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修士論文 超伝導体/半導体/超伝導体接合の電気伝導 - 家研究室

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修士論文 超伝導体/半導体/超伝導体接合の電気伝導 - 家研究室
修士論文
超伝導体/半導体/超伝導体接合の電気伝導
東京大学大学院理学系研究科物理学専攻
106055
指導教員
高橋 侑市
勝本 信吾 教授
2012 年 1 月
目次
第 1 章 研究の目的
2
第 2 章 研究の背景
2.1 スピン-軌道相互作用 . . . . . . . . . . . .
2.1.1 原子におけるスピン-軌道相互作用 .
2.1.2 半導体中のスピン-軌道相互作用 . .
2.2 スピンホール効果 . . . . . . . . . . . . . .
2.2.1 外因性スピンホール効果 . . . . . .
2.2.2 内因性スピンホール効果 . . . . . .
2.3 Andreev 反射 . . . . . . . . . . . . . . . .
2.3.1 超伝導体/常伝導体接合 . . . . . .
2.3.2 超伝導体/常伝導体/超伝導体接合 .
2.3.3 超伝導ギャップ外の構造 . . . . . .
第 3 章 実験手法
3.1 実験のデザイン . . . . . . . . . .
3.2 試料の作製 . . . . . . . . . . . .
3.2.1 使用した 2 次元電子系基板
3.2.2 微細加工 . . . . . . . . . .
3.3 測定 . . . . . . . . . . . . . . . .
3.3.1 低温測定 . . . . . . . . . .
3.3.2 測定系 . . . . . . . . . . .
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第 4 章 実験結果と議論
4.1 接合間距離の比較的長い試料についての結果と議論 . . . . . .
4.1.1 試料構造 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
4.1.2 接合伝導度の温度およびバイアス電圧依存性 . . . . . .
4.1.3 面直磁場依存性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
4.1.4 横電流応答 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
4.2 接合間距離の短い試料における伝導度特性 . . . . . . . . . . .
4.2.1 試料構造 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
4.2.2 バイアス電圧依存性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
4.2.3 面直磁場依存性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
4.2.4 微分伝導度-バイアス電圧特性の振動構造に関する考察
4.2.5 横電流応答 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
4.2.6 磁場中の横電流応答 . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
第 5 章 結論と今後の課題
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6
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18
18
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26
26
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32
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36
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39
42
45
46
1
第 1 章 研究の目的
物性物理学分野は,現在電子スピン物性を中心に急速な展開を遂げている.特にスピンホール効果
の発見によって「トポロジー」をキーワードに,新しいコンセプトによる様々な新奇現象が予言・発
見され,また異常ホール効果のような古くから知られている現象にも新しい観点からの説明が与え
られている.このような流れの中で重要な役割を果たしているのがスピン軌道相互作用 (Spin-Orbit
Interaction, SOI) である.SOI は特に狭ギャップ半導体で強く現れ,従ってそのような半導体の超構
造では非磁性であってもスピン物性が非常に重要な役割を果たす.
一方,狭ギャップ半導体はショットキー障壁を作りにくいという特性から超伝導体との接合におい
て盛んに使用されてきた.特に InAs をベース物質とする2次元電子系では Andreev 反射を始め,超
伝導と常伝導とのコヒーレントな関わりを中心に華麗な物理が展開されてきた.
スピン一重項超伝導は電子が反対向きの運動量とスピンを持つ電子とクーパー対を作って BCS 凝
縮する現象であり,Andreev 反射は常伝導-超伝導の界面 (NS 界面) にあって対を作っていない電子状
態と対を形成した電子状態とをコヒーレントに接続する現象である.従って NS 界面で生じるコヒー
レントな現象は電子スピンの状態に敏感であると考えられる.にも関わらず,これまでの NS 界面を
用いた様々な実験においては SOI の影響がほとんど考慮されて来なかった.これは大変不思議なこ
とと言わなければならない.
一方,物質のトポロジカルな性質を考える物理学の流れは,トポロジカル超伝導体と呼ばれる概念
を生み出し,その端状態としてマヨラナ粒子が現れるということが予言されている.その理論で中心
的な役割を果たしているのは,超伝導体と SOI の強い量子細線系である.
以上の状況を考えると,これまでの NS 界面での実験を SOI を重視する観点から見直し,SOI の結
果現れる現象が NS 界面現象にどのような影響をあたえるのか明らかにすることには大きな意義があ
ると考える.そこで,本研究においては,次の問題に実験的解答を与えることを目的とする.
SOI の強い系で現れるスピンホール効果,その結果としての界面におけるスピン蓄積効果は NS 界
面で生じる Andreev 反射およびそれに付随して生じる現象にいかなる影響を与えるか?
以下,この問題の背景事項について第 2 章において説明し,後段の解析の準備をする.第 3 章にお
いて実験的にどのようにアプローチするか説明し,第 4 章において実験結果を示しその物理的な解釈
について議論する.第 5 章において結果を簡単にまとめる.
2
第 2 章 研究の背景
本章においては,この研究の重要な背景であるスピン軌道相互作用の基礎的な事項,その結果とし
て現れるスピンホール効果について説明し,最後に常伝導-超伝導 (NS) 界面で生じる重要なコヒーレ
ント過程である Andreev 反射とそれによって引き起こされる諸現象についてレビューする.
2.1
2.1.1
スピン-軌道相互作用
原子におけるスピン-軌道相互作用
半導体中のスピン-軌道相互作用 (Spin-Orbit interaction , SOI) を扱う前にまず原子における SOI
について簡単にまとめる. 電荷 −e ( e > 0 ) をもつ電子が電荷 +Ze の原子核から距離 r のところを速
度 v で回っているとする. 電子が静止した座標系では原子核が電子の周りを速度 −v で回っているよ
うに見える.
-e
+Ze
-e
+Ze
図 2.1: 原子における SOI.
電荷 +Ze の作る環電流が電荷 −e の場所に作る磁場は Biot-Savart の法則から
B=
µ0
r×v
µ0 Ze ~l
Ze 3 =
.
4π
r
4π m r3
(2.1)
ここで µ0 は真空の透磁率, ~l は角運動量, m は電子の質量である. Bohr 磁子 µB = e~/(2m) を用いれ
ば電子スピン s は磁気モーメント
µs = −gµB s = −2µB s
(2.2)
を持つので, 環電流による磁場中の電子の Zeeman エネルギーは
−µs · B =
µ0 Ze2 ~
(~l · s)
4π m2 r3
(2.3)
となる. 以上の議論では, 電子の加速度運動の相対論的扱いが不完全であるため Dirac 方程式から求ま
る結果と 2 倍 (Thomas 因子) だけ異なる.したがって正しくは次のようになる (Thomas 因子自身は
古典論の範囲内で導くことができる).
HSO =
µ0 Ze2 ~
(~l · s)
4π m2 r3
3
(2.4)
これを, 電子の感じる電場
E=
1 Ze r
1
= ∇U
2
4πε0 r r
e
(2.5)
を用いて書き直すと
HSO =
~
~
(E × p) · s =
σ · (p × ∇U )
2m2 c2
4m2 c2
(2.6)
√
とできる. c = 1/ ε0 µ0 は光速, σ = 2s は Pauli 行列である. 式 (2.6) は真空中の SOI の一般的な式で
ある. このように, 電場中において電子は SOI を感じるが, SOI は相対論的な効果なので原子番号 Z の
大きい原子を除けば通常は非常に小さい.
2.1.2
半導体中のスピン-軌道相互作用
GaAs, InAs などの III-V 族化合物半導体では, 価電子帯頂上付近の電子の波動関数は主に構成原子
の p 軌道 (l = 1) からなるので, 原子由来の SOI 式 (2.4) が働く.ここでまず, 孤立した原子の p 軌道
を考える. HSO ∝ l · s は l2 , s2 とは可換だが, lz , sz とは非可換である. 全角運動量 j = l + s を導入
すると
)
1( 2
l·s=
j − l2 − s2
(2.7)
2
となるので HSO は j 2 , jz と可換であり, エネルギー準位はそれらの量子数で分類され, p 軌道は j =
l + s = 3/2 (jz = ±3/2 , ±1/2) と j = l − s = 1/2 (jz = ±1/2) の 2 つの多重項に分裂する. k · p 摂
動によれば固体中のバンド構造は図 2.2 のように表される. 価電子帯は Γ 点で j = 3/2 と 1/2 に分か
れ, 後者はスプリットオフ帯と呼ばれる. Γ 点から離れると j = 3/2 のバンドは jz = ±3/2 , ±1/2 のバ
ンドに分かれ, それぞれ重い正孔 ( heavy hole, HH ) 帯, 軽い正孔 ( light hole, LH ) 帯と呼ばれる. こ
れら価電子帯の頂上付近の波動関数に対し, 伝導帯の底付近では, 波動関数が主に s 軌道 (l = 0) から
なるので SOI の影響は小さいように思われるが, 実際にはこの伝導電子にはバンド間の軌道の混じり
によって SOI が大きく効いてくる. 固体中に格子定数よりも大きなスケールで電場がかかっている場
合, 有効質量近似が成り立つとしてよく, この場合 k · p 摂動 (正確には 8 × 8 Kane モデルの 3 次摂動
[1]) によると式 (2.6) は
[
]
P2 1
1
1
HSO =
−
σ · (p × ∇U )
(2.8)
2
2
3 E0
(E0 + ∆0 ) ~
図 2.2: k · p 摂動から得られる III-V 族化合物半導体の Γ 点
付近のバンド構造.
4
と書くことができる. ここで P は伝導帯と価電子帯間の行列要素, E0 はバンドギャップ,∆0 は価電子
帯における j = 3/2 と j = 1/2 バンド間のエネルギーである. 式 (2.8) から, InGaAs, InAs などの狭
ギャップ半導体中で SOI の増大が著しいことがわかる. このバンド由来の SOI の中で重要とされてい
るのが次節で触れる Rashba 項と Dresselhaus 項である.
Rashba 項
Rashba 項とは 2DEG の垂直方向に非対称性がある場合に現れる SOI であり, xy 平面内の 2DEG に
z 方向の電場をかけたとすると
α
α
HRSO = σ · (p × ez ) = (py σx − px σy ) .
(2.9)
~
~
この Rashba の SOI にも原子の場合と同様に古典的解釈ができると解説されている場合があり,それ
は以下のようなものである.
図 2.3: 半導体中 Rashba SOI の古典的解釈 (ただし,素朴すぎて誤り).
電場が z 方向にかかった xy 平面内を電子が移動している場合, 電子の静止座標系を考えると, 電子
のいる 2 次元面内に環状電流が流れていることと等価になるので, 電子の運動方向と垂直な方向に有
効的な面内磁場が作られていることになる.
しかし,この説明は原子軌道の場合の Thomas 因子の見落とし
以上に罪深い誤りというべきで,上図では電子は「2 次元電子」
であり垂直方向に電場がかかってもそちら方向に加速されるこ
とはないが,現実の 2 次元電子系 (2DEG) で 2DEG を形成する
ための閉じ込めポテンシャルに垂直電場がかかれば垂直方向波
動関数の変形を生じる.これからわかるように,閉じ込めポテ
ンシャル自身が電場であるから,2DEG が平面内に留まる,と
いうことは Ehrenfest の定理より,垂直方向電場を z 方向に積分
したものは hEz i = 0 で,結局 Rashba 項は現実の半導体中には
存在しない,という結論が導かれる.この点は安藤ら [2] によっ
て指摘された.
それでは,実験的に観測されている Rashba 型 SOI はいかな
る機構により生じているのか.左図 ( 文献 [15] より. ) は,外部
(あるいは作り付け) 電場 Ezext = (1/e)∂z V が存在する場合の量
子井戸についてバンドと波動関数の様子を模式的に描いたもの
である.電子に働く有効電場は
Ezc = (1/e)∂z (V + Ec ) = Ezext + (1/e)∂z Ec (z)
(2.10)
である.この有効電場の大きさを描いてみると,左上図のように 2 つの界面でそれぞれ下,上向きの
5
δ 関数的に大きなスパイクが入り,井戸内では一定の値となる.波動関数は図のように左界面に偏っ
ているため,左の下向きスパイクを強く感じ,井戸内の積分値と右の上向きスパイクの分が打ち消さ
れて全体として Ehrefest の定理通り hEzc i = 0 となる.一方,価電子帯においては,左下図のように
スパイク状電場の向きが逆であるから |ψc |2 での平均はゼロにはならない.
hEzv ic 6= 0.
