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Agilent Technologies ネットワーク解析 ソリューション

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Agilent Technologies ネットワーク解析 ソリューション
Agilent Technologies
ネットワーク解析 ソリューション
タイム・ドメインを使ったフィルタ調整の
簡略化
アプリケーション・ノート1287-8
ご注意
2002 年 6 月 13 日より、製品のオプション構
成が変更されています。
カタログの記載と異なりますので、ご発注の
前にご確認をお願いします。
目次
はじめに ……………………………………………………………………………………3
フィルタ調整の困難さ ………………………………………………………………4
理想的な調整方法 ……………………………………………………………………4
バンドパス・フィルタの基本特性 ………………………………………………………5
シミュレートされたフィルタのタイム・ドメイン応答 ………………………………6
共振器調整の効果 ……………………………………………………………………7
結合アパーチャ調整の効果 …………………………………………………………8
フィルタ調整の実際的な例 ………………………………………………………………11
ネットワーク・アナライザのセットアップ ………………………………………11
例1:共振器だけの調整 ………………………………………………………………12
例2:標準フィルタに合わせた調整 …………………………………………………16
例3:シミュレーション結果をテンプレートとして使用 …………………………20
フィルタの損失の効果 ……………………………………………………………………21
より複雑なフィルタ ………………………………………………………………………22
クロス結合フィルタ …………………………………………………………………22
デュプレクサ …………………………………………………………………………25
結論 …………………………………………………………………………………………26
参考文献 ……………………………………………………………………………………26
まとめ:タイム・ドメイン・フィルタ調整のためのヒント …………………………27
付録A:バンドパス・フィルタの基本的デザインの理解 ………………………………28
付録B:フィルタ調整とネットワーク・アナライザのタイム・ドメイン機能 ………31
2
はじめに
無線通信サービスの増加に伴い、狭い周波数スペクトルにますます多くのチャネルが
詰め込まれていきます。干渉を避けるため、フィルタに課せられる条件はあらゆるシ
ステムで非常に厳しくなっています。無線通信システムでは、パワー・レベルとアイ
ソレーションの条件を満たすため、結合共振器フィルタを採用するのが普通です。こ
の種のフィルタを高速かつ正確に調整することは難しく、これが生産量の増加を制限
し、製造コストを押し上げる原因となります。
結合共振器空洞同調フィルタでは、各共振器の中心周波数を精密に調整する必要があ
ります。また、共振器間の結合を精密に設定することにより、正しいパスバンド応答
を実現し、リターン・ロス(反射)とパスバンド・リップルを抑える必要があります。
結合係数の設定と共振器の調整は、科学というより職人芸の領域であり、試行錯誤に
よる調整が必要です。最近までそれ以外の方法はなかったのです。
本アプリケーション・ノートでは、リターン・ロスのタイム・ドメイン応答を使って
フィルタを調整する方法を説明します。これにより、フィルタの調整が大幅に容易に
なります。タイム・ドメイン測定では各共振器の個々の応答と結合アパーチャを区別
できるので、各共振器を個別に調整できます。応答をこのように明確に識別すること
は周波数ドメインではきわめて困難です。所望のフィルタ応答を実現する結合係数を
精密に設定でき、結合構造と共振器の調整から生じる影響をただちに発見して対処
できます。
タイム・ドメイン調整法の最も大きな利点の1つは、経験の浅い技術者でも簡単な説
明を受けるだけで多極フィルタの調整を実行できることです。従来の調整方法はこれ
ほど簡単には習得できません。この方法はまた、従来の方法が苦手とした自動製造環
境にも適しています。
3
フィルタ調整の困難さ
結合共振器フィルタには相互作用があるため、どの共振器や結合エレメントを調整す
ればよいかを判断するのが難しくなっています。近似的に正しいフィルタ応答が得ら
れる調整方法はいくつかありますが、最終的な調整では、所望のフィルタ形状が得ら
れるまで各エレメントを見かけ上ランダムに調整しなければならない場合が多いので
す。熟練した技術者なら調整の正しい方向をつかむことができますが、複雑なフィル
タの調整を初心者が習得するには何ヶ月もかかるのが普通です。調整にかかる時間と
コスト、それに新人教育の手間とコストのために、企業の成長と、変化する顧客ニー
ズへの対応が遅れることにもなりかねません。
一部の企業では調整プロセスの自動化を試みています。ロボットに調整ねじを回させ、
アルゴリズム・プロセスによって調整を行います。調整アルゴリズムは扱いの難しい
問題です。特に調整の終わりに近い段階では、ステージ間の相互作用が大きすぎて最
終結果に到達できない場合があります。新しいフィルタ・デザインにはしばしば全く
新たなアルゴリズムが必要であり、要件の変化に応じたテスト設計はかえって困難に
なります。フィルタ・コンポーネントに影響する製造上の変化、例えば工具の摩耗や
ベンダの変更なども、アルゴリズムとプロセスの効率を低下させる原因となります。
場合によっては、調整済みのフィルタが製造プロセスの途中で温度サイクルなどの環
境ストレスにさらされたため、特性が変化することがあります。従来のフィルタ調整
方法では、このような場合にどの共振器や結合アパーチャを再調整すればよいかを判
断するのは困難です。
理想的な調整方法
これらの困難を解決する調整方法は、単純で、柔軟性が高く、決定性のものでなけれ
ばなりません。すなわち、各調整エレメント、共振器、結合アパーチャに対する個々
の調整目標が、フィルタの他のエレメントに依存しないものです。各調整ねじの応答
を容易に識別でき、相互作用があればただちに発見して対処できなければなりません。
理想的には、1つのねじは1回調整するだけですむべきです。さらに、この調整方法は
フィルタの種類や形状、極の数に依存しないものでなければなりません。
本アプリケーション・ノートで紹介する方法を使えば、調整が必要な共振器または結合
アパーチャを明確に識別でき、オペレータが相互作用を発見して修正できます。フィ
ルタは調整範囲内の任意の形状に合わせて調整できます。1つのねじを1回だけ調整す
ればすむという理想的な目標は達成できませんが、フィルタの調整プロセスを大幅に
簡略化かつ高速化できます。
4
バンドパス・フィルタの
基本特性
最初に、バンドパス・フィルタに関する基本的な事項と特性についてまとめておきます。
バンドパス・フィルタのデザインによく用いられる手法は、ローパス・フィルタの応
答を別の周波数を中心とした応答に変換することです。周波数を上にシフトするため
