Comments
Description
Transcript
ARC住宅不動産通信第1号
ARC ARC住宅不動産通信 住宅不動産通信 第第1515号号 2015.07 2015.07 ファイナンシャルプランナー 川口 満 の コンサルタントの 眼 リタイアメント・コミュニティは実現するか ~ 日本版 CCRC が話題になっている ~ 2015 年 6 月、日本創成会議(座長増田寛也元総務相)は高齢者の地方移住を含む、高齢化対策の提言 を発表しました。この 1 月にも、サステナブル・プラチナ・コミュニティ政策研究会(厚生労働省の社 会福祉推進事業による研究会)から日本版 CCRC(Continuing Care Retirement Community)の政策提言 があったところです。高齢者の移住推奨の背景について確認してみましょう。 これまでのリタイアメント・コミュニティ 退職した高齢者(必ずしも 65 歳以上というわけではない)が現在の住まいを離れ、まとまって住む リタイアメント・コミュニティについては、 「サンシティ」 (米アリゾナのリゾート開発による老人の街) が有名ですが、日本では実例がありません。過去をさかのぼれば、以下のような構想はありました。 シルバーコロンビア 計画 1986 年政府が提唱した定年退職者たちの海外居住を支援する計画。当時は 円高が進んでいたこともあり、物価の安いスペインやオーストラリア、ニュー ジーランドへ移住すれば豊かなセカンドライフが送れると見込まれていた。 諸外国からは現地の文化に溶け込まない「日本人村」をつくることへの非難 を浴び、国内では外国での生活への不安に加え「金持ち老人」のために税金を 使うことへの批判もあった。こうした批判の声に押され、バブルの崩壊もあっ て計画は挫折した。 宮崎・日南海岸 リゾート構想 総合保養地域整備法(リゾート法)の第 1 号の指定となった「宮崎・日南海 岸リゾート構想」を受けて、県は長期滞在客を首都圏から呼び込む手段として、 「宮崎太陽都市」と呼ばれるリタイアメント・コミュニティを提案した。 リゾート運営は第三セクターに任され、巨大屋内プールは 93 年 7 月開業、 続いてホテルや国際コンベンションセンターも完成し、2000 年にはサミット 外相会合も開かれた。しかし当初から大きな赤字を続け、01 年第 3 セクター としては過去最大の負債で破綻。外資に買い取られリゾート施設としては縮小 再生したが、リタイアメント・コミュニティは実現しなかった。 日本で構想したリタイアメント・コミュニティは、海外に移住するにせよ、国内で移住するにせよ、 うまくいっていません。数少ない例では、日本版 CCRC を謳う民間の「スマート・コミュニティ稲毛」 がありますが、実態は健常高齢者向けの分譲マンションであり、生活を支えるコミュニティには程遠い ものです。豪華な共用施設を用意し、料亭の食事、スポーツクラブなどのサービスを提供していますが、 高齢者にとって肝心の医療、介護サービスのための施設はありません。入居者がそうしたサービスを必 要とするようになると退去するしかありません。米国のリタイアメント・コミュニティでは、介助サー ビス付きの居住棟と重度の要介護者向けの介護施設が通常の居住棟に併設されるのが通常です。 日本で自立した個人が共同で居住しながら、いざとなれば介護サービスをその場で受けられるものは、 介護サービス付きの有料老人ホームぐらいしか見当たらないのが現状です。 1 ASAHI RESEARCH CENTER www.asahi-kasei.co.jp/arc/ ARC 住宅不動産通信 第 15 号 2015.07 海外移住が日本でうまくいかない理由は何か 国内の介護サービスの現状は別にして、海外でのリタイアメント・コミュニティなら問題は少ないの でしょうか。例えば海外旅行のスタイルでは、比較的長く一定地域に滞在し現地で生活するものに人気 があるようです。生活の基盤を日本に置きながら、海外の 1 か所に比較的長く滞在するロングステイは 普及しています。しかし、ロングステイの先のリタイアメント移住には課題があります。 検討項目 現状と課題 1.リタイアメント 移住事情 日本のリタイアメント・コミュニティ構想は米国発案のもの。その米国のリ タイアメント移住事情は生活スタイルにおいて日本とはかなり異なる。もとも と移民が多く地縁に乏しい。子供が早く自立し、親世帯は一定の資産収入(年 金など)を得ると、いち早く物価の安い地方へ移り住むことに抵抗がない。 