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清酒製造における発酵タンクの品温管理の自動化に関する研究(第3報)

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清酒製造における発酵タンクの品温管理の自動化に関する研究(第3報)
平成19年度 佐賀県工業技術センター 研究報告書
清酒製造における発酵タンクの品温管理の自動化に関する研究(第3報)
生産技術部
林健一郎 白仁田和彦
天山酒造株式会社
後藤潤
正木潤
本研究では,酒造熟練者の経験や知識に基づいて行われている,清酒もろみ発酵の品温
管理の自動化を実現するコンピュータシステムを開発した.このシステムでは,発酵タン
クの品温等を自動収集・管理する機能,酒造熟練者の知識に基づいて品温の設定値を推論
する機能,及び操業データのデータベース化機能を有している.製造現場においてシステ
ムの性能評価試験を行ったところ,品温管理の効率化や酒造熟練者が有する技術の伝承,
品温制御の高精度化などに有効であることが確認された.
1.はじめに
佐賀県の清酒製造業においては酒造熟練者の高齢
化が進んできており,将来の酒造熟練者不足への対
応に加えて,佐賀県特有の酒造り技術の伝承や清酒
品質の維持・向上を図ることが課題となっている.
そこで,本研究では,佐賀県の酒造熟練者が種々
の発酵パラメータに基づき従来経験的に行っていた,
清酒の製造工程における発酵タンクの品温管理の自
動化について研究を行う.
本年度は,17 年度において酒造熟練者が行ってき
た発酵タンクの品温操作をファジィ制御規則化した
成果 1)と 18 年度に設計・製作した発酵タンクの品温
の収集管理システムの成果 2)を統合し,もろみ発酵
における品温管理の自動化を実現するためのコンピ
ュータシステムの開発を行う.
本報告では,まず発酵タンクの品温管理の現状に
ついて述べる.次いで,開発した発酵タンクの品温
管理システムについて述べる.最後にシステムの現
場での性能評価試験について述べ,システムの有効
性について述べる.
2.発酵タンクの品温管理の現状
もろみ発酵の管理は主にもろみの品温を制御する
ことで行われる 3).もろみの品温は米デンプンの糖
化とアルコール発酵の両方に影響を及ぼすので,品
温制御は糖化の具合を表すボーメ度とアルコール生
成の具合を表すアルコール分といった発酵パラメー
タを基に行われている.
図1は,もろみ発酵のための酒造メーカの既存設
備の一例を示す.もろみは,通常金属製の発酵タン
-7-
クに入れられ,そのタンクの周りには冷水を循環さ
せる冷水ジャケットなどの冷却設備が取り付けられ
ている.もろみは発酵により発熱するので,冷やす
という操作によってもろみの品温は制御される.設
定した目標品温になるようもろみの品温を制御する
ためには,電動バルブを開閉して冷水ジャケットへ
の冷水の流量が調節される.
つまり,発酵タンク内のもろみの品温が制御量で
あり,冷水ジャケットへ供給する冷水の流量が操作
量となる.
発酵タンク内には温度センサ(測温抵抗体)が取
り付けられており,それを用いて品温が測定されて
いる.冷水の流量制御には市販の制御器が使用され,
温度センサで測定された品温と品温の目標値とを比
較して,電動バルブの開閉が行われる.
製造現場では,こうした既存設備の環境の中で,
杜氏ら酒造熟練者がボーメ度やアルコール分などで
図1 酒造メーカの既存設備の一例
平成19年度 佐賀県工業技術センター 研究報告書
発酵の進行具合を把握しながら,もろみの品温制御
を行なっている.
しかしながら,多数の発酵タンクの品温を測定し
目標値を設定したりする作業は,高齢化している酒
造熟練者にとっては負担が大きくなっていることか
ら,それらの作業を如何にして軽減するかという課
題がある.また,品温管理等についての操業の記録
は,もろみの分析値や品温の測定値,設定値などを
紙媒体に記録して残しているという状態であり,近
代化が遅れている.
