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TRIZ によるロジカルアイデア創造法

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TRIZ によるロジカルアイデア創造法
TRIZ によるロジカルアイデア創造法
~効率的に発明・改善を行う~
株式会社アイデア
コンサルティングセンター長
桑原正浩
はじめに:
それは、1996 年 3 月の事でした。
当時、「リレー」という電機制御機器の開発技術者として、ある問題の解決策に知恵を絞っていた私
は、気分転換のコーヒーを飲みながら、ふとマガジンラックにある雑誌の文字に目を奪われました。
「超発明術“TRIZ”の実像」。
その雑誌の表紙には、確かにそのような見出しが書かれていました。
そのときは、読み方もわかりませんでした。
後でわかりましたが、読み方は「トゥリーズ」
。「Tree(木)」の複数形「Trees」と同じ発音です。
「TRIZ って何だ。超発明術。そんな都合のいいものがあるわけないよな。でも、もしあったら面白い
よな」と、矛盾する気持ちを抱えながら、その雑誌を手に取り、掲載記事を読んでいったのです・・・。
昨今の企業を取り巻く環境は、その事業スピードの速さや市場変化のドラスティックさにおいて、
益々厳しさを増しています。企業寿命も今では 10 年とまでいわれている状況。何を羅針盤にして企業
経営をしていけばよいかが、経営者の関心事です。
また、
「企業は人なり」ともいわれます。企業が成長していくためには、「人」をどう活かすかが大切な
ポイントで、その解決策に日々頭を悩ませている事でしょう。つまり、事業を運営するシステム(ビジ
ネスモデル)と、それを実際に運営する人材の両方がうまく回せて始めて企業は成長できるということ
になります。
では、その 2 つが事業の両輪として存在すれば、それでよいのでしょうか。
自動車が走るためには、エンジンが必要です。エンジンが動くためにはガソリンが必要です。ただ走
るだけではだめで、うまく運転するためにはハンドルも必要でしょう。
私は、「ビジネスモデル」と「組織能力(ケイパビリティ)」とを、うまく事業に結びつけるためのも
う一つのキーワードが「イノベーション」だと考えています。
「では、“イノベーション”とは一体何だ。」という問いに対する私の答えは本文に譲るとして、その
大切なイノベーションを起こすきっかけは、いつも「アイデア」です。
事業のヒントにつながるようなアイデアも、私が取り組んできた技術問題に対する解決アイデアも、
すべてイノベーションに通ずる大切な「核」だといえるのです。
「強いものではなく自ら変化するものが生き残る」とは、進化論の中でのダーウィンの主張です。イノ
ベーションの直訳“革新”には、自らの現状を変えることで成長(=進化)していくという強い意志が感
じられます。「自らを変化させる」ためには問題定義と共に問題に対する「解決アイデア(=現状を変化さ
せるアイデア)」を、いかにして生み出していくかが大切なことなのです。
トゥリーズ
縁あってこの本を手に取られたみなさんにとって、この本の表題にある「TRIZ 」とは一体何なのだろう
かという疑問が頭の中で渦を巻いていることでしょう。
トゥリーズ
その問いに対する答えも「イノベーション」に対する答えと同様本文に譲るとして、ここでは「TRIZ と
は問題解決につながる“アイデア”を効率よく発想するための方法論」だと覚えておいてください。
この本を最後まで読まれた方は、問題解決アイデアを出すことの容易さと、それを阻害していたもの
が自分自身の中にあったことに気づくと思います。そうして、必ずよいアイデアを生み出す「アイデア
マン」になれることでしょう。
トゥリーズ
さて、TRIZ の記事に目を奪われた私は、その後どういう変化を遂げたのでしょうか。 それはこの本
トゥリーズ
を読んだみなさんのご想像にお任せします。一つだけ確信できるのは、みなさんもTRIZ に興味を持たれ
るはずだということです。
目次
第1章
企業の成長に不可欠なイノベーション
1. 継続的に利益を生み出す仕組み
2. 問題解決スキルの個人依存
3. イノベーションへの対応
4. イノベーション獲得の 3 つの要件
5. 新しい価値創造への対応
コラム 1:イノベーションを阻害するもの
第2章
トゥリーズ
TRIZ って
<創造的問題解決の技法>
トゥリーズ
1. TRIZ はアイデア発想メソッド
2. 誰もがよいアイデアを生み出すための技術
トゥリーズ
3. TRIZ の基本構成
コラム 2:TRIZ の歴史
コラム 3:TRIZ による問題解決の事例
第3章
問題解決のアイデアをだしてみよう!
