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検査の品質保証のための指針 - JACGA 日本染色体遺伝子検査学会

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検査の品質保証のための指針 - JACGA 日本染色体遺伝子検査学会
染色体遺伝子検査の品質保証のための指針
第2編
Guidelines for Quality Assurance of Chromosomal and Genetic Testing
Second Edition
平成 26 年 4 月
日本染色体遺伝子検査学会
60
日本染色体遺伝子検査 Vol.32 No.1 2014
目 次
前 文……………………………………………… 64
8.2. データ解析… ……………………………… 68
第 1 章 染色体検査… …………………………… 64
8.2.1. 血液の核型分析… …………………… 68
1. 機器・作業の環境… …………………………… 64
8.2.2. 骨髄液,体腔液の核型分析… ……… 69
2. 検査の受付… …………………………………… 64
8.2.3. リンパ節の核型分析… ……………… 69
2.1. 検体と依頼書の照合… …………………… 64
8.2.4. 羊水の核型分析(フラスコ法)……… 69
2.2. 検査の要請が適切であることを確認
8.2.5. 羊水の核型分析(直接法)…………… 70
する………………………………………… 64
8.2.6. 流産絨毛(子宮内容物)……………… 70
2.2.1. 検査依頼書の記録事項確認… ……… 64
8.2.7. 腫瘍組織の核型分析… ……………… 70
2.2.2. 検査依頼書:遺伝学的検査… ……… 64
9. 報告書作成とデータ管理… …………………… 70
3. 検体の採取… …………………………………… 65
9.1. 報告書には以下の項目を含める… ……… 70
3.1. 血液(末梢血液,臍帯血,胎児血)……… 65
9.2. データ管理… ……………………………… 70
3.2. 骨髄液… …………………………………… 65
10. 染色体検査の精度管理………………………… 71
3.3. リンパ節… ………………………………… 65
10.1. 標準業務手順書の作成…………………… 71
3.4. 羊水… ……………………………………… 65
10.2. 検査装置の管理…………………………… 71
3.5. 子宮内容物… ……………………………… 65
10.3. 試薬の管理………………………………… 71
4. 浮遊培養… ……………………………………… 65
10.4. 作業工程の管理…………………………… 71
4.1. 培養液… …………………………………… 65
11. 教育……………………………………………… 71
4.2. 培養条件… ………………………………… 65
4.3. 培養操作… ………………………………… 65
第 2 章 FISH(Fluorescence in situ
4.3.1. 血液… ………………………………… 65
Hybridization)検査… ……………… 72
4.3.2. 骨髄液,体腔液… …………………… 65
1. 機器・作業の環境,受付… …………………… 72
4.3.3. リンパ節… …………………………… 66
2. 中期核 FISH 検査… …………………………… 72
5. 定着培養… ……………………………………… 66
2.1. 中期核 FISH 検査の適応…………………… 72
5.1. 培養液… …………………………………… 66
2.2. 中期核 FISH 検査の注意点………………… 72
5.2. 培養条件… ………………………………… 66
2.3. プローブの有効性の確認… ……………… 72
5.2.1. 羊水の培養… ………………………… 66
2.4. プローブの感度と特異性の確認… ……… 72
5.2.2. 流産絨毛(子宮内容物)の培養… … 66
2.5. 分析の基準… ……………………………… 72
5.2.3. 腫瘍組織の培養… …………………… 67
3. 間期核 FISH 検査… …………………………… 72
6. 低張・固定処理… ……………………………… 67
3.1. 間期核 FISH 検査の適応…………………… 72
6.1. 低張処理… ………………………………… 67
3.2. 間期核 FISH 検査の注意点………………… 73
6.2. 固定処理… ………………………………… 67
3.3. プローブの有効性の確認… ……………… 73
7. 標本作製… ……………………………………… 67
3.4. カットオフ値の決定と感度・特異性の
7.1. 標本作製法… ……………………………… 67
確認… ……………………………………… 73
7.2. 各種分染法… ……………………………… 68
3.5. 分析の基準… ……………………………… 73
7.2.1. G 分染法… …………………………… 68
11. FISH 検査法… ………………………………… 73
7.2.2. Q 分染法… …………………………… 68
11.1. 標本の作製………………………………… 73
7.2.3. C 分染法………………………………… 68
11.2. エージング………………………………… 73
7.2.4. NOR 分染法… ………………………… 68
11.3. 前処理……………………………………… 73
8. 核型分析… ……………………………………… 68
11.4. 脱水………………………………………… 74
8.1. 画像取り込み… …………………………… 68
11.5. 変性………………………………………… 74
日本染色体遺伝子検査 Vol.32 No.1 2014
61
11.5.1. 別々に変性させる方法……………… 74
18.11.3. 輝度の基準 31)… …………………… 78
11.5.2. 共に同時に変性させる方法………… 74
18.11.4. 毎日実施する精度管理の方法… … 79
11.6. ハイブリダイゼーション………………… 74
18.11.5. 毎月1回実施する精度管理の
11.7. 洗浄………………………………………… 74
方法………………………………… 79
11.7.1. ホルムアミドを用いる方法………… 74
18.11.6. 年1回以上,試薬や精度管理対
11.7.2. ホルムアミドを用いない方法……… 74
照のロット変更時に実施する精
11.8. 封入………………………………………… 74
度管理の方法……………………… 79
11.9. 蛍光顕微鏡による観察…………………… 74
18.11.7. その他の精度管理… ……………… 79
12. データ解析……………………………………… 74
12.1. カウントから除外する細胞……………… 74
第 3 章 遺伝子検査… …………………………… 79
12.2. 非融合シグナル…………………………… 74
1. 遺伝子検査の分類… …………………………… 79
12.3. 融合シグナル……………………………… 74
1.1. 病原体遺伝子検査(または核酸検査)…… 79
12.4. 判定保留…………………………………… 74
1.2. 体細胞遺伝子検査… ……………………… 79
13. 報告書の作成とデータ管理…………………… 75
1.3. 遺伝学的検査
14. 検査の精度管理………………………………… 75
(または生殖細胞系列遺伝子検査)…… 79
14.1. 品質モニタリング………………………… 75
2. 遺伝子検査室の環境… ………………………… 79
14.2. その他の精度管理………………………… 75
3. 検査の受付… …………………………………… 80
15. m-FISH (Multi-Target FISH)………………… 75
3.1. 標準化で考慮すべきポイント… ………… 80
15.1. m-FISH 検査の適応… …………………… 75
3.2. 検査依頼書… ……………………………… 80
15.2. m-FISH 検査の注意点… ………………… 75
3.3. 検体受付… ………………………………… 80
15.3. プローブの有効性の確認………………… 75
4. 検体採取… ……………………………………… 80
15.4. 分析の基準………………………………… 75
4.1. 標準化で考慮すべきポイント… ………… 80
16. 染色体 CGH(Comparative Genomic
4.2. 採取容器と取扱い… ……………………… 80
Hybridization)………………………………… 75
4.2.1. 血液… ………………………………… 80
16.1. 染色体 CGH の注意点… ………………… 75
4.2.2. 血清… ………………………………… 80
16.2. 染色体 CGH の分析基準… ……………… 76
4.2.3. 血漿… ………………………………… 81
17. アレイ CGH… ………………………………… 76
4.2.4. 骨髄液… ……………………………… 81
17.1. アレイ CGH の注意点… ………………… 76
4.2.5. 体腔液… ……………………………… 81
18. 組織 FISH… …………………………………… 76
4.2.6. 組織,生検材料… …………………… 81
18.1. 材料………………………………………… 76
4.2.7. 糞便… ………………………………… 81
18.2. 標本の作製………………………………… 76
5. 検体の保存… …………………………………… 81
18.3. 前処理……………………………………… 77
5.1. 標準化で注意すべきポイント… ………… 81
18.4. 固定………………………………………… 77
5.2. 保存方法… ………………………………… 81
18.5. 変性とハイブリダイゼーション………… 77
5.2.1. 血液,骨髄液,培養細胞… ………… 81
18.6. 洗浄………………………………………… 77
5.2.2. 血清,血漿… ………………………… 81
18.7. 封入………………………………………… 77
5.2.3. 体腔液,その他… …………………… 81
18.8. 蛍光顕微鏡による観察…………………… 77
5.2.4. 組織,生検材料… …………………… 81
18.9. データ解析………………………………… 77
5.2.5. 糞便… ………………………………… 82
18.10. 注意事項
… …………………………… 77
6. 検体の運搬と輸送… …………………………… 82
18.11. 組織 FISH 検査の精度管理… ………… 77
6.1. 標準化で考慮すべきポイント… ………… 82
18.11.1. 精度管理用切片の作成方法… …… 78
6.2. 物理的安定性の確保… …………………… 82
18.11.2. 精度管理用切片の貼り付け… …… 78
6.3. 温度管理… ………………………………… 82
62
31)
日本染色体遺伝子検査 Vol.32 No.1 2014
6.4. 依頼書と検体の照合管理… ……………… 82
11. 検査の精度管理………………………………… 84
7. 検体の前処理と核酸の抽出… ………………… 82
11.1. 標準化で考慮すべきポイント…………… 84
7.1. 標準化で考慮すべきポイント… ………… 82
11.2. 検査体制と記録の整備…………………… 85
7.2. 核酸の抽出効率… ………………………… 82
11.2.1. 検査体制の確立……………………… 85
7.2.1. 抽出前… ……………………………… 82
11.2.2. 検査の記録…………………………… 85
7.2.2. 抽出時… ……………………………… 82
11.3. 精度管理手法の確立……………………… 85
7.3. 核酸の純度… ……………………………… 83
11.3.1. 検体総合精度管理…………………… 85
7.4. 核酸の汚染が少ない方法… ……………… 83
11.3.2. 検体個別精度管理…………………… 85
8. 分析… …………………………………………… 83
12. 遺伝子検査の倫理原則………………………… 86
8.1. 標準化で考慮すべきポイント… ………… 83
13. 遺伝子情報の収集……………………………… 86
8.2. 分析方法… ………………………………… 83
14. 検査の安全管理………………………………… 86
9. 検査結果の判定と報告書の作成… …………… 84
14.1. 生物的危険物質…………………………… 86
9.1. 標準化で考慮すべきポイント… ………… 84
14.2. 化学的危険物質…………………………… 87
9.2. 検査報告書… ……………………………… 84
14.3. 物理的危険物質…………………………… 87
9.2.1. 報告書… ……………………………… 84
15. 教育活動………………………………………… 87
10. 検査データの管理……………………………… 84
おわりに…………………………………………… 87
10.1. 標準化で考慮すべきポイント…………… 84
日本染色体遺伝子検査 Vol.32 No.1 2014
63
前 文
臨床検査における分子細胞遺伝学の急速な進歩と
る.今後多くの会員の追試と検証により,さらに内
EBM(evidence based medicine)の普及により,
容を充実させ,染色体遺伝子検査の精度保証に寄与
染色体遺伝子検査の診断的価値が増大している.し
することを願っている.
かし,検査法の技術革新が急速なため,検査の精度
遺伝子検査については,その大部分が検体の採取,
管理や倫理的諸問題がそれに追いついていないのが
保存および運搬,検体の前処理と核酸の抽出,核酸
現状である.
の増幅および検出,結果の解析と報告書の作成,デ
このような状況下で,染色体遺伝子検査を実施す
ータ管理という検査工程を通して行われる.しかし,
る技術者は,新しい技術を学びながらも,常に検査
同じ検査でも材料,測定する遺伝子領域,測定方法,
の標準化や精度管理を念頭に置き,質の高い検査結
用いる機器や試薬などが多種多様である.そこで本
果を報告するように努力しなければならない.
指針では,用いる遺伝子検査方法のいかんに関わら
染色体検査と FISH 検査についてはガイドライン
ず,「遺伝子検査の標準化で考慮すべき基本的な考
が出ているが ,具体的な標準化と精度管理には言
え方」を検査工程に沿って示した.
及していない.この染色体遺伝子検査の品質保証の
なお,本指針は,診療目的にヒトの体内から抽出
ための指針は,染色体遺伝子検査標準化のガイドラ
された染色体および核酸検査を対象とした臨床検査
イン 2010 に加筆修正を行った改訂版であり,会員
に適用するもので,それ以外の目的や染色体・遺伝
の蓄積した経験とデータに基づき,適切な検査方法
子研究には言及しない.
1)
と操作手順,検査結果の判定に至るまで提言してい
第 1 章 染色体検査
1. 機器・作業の環境
検体と依頼書を照合し,検査内容と検体の採取方
染色体検査は分裂時の細胞を使用するので,検体
法を確認する.
採取から培養終了まで無菌的に操作しなければなら
2.2. 検査の要請が適切であることを確認する
ない.
2.2.1. 検査依頼書の記録事項確認
(1)培養操作はクリーンベンチ内で行う.
①被検者の基本属性(患者番号,氏名,性別,
(2)操作中は検査衣を着用し,不要な会話は慎む.
(3)検査室内は常に清浄を保つ.
(4)検査室内の汚染と検査過誤を極力防止するた
め,検査従事者以外の検査室への出入りを制
限する.
生年月日)
②検体提出日
③依頼元(医療機関名または診療科),依頼医
師氏名
④検査材料,採取日
(5)廃棄物は施設の基準に従い適切に処理する.
⑤検査項目
(6)化学物質,火気,電気の取扱いは,施設の安
⑥検査目的
全基準を遵守する.
(7)一日の作業終了後は実験テーブルを除菌クロ
⑦臨床所見,検査歴,治療歴
2.2.2. 検査依頼書:遺伝学的検査
スで清拭し,クリーンベンチの紫外線灯を点
上記に加え遺伝学的検査では以下の項目が記載
灯する.
