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古代ギリシャ時代の三角比の表(平成12年) プトレマイオスの弦の表
古代ギリシャ時代の三角比の表(平成12年) 1. はじめに ヒッパルコス Hipparchus は,B.C.150年頃,はじめて正弦表を作り,三角法を 組織的に使用したといわれている.この正弦表は,現存してはいないが,プトレマイオ ス Ptolemaios, Claudios (Ptolemy, C) が,彼の著「アルマゲスト」のなかで,ヒッパル コスにしばしば言及している.1973年には,トーマー Toomer, Gerald が,この表 を復元している. 古代ギリシャ時代の三角比の表が,どのようなものであったのか「アルマゲスト」の なかで見てみよう. (注)「アルマゲスト」は,ギリシャ時代の天文学の集大成で,地動説が唱えられる16 世紀まで,文字どおり,天文学の最大の書であった. 2. プトレマイオスの弦の表 1 (1) プトレマイオスは,円を360の度数に分け, ° ごとに 0° から 90° までを1 2 80等分した. 次に,円の直径を120等分して,その各々の直径 2r について,中心角αに対する 弦 AA' の 長 さ crd.a を計算している.( ( 表 1)を参照 弦の端数は60分法で表して いる.) crd.a 1' 増加に対する α r=60 弦の平均増加 A M A' α O 1 ° 2 1° 1 1 ° 2 2° 0;31,25 0;1,2,50 1; 2,50 0;1,2,50 1;34,15 0;1,2,50 2; 5,40 0;1,2,50 1 2 ° 2 2;37, 4 0;1,2,48 3° 3; 8,28 0;1,2,48 1 3 ° 2 3;39,52 0;1,2,48 ( 図1) …………… ( 表1 ) (注)半径 OA に対して,円 O の弦 AA' の半分の長さが,今日の正弦 AM に相当する. -1- 三角比が,直角三角形として取り扱われるのは,16世紀になってからで,プロシアの エラティクス Rheticus, Georg Joahim (1514 ∼ 1576) が,はじめて直角三角形の辺の 長さで三角比を表した.また,1585年にオランダのスティブン Stevin, Simon (1548 ∼ 1620) が小数記法を体系化するまでは,細分化した半径ごとに三角比の表が作られて いた. 三角比が,直角三角形の辺の比として,4つの象限で定義されるのは,18世紀を待 ってオイラー Euler, Leonhard (1707 ∼ 1783) によってなされた.また, sin の 記 号 も彼によって現代の形に定着された. (2) 円に内接する正多角形の作図 円に内接する正三角形,正四角形,正六角形から,次の弦の長さが求まる. crd.120°= 3 r = 60 3 ≒ 103;55'23" crd.90°= 2 r = 60 2 ≒ 1;24'51" crd.60°= r = 60; また,円に内接する正五角形と正十角形の辺の長さから,72 ゚,36 ゚に対する弦の長さを, よく知られたつぎの正五角形を作図する方法によって求めている. ・AB を円 O の直径とし,OC ⊥ AB とする. ・OB の中点を D とし,D を中心として半径 CD の円を描き,AB との交点を E とする. ・EO, CE が,それぞれ内接正十角形の一辺,内接正五角形の一辺である. (証明) C EB・EO + OD2 = (ED + OD)(ED−OD) + OD2 = ED2 = CD2 = CO2 + OD2 ∴ EB・EO = CO2 = BO2 A E O D B EB は,O で外比と中比に分けられる. OB は,内接正六角形の一辺だから, EO は内接正十角形の一辺である. (ユークリッド原論13巻9による.) CE2 = CO2 + EO2 CO は内接正六角形の一辺で EO は正 十角形の一辺. よって, CE は正五角 形の一辺ある.次のユークリッド原論 13 巻10による. ( 図2 ) -2- (内接正五角形の一辺)2 = ( 内接正六角形の一辺 )2 + (正十角形の一辺)2 r (注)(図 2)において,CO = r とすると, OD = 2 r 2 5 2 ∴ CD = r CD2 = CO2 + OD2 = r2 + = 2 4 5 −1 EO = ED−OD = CD−OD = 5 −1 CE2 = EO2 + CO2 = ∴ CE = 10−2 2 5 2 2 5 2 r r ……………① 2 r + r2 r ……………② ①②より,中心角 36° , 72° の弦の長さ crd.36° と crd.72° が計算される. crd.36°= 5 −1 2 ×60 ≒ 37;4'55", 10−2 5 crd.72°= 2 ×60 ≒ 70;32'3" (3) cos2a + sin2a = 1 に相当する次の式が成り立つ. (crd.a )2 + crd.