また距離的に近い中米であれば、移住することも盛んで、コスタリカなどは 定番移住地として知られる。一方で悪質業者に騙される人も多く、現地の文化 にいかに溶け込むかが問題な点では、日本と大差がないとも。 2.リタイアメント 査証 リタイアメント査証は年金受給者などの退職者を主対象にした「長期滞在査 証」の通称。通常の査証申請手続きに比べ簡素化が図られ、取得しやすい。国 によっては長期滞在許可となっている場合がある。発給条件はさまざま。一部 の国を除き、就労は認められず、働く場合は労働許可の取得が別途必要。 3.ロングステイと リタイアメント 移住の違い ロングステイとは観光査証の範囲内であり、リタイアメント査証は定住する ための別の制度となる。一般にロングステイの定義が曖昧ともいえる。 一般的な年金生活者は、観光査証で旅行するほうが楽しいはず。あえて定住 を目指す人は、それなりの覚悟があって異なる環境での人生を選択している。 また物価の安い国で定住生活を目指す、真剣な生活防衛を考える人もいる。 海外へのリタイアメント移住でも高齢者が長期に住むとすれば、医療、介護の問題は避けて通れませ ん。そのニーズに応えるため、フィリピンでは「日本人村」と呼ばれるシニア向け介護施設ができてい るようです。ただし、住み易いはずだった環境も、物価や人件費の上昇があれば施設は経営難に陥りま す。また海外に住所を移すと国民健康保険の対象外となるため、重病となると医療費が払えず退去して 日本に帰国する高齢者も出てきます。結局、自立できている間だけの海外移住となってしまいます。 海外移住では、環境変化に自ら応じられる力が必要です。医療、介護サービスを日本の制度に頼るつ もりなら完全な移住にはなりません。逆に米国人が海外移住に抵抗が少ないとすれば、それは日本ほど 手厚い医療、介護保険等を持っていないせいかもしれません。 また、海外で実績のあるリタイアメント・コミュニティの運営ノウハウ等を日本に持ち込むことは、 できるでしょうか。 「サンシティ」のような大規模開発は、立地条件に制約はあるでしょうが、日本で も誘致の話があってもよさそうです。しかし、過去の日本でのリタイアメント・コミュニティの検討経 過からすると、団地開発、施設建設などの供給サイドは十分実現可能なのですが、それに見合うリタイ アメント層高齢者の需要がどうにも期待できないことが最大のハードルと思われます。 日本の高齢者は高齢になるほど、生活スタイルは保守的になり、自分自身を含め家族の医療、介護で 切羽詰まった事情が生じない限り、国内、国外問わず移住を選択することは少ないとみられます。 2 ASAHI RESEARCH CENTER www.asahi-kasei.co.jp/arc/ ARC 住宅不動産通信 第 15 号 2015.07 地方創生の旗印の下で進められる高齢者対策 これまで実績のない高齢者の移住事業を、今進めようとする背景には何があるのでしょうか。日本創 成会議の提言を受けて、政府の「まち・ひと・しごと創生会議」では、大都市の高齢者の地方移住を後 押しするモデル事業を予算化しようとしています。すなわち日本版 CCRC 推進をめざし、 「東京圏をはじ めとする高齢者が、自ら希望に応じて地方に移り住み、地域社会において健康でアクティブな生活を送 るとともに、医療介護が必要な時には継続的なケアを受けることができるような地域づくり」のための 市町村及び都道府県の関与や財政負担、国の関与による政策支援及び規制を検討するとしています。 もともとの日本創成会議の提言の問題意識を確認すれば、以下の内容です。 日本創成会議・首都圏問題検討分科会 提言要旨(記者発表 2015 年 6 月 4 日、抜粋) 東京圏高齢化危機回避戦略 Ⅰ.東京圏の高齢化は どう進むのか Ⅱ.東京圏の医療・介護は今後 どうなるのか Ⅲ.東京圏の高齢化問題に どう対応すべきか 内容 ■今後東京圏は急速に高齢化、後期高齢者は 10 年間で 175 万人増。2020 年には高齢化率 26%超へ。 ■千葉県、埼玉県、神奈川県の方が、東京都より高齢化率が 高くなる。 ■東京都区部は若者が流入する一方、高齢者は流出している。 ■2025 年東京圏の介護需要は、埼玉県、千葉県、神奈川県で 50%増加。 ■東京圏は圏域を超えて医療介護サービスが利用されている。 ■東京圏の医療介護体制の増強は国民経済的に負担が大きい。 人材流入が高まれば「地方消滅」が加速する。 1.