(2.11)
すなわち,
「伝導帯の電場」は波動関数閉じ込めに直接関与し,したがって束縛状態に対してはその平
均がゼロにならなければならない.これに対して「価電子帯の電場」は k · p 摂動による混じりを通
して影響が及ぶため波動関数に対する影響は,古典力学の力の表式 F = eE では表されず,従って束
縛状態に対してもゼロにならず,このために Rashba 項が生き残ることになる.
Dresselhaus 項
半導体の結晶構造に起因する SOI が Dresselhaus 項である.III-IV 族半導体では結晶の空間反転対
称性が破れているので, この非対称性由来の SOI が働く.3 次元のバルク半導体で x, y, z 軸をそれぞ
れ [100], [010], [001] に選ぶとき,
3D
HDSO
=
(
) ]
(
)
)
γ[ ( 2
px py − p2z σx + py p2z − p2x σy + pz p2x − p2y σz
~
(2.12)
で与えられるが, [001] 方向に成長したヘテロ構造における 2DEG を考えた場合, 波動関数を z 方向に
ついて平均すると
HDSO =
β
(−px σx + py σy ) + O(p3 )
~
(2.13)
となる. ただし β = γ < p2z > であり, γ は物質に依存する量である.
2.2
スピンホール効果
SOI の存在する系ではそこを流れる電流と垂直な方向にスピンの流が流れる. これをスピンホール
効果といい, 以下でみるように大きく分けて外因性と内因性の 2 つの発現機構がある.
2.2.1
外因性スピンホール効果
外因性スピンホール効果とは, 電子が不純物などにより散乱を受けたときスピンの向きによって曲
がる方向が異なる現象で, 半古典的にはスキュー散乱とサイドジャンプ機構が原因である. スキュー散
乱とは不純物ポテンシャルに対する電子の散乱確率が, 異なるスピンの向きに対して非対称になると
いうものである. 散乱ポテンシャル V (r) に SOI の効果を入れた散乱項
V (r) − λ (k × s) · ∇V (r)
の平面波に対する行列要素は
[
(
) ]
hk0 | [V (r) − λ (k × s) · ∇V (r)] |ki = Vkk0 1 − iλ k × k0 · s
6
(2.14)
と書ける. ここで λ は式 (2.6) の係数を繰り込んだ量であり, スピン軌道パラメータと呼ばれる. サイ
ドジャンプとは不純物などによる散乱の際, 電子の進行方向と垂直な方向に重心のシフトが起こる現
象である. 系に一様な電場 E がある場合ハミルトニアン H は
H =
k2
+ V (r) − eE · r − λk × s · (∇V − eE)
2m
(2.15)
k
+ λ [∇V − eE] × s − λk̇ × s
m
(2.16)
となるので電子の速度 v は
v = −i[ r , H ] =
である.∇V による波束の重心移動は次のように書ける.
∫
∫
δr = λ∇V × sdt = −λ k̇ × sdt ∝ −λk × s .
(2.17)
(b)
(a)
図 2.4: (a) スキュー散乱と (b) サイドジャンプ機構の概念図.
2.2.2
内因性スピンホール効果
内因性スピンホール効果とは, 電子がドリフト運動をする際に起こるスピンの変化がバンド構造の
ためにスピン流を生じるもので, 散乱との直接の関係がない. この, 内因性スピンホール効果は Rashba
模型によるもの [3] と Luttinger 模型によるもの [4] など様々な機構が提案されている. まず Rashba 模
型によるものについて簡単に示す.
今,2DEG に Rashba の SOI が働く場合を考える. このとき α を SOI の強さを表すパラメーターと
したハミルトニアン
H =
p2
α
+ σ · (p × ez )
2m ~
の第 2 項を Zeeman 項とみなすと, 電子の感じる有効磁場
Beff =
2α
(p × ez )
~
が k によって異なると解釈できる. 固有値は
Ek , ± =
~2 k 2
∓ αk .
2m
また, 固有状態は k × ez 方向のスピン固有状態 χk , ± と平面波の積で表される.
σk×ez = σ ·
k × ez
,
|k × ez |
σk×ez χk , ± = ±χk , ± .
7
(2.18)
すなわち k によってスピンの受けるトルクの向きも異なる. この 2DEG に電場 Ex をかけると電子は
ドリフト運動を行う.
~k̇ = −eEx ex .
(2.19)
これに伴い有効磁場の向きが Beff (k + ∆k) に変化する. Zeeman 結合がある場合のスピンダイナミク
スは, A を緩和係数として
~
ds
ds
= s × Beff (t) + A~ × s
dt
dt
(2.20)
と書けるので, 結果スピンは歳差運動をすることになる. これより, スピンの z 成分
sz = −
eky Ex
2αk 3
が現れるので, y 方向へのスピン流は
js, y =
1 2
2π
∫
dk~sz
~ky
−e~2 Ex
=
(kF+ − kF− )
m
16παm
(2.21)
と書ける. kF± は Rashba SOI により分裂した 2 つの Fermi 円の半径 ( 図 2.5 左図参照 ) で, この 2 つ
のバンドが占有されている場合, kF+ − kF− = 2mα/~2 となることを用いると, スピンホール伝導度は
σSH = −
js, y
e
=
Ex
8π
(2.22)
と, ユニバーサルな値をとる.
ky
E
kF- kF+
kz
kx
kx
図 2.5: Rashba 模型での電子スピンが受けるトルクの概念図.Rashba SOI により伝導帯が分裂する.
次に Luttinger 模型のスピンホール効果について示す. SOI のある系において半導体の価電子帯
は重い正孔帯, 軽い正孔帯, スプリットオフ帯に分裂する. この内, 重い正孔帯と軽い正孔帯を次の有効
Luttinger ハミルトニアンで表す.
[(
)
]
5
~2
2
γ1 + γ2 k − 2γ2 (k · S) .
(2.23)
H =
2m
2
8
S はスピン 3/2 の演算子, γ1 , γ2 は物質に依存した定数である.(2.23) は S の k 方向の成分であるヘリ
シティλ̃ = S · k/k により異なる固有値をとる. λ̃ = ±3/2 (重い正孔) のとき
εH (k) =
~2
~2 2
(γ1 − 2γ2 ) k 2 ≡
k ,
2m
2mH
λ̃ = ±1/2 (軽い正孔) のとき
εL (k) =
~2
~2 2
(γ1 + 2γ2 ) k 2 ≡
k
2m
2mL
となり, この場合もスピン S の向きが k に依存する. この正孔系に電場 Ex をかけるとドリフト運動が
生じるが, 正孔状態は同一バンド内にとどまる, という断熱過程を考える. この条件は SOI が大きく, 重
い正孔と軽い正孔のバンドが互いに十分離れている状況では満たされている. ハミルトニアン (2.23)
にユニタリ変換 U (k) = exp(iθSy )exp(iφSz ) を施すことで, 全ての k において S が z 方向を向くよう
にすることができる. 電場によるポテンシャル eEx x も含めると
H˜ = U (k) (H + eEx x) U † (k)
(
)
(
)
~2 k 2
5
∂ †
2
=
γ1 + γ2 − 2γ2 Sz + eEx x + iU (k)
U (k)
2m
2
∂kx
(2.24)
となり, k と S に依存するポテンシャルが加わることでスピンホール効果が起こる. スピンホール伝導
度は
σSH = −
)
js, y
e ( H
=
3kF − kFL
Ex
12π
(2.25)
となる. kFH , kFL はそれぞれ重い正孔帯, 軽い正孔帯の Fermi 波数である.
ky
E
kFH kFL
kx
kz
HH
kx
LH
図 2.6: 重い正孔帯, 軽い正孔帯におけるスピンが受けるトルクの概念図.
2.3
Andreev 反射
超伝導体 (S)/常伝導体 (N) の境界面では Andreev 反射 [5] という散乱機構が生じる. 理想的な Andreev
反射では, 超伝導ギャップ ∆ よりも小さなエネルギーをもつ常伝導体中の電子が S/N 境界面で価電子
帯の正孔として遡及的な反射をし, その結果超伝導体中で新たに Cooper 対が形成される. したがって
9
この場合, 超伝導接合のない場合と比べると伝導度は 2 倍となる. ここでいう理想的とは S/N 境界に
あらゆる障壁がないことを指しており, 実際の系では Schottky 障壁等の影響がある. 以下では S/N 接
合, 及び S/N/S 接合の代表的な理論について簡単に説明する.
2.3.1
超伝導体/常伝導体接合
E
N
q+
S
electron-like
hole-like
q+
-q+
q+
k+
q+
-q-
q+
-k-
x
図 2.7: S/N 接合の概念図.
まず, 図 2.7 のような,1 つの接合のみがある系について考える. 簡単のため 1 次元, 絶対零度の場合
を扱うことにする. この系の反射(透過)確率は Bogoliubov-de Gennes 方程式 (BdG 方程式) を解く
ことにより求まる. これらを Blonder らによって提案された BTK 公式 [6] にをあてはめることで伝導
度が与えられる.BdG 方程式は不均一な超伝導体の理論 [7] から導出され, 以下に示す形をとる.
(
)(
)
(
)
H0 (x)
∆(x)
u(x)
u(x)
=ε
.
(2.26)
∆∗ (x) −H0 (x)
v(x)
v(x)
ここで
H0 (x) = −
~2 d2
+ Hδ(x) − εF
2m dx2
は 1 電子ハミルトニアンであり
∆(x) = Θ(x) ∆0 elφ
は超伝導の秩序パラメータで, Θ(x) は階段関数, Hδ(x) は接合界面にできる障壁, u(x) , v(x) はそれぞ
れ電子と正孔の波動関数に相当する量である. 常伝導体側から入射した電子が散乱される場合の波動
関数は

 
 
 


1
0
1
+
−
+
 ip x  

+ aeip x−iφ   + beip x   , x < 0
e

(
)


0
1
0
u(x)




(2.27)
=

v(x)

v
u
−
+
0
0


, x>0
 + de−ik x 
ceik x 



u0 e−iφ
v0 e−iφ
10
と書ける. ここで
√
√
~p± = 2m (εF ± ε) , ~k ± = 2m (εF ± Ω),
√ (
√ (
)
)
1
Ω
1
Ω
u0 =
1+
, v0 =
1−
,
2
ε
2
ε
√
Ω = ε2 − ∆20
である. 係数 a , b , c , d はそれぞれ境界面における Andreev 反射, ノーマル反射, 電子的な準粒子とし
ての透過, 正孔的な準粒子としての透過が起こる確率振幅に比例する量である. ここで, Andreev 反射
確率を A(ε), ノーマル反射確率を B(ε) とすれば, 上の 4 つの係数を境界条件により決定することから
A(ε) =
p− 2
|a| ,
p+
B(ε) = |b|2
となり, これと BTK 公式
dI
e2
=
[1 + A(eV ) − B(eV )]
(2.28)
dV
π~
から伝導度が求まる.Z = H/~vF という無次元のパラメータを導入すればこのモデルでの伝導度, お
よび I-V 特性は図 2.8 のようになる. ただし, RN = π~(1 + Z 2 )/e2 である.
図 2.8: BTK モデルによって計算された系の伝導度 (左図) と I=V 特性 (右図). [6] より.
2.3.2
超伝導体/常伝導体/超伝導体接合
S
Hδ (x)
N
Hδ (x)
S
Δ
Δ
x=0
x=L
図 2.9: S/N/S 接合モデルの概念図.
11
次に,1 次元の S/N/S 接合について考える. ここでは Octavio らの提案した OTBK モデル [8] に
ついて簡単に説明する. モデルの概念図は図 2.9 に示す通りであり,2 つの S/N 境界は x = 0 , L に
位置している. このモデルでは接合間を移動する準粒子を右向きと左向きのものに分け, その分布を
f→ (ε , x) , f← (ε , x) とする. 境界条件を課すことにより, これらの分布は
f→ (ε , 0) = A(ε) [1 − f← (−ε , 0)] + B(ε)f← (ε, , 0) + T (ε)f0 (ε),
(2.29)
f← (ε , L) = A(ε) [1 − f→ (−ε , L)] + B(ε)f→ (ε , L) + T (ε)f0 (ε),
(2.30)
f↔ (ε , L) = f↔ (ε − eV , 0)
(2.31)
とできる. また反射, 透過係数は粒子のエネルギーに対して偶であり, エネルギー ε で移動する電子の
分布は −ε で逆向きに移動する正孔の分布と等しいため, 接合間に電圧 V が印加された状況では
f→ (ε , 0) = 1 − f← (−ε − eV , 0)
(2.32)
となる. これらの関係から得られる方程式
f→ (ε) = A(ε)f→ (ε − eV ) + B(ε) [1 − f→ (−ε − eV )] + T (ε)f0 (ε)
(2.33)
を自己無撞着に解くことで図 2.10,2.11 に示すような結果が得られる. S/N 境界面の障壁が無いクリー
ンな極限では Z = 0, B(ε) = 0 であり, この場合 (2.33) は
f→ (ε, Z = 0) = [1 − A(ε)] f0 (ε) +
∞
∑
(1 − A
n
(ε)f0n (ε))
i=1
n
∏
Ai−1 (ε)
(2.34)
i=1
となる. ここで An (ε) = A(E − neV ) である. 接合を流れる電流は以下のように表せる.
