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full-Text - 吉原博幸
研究速報 医療情報学 24 (1), 2004: 99–109
99
PDA を入出力デバイスとする褥瘡診療計画書入力システムの
開発と有効性の検討
A Study of Electronic Treatment Planning System
for Pressure Ulcers using Personal Digital Assistant
大星 直樹1
灘吉 隆也2
三富 陽子3
黒田 知宏1
Naoki OHBOSHI
Ryuya NADAYOSHI
Yohko MITOMI
Tomohiro KURODA
崎花 尚美3
立花 隆夫4
宮地 良樹5
吉原 博幸1
Naomi SAKIHANA
Takao TACHIBANA
Yoshiki MIYACHI
Hiroyuki YOSHIHARA
看護師の病棟における日常業務の中で看護記録等の間接看護に割かれる時間が看護業務全
体からみて多くの割合を占めていることが指摘されている.また,看護師は患者のケアを行
いながらメモをとりナースステーションへ戻り,そのメモや記憶をもとに患者データを紙媒
体の用紙に記録することが多い.紙を媒体とする看護記録は患者データの転記ミスを誘発し
たり,データを電子的に集計,分析しようとすると煩雑なコンピュータへのデータ入力作業
を看護師に強いることになる.これらの問題に対処するため,我々は病棟における看護師の
記録業務軽減を目指し褥瘡ケアを対象にモバイル端末として Personal Digital Assistant (PDA)
を入力デバイスとする診療計画書作成システムを開発した.このシステムはユーザの直感的
な発生源入力を可能にするインタフェースを備え,院内の無線 LAN 上で稼働する Web ア
プリケーションとして実装されている.本システムはベッドサイドでの患者の診療計画情報
の直接入力・検索・参照・変更を容易にし,患者データの転記作業の減少,情報の共有化,
二次利用を目指している.本稿ではモバイル端末による看護支援システムの設計指針を示
し,未だ病院内で運用する情報機器として普及しているとは言い難い PDA は,その操作練
習を行うことによって医療従事者の操作能力を向上させることが可能であり,病棟での発生
源入力のデバイスとして有効であることを確認したので報告する.
(キーワード:看護システム,発生源入力,PDA,褥瘡,無線 LAN)
1
京都大学医学部附属病院医療情報部
〒606–8507 京都市左京区聖護院川原町 54
2 京都大学大学院情報学研究科
3 京都大学医学部附属病院看護部
4 天理よろづ相談所病院皮膚科
5 京都大学大学院医学研究科皮膚科学
E-mail: [email protected]
1
2
3
4
5
Department of Medical Informatics, Kyoto University Hospital
Kawahara-cho 54, Shogoin, Sakyo-ku, Kyoto 606–8507,
Japan
Graduate School of Informatics, Kyoto University
Nursing Administration, Kyoto University Hospital
Department of Dermatology, Tenri Hospital
Department of Dermatology, Kyoto University Graduate
School of Medicine
100 PDA を入出力デバイスとする褥瘡診療計画書入力システムの開発と有効性の検討
Nurses looking after inpatients cannot take enough time for caring or managing patients because
they have other time-consuming works, namely, keeping records of patients, establishing contact with
doctors or nurses and so on. They usually memorize information about patients beside sickbed and
write this information down on chart in nurse station. And so, paper based nursing record may trigger
recording mistakes because the record depends on the memories of nurses. To address this issue, we
have developed an electronic treatment planning system on bed-site. This is a specialized system for
pressure ulcer using Personal Digital Assistant (PDA). Our system enables nurses to record, retrieve
and change the patients’ record on bed-site directly over wireless LAN. In this paper, we describe how
to design and implement the planning system, in particular how to design user interface and validity of
PDA.
(Keywords: PDA, wireless LAN, pressure ulcer, care management system)
ドでの患者の診療計画情報の登録・検索・変更が
1 はじめに
容易になり,患者データの転記作業の減少,情報
高齢者人口の増加にともなう医療費の増大や,
の共有化が可能になる.本稿は PDA を入力端末と
により,医療の質の向
して病棟からの発生源入力可能な褥瘡診療計画書
上と効率化が求められている.これを実現するた
作成システムに求められる要件,システム設計指
めには,患者と接する時間が多い看護師の業務改
針,具体的な実装法,そして本システムの有効性
善が必要不可欠である.これまでに行われた看護
の評価について報告する.