されていることを確認する.
(8)検査に使用する水は全て超純水とする.
①家族歴や家系図
②検査材料,採取日(出生前診断では妊娠週数)
2. 検査の受付
③被検者が遺伝カウンセリング 2)を受けている
2.1. 検体と依頼書の照合
④インフォームド・コンセント 3)を得ている
64
日本染色体遺伝子検査 Vol.32 No.1 2014
⑤被検者の氏名を連結可能な匿名化 4)する.検
査を外部に委託する場合は,特に注意を払う
⑥検査材料の採取日(出生前診断では妊娠週数)
(1)滅菌器材と非滅菌器材との混用,接触を避け
る.
(2)培養液の交換は滅菌ピペットで行い,容器の
口から直接分注,廃棄しない.
3. 検体の採取
(3)開口した培養ボトル上を横切って操作をしな
検体はすべて無菌的に採取し,できるだけ早く培
養を始める.検体を遠隔地に輸送する場合は,冷蔵
い.
(4)汚染はボトルの口元から起こるため,ピペッ
にて 24 時間以内に培養を開始することが望ましい.
トの先をボトルの口元に触れないようにす
細胞を培養するため,検体は凍結してはならない.
る.
検体の残りは,分析に適した標本が作製できるまで
保持する.
4.1. 培養液
血液,骨髄液,リンパ節に行う浮遊培養には,10
3.1. 血液(末梢血液,臍帯血,胎児血)
ヘパリン採血管あるいはヘパリン処理
5)
~ 20%牛胎仔血清添加 RPMI 1640 培地を使用
した注射
器で 1 ~ 5mL 採血する.
する.培地はフェノールレッドを含有し,pH7.2
~ 7.4 で橙色,pH8 以上で赤紫色,pH6.8 以下
3.2. 骨髄液
で黄色に変化するので,色調を常にチェックする.
胸骨腸骨あるいは腰椎から骨髄穿刺し,ヘパリン
抗生物質は細菌や真菌による汚染を防止するため
処理した注射器で採取する.採取後,できるだけ
に適量以内使用し,必要があれば抗真菌剤を加え
速やかに培養する.十分な骨髄液が得られない場
る.培養液は 4℃で保存し,1 ヶ月以内に使用する.
合や芽球の割合が 10 ~ 20%以上であれば,替り
グルタミンは分解しやすいので使用直前に 0.3%
に末梢血液を使用することもある.
の割合で添加する.グルタミンを添加後に保存す
3.3. リンパ節
る場合は冷凍し,数ヶ月以内に使用する.
外科的切除または生検した検体は,培養液あるい
4.2. 培養条件
は滅菌 PBS に入れて運搬する.5×5mm 程度の
培養は 2 個以上のシャーレ,フラスコまたはプラ
組織片をシャーレに移し,脂肪や血液,壊死組織
スチック試験管を使用して,37℃の 5%炭酸ガス
を十分に取り除き,はさみかメスで細切する.時
湿潤培養器の中で培養する.培養器の故障から検
間がかかり過ぎると細胞に損傷を与えるため,パ
体を守るために二つの培養器に分けて培養するの
スツールピペットで吸えるくらいの細かさになれ
が望ましい.
4.3. 培養操作
ば良い.
3.4. 羊水
4.3.1. 血液
妊娠 15 週後半~ 18 週ごろ,超音波ガイド下で
分裂刺激剤 PHA-M(phytohemagglutinin-M)
経腹的にヘパリン処理した注射器で 15 ~ 20mL
を培養液に 10μg/mL 添加(メーカー指示の
を無菌的に採取し,滅菌試験管に入れる.母体細
濃度を参照のこと)し,リンパ球を刺激して
胞の混入を避けるため,引き始めの数 mL は取り
72 時間培養する.血液 0.5 ~ 1.0mL を培養液
分け,使用しないことが望ましい.
10mL に加える.遠心して使用する場合は 200
3.5. 子宮内容物
×g10 分間遠心後,滅菌パスツールピペットで
流・死産絨毛,胎盤などは 1g 以上採取し,基礎
上清を除き,白血球層 0.5mL を加える.臍帯
培地に 10 倍量の抗生物質
血と胎児血の培養時間は 48 ~ 72 時間である.
6)
を添加した洗浄液で
洗浄後,新たな洗浄液に入れて冷蔵輸送する.
培養終了 1 ~ 2 時間前にクリーンベンチ内で
コルセミドを 0.02 ~ 0.05μg/mL 添加する.
4. 浮遊培養
4.3.2. 骨髄液,体腔液
浮遊培養に限らず全ての培養操作の一般的注意事
分裂刺激剤 PHA を培養液に入れずに,短期(一
項は次のとおりである.
晩)培養を行う.培養液中の細胞数は 1 ~ 2×
日本染色体遺伝子検査 Vol.32 No.1 2014
65
106/mL に調整する.培養終了前の 40 分~ 2
とすることで,細胞の増殖が良好になる.培養
時間前にコルセミドを 0.02~0.05μg/mL 添加
装置の故障から検体を守るために,二つの培養
する.低濃度のコルセミド 0.002 ~ 0.003μg/
装置に分けた培養が望ましい.追加した分析が
mL を添加し,一晩培養する方法もある.検体
必要になる場合に備えて,常にバックアップ細
量が十分であれば,疑う血液疾患に合わせて,
胞の培養を継続しておく.
直接法や 3 日間,あるいはそれ以上の培養を併
羊水は 200×g10 分間遠心する.沈渣は 1 培養
用する.直接法はコルセミドを 0.02 ~ 0.05μ
当たり 0.5mL の羊水を残して上清を捨てる.
g/mL 添加した培養液で,40 分~ 4 時間培養
沈渣を再浮遊し,少量(2mL 程度)の培養液
を行う.B 細胞系の腫瘍が疑われるときに B 細
を入れ培養を開始する.4 ~ 5 日目に初回培地
胞分裂促進剤 LPS(lipopolysaccharide)を 5
交換するまでは静置し,決して動かさない.倒
μg/mL,T 細胞系腫瘍が疑われるときに T 細
立顕微鏡で増殖を確認できたら,半量ずつ培地
胞分裂促進剤 PWM(poke weed mitogen)を
を交換する.この時点で全く増殖が確認されな
0.1 ~ 1μg/mL,または分裂刺激剤 PHA を 10
い場合は主治医に連絡し,羊水の再採取を含め
μg/mL 添加して 3 日間培養すれば良い結果を
た検討を行う.以後は 2 日に 1 回,半量ずつ
得る場合がある.
培地交換をし,ハーベスト前日にも培地を交換
4.3.3. リンパ節
する.間接法(フラスコ法)と直接法のどちら
細切したリンパ節はプラスチック試験管に入
を用いてもよい.直接法はモザイクの判定に有
れ,200×g10 分間遠心後に細胞成分を培養す
利であり,間接法は各種分染法が可能で良質の
る.培養は,骨髄液の培養操作に準じて行う.
核型が得られる.
(1)間接法(フラスコ法)
5. 定着培養
25mL フラスコを用い定着培養を行う.培地交
5.1. 培養液
換をしながら,十分に大きく発育増殖したコロ
羊水や絨毛の培養には,羊水細胞の初代培養用と
ニーが三つ以上得られるまで培養を続ける.培
して開発された多種類のホルモンと細胞成長因子
養終了前の 2 ~ 3 時間前にコルセミドを 0.05
を含む培地を使用する.調製した培養液は 2 週間
~ 0.1μg/mL 添加する.試験管に全ての培養
以内に使用する.凍結乾燥試薬は溶解後に小分け
液を移し,PBS(-)7)で 2 度洗浄した後にトリプ
にして- 20℃に保存し,数カ月以内に使用する.
シン /EDTA8) を加え,37℃で 15 分間保温し
腫 瘍 組 織 の 培 養 に は,20 % 牛 胎 仔 血 清 添 加
て剥離した定着細胞を試験管に集める.200×
D-MEM/ F-12 培地を使用する.抗生物質を使用
g10 分間遠心後に上清を捨て,低張処理に移る.
する場合は適量以内とし,必要があれば抗真菌剤
(2)直接法
を加える.グルタミンを添加した培養液は 1 ヶ月
ディッシュを用い定着培養を行う.培養用カバ
以内に使いきる量に分注して,- 80℃で冷凍し
ーガラスあるいはディッシュの表面に形成され
て,解凍後は 4℃で保存する.
るコロニーの増殖を倒立顕微鏡で確認しなが
5.2. 培養条件
ら,生着したコロニーが表面の 70%程度にな
5.2.1. 羊水の培養
るまで培養を続ける.培養終了の 2 ~ 3 時間
25mL フラスコまたはディッシュを使用して行
う.三つに分けて培養するのが望ましいが,細
66
前にコルセミドを 0.05 ~ 0.1μg/mL 添加する.
5.2.2. 流産絨毛(子宮内容物)の培養
胞数が少なければ二つに分けて 37℃の 5%炭
羊水の培養操作に準じる.絨毛の場合は以下の
酸ガス培養装置の中で培養する.細胞密度が適
前処理が必要である.無菌的状況の下で母体の
正であることを倒立顕微鏡下で確認しておく.
脱落膜や血液などを取り除き,絨毛だけを得る.
二つに分けた場合は,初回培地交換時に交換し
絨毛を無菌的にハサミで細切し,約 10mg の絨
た上清を集めて三つ目を作る.酸素分圧を 5%
毛に対して,トリプシン / EDTA2mL を加え,
日本染色体遺伝子検査 Vol.32 No.1 2014
15 分おきに優しく転倒混和しながら 37℃の恒
そこに低張液(0.075M KCL)を,徐々に加え十
温槽で 60 分加温する.遠心分離後に上清を捨
分に混和する.低張液量は,もとの培養液量とす
て,コラゲナーゼ / DNase 消化液 9) を添加し
る.低張処理は 10 ~ 30 分間以上行う.室温ま
た PBS(-)8mL を加え,37℃で 15 分ごとに静
たは 37℃のどちらでも良い.腫瘍細胞の低張処
かに転倒混和しながら 90 分間処理する.遠心
理は 37℃で 45 分間行う.
分離後に上清を捨て,培養液を加えて混和し,
6.2. 固定処理
再度遠心分離後に上清を捨て,三つに分けて培
固定液は使用時に調整した冷カルノア液(メタノ
養する.
ール 3:酢酸 1)を用いる.固定は必ず半固定を
5.2.3. 腫瘍組織の培養
行った後に全固定を行う.半固定は低張処理後に
腫瘍組織はクリーンベンチ内で脂肪組織などの
徐々に固定液を加えて行うもので,まず低張処理
腫瘍以外の組織を取り除いた後,シャーレもし
の終わった液に 1%の割合で固定液を静かに混和
くは滅菌ビーカーに入れ,無菌的にハサミで粥
して 10 分以上静置し,続いて 10%の割合で固定
状になるまで細切する.
液を追加混和し,5 分間以上静置する.半固定終
粥状になった組織に組織の量に応じてコラゲナ
了後の溶液は 200×g10 分間遠心し,沈渣 0.5mL
ーゼを加え(コラゲナーゼの種類,濃度,量,
を残して上清を捨てる.良く混和した後に固定液
処理時間は腫瘍の種類により異なる),ピペッ
を徐々に加えながら再浮遊させて 10 分間全固定
トで吸い上げることができるようになるまで消
を行う.固定液量は,もとの培養液量とする.そ
化する.このとき組織が一塊の餅状になった場
の後,200×g10 分間遠心する.さらに,上清が
合は DNase1 を加える.コラゲナーゼの酵素
無色になるまで遠心と再浮遊を繰り返すが,遠心
活性は血清で阻害されないので,培養液を消化
時間は加える固定液の量によって減らすことがで
された組織に加え遠沈して酵素液を除き,最後
きる.固定終了後に遠心して集めた細胞は,固定
に少量の培養液を加えフラスコにまく.コラ
液で希釈して細胞浮遊液とする.細胞浮遊液は密
ゲナーゼ処理をしない場合は,粥状になるまで
栓して冷凍庫で保存する.
細切した組織を直接フラスコに滅菌したスパー
テルでまいて,組織が乾燥しない程度の少量の
7. 標本作製
培養液を入れ,定着培養を開始する.2 ~ 3 日
7.1. 標本作製法
後,組織塊から細胞が出てきたら培養液を増や
標本作製には,透過率が良好で自発蛍光の少ない
す.顕微鏡で腫瘍細胞の増殖を確認しながら生
脱脂洗浄処理済みスライドガラスを使用し,高温
着した細胞がフラスコ表面の 70%程度になる
多湿を避けて保存し,早めに使いきる.濃度はわ
まで培養し,コルセミドを 0.05μg/mL 添加す
ずかに混濁する程度とし,スライドガラス上に展
る
開した細胞数が 100 ~ 200 個 / 弱拡大(100 倍)
.長期間の培養では,繊維芽細胞などの正
10)
常組織成分が優位に増殖してくる可能性がある
となるように固定液で調整する.
ことに留意する.試験管に全ての培養液を移し,
蒸気乾燥法では,風の流れが無い場所に設置した
PBS(-) で 2 度洗浄した後にトリプシン /EDTA
65±4℃の恒温槽内にラックを置き,スライドガ
を加え,37℃で 15 分間保温して剥離した定着
ラスを乗せる.スライドガラスの 2 ヶ所に滴下し,
細胞を試験管に集める.200×g10 分間分間遠
1分間程度静置して乾燥させる.標本の出来は滴
心後に上清を捨て,低張処理に移る.
下した細胞浮遊液の広がる速度と,乾燥する速度
の両方に左右されるため,恒温槽の温度,滴下ま
6. 低張・固定処理
での時間,細胞浮遊液の温度と濃度を調節する.