∫ ∞
1
I=
dε [f→ (ε) − f← (ε)]
eRN −∞
∫ ∞
1
=
dε [2f→ (ε) − 1] .
eRN −∞
(2.35)
RN = (1 + 2Z 2 )R0 で, R0 = [2SvF e2 N (0)]−1 であり, S は接合境界面の断面積である. これらの図に
おいて微分抵抗に振動が見られるが, この構造は準調和ギャップ構造と呼ばれる S/N/S 接合に特有な
ものであり, 双方の S/N 境界で Andreev 反射が繰り返されることによる. 微分抵抗にディップの現れ
る位置は
V =
2∆
ne
(n = 1, 2, 3, · · · )
(2.36)
である. 接合間に電圧 V が印加された場合, 電子が接合端からもう一方の端まで移動すると初期状態
に比べ eV だけ余分に運動エネルギーを得るが, そこで Andeev 反射が生じ正孔となった粒子が元の接
合端に到着すると更に eV の運動エネルギーを得ることになる. このプロセスを n − 1 回繰り返すと,
電子のもつエネルギーは neV だけ増加していることになる. このため準調和ギャップ構造が現れるこ
とになる. 図 2.12 に, この多重 Andreev 反射の概念図を図 2.12 に示す.
12
図 2.10: (a) 絶対零度での微分抵抗の振舞い.(b) I-V 特性. 点線は V = Rn I を表す.[9] より.
図 2.11: (a) Z = 0.55 での微分抵抗の温度依存性.(b) Z = 1 での微分抵抗の温度依存性.[9] より.
13
E
S
S
N
Δ
electron-like
hole-like
EF
-Δ
図 2.12: 多重 Andreev 反射の概念図. 赤い矢印は電子, 青い矢印は正孔を表しており, 右側の超伝導体
から左側の超伝導体へ正のバイアスが印加されているとする.
以上でみた S/N/S 接合の伝導特性は 2 つの超伝導電極, および接合境界面の質によって更に変化
する. 言い換えれば 2 つの超伝導体におけるギャップ ∆1 , ∆2 および接合境界における障壁パラメータ
Z1 , Z2 の相違によって変化する. これは van Huffelen ら [10] によって提案された.
図 2.13: 数値計算による, 2 つの障壁パラメータが異なる場合の準調和ギャップ構造の振舞い.Z1 =
0.7, T = 4.2K, ∆ = 1.3meV.[9] より.
図 2.13 は数値計算による,2 つの障壁パラメータが異なる場合の準調和ギャップ構造の振舞いを示
す.Z1 = 0.7 は固定されており, Z2 が変数となっている. また T =4.2K, ∆=1.3meV である. 高バイアス
側から数えて 1 つ目のディップが Z2 に対してあまり変化しないことに対し,2 つ目のディップと 3 つ目
のディップ深さの関係が Z2 に対して比較的大きく変化している. 準調和ギャップ構造におけるディッ
プ位置は式 (2.36) で表されるが, これは接合内で n+1 回の Andreev 反射が起こることが原因である.
したがって Z1 , Z2 の差が変化するにつれて 3 回目および 4 回目の Andreev 反射確率に差ができ, こ
れによって 2,3 番目のディップ深さの関係も変化することになる. 図 2.14 には 2 つの超伝導ギャップ
∆1 , ∆2 が異なる場合の準調和ギャップ構造の振舞いおよび左右に伝播する電子の分布を示す.
14
(a)
(b)
図 2.14: 数値計算による (a) Z1 = Z2 = 0.7, V = 1mV, T = 4.2K, ∆1 = 1.1meV, ∆2 = 0.9meV
での分布 f→ (破線) および f← (点線) とその差. 影の有無はそれぞれ ∆1 = 1.1meV, ∆2 = 0.9meV と
∆1 = ∆2 = 1meV の場合の差を表す. (b) T = 4.2K, Z1 = Z2 = 0.7, ∆1 =1.3meV での準調和ギャップ
構造の振舞い.[9] より.
図 2.14(b) では ∆2 の変化に伴い 2 番目のディップが 2 つに分かれている. 今の場合準調和ギャップ構造
におけるディップは整数 n に対して 1 : eV = ( ∆1 +∆2 )/n ( n ∈ odd ), 2 : eV = 2∆i /n ( n ∈ even, 6=
0 i = 1, 2 ) の位置に現れる. 1 の場合入射粒子が電子の場合も正孔の場合も Andreev 反射回数は変わ
らないが, 2 の場合電子が入射するか正孔が入射するかで Andreev 反射回数が n, n+1 回のいずれか
になる. したがって 2 番目に現れる構造が 2 つに分かれる. この反射過程の模式図を図 2.15(a), (b), (c)
に示す. 上記の振る舞いは |∆1 − ∆2 | < eV を仮定していたが, |∆1 − ∆2 | > eV の場合構造の現れる
位置は小さい方の超伝導ギャップ ∆small を用いて eV = 2∆small /m ( m ∈ even, 6= 0 ) と表せる. この
模式図を図 2.15(d) に示す.
O
O
O
O
15
E
S1
N
S1
S2
2 Δ1
2 Δ2
N
2Δ2
2 Δ1
eV = Δ 2
eV = Δ 1 +Δ 2
S1
N
S1
S2
2Δ1
2Δ2
S2
2 Δ1
N
: electron-like
: hole-like
S2
2Δ2
eV = Δ small
eV = Δ 1
図 2.15: 異なる超伝導ギャップ ∆1 , ∆2 における多重 Andreev 反射の様子. S2 から S1 へ正のバイアスが
印加されている. (a), (b), (c) |∆1 − ∆2 | < eV における eV = ∆1 +∆2 , ∆1 , ∆2 の場合.(d) |∆1 − ∆2 | >
eV の場合.
2.3.3
超伝導ギャップ外の構造
N-S 間に加わるバイアス電圧によって注入される電子のエネルギーが超伝導ギャップを超える領域
でも,界面のコヒーレントな反射によって干渉効果が生じる.これは薄膜系において Tomasch によ
り実験的に見出され [11, 12],McMillan と Anderson により説明が与えられている [13].
これは,図 2.16 に示したように,超伝導体内のギャップのために反射正孔の波数が変化するために
生じるものである.McMillan らの説明は Green 関数を用いて反射率を計算しているが,そのエッセ
ンスは次のとおりである.超伝導体内準粒子のエネルギーを E ,運動エネルギーを Ek ,ギャップを
∆ とすると,
E 2 = (Ek − EF )2 + ∆2
である.電子有効質量を m∗ として,kF 近傍では E = ~2 k 2 /2m∗ ,EF = ~2 kF2 /2m∗ と書けるから,
~kF /m∗ = vF を使うと,
1 √ 2
m∗ ~ 2
1
2
2
(k
−
k
)
≈
k
−
k
=
±
E − ∆2 .
(Ek − EF ) =
F
F
~vF
~kF 2m∗
~vF
(2.37)
図 2.16 からわかるように,E = eV と置いた時,(2.37) の2つの解がそれぞれ電子と正孔の波数 k1 ,
k2 を与える.図 2.16 のように N 側が幅 d の量子井戸構造をしていたとすると,共鳴条件に対して超
16
S
d
N
E
e
eV
k
2D
k2
| k 1- k 2| d
図 2.16: 超伝導ギャップを超える電子を
界面に入射させた時,Tomasch 振動が生
じる機構を模式的に示したもの.右のグ
レー領域に描いたのは,超伝導体中の準
粒子分散関係.
k1
h
伝導体の反射が与える位相シフトは,
|k1 − k2 |d =
2d √
(eV )2 − ∆2
~vF
(2.38)
で与えられるから,これが 2nπ (n は整数) に等しい位置で,全体の透過率のピークあるいはディップ
が生じる.すなわち,共鳴条件は
√
(
)
~vF 2
2
eVn = En ≈ ∆ + nπ
(2.39)
d
で与えられる.これによる d2 I/dV 2 の振動現象を Tomasch 振動と呼ぶ.
17
第 3 章 実験手法
本章においては,第 1 章で提示した問題に対して,本研究において実験的にいかにアプローチした
かについて説明する.
実験のデザイン
3.1
Andreev 反射とスピンホール効果との絡み合いを調べるた
め,最も基本的と思われる試料構造を設計した.すなわち,
図のように 2 つの超伝導体を対向させる形で 2 次元電子系
(2-dimensional gas, 2DEG) を接合し,SNS 接合を形成する.
Andreev 反射が実現すれば,前章で述べたように超伝導ギャッ
プ内外に多重反射等に起因する特徴的な電流電圧特性 (IV 特
性) が現れるはずであり,これにより様々な情報が得られる
はずである.
試料形状を工夫して,この状況に対して図で紙面に垂直方向に電流を流す.2DEG として SOI の
強い物質を選択することでスピンホール効果を生じせさる.この時,スピン流が NS 界面から超伝導
体側に入り込むか,反射されるようであれば界面にスピン蓄積が生じ Andreev 反射過程に影響を及
ぼすと予想される.その状況は,上述の IV 特性の変化を調べることで明確になると期待される.
以上のデザインの下で,本章では,以下,試料の作製方法,測定方法について述べる.
2DEG
S
S
J
3.2
試料の作製
超伝導体/半導体接合の振る舞いを観測するにあたって, その境界面にショットキー障壁や不純物等
の障壁があると純粋な接合の振る舞いが阻害され, 不都合である. また接合間の距離が長いと不純物
散乱等により粒子の運動が乱されてしまうため,Andreev 反射の影響を観測することができない. そこ
で本研究では分子線エピタキシー (Molecular beam epitaxy, MBE)[14] を用いて結晶成長した,InAs
チャンネルを持つ 2DEG を微細加工し, 試料を作製した.
3.2.1
使用した 2 次元電子系基板
分子線エピタキシャル成長
本研究においては,InAs 量子井戸の準備が重要なファクターである.InAs 量子井戸構造は分子線エ
ピタキシー (Molecular Beam Epitaxy, MBE) 法を用いて成長した.これは超高真空中で加熱した基板
上に分子線を照射し結晶成長を行うものである.その概念図を図 3.1 左に示した.基板には InP(001)
ウェハーを用い,InP に格子整合した In0.53 Ga0.47 As をバッファとして成長し,次小節で述べるよう
な構造を積層した.MBE 成長を担当したのは橋本義昭技術職員である.
18
‚S d ‹É
Ž¿ —Ê •ª Í Œv
”½ ŽË “d Žq ü ‰ñ Ü
ƒX ƒN ƒŠ [ “ƒ
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ƒV ƒƒ ƒb ƒ^ [
•ª Žq ü ƒZ ƒ‹
図 3.1: 左:MBE 装置の概念図.右上:InP 基板表面清浄化後の RHEED パターン ([110] 方向.2 倍
の表面超構造が出ている.),右下:InAs 量子井戸成長時の RHEED パターン.いずれも中央上部の
回折の強い点が鏡面反射スポット.
InAs は図 3.3 の右側の表に示したように,GaAs とは 7%,InP とも 3%の格子定数差があり,InAs
自身は表面に常に 2 次元電子系を有しているために成長基板として使用することが難しい.そこで,
InAs の組成を x として,
Vegard 則:a = x × aInAs + (1 − x) × aGaAs = aInP
になるような x すなわち,x = 0.53 になるように In と Ga の分子線フラックスを調整し,As 分子線
フラックスは十分に多い状態で成長すると,混晶であるためミクロには歪が入っているが,膜全体と
しては格子定数がマッチし,転位などの入らない高品質の結晶を得ることができる.InAs 量子井戸
層は更にその中に格子定数の異なる層として挿入されるが,InAs 膜厚が十分に薄く,膜内に入る歪
ƒV ƒƒ ƒb ƒ^ [ ŠJ ƒV ƒƒ ƒb ƒ^ [ •Â
InP K a 2
2
1
1
0.8
(In,Ga)As
0.6
(a)
ü ‰ñ Ü ‹­ “x (a. u.)