<TRIZ による問題解決のプロセス>
1. IDEA 流 TRIZ による問題解決の思考プロセス
2. TRIZ による思考プロセスで「ユニットバス」を改善してみよう!
ステップ 1 問題の本質化
ステップ 2
TRIZ によるアイデア発想
ステップ 3:アイデアの有効化
コラム 4:ブレインストーミングについて
コラム 5:非技術分野への TRIZ の適用
終わりに
用語解説集
<TRIZ、発想法関連用語>
・ TRIZ:特許分析から得られた技術問題解決の発想理論。
・ ブレインストーミング法:「批判厳禁」「自由奔放」「質より量」「便乗歓迎」の 4 つのルールに従って、
グループでアイデアを出す事を特徴とする方法。
・ シネクティクス法:様々なアナロジー(類推)を活用してアイデアを出す事を特徴とする手法。
・ NM 法:キーワードに対するアナロジーを活用してアイデアを考えていく事を特徴とする手法。
・ KJ 法:アイデアを親和性のあるものでグルーピングしながらまとめる事を特徴とする方法。
・ 弁証法:ヘーゲルに代表される物事の捉え方。特に、「世の中の区別はすべて相対的な独立である。」
という「矛盾」として捉えた考え方が有名である。
・ 工学的矛盾:一般的な表現では「背反」や「対立」という意味。ある特性を満足しようとすると別の特
性が悪くなること。
・ 物理的矛盾:「物理的」に成り立ちそうもない条件の対立。例えば、遠くの文字を指すために棒は「長
く」なければならないが、カバンに入れて持ち運ぶためには「短く」無ければならない。この棒に求め
られている「長くて短い」条件のこと。
・ (40 の)発明原理:工学的矛盾を解決するためのアイデア出しの視点。全部で 40 通りある。
・ 工学的矛盾解決マトリックス:工学的矛盾から発明原理を導き出すための表。
・ (39 の)特性パラメータ:自分の工学的矛盾を抽象化するために用いる変換特性。全部で 39 通りある。
・ 技術システム:TRIZ では商品や技術、部品などあらゆるものをシステムとして扱う。
・ 究極の理想解:有害作用が取り除かれて、そのシステムの主機能だけが実現された状態。
・ 進化のトレンド:特許分析を帰納的にまとめた商品や技術が変遷していく傾向。
・ (76 の)発明標準解:問題を解決していくために考えるべき標準的な考え方。進化のトレンドをもと
にして、全部で 76 通りある。
・ 物質-場モデル:問題を生じている部分を 2 つの物質と 1 つの場として表現されたモデル。モデル作
成の流れを「物質-場分析」という。
・ S1:物質-場分析での「最終目的物」。ターゲット、プロダクトとも言う。
・ S2:物質-場分析で、場を効率的に最終目的物に伝えるためのもう一つの物質。作用体、ツールとも
言う。
・ F:物質-場分析での「場」。機械的な場、電気的な場などが相当する。
・ 発明のレベル:アルトシュラーが特許を分析整理するときに使用した段階。全部で 5 段階。
<経営、その他の用語>
・ 暗黙知:個人や組織の中に蓄えられていて、明文化できていない経験や知識。
・ 形式知:報告者や論文、作業手順書などで明文化されている経験や知識。
・ セクショナリズム:組織間の見えない壁。
・ バリューチェーン:企業が利益を生み出すために行う活動を「価値」の連鎖としてつなげたもの。
・ コアコンピタンス:自分の中で持っている「強み」の能力。競争優位の源泉。例えば、「英語を使って
商談を進めることができる能力」というもの。
・ QFD:顧客のニーズを源情報として新商品に求められる要求仕様などを抜けなく比較検証するため
の方法論。品質機能展開。
第 1 章:企業の成長に不可欠なイノベーション
1.継続的に利益を生み出す仕組み
企業が生き残り、成長していくために、必要なものは何でしょうか。
それは、「利益=キャッシュ」です。
企業が存在していくためには、継続して利益を生み出す仕組み作りが不可欠です。
では、利益を生み出すためには何が必要でしょうか。
商品でしょうか。
確かに、お客さんに売れる事で利益を上げられますね。現在では知的財産、たと
えば特許なども利益の源泉になるでしょう。
極端にいえば、お客さん(商品やサービスを購入してくれる相手先)が、魅力を感じるものはすべて利
益の源泉になるということなのです。
では、魅力をもつ商品はどのようにすれば得ることができるのでしょうか。
「顧客ニーズを集め、仮説を立てて市場の動向を洞察し、顧客が欲しいと思う商品を開発する」。
確
かに、そのプロセスをうまく実行することが魅力ある商品を得るために必要なことです。しかし、そう