数多くの医療事故の報告1)
師の業務量調査2,3)
では,看護記録などの事務作業
に多くの時間が費やされ,看護師が本来の業務で
ある患者のケアに当たる時間が短くなっていると
2 背 景
1) 看護における業務量
いう実態が報告されている.現在でも病棟での記
看護業務の現状を把握し,看護の質の向上を目
憶やメモをもとにナースステーションへ戻ってか
指すために,いくつかの病院において,看護師の
ら患者データを記録用紙へ転記することが多い.
業務量調査が行われてきた.その一例として,徳
これは患者記録の転記ミスを誘発する要因となっ
島中央病院において行われた,看護業務量調査に
ている.紙媒体で記録されたデータを電子化,分
よると直接看護が業務の中で占めている時間は,
析し患者ケアの向上に役立てるには膨大なデータ
看護業務全体の 29% ほどしかなく,業務量として
をコンピュータへ入力する作業が必要であり,こ
一番多いのが,看護記録や申し送り等の事務的な
れが現場の看護師の大きな負担となっている.こ
作業が主となる間接看護で 34% であると報告され
の患者ケアデータの入力作業の負担を軽減すれ
ている3,4). 現在の看護業務は,間接看護,特に看
ば,データの二次利用や看護師間での看護情報の
護記録に看護業務の中で多くの時間がかけられて
共有化も進む.
おり,本来,看護師の仕事として時間が割かれる
我々は褥瘡の診療計画書を対象に,モバイル端
べき直接看護に時間が割かれていない.
末として Personal Digital Assistant (PDA) を入力デ
バイスとする診療計画書入力システムを開発し
2) 転記作業
た.これはユーザの直感的な発生源入力を可能に
看護記録では転記作業が多く発生する.転記作
するインタフェースを備え,院内の無線 LAN 上で
業が発生する原因として以下のことが挙げられ
稼働する Web アプリケーションとして実装された
る.
システムであり,看護師の記録業務軽減を目指す
(1) ベッドサイドで正式な書類に記入できない
ものである.本システムの導入によりベッドサイ
看護師は,ベッドサイドでは,患者の情報につ
医療情報学 24 (1), 2004 101
いて,メモを取る,あるいは記憶し,ナースス
とは,患者に高い評価を得たことが報告されてい
テーションに戻ってメモを参照しながら正式な書
る.
類に記入をする.もし必要な情報がメモにない場
合は,病室に確認しに行かなければならない.
(2) 同一情報の複数回記入
同一患者に複数の看護記録が必要になった場
4) モバイル端末の医療応用
病棟における発生源入力を実現するデバイスと
してモバイル端末があり,医療への応用事例は以
合,患者情報を何度も記入しなければならず,余
下のようなものが報告されている.
計な入力作業を看護師は行っている.
(1) 安全管理
(3) データの二次利用のためのデータ集計・抽出
臨床の現場において患者の取り違えといった単
より質の高いケアを求めるため,データの 2 次
純なミスによる医療事故の事例が多く報告されて
利用と分析作業が必要であるが,膨大な紙媒体の
いる6,7).このことから PDA を用いて患者の腕に装
記録から,データを抽出するための転記作業が発
着されたバーコードを読み取って患者への処置内
生する.
容,投薬内容の確認を行うような業務に使われて
いる8).これにより,ベッドサイドで処置内容の確
(1),(2) を改善した研究として,高知県立中央
認ができ,患者への正しい処置ができるように
病院の「ウォーキング記録」が報告されている5).
なった.しかし,処置前の確認業務が通常業務に
これは,診療記録をベッドサイドで直接記録する
加わることになり看護業務の負担軽減には至って
方法である.これにより記録時間の短縮は実現さ
いない.
れるが,紙媒体での運用は変らないため,データ
(2) 看護教育
の二次利用の面での転記の解決には至っていな
教育への利用として,看護学生に医学用語に関
い.また,診療記録を持ち出すこと自体に医局か
するソフトがインストールされた PDA を携帯さ
らの強い反発があったことも報告されている.
せ,辞書としてモバイル端末を利用している例が
報告されている9,10).
3) 発生源入力
(3) 在宅看護
現在の多くの看護記録は紙媒体によって運用さ
在宅看護にモバイル端末を利用する研究とし
れているが,このことにより転記作業による転記
て,介護保険訪問調査の現場記録に携帯端末を用
ミスの誘発,データの二次利用が困難,情報の共
いた例があるが,過去のデータ参照,表示が改善
有化が困難等の問題が発生する.これを解決する
の課題であると報告がされている11,12).また,ケ
のが,発生源入力である.