1.2
X
‹¾ –Ê ”½ ŽË ‹­ “x (a.u.)
3
(In,Al)As
0
20
ƒ ƒƒ ƒb ƒ^ [ ŠJ
V
Žž ŠÔ (sec.) 40
InP K a 1
0
63.2
60
(b)
63.4
63.6
2 q (degree)
図 3.2: (a) RHEED (鏡面反射スポット (specular spot) 強度) 振動測定の例.(In,Al)As を 8 原子層積
層した後,(In,Ga)As 層を 10 原子層積層している様子.(b)MBE 成長した膜の (004)X 線回折パター
ン.Cu の Kα1 線と Kα2 線が出ており,赤いラインは格子定数が基板の InP からややずれている様
子.青線はほぼマッチした様子.
19
格子定数 (室温)
InP
GaAs
InAs
5.869 Å
5.65325 Å
6.0585 Å
図 3.3: 使用した InAs を量子井戸とする
2 次元電子系の積層図.上の表は,InP,
GaAs,InAs の室温格子定数.
のエネルギーが界面の格子不整合転位の弾性エネルギーを超えない範囲では,転位がない状態で成長
できる.このような成長を擬似格子整合 (pseudomorphic) 成長と呼ぶ.
基板表面清浄化や,成長中の表面状態は,図 3.1 左図に模式的に示したように,基板表面すれすれに
高エネルギー (20keV) の電子線を当て,その回折パターンを観察する方法–高速電子線回折 (reflection
high-energy electron diffraction, RHEED) でモニターできる.2 次元的な平坦な結晶面が成長してい
ると,2 次元の逆格子空間は逆格子ロッドで構成され,回折像は Ewald 球と逆格子ロッドが接触する
ところで,図 3.1 右のように長く線状に伸びた形状となる.特に中央上部に見える強い反射スポット
は,鏡面反射スポットと呼ばれ,表面の原子的な平坦性を反映する.層状成長している時は,原子層
ごとにこの鏡面反射スポット強度が振動するため,成長速度を正確に測定することができ,これを用
いて,In,Ga,Al の組成を調整する.図 3.2(a) は RHEED 振動を測定した例である.
現実の結晶は単純な Vegard 則からはずれており,格子定数を合わせ込むには成長膜の X 線回折を
見ながら試行錯誤する必要がある.x = 0.55 程度を狙って成長すると,図 3.2(b) 青線に示したよう
に,ほぼ InP に格子マッチした成長をすることができる.
積層構造
図 3.3 にその構造を示す.InAs は狭ギャップ半導体である為,2 次元非対称構造では Rashba 型のス
ピン軌道相互作用が強く, また反転構造をとっている為, 比較的容易に金属との接合を作ることがで
きる.2DEG の電子密度は 4.2K で ns = 1.94 × 1012 cm−2 , 移動度は µ = 1.24 × 104 cm2 /Vs となっ
ている.フェルミ速度 vF は InAs の軽い有効質量 (0.023m0 ) のために vF =1.74×106 m/s と非常に大
√
きくなっており,これらのパラメータから求めた平均自由行程 lmfp は lmfp = vF τ = ~ 2πns /eµ ≈
185nm である.
3.2.2
微細加工
結晶成長で得られた 2DEG 基板の加工には電子線リソグラフィー, 及びフォトリソグラフィーの技
術を用いた. これは基板上にレジストと呼ばれるポリマーの膜を塗布し, 描画したい図形の部分のみを
感光させて取り除くことで任意のパターンを作り出すというものであり, その後の蒸着, エッチングと
20
いった行程で, 金属電極やメサ構造などの作製を行うことができる. 以下では具体的な試料の作製方法
について述べる.
オーミックコンタクトの作製
多くの 2DEG 基板の場合, 基板上に蒸着した金属を適切な温度でアニールすることでオーミックコ
ンタクトを形成するが, 使用した基板は高温で加熱処理をすると導通がとれなくなるといった問題があ
り, アニールのプロセスは使用できなかった. そこで, 以下の手順でオーミックコンタクトを作製した.
(1) 基板をトリクロロエチレン, アセトン, メタノールの順に各 3 分間超音波洗浄を行う.
(2) 使用前の基板は真空デシケータに保存してあるが, 表面酸化が全く無いとはいえない為, これを
取り除く必要がある. そこで洗浄後の基板を希硫酸 (H2 SO4 : H2 O = 1 : 5) に浸し, その後 H2 O
でリンスする.
(3) 基板上にレジスト液 (日本ゼオン社製 ZEP520A : アニソール = 3 : 2) を滴下, スピンコーター
を用いて (500 回転/分,5 秒 →4100 回転/分,50 秒) 基板上に均一に延ばす. その後基板を 150
のホットプレートの上で 5 分加熱しレジストを固める.
‰
(4) 電子線描画装置 (Elionix 社製 ELS-3300) を用い, 電極のパターンを描画する.
(5) ZED-N50 レジスト用現像液 (日本ゼオン社製)30 秒間浸し現像, その後イソプロピルアルコール
に 20 秒間浸しリンスする.
(6) Ar+ スパッタを用いておよそ 35nm ドライエッチングした後, 同チェンバー内でイオンビームス
パッタを用いて Au を蒸着する. このようにすることで InAs 層に Au を直接接合することがで
き, オーミックコンタクトが形成される.
(7) トリクレンを用いてリフトオフする.
ウェットエッチング
InAs はバンドギャップが狭い為, 基板表面に金属が接しているとそこにオーミックコンタクトが形
成されるほか, 金属電極に干渉することで測定に影響を与えてしまう恐れがある. したがってなるべく
不要な部分は取り除くことが望ましい. メサ形成及び 2DEG の不要な部分の除去にはウェットエッチ
ングを用いた. 以下その手順について述べる.
‰
(1) 基板洗浄後,150 のホットプレート上で 3 分間ベークを行う.
(2) 基板上にレジストをスピンコートし, パターンを電子線描画する.
‰
(3) 現像後, レジストと基板の密着性を高める為 140 のホットプレート上で 10 分間ベークを行う.
(4) 基板をエッチング液 (H3 PO4 : H2 O2 : H2 O = 1 : 1 : 48) に浸し, およそ 50nm エッチングする.
(5) 基板洗浄後, フォトリソグラフィー用レジスト液 (Rohm and Haas Electronic Materials 社製
S1818) をスピンコートし,80 のホットプレート上で 20 分間ベークを行う.
‰
‰
(6) 紫外線露光後現像し,MF319(SHIPLEY 社製) を用いて現像後 H2 O でリンスする. その後 80 の
ホットプレート上で 20 分間ベークを行う.
(7) 先程と同じ条件でエッチングを行う.
21
図 3.4: 試料作製の基本的な工程.(a) 基板へのレジストの塗布 (b) 露光 (c) 現像 (d) 金属薄膜の蒸着 (e)
エッチング (f),(g) リフトオフ
Nb/InAs/Nb 接合の作製
Nb/InAs/Nb 接合の作製について述べる.
(1) Ar+ スパッタによるドライエッチングまではオーミックコンタクト作製の手順と同じである.
(2) ドライエッチングの後, 同チェンバー内でイオンビームスパッタを用いて Nb を蒸着する. ただ
し, およそ 0.1Å/sec のレートで蒸着を行う. このように低いレートで蒸着を行わない場合, 低温
で Nb が超伝導転移しない.
(3) トリクレンを用いてリフトオフする.
Au 電極の作製
Au 電極の作製について述べる.
(1) 電子線描画まではオーミックコンタクト作製の手順と同じである.
(2) Ti, Au の順で基板上に蒸着する.Ti の蒸着は Au 電極を剥がれにくくする為である.
(3) トリクレンを用いてリフトオフする.
3.3
3.3.1
測定
低温測定
本研究では 3 He クライオスタットを用いて最低約 300mK の環境で低温測定を行った. これは 4 He
の減圧によって 4.2K から 1K まで到達することができる VTI(Variable Temperature Insert) に 3 He
22
図 3.5: S/N/S 接合の断面図.
図 3.6: 短距離接合の試料の光学顕微鏡写真.
3
He cryostat
Feed
3
Pumping out
Pumping out
VTI
He
4
He
He dewar
Needle valve
15T Magnet
B
Sample
図 3.7: 測定に使用した 3 He クライオスタットおよび VTI の概略図.
クライオスタットを挿入し,クライオスタット中に導入した 3 He ガスをコンデンスした後これを減圧
することによって低温を得るというものである.また,VTI が挿入されているデュワーには超伝導マ
グネットが入っており,最大で 15T の磁場を印加することが可能である.
3.3.2
測定系
測定で用いた自作回路を図 3.8 に示す.伝導度測定では,プローブ信号も微小でかつ高精度なもの
を加える必要がある.PC で制御可能な電源はデジタル・アナログ変換器 (digital-analog converter,
DAC) 出力を用いているため,特に小信号出力で精度不足となる.この回路では入力信号を抵抗分割
することで出力電圧の精度向上を図った.R1 ,R2 はそれぞれ 10kΩ,10Ω であり,試料にかかる入力
信号は,電圧源出力のおよそ 1/1000 となる.試料抵抗は 100Ω のオーダーだが,R2 に対して数百倍
なので試料は電圧ドライブされていると考えて良い.一方,ゼロバイアスでの抵抗測定に用いた回路
では逆に R3 = 10MΩ であり,試料に対して十分高抵抗なので,電流ドライブを行なっている.
測定回路上で特別な工夫を要するのが,接合に対して平行方向に電流を流す (横電流) 測定 (3.1 節)
である.この時,試料に対して2つの相対電源 (各電極につないだ粒子溜め (リザバー),と考えると,
リザバー 4 つ) が接続されることになる.この2つの相対電源による電流は,ゼロ磁場では直交して
23
図 3.8: 測定系の概略図.(a) 伝導度測定用回路 (b) 抵抗測定用回路 (3)I-V 測定用回路
いるので,交差点において周辺回路の条件によって電圧が立つと正しい測定は不可能となる.これを
回避するためには,各電源を独立に制御し,互いに他方の電源を開放状態にした時クロス点における
電位がゼロとなるようにしなければならない.現実には常時試料の絶対電位をモニターしながらこの
制御を行うことは不可能である.幸い,試料は電極に対して対称な形状をしており,対称な電流電圧
特性を示すことが期待されたため,2 対の電極にはそれぞれ正負対称な電圧がかかるよう,回路を設
計した.ただし,接触抵抗の非対称性などによる線形な非対称を補正するため,正負でゲイン調節で
きるようにした.
図 3.9 にその概念図 (超伝導電極間に電流を流し,常伝導-超伝導の界面抵抗が大きな場合) を,図
3.10 に測定電圧発生回路の回路図を示す.試料に流れる電流は,電圧端子と同電位のシンク回路を
通り,電流電圧変換されて出力されるが,この電圧には電圧端子の電位がそのまま乗っているため,
差動アンプを用いてこれを除去し電流-電圧変換出力とする.図 3.11 は,リニアテクノロジー社の電
図 3.9: 横電流測定時に用いた回路による接合間電
位の概念図.Nb-InAs 間に超伝導ギャップにより高
電圧がかかる場合.
24
V+
Vsamp
R4
1k
V1
R5
1k
15
V-
1k
10k
U3
LT1055A
10k
Rg
Rg
In-
V+
In+
Out
V-
Ref
U1
10k
V3
R6
U2
R2
R1
R3
LT1055A
SINE(0 100u 500)
V2
Vout
LT1167
-15
.tran 10ms
図 3.10: 正負対称な電圧を印加する際に用いた電圧発生回路の回路図.
子回路シミュレーター LTSpice を用いてシミュレートした,入力に 100µV の交流電圧を加えた際の
電圧端子出力電圧,試料電流を電圧に変換した出力及び試料中点での電位である.試料は V+ ,V− に
接続し,V 1,V 2 は電源電圧,V 3 は原信号入力端子,Vout は電流信号出力端子である.また R3 は
100Ω∼10MΩ の抵抗 (スイッチ切り替え) となっており,電流-電圧変換器の利得を 102 ∼107 に変化
させることができる.回路作製にはリニアテクノロジー社のアンプ LT1055A と LT1167 が用いられ
ており,実際の回路では R6 = 1kΩ となっているため回路全体の利得には 50.4 が乗ぜられる.ただ
し,LT1167 の利得 G は G = 1 + (49.4k/Rg ) で与えられる.