した商品を開発するために大切なことが抜けていませんか。魅力ある商品とは、ただそのプロセスを踏
めば開発できるようなものなのでしょうか。
私は、技術者として実際に利益を生み出す商品の開発に関わってきました。現在は、TRIZ コンサルタ
ントとして多くの企業の技術開発のお手伝いをさせていただいています。その経験上、「利益(=キャッ
シュ)」を生み出すために必要な核は「アイデア」であるという結論に至りました。
図1:企業が継続的に利益を生み出す仕組み
この図から、「アイデアを生み出すことが、利益の源泉になる」という事を理解していただけると思い
ますが、当然アイデアを生み出すだけではダメなことは当たり前で、アイデアを実現させるためのプロ
セスも大切です。
ソニーブランド確立に貢献した一人である中村末広氏は、その著書『ソニー中村研究所 経営は「1・
10・100」』で、「アイデアを生み出すエネルギーが1ならば、それを実現するために必要なエネルギー
はそれの 10 倍、さらに商売として成り立たせるためのエネルギーは 100 倍必要」だと書いています。は
じめの“1”がおろそかにされれば、その後の 10 倍、100 倍のエネルギーが無駄になる可能性あるわけ
ですから、
“1”のアイデアはとても大切なのです。その“1”のアイデアを効果的に生み出すのが TRIZ
です。
●アイデアの種類
・ 顧客ニーズを満足させるためのアイデア
・ 商品が持っている問題を解決させるためのアイデア
・ 他社が気づいていないビジネスモデルのアイデア
等々
2.問題解決スキルの個人依存
アイデアを生み出すうまい方法がある・・…。
そう聞いた人の 9 割は「そんなものあるわけない!」と、眉につばを付けることでしょう。
しかし、TRIZは科学的アプローチでアイデアを生み出していきます。先人達の知恵の本質を借用し自
分の経験と結合させる事で効果的にアイデアを生み出していけるのです。
発想についての方法論は、多くの書籍で紹介されているように、この世の中に星の数ほどもあります。
よく知られているものでオズボーンが開発した「ブレインストーミング法」やゴードンによる「シネクテ
ィクス法」。日本でも、中山正和の「NM 法」や川喜田二郎の「KJ 法」などは、世界に誇れる発想法だと思い
ます。
こうした様々な「発想の技法」は、基本的には個人の能力や経験に大きく依存するのが現実です。だか
ら、手法としてとても優れており、使えば使うほど上手になるのですが、それらがすべて個人の能力や
経験にまかされてしまうのです。
一方、TRIZは発想のベース(世界)を先人達の知識世界にまで広げます。
課題を一般化(抽象化)し、過去にあった発明過程の試行錯誤と照らし合わせ、解決策を探るのです。
そのため、アイデアの広がりが期待できます。
図2:TRIZ の基本コンセプト
なお、勘違いしてはいけないのは、TRIZ も、その習得に個人ベースでの継続的な努力は必要です。TRIZ
は発想のプロセスこそ科学的なアプローチに沿っていますが、最終的にアイデアを生み出すのはやはり
人間です。
したがって、使えば使うほど上手になる使わなければ下手になるという真理は厳然として存在します。
3.イノベーション(経営革新)への対応
利益を生み出すために“アイデア”が大切です。そして、その大切なアイデアを生み出すのは結局“人”
なのです。では、それらが目指すものは何でしょうか。
それが、イノベーション(経営革新)です。
米国の経営学者、P.F.ドラッカーが、述べているように、「イノベーションが富を創造する」のです。
別の見方をすれば、アイデアを元に事業化する一連のプロセスこそがイノベーションともいえます(他
に、事業成果物としての意味合いもありますが、ここではプロセスを優先します)。
ドラッカーは「すべての知識が揃ったときにはじめて(成果物としての)イノベーションは成功する」
とも言っています。つまり、アイデアが更にアイデアを生むというサイクルを可能な限り早くまわすこ
とがイノベーションへの近道です。
では、このように重要な役割をもつアイデアを生み出すスキルを、従来のような個人ベースのスキル
に任せておいていいのでしょうか。他社に先駆けて顧客ニーズにマッチした新商品を市場に投入する必
要があるわけです。企業を成長させていくためには、イノベーションの速度を上げることが最重要案件
になります。
TRIZ が、イノベーションを加速する
顧客ニーズを実現するためのアイデアを生み出せます。
そのアイデアを実現するための様々な課題についての解決アイデアを生み出せます。
しかも、それらはこれまでの業界の常識にとらわれない斬新なものなのです。