アについての情報提示を行い,看護を行う,在宅
発生源入力は,医療情報が発生した現場で,リ
看護ガイダンスシステムがある 13) .これは,特
アルタイムに直接コンピュータ端末に入力する方
に,在宅看護の経験の浅い看護師を対象としケア
法で,転記作業の軽減,登録の際に,エラー
に対するガイダンスをしながら,ケアに必要な情
チェックを設けることによる情報漏れの防止,患
報を提示するものである.しかし,介護者の状況
者を診ながら記録することによる正確性の向上等
を入力する項目が詳細であるため非常に手間がか
の利点がある.
かるという報告がされている.
また,発生源入力実施により,看護師が病室に
(4) 病棟での情報提示
いる時間が増えるため,患者に安心を与え,患者
病棟でモバイル端末を用いる利用例として,薬
の要望に即座に対応できるという利点もある.2-2)
剤情報や治療情報を提示することにより適切なケ
節で述べた「ウォーキング記録」の研究において
アに意思決定を実現する利用例が報告されてい
も,ベッドサイドに看護師がいる時間が増えたこ
る14).
102 PDA を入出力デバイスとする褥瘡診療計画書入力システムの開発と有効性の検討
Mount Sinai 病院では,Intensive-care units (ICU)
で医学情報を搭載した PDA を導入し,過去の情
3 システム構築
報をデータベースから呼び出し,参照することに
1) システム設計
より患者へのケアの意思決定支援の役割を果たし
(1) 紙ベースの診療計画書作成作業
ている 15) .しかし,PDA
の限られた画面の中で
従来行われている診療計画書作成作業の発生源
は,情報量の多い文字情報や大きな表の提示には
入力システム化にあたって,紙ベースで行われて
向かないという報告がされている.
いる褥瘡診療計画書作成作業のプロセスの調査を
(5) 画像提示
行った.作業の流れは以下のようになる.
和歌山県立医科大学付属病院では,携帯端末を
① 褥瘡対策に関する診療計画書は,全入院患
利用した看護画像レポーティングシステムが開発
者に対して日常生活自立度を判定した後に日常生
され運用された16).これは,ベッドサイドでカメ
活自立度の低い患者に対して作成される.計画書
ラ付の携帯端末で患者の患部の状態を撮影し,画
作成にあたって記入者は,まず患者の個人情報,
像レポートを作成するシステムである.このシス
記入者名を記入し,次に,患者の基本動作能力,
テムにより,オンラインで画像レポートが作成さ
病的骨突出,間接拘縮,栄養状態低下,皮膚湿
れるため,情報の共有化は図られたものの操作が
潤,浮腫の 6 点を評価し,1 つ以上該当する場合
難しく,活用頻度が低いという報告がされてい
は,看護計画を立案し実施しなければならない.
る.
褥瘡が発生している場合は,DESIGN と呼ばれる
以上のようにモバイル端末の医療応用は,看護
褥瘡の状態の評価を深さ,浸出液,大きさ,炎
教育から医療の現場まで幅広い分野に及んでい
症・感染,肉芽組織,壊死組織,ポケットの 7 項
る.しかしモバイル端末の限られた情報操作能力
目について,各項目に定められた基準に基づいて
のなかで多くの機能を実現しようとすると画面構
評価し,点数化する17).
成が複雑になり,操作が難しくなるため,コン
②
続いて看護計画の立案を行う.看護計画
ピュータ操作に習熟していない看護師にとってこ
は,圧迫・ズレの排除 (ベッド上,イス上),スキ
れを扱いやすいデバイスとするための適切なイン
ンケア,栄養状態改善,リハビリテーションの 5
タフェース設計が求められる.また,発生源入力
項目に該当する項目をフリーテキストで記入す
による病棟看護師の看護業務負担の軽減に特化し
る.
たモバイル端末を利用したシステムの報告例はみ
られない.
③
診療計画書は,看護部へ提出され,褥瘡対
策チームがこれを集計する.褥瘡が発生する可能
本研究では,発生源入力の端末としてモバイル
性があると判断され,一度診療計画書を提出され
端末に PDA を用いた.小型で軽量な PDA は,看
た患者が,褥瘡を発症してしまった場合や,すで
護師が携帯しても直接の業務に支障はないと考え
に褥瘡が発生していた患者に新たに褥瘡が発生し
られるからである.PDA は無線 LAN カードが装
た場合は,担当看護師は,褥瘡発生の部位や状況
着可能であり,すでに京大病院では無線 LAN が稼
に応じてさらに診療計画書を作成して提出されな
働しているため,オンラインで看護記録を登録す
ければならない.すなわち 1 人の患者に対して状
ることが可能となる.