に、結合共振器、例えば集中定数LC共振器、同軸ライン共振器、空洞共振器、マイク
ロ波導波管共振器などが用いられます。本アプリケーション・ノートでは、共振器、
空洞共振器、空洞という3つの言葉を同じ意味で使います。バンドパス・フィルタの
デザインについては、付録Aで詳しく扱います。
フィルタの中心周波数は、共振器の設定によって決まります。多くのデザインでは、
すべての共振器を正確に中心周波数に設定します。共振周波数の計算では隣接する結
合の効果が考慮されます。
フィルタの形状、帯域幅、リップル、リターン・ロスは、すべて共振器間の結合係数
によって設定されます。正しく調整されていれば、共振器はフィルタ形状にほとんど
影響を与えません。唯一の例外として、入力と出力の共振器はフィルタの公称イン
ピーダンスを決定します。通常、インピーダンスを所望の値にするために入力または
出力に整合回路を使います。もちろん、共振器の調整が適切でなければ、リターン・
ロスと挿入損失は最適値になりません。
共振器は互いに結合されているので、1つの共振器を調整すると、隣接する共振器に
対して最も大きな影響が及び、それ以外の共振器に対してはそれより小さい影響が及
びます。影響の大きさは結合係数に依存します。
以上のことを念頭に置いて、新しいタイム・ドメイン調整手法の探求に入りましょう。
5
シミュレートされた
フィルタの
タイム・ドメイン応答
この調整方法の説明の手始めとして、バンドパス・フィルタのタイム・ドメイン応答
が調整によってどのように変わるかを、シミュレーションを使って検証します。最初
に扱うのは、比較的単純な、4つの結合構造を持つ5極結合共振器フィルタです。パス
バンド・リップルが0.25dBのチェビシェフ応答を示すようにデザインされています。
この例では、Agilentアドバンスド・デザイン・システム(ADS)のマイクロ波デザイ
ン・ソフトウェアを使ってフィルタ応答をシミュレートします。したがって、構成コン
ポーネントの正確な値が知られています。シミュレータで周波数掃引を実行し、結果
をベクトル・ネットワーク・アナライザ(VNA)にダウンロードします。ネットワー
ク・アナライザのタイム・ドメイン変換アプリケーションを使って、フィルタ調整の
結果を表示します。フィルタの回路図を図1に示します。
図1. 5極結合共振器バンドパス・フィルタの回路図
タイム・ドメイン調整の測定では、周波数掃引の中心をバンドパス・フィルタの所望
の中心周波数に設定する必要があります。この調整方法では正確にこの中心周波数に
フィルタが調整されるため、これはきわめて重要です。次に、予想される帯域幅の
2∼5倍程度にスパンを設定します。
図2に、フィルタの周波数応答と時間応答を示します。タイム・ドメインのS11応答に
はっきりしたディップ(凹部)があることに注目してください。これは、共振器が正確
に調整されていることを示す特徴的なヌルです。ヌルの間にあるピークは、後に示す
ように、フィルタの結合係数と関連があります。フィルタの共振器1∼5に対応する
ディップに、マーカ1∼5を配置しています。マーカ1の左にもいくつかディップがあ
りますが、これらはフィルタ応答に含まれません。一般に、フィルタ応答に対応する
ピークは、t<0領域にある無意味なピークよりもはるかに大きく、最初の共振器に対応
するディップがt=0付近にあるのが普通です。
5極フィルタの時間応答
変換(S11)
S11およびS21
5極フィルタの周波数応答
S21
S11
周波数、GHz
タイム・ドメイン・トレースの特徴的ディップ
時間(ns)
図2. バンドパス・フィルタの周波数ドメインとタイム・ドメインの応答
6
共振器調整の効果
時間応答波形/共振器2調整ずれ
周波数応答波形/共振器2調整ずれ
共振器2調整ずれ
共振器2調整ずれ
変換
(S11)
S11(理想波形と比較)
この例のフィルタは、理想的なデザイン値から出発します。これは定義上完全に調整
されているので、所望の応答を実現します。ここでは、共振器の調整でタイム・ドメ
インの応答がどう変わるかを理解するため、シミュレーションで共振器コンポーネン
トを変更して(調整をずらして)、タイム・ドメイン応答をモニタします。図3は、3つ
の条件でのタイム・ドメイン・トレースを示します(薄い色のトレースが理想応答)。
上のプロットは、共振器2を2%低い周波数にずらして調整したフィルタの応答です。
最初のディップは変化しませんが、2番目以降のディップは最小値を取らなくなりま
す。1個の共振器の調整を大きく(1%以上)ずらすと、それ以降の共振器のディップが
明らかにマスクされます。したがって、調整がずれている共振器を見つけるには、最
小値を取らない最初のディップを見つければよいのです。この例では、共振器2の調整
ずれのために2番目のヌルが最小値から外れています。
理想
(調整済み)
応答
理想応答
時間応答
(ns)
共振器3/4調整ずれ
共振器
4調整ずれ
理想
共振器
3調整ずれ
共振器3/4調整ずれ
変換
(S11)
S11
(理想波形と比較)
周波数応答
(GHz)
周波数応答(GHz)
共振器3調整ずれ
共振器4調整ずれ
理想
時間応答(ns)
図3. 共振器の調整に対するバンドパス・フィルタの応答
下のプロットは、共振器3だけを2%高くずらした場合と、共振器4だけを2%低くずら
した場合の応答を示します。ここでも、最小値を取らない最初のディップを探すこと
で、調整されていない共振器を容易に発見できます。別のシミュレーションから、特
徴的ディップが最小値を取るのは、対応する共振器が正しい値に設定されているとき
だけであることが示されています。どちらの方向に調整をずらしても、ディップは最
小値より大きい値を取ります。
7
この調整手法の鍵は、すべてのヌルができるだけ小さな値を取るように共振器を調整
することにあります。ほとんどの場合調整は独立していますが、出発点においてすべ
ての共振器が最終値から大きくずれている場合には、後の共振器を調整したときに前
の共振器の値が大きくなることがあります。この場合、前の共振器をもう一度調整す
る必要があります。後の共振器を調整してから前の共振器を再調整した場合、その後
に後の共振器を少し調整しても、前の共振器のディップにはほとんど影響がありません。
タイム・ドメイン測定の分解能の限界に詳しい方なら、タイム・ドメインの分解能が
測定対象の周波数スパンに反比例することをご存じのはずです。それでは、周波数スパ
ンがフィルタの帯域幅の2∼5倍程度にすぎないのに、フィルタの個々の共振器を識別
することがどうして可能なのでしょうか。付録Bで、タイム・ドメイン変換とバンド
パス・フィルタ測定との関係を詳しく説明します。
図3でもう1つ注目すべきなのは、共振器2の調整をずらしたときのS11周波数応答が、
共振器4の調整をずらしたときのS11応答とほとんど同じであることです。このことか
ら、周波数ドメイン測定だけでは調整対象の共振器を判別するのが難しいことがわかり
ます。
結合アパーチャ調整の効果
最初の結合係数を
10%増やした場合
理想
周波数、GHz
最初の結合係数を
10%増やした場合
S11時間応答
S11周波数応答
フィルタには、共振器しか調整できない単純なものと、結合も調整できるものがあり
ます。結合を調整したときの効果を理解するため、最初の調整済みフィルタのシミュ