イノベーションが、利益を創造する
そのイノベーションの源泉はアイデアです。
それらのアイデアを、先人の知恵の本質を借用し、自分達の経験や知識と結合することで、
効果的に生み出していくプロセスこそが、TRIZ なのです。
4.イノベーション獲得への3つの要件
ここで少し TRIZ からは離れて、イノベーションを起こすための仕組みについて書きたいと思います。
イノベーションを起こすために必要なことはいったい何でしょうか。
私の経験上、イノベーション実現にあたっては以下の 3 つのことが必要と考えています。
① チャレンジ/挑戦:→ 失敗を恐れない、失敗を認める。許容する。
② 主体性/自主性:→ 自分で(が)決める。
③ パッション/情熱:→ 熱意が成功を導く。
これらを「精神論だ」として一笑に付す方もいらっしゃるかもしれませんが、イノベーションを起こす
のは“人”である以上、私はその感情的な側面を避けてイノベーションは成功しないと考えています。
当然、上記の 3 つは企業サイドの問題も含んでいる事は理解していただけると思います。たとえば、1
番目の“チャレンジ”は、従業員がいくらチャレンジ精神旺盛でも、会社としてそれをサポートする仕
組みがなければ機能しないでしょう。なぜならチャレンジは失敗するという側面を否定できないからな
のです。成功したら会社の成果、失敗したら社員の責任なんて事になったら目も当てられません。
2 番目の自主性は、イノベーションに対する個人ベースでの基本要素です。変革を起こすためには、
他人任せではなく、自分で決めながら進めていくことが大切です。自分で決めたことですから、やり通
そうという気持ちになれるのです。
皆さん方の子供の頃、学校の宿題はどうしていましたか。
自分で進んで取り組んでいましたか。親
から「宿題は終わった」と聞かれて、「今からしようと思っていたのに・・・」という答えをしながら、本心
では「やりたくないなぁ」と思った記憶はありませんか。「言われなければ、やる気でいたのに……」と思
った記憶。
これは社会に出てからも同じです。上司などから指摘されて取り組むよりも、自らが工夫しながらや
る仕事では、創造性が高まっていることは言うまでもありません。そのための環境を整えることが、経
営者や幹部の役目です。
最後のパッションは、文字通り“情熱”です。この情熱を燃やせる環境作りも経営者、幹部の役目で
す。従業員個々人の精神論におとしめてはいけません。
イノベーションを必要とする会社において、社員のやる気(パッション)をいかに高めていくかは、
大切な要件です。これを社員の気持ちの持ち方に丸投げするのではなく、会社の仕組みの中に組み込
むことが大切です。
このように、イノベーションを獲得するためには、個人と会社(組織)の両面での取り組みが重要なの
です。
5.新しい価値創造への対応
新しい価値への対応力もイノベーションには必要です。
市場変化のスピードが高速化する中では、これまでのように「一度覇権を握った商品が何もせずに何年
も売れ続ける」ことはありえないからです。市場に対して常に新しい価値を提供し続けること、および
そのスピードが求められていることにほかなりません。
先節で書いたように生物界では「変われるものだけが生き残る」ことができるのですが、これはビジネ
ス界でも同じです。つまり、これまでどおりの勘と経験だけに頼った仕事のやり方、しかも一握りの「仕
事のできる(=経験豊富な)人材」に頼った事業運営から変わらないといけないということなのです。
野中幾次郎氏は、著書『知識創造企業』などの中で「知識変換モデル」というものを示しています。
個人の中に蓄積された暗黙知を組織内で共有できる形式知へ転換し、さらにそれを回転させる仕組みが、
知識創造の組織に必要なのです。
ここで問題となるのは、その仕組みを構成するための具体的な「中身」をどうするのかということで
す。
ビジネスの進め方として、「顧客ニーズを的確に掴んで、その実現手段を考え出し、それを商品化/事
業化する」という一連の流れがあります。
ビジネスが利益を継続的に生み出すことが求められているものである以上は、この流れのどこかで他
社に対しての差別化を行う必要があります。他社に対する差別化を図る上で最も重要なコンテンツは
「アイデア」であり「コンセプト」です。
ここでいう「アイデア」とはかなり広い意味があります。
顧客ニーズを的確に掴む仕組み(たとえば QFD(=品質機能展開)などで明確にした要求事項を更に分析
し、既存商品にどういう改善を施す、あるいは新しい仕組みを導入したらいいかが「アイデア」です。
トゥリーズ
