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大正時代初期の農業指導書にみる土壌・肥料について

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大正時代初期の農業指導書にみる土壌・肥料について
( 135 )
肥料科学,第32号,135∼151(2010)
大正時代初期の農業指導書にみる土壌・肥料について
――「通俗肥料経済鑑全」を読んで――
田 吉明* 目 次
1. はじめに
2. 本書の構成
3. 総論
4. 各論(自給肥料と購買肥料)と肥料経済
5. 作物と肥料
6. 附録
7. 終わりに
*
コープケミカル株式会社 常務付参与(元全農総合営農対策部次長)
Yoshiaki YOSHIDA : Agricultural Guide-book on Soil and Fertilizer in Beginning of the Taisho
Era―Introduction to Tsuzoku Hiryo-Keizai Kagami , 1916―.
( 136 )
大正時代初期の農業指導書にみる土壌・肥料について
1. は じ め に
平成21年6月,JA 小山の元理事で大学の友人である望月春雄氏の蔵に長
年眠っていた農学書を拝見できる幸運に恵まれた。大正5年6月大正農事協
会発行の江幡辰三郎(結城農学校長)編著の「通俗肥料経済鑑(ひりょうけ
いざいかがみ)全」で,望月氏の2代前の御祖父さんの頃のものらしいが,
さすがに旧家の蔵で保存されていたことから,保存性は極めて良好である。
「通俗肥料経済鑑全」は全体で650ページにわたる大作である。緒言と総論
に述べているように肥料は農業上重要であるとし,肥料に関する知識を理解
したうえで効果的に使用することの重要性について生産者農家を指導するた
めに刊行されたものと思われる。特に経済的効果を重視していることが「肥
料経済鑑」というタイトルにもうかがわれる。非売品となっており指導書と
しての色彩が強いが,「日本の古本屋」の古書検索で調べると書名はあった
が在庫はなかった。
当時の農商務大臣高野廣中閣下題字,農科大学教授農学博士横井時敬先生
序文,同澤村眞先生校閲となっていることは,かなりの年代物で貴重な書籍
であることは間違いなく発刊の重みを感じさせる。とりわけ,近代農学の祖
と云われる横井先生が大正4年9月に序文を書かれており,この本に花を添
えているが,何せ序文は筆者の能力では判読できなく識者にお任せするしか
ない。
しかし本文については,通俗が冠されているとおり著者の文章の表現が極
めて分かりやすく,農学校の生徒や知識のある生産者農家にとっては大いに
学ぶことができただろうと推察される。そのため,現在の土壌学,植物栄養
学と比較して多少抽象的な感はするが,土壌・肥料に対する考え方の基本的
なところは変わっていなく,現代の筆者が読んでも著者の意図するところは
よく理解でき,むしろ新鮮な響きを感じさせる。
ところで,著者の江幡辰三郎氏は当時町立結城農学校の校長の職にあった。
当校は明治30年4月開設の町立結城蚕業学校が母体で明治35年に農学校に,
1 はじめに
( 137 )
現在は,県立結城第一高等学校となっている。江幡氏は大正12年から昭和5
年まで長野県の赤穂村立公民実業学校(現在の赤穂高等学校)の2代目校長
も勤めている。明治40年に共著「新式 植物生理學教科書(六盟館)
」
,大正
6年に「作物増収法及最新養蚕法(大正研農社)」を執筆し,大正15年農政
研究(第五巻第十号)で「農村教育改造私見」を発表している。また,河野
廣中氏は,第17代第2次大隈重信内閣で大正4∼5年に農商務大臣を,明治
36年には第11代衆議院議長を務めている。
ここではこの本書の概略を紹介し,大正時代初期の農業,特に土壌・肥料
に対する考え方,その頃の農業指導の内容をみてみようと思う。
( 138 )
