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アマミヤマシギ生態・行動調査2003-2011年度報告書

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アマミヤマシギ生態・行動調査2003-2011年度報告書
環境省委託事業報告書
2003(平成 15)年度~2011(平成 23)年度
アマミヤマシギ生態・行動調査報告書
2013 年 3 月 29 日
特定非営利活動法人
奄美野鳥の会
はじめに
アマミヤマシギ Scolopax mira は南西諸島の一部に分布するチドリ目シギ科の鳥類
である。現在繁殖地としては奄美大島、加計呂麻島、請島、与路島、徳之島が知られる
だけであり、個体数、分布域も限定されていることから、「絶滅のおそれのある野生動
植物の種の保存に関する法律」に基づき、国内希少野生動植物種に指定され、1999 年
8 月 31 日に「アマミヤマシギ保護増殖事業計画」が策定された。
本種の保護増殖事業においては、数年間の予備調査・試行期間を経て、総合的な生態
調査が開始されたのは 2003 年度からである。この年、奄美大島北部の市理原地区でラ
ジオテレメトリー法による行動圏調査を、また奄美大島全島で捕獲標識調査を始めた。
市理原地区では 2005 年度までの 3 年間ラジオテレメトリー調査を行い、本種の行動
圏に関して一定の知見が得られたため、2006 年度と 2007 年度は標識個体の行動調査
を行なった。
さらに異なる環境で本種の生態に差があるかどうかを検証するために、奄美大島中東
部の三太郎地区で 2007 年度から捕獲標識調査および行動調査を開始し、さらに 2008
年度からはこれと並行してラジオテレメトリー調査も追加した。
三太郎地区への調査導入 4 年目にあたる 2011 年度までで、アマミヤマシギの生態・
行動についての知見がある程度たまってきた。本報告書は、これまで年度単位でばらば
らに報告してきたアマミヤマシギの生態・行動についての知見をまとめて俯瞰できるよ
うにし、今後の保護増殖事業の参考資料とすることを目的として作成された。
1
1.標識調査により得られた形態的・生態的知見
1)概要
2003 年 12 月 1 日より奄美大島、加計呂麻島、徳之島において、アマミヤマシギの捕
獲を行い、2012 年 3 月末日までに 378 羽に標識が行われた。これにより、オスとメス
の形態上の差異、成鳥と幼鳥の形態上の差異、野外での寿命に関する知見、移動に関す
る知見が得られた。
2)形態上の性差
これまでアマミヤマシギの形態上の性差については明らかにされた資料がなかった。
ところが、標識調査の際にアマミヤマシギに標識を行う際に体の各部(露出嘴峰長、跗
蹠長、翼長、尾長、体重など)を測定し、同時にサンプリングした尾羽から得られた
DNA による性判定結果と照合することで、性差の有無を調べた。
露出嘴峰長、跗蹠長、翼長、尾長、体重の 5 項目すべて測定できた個体のうち成鳥だ
けを抜き出し(全サンプル数 161 個体)、オスとメスでそれぞれ平均値を求めると、表
1 のようになった。
【表 1:成鳥の測定値の性差】
サンプル数
露出嘴峰 mm 跗蹠 mm
翼長 mm
尾長 mm
体重 g
オス
89
78.85
46.92
200.70
77.49
421.2
メス
72
81.83
47.61
200.34
75.26
453.8
性差が一番顕著なのは露出嘴峰長で、オスの平均が 78.9mm、メスの平均が 81.8mm
である。そこでこの数値を適用し、♂<78mm、♀>82mm として性判別してみたとこ
ろ、正解率は 81.3%とまずまず高い結果が得られた。ただし、露出嘴峰長が 78mm~
82mm のオーバーラップ個体が全個体の 36.3%を占めた。露出嘴峰長の次に性差が認
められそうなのは体重なのでこの 2 項目について、縦軸に体重、横軸に露出嘴峰長をと
って散布図を作ってみた(図 1)。個体によるバラツキはあるが、一般的にメスのほう
がオスよりも嘴が長く、体重が重い傾向がうかがえた。アマミヤマシギにおいてはメス
のほうがオスよりもやや大型である。