レーションに戻ります。まず、最初の結合係数を10%増やします。図4に、結合係数
を変える前と後のS11応答を周波数ドメインとタイム・ドメインについて示します。周
波数ドメインでは、フィルタ帯域幅がわずかに広がり、リターン・ロスが変化してい
ます。これは直感的に理解できます。なぜなら、結合を増やせばフィルタを通過する
エネルギーが増えるので、帯域幅が広がるはずだからです。
理想
時間(ns)
図4. 最初の結合係数を増やした場合の効果(濃い色のトレースが変更後)
8
タイム・ドメインでは、最初のピークには変化がありませんが、2番目のピークが下
がっています。最初のピークが最初の結合係数に対応すると思いがちですが、最初の
結合係数は最初の共振器の後にあります。すでに見たように、最初の共振器に対応す
るのは最初のピークの後のディップです。実際には最初のピークは入力結合に対応す
るのですが、このフィルタでは入力結合は調整しません。
結合を増やしたときに2番目のピークが下がるのは理解できます。なぜなら、結合を
増やせば次の共振器に結合されるエネルギーが増え、反射されるエネルギーが減るの
で、その結合から反射されるエネルギーに対応するピークは下がるはずだからです。
後ろのピークが以前より高くなっていることに注目してください。最初の結合アパー
チャを介して結合されるエネルギーが増えるので、残りの結合アパーチャから反射さ
れるエネルギーも増えるのです。
最初の結合係数を変えると、残りのすべてのピークの応答が変化することは重要です。
これが意味するのは、結合係数の調整は入力に近い側から始めてフィルタの中央に向
かう順番で実行しなければならないということです。そうしないと、入力近くの結合
が正しく調整されていないために、内側の結合係数の真の応答がマスクされるおそれ
があります。
2番目の結合係数を
10%減らした場合
理想
周波数、GHz
2番目の結合係数を
10%減らした場合
S11時間応答
S11周波数応答
次に、最初のフィルタから2番目の結合係数を10%減らした場合を考えます。図5に示
すように、周波数ドメインではフィルタの帯域幅がわずかに狭まり、リターン・ロス
が変化しています。これも理解できます。なぜなら、結合を減らせばフィルタを通過
するエネルギーが減り、帯域幅が狭まるはずだからです。
理想
時間(ns)
図5. 2番目の結合係数を減らした場合の効果
(濃い色のトレースが変更後)
9
タイム・ドメイン・トレースを見ると、最初の2つのピークには変化がありませんが、
3番目のピークが高くなっています。これは、結合が減ると反射されるエネルギーが
増えるという事実と一致しています。この後の共振器とアパーチャに結合されるエネ
ルギーは減るので、この後のピークはすべて下がっています。このように、タイム・
ドメイン応答を見ればそれぞれの結合を変更した場合の効果を区別できるので、結合
を個別に調整できます。これに対して、図4のS11周波数応答は図5のものとよく似てお
り、周波数ドメインの応答からどの結合が変化したかを知るのは難しいことがわかり
ます。
こうして、タイム・ドメインの反射トレースで各共振器のヌルの間にあるピークと、
結合係数との間に関連があることがわかりました。正確にはこの関係は、フィルタ帯
域幅と、タイム・ドメイン変換の計算に用いられる周波数掃引との比にも依存します。
周波数掃引の幅が(フィルタ帯域幅に比べて)広いほど、反射される全エネルギーが増
え、ピークが高くなります。
1つのステージの結合を変更すると以降のピークの高さも変化するため、ピークの高
さを求めるのは困難です。タイム・ドメイン応答と結合係数との関係を詳細に説明す
ることは、本アプリケーション・ノートの範囲を超えています。結合係数だけからピー
クを求めることは困難でも、所望のピーク値が決まれば、タイム・ドメインで直接ア
パーチャを調整できます。所望のピーク値を決める1つの方法は、次のセクションで
説明するようにテンプレートを使うことです。
10
フィルタ調整の
実際的な例
共振器や結合アパーチャの調整とタイム・ドメイン応答との関係が理解できたので、
次にはこの理論を実際の問題に適用してみます。
アパーチャが固定された多極空洞フィルタの場合、最適なフィルタを実現するために
必要なのは、タイム・ドメインの特徴的ディップを調整することだけです。結合係数
が可変のフィルタの場合、目標となるタイム・ドメインのトレース(テンプレート)に
合わせて結合を調整するのが最も容易な方法です。目標となるタイム・ドメイン応答
を決めるには、いくつかの方法があります。その1つは、同じ構造を持ち、所望のフィ
ルタ形状に対して最適に調整された標準フィルタを使うことです。標準フィルタを測
定し、データをアナライザのメモリに記憶します。その後、それと同じ応答を示すよ
うに他のフィルタを調整します。
もう1つの方法は、Agilentアドバンスド・デザイン・システムなどのシミュレーショ
ン・ツールを使ってフィルタを作成することです。シミュレートされた応答をネット
ワーク・アナライザにダウンロードし、テンプレートとして使用します。この方法は、
フィルタ・タイプをきわめて柔軟に選択できるので、非常に効果的です。1つだけ注
意すべきことは、共振器のQ値と、結合アパーチャおよび共振器の調整範囲が、実際
のフィルタでは制限されることです。実際のフィルタの構造の制限に合わせた属性を
シミュレーションで使用することが重要です。
このセクションでは最初に、タイム・ドメインでバンドパス・フィルタを調整するた
めのネットワーク・アナライザのセットアップについて説明し、次に実際のフィルタ
の共振器と結合アパーチャを調整する3つの例を紹介します。
ネットワーク・アナライザのセットアップ
きわめて重要なのは、アナライザの周波数掃引の中心周波数と、フィルタの所望の中
心周波数とを一致させることです。タイム・ドメインでのフィルタ調整では、フィル
タの中心がこの周波数に設定されるからです。周波数スパンは、フィルタの帯域幅の
2∼5倍に設定します。スパンが狭すぎると、フィルタの個々のセクションを区別する
のに必要な分解能が得られません。一方、スパンが広すぎると、反射されるエネルギ
ーが大きすぎてチューニング感度が低下します。
主要な測定対象のパラメータはS11(入力整合)です。ただし、フィルタの半分より後
のタイム・ドメイン応答では、応答が識別しにくくなることがあります。ローパス・
フィルタの場合でも、フィルタの損失のために、入力と出力の間にはリターン・ロス
の大きな差が存在します。さらに、入力または出力から離れた結合や共振器からの反
射を小さく見せるマスキング効果が存在します。これは、入射エネルギーの一部がデ
バイスの前の部分での反射により失われることから来ています。このような理由から、
最も効果の高い調整方法は、フィルタの両側を同時に調べることです。このためには、
Sパラメータ・テスト・セットを装備したネットワーク・アナライザが便利です。調
整の際には、ネットワーク・アナライザのデュアル・チャネル・モードを使って、2
番目のチャネルで逆方向リターン・ロス(S22)を測定します。このセットアップでは、
S11応答を使って最初の半分の共振器と結合を調整し、残りのものをS22応答を使って
調整します。注意すべきこととして、共振器や結合アパーチャを数えるときは、その