Signal (V)
500x10
-6
Vsamp
Vout
Vplus
Vminus
0
-500
0.000
0.002
0.004
0.006
0.008
0.010
Time(s)
図 3.11: 図 3.10 のアンプに 100µV の交流電圧を入力した際の LTSpice による回路シミュレーション
の結果.試料両端にはちょうど逆位相の交流が加わり,試料中央の電位はほぼ 0 に保たれている.
25
第 4 章 実験結果と議論
測定は接合間距離の比較的長い (1µm) ものと短いもの (200nm) の 2 通りの試料で行い,接合距離
の比較的長い試料については 2 種類の形状を用いた. 試料作製に使用した半導体基板は全て同じもの
(第 2 章で示したもの) を用いた.以下,それぞれについての結果を示し,物理的な解釈について議論
する.
4.1
4.1.1
接合間距離の比較的長い試料についての結果と議論
試料構造
測定には以下のような 2 種類の構造の試料を用いた.
試料 1: ウェットエッチングにより L 字型にメサを形成し, そこに Y 字型の Nb 電極を接合した (図
4.1(a)).メサ幅は 4.5µm であり, Nb 電極間の距離は 1µm である.また, 電流方向は L 字の腕
に沿ってそれぞれ [110] 方向,[11̄0] 方向となっており, これにより InAs 中の SOI 異方性 (特に
Dresselhaus 項) の影響の観測を期待した. また, この試料における Nb の超伝導転移温度 Tc は接
合部分の 2 端子抵抗の温度変化によれば 6.5K であり, BCS 理論から求められる絶対零度での超
伝導ギャップエネルギーは ∆0 = 1.76kB Tc ∼ 0.98meV である.
試料 2: 試料 1 と同様にウェットエッチングによりメサを形成したが, この試料では [1 1 0] 方向と [1 1̄ 0]
方向にその方向を分けて同一の基板上に作製した. このようにすることで一方の接合から受ける
影響を無くし, 純粋な SOI 異方性, 横電流の影響を観測することを目標とした.この試料におけ
る Nb の Tc は接合部分の 2 端子抵抗を温度低下と共に同時に測定したところ [1 1 0] 方向の接合
については 5.52K,[1 1̄ 0] 方向の接合については 5.41K であり,超伝導ギャップエネルギーはそ
れぞれ ∆0 ∼ 0.837meV,0.820meV である.
試料 1,2 の模式図および光学顕微鏡写真を図 4.1 に示す.
4.1.2
接合伝導度の温度およびバイアス電圧依存性
まず,各試料について,InAs2 次元電子系を通した Nb 電極間の零バイアス電気抵抗の温度依存性
を概略測定した.図 4.2 に測定結果を示す.測定は,液体 He をクライオスタットに導入する過程に
おいて行い,温度を細かく制御したわけではなく,セルノックス抵抗温度計で温度降下をモニターし
ながら,ロックイン抵抗測定回路あるいは抵抗ブリッジによって得られる値をプロットした.Tc 付近
の降下速度が速く,測定時定数を長めに取っていた.Tc 付近の抵抗変化が緩やかに見えるが,これは
以上の事情を反映したものでゆらぎの効果等物理的に意味のあるものではない.Tc 付近の抵抗降下
は,電極の Nb が超伝導転移を起こしたためであり,それに続く抵抗上昇は,次に見るように,零バ
イアス周辺に超伝導ギャップが開いていくために生じているものである.
次に,4.2K 以下で,微分電気伝導度 (dJ/dV ) のバイアス電圧依存性 (GV 特性) を調べた.以下,
特に断りがない場合,
「伝導度」としては微分伝導度のことを指す.図 4.3,4.4 に試料 1 および試料 2
26
図 4.1: (a),(b):それぞれ試料 1,試料 2 の光学顕微鏡写真. (c),(d):それぞれ試料 1,試料 2 の横構
造模式図.Vsd は接合間に掃引するソース · ドレイン電圧, I は接合面に平行な電流 ( 横電流 ) を表し,
それぞれの方向を黒, 赤色の矢印で示す. 試料 2 で行った横電流応答の測定では図 3.10 の回路を用い
ており, 2 つの矢印の交差点は零電位に調節される.
460
(b)
400
400
R (Ω)
R (Ω)
R (Ω)
(a)
(c)
380
440
360
350
4
5
6
7
T (K)
8
4.0
5.0
T (K)
6.0
4.0
5.0
T (K)
6.0
図 4.2: (a) 試料 1 および試料 2 (b) [1 1 0] 方向, (c) [11̄0] 方向の接合部分における 2 端子抵抗の温度変化.
27
における [110] 方向,[11̄0] 方向の接合間伝導度のバイアス電圧依存性を様々な温度で測定した結果を
示す.ここで「方向」と呼んでいるのは,測定に用いた電流の向きである.従って例えば [110] 方向
のデータ,と言った場合はメサ細線方向は [11̄0] である.試料 1 については約 320mK∼4.2K の温度
域,試料 2 については約 600mK∼7K での温度域で測定を行った.それぞれのデータは高バイアスで
の値で規格化されている.
まず,試料 1(図 4.3) においては,いずれも零バイアス近傍で伝導度が下がるディップ構造を示して
おり,4.2K ですでにほぼ 4∆0 /e の幅を有しているように見える.GL 理論では良く知られているよ
√
うに超伝導ギャップは Tc 付近で ∆(T ) ∝ 1 − T /Tc のように急激に立ち上がる.この温度依存性は
Tc 近傍でしか使えないが,計算によれば T ∼ 0.7Tc 付近ですでに ∆(T ) = 0.8∆0 程度に達しており,
図 4.3 の振舞いは BCS 理論と矛盾するものではない.また,温度低下と共に,ディップ構造の端付近
に伝導度上昇が見られ,これも BCS 理論に従い準粒子状態密度がキャップの端で異常増大している
ことに対応するものと解釈できる.
図 4.3,4.4 の線形を見ると,零バイアスでも伝導度は高バイアス領域に比べて 1/2 程度にしか落ち
ておらず,温度が 0.1Tc 程度まで下がっていることを考えるとこれは過剰電流が多い接合であると結
論される.すなわち,図 4.5 に示した,Andreev 反射を考慮した BTK 公式の範囲内で扱うと,障壁
のパラメーター Z が小さく,Andreev 反射確率が大きな接合が形成されていることになる.この過
剰電流は,Andreev 反射によってコヒーレントな正孔が戻るために生じているものであるから,何ら
かの外部要因によって界面付近のスピン分布等に変化が生じるとこれによって影響を受ける可能性が
ある.
ただし,実験の結果,L 字型にメサ形成した試料 1 では, 一方の Nb 電極間に電流を流すと L 字型
のメサを通してもう一方の Nb 間電極にも電流が流れてしまい,S/N/S 接合に対して常に平行な方向
の電流 (横電流) が流れることが判明した.このため,この試料 1 では横電流の効果を調べるには不
適当である.
次に図 4.4 に示した試料 2 のデータについて見ると, この場合も温度低下と共に零バイアス近傍の
ディップ構造は深くなっており試料 1 と類似の傾向を示した.しかし,ディップ構造の深さは [110] 方
向の方が倍近く深くなっており, ディップ幅についても広くなっている.まず,この結果は,やはり,
試料1においては意図的な横電流なしに測定しても,試料構造によって横電流が流れてしまい,異方
性や横電流の効果を調べるのには適していなかったこと,余計な構造がない試料 2 ではその問題がな
く,異方性が測定されていることを示している.
スピン軌道相互作用の面からこの系の異方性を見てみる.図 4.6 は In0.53 Ga0.47 As の2次元量子井
戸内の2次元電子 (xy 面内) について,z 方向に 20kV/cm の電場がかかっていると仮定し,4 バンド
(スピンも入れて 8 次) の k · p 近似でスピン軌道相互作用を,Dresselhaus 項,Rashba 項の双方を計
1.00
4.2K
0.95
3K
0.90
0.85
0.80
G/G high
G/G high
1.00
2K
(a)
1.5K
[1 1 0]
-5x10-3
2K
(b)
0.85
0.80
5
3K
0.90
320mK
0
Vsd(V)
4.2K
0.95
1.5K
[1 1 0]
-5x10 -3
320mK
0
Vsd(V)
5
図 4.3: 試料 1 の各接合方向における接合間伝導度の温度依存性.(a) [1 1 0] 方向, (b) [1 1̄ 0] 方向.
28
1.0
1.0
0.8
G/Ghigh
G/G high
7K
4.2K
2.6K
0.6
[1 1 0]
1.4K
(a)
0.4
0
Vsd (V)
5x10 -3
3.3K
0.8
2.6K
-
[1 1 0]
0.6
600mK
-5
6.2K
1.5K
(b)
-5
600mK
0
Vsd (V)
5x10 -3
図 4.4: 試料 2 の各接合方向における接合間伝導度の温度依存性.(a) [1 1 0] 方向, (b) [1 1̄ 0] 方向.
算して有効磁場の形で加えたものである.
実験で使用している2次元電子系は In0.53 Ga0.47 As の井戸内に更に InAs の井戸を含む構造の中に
あり,波動関数振幅は主に InAs 内にあるのでスピン軌道相互作用は,より強いものと考えられるが,
異方性に関してはほぼ同程度,少なくとも同傾向であると期待される.図からわかるように,Rashba
項は波数の大きさに強く依存するため,電子濃度により有効磁場が強くなる k 空間位置が変化する.
使用した試料の電子濃度から,フェルミ波数は 0.25nm−1 であり,図では Rashba 項が優勢な外側に
位置している.すると,外側のフェルミ面で見ると [110] 方向で電子の進行方向に垂直な有効磁場が
強くなる.Sinova らによるスピンホール効果の定性的議論にあるように,この有効磁場は,k と −k
のフェルミ面の反対側で反対向きスピンに対して同じ面垂直方向へのトルクを発生するため,スピン
1 重項を作る確率が減って Andreev 反射確率が減少する.以上の定性的議論は,図 4.4 の結果を説明
するものとなっている.
4.1.3
面直磁場依存性
dI
RN d
V
次に試料 2 に対して成長面に垂直な磁場 (面直磁場) を印加した状態で各結晶方向における接合間
伝導度のバイアス電圧依存性を測定した.図 4.7,4.8 は,0T∼15T の磁場領域で測定した接合間伝
導度の変化をカラープロットで示したものである.測定時の温度は約 600mK であり,図 4.7 は測定
値をそのままプロットしたもので,図 4.8 は高バイアスでの値で各磁場ごとに規格化を行ったもので
ある.[110],[11̄0] 両方向共およそ 4T 付近でディップ構造が一度消失している.これは,Nb 薄膜の
垂直磁場で報告されている臨界磁場の値に近く,これがこの試料の Nb 薄膜の臨界磁場でありここで
2.2
2.0
1.8
1.6
1.4
1.2
1.0
0
2.6
Z=0 2.2
Δ
2Δ
eV (V)
1.8
1.4
1.0
0
Z=0.5
7
5
3
1
0
Δ
2Δ
eV (V)
25
Z=1.0 20
15
10
5
0
Δ
2Δ
eV (V)
Z=1.5
2Δ
Δ
eV (V)
図 4.5: BTK 公式による超伝導-常伝導界面の電気伝導度のバイアス電圧依存性.界面のパラメーター
Z を変化させて描いている.
29
図 4.6: 左:InP 基板に格子マッチした In0.53 Ga0.47 As
量子井戸について,8 次の Kane モデル (k · p 近似) を
用いてスピン軌道相互作用の Dresselhaus 項と Rashba
項 (20kV/cm の場合) を計算し,有効磁場分布を外側の
フェルミ面 (磁場方向のみ示した上図参照) について示
したもの.[15] より.
3
(a)
[1 1 0]
(b)
-
[1 1 0]
図 4.7: 試料 2 における,600mK, 面直磁場 0T∼15T での接合間伝導度.(a) [1 1 0] 方向, (b) [1 1̄ 0] 方向.
超伝導ギャップが消失するものと判断される.同じデータであるが,図 4.9 に試料 2 における 4T ま
での面直磁場依存性を示す.ここでも高バイアスの値で規格化を行っている.
4T よりも高磁場領域では,図 4.7 より分かるように,接合伝導度が磁場に対して大きく振動する.
これは,Landau 量子化に伴うもので,実際 InAs 細線の伝導を測定すると,SdH 振動と量子ホール
効果が観測される.この SdH 振動から計算される2次元電子系の電子濃度は 1.18 × 1012 cm−2 であ
り,微細加工していない基板の電子濃度に比べてやや減少している.これは加工のダメージや金属電
極を付けたことによる半導体側バンドの曲がりなどに起因するものと思われる.ただし,この電子濃
度を採用しても前小節の議論には大きな変化はない.