なお、体重/嘴峰長の数値は、♂<5.34、♀>5.54 となったが、判別正解率は 52.2%
と低く、ヤマシギで有効とされる尾長/嘴峰長(Prater et al. 1977)も尾長にあまり性
差のないアマミヤマシギでは有効でなかった。これらの結果より、アマミヤマシギを外
見上簡易的に性判別するのに最も有効な指標は露出嘴峰長であることがわかった。
Exposed culmen in adult
♂<78mm,♀>82mm
2
【図 1:体重と嘴峰長の関係】
体
重
(
単
位
:
g
)
露出嘴峰長(単位:ミリ)
2)形態上の年齢差
多くのアマミヤマシギを標識するなかで、成鳥と幼鳥の形態上の差異についても、い
くつかの点が明らかになってきた。
ヤマシギの場合、初列大雨覆先端の淡色帯の幅が幼鳥では広く(>1.5mm)、成鳥で
は狭い(<1.0mm)とされている(Prater et al. 1977)
。アマミヤマシギでもこの識別
点は有効で、成鳥のほうが幼鳥よりも淡色帯が狭い傾向にある。この識別点については
1st Winter を過ぎる頃までは有効のようである。
このほかにも、成鳥と幼鳥では嘴の長さ、上尾筒の色、足の色、鳴き声などに違いが
ある。それを表 2 に示す。
【表 2:成鳥と幼鳥の識別点】
成
鳥
幼
嘴の 長い(た
短い。こ
長さ
だしオス
のため嘴
はメスよ
の基部が
り も 短
相対的に
め)
。
太く見え
る。
写真 1
写真 2
3
鳥
上尾 くすんだ
赤茶色。
筒の 褐色。
色
写真 3
写真 4
初列 先端に淡
先端に淡
大雨 色帯はほ
色帯が入
覆の とんどな
る。
模様
い。
写真 5
写真 6
足の 肉色。
黒 っ ぽ
色
い。
写真 7
写真 8
鳴き グェーグ
チーチー
声
ェーと濁
と甘えた
った声。
声。
3)野外での寿命
標識個体が再確認されることによっ
て、放鳥日と確認日からその個体の野外
での生存期間がわかる。これまでの確認
事例のうち、4 年以上の記録は表 3 に示
す 4 事例だった。このうち最長記録の
RGR 個体(写真 9)は放鳥時すでに成
鳥であったことから、少なくとも野外で
7 年間は生きていたことになる。
▲写真 9:再確認された RGR 個体(撮影:後藤義仁)
【表 3:4 年以上の生存記録】
標識個体
性齢
放鳥日
放鳥者
確認日
確認者
生存期間
RGR
♂成鳥
2003/12/11
小倉豪
2010/03/24
後藤義仁他
6 年 3 カ月
RYG
♂成鳥
2003/12/05 鳥飼久裕
2008/05/04
塚原和之
4 年 4 カ月
8A02852
♀不明
2002/12/24 石田健
2007/02/06
死体回収
4 年 2 カ月
RBP
♀成鳥
2003/12/08 石田健
2007/12/20
死体回収
4 年 0 カ月
4
4)野外での移動記録
標識個体が再確認されることによって、放鳥場所と確認場所からその個体の野外での
移動距離がわかる。しかしながら、これまでの再確認事例のほとんどは放鳥場所からあ
まり離れていない場所での確認であり、5km 以上の記録は表 4 に示す 2 事例だけだっ
た。このうち WBB 個体の放鳥場所と確認場所の間に龍郷湾が存在するので、このケー
スは海を渡っての移動だと考えられる。
【表 4:5km 以上の移動記録】
標識個体
性齢
放鳥場所
放鳥者
確認場所
確認者
移動距離
WBB
♂成鳥
龍郷町市理原
鳥飼久裕
龍郷町安木屋場
川口和範
約 6km
MWR
不明幼鳥
龍郷町安木屋場
茂田良光
龍郷町長雲
木下大然
約 5km
2.日周行動に関する生態的知見
1)概要
自動車センサスによる行動観察や自動カメラでの撮影記録から、アマミヤマシギの一
日の活動のようすが次第に明らかになってきた。従来アマミヤマシギは夜行性と見なさ
れてきたが、むしろ周日行性に近い習性で、周囲の明るさによって利用する環境を変え
ている可能性がある。また、ある時期かなり厳密に同じ場所を利用する個体がいること
も確認された。夜の林道へも月が明るい条件下のほうが出現数が多いと報告されており
(水田ら 2009)
、アマミヤマシギの行動には「明るさ」が鍵になっていると思われる。