(180°−a) 2 = (crd.180°)2 C (証明) AB = 1 とする. BC = crd.α, AC = crd.(180° −α) CB2 + CA2 = AB2 ∴ (crd.α) 2 + crd.(180° −α α = (crd.180°)2 この式から,crd.108°, crd.144° が計算される. B O A ( 図3 ) (crd.108°)2 + crd.(180°−108°) 2 2 = (crd.180°)2 (crd.108°)2 = (crd.180°)2−(crd.72°)2 = (2r)2 −( 10−2 2 -3- 5 r)2 = 6 + 2 4 5 r2 crd.108°= 5 +1 r = 2 = 30 ( (crd.144°)2 + 5 +1 ×60 2 5 + 1) ≒ 97;4'55" crd.(180°−144°) 2 = (crd.180°)2 (crd.144°)2 = (crd.180°)2−(crd.36°)2 = (2r)2 −( crd.144°= 5 −1 2 10 + 2 5 2 ≒ 114;7'36" 10 + 2 5 r)2 = 4 10 + 2 5 r = 2 r2 ×60 (4) 補助定理 円に内接する四角形 ABCD について,次のよく知られた定理が証明される. AB・CD + BC・AD = AC・BD (トレミーの定理) (証明)点 E を∠ DAC = ∠ EAB となるように BD 上にとる. D A ∠ ACD =∠ ABE ∴ △ ADC ∽△ ABE ・ ・ E C B ( 図4) -4- AB : BE = AC : CD ∴ AB・CD = AC・BE ……… ① ∠ BAC = ∠ EDA, ∠ ACB = ∠ ADB ∴ △ ABC ∽△ AED BC : AC = ED : AD ∴ AD・BC = AC・ED ……… ② ① + ③: AB・CD + AD・BC = AC・(BE + ED) = AC・BD (5) 定 理 定理 1 次の図で,弦 AB, BD が直径 BC の一端 B における2つの弦のとき, 直径 BC = 1, ∠ AOC= α, ∠ DOC= βとすると,次の加法定理を得る. crd.180°・crd.(α−β) = crd.α・crd.(180° −β) − crd.(180° −α)・crd.β D (証明)次の図で, トレミーの定理より, AD・BC = AC・BD − AB・DC AD = crd.(α−β), BC = crd.180°, AC = crd.α, BD = crd.(180° −β), DC = crd.β C よって, crd.180°・crd.(α−β) = crd.α・crd.(180° −β) − crd.(180° −α)・crd.β A α β B O この弦の加法定理は,次の正弦の加 法定理に相当する. sin(a−b) = sina cosb −cosa sinb ( 図5) (証明) AB = cosa, BD = cosb, D AC = sina DC = sinb トレミーの定理より, AD・BC = AC・BD−AB・DC A ∴ AD= sina cosb−cosa sinb …① α B △ AED で, ∠ AED = ∠ ABD = α−β 1 C ∠ADE = ∠R 2 ∴ AD = sin (a−b) ……………② β O ①②より, sin(a−b) E = sina cosb −cosa sinb (注)点 D を弧 BEC 上にとると, sin(a + b) = sina cosb + cosa sinb ( 図6) -5- この定理によって,crd.12°= crd.(72° − 60°) が計算できる. crd.180°crd.(72°−60°) = crd.72°crd.(180°−60°)−crd.(180°−72°)crd.60° 2r・crd.12°= crd.72°crd.120°−crd.108°crd.60° = crd.12°= = 10−2 2 5 r× 3r − 30−6 5 − 4 5 −1 5 − 4 5 −1 30−6 = ( 30−6 5 − ≒ 12;32'36" 5 + 1 2 r×r r ×60 5 −1)×15 定理2 次の図で ∠ AOB=α, ∠ DOA=β とすると, crd.180°・crd.(180° − BD) = crd.(180° − AB)・crd.(180° − AD)− crd.AB・crd.AD D (証明) AC=crd. (180°−α), DE=crd.(180°−β), A AD=crd.β, α AE=2r, β B C O CE=crd.α CD=crd. 180°−(α+β) トレミーの定理から, AE・CD = AC・DE + AD・CE crd.180°crd. 180°−(a + b) = crd.a・ crd.