大正時代初期の農業指導書にみる土壌・肥料について
河野廣中 農商務大臣題字
横井時敬先生序文
2 本書の構成
( 139 )
2. 本 書 の 構 成
全体像を知るため本文の構成を示すと,第一編は「総論」
,第二編「各論」,
第三編「肥料経済」,第四編「作物と肥料」
,そして「附録」の5構成からな
っている。
まず「総論」であるが,農業と肥料の関係,肥料の意義・定義,更に消
費・農家経済との関係に触れ,土壌・植物栄養学の概要について記載されて
いる。「各論」では,自給肥料11種類と購買肥料20種類の成分,肥効,施用
方法がそれぞれ解説されている。また,「肥料経済」の項では,自給肥料と
購買肥料の得失,肥料の施用量の算出方法(効率的な使用量),市価(相場
価格,標準価格)と真価(肥料中に含まれる三要素をもとに計算)を比較し
廉否計算による肥料の評価,施肥時期,肥料混合上の注意,肥料の購入方法,
肥料試験法などを指導している。第四編の「作物と肥料」では,水稲,麦な
ど普通作物18種類余,綿,茶,煙草など特用作物26種類,果樹15種類,大根,
胡蘿蔔,甘藍など蔬菜33種類,雑作物として,菊,花卉類,牧草類,桐につ
いて,濃淡はあるがそれぞれ施肥の要旨と施肥法について述べている。最後
に「附録」として,普通作物,特用作物,果樹,蔬菜の作物毎に適地(最適
な土壌),播種期(適期)
,収穫期,1反歩当たりの播種量,収量(目標収量
か)などを記した栽培一覧表,主要肥料の価格及び分析表,農産物の分析表,
肥料取締法の要領などを載せている。このように,幅広い内容となっている
が,肥料の重要性に対する解説はもちろん,特に肥料の経済性,費用対効果
について触れ,更におよそ80種類の作物について施肥の目的,施肥法を述べ
ているところが圧巻であり,この書が「通俗」と「実用」とを旨としている
ところを感じさせる。
次に,各編の中で著者の思いを感じるものや,筆者が読んで印象に残った
もので特筆すべきと感じた部分について紹介していくこととしたい。
( 140 )
大正時代初期の農業指導書にみる土壌・肥料について
3. 総 論
まず第一編の「総論」は著者の執筆の目的の基本的な考えが出ているので,
第一章の「農業と肥料」の項の序文の全文を紹介する。
「農業とは如何なる
業ぞと問いを発すれば,答ふるものは簡単に云う。曰く農業とは土地を利用
して,作物を栽培して,動物を飼育して以て利を謀るの業なり。然り,農業
には第一に土地がなくてはならぬ。而して田畑山林原野として之を利用する
謀りでなく,其土地の中に含有する力即ち養分を利用しなくてはならぬ。然
るに天然の土地のみに依頼して,何等人力を加ふるなければ何時しかも耗竭
(もうけつ)して作物の収穫を見ることのできないやうになるのは明らかで
ある。此に於いてか,或は耕耘し或は施肥して其地力を維持すると共に益々
之が増進を謀り以て眞に土地利用の目的を達することに努むるのである。而
も農業最後の目的は利益を多く求るのである。掘り手て飲み耕して食らう太
古の農民はいざ知らず,今日の農業は其経営を巧みにし,栽培飼養の上に注
意し,即ち少費多穫の結果,純益の少しにても多からんことを望むのである。
此に於いてか肥料の如きも単にこれを施用するに止まらず,更らに進んで経
済の方面より講究して,得失如何を考へならぬのである。
」
筆者は,全農在職時に土壌診断や土づくりに関する仕事にかかわり,
「健
康な土づくりと施肥改善運動」を普及してきたが,当時から何時ごろから
「土づくり」,「地力増進」という言葉が使われてきたのか関心があった。い
ずれの言葉も比較的新しい時代だと思っていたが,大正初期の本書に,
「地
力を維持……増進……」という文言が出たことに驚いた。ちなみに当時の肥
料取締法に規定されている肥料は,「本邦ニ於テ肥料ト稱スルハ植物ノ營養
ニ供給スル物質ヲ云フ」となっているが,著者は肥料の定義を「肥料とは
作物の生育を佳良ならしむるを目的として,地力を維持増進し,且つ直接間
