に対し熱消磁を伴う測定をする場合
このうち,D,E,F,H,I,Jは今回の方法では
は,ポリカーボネート製容器の代わりに石英ガラス
作業を丁寧に行うことでかなり軽減することが可能
製容器等に収納する.
である.また,K,L,Mは本稿の話題ではなく個
このように個々の試料を作成したら,磁力計にお
々の磁力計や実験室環境に依存するが,測定と測定
いて試料座標系(図1D)を合わせながら古地磁気方位
後の統計的解析によって概ね1度以下の誤差になる
を測定し,(2)式を用いて実地座標系へ変換する.
ようである.とくに全自動交流消磁器付スピナー磁
力計(DSpin)を利用すると消磁を含めた測定中に試
IV.考古地磁気試料採取~測定における精度の
料を磁気シールド外に出さないため,Lをほぼ完全
に排除することができる(Kono et al. 1981).
追及
古地磁気学では,岩石等に記録された熱残留磁
Bは現場の状況から判断するしかなく,発掘関係
化は基本的にその試料がキュリー温度を下回った瞬
者との打合せで確認しておくべきである.Cは難し
間の周囲(地球)の磁場を反映し平行に着磁するもの
い問題で,どうしても発掘調査時に床面を歩いたり
と考えられている.しかし実際には,正確な古地磁
してしまうことで,多少の歪みが生じているよう
気方位は1つの試料を測定しても容易には求まら
だ.特に降水中や直後に歩くとはっきりと歪んでし
ず,1つのサイト(同時代に着磁したと考えられる
まう.そのような跡が残っているかどうか採取の前
範囲.考古地磁気学の場合は1つの窯,炉など)か
に確認して回避する.また,Gもこれと関連してい
ら複数の試料を採取して,それぞれの安定な残留磁
る.サイト床面が湿っていると乾燥時に脱水収縮す
化方位を測定して平均をとることで古地磁気方位の
る.この度合いが石膏の脱水収縮と比べて大きいた
推定値とする.さらに試料採取・成形では,個々の
め,降水中や直後に試料採取すると乾燥させた後で
ブロック試料のサンプリング時の角度の精度,およ
壊れやすくなったり石膏が外れやすくなったりして
び,ブロック試料から切り出される個々の切断試料
しまう.
- 10 -
考古地磁気学における試料採取および成形
最後に,Aについてはサイトの位置で観測される
さのわりに精度が要求されるために,ふだん火山岩
磁場を正確に知る必要がある.観測磁場は(ア)内部
や堆積物を扱っている古地磁気学研究者としてはと
(コア)起源の地球磁場,(イ)その地域や属する岩体
っつきづらい方法で,これが考古地磁気学への参入
による磁気異常,(ウ)試料採取地点ごく近傍(数m)
障壁となっている感もある.そこで,採取精度を維
以内にある岩体の凹凸や人工物による磁気異常,の
持しながらももっと簡単で取りやすく,成形しやす
合計ベクトルで表される.(ア)は標準磁場によって
い試料採取法を考案していく必要もあると考えてい
求めることができ,(イ)は国土地理院発行の磁気異
る.考古地磁気学の進展はそれを利用した年代推定
常図や偏角マップからおおよその大きさを推定する
法の発展,ひいては考古学そのものへの貢献を期待
ことができる.特に気を付けなければならないのは
できる分野であるだけでなく,地磁気永年変化を論
(ウ)であるが,サイトの近辺に磁鉄鉱等の強磁性鉱
ずるための高精度なデータ提供を通じて地磁気生成
物を多く含む岩石(玄武岩等の火山岩,蛇紋岩等の
論や地球科学全体への貢献も期待できるので,より
変成岩,鉱床等)で出来た数~数10m程度の岩がな
多くの研究者がより多くの被熱遺構で手軽に採取・
ければ問題なく,人工物についてはごく近辺に砂防
測定できるよう,その方法の一般化を図っていくこ
ダムや埋設溝等の鉄筋を使用した人工構造物がない
とが今後の目標である.
ことを確認すれば問題ない.いずれにせよ,日本付
近の地磁気強度が45,000~50,000nT程度であるこ
謝辞
とを考えれば,1度の誤差を生む(イ)+(ウ)の磁気
これまでの考古地磁気用試料採取を許可してくだ
異常の大きさは600~800nTとなり,そのような場合
さった各方面の発掘関係者の皆様,および大阪大学
や窯の残留磁化がつくる磁気異常そのものの方が気
旧川井研究室の皆様に御礼申し上げます.夏原技研
になる場合は,太陽方位をコンパスにて確認し,そ
の夏原信義氏にはサンプリングから試料成形,測定
の場の地磁気偏角を測定するべきである.
に至る多くの段階で様々な機器・治具の開発,およ
びご助言いを頂き感謝いたします.本原稿を丁寧に
V.まとめ
読み建設的な意見を下さった方々にも感謝いたしま
古地磁気学の対象として最も精度と信頼性が高
す.本稿で説明する試料採取方法は,科学研究費補
い残留磁化を保持している考古被熱遺構を対象とし
助金および私立大学戦略的研究基盤形成事業の補助
た考古地磁気方位測定では,測定以前の試料採取・
を受け,岡山理科大学および高知大学海洋コア総合
成形時におけるより精度の高い定方位の確保が要求
研究センターの機器を使用して行われた研究にて実
される.そのために我々は本稿で紹介したような方
践されたものです.これらの資金提供者,共同利用
法を構築・改良し運用してきた.結果として測定さ
施設等にも感謝いたします.
れた古地磁気方位において,多くサイトでは1サイ
ト内における10個程度の試料測定での集中度パラ
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代窯業生産の研究-.岡山理科大学考古学研究
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%信頼限界角は1~2度以下になっている(畠山ほ
か 2014). 今後はこの精度をより上げるために試
料採取場所の選定や磁力計測定時の試料内における
残留磁化の偏り等について考えていくべきだと考え
ている.
一方で本稿のような採取・成形方法は,一般的
な古地磁気学で行われているものと比べて試料の脆
- 11 -
畠山唯達・北原 優・納本和孝・鳥居雅之
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要旨
考古遺跡・考古遺物を対象とした古地磁気学で
ある考古地磁気学研究で得られる残留磁化は,古地
磁気学が対象としているものの中で最も安定してお
り,サイト内集中度が非常に高いデータをもたら
す.そのため考古地磁気用に被熱遺構をサンプリン
グする際には,火山岩・堆積物など他の対象を扱
う古地磁気学と比べ,個々の試料採取での一段の
慎重さと定方位角度の誤差を生まない採取方法が
要求される.本稿では1960~70年代に大阪大学で開
発され,近年岡山理科大学で改良された考古地磁気
測定用試料採取法ならびに試料成形法を紹介し,議
論する.
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(2015年12月28日受理)
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