6.1. 低張処理
広がりが悪い場合には,乾燥する前に同じ場所に
コルセミド処理後の細胞は試験管に移し,200×
再度滴下することで改善する場合がある.
g10 分間遠心し,沈渣を残して上清を取り除き,
空気乾燥法では加湿器とデジタル湿度計を使用
日本染色体遺伝子検査 Vol.32 No.1 2014
67
し,標本作製机の温度 25℃前後,湿度 30 ~ 50
核小体形成体領域 NOR(nucleolusorganizer
%の環境下で水に濡らしたガーゼ上にスライド
region)に局在する特殊な蛋白質成分が銀染色
ガラスを置く.細胞浮遊液をスライドガラス約
陽性を示す.ステンレスバットに直接のせた標
2cm 上から中央部より端に滴下し乾燥後,対象
本に使用時に混合したゼラチン銀液 16) を滴下
側に同様に滴下し乾燥させる.
してカバーガラスをかけ,70℃に加温したホ
7.2. 各種分染法
ットプレートの上で褐色になるまで加温する.
7.2.1. G 分染法
標本にカバーガラスをかけたまま超純水で 3 回
G バンドはメガ塩基レベルでの A/T%と G/C
洗浄する.
%の区分的なモザイク構造であり,染色前にエ
ージング(ハードニングともいう)処理が必要
8. 核型分析
である.エージングは乾燥させて行う.温度と
8.1. 画像取り込み
時間には幅があり,室温~ 37℃で数日,50 ~
染色体画像解析システムを利用する場合は,エン
60℃で一晩,65℃ 2 時間程度行われている.
ハンス処理で背景から染色体だけを差別化して取
エージングの終わった標本は室温に戻し,冷蔵
り出す.この処理で小さなマーカー染色体や,染
の 0.025 ~ 0.1%トリプシン
PBS(-) 液に数
色体のテロメア領域を消してしまわないように注
秒~1分程度浸漬する.その後,2 ~ 5%ギム
意する.フリーハンドのマウス操作で切り離しを
ザ液
12)
11)
で 5 ~ 7 分間染色し,流水水洗した後,
冷風乾燥させる.トリプシン浸漬時間は,個々
フトにより各々の染色体を認識させる.効率良く
の検体ごとに試しスライドを用いて最適な時間
染色体を解析するため,バンドが鮮明で,重なり
を決める.
が少なくまっすぐなメタフェーズを選択する.
7.2.2. Q 分染法
8.2. データ解析
G バンドパターンと同じパターンを示す.標本
染色体核型と検査所見の標記方法は,核型記録の
作製後そのまま染色できる.標本を pH4.5 の
国際規約 ISCN2013 に準拠する.G 分染した染
McIlvaine's 緩衝液
色体を並べて核型分析するにあたって,メタフェ
13)
にて 12.5μg/mL キナク
リンマスタードで 10 分染色後に,McIlvaine's
ーズ自体の異常(分裂様式,染色体構造物,断裂,
緩衝液で 2 回洗浄し,そのままカバーガラスで
複製,小さな染色体など)が無いかを確認し,記
封入する.キナクリンマスタード染色後に,追
録しておく.
加して 20μg/mL ヘキスト 33258 で 10 分染色
し,無蛍光グリセリンで封入する二重染色法を
行うと蛍光量が増強される.
7.2.3. C 分染法
8.2.1. 血液の核型分析
(1)観察
30 個のメタフェーズを観察して染色体数を数
える.数の異常や構造異常の場合は,モザイク
C バンド領域は高度に反復した DNA が集積し
の可能性があるため同じ核型が増加では 2 個以
た箇所である.C バンド法はスライド標本を
上,欠失では 3 個以上の存在で一つのクローン
0.2 N塩酸溶液で室温1時間解離処理した後,
と考え,各々のクローンを代表する核型の数と
超純水で 3 回洗浄する.50℃に加温した 5%水
位置を記録し,核型分析を行う.データの保護
で 5 分間アルカリ処理を行
と品質保証のために,必ずオリジナル画像を保
い,超純水で 3 回洗浄する.60℃に加温した 2
管し ,「真正性」「見読性」「保存性」を定めら
×SSC15)で 60 分間インキュベーションした後,
れた期間 , 担保する 17).
酸化バリウム液
14)
超純水で 3 回洗浄する.5%ギムザ液で 20 分
(2)分析
間染色する.染まりが弱ければ 45 分間まで延
400 ~ 550 バンドステージで,一つのクロー
長する.
ンについて 5 個以上の細胞を分析する.構造異
7.2.4. NOR 分染法
68
行って染色体を 1 本 1 本に分けて,画像解析ソ
常を否定するためには 550 バンドステージで
日本染色体遺伝子検査 Vol.32 No.1 2014
の分析が必要である.構造異常のバンドを高精
析可能なメタフェーズはすべて観察する.染色
度分析で判定するときは,700 バンドステージ
体異常を見逃さないために,形態の悪いメタフ
以上で判定する.
ェーズも分析する.データの保護と品質保証の
(3)記録
ために,必ずオリジナル画像を保管する 17).
存在する核型すべてについて,2 個以上の細胞
の核型を記録し保管する.
(2)分析
300 ~ 450 バンドステージで分析する.病理
(4)所要日数
組織学診断などで病型が疑われるにもかかわら
最終報告までの所要日数は 2 週間が望ましい.
ず正常核型の場合には,正常組織を分析してい
必要に応じて中間報告を行う.
ることが考えられるので,3 日間以上の B 細胞
8.2.2. 骨髄液,体腔液の核型分析
分裂促進剤 LPS やT細胞分裂促進剤 PWM,ま
(1)観察
たは分裂刺激剤 PHA を添加した培養法で作製
20 個のメタフェーズを観察して染色体数を数
した標本を観察する.それでも病型特異的染色
える.染色体形態が良い細胞だけではなく,悪
体異常が観察できない場合は,FISH 検査や遺
いメタフェーズも観察する.悪いメタフェー
伝子検査を試みる.異常クローンの存否,およ
ズでは,特に数の異常(高 2 倍性,低 2 倍性)
び染色体異常の特徴づけが重要なので,特異的
やt (9;22) 転座に注意する.20 個のメタフェ
染色体異常であれば 1 個しか分析できない場合
ーズが観察できない場合でも,10 個以上の観
でも核型に記録する.
察が望まれる.データの保護と品質保証のため
に,必ずオリジナル画像を保管する
.
17)
(2)分析
300 ~ 400 バンドステージで分析する.一つ
のクローンについて 5 個以上のメタフェーズを
分析する.疑われる血液疾患の病型特異的な構
造異常染色体を見逃さないように注意する.染
(3)記録
それぞれのクローンで 2 個以上の核型を記録し
保管する.
(4)所要日数
最終報告までの所要日数は 1 週間が望ましい.
8.2.4. 羊水の核型分析(フラスコ法)
(1)観察
色体異常は,各々のクローンを代表する核型を
少なくとも二つのフラスコで,それぞれ最低
分析する.
20 個,合わせて 40 個のメタフェーズを観察し
(3)記録
て染色体数を数える.いかなる数の異常,構造
異常クローンが一つであれば 2 個の核型を記録
異常でも記録する.モザイクを認めた場合は三
し保管する.関連した複数のクローンがあれば
つ目のフラスコでも 20 個のメタフェーズを同
ステムラインの 2 個の核型と,サイドラインの
様にカウントする.
各 1 個の核型を記録し保管する.関連しない複
(2)分析
数のクローンがあれば,各々のステムラインの
550 バンドステージでの分析を目標にする.少
2 個の核型と,関連するサイドラインの各 1 個
なくとも二つのフラスコから,各々 3 個合わせ
の核型を記録し保管する.正常細胞のみの場合
て 6 個以上のメタフェーズを分析する.モザイ
は 2 個の核型を記録し,正常と異常が混在する
クを認めた場合は Hsu の基準 18)に基づいて実
場合は,正常細胞は 1 核型のみ記録し保管する.
施する.すなわち,必ず 2 フラスコでそれぞれ
(4)所要日数
標本作製し,各 20 個をカウントする.1 フラ
最終報告までの所要日数は 1 週間以内が望まし
スコでも染色体異常を検出した場合は他の二つ
い.必要に応じて中間報告を行う.
のフラスコで各々 20 個,合計 60 個カウントし,
8.2.3. リンパ節の核型分析
(1)観察
メタフェーズが得られにくい場合が多いので分
日本染色体遺伝子検査 Vol.32 No.1 2014
以下のように判定する.
① 3 フラスコ中,1フラスコのみに1個の場
合はレベル1の偽性モザイク
69
② 3 フラスコ中,1フラスコのみに数個の同
じ染色体異常を認めた場合はレベル 2 の偽性モ
ザイク
羊水の方法に準ずる.
8.2.7. 腫瘍組織の核型分析
(1)観察
③ 3 フラスコ中,2 フラスコ以上に同じ染色体
分裂中期像が得られにくい場合が多いので分析
異常を認めた場合,羊水細胞は真性モザイク
可能な細胞はすべて観察する.データの保護と
(3)記録
品質保証のために,必ずオリジナル画像を保管
2 個以上の核型を記録する.モザイクを認めた
する 17).
場合はそれぞれについて 2 個以上を記録し保管
(2)分析
する.
(4)所要日数
最終報告までの所要日数は約 2 週間とする.
8.2.5. 羊水の核型分析(直接法)
(1)観察
三つのディッシュから選んで,それぞれ 5 コロ
ニー中の 10 メタフェーズずつを観察して染色
体数を数える.染色体異常(正常変位を含む)
を認めた場合には,1 細胞のみの異常か,コロ
300 ~ 450 バンドステージで分析する.あら
かじめ,FISH 検査や遺伝子検査も試みる.異
常クローンの存否,および染色体異常の特徴づ
けが重要なので,特異的染色体異常であれば1
個しか分析できない場合でも核型に記録する.
(3)記録
2 個以上の細胞の核型を記録し保管する.
(4)所要日数
最終報告までの所要日数は 3 週間が望ましい.
ニー全体の異常かをチェックする.コロニー全
体であれば同一ディッシュ(カバーガラス)内
9. 報告書作成とデータ管理
のすべてのコロニーを分析し,同じ染色体異常
9.1. 報告書には以下の項目を含める
が他のコロニーにもあるかチェックする.いか
①被検者の基本属性(患者番号,氏名,年齢,性
なる数の異常,構造異常でも記録する.モザイ
クを認めた場合は,以下のように判定する.
① 1 ディッシュの単一細胞のみに染色体異常を
認めた場合はレベル 1 の偽性モザイク ② 1 ディッシュにのみ,単一コロニーに同じ染
②依頼元(医療機関名または診療科と連絡先),
依頼医師氏名
③受付日,報告日
④検査施設の名称と所在地,連絡先
色体異常を認めた場合はレベル 2 の偽性モザ
⑤材料名
イク
⑥検査の指示,検査の解釈に関連する場合は固有
③複数のディッシュに同じ染色体異常を認めた
場合は真性モザイク
(2)分析
400 ~ 550 バンドステージで分析する.三つ
のディッシュ(カバーガラス)から,それぞれ
2 個ずつ合わせて 6 個以上のメタフェーズを分
析する.
(3)記録
2 個以上の核型を記録する.モザイクを認めた
場合は各々について 2 個以上を記録し保管す
る.
(4)所要日数
最終報告までの所要日数は 2 週間が望ましい.
8.2.6. 流産絨毛(子宮内容物)
70
別,生年月日)
の医療情報
⑦検査結果(明確・完全であり,検査を熟知して
いない依頼者にも理解できる遺伝学的解釈を含
む)
⑧検査の指示書に書かれた全ての情報に基づく検
査結果の解釈
⑨検査者(認定資格を有することが望ましい)
⑩発行責任者(認定資格を有すること)
⑪場合によっては,遺伝カウンセリングの勧めや
フォローアップ検査の勧めを含める
9.2. データ管理
検査依頼書,検査報告書および付随する個人情報
は,書類では鍵のかかる保管庫で管理する.電子
媒体による記録は,破損,紛失,改ざん,漏洩か
日本染色体遺伝子検査 Vol.32 No.1 2014
ら保護するために,データのバックアップ,パス
ワード保護などを行う.検査情報は不特定の人が
アクセスできるネット上には載せない.また,個
(2)保冷庫と冷凍庫は,庫内温度の日次点検と内
蔵温度計の年次点検を実施し記録する.
10.3. 試薬の管理
人情報の受け渡しに電子メールを用いてはならな
管理台帳を作成し,市販試薬はロット番号と有効
い.各施設のネットワーク管理者や担当の診療情
期限を記録して所定の場所で保管する.ロットの
報管理士 19) や日本医療情報学会の医療情報技師
違う試薬を混ぜて使用しない.ロットを変更する
20)
と連携を密にする.
ときは,現ロットと新ロットで少なくとも 2 検査
以上を重複検査し,性能の違いを記録する.自家
10. 染色体検査の精度管理
調製試薬は,作製日,作製者,構成試薬のロット
検査施設は特定の技術的能力,施設管理,環境,
番号を記録し,期限内に使いきる量を作製して所
方針と手順書などの外部評価を受け,公的承認を受
定の場所で保管する.牛胎児血清は,線維芽細胞
けていることが望ましい.
の樹立株などを用いて増殖能,細菌汚染や細胞分
10.1. 標準業務手順書の作成
裂指数などをチェックし記録しておく.
検査過誤を軽減し,検査者間の個人差を縮小する
10.4. 作業工程の管理
ために,標準業務手順書(操作手順書,試薬調製
室温と湿度を毎日計測し記録する.細胞の増殖状
手順書など)を作成する.標準業務手順書マニュ
況や標本の出来は,染色体検査の長期的な品質管
アルは毎年レビューし,必要に応じて改訂する.