接に植物養料を供給する為,人工により土地に施す物質をいふ」としており,
肥料の目的として,①植物の養料に供すべきもの,②土壌の理化学的性質を
改良するもの,③土壌中不可給態の養料を変じて可給態たらしむもの,の三
3 総 論
( 141 )
つをあげ,
「直接か間接かに於いて,作物の生育を良好ならしむ目的を以て
土壌に施すもの」としている。現在の粗大有機物を②に,石灰は③に入ると
しており,①を直接肥料,②,③を間接肥料と称しており,今日の土づくり
にも効果があるものを肥料としていることが特徴的である。一方で,金肥
(化学肥料)への頼りすぎによる有機質欠乏を警鐘し,
「農家の特に注意すべ
きは学理応用の肥料の施用する点にあらねばならぬ」と土づくりの重要性と
費用対効果の面から効率的な肥料の使い方(施肥)を強調している。
第四章「植物体を構成する物質」では,植物を水分と固形分に分け,固形
分を有機物(燃焼すれば煙となりて飛散するもの)と無機物(燃焼すれば灰
となりて残るもの)に分け,さらに有機物を澱粉,糖類,脂油等を無窒素有
機物,蛋白質,アマイド,アルカロイド,色素,酵素等を含窒素有機物とし
ている。無窒素有機物では,同化作用で説明しており,日光が充分当たるこ
との重要性に触れている。灰分と植物養料(養分)の項では,クノップ氏液
を使用した水耕栽培による欠除試験で欠乏症状を説明しており,灰分中の必
要養料として硫黄,燐素(燐)
,加里,石灰,苦土,鐡(鉄)
,硅酸(珪酸)
,
鹽素(塩素),満俺(マンガン)の9元素について解説している。硫黄が一
番になっている点が特徴的で,蛋白質の一成分であることから重要な要素と
考えたのだろうか。ちなみに「油菜,蕓薹(アブラナ),芥子等には硫化ア
リル等の化合物となりて辛味を与えるものなり」とも紹介されている。燐は
細胞核質物,蛋白質,脂肪化合物,葉緑の生成に関与,加里は植物生理上必
要要素とし炭水化物の合成・移転及び蛋白質の合成に密接に関与,石灰は不
足すると植物の生活力を早く失い,澱粉の移転作用に関係,苦土は石灰との
割合が適度であること,禾本科植物の種実生成に重要,鉄は葉緑素の形成や
同化作用に関係,硅酸は藁稈には15∼17%含み,細胞膜に多く藁稈を強硬に
し,細菌や害虫の食害を防ぎ,風害の抵抗力を強からしむ等それぞれ要素に
ついて効果が説明されている。
第六章「土壌の有機成分」では,腐植質について多くのページが割かれて
いる。腐植質は有機物分解の中途にあるものであり,第1段分解(褐色)ウ
( 142 )
大正時代初期の農業指導書にみる土壌・肥料について
ルミン,ウルミン酸,第2段分解(黒色)ヒューミン,ヒューミン酸,第3
段階分解(無色又は黄色,褐色)クレン酸,アポクレン酸に区別している。
腐植物質中の酸を腐植酸と呼び,石灰,酸化鉄,礬土と化合するが,腐植酸
石灰が有効であり,腐植酸加里,腐植酸アンモニアは水溶性で作物に利用さ
れやすいことを紹介している。腐植質の効用については,①腐植中の有機窒
素はバクテリアの作用によってアンモニア又は硝酸態に変じて植物養料とし
て窒素を供給する ②土中の不溶解性リン酸を可溶化 ③腐植質の分解によ
り窒素,無機成分を可給態に変じる ④土壌の理化学的性質を改良する。今
でいう通気性,保水性,保肥力の改良効果を云っており,腐植質の重要性は
古今を問わないようである。反面,腐植質過多の害と除去法について指摘し
ており,量が多いと有害作用として過湿による還元作用で亜酸化鉄,硫化鉄,
硫化水素等の発生,腐植質が多量に集積し酸性腐植による土壌の酸性化をあ
げており,対策として有機物の速やかな分解と石灰や草木灰による中和が必
要としている。
第七章の「土壌中窒素の増減」では,土壌中の窒素の天然供給量の増加に
は,①雨雪等によって空気中より窒素化合物が降下する。そのひとつが電気
の作用で「かみなりも酸化窒素を製してぞ 民の田畑を肥やすなりける」と
記載されている(筆者も宮沢賢治が神社の鳥居の注連縄(しめなわ)と紙垂
