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2012年 No.36号

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2012年 No.36号
じゅうぜん通信
2012
AU T U M N
No.36
社会福祉法人 十善会 十善会病院 〒850-0905 長崎市籠町 7 番 18 号 Tel:095-821-1214 Fax:095-824-4315 HP: http://www.juzenkai-hospital.or.jp/
十善会病院正面玄関にて(撮影 近藤医)
【病院理念】
日本医療機能評価機構 認定病院(Ver.6)
社会福祉法人病院として、地域に密着した医療を行ってきた歴史を守り、
『 救急から在宅まで』を目標に、患者様が満足し、職員も満足する病院づくりを
実現することにより、地域住民の保健・医療・福祉の向上に貢献する。
The Contents
★ご挨拶 ★長崎救急医学会・災害医療研修会 ★地域連携セミナー
★第3回男祭り ★登山愛好会? ★ソフトボール部活動報告2012 ★日恒翼ボーリング大会 ★ぶらっとそこまで バルト三国を旅して 理事 深堀 愛子
毎年夏季休暇を9月に取り、出来るだけ海外旅行をする様にしていますが、今年は数年来の念願だっ
たバルト三国を回る事ができました。友人達から、
『今年は何処に行ったの?』と聞かれ、
『バルト三国』
と答えると、
『それは何処にあるの?』と返事が返ってきます。そこで、ヨーロッパの地図を描いてロシア
とポーランドに挟まれた日本の北海道より小さな国々だと教えています。
バルト三国とは、東からエストニア・ラトビア・リトアニアの3国でバルト海に面し日本からの直行便
がない為、フィンランドのヘルシンキ経由で入国しました。計12∼13時間の飛行時間で午前中に日本
を出発しその日の夕方到着でした。バルト三国は中世(13∼14世紀)時代、独立国として歴史上に残っ
ていますが、その後1991年にそれぞれ独立するまでの長い間、ロシア・ポーランド・スウェーデン・ドイ
ツ等の隣国より支配を受け苦難の時代を経験しています。今回の旅行の目玉は中世の街がそのまま世
界遺産として登録されている景観を楽しむ事でした。
今回、リトアニアからラトビア、最後にエストニアへと2日間ずつ回り中世の雰囲気を十分に堪能して
きました。最初の旅行地リトアニアは人口約330万人で国土は北海道の約80%にあたります。首都は
ヴィリニュスでバルト三国の首都では唯一内陸に開かれた町でドイツ商人の影響を受けず建設され
た為、天を突くゴシック教会は見当たらず温和な雰囲気が漂っています。リトアニアの第二の都市カウ
ナスには旧日本領事館が残っていて、
《日本のシンドラー》と言われた外交官杉原千畝記念館がありま
す。杉原さんは、第二次世界大戦中にナチス・ドイツの迫害から逃れて移動を続けるユダヤ人達に、本国
の命令に背いてまでビザを発給し最終的に約6000人のユダヤ人達を救ったと言われています。その記
念館で彼の偉業を語るストーリーを目にする事ができて感銘を受けました。次の旅行地ラトビアは人口
約230万人で国土は北海道の約60%にあたります。首都はリーガで13世紀からハンザ同盟の港町とし
て栄え、バルト三国最古の町で最大の町でもあります。中世以後は閉ざされたソ連の一地方都市でした
が、今では多くの観光客が行き交う北欧に開かれた≪バルトの窓≫となっています。最後はエストニアで
人口約130万人、国土は北海道の約60%にあたります。首都はタリンでバルト三国の中では唯一ユー
ロ圏に加入が許可されており物価も一番高くなっていますが、それでも隣国のフィンランドからは週末
毎に自国より安い食料品やアルコール類(主にウォッカ)を求めて沢山の人がフェリーで来ていました。食
事は三国ともとっても美味しく、肉とジャガイモを中心に季節の野菜も豊富で、乳製品・キノコ類なども
加わって幅広い料理が楽しめました。特に名物料理のツェペリナイ(ひき肉をマッシュポテトで包んで茹
でたもの)やピロシキ風パン・日本でもお馴染みの水餃子・野菜の煮込みスープなど。また、バルトのビ
ールは安くて美味しく日本のビールより濃厚(アルコール度7%)でこくがあり、普段あまりビールを飲ま
ない私でもグイグイ飲んでしまいました。唯一残念なのが《トイレ事情》でした。宿泊するホテル以外の
駅や街中の公衆トイレは有料で、レストランやお店の中のトイレも含め水洗であるにもかかわらず、紙を
便器の中へ流せない事です。パイプが詰まる可能性がある為、便器のそばに大きな籠が設置されてお
り、そこに使用した紙を捨てるようになっています。潔癖嗜好の日本人にとっては、とても耐え切れない
ものでした。飛行機が日本に着陸した途端、
「これで安心してトイレに行ける」とほっとした次第です。
毎回、海外旅行を終える度に感じる事ですが、いろいろな自然災害も多い国ですがそれでもやはり日
本に生まれてなんと幸せなことか。皆さんもそう感じませんか?