2)林道と林内の出現時間
三太郎地区の林道上に仕掛けた自動カメラにて、2008 年~2011 年の 4 年間に撮影さ
れたアマミヤマシギとアマミノクロウサギの撮影時間帯を図 2 に示す。アマミノクロウ
サギは深夜の時間帯ほど撮影頻度が増えていることから夜行性であることは明確であ
る。これに比較すると、アマミヤマシギの撮影頻度は深夜の時間帯よりも薄明薄暮の時
間帯のほうが圧倒的に高い。
図 3 にはマングースバスターズが仕掛けた自動カメラにて、2007 年度~2011 年度の
5 年間に撮影されたアマミヤマシギの撮影時間帯を示す。これも薄明薄暮の時間帯に撮
影頻度が高いが、深夜よりもむしろ昼間のほうが頻繁に撮影されていることが注目され
る(写真 10、11 参照)。バスターズの自動カメラは林道ではなく林内に仕掛けられて
5
いるケースが多い。つまり、林道よりも薄暗い林内においては、アマミヤマシギは昼間
でも夜間以上に活動していることがわかる。
【図 2:アマミヤマシギとアマミノクロウサギの林道での撮影時間帯 】
N=242
N=139
撮
影
枚
数
【図 3:アマミヤマシギの林内での撮影時間帯 】
N=1092
撮
影
枚
数
▲写真 10:2009 年 8 月 2 日 10 時 34 分 成鳥
▲写真 11:2010 年 6 月 4 日 10 時 57 分 親子
6
3)特定個体から見えてきた日周行動の事例
2007 年に三太郎地区で捕獲標識されたメス成鳥 BGG は、林道上北向きに仕掛けた
特定の自動カメラに 2009 年~2011 年の 3 年間に 31 回撮影された。このうち 2009 年
の 4 回は子連れで採餌中であったが(3.-5-③で後述)、残りの 27 回は単独で、しかも
必ず道路を横切る場面が 1 日 1 枚のみ撮影されていた。特に 2011 年は 8 月 21 日から
11 月 14 日の間に 21 回も撮影された。そのうちいくつかを以下の写真 12~19 に示す。
▲写真 12:8 月 21 日 19 時 20 分(西向き)
▲写真 13:8 月 28 日 5 時 29 分(東向き)
▲写真 14:8 月 28 日 18 時 55 分(西向き)
▲写真 15:9 月 11 日 18 時 48 分(西向き)
▲写真 16:9 月 14 日 18 時 45 分(西向き)
▲写真 17:9 月 16 日 18 時 34 分(西向き)
7
▲写真 18:10 月 9 日 18 時 3 分(西向き)
写真 19:11 月 2 日 17 時 54 分(西向き)
これらの写真より、日没時には西向きに、日出時には東向きに道路を横切っている(=
「通勤」)可能性があることが示唆された。ここで 2010 年と 2011 年の 27 回の BGG
個体の向きと撮影回数、撮影時間を表 5 にまとめた。これにより、メス成鳥 BGG は日
出前 30 分以内に東向きに、日没後 30 分以内に向かって「通勤」していることが確認
された。このことにより、ある明るさの条件を満たせば同じ場所に現れる個体がいるこ
とが明らかになった。
ただし、2010 年も 2011 年も通年にわたって撮影されているわけではなく、撮影時期
は期間集中的である。少なくとも本個体については、この場所を通年利用するわけでは
ないこともわかった。
【表 5:BGG の撮影時間と体の向き】
年
撮影総数
BGG の向き 撮影回数
2010
6回
東向き
3回
日出前 10 分~17 分
西向き
2回
日没後 7 分と 14 分
北向き
1回
日没後 17 分
東向き
3回
日出前 17 分、24 分と深夜 0 時 51 分
西向き
18 回
日没前 1 分~日没後 30 分
2011
21 回
8
撮影時間
3.年周行動に関する生態的知見
1)概要
市理原地区と三太郎地区における自動車センサスによる行動観察やラジオテレメト
リー調査の結果から、年間を通じてのアマミヤマシギの行動パターンが明らかになって
きた。2 月~5 月が繁殖期、4 月~7 月が育雛期、9 月~11 月が分散期で、冬期は林道
への出現数が減る。
市理原地区は繁殖・育雛の場所として利用され、秋には周辺の農耕地に下りる傾向が
