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モデル細菌研究のリソース整備と今後の展望

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モデル細菌研究のリソース整備と今後の展望
モデル細菌研究のリソース整備と今後の展望
小笠原
直毅
(NBRP 原核生物遺伝資源(大腸菌・枯草菌)運営委員会委員長、奈良先端科学技術大学院大学)
大腸菌や枯草菌からは、まだまだ思いもつかない遺伝子機能が見つかることもあり、基礎科学
や応用科学の発展に貢献することができる。それにこのプロジェクトが貢献できればという視点
で、プロジェクトの状況をご紹介させていただく。
大腸菌、枯草菌が遺伝学的解析のツールとして登場したのは 1950 年前後で、メダカやマウス
に比べればずっと若いが、大腸菌でトランスダクション(形質導入)が発見され、枯草菌ではト
ランスフォーメーション(形質転換)の系が確立されたことで、これらを中心として分子遺伝学
と分子生物学が誕生した。その延長上で 1970 年代に遺伝子組換え技術が開発されると、高等生
物の分子生物学が可能になり、われわれ細菌学者はだんだん学会の中で影が薄くなっていった。
その後、ゲノムの時代になり、1997 年に先頭を切って枯草菌と大腸菌のゲノム配列が決定され
た。そしてバクテリアを中心にポストゲノム研究、ポストゲノムシーケンス研究が走りだし、ゲ
ノム配列から分かった遺伝子について、再度その機能を調べていくという逆遺伝学的研究が進ん
でいった。そして、遺伝子破壊システム、人為的な遺伝子発現制御システム、あるいはプロモー
ター活性のレポーターシステム、さらに GFP の融合システムなど、そのためのさまざまな機能解
析ツールが整備され、システマティックな遺伝子研究に研究者のコミュニティで使われるように
なっていった。もちろんプロテオーム解析も行われた。こうした研究の中で体系的に変異株のリ
ソースがそろっていった。
このようなことを背景に、第 1 期の大腸菌リソースの収集・保存・配布が始まった。その中に
は、1950 年代からの分子遺伝学の研究の中で蓄積されてきた個別の変異系統(突然変異株)のコ
レクションもあれば、ポストゲノムの基盤研究から樹立された大型セット(遺伝子破壊変異株、
クローン化遺伝子)、あるいは組換え DNA 用の宿主ベクター系もあり、現在 2 万 7000 株が提供
されている。
では、それらからどのような研究ができるのか、まず、Keio collection について紹介したい。
これはすべての遺伝子を一度カナマイシン耐性カセットに置き換えた上で、それをポップアウト
させてクリーンにした遺伝子破壊株の系統で、アノテートされている 4288 の大腸菌の遺伝子の
うち、今は 3909 遺伝子の破壊株が遺伝研から配布されている。この約 300 の差の大部分は、大
腸菌の生育に必須で破壊不能な株だ。研究者は自分の興味のある遺伝子の破壊株を手に入れるこ
ともできるし、全てを手に入れて、自分が興味のあるフェノタイプ(表現型)をサーベイするこ
とも可能になっている。
「Keio collection」というキーワードで PubMed をサーベイすると、2007
~2008 年にかけて 5 報見つかる。ATP の generation にかかわる遺伝子、抗菌物質に対する感受
性を決めている遺伝子、ヒトの血液内での増殖に必要な遺伝子、あるいは今注目されているバイ
オフィルムの形成に必要な遺伝子、移動性にかかわる遺伝子などが、このセットを使って研究さ
れている。
また、大腸菌については ASKA クローンといって、全 ORF を GFP と融合させた形で、あるい
は単独で発現させるためのプラスミドのセットも用意されており、4100 プラスアルファのクロー
ンが提供されている。ASKA クローンを用いた研究としては、例えば in vitro の蛋白合成系に全
部の蛋白質を放り込んで、その活性をエンハンスしたりモジュレートすることがないかというこ
とがサーベイされている。また、23 の phosphatase のファミリーについて、in vitro でシステマ
ティックにアッセイを行ったところ、21 の蛋白質について phosphatase の活性が見えた。しかし、
1 エンザイム・1 サブストレートという今までの単純なモデルでは説明できず、スペシフィシティ
の違いはあるが、オーバーラップしたアクティビティを持っていることが分かったという研究が
ある。これは、将来、細胞をシステムとして理解するときには、1 遺伝子のノックアウト株での
議論は一体どこまで通用するのかということが問題になってくるということを示唆している。
枯草菌についても単純なプラスミドのインサーションによる遺伝子破壊、ノックアウト株を作
ろうというプロジェクトをヨーロッパと共同で進めて、約 2800 の破壊株ライブラリーを作った。
こうした、均一のジェネティックバックグラウンドで、同じ方法で作った枯草菌遺伝子破壊株セ
ットを、第 2 期で新たに配布する。現在のところ、2800 のうち 2500 について、PCR でクオリテ
ィを確認した上で配布を開始している段階である。
少し話がわき道にそれてしまうが、私たちはノックアウトできなかった遺伝子が枯草菌の場合
271 であることを報告した。先ほど大腸菌で 300 遺伝子程度が必須と考えられるという話をした
が、枯草菌と似たような数で、機能的にもオーバーラップする。枯草菌の 271 遺伝子の大体につ
いては、なぜ必須なのかということは説明可能だったが、2003 年にペーパーを書いたときには、
機能が全く分からないもの、説明不能のものがあった。枯草菌には、ras 型の低分子量 G プロテ