このアイデアを出す仕組みとして、TRIZ は効果的な手法なのです。
図 3 知識変換モデル
■コラム イノベーションを阻害するもの
どうしてイノベーションがうまくいかないのでしょうか。
イノベーションを阻害するものは、私達の周りにたくさんあります。その代表的な例を挙げてみます。
①
個人の慣習や経験にとらわれてしまう。
これまでやってきた経験に基づいてのみ判断を下してしまう。また、考えられない場合は、創造性を
阻害してしまいます。「新しい知見は常にほかの業界や分野からもたらされる」という事実を私達は厳粛
トゥリーズ
に受け止めなければなりません。TRIZ では、個人の経験や知識の中だけでしか考えられないことを“心
理的惰性”といいます。
②
組織の壁を越えられない
研究開発と商品事業に横たわる溝はもとより、設計部門と生産部門とのセクショナリズムは、往々に
してイノベーションのみならず企業におけるバリューチェーン(直接売上げを生むための価値の連鎖)
を寸断してしまいます。知識とは単に一つの部門で得られるものでは決してなく、様々な部門の協力に
よって得られるものなのです。
③
変化への恐怖と抵抗
変化することに対する恐怖は誰でもが経験することです。従来のやり方を踏襲していく事は、順調に
物事が進み一見すると何の問題もないようですが、実は大きな問題を先送りしているだけなのです。図
4の例
にあるように、変化していく環境に気づかないことこそが、本当の恐怖となります。変化する
ときには必ず何らかのチャンスが生まれます。要は、そこを見つけて獲得することが大切で、変化への
抵抗などしているヒマはないはずなのですが・・・。
図4:ビーカーの中の蛙
④
方法論への誤解
固有技術と方法論は車の両輪です。別の言い方をすれば「鬼(=固有技術)」と「金棒(=方法論)」なのです。
たとえば、バイオリンをいい音で奏でるためには、バイオリンの演奏方法を習得します。方法を学ぶこ
とで固有技術が向上し、強い固有技術があって方法論が更にうまく活用できるのです。
知識をうまく活用するための知識がマネジメントである以上、うまく活用する知識=方法論を知ること
の重要性が今後高まっていくと想定されます。しかし、方法論さえ学べば固有技術がいらなくなるとい
うのはありえません。技術者のコアコンピタンス(強み)が固有技術であるのは異論のないところでし
ょう。
トゥリーズ
第2章:TRIZ とは……創造的問題解決の技法
トゥリーズ
1.TRIZ はアイデア発想メソッド
トゥリーズ
では「TRIZ 」とは一体何なのでしょうか。
トゥリーズ
私は、「TRIZ とは全世界の特許情報から導かれた知見を活用した問題解決の発想メソッド」であると答
えています。つまり、「先人達の知恵のエッセンスを使って、短い期間でできるだけ漏れがなくアイデ
アを生み出すための方法」といえます。
英語での“The Theory of Inventive Problem Solving”(直訳:発明的問題解決の理論)を意味するロ
トゥリーズ
シア語の頭文字をアルファベット表記して“TRIZ ”となります。読み方は「トゥリーズ(Treeの複数形
Treesと同じ発音)」です。
トゥリーズ
TRIZ は、新規の発明だけでなく、製品の改善・改良にも役立つ手法です。実例で説明します。
最近の白物家電、特に洗濯機の売れ行きが伸びています。その要因の一つが、機能改善です。今の洗
濯機は、10 年前の製品とは別物といえるほど性能が向上しています。
トゥリーズ
この洗濯機の機能改善の技術的な変遷、および問題解決への道筋を、TRIZ で説明しましょう。
洗濯機の目的機能(つまり、「はたらき」です)は、「衣類についた汚れを落とす」ことです。
汚れを落とすために必要な物質(TRIZ では“作用体”といいます)は、水です。
つまり、「洗濯機はパルセータで起こす回転力を水に伝え、水を作用体として衣類についた汚れを落と
すシステム」と言い換えることができます。雨はねなどの軽微な汚れであれば、これで何とか落とすこ
とができそうですが、落としにくい汚れ(たとえば、油汚れなど)は難しそうですね。
そのとき、これまでは技術者の経験と直感に基づいて解決策を考えていました。
トゥリーズ
しかし、TRIZ の問題解決手法である「発明標準解(後ほど説明します)」は、「作用体の内部に添加物
を入れることでその問題を解決できないかを考えなさい」と提案します。
そうすると、
「水の中に何か入れて汚れ落ちを強化できないか」と考え、洗剤(界面活性剤)を入れるこ
とを思いつきます。
トゥリーズ
ば