みられたが、三太郎地区は年間を通じて利用される傾向が強かった。どちらの地区でも
冬期の出現数は減るが、沖縄では冬期の自動カメラによくアマミヤマシギが撮影される
(小高 私信)ことから、ある程度の個体が渡っている可能性が示唆される。ただし前
述の通り、標識個体の観察事例では長距離移動の記録は少なく、本種の冬期の生態につ
いては未解明の部分が大きい。
繁殖期はオスのほうがメスよりも広い行動圏を持っているが、非繁殖期には行動圏に
あまり性差は見られない。繁殖期以外のアマミヤマシギは比較的狭い採餌パッチ内にと
どまって生活しており、異なるパッチ間を数カ月単位で移動しているように思われる。
2)市理原地区の概況
①月別出現状況
市理原地区の月別の平均出現個体数の年度変化を図 4 に示す。
当地区での出現数は 4 月にピークを迎え、
6 月ないし 7 月に次のピークがあったあと、
9 月にかけていきなり減少し、秋冬の間も少なく、次の繁殖期の 2 月、3 月にかけて増
えてくる。市理原地区はアマミヤマシギの繁殖場所として利用されており、育雛が終わ
ったあとはこの場所から離れて分散していく傾向が強く表れている。
【図 4:市理原地区における月別出現個体数の変化】
9
②ラジオテレメトリー調査から得られた年間の活動
市理原地区では 2005 年 1 月に 3 個体のメス成鳥に発信器を装着し、11 月まで追跡す
ることができた。その 2 月、4 月、6 月、8 月、10 月の受信位置を図 5~図 9 に示す。
B1 個体は山上の林道で捕まった後、2 月から東側の谷を中心に活動していたが、4
月から 6 月にかけてはさらに標高の低い東側の沢付近に居場所を移し、そこで抱卵・育
雛を行ったと推定された。7 月以降南東に広がる農耕地に夜間出現するようになり、9
月からはさらに海岸寄りの草地に移動した。
B2 個体は山上の林道で捕まった後、2 月は付近の尾根や斜面にいたが、3 月からは 5
月にかけて、南側の沢へと移動し、そこで抱卵・育雛を行ったと推定された。6 月以降
はやや東側の農耕地へ移り、11 月までその周辺にとどまった。
B3 個体は山上の林道で捕まった後も 8 月までずっとその両側の斜面を行き来してい
た。B1 や B2 と異なり、長く一カ所にとどまることはなかったので、繁殖には失敗し
たと推定されたが、やはり 9 月後半からは南東側の農耕地に移動してきた。
すべてメスのデータではあるが、このように 3 個体とも夏から秋にかけては麓の平地
に下りてきている。このことが市理原で夏以降急激に林道での出現数が減る結果につな
がっていると考えられる。どの個体も狭い採餌パッチを季節によって使い分けている。
【図 5:2 月の受信位置】
10
【図 6:4 月の受信位置】
【図 7:6 月の受信位置】
11
【図 8:8 月の受信位置】
【図 9:10 月の受信位置】
12
3)三太郎地区の概況
①月別出現状況
三太郎地区の月別の平均出現個体数の年度変化を図 10 に示す。
当地区の出現数は、市理原地区とは違って繁殖期よりも育雛期のほうが多く、育雛後
の 7 月にピークを迎えたあとの分散も市理原ほど激しくない。三太郎地区は年間を通じ
て利用する個体が多いためと考えられるが、冬期には市理原と同様に出現数が激減する。
2007 年度から 2010 年度まで、個体数の増減はあっても年間の傾向はあまり変わら
なかったが、2011 年度だけは出現のピークが 10 月になった。2011 年度は 6 月から 7
月にかけて出現数の増加があまりなく、この要因としてはこの年多かったイノシシの影
響が考えられた。冬から春にかけてイノシシが多く、繁殖が後ろにずれた可能性がある。
【図 10:三太郎地区における月別出現個体数の変化】
②ラジオテレメトリー調査から得られた年間の活動
三太郎地区では 2010 年 9 月に発信器を装着したメス成鳥 105 個体を、電池がなくな
る 2011 年 11 月まで追跡することができた。本個体の冬期(11 月~1 月)、繁殖期(2
月~5 月)
、夏・分散期(6 月~10 月)、および通年の受信位置を図 11~図 14 に示す。
同じメス成鳥でも市理原の B1~B3 個体とは違って、105 個体は年間を通じて三太郎
