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第25集(21年度)

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第25集(21年度)
博 士 学 位 論 文
内容の要旨および審査結果の要旨
第 25 集
(平成21年度)
金 沢 医 科 大 学
博 士 学 位 論 文
内容の要旨および審査結果の要旨
第 25 集
(平成21年度)
金 沢 医 科 大 学
は し が き
本集は、学位規則(昭和 28 年 4 月 1 日文部省令第 9 号)第 8 条
による公表を目的として、本学において博士(医学)の学位を授与
した者の論文内容の要旨および審査の結果の要旨を収録したもの
である。
- 第25集 目 次 (平成21年度) -
学位授与
番 号
氏 名
甲 第371号
全 亮 亮
Toxic shock syndrome toxin-1(TSST-1)antibody
levels in Japanese children
・・・・・・
1
甲 第372号
若 狭 麻 子
Molecular typing of Trichophyton mentagrophytes
var. interdigitale isolated in a university
hospital in Japan based on the non-transcribed
spacer region of the ribosomal RNA gene
・・・・・・
4
甲 第373号
曲 静 涛
Higher-order ocular aberrations caused by
crystalline lens waterclefts
・・・・・・
7
北 岡 千 佳
B-type Natriuretic Peptide as a Marker of Latent
Left Ventricular Impairment in Pediatric Patients
with Bronchial Asthma.
・・・・・・
10
甲 第375号
李 旭 東
Correlations between Z-scores of VSRAD and
regional cerebral blood flow of SPECT in patients
with Alzheimer’s disease and mild cognitive
impairment
・・・・・・
14
甲 第376号
齋 藤 雅 俊
Negative expiratory pressure(NEP)法による睡眠時
無呼吸患者の覚醒時上気道機能の評価
・・・・・・
18
甲 第377号
唐 立 華
Effect of Collagen Tripeptide of Type I Collagen
on Migration, Proliferation and Collagen Synthesis
of Human Aortic Smooth Muscle Cells
・・・・・・
21
甲 第378号
小 林 誠
・・・・・・
24
甲 第379号
中 川 慎太郎
ラットに対する酸化ストレス誘発剤の単回投与による骨
壊死モデル
・・・・・・
27
甲 第380号
三 上 友 明
ステロイド投与家兎における抗酸化ビタミンを用いた骨
壊死予防効果についての検討
・・・・・・
29
甲 第381号
中 多 充 世
末梢血および髄液パラメータによるウイルス性中枢神経
感染症の病態解析
・・・・・・
32
甲 第382号
坂 井 知 之
T細胞におけるボルテゾミブによるアポトーシス誘導機
構の解析
・・・・・・
35
甲 第374号
論 文 題 名
Rab38 低分子量Gタンパク質遺伝子異常による肺胞Ⅱ型上
皮細胞の変化
頁
甲 第383号
小 関 陽 樹
健常成人におけるfunctional MRIを用いた復唱課題遂行
時の賦活部位に関する研究
・・・・・・
38
甲 第384号
童 暁 鵬
関節リウマチにおける新規自己抗原RBP1類似蛋白質
~その病態分類指標としての有用性と関連性~
・・・・・・
41
甲 第385号
織 田 初 江
Urinary metallothionein levels and mortality in
residents exposed to cadmium in the environment
・・・・・・
44
甲 第386号
木 田 紘 昌
ラットアナフィラキシーショックにおける腸間膜リンパ
流量の変化
・・・・・・
47
乙 第270号
清 水 聰
アルツハイマー型認知症ならびに近縁の軽度認知障害患
者におけるVSRADによる海馬傍回萎縮度と神経心理学的
検査成績の関係の検討
・・・・・・
51
乙 第271号
日 下 一 也
アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬の肥満マウスにおける
ウイルス性心筋炎でのT細胞免疫変化
―Th1,Th2サイトカインの意義―
・・・・・・
54
チュアン
リアン
リアン
氏名(生年月日)
全
本
中華人民共和国
籍
亮
亮
(1978 年 11 月 8 日)
学 位 の 種 類
博
士(医 学)
学 位 記 番 号
甲
第371号
学位授与の日付
平成22年3月25日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
Toxic shock syndrome toxin-1(TSST-1)antibody levels
学 位 論 文 題 目
in Japanese children
(日本人小児血清中の抗 Toxic shock syndrome toxin-1
(TSST-1)抗体価の検討)
論 文 審 査 委 員
主
査
小
坂 健
夫
副
査
西
尾 眞
友
犀
川
太
学位論文内容の要旨
研究目的
毒素性ショック症候群(toxic shock syndrome,以下 TSS)は黄色ブドウ球菌が産生す
る毒素性ショック症候群毒素(toxic shock syndrome toxin-1,以下 TSST-1)やエンテ
ロトキシンによって惹起されるぶどう球菌感染症の一種である。突発的な発熱,低血圧,
筋肉痛,発疹,多臓器不全,および晩期の皮膚落屑が特徴的で,重症例では多臓器不全の
ため死に至ることもある。これらの症状は外毒素がスーパー抗原の役割をはたし,T 細胞
を活性化させ,各種のサイトカイン放出を引き起こすことによる。
一方,熱傷における TSS 発症のリスクは,成人に比較して平均年齢 2 歳の乳幼児で高い
ことが報告されており,その原因は抗 TSST-1 抗体価の低い小児における TSST-1 産生性黄
色ブドウ球菌感染と推察されているが,現在までに,健常乳幼児を含めて,抗 TSST-1 抗
体価を測定した報告は殆どみられない。
また,TSS の診断基準としては 39℃以上の発熱,発疹,ショック,消化器症状,不穏,
リンパ球減少が挙げられるが,いずれも非特異的であり,また進行性の病態のため,その
早期診断は極めて困難である。
以上から,抗 TSST-1 抗体価を測定することにより,TSS 発症の早期診断やその予防に
寄与する可能性がある。そこで申請者は日本人における抗 TSST-1 抗体価を測定し,年齢
階層別の保有率の分布を明らかにすることを目的として本研究を行った。
実験方法
2006 年 5 月から 2007 年 5 月までの間に,金沢医科大学病院形成外科で手術を受けた患
者 119 例を対象とした。年齢は 2 か月から 81 歳までで,0-6 か月群 14 例,7-12 か月群
- 1 -
13 例,1-2 歳群 15 例,3-6 歳群 22 例,7-12 歳群 16 例,13-18 歳群 14 例,19-40 歳群 11
例,41-81 歳群 14 例であった。入院の原因疾患は口唇口蓋裂 40 例,母斑・血管腫・良性
腫瘍 22 例,手足先天異常 14 例などであった。対象のうち 73 例には既往歴がなかったが,
46 例に既往歴があり,その内訳は手術 39 例,感染 7 例,熱傷 7 例,外傷 4 例であった。
全身麻酔がかけられた後,手術開始前に末梢静脈から 3-5ml 採血し,これを遠心分離し,
その血清を-70℃で保存した。
抗 TSST-1 抗 体 価は TSST-1 を 固 相 化し た マイ ク ロ プレ ー トを 用 いた 酵 素 抗体 法
(ELISA)により測定した。すなわち,TSST-1/PBS 溶液(1μg/ml)をマイクロプレート
の各ウエルに 200μl ずつを加え,室温下で 1 時間放置後,4℃で 16-18 時間保存した。
Tris バッファーで洗浄後,1%BSA を含む PBS 溶液でブロッキングして TSST-1 固相プレー
トとした。室温下で 1 時間放置後再び洗浄した後に,100 倍希釈患者血清 200μl を加え,
室温下で 2 時間反応させた。さらに洗浄後,5000 倍希釈のペルオキシダーゼ標識ヤギ抗
ヒト IgG 抗体 200μl を室温下で 1 時間作用させたのち洗浄し,添付のキットにて発色さ
せて各ウエルの波長 490nm の吸光度をプレートリーダーで測定した。バックグラウンドを
差し引いた吸光度が 0.2 以上を陽性とした。
実験成績
抗 TSST-1 抗体価は最低値 0.094 から最高値 1.159 であった。
抗 TSST-1 抗体は 119 例中 78 例が陽性で,その陽性率は 65.5%であった。対象の既往歴
別の抗 TSST-1 抗体の陽性率には差を認めなかった。年齢階級別には,出生直後は抗
TSST-1 抗体の陽性率が高く,0-6 か月群では 78.6%であった。その後は 7-12 か月群 30.8%,
1-2 歳群 33.3%と,2 歳まで抗体価が低く,7-12 か月群で最も低値を示した。抗体陽性率
はその後,3-6 歳群 54.5%,7-12 歳群 68.8%,13-18 歳群 78.6%,19-40 歳群 90.9%と上昇
する傾向を示した。さらに 41-81 歳群の抗 TSST-1 抗体の陽性率は 100%であった。
年齢階級別の抗 TSST-1 抗体価の平均を比較すると,7-12 か月群が他の年齢階級に比較
して低い傾向にあり,中でも 13-18 歳群および 41-81 歳群に比較して 7-12 か月群は有意
に低値であった(p<0.05)
。また,抗体価の平均値には有意な性差はなかった。
総括および結論
抗 TSST-1 抗体価は,6 か月までは高値で,7 か月から 2 歳まではもっとも低値を示し,
その後加齢とともに陽性率が上昇し,41 歳以上では 100%に達していた。熱傷における
TSS 発症のリスクが平均年齢 2 歳の乳幼児で高いとするこれまでの報告と,年齢階級別の
抗 TSST-1 抗体価が 7 か月から 2 歳まででもっとも低値を示した本研究結果とはよく一致
した。生下時から 6 か月までは,母親からの受動免疫により抗体を得られるが,それ以後
は抗 TSST-1 抗体陽性率が低下し,従って自己の IgG 抗体が確立される 13 歳頃までは,生
下時から 6 か月までや 13 歳以降と比較して,より易感染性の状態にあると考えられた。
熱傷における TSS の発症は,受傷後 2 日目に発症率が高いと報告されており,小児熱傷患
者の診療にあたっては,受傷直後あるいは入院時に抗 TSST-1 抗体を測定することで,TSS
の発症リスクを予想することにつながり,TSS の予防と早期診断に有用である可能性が示
唆された。
- 2 -
論文審査結果の要旨
申請者は日本人における,毒素性ショック症候群(toxic shock syndrome,以下 TSS)
の原因毒素である毒素性ショック症候群毒素(toxic shock syndrome toxin-1,以下
TSST-1)に対する抗体価の測定を行い,主に年齢階級別に抗体価の平均値および抗体陽性
率を比較し,抗 TSST-1 抗体価の臨床的意義を検討した。
TSS は突発的な発熱,ショック,発疹,多臓器不全などを特徴とし,重症例では多臓器
不全のため死に至ることもある黄色ブドウ球菌感染症の一種である。TSS 発症の原因の一
つに熱傷が挙げられるが,熱傷患者では小児に比較して成人で TSS 関連の病態が低頻度で
あることが知られており,その理由は大部分の成人が TSS に対する抗体をもつからと考え
られている。黄色ブドウ球菌が産生する外毒素には数種類あるが,TSS 発症に関わるもの
としては TSST-1 が最も高率であり,したがって各年齢層別の抗 TSST-1 抗体価を測定する
ことは有意義である。
申請者は生後 2 か月から 81 歳までの金沢医科大学形成外科における術前患者 119 例の
抗 TSST-1 抗体価を測定することで,抗 TSST-1 抗体価が生下時は 78.6%と高率に陽性であ
るものの,2 歳頃までに約 30%にまで低下し,その後徐々に上昇し 41 歳以上では 100%に
達することを明らかにした。年齢階級別の抗 TSST-1 抗体価の平均値の比較でも,7-12 か
月群が他の年齢階級に比較して低い傾向にあり,中でも 13-18 歳群および 41-81 歳群に比
較して 7-12 か月群は有意に低値であることを示した。
これまでに抗 TSST-1 抗体価と年齢に関する報告は散見されるが,日本人における乳幼
児を含み高齢者にいたるまでの広範な研究としては,本研究が初めてである。TSS は突然
発症し,急激に悪化する病態であるものの,早期に治療を開始すれば治癒可能であり,そ
の時期を逸すると高い死亡率をもたらす。熱傷患者の入院時に抗 TSST-1 抗体価を測定し,
低レベルであるならば,TSS 発症の高リスクであることを念頭に診療するなどの外科感染
症学上の戦略を考える上でも重要な知見である。
以上,本研究では以下の点が重要な知見として評価された。①日本人の乳幼児から高齢
者までの幅広い年齢層を対象に抗 TSST-1 抗体価を初めて測定したこと。②抗体陽性率は
生後 6 か月までは高値であるが,その後の 7 か月から 2 歳では最低となり,その後上昇し
41 歳以上ではほぼ 100%となることを明らかにしたこと。③本研究結果である年齢階級別
の陽性率とこれまで報告されている乳幼児熱傷における TSS 発症のリスクとがよく相関す
ること。④さらに抗 TSST-1 抗体価測定による TSS 早期診断および予防の可能性が示唆さ
れたこと。これらの本研究の成果は,TSS の早期診断および予防対策を考える上で外科感
染症学上に重要な知見を提供するものと考えられ,本論文は博士(医学)の学位を授与する
に値するものと評価される。
(主論文公表誌)
Burns Vol.36,No.5,2010
- 3 -
わか
さ
狭
あさ
こ
氏名(生年月日)
若
本
籍
石
学 位 の 種 類
博
士(医 学)
学 位 記 番 号
甲
第372号
学位授与の日付
平成22年3月25日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
学 位 論 文 題 目
Molecular typing of Trichophyton mentagrophytes var.
川
麻
子
(昭和 52 年 8 月 9 日)
県
interdigitale isolated in a university hospital in
Japan based on the non-transcribed spacer region of
the ribosomal RNA gene
(リボソーム RNA 遺伝子の NTS 領域に基づく Trichophyton
mentagrophytes var. interdigitale の臨床分離株の分子
タイピング)
論 文 審 査 委 員
主
査
竹
上
勉
副
査
米
倉 秀
人
横
山
仁
学位論文内容の要旨
研究目的
白癬は,皮膚科疾患のうち最も罹患率の高い疾患で,国民の 5 人に1人が罹患すると推
測されるが,その感染経路はヒトからヒトあるいは菌により汚染された住環境からの接触
感染が推測されている。また一度改善しても再発することが多く,これが再燃か再感染か
は,しばしば議論されてきた。このような感染経路や再発再燃の問題の解明に分離株の鑑
別を可能とする技術の開発が待たれていた。足白癬からの分離株の約 4 割を占める
Trichophyton mentagrophytes の中でもそのほとんどを占める T. mentagrophytes var.
interdigitale に つ い て ribosome RNA を コ ー ド す る 領 域 ( rDNA ) に 含 ま れ る nontranscribed spacer(NTS)領域の分子多型を用いて株の鑑別を行う方法が Jackson らによ
って呈示されている。本研究では,Jackson らの方法を用いて日本人からの分離株に対し
て種内変異を検出できるか検討し,さらに日本人分離株における特性を明らかにすること
を目的とした。
実験方法
2006 年の 1 年間に当院皮膚科を受診した患者のうち,臨床症状から白癬を疑った全症
例 か ら 検 体 を 採 取 し , 培 養 後 , 生 育 し た 真 菌 の う ち T. mentagrophytes var.