理の指標となるので,検体ごとにワークシートを
標準業務手順書を変更する際は必ずその妥当性を
作製し記録しておく.
検証して記録に残しておく.
10.2. 検査装置の管理
11. 教育
炭酸ガス培養装置,保冷庫,冷凍庫,バイオクリ
新人教育は個人指導を基本とする.検査工程ごと
ーンベンチまたは安全キャビネット,オートクレ
に到達目標を定め,一定期間の訓練の後に評価する.
ーブ,恒温槽,遠心機,顕微鏡が対象となる.管
特に習得に年単位の時間を要するカリオタイプ作成
理台帳を作成し,各機器の取扱書に準じた日常点
と核型記録については,正常核型がほぼ正確に並べ
検・定期点検を実施する.機器の交換部品を常備
られる,典型異常が認識できる,FISH 法や PCR 法
し,故障時の連絡先を明確にして,使用できない
など関連検査と合わせた評価ができるなど,進歩に
期間が最短となるような予防策を講じておく.特
応じた具体的な評価基準を内部で設定しておくこと
に以下の機器の管理には注意する.
が望ましい.
(1)炭酸ガス培養装置は湿潤状態で 37℃ ±0.25
検査報告書を作成する技師は認定資格を取得して
℃の範囲で使用する.炭酸ガス濃度と温度,培養
いることが必要である.また,可能な限り外部精度
装置内の水は日次点検を実施し記録する.内蔵温
管理事業に参加し外部評価を受ける.さらに,臨床
度計の表示は,培養装置内に置いた標準温度計で
検査における臨床指標の向上 21) に努める.また各
検証する.炭酸ガスボンベは,休日中の枯渇には
自で,英語と情報科学の勉強を積極的に行う .
注意する.
日本染色体遺伝子検査 Vol.32 No.1 2014
71
第 2 章 FISH(Fluorescence in situ Hybridization)検査
1. 機器・作業の環境,受付
(2)繰り返し配列プローブの有効性:最低 20 個
染色体検査に準じる.この章では市販プローブの
の分裂中期核で,プローブが対象外の配列と
使用について提言している.自家調整プローブの使
ハイブリダイズしないことを確認する.
用についてはこれに準じ,各施設の実施手順書に基
(3)全染色体プローブの有効性:最低 20 個の分
づいて行う.
裂中期核で,プローブが正常染色体の全領域
とハイブリダイズしており,対象外の染色体
2. 中期核 FISH 検査
2.1. 中期核 FISH 検査の適応
とハイブリダイズしないことを確認する.
2.4. プローブの感度と特異性の確認
中期核 FISH 検査の適応は以下のとおりで,使用
新規にプローブを使用し始める際には,それぞれ
したプローブの遺伝子座に関する情報のみを提供
のゲノム標的プローブごとに,感度と特異性を判
する.
定する.正常な 5 人以上の中期核を用いて,各々
(1)微細欠失症候群
のゲノム標的ごとに 100 個ずつのハイブリダイ
(2)マーカー染色体
ズシグナルを分析して,感度と特異性の確認を行
(3)由来の不明な付加染色体
う.
(4)隠れた転座を含む再配列染色体
(5)増加または減少が疑われる染色体部分
(6)モザイク
(1)感度:シグナルが正しいゲノム標的の位置に
ある中期核の割合(%)である.
(2)特異性:シグナルが正常な位置だけにあり,
2.2. 中期核 FISH 検査の注意点
異常な位置には無い中期核の割合(%)であ
(1)全染色体プローブを使用した小さな派生染色
る.
体の検索では,プローブが標的染色体の全長
2.5. 分析の基準
にわたって一様に分布していない可能性が
全ての標的ゲノムのハイブリシグナルが観察され
あるので偽陰性に判定される場合がある.
る中期核を選択して分析する.
(2)中期核 FISH 検査で染色体微細重複の判定を
行う場合は,ダブルドットとの判別を慎重に
行わなければならない.可能ならば,遺伝子
検査で確認する.
(3)中期核 FISH 検査を診断目的に使用する場合
は,あらかじめプローブの有効性,感度と特
異性を確認しておかなければならない.
2.3. プローブの有効性の確認
(1)バックグラウンドに非特異蛍光がある中期核
は分析しない.
(2)分析スライドの枚数は1枚で十分であるが,
モザイクが疑われる場合や分裂中期核の数
が不足する場合はスライドを追加する.
(3)非モザイクの微細欠失を疑う場合は,最低
30 個の中期核を分析する.
(4)非モザイクのマーカー染色体または派生染色
プローブの有効性は,新規にプローブを使用する
体を同定する場合は,最低 10 個の中期核を
際に必ず確認する.プローブのロットが変更にな
分析する.
る場合は,一貫性を立証するために新旧のロット
で同じ患者サンプルを分析して確認する.
(1)ユニーク配列プローブの有効性:最低 5 個
の中期核で,プローブが標的ゲノムのみとハ
イブリダイズし,他のいかなる領域ともハイ
(5)全ての分析は少なくとも 2 人で評価し,検
査報告書を作成する技師は認定資格を取得
していることが望ましい.
(6)判定したシグナルについては,最低 3 つの
画像を,FISH 検査の記録として保存する.
ブリダイズしないことを確認する.クロスハ
72
イブリダイゼーションのある場合は使用し
3. 間期核 FISH 検査
ない.
3.1. 間期核 FISH 検査の適応
日本染色体遺伝子検査 Vol.32 No.1 2014
間期核 FISH 検査の適応は以下のとおりで,使用
(2)コントロールプローブを利用する場合には,
したプローブの遺伝子に関する情報のみを提供す
コントロールプローブシグナルの予想数を
る.
持った核だけを選択する.
(1)数の異常
(2)重複
(3)欠失
(4)再配列染色体(隠れた転座を含む)
(5)性染色体構成
(6)モザイク
3.2. 間期核 FISH 検査の注意点
染色体検査によって確実に同定可能な検体は,従
来の染色体検査で確認する.
(1)間期核 FISH 検査で以前に同定された異常の
(3)明らかにダブルドットと認識できるシグナル
は1個としてカウントする.
(4)複数のプローブを同時に使う場合には,異な
る波長の蛍光色素を用いる.
(5)繰り返し配列プローブにおいて,まれに一方
の相同染色体の繰り返し数が少なく,小さな
シグナルとして観察される場合があるので
注意する.
(6)数的異常の分析のためには,最低 100 個の
間期核を分析する.
確認を行う場合は,染色体検査は必要ない.
(7)全ての分析は少なくとも 2 人で評価し,検
(2)全染色体ペインティングプローブまたは全短
査報告書を作成する技師は認定資格を取得
腕あるいは全長腕プローブは,間期核 FISH
検査では正確に判定できない場合があるの
で使用しない.
していることが望ましい.
(8)判定したシグナルについては,最低三つの画
像を,FISH 検査の記録として保存する.
(3)あらかじめプローブの有効性,感度と特異性
を確認しておく.
3.3. プローブの有効性の確認
中期核 FISH 検査法に準じて実施する.
11. FISH 検査法
11.1. 標本の作製
培養リンパ球を用いて作製した染色体標本は,さ
(1)ユニーク配列プローブの有効性:最低 5 個
まざまなプローブに対して良好な結果を得ること
の中期核で中期核 FISH 検査に準じて行う.
ができる.直接法の血液や羊水は低張処理後にカ
(2)繰り返し配列プローブの有効性:最低 20 個
ルノア固定処理し,標本を作製する.凍結組織標
の分裂中期核で中期核 FISH 検査に準じて行
本はそのままの使用が可能である.カルノア固定
う.数種類が混在しているプローブ(例えば
後に冷凍保存した検体では,数年を経過した後で
18,X と Y のプローブ)の有効性は,各々
も FISH 検査に適した標本を作製することができ
のプローブごとに評価する.
る.FISH 検査のための標本は細胞が重なり合わ
3.4. カットオフ値の決定と感度・特異性の確認
ない程度に集まったものが望ましい.標本はハイ
新規にプローブを使用し始める際には,各々のゲ
ブリダイゼーションに適した小さな領域に印を付
ノム標的ごとに,カットオフ値(%)を決めてお
けておく.標本作製に 90℃以上の熱を長時間か
く.これには各々のゲノム標的ごとに正常な 10
けた標本は使用できない.
人以上の間期核を用いて,1,000 個ずつのハイブ
11.2. エージング
リダイズシグナルを分析して,カットオフ値(%)
冷風乾燥後,G 分染法と同様にエージングを行う.
を決定する.感度と特異性については,中期核
2×SSC を使用して 37℃ 30 分間処理を行い,エ
FISH 検査に準ずる.継続的にプローブを使用す
タノール系列(70,85,100%)で各々1分間脱
る場合には,新旧のロットで同じ患者サンプルを
水し,ドライヤーで冷風乾燥しても良い.
分析して,一貫性を立証する.
11.3. 前処理
3.5. 分析の基準
標本の状態が良い標本(培養リンパ球,直接法の
(1)壊れたり,重なったり,高いバックグラウン
血液や羊水,あるいは凍結切片など)の前処理は
ドや非特異蛍光を持つ核は選択しない.
日本染色体遺伝子検査 Vol.32 No.1 2014
必要ないが,シグナルの入りにくい検体の場合に
73
は,RNase22)
(0.1mg/mL)処理や 0.005%ペプ
シン消化などの前処理を実施する.
11.4. 脱水
11.7.1. ホルムアミドを用いる方法
45℃に保温した 3 個の 50%ホルムアミド 2×
SSC で,各々 10 分間ずつ洗浄する.その後,
前処理後の脱水にはエタノール系列(70,85,
45℃に保温した 3 個の 2×SSC(1個目の 2×
100%)で各々1分間脱水し,脱水後はドライヤ
SSC には界面活性剤を 0.1%添加)で,5 分間
ーで冷風乾燥する.変性後の脱水についても同様
ずつ洗浄する.
11.7.2. ホルムアミドを用いない方法
である.
11.5. 変性
73℃(±1℃)に保温した 0.4×SSC(界面活性
標本とプローブを別々に変性させる方法と,標本
剤 を 0.3 % 添 加 ) で 1 ~ 2 分 間 24) 洗 浄 す る.
とプローブを共に同時に変性させる方法のどちら
その後,室温の 2 個の 2×SSC(界面活性剤を
を用いても良い.標本とプローブを共に同時に変
0.1%添加)で1分間ずつ洗浄する.
性させる方法は簡便で,ハイブリダイゼーション
効率も良い.ただし,あらかじめ変性されている
プローブを使用する場合には,標本だけを変性す
る.
DAPI/Antifade25)を使用する.
11.9. 蛍光顕微鏡による観察
蛍光顕微鏡はオリンパス社,ニコン社,カールツ
11.5.1. 別々に変性させる方法
変性液
11.8. 封入
23)
の入ったコプリンジャーは蓋を閉め,
ァイス社,およびライカ社,キーエンス社製が用
いられている.顕微鏡のタイプとモデル使用プロ
30 分以上恒温槽内に置く.このとき,恒温槽
ーブの蛍光に対応したフィルターを選んで装着す
にも蓋をして高温を保持するのが望ましい.使
る.鏡検は油浸(×100)で行う.
用時は直接棒温度計をコプリンジャーに差し込
んで液温 73℃(±1℃)を確認しておく.2 ~
12. データ解析
5 分間処理する.1 枚標本を入れると 1℃液温
(1)結果の判定は有資格者によって確認されるこ
が下がるので,一度に処理する標本枚数は 3 枚
以内とする.
11.5.2. 共に同時に変性させる方法
とが望ましい.
(2)最低三つの画像を,FISH 検査の記録として
保管する.
温度は 74℃(± 1℃)であり,ホットプレー
12.1. カウントから除外する細胞
トを用いる場合は 1 ~ 5 分間変性させる.ホ
①バックグランドが高い細胞
ットプレートの温度は表面温度計で測定する.
標本にプローブをのせ,カバーガラスをかけて,
溶液の濃度変化を防止するためにペーパーボン
ドで周囲をシールしておく.
11.6. ハイブリダイゼーション
ハイブリダイゼーションは湿潤状態を保ち,37
℃で通常一晩で行う.便宜上,37℃で 2 ~ 3 日
間行ってもハイブリダイゼーションが過剰になる
②集塊していて輪郭が不明瞭な細胞や,シグナル
が拡散している細胞
③シグナル数に不特定な過不足がある細胞
12.2. 非融合シグナル
④二つのシグナルがシグナル幅で1個以上離れて
位置するものとする.
⑤シグナルが明らかにダブルドットと認識できる
ものは一つのシグナルと判定する.
ことはない.結果を急ぐ場合に,繰り返し配列プ
12.3. 融合シグナル
ローブでは 37℃ 30 分間で十分なシグナルを得る
⑥二つのシグナルがシグナル幅で1個以内に位置
ことができる.
11.7. 洗浄
洗浄方法はホルムアミドを使用する方法とホルム
アミドフリーの迅速法とがあり,どちらを使用し
するものとする.
12.4. 判定保留
⑦正規のパターン以外のシグナルを認めた場合
は,シグナルのパターンを報告する.
ても良い.
74
日本染色体遺伝子検査 Vol.32 No.1 2014
13. 報告書の作成とデータ管理
最終報告までの所要日数は約 1 週間とする.報告
(5)染色体内部の異常や欠失,転座位置を同定す
ることはできない.
書には,使用したプローブ名と座位を記入する.そ
(6)短腕と長腕を同定することはできない.
の他は染色体検査に準ずる.検査報告書を作成する
(7)プローブはセントロメア領域とはハイブリダ
技師は認定資格を取得していることが望ましい.