(しで)を「雲」と「稲妻」と称したらしいと聞いたことがある)②腐植質
に富んだ土壌が空気中の窒素化合物を吸収する ③土壌中の細菌による遊離
窒素を固定する ④豆科植物に共生する根粒バクテリアが遊離窒素を固定す
るが紹介されている。肥料が貴重な時代であったため,肥料の三貴要成分の
前に書かれたのだろうか。
第八章「肥料の三貴要成分」については,植物が生育するのに必要な元
素(今でいう必須元素か)は,炭酸,酸素,水素,窒素,硫黄,燐酸,加里,
苦土,石灰,鉄の十元素とし,その一つを欠いても完全な生育ができないと
述べている。そのうち窒素,燐酸,加里以外については,天然に存在する
が,この三要素については土壌中だけでは不足で肥料として施さねばならな
3 総 論
( 143 )
く収穫に影響する。この三成分を施すに従って好成績が現れるので「三貴要
成分」の名も生じたわけと記述している。この章ではリービッヒ氏の最小養
分率の法則について,「植物の要する種々の養分が異なりたる割合にて土中
に存するときは,其植物の摂取する必要成分の量は,其中比較的最小量なる
ものに準じて左右せらる」と説明し,最小量なる養分により生育が左右され
ることを述べている。ドべネック氏の最小養分樽にも触れており,今日同様,
最も短い板から水が漏れる図を示しているが,最小養分率を面白く平易に説
明したものであると述べている。また,ドベネックの樽には,要素以外に水
分,光線,空気,肥料の選択,温度,耕耘,肥料の鑑定,未知要素(この割
合が最も多く板の幅が広い)も記載されている。著者は,窒素,燐酸,加里
は樽の板の中で短い板に相当し,三要素特に窒素が収量に与える影響が大き
いことを指摘し,さらに三要素間も最小養分率や最小養分樽の道理に支配さ
れ,作物に対するそれぞれ適当な分量を知る必要があることを説いている。
第九章「窒素質肥料」では,窒素質肥料の化合體によって,アンモニア態
窒素肥料,硝酸態窒素肥料,有機態窒素肥料,シャナミド態窒素肥料の4種
類としており,この項では硝化作用,硝酸還元作用,そして大工原,今関両
博士による試験結果から脱窒作用とその対策にも触れている。
第十章「燐酸質肥料」は,無機性燐酸肥料として水溶燐酸肥料,第二燐酸
塩肥料(枸椽酸(クエン酸)アンモニウム液溶解),不溶解性燐酸肥料(第
三燐酸塩肥料),有機性燐酸肥料の4種であり,これらの肥効試験の結果を
示している。ここでは燐酸吸収係数の概念はないが,水溶性リン酸は土壌中
で第二燐酸塩,第三燐酸塩へと不溶解性の燐酸に変化することを説明し,土
壌の種類によって効果に差があることを指摘している。
第十二章「土壌と肥料」では,土性という言葉は出てこないが,土壌の種
類を砂質土,埴質土,腐石灰質土,壌土等に区別し,砂土を8割以上の砂子,
粘土質物2割以下を含む土壌の総称,埴土は粘土質物6割以上,砂子4割以
下,腐植質土は壚土,クロボク又は野土などと称する土壌,壌土は通称マツ
チと称し砂土と埴土の中間に位し砂子と粘土質物の割合よろしきを得たもの
( 144 )
大正時代初期の農業指導書にみる土壌・肥料について
で,作物の生産力が高い土壌と評されている。壌土には砂質壌土,埴質壌土,
腐植質壌土,石灰質壌土等の種類があるとも書かれており,土壌によって性
質(肥沃度)が異なり,施す肥料の性質も分量も異にしなくてはならないと
している。
第十三章「酸性土壌と肥料」では,酸性土壌の判定はリトマス試験紙で行
われており,青色試験紙を入れて直ちに赤色に変化するときは酸性が甚だ強
いと判定される。大工原博士の研究が引用されており,酸性の原因として腐
植酸と含水硅酸類をあげており,日本では後者の影響が大きいとしている。
土壌の地質,生成過程により異なるが,第三紀以上の古い土壌で酸性土壌が
多く,当時は酸性土壌が平均で8割があることを指摘しており,肥料用石灰
の効果が最も優れていることを述べている。作物ごとに酸性に対する抵抗力