interdigitale である事が確認された 64 株および,これ以前から教室に保存していた臨
床分離株 1 株(KMU6557)の計 65 株を対象として以下の方法で NTS 領域の検討を行った。ま
- 4 -
ず,KMU6557 について,NTS 領域の全塩基配列を決定し,NTS の構造を確認したところ,
既報と同様 TmiS0,TmiS1,TmiS2 の3領域を区別することができた。続いて臨床分離株につ
いて Jackson らの方法(以下 Jackson 分類)に従い,PCR 増幅 DNA 産物について TmiS0,
TmiS1, TmiS2 の各領域の長さに基づくタイプ分けを行った。Jackson 分類にみられない増
幅 DNA バンドを認めた株は,PCR 条件の変更,さらに菌液希釈による単細胞由来のコロニ
ーを分離し,これらに対するバンドタイプの確認を行った。得られた新しいタイプの1株
(W21)については,TmiS2 領域の塩基配列を決定した。
実験成績
KMU6557 株の NTS は全長 3523 塩基で既登録株(Jackson et al DQ486866)の NTS と比
較すると,TmiS0 に 203 塩基の DNA 断片の挿入があり,そのために配列が長くなっていた。
TmiS0, TmiS1, TmiS2 領域の長さに基づくタイプ分けでは,65 株のうち,Jackson 分類で
D2Ⅱと名付けられたタイプが最も多く,30 株(48%)であり,KMU6557 もこれに含まれて
いた。Jackson 分類で記載の見られない株が 7 株あり,この 7 株は新たなタイプ名を割り
当てた。最多の D2Ⅱ,以下頻度順に C2Ⅱ 8 株(12%),F2Ⅱ 7株(10%),D1Ⅱ 5 株(7%),
D4Ⅱ 3 株(4%),D12Ⅱ 3 株(4%)であり,この6タイプで 56 株を占めていた。1 株の
みにより示されたものが 9 タイプあり,合計 15 タイプが区別できた。新しいタイプ D1Ⅴ
と考えられる株のうち1株(W21)の S2 領域の塩基配列は,KMU6557 の配列と比較すると,
繰り返しユニットが4つ欠失し,153 塩基短かった。なお近年,類縁の白癬菌で頻用され
ている NTS 領域の PCR-RFLP を試みたが,分子多型の検出はできなかった。
総括および結論
2006 年(1 年間)に当院で分離された T. mentagrophytes var. interdigitale64 株お
よび保存株 1 株について,株間の鑑別を行うために Jackson らによる NTS の3領域即ち
TmiS0, TmiS1, TmiS2 の長さに基づくタイプ分けを行った結果,65 株を 15 タイプに分け
ることができた。このうち 11 タイプは Jackson 分類に報告されていない新しいタイプで
あった。この方法により本邦分離株の T. mentagrophytes var. interdigitale のタイピ
ングが可能であり分子疫学的に利用できると考えられた。この技術は,従来の Southern
blot 法を用いる方法より簡便であり,他施設でのデータとの比較が容易に行えること,
およそ 11 時間で結果を得ることが可能であることから,多数の分離株を用いた分子疫学
的検討に特に有用な方法といえる。
論文審査結果の要旨
皮膚科疾患の中で白癬は最も罹患率の高い疾患であり,その感染経路はヒトからヒトあ
るいは菌により汚染された住環境からの接触感染が推測されているが,一度改善しても再
発することが多く,それが再燃か再感染かは,不明なことが多かった。このような感染経
路や再発再燃の問題の解明に分離株の鑑別を可能とする技術の開発が待たれていた。本研
究 で は ribosome RNA を コ ー ド す る 領 域 ( rDNA ) に 含 ま れ る non-transcribed
spacer(NTS)領域の分子多型を用いて菌株の鑑別を行う方法(Jackson らによる提唱)を
- 5 -
応用している点が注目される。本研究で対象とされた白癬菌は足白癬から多く分離される
T. mentagrophytes var. interdigitale である。本学皮膚科で分離された 65 株について
NTS 領域の分子多型を解析したところ,15 タイプに分けることができ,さらにその中の
11 タイプはこれまでに報告されていない新しいタイプの菌株であった。この方法により
本邦分離株の T. mentagrophytes var. interdigitale のタイピングが可能であり分子疫
学的に利用できると考えられた。Southern blot 等の従来の方法を用いることに比べ,本
方法はより簡便で短時間で遂行することができ,他施設でのデータとの比較,多数のサン
プルについての検討も容易に行える。本研究における分離株の鑑別法は感染経路や再発再
燃の問題の解明にも応用が可能であり,臨床的に有用であると評価された。
以上により,本論文は博士(医学)の学位を授与するに値するものと認められる。
(主論文公表誌)
The Journal of Dermatology
Vol.37,No.5,2010
- 6 -
チュー
チン
曲
本
中華人民共和国
籍
静
タオ
氏名(生年月日)
涛
(1976 年 2 月 24 日)
学 位 の 種 類
博
士(医 学)
学 位 記 番 号
甲
第373号
学位授与の日付
平成22年3月25日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
Higher-order ocular aberrations caused by crystalline
学 位 論 文 題 目
lens waterclefts
(水晶体 Waterclefts の眼高次収差への影響)
論 文 審 査 委 員
主
査
加
藤 伸 郎
副
査
杉
山 和 久 (金沢大学)
中
川 秀 昭
学位論文内容の要旨
研究目的
白内障の診断は皮質,核,後嚢下混濁の3主病型について行われるのが一般的である。
しかし,3主病型以外にもさまざまな水晶体混濁病型があるが,その視機能への影響につ
いての研究は少ない。
Watercleft は水晶体皮質の比較的浅層にみられる水隙で,しばしば瞳孔領に生じ,視機
能低下の原因となることがある。Watercleft は加齢に伴いその有所見率が増加し,高齢者
ではきわめて高率にみられることが報告されている。しかし,Watercleft は細隙灯顕微鏡
検査において徹照像での判定が容易でないため,一般眼科における Watercleft の認識は低
く,その視機能への影響は重視されないことが多い。
Quality of life(QOL) を 重 要 視 す る 考 え 方 が 一 般 化 す る と と も に , quality of
vision(QOV)の重要性も広く認識されつつある。また,近年は眼鏡で矯正不能な高次収差が
視機能に大きく影響していることが明らかになり,眼内レンズ手術や屈折矯正手術などの
分野においては高次収差と視機能に関する研究が多数行われている。従来,これらの手術
による屈折状態の変化は,主に defocus 成分を指標として評価されてきたが,手術の質が
飛躍的に高まった現在,QOV の観点から defocus のみではなく,高次収差も考慮すべき重
要な要素となっている。手術眼の視機能だけでなく有水晶体眼においても高次収差は視機
能に多大な影響を及ぼすが,混濁水晶体眼の混濁病型と高次収差に関する研究は少ない。
本研究の目的は,加齢水晶体眼でしばしばみられる Watercleft 眼の高次収差について検討
を行うことである。
適応光学(Adaptive optics)は天体望遠鏡レンズの最適化など,光学科学やエンジニア
リングの領域で広く用いられてきた概念であるが,近年,眼球光学系の解析にも応用され
るようになった。波面解析(Wavefront analysis)の適用により,角膜のみならず眼球全
- 7 -
体の波面収差(Wavefront aberration)を測定することができる。本研究では波面解析理
論によって眼の高次波面収差を算出し,全高次収差,球面収差,コマ様収差,矢状収差を
定量化した。
実験方法
アイスランド在住の一般住民を対象に調査(2008 年)に参加した 573 名を対象に検討を
行った。573 名中,水晶体に Watercleft のみを認める 30 例 30 眼(Watercleft 群)と透明
水晶体眼 194 例 194 眼(対照群)について,その高次収差を比較検討した。
水晶体所見は極大散瞳下での細隙灯顕微鏡所見および前眼部解析装置(EAS-1000,NIDEK)
により撮影したスリット像,徹照像から同一検者が判定した。
高次収差計測は, Wavefront Analyzer(KR9000PW,TOPCON)を用いて準暗室,極大散瞳
下にて行った。解析瞳孔径は 6mm とした。水晶体の高次収差である眼内高次収差は,
Component map の internal 値の中の全高次収差,矢状,コマの RMS 値および球面収差を用
いた。統計は StatView 5.0 で行った。
実験成績
Watercleft 群の最良矯正視力は 0.103 logMAR ± 0.086 で,対照群(0.022 logMAR ±
0.042)に比べ有意に低かった(P=0.002)。Watercleft 群,対照群両群ともに全眼球高次
収差と最良矯正視力に有意な相関(r=0.405, P=0.026)を認めた。
Watercleft 群の眼球全高次収差と矢状収差は対照群より有意に高値であった。また,眼
内全高次収差,コマ収差および矢状収差は Watercleft 群が対照群より有意に高かった。
対照群の眼内球面収差は加齢に伴い増加したが,Watercleft 群では加齢との相関はみら
れなかった。また,眼内球面収差は対照群と Watercleft 群間で有意な差はなかった。眼内
矢状とコマ収差は両群とも加齢に伴い増加傾向を示した。Watercleft 群の矢状収差および
コマ収差は対照群より高値を示した。
対照群では眼内全高次収差の加齢に伴う増加はみられなかったが,Watercleft 群では加
齢に伴い有意に増加した(r=0.209 P=0.04)。
総括および結論
Watercleft では矯正視力は低下する。 Watercleft 眼では全高次収差が増加し,その成
分としてはコマ収差および矢状収差が増加し,球面収差には変化がないことが明らかにな
った。Watercleft 眼の高次収差の増加が視力低下の原因である可能性が示唆された。本研
究により Watercleft は高次収差の増加により単独であっても視機能低下を生じ,進行例で
は水晶体再建術(眼内レンズ手術)の対象になる可能があることが示された。
論文審査結果の要旨
白内障はいくつかの亜型に分類される。皮質,核,後嚢下混濁が3大病型とされる。3
大病型以外の白内障が視機能へ与える影響についての研究は少ない。Watercleft は白内障
の一亜型であり,しばしば瞳孔領に混濁を起こし,視機能低下の原因となることがある。
- 8 -
従来マイナーな亜型と考えられてきたが,加齢に伴いその有所見率が増加し,高齢者では
きわめて高率にみられることが報告されはじめた。しかし,Watercleft は細隙灯顕微鏡検
査において徹照像での判定が容易でないため,一般眼科における Watercleft の認識は低く,
その視機能への影響は見過ごされることも多い。
一方,眼鏡で矯正不能な高次収差が視機能に大きく影響していることが明らかとなって
おり,眼内レンズ手術や屈折矯正手術などの分野においては高次収差も考慮すべき重要な
要素となっている。ところが,白内障における混濁水晶体眼での高次収差に関する研究は
少なく,皮質混濁と核混濁において報告があるのみである。3大病型以外の白内障におけ
る研究は皆無であるので,そのなかの一亜型である Watercleft 眼に注目し,本研究で高次
収差について検討がなされた。
水晶体に Watercleft のみを認める 30 例 30 眼(Watercleft 群)と透明水晶体眼 194 例
194 眼(対照群)について,その高次収差が比較検討された。両群の平均年齢は有意に異
なっているが,加齢に伴い Watercleft の有所見率が増加することから年齢差が生ずるのは
避けがたい。統計手法を駆使して年齢差を吸収した上で,両群間の差異を見出している。
以下の 3 所見から,Watercleft 眼では高次収差のうちコマ収差および矢状収差が増加す
ることが明らかとなった。(1)Watercleft 群の最良矯正視力は対照群に比べ有意に低く,
Watercleft 群,対照群両群ともに全眼球高次収差と最良矯正視力に有意な相関があった。
(2)Watercleft 群の眼球全高次収差と矢状収差は対照群より有意に高値であった。また,
眼内全高次収差,コマ収差および矢状収差は Watercleft 群が対照群より有意に高かった。
(3)Watercleft 群の矢状収差およびコマ収差は対照群より高値を示した。
一方,Watercleft では矯正視力は低下することも明らかとなった。これより,Watercleft
眼における矯正視力低下と矢状収差およびコマ収差増加との間の相関性が明らかにされた。
これは,Watercleft 眼の高次収差の増加が視力低下の原因である可能性を示唆するもので
ある。本研究により,Watercleft 単独でも高次収差の増加によって視機能低下を来すこと
が初めて示唆され,白内障治療の進歩に寄与するものと考えられる。
以上により,本論文は博士(医学)の学位を授与するに値するものと認められる。
(主論文公表誌)
Journal of Cataract & Refractive Surgery Vol.36,No.5,2010
- 9 -
きた
おか
岡
ち
北
本
籍
奈
学 位 の 種 類
博
士(医 学)
学 位 記 番 号
甲
第374号
学位授与の日付
平成22年3月25日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
学 位 論 文 題 目
B-type Natriuretic Peptide as a Marker of Latent Left
良
千
か
氏名(生年月日)
佳
(昭和 52 年 5 月 30 日)
県
Ventricular Impairment in Pediatric Patients with
Bronchial Asthma.
(小児気管支喘息における左室機能指標としての脳性ナト
リウム利尿ペプチドの有用性)
論 文 審 査 委 員
主
査
栂
博
久
副
査
松 井
忍
竹 上
勉
学位論文内容の要旨
研究目的
心室への前負荷,後負荷の増大による心室壁の容量負荷および圧負荷が,脳性ナトリウ
ム利尿ペプチド(以下BNP)の分泌刺激となる。近年,上昇した血中BNP濃度が心不全の指標
として用いられている。心疾患以外でも,慢性閉塞性肺疾患や肺塞栓症などの肺疾患が,
肺性心に至ることで,有意に上昇するという報告がある。しかしながら,小児の肺疾患に
おける血中BNP濃度についての報告は少ない。本研究では,小児の閉塞性肺疾患である気管
支喘息患者で,発作急性期と回復期の血中BNP濃度を測定した。さらに,心臓超音波検査に
よる心機能評価も併せ,小児気管支喘息発作が心機能に与える影響を検討することが本研
究における目的である。
実験方法
対象:2006年4月から2006年12月の期間で金沢医科大学病院小児科外来に喘息発作のため
受診した患者のうち,発熱性疾患,心疾患の合併例は除外し,50人の患者を対象とした。
男性35人,女性15人で,平均年齢は4.6±3.2歳,平均体重17.7±8.3kg,平均身長101.9±
21.6cmであった。発作の重症度を,小発作,中発作,大発作,呼吸不全の4段階に判定し
た.患者の重症度は,呼吸不全0人,大発作7人,中発作34人,小発作9人であった。採血方
法:喘息発作の急性期と回復期に2NA-EDTAに,100μlの全血を採取した.急性期は吸入や
点滴などの加療前に施行し,回復期のデータは,入院患者であれば退院当日,外来通院患
者については症状が改善した再診時に施行した。血中BNP濃度測定:EDTA-2Na入りの採血管
に採取した血液を,迅速BNP測定器を用いて,血中BNP濃度を測定した.心臓超音波検査:
- 10 -
急性期および回復期の採血後に,
心臓超音波機器を用いて,拡張末期左室内径(以下LVDd),
収縮末期左室内径(以下LVDs)
,左室拡張末期後壁厚,拡張末期中隔壁厚,左室/右室駆出
時間,左室/右室駆出前期(以下LV/RV:PEP),左室/右室駆出時間(以下LV/RV:ET),僧帽弁
/三尖弁の急速流入期の最大速度(以下E)および心房収縮期の最大速度(以下A),左室/
右室流入血流速度波形の終了から開始までの時間を測定した。これらの数値をもとに,左
室内径短縮率(以下%FS),左室駆出率(以下%EF),左室/右室Tei index(以下LV/RV Tei),
僧帽弁/三尖弁拡張期血流比(以下M/T:E/A比),右室/左室収縮時相分析(以下LV/RVSTI)と
AcT/ET比,左室拡張末期容積(LVEDV)を算出した。経皮酸素飽和度測定:急性期,回復期に
手指または足趾にて経皮的動脈血酸素飽和度測定器を用いて,酸素投与なしの条件で,動
脈血酸素飽和度を測定した.気管支喘息重症度・病日スコア:気管支喘息発作の程度を小
発作:1,中発作:2,大発作:3と点数で評価し,この点数と発症から受診に至る日数(病
日)の積で数値化し,これを気管支喘息重症度・病日スコアとして表記した。
実験成績
急性期および回復期の血中BNP濃度の比較:急性期および回復期の血中BNP濃度はそれぞ
れ30.6±31.2pg/ml,7.7±6.9pg/mlであり,有意に急性期に上昇していた(p<0.0001)。急
性期および回復期における心機能の比較:右心機能は急性期および回復期で各項目に有意
な差はなかった(RV tei:0.31±0.24,0.32±0.15,RVSTI:0.23±0.29,0.24±0.07,TVE/A
比:1.30±0.37,1.27±0.31)
。左心機能はLV teiで急性期および回復期に有意に急性期に
上昇していた(0.44±0.26,0.35±0.13,p<0.05)。その他,%FS,EF,LVSTI,MVE/A比は
有意な差は認めなかった。血中BNP濃度とLV teiの相関関係:急性期BNP値との間で正の相
関関係を呈した。
急性期血中BNP濃度と低酸素血症の相関関係:低酸素血症の程度と血中BNP
濃度は負の相関関係を示した。重症度スコア・病日の積と血中BNP濃度の相関関係:重症度
スコア・病日の積は,血中BNP濃度と有意な相関関係を示した。
総括および結論
本研究によって,
気管支喘息の発作急性期には血中BNP濃度が有意に上昇することが明ら
かになった。また,心機能への影響は喘息発作の重症度だけでなく喘息発作の発症から受
診までの期間(病日)も関与する可能性を示唆した。さらに,低酸素血症も,BNP上昇に関
与している可能性を示唆した。超音波検査による検討では,左室の収縮能および拡張能の
総合心機能を意味するLV-teiに有意な変化を呈し,LV-%FS,LVEFには有意な差は認めなかっ
た。拡張能の指標でもある僧帽弁E/Aは変化がないものの,小児における僧帽弁E/Aの信頼
性を考慮すると,LV tei indexの悪化は拡張能低下をみている可能性を示唆した。つまり
小児気管支喘息発作によるBNP上昇の機序は,左心室の拡張能低下による拡張期末期圧上昇
の伸展刺激が誘因と考える。小児の気管支喘息発作における血中BNP濃度上昇の機序は,成
人の閉塞性肺疾患における肺性心とは異なる病態であると考えられる。血中BNP濃度とSpO2
には負の相関関係があったことから,血中BNP濃度の上昇機序に左室心筋酸素需給バランス
の不均衡が関与している可能性を考慮した。気管支喘息における低酸素血症は,右室より
も心筋酸素需要の大きい左室に影響する。心筋梗塞や狭心症などの虚血性心疾患のように,
気管支喘息発作は,左室において一過性であるが心筋虚血と同様の病態になる可能性はあ
- 11 -
る。一方,虚血性心疾患において血中BNP濃度は有意に上昇すると報告されている。心筋梗
塞の血中BNP濃度は異常高値を呈するのに対し,狭心症では100pg/ml以下の軽度上昇にとど
まる。狭心症での軽度上昇の機序として,心室筋での新たなBNP産生によるものでなく,心
室筋に少量ながら貯えられているproBNPの循環血流中への放出が考えられている。本研究
結果からも,急性期の血中BNP濃度と低酸素血症との間には負の相関関係を認めており,か
つ血中BNP濃度の変動は100pg/ml以下と軽度上昇であった。気管支喘息発作の低酸素血症に
より可逆性の心筋障害を引き起こし,血中BNP濃度上昇やLV teiの変化に関与している可能
性がある。さらに,SpO2値とLV teiと重症度×病日のスコアを血中BNP濃度50pg/ml以上の
群で解析すると,もっと強い相関関係を呈する。以上,本研究により,血中BNP濃度は,急
性期で有意に上昇し,小児気管支喘息発作の際に,心機能障害に対する有用な指標になり
うることを示した。
論文審査結果の要旨
申請者は,小児気管支喘息患者で,発作急性期と回復期の血中BNP濃度を測定した。さら
に,心臓超音波検査による心機能評価も同時に施行し,小児気管支喘息発作が心機能に与
える影響を検討した。
小児気管支喘息は3歳以下の乳幼児に多く,アレルギー疾患の既往を有する割合が多い
ことや,解剖学的に気道内径が狭く,気道狭窄を起こしやすいといった特徴がある。一方,
治療に関しては,小児アレルギー学会が提唱するガイドラインに則り,発作の強度に合わ
せた治療を選択する。そのガイドラインの中にβ刺激剤を使用する際,頻脈に注意すると
の記載はあるが,気管支喘息発作そのものが心血管系に与える影響については考慮されて
いない。
申請者は4ヶ月から14歳までの金沢医科大学小児科外来を気管支喘息発作のため受診し
た50人の患児の急性期と回復期の血中BNP濃度を測定することで,急性期に有意に上昇する
事を示した。さらに,心臓超音波検査では左室Tei indexが,急性期有意に悪化しているこ
とを示した。左室のTei indexの上昇は,LV-%FS,EFにおいて全く変化がないこと,E/Aの
信頼性を考慮すると,拡張能の低下による上昇であることを示した。それらの変化に,小
児気管支喘息発作による低酸素が関与し,狭心症と同様なBNP上昇機序を考慮している。
これまでに,小児喘息患者における心臓超音波検査を用いた心機能評価では,Alioglu B.