1
長崎救急医学会での発表を終えて 脳神経外科 石坂俊輔
この度9月8日に長崎医療センターで開催されました第20回救急医学会で発
表の機会を得ましたのでご報告いたします。私は「救急病院における拡散テン
ソル画像を用いた片麻痺の予後予測」というタイトルで発表して参りました。
小難しいタイトルですが、要は「最終的に手足が動くかどうかを、これまでよ
りもMRIを用いて正確に予測できる」という内容です。脳卒中の患者さんに
とって、麻痺が良くなるのかどうかは最も知りたい情報の一つです。現在のと
ころ、拡散テンソル画像というMRIのシークエンスを用いることで比較的正確
に予測できることが分かってきました。これからもこの研究を続け、来年の脳卒中学会で最終報告をし
たいと考えております。実は、この研究は私が十善会病院に赴任してから、放射線科、回復期リハビリ
テーション病院の協力の元、OTの中島輝君と一緒に始めた研究です。私は医師以外の職種と共同で研
究に取り組むのは初めてであります。これからも様々な職種でお互いアイディアを出し合って、臨床的
に有意義な研究を展開していきたいと考えております。何卒、皆様のご協力をお願いいたします。
災害医療研修会報告 内科 伊藤博之
東日本大震災以後災害医療がより注目をされるようになりました。また今
年で長崎大水害から30年が経ちました。当院は災害拠点病院の指定はありま
せんが、長崎市の輪番病院であり、災害発生時は多数の傷病者の来院が予想
されます。今回、アメリカ集中治療学会のFDM(Fundamental Disaster
Management)コースを受講いたしましたので、その報告も兼ねまして災
害医療の研修会を行いました。
災害対策は災害が起きてからの現場の努力だけでは限界があり、平時にい
かに準備を行うかが重要といわれています。①災害時の組織・システムの構築 ②物品やインフラの
充実 ③スタッフの知識 ④トレーニング 以上の4段階で災害に対する準備を行う必要がありま
す。特に組織・システムの構築は重要であり、平常時と同じ組織構成ではうまく動かないといわれて
います。災害発生時には誰が指揮を執り、誰が救急外来で働き、誰が医薬品を調達し、誰が連絡や食
料確保を行うのか決めなければいけません。しかし災害発生時に十分なスタッフが揃っているとは限
りません。発生時に確保できる人員で、必要な部門を立ち上げる柔軟な組織造りのためシステムの構
築が必要です。アメリカではICS(Incident Command System)が標準的とされていますが、各
病院にあったシステムを常に検討していかねばなりません。
災害時には上記のようないわゆる「縦のつながり」も大事ですが、「横のつながり」つまり他病院
との連携も重要になってきます。長崎市内の災害拠点病院と連絡を取りながら、どの重症度の傷病者
をどの程度受け入れるのか役割分担しなければなりません。また長崎市内の医療機関だけで対応が困
難な場合は、他地域への患者の運搬や医療従事者の応援が必要になってきます。厚生労働省の広域災
害救急医療情報システム(EMIS)を活用し、災害医療情報を共有することも大事となってきま
す。
長崎でも災害が起こる可能性はあります。常に準備を行い、訓練をしていかねばなりません。十善
会病院では災害時でも地域の皆様に信頼される病院を目指し今後も努力してまいります。
2
外科部長 進 誠也
告
報
ー
ナ
ミ
セ
携
連
域
地
院
病
十善会
十善会病院 外科の進(すすむ)です。平成23年4月に十善会病院に着任し、一年半