態の変化により何枚もの診療計画書が作成される
以上を踏まえて我々はより直感的な発生源入力
可能なインタフェースを備えた褥瘡診療計画書入
力システムを開発した.
ことになる.
褥瘡対策チームは,褥瘡が発生する可能性があ
る患者を予防対策対象に,また褥瘡が発生した患
者を発生時診療計画立案対象に分類し,その中か
ら分析のために必要なデータを手作業でコン
医療情報学 24 (1), 2004 103
ピュータに登録し,診療計画書を保管する作業を
②
行う.
画書
(2) システムにおける入力プロセス設計指針
同一患者に対して作成される複数枚の診療計
予防用の診療計画書を提出した患者が,褥瘡を
前節での従来の紙ベースでの褥瘡診療計画書作
発生してしまった場合や追加で褥瘡が発生してし
成作業のプロセスには,2-1) 節で述べた転記作業
まった場合,改めて診療計画書を作成しなければ
や紙の移動による時間の無駄が発生しているた
ならないため,前回作成した診療計画書を参照し
め,システム化にあたり排除する必要がある.
ながらの記入となり,転記が発生し,このとき結
改善されるべき項目は以下のようなものがあげ
果として転記ミスを誘発する.これを解決するた
られる.
めに,本システムにおいては,患者の ID を入力す
① ナースステーションにおける診療計画書作成
ると以前入力した診療計画書の内容が表示され,
2-2) 節で述べた,ベッドサイドで発生源入力を
変更箇所の追加・修正を行うだけで,診療計画書
PDA により実現することにより,転記作業にかか
が作成されるようにし,入力の無駄を排除した.
る時間を削減することができる.
また,予防用計画書では必要のない項目である褥
図 1 入力状態遷移図
104 PDA を入出力デバイスとする褥瘡診療計画書入力システムの開発と有効性の検討
瘡の部位指定,褥瘡の状態評価の項目を削除し,
本システムは看護師の ID とパスワードでユーザ
これらの項目は,発生時用の場合のみ入力するよ
認証管理を行う.ログイン情報は記録され,誰が
うにすることで入力の省力化を図った.
いつどの端末で入力し,どのような作業を行い,
③
ログアウトしたかがすべて記録されるため不正な
看護部から褥瘡対策チームへの計画書の引継
作業
登録・内容修正の検証が可能である.また,患者
作成された診療計画書は看護部へ提出され,褥
の診療計画書の情報は特定のページを経由しない
瘡対策チームが取りにくる.しかし,本システム
と見ることができないようにしてあり,その患者
では無線 LAN を通してリアルタイムに登録される
に全く関係ないユーザが診療計画書の情報を見る
ため,診療計画書の提出,取得する必要はないた
ことはできない.
め,これらにかかっていた時間をなくすことがで
以上のような設計方針で我々は図 1 のようなフ
きる.
ローチャートに基づいて診療計画書の入力システ
④ 診療計画書の分類,データ登録
ムを構築した.
褥瘡対策チームは提出された診療計画書を予防
用・発生時用に分類し,それぞれ必要なデータを
コンピュータに登録しているため,分析前のデー
2) システム構成
システムの構成図を図 2 に示す.
タ登録に多くの時間を費やしていた.これを解決
本研究ではモバイル端末として東芝製 GENIO
するため,本システムでは,診療計画書のデータ
e550G と富士通製 POCKET LOOX FLX2H の 2 種
をデータベースに登録することにより,必要な
類の PDA を用いた.サーバは Debian Linux3.0 を
データを容易に取得できるため,データの分類,
OS とした Apache Web サーバであり,システムは
登録に費やしていた時間の削減が可能となる.
HTML と PHP4.2.3 で記述した.Web アプリケー
⑤ 入力ミスの防止
ションとしてシステムを構成することにより,汎
紙ベースの診療計画書では患者の情報について
用性の高い情報共有が実現することができるシス
の入力漏れが発生しやすい.これを防止するため
テムを目指した.データは,PostgreSQL7.2.3 に
に,患者個人情報のような入力必須データが抜け
よって記述されたデータベースに蓄積される.
ているとデータベース登録前にエラーメッセージ
を表示させ登録できないようにした.また,看護
計画等で,登録後入力ミスに気がついた場合で
も,入力情報の修正ページから患者の ID を入力す
ればデータが表示され登録内容の修正を行うこと
ができる.