から,最も強きもの(水稲,陸稲,燕麦)
,強きもの(小麦,トウモロコシ,
そば,二十日大根など),やや強きもの(油菜,小松菜,ダイコンなど)
,弱
きもの(なす,トウガラシ,エンドウなど),最も弱きもの(大麦,ホウレ
ンソウ,大豆,小豆など)に分けている。
4. 各 論(自 給 肥 料 と 購 買 肥 料)と 肥 料 経 済
第二編から,自給肥料と購買肥料の品目が解説されている。自給肥料には,
人糞尿,厩肥,家禽糞,緑肥,草木灰,燻炭肥料,藻類などが使われていた
ようだが,流し汁風呂水も入っている。購買肥料には,魚肥,骨肥,血粉な
ど動物廃棄物肥料,油粕類,米糠,醸造粕など現在の有機質肥料類,硫安,
チリ硝石,石灰窒素,硝酸石灰,過石,重過石,トーマス燐肥,硫酸加里,
加里塩類,石灰などが使われているが,変わったものとして「刺激肥料」が
ある。当時は微量要素という肥料が無かったのか,マンガン,硼素だけでな
く沃化加里,弗化曹達,硫黄,ラジウム,電気までも入っている。また,根
粒菌,窒素固定菌などは「細菌肥料」として扱われていたようである。
第三篇は「肥料経済」である。第一章ではこの書の趣旨である自給肥料の
多産多用を奨めているが,農業生産上購買肥料の役割は無視できないとし,
4 各論(自給肥料と購買肥料)と肥料経済
( 145 )
自給肥料と購買肥料の得失を鑑みて各自経済の許す範囲に於いて判断する必
要があることを説いている。第二章の肥料の施用量を決めるには,①土壌中
に含まれる有効三要素の量を検定すること ②作物の収量全量に含まれる三
要素を知ること ③肥料の成分及びその吸収率を知ることとし,水稲におけ
る諸肥料の窒素の吸収率を例に示している。蒸製骨粉,乾魚,血粉などは80
%,油粕は67%,硫安は61%,米糠26%となっている。また燐酸質肥料につ
いては2年間にわたる肥効率を示しているところが興味深い。重過石は1年
目24.1%,2年目4.1%合計28.1%,粗骨粉はそれぞれ14.6%,6.0%,合計
20.6%,トーマス燐肥は13.7%,6.6%,合計20.3%を燐酸吸収率として示
している。畑作についても数値が異なるが同様に示されている。
第三章の「肥料の評価」では,第一節に市価と真価に触れ,市価は相場で
決まるが,真価は肥料中に含まれる三要素をもとにして計算したものとして
いる。肥料の真価を計算するには先ず各肥料の標準価格を決定しておく必
要があり,例えば燐酸質肥料の場合,水溶燐酸の肥効率を100にした場合の
燐酸1貫匁の標準価格は0.665円とし,動物性燐酸は肥効率が88なので0.585
円,植物性燐酸は35で0.233円ということになる。窒素は,硫安の肥効率を
100として窒素1貫匁の標準価格は2.846円とし,硝酸の肥効率は100なので
2.846円,石灰窒素は98で2.789円,魚肥・骨粉・血粉は93で2.647円,大豆
など油粕類は89で2.533円,何と人糞尿は91で2.590円,厩肥・堆肥は33で
0.939円となっている。三要素の比較では,それぞれ1貫匁の標準価格は窒
素が2.333円,リンが0.476円,加里が0.788円で,三者の値段の比率は5:
1:1.5の割合であったようだ。
例えば大豆粕1枚(7貫目)の真価の計算例を示しているが,大豆粕の
三要素は窒素7%,燐酸1.1%,加里2%とすると,窒素の真価は,7%×
7貫目×上記平均価格2.533円=1.241円となる。同様に燐酸は1.1%×7貫
目×0.233=0.018円となる。別に加里を計算すると0.110円なので,合計で
は1.369円になることになる。ちなみに附録で最近の価格として主要肥料の
価格(市価)及び成分表を示しているが,大豆粕は成分が窒素7%,燐酸
( 146 )
大正時代初期の農業指導書にみる土壌・肥料について
1.5%,加里2%で10貫目であるが2円となっている。試しに上記の各成分
の真価で計算すると,2.011円となり単肥の価格なのでほぼ同じ価格となっ