らが7歳から16歳の小児気管支喘息患者(非発作時)と健常小児を比較した報告がある
(Cardiopulmonary Responses of Asthmatic Children to Exercise. Pediatric Pulmonology
2007; 42: 283-9)
。申請者は,その報告と今回の研究の類似点と相違点を明らかにしてい
る。類似点は,心臓超音波検査にて,右心系には変化がなく,左心系のパラメーターで異
常を示した。相違点は,比較対象が,小児喘息患者と健常小児との比較に対し,本研究は
同一患児であること,さらに血中BNP濃度の測定,Tei indexの測定を行っている点を言及
した。
以上,本研究では以下の点が重要な知見として評価された。①小児気管支喘息発作にお
いて血中BNP値は上昇する。
②心臓超音波検査による心機能評価では右心系には変化がない。
③左心系ではLV Tei indexのみ異常高値を呈した。④LV Tei indexの上昇は,拡張能の低
- 12 -
下が関与している。⑤低酸素血症が血中BNP値上昇に関与している。⑥病期間と発作強度の
積が血中BNP値上昇に関与している。これら本研究の成果は,小児気管支喘息発作時におい
て,発作そのものの影響が心機能障害をひき起こす重要な知見を提供するものと考えられ,
本論文は博士(医学)の学位を授与するに値するものと認められる。
(主論文公表誌)
金沢医科大学雑誌
第 34 巻 第 2 号
- 13 -
平成 21 年
リ
シュイ
李
本
中華人民共和国
籍
旭
トン
氏名(生年月日)
東 (1973 年 4 月 9 日)
学 位 の 種 類
博
士(医 学)
学 位 記 番 号
甲
第375号
学位授与の日付
平成22年3月25日
学位授与の要件
学位規則第4条第 1 項該当
学 位 論 文 題 目
Correlations between Z-scores of VSRAD and regional
cerebral blood flow of SPECT in patients with
Alzheimer s disease and mild cognitive impairment
(アルツハイマー型認知症と軽度認知障害患者における
VSRAD による海馬傍回容積と SPECT による局所脳血流の
相関に関する研究)
論 文 審 査 委 員
主
査
森
本 茂
人
副
査
利
波 久
雄
八
田 稔
久
学位論文内容の要旨
研究目的
アルツハイマー型認知症(Alzheimer’s disease,AD)は進行性の認知機能障害と日常
生活能力の衰退および行為障害を特徴とする最も多い脳変性疾患である。アセチルコリン
エステラーゼ阻害薬の早期投与によって認知機能が改善される可能性があり,アルツハイ
マー型認知症の初期段階の診断が重要になる。
アルツハイマー型認知症における神経病理学的変化として,海馬傍回前方の嗅内野皮質
が最も早期に障害されるが,MRI はこの内側側頭葉の萎縮の検出を可能にする。すなわち
松田らによって開発された MRI による VSRAD(voxel-based specific regional analysis
system for Alzheimer’s disease)は,VBM(voxel-based morphometry)に基づき海馬傍
回の萎縮の形態画像情報を解析し,その萎縮度を数値化できる新しいシステムである。
一方,SPECT による局所脳血流(regional cerebral blood flow,rCBF)の測定は脳の
機能を反映する脳画像検査として既に一般によく用いられている。
今回この MRI による VSRAD の有用性を探ることを目的として,アルツハイマー型認知症
患者やアルツハイマー型認知症近縁の脳変性疾患によるとみられる軽度認知障害患者にお
いて脳の形態と機能の相関すなわち VSRAD による海馬傍回の萎縮の度合いと SPECT による
海馬をはじめとする各脳部位の局所脳血流との相関を調べた。
実験方法
2006 年 1 月~2008 年 2 月当科外来通院中もしくは入院中の 26 例の患者(男性 6 例,女
- 14 -
性 20 例,平均年齢 74.5 歳,改訂長谷川簡易知能評価スケールの平均得点 18.3 点)を対
象とした。ICD-10 および NINCDS-ADRDA のアルツハイマー型認知症の診断基準を満たす患
者は 16 例で,そのうち 14 例が probable AD,2 例が possible AD であった。その他の 10
例の患者は認知症のレベルが軽く,軽度認知障害(mild cognitive impairment,MCI)と
診断された。
MRI は 1.5Tesra の Siemens 社製装置を用い,水平断,冠状断と矢状断画像による全脳
撮像を行った。MRI の矢状断像をコンピューターに取り込み,画像解析ソフトウエアとし
ての VSRAD を用いて自動解析を行った。SPECT による局所脳血流の測定には,トレーサー
のラジオアイソトープとして 99mTc-ECD(technetium-99m-L, L-ethyl cysteinate dimmer)
を用いた。99mTc-ECD740MBqを開眼臥床した安静覚醒時の状態で肘静脈に急速静注し,静
注後 10-15 分後より SPECT 撮像を開始した。局所脳血流は Lassen の補正による Patlak
法で絶対値を測定した(単位は ml/100g 脳重量/min)。半球平均血流値をまず算出し,さ
らにこれに基づいて竹内らによって開発された 3DSRT(three-dimensional stereotaxic
ROI template)による解析を用い,脳の解剖学的標準化の下に,一側の脳半球を 12 区域
に分類し(脳梁辺縁,中心前回,中心回,頭頂葉,角回,側頭葉,後大脳,脳梁周囲,レ
ンズ核,視床,海馬,小脳半球),各脳部位の局所脳血流を測定した。なお,この 3DSRT
による海馬の解析には海馬傍回は含まれないので,海馬傍回の局所脳血流の測定には
FineSRT を用いた。また内側側頭葉と連結し,アルツハイマー型認知症の早期診断のマー
カーとして,PET の局所脳代謝低下像や SPECT の脳血流低下像がよく生じることが知られ
ている後部帯状回や楔前部についても FineSRT を用いて局所脳血流の測定を行った。
対象者および家族に研究の主旨を説明し文書にて同意を得た。
統計解析すなわち MRI 撮像に基づく VSRAD の解析による海馬傍回の萎縮度を表す Z スコ
アと,年齢,99mTc-ECD SPECT による半球平均血流値やその 3DSRT 解析による 12 脳区域,
FineSRT による後部帯状回,楔前部と海馬傍回の局所脳血流との相関については Spearman
の順位相関係数を求めて検討した。有意水準 5%以下を有意とした。
実験成績
全例の Z スコアと左右側海馬(r=-0.593,-0.630,p=0.0045,0.0025),右側視床(r=0.548,p=0.0086)の局所脳血流は統計学的に有意な負の相関を示した。さらに Z スコア
と 左 側 視 床 ( r=-0.497 , p=0.0173 ), 左 右 側 側 頭 葉 ( r=-0.457 , -0.503 , p=0.0286 ,
0.0159),右側半球平均血流値(r=-0.398,p=0.0464),右側小脳(r=-0.421,p=0.0286)
の局所脳血流の間にも負の相関が認められた。Z スコアと年齢(r=0.370,p=0.0658)や
左側小脳半球(r=-0.365, p=0.0799)の局所脳血流との間にも負の相関の傾向がみられた
が,統計学的に有意水準を満たさなかった。
Z スコアと左右側後部帯状回(r=-0.434,-0.445, p=0.0374,0.0327)や左右側海馬傍
回(r=-0.525,-0.517,p=0.0118,0.0131)の局所脳血流との間にも有意な負の相関がみ
られた。ただし Z スコアと楔前部の局所脳血流との間には有意な相関はみられなかった。
総括および結論
アルツハイマー型認知症でその特徴的な神経病理学的変化(老人斑や神経原線維変化)
- 15 -
が最も早期に出現する部位は海馬傍回の嗅内野皮質であり,次いで海馬領域,それから大
脳皮質連合野,さらに他の新皮質の順である。対象とした患者では 1 例を除いてさまざま
な程度の海馬傍回の萎縮が認められた。
海馬と新皮質を結ぶ重要な部位である嗅内野皮質は海馬に投射する perforant pathway
の起始であり,また新皮質特に大脳皮質連合野と密接な神経情報伝達の入出力関係を有し
ている。今回の研究におけるアルツハイマー型認知症や軽度認知症患者の VSRAD による海
馬傍回の萎縮を表す Z スコアと,左右側海馬の局所脳血流 との明らかな負の相関は,嗅
内野皮質に始まるアルツハイマー型認知症に特有な神経病理学的変化による海馬傍回の萎
縮に伴って,その嗅内野皮質からの軸索の投射部位である海馬の機能の低下が起こること
を示す。
次に VSRAD による Z スコアと左右の視床の局所脳血流 との有意な負の相関は,海馬傍
回の萎縮に伴って視床の機能低下が起こることを示す。Papez の回路(嗅内野皮質-海馬
-乳頭体-視床前核-後部帯状回-嗅内野皮質)として知られるように,嗅内野皮質と視
床の密接な解剖学的線維連絡および機能的関係を反映すると思われる。
本研究における VSRAD による Z スコアと左右側側頭葉の局所脳血流との負の相関は,海
馬傍回の萎縮に伴って左右の側頭葉の機能の低下が起こることを示す。側頭葉は他の新皮
質と比べて嗅内野皮質との神経情報伝達の入出力関係が多いことが知られており,本知見
もやはり嗅内野皮質と側頭葉の密接な解剖学的機能的関係を反映すると思われる。
小脳半球は大脳皮質や海馬傍回からの入力を橋の基底核を経て受け取り,その出力は視
床を経て大脳皮質に投射する。本研究における VSRAD の Z スコアと小脳半球の局所脳血流
の相関は小脳半球と嗅内野皮質の解剖学的機能的関係を反映すると考える。
本研究における Z スコアと後部帯状回の局所脳血流の相関は,後部帯状回が嗅内野皮質
と解剖学的に密接な線維連絡をもつためで,アルツハイマー型認知症で後部帯状回の萎縮
が生じるという以前の研究を支持する。また Z スコアと左右側海馬傍回の局所脳血流の相
関は,同じ部位における萎縮と局所脳血流の低下すなわち形態と機能の相関であり当然の
結果と考えられる。
結論として,MRI を用いた VSRAD による海馬傍回の萎縮度は,SPECT 測定によるこの海
馬傍回そのものの局所脳血流の低下はもとより,解剖学的あるいは機能的な連絡のある海
馬や視床,側頭葉,小脳,後部帯状回の局所脳血流の低下すなわち機能低下と密接な相関
を示した。これは VSRAD がアルツハイマー型認知症で最も早期から起こる内側側頭葉の萎
縮の測定法として信頼に足ることを示し,アルツハイマー型認知症の早期診断に有用であ
ることを示す。
論文審査結果の要旨
申請者はアルツハイマー型認知症例および本病型の初期状態に矛盾しない軽度認知障害
例において本症発症過程における MRI 検査による脳の形態変化と脳血流シンチグラムによ
る各脳部位機能の相関につき検討を行った。
アルツハイマー型認知症は認知症の約半数を占め,本症につながる軽度認知障害の極早
期における診断法の確立は,アセチルコリンエステラーゼ阻害薬の早期投与によって認知
- 16 -
機能が改善される可能性があり,また生活習慣修正,生活習慣病治療による進展予防の可
能 性 が あ る こ と か ら 極 め て 重 要 で あ る 。 VSRAD ( Voxel-based Specific Regional
Analysis System for Alzheimer’s Disease)は頭部 MRI 検査において,脳の萎縮度を客
観的に診断する自動分析ソフトであり,アルツハイマー型認知症発症の極早期から疾患特
異的に萎縮する海馬傍回に感心領域を設定し,健常者の標準脳同部位容積分布の標準偏差
を1Zスコアとして被験者の比率が自動算出され,本症の新しい早期診断法として注目さ
れている。一方,脳血流シンチグラム(SPECT)は脳各部位の血流量を測定でき,アルツ
ハイマー型認知症においては海馬・海馬傍回から後部帯状回,頭頂葉,側頭葉にかけての
一連の血流低下が診断に直結する特異的所見とされる。しかし,両診断法を平行して施行
し厳密な対比を行った研究はない。
本論文の対象症例は,脳形態検査としての VSRAD および脳機能検査としての脳血流シン
チグラムを受けた,様々な進展程度のアルツハイマー型認知症例および本病型の初期状態
に矛盾しない軽度認知障害軽度認知障害例,計 26 例であり,これらの対象症例の選定に
おいては臨床上汎用される改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)以外に,ICD-10 お
よび NINCDS-ADRDA(アメリカ国立神経会話疾患・脳卒中/アルツハイマー型認知症関連
疾患研究所)の診断基準に基づき,本症の特異的診断法である WAIS-III および WMS-R を
用いており,さらには頭部 MRI の視覚評価において血管型認知症に特徴的な梗塞や側脳室
周囲高信号は認められておらず,アルツハイマー型認知症例および関連軽度認知障害例が
厳選されていると考えられ,方法論として信頼できる。
申請者は VSRAD より得られた海馬傍回萎縮度を表すZスコアと,本症の確立した機能診
断手法である脳血流シンチグラムにおける脳各部の局所血流量との相関につきノンパラメ
トリック法である Spearman 順位相関検定で解析した。結果として,これら脳各部の局所
血流量のうちアルツハイマー型認知症および関連軽度認知障害において従来から特異的血
流低下が知られている左右海馬傍回そのもの,左右海馬,左右後部帯状回,左右側頭の血
流低下が VSRAD における Z スコアと有意の逆相関を示すことを見出し,このことから
VSRAD における Z スコアがアルツハイマー型認知症および関連軽度認知障害の新しい早期
形態診断法としての臨床的有用性を新たに確認した。さらに,申請者は,VSRAD における
Zスコアと,脳血流シンチグラムにおける左右視床,右半球,右小脳の血流量とが有意の
逆相関を示すことを見出しており,脳血流シンチグラムにおけるこれら部位の血流低下が
アルツハイマー型認知症および関連軽度認知障害におけるにおける新たな診断指標となり
うる可能性をも示した。
これらの知見を世界に先駆けて示唆した本論文は博士(医学)の学位を授与するに値する
ものと認められる。
(主論文公表誌)
Psychiatry and Clinical Neurosciences
- 17 -
Vol.64,No.3,2010
さい
とう
藤
まさ
齋
本
籍
石
学 位 の 種 類
博
士(医 学)
学 位 記 番 号
甲
第376号
学位授与の日付
平成22年3月25日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
学 位 論 文 題 目
Negative expiratory pressure(NEP)法による睡眠時無
川
雅
とし
氏名(生年月日)
俊 (昭和 52 年 8 月 26 日)
県
呼吸患者の覚醒時上気道機能の評価
論 文 審 査 委 員
主
査
土
田 英
昭
副
査
芝
本 利
重
三
輪 高
喜
学位論文内容の要旨
研究目的
閉塞型睡眠時無呼吸(obstructive sleep apnea, OSA)は睡眠時に上気道が閉塞するこ
とによって起こる。しかし,OSA 患者においても覚醒時は,上気道閉塞を起こすことはな
い。これは上気道開大筋群が上気道の狭小化を反射的に防御しているためである。睡眠時
の上気道が閉塞しやすいかどうかを評価するには,鼻マスクを介して上気道に種々の圧を
負荷し,どの圧で上気道が閉塞するかを測定する方法が一般的である(上気道閉鎖圧
critical closing pressure, Pcrit)。この方法は覚醒時にも応用され,睡眠時と覚醒時
の上気道の病態の差異を評価する試みが行われている。しかし,覚醒時は圧負荷に対する
防御機構が働くため,この方法で覚醒時の上気道壁の特性を評価することは困難と考えら
れてきた。
申請者は本研究で,これまでは下気道の病態を検出するために普及してきた negative
expiratory pressure(NEP)法を覚醒時の Pcrit 測定に応用しようとした。すなわち,覚
醒時に瞬時に上気道に陰圧(NEP)を負荷し,上気道反射が起こる前の短時間の気流の変
化から Pcrit を測定しようとする新しい試みを提案している。本法で測定した Pcrit が上
気 道 の 特 性 を 反 映 す る か ど う か を 検 討 す る た め , 上 気 道 に 持 続 陽 圧 ( continuous
positive airway pressure, CPAP)を負荷したときと,上気道を表面麻酔したときの
Pcrit の変化を検討している。次に,睡眠時と覚醒時との比較から,OSA 患者の覚醒時の
上気道機能を評価している。また,覚醒時の上気道機能の評価から無呼吸重症度が予測で
きるかどうかを検討している。最後に,本法が上気道のどの部位の特性を反映するかも検
討している。本研究の目的は,覚醒時と睡眠時の Pcrit の差異,覚醒時の Pcrit と睡眠時
無呼吸の重症度との関係を検討し,OSA 患者の上気道機能の病態生理を明らかにしようと
することである。
実験方法
いびきまたは無呼吸を主訴に金沢医科大学病院睡眠障害センターを受診した患者のうち,
- 18 -
閉塞性換気障害のない 178 名を研究対象とした。覚醒時仰臥位で安静鼻呼吸中の呼気時に,
鼻マスクを通じて種々の強さの NEP を負荷した。NEP 負荷により,呼気流速(フロー)は
ピーク値を示した直後に最低値となり(Fdip),約 0.1 秒後に再び上昇するという 3 相性
の変化を示した。咽頭内圧の測定から,Fdip は上気道が閉塞または狭小化することを反
映していた。鼻マスクで測定したフローと鼻圧から,Fdip と鼻圧との関係を描いた。NEP
を強くすると Fdip はほぼ直線的に減少し,この回帰直線からフローがゼロとなり始める
鼻圧を Pcrit とした。NEP 負荷時の上気道の閉塞部位を検討するため,先端型圧カテーテ
ルを用いて後鼻孔圧,口蓋垂圧,上喉頭圧を測定した。CPAP は 8 cmH2O で一定とし,
CPAP 負荷前後の Pcrit の変化を測定した。上気道表面麻酔は 2%リドカインを口腔側と鼻
側から噴霧した。睡眠時の Pcrit は従来法を用いて測定した。全例ポリソムノグラフィを
施行し,睡眠呼吸障害の重症度も評価した。
実験成績
対象者の平均年齢は 56 歳(範囲 22~83 歳),body mass index は 26.4 kg/m2(16.9~
51.0)であった。無呼吸の重症度は最重症 44 名,重症 47 名,中等症 42 名,軽症 29 名,
健常者 16 名であった。OSA 患者 10 名の検討では,睡眠時の Pcrit は正の値(1.5±1.7
cmH2O)であるのに対し,覚醒時の Pcrit は負の値(-10.3±4.4 cmH2O)を示した。CPAP
を負荷して上気道筋群の活動性を低下させると Pcrit は増加した(-3.1±2.3 cmH2O,P<
0.001)。また,上気道を表面麻酔しても Pcrit は増加した(-3.9±3.6 cmH2O,P<0.01)。
CPAP 負荷時と上気道麻酔後の Pcrit 間には差を認めなかった。次いで全例での検討から,
無負荷時の Pcrit は健常者群と OSA の各群との間で差がなかった。これは,OSA 患者の覚
醒時の上気道は健常者同様,つぶれにくいことを示している。また,Pcrit と無呼吸重症
度(apnea hypopnea index,AHI)間にも相関がみられなかった。しかし,CPAP を負荷す
ると Pcrit は健常者よりも OSA の各群で高い値を示し,OSA 群の上気道はつぶれやすくな