医療介護サービスの「人材依存度」を 引き下げる構造改革 2.地域医療介護体制の整備と高齢者の集住化 の一体的促進 3.一都三県の連携・広域対応が不可欠 4.東京圏の高齢者の地方移住環境の整備 問題の焦点は、東京圏で急速に進む高齢化です。高齢者の生活のコストは当然ながら東京圏で一番高 く、サービス付き高齢者向け住宅の賃料試算でも東京の平均は月額 25 万円を超え、地方のほぼ倍です。 加えて医療、介護の支出は、高齢化の加速で急増し、本人の負担はもちろんのこと、医療、介護サービ スの供給体制を整えるための自治体の財政負担が膨大になります。それを踏まえての、地方移住の推奨 なのです。東京圏であふれる高齢者を、医療、介護の受け入れ能力のある地域で引き受けてもらいたい のが本音でしょう。医療、介護の財政負担は、モデル事業のように補助金で補われることになります。 地方創生では、若者が仕事を得て地元に定着し、元気な高齢者に戻ってきてもらい地域が活性化する ことを狙っていますが、今回の高齢者の地方移住推奨は、地方よりは東京のような大都市の課題に目が 向いているのです。身もふたもないことを言えば、大都市の高齢者の増加に伴う医療、介護費用の負担 を地方に押付けているように見えないこともありません。 あくまでも医療、介護のサービスは、居住する地域で受けられることが大前提ではないでしょうか。 高齢化が進んで、医療、介護サービスを受けるようになってからの移住はまず無理です。地方移住する のなら、できる限り若く元気なうちです。移住先の地域社会にとけこむことができれば、新たな居住地 が生活の根拠地となるわけで、その地域で医療、介護サービスを受けることに無理はありません。 3 ASAHI RESEARCH CENTER www.asahi-kasei.co.jp/arc/ ARC 住宅不動産通信 第 15 号 2015.07 地域ごとのコミュニティ形成が大切に 日本版 CCRC は、退職した高齢者が健康なうちに移り住み、生涯学習や社会貢献に取り組みながら暮 らす生活共同体を標榜しています。健常者が地域に入って、地域とのつながりを育てながら生活を共に することになります。リタイアメント・コミュニティをつくるには、地域とのつながりは欠かせない条 件です。であれば退職高齢者という年齢設定に問題はないでしょうか。大都市の退職者はおおむね 60 歳以上になりますが、遠距離通勤者の多くは居住地での生活時間が乏しく、地域のつながりが希薄です。 その段階で縁のない地方の生活共同体に入り、積極的な活動を求めることができるでしょうか。 そもそも退職者に限らず、コミュニティを新たにつくることは大変です。地域とのつながりは一朝一 夕にできないからです。人が多く集まって住む、都市の集合住宅がそれだけではコミュニティにはなら ないのと同様です。多様な人々が集まる都市生活においては、移動性が高く、仮の住まいもあります。 その中でコミュニティを謳う集合住宅には、何らかの「生活を共にする仕掛け」が必要です。趣味やス ポーツや稽古事などでもよいのですが、場合によっては、子育てだったり高齢者や身体障害者の介助だ ったりもするでしょう。さまざまな機能を持つ都市であってもコミュニティ形成は容易ではありません。 一方、地方でのコミュニティ形成については、農業、林業、水産業の生産地となる地域と、生活の利 便を求めて人が集まる「まち」の地域とは、分けて考えるべきでしょう。人が集まるまちについては、 郷土の歴史をもつ城下町、寺社町のような由緒ある町並みをみれば、日本には特色のある地方の文化が あり、豊かな生活は実現できるはずだと思われます。こうしたまちには既にコミュニティが存在してい ます。日本版 CCRC によって特別な提案をせずとも、地域では新たな住民も受け入れることができます。 したがって高齢者が集まって住むまちづくりの目指すべき目標は、海外のリタイアメント・コミュニテ ィにあるのではなく、国内の歴史ある町並みの中での生活に注目し、住民をつなぐ新たなコミュニティ づくりを模索すべきではないでしょうか。 いずれにせよ、日本創成会議で都市の高齢者の問題が強調されているため、新たなコミュニティであ るリタイアメント・コミュニティを実現するといいながらも、受け皿となる地方のまちづくりへの配慮 が乏しいように見受けられます。 旭リサーチセンター 主席研究員 兼 住宅・不動産企画室長 川口 満 4 ASAHI RESEARCH CENTER www.asahi-kasei.co.jp/arc/