褥瘡診療計画書特有の問題として,計画変更や
患者の褥瘡が治癒した場合の転帰報告等,患者の
状態により患者情報が変わってしまった場合,現
在の運用では褥瘡対策チームに文書として報告す
る必要がないため,褥瘡対策チームは,患者の看
護計画の変更状況を把握しにくく,患者の状況確
認のため現場へ赴く必要がある.これを解決する
ために,計画変更や転帰報告に関しても本システ
ムで報告できるようにし,患者情報の変更が発生
した段階ですぐに登録できるようにした.
図 2 システム概要
医療情報学 24 (1), 2004 105
できる情報量が限られているため,ページ内の移
動には縦スクロールと横スクロールを用いる.し
かし,縦・横両方のスクロールを用いた画面設計
にすると,スクロールに多くの時間がかかり,効
率が悪くなってしまうので,すべての入力作業が
縦スクロールのみになるように画面幅を設定し
た.(図 3-a, b, c, d)
(2) 直感的入力支援
看護計画立案は,図 1 に示すように,フリーテ
キストによる記入であったが,記入項目が多いた
め立案に時間がかかっていた.本システムでは,
褥瘡専門看護師により用意された典型的なケアの
項目を,複数の項目でも画面に触れるだけで選択
が可能であるチェックボックスとして配置するこ
とにより,看護計画立案が容易にできるようにし
た.(図 3-a)
(3) 手書き入力
患者の状態によっては,チェックボックス項目
にはないケアをしなければならない可能性もある.
PDA はペンで画面に文字を書くことで文字を入力
できる手書き入力機能があり,項目にない看護計
画が発生したときもテキストボックスにケアの内
図 3 PDA上での入力画面
容を記入することで計画立案ができる.(図 3-a)
(II) 診療計画書の構成を考慮したインタフェース
携帯された PDA は,無線 LAN でサーバと通信
を行い,ベッドサイドで入力されたデータは,
設計
(1) シェーマ提示
サーバ上のデータベースに登録される.看護師
褥瘡発生時の部位指定は,発生部位によって
は,常に PDA を携帯して患者の状態を見ながら,
は,看護師ごとに部位指定の判断が分かれてしま
ベッドサイドで患者の看護計画を入力し,看護計
う.また,従来の診療計画書では,部位指定は 6
画を作成する.看護師は,端末から登録された
箇所しかなく,看護師から不満の声が聞かれた.
データを二次利用することが可能となる.
これを解決するために,入力画面に人体の入力
フォームに頻繁に褥瘡が発生する部位を 16 箇所に
3) インタフェース設計指針
PDA のもつ特性や褥瘡診療計画書の構成に基づ
いて以下のような指針でシステムの実装を行った.
増やし示したシェーマを提示し,褥瘡発生部位を
ユーザが直感的に把握,入力することを可能にし
た.(図 3-b)
(2) 計算項目の自動化
(I) PDA の制約を考慮したインタフェース設計
(1) 画面幅の設定
PDA は,画面の大きさの制約から,画面に表示
褥瘡の状態は,7 つの項目 (深さ,浸出液,大き
さ,炎症・感染,肉芽組織,壊死組織,ポケット)
から評価して点数化する.この評価は,褥瘡の病
106 PDA を入出力デバイスとする褥瘡診療計画書入力システムの開発と有効性の検討
態把握や治療方針決定が容易になるため18,19),発
生源入力により褥瘡の状態を評価することで正確
画立案ができることは便利である
・ページのスクロール操作は難しかったが慣れ
ることによって十分操作できるようになると
な褥瘡の状態評価ができる.(図 3-c)
(3) 紙媒体では不足していた情報の追加
紙の診療計画書では,患者の自立度を判定する
考えられる
・表示されている文字が小さいので年輩の看護
師には見にくい可能性がある
日常生活自立度や,褥瘡発生の要因となる危険因
子の評価に関する判定基準情報が掲載されていな
いため,別の用紙を参照しながら判定をしてい
た.しかし,紙では盛り込めなかった判定基準情
報を取り入れることにより,評価判定を効率よく
できるようにした.(図 3-d)
4 評価実験
1) 導入実験
(1) 導入実験方法
本システムが病棟において無線 LAN 等を通じて
通信可能であり動作することを確認のうえ,紙
ベースのものと PDA による診療計画書の入力時間
・文字入力が面倒である
・デスクトップ PC での入力の方が楽である
(3) 導入実験考察
導入実験から診療計画書の入力時間において紙
ベースの方が PDA より優位であるとの結果が出た
が,この理由として以下のようなものが挙げられ
る.