ることを示していた。この差は軽症群と最重症群間でもみられ,CPAP 負荷時の Pcrit と
AHI との間には有意な正の相関があった(r=0.49,P<0.001,n=90)。最後に,本法によ
る上気道の虚脱部位は 72%が軟口蓋部,18%が舌根部であった。
総括および結論
本研究では上気道へ瞬時に陰圧を負荷し,上気道反射が出現する前の約 0.1 秒以内の変
化を解析することで,覚醒時の Pcrit が評価できることを示した。CPAP 負荷または上気
道表面麻酔により上気道筋群の活動性を低下させると,Pcrit はそれに対応して上昇する
ことを確認した。本法を用いて,OSA 患者の覚醒時の上気道は健常者と同様につぶれにく
いことを明らかにした。これに対し,CPAP 負荷や上気道麻酔を行うと上気道はつぶれや
すくなることを示した。以上のことから,本法は OSA 患者の覚醒時の上気道病態を診断す
る上で有用であると申請者は考えている。また,CPAP 負荷時の Pcrit は AHI と相関がみ
られ,睡眠時の上気道の病態をある程度予測することができると申請者は考えている。一
般的な無呼吸の診断法であるポリソムノグラフィは無呼吸の型と重症度とを測定するが,
原因部位である上気道の病態を評価しない。患者毎に異なる原因部位と原因を評価するこ
とで初めて,治療法を選択するための有用な情報が得られる。本研究では,NEP 法で測定
した Pcrit で覚醒時の上気道壁自体の病態を定量的に評価できること,CPAP 負荷時の
Pcrit を測定することで睡眠時に近似した上気道病態を評価できることを示した。申請者
- 19 -
は本法が簡便かつ短時間に施行でき,睡眠時無呼吸の重症度を予測でき,上気道閉塞部位
の評価への応用も期待されると結論している。
論文審査結果の要旨
これまでは睡眠時の上気道のつぶれやすさを評価するため,鼻マスクを介して種々の圧
を上気道に負荷し,どの程度の圧で上気道が閉塞するかを検査する上気道 閉鎖圧
(critical closing pressure,Pcrit)が一般的に測定されてきた。本法を覚醒時にも応
用し,睡眠時と覚醒時の上気道の病態の差異を評価する試みが行われてきたが,覚醒時は
圧負荷に対する防御機構が働くため,本法で覚醒時の上気道壁自体のつぶれやすさを評価
することは困難であった。また,最大の上気道開大筋群であるオトガイ舌筋の検討から,
覚醒時の上気道機能を評価する試みが行われてきた。しかし,覚醒時の上気道開存のメカ
ニズムはオトガイ舌筋だけでなく多くの上気道筋群が協調して行っている。個々の上気道
筋群の機能を検査することは困難あるだけでなく,たとえそれら全てを評価できたとして
も,結果として上気道開存性がどのように変化したのかはわからない。本研究で申請者は,
覚醒時に瞬時に上気道に陰圧(negative expiratory pressure,NEP)を負荷し,上気道
反射が起こる前の短時間の変化から覚醒時の Pcrit が測定できるのではないかと考え,検
討した。
本研究で申請者は次の事を明らかにしている。
1.覚醒時に上気道へ瞬時に陰圧を負荷し,上気道反射が出現する前の約 0.1 秒以内の変
化を解析することで,覚醒時の Pcrit が評価できる。
2.CPAP 負荷または上気道表面麻酔により上気道筋群の活動性を低下させると,Pcrit は
それに対応して上昇する。
3.OSA 患者の覚醒時の上気道は健常者と同様つぶれにくい。しかし,CPAP 負荷や上気道
麻酔を行うと,OSA 患者の上気道はつぶれやすくなる。
4.CPAP 負荷時の Pcrit は AHI と相関し,睡眠時の上気道の病態をある程度反映する。
5.本法による覚醒時の上気道虚脱部位は 72%が軟口蓋部,18%が舌根部である。
本研究は NEP 法を覚醒時の上気道に応用し,覚醒時の上気道閉鎖圧(Pcrit)が測定で
きることを示した初めての報告である。一般的な無呼吸診断法であるポリソムノグラフィ
は無呼吸の型と重症度とを測定するが,原因部位である上気道の病態は評価しない。患者
毎に異なる原因部位と原因を評価することで,初めて治療法を選択するための有用な情報
が得られるはずであり,本法はその可能性を示唆している。本法は簡便かつ短時間に施行
でき,睡眠時無呼吸重症度を覚醒時にも予測でき,覚醒時の上気道閉塞部位が評価できる
ことを示しており,OSA 患者の診断学的にも治療学的にも非常に有用な知見を提供してい
る。
以上により,本論文は博士(医学)の学位を授与するに値するものと認められる。
(主論文公表誌)
金沢医科大学雑誌
第 34 巻 第 2 号 平成 21 年
- 20 -
タン
リー
唐
本
中華人民共和国
籍
立
ホア
氏名(生年月日)
華 (1977 年 6 月 1 日)
学 位 の 種 類
博
士(医 学)
学 位 記 番 号
甲
第377号
学位授与の日付
平成22年3月25日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
学 位 論 文 題 目
Effect of Collagen Tripeptide of Type I Collagen on
Migration, Proliferation and Collagen Synthesis of
Human Aortic Smooth Muscle Cells
(ヒト動脈平滑筋細胞の増殖,遊走およびコラーゲン産生
に及ぼすコラーゲントリペプチドの効果)
論 文 審 査 委 員
主
査
米
倉 秀
人
副
査
松
井
忍
杉
江 茂
幸
学位論文内容の要旨
研究目的
粥状硬化症(Atherosclerosis)は生活習慣の変化や長寿社会の到来と共に益々重要な疾
患になっている。この疾患の基本的な現象は,①内膜における平滑筋細胞,マクロファー
ジ,および T リンパ球の増殖,②Ⅰ型コラーゲンなどの細胞外マトリックスの沈着,③細
胞内外における脂質沈着,であり,特に中膜平滑筋細胞の内膜への遊走と内膜での増殖,
平滑筋細胞による細胞外マトリックスの産生は病変形成,進展に重要な役割を果たしてい
る。
最近,コラーゲンに特有の繰り返し配列である Gly-X-Y(X,Y は Gly 以外のアミノ酸残
基)で構成されるトリペプチド(collagen tripeptide: コラーゲントリペプチド)が線維
芽細胞のコラーゲン合成促進作用をはじめ皮膚,骨,軟骨など多数の臓器において生物学
的作用を示すことが報告されている。本研究は,粥状硬化症の発生,進展に重要な役割を
果たす血管平滑筋細胞の遊走,増殖およびコラーゲン産生に及ぼすコラーゲントリペプチ
ドの作用を解析することを目的とした。
実験方法
コラーゲントリペプチド(collagen tripeptide)は,豚皮膚Ⅰ型コラーゲンをコラゲ
ナーゼ消化し HPLC で精製したエンドトキシンフリーの標品を用いた。培養ヒト大動脈平
滑筋細胞の培養液にコラーゲントリペプチドを 3, 30, 300μg/ml の濃度で添加した群を
実験群とし,コラーゲントリペプチド無添加群(対照群)と比較した。平滑筋細胞の遊走能
はメンブランフィルターを有するトランスウェルを用いて検討した。細胞増殖能は細胞数
- 21 -
のカウント,免疫組織化学による PCNA 陽性率およびウェスタンブロットによる PCNA タン
パク質発現により解析した。I 型および IV 型コラーゲン産生能は,それぞれ ELISA 法と
免疫蛍光法を用いて検討した。
実験結果
1. 平滑筋細胞遊走能に及ぼすコラーゲントリペプチドの作用
コラーゲントリペプチドは3種類の濃度(3, 30,300μg/ml)とも添加48時間後に平
滑筋細胞の遊走を強く阻害した。コラーゲントリペプチド濃度間では有意差はみられな
かった。
2. 平滑筋細胞増殖能(細胞数)に及ぼすコラーゲントリペプチドの作用
(1)細胞増殖に対する経時的作用
コラーゲントリペプチド添加24時間後では,低濃度(3μg/ml および 30μg/ml
群)では阻害作用を示さなかったが,300μg/ml 群で対照群に比べて有意の増殖阻害作
用を示した。添加 48 時間後および 72 時間後ではいずれの濃度(3, 30, 300μg/ml)でも
対照群に比べて有意な阻害作用を示した。
(2)PCNA 陽性細胞比率に対する作用
免疫組織化学を用いて増殖細胞の指標である PCNA 陽性細胞を測定した結果,コラー
ゲントリペプチド添加群はいずれの濃度(3,30,300μg/ml)でも対照群に比べて PCNA 陽
性細胞の比率が明らかに低下した。
(3)PCNA タンパク質発現に対する作用
コラーゲントリペプチド 300μg/ml 添加群では24時間後に PCNA タンパク質発現が
対照群に比較して有意な阻害が認められた。3μg/ml および 30μg/ml 添加群では低下
傾向が認められたが,対照群と有意差はなかった。
3. 平滑筋細胞のコラーゲン産生能に及ぼすコラーゲントリペプチドの影響
(1)I 型コラーゲン産生
培養上清中と細胞外に沈着したコラーゲンの総量は両群に有意差がなかった。このこ
とは,コラーゲントリペプチドが平滑筋細胞のⅠ型コラーゲンの産生量には影響を与え
ないことを示している。培養上清中に分泌されたⅠ型プロコラーゲン量はコラーゲント
リペプチド 300μg/ml 添加群の方が対照群に比べて少量であった。しかし,細胞外マ
トリックスに沈着したⅠ型コラーゲン量はコラーゲントリペプチド添加群の方が多かっ
た。この結果はコラーゲントリペプチドが I 型コラーゲンの線維形成・マトリックス沈
着を促進することを示唆している。
(2)IV 型コラーゲン産生
免疫蛍光法で IV 型コラーゲン(基底膜コラーゲン)の発現を解析したところ,コラー
ゲントリペプチド添加群の方が対照群に比べて広範かつ強い蛍光が認められ,コラーゲ
ントリペプチドが平滑筋細胞の IV 型コラーゲン産生およびマトリックス沈着を促進す
ることが示された。この結果は,IV 型コラーゲン産生を通じて基底膜形成を促進する
ことを示しており,コラーゲントリペプチドには平滑筋細胞の合成型から収縮型への変
換を促進する作用があることを示唆している。
- 22 -
総括および結論
本研究で初めて,コラーゲントリペプチドが培養ヒト動脈平滑筋細胞の(1)遊走を抑
制すること,
(2)増殖を抑制すること,(3)I 型コラーゲンの産生量には影響を与えず,
線維形成を促進すること,
(4)IV 型コラーゲンの産生促進することを通じて基底膜形成
を促進することが明らかにされた。本研究の結果は,コラーゲントリペプチドがヒトの粥
状硬化症の発生・進展を抑制する作用を有する可能性を示唆しており,治療や予防への応
用が期待される。
論文審査結果の要旨
本研究は,近年ますます重要な医学的課題となっている粥状硬化症(Atherosclerosis)
の発生・進展に重要な役割を果たす血管平滑筋細胞の遊走,増殖およびコラーゲン産生に
及ぼすコラーゲントリペプチドの作用を明らかにすることを目的とした。
研究では,豚皮膚Ⅰ型コラーゲンをコラゲナーゼ消化して HPLC で精製したコラーゲン
トリペプチドを用い,培養ヒト大動脈平滑筋細胞の遊走,細胞増殖,I 型および IV 型コ
ラーゲン産生への作用を解析した。
その結果,コラーゲントリペプチドが(1)ヒト大動脈平滑筋細胞の遊走を低濃度(3μ
g/ml)から強く阻害する作用を持つこと,(2)平滑筋細胞の増殖をやはり低濃度から有意
に阻害する作用を持つこと,
(3)平滑筋細胞の I 型コラーゲンの産生量には変化を与え
ないが,I 型コラーゲンの線維形成・マトリックス沈着を促進すること,(4)平滑筋細
胞の IV 型コラーゲン産生を通じて基底膜形成を促進すること,が初めて明らかされた。
本研究はコラーゲントリペプチドが粥状硬化症の発生・進展に深く関わる血管平滑筋細
胞に対して生物作用を持つことを初めて明らかにし,平滑筋細胞の合成型から収縮型への
変換を促進する作用があることを示すものであり,極めて価値の高い成果である。本研究
はさらに,コラーゲントリペプチドが粥状硬化症の治療や予防に応用できる可能性を示す
もので,この点からも重要な成果である。
本論文は論理立ててよく構成されており,実験もコントロールを適切に置いて正確に行
われている。実験結果の解釈,評価も適切である。
以上により,本論文は博士(医学)の学位を授与するに値するものと認められる。
(主論文公表誌)
金沢医科大学雑誌
第 34 巻 第 3 号 平成 21 年
- 23 -
こ
ばやし
まこと
氏名(生年月日)
小
林
誠
本
籍
新
学 位 の 種 類
博
士(医 学)
学 位 記 番 号
甲
第378号
学位授与の日付
平成22年3月25日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
学 位 論 文 題 目
Rab38 低分子量 G タンパク質遺伝子異常による肺胞Ⅱ型上
潟
(昭和 46 年 8 月 7 日)
県
皮細胞の変化
論 文 審 査 委 員
主
査
八
田 稔
久
副
査
佐久間
勉
湊
宏
学位論文内容の要旨
研究目的
低分子量 G タンパク質 Rab38 遺伝子異常ラットは皮膚および網膜の色素異常,出血異常
および特異的肺病変などを有する。皮膚および網膜の色素異常および出血異常を示す疾患
は Hermansky-Pudlak syndrome (HPS)と診断されることから,Rab38 遺伝子異常ラットは
HPS モデルラットと見なされ, RAB38 は HPS の原因遺伝子のひとつであると推測されてい
る。一部の HPS 患者においては特異的肺病変を示すことが報告されていることから,本研
究では,Rab38 遺伝子異常 HPS モデルラットに見られる肺胞構造の変化および肺サーファ
クタント分泌異常と Rab38 遺伝子の関係について検討を行った。
実験方法
1. Rab38 遺伝子異常ラットに Long-Evans Cinnamon (LEC),コントロールラットに
Long-Evans (LE)および Spague-Dawley (SD)を使用した。LEC および LE ラット肺ホモジ
ネート中の RAB38 タンパク質の有無を検討した。
2. LEC および LE ラット肺をヘマトキシリン・エオジン(H-E)染色,トルイジンブルー
染色および透過型電子顕微鏡にて観察した。H-E 染色像から,肺胞間平均距離を表す
mean linear intercept (Lm)および肺胞破壊度を表す destructive index (DI)を求め
た。
3. LEC および LE ラットより調整した全肺ホモジネート,層状封入体分画および気管支
肺胞洗浄液中に含まれる,サーファクタント・フォスファチジルコリン(PC)量およびサ
ーファクタントプロテイン-B(SP-B)量を測定した。
4. LEC および SD ラット肺胞Ⅱ型上皮細胞(Ⅱ型細胞)より分泌される[3H]PC 量を測定
し,分泌活性を求めた。
5.ラット Rab38 遺伝子またはバクテリア由来 lacZ 遺伝子を,アデノウイルスベクター
を用いて LEC 肺および LECⅡ型細胞に導入した。遺伝子導入培養Ⅱ型細胞は変法パパニ
コロー染色にて観察した。また遺伝子導入肺は透過型電子顕微鏡にて観察した。
- 24 -
6. Rab38 遺伝子または lacZ 遺伝子を,LECⅡ型細胞に導入して上記4と同様に[3H]PC
分泌活性を求めた。
7.ヒト肺癌由来Ⅱ型細胞である A549 細胞に Rab38 遺伝子を導入して,RAB38 タンパク
質の細胞内局在を蛍光二重免疫染色法にて検討した。
実験成績
1.RAB38 タンパク質の発現確認
Rab38 遺伝子異常を持つ LEC ラット肺ホモジネート中に RAB38 タンパク質の発現はみ
られなかった。
2.ラット肺の形態観察
H-E 染色では,LEC において肺胞腔の拡大がみられた。トルイジンブルー染色では,
LECⅡ型細胞の大型化および細胞内封入体の大型化がみられた。透過型電子顕微鏡では
LECⅡ型細胞の層状封入体の大型化がみられたが,層状構造の変化は確認されなかった。
Lm および DI は上昇し,LEC 肺は気腫化傾向がみられた。
3.肺サーファクタント成分量の比較
LEC は SD コントロールに比べて,全肺ホモジネートおよび層状封入体分画において
PC および SP-B の増加,気管支肺胞洗浄液において SP-B の減尐がみられた。
4.[3H]PC 分泌活性の検討
LECⅡ型細胞は SDⅡ型細胞コントロールに比べて,[3H]PC 基礎分泌量は減尐を示し,
アゴニスト刺激を受けた分泌比活性は増加を示した。
5.外来性遺伝子導入 LECⅡ型細胞の形態観察
lacZ 遺伝子導入肺 LECⅡ型細胞コントロールでは,大型の層状封入体が観察された。
βガラクトシダーゼを発現したⅡ型細胞と lacZ 遺伝子を導入しない LECⅡ型細胞の間
に,明らかな形態学的相違点は認められなかった。Rab38 遺伝子導入肺 LECⅡ型細胞の
層状封入体は, lacZ 遺伝子導入肺 LECⅡ型細胞コントロールに比べ縮小していた。
Rab38 遺伝子導入培養 LECⅡ型細胞の細胞質内封入体は lacZ 遺伝子導入培養 LECⅡ型細
胞に比べて縮小していた。
6.外来性遺伝子導入 LECⅡ型細胞の[3H]PC 分泌活性の検討
Rab38 遺伝子導入 LECⅡ型細胞は lacZ 遺伝子導入 LECⅡ型細胞コントロールに比べて,
3
[ H]PC 基礎分泌量は増加を示し,アゴニスト刺激を受けた分泌比活性は減尐を示した。
7.蛍光二重免疫染色
RAB38 タンパク質は A549 細胞質内に広範囲に分布していた。また,各種小器官マー
カーとの比較において,RAB38 は小胞体特異的発現マーカー(KDEL マーカー)と最も発
現パターンが近似していた。
総括および結論
1.ラット肺の形態観察において,LEC 肺では気腫化傾向がみられた。LECⅡ型細胞では
層状封入体の大型化がみられた。また肺サーファクタント成分量の比較において,LEC
では層状封入体分画で PC および SP-B の増加,気管支肺胞洗浄液中で SP-B の減尐が確
認された。このことより,Ⅱ型細胞における RAB38 タンパク質の欠失が肺サーファクタ
ント成分の分泌障害を引き起こす可能性が示された。また, RAB38 タンパク質の欠失に
よって,肺サーファクタントが層状封入体に過剰に蓄積される可能性,あるいは肺胞腔
- 25 -
へ分泌された肺サーファクタントのⅡ型細胞における再取り込み亢進の可能性が示され
た。さらに,RAB38 タンパク質を欠失することにより肺胞構造は気腫性の変化を示すと
考えられた。
2. RAB38 欠失Ⅱ型細胞にて,肺サーファクタント・フォスファチジルコリン分泌活性
の異常が認められた。この細胞に Rab38 遺伝子を導入すると,これらの異常は回復傾向
を示した。またⅡ型細胞内にみられた大型層状封入体は縮小し,改善傾向を示した。こ
のことより, RAB38 欠失により PC の肺胞腔への基礎分泌は抑制されるが,アゴニスト
刺激を受けることで層状封入体に過剰に蓄積された PC が大量に放出される可能性が考
えられた。これらの結果より, RAB38 はラットⅡ型細胞における肺サーファクタント分
泌に関与すると考えられた。
3.Rab38 遺伝子導入 A549 培養細胞において, RAB38 は小胞体マーカーと最も似たパター
ンを示した。このことより, RAB38 は小胞体-ゴルジ小体間輸送の調節に関与する可能
性が考えられた。
論文審査結果の要旨
低分子量 G タンパク質 Rab38 遺伝子異常ラットは,皮膚および網膜の色素異常,出血異
常および特異的肺病変などを呈する。皮膚および網膜の色素異常および出血異常を示す疾
患は Hermansky-Pudlak syndrome (HPS)と診断されることから,Rab38 遺伝子異常ラット
は HPS モデルラットと見なされ, RAB38 は HPS の原因遺伝子のひとつであると推測されて
いる。申請者は一部の HPS 患者において特異的肺病変を示すことが報告されていることに