また,図 4.9 に示したように量子ホールプラトー位置に相当する磁場で,伝導度に幅の広い零バイ
アスディップ構造が現れている.これは 2 次元電子系にエッジ状態が形成され,電極とエッジ状態間
に障壁が生じたためと考えられる.
4.1.4
横電流応答
InAs 細線方向に「横電流」を流しながらの測定にも試料 1 は不適であり,試料 2 のみを使用した.
測定はおよそ 600mK で行い,横電流は 0A∼およそ 250nA を流した.各測定共に, S/N/S 接合部分
に対して正負対称な電圧, 電流が印加されていることは試料に接続したデジタルマルチメータで測定
毎に確認した.細線の Nb 電極付近の電気抵抗は 100Ω 程度と見積もられ,これよりこの付近での横
30
(a)
(b)
[1 1 0]
[1 1 0]
-
図 4.8: 図 4.7 のデータを高バイアス側の伝導度で規格化したもの. これによりディップの現れる磁場
位置が明瞭になる.
4T
1.0
3T
0.9
G/G high
G/G high
1.0
2T
0.8
0.7
(a)
[1 1 0]
-5
1T
0T
0
Vsd (V)
0.9
0.8
5x10 -3
3T
4T
2T
(b)
[1 1 0]
-5
1T
0T
0
Vsd (V)
5x10 -3
図 4.9: 試料 2 における,600mK, 面直磁場 0T∼4T での接合間伝導度.(a) [1 1 0] 方向, (b) [1 1̄ 0] 方向.
31
1.0
0.8
0.50
242nA
0.45
0.6
0.4
(a)
[1 1 0]
-5
101nA
0.40
-400 -200
0
Vsd(V)
G/Ghigh
G/Ghigh
1.0
0A
0
-6
200 400x10
5x10 -3
0.60
252nA
0.8
0.55
(b)
[1 1 0]
0.6
-5
103nA
0A
-200
0
200x10 -6
0
5x10 -3
Vsd(V)
図 4.10: 試料 2 における,600mK,0T での接合間伝導度の横電流応答.(a) [1 1 0] 方向, (b) [1 1̄ 0] 方向.
電流による発熱は 6pW 程度である.600mK という温度を考えると,Nb 側の温度上昇は考えにくく,
2 次元電子の温度は若干の上昇がある可能性がある.
図 4.10 に各方向における接合間伝導度の横電流依存性を示す.各方向共に横電流の増加に対して
ディップが浅くなるという類似の傾向を示している.しかしその変化はいずれも小さく, 温度依存性
のデータと比較しても際だった挙動の違いが見られないことから,SOI による偏極スピンと接合境界
面での電子-正孔対との相互作用の影響と断定することは出来ず,電流による 2 次元電子系の温度上
昇によってこのような振舞いが現れた可能性も否定できない.
次に図 4.8 において, 面直磁場に対して複数現れるディップ位置で磁場を固定した場合の, 接合間伝
導度の横電流応答を図 4.11,4.12 に示す. それぞれ [1 1 0] 方向, [1 1̄ 0] 方向におけるデータであり, 測定
温度はおよそ 600mK である. この場合も図 4.10 で示したグラフとほぼ同様の振舞いをしている.
ここで,ギャップ構造には SOI の異方性による違いが現れたにも関わらず,横電流による影響が見
られなかった理由について考察する.まず,ギャップ内構造は N-S 界面で,何らかの機構により常伝
導電子がクーパー対に変わる過程を反映しているから,必ず反対向きスピンと反対向き運動量を持つ
2 電子が関与する.この時,運動量とスピンの両方に制限が発生するため,SOI によって更にこの関
係に制限が付けば,それは変換確率の違いとなって構造に反映するのは自然である.スピンアップダ
ウン,あるいは ±~k の運動量のどちらか一方だけの制限であれば,積分結果には影響がないはずで
あるが,両方が関係すれば,図 4.6 に示したような異方性の影響が必ず出るはずである.
一方,横電流によるスピンホール効果,そしてそれによる界面のスピン蓄積の効果は,まず,スピ
ンのみに制限を与えるものであるため,一定量以上のスピン蓄積がなければその影響は小さい.ま
た,スピン分布を非平衡にし,その非平衡による変換確率変化であるからいわば 2 次の効果を与えて
いる.スピン蓄積の絶対量は後述するように様々な問題があって計算困難であるが,実験結果を見る
かぎりはこの電流密度ではまだスピン蓄積がギャップ内構造に影響を及ぼす量に達していないと見る
べきである.
4.2
接合間距離の短い試料における伝導度特性
この節では接合間距離の短い試料 (試料 3) での測定結果を示し,その解釈について議論する.
32
1.0
0.95
0.85
0.9
216nA
0.90
0.85
G/Ghigh
G/Ghigh
1.00
0.84
54nA
0nA
(a)
-400x10-6 -200
-5
0
5x10 -3
0
Vsd (V)
0.64
0.62
0.60
(c)
-200x10-6
0
244nA
78nA
0nA
G/G high
G/Ghigh
0.78
-200
0
Vsd(V)
0
200x10 -6
5x10 -3
1.0
0.8
0.6
(b)
-5
1.0
186nA
0nA
78nA
0.79
0.8
200
0.80
0.9
0.8
0.78
238nA
122nA
0.76
(d)
0.74
0.72
-400 -200
-5
5x10 -3
0
Vsd(V)
-5
0
Vsd (V)
0
0nA
-6
200 400x10
5x10 -3
G/G high
1.0
0.40
0.8
0.38
0.6
0.4
213nA
0.36
(e)
0.34
-200x10
-5
0
Vsd (V)
-6
0
106nA
0nA
200
5x10 -3
図 4.11: 試料 2 [1 1 0] 方向における,600mK, 各面直磁場下での接合間伝導度の横電流応答. 磁場はそ
れぞれ (a) 3.4T (b) 6T (c) 8T (d) 10.8T (e) 13.1T.
33
1.00
G/Ghigh
G/Ghigh
1.00
0.98
0.935
210nA
0.96
0A
0.930
0.94
(a)
-5
0
0
200
5x10
Vsd (V)
(b)
-200x10-6
0
-5
0.80
244nA
0.78
(c)
-5
G/Ghigh
G/Ghigh
78nA
0
200
5x10
Vsd (V)
0A
-3
1.0
78nA
0.9
0.74
0A
200x10-6
0
0.8
0A
-200
0
200
400x10 -6
5x10 -3
0
-5
1.0
0.70
(d)
0.7
5x10 -3
0
Vsd (V)
238nA
122nA
0.72
0.76
-200
Vsd (V)
1.00
0.9
213nA
0.75
106nA
0.74
(e)
0
Vsd (V)
0.95
0.835
0.90
0.830
0
5x10
-3
219nA
112nA
0A
0.825
0.85
0.73
-500x10 -6
-5
G/Ghigh
G/Ghigh
186nA
0.900
-3
0.9
0.8
0.905
0.90
400
1.0
0.8
0.95
0.895
54nA
-400x10 -6 -200
0.910
(f)
0.820
0.815
-500x10 -6
0A
500
-5
0
Vsd (V)
0
5x10
500
-3
図 4.12: 試料 2 [1 1̄ 0] 方向における,600mK, 各面直磁場下での接合間伝導度の横電流応答. 磁場はそ
れぞれ (a) 3.4T (b) 6T (c) 8T (d) 11T (e) 12T (f) 13.3T.
34
図 4.13: 試料 3 の (a) 光学顕微鏡写真 (b) 模式図 (c) 測定前に撮影した原子間力顕微鏡写真 (d) 測定後
に撮影した電子顕微鏡写真.
4.2.1
試料構造
図 4.13(b) の模式図に示したように,この試料のメサ幅は 700nm,Nb 電極間の幅は 200nm である.
この試料における Nb の Tc はおよそ 5.8K であり, 超伝導ギャップ ∆ ∼ 0.88meV 程度であった.また,
試料作製の都合上 S/N/S 接合の方向は [110] 方向のみであり,[11̄0] 方向の接合を有する試料は測定
できるものが技術的な問題により現在のところ得られていない.
微細加工の結果得られた試料の原子間力顕微鏡写真を図 4.13(c) に示す.リフトオフ工程の失敗に
より Nb ギャップの部分に乱雑な構造が残っている.その物質は不明であるが,工程から判断すると
ギャップ部分の Nb が下部レジストの溶解により破砕はされたものの除去できずにそのままギャップ
上に堆積したことが疑われる.もしそうであるとすれば,Nb 破片が互いに接触してギャップ間に伝
導経路を形成する可能性がある.これは当然測定の障害になるが,一方電気的な接続がなく,測定に
影響がない可能性もある.そこで,この試料 (試料 3) について測定を行うことにした.
まずおよそ 1K の温度で測定行い, 図 4.14(a) に示すようなディップ構造が得られた.抵抗値が高く,
簡単なディップ構造になったことは,Nb 破片による並列伝導は無視できることを示している.ただ
し,ディップ構造の幅は 4∆0 /e に比べてかなり狭く,その原因は定かでない.ところが,その後使用
していたアンプの発振により高い電圧 (約 10V,10kHz) が接合間に約 10 秒間かかるというアクシデ
ントがあり,これによって伝導特性が変化し, 図 4.14(b) の挙動を示した.半導体や絶縁体の障壁に降
伏電圧以上の高電圧をかけて衝突電離を伴う雪崩伝導を起こすと,衝突電離によって伝導経路が発生
し,永続的な伝導チャネルに変化する現象がしばしば見られるが,この場合も類似現象が生じたもの
と考えられる.接合の 2 端子抵抗値は 3.8kΩ から 189Ω に変化し,その後この値で安定していた.以
降はこの状態で測定を行った.
問題はこの絶縁破壊がどの領域で起こり,破壊後の測定値は何を測定しているのか,という点で
35
-3
5.0x10
240
G(S)
G(S)
260x10-6
220
200
(a)
-1x10 -3
0
Vsd(V)
(b)
4.5
4.0
3.5
-4x10-3 -2
1
0
2
Vsd(V)
4
図 4.14: 試料 3 における 1K での接合間伝導度.(a) 高電圧印加前,(b) 高電圧印加後.
ある.後述するように,Nb ギャップの電気伝導が InAs の横電流に強く依存することから,一部は
InAs-Nb 間の障壁で生じたのは疑問の余地がない.これは,破壊前の伝導が InAs を通してのものの
みであった点からも自然である.しかし,伝導にはこれだけでは説明の難しい伝導度ジャンプなどが
現れ,多数の微小ジョセフソン接合がネットワーク接続されている際に見られる特性に似た特性を示
した.これは,Nb 破片間でも一部絶縁破壊が生じて Nb ギャップに並列回路が生じていることを示唆
していたため,並列回路もあるものとして実験を進めた.しかし,実験終了後に試料を電子顕微鏡で
再度観察すると,図 4.13((d) に示したように,ギャップ上に存在した「ごみ」状のものが一応吹き飛
ばされていることが判明した.従い,現時点では細かな伝導度ジャンプの起源は不明である.
4.2.2
バイアス電圧依存性
図 4.15 におよそ 500mK での接合間微分伝導度のバイアス依存性を示す.(a) は 10mV までの比較
的広い範囲の伝導度,(b) は原点付近の拡大図である.(a) の広域構造でまず目につくのが,零バイア
ス付近に伝導度のディップに代わり顕著なピーク構造が現れていることである.単純にピークである
ことのみに着目すると,BTK 公式においてパラメーター Z が 0 に近づき,Andreev 反射確率が増大
してピークになったと考えることも不可能ではないが,BTK 公式から得られる線形と比べると,零
バイアスピークが細く,異なる機構によるピーク形成を示唆している.次に特徴的なものが,0.5mV
と 2.5mV 付近にある伝導度ディップである.今見ているのは2接合の伝導であるから,2∆0 /e を境
に電流電圧特性の特徴的構造の性格が変化する.従って,この2つのディップはいずれも Andreev 反
射現象が引き起こしたものと思われるが,ディップの機構そのものは異なっていると考えるのが自然
であろう.
細かな構造に注意すると,| Vsd | < 3.7mV の領域で伝導度に「飛び」と思われる構造が多数現れて
いる.すでに述べたようにこれはジョセフソン・ネットワークで,接合が次々と電圧状態に転移する
際に現れる構造に類似している.しかし,ジョセフソン・ネットワークでは電流そのものに飛躍が多
数現れることが多く,その場合,履歴現象を伴うが,この構造にはそのような現象は見られておらず,
並列ジョセフソンネットワークによるものという断定も難しい.