測定で信号がフィルタに入る方のポートを起点とします。すなわちS11の場合、最初の
ディップは入力ポートに最も近い共振器に対応します。S 22の場合、最初のディップ
は出力ポートに最も近い共振器に対応します。
11
ネットワーク・アナライザのタイム・ドメイン・セットアップでは、バンドパス・モー
ドを使用します。スタート時間とストップ時間は、個々の共振器が見えるように設定
する必要があります。通常のフィルタでは、スタート時間を0時間より少し前に、ス
トップ時間をフィルタの群遅延の2倍より少し長く設定します。所望の帯域幅がわか
っている場合、スタート時間をt=−(2/πBW)に、ストップ時間をt=(2N+1)/(πBW)
に設定すれば、ほぼ正しい設定が得られます(ここでBWはフィルタの予測帯域幅、N
はフィルタのセクション数)。この設定では、フィルタの時間応答の開始前と終了後
に余分のタイム・ドメイン応答が少しだけ入ります。S11とS22の両方の応答を使って
フィルタを調整する場合、ストップ時間をもっと小さくできます。時間的に後ろの方
(出力ポートに近い方)の共振器の調整には、S22応答が用いられるからです。
タイム・ドメイン応答の表示フォーマットとしては、対数振幅(dB)を使います。画面
の最上部を0dBにしておくと便利です。
例1:共振器だけの調整
最初の例は、アパーチャが固定の単純な5極空洞フィルタです。中心周波数の調整に
使えるのは共振器だけです。このフィルタの中心周波数は2.414GHzであり、3dB帯域
幅は12MHzです。ネットワーク・アナライザの中心周波数をフィルタのものと等しく
設定し、スパンを50MHzに設定します。デュアル・チャネル・モードを使ってS11と
S22を表示します。タイム・ドメイン応答の掃引範囲は−50ns∼250nsに設定します。
経験的に、調整は入力/出力側から始めて中央に向かうのがよいことがわかっていま
す。図6に示すのは、最初と5番目の共振器を調整した後のタイム・ドメイン応答です。
入力側から見て最初の共振器はS11の最初のディップに対応し、5番目の共振器(逆方向
から見れば最初のもの)はS22の最初のディップに対応します。これらの応答はマスキ
ングの好例になっています。5番目の共振器は正しく調整されているにもかかわらず、
S11応答からはそのことがわかりません。同様に、最初の共振器が正しく調整されてい
ることがS22応答からはわかりません。
CH1 S11
LOG
8 dB/
REF 0 dB
LOG
8 dB/
REF 0 dB
PRm
C
CH2 S22
PRm
C
START -50 ns
STOP 250 ns
図6. 5極フィルタの共振器1と5を調整した後のタイム・ドメイン応答
12
次に2番目の共振器を調整します。この際、最初の共振器のディップが最小値を取る
ように、必要に応じて再調整します。次に出力側に移り、4番目の共振器を調整しま
す。やはり必要に応じて5番目を再調整します。最後に、中央の3番目の共振器を調整
します。この際必要に応じて2番目と4番目の共振器を再調整します。場合によっては、
それぞれの共振器に戻って応答を微調整しなければならないこともあります。図7は、
フィルタを調整した後のタイム・ドメイン応答を示します。図8と9は、周波数ドメイ
ンの反射応答と伝送応答を示します。調整中に周波数ドメインを見ていないにも関わ
らず、中心周波数が正確に2.414GHzに設定されていることに注目してください。周波
数ドメインの調整方法では、フィルタの形状が正しくても中心周波数がわずかにずれ
る場合があります。タイム・ドメインの調整方法では中心周波数がきわめて正確に設
定されます。
CH1 S11
LOG
8 dB/ REF 0 dB
LOG
8 dB/
PRm
C
CH2 S22
REF 0 dB
PRm
C
START -50 ns
STOP 250 ns
図7. 5極フィルタのすべての共振器を調整した後のタイム・ドメイン応答
13
CH1 S11
LOG
2 dB/
REF 0 dB
LOG
2 dB/
REF 0 dB
PRm
C
CH2 S22
PRm
C
CENTER
2 414 . 000 000 MHz
SPAN 50 . 000 000 MHz
図8. 最終的な反射周波数応答
CH1 S21
LOG
2 dB/
REF 0 dB
1: -1 . 5834 dB
2 414 . 500 000 MHz
1
CH1 Markers
2
4
3
BW: 12 . 813259
MHz
cent : 2414 . 001287
MHz
Q: 188 . 40
PRm
1_loss : -1 . 5834 dB
C
CH2 S12
LOG
2 dB/
REF 0 dB
1: -1 . 5871 dB
2 414 . 500 000 MHz
1
CH2 Markers
2
3
4
2: -1 . 5838 dB
2. 41400 GHz
3: -2 . 9687 dB
2. 40759 GHz
PRm
4: -3 . 0301 dB
2. 42040 GHz
C
CENTER
2 414 . 000 000 MHz
SPAN 50 . 000 000 MHz
図9. 最終的な伝送周波数応答
14
今度は、フィルタの中心周波数を(例えば2.42GHzに)変更したい場合を考えます。こ
の場合、アナライザの中心周波数を新しい周波数に設定して、同じ調整プロセスを繰
り返すだけです。図10の太線は、アナライザの中心周波数を2.42GHzに設定して
2.414GHzのフィルタを測定したときのタイム・ドメイン応答です。元のタイム・ドメ
イン応答は薄い色で示されています。明らかに共振器のディップは最小値を取ってい
ないので、再調整が必要です。共振器を調整してディップを再び最小値にすることで、
中心周波数2.42GHzに調整されたフィルタが得られます。
CH1 S11 &M
LOG
8 dB/
REF 0 dB
PRm
C
CH2 S22 &M LOG
8 dB/
REF 0 dB
PRm
C
START -50 ns
STOP 250 ns
図10. 中心周波数を変更したタイム・ドメイン応答
15
例2:標準フィルタに合わせた調整
2番目の例では、8極のフィルタで、4個の調整可能なステージ間結合構造と、入力お
よび出力結合を持つものを扱います。以下の説明では、熟練した技術者が調整した標
準フィルタを使って、所望の周波数応答とリターン・ロスを測定します。もう1個の
未調整のフィルタ(図11)をテスト例として使います。図12は、2個のフィルタのタイ
ム・ドメインと周波数ドメインのプロットです。4パラメータ表示モードを使って、
S11とS22(入力および出力リターン・ロス)をタイム・ドメインと周波数ドメインで表
示しています。
図11. 例2と3で使用する8極7アパーチャ・フィルタ
16
CH1
S11
LOG
5 dB/
REF 0 dB
CH2
S11
&M
PRm
PRm
Cor
Cor
START-20
CH3
S22
ns
LOG
STOP
5 dB/
80
ns
REF 0 dB
&M
START-20
ns
STOP
80
ns
LOG
START
1060
CH4
S22
LOG
START
5 dB/
REF 0 dB
&M
. 000
MHz
STOP
5 dB/
1380
. 000
MHz
. 000
MHz
REF 0 dB
&M
1060
. 000
MHz