イズしない.
15.3. プローブの有効性の確認
14. 検査の精度管理
中期核 FISH 検査の,全染色体プローブの有効性
14.1. 品質モニタリング
確認に準じる.
FISH プローブの使用にあたっては,常に以下の
15.4. 分析の基準
状態を留意し,問題があれば速やかに対策を行う.
(1)バックグラウンドに非特異蛍光がある中期核
(1)正しいゲノム標的シグナルが検出される.
(2)プローブのコンタミネーションがなく,プロ
ーブの劣化もない.
(3)過剰なバックグラウンド,あるいは解釈でき
ない他の技術的問題がない.
14.2. その他の精度管理
染色体検査に準じる.
は分析しない.
(2)非モザイク分析のために,少なくとも 5 個
の核型を分析し評価する.
(3)モザイクを評価するためには,少なくとも
30 の中期細胞を分析し評価する.
(4)1 個しか分析できなかった場合には,参考と
して評価する.
(5)判定した結果は,最低三つの画像と,画像の
15. m-FISH (Multi-Target FISH)
基になるそれぞれのイメージの組み合わせ
15.1. m-FISH 検査の適応
を記録として保存する.
m-FISH は 1 回の分析で,同時に全ての染色体を
24 色に色分けする方法である.24 種類の全染色
(6)分析の結果は検査者の総合的な評価によって
行う.
体ペインティングプローブは,5 種類の蛍光色素
の組み合わせで多重標識されており,専用フィル
16. 染色体 CGH
ターを通して得た 5 枚の画像と,対比染色画像と
(Comparative Genomic Hybridization)
をコンピュータ処理して 24 種類の染色体を識別
染色体 CGH(cCGH)は染色体レベルのコピー
する.m-FISH 検査は,完全な核型分析の代わり
数の減少(loss),増加(gain),増幅(amplification)
にはならない m-FISH 検査の適応は,次のとおり
を包括的に検出する方法で,遺伝子増幅,減少のス
である.
クリーニングとして用いられる.被検試料から抽出
(1)マーカー染色体
した DNA と,参照する正常 DNA とを別々の蛍光
(2)由来の不明な付加染色体
色素で標識し,正常細胞の分裂中期の染色体上で双
(3)隠れた転座を含む由来の不明な再配列染色体
方を競合的にハイブリダイズする.その後染色体の
15.2. m-FISH 検査の注意点
長軸に沿ってハイブリダイズしたそれぞれの DNA
(1)m-FISH 検査の検出限界は 550 バンドレベル
の蛍光強度を測定し,その比(蛍光強度比)を算出
での 1 ~ 2 バンドである.
(2)m-FISH によって認められる異常は,G バン
ド分析や FISH など他の手法によって確認す
る.
(3)切断点の決定には個別の中期核 FISH 検査や
高精度分染法が必要である.
(4)複雑な転座では染色体の構成を熟知する必要
がある.
日本染色体遺伝子検査 Vol.32 No.1 2014
してゲノム・アンバランスを検出する.
16.1. 染色体 CGH の注意点
(1)コピー数の変化を伴わない均衡型染色体転座
を検出することは不可能である.
(2)突然変異を見つけることができない.
(3)腫瘍組織から抽出した DNA を用いるので,
モザイクは検出できない.
(4)染色体 CGH で検出することができるのは染
75
色体レベルの異常であり,検出感度は増幅単
で検出でき,がんや遺伝疾患などで,染色体コピー
位(amplicon)の大きさとコピー数による.
数の異常をスクリーニングするために用いられる.
増幅が 2 倍(1コピーの増加)の場合,10
スライドグラス上のアレイに BAC26)プローブを
~ 20Mb 以上の大きな領域しか検出できな
用いた場合,解像度は 10 万塩基対であるが,現在
いが,高度な増幅の場合,1 ~ 2Mb の領域
用いられているオリゴヌクレオチドプローブの解像
でも検出可能である.
度は概ね 20–80 塩基対である.さらに,2 倍体ゲ
(5)減少の検出には,10 ~ 20Mb の大きさの領
域が必要である.
(6)正常細胞を多く含む腫瘍から抽出した DNA
を用いた場合,異常の検出感度が低下する.
(7)セントロメアやヘテロクロマチン領域では反
ノムに生じた1コピーの変化を検出することのでき
る高精度ゲノムアレイも開発されている 27).
17.1. アレイ CGH の注意点
(1)定量的解析精度の有効性を実証した上で解析
を行う.
復配列数に個体差があり,蛍光強度比の定量
(2)染色体部分の増加や損失によるゲノム・アン
性が欠けるため解析から除外する必要があ
バランスを検出でき,ダイソミーや突然変異
る.
を除外するものではない.
16.2. 染色体 CGH の分析基準
(1)被検試料から抽出し,蛍光標識した DNA の
大きさが 300 ~ 3,000bp の範囲であること.
(2) 蛍 光 強 度 比 の カ ッ ト オ フ 値 は 用 い る 蛍 光
顕 微 鏡 や 解 析 シ ス テ ム に よ る が, 1 を 基
(3)バランスのとれた再構成を除外できないが,
染色体検査上均衡型であっても小さなゲノ
ム・アンバランスがある場合は検出される可
能性がある.
(4)アレイ CGH の分析結果を確証するために,
準( 減 少 も 増 加 も な い ) と し て, 減 少
染色体分析,FISH 検査または両親のアレイ
(loss)は <0.8,増加(gain)は >1.2,増幅
CGH 分析などの方法を決定しなければなら
(amplification)は >1.5 を用いる場合が多い.
ない.
(3)各染色体,少なくとも 10 本の平均をとる.
(5)前後の遺伝カウンセリングが必要である.
17. アレイ CGH
18. 組織 FISH
2 色の蛍光色素でラベルした検体を,分裂中期の
コ ン パ ニ オ ン 診 断 薬 と し て HER2(human
染色体の代わりに,クローン化 DNA 断片を含むス
epidermal growth factor receptor 2)遺伝子 FISH
ライドグラス(マイクロアレイ)上で競合的にハイ
検 査 試 薬,ALK(anaplastic lymphoma kinase)
ブリさせてコピー数を比較定量する解析技術.
融合遺伝子 FISH 検査試薬が市販されており,これ
アレイ CGH(aCGH)は,スライドガラスなど
らについては試薬添付文書に準じて検査を行うもの
の基盤上に数十万から数百万個のオリゴヌクレオ
とする.ここでは病理組織からの FISH 検査につい
チドを高密度に配置し固定するアレイ技術を用い
ての全般的な操作と注意事項及び精度管理について
た CGH である.抽出した DNA と,参照する正常
例を挙げて解説する.
DNA とを別々の蛍光色素で標識し,基盤上に配置
18.1. 材料
されたスポットエリア内で双方を競合的にハイブリ
ホ ル マ リ ン 固 定 パ ラ フ ィ ン 包 埋(FFPE:
ダイズする.ハイブリダイズの後,スポット内の蛍
formalin-fixed paraffin-embedded)材料
光強度を測定して参照した正常 DNA と比較するこ
推奨固定条件 10%中性緩衝ホルマリン液を用い,
とで目的とする DNA のコピー数の増幅や欠損を包
切除標本:6 ~ 48 時間,生検標本:検体の大き
括的かつ高密度に解析するのに使う.
さに準じる 28).固定液の浸透は,通常は 1mm/hr
DNA 抽出後ラベリング,ハイブリダイズ,スキ
と報告されている 29).
ャニング,数値化,解析を行うために数日を要する.
数 10kb の大きさのゲノムの異常を全染色体レベル
76
18.2. 標本の作製
剥離防止コートスライドガラスに厚さ 4 ~ 6μm
日本染色体遺伝子検査 Vol.32 No.1 2014
(胃癌:4μm,乳癌:5μm,肺癌:5μm,その
他:組織により調整
のパラフィン切片を作
28,30,31)
製し,56℃で一晩乾燥する.
18.3. 前処理
鏡検は 10 ~ 25 倍の対物レンズで計数するエリ
ア全体を確認し,60 ~ 100 倍の対物レンズでエ
リアを決定しシグナルの計数を行う.
18.9. データ解析
キシレンで脱パラ後,ターゲット部分にダイアモ
判定は 2 名の認定資格を持った検査者が行うこと
ンドペンで裏から印をつける(もしくは,プロー
が望ましい.
ブを載せる前に耐容性マーカーで印をつける).
組織 FISH 検査シグナルの判定はプローブメーカ
エタノールで脱キシレンした後,0.2N HCl に
ーが提供するガイドを参照する.
20 分浸漬,精製水で洗浄後,80℃ pH6.0 リン酸
Break Apart プローブの場合は 50 または 100 カ
buffer/0.1%NP-40 に 30 分浸漬し,常温になる
ウント中の陽性細胞の % で判定.
まで放置する.洗浄後,37℃に加温した 0.5% ペ
画像は検査の記録として記録媒体 17) に保存し,
プシン 0.2N HCl 溶液に 10 分浸漬後,精製水に
判定結果とともに報告することが望ましい.
3 分浸漬する.
18.4. 固定
18.10. 注意事項 31)
(1)検体は,脱灰剤のような酸,強い塩基,極端
10% 中性ホルマリンに 10 分浸漬後,精製水に 3
な熱に曝露させると DNA が損傷を受けるこ
分浸漬し,エタノール系列(70,85,100%)で
とが知られており,FISH 法による測定で正
各々 1 分浸漬し,脱水する.ドライヤーで冷風乾
しい結果が得られないことがある.
燥する.
18.5. 変性とハイブリダイゼーション
(2)連続切片スライドの 1 枚を HE 染色し,壊
死領域を避けて癌のエリアを探し,ダイアモ
標本にプローブを載せ,カバーガラスをかけてペ
ンドペン(または耐溶剤マーカー)で印を付
ーパーボンドでシールする.ペーパーボンドを乾
ける.判定時も FISH スライドを観察する前
燥させてから,DAKO 社のハイブリダイザー等で
に,HE 染色スライドでターゲットエリアを
熱変性させ(温度と時間はプローブの添付文書に
確認する.
従う)る.ハイブリダイゼーションは,37℃で
(3)判定から除外するのは,壊死部分や核の境界
通常一晩行う.2 ~ 3 日間行っても過剰になるこ
があいまいな領域,バックグラウンドが明る
とはない.
すぎる領域,ノイズ(ゴミ)や計数の妨げに
18.6. 洗浄
ペ ー パ ー ボ ン ド を 取 り 除 き, 遮 光 し て 2×
SSC/0.3%NP-40 に浸漬し,カバーガラスがはが
なるような非特異的な強い蛍光がある領域
である.
(4)判定時は顕微鏡のフォーカスを上下させて,
れたら,加温した 2×SSC/0.3%NP-40 に浸漬す
核の重なりが無い事を確認し,核内のシグナ
る(温度と時間はプローブの添付文書に従う).
ルをすべて計数すること.
その後遮光して 2×SSC に移す.
18.7. 封入
DAPI(4',6-Diamidino-2-Phenylindole) を 添 加
(5)生検材料を見易くするためにエオジンで着色
すると,自家蛍光を持ち FISH 検査が判定不
能となることが有る.
し,カバーガラスを被せ,最低 5 分間遮光して保
近年市販されている蛍光 LED 光源の顕微鏡の中
存する.検体は蛍光顕微鏡で 4 時間以内に計数す
には,波長が合わず FISH 蛍光プローブの観察に
るか,または- 20±10℃で保存し,出来るだけ
適さないものもあるので予め確認しておく必要が
早く判定を行う.(保存する場合,無蛍光マニキ
ある.
ュアでシールすれば乾燥を防げる)
18.8. 蛍光顕微鏡による観察
18.11. 組織 FISH 検査の精度管理
FFPE 標本からの FISH 検査は固定条件や脱灰等
蛍光顕微鏡のタイプと使用プローブの蛍光に対応
の標本由来による染色不良が起こることがあり,
したフィルターを選んで観察する.
その原因が特定しにくい.また手作業が多く,標
日本染色体遺伝子検査 Vol.32 No.1 2014
77
本ごとの染色性の違いが起こることがある.この
0.2ml 程度)する.
ため精度管理は標本ごとに行うことが望ましい.
②カバーガラスを使って薄く塗り広げる.
そこで,個々のスライド標本に貼ることができる
③ 56℃ 30 分乾燥させる.
精度管理用対照切片の作製方法を紹介する.
④ 56℃の温浴に 20 分浸す.
18.11.1. 精度管理用切片の作成方法
⑤カッターで端から剥いでいく.
①スライドガラスに厚さ 4μm の対照とするパ
⑥シート状の切片をアルミ箔で包み- 20℃に
ラフィン切片を貼り付けて伸展・乾燥させた
保存する.
後非水溶性封入剤を添加(25×40mm で約
1
2
3
4
5
18.11.2. 精度管理用切片の貼り付け
る.この際に,精度管理用対照切片の組織が
①シート状の精度管理用対照切片を使用前に 2
露出した面をスライドガラスに向けて貼り
~ 3mm の幅に切って使う.表裏の区別が付
つけないと剥がれてしまう.
くように無蛍光油性ペンで文字を書いてお
③ 65℃で 1 時間以上ベーキンクを行う.
くと良い.
④鏡検時に場所の確認を容易にするため,精度
②パラフィン切片が貼りつけてあるスライドガ
管理用切片を貼り付けた部位に裏からダイ
ラスの組織が無い部分をキシロールで拭き,
アモンドペンでマーキング(cont の文字も
水を乗せ,精度管理用対照切片を貼り付け
描く)を行う.
1
2
18.11.3. 輝度の基準 31)
3
4
ルがハイブリダイゼーションエリア内の 80%
輝度 1:ハイブリダイゼーションの失敗により,
以上の核に存在する.