地区の狭い範囲にとどまっている。繁殖期に行った 24 時間追跡でも終始場所を変えて
いたので、繁殖には失敗したと考えられる。本個体も狭い採餌パッチを時期ごとに渡り
歩いているようすがうかがえる。
13
図 11:105 冬期(10 年 11 月~11 年 1 月)行動圏
図 12:105 繁殖期(11 年 2 月~5 月)行動圏
図 13:105 夏・分散期(11 年 6 月~10 月)行動圏
図 14:105 通年(10 年 9 月~11 年 9 月)行動圏
14
4)ラジオテレメトリー調査からわかったアマミヤマシギの行動圏
市理原地区と三太郎地区で行ってきたラジオテレメトリー調査で、半年以上継続的に
追跡ができたのは、前述の 2005 年市理原のメス成鳥 3 個体(B1、B2、B3)と 2010
年~2011 年三太郎のメス成鳥 1 個体(105)以外は、三太郎地区における 2008 年オス
成鳥 1 個体(S1)とメス成鳥 1 個体(S2)、および 2009 年のオス成鳥 1 個体(91)だ
けだった。この全 7 個体の繁殖期(2 月~5 月)、非繁殖期(6 月~10 月)、および通年
の行動圏の広さを表 6 に示す。
市理原地区のメス 3 個体に比べて、三太郎地区のメス 105 個体の通年での行動圏は
狭かった。これは市理原地区のアマミヤマシギは夏から秋にかけてふもとの農耕地に降
りていたためであり、三太郎地区のほうが採餌条件に恵まれていると思われる。ただし、
2008 年のメス S2 個体は三太郎地区のメス成鳥であるが、行動圏が非常に広い。この
個体は繁殖期に一度ふもとの集落付近まで下り、その後また山上に姿を見せている。理
由は不明であるが、この移動を除けば、行動圏は基本的に狭い範囲内にとどまっていた。
同じ三太郎地区の個体で比較すると、オス(S1、91)の繁殖期の行動圏は、メス(105)
に比べて広い。しかし非繁殖期のオスの行動圏は、メスとほとんど変わらなくなる。
保護増殖事業に先立つ市理原でのラジオテレメトリー調査によると、2 月から 8 月の
7 カ月の追跡結果で 行動圏は直径 500m あまりの範囲(78.5ha)にとどまった(石田・高
1998)
。環境にもよるが、おおむねそのくらいの面積があればアマミヤマシギは生息可能と
思われる。
【表 6:発信器個体の行動圏の面積】
調査地
(単位:ha)
三太郎地区
市理原地区
調査年
2010~11 年
2009 年
2008 年
発信機
105
91
S1
S2
B1
B2
B3
性別
メス
オス
オス
メス
メス
メス
メス
繁殖期
15.0
64.9
175.0
147.5
7.6
1.1
19.0
非繁殖期
9.0
1.4
0.3
0.4
11.7
1.7
0.7
通年
27.0
68.9
175.8
165.4
61.2
42.9
148.2
15
2005 年
5)行動観察と自動カメラの記録からわかったアマミヤマシギの行動
①性別出現頻度
2009 年度の三太郎地区における性別の出現状況を表 7 と図 15 に示す。
性別不明の個体が圧倒的に多いが、これを除くと、どの月もオスのほうがメスよりも
出現数が多く、9~10 月、12~1 月にはメスが確認されていない。全般的にメスよりも
オスのほうが頻繁に林道を活用しているようである。秋の分散傾向もメスのほうが高い
可能性がある。
【表 7:年間の性別出現数】
出現総数
♂出現数
♀出現数
性別不明出現数
♂/♀
04 月
30
5
3
22
1.67
05 月
20
6
2
12
3.0
06 月
23
11
4
8
2.75
07 月
49
17
4
20
4.25
08 月
22
5
2
15
2.5
09 月
9
3
0
6
――
10 月
23
5
0
18
――
11 月
23
2
1
20
2.0
12 月
8
1
0
7
――
01 月
2
0
0
2
――
02 月
36
5
1
30
5.0
03 月
39
4
2
33
2.0
合計
284
64
19
201
3.37
【図 15:性別が明らかな出現個体の確認地点】
● オス
●メス
メスの確認地点が車の交通
量の少ない石原線の奥(AU
から IG にかけて)や国有林
(KS から KG にかけて)に偏