STOP
1380
図12. 標準フィルタの応答
(薄い色のトレース)
と同じタイプの未調整フィルタ
(濃い色のトレース)
事前の調整として、テスト・フィルタの結合ねじ(写真の長いねじ)を標準フィルタと
ほぼ同じ高さにしておきます。これは調整前に結合アパーチャを正しい値に近づける
ためによく用いられる方法です。ただし、あらかじめ調整されたフィルタがないとこ
の方法は使えません。
このフィルタの調整の最初のステップでは、ステージ間結合は正しい値に近いと仮定
し、結合ねじは使わずに共振器だけでフィルタを最適に調整します。このフィルタの
設定は、中心周波数が1220MHz、スパンが約320MHzです。フィルタの帯域幅は約
80MHzなので、最初はタイム・ドメインを約 −8ns( −2/πBW)から約70ns((2N +1)/
πBW)までに設定します。最初のチューニングがすんだ時点で、−20nsから80nsまで
が適切な時間設定であることがわかります。
例1と同様、外側の2個の共振器から始めて中央の共振器に至るまで、8個の共振器を
順に調整します。それぞれの共振器の調整は、応答を最小化する(ディップをなるべ
く深くする)ことにより行われます。この例でも、最初に外側の2個の共振器(1と8)
を、S11とS22を見ながら調整し、1つ内側の共振器(2と7)を調整した後、最初の2個を
再調整します。3組目の共振器(3と6)を調整した後、2組目(2と7)を再調整します。こ
れを4と5に対しても繰り返します。この初期調整が終わると、フィルタはかなり良好
な周波数応答を示しますが、所望の応答とは一致しません。そこで今度は結合構造を
調整します。
17
CH1
LOG
S11 &M
5 dB/
REF 0 dB
CH2
LOG
S11 &M
PRm
PRm
Cor
Cor
START-20
ns
CH3
LOG
S22 &M
START-20
STOP
5 dB/
ns
80
ns
REF 0 dB
STOP
80
START
1060
5 dB/
. 000
CH4
LOG
S22 &M
ns
START
1060
MHz
5 dB/
. 000
MHz
REF 0 dB
STOP
1380
. 000
MHz
. 000
MHz
REF 0 dB
STOP
1380
図13. 標準フィルタの応答(薄い色のトレース)と共振器だけを調整したフィルタ
(濃い色のトレース)
結合構造を調整する際には、タイム・ドメイン応答のピークが見やすいようにスケー
ルを変更します。この例では、4パラメータ表示機能を使って、フル・スケールのタ
イム・ドメイン応答とピークの拡大表示を同時に表示できます。この画面を使えば、
ピークとディップの両方を容易に調整できます。結合を調整するには、まず入力と出
力に最も近い結合アパーチャを調整し、中央に向かって進みます。これは、外側の結
合が正しく調整されていない場合に発生するマスキング効果を避けるためです。ねじ
を下げる方向に回すと、結合が増えます(ピークは低下)。1個の結合ねじを調整した
ら、その両側の共振器を再調整して、ディップができるだけ深くなるようにします。
これを外側から内側に向かって行います。図14は、結合構造と共振器を外側から内側
まで1回調整した結果です。
18
CH1
LOG
S11 &M
5 dB/
CH2
LOG
S11 &M
REF 0 dB
PRm
PRm
Cor
Cor
START-20
ns
CH3
LOG
S22 &M
START-20
STOP
5 dB/
ns
80
ns
80
1060
. 000
CH4
LOG
S22 &M
REF 0 dB
STOP
START
5 dB/
ns
START
1060
MHz
5 dB/
. 000
MHz
REF 0 dB
STOP
1380
. 000
MHz
. 000
MHz
REF 0 dB
STOP
1380
図14. 標準フィルタの応答(薄い色のトレース)と、結合と共振器を調整したフィルタ
(濃い色のトレース)
このフィルタ応答は、テンプレート・フィルタとほぼ一致しています。入力と出力の
結合は(したがってリターン・ロスも)対称ではありませんが、これはテンプレートの
標準フィルタでも同じです。フィルタが無損失なら、入力と出力の整合は等しくなり
ます。フィルタの損失のために、入力の整合が出力の整合と一致しなくなります。入
出力の整合が正確に一致するようにこのフィルタを調整することは可能ですが、損失
のあるフィルタの場合、1つの整合を改善すると必ずもう1つの整合が悪化します。
もう1つ注目すべきこととして、タイム・ドメインで調整されたフィルタのリター
ン・ロスは、標準フィルタよりも優れています。標準フィルタは熟練した技術者が調
整したものですが、タイム・ドメインの調整プロセスから見れば、最初の共振器の調
整が最適でないことがわかります。
19
例3:シミュレーション結果をテンプレートとして使用
最後の例では、フィルタ調整用のテンプレートとして、シミュレートされたフィルタ
応答を使います。理想8極チェビシェフ・フィルタがシミュレートされ、帯域幅やリッ
プルの値は任意に選択できます。この例では、広い帯域幅と大きいリップルが選ばれ
ています。例2で使ったのと同じフィルタを、この新しいフィルタ形状に合わせて調
整します。このサンプル・フィルタでは入出力結合が調整できないため、実現できる
フィルタ形状に制限があります。この例では、帯域幅を固定し、サンプル・フィルタと
同じ入力結合の値をタイム・ドメインで与えるリターン・ロスが選ばれました。
シミュレーションの周波数応答をネットワーク・アナライザにダウンロードし、テン
プレートとして使用します。シミュレーションでは、共振器構造に損失を付加するこ
とで、実際のフィルタの全損失を近似しています。これにより、シミュレーションで
得られるS11とS22が、フィルタの実際のタイム・ドメイン応答とよく一致するように
なります。損失の効果については、次のセクションで詳しく説明します。
例2の手順で個々の結合アパーチャと共振器を調整することにより、シミュレーショ
ン結果のテンプレートと同じ時間応答が得られます。最後の結合構造は調整できませ
んが、応答全体に影響を与えない程度には近くなっています。
図15に示すのは、シミュレーション結果のトレースと、最終調整後のフィルタの応答
です。結果はきわめてよく一致しています。フィルタがタイム・ドメインだけで調整
されたこと、および、シミュレーションでは容量結合した集中定数エレメントを使っ
たのに対し、実際のフィルタには磁気結合した分布定数エレメントが使われているこ
とを考えると、この結果は驚くべきものです。この手法を使えば、シミュレート可能
なほぼあらゆるフィルタ形状をテンプレートに使って、実際のフィルタを(エレメン
トが調整可能な限り)、容易に、しかも決定された手順で調整できます。結合構造と
共振器構造がタイム・ドメインで1つ1つ区別できるため、この手法は経験の浅い技術
者でも容易に実行できます。
タイム・ドメインのS11、シミュレーションと実際
実際S11
実際S21
変換S11
S11およびS21
シミュレーション結果と調整された実際のフィルタ
シミュレーションS11
シミュレーションS21
周波数、GHz
シミュレーション
実際
時間(ns)
図15. シミュレーション結果のフィルタと、タイム・ドメイン応答が一致するように調整された