「飛躍」の中には,図 4.15(b) 中に見
るように,かなり大きな構造もあり,その一部は Andreev 反射によるものである可能性もある.
36
peak A
(a)
dip B
dip C
(b)
図 4.15: 試料 3 における 500mK での接合間微分伝導度のバイアス電圧依存性.(a) バイアス電圧
±10mV 範囲での測定結果.(b) 零バイアス付近の拡大図.
図 4.16: 試料 3 において予想されるモデルの概念図.
37
B=0T
B=4.0T
図 4.17: 試料 3 における 600mK, 成長面に垂直な磁場 0T∼4T に対する接合間伝導度-バイアス電圧
特性の変化.
G(S)
5.0x10-3
4.5
4.0
3.5 (a)
-4x10-3
0.75T
-2
0
Vsd (V)
0.5T
2
0.25T
0T
4
1.0T
G(S)
4x10-3
2.5T
2.75T
3.0T
3.25T
3.75T
3
2
(b)
-4x10-3
1.75T
2.0T
2.25T
-2
0
4.0T 2
Vsd (V)
4
図 4.18: 試料 3 における 600mK,面直磁場下の接合間伝導度.(a) 0T∼0.75T (b) 1.75T∼4T.
38
4.2.3
面直磁場依存性
図 4.17,4.18 に接合間微分伝導度-バイアス電圧 (GV) 特性の成長面に垂直な磁場 0∼4T に対する
変化を示す.測定温度は 600mK である.バイアス依存性に現れていた振動構造は,0.8T までの磁場
で大きく抑制され,2T で一旦ほぼ完全に消える.更に磁場を高くすると,高バイアスの伝導度が下
がることで零バイアス付近にピーク構造が現れ,4T 付近でこのピークも消滅して平坦な伝導度 (オー
ミックな電流電圧特性) が得られる.
図 4.18(a) は図 4.17 のデータ中 0.75T 以下のものを拡大表示したものである.磁場を増加していく
と零磁場で現れていた構造が小さくなっていくと同時にピーク,ディップ位置が共に零バイアス位置
に近づいてゆき,0.75T では零バイアス付近の小さなディップのみになる.これは,4.1.3 節で示した
ギャップ幅の広い試料に現れた超伝導ギャップ構造とは定性的に異なる振舞いであり,これらの振動
構造が超伝導体のエネルギーギャップとは異なる機構によって生じていることを示している.
最後に高磁場で高バイアス側から伝導度が下がり,構造が消失する現象であるが,磁場と電流の増
加と共に磁束が超伝導薄膜内部に侵入し,最終的に余剰電流が失われることを反映している.接合間
距離が長い試料のように零バイアスディップが生じないのは,接合抵抗が低く,また端に強い乱れが
あって電極と絶縁した端状態が現れにくくなっているためと考えられる.これは,後で伝導度ピーク
の説明にも有用なモデルを与えている.
4.2.4
微分伝導度-バイアス電圧特性の振動構造に関する考察
ここで,GV 特性に現れた振動構造の物理的な機構について,可能な範囲で考察する.議論の便宜
のため,図 4.15 の構造に,図中に示したように,ピーク A,ディップ B,ディップ C とそれぞれ命名
する.
零バイアス伝導度ピーク A
まず,零バイアス周辺の伝導度ピーク A であるが,(a) 零バイアスでピーク構造を取る,(b)BTK
公式で接合パラメーター Z が小さい場合に生じるピーク構造に比べてかなりピーク幅が狭い,(c) 面
直磁場に比較的敏感で磁場印加によりその高さが減少する,という特徴を有している.これらの特徴
N
e2
CP2
5
h2
e2 h2
S
G (mS)
F
h2
e2
4.5
Peak conductance
CP1
e1
4
h1,h2
(b)
(a)
0
0.2
0.4
B (T)
0.6
0.8
図 4.19: (a)「完全透過」現象の模式的説明図.(b) ピーク A の高さを印加磁場に対してプロットした
もの.
39
Dip position (V)
Dip B
0.002
S
0.001
F
S
N
0
(a)
0.2
0.4
B(T)
0.6
0.8
(b)
図 4.20: (a) ディップ B のバイアス電圧位置を磁場の関数としてプロットしたもの.(b) ディップ B を
説明するための定性的モデル.SN 界面には散乱中心が集中しており,その領域を抜けることできる
位置は限られている.これらを結ぶような経路で S-N-S の伝導が生じる.
を一通り有するピーク発生現象として,ここでは,Kastalsky らが実験的に見出し [16],van Wees ら
によって説明が与えられた [17],
「完全透過」(perfect transmission) と呼ばれるものを考える.
その概念図を図 4.19(a) に示す.今,電子 e1 が NS 界面に入射し,一部が h1 の正孔として Andreev
反射し,一部が e2 の電子として通常反射したとする.N 側に散乱中心が多数存在していたとすると,
e2 はこれによって散乱を受け,一部は NS 界面に再び入射する.その更に一部は Andreev 反射して正
孔 h2 として戻るが,h2 は遡行性によって結局元の入射経路に戻り伝導度に寄与する.ゼロ磁場,ゼ
ロハイアスではこのような経路は時間反転対称性により常に強め合う干渉効果を生じるため,そこで
伝導度はピークを形成する.反射が強くて界面付近に局在状態ができる条件下では最終的に 100%の
Andreev 反射が起きる.これを完全透過と称する.図に示したように,反射経路は有限面積を囲ん
でいるので,今の場合面直磁場によって Aharonov-Bohm 位相がランダムに (これはループが散乱体
の乱雑な配置によって乱雑な分布を持つことによる) 入ることで干渉効果が弱まりピークは下がって
いく.
実験に使用している InAs 2次元電子系の平均自由行程は 200nm で,ギャップと同程度であるから,
電子は Nb 電極間をほとんど散乱されずに伝播するはずである.しかし,NS 界面に限っては,前述
のように高電圧による絶縁破壊で接触を取ったことから,微細加工や絶縁破壊時のダメージによって
多数の散乱中心が導入された可能性があり,その場合は図 4.19(a) のような状況であると考えられる.
図 4.19(b) にピーク高さの磁場依存性を示した.今の場合,Vsd と磁場は類似の役割を果たしてい
ると考えられ,図 4.18 のピーク形状と図 4.19(b) の磁気抵抗形状には,ピーク尖頭がやや平らである
などの類似点がある.
高バイアス伝導度ディップ B
ディップ B はゼロ磁場では超伝導ギャップの外側に位置している.ところが,面直磁場によってそ
の位置は低バイアス側にシフトし,ギャップ内に入り込んでしまう.4.1.3 節で見たように,Nb 電極
は第 II 種超伝導体であるから垂直磁場によって超伝導体積比率が減り,ギャップ内余剰電流が増加す
るものの,ギャップの幅自体は大きく変化しない.図 4.9 を見てわかるように,1T までの磁場では余
剰電流の増加量もギャップの 10%以下である.一方,ディップ B の位置は,図 4.20 に示したように,
0.8T までの磁場で急速に移動し,零バイアス付近でディップ自身が消える.
まず,磁場に鋭敏であることからコヒーレントな界面反射に起因する干渉効果が関わっていると考
えられる.そしてゼロ磁場でギャップ外に構造があることから,2.3.3 節で述べた Tomasch 振動の類
40
似現象が生じているものと考えることができる.ただし,2.3.3 節で考えた Tomasch 振動は共鳴領域
として1次元的な伝導を考えていたから,このままでは磁場に対する鋭敏性が説明できない.そこで,
図 4.20(b) のような定性的模型を考える.
上でも述べたように,NS 界面付近には散乱中心が集中し,界面にそって延び,InAs 内部方向には
局在した状態が形成されている.局在状態には SNS の伝導を生じさせるための「穴」に相当する箇
所があるはずで,結局 S-N-S の伝導は,これら「穴」をつなぐ経路が担っている.この場合,正孔が
反射して戻ってくるまでに経路は有限面積を掃くためここに入った磁束は AB 位相を通して干渉に影
響を与える.
経路を貫く磁束を図のように Φ とすると,Tomasch 振動領域では共鳴条件が (2.38) の位相シフト
が 2nπ となる代わりに 2π(n − Φ/φ0 ) となる筈である.ただし,φ0 は超伝導量子磁束 h/2e である.
すなわち,
√
) (
(
)
~vF 2
Φ 2
h
2
π
eVn ≈ ∆0 + n −
;
φ0 ≡
(4.1)
φ0
d
2e
であり,Φ によって共鳴位置がスムーズに移動する.し
かし,問題は,ディップ B は ∆0 の内側 eV < ∆0 でも
スムーズに移動していることであり,この考えは修正を
要する.Nb 電極間ギャップ幅の広い試料に見るように,
D
トンネルスペクトルには非常に多くの余剰電流が現れて
おり,これは超伝導ギャップ内にかなり大きな準粒子状
k
態密度があることを示している.すなわち,このような
準粒子伝導だけ見ていると超伝導ギャップによる質量が
消えた (すなわちギャップそのものが消えた) かのような
振舞いをしている.ギャップ構造そのものは残っている
-D
ことを考えると,界面の乱れや膜中に量子磁束として入
り込んだ磁束の影響で,左図に模式的に示したように準
粒子バンドの多バンド化が生じていると推測される.
これを最も粗く (4.1) に取り込むには最も外側のバンドが効いていると考え,∆0 = 0 と置いてしま
う.これによってディップ位置と磁場のリニアな関係が得られ,実験で見られた図 4.20(a) のような
直線的な移動と定性的には一致している.図 4.20(b) でループを形成する三角形の底辺の長さを w と
すると,この簡単なモデルによるディップ位置 Vdip の変化は
E
Vdip ∝ −(vF w/2)B
(4.2)
と極めて簡潔になる.B は磁束密度である.Nb のフェルミ速度 1.37×106 m/s を用い,図 4.20(a) か
3
ら得られる傾き −3.16×10 (V/T) を使用すると,w として 8.7nm という,ギャップに比べるとかな
り短い値が得られるが,少なくとも非物理的と思われるほど試料サイズから外れた値にはならない点
は,モデルのある程度の妥当性を示している1 .
伝導度ディップ C
ディップ C は 0T と 0.25T のデータにのみ明瞭に現れており,判断が困難であるが,現れている位
置から図 2.10 の準調和ギャップ構造で n = 2 に相当すると考えられる.実際,磁場応答はその深さが
浅くなるだけで,ディップ B と違って磁場に対してその位置が変化していないように見える.ただ,
1
Nb のバンド構造は実際には大変複雑であり,このような極めて簡単なモデルではオーダー程度の議論しかできない.
ましてギャップ内バンドの分散はどのようになっているのか全く不明である.
41
G(S)
5.0x10-3
0A
106nA
201nA
436nA
842nA
1.21μA
(a)
4.5
4.0
-4x10-3
G(S)
5.0x10-3
-2
0
Vsd(V)
2
4
0A
-108nA
-200nA
-435nA
-840nA
-1.20μA
(b)
4.5
4.0
-4x10-3
-2
0
Vsd(V)
2
4
図 4.21: 試料 3 における 600mK での接合間伝導度の横電流応答.(a) 0A∼1.21µA (b) 0A∼-1.20µA.
n = 2 の構造が見えているのに n = 1 の構造が見えないのはやや理解に苦しむ所で,現在のところ十
分な解釈ができていない.
4.2.5
横電流応答
図 4.21,4.22 に接合間伝導度の横電流応答を示す.(a) は 0A∼1.21µA, (b) は 0A∼-1.20µA の横電
流を流した結果であり,図 4.21 は広いバイアス領域,図 4.22 は零バイアス近傍での様子を表している.
正負の横電流増加に対してピーク,ディップの大きさ (すなわち伝導度振動振幅) は共に大きく減少
している.振動振幅減少という点では面直磁場の効果と同じであるが,構造の現れるバイアス位置に
はほとんど変化がなく,この点は面直磁場とは効果が大きく異なる.まず,注意したいのは,電流の
増加に対し,GV 特性線形が正負バイアス電圧に対する対称性をほぼ保っていることである.図 4.22
の零バイアス近傍を見ると,零バイアスピーク位置が横電流に応じてシフトしており,これが電極の
非線形性等によって完全に抑えきれなかった横電流回路で試料の電位がわずかにシフトすることによ
るシステム誤差と考えられる.実験中にこれを補正し直すことも考えられたが,GV 特性全体につい
て補正できるかどうか定かでなかったことと,シフトは伝導振動の振幅減少に比べてずっと小さく,
万一必要になれば測定後に補正可能な範囲であると考え,この状態で測定を行った.この実験では試
料 1,2 の場合に比べて大きな電流を流しており,メサ細線幅が狭いために,電流密度は更に大きく
なるため,Nb 電極ギャップの大きな試料での結果に比して大きな効果がでているかどうかは微妙で
ある.正確な比較のためには試料 1,2でも電流密度を同じにして比較する必要があり,今後の実験
42
0A
4.5
106nA
201nA
-3
436nA
842nA 5.0x10
1.21μA
4.5
4.0
4.0
(a)
-500x10-6
(b)
G(S)
G(S)
5.0x10-3
0A -108nA
-200nA
-435nA
-840nA
-1.20μA
0
Vsd (V)
500
-500x10-6
0
Vsd (V)
500
図 4.22: 試料 3 における 600mK での GV 特性の横電流応答,零バイアス付近での振舞い.(a)0A∼
1.21µA,(b)0A∼−1.20µA.