が経過いたしました。着任以来、十善会病院が地域外科医療においてはたすべき役割は何
か?模索する日々でしたが、徐々に当院の地域医療におけるニーズが判ってきました。
当院外科では年間220例程度の手術を施行しています。その内訳として130例程度が
胆石症・胆嚢炎、虫垂炎、鼡径ヘルニアに対する手術であり、胆嚢炎や虫垂炎ではその大
半を緊急手術として行っています。これらのcommon diseaseに対して患者満足度の高
い手術を提供することが我々の使命と考えています。
近年、腹腔鏡手術の低侵襲性、整容性の良さに注目が集まり、消化器外科領域のあらゆ
る分野に腹腔鏡手術が導入されています。当院では、平成23年6月に腹腔鏡手術システ
ムを刷新し、腹腔鏡手術に関わるコメディカルスタッフの教育も行ってきました。現在では
24時間いつでも腹腔鏡手術ができる環境が整っています。
最近は腹腔鏡手術の中でも特に整容性に優れた単孔式腹腔鏡手術や、診断の確実性、
術野の視認性に優れる腹腔鏡下鼡径ヘルニア手術に特に力を入れています。
胆嚢摘出術や虫垂切除術における単孔式腹腔鏡手術
胆嚢摘出術や虫垂切除術において、いわゆる単孔式腹腔鏡手術を導入してい
ます。単孔式手術では主に臍窩にZ字の皮膚切開をおき、腹腔鏡スコープと操
作器具を挿入、腹壁の別の部位から補助的に直径2.3mmの鉗子を挿入して、
手術操作を行います。術後の創は臍窩に隠れてしまい、数週間後にはほとんど
判らない状態となります。
もちろん、全ての患者様で単孔式腹腔鏡手術が適応となるわけではありませ
ん。個々の病態に合わせて、従来の腹腔鏡手術や開腹手術を選択する場合もあ
ります。
単孔式腹腔鏡下虫垂切除術
3
腹腔鏡下胆嚢摘出術
鼡径ヘルニアに対するTAPP
(Transabdominal Preperitoneal approach)法
鼡径ヘルニアに対して腹腔鏡下鼡径ヘルニア手術、TAPP法を導入しています。
TAPP法では臍窩に直径12mm、臍の左右に5mmの腹腔鏡用トロッカーを挿入して
手術を行います。まず、腹腔内からヘルニア門を観察します。ヘルニア門周囲で腹膜
前 腔 を 剥 離し、ヘルニア 門 を 十 分 にover lapで きるように専用 の mesh sheet
を 設 置・固 定 し ま す。そ の 利 点 は 腹 腔 内 か ら の 観 察 に よ る 診 断 の 確 実 性 、
mesh sheet設置時の視認性の良さにあります。両側鼡径ヘルニアであっても同じ
創で同時に手術できるのも大きな利点です。当院のデータでは術後の創部愁訴が減
少し、術後在院日数が有意に短縮しています。
TAPP法も残念ながら、全ての患者さんに適応となるわけではありません。全身麻
酔が難しい症例、腹腔内に高度の癒着が予想される症例、膀胱・前立腺などの手術
歴がある症例などでは、従来の鼡径法による手術も行っています。
患者様の足側にモニター配置
術者は患者様の対側
十善会病院外科では、患者満足度の高い手術を提供すべく、日々努力しています。もちろ
ん、今回ご紹介した疾患に限らず、どのような症例でも対応しています。症例のご相談など
ございましたら、いつでもご連絡下さい。
4
第3回 男祭り 総務課 中村達也
7月20日の夜、日本全国のプロ野球ファンが京セラドーム大阪で行われ
たオールスターゲーム、いわゆる“ プロ野球界のお祭り ”で盛り上がる中、
我々十善会病院の男性職員もこの長崎の地でオールスターゲームに負けな
い盛り上がりを見せていました。夏の恒例行事“ 男祭り ”で!