実際のフィルタ
20
フィルタの損失の効果
シミュレーションでタイム・ドメイン・トレースを生成する際に、損失の効果を考慮
することについて先に述べました。損失のあるフィルタでは、無損失のフィルタに比
べてタイム・ドメイン・トレースのピークが下がります。ピーク・レベルの差は、フィ
ルタの後ろの方のアパーチャほど大きくなります。このため、無損失フィルタのシミュ
レーションで得られたテンプレートを使って損失のあるフィルタを調整すると、結合
係数が正しくない値に設定されるおそれがあります。
損失のあるフィルタの結合アパーチャを、無損失フィルタのテンプレートに合わせて
設定しようとすると、タイム・ドメイン・トレースのピークを適切な値よりも大きく
しなければならないので、結合を減らすことにより反射を増やす必要があります。す
べてのピークを一致させることは通常不可能です。特に、フィルタの後ろの方のアパー
チャほど難しくなります。なぜなら、図5で見たように、1つの結合係数を減らすと
対応するピークは上がりますが、それ以降のピークはすべて下がるからです。
周波数ドメインで結果を見ると、リターン・ロスを近づけることはできますが、図16
に示すように、反射が大きいためにフィルタ帯域幅が狭くなります。
S21周波数応答
S11周波数応答
損失のある
フィルタの応答
無損失
テンプ
レート
無損失
テンプレート
周波数、GHz
損失のある
フィルタの応答
周波数、GHz
S11タイム・ドメイン応答
無損失テンプレート
損失のあるフィルタ
時間(ns)
図16. 無損失フィルタと損失のあるフィルタの比較
フィルタの損失は多くの場合に無視できますが、高次のフィルタの場合には、各共振
器の損失をモデルで考慮しなければならないことがあります。さらに、多くのシミュ
レータでは、フィルタ形状に損失を適用することはできても、フィルタ全体に損失を
分布させることはできません。このため、損失を正しく考慮するには、損失のある共
振器の間にディスクリート結合を配置して、フィルタ構造を作成しなければならない
場合があります。
21
フィルタのリターン・ロスを無損失フィルタのシミュレーションに合わせるには、損
失のあるフィルタを主にS 11(入力)側から調整しなければならない場合があります。
フィルタの損失のために、S22のタイム・ドメイン応答が無損失フィルタと異なるから
です。ほとんどの場合、順方向反射および伝送(S11とS21)のほうが重要なので、S11側
から調整した方がよい結果が得られます。
無損失フィルタをテンプレートとして使う場合、ピークが完全に一致しないように結
合アパーチャを調整しなければならない場合があります。すなわち、フィルタの損失
を考慮するため、ピークをわずかに低く調整します。
クロス結合フィルタ
フィルタには、一般的な全極フィルタのほかに、もっと複雑なものもあります。空洞
共振フィルタにはクロス結合を持つものがあり、楕円フィルタの応答と同様の伝送ゼ
ロが実効的に付加されます。これらのゼロは伝送応答にきわめて狭いアイソレーショ
ン領域を生じるため、フィルタの通過帯域のエッジに近い場合、タイム・ドメインの
フィルタ応答が歪んで、近くの共振器に対応するヌルが見られなくなることがありま
す。一般に、クロス結合されない共振器に対しては、すでに説明したヌル化法が使用
できます。では、クロス結合された共振器はどうすればよいでしょうか。
ある種のフィルタは、図17に示すような対称的な伝送ゼロを示します。通過帯域の両
側にゼロの応答が見られます。これらのフィルタの調整には、すでに説明した方法が
一般に使用できます。ゼロの対称性のために、クロス結合された共振器が他の共振器
とほぼ同じ周波数になるため、タイム・ドメインの深いヌルを調整することにより、
すべての共振器を正しい値の近くに調整できます。
さらに微調整が必要な場合は、周波数ドメインで調整するか、次のセクションで説明
する手法を使います。
S11およびS21
より複雑なフィルタ
S21
S11
周波数、GHz
図17. 対称的な伝送ゼロを持つフィルタの伝送応答と反射応答
22
S11およびS21
図18に示すように非対称的なゼロを持つフィルタの場合、クロス結合された共振器の
周波数が他の共振器と等しくないため、ネットワーク・アナライザの中心周波数を
フィルタの中心周波数に設定して測定しても、クロス結合された共振器に対応するタ
イム・ドメイン応答のディップは最小値になりません。テンプレートに合わせて共振
器を調整しても、同じ振幅応答を示す調整ねじの設定が複数あるため、正しい応答が
得られない場合があります。フィルタのタイム・ドメイン応答をシミュレーションで
調べたときに、共振器を高く調整しすぎても低く調整しすぎてもディップが最小値よ
り高くなったことを思い出してください。設定が1つに決まるのは、ヌルを対象に調
整している場合だけです。しかし、これに対応するようにタイム・ドメインのフィル
タ調整手法を修正することは可能です。
S21
S11
周波数、GHz
図18. 非対称的な伝送ゼロを持つフィルタの伝送応答と反射応答
これまで調べてきた全極フィルタの場合、結合の効果を考慮して、すべての共振器が
同じ周波数に調整されていました。ネットワーク・アナライザの中心周波数をこの周
波数に設定して、タイム・ドメインで反射応答を測定したときに、それぞれの共振器
がアナライザの中心周波数に調整されていれば、対応するヌルが見られました。非対
称的な応答を示すフィルタの場合、クロス結合された共振器の正しい周波数が求めら
れれば、アナライザの中心周波数をこの新しい値に設定し、クロス結合された共振器
に対応するディップを最小値に調整することにより、共振器を正しく調整できるはず
です。そこで問題になるのは、クロス結合された共振器の正しい周波数をどうやって
求めるかです。
1つの方法は、フィルタ・デザインに基づいて正しい周波数を数学的に計算すること
です。このためには、シミュレーション・ツールが役に立ちます。
23
もう1つの方法は、標準フィルタ(テンプレート)を使って正しい周波数を経験的に求
めることです。アナライザの1つのチャネルを周波数掃引に、もう1つのチャネルをタ
イム・ドメイン応答に設定します。クロス結合された共振器に対応するディップをタ
イム・ドメイン・トレースから見つけます。アナライザの掃引の中心周波数をゆっく
りと変化させながら、このディップの変化を観察します。アナライザの中心周波数が
その共振器の正しい周波数に設定されたときに、ディップが最小値に達するはずです。
この結果を使って、その共振器を調整するためだけの新しい機器ステートを作成しま
す。クロス結合されていない共振器に対しては、今まで通りアナライザの中心周波数
をフィルタの中心周波数に設定して調整できるのが普通です。ただし、結合の条件に
よっては、クロス結合された共振器が隣接する共振器の周波数をフィルタの中心周波
数からわずかにずらすため、隣接するいくつかの共振器に対しても上記の方法を使わ
なければならないこともあります。
一般に、結合アパーチャの調整に対してクロス結合が与える影響はわずかです。これ
は、クロス結合の大きさが通常は小さく、結合アパーチャに対応するタイム・ドメイ
ン応答のピークにあまり影響を及ぼさないからです。
クロス結合共振器を持つフィルタに対する推奨される調整手順は次の通りです。