っているのに対して、オスの
確認地点はまんべんなく散ら
ばっており、交通量の多い市
道三太郎線(旧国道 58 号線)
上でもたびたび確認されてい
る。
16
②特定個体から見えてきたオスの年周行動の事例
2008 年 7 月に三太郎地区の石原線 1.1km 地点で捕獲標識されたオス幼鳥 PYM は、
自動車センサスによる行動観察で 2011 年 11 月までたびたび目撃された。本個体の全
出現場所を図 16 に示す。
新生幼鳥時の 2008 年にはまず捕獲場所に近い石原線、石原支線で確認され、やがて
国有林に移動した。このオスは最初の繁殖期である 2009 年 1 月から 4 月にかけても国
有林にとどまり、4 月 4 日には国有林 0.5km 地点で、メス 1 歳の PMB とペアでいると
ころが確認されている。その後このオスは 8 月には石原支線、9 月には旧国道 58 号線、
10 月には再び国有林とかなり広範囲を動き回っていた。
2010 年の 2 月から 4 月にかけての 2 回目の繁殖期には 3 回確認されている。位置は
国有林 0.6km 地点と、石原支線
の 0.3km 地点である。いずれも
【図 16:PYM(オス成鳥)の出現場所】
前年 4 月 4 日に PMB とペアで
いるのが確認された場所から
200m 以内であり、本オスは 2
年連続国有林において繁殖活動
を行なっていたと推定できる。
この年は 9 月にも 20 日と 27 日
の 2 回確認されており、どちら
も国有林 0.4km 地点だった。さ
ら に 11 月 20 日 に は 国 有 林
0.3km 地点で確認された。
3 回目の繁殖期の 2011 年 2 月
23 日には国有林 0.6km 地点にて
片足立ちで休息しているのが目
撃された。その後、10 月 12 日
には国有林 0.3km 地点で、10 月
30 日には石原支線 0.2km の電柱
上で観察された。
本オス個体は成鳥になってか
らは基本的に国有林周辺を行動
範囲とし、ときおり石原支線な
どにも現われる。排他的な縄張
りが存在するわけではないが、
概ね年間を通じての生息場所は
決まっているようである。
17
③特定個体から見えてきたメスの年周行動の事例
2007 年 5 月 30 日に国有林 0.7km 地点で捕獲されたメス成鳥 BGG は、石原支線
0.9km 地点に仕掛けた自動カメラによく写る個体である(2.-3 参照)
。ここでは本個体
の育雛に関する行動を報告する。
本個体は 2009 年 5 月 28 日に国有林 0.7km 地点で、すでに綿羽ではない幼鳥 2 羽を
連れているのが目撃された。この幼鳥 2 羽は捕獲に成功し WGW(オス)と WBM(メ
ス)の標識をした。この親子はその後 6 月 4 日に自動カメラ SG1 に 3 羽同時に写って
おり(写真 20)
、同 9 日、12 日、13 日にも同じ自動カメラで撮影されたが、7 月 9 日
には国有林 0.8km 地点で幼鳥オス WGW が 1 羽で目撃された。この時点ではすでに単
独生活を始めたと推定される。少なくとも 5 月 28 日から 6 月 13 日までの 16 日間は親
が新生幼鳥を連れていたことになる。ヨーロッパのヤマシギ Scolopax rusticola では、
育雛期の雛への給餌期間 が 15 日~20 日で、その後幼鳥が単独生活を始めるまでの家
族期が 5~6 週間とされる(Cramp et al. 1983)。アマミヤマシギも同様だとすると、
この親子は家族期の中盤に捕獲標識したことになる。
【写真 20:2009 年 5 月 28 日に撮影された親子】
右から成鳥メス BGG、幼鳥メス WBM、幼鳥オス WGW
18
④特定個体から見えてきた幼鳥の年周行動の事例
2007 年 6 月 29 日に石原線の終点で標識放鳥されたメス幼鳥の GWW 個体は、行動
観察では一度も確認されなかったが、10 月 21 日、10 月 25 日、11 月 1 日の 3 回、マ
ングースバスターズによって仕掛けられた自動カメラ(10 月 11 日から 11 月 9 日まで
設置)によって撮影された(図 16、写真 21)