!
昨年の参加人数が少しだけ少なかったという事もあり、毎年作っているポ
スターを今年はさらに力を入れて作った結果、数少ない男性職員の中から2
5人が集まり盛大な宴となりました。ポスターを作った本人としては好評だっ
たようですし、昨年よりも参加人数が増えてひと安心です。
今年の男祭りも『いっぱい食べて・いっぱい飲んで・ついでに風呂にも入っ
て』をテーマに、昨年もお世話になりました某入浴施設での開催となりまし
た。お風呂に入れるという事もあり「おれは先に行って風呂に入ってくる!
!」
と言って終業と同時に着替えの入ったリュックを背負って病院を駆け出して
いった方もいるほどで、美味しいお酒と美味しい料理に囲まれて年に1回の
お祭りを皆さん楽しんでいるようでした。楽しい時間は過ぎるのが早いもの
であっという間に終わりの時間が来てしまい、最後にはもちろんお決まりの
男だらけでの記念撮影をして今年も皆さん大満足で男祭りを終えることが出
来ました。
男祭りは病院の全部署の全男性職員に声をかけるという事もあり、4月に
入ったばかりの新人職員や普段の仕事の中ではなかなか関ることのできな
い他部署の方々との交流の場にもなっています。さらには男性職員の中に
ある『絆』をより深めることが出来るのがこの男祭りなのです。
このような素晴らしい場が、今後も継続的に開催され十善会病院男性職
員の伝統行事になればと思っています。
登山愛好会? 放射線科 増田幸人
みなさん、こんにちは。
今回は、十善会病院の登山愛好会?の紹介をさせていただきます。
ことの発端は、私が「死ぬまでに一度は富士山に登ってみたい」と言う願望があり、去年の夏に念願
かなって富士登山に行ったのが始まりでした。
それ以来、山登りの魅力にはまってしまい、もっ
といろんな山に登ってみたいと思うようになり、職
場の先輩を頼りに近場の山に登っていました。
そんな中、前々から話していた九住山系への登
山計画を立て、
6月にメンバーを集め、
6人の山ガー
ル・山ボーイ?
!で登ってきました。
あいにくの天気で50m先も見えないような霧の
中、岩場を登ったり急斜面を下ったりして、辿り着
いた山頂付近で飲んだ沸かしたてのコーヒーが最
高においしかったです。
有名なミヤマキリシマも楽しむことができました。
11月にも由布岳登山を計画しています。今後も、
仲間を集めていろんな山に登って行きたいと思って
います。山に登ってみたい方はぜひお声をかけてく
ださい。おまちしています。
5
ソフトボール部活動報告 2012
ソフトボール部主将 山口 晃樹
皆さんこんにちは、十善会病院ソフトボール部の主将を勤めさせていただいております山口です。
今年度の十善会ソフトボール部の紹介と活動報告をさせて頂きます。
そもそも当院のソフトボール部は、多職種(医師・看護師・コメディカル・事務等)の中の野球(ス
ポーツ全般)好きが一緒に集まり、交流を深めることを目的に発足された部です。ソフトボール
(野球)
未経験のメンバーが多い中、病院親睦ソフトボール大会(藤村薬品株式会社様 主催)での県大会
出場を目標に、今年度は4月から1∼2週間に1回の頻度で練習を行ってきました。(その他、東長
崎ナイターソフトボール大会にも出場中)
今回はその当院ソフトボール部が最終目標としている、病院親睦ソフトボール大会 長崎地区予選
が 9/22(土)に開催され、出場してきましたのでその奮闘結果を踏まえご報告をさせて頂きます。
今年のソフトボール大会の日は昼前より前日までの予想を覆すような悪天候で、雨が降り続く中
での試合となりました。そんな中、十善会病院はこれまでにない団結力を見せ、エラーなどもあり
ましたが、最初の2試合を勝利し、パート決勝に進出することができました。パート決勝では、長崎
地区の強豪と呼ばれるチームと対戦し、タイブレークの末惜しくも地区予選敗退という結果となりま