そこで,以下では,酒造メーカの現場における発
酵タンクの品温管理を自動化し,効率的な品温管理
を実現するための方法について報告する.
3.発酵タンクの品温管理システム
3.1 システム構成
酒造メーカにある発酵タンクの品温管理の自動化
を実現するためのコンピュータシステムの構成を
図2に示す.
本システムでは,現場タンクの制御器とコンピュ
ータとを RS232C 等の通信回線で接続することによ
り,発酵タンクの品温等の情報をコンピュータで管
理する.
本システムには,品温管理機能,設定値推論機能,
及びデータベース機能の3つの機能を搭載し,これ
らの機能を用いて効率的な品温管理を目指している.
品温管理機能は,製造現場の発酵タンクの品温等
を,現場から離れた位置のコンピュータにより自動
収集し,一括して集中管理する機能である.
設定値推論機能は,過去の操業データ等を基に作
成したファジィ制御規則を用いて,もろみ日数ごと
の分析により得られたボーメ度とアルコール分から,
発酵タンクの品温制御の際に用いる品温の設定値を
推論する機能である.
データベース機能は,各タンクの操業データ(も
ろみ日数ごとの品温,ボーメ度及びアルコール分な
どの分析値)をコンピュータ内に記録保存する機能
である.
これら3つの機能は,表計算ソフトウェアの
EXCEL を用いて実現している.品温管理機能と設定
値推論機能は,「品温管理.xls」というファイルに,
またデータベース機能は「操業データ管理.xls」と
いうファイルに納められている.
3.2 品温管理機能
品温管理機能は,複数の発酵タンクの品温等を自
動収集して集中管理する機能であり,
「MAIN」シート,
「タンク」シート,及び「SET」シートの 3 種のシ
ートから成っている.図3に各シートの表示画面の
例を示す.
図3(a)は「MAIN」シートの画面を示す.「MAIN」
シートは,全ての管理対象タンクの品温等の現在値
を一つの画面で監視できるシートである.このシー
トでは,最大 10 個の発酵タンクについて,もろみ発
酵開始の日時,品温の設定値や測定値,制御器の出
力値などを一括して確認できる.管理対象のタンク
の選択は,画面上の押しボタンにより行うことがで
きる.
また,品温の異常状態を警告するメール送信機能
を有しており,例えば品温の設定値と測定値との差
がある値を越える場合等には,図4に示すように異
図2 発酵タンクの品温管理システム
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平成19年度 佐賀県工業技術センター 研究報告書
(a)
「MAIN」シートの画面
(b)
「タンク」シートの画面
(c)
「SET」シートの画面
図3 品温管理機能の EXCEL 画面
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平成19年度 佐賀県工業技術センター 研究報告書
受信
発信(インターネット)
品温
[℃]
異常状態を
把握
遠距離でも
可能
携帯電話等
品温管理システム
図4 メール送信機能
品温上昇 品温安定
品温下降
(A 期間)
(C 期間)
(B 期間)
もろみ日数[日]
常状態を携帯電話等のメールアドレスへ知らせるこ
とができる.
図3(b)は「タンク」シートの画面を示す.「タン
ク」シートは,各タンクにおける品温の設定値や測
定値等が時系列的に記録されるシートであり,この
シートはタンクごとに一つずつ用意されている.後
述の「SET」シートで設定した記録間隔ごとに,タン
クの品温の測定値や設定値,及び制御器の出力値な
どが各タンクシートに記録される.また,記録され
た品温の測定値などの推移は表やグラフで確認でき
る.なお,この「タンク」シートには,後述する設
定値推論機能が組み込まれている.
図3(c)は「SET」シートの画面を示す.このシー
トでは,前述の警告メール送信機能に関する条件等
の設定や品温等の管理時間に関する設定等を行う.
警告メール送信機能については,品温の設定値と
測定値の差がいくつの時にメール送信するかや,送
信先のメールアドレス,SMTP(Simple Mail Transfer
Protocol)サーバ名等を設定する.