。撮影された場所は石原線の北東部の斜
面を約 200m 下ったところであり、放鳥場所からは直線距離で約 3.4km 離れていた。
これは幼鳥の分散と、低地への移動のひとつの事例と考えられる。
【図 16:メス幼鳥 GWW の出現場所】
【写真 21:自動カメラで撮影された
GWW 個体】右足下の黄は反射テープ
19
4.アマミヤマシギの抱卵に関する観察事例
1)観察事例報告
これまでアマミヤマシギの営巣期は 3 月から 4 月がピークであろうと考えられてきた。
ところが、2012 年 2 月 28 日にマングースバスターズの福留氏によって、アマミヤマシ
ギの抱卵中の巣(発見時 4 卵、うち 1 卵は破損)が発見された。翌 3 月 1 日に確認し
たところ 3 卵に減っており、破損した 1 卵は廃棄されたと思われた(写真 22)
。
この巣における抱卵状況は継続的にビデオ撮影することができ、発見後 18 日目の 3
月 16 日には無事に 2 羽の雛が孵って親鳥とともに巣を離れるようすまでが記録された
(写真 23、24)。抱卵は 1 個体のみで行われ、自身の採餌のために 1 日に数回、15 分
から 35 分程度、離巣するのが観察された。また、この巣では最後の 1 卵は放棄された。
ヨーロッパのヤマシギでは抱卵は平均 22.3 日とされる(Cramp et al. 1983)。アマ
ミヤマシギも同様だとすると、今回は産卵後かなり早い時期に発見されたと考えられる。
【写真 22:卵(3 月 1 日)】
【写真 23:親鳥(3 月 1 日)】
2 月 28 日の発見時には卵は 4 個あったが、
翌日には 3 個になっていた。
【写真 24:孵化(3 月 16 日)】
親鳥のあとを追う孵化したばかりの 2 羽の雛。
20
じっと抱卵していると、なかなか気づかない。
2)過去の観察事例のまとめ
2012 年 3 月までに保護増殖事業やマングース駆除事業中に観察されたアマミヤマシ
ギの抱卵中の巣および孵化したばかりで親に連れられて歩く綿羽状態の雛の観察事例
を表 8、9、および図 17、18 にまとめた。
抱卵中の巣が見つかった事例は 11 例あり、今回の 2 月 28 日の発見がこれまでで一
番早かった。3 月から 4 月にかけてピークであり、一番遅かった観察事例は 5 月 30 日
であった。このことより、抱卵期はおよそ 3 か月に及ぶことがわかる。
営巣場所は斜面、尾根、林道跡などまちまちであり、標高も 30m から 380m まで幅
がある。地上営巣であるアマミヤマシギは外敵に無防備であるため、カムフラージュに
適した木の根元のくぼみやシダの下などに営巣することが多いようである。産卵数は 2
から 4 個で、3 個であることが多い。
孵化したての綿羽状態のヒナが観察された事例は 8 例あり、一番早い観察が今回の 3
月 16 日、一番遅い観察が 5 月 30 日で、4 月の観察が最も多かった。
【表 8:アマミヤマシギの抱卵中の巣の観察事例】(全 11 例)
発見日
卵数
標高
地形
2006/3/3
卵4
380m
林道跡
大和村志戸勘林道南側入口近く
2006/5/30
卵2
280m
林道跡
奄美市大熊東 奄美市-龍郷町境界線
2007/4/12
卵3
300m
平坦な尾根道
2009/3/18
卵3
170m
急斜面の一部平坦地
2009/4/8
卵2
220m
林道跡
2009/4/15
卵3
40m
尾根
2010/3/28
卵3
260m
緩斜面
奄美市スタルマタ-中央林道三叉路南西
2011/3/22
卵3
210m
急斜面
大和村中央林道きょらご橋東
2011/4/6
卵3
350m
林道跡
瀬戸内町八津野ナン川林道近く
2012/2/28
卵4
30m
緩斜面
龍郷町屋入北
2012/3/20
卵4
280m
緩斜面
奄美市石原国有林内
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地点詳細
奄美市石原線南
奄美市三太郎トンネル西側入口上
大和村名音林道フォレストポリス近く
龍郷町大勝東
【表 9:アマミヤマシギの孵化直後の雛の観察事例】(全 8 例)
発見日
雛数
標高
地形
2006/4/29
雛2