・PDA 導入プロセスの問題
事前に操作練習を行うことなく PDA による
データ入力を強いたため時間が余計にかかっ
てしまった
・PDA のインタフェースの問題
の比較計測を行った20).紙ベースのものは 2003 年
本システムのデータ入力に伴う作業は文字入
8 月に神経内科・老年内科,9, 10 月に ICU にて,
力,画面スクロール,チェックとセレクトの
PDA については同年 8 月に神経内科,12 月に耳鼻
2 種類のボックスからの該当項目選択であ
咽喉科,歯科口腔外科,呼吸器内科,第一外科に
る.診療計画書の入力においてとくに時間を
て診療計画書の記入の現場に立ち会い,記入作業
要していたのは患者の個人情報入力と看護計
の開始から終了までの所要時間の計測を行った.
画立案であった.PDA では患者指名や基礎疾
PDA については入力終了後,使用に際しての感
患名の文字入力やチェック方式の看護計画入
想,意見の聞き取り調査を行った.
力においても画面スクロールによるページ内
(2) 導入実験結果
の項目移動に多くの時間を要する.
上記の計測で得られたデータは紙,PDA がそれ
PDA を実運用するためには紙ベースの診療計画
ぞれ 28 件,9 件であった.入力時間は紙ベース
立案に比べても遜色のない入力時間での操作の可
で 67 秒∼327 秒となり,平均約 117 秒,PDA で
否を見極める必要がある.我々は PDA の有効性を
272 秒∼457 秒となり平均約 356 秒となった.各々
確認するため,操作,入力時間の短縮が操作訓練
の入力時間の違いに関して独立したサンプルの t 検
によって可能かどうかの検証実験を行った.
定 (棄却率 1%) を行ったところ,t(35)=11.135,
p< 0.01 となり入力時間に有意差がみられた.この
2) PDAの入力訓練効果検証実験
結果から PDA による入力時間の方が紙ベースの診
(1) 訓練効果検証実験方法
療計画書入力より多くの時間を要することが明ら
かになった.
また,PDA 入力に関する看護師の意見は以下の
ようなものがあった.
・該当項目をチェックすることによって看護計
PDA の使用経験がない被験者,男性 6 名,女性
7 名,計 13 名を対象として連続しない 2 日間,図
4 のような文字入力・セレクトボックスからの選
択・スクロールしながらのチェック操作を基本と
する見本ページを用意し,各被験者の入力時間を
医療情報学 24 (1), 2004 107
図 4 入力時間計測画面
図 6 入力時間の推移
回目と 2 回目,2 回目と 3 回目,1 回目と 3 回目,
1 回目と 4 回目の入力時間に対してそれぞれ対応
のある t 検定 (棄却率 1%) を行ったところ,1∼2
回目が t(12)=7.644, p<0.01,2∼3 回目は t(12)=
−4.829, p<0.01,1∼3 回目は t(12)=3.429, p<
0.01,そして 1∼4 回目が t(12)=7.904, p<0.01 と
なり,すべてにおいて有意であった.
図 5 訓練画面
(3) 訓練効果検証実験考察
この実験から PDA を入力デバイスとして用いる
計測する.この実験用ページには PDA 入力におい
場合,全く入力練習を行わずに PDA を情報端末と
て実際のシステム入力時と同様な「画面のスクロー
して利用するのに比べて,ある程度の入力練習を
ル操作」,「文字入力」,「セレクトボックスにおけ
経てこれを使用すれば入力時間の短縮が見込まれ
る項目選択」等を含んだ診療計画書と似せたものを
ることが明らかになった.2 回目の試行と 3 回目
用意した.すなわち,ここでのセレクトボックス
の試行の間で有意に訓練効果が減退したように,
の選択は診療計画書における患者の生年月日,入
PDA に全く触れない期間があれば入力速度が遅く
院病棟等の患者個人情報,看護計画のマット選
なっているが 1 回目と 3 回目を比べても有意に入
択,褥瘡の評価点数の選択に対応し,スクロール
力時間が短くなっていることから,一度練習をし
しながらのチェックボックスの選択は,看護計画
ておけば,ある期間をおいても訓練効果が持続す
のチェックに対応する.この画面での入力が終わ
ることがわかる.また,本実験での 1 回目の入力
ると図 5 のような練習画面で 10 分間,入力練習を
から 3 回目の入力訓練の時間短縮率約 40% を適応
行い,その後再び用意された実験ページの入力時
すると診療計画書の PDA による入力時間は約 140
間計測を行った.2 回目以降の入力時間計測画面
秒と予測される.以上の結果から,ベッドサイド
は,入力の内容量や操作量の差によって時間差が
での発生源入力に PDA を用いるには,このシステ
出るのを防ぐため図 4 に示す課題とした.