着目し, Rab38 遺伝子異常 HPS モデルラットに見られる肺胞構造の変化および肺サーファ
クタント分泌異常と Rab38 遺伝子の関係について検討を行った。特に, RAB38 と肺胞Ⅱ型
上皮細胞の重要な機能である肺サーファクタント分泌との関係について綿密な実験を行い,
以下の点を明らかにした。
Rab38 遺伝子異常を持ち,Ⅱ型細胞で RAB38 タンパク質を欠失しているラットの肺では
気腫性の変化が確認された。この Rab38 変異ラットのⅡ型細胞では,層状封入体の大型化
が認められた。RAB38 欠失Ⅱ型細胞では,肺サーファクタント成分であるフォスファチジ
ルコリン(PC)およびサーファクタントプロテイン B (SP-B)の蓄積が増加し,Rab38 変異ラ
ットの気管支肺胞洗浄液中の SP-B の減尐が確認された。さらに, RAB38 欠失Ⅱ型細胞で
は PC の分泌活性異常がみられた。一方,RAB38 欠失Ⅱ型細胞に Rab38 遺伝子を導入する
と,PC の分泌異常は改善傾向を示した。また,各種細胞内小器官マーカーの局在の検討
から RAB38 は小胞体-ゴルジ小体間輸送の調節に関与する可能性が考えられた。本研究に
より, RAB38 タンパク質は肺胞の形成とⅡ型細胞における肺サーファクタントの分泌に深
く関わっていることが示された。
以上により,本論文は博士(医学)の学位を授与するに値するものと認められる。
(主論文公表誌)
金沢医科大学雑誌
第 34 巻 第 4 号 平成 21 年
- 26 -
なか
がわ
川
しん た ろう
氏名(生年月日)
中
本
籍
長
学 位 の 種 類
博
士(医 学)
学 位 記 番 号
甲
第379号
学位授与の日付
平成22年3月25日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
学 位 論 文 題 目
ラットに対する酸化ストレス誘発剤の単回投与による骨壊
野
慎太郎
(昭和 52 年 6 月 6 日)
県
死モデル
論 文 審 査 委 員
主
査
野
島 孝
之
副
査
八
田 稔
久
梅
原 久
範
学位論文内容の要旨
研究目的
特発性大腿骨頭壊死症は壮年期成人に好発する軟治性疾患で,病態を解明することは予
防および治療法を確立するために非常に重要な課題である。誘因としてステロイド剤は発
生頻度の約半分以上を占め,家兎におけるステロイド投与骨壊死モデルではステロイド投
与後に酸化ストレスが生じていることが明らかとなっている。今回の研究では酸化ストレ
ス誘発剤をラットに単回投与し,新たな骨壊死モデルの作成を試みた。
実験方法
24 週齢の雄性 Wister 系ラットを用いた。酸化ストレス誘発剤投与群として Buthionine
sulfoximine (BSO,Sigina-Aldrich Corporation, USA)を生理食塩水に溶解し,500mg/kg
及び 1,000mg/kg を投与した 2 群と生理食塩水のみを投与した対照群を作成した。投与後
12 時間,1,3,4,5,7,14 日目に脱血死させ,大腿骨の組織像を観察した。また,生体
内酸化ストレスの指標として,肝組織の還元型グルタチオン(GSH)値の測定を行った。肝
組織は門脈より生理食塩水による濯流後に採取し,DTNB-グルタチオン還元酵素リサイク
リング法にて定量した。
実験成績
組織学的に対照群では骨壊死の発生を認めなかったが,BSO 500mg/kg 及び 1,000mg/kg
投与群ともに 5 日目から骨壊死が出現し,7 日目以降の発生率は 35-40%であった。肝組織
の GSH 値 は BSO 投 与 の 両 群 と も , 12 時 間 ( 500mg/kg 投 与 群 ; 765 ± 181 μ g/g ,
1,000mg/kg 投与群;343±54μg/g)で対照群(2,339±225μg/g)に対し有意な低下を認
め(P<0.01),酸化ストレスの発生が確認された。
- 27 -
総括および結論
ラットに酸化誘発剤を単回投与,約 40%のラットの大腿骨頭に骨壊死の発生を確認で
きた。本ラットモデルは簡便な手法であり,比較的容易に遺伝子学的検索も可能であり,
今後,大腿骨頭壊死症の病態解明に貢献できると考えた。
論文審査結果の要旨
ステロイド性大腿骨頭壊死症の発生原因として脂肪塞栓,静脈還流異常,脂質代謝異常,
凝固線溶系異常などの諸説が報告されているが,詳細な機序は未だ不明である。申請者の
所属する教室ではその発生機序を精力的に研究し,近年,ステロイド投与家兎モデルを用
い,生体内酸化ストレスと骨壊死発生との関係を報告している。しかしながら,家兎モデ
ルでは遺伝子学的解析が困難であり,また,連続して多数回の酸化ストレス誘発剤を投与
するため酸化ストレス暴露と骨壊死発生の時間的関係を明らかにすることは難しかった。
今回申請者は,小動物であるラットに酸化ストレス誘発剤を単回投与し,大腿骨頭に骨
壊死を発生させるという非常にシンプルな研究を行った。ヒトにおける好発部位である大
腿骨頭での骨壊死を再現でき,遺伝子学的検索に優れたラットの薬剤誘発性骨壊死モデル
を初めて作成した。酸化ストレス誘発剤投与による骨壊死発生率が約 40%と必ずしも高
頻度といえず,また,小動物のため骨壊死を再現できたか否かは組織学的検索まで待たな
ければならないなどの問題があるが,この問題点は酸化ストレス誘発剤の投与のみで単純
に骨壊死が生じるものではないことを示唆し,このラットモデルの骨壊死を発生する群と
発生しない群の比較対照の研究が将来価値のあるものになると考えられる。
以上より,本ラットモデルは今後の大腿骨頭壊死症の研究に非常に有益であると考えら
れ,本論文は博士(医学)の学位を授与するに値するものと認められる。
(主論文公表誌)
金沢医科大学雑誌
第 34 巻 第 3 号 平成 21 年
- 28 -
み
かみ
上
とも
三
本
籍
広
学 位 の 種 類
博
士(医 学)
学 位 記 番 号
甲
第380号
学位授与の日付
平成22年3月25日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
学 位 論 文 題 目
ステロイド投与家兎における抗酸化ビタミンを用いた骨壊
島
友
あき
氏名(生年月日)
明
(昭和 50 年 6 月 16 日)
県
死予防効果についての検討
論 文 審 査 委 員
主
査
梅
原 久
範
副
査
勝
田 省
吾
梶
波 康
二
学位論文内容の要旨
研究目的
ステロイド性大腿骨頭壊死症は,大腿骨の骨頭が圧潰し,強度な股関節痛を伴い,著し
くQOLが低下する難治性疾患である。本疾患は,近年増加傾向にあり,厚生労働省難治性
疾患にも認定されている。我々は,骨壊死と酸化ストレスとの関係についての検討を行っ
てきた。これまでに,家兎に対してステロイド投与後早期にDNA酸化障害が発生している
こと,ステロイド投与家兎骨壊死モデルを用いて抗酸化剤であるグルタチオン投与により
骨壊死発生が有意に抑制されることを明らかにした。近年,心疾患など酸化ストレス関連
疾患において,グルタチオンを含めた抗酸化物質,特に抗酸化ビタミンが注目されている。
抗酸化ビタミンの中で,ビタミンEおよびビタミンCが強い抗酸化作用を有しており,臨床
でも使用されており,その安全性も高いことが解っている。抗酸化作用を有するビタミン
Eおよび ビタミンCにより,ステロイドによる生体内酸化ストレスを抑制し,骨壊死発生
を予防できる可能性が考えられる。
本研究の目的は,ステロイド投与家兎骨壊死モデルを使用し,抗酸化ビタミンによる
骨壊死発生抑制効果について検討することである。
実験方法
実験動物は,体重約3.5kgの成熟雌性日本白色家兎を使用した。
酢酸メチルプレドニゾロン(以下MPSL)投与群には,骨壊死の再現性を高める為にMPSL
40mg/kgを右側殿筋内に単回筋注した(S群,15羽)。MPSL40mg投与家兎に対して,ビタミ
ンE50mg/kgを連日静注した10羽をE群,およびビタミンC30mg/kgを連日静注した10羽をC群
とした。
全群,2週間後に犠牲死とし,下記の(1),(2)について検討した。
(1)病理組織学的検討:犠牲死とした家兎の両側大腿骨を摘出し,H-E染色標本を作製し
- 29 -
た。光学顕微鏡にて大腿骨近位内側部における骨壊死の有無について検討した。
(2)血液生化学的検討:MPSL投与前および投与後1,3,5,7,14日目に耳動脈よ
り採血し,酸化ストレスの指標である血中グルタチオン(GSH)値を測定した。
実験成績
(1)病理組織学的検討:ステロイド単独投与群(S群)では,15羽中14羽に骨壊死を認
め,骨壊死発生率は93%であった。一方,ビタミンE投与群(E群)では,全例で骨壊
死を認めず,骨壊死発生率は0%であった(P<0.05)。C群では,10羽中6羽に骨壊
死を認め,骨壊死発生率は60%であった。
(2)血液生化学的検討:S群では,MPSL投与後1日目から急激にGSH値の低下を認め,7日
目まで統計学的に有意なGSH値の低下を認めた(P<0.05)。E群ではS群と比較して,
MPSL投与1日目,3日目でGSH値の低下が有意に抑制されており(P<0.05),ビタミン
Eが酸化ストレスを抑制したと考えられた。C群のGSH値は,S群と比較して統計学的に
有意な差を認めなかった。
総括および結論
通常,生体内では酸化還元のバランスは平衡に保たれている。しかし,ステロイドの大
量投与では,酸化還元のバランスが崩れ,生体内に過剰の酸化ストレスが加わることが推
測される。生体内で過酸化の連鎖反応が起こると,最終産物である過酸化物質が体内に蓄
積し酸化還元のバランスが崩壊し,さらに酸化ストレスが増加するという負のサイクルを
生じる。ビタミンEは,直接的な抗酸化作用を有しており,細胞膜内での過酸化反応の連
鎖を停止し,過酸化物質の蓄積を抑制する。 今回の我々の検討においても,ビタミンE投
与群では骨壊死発生率が0%と有意な抑制効果が確認できた。一方,水溶性ビタミンであ
るビタミンCは,細胞外での抗酸化作用を有し, 細胞膜内の過酸化反応を抑制することは
出来ない。我々の検討でも,ビタミンCの投与では,十分な抗酸化作用は得られなかった
と考えられた。ステロイド性骨壊死モデルを用いた本実験において,ビタミンE投与が骨
壊死発生を抑制することが確認できた。ビタミンEは,臨床的にも十分応用可能であり,
ステロイド性大腿骨頭壊死症の予防法として期待できることが示された。
論文審査結果の要旨
ステロイド性大腿骨頭壊死症は,最終的には骨内の虚血によって発生するという点で意
見が一致しているが,そこに至る経路に関しては様々な説が報告されており,明らかな発
症機序は不明である。また,本疾患に対する予防法は現時点ではなく,最終的に手術加療
が必要となる。本研究は,近年注目を浴びている抗酸化ビタミン(ビタミン E およびビタ
ミン C)に着目し,ステロイド投与家兎骨壊死モデルを用いて,抗酸化ビタミンの骨壊死
抑制効果を検討したものである。
本研究により,申請者は以下の事柄を明らかにした。
1)病理組織学的検討において,ビタミン E 投与群では,骨壊死発生率が 93%から 0%へ
と有意に減少し,ビタミン E の著明な骨壊死抑制効果が確認された。一方,ビタミン C
- 30 -
投与群では,骨壊死発生率は 93%から 60%への低下に留まり,統計学的に有意な減少
には至らなかった。
2)血液生化学的検討において,ビタミン E 投与群では,MPSL 投与後 1,3 日目での GSH
低下の有意な抑制が確認された。一方,ビタミン C 投与群では,ステロイド単独投与群
と比較して有意な変化は認められなかった。
以上の結果は,抗酸化ビタミンであるビタミン E が,ステロイドにより生じる酸化スト
レスを是正することにより,骨壊死を抑制するという経路を明らかにしたものである。
本研究の成果は,難治性疾患であるステロイド性大腿骨頭壊死症に対してビタミン E が
有効であることを示し,今後,臨床応用も期待できる成果である。
以上により,本論文は博士(医学)の学位を授与するに値するものと認められる。
(主論文公表誌)
金沢医科大学雑誌
第 34 巻 第 3 号 平成 21 年
- 31 -
なか
た
多
みち
中
本
籍
奈
学 位 の 種 類
博
士(医 学)
学 位 記 番 号
甲
第381号
学位授与の日付
平成22年3月25日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
学 位 論 文 題 目
末梢血および髄液パラメータによるウイルス性中枢神経感
良
充
よ
氏名(生年月日)
世 (昭和 52 年 6 月 5 日)
県
染症の病態解析
論 文 審 査 委 員
主
査
大
原 義
朗
副
査
梅
原 久
範
山
口 宣
夫
学位論文内容の要旨
研究目的
ウイルス性中枢神経感染症の予後は原因ウイルスによって様々である。原因ウイルスの
同定には血清抗体価の変動を見る,あるいは髄液中のウイルス DNA を PCR 法で増幅するな
どの検査が施行されるが,判定には数日から2週間を要するため,急性期の治療方針決定
には寄与し得ない。腰椎穿刺は中枢神経感染症が疑われる患者の全例に施行される検査で
あるが,髄液ルーチン検査により病原体ごとに異なると考えられる免疫応答の詳細を知る
ことは困難である。このような臨床現場の状況下において,末梢血および髄液について詳
細な免疫学的検査を施行し病態解析を行うことにより,疾患活動性や予後を推定し得るパ
ラメータを同定できれば,診療に大きな手助けとなることは疑いがない。そこで,本研究
では,ウイルス性中枢神経感染症発症初期の末梢血や髄液検体を対象として感染免疫動態
を明らかにするとともに,臨床指標との関連の有無を検討し,ウイルス性中枢神経感染症
の病態および予後に関するパラメータを同定することを目的とする。
実験方法
対象患者は臨床的にウイルス性髄膜炎または髄膜脳炎と診断された患者 12 名である。疾
患対照群は診断確定のために腰椎穿刺を施行された非炎症性神経疾患患者 19 名である。入
院早期に末梢血および髄液採取を同時に行い,末梢血炎症指標と髄液ルーチン検査に加え
て,IgG index の算出,末梢血 natural interferon-producing cell(IPC)および末梢血
と髄液のリンパ球サブセットをフローサイトメトリー(FACS)で解析した。いずれの検査
結果も電子カルテに登録されており,患者への説明も十分に行われた。また,感染症群,
対照群の全症例において,免疫修飾薬の投与は受けていない。
実験成績
ウイルス性中枢神経感染症患者と非炎症性神経疾患を識別し得る末梢血炎症指標は存在
- 32 -
しなかった。髄液ルーチン検査のうち,細胞数,多核球数,単核球数,蛋白,アルブミン
は感染症群で有意に増加していた。末梢血の免疫学的検査のうち,末梢血 IPC は2群間で
差を認めなかったが,CD4+CD29+ helper inducer T 細胞および CD4+CXCR3+ Th1 細胞は感
染症群で有意に低下していた。髄液では,IgG および IgG index は感染症群で有意に高く,
さらに同群において NK 細胞の有意な増加,CD3+ T 細胞と CD4+CCR5+および CD4+CXCR3+
Th1 細胞の有意な減少に加えて,CD8+CD28+および CD8+CD11a+ 細胞障害性 T 細胞分画の有
意な低下を認めた。ウイルス性中枢神経感染症群と非炎症性神経疾患群を識別し得たパラ
メータ 16 項目について,臨床指標との関連を解析したところ,病棟内自由歩行開始日は,
IgG index と有意の相関を示した。IgG index と他の髄液パラメータとの関連を統計学的に
解析した結果,CD3+ T 細胞,CD4+ 細胞,CD4+CD29+ helper inducer T 細胞,CD4+CXCR3+
Th1 細胞,CD8+細胞,CD8+CD28+ 細胞障害性 T 細胞,CD8+CD11a+ 細胞障害性 T 細胞に相関
を認めた。
総括および結論
髄液ルーチン検査項目である細胞数や蛋白・アルブミンの増加は,ウイルス感染症に起
因する炎症の結果と考えられる。さらに,FACS による機能的リンパ球亜分画解析を行うこ
とで,髄液細胞を中心に非炎症性神経疾患では見られない不均衡が認められた。今回の研
究はウイルス特異的なリンパ球の動態を追究したものではないが,脳脊髄は血液と血液脳
関門で隔てられており,髄液中のリンパ球亜分画の不均衡は,中枢神経内での固有の病態
を反映していると考えられる。今回の研究では細胞障害性 T 細胞を多く含む CD8+CD28+ 細
胞および CD8+CD11a+ 細胞は感染症髄液中でのみ有意に低下しており,対照的に抑制性 T
細胞を包含する CD8+CD11a- 細胞は増加傾向にあった。さらに髄液では,CD4+CCR5+およ
び CD4+CXCR3+の両者の Th1 細胞が低下していたことから,中枢神経内の免疫応答は抗体産
生を促進する Th2 側へ偏倚していると考えられた。本研究の対象となったウイルス感染症
患者では最終的に良好な機能的予後が得られたが,細胞障害性 T 細胞によるウイルス除去
よりも抗ウイルス抗体産生によるウイルス除去機序が中心となり,CD8 陽性細胞の過剰な
活性化による組織破壊が抑制された結果であると推定された。また IgG index は中枢神経
内での全般的な液性免疫亢進の指標として使用されるが,今回他の髄液パラメータとの相
関の解析では,helper inducer T 細胞,Th1 細胞,細胞障害性 T 細胞の存在率と強い相関
を示した。したがって,IgG index は液性免疫のみならず,中枢神経内の細胞性免疫応答
もある程度反映する指標であると推定される。これらを合わせ考えると,中枢神経内で強
い液性免疫応答を要する状態(IgG index 高値)では,ウイルスの活動性も亢進している
と推定され,
病極期の ADL 制限が大きくなって病棟内自由歩行許可が遅れると考えられた。
結論として,ウイルス性中枢神経感染症では,病初期の IgG index は中枢神経内における
全般的な抗ウイルス免疫応答の指標であり,間接的にウイルス感染の活動性を反映してい
ると考えられた。このような背景から,急性期の IgG index を測定することは,ウイルス
感染症の予後を推定する指標として有用であることが判明した。また,今回の研究では発
症平均 5.7 日での急性期解析しか行えていないため,今後,超急性期から 2-3 週間後の亜
急性期から回復期にかけての追跡調査を含めたより詳細な検討を行うことにより,各パラ
メータの臨床的意義を再検討する必要があると考えられた。
- 33 -
論文審査結果の要旨
ウイルス性中枢神経感染症の予後は原因ウイルスによって様々である。腰椎穿刺は中枢
神経感染症が疑われる患者の全例に施行される検査であるが,ルーチン検査項目では病原
体ごとに異なると考えられる免疫応答の詳細を知ることは困難である。末梢血および髄液
について詳細な免疫学的検査を行い病態解析を行うことにより,疾患活動性や予後を推定
し得るパラメータが存在すれば,診療の一助になると考えられる。そこで本研究では,ウ
イルス性中枢神経感染症発症初期の末梢血や髄液検体を対象として感染免疫動態を明らか
にするとともに,臨床指標との関連の有無を検討し,ウイルス性中枢神経感染症の病態お
よび予後に関するパラメータを同定することを目的とした。
本研究により得られた結果は以下のごとくである。
1.原因ウイルスを同定できた症例は存在しなかった。またウイルス性中枢神経感染症患
者と非炎症性神経疾患を識別し得る末梢血炎症指標は見いだせなかった。
2.髄液ルーチン検査項目である細胞数や蛋白・アルブミンの増加は,ウイルス感染に起
因する炎症の結果と考えられる。さらに,FACS による機能的リンパ球亜分画解析で,髄
液細胞を中心に非炎症性神経疾患では見られない不均衡が認められた。今回の研究はウ
イルス特異的なリンパ球の動態を追究したものではないが,脳脊髄は血液と血液脳関門
で隔てられており,髄液中のリンパ球亜分画の不均衡は,中枢神経内での固有の病態を
示唆していると考えられる。