また、水に与える力(TRIZ では“場”と呼びます)の改善が可能だというのであれば、初期の洗濯機の
回転力は 1 方向だけだったわけですから、これを回転力切り替え方式にすることが提案されるのです。
ここでの回転力の切り替えとはいろいろな意味を持っており、間欠運転、反転運転、強弱運転などが
トゥリーズ
これにあたります。これらは、TRIZ の問題解決手法の「技術システム進化の法則(これも後ほど説明し
ます)」で提案される解決の方向性です。
この技術システム進化の法則(トレンド)によれば、場の変更により「超音波洗浄」や「電解水洗浄」な
どのアイデアも出てくるでしょう。
トゥリーズ
ここまでは、洗濯機の目的機能の強化(洗浄力アップ)に対するTRIZ の適用についてみてきたのですが、
洗濯機での問題はそれだけではありませんね。
たとえば「洗浄力を上げるためにモーターの回転力を強くすると衣類が絡まってしまう」などがその例
でしょう。
この場合は、「回転力強化による洗浄力改善(=有用作用)」と、「衣類が絡まる(=有害作用)」という矛
盾(=対立)を克服しなければなりません。
トゥリーズ
この矛盾の解決手段としてTRIZ は「分割原理」や「機械的振動原理」という「発明原理」を活用して問題
解決ができませんかと提案してくれます。すると「パルセータ(洗濯槽のそこにある回転する部分)を
複数にする仕組み」や、「絡み防止に洗濯槽を振動させる仕組み」などのアイデアが生まれてくるわけで
す。
こうした発想は、個人の恣意的な提案ではなく、膨大な特許分析の結果得られた知見を活用します。
トゥリーズ
TRIZ は膨大な特許をベースにして構築された「創造(発明)的問題解決の理論」です。
■コラム
TRIZ の歴史
トゥリーズ
TRIZ は膨大な特許をベースにして構築された「創造(発明)的問題解決の理論」です。その特許調査数は
250 万件にも及びます。
その開発者がロシア生まれのゲンリック・アルトシュラー( Genrich Altsuller 1926~1998 年)と
いう人物です。
旧ソビエト連邦当時海軍の特許審査官だったアルトシュラーは、多くの特許に接する中で「発明にはあ
る法則性が存在する事に気づき、それを体系化することで“誰でもが発明家になることができる”はず
だ」と考えたのです。
トゥリーズ
TRIZ 協会やスクールの設立を通じて、様々な手法の充実が図られていき、1956 年から 1985 年までの
29 年間で基本的な理論が完成されました。
しかし、その後旧ソビエト連邦の経済的政治的な混乱により、TRIZの研究を継続する事が困難になる
と、1991 年のペレストロイカによる社会主義国家ソビエト連邦の崩壊を受けて、アルトシュラーやその
トゥリーズ
他多くの専門家が西側諸国へ移住しました。そこで初めてTRIZ が西側諸国へ衝撃を持って紹介されるこ
とになるのです。一説には、研究開発の財力に劣る旧ソビエト連邦のルナ計画が、アメリカのアポロ計
トゥリーズ
画と互角以上の成果を上げることができた背景には、TRIZ による組織としての問題解決能力の高さがあ
ったからだともいわれています。
トゥリーズ
いずれにしても、そうして西側諸国に紹介されたTRIZ は驚嘆の声を持って受け入れられ、ました。ア
トゥリーズ
メリカではコンピュータと結びつくことでTRIZ の使いやすさを著しく向上させ、誰でもが容易に使える
形になりました。
トゥリーズ
日本へは、1996 年の日経メカニカル誌(現在の日経ものづくり)にて「超発明術:TRIZ の実像」として
紹介されたのが最初です。いくつかの先取的な企業では、それを受けてアメリカからソフトウエアを購
入したり、実践が行われています。
トゥリーズ
私はこの実務シリーズで単にTRIZ の紹介だけではなく、「実際にはこう使うといい感じですよ!」とい
トゥリーズ
ったコツも紹介するつもりです。そして、それが日本におけるTRIZ ファンを増やすことにつながればと
思います。
2.誰もがよいアイデアを生み出すための技術
トゥリーズ
わかりやすくいえば、TRIZ は「誰でもが優れた発明家になれる」ための、考え方の手法です。一般
に、発明家といえば、白熱灯を発明したエジソンや電話を発明したベルなど、人類に偉大なる功績を残
した人たちを思い浮かべます。いわゆる「天才」です。
しかし、
「発明:英語で Invention」という言葉は、これまでなかったものを作り上げるという意味
です。もっと砕けていえば、「これまで解けなかった問題をうまく解決するもの」が「発明」です。エジ
ソンやベルによる偉大なる発明以外にも、様々な小さな発明が存在するのです。