(180°−b)−crd.b・ crd.a E ( 図7) -6- (注)次の図で,∠ ACB= α, ∠ DCA= βのとき, cos(a + b)= cosa cosb−sina sinb D (証明) AC = cosa, AB = sina DE = cosb, AD = sinb AE = 1, CD = cos(a + b) A AB = CE β トレミーの定理より, AE・CD = AC・DE−AD・CE C ∴ cos(a + b)= cosa cosb−sina sinb α B O β E ( 図8) 定理3 円 O に内接する四角形 CABD において,∠ COB = αの二等分線と円 O の交点を 1 a D とすと, (crd. )2 = (crd.180°)・ crd.180°−crd.(180°−a) 2 2 (証明) BC の中点を D, AC = AE なる点 E とすると, CD = DE = DB C 点 D より AB に下した垂線の足を F とする. EF = FB EB = AB−AE = AB−AC ……① D △ DOB ∽△ DEF OB・EB = DB2 α A O …………… ② B E F ①②より, 1 DB2 = AB(AB−AC) 2 DB = crd. a , 2 AB = crd.180°, AC = crd.(180°−a) ( 図9) -7- ∴ (crd. 1 a 2 ) = (crd.180°)・ crd.180°−crd.(180°−a) 2 2 (注)定理3は,∠ CAB = α とすると,次の半角の公式になる. 1 a sin2 = (1−cosa ) 2 2 この定理から,次の計算ができる. (crd.6°)2 = (crd.180°)(crd.180°−crd.12°) = r(2r−crd.168°) (crd.168°)2 = (crd.180°)2−(crd.12°)2 = r 4 crd.168°= crd.6°= 64− 5 − 30−6 5 −1 2 r2 16 64−( 30−6 5 − r 8− 64−( 2 ≒ 6;16'49" 5 −1)2 30−6 5 − 5 −1)2 同様にして, crd.3°= 2 r 2 ≒3;8'28" 1 2 r crd.1 °= 2 2 4− 4− 8 + 2 64− 30−6 5 − 8 + 64−( 4 + 5 −1 2 30−6 5 − 5 −1)2 ≒1;34'14" 3 crd. °= r 4 2 − 2 + 2 2 4 + 8 + 64 − ( 30 − 6 5 − 5 −1)2 ≒0;47'7" (6)補間法 0 < a < b < p 2 のとき crd.b b < crd.a a (証明)∠ ABC の2等分線と AC との交点を E,円周との交点を D とすると, -8- AD = CD AB:BC = AE:EC ∴ AE < EC AC に垂直に DF をとると, AD > ED > FD 中心が D,半径 DE の円は AD と G で,DF の延長と H で交わる. EF:AE = △ EDF:△ ADE (扇形 EDH):(扇形 GDE) = ∠ EDH:∠ GDE ∴ EF:AE <∠ EDF:∠ ADE AF:AE <∠ ADF:∠ ADE B H A C F E G β α (合比の理) AC:AE <∠ ADC:∠ ADE (両辺 ×2) EC:AE < ∠ EDC:∠ ADE D ( 図9) (除比の理) ∠ BC:AB <∠ EDC:∠ ADE = BC : AB ∴ crd.b : crd.a < b : a この補間法によって,crd.1° が近似出来る. 3 3 ° < 1 °< ° 4 2 crd.1° < 3 crd. ° 4 2 3 crd. °< ∴ 3 2 ∴ 1 3 4 , 3 crd. ° 2 crd.1° < 4 3 crd. ° 3 4 2 1;2'50"< crd.1°<1;2'50 " 3 crd.1°< crd.1°≒1;2'50" -9- 3 2 1 参 考 図 書 1. ギリシャ数学史 T.L.ヒース著 平田 寛・菊池 俊彦・大沼 正則訳 1959 共立出版 A Manual of Greek Mathematics Thomas L. Heath Oxford 1931 2. ギリシャの数学 彌永 昌吉・伊藤 俊太郎・佐藤 徹著 1973 共立出版 3. 中世の数学 伊藤 俊太郎編 1987 共立出版 4. 18世紀の数学 小堀 憲著 1979 共立出版 5. 数学史2 コールマン・シュケービッチ著 山内 一次訳 1971 東京図書 6. 数学と数学の記号の歴史 大矢 真一著 昭和53(1978) 裳華房 7. ユークリッド原論 中村幸四郎・寺坂英孝・伊藤俊太郎・池田惠美訳 1971 共立出版 Euclidis Elementa opera omnia. I.L.Heiberg et H.Menge Lipsiae 1883-1916 - 10 -