3.感染症群髄液では,細胞障害性 T 細胞を多く含む CD8+CD28+ 細胞および CD8+CD11a+
細胞が有意に低下しており,対照的に抑制性 T 細胞を包含する CD8+CD11a- 細胞は増加
傾向にあった。さらに髄液では,CD4+CCR5+および CD4+CXCR3+の両者の Th1 細胞が低下
していたことから,中枢神経内の免疫応答は抗体産生を促進する Th2 側へ偏倚している
と考えられた。すなわち細胞障害性 T 細胞によるウイルス除去よりも抗ウイルス抗体産
生によるウイルス除去機序が中心となっており,CD8 陽性細胞の過剰な活性化による組
織破壊が抑制された結果,本研究の対象患者では最終的に良好な機能的予後が得られた
と考えられる。
4.IgG index は臨床指標(病棟内歩行開始日)と相関する唯一のパラメータであった。
IgG index は中枢神経内での全般的な液性免疫亢進の指標として使用されるが,今回他
の髄液パラメータとの相関の解析では,helper inducer T 細胞,Th1 細胞,細胞障害性
T 細胞の存在率と強い相関を示した。したがって,IgG index は液性免疫のみならず,中
枢神経内の細胞性免疫応答もある程度反映する指標であると推定された。これらを合わ
せ考えると,中枢神経内で強い液性免疫応答を要する状態(IgG index 高値)では,ウ
イルスの活動性も亢進していると推定され,病極期の ADL 制限が大きくなって病棟内自
由歩行許可が遅れると考えられた。
5.本研究の髄液採取は発症平均 5.7 日における,1 回であった。今後,他症例において,
超急性期,急性期,回復期の検体を継時的に解析し,検討する必要がある。
以上により本論文は博士(医学)の学位を授与するに値するものと認められる。
(主論文公表誌)
金沢医科大学雑誌
第 34 巻 第 3 号 平成 21 年
- 34 -
さか
い
井
とも
ゆき
氏名(生年月日)
坂
知
本
籍
岐
学 位 の 種 類
博
士(医 学)
学 位 記 番 号
甲
第382号
学位授与の日付
平成22年3月25日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
学 位 論 文 題 目
T 細胞におけるボルテゾミブによるアポトーシス誘導機構
阜
之 (昭和 53 年 7 月 19 日)
県
の解析
論 文 審 査 委 員
主
査
岩
淵 邦
芳
副
査
犀
川
太
米
倉 秀
人
学位論文内容の要旨
研究目的
ボルテゾミブは 26S プロテアソームを阻害することで, 細胞周期, サイトカイン産生,
アポトーシス抵抗性, 接着分子発現, 血管新生などに関係する蛋白質を変化させ, 抗腫瘍
効果を発揮する。プロテアソームという新しい分子を標的として抗腫瘍効果を発揮する世
界で初めて臨床応用された抗癌剤であり, 従来の化学療法に効果の乏しかった癌, 抗癌剤
に耐性となった再発例に対する効果も期待されている。現在, わが国でのボルテゾミブの
適応症は多発性骨髄腫のみであるが, 他の血液腫瘍, 固形癌に対しても臨床試験が行われ
ており, 血液腫瘍ではマントル細胞リンパ腫(MCL), 粘膜関連濾胞辺縁帯リンパ腫
(MALT lymphoma), 成人 T 細胞白血病/リンパ腫(ATLL)でその効果が期待されている。
ボルテゾミブは, NF-κB 経路を抑制することでその効果を期待されていたが, その後,
他の多くの蛋白質にも作用し, 腫瘍細胞をアポトーシスへ誘導することが報告され, NFκB の活性が高くない腫瘍においてもその効果が期待される。しかしながら, その薬理動
態の詳細は, まだ十分に明らかになっていない。今回我々は, Jurkat 細胞と HuT-102 細
胞を用いて, ボルテゾミブによる NF-κB 活性の異なる細胞におけるアポトーシス誘導能
と関連蛋白の発現変化の違いを検討した。
実験方法
Jurkat 細胞, HuT-102 細胞を用いて 1)ボルテゾミブを濃度と時間ごとに刺激を入れ,
アポトーシスの相違を FACS 解析した。2) ボルテゾミブを濃度と時間ごとに刺激を入れ,
リン酸化 (Ser15) p53, p53, p27, カスパーゼ 3, 切断型 PARP, Skp2 の発現の相違をウ
エスタンブロット法によりに検討した。
実験成績
1)FACS 解析
- 35 -
Jurkat, HuT-102 いずれの細胞も 24 時間暴露では, ボルテゾミブ 25nM 以上でアポトー
シスが認められ, 特に Hu-T-102 において顕著であった。48 時間暴露では, Jurkat 細胞で
は 25nM 以上の濃度でアポトーシスを認め, HuT-102 細胞では 10nM 以上の濃度でアポトー
シスを認めた。濃度を 25nM に固定し, 時間ごとのアポトーシスの量の変化は, Jurkat 細
胞では 8 時間暴露後よりアポトーシスを認め,HuT-102 細胞では 24 時間暴露後よりアポ
トーシスを認めた。
2)Western Blot 法による蛋白発現解析
a)p53 に関しては両細胞とも 10nM までは変化なく, 25nM で発現の減少を認めた。25nM
で の 時 間 経 過 で は , Jurkat 細 胞 で は 暴 露 1, 4 時 間 後 で 発 現 の 増 加 を 認 め ,
p53(Ser15)のリン酸化も同様の結果であった。HuT-102 細胞では時間ごとの蛋白発現
の増加は認めず, p53(Ser15)のリン酸化も変化を認めなかった。
b)p27 に関しては, Jurkat 細胞では 10nM で発現の増加を認め, 25nM では両細胞で発現
減少を認めた。暴露 8 時間後での濃度ごとの発現は HuT-102 細胞で濃度依存性に蛋白
発現増加を認めた。25nM での時間経過では, 両細胞とも暴露 8 時間までは時間依存
性に蛋白発現の増加を認めた。
c)切断型 PARP に関しては, 両細胞とも濃度依存性に増加し, 特に HuT-102 細胞で顕著
であった。25nM での時間ごとの経過では, Jurkat 細胞では暴露 8 時間より確認され
た。
d)Caspase-3 に関しては両細胞とも濃度依存性に増加し, Jurkat 細胞で顕著であった。
25nM での時間ごとの経過では Jurkat 細胞では 8 時間より確認された。
e)Skp2 に関しては, 両細胞とも 25nM で発現減少を認め, Jurkat 細胞で有意であった。
25nM での時間ごとの経過では両細胞とも蛋白発現に変化は認めなかった。
総括および結論
FACS の結果より, ボルテゾミブによるアポトーシスは両細胞とも, 濃度, 時間依存性
に起こり, 他で報告されているように NF-κB活性の高い HuT-102 細胞でより強く誘導さ
れた。しかし, 時間経過でみてみると, HuT-102 細胞が 24 時間以降にアポトーシスを誘
導するのに対して, Jurkat 細胞では 6~12 時間で誘導を認め 24 時間では低下していた。
この結果より, Jurkat 細胞における時間経過の中でアポトーシス量の低下が, 最終的な
両細胞でのアポトーシスの低下の差に起因していると考えた。他の報告でボルテゾミブは
細胞周期の G1/S, G2/M 期で細胞周期を停止させると報告されており, 今回の FACS の結果
も細胞周期の停止が関与している考え, Western Blot 法により蛋白発現を解析した。結
果, Jurkat 細胞では p53 が1, 4 時間で増加し, p27 は 8 時間まで増加を認め, HuT-102
細胞では p53 に変化はなく, p27 は Jurkat 細胞よりも長時間発現増加を認めた。p53 は細
胞周期の, G1/S, G2/M 期両方に関与しており, p27 は主に G1/S 期に関与しているため,
p53, p27 の初期での発現増加とその後の減少は FACS 解析における 8 時間でのアポトーシ
スの増加と, 24 時間での減少に関与している可能性が考えられる。また, Jurkat 細胞で
は 24 時間内での早期の pro-caspase-3 の減少と活性化型 caspase-3 の増加が確認され,
切断型 PARP の増加も認められ, caspase-3 依存性のアポトーシス誘導が Jurkat 細胞の早
期の反応に関与していると考えられる。以上より, ボルテゾミブによるアポトーシスは T
細胞性腫瘍でも誘導され,細胞ごとにボルテゾミブに対する感受性,アポトーシス発現時
- 36 -
間に差も認めた。アポトーシス誘導の効率には,NF-κB 活性の違い以外にも,caspase-3
の作用が大きく関与しており, p53,p27 も関与している可能性が考えられる。したがっ
て,NF-κB 活性の高くない腫瘍細胞においてもボルテゾミブによる抗腫瘍効果が期待さ
れ,今後, 臨床の場における適応の拡大が望まれる。
論文審査結果の要旨
研究目的:ボルテゾミブは, 細胞内の蛋白質分解酵素複合体 26S プロテアソームを阻害
することにより, 抗腫瘍効果を発揮する新しい抗癌剤である。プロテアソーム阻害剤の中
で, 臨床応用に至った最初の薬剤であり, 従来の抗癌剤で効果の乏しかった癌, あるいは
抗癌剤耐性となった再発癌に対しての効果が期待されている。現在, わが国でのボルテゾ
ミブの適応症は B 細胞系腫瘍である多発性骨髄腫のみであるが, 他の血液腫瘍や固形癌に
対しても臨床試験が行われている。特に血液腫瘍では, マントル細胞リンパ腫(MCL),
粘膜関連濾胞辺縁帯リンパ腫(MALT lymphoma)などの B 細胞系腫瘍のみならず, 成人 T
細胞白血病/リンパ腫(ATLL)などの T 細胞系腫瘍での効果も期待されている。多発性骨
髄腫細胞を用いた研究から, ボルテゾミブの主要な標的蛋白質は, 転写活性化因子 NF-κ
B の機能を阻害する蛋白質 I-κB であろうと考えられている。即ち, ボルテゾミブは, IκB の分解を抑制し NF-κB の機能を阻害することにより, 抗腫瘍効果を発揮すると推定
されているが, その詳細は不明である。申請者は, 今後適応症に追加されることが期待さ
れる T 細胞系腫瘍に対する, ボルテゾミブの抗腫瘍効果を調べるとともに, その作用機序
を明らかにする目的で, NF-κB 発現の程度に差のある 2 種の T 細胞系腫瘍細胞株を用い
て, ボルテゾミブによる in vitro での細胞死を経時的に観察した。
実験方法:NF-κB 発現の低い細胞株 Jurkat と, NF-κB 発現の高い細胞株 HuT-102 を用
いた。ボルテゾミブ処理後の, 細胞内 DNA 量の経時的変化を FACS で, また細胞死に関与
する蛋白質, p53, p27, カスパーゼ 3, 切断型 PARP, Skp2 発現量の経時的変化をウエス
タンブロットで調べた。
実験成績:以下の新知見を得た。①ボルテゾミブは T 細胞系腫瘍株にアポトーシスによ
る細胞死を誘導した。②NF-κB 高発現細胞株でより強くアポトーシスが誘導されたが,
低発現細胞株においても軽度ながらアポトーシスが誘導された。③NF-κB 低発現細胞株
でみられるアポトーシスは, 高発現細胞株でみられるそれよりも早期に誘導された。④
NF-κB 高発現細胞株の場合と異なり低発現細胞株では, アポトーシス誘導前に p53, p27
発現量の軽度上昇を認めた。③④より, ボルテゾミブによって活性化される, NF-κB 非
依存性のアポトーシス経路が存在することが示唆された。
総括および結論:本論文は, T 細胞系腫瘍に対するボルテゾミブの有効性を示唆してい
る。さらに将来個々の T 細胞腫瘍例で, ボルテゾミブの治療効果を推定する際の基礎とな
る, 重要な知見提示している。
以上により,本論文は博士(医学)の学位を授与するに値するものと認められる。
(主論文公表誌)
金沢医科大学雑誌
第 34 巻 第 4 号 平成 21 年
- 37 -
こ
せき
関
よう
小
本
籍
富
学 位 の 種 類
博
士(医 学)
学 位 記 番 号
甲
第383号
学位授与の日付
平成22年3月25日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
学 位 論 文 題 目
健常成人における functional MRI を用いた復唱課題遂行
山
陽
じゅ
氏名(生年月日)
樹 (昭和 54 年 1 月 24 日)
県
時の賦活部位に関する研究
論 文 審 査 委 員
主
査
加
藤 伸
郎
副
査
松
井
真
利
波 久
雄
学位論文内容の要旨
研究目的
Functional MRI(f-MRI)は MRI 装置を用いて,血流変化の観点から神経活動を間接的
に測定する方法で造影剤の使用を要せず,装置も比較的簡便であるなどの点で有用である
と考えられている。f-MRI の重要な臨床的応用のひとつに,脳神経外科領域における手術
に際しての言語の優位半球の同定があり,従来はこの目的に Wada test が用いられてきた
が,f-MRI による検査は非侵襲的である点が利点である。近年開発された光マイクロフォ
ンは MRI 撮影時の雑音を排除した上で,指示や課題をリアルタイムで与えることを可能に
した。光マイクロフォンを用いて復唱課題による感覚性言語野の賦活における有用性を検
討した。言語機能の側性(Laterality)と関与することの大きい利き手との関係も検討し
た。
実験方法
対象は健康成人 25 例で年齢は 18 から 42 歳。(平均 27.1 歳,標準偏差
5.6 歳)。右手
利きは 15 例で,非右手利きは 10 例であった。対象者の利き手の決定は,質問表を用いて
決定した。なお非右手利きの対象者は,全て書字を左手で行う者であった。本研究につい
ては金沢医科大学臨床研究倫理審査委員会の承認を得て行なった。復唱は covert task と
した。復唱課題として単音,無意味語,有意味語,文章の復唱を設定した。データ処理に
は SPM による Z 検定を用い,有意差のある部位を MRI 画像に投影した。統計解析は賦活部
位の左右差について行った。同一部位の右と左で賦活部位を表す voxel が見られる例数の
全体の例数に占めるそれぞれの割合について有意差があるかどうかを,右手利き群と非右
手利き群において解析した。なお,賦活部位の左右差を判定する別な方法として,個々の
被検者について laterality index(LI)を用いて評価した。LI=[(VL-VR)/(VL+VR)]×
100 で計算される。本研究においては 20<LI であれば左側優位,LI<-20 であれば右側
- 38 -
優位,-20≦LI≦20 であれば両側性と分類した。また各関心領域において LI による左側
優位と右側優位の例数に有意差があるかどうかを右利き群と非右利き群について別々に比
較した。なお右利きの対象群と非右利きの対象群の 2 群間で,LI の値に有意差があるか
どうかを解析した。その他,右手利き群と非右手利き群それぞれについて,左側の「運動
性言語領域」と「感覚性言語領域」の 2 領域の間で,task ごとに賦活例数を比較した。
実験成績
右手利き群でも非右手利き群でも,どの task でも上側頭回の賦活が他の部位に比べて
最も多くみられ,特に左側で多かったが,右側あるいは両側の上側頭回の賦活も相当数み
られた。右手利き群では多くの task で,下前頭回と上側頭回が右側に比べて左側で賦活
された例数が有意に多かった。一方,非右手利き群ではいずれの task およびすべての
task の合計での検討でも,賦活例数に左右差はなかった。LI による検討で,右手利き群
でも非右手利き群でも「内側前頭葉と中前頭回」,「運動性言語領域」,「感覚性言語領域」,
「全領域」のほとんどの領域で左側優位が多く,特に「全領域」で最も多かった。ただし,
両群の多くの領域で右側優位や両側性の賦活が少数例でみられた。LI による検討で,右
手利き群では,すべての領域で左側優位が右側優位に比べて有意に多いか,多い傾向がみ
られたが,非右手利き群ではどの領域についてもこの有意差はみられなかった。LI の平
均が「運動性言語領域」で右手利き群が非右手利き群に比べて有意に高かったが,この群
間差は「感覚性言語領域」ではみられなかった。右手利き群でも非右手利き群でも多くの
task で,「感覚性言語領域」が「運動性言語領域」よりも賦活された例数が有意に多かっ
た。
総括および結論
本研究では復唱課題により運動性,感覚性ともに言語野が明瞭に賦活され,しかも感覚
性言語野の方が優勢に賦活された。本研究では感覚性言語野の左上側頭回が最も多く賦活
され,これは光マイクロフォンが MRI 装置による雑音を低下させて一次聴覚野の賦活を抑
え,マグネット内での検査者の音声をより鮮明にし,的確な復唱課題の遂行を可能にした
ためと思われる。右利き群で「運動性言語領域」の LI が有意に高いのは左半球の運動性
言語野が優位に賦活されたと考えられる。「感覚性言語領域」で LI の差を認めなかったの
は,非右利き例では感覚性言語領域の側性が運動性言語野よりも不明確である可能性を示
唆する。Task の違いによる賦活の差はどの関心領域でもみられず,今後神経心理学的に
有用な task の検討が必要である。右側あるいは両側の上側頭回の賦活も相当数みられ,
人の声である認知など右半球も少なからず言語過程に関与している可能性が示された。
論文審査結果の要旨
脳神経外科領域における手術に際し,言語優位半球同定の目的で Wada test が用いられ
てきた。非侵襲的な f-MRI 検査は,これに取って代わる潜在性がある。一方,光マイクロ
フォンは f-MRI 撮影時の雑音を排除した上で,指示や課題をリアルタイムで与えることを
可能にした。本研究では,f-MRI と光マイクロフォンを組み合わせることにより,復唱課
- 39 -
題を使った感覚性言語野の賦活を試みた。言語機能の側性(Laterality)と関与すること
の大きい「利き手」との関連性を検討することも目的であった。
対象は健康成人 25 例で,右手利きは 15 例と非右手利きは 10 例を含む。非右手利きの
対象者は,全て書字を左手で行う者であった。復唱は covert task とした。復唱課題とし
て単音,無意味語,有意味語,文章の復唱を設定した。統計解析は賦活部位の左右差につ
いて行った。賦活部位の左右差判定のために laterality index(LI)が導入されたが,こ
れは妥当な指標と考えられる。関心領域において LI による左側優位と右側優位の例数に
有意差があるかどうかが,右利き群と非右利き群について別々に比較された。なお右利き
の対象群と非右利きの対象群の 2 群間で,LI の値に有意差があるかどうかも解析された。
右手利き群と非右手利き群それぞれについて,左側の「運動性言語領域」と「感覚性言語
領域」の 2 領域の間で,task ごとに賦活例数が比較された。
本研究では復唱課題により運動性,感覚性ともに言語野が明瞭に賦活され,しかも感覚
性言語野の方が優勢に賦活された。これは光マイクロフォンが f-MRI 装置による雑音を低
下させて一次聴覚野の賦活を抑え,マグネット内での検査者の音声をより鮮明にし,的確
な復唱課題の遂行を可能にしたためと思われる。さらに,非右手利き例では感覚性言語野
の側性が運動性言語野よりも不明確である可能性,すなわち,右半球も少なからず言語過
程に関与している可能性が示唆された。本研究は,光マイクロフォン・f-MRI・復唱課題
の組み合わせにより,感覚性言語領域を比較的選択的に賦活した初めての報告であり,こ
の手法の言語優位半球同定における有用性を明らかにしたものであると考えられる。
以上により,本論文は博士(医学)の学位を授与するに値するものと認められる。
(主論文公表誌)
金沢医科大学雑誌
第 34 巻 第 3 号 平成 21 年
- 40 -
トン
シャオ
童
本
中華人民共和国
籍
暁
ポン
氏名(生年月日)
鵬 (1980 年 4 月 28 日)
学 位 の 種 類
博
士(医 学)
学 位 記 番 号
甲
第384号
学位授与の日付
平成22年3月25日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