染色標本のハイブリダイゼーションエリア内の
輝度 4:ハイブリダイゼーションエリア内の
核にシグナルが全く見られない.
80%以上の核に,明るく明確に区別できるシ
輝度 2:ハイブリダイゼーションエリア内の
グナルが存在する.
25%以上の核にシグナルが見られない.また
輝度 5:極めて明るく明確に区別できるシグナ
は,シグナルの強度が弱すぎて,ハイブリダイ
ルが,ハイブリダイゼーションエリア内の少な
ゼーションエリア内の 80%以上の核でシグナ
くとも 90%以上の核に存在する.
ルを評価できない.
輝度 2 以下は判定不能とする.
輝度 3:読み取り可能な(評価可能な)シグナ
78
日本染色体遺伝子検査 Vol.32 No.1 2014
a
極めて明るい蛍光
輝度 5
明るい蛍光
b
輝度 4
c
弱いが判定に十分
輝度 3
18.11.4. 毎日実施する精度管理の方法
No
Yes
検体:輝度3以上
No
Yes
わずかな蛍光
輝度 2
e
蛍光なし
輝度 1
対照と検体の輝度を 5 段階評価で記録する.
すべてのスライドに陰性対照を貼り付け,陰性
精度管理用対照:輝度3以上
d
判定手順と輝度の基準を以下に示す.
染色工程の問題が考えられるため,試薬や染色温度,ハイブリダイゼーショ
ンの温度と時間等を確認して再検査を行う.検体に十分な輝度がある場合
は対照の劣化を考える.…
提出検体の問題(固定条件等)が考えられるため,別の検体での再検査が
必要.…
結果の判定
18.11.5. 毎月1回実施する精度管理の方法
HER2,ALK に関しては判定参考値がついた精
培養細胞または均一な組織から作成した場合
度管理用スライドが市販されているので,測定
は,測定者間の精度を合わせるため陰性対照と
し正確性を確認する.
18.11.7. その他の精度管理
陽性細胞をカウントし,記録に残す.
18.11.6. 年1回以上,試薬や精度管理対照のロ
染色体検査に準じる.
ット変更時に実施する精度管理の方法
第 3 章 遺伝子検査
1. 遺伝子検査の分類
トには存在しない外来微生物の遺伝子の検査.
遺伝子関連検査は,測定対象となる検体により以
下のように分類されている
.病原体遺伝子検査と
32)
体細胞遺伝子検査は検体に共存する反応阻害物質
33)
1.2. 体細胞遺伝子検査
体細胞を対象とした遺伝子変異や遺伝子発現検査
で,次世代に伝わらない遺伝子の検査.
の影響を受けず,高感度で特異的に標的遺伝子を検
1.3. 遺伝学的検査
出することが求められている.遺伝学的検査は個人
(または生殖細胞系列遺伝子検査)
の遺伝情報を調べる検査であり,検出感度より,特
生殖細胞に由来する遺伝子を対象に,塩基配列の
異的で正確な検査が求められ,検査の適用は検査か
検査など個人の遺伝子情報を調べる検査.
ら得られる情報の特性や限界性も考慮し,個人の尊
厳や遺伝情報の厳重な保護など特別な配慮をもって
2. 遺伝子検査室の環境
慎重に行う必要がある.
(1)遺伝子検査は,病原性微生物やヒト細胞,遺
1.1. 病原体遺伝子検査(または核酸検査)
ウイルス,細菌,真菌・酵母,寄生虫など本来ヒ
日本染色体遺伝子検査 Vol.32 No.1 2014
伝子組換え物質などを取扱うため,検体の生
物学的危険度に応じたバイオハザード 34) 対
79
策がとられた設備で行う.特に,エアロゾル
⑧その他コメント
が発生しやすい核酸抽出工程までは安全キ
などが記載されていることを確認する.遺伝学
ャビネット内で操作を行う.
(2)核酸はヒトの汗や唾液などに含まれるヌクレ
アーゼ
35)
により分解されるので,検査は清
潔な検査衣,マスクおよびグローブを着用す
的検査の場合は,上記に加え以下の項目が記載
されていることを確認し,被検者の氏名の連結
可能な匿名化(検査を外部に委託する場合は,
特に注意する)を行う.
る.これらは遺伝子検査専用とし,汚染した
⑨家族歴や家系図
ら直ちに新しい物と交換する.
⑩被検者が受けた遺伝カウンセリングの情報
(3)検査中,周囲に検体の汚染を認めたら,直ち
に 70%消毒用アルコールまたは 0.05%程度
⑪インフォームド・コンセントの情報
3.3. 検体受付
の次亜塩素酸ナトリウムで拭取り,常に検査
検体受付では,検体ラベルの記載事項と検査依頼
環境を清潔に保つように心がける.
書が対応していることを確認したうえで,検査内
(4)検査室内の汚染,検査過誤の防止および汚染
容と検体採取が適切に行われていることを確認す
物質の検査室外への拡散を防止するため,検
る.検体は遺伝子検査専用とし,他の検査と共用
査関係者以外の検査室への出入りはできる
する場合は,検体間の汚染防止のため優先的に分
限り制限する.
取する.
(5)検体間の汚染を防止するため,検査室を検体
前処理と核酸を抽出するエリア(安全キャビ
4. 検体採取
ネット),反応試薬を調製するエリア(クリ
4.1. 標準化で考慮すべきポイント
ーンベンチ),核酸を増幅し検出するエリア
にそれぞれ区分する.
(1)採取容器の選択
滅菌済みでヌクレアーゼで汚染されていない容器
以下に,作業工程に沿って標準化に重要なポイン
を用いる.検体の性状に合わせ,破損防止,保存・
トを要約する.
運搬に配慮した形状であること.さらに,医療従
事者への感染防止を考慮した容器であること.
3. 検査の受付
(2)検体の採取技術,採取時期
3.1. 標準化で考慮すべきポイント
粘液や膿・分泌物などは,患部からの細胞採取に
(1)検査依頼書の記載内容
はばらつきが大きいので,確実に採取できる手技
(2)被検者のプライバシーの保護の方法(特に遺
を確立する.糞便など消化器系,または喀痰など
伝学的検査の匿名化の方法)
(3)検査内容に応じた検体種別および検体採取法
の確認
3.2. 検査依頼書
一般的な記載内容は以下のようにする.
①被検者の基本属性(患者番号,氏名,性別,生
年月日)
呼吸器系から排出(排菌)される病原体は,排菌
のタイミングにばらつきがみられるので,連続し
て数日間,検体を採取するなどの工夫が必要であ
る.
4.2. 採取容器と取扱い
4.2.1. 血液
プラスチック製の EDTA 入り採血管を使用す
②検体提出日
る.感染防止のために,被せ蓋式の採血管が望
③依頼元(医療機関名または診療科),依頼医師
ましい.
氏名
4.2.2. 血清
④検査材料名,採取日
血清分離剤入りのプレーンの採血管を使用す
⑤検査項目
る.遠心分離後,プラスチックチューブに分取
⑥検査目的
する.採取後の感染防止のため,被せ蓋式チュ
⑦臨床所見,検査歴,治療歴
ーブへの採血と分取が望ましい.
80
日本染色体遺伝子検査 Vol.32 No.1 2014
4.2.3. 血漿
する場合は,フィコールなどで細胞を分離し,
プラスチック製の EDTA 入り採血管を使用す
1 回の検査に必要な量に小分けして密栓ができ
る.遠心分離後,プラスチックチューブに分取
るネジ蓋式の滅菌プラスチックチューブに入
する.採取後の感染防止のため,被せ蓋式チュ
れ,-80℃以下で凍結保存する.RNA の場合
ーブへの採血と分取が望ましい.
は血液を専用の保存液(市販されている),あ
4.2.4. 骨髄液
るいは蛋白質変性溶液(チオシアン酸グアンジ
細胞検査と共用するために一般的にヘパリン採
ン)に浸けて-20℃以下で保存する方法が有
血が行われている.検体はプラスチックチュー
効である.細胞の破壊が進むと急激にヌクレア
ブに移す.なお,ヘパリン採血検体は PCR 反
ーゼが作用するので,核酸抽出が速やかに行え
応などを阻害するので,核酸抽出の際は,事前
るようにあらかじめ採取日時を調整しておく.
にヘパリン処理を行うか,シリカ吸着法などヘ
パリンを除去できる核酸抽出法を選択する.
4.2.5. 体腔液
5.2.2. 血清,血漿
血清や血漿中の核酸の定性・定量を目的として
いる.採取した検体は,全血のままで 6 時間程
気管支洗浄液,胃液,膿,尿,喀痰,分泌液な
度放置してもデータに影響はないとされている
どは,転倒や落下による汚染防止に配慮し,微
が,採取後できるだけ速やかに遠心し,ネジ蓋
生物検査に準じた滅菌容器に採取する.
式の滅菌プラスチックチューブに分離して保存
4.2.6. 組織,生検材料
する.2 日以内に検査を行う場合は冷蔵保存(2
DNA 検査の場合は,組織を細切し滅菌容器に
~ 8℃)し,それ以上長期間保存する場合は,
入れ,濡れたガーゼの上など乾燥しないように
1 回の検査に必要な量に小分けし,ネジ蓋式の
4℃で保存する.RNA 検査の場合は,採取後,
滅菌プラスチックチューブで,DNA は-20℃
直ちにドライアイスで圧着するか液体窒素に入
以下,RNA は-80℃以下で凍結保存する.検
れて急速に凍結し-80℃以下で保存する.そ
体は,融解および開栓時の汚染を防ぐため,容
の他,蛋白質変性溶液(市販保存液,チオシア
器を直立させた状態で凍結する.検体の凍結融
ン酸グアニジン溶液)に入れて保存する.
解の繰返しは,その都度ヌクレアーゼの作用を
4.2.7. 糞便
糞便全体から均等に採取し,滅菌容器に入れて
冷蔵庫で保存する.
受ける原因となるので避ける.
5.2.3. 体腔液,その他
洗浄液,胃液,膿,尿,喀痰,分泌液などは,
微生物検査と同様な滅菌容器に採取し,数日な
5. 検体の保存
ら冷蔵保存(2 ~ 8℃)する.長期間保存する
5.1. 標準化で注意すべきポイント
場合は,1回の検査に必要な量に小分けし,ネ
(1)検査内容による保存方法(冷蔵と凍結)の区
ジ蓋式滅菌容器に移して- 80℃以下で保存す
分
(2)凍結保存を前提とした検体の取扱い
5.2. 保存方法
5.2.1. 血液,骨髄液,培養細胞 る.保存容器は密栓ができ,凍結により変形し
ない材質を用いる.
5.2.4. 組織,生検材料 DNA 検査では,組織を細切して滅菌容器に入
細胞内の核酸の定性・定量を目的としている.
れ,検体の乾燥を避け,数日なら冷蔵保存(2
採取後,4℃前後で冷蔵保存する.DNA は 24
~ 8℃)する.長期間保存する場合はネジ蓋式
時間以内,RNA はできるだけ速やかに核酸抽
のプラスチック滅菌容器に入れ-80℃以下で
出を行う.血液は EDTA 採血より CPD または
保存する.RNA 検査では,組織片にして直ち
ACD 採血の方が細胞の保存状態がよいとされ
にドライアイスで圧着するか,あるいは液体窒
ている.輸送する場合は,適量の培養液に入れ
素に入れて急速に凍結し,-80℃以下に凍結
密栓して保存する.核酸抽出までに長期間保存
保存する.そのほか,検査に必要な量に小分け
日本染色体遺伝子検査 Vol.32 No.1 2014
81
し,直ちに RNA 検査専用の保存液か蛋白質変
7. 検体の前処理と核酸の抽出
性溶液に浸け,-20℃以下で冷凍保存するの
この工程は,バイオハザード対策を考慮して行わ
も有効である.
れなければならない.核酸の同定および定量検査で
5.2.5. 糞便
は検査結果に最も大きな影響を及ぼす工程でもあ
1 日以内に核酸抽出を行う場合は,滅菌容器に
り,標準化では最優先されなければならない.検査
入れ冷蔵保存(2 ~ 8℃)する.長期間保存す
により対象となる核酸(DNA,RNA)は異なり,検
る場合は便を被せネジ蓋式滅菌容器に1回の検
体の種類もまた多様である.実際の検体を用い,候
査に必要な分量に小分けして- 80℃以下で凍
補となる抽出試薬について,外部コントロールもし
結保存する.保存容器は密栓ができ,凍結によ
くは内部コントロール(内在性あるいは添加型のコ
り変形しない材質を用いる.
ントロール)を指標に,以下のポイントで核酸の抽
出効率をあらかじめ評価しておく.
6. 検体の運搬と輸送 7.1. 標準化で考慮すべきポイント
6.1. 標準化で考慮すべきポイント
(1)核酸の抽出効率の高い方法
(1)輸送中の物理的安定性
(2)輸送中の温度管理
(3)検体の取り違いや紛失の防止
6.2. 物理的安定性の確保 (1)検体容器の材質
(2)核酸の純度が高い方法(干渉物質による反応
への影響の回避)
(3)抽出する核酸の汚染が少ない方法
7.2. 核酸の抽出効率
核酸の抽出効率の低下は検出感度の低下に結びつ
検体輸送中の容器の破損事故を防止するため,採
く.核酸の抽出効率に影響を及ぼす要因として以
取容器の材質はプラスチック製が適している.
下のことが挙げられる.
(2)輸送ボックス
7.2.1. 抽出前 輸送ボックス内にスポンジなどの緩衝材を入れ,
抽出に用いる検体量の増量,検体の遠心・濃縮
輸送中の衝撃による検体容器の破損を防止する.