ムのユーザである看護師にある程度の使用訓練,
(2) 訓練効果検証実験結果
練習を行ったうえで実使用に移れば PDA を入力デ
入力時間の推移を図 6 に示す.この結果から 1
バイスとして用いる際の操作負荷の軽減と入力時
108 PDA を入出力デバイスとする褥瘡診療計画書入力システムの開発と有効性の検討
間短縮が見込まれることが明らかになった.
れを利用できるようになったことの意義は大き
3) 診療計画書作成時の紙と PDA の違い
モバイル端末を通じて看護師だけでなく院内の全
い.無線 LAN 上で患者データのやりとりが可能な
今回のシステム導入実験では診療計画書時の
ての医療従事者が病院情報システムと通信可能に
データ入力時間において紙ベースの方が PDA より
なれば快適な医療情報空間を作り出すことが可能
時間的に優位の傾向がみられた.理由にはつぎの
になる.
ようなことが考えられる.(1) 紙の診療計画書作成
本稿において我々は無線ネットワークによって
時には診察カードをエンボッサーにより簡単に患
通信の物理的,空間的制約から解放された患者
者 ID や氏名等を記入できる.本研究で構築したシ
データ交換環境作成の端緒として褥瘡診療計画書
ステムは既存の病院情報システムと連動させて情
作成システムを開発した.すなわち,情報入出力
報を取得することが病院情報システムの契約上の
デバイスとしてモバイル性に優れた PDA を採用
問題からできなかった.そのため PDA ではその操
し,その特性を考慮したシステムの設計指針を示
作に慣れていない病棟看護師が患者 ID や氏名と
し,その有効性について定量的に検討した.この
いった患者基本情報を入力する必要がありこの操
システムは移植性と汎用性を考慮して Web アプリ
作に手間取り入力時間が余計にかかってしまっ
ケーションとして実装されており,ネットワーク
た.既存病院システムと本システムとの連動は診
環境が整備されている施設においては Linux や
察カード以外の患者に関する情報,すなわち基礎
Apache,PHP,PostgreSQL というオープンソース
疾患名や血液検査値等のデータも改めて入力して
のソフトウエアをインストールするだけで非常に
いることと併せて改善の余地がある.(2) 病棟看護
安価で信頼性の高い発生源入力看護システムを実
師が多忙であるため,PDAの操作練習の時間を十
現するものである.本システムは PDA 上で運用す
分にとることができなかった.PDA 操作習熟度は
ることを前提として設計開発されたものである
4-2) 節の実験からユーザに操作方法の説明を含め
が,Web アプリケーションとして実装されている
て全体で 30 分程度の操作練習を行ってもらうこと
がゆえにインターネットブラウザを通じてデスク
により向上することから,これからの本格導入に
トップやノートパソコンをプラットホームとして
あたっては使用説明時に練習時間を含めた導入プ
の運用も可能である.無線 LAN 施設が用意されて
ログラムを組むことが重要であると考えられる.
いない病院施設においても院内 LAN 等のインター
紙の診療計画書作成の平均時間は 4-1) 節の実験
ネット回線があればデスクトップやノートパソコ
から約 117 秒であり,操作練習後の PDA での作成
ンを接続することによって本システムを利用する
時間は 4-2) 節の実験から約 140 秒と予測される.
ことができる.本システムの導入によって病棟の
これは本研究で開発したシステムは紙と同等の
担当看護師が作成した計画書が看護部へ搬送さ
データ入力時間で診療計画書作成が可能であるこ
れ,それをさらに専門の看護師がコンピュータへ
とを示唆している.
手作業で入力し,集計分析するという一連の流れ
5 考 察
が,PDA からの直接データ入力によって省略され
ることにより直接看護の時間増大が期待される.
現在,インターネットは社会の基盤インフラと
我々はその効果を定量的に評価するために 2003 年
して企業や学校,家庭のみならず病院施設におい
12 月より,本システム導入前後における業務量変
ても十分普及している.インターネットを基盤と
化の調査を行っている.