品温等の管理時間としては,サンプリング周期
[秒]
(制御器から品温等を収集する時間間隔)や記
録間隔[秒]
(収集した品温等を「タンク」シートに
記録する時間間隔)を設定する.例えば,サンプリ
ング周期を 10 秒に設定すると,管理対象タンクの品
温等を 10 秒ごとに自動収集し,それらを「MAIN」シ
ートに表示するようになる.また,記録間隔を 60
秒に設定すると,収集した品温等は 60 秒ごとに対象
タンクの「タンク」シートに記録するようになる.
なお,この「SET」シートでは,現場に設置してい
る制御器内部の制御パラメータ(制御方式の変更の
設定等)をコンピュータからの通信により設定でき
る機能を有している.
3.3 設定値推論機能
設定値推論機能は品温操作の際に用いる品温の設
定値を推論する機能である.この推論機能は,各「タ
ンク」シートに組み込まれており,もろみ日数ごと
図5 品温経過の温度パターン
に品温の設定値を推論できる.この推論機能におい
ては,17 年度の報告書に記載したファジィ制御規
則 1 )を用いる.以下に具体的に述べる.
まず,もろみ発酵期間の一般的な品温経過の温度
パターンを図5に示す.もろみ発酵の期間は,①も
ろみ発酵の初期であり,もろみの品温を上昇させる
品温上昇期間(以下,A期間という),②品温を一定
に持続させる品温安定期間(以下,B期間という)
,
③品温を下げる品温下降期間(以下,C期間という)
の3つの期間に区分される.各期間における品温操
作について酒造熟練者に聞き取り調査を行った.そ
の結果,A期間とB期間では,もろみの糖化の具合
を表すボーメ度の値に基づいて品温が操作され,ま
たC期間ではボーメ度とアルコール分の値に基づい
て品温が操作されることが判明した.
聞き取り調査結果を踏まえ,酒造熟練者の知識や
過去の操業データに基づいて従来の品温操作をパタ
ーン化し,ファジィ制御規則を作成した.作成した
各期間における品温操作のファジィ制御規則を図6
に示す.A期間とB期間では,前件部変数のボーメ
度(BM)の値に応じて後件部変数の品温(TE)が決定さ
れ,C期間では,前件部変数のボーメ度(BM)とアル
コール分(AL)の値に応じて後件部変数の品温(TE)が
決定されることを示している.
例えば,A期間では,ボーメ度(BM)がL(低い)
の時は品温(TE)をH(高い)に,ボーメ度(BM)
がM(普通)の時は品温(TE)をM(普通)に,ボ
ーメ度(BM)がH(高い)の時は品温(TE)をL(低
い)にすることを示している.
このようにして構築したファジィ制御規則を用い
て,もろみ日数に応じ前件部の入力値(A期間及び
B期間ではボーメ度,C期間ではボーメ度とアルコ
ール分)が与えられると,後件部の出力値(品温の
設定値)を推論することになる.なお,ここで用い
-10-
平成19年度 佐賀県工業技術センター 研究報告書
BM
L
M
H
TE
H
M
L
2つ目の機能は,過去の操業データを統計処理す
る機能である.この機能では,もろみ発酵の期間内
の操業データ(もろみ日数ごとの品温,アルコール
分,ボーメ度)について,最小値及び最大値,平均
値,標準偏差といった統計値を計算し保存できる.
(a) A期間
BM
L
M
H
TE
L
M
M
(b) B期間
BM
L
M
H
H
L
ML
M
M
ML
M
MH
L
M
MH
H
AL
(c) C期間
H:HIGH(高い)
MH:MEDIUM HIGH(やや高い)
M:MEDIUM(普通)
ML:MEDIUM LOW(やや低い)
L:LOW(低い)
図6 品温操作のファジィ制御規則
る推論方法については文献 1)に詳述している.
3.4 データベース機能
ここでは,データベース機能について述べる.本
システムでは,図7に示すように2つの機能を有し
ている.