1. 例2で示したように、結合ねじを事前調整します(標準フィルタに物理的な設定を合
わせる)。
2. アナライザの中心周波数をフィルタの中心周波数に設定し、すべての共振器をディッ
プが最小になるように調整して、正しい設定に近づけます。この時点では、クロス
結合された共振器の誤差は無視します。
3. 結合アパーチャを調整して、タイム・ドメイン応答をテンプレートに一致させます。
4. 共振器に戻って、クロス結合された共振器と、その他フィルタの中心周波数以外の
周波数に調整しなければならない共振器を微調整します。
24
デュプレクサ
タイム・ドメインを使ったデュプレクサの調整が問題になるのは、通過帯域が互いに
近すぎる場合です。通過帯域の間に少なくとも帯域幅1つ分の間隔があり、アナライ
ザのスパンを帯域幅の2倍に設定してももう1つのフィルタが見えなければ、本アプリ
ケーション・ノートで説明した方法でデュプレクサを調整できます。通過帯域の間隔
が帯域幅よりも狭い場合、もう1つのフィルタの応答が干渉し、個々の共振器の応答
をタイム・ドメインで明確に区別できないことがあります。この場合、タイム・ドメ
インである程度の調整は可能ですが、完全な調整には他の方法を併用する必要があり
ます。
多くのデュプレクサでは、アンテナ・パスに共通エレメント(1個または複数の共振器)
があり、これがTx-AntとAnt-Rxの両方のパスの応答に寄与します。共通の共振器を調
整するには、どちらかの通過帯域の中心周波数ではなく、Rx帯域とTx帯域の間の中心
周波数に合わせる必要があります。
クロス結合共振器フィルタとデュプレクサはやや高度な主題であり、さらに調査が必
要です。これらのフィルタを対象としたタイム・ドメイン・フィルタ調整手法の改良
については、現在研究中です。
25
結論
フィルタの調整を容易にする手法はいろいろと試みられてきましたが、十分に成功し
たものは今日まで1つもありません。これは、結合の相互作用などの性質を考慮しな
い手法では、本質的に結合共振器フィルタを十分に扱えないからです。本アプリケー
ション・ノートで説明した方法は、この問題の解決に向かう大きな一歩です。これを
使えば、結合アパーチャを調整して調整範囲内の任意のフィルタ形状に合わせること
ができ、共振器を調整して完全に整合したフィルタを得ることができます。この際、
相互作用をただちに発見して修正できます。
クロス結合フィルタなど、一部のフィルタに対してはなお研究が必要ですが、フィル
タ調整を容易にするという点ではこの手法はすでに十分有望であり、製造ラインでの
自動フィルタ調整に使われている現在主流の手法を不要にする可能性を持っていま
す。それどころか、このタイム・ドメイン調整法により、自動化が始めて実用的なも
のとなるかもしれないのです。未経験の技術者を短時間で訓練するためには、この方
法は間違いなく有効です。これらの特長だけからも、この方法の実現とさらなる研究
の価値があります。
参考文献
The Fourier Transform and Its Applications, second edition, Ronald N.
Bracewell, McGraw-Hill, 1978.
Electronic Filter Design Handbook,(Chapter 5), Williams and Taylor, McGrawHill, 1988.
Filtering in the Time and Frequency Domains, Blinchikoff and Zverev, John
Wiley & Sons, 1976.
“Simplify Filter Tuning in the Time Domain,” Joel Dunsmore, Microwaves and
RF, March 1999, pp. 68-84
26
まとめ:
タイム・ドメイン・
フィルタ調整のための
ヒント
❏ ネットワーク・アナライザの中心周波数を、フィルタの中心周波数に設定します。
❏ 周波数スパンを、フィルタの帯域幅の2∼5倍に設定します。
❏ 掃引速度と分解能の最適なトレード・オフとして、201ポイントの掃引を使います。
❏ 1つのチャネルでS 11を、もう1つのチャネルでS22を測定します。必要なら、4パラ
メータ表示を使って周波数ドメインとタイム・ドメインの応答を同時に観察できま
す。調整中に2つの領域を観察することにより、フィルタ応答の最適化をより見通
しよく実行できます。
❏ バンドパス・タイム・ドメイン変換を選択します。
❏ タイム・ドメインのスタート値は、共振器の遅延1つ分程度マイナス側に取ります。
すなわち、t=−(2/πBW)程度です。ストップ値は、フィルタ全体の遅延の2∼3倍
に取ります。すなわち、t=(2N+1)/(πBW)程度です。ここで、Nはフィルタのセ
クション(共振器)の数、BWはフィルタの3dB帯域幅(Hz)です。
❏ 対数振幅フォーマット(dB)を使い、基準位置を10(目盛りのいちばん上)、基準値
を0dBに設定します。
❏ フィルタのアパーチャが調整可能な場合、結合ねじをだいたい正しい位置に設定し
ておきます。例えば、標準フィルタと同じ物理的高さに調整します。
❏ 最初に共振器を調整します。タイム・ドメイン・トレースのディップが最も低くな
るようにします。入力側と出力側の共振器から始め、中央に向かって進みます。
❏ 1つの共振器を調整すると、その前の共振器がわずかにずれることがあります。こ
の場合、前の共振器を再調整した後、現在の共振器をもう一度調整します。
❏ 結合アパーチャを、入力側と出力側から中央に向かって調整していきます。1つの
結合ねじを調整し終わったら、その両側の共振器を再調整して、ディップができる
だけ低くなるようにします。
❏ フィルタにクロス結合共振器がある場合、クロス結合共振器をそれぞれの正しい周
波数に微調整します。
❏ 調整プロセスを最低1回繰り返して微調整を行い、必要に応じて所望の応答が得ら
れるまで繰り返します。
27
付録A:
バンドパス・フィルタの
基本的デザインの理解
多くのバンドパス・フィルタは、必要とされる特性(パスバンド・リップル、入力リ
ターン・ロス、阻止帯域除去比など)を持つローパス型のプロトタイプを出発点とし
てデザインされます。これらの特性を与えるプロトタイプ・ローパス・フィルタ・エ
レメントの値は、フィルタ・デザインに関するたいていの本に載っています(「参考文
献」参照)。このプロトタイプ・ローパス・フィルタをバンドパス・フィルタに変換
するため、インダクタとキャパシタをLC回路に変え、各LC回路の中心周波数をバン
ドパス・フィルタの中心周波数にします。図19は、プロトタイプ3エレメント・ローパ
ス・フィルタと、対応するバンドパス・フィルタの構造を示します。フィルタ・エレ
メントの値を計算するための式は、フィルタ・デザインの本に載っています。
R1
LI
CI
CII
R1
CII
CI
LI
R1
LII
CIII
LIII
R1
図19. 3エレメント・プロトタイプ・ローパス・フィルタと、対応するバンドパス・フィルタ
このデザイン手法では、おおむね所望のフィルタ形状を持つフィルタが得られます。
しかし、この方法で狭帯域フィルタ(中心周波数に対して帯域幅が10%以下のもの)を
デザインすると、実現不可能なLCエレメントになることがあります。この種の狭帯域