学 位 論 文 題 目
関節リウマチにおける新規自己抗原 RBP1 類似蛋白質
~その病態分類指標としての有用性と関連性~
論 文 審 査 委 員
主
査
竹
上
勉
副
査
岩
淵 邦
芳
横
山
仁
学位論文内容の要旨
研究目的
関節リウマチ(rheumatoid arthritis; RA)は関節の慢性的炎症と破壊を主徴とする自
己免疫疾患である。その原因は未だ不明であるが,関節内とりわけ滑膜で発現している抗
原が T および B 細胞を持続的に刺激し,自己免疫的関節炎の進行に重要な役割を演じてい
ると考えられる。この病態形成に関わる自己抗原(病態責任抗原)のクローニングは他施
設でも試みられていたが,新規な抗原の発見が困難なことが問題であった。その主な理由
は,抗原として滑膜細胞でなく HeLa 細胞の蛋白および cDNA 産物を使用したことにあると
考えられた。我々は RA 患者滑膜細胞由来 cDNA ライブラリーより RA 患者関節滑液由来抗
体をプローブとして発現クローニングを行ない,RA の病態責任抗原を同定し,すでに 3
つの異なる cDNA を得ている。そのうちの 2 つはホリスタチン関連蛋白(follistatinrelated protein: FRP)(Tanaka, M. et al., Int. Immunol.1998)と新規可溶型 IL-6 シ
グナル伝達因子 gp130(gp130-RAPS)(Tanaka, M. et al., J. Clin. Invest. 2000)で
あり,両者とも RA 関節炎の阻止的機能を有しており,両者の自己抗体の出現は疾患活動
性と相関し,疾患促進作用が示唆された。3 つのうちの残り 1 つは 91 kDa(803aa)の新
規蛋白であった。この蛋白は,RB 蛋白と結合しその機能を修飾すると考えられている RB
結合蛋白質 1(retinoblastoma binding protein 1: RBP1)とアミノ酸配列において
36.5% の ホ モ ロ ジ ー を 有 し て お り , RBP1 類 似 蛋 白 質 ( RBP1-like protein: Rbik
[ru:bik])と命名した。本研究の目的は,大腸菌における蛋白発現系にて全長の組み換え
Rbik 蛋白を発現させ,それを抗原としてウェスタンブロッティングや ELISA による自己
抗体の検出を行い RA の病態との関連を解析し,抗 Rbik 抗体の臨床応用を検討することで
ある。
- 41 -
実験方法
抗原の発現が容易になるよう,N 末端に thioredoxin domain が付加されるベクター
pBAD Directional TOPO Expression Kit (米国 Invitrogen 社)を使用した。cDNA は PCR
で増幅後,直接 TA クローニング法にて pBAD/D-TOPO に挿入した。さらに,全長の Rbik に
チオレドキシンを結合させた Trx-Rbik cDNA を作製した。Trx-Rbik cDNA を大腸菌に導
入し,kanamycin で選択後,大量培養し,L-arabinose で蛋白発現を誘導した。この大腸
菌を回収し,融解後 TALON Metal Affinity Column で Rbik 蛋白を精製した。大腸菌発現
Rbik 蛋白を抗原としたウェスタンブロッティングで,RA および関連疾患患者の血清中の
抗 Rbik 抗体を検出した。正常群および各疾患群で,抗 Ribk 抗体の陽性率を比較検討し疾
患特異性を評価し,さらに,RA の病態や活動性との関連をサブ解析した。
実験成績
1)RA 患者 44 例,全身性エリテマトーデス患者(SLE)18 例,シェーグレン症候群患者
(SS)39 例,健常者 18 例で,血清の抗 Ribk 抗体の陽性率を検討した結果,陽性率は
RA で 41%,SLE で 11%, SS で 20%で,健常者ではすべて陰性であった。危険率 0.05 で,
RA は SLE,SS,健常者に比べ有意に陽性率が高い結果を得た。
2)RA 患者において,抗 Rbik 抗体の検出と RA の病態との関連を詳細に解析した。抗
Rbik 抗体は,リウマチの活動性の指標となる CRP,
ESR,RF,MMP3 のいずれとも有意
な相関が得られなかった。そこで,RF 値が 100 以上と以下の 2 群に分け,リウマチ活
動性のマーカーとの関連を解析した。その結果,CRP と ESR は RF 値が 100 以下の方で
抗 Rbik 抗体陽性群が低い傾向を認めた。MMP3 は,抗 Rbik 抗体陽性群で高い傾向を認
めた。総 IgG は,RF が 100 以上の高値群のうち,抗 Rbik 抗体陽性者において有意に
高い結果を得た。
総括および結論
現在,関節リウマチを診断するために用いられている自己抗体の中では,抗 CCP 抗体が
検出率(約 80%)および特異度において最も優れており,広く臨床的に応用されている。
本研究結果では RA 患者における抗 Rbik 抗体の陽性率(41%)は,抗 CCP 抗体の陽性率に
比べ劣っており,診断的価値としては抗 CCP 抗体を凌駕することは出来なかった。しかし
ながら関節リウマチ患者血清についての詳細な解析により,リウマチ因子高値の群におけ
る抗 Rbik 抗体陽性者は,有意に総 IgG 量が多く,疾患活動性も高い傾向にあることが判
明し,関節リウマチの予後や骨破壊の予測因子として利用できる可能性が示唆された。今
後,Rbik 自体の機能を明らかにすることにより,抗 Rbik 抗体の関節リウマチにおける臨
床的な意義付けに加え,基礎医学の生物学分野への貢献を目指したい。
論文審査結果の要旨
関節リウマチ(RA)は関節の慢性的炎症と破壊を主徴とする自己免疫疾患であり,関節
内とりわけ滑膜で発現している自己抗原が T および B 細胞を持続的に刺激し,自己免疫的
関節炎の進行に重要な役割を果たしていると考えられるが,原因は未だ不明である。本研
- 42 -
究は自己免疫疾患である RA 患者の関節内滑膜で発現している新規抗原に着目し,RA の病
態との関連,診断への応用の可能性を探ったものである。本研究で明らかにされた新規抗
原,RB 結合蛋白質類似の蛋白質 Rbik(RBP1-like protein)は,これまでのクローニング
手法とは異なり,RA 患者滑膜細胞由来 cDNA ライブラリーより RA 患者関節滑液由来抗体
をプローブとして発現クローニングを行なった結果,RA の病態責任抗原として同定され
た3種の蛋白質の一種である。
大腸菌発現 Rbik 蛋白を抗原としたウェスタンブロッティングで,RA および関連疾患患
者の血清中の抗 Rbik 抗体の検出解析を行った。患者(RA,SLE,SS)血清を用いた解析に
おいて抗 Rbik 抗体陽性率は RA 患者で 41%であり,SLE(11%)
, SS(20%),健常者(陰
性)と比較した場合,顕著に高い結果が得られた。リウマチ活動性の指標となる CRP,
ESR についてはリウマチ因子(RF)値が 100 以下では抗 Rbik 抗体陽性群の方が低いこと,
他方で MMP3 は抗 Rbik 抗体陽性群で高い傾向を認めた。後者は RA の予後,骨破壊の予測
因子として活用が期待されるものである。本研究はユニークな発現クローニング法を含め,
新規抗原 Rbik に対する抗体出現の解析結果は自己免疫疾患 RA における自己抗原の役割に
新たなる知見を与える独創性のある内容と評価された。
以上により,本論文は博士(医学)の学位を授与するに値するものと認められる。
(主論文公表誌)
金沢医科大学雑誌
第 34 巻 第 4 号 平成 21 年
- 43 -
お
だ
田
はつ
織
本
籍
愛
学 位 の 種 類
博
士(医 学)
学 位 記 番 号
甲
第385号
学位授与の日付
平成22年3月25日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
学 位 論 文 題 目
Urinary metallothionein levels and mortality in
知
初
え
氏名(生年月日)
江
(昭和 33 年 7 月 5 日)
県
residents exposed to cadmium in the environment
(カドミウム汚染地域住民の尿中メタロチオネイン濃度と
死亡率との関連)
論 文 審 査 委 員
主
査
横
山
仁
副
査
本
多 隆 文
田
中 卓 二 (客員教授)
学位論文内容の要旨
研究目的
これまでに我々は,石川県梯川流域カドミウム(Cd)汚染地域住民を対象に約 8 年間およ
び 15 年間の追跡調査を行い,β2-ミクログロブリン(MG)などの低分子蛋白の尿中排泄量
を指標とする腎障害の程度が高度な住民ほど生命予後が不良であること,死因としては腎
疾患や心不全が多いことを報告した。尿中メタロチオネイン(MT)は,腎障害のよい指標
であると同時に, Cd 暴露の生体影響評価指標としても有用であることが示唆されている。
高度な Cd 暴露をうけたヒトを含む石川県や長崎県の Cd 汚染地域における研究では,尿中
MT は非汚染地域住民に比べ高く,腎尿細管障害の指標と高い相関を示す。一方で,Cd 暴
露量の比較的低い対象者では,尿中 MT はβ2-MG とは有意な関連を認めず,尿中 MT は腎
障害の指標というよりは暴露指標として有用であろうと考えられている。しかし,尿中
MT と生命予後についての報告はない。
そこで,カドミウム環境汚染の生命予後への影響を明らかにすることを目的に,石川県
梯川流域 Cd 汚染地域住民の追跡調査により,尿中 MT と死亡率,死因別死亡率との関連性
を検討した。また,高曝露群を除き,比較的低曝露群(尿中 Cd 排泄量 10 ㎍/gCr 未満)
の住民に限った検討も行った。
研究方法
1981-2 年に石川県梯川流域 Cd 汚染地域の 50 歳以上の住民 3,492 名を対象に行われた
健康影響調査を受診し,尿中 MT および Cd を測定し得たものを 2003 年 2 月 15 日まで追跡
した。役所,石川県单加賀保健福祉センターの協力の下に追跡調査を行い,生存状況(生
死,転出)を把握した。死亡者については,石川県单加賀保健福祉センターの協力の下に
- 44 -
死亡小票を用いて死因を調査した後,ICD-9 で分類した。
追跡可能であった 3,077 名(男性 1,387 名,女性 1,690 名)を解析対象とした。生命予
後の解析に際しては,ベースラインとなる 1981-2 年の尿中 MT を,400 ㎍/gCr をカットオ
フ値として,対象者を陽性群と陰性群に分け,Cox 比例ハザードモデルを用いて尿中 MT
陰性群と比較した時の MT 陽性群の死亡のリスク比を算出した。
また,尿中 Cd が 10 ㎍/g Cr 未満の者に限定した場合の MT 陽性群の死亡のリスク比も
検討した。さらに,死因別にも同様の解析を行った。
研究成績
全対象者の男性の粗死亡率は,35.1/千人年,女性は 24.1/千人年であった。死因順位
をみると,男性は悪性新生物,呼吸器疾患の順に高く,女性は心血管疾患,悪性新生物の
順に高かった。
尿中 MT 陽性者の死亡のリスク比は,男性では 1.25 と有意に高かった。また,尿中 Cd
が 10 ㎍/g Cr 未満の対象者について同様な検討を行ったところ,尿中 MT 陽性者の死亡の
リスク比は,男性 1.30,女性 1.40 と,男女共に有意に高かった。次に,年齢と尿中β2MG を調整し,尿中 MT 陽性者の死亡のリスク比を解析したところ,全対象者では,男女共
に尿中 MT 陽性群の死亡リスクの有意な上昇を認めなかった。しかし,尿中 Cd が 10 ㎍/g
Cr 未満の女性では,尿中β2-MG とは独立に,尿中 MT 陽性群の死亡のリスクは 1.35 と有
意に高かった。
死因別に死亡リスクを検討するため,死亡者数の多かった疾患に Cd 暴露と関連の深い
腎疾患を加え,尿中 MT 陽性群のハザード比を算出した。全対象者における尿中 MT 陽性群
の腎疾患による死亡のリスク比は,男性 3.73,女性 3.36 と陰性群と比べ有意に高かった。
脳血管疾患では女性のみで尿中 MT 陽性群のリスク比が 1.47 と有意に高くなっていた。同
様に,尿中 Cd が 10 ㎍/g Cr 未満の者について尿中 MT 陽性者の死亡のリスク比を解析し
たところ,尿中 MT 陽性群の腎疾患死亡のリスク比は,男性は 4.22 と有意に上昇したが,
女性では,有意な結果は得られなかった。また,脳血管疾患死亡については,女性で尿中
MT 陽性群のリスク比が 2.20 と有意に高かった。
総括および結論
尿中 MT はβ2-MG などの腎尿細管障害の指標と相関が高く,腎尿細管障害例を多く含む
Cd 高濃度暴露集団では,腎尿細管障害のよい指標であることが報告されている。このた
め,本研究で認められた全対象者における尿中 MT 陽性による死亡リスクの上昇には,腎
尿細管障害が関連していると考えられた。また,Cd 暴露量が比較的低い汚染地域住民に
おいては尿中 MT は暴露指標として有用性が示唆されていることから,Cd が 10 ㎍/gCr 未
満の対象者に限って MT 陽性者の死亡のリスクを検討した。女性では尿中β2-MG を調整し
た場合も尿中 MT 陽性群の有意な死亡リスクの上昇を認め,腎尿細管障害とは異なる機序
の関与も示唆された。また,死因別では,男性では腎疾患,女性では脳血管疾患と尿中
MT 陽性との関連性が認められた。
これらのことから,尿中 MT は Cd 暴露集団の生命予後を予測する優れた指標と考えられ
た。
- 45 -
論文審査結果の要旨
申請者は,カドミウム(Cd)環境汚染の生命予後を明らかにすることを目的に,石川県梯
川流域住民の 20 年にわたる長期の追跡調査・解析を実施した。
これまで早期の腎障害の指標であるβ2-ミクログロブリン(MG)や尿中 Cd と生命予後と
の関連は報告されてきた。本研究の意義(特徴)として,重金属曝露によって誘導され,
毒性軽減作用を担っているメタロチオネイン(MT)を指標として生命予後との関連を検討
した点にある。これまで,尿中 MT を用いて Cd 汚染地域住民の生命予後を検討したものは
ない。MT は Cd 曝露指標であると同時に,低分子たんぱく質であることから Cd による腎
尿細管障害の指標でもあるが,相対的に低曝露集団においては,尿中 MT は曝露指標とし
ての意味合いが強いことが指摘されている。この点に関して,尿中 Cd 濃度が 10 ㎍/gCr
未満に限った集団における,尿中 MT の解析を実施し,Cd 曝露による生体反応が強いと考
えられる集団の生命予後を検討した点がもう一つの本研究の意義である。更に,本研究に
おいては,行政機関の協力のもと死因調査を実施し,Cd 曝露の死亡原因への影響を検討
している点にも意義がある。
本研究の結果,尿中 MT 排泄量が多い群(陽性群)は陰性群に比べて生命予後が不良で
あることが明らかとなった。対象全体の分析では,男性において陽性群が陰性群に比べて
死亡リスクが高いことを明らかにした。また尿中 Cd 濃度が 10 ㎍/gCr 未満に限った集団
の解析では,尿中 MT 陽性では男女とも死亡リスクが有意に高くなることも明らかにした。
これらの知見は相対的に Cd 曝露レベルが高くないとみなされる集団においても,尿中 MT
が陽性で Cd に対する生体反応が強いと考えられる群では生命予後が不良であることを示
しており,重要な知見と考えられた。また,このような低曝露群の女性では Cd 腎障害の
指標であるβ2-MG を調整しても尿中 MT 陽性は死亡リスクを上昇させることを示し,死亡
リスク上昇に腎障害以外の関与を示唆した点も重要な知見である。
申請者はさらに,尿中 MT と死因別死亡率との関連も検討した。その結果,男女におけ
る腎疾患死亡リスクの上昇と,女性における脳卒中死亡リスクの上昇を示した。腎疾患死
亡リスクの上昇について Cd による人体影響の主要標的臓器であることを反映した結果で
あった。さらに,脳卒中死亡リスク上昇については,近年注目されている慢性腎臓病との
関連や,Cd による動脈硬化作用などの機序を仮説として提示された。
以上,本研究は Cd 汚染地域住民の長期間の追跡調査研究の成果であり,Cd 暴露の健康
影響評価と予防対策を考える上で公衆衛生上の重要な知見と考えられる。よって,本論文
は博士(医学)の学位に値する業績として評価される。
(主論文公表誌)
金沢医科大学雑誌 第 34 巻 第 4 号 平成 21 年
- 46 -
き
だ
田
ひろ
木
本
籍
埼
学 位 の 種 類
博
士(医 学)
学 位 記 番 号
甲
第386号
学位授与の日付
平成22年3月25日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
学 位 論 文 題 目
ラットアナフィラキシーショックにおける腸間膜リンパ流
玉
紘
まさ
氏名(生年月日)
昌 (昭和 54 年 4 月 30 日)
県
量の変化
論 文 審 査 委 員
主
査
安
田 幸
雄
副
査
芝
本 利
重
秋
田 利
明
学位論文内容の要旨
研究目的
アナフィラキシーショックとは免疫グロブリン(IgE)を介したⅠ型アレルギー反応で
ある。抗原暴露後,数秒~30 分以内に生じ,肥満細胞や好塩基球から放出された化学伝
達物質により,高度の低血圧をはじめとする急激な全身反応であると定義されている。ア
ナフィラキシーは致命的となることがあり,その主要な原因のひとつにアナフィラキシー
低血圧がある。アナフィラキシー低血圧のメカニズムとして,アナフィラキシー反応の
chemical mediator 放出による細動脈の拡張,循環血液量の減少,肺動脈圧上昇,静脈環
流の減少,心機能低下,静脈系への血液貯留などが考えられるが,不明な点が多い。本研
究では全身麻酔,自発呼吸下のラットアナフィラキシーモデルにおいて,腸間膜リンパ流
量を連続的に測定した。本研究の第 1 の目的として,ラットのアナフィラキシーモデルに
おける腸間膜リンパ流量の経時的変化を明らかにした。さらに第 2 の目的として,ラット
アナフィラキシーショックによる腸間膜リンパ流量変化のメカニズムを明らかにするため
に,未感作のラットにおいて肝門部近傍の門脈を圧迫することで門脈圧をアナフィラキシ
ー時と同様に上昇させて,腸間膜リンパ流量の変化を比較検討した。
実験方法
卵白アルブミンで感作したラットに対し,全身麻酔下に抗原を静脈内投与してアナフィ
ラキシーショックを惹起し,腸間膜リンパ流量を体血圧,門脈圧とともに連続測定した。
さらに,アナフィラキシー群でみられた門脈圧上昇の影響を調べるために,物理的に門脈
圧を上昇させた未感作ラットと比較した。結果は平均値±標準偏差で表し,平均値の差の
検定は繰り返しのある分散分析で行った。有意差を認めたときは,post-hoc test として
Bonferroni/Dunn 法により多重比較検定を行った。
- 47 -
実験成績
アナフィラキシー群では,抗原投与により体血圧の低下と門脈圧の一過性上昇がみられ
た。門脈圧上昇にともないリンパ流量も上昇し,2 分後には最大で抗原投与前の 5.7 倍に
達した。抗原投与 7 分後,門脈圧が抗原投与前値に復するとリンパ流量も低下し,投与前
値よりも高い傾向にはあったが有意差はみられなくなった。門脈圧上昇群では,肝門部の
門脈を圧迫して門脈圧をアナフィラキシー時と同様に上昇させたところ,2 分ほどの潜時
の後にリンパ流量が増加した。しかしその増加は,抗原投与前の 2 倍程度であった。
総括および結論
リンパ流量の変化をアナフィラキシー群と門脈圧上昇群で比較した。その結果,以下の
ことが明らかとなった。
1.ラットアナフィラキシー低血圧では抗原投与後 6 分以内のアナフィラキシー反応初期
に大量の腸間膜リンパ流量の増加が起こることがわかった。
2.門脈圧上昇群では,門脈圧上昇開始から 2 分の時間差をおいて腸間膜リンパ流量が上
昇した。しかしながら,その増加量は基礎値の 1.9 倍に過ぎず,アナフィラキシー群と