1つ目の機能は,対象タンクの品温の測定値や設
定値等の操業データを電子情報としてコンピュータ
内に記録保存する機能である.本システムでは,タ
ンクごとに記録シートが用意されており,各タンク
の品温の測定値や設定値等の推移や,もろみ日数ご
とのボーメ度やアルコール分の分析結果などがシー
ト単位で保存できる.
■ 経過時間に対す
る品温の設定値,
測定値等の推移
■ もろみ日数ごとの
品温,ボーメ度,ア
ルコール分の推移
1 電子的に記録
保存
2 操業データの
統計処理
図7 データベース機能
4.システムの性能評価試験
本システムの有効性を評価するため,平成 19 年
10 月1日から平成 20 年3月 31 日までの6ヶ月間,
本システムを天山酒造株式会社に導入し,発酵タン
クの品温管理への適用試験を行った.
図8は,試験に用いたコンピュータシステムの外
観を示す.図9は,通信回線により本システムと接
続した発酵タンクの制御器を示す.
試験では,本システムを普通酒等の製造における
もろみ発酵の品温管理に適用した.適用した状況や
結果について現場の意見を取りまとめたところ,以
下のような効果が確認された.
1つ目は,品温管理が効率化できたことである.
従来は,現場の発酵タンクの品温を1日に2回(朝
1回と夕方1回)測定し記録していたが,本システ
ムの導入によって品温を自動測定・記録できるよう
になった.品温の推移も細かな時間間隔で容易に把
握できるようになった.また,品温の異常を警告す
るメール送信機能を備えたことで,現場に居なくて
も安心して品温を管理できるようになった.このメ
ール送信機能は,発酵タンクの冷却装置等の故障や
異常の発見にも役立つと期待されている.
2つ目は,品温管理に関する酒造熟練者の知識,
技術の蓄積や伝承が容易になったことである.従来
の酒造熟練者の品温管理に関する知識が明確化され,
ファジィ制御規則として情報化できた.また,もろ
み発酵期間中のすべての時間における詳細な操業記
録のデータベース化が可能になったことから,将来
に向けて技術の蓄積や伝承を行いやすくなった.
3つ目は,品温制御が高精度化できたことである.
本システムにより細かな時間間隔で品温が自動測定
されるようになり,品温操作の時期や設定値を高い
精度で決定できるようになったことから,制御性能
の改善が見込まれる.
4つ目は,低コストで品温管理を実現できたこと
である.このシステムは,安価な表計算ソフトウェ
アの EXCEL と単純な通信部品の通信変換器などを組
み合わせたものであり,従来のシステムよりも大幅
に低コストで品温管理を実現できる.
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平成19年度 佐賀県工業技術センター 研究報告書
品温管理を自動化し,効率的な品温管理を実現する
ためのシステムについて述べた.
このシステムでは,発酵タンクの品温等を自動収
集・管理する機能,酒造熟練者の知識に基づいて品
温の設定値を推論する機能,及び操業データのデー
タベース化機能を実現した.
製造現場において,システムの性能評価試験を行
ったところ,品温管理の効率化,酒造熟練者が有す
る技術の蓄積や伝承,品温制御の高精度化などに有
効であることが確認された.
今後は,更に現場のニーズの把握に努め,より現
場のニーズに対応したシステムとなるよう改良し
ていきたい.
最後に,本研究を遂行するにあたり,多くのご助
言をいただいた農林水産商工本部企画・経営グルー
プの大坪昭文氏に心より感謝いたします.
図8 試験に用いた品温管理システムの外観
図9 コンピュータと接続した発酵タンク制御器
5.おわりに
本報告では,コンピュータを用いて発酵タンクの
参考文献
1) 大坪,林,後藤:清酒製造における品温管理の自
動化に関する研究(第1報),平成 17 年度佐賀県
工業技術センター研究報告,pp.40-43(2005).
2) 大坪,林,後藤:清酒製造における品温管理の自
動化に関する研究(第2報),平成 18 年度佐賀県
工業技術センター研究報告,pp.8-13(2006).
3) (財)日本醸造協会:増補改訂清酒製造技術,
(財)
日本醸造協会,(1998).
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