イ ン の フ ァ ミ リ ー が 七 つ ほ ど あ り 、 こ れ は 全 部 必 須 に な っ て い る 。 sialopeptidase や
dehydrogenase というキーワードは、活性は分かるのだが、なぜ細胞の増殖に必須なのかは説明
不能であったし、全く機能不明という分類になったものも、必須遺伝子の中にあった。このプロ
ジェクトの後、それらはなぜ必須なのかということに多くの研究者が興味を持ち、その機能が最
近分かってきている。例えば、YacA、YqjK、YkqC という三つの遺伝子は、tRNA や rRNA のプ
ロセッシング、モディフィケーション(修飾)にかかわる必須遺伝子であるということが最近同
定されているが、tRNA や rRNA のモディフィケーションについては、必須でないものも含めて、
まだ研究途上にある。
また、YneS はリン脂質の合成経路の新しいプロテインであることも分かってきている。教科
書には Acyl-ACP に G3P がくっついて Acyl-G3P ができるのがリン脂質合成系の始まりだと書い
てあるが、実はその経路は α プロテオバクテリアなど、ある少ない範囲でしか保存されておらず、
枯草菌にはなかった。構造的には想像もつかなかったのだが、YneS という必須遺伝子が、それ
まで機能がよく分かっていなかった PlsX 遺伝子と一緒になって、全然違うパスウェイで
Acyl-G3P を作るエンザイムであるということが 2007 年に報告された。まだ私たちの知らない、
いろいろな重要な遺伝子が残っているということだ。
ほかにも、G プロテインはリボゾームのサブユニットの生合成に必要なプロテインであるとい
うことが最近ほぼ証明されており、リボゾームに取り込まれるのではなく、rRNA の正しいホー
ルディングをサポートするためのシャペロンとして働いているのだろうということになっている。
さらに、50S のサブユニットに働く Obg、YsxC、YlqF という蛋白質がどういう順番で働いてい
き、その GTPase 活性がどのようにアクチベートされているのかということが生化学的には解け
つつあって、それ以上は、立体構造を調べてどんな構造変化が起こっているのかを明らかにしな
ければ分からないというところまできている。
それで一件落着かと思ったのだが、Vibrio cholerae で、ppGpp の合成にかかわる RelA 遺伝子
をノックアウトすると、ある G プロテインが必須でなくなるという報告が出た。従って、この G
プロテインは、リボゾームの効率的なホールディングに働いていることに加えて、そのシグナル
を他の細胞プロセスに送って蛋白合成と他のプロセスとをコーディネートしており、実はそこが
本質的なところなのかもしれないと考え直さなくてはいけないのかもしれないという状況になっ
ている。
また、シングルではノックアウトできるけれどもダブルではノックアウトできなくなる、
Synthetic lethality という問題も重要になってくる。もちろん同じ構造と機能を持っていて完全
に重複しているものもあれば、違う顔つきをしているけれども実は同じ機能を持っているため、
シングルのノックアウトが可能であったという例もある。例えば、枯草菌で PolA と YpcP という
5'-3' EXO だけを持つ小さな蛋白質は、おのおのシングルではノックアウト可能だが、ダブルでは
ノックアウトできなくなることが見いだされた。これは、岡崎フラグメントの RNA の除去に、
この両方のどちらかが絡んでいるということだろうと考えている。Synthetic lethality の問題か
ら、面白い遺伝子のコンビネーション、遺伝子のネットワークが出てくるかもしれない。
さらに最近、大腸菌では Keio collection にコンジュゲーション(細胞接合)でいろいろな遺伝
子を導入していって、Synthetic lethality をシステマティックに見るという系も開発されている
が、これはまだわれわれのリソースの対象にはなっていない。
モデル生物としての大腸菌・枯草菌の研究の課題としては、今まで紹介してきたように、新し
い遺伝子機能の解明と分子メカニズムの理解の深化というところで、まだいろいろやるべきこと、
面白いことが残っている。さらに、細胞機能のシステム的理解というキーワードもその先に出て
いる。もう一つ言うと、バクテリアの細胞でもきちんとした構造を持っていて、例えば、複製開
始点や DNApolymerase が細胞内の決まった位置にきちっと存在しているというデータがどんど
ん集まってきていて、この数年のバクテリア研究、特に枯草菌、大腸菌は非常にホットな世界に
なっている。
さらに、複製に伴って核様体が分離して、きちんと決まった位置で細胞分裂が起こるが、それ
をコントロールしている蛋白質が何かというデータも徐々に出てきているなど、細胞の構造を作
るシステム、蛋白質、役者がいろいろ見えてきている。それが実際どういう高次構造を作ってい
るのかという問題は、新しい方法でいろいろ考えないと、in vitro で再構成するのは難しい。この
辺は、やはりバクテリアで正面切って解くべき課題だと考えている。
最後に、研究コミュニティとの連携について述べておきたい。大腸菌についても枯草菌につい
ても、150~200 人の研究者・学生が定期的に集まって情報交流をしている。このあたりのチーム
と連携してバイオリソースをなるべく生かしてもらい、教科書を書き換えるような発見につなが
るような研究を、今後推進していけたらと考えている。
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