比べて小さかった。
3.体血圧はアナフィラキシー群で初期より急激に低下し,実験期間は低値のまま経過し
た。また,門脈圧上昇群では門脈圧迫により軽度に低下するも,一時的で有意な減少で
はなかった。
腸間膜リンパ流量増加はアナフィラキシー低血圧の特徴的所見と考えられ,本研究は初
めてそれを明らかにした。
今回の結果からの腸間膜リンパ流量の増加のメカニズムとして次の二つが考えられる。
1つは,リンパ管平滑筋の収縮力増加によるリンパ搬出能の上昇によりリンパ流量が増加
すること。2つめは,小腸をはじめとする腹腔血管床の微小血管からの血管外漏出の増加
によりリンパ流量が増加すること。前者については,アナフィラキシーの化学伝達物質で
ある Leukotriene(LT) B4, LT C4, LT D4, Thromboxane A2 などがリンパ管の収縮運動
を促進することが報告されている。後者については,血管内外の体液移動を規定する
Starling の式から推察した。
Qf=Kf[ (Pc+πi)-σ(Pi+πp)]
アナフィラキシー群の血管内外の体液移動量 Qf の増加は Kf の増加,Pc の増加,σの
低下によるものと推察される。σの低下は血管壁の蛋白に対する血管透過性の亢進を示す。
また,Kf の増加は体液に対する血管透過性の亢進あるいは灌流(濾過)面積の増加によ
る。しかし,灌流面積の増加についてはラットアナフィラキシー時には小腸への血流量は
減少していることが報告されているので可能性は低いと考えられる。以上から,血管透過
性の亢進と Pc の増加が本実験のアナフィラキシー群の血管外漏出量増加によるリンパ流
量の増加に関与していることが推察された。
さらに,小腸の毛細血管血圧の急激な上昇により濾過された体液はリンパ管から搬出で
きず,小腸絨毛から小腸腔内に分泌されることが報告しており,本実験のアナフィラキシ
ー群においても,門脈圧が急激に上昇しているため同様の現象が生じ,小腸血管からの濾
過液の一部は小腸腔内に失われた可能性がある。このことから,血管外漏出液量はリンパ
- 48 -
流量よりも多かったものと推察された。
本研究において全身麻酔下ラットを用いて腸間膜リンパ流量を経時的に測定した結果,
ラットのアナフィラキシーショックでは,腸間膜リンパ流量の増加は抗原投与後 7 分以内
と長くは続かないことから,腹腔領域の血管からの体液漏出は抗原投与直後の短期間に限
定されていることが示唆された。このリンパ流量増加は,門脈圧上昇による腹腔血管床の
毛細管圧上昇と,腹腔血管の透過性亢進あるいはリンパ管平滑筋の収縮によるリンパ液の
放出促進によると推察された。
論文審査結果の要旨
アナフィラキシーショックでは高度の低血圧を伴うが,その機序として肥満細胞や好塩
基球から放出された chemical mediator による細動脈の拡張,循環血液量の減少,肺動
脈圧上昇,静脈環流の減少,心機能低下,静脈系への血液貯留などが考えられるが,不明
な点が多い。申請者はアナフィラキシーショック時の低血圧に対する腹腔領域の循環動態
が与える影響を明らかにすることを目的として,腹腔領域の血管床からの体液漏出を反映
すると考えられる腸間膜リンパ流量を測定した。
実験は卵白アルブミンで感作したラットに対して,全身麻酔下にアナフィラキシーショ
ックを惹起させ,体血圧,中心静脈圧,門脈圧を連続して測定した。また同時に門脈基部
の腸間膜リンパ管にチューブを挿入して腸間膜リンパ液を排出させ,その総重量を連続的
に測定した。さらに,アナフィラキシー群で認められた門脈圧上昇が腸間膜リンパ流量に
与える影響を知るために,物理的に門脈圧を上昇させたラットで同様の観察を行った。こ
れら2群の実験結果をコントロール群と比較し,有意差の有無を統計的に検討した。
実験成績は以下の通りであった。アナフィラキシー群では,抗原投与により有意な体血
圧の低下と門脈圧の一過性上昇がみられた。門脈圧上昇にともないリンパ流量も有意に上
昇し,2 分後には最大で抗原投与前の 5.7 倍に達した。抗原投与 7 分後,門脈圧が抗原投
与前値に復するとリンパ流量も低下し,投与前値よりも高い傾向にはあったが有意差はみ
られなくなった。門脈圧上昇群では,肝門部の門脈を圧迫して門脈圧をアナフィラキシー
時と同様に上昇させたところ,2 分のタイムラグの後に有意にリンパ流量が増加した。し
かしその増加は,抗原投与前の 2 倍程度であった。
本実験の結果,以下のことが明らかとなった。
1.ラットアナフィラキシー群では抗原投与後 6 分以内のアナフィラキシー反応初期に大
量の腸間膜リンパ流量の増加が起こった。
2.門脈圧上昇群では,門脈圧上昇開始から 2 分の時間差をおいて腸間膜リンパ流量が上
昇したが,その増加量は2倍に過ぎず,アナフィラキシー群と比べて小さかった。
3.体血圧はアナフィラキシー群で初期より急激に低下し,実験期間は低値のまま経過し
たが,門脈圧上昇群では門脈圧迫により軽度に低下するも,一時的で有意な減少ではな
かった。
本実験の結果から,ラットアナフィラキシーにおける腸間膜リンパ流量の著しい増加は,
腹腔血管の透過性亢進あるいは腸間膜リンパ管平滑筋の収縮によるリンパ液の放出の促進
に,門脈圧上昇による腹腔血管床の毛細血管圧上昇が加わって起こることが示唆された。
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ラットの腸間膜リンパ流量測定は手技的に困難を伴うものであるが,申請者はラットア
ナフィラキシーショックにおいて腸間膜リンパ流量が抗原投与後の初期に限定して著しく
増加することと,門脈圧亢進が腸間膜リンパ流量増加に与える影響は限定的であることを
初めて明らかにした。
以上により,本論文は博士(医学)の学位を授与するに値するものと認められる。
(主論文公表誌)
金沢医科大学雑誌
第 34 巻 第 4 号 平成 21 年
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し
みず
清
本
籍
新
学 位 の 種 類
博
士(医 学)
学 位 記 番 号
乙
第270号
学位授与の日付
平成21年9月10日
学位授与の要件
学位規則第4条第2項該当
アルツハイマー型認知症ならびに近縁の軽度認知障害患者
学 位 論 文 題 目
水
さとる
氏名(生年月日)
潟
聰
(昭和 51 年 1 月 16 日)
県
における VSRAD による海馬傍回萎縮度と神経心理学的検査
成績の関係の検討
論 文 審 査 委 員
主
査
地
引 逸 亀
副
査
加
藤 伸 郎
松
井
森
本 茂 人
真
学位論文内容の要旨
研究目的
認知症性疾患の画像診断の重要性は従来から指摘されていたが, 中でも Alzheimer 型認
知症(Alzheimer s disease; AD)については, 初期段階におけるコリン作動薬の有用性が
確立されつつあり, その初期診断が重要性を増してきている。画像診断では, 脳機能画像
が AD の早期診断に有用であるとされているが, 普及度の点では脳形態画像である MRI が
先行しているのが現状である。MRI を用いた診断においては, AD で初期から特異的に認め
られるとされる扁桃体・海馬および海馬傍回を中心とする内側側頭部の萎縮を他覚的に評
価することが重要となる。VSRAD (Voxel-based Specific Regional analysis system for
Alzheimer s Disease)は海馬傍回の萎縮の形態画像情報を解析し, その萎縮度を数値化で
きるシステムである。本研究では, VSRAD による AD の画像診断における有用性を検討す
ることを目的として, AD 患者や, AD 近縁の脳変性疾患によるとみられる軽度認知障害
(Mild Cognitive Impairment; MCI)の患者を対象に, VSRAD によって得られる海馬傍回の
萎縮度と知能および記憶などの神経心理学的検査の成績との相関を調べた。
実験方法
対象は当科外来通院患者もしくは入院患者で, 2006 年 1 月から 2008 年 3 月の間に物忘
れを主訴に受診した患者 30 人(男性 8 人, 女性 22 人)で, HDS-R 得点が 20 点以下で AD と
推定される患者, もしくは 20 点以上で AD 近縁の変性疾患によるとみられる MCI 患者を
対象とした。NINCDS-ADRDA を用いた臨床診断では, probable AD 18 例(早発性 3 例),
MCI は 12 例であった。全例で明らかな卒中発作の既往はなく, MRI でびまん性脳萎縮を認
めた。対象患者に対して MRI を施行し, その 1 ヶ月前後の間に改訂版長谷川式簡易知能評
- 51 –
価スケール(HDS-R), Alzheimer s Disease Assessment Scale(ADAS), 知能検査としての
Wechsler Adult Intelligence Scale-Revised(WAIS-R)(もしくは WAIS-III), 記憶検査と
しての Wecheler Memory Scale-Revised(WMS-R)を施行し, それぞれの成績と VSRAD の Z
スコアとの相関を検討した。また VSRAD の Z スコアにおいて 2 を cut off point とし, 萎
縮の程度が中等度以上と考えられる Z スコアが 2 以上の群と, 萎縮の程度が軽度と考えら
れる Z スコアが 2 未満の群とに分け, 両群を比較検討した。なお倫理的配慮として, 本研
究は金沢医科大学の倫理委員会の承認を受けており, 学会や医学論文で報告・検討される
ことについて患者より書面で同意を得て行っている。
実験成績
年齢の平均は 73.8±8.3 歳, それぞれの検査成績の平均は VSRAD の Z スコア 2.0±1.2,
HDS-R 18.4±5.8, FIQ 79.0±19.8, VIQ 82.7±18.6, PIQ 78.0±19.1, GMI 59.5±11.3,
ADAS 17.7±10.4 であった。Spearman の順位相関係数において, VSRAD の Z スコアと ADAS
の成績で有意な正の相関を認め(p=.0129), WAIS 知能検査の下位検査である「知識」との
間で有意な逆相関を認めた(p=.0294)。HDS-R 得点, WAIS 知能検査の下位検査である「類
似」, WMS-R の下位検査である「視覚性再生 II」において有意ではないものの逆相関の傾向
を認めた(それぞれ p=.0532, p=.0635, p=.0609)。また VSRAD の Z スコアが 2 未満の
群と 2 以上の群の比較では, ADAS の成績で有意差を認めた(p=.0337)。HDS-R 得点, WAIS
知能検査の下位検査である「類似」, 「知識」で有意に近い差を認めた(それぞれ p=.0776,
p=.0511, p=.0724)。
総括および結論
本研究では, VSRAD の Z スコアと ADAS の成績が相関し, VSRAD の Z スコアが 2 未満の群
と 2 以上の群の 2 群間の比較においても, ADAS の成績で有意差を認めた。ADAS は AD の経
過観察の尺度としてほぼ確立されたものであり, VSRAD の Z スコアと ADAS の得点が相関
したことは, VSRAD の Z スコアが充分に AD の重症度の指標となり得ることを示している。
HDS-R の成績に関しては, 本研究でも弱い負の相関は認める傾向にあり, 今後症例数を増
やして検討する意義があると考えられた。WAIS 知能検査の下位検査については VSRAD の Z
スコアと「知識」との間で有意な逆相関を認め, 「類似」との間には逆相関の傾向を認めた。
VSRAD の Z スコアが 2 未満と 2 以上の 2 群間の比較では, 「知識」および「類似」の項目で 2
以上の群で成績が低い傾向を認めた。本研究の結果は, 海馬傍回の萎縮が強いと WAIS 知
能検査おける「知識」の成績が低下することを示している。「知識」は後天的な学習の成果で
ある意味記憶を評価する項目であり, 「類似」は抽象的な言語能力を評価する項目であるが,
言語の意味記憶的な側面とも関連しており, 両者の成績の低下は意味記憶の障害を示して
いる。VSRAD による Z スコアと WMS-R の下位検査との検討では「視覚性再生 II」が負の相
関傾向を示した。MCI や AD における MRI 上の形態学的変化と認知機能の相関は, VBM を含
めたさまざまな方法で検討されているが, 海馬傍回の萎縮と記憶障害の関係は報告によっ
て異なっている。これについては, 海馬傍回の形態が複雑なうえに, 嗅内皮質を中心的な
関心領域としても容積が海馬より小さいため, 用手による測定では結果が一定していない
可能性がある。この点では一定した関心領域が得られる VSRAD の利点が示された。
- 52 –
本研究の限界としては対象が 30 例と少ないこと, 知能検査として評価法や問題が若干
異なる WAIS-R と WAIS-III を混在して用いた点があげられる。しかし, VSRAD による Z ス
コアと AD の経過尺度である ADAS の成績の間に相関を認め, AD の画像診断における VSRAD
の有用性が示唆された。また, VSRAD による Z スコアと WAIS-R または WAIS-III および
WMS-R の成績との相関の検討からは, AD における意味記憶障害および視覚性記憶障害と海
馬傍回との関係が示唆され, VSRAD による今後の研究課題が示されたと言える。
論文審査結果の要旨
海馬傍回の萎縮は AD の病期の最も早い時期から生じ, AD による記憶障害が生じる主因
とみなされている。一方, 近年 MRI による脳画像解析の発達により, MRI 画像を標準脳に
変換した上で全脳領域の画像をボクセル単位で統計解析する Voxel-based Morphometry
(VBM)が用いられるようになっている。しかし海馬傍回は形態が複雑な上に容積が海馬よ
り小さいために, 用手による測定では結果が一定しない可能性があった。VSRAD はこの
VBM における海馬傍回の容積測定の一連の解析処理を自動化し, 個々の症例で健常者のデ
ータベースと比較することにより, AD の早期診断の補助とすることを目的に最近開発さ
れたソフトウエアである。本研究はこの VSRAD の有用性を検討する目的で, AD やこれと
近縁な MCI の患者を対象に, VSRAD による海馬萎縮度と, AD の比較的簡易な知能評価スケ
ールである HDS-R, AD の経過尺度としての ADAS, 正規の知能検査である WAIS-R や WAISIII, 正規の記憶検査としての WMS-R の種々の神経心理学的検査成績との相関を調べたも
のである。このような研究目的は時宜を得ており, その方法も適切である。結果として,
VSRAD による Z スコアと HDS-R の成績に関しては弱い負の相関の傾向が認められるだけで
あったが, ADAS の成績との間には明らかに有意な正の相関を認められた。また WAIS 知能
検査との間には下位項目である知識との間に有意な負の相関がみられ, WMS-R の成績との
間では下位項目の視覚性再生 II との間に負の相関の傾向がみられた。過去に MRI 上の形
態学的変化と認知機能の相関が, VBM における用手による海馬傍回の容積測定を含めたさ
まざまな方法で検討されているが,海馬傍回の萎縮と記憶障害の関係は報告によって必ず
しも一定していない。また VSRAD と HDS-R との相関や, やはり簡易な国際的認知症評価ス
ケールである MMSE との相関に関する研究が既に報告されているが, ADAS や正規の知能検
査や記憶検査である WAIS-R, WAIS-III,WMS=R との相関をみたものは本研究が嚆矢である。
これらの結果の中で, WAIS 知能検査や WMS 記憶検査の成績との結果はそれぞれ AD におけ
る意味記憶障害および視覚性記憶障害と海馬傍回との関係を示唆するもので, これらに関
する考察も論理的で適切である。特に ADAS との相関は AD の画像診断における VSRAD の有
用性を示し有意義である。
以上により,本論文は博士(医学)の学位を授与するに値するものと認められる。
(主論文公表誌)
金沢医科大学雑誌 第 33 巻 第 4 号 平成 20 年
- 53 –
くさ
か
下
かず
や
氏名(生年月日)
日
一
也 (昭和 43 年 3 月 13 日)
本
籍
石
学 位 の 種 類
博
士(医 学)
学 位 記 番 号
乙
第271号
学位授与の日付
平成22年2月18日
学位授与の要件
学位規則第4条第2項該当
学 位 論 文 題 目
アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬の肥満マウスにおける
川
県
ウイルス性心筋炎でのT細胞免疫変化
―Th1,Th2 サイトカインの意義―
論 文 審 査 委 員
主
査
梶
波 康
二
副
査
山
口 宣
夫
梅
原 久
範
学位論文内容の要旨
研究目的
アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)による免疫調節作用を明らかにするため, ウ
イルス性心筋炎を生じている肥満マウスにであるカンデサルタンを投与し, 心臓・胸腺・
脾臓の臓器重量/体重比および病理組織学的変化, 胸腺・脾臓での T 細胞免疫変化を検討
した。
実験方法
心筋炎マウスモデルは肥満 KKAy マウスに脳心筋炎ウイルスを投与して作成し, 溶媒の
みを投与するコントロール群・ウイルス投与の7日前からカンデサルタンを投与する前投
与群・ウイルス投与と同時にカンデサルタンを開始する同時投与群に分けそれぞれ経口投
与した。Th1/Th2 比を検討するため, Th1 由来である interferon(IFN)-γ mRNA と Th2
由来である interleukin(IL)-10 mRNA を測定した。
実験成績
ウイルス接種後 7 日目の前・同時投与群で心臓重量/体重比が有意に減少し, 心筋炎も
病理組織学的に有意に改善した。同一時期の胸腺・脾臓では,前・同時投与群とも各臓器
重量/体重比が有意に増加し, 脾臓では全体における白脾髄の面積比が有意に増加した。
コントロール群では胸腺皮質が菲薄化傾向にあった。感染前の前投与群は胸腺・脾臓とも
IFN-γ mRNA/IL-10 mRNA 比がコントロール群に比し低い傾向にあり,Th2 反応が優位とな
っていた。感染後は前・同時投与群の胸腺・脾臓とも IFN-γ mRNA/IL-10 mRNA 比が有意
に亢進し, Th1 反応が優位となっていた。
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総括および結論
カンデサルタンは胸腺・脾臓内の Th1/Th2 バランスを調整することによって, 心筋障害
抑制作用を発揮している可能性が示唆された。
論文審査結果の要旨
本研究は,高血圧治療薬として広くその臨床的有用性が認知されているアンジオテンシ
ンⅡ受容体拮抗薬(ARB)であるカンデサルタンを対象に, 同薬剤が免疫調節作用を持つ
との新しい仮説を実験的に検証することを目指した研究である。マウスにウイルス性心筋
炎を作成した系を用いることで, 心筋炎というヒトにも見られる炎症性病変への影響に加
えて,免疫担当臓器である胸腺ならびに脾臓の組織学的検討ならびにサイトカイン遺伝子
発現量の検討を行い, カンデサルタンの免疫系への影響と炎症性病変への影響を同一個体
において解析した。また同時投与と前投与群を設定することで実臨床を意識した分析が可
能になっており, 今後の更なる研究への橋渡しとしても有意義な結果を提示したといえよ
う。
以上により,本論文は博士(医学)の学位を授与するに値するものと認められる。
(主論文公表誌)
金沢医科大学雑誌
第 34 巻 第 1 号 平成 21 年
- 55 -
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