発明することは、一部の偉大な人たちに授けられた特別な才能ではなく、誰でもが努力によって会得
可能な能力なのです。
では、「問題をうまく解決する。」とはどういうことなのでしょうか。
たとえば技術的な問題の例と
しては以下のようなものでしょう。
・ プロジェクターが暗いので、もっと明るくクリアにしたい。
・ 頑固な油汚れを簡単に落とせる洗濯機にしたい。
・ 軽自動車の衝突安全性を今の 2 倍程度に改善したい。等々
一方、非技術的な問題の代表的なものは以下のようなものでしょう。
・ 最近商品の引き合いが多くてお客様への納期が遅れがちだ。
・ 商品の販促のために PR したいが、使える費用が限られている。等々
これらをよく見ていただけるとわかりますが、問題には必ず矛盾(=対立)が存在するので解決が難しい
のです。上記の 5 つの問題を、矛盾の観点で見てみましょう。
・ プロジェクターが暗いので明るくしたい。そのためにはとりあえず電力を上げればいいけど、そ
うすると発熱問題が出そうだな・・・。
・ 頑固な油汚れを簡単に落とすために、洗濯機の回転力を上げるか。でもそうすると軽微な汚れの
衣類が傷んでしまいそうだな・・・。
・ 軽自動車の衝突安全性を上げるために、車体鋼板を厚くするか。でもそうすると重くなって燃費
が落ちるか・・・。
・ お客さんの納期に対応するために、工場の設備投資をするか。でも、受注量が減ったら設備償却
できるかな・・・。
・ PR のためにキャンペーンガールを呼んで大々的にやりたいが、費用が膨らむ・・・。
いかがですか。
問題を解決するよいアイデアを生み出せない原因は、このように矛盾が存在するからなのです。逆に
いえば、これらの矛盾を解決するアイデアが生まれればそれが「よい解決策」といえるのです。
このような矛盾に着目した問題解決法として一般に有名なものが「弁証法」です。弁証法における矛盾
の解消は妥協ではありません。主題(正:テーゼ)に対する反証(反:アンチテーゼ)を解消(止揚=アウフ
ヘーベン)するために、解決策(合:ジンテーゼ)が存在するという考え方です。したがって、解決策は
矛盾の妥協ではなく矛盾の解消でなくてはならないとしています。
ただ、弁証法の不親切なところは、止揚させるための手段についてはほとんど触れられず、哲学的な
内容になってしまっているところです。ところが、その矛盾解決の具体的な手段として TRIZ がまさに
ぴったりなのです。
TRIZ は弁証法の考え方を具体的な問題解決の方向性の提案に落とし込んだものと考えることもでき
ます。つまり、「問題をうまく解決する」ために考えるべき方向性を明確にできるので、「誰でもが優れ
た発明家になれる。」というわけなのです。
トゥリーズ
しかし、TRIZ の土台は特許ですから、現時点での活用シーンは技術的な問題解決が主です。非技術的
な分野への活用研究については現在続けられており、その詳細は第 3 章で説明したいと思います。
■コラム:TRIZ による問題解決の事例
TRIZ は、実際に世界各国で問題解決に使われていますが、なかなかその具体的な事例が公にされませ
ん。それは、問題解決アイデアのコンセプトや考え方をみすみす競合に知らしめる事への抵抗が大きい
のだと考えられます。しかし、その中から皆さんの身近にある問題に TRIZ を使って問題解決を行った
事例を紹介したいと思います。
<韓国の節水型トイレシステム>
これは、韓国アイテム・ディベロップメント社と韓国工科大学の共同で取り組まれた事例です。現行
の水洗トイレはその洗浄に 13 リットルもの大量の水を使っているそうで、当然その節水化が商品価値
を高める開発要素になります。では、なぜ大量の水が必要かというと、悪臭を防ぐためにもうけた「S 字
トラップ」の部分に原因があることがわかりました。すなわち、「悪臭を防ぐためには S 字トラップを大
きくしなければならないが、洗浄に大量の水が必要になる。」という矛盾があります。では、この問題
解決には S 字トラップを小さくすれば良いのですが、そうすると悪臭を防ぐことができなくなります。
つまり、「洗浄に使う水を少なくするためには S 字トラップを小さくすれば良いが、悪臭を防ぐことが
できない」という別の矛盾が現れてきます。
彼らはこの2つの矛盾を、更に突っ込んで以下のように考えました。
「・・・ということは、水を流すときには S 字トラップは不要で、悪臭を防ぐためには S 字トラップがあ
れば良いのだな。」
「存在して、かつ存在しない S 字トラップ」なんて、単純に考えては思い浮かびません。どう考えても
物理的に不可能です。さぁ、みんなで考えよ~!
