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失楽園の詩
10 月 16 日(日)9:30-10:00【若手研究者フォーラム 会場 D】 ウィリアム・ブレイクの悪魔観 ―善/悪の対立とその両義性をめぐって― 岡山大学 岡野朱里 ウィリアム・ブレイク(William Blake, 1757-1827)は、彼の代表的な初期作品の一つであ る『天国と地獄の結婚』(The Marriage of Heaven and Hell, 1790)において、天使と悪魔を対 峙させ、 “天使が悪魔になって、悪魔の友人になる”という結末でもって悪魔の勝利を示した。 また、同作品中でジョン・ミルトン(John Milton, 1608-74)について「彼は天使と神につい て書くときは足枷を付けていたが、悪魔と地獄を書く時は自由だった」(E34, 6:10-12)と言及 しているが、その理由はミルトンが「真の詩人」であり「悪魔の党の一員」であるからだと いう。『失楽園』(Paradise Lost, 1667)のサタン描写を、このように賞賛したブレイクだが、 彼は反道徳的存在としての悪魔を礼賛していたわけではない。一見、悪魔主義とも捉えられ そうなブレイクの悪魔の像は、対立概念、エネルギー論、宗教観といった、彼の哲学の核と なる思想に裏付けされた一つの詩的表現であると言える。また、ブレイクは、そうした自分 の主義・主張を、詩と絵の両方で表現した人物である。本発表では、ブレイクの悪魔観が、 どのように詩において言語化され、絵画/挿絵において視覚化されたかを検証していく。 ブレイクの悪魔観を考察する上で重要な概念の一つが、対立概念である。ブレイクは『天 国と地獄の結婚』において「対立がなければ進歩がない」(E34, 3:7)という考えを示し、さら に、後期預言書と呼ばれる作品群の中では否定の概念を加え、 「対立を回復するためには否定 は破壊されねばならない」(E142, 42:33)とした。一方が切り捨てられる否定ではなく、あく まで二者の存在が保たれる対立を重視する姿勢を貫いていることが分かる。このような、解 消されることのない対立から生まれる一つの表現として、エネルギーがある。彼にとって、 エネルギーとは理性と対するものであり、人間が本来持っている生への欲望や活力を表す。 そして、悪はエネルギーから沸き起こるものであるとし、合理的な理性である善と対立する。 しかし、ブレイクは、最後まで悪魔の勝利を謳っていた訳ではない。 『ミルトン』 (Milton a Poem, c. 1804-11)に登場するサタンには、初期作品の悪魔ほどの積極的な意味は付与されて いない。主人公ミルトンの一部分でもあるサタンは、神との同一化を経て、最終的には滅却 される。このような悪魔/サタンの位置付けの変化には、フランス革命への期待と落胆とい った時代背景や、ブレイク自身の“揺れ”を読み取ることが可能である。 最後に、ここでの考察が、ミッチェル(W. J. T. Mitchell)が注目した「渦巻き(vortex)」 の表象と関連することを付け加えておきたい。ブレイクの詩や絵画に表れる「渦巻き」の表 象は、ミッチェルが定義するように多義的ではあるが、基本的には、対立物の永遠の葛藤や 激しいエネルギー表現が視覚化されたものである。その図像的な役割についても、ブレイク の悪魔観と合わせて触れてゆきたい。