課題である.
まず問題となる試料の温度上昇であるが,1.2µA で試料周辺の発熱電力が 700pW と見積もられる.
比熱の大きな 3 He 液が Kapitza 抵抗はあるものの直接接触していること,600mK という比較的高温
での測定であること,1K での測定でもゼロ磁場の GV 特性図 4.15 に目立った変化が見られないこと
から,温度上昇の影響は無視できるものと考える.次に,電流が流れていることによる運動エネル
ギー非平衡の効果,すなわちフェルミ球 (円) がシフトすることによる運動量のアンバランス効果を見
積もっておく.電子濃度が 1.9×1016 /m2 ,有効質量は InAs のもの 0.023m0 を使用するとフェルミ速
度は金属並みに大きく,1.74×106 m/s である.一方,700nm の幅にこの2次元電子系の電子を 1.2µA
すなわち 7.5×1012 個/s だけ流すために必要な電子の加速は 1.9×103 m/s である.すなわち,k 空間で
のフェルミ面 (円) のシフトは,10−3 kF 程度,比率は小さいが,TF が 2300K と大きいため,温度に
換算して 4K である.これは当然無視することができない.シフトは界面に平行な方向であるから面
に垂直に入射する電子には影響がないが,平行成分を持つ電子はこのシフトを考慮する必要がある.
一方,電場がかかっているために電子が伝播中に電場から受ける仕事によって波数が変化する効果
もある.前節で考察したピークやディップを示す機構について考える.干渉パスの長さを l=100nm
と考え,電場による波数のシフトを δk とすると
(電場が行う仕事) = eEl =
]
~2 [
~2
(kF + δk)2 − kF2 ≈
2kkF δk = ~vF δk.
∗
2m
2m∗
したがって問題となる位相シフトは,電場 E = 3.5 × 103 V/m を用いて
δkl =
eEl2
∼ 0.03
~vF
でこれも余り影響がない.
当初期待したスピンホール効果による NS 界面のスピン蓄積の効果を考える.スピン蓄積は,スピ
ン縮退を解いてペアポテンシャルに拮抗する方向に働くので,ピーク A については,干渉経路が NS
界面付近に局在しており界面に蓄積するスピンが影響を与える可能性は高い.ディップ C に関しては,
スピン蓄積によってペアポテンシャルのエネルギー利得が減少することでディップ構造が消えること
が考えられる.ディップ B については,スピン蓄積は何らかの影響を与えると考えられるが A,C ほ
ど明確な消失メカニズムが考えにくい.
ペアポテンシャル利得消失のために必要なスピン蓄積量を見積もってみる.2∆ は今,温度換算で
20.4K であるから,2∆/kB TF ∼ 8.9 × 10−3 である.これはスピン密度で 3.8×109 /cm2 程度必要にな
る.ただ,このスピン密度が必要になるのは界面から近接効果侵入長程度の範囲であるから,1.2µA
43
5
B
0.8
| G / G ( J =0)|
Peak/Dip Conductance (10 -3 S)
1
A
4.5
C
A
0.6
0.4
4
B
C
0.2
3.5
0
(a)
0.5
0
1
J ( m A)
(b)
0.5
1
J ( m A)
図 4.23: 横電流に対するピーク高さ/ディップ深さ減少の傾向.(a) ピーク高さ/ディップ深さをその
ままプロットしたもの.(b) ピーク高さ/ディップ深さを横電流量 J = 0 の値で規格化し絶対値をとっ
たもの.
で1秒間に流れる電子数が 7.5×1012 個程度であること,実験的に報告されているスピンホール伝導
度 σSH が電気伝導度 σ に対して σSH /σ ∼ 10−3 程度であることを考えると,ちょうど 1.2µA 程度で
アップダウンスピンに対する擬似化学ポテンシャルが界面でペアポテンシャル程度開くと考えられる.
これは結局上で考えた運動量空間での不均衡と同じ条件であるが,運動量の場合は電流方向であって
蓄積がないのに対し,スピンホール効果は界面の蓄積によって効果が増大する.
スピン蓄積については,すでに述べたように,スピンホール伝導度,スピン拡散係数,スピン散
乱時間等が必要であり,その計算は容易ではない.理想的にクリーンな InAs 2次元系 ((001) 面) に
√
おいては Trushin と Schliemann により [18],半古典的ボルツマン方程式を解くことで,(1, 1)/ 2,
√
(1, −1)/ 2 を基底にした座標系で
(
)
m∗2
0
β−α
hSi =
j
(4.3)
2π~3 en β + α
0
と与えられている.実験に使用した試料は電流を [11̄0] 方向に流しているから,Rashba 項と Dresselhaus
項が打ち消し合って効果が小さくなる方向である.それでも InAs はスピン軌道相互作用が大きく,残
余項でスピン蓄積が生じていると考えられる.実際には本試料は特に界面付近は乱れが大きいと考え
られ,更に Nb 電極へのスピン偏極の吸収効果も無視できないと考えられ,この理論からの定量的評
価は困難である.
図 4.23 に横電流 J に対して伝導度ピーク高さあるいはディップ深さがどのように変化するか示した
ものである.干渉効果に起因すると考えた A,B が類似の変化を示しているのに対して,ペアポテン
シャルによる状態密度異常を反映したと考えた C が明らかに異なる横電流依存性を示している.単
純に考えると,ペアポテンシャルとスピン化学ポテンシャル差の競合によって消滅する C の方が横電
流に鈍くなると思われるが,実際には C の方が遙かに鋭敏に横電流を感じている.これは,電流が流
れることでのフェルミ円のシフトによって運動量反転に関する非対称性が生じることを反映している
と考えられる.左記に見積もったように,この効果は界面に平行な方向では 4K にもなるので,多重
Andreev 反射の効果を十分抑制しうる.C のディップ縮小にはスピン蓄積と運動量空間非対称化の両
44
(a)
(b)
(c)
(d)
図 4.24:
試 料 3 に お け る 600mK, 各 面 直 磁 場 下 で の 接 合 間 伝 導 度 の 横 電 流 応
答.(a) 0.5T (b) 2.75T (c) 3T (d)3.5T.
方の効果が効いていると考えられる.
4.2.6
磁場中の横電流応答
磁場中の横電流応答について, 接合間伝導度が特徴的な形状をもつ磁場の値を選び, 各磁場下におい
て 1.21µA の横電流を流すことで応答の変化を観測した.選んだ磁場の値は 0.5T,2.75T,3T,3.5T
であり図 4.24 にそれぞれのデータを示す.
スピンホール伝導度は時間反転対称性があっても有限なため横電流の効果が現れたが,磁場がかか
ることで時間反転対称性が破れるため,電気伝導度テンソルに非対角項 (ホール伝導度) が生じ,系に
新たな状況が生じる.仮に Nb 電極を電位的に開放 (オープン) 状態にしたとすると,電極ギャップ間
に電位差 (ホール電圧) を発生するので,
「横電流が流れている状態」の素子では Onsager の相反性が
破れ,バイアス電圧に対して非対称な構造が現れる可能性がある.今の場合,Nb 電極は電圧バイアス
されているのでホール電圧は顕には生じず,ホール電流となって現れると考えられる.ところが,現
在の測定系は,バイアスに交流変調をかけてロックイン回路によって振動成分のみ検出する形になっ
ており,これは測定にかからない.
図 4.24 を見ると,いずれもバイアス電圧に対して対称な構造になっており,上記の期待のような
ことは生じていない.今後の実験においては微分伝導度のみではなく,直流成分も検出する必要があ
る.一方,横電流の効果は著しいものがあり,0.5T のデータではディップ B,ピーク A 共に横電流
1.21µA により完全に消失している.これらについては,電極に垂直に入射する成分が重要であった
ため,磁場がない状況では運動量空間での非対称性はそれほど強い影響を受けていなかったが,磁場
で生じたホール電流が Andreev 反射等を通して電極に直接流れ込む状況では,干渉効果が阻害され
て強い影響を受けるのは自然である.
45
第 5 章 結論と今後の課題
強いスピン軌道相互作用を有する InAs 量子井戸2次元電子系を細線に加工し,超伝導体の Nb で
狭ギャップ構造を作製し,ギャップ間の伝導を,バイアス電圧,2次元面垂直磁場 (面直磁場),およ
び InAs 細線に流す電流 (横電流) をパラメーターとして調べた.
1. ギャップ間隔の広い (1µm) 試料では,余剰電流の非常に多い超伝導ギャップ構造が現れた.こ
のトンネルギャップ構造は,InAs の結晶方位に依存し,これは2次元面内の InAs のスピン軌
道相互作用の異方性に起因するものと考えられる.
2. ギャップ間隔が狭く (200nm),接合抵抗が低い (接合障壁が低い) 試料では,伝導度-電圧特性
(GV 特性) に特徴的な振動構造が現れた.
3. 上記振動構造中の特徴的な3種類の構造について,GV 特性の磁場応答から,それぞれ,完全
透過,遡及反射による Nb ギャップ間の干渉効果,Andreev 多重反射によるものとアサインし
た.ただし,いずれも自然で可能性の高いアサインであると考えるものの,実験的に確定され
たわけではなく,今後の検討の余地を残している.
4. 上記試料にゼロ磁場で横電流を流したところ,3種類の構造はいずれも強い影響を受けて抑制
された.
5. 磁場下においては更に横電流による強い抑制効果が観測された.
最後に,特に上記 4.,5. について,横電流の効果がスピンホール効果に起因するスピン蓄積の影
響なのかどうか考える.スピン蓄積の効果であると決定する上で最も問題となるのが,前章でも議論
したように電流によるフェルミ円のシフト効果である.実験のデザインをする際にこの効果がこれ程
大きくなることを見落としていたことは大変残念である.特に 5. は運動量空間での非対称性の効果
が間違いなく存在することを示唆しているように思われる.従って,スピン蓄積の効果を観測したと
断言することはできない.
以上の実験・議論の結果から,今後の課題を挙げる.
ˆ 現在の実験系で,AC 測定のみでなく DC も合わせて測定し,ホール電流の効果を定量的に評
価できるようにする.
ˆ InAs の量子ポイントコンタクト (QPC) 系で,ゼロ磁場でのスピン偏極が報告されている.現
在の Nb ギャップ構造に流す電流を QPC を通してスピン偏極させればスピン偏極・蓄積の効果
を明瞭に分離できる可能性がある.
ˆ 現在は,単に長方形のギャップ構造であるが,ここに中空リングを設けるなどして干渉計を置
くことができれば,明瞭な実験をすることができる.
46
謝辞
本研究を遂行するにあたり多くの方々にお世話になりました. ここに感謝の意を表します.
勝本信吾教授には大変興味深い研究テーマと恵まれた実験環境を与えて頂きました. また, 試料作製,
実験技法から論文作成に至り指導教員として懇切丁寧なご指導を賜りました. 深く敬意を表すると共
に, 心より御礼申し上げます.
家泰弘教授には様々な局面において貴重なご助言とご協力を頂きました. 深く感謝申し上げます.
遠藤彰博士には測定装置の使用方法等について丁寧なご指導, ご助言を頂きました.
橋本義昭氏には 2 次元電子系基板の作製をはじめ, 試料作製から測定にいたるまで全面的に大変お
世話になりました.
川村順子秘書には研究生活において大変お世話になりました.
家 · 勝本研 OB である大塚朋廣氏, 児玉高明氏, 天野浩昭氏, 梶岡利之氏, そして現在籍生である藤田
和博氏, 金善宇氏, 加藤悠人氏, 桑原優樹氏, 田中寛治氏, 小早川修平氏には研究に関する数々の助言
の他, 日々の生活を楽しく豊かなものにしていただきました.
最後に, 両親, 友人を含め本研究生活に関わった全ての方々に心より感謝致します.
47
参考文献
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