た。しかし,市販の調合肥料(完全肥料)は1叺(かます)について1∼
1.5円程度の価格差があったようである。例えば「苗代単用肥料」
(窒素全量
7.0%,アンモニア性窒素4.0%,燐酸全量6.3%,可溶性燐酸5.9%,加里全
量4.3%)は10貫目入り1叺代4円70銭に対し,大豆粕4貫目,硫安2貫目,
過石3貫目,硫酸加里1貫目を自家配合した肥料(窒素全量7.0%,アンモ
ニア性窒素4.0%,燐酸全量6.4%,可溶性燐酸6.0%,加里全量4.5%)の価
格合計は3円9銭であり,1円60銭の差を例示している。このように肥料の
真価を計算し調合肥料と比較し両者の得失をみて判断する必要があるとして
おり,この書では,「金肥(かねごえ)の中で一番高いのは完全・調合・配
合の肥」「売薬と配合肥料は一時のききめはあれどあとは効なし」
「文明の民
は自ら作を見て土地をしらべて肥料(こやし)するなり」と警鐘している。
この頃の肥料の価格は相場で決まっており,価格の乱降下は農家経済に
大きく影響を与えていたことから,第五章の「肥料資本」の項では,「肥料
を購買するには組合の力によるがよい」と記述している。その理由として購
買組合は低金利で,資金の融通が自在であることと,技術者の鑑定を求めて
確実な肥料を購入できるとしている。現在全農の価格は成分価格(成分価)
,
ものによっては原料価格折り込みで計算されているので,この真価の考え
方が入っているのかもしれない。ちなみに平成21年度肥料の高度化成の成分
価は,硫安・尿素は20kg 当たり1% 18.2円,硝安は28.9円,燐酸は38.2円,
塩化加里は31.2円であり,これにそれぞれの成分を掛けて加工費等をプラス
して製造原価が出てくる。配合肥料は,例えばなたね粕はトン当たりである
が54,000円,大豆粕は72,500円であり,その他使用する原料の価格も出てい
るので,原料の配合割合と製品化するための費用をプラスして製造原価とし
ているので,考え方は同じである。少し長くなったが著者の肥料経済への思
いを馳せあえて説明することにした。
第六章は「肥料試験」で,肥料試験の方法では①ワグネル円筒による鉢試
5 作物と肥料
( 147 )
験 ②枠試験による圃場試験 ③農家の現場で実施する1畝程度の簡易圃場
試験などを紹介している。試験の種類については,①三要素試験 ②三要素
適量試験,③肥料経済試験(肥料同価試験)④肥料比較試験,その他,施肥
適期試験,刺激肥料効果試験,土壌肥料反応に関する試験等があるとしてい
る。さらに肥料試験の注意点については,①平坦地の圃場 ②4,5年間無
肥料で栽培した圃場 ③前作物の生育が均一である圃場 ④土壌,気象条
件などの自然的要素から耕種作業まで作物生育上必要な条件は各区とも均一
にし,試験する事項のみを異にすること ⑤発芽から収穫まで詳しく日誌に
記載すること ⑥収量,品質の調査は丁寧にし試料が混ざらないようにする ⑦肥料試験は1作に止まらず二作三作に及ぶことを知りて行うこと ⑧同一
の試験をできるだけ多く行いその平均を以て比較的正確なりとする ⑨坪刈
りは比較的参考であり一反歩の収量を推算しないこと ⑩肥料の結果は即断
しないで,3,4年で評価すべき等を述べており,なかなか手厳しい指導の
ようであるが肥料試験に対する姿勢をうかがうことができる。
5. 作 物 と 肥 料
第四編の「作物と肥料」では,水稲,麦など普通作物18種類余,綿,茶,
煙草など特用作物26種類,果樹15種類,大根,胡蘿蔔,甘藍など蔬菜33種類,
雑作物として,菊,花卉類,牧草類,桐について,濃淡はあるがそれぞれ施
肥の要旨と施肥法について述べており,特に水稲については詳しく書かれて
いる。第一節「苗代の肥料」では①施肥の要旨,②肥料の種類,③三要素
量,④施肥の用量,⑤施肥の季(期)節方法,⑥施肥の注意,⑦施肥と病害
虫について,第二節の「本田の肥料」では,①施肥の要旨の中に,品質の善
良なる多量の種実を収穫するには,根張りを十分に,分けつの確保,発育の