180m
林道跡
2007/5/30
雛1
480m
山頂の平坦な高台
2009/3/28
雛2
280m
緩斜面
2010/4/14
雛3
160m
尾根
2010/4/29
雛1
440m
奄美市石原線南
2010/5/13
雛2
370m
奄美市神屋北スタルマタ線沿い南
2011/4/20
雛2
100m
谷筋の緩斜面段々畑跡
2012/3/16
雛2
300m
緩斜面
【図 17:抱卵中の巣の観察時期】
地点詳細
龍郷町市理原北尾根
奄美市石原線滝ノ鼻山
奄美市スタルマタ-中央林道三叉路南西
大和村大名線西側入口北
奄美市有良南西
龍郷町屋入北
【図 18:綿羽の雛の観察時期】
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おわりに
保護増殖事業その他の調査によって得られてきたアマミヤマシギの生態・行動に関す
る知見についてひと通りまとめてきた。これまで知られなかったアマミヤマシギの生活
史の一端が明らかになり、今後の本種の保護増殖に役立てば幸いである。
ただし、本種についてはまだわからないことも多い。一日の内で昼間の行動はまだ十
分に解明されていないし、姿が見えなくなる冬期にどこで何をしているのかも謎のまま
である。繁殖生態についても未知の側面がたくさんある。これらのことをひとつひとつ
明らかにして、アマミヤマシギの生活史の中の空白部分を少しでも埋めていくことが今
後の課題となろう。
参考文献
環境省.2003.平成 14 年度アマミヤマシギ生態調査・モニタリング業務報告書
環境省.2004.平成 15 年度アマミヤマシギ生態調査・モニタリング業務報告書
環境省.2005.平成 16 年度アマミヤマシギ生態調査・モニタリング業務報告書
環境省.2006.平成 17 年度アマミヤマシギ生態調査・モニタリング業務報告書
環境省.2007.2006(平成 18)年度アマミヤマシギ調査報告書
環境省.2008.2007(平成 19)年度アマミヤマシギ調査報告書
環境省.2009.2008(平成 20)年度アマミヤマシギ調査報告書
環境省.2010.2009(平成 21)年度アマミヤマシギ調査報告書
環境省.2011.2010(平成 22)年度アマミヤマシギ調査報告書
石田健・高美喜男.1998.アマミヤマシギの相対生息密度の推定.Strix16:pp73‐88.
水田拓・鳥飼久裕・石田健.2009.月の明るさが道路上に出現するアマミヤマシギの
個体群に与える影響.日本鳥学会誌 58(1)
:pp91‐97.
鳥飼久裕.2011.アマミヤマシギの形態に関するいくつかの知見.ALULA42:pp16-19.
Cramp et al. 1983.
Africa
VolumeⅢ
Handbook of the Birds of Europe, the Middle East and North
pp444‐457. Oxford Univ.Press,Oxford.
A.J.Prater et al. 1997. Guide to the Identification & Ageing of Holarctic Waders
pp120-121. Britith Trust for Ornithology.Norfolk
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リサイクル適性の表示:紙へリサイクル可
本冊子は、グリーン購入法に基づく基本方針における「印刷」に係る判
断の基準にしたがい、印刷用の紙へのリサイクルに適した材料「Aラン
ク」のみを用いて作製しています。
*この冊子の印刷には「木になる紙」を使用しました。
「木になる紙」とは、「国民が支える森林づくり運動」推進協議会が命名した間伐紙の商品シリーズです。平
成 21 年 4 月から「木になる紙」シリーズにコピー用紙が登場しました。「木になる紙」コピー用紙は、間伐材を
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(オフセット)できます。
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