フィルタのために、結合共振器を主要エレメントとする別のデザイン方法が開発され
ました。この方法では、各共振器を、隣接する結合エレメントの影響を考慮した上で、
フィルタの中心周波数に調整します。共振器の中心周波数を計算する際には、隣接す
る結合キャパシタがグランドに短絡されているものとして扱います。これにより、結
合キャパシタのキャパシタンスが共振器のキャパシタンスと並列になります。図20は、
図19のバンドパス・フィルタを等価な結合共振器構造に変換したものを示します。
28
3極結合共振器フィルタ
R1
C23
C12
CI
LI
CII
LII
R1
CIII
LIII
図20. 等価3極結合共振器フィルタ
結合共振器デザイン手法のもう1つの特徴は、フィルタのタイプと次数を変えた場合、
共振器構造の間の結合係数だけが変化するということです。このため、共振器が正し
く調整されていれば、フィルタの形状、帯域幅、リップル、リターン・ロスは共振器
セクション間の結合にのみ依存します。このフィルタは、プロトタイプ・ローパス・
フィルタのシェープ・ファクタを維持しています。
回路シミュレーション・プログラムを使って、数学的に単純な3極バターワース・ロー
パス・フィルタの応答をモデリングしました。タイム・ドメイン変換を使ってこのフィ
ルタの応答を観察すると、タイム・ドメイン変換の特徴的なヌルが実際にフィルタ・
デザインに起因することがわかります。このシミュレーションをバンドパス・フィル
タに対して行うと、ローパス・プロトタイプと正確に同じタイム・ドメイン反射イン
パルス振幅応答を示すことがわかります。ローパス・プロトタイプのインパルス応答
には特徴的なディップがあり、このフィルタには調整可能なコンポーネントがないの
で回路エレメントの値が最適であることから、正しく調整されたバンドパス・フィル
タにもディップが存在するであろうと考えられます。
共振器に用いたれるエレメントの実際の値は重要ではありませんが、入出力インピー
ダンスには影響するため、入出力結合にインピーダンス整合回路をつけて50Ωに整合
させるのが普通です。
これらの結合は、容量性の場合と誘導性(磁気結合または磁界結合とも呼ぶ)の場合が
あります。前者は集中定数エレメント・フィルタに多く、後者は空洞同調フィルタに
多く見られます。後者の場合、結合構造はセクション間の壁に空いた開口部であり、
ここを磁界が通ることで結合が起こります。この開口部(アパーチャ)を使って結合を
調整できます。開口部の幅を狭めれば結合が減り、短絡された調整エレメント(機械
ねじなど)を入れれば結合が増えます。
29
多くのフィルタでは、結合係数は周波数に対してゆっくりと変化するため、フィルタ
の中心周波数をかなり大きく変更してもフィルタの基本的な形状は変わりません。そ
の理由は、フィルタの中心周波数が各共振器の中心周波数の調整によってのみ決まる
からです。
直感的な説明としては、他のセクションからの結合が各共振器の中心周波数をわずか
に動かすことにより、極が必要なだけ移動し、所望のフィルタ応答が得られると考え
られます。したがって、何らかの方法で各共振器を正しく調整できれば、フィルタ全
体として正しい応答を示すと考えられます。
単純な空洞共振器フィルタでは、結合の効果を考慮して計算すれば、すべての共振器
が同じ中心周波数を持ちます。この周波数がフィルタの中心周波数でもあります。た
だし、伝送ゼロを持つフィルタでは少し異なり、共振器間のクロス結合のために、ク
ロス結合された共振器が他の共振器とは異なる中心周波数を持つようになります。ま
た、クロス結合共振器の影響で隣接する共振器もフィルタの中心周波数からわずかに
ずれる場合があります。このため、この種のフィルタの調整では、クロス結合共振器
(および隣接する共振器の一部)の正しい中心周波数を求め、それに合わせてこれらの
共振器を調整します。残りの共振器はフィルタの中心周波数に調整します。クロス結
合フィルタに対するタイム・ドメインの調整手法についてはさらに調査が必要であ
り、現在研究が行われています。
30
付録B:
フィルタ調整と
ネットワーク・アナライザ
のタイム・ドメイン機能
タイム・ドメインのフィルタ調整のためのネットワーク・アナライザの設定を理解す
るため、タイム・ドメイン変換の基本についてまとめておきます。
通常のタイム・ドメイン・リフレクトメータ(TDR)は、本質的に広帯域で、ローパス
型の性質を持っています。このため、TDRはDC結合回路の測定にしか使用できません。
バンドパス・フィルタを測定すると、ほぼ完全な反射として測定されるので無意味で
す。ただし、ネットワーク・アナライザのタイム・ドメイン変換にはバンドパス・モー
ドという特殊なモードがあり、帯域制限されたデバイスの測定に使用できます。
このモードでは、周波数掃引の中心周波数が実効的にDCに変換され、周波数スパンの
マイナス半分からプラス半分までに対して逆フーリエ変換が行われます。これにより、
ローパス・フィルタの応答を通過帯域の中心周波数にシフトした応答を持つバンドパ
ス・フィルタの測定が可能になります。
タイム・ドメイン変換では、被試験デバイスを通過する長さの関数としてリターン・
ロスが表現されます。タイム・ドメイン変換が使用できるためには、測定対象の回路
の特性を識別できるだけの分解能がなければなりません。一般に、変換の分解能は周
波数に反比例しますが、バンドパス・モードでは分解能が半分になります。これは、
スパンの半分が負の周波数、半分が正の周波数に相当するからです。
バンドパス・フィルタの測定結果を広帯域の周波数掃引で観察する場合、ローパス
TDR測定と同じ問題が発生します。入力はほぼ全反射となり、他の反射はほとんど見
られません。バンドパス・フィルタに対してネットワーク・アナライザの通常の掃引
(フィルタ帯域幅の2∼3倍程度)を行った場合、帯域幅が狭すぎてフィルタの特性を識
別するための分解能が得られないと以前には考えられていました。しかし、適切な設
定をすれば、フィルタの測定に分解能の制限は当てはまらないのです。
フィルタをタイム・ドメインで観察すると、フィルタの各セクションにはその物理サ
イズから予想されるよりはるかに大きな遅延があります。これは、フィルタの遅延が
帯域幅に反比例するからです。帯域幅が狭いほど遅延は大きくなります。複数のセク
ションからなるフィルタの場合、伝送遅延はほぼN/πBWです。ここで、BWは帯域幅
(Hz)
、Nはセクション数です。各セクションがほぼ1/Nの遅延を付加すると考えられま
す。このため、各セクションの反射遅延は約2/πBWであり、反射の全遅延は2N/πBW
となります
(伝送遅延の2倍になっているのは、信号がフィルタ内部を往復するからです)。
フィルタの掃引に用いられる周波数帯域幅がフィルタ帯域幅の2倍以上なら、フィル
タの各セクションを識別するのに十分な分解能が得られます。周波数スパンが広すぎ
ると、反射されるエネルギーが大きくなり、調整の感度が低下します。フィルタに応
じて、フィルタ帯域幅の2∼5倍程度の周波数スパンを使用すれば十分です。
31
アジレント・テクノロジー電子計測器製
品、アプリケーション、サービスの詳細情
報、および最新の営業所リストについては、
当社ウェブサイト
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