した。今年も“ 悲願の県大会出場 ”という目標は達成できませんでしたが、参加者一人一人が自
分の役割をしっかりと果たし、またチーム全体が活気に満ち溢れ、団結できたことは私自身忘れる
ことができない大切な 1 日になったと感じております。今は、『来年こそは…』という気持ちでいっ
ぱいですが、まずは現在出場している、東長崎ナイターソフトボール大会の1試合1試合を大切にし、
来年に向け課題を克服していきたいと思います。
最後に、当院のソフトボール部は、当初にも述べたように院内の職員間の親睦を大切にしており
ます。普 段 の 業 務 の
中でもなかなか関
わりがない方とも、
ソ フト ボ ー ル(ス
ポ ー ツ)を 通して
交流が図れる場で
あ る と 思 い ま す。
これからも、より多
くの 職 員 が 当 院ソ
フトボール部に興味
を持ち、参加してく
れることを祈ってい
ます。
6
日恒翼ボーリング大会 検査部 栗田 諭
去る7月6日半年に一度の恒例行事『日恒翼ボーリング大会』が開催されました。
今回は早くから各部署(特に看護部)への声かけを行ったおかげか総勢42名
の参加を頂き、
( 時間の制約の都合もありましたが)ボーリング場の全レーンを
使用するという近年まれに見る盛大な開催となりました。
個人賞もありましたが、最大の褒章といえる二次会での席順をかけて、各チー
ムで普段元気な方はもちろん、普段お
となしい方も元気いっぱいに競技され
ているのをみて開催幹事として大変喜
ばしい光景でありました。
次回の幹事さん方にも素敵な大会を
開催していただけたらと思います。
ぶらっとそこまで
十善会病院周辺(十善地区)は、現在の長崎文化を形成する上で欠かせ
ない中国文化との出会いの地だった町で、当時の歴史を感じることができ
る街並みや建物が多く残っています。
これからシリーズで病院周辺の史跡などを紹介していきます。
唐人屋敷跡(館内町)
第1回目は「唐人屋敷の歴史」
と題しまして概要をお送りします。
寛永12年(1635)
から中国と貿易ができるのは長崎港だけでした。
来航した唐人たちは、
はじめは長崎市中に散宿していましたが、
貿易の制限
に伴い密貿易が増加し問題となっていったため、
幕府は鎖国後の出島と同じ
ように、
元禄2年
(1689)
、
唐人たちを収容させる唐人屋敷を建設しました。
広さは約9,400坪、現在の館内町のほぼ全域に及びます。周囲を練塀
で囲み、その外側に水堀あるいは空堀を、
さらに外周には一定の空地を確
保し、竹垣で囲いました。
輸入品の主なものは薬種、砂糖、織物、陶磁器であり、持ってきた貨物は
日本側で預かり、
唐人たちは厳重なチェックを受けた後ほんの手回り品のみ
で入館させられ、
帰港の日まで唐人屋敷で生活していたといわれています。
天明4年(1784)の大火で関帝堂を残して全焼し構造もかなり変わりま
したが、
この大火の後、唐人は自前の建築を許されるようになりました。
鎖国時代、出島と共に海外交流の窓口として大きな役割を果たした唐人
屋敷は、
安政6年
(1859)
の開国後は廃屋となり、
明治3年
(1870)
焼失、
その後は市民に分譲されました。
現在わずかに残る遺構としては、明治期に修復改装された土神、観音、天后の3堂の遺跡と、明治元年
(1868)
に福建省泉州出身者の手によって建てられた旧八門会所、明治30年(1897)
に改装、改称され
た福建会館があります。
参考Webサイト:長崎・唐人屋敷オフィシャルサイト
社会福祉法人 十善会 十善会病院
〒850-0905 長崎市籠町7番18号
Tel:095-821-1214 Fax:095-824-4315
HP;http://www.juzenkai-hospital.or.jp
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