旺盛,一斉に出穂(でほ)
,一斉に全熟,病害防除が必要であるとしている。
また,水稲の生長期を(ア)生育期(イ)分けつ時代(ウ)元孕(もとはら
み)時代(エ)発育旺盛時代(オ)出穂期(カ)開花期(キ)青熟(ク)黄
熟(ケ)完熟に分類し,(オ)(カ)(キ)の時代は多量の養分を要するとし
( 148 )
大正時代初期の農業指導書にみる土壌・肥料について
ている。更に②施肥の時期,③施肥の土質,④稲の生育と施肥,⑤肥料の種
類,⑥施肥の方法及び注意,⑦三要素量の項では,各地の平均の施用量は反
當窒素1貫800匁∼2貫500匁(10a 当り6.75∼9.38kg),燐酸1貫200匁∼1
貫800匁(4.5∼6.75kg)
,加里は1貫500匁∼2貫200匁(5.63∼8.25kg)と
なっている,⑧三要素量と米質の項では,腹白の多少に最も関係あるは加里
と窒素肥料,腹白多は加里不足・窒素過多,光沢は加里・燐酸が関係し,窒
素多くは損する。魚肥は光沢を増す等五つの品質(腹白の多少,子粒の整否,
米粒の硬度・光沢・脆否)について述べている,⑨生長各期に吸収する三要
素,⑩施肥の用量では,農商務省農事試験場と九州・陸羽・畿内の3支場及
び30県の試験場の標準施肥の用量を示している,⑪施肥と病虫害について解
説している。
6. 附 録
最後に625ページから25ページが附録として各種のデータ等が収録されて
いる。普通作物,特用作物,果樹,蔬菜の作物毎に適地(最適な土壌),播
種期(適期),収穫期,1反歩当たりの播種量,収量(目標収量か),患害
(病害虫の被害)などを記した栽培一覧表,主要肥料の価格及び分析表,農
産物の分析表,肥料取締法の要領などを載せている。
肥料取締法の要領についても触れており,明治四十一年四月十一日法律第
五十一号をもって改正公布せられたる肥料取締法及同年八月十三日農商務省
令第十七号を以て公布せられたる肥料取締法施行規則の要領を記載している。
第一肥料及肥料營業者 第二保證票 第三罰則から構成されている。保證票
には,①保證票なる文字,②肥料の名稱,③百分中の主成分含量(窒素・燐
酸・加里の最少量),④保證票を添付したものの名稱又は營業所の位置及營
業種別,⑤前各号の外,肥料製造の營業者にありては其肥料製造,年月日
及製造場の所在地・輸入・移入の年月日仕入先。肥料賣買業者にありては其
肥料製造,輸入若しくは移入の營業者の氏名若しくは名稱又は仕入先及保證
票添附の年月日。また,保證票保証票に記載する主要成分は,窒素全量,内
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訳してアンモニア性窒素・硝酸性窒素,燐酸全量,内訳してクエン酸アンモ
ニア液溶解燐酸,水に溶解する燐酸(合算して可溶性燐酸として表現できな
い),加里全量と推察される。従前は〇〇%∼〇〇%であったものが最少量
を記載することになったと記しており,また二種以上の調合肥料には,保証
票は叺(又は袋)の内に一枚,外部に一枚と二枚用いらなければならないと
している。
罰則は,詐欺,偽造,虚偽の保証票などに関しては二千円以下,免許,認
可などに関するものは千円以下,保証票の未添付,臨検・検査・収去などの
拒否は三百円以下の罰金などである。調合肥料10貫目(37.5kg)3∼5円
の時代であり今と比べることはできないが蛇足まで。
なお,肥料分析出願手続があり,農商務省農事試験場へ分析を依頼するこ
とができるようになっている。ちなみに分析手数料は,一成分金五十銭で,
二成分以上は一成分を増すごとに金二十五銭を加え,水分と灰分全量の定量
は各十銭となっている。
7. 終 わ り に
当時の時代背景をみてみると,大正4年は第一次世界大戦(1914∼1918
年)の明くる年である。日本は日英同盟(明治35年)の関係で連合国側とし
て参戦,中国山東省などドイツ占領地域に進攻している。戦場はヨーロッパ