操作を加えることにより核酸の収量は増加す
容器同士の衝突を防ぐため,検体を仕切りのある
る.ただし,この操作により検体中に存在する
ラックに直立したまま梱包する.
干渉物質の絶対量も増加することがあるので注
6.3. 温度管理
室温,冷蔵,冷凍それぞれの温度に対応した専用
輸送ボックスを使用する.ボックス内温度は,温
意する.
7.2.2. 抽出時
(1)検査材料の前処理
度計,または温度シールで管理する.室温は 20
喀痰,胃液など粘性のある検体は,核酸抽出の
℃前後,冷蔵は保冷材にて 2 ~ 8℃,凍結はドラ
前に検体の粘性を下げて均一化することが核酸
イアイスで- 20℃以下を維持できるようにする.
の抽出効率を上げるうえで重要である.また,
検体や検査目的により運搬温度が決められている
組織や固形物から核酸を抽出するときは,検体
ので,指定された採取容器に採取後,指定の温度
をできるだけ細かく粉砕し,細胞溶解液(界面
で搬送する.また,輸送中の温度変化を少なくす
活性剤とプロテイナーゼ)で細胞を十分溶解し
るため,短時間で運搬できる輸送手段を選ぶ.
てから抽出を行う. RNA は,蛋白質変性溶液
6.4. 依頼書と検体の照合管理
依頼書と検体の照合を間違えないことのほか,依
を検体に十分浸漬しながら行う.
(2)検査材料に応じた適切な抽出方法の選択
頼書枚数と検体数が同数でない場合(1検体多項
検査材料に応じて適切な抽出方法を選択するこ
目依頼など)もあるので,発送者と受領者間で照
とが重要である.現在,核酸抽出試薬は原理の
合のルールを決めておく.送付伝票には,検体と
違いを含め多くの種類あるが,検査材料と抽出
依頼書の照合表のほか,輸送前の検体の状況も記
方法の組合せが不適切な場合,抽出効率や純度
録しておく.
の低い核酸が得られ,検査結果に重大な影響を
82
日本染色体遺伝子検査 Vol.32 No.1 2014
及ぼす.市販されている核酸抽出試薬は,臨床
共存物質を効果的に除去できるといわれ,検討に
検査での使用を目的としていない製品も多いの
値する.
で,実際に対象検体で抽出効率や純度のデータ
を取ってみることが大切である.
7.3. 核酸の純度
7.4. 核酸の汚染が少ない方法
抽出工程で生ずる核酸の汚染を最小限に抑えるた
め,検体のチューブ間での移し替えが少なく,操
核酸抽出後半の核酸の回収・洗浄ステップは,ア
作が簡略化された方法が望ましい.ただし,純度
ルコール(エタノール,イソプロパノール)沈殿,
が低下する場合もあるので注意する.
70%エタノール洗浄より,シリカあるいはイオ
ン交換樹脂を用いた吸着(担体としてカラム,メ
8. 分析
ンブレン,磁性ビーズが用いられる)により,不
検査の対象(DNA,RNA)と,主な検査法の分
純物を流下洗浄するフロースルー方式のほうが,
析工程の概略を図に示した.
8.1. 標準化で考慮すべきポイント
8.2. 分析方法
(1)検出感度
遺伝子検査の中でも,機器・試薬の開発と進化が
(2)反応特異性
最も著しい分野である.市販の検出試薬は,検体
(3)再現性(同時日内,日差)と安定性
の前処理から分析までの工程を試薬キットとして
(4)操作の簡便性
発売しており,利便性がある反面,精度管理試料
(5)結果の迅速性
が個別であり検査方法間における測定値の乖離が
(6)検査コスト
懸念される.また,PCR 法を除いてほとんどの
日本染色体遺伝子検査 Vol.32 No.1 2014
83
測定装置は汎用性に乏しい欠点がある.候補とな
に由来する検出限界,反応の特性,考えられる
る検査方法について,導入前に標準化で考慮する
検査上の問題点を加え,必要に応じ追加検査の
ポイントを参考に評価をしておく.
項目を添えて担当医師に報告する.
(2)遺伝学的検査の場合 9. 検査結果の判定と報告書の作成
陽性コントロール(変異型検体)が陽性で,陰
9.1. 標準化で考慮すべきポイント
性コントロール(野生型検体)が陰性の時に判
(1)検査結果の信頼性,限界性に関する情報の提
定可能とする.明瞭な結果が得られないときは
保留とし,分析工程を点検して再検査する.依
供
(2)認定資格者(専門家)によるダブルチェック
頼書に既往歴や家族歴が書かれている場合は,
それも合わせて総合的に判定する.その際,解
の体制(特に遺伝学的検査)
(3)検査結果(情報)の漏洩防止とその体制(遺
析した遺伝子の領域や解析方法,および検査法
の限界性も添えて報告する.解析された変異が
伝学的検査,HIV 検査など)
9.2. 検査報告書
検査工程で作られたアーティファクトなのか真
9.2.1. 報告書 の変異なのか,また,変異であれば疾患に関連
する変異なのか,あるいは易罹患性 38) や薬剤
一般的な記載内容は以下のようにする.
①被検者の基本属性(患者番号,氏名,年齢,
性別,生年月日)
応答性 39) に関連する多型か,また,地域,民
族的な変異パターンと一致しているかなど慎重
②依頼元(医療機関名または診療科と連絡先),
依頼医師氏名
に判定する.さらに,過去に報告例があればそ
れもコメントして報告する.
③受付日
④報告日
10. 検査データの管理
⑤検査施設の名称と所在地,連絡先
「真正性」「見読性」「保存性」を定められた期間 ,
⑥検査結果(検査の特性,限界性などの情報も
担保する 17).
10.1. 標準化で考慮すべきポイント
含む)
(1)遺伝学的検査の匿名化
⑦新たな検査の指示(必要に応じて)
⑧検査者名(検査報告書の作成は認定資格を有
のほか,個人が特定できる情報はすべて連結可能
する技師が望ましい)
な匿名化をして受付を行う.外部に検査委託をす
などが記載されていることを確認する.
(1)病原体遺伝子検査,体細胞遺伝子検査の場合
外部コントロール
36)
依頼書と検体を照合した後,被検者の ID と氏名
で,陽性コントロールが
陽性,陰性コントロールおよび試薬ブランクが
陰性の時に判定可能とする.核酸の定性・定量
る場合は,あらかじめ委託先と依頼書の様式を決
めておく.また,検査情報の閲覧は以下の方法に
従う.
(2)患者情報の保管と閲覧
も
電子媒体における検査情報の閲覧は,ID とパス
検査に加えることが望ましい.検査結果は,依
ワードを事前に登録した医師および検査や診療に
頼書の臨床所見などと併せて総合的に判定す
携わった最小限の人とする.文書の閲覧において
る.遺伝子検査の結果は,従来の検査に比べ優
も事前に登録したスタッフに限定し,鍵のかけら
位に評価される傾向にある.しかし,死滅した
れる書類保管庫で厳重に保存する.
検査では,可能な限り内部コントロール
37)
微生物や機能の無い細胞の一部を測定して陽性
84
と判定したり,排菌のタイミングで陰性と判定
11. 検査の精度管理 したりする場合もある.したがって,結果を報
11.1. 標準化で考慮すべきポイント
告する際は,単に「陽性」,「陰性」,あるいは
(1)精度管理のための検査体制の確立
数値(定量値)の報告だけではなく,検査方法
(2)検査の検出感度および日間変動を管理する精
日本染色体遺伝子検査 Vol.32 No.1 2014
度管理手法の確立
て用いる.遺伝学的検査には,野生型の精度
11.2. 検査体制と記録の整備
管理試料と変異あるいは多型を有する精度管
11.2.1. 検査体制の確立
理試料の 2 種類を使用する.
遺伝子検査は通常の検査担当者のほかに,当該
② 陰性試料
分野の専門認定資格を有する者とのペアで行う
検体と性状が近似している陰性試料で,被検
ことが望ましい.有資格者は検査工程の記録を
体と同様に検査の全工程を行う.試料が関与
基に検査が適正に行われたことを確認し,検査
した非特異反応の有無を検出する.
結果の判定が適正であることをチェックする.
③ 試薬盲検
遺伝学的検査では,報告書の作成にあたり,臨
ヌクレアーゼフリーの滅菌超純水で,被検体
床遺伝学専門医の意見を求めることも考慮す
と同様に検査の全工程を行う.試薬の汚染の
る.
有無を検出する.
11.2.2. 検査の記録
検査標準マニュアルを作成するほか,検査の状
11.3.2. 検体個別精度管理
(1)目的 態を作業記録書(検査チェックシート,試薬管
核酸抽出工程の核酸のロスや分解,反応阻害物
理,および機器管理に関する記録)に記載し保
質の混入などによる「偽陰性」と「真陰性」と
管しなければならない.
の判別に用いる.また,核酸のロスや分解によ
11.3. 精度管理手法の確立
市販試薬以外の遺伝子検査では,検査施設が独自
に試薬と精度管理試料を作製し,検査を行ってい
る定量値の低下を内在性コントロールとの比に
より値の補正を行う(相対定量).
(2)使用方法 る.精度管理には,外部精度管理試料(外部コン
核酸の抽出段階から検体と同一チューブ内で
トロール)を用いた精度管理と,内部精度管理試
操作を行う.ハウスキーピング遺伝子 40)など,
料(内部コントロール)を用いた精度管理がある.
検体内の内在性遺伝子を利用する内在性精度管
本ガイドラインでは,前者を検体総合精度管理,
理試料のほか,病原体遺伝子検査のように核酸
後者を検体個別精度管理と呼ぶ.以下に示した精
抽出液に加える添加型精度管理試料がある.
度管理の特徴をよく理解したうえで,検査目的に
① 内在性精度管理試料
応じて適宜精度管理試料を選択する.
遺伝子の発現定量検査では,ハウスキーピン
11.3.1. 検体総合精度管理
(1)目的
グ遺伝子が頻用されている.利用に先立ち,
ハウスキーピング遺伝子が負荷試験前後で,
試薬,温度,標準液,検査装置の状態など,検
あるいは細胞間での発現量に大きな差がない
査全体に及ぼす影響の大きさを調べる.状況に
ことを確認して選択する.
応じて再検査の実施もしくは定量値の補正を行
② 添加型精度管理試料
う.
添加型精度管理試料も核酸抽出から検体に添
(2)使用方法
加するのが望ましいが,なかには検体中にヌ
① 陽性試料
クレアーゼにより分解される核酸抽出法があ
核酸の同定・定量検査には,中濃度陽性試料
るので,その場合は,ヌクレアーゼが失活し
と検出下限付近の低濃度陽性試料の 2 種類
たステップから添加する.抽出方法によって
を核酸の抽出ステップから使用する.精度管
は,抽出前からの添加型精度管理試料が不可
理試料は,被検検体と性状が近似しているこ
能で,核酸抽出液に添加型精度管理試料を添
とが望ましいが,入手できない場合は,陽性
加し,以降の検出反応を行わなければならな
試料由来のゲノム核酸(DNA または RNA),
い場合がある.
あるいは検出領域を含むプラスミド DNA,
合成核酸(DNA または RNA)を濃度調整し
日本染色体遺伝子検査 Vol.32 No.1 2014
85
12. 遺伝子検査の倫理原則 ンセリングの体制が整備された医療機関か
遺伝子関連検査のうち,倫理の対象となるのは遺
ら依頼された検体を対象に行われる.親子鑑
伝学的検査である.しかし,がん(造血器腫瘍・固
定,性別判定,犯罪捜査など法医学的検査は
形腫瘍)の遺伝子検査であっても,被検者の生殖系
対象としない.
列細胞と対比して診断することから,検査の前にイ
(3)遺伝学的検査の適応は,遺伝カウンセリング
ンフォームド・コンセントを得ておくことが望まし
を通し高い透明性を持って慎重に検討され
い.遺伝子解析研究,遺伝学的検査に関する倫理は,
るべきである.
公的機関や関連学会からガイドラインや倫理指針と
(4)インフォームド・コンセントを得るときは,
して多数示されているので,その主なものを下の表
クライアントに十分な遺伝情報を提供し,被
に示した.これらの指針は定期的に見直されるので,
検者が納得したうえで,自発的な意思により
常に最新の情報を得るように心がけたい.
決定できるよう支援しなければならない.ま
これらに共通し検査従事者が知っておかなければ
た,途中で検査を中止することや,検査後も
ならない内容を次に要約した.
引き続き遺伝カウンセリングを受ける権利
(1)遺伝学的検査は,検査の目的,検査内容,検
も有する.
査により得られる効果,遺伝カウンセリング
(5)被検者の遺伝子情報は厳重に保護されており,
とインフォームド・コンセントの方法,検査
本人の承諾なしに第三者に伝えてはならな
結果の開示方法,検体や検査情報の保管方法
い(例外あり).また,検体を被検者に無断
についてあらかじめ計画書を作成し,医療機
で目的外に使用したり他人に譲渡したりし
関の長から承認を得ておく必要がある.
てはならない.
(2)遺伝学的検査は,医療の一部として遺伝カウ
表 倫理指針およびガイドライン
指針,ガイドライン
発表元
「人間を対象とする医学研究の倫理原則」
ヘルシンキ宣言(世界医師会)
「生命倫理と人権に関する世界宣言」
ユネスコ宣言(国際連合)
「ヒト遺伝情報に関する国際宣言」
ユネスコ宣言(国際連合)
「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」
日本医学会
「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」
文部科学省・厚生労働省・経済産業省
「疫学的研究に関する倫理指針」
文部科学省・厚生労働省
「臨床研究に関する倫理指針」
厚生労働省
「遺伝学的検査に関するガイドライン」
遺伝医学関連 10 学会
「ヒト遺伝子検査受託に関する倫理指針」
日本衛生検査所協会
「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン」
厚生労働省
「ファーマコゲノミクス検査の運用指針」
日本臨床検査医学会,人類遺伝学会,
日本臨床検査標準協議会
*指針およびガイドラインは,定期的に更新されるので最新の情報を入手する.