「考えても出るわけ無い!」といった固い拒絶がきそうですが、TRIZ はこの手の問題に「分離の原則」
を使います。
<分離の原則>
・ 空間で分離する
・ 時間で分離する
・ システムと構成要素で分離する
・ 上位システムへ移行する
この場合は、時間で分離することで問題解決アイデアを得たのです。それは、通常は大きな S 字トラ
ップで悪臭を防ぎ、洗浄するときには S 字トラップレスにして洗浄水量を節水するというアイデア(図
5)なのです。簡単にいうと、可動式のチューブ構造にして問題解決したのですね。これで、通常 13 リ
ットル必要だった洗浄水がなんと 3 リットルで十分と約 1/4 を実現しました。
図5
超節水式トイレ
<日本の実情>
日本でも松下電器産業や日立製作所などの電機メーカーでは TRIZ を使って、他社に先駆けた商品の
開発のアイデアを生み出す取り組みが精力的になされています。事例としてはなかなか出てきませんが、
パナソニックコミュニケーションズ(株)が 2003 年に新聞発表した「折りたたみ可能な電子黒板」は、TRIZ
を活用して様々な問題解決を図り、市場に投入された具体的な商品です。
3.TRIZ の基本構成
TRIZ の基本構成は、
①矛盾の克服
②技術システムの進化の流れ(トレンド)の活用
③異分野の知識の活用
の 3 本柱です。
ここでは、これらの内容について具体的に見ていきます。
図6
TRIZ の基本構成
(1) 矛盾の克服
TRIZ では、矛盾の克服が問題解決のためのよいアイデアだと考えます。
例えば「掃除機で絨毯に絡まった埃を取るとき」を考えてみると次のような矛盾があることがわかりま
す。
「絨毯に絡まった埃をきちんと吸い取るために、吸い口の吸引力を強くすると、絨毯も吸いつけてしま
って取り扱いにくい状態になる」。
すると、せっかく矛盾を考えたのですから、具体的にその矛盾の解決アイデアを考えるためのツール
があれば良いですね。それが「40 の発明原理」なのです。
問題において発生する矛盾(この場合、TRIZ の正確な表現は「工学的矛盾」と言います) が定義でき
れば、その解決策は 40 種類の発明原理から選択して考えればよいのです。
この場合のイメージは以下のようになります。
図7:矛盾からのアイデア出しフロー
固有の問題における矛盾から抽象化された矛盾を定義するときに使うツールが「39 の特性パラメータ
(変数)」です。この特性パラメータとは翻訳機の一種と思ってください。
つまり、「長い棒は遠くの文字を指すには便利だけどカバンには入らないな」、という問題があったと
します。
そこでの矛盾とは「長い棒を使うとポケットに入らない」の部分ですね。
「長い棒を使う」と「カバンに入らない」の関係を解決するための発明原理を直接探そうとしても不可能
です。その方法は限りなくあるのですから。
だから、固有の矛盾を一般化した表現に置き換えるための翻訳機が必要なわけです。
すると、例えば「長い棒を使う」は「移動物体の長さ」と置き換えられるかななどと考えられて、発明原
理を使って効率よく問題解決のアイデアが出せるわけです。
〈39 の特性パラメータの一部〉
① 移動物体の重量
② 静止物体の重量
③ 移動物体の長さ
④ 静止物体の長さ
等々
技術システムにおける固有の矛盾での「改善したい事」と、それに伴って「悪化する事」を、これら
39 種類のパラメータの中から当てはまるものを選びます。
こうして一般化された矛盾を、
「矛盾解決マトリックス」に当てはめると最大 4 つの発明原理が見つか
ります。この 4 つの発明原理に沿って問題(矛盾)を解決できそうなアイデアを考えていきます。
では、上記の掃除機の矛盾の解決を考えてみましょう!
まずは、解決したいと考えている問題を確認します。
テーマ:掃除機の能力改善
①
困っていること:今の掃除機では絨毯に絡まりついた埃がうまく取れない。
↓
① 改善したいこと:絨毯に絡まった埃をうまく取りたい。
↓
② そのための手段:吸い口での吸引力をもっと強くする。
↓
③ その結果悪化すること:絨毯を吸い込んでしまい取り扱いが不便になる。
↓
④ 改善したいことを 39 の特性パラメータで置き換える:
強い吸引力で絨毯の埃を取りたい。⇒ 圧力(吸引力)、物質の量(埃)
↓
⑤ その結果悪化することを特性パラメータで言い換える:
取り扱いが不便になる。⇒
操作の容易性、物体が発する有害作用
↓
⑥ 表示された発明原理を書き出して対策を考える。
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