して設置された無線 LAN は移動量が多い病棟看護
今後の課題として,(1) ケア支援システムの構築
師がオンラインで情報端末を操作する際の行動制
作業工程短縮化のため,従来の看護支援システム
限を取り除くものであり十分な経済性をもってこ
から共通のインタフェース構成要素を抽出,デス
医療情報学 24 (1), 2004 109
クトップ,モバイル端末等の画面サイズを考慮に
いれてこれらをモジュール化,部品化する,(2) 効
果的な PDA 操作練習プログラムの作成,(3) 医療
従事者や患者の移動が多い病棟において安定した
6) 東京都衛生局病院事業部.都立病院におけるリスク
マネジメント.平成 13 年 8 月 (2001).
7) 東京都病院経営本部サービス推進部:都立病院におけ
るインシデント・アクシデント・レポートの集計結
果.平成 12 年 8 月∼平成 13 年 7 月 (2002).
電波強度を供給するための無線 LAN アクセスポイ
8) 大森,秋山 (昌),他.携帯端末による発生時点管理
ントの配置問題,(4) 患部の画像情報をいかに効率
(POAS: Point of Act System) の実現.第 22 回医療情
よく解析処理できるかがケアを進める上での大き
報学連合大会論文集 2002; 328–9.
なポイントとなる.ベッドサイドで撮影した患部
9) Sloan HL, Delahoussaye CP. Clinical Application of the
画像に対する分析やデータベースへの登録をデジ
Omaha System with the Nightingale Tracker a Commu-
タルカメラやモバイル端末を通して自動的,機械
nity Health Nursing Student Home Visit Program. Nurse
Educator 2003; 28 (1): 15–7.
的に可能なシステムがあれば有効な褥瘡ケアの推
10) Huffstutler S, Wyatt TH, Wright CP. The Use of Hand-
進と発展につながる.(5) 蓄積された症例データの
held Technology in Nursing Education. Nurse Educator
分析プログラムを本システムの症例データベース
と連動させ,現在ケアに当たっている症例に対し
て適切な治療法の提案や経過の予測等を行うシス
テムの検討などが挙げられる.
2003; 27 (6): 271–5.
11) 木村,美根,他.Palmscape を用いた介護保険訪問
調査用システムの開発.医用電子と生体工学 2000;
38 (特別号): 382.
12) 大江,美根,他.介護保険訪問調査のための携帯端
末の評価.医用電子と生体工学 2000; 38 (特別号):
謝 辞:
383.
本システム開発にあたり,多くの京大病院皮膚科,看
13) 真嶋,楢崎,他.褥瘡ケアのための在宅介護ガイダ
護部,医療情報部のスタッフおよびメンバーに多大なご
ンスシステム.電気情報通信学会論文誌 2001; J84-
協力をいただきました.ここに深く謝意を表します.ま
た本研究の一部は,JST-CREST「高度メディア社会の生
活情報技術」の支援によるものである.
D-I (6): 906–16.
14) Keplar KE, Urbanski CJ. Personal Digital Assistant Applications for the Healthcare Provider. The Annals of
Pharmacotherapy 2003; 37: 287–96.
参 考 文 献
15) Lapinsky SE, Weshler J, Mehta S, Varkul M, Hallett D,
Stewart TE. Handheld computers in critical care. Critical
1) 神戸新聞.(投薬ミス患者意識障害) 2003 年 10 月 10
日付朝刊.
2) 浅野水器子.看護業務量調査に基づく業務量改革の
策定.看護管理 1999; 9 (6): 448–90.
3) 森口,大西,他 : 看護業務の情報化に関する基礎的
研究 (1).厚生年金病院年報 1999; 25: 225–42.
4) 吉岡,悌,他.タイムスタディ法による看護業務量
の実態調査 主体的な看護実践に向けて.徳島県立
中央病院医学雑誌 1997; 19: 45–9.
5) 鎌倉,長,他.ウォーキング記録導入への取り組み
Care 2001; 5 (4): 227–31.
16) 角谷,服部,他.携帯端末を利用した看護画像レ
ポーティングシステムの活用状況とその評価.第 22
回医療情報学連合大会論文集 2002; 453–4.
17) 日本褥瘡学会編.褥瘡対策の指針.照林社,2002.
18) 真田弘美.褥瘡対策のすべてがわかる本.照林社,
2002.
19) 福井基成.DESIGN 重症度分類表を用いた褥瘡の治
療計画.日本褥瘡学会誌 2003; 5 (1–2): 150–5.
20) 灘吉,三富,大星,他.モバイル端末を用いた褥瘡
と評価.高知県立中央病院医学雑誌 2002; 29 (2): 25–
診療計画書入力システムの開発と評価.第 23 回医
30.
療情報学連合大会論文集 2003; 41–3.
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