13. 遺伝子情報の収集
国内外の医療機関や文献から最新情報を一早く入手
先天代謝異常とその原因遺伝子,一塩基置換と易
し,診療に還元できるシステムを構築することが大
罹患性や薬剤応答性,腫瘍と遺伝子変異などに関す
切である.
る情報は日々更新されているが,依然,原因や発症
機序が不明な症例も多い.クライアントに正確で最
14. 検査の安全管理
新の情報を伝え,最良の治療につなげるためには,
14.1. 生物的危険物質
86
日本染色体遺伝子検査 Vol.32 No.1 2014
遺伝子関連検査は,未知な病原体を含む検体から
る.手袋とマスクを着用してドラフト内で試
核酸を抽出するため,生物学的危険物質にさらさ
薬調製を行う.
れる危険性が高い.したがって,検体の前処理お
14.3. 物理的危険物質 よび核酸の抽出は安全キャビネットの中で行う.
(1)紫外線(ゲル撮影用)
検体が周囲に付着した場合は,直ちに消毒用アル
紫外線を浴びると表皮細胞の DNA に障害を
コールか 0.05%程度の次亜塩素酸ナトリウムで
与える.ゴーグルで目を保護し,衣類やアク
拭き取るようにする.
リル板で皮膚を保護する.
14.2. 化学的危険物質 (2)放射線(プローブ,プライマーなどの標識)
(1)エチジウムブロミド(EtBr:核酸染色用試薬)
特別な管理区域を必要とするため,最近はあ
核酸の染色に用い強い発癌性がある.扱うと
まり使われない.施設のラジオアイソトープ
きは必ず手袋とマスクを着用する.使用後は
管理規定に従い一定の訓練を受けたうえで
活性炭に吸着させて化学的危険物質として
取扱う.
処分する.
(2)フェノール(核酸抽出試薬)
15. 教育活動 タンパク質変性作用があるので試薬は手袋を
遺伝子検査技術の急速な進歩により,医学的な知
して扱う.皮膚に触れたら直ちに大量の水で
見が年々蓄積と更新を繰り返している.このような
洗い流す.廃液はポリタンクに貯蔵し,廃棄
状況下,検査従事者は,最新の情報を一早く入手し,
は専門業者に依頼する.
より質の高い検査に反映すべきである.そのために,
(3)クロロホルム(核酸抽出試薬)
臨床検査における臨床指標の向上に努め 21),遺伝子
皮膚を腐食するほか,吸入を重ねると幻覚症
関連学会が主催する講習会や研修会に積極的に参加
状が現れたり,肝細胞に障害を与えたりす
する.また各自で,英語と情報科学の勉強を積極的
る.試薬の調製はドラフトの中で行う.
に行う.さらに,良質な検査データを提供するため,
(4)ポリアクリルアミド(電気泳動用ゲル)
関連学会が評価する認定資格 41) を取得するように
粉末は飛散しやすく吸入すると神経毒とな
努めるべきである.
おわりに
高度医療と個別化医療を求める社会的要求を背景
本指針の作成にあたりこれを大いに参考にさせてい
に,遺伝子検査技術はめざましい発展を遂げている.
ただいている.
しかし,検査に用いられているプローブや酵素一つ
最後に,本指針は,検査手技や方法にまだ選択の
をとっても,その由来,安定性,活性値の定義はま
余地を含んでおり,未だ市販品を入手できないのに
ちまちであり,品質が見分けにくくなっている.さ
理想的なあり方を提言したりしている部分が随所に
らに,実際に取り扱う検体の性状も多様であるため,
ある.「染色体遺伝子検査の品質保証のための指針
標準的測定法を一律規定するのは非常に困難であ
2014」は,当面の間,これに依拠しながらも,今後,
る.そこで,検査の標準化と検査データの質の向上
検査技術の発展に伴い,定期的に見直し改訂される
をめざし,過去の多くの臨床検査技師の貴重な経験
べきものであることも付言しておく.
をもとに,広くの検査担当者のコンセンサスが得ら
れると思われる検査手技や,標準化に向けた考え方
附則
を “ 品質保証のための指針 ” としてここに提示した.
本指針は 2010 年 1 月 1 日より施行する.
現 在, こ う し た 取 り 組 み は 関 連 学 会 を は じ め,
附則
JCCLS(日本臨床検査標準協議会)で行われており,
本指針は 2014 年 4 月1日より施行する.
日本染色体遺伝子検査 Vol.32 No.1 2014
87
引用・注釈・参考資料
1) 遺伝学的検査としての染色体検査ガイドライン.日本人類
遺伝学会,2006 年 10 月 17 日
2) 遺伝カウンセリング:遺伝医学に関する知識およびカウン
セリングの技法を用いて,対話と情報提供を繰り返しなが
ら,遺伝性疾患をめぐり生じる医学的あるいは心理的問題
を軽減することを支援すること.
3)インフォームド・コンセント:被検者が,検査や治療にあたり,
担当医師から検査に関する十分な説明を受け,その検査の
目的,方法,精度,限界,結果の開示方法及び予測される
不利益などを理解し,自由意思に基づいて検査や治療につ
いて同意すること.
4) 匿名化:ある人の個人情報が法令,本指針又は研究計画に
反して外部に漏洩しないように,その個人情報から個人を
識別する情報の全部又は一部を取り除き,代わりにその人
と関わりのない数記号を付すことをいう.匿名化には,数
記号と個人の情報の対応表を残し最終的に個人を特定でき
る連結可能匿名化と,対応表を残さない連結不可能匿名化
がある.
5)抗凝固剤へパリンナトリウムは 20 単位前後 /mL で使用する.
ノボ・ヘパリンの場合は 5 単位前後 /mL で使用する.
6) 抗 生 物 質 抗 真 菌 剤(100×)penicillin: 100 単 位 /mL,
streptomycin: 100μg/mL,amphotericin B: 0.25μg/mL
7)Dulbecco’s Phosphate-Buffered Saline: カルシウム,マグ
ネシウム不含.オートクレーブ滅菌する.作製後,冷蔵で
6 ヶ月間使用.
8)0.05% trypsin- 0.53mM EDTA 4Na
9) コラゲナーゼ / DNase 消化液:滅菌超純水でコラゲナーゼ
type4 を 4,000 単位 /mL に,DNase1 を 0.2mg/mL に調製
して 200μL ずつに分注して凍結保存しておく.
10)細胞の周期の違いにより,3 ~ 16 時間.非上皮性腫瘍の場
合は全て一晩.
11)トリプシン:DIFCO215240
12)ギムザ液を 1/15M PB(pH6.8)で調整
13)McIlvaine's 緩 衝 液(pH4.5):0.1M ク エ ン 酸 27.4mL と
0.2M リン酸水素 2 ナトリウム 22.6mL を混合
14)5%水酸化バリウム液:使用時に BaOH2・8H2O を超純水
で 5%(w/v)に溶解して作製
15)2×SSC:saline sodium citrate 塩化ナトリウム 17.5g,ク
エ ン 酸 ナ ト リ ウ ム(2 水 塩 )8.8g, 超 純 水 1000mL,1N
NaOH で pH7.0 に調整する.
16)ゼラチン銀液:2%ゼラチン溶液(1g のゼラチンに 50mL
の超純水を加えて加温溶解した後,ギ酸を 0.75mL 加える)
1mL に 50%硝酸銀溶液を 2mL 混合し,10 分以内に使い
切る.
17)医療情報システムの安全管理に関するガイドライン 第 4.2
版,厚生労働省,平成 25 年 10 月
18)Hsu LY et al: Proposed guidelines for diagnosis of
chromosome mosaicism in amniocytes based on
data derived from chromosome mosaicism and
pseudomosaicism studies. Prenat Diagn Vol.12,555-573
(1992)
19)診療情報管理士 (http://kanrishikai.jp)
20)医療情報技師 (http://jami.jp/hcit/HCIT_SITES/index.php)
21)臨床検査におけるクリニカルインディケータ:検査前段階
の管理技術と精度保証.日本臨床検査自化学会会誌.39:9.
2014.
22)RNase A 使 用 液:2×SSC に 溶 解 し た RNase A(DNase
free)10mg/mL 保存液を,使用時に 2×SSC で 100 倍に溶
解して使用する.
23)変性液:70%ホルムアミド,2×SSC pH7.0 ~ 8.0 に調整
88
24)洗浄時間は施設内であらかじめ決定しておく.
25)DAPI/Antifade: 退 色 防 止 剤(PBS(-)10ml に DABCO を
1.25g 加え良く攪拌後にグリセリン 90ml を加え,濃塩酸
で pH8.7 に調整)で,DAPI を濃度 100 ~ 200ng/ml に調
整して作成後,-20℃で保存する.
26)BAC 人工染色体の一種 (Bacterial Artificial Chromosome)
27)Manning M, Louanne Hudgins L, FACMG, for the
Professional Practice and Guidelines Committee.
Array-based technology and recommendations for
utilization in medical genetics practice for detection of
chromosomal abnormalities. 12: 742–745. 2010.
28)HER2 検査ガイド ハーセプチンの適正な症例選択のため
に 胃癌編 胃癌 トラスツズマブ病理部会作成
29)森谷 卓也ほか:medicina 2005. 42; 1107-1111.
30)HER2 検査ガイド ハーセプチンの適正な症例選択のため
の 第三版 2009 年 9 月 トラスツズマブ病理部会作成
31)ALK FISH,HER2 FISH 試薬添付文書 アボットジャパン
32)「遺伝子関連検査 検体品質管理マニュアル(承認文書)」:
日本臨床検査標準協議会(JCCLS)遺伝子関連検査標準化
専門委員会,2011.12.
33)反応阻害物質:遺伝子工学に用いられるさまざまな酵素や
化学反応を阻害する検体中の共存物質.
34)バイオハザード:生物学的危険物質ともいい,生物の危険
度(病原性,感染性)に応じて BSL1 ~ BSL4 に分類され
ている.拡散防止措置のために,それぞれのレベルに応じ
た安全キャビネットが必要である.国内では,世界保健
機構(WHO)から出されている実験バイオセーフティ指
針(www.who.int/csr/resources/publications/biosafety/
Biosafety3)をもとに,関連学会や研究施設で具体的に指
針を作成している.
35)ヌクレアーゼ:核酸を分解する酵素の総称.DNA ヌクレア
ーゼ,RNA ヌクレアーゼに分けられ,さらに基質特異性に
より細かく分類されている.特に検査で問題とされている
のは RNA ヌクレアーゼであり,汗腺(皮膚),唾液などか
ら分泌されており,通常のオートクレーブでは失活しない.
36)外部コントロール(外部精度管理試料):検体と同時に平行
して別の試験チューブを立てて精度管理を行う精度管理試
料を指す.血液,組織,細胞,体液,排泄物,あるいはこ
れらから抽出した核酸をいう.検査全体に与える検査値へ
の影響を一括して精度管理を行うのが目的.
37)内部コントロール(内在性精度管理試料):個々の検体の検
査チューブに入れる精度管理試料.最後に検体と同時に測
定し,検体抽出時の核酸のロスや分解,干渉物質による反
応阻害を検出する.ハウスキーピング遺伝子や添加型精度
管理試料がある.検体の個別精度管理を行うのが目的.
38)易罹患性:遺伝子の一塩基多型(SNPs)により,将来,罹
患する可能性が高いとされること.単一遺伝子疾患に比べ
て環境因子が大きなウエイトを占めるため,検査の臨床的
妥当性が十分とはいえない.疾患感受性検査,素因検査,
体質検査とよばれる検査がこれに含まれる.
39)薬剤応答性:遺伝子の一塩基多型(SNPs)により,薬剤の
細胞膜受容体蛋白質や代謝酵素の発現量または機能が変化
する結果,体内への薬剤の取込み量や薬剤の代謝速度が変
わり,薬剤の効果が減弱または増大すること.薬剤感受性
ともいわれる.
40)ハウスキーピング遺伝子:細胞の生存のために,組織や細
胞に関係なく常時発現している遺伝子.
41)認定資格:現在,認定臨床染色体遺伝子検査師(日臨技・
本学会),遺伝子分析科学認定士(日本臨床検査同学院,初
級,1 級),臨床細胞遺伝学認定士,認定遺伝カウンセラー,
GMRC 制度(日本人類遺伝学会)がある.
日本染色体遺伝子検査 Vol.32 No.1 2014
染色体遺伝子検査の品質保証のための指針(第 2 編)
Guidelines for Quality Assurance of Chromosomal and Genetic Testing(Second Edition)
日本染色体遺伝子検査学会
編集責任者
(染色体,FISH 検査)
曽根美智子 四国こどもとおとなの医療センター
(遺伝子検査)
上野 一郎 香川県立保健医療大学
編集委員
若井 進 国立がん研究センター中央病院病理科・臨床検査科
石黒 晶子 福岡大学医学部病理学講座
佐藤 悦子 雪の聖母会聖マリア病院中央臨床検査センター
清水 雅代 倉敷中央病院臨床検査科
宮西 節子 前天理よろづ相談所病院医学研究所
南木 融 筑波大学付属病院検査部
藤澤 真一 北海道大学病院検査・輸血部
吉田 繁 北海道大学大学院保健科学研究院
神崎 秀嗣 京都大学ウイルス研究所
日本染色体遺伝子検査 Vol.32 No.1 2014
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