であったが世界的には経済的にも混乱している時期で,肥料の確保や価格が
不安定である時期であり,また国内では大正3年には地域的であるが米騒動
も起きており,国内農産物価格も不安定な時期であったと想定される。
当時の肥料の消費額は,二億四千二百八十萬円であり,自給肥料が一億五
千萬円に対し,販売肥料が九千萬円で,その内海外からの輸入が五千萬円と
推定されており,まだまだ自給肥料が多い時代である。しかし,前述の国際
情勢を見通し「国家経済の面からこの時期国産を奨励し海外からの輸入を減
少せざるを得ない時代背景」に対応するため,一層の自給肥料の活用の啓発
が求められたことが本書を刊行した背景の一つでないかと想像しており,国
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大正時代初期の農業指導書にみる土壌・肥料について
家的な課題であることから河野農商務大臣が題字に登場したしたものと推察
している。
一方,著者は本書の中で自給肥料の利用拡大をすすめつつも,
「石灰窒素
や硫安等の窒素肥料を国内で生産することになれば国家の利益につながる」
とし,
「いたずらに輸入多きを恐れて農産物の生産額を減少させるは決して
得策ではないとしている。肥料の施用を節減するは,一面に農産物の生産額
を減少する所以で決して得策とはしない。要は相当に肥料使用量を増すと同
時に之が用法に注意して,其の結果仮に農産物を一割増収したとすれば,今
日農産物の総額十八億圓に対して十九億八千萬圓となり莫大なものと云わね
ばならぬ。人口増加に伴う食物の増加は勢い止むえぬ問題である。このため
食物の増加を図るには肥料をある点まで増加する必要があり,然らば,国家
経済より見ても肥料学講究の必要性は明らかである」と述べ,先を展望し学
識経験者としての主張を加えることを忘れていない。
この時代は,硫安など主な窒素質肥料は殆どが輸入に依存していた。明治
42年に石灰窒素の製造が開始されたが,これは日本独自技術の改良によるN
式窒化炉で生産されており,この本が発刊される大正5年にはD式窒化炉が
導入され一段と生産効率が向上し,国内での窒素肥料の生産が積極的に行わ
れた。その頃は石灰窒素そのものが窒素肥料として利用されたのは1割程度
で,硫安に変性し販売されており,大正14年に国内で合成法により硫安が生
産されてからは変性硫安の割合は漸減していく。現在のような副生硫安や回
収硫安と比較するといずれも高い肥料であったことは想像できる。
今日,温室効果ガスの排出削減など環境対策に加えて,農産物価格の低迷,
肥料価格の高騰の背景により,化学肥料の節減の取組みが行われている。背
景は異なるものの,堆肥の施用の促進や国内有用資源の活用が必要とされる
状況を鑑みるに,多少本書の内容と重ねて見えないわけではないが,増収
(食料自給率の向上)や生産力(地力維持・増進)の向上により食料自給力
を高める国家戦略の観点からみると当時の方が迫力を感じる。
以上「通俗肥料経済鑑全」の概要を紹介してきたが,明治40年頃にはかな
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りの農学書が刊行されているにもかかわらず,この書には文献が掲載されて
いないのである。しかし,表題の通俗肥料経済鑑全の「全」は,これを読め
ばすべてがわかることを目的として書かれていることから,著者は多くの文
献を参考にしながら当時の学術的な知識を最大限盛り込み執筆したことがう
かがえる。そのため,
「はじめに」に述べたように,近年の土壌・植物栄養
学の進歩からみるとやや抽象的な感じはするが,
「通俗」かつ「実用」を旨
としながら,本書から「肥料の施用にあたっては学理応用し,経済の方面よ
り講究する」という著者の思いは伝わってくる。
最後に本書に巡り合えたことに感謝して終わりにしたい。
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