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イエスの軛を負う

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イエスの軛を負う
年間第 14 主日(Lectio Divina A 年)
7 月 6 日 年間第 14 主日
イエスの軛を負う
マタイによる福音書 11 章 25 ~ 30 節
25
そのとき、イエスはこう言われた。「天地の主である父よ、あなたをほめたたえます。これらのこ
とを知恵ある者や賢い者には隠して、幼子のような者にお示しになりました。26 そうです、父よ、こ
れは御 心 に適うことでした。27 すべてのことは、父からわたしに任せられています。父のほかに子
を知る者はなく、子と、子が示そうと思う者のほかには、父を知る者はいません。28 疲れた者、重荷
を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。29 わたしは柔和で謙遜な者だか
ら、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。30 わた
しの軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからである。」
他の朗読:ゼカリヤ 9:9, 10 詩編 145:1, 2, 8 ∼ 11, 13, 14 ローマ 8:9, 11 ∼ 13
Lectio …読む
本日の福音は短い朗読ですが、3 つの独立した部分に分けられます。25、 26 節と 27 節、そして 28
∼ 30 節です。確かではありませんが、マタイは 1 つの考えに焦点を当てるために、イエスのこれら
の言葉を一箇所に集めたのかもしれません。私たちがイエスの父なる神と、信じる者たちとの深い関
係を理解できるように、とマタイは意図したのです。
最初の部分(25、 26 節)は、イエスの「天地の主」である御父への感謝の祈りです。「天地」とい
う言葉は被造物の全ての総称として使われています。ですから神の主権は完全で宇宙全体を通して広
がっています。この神についての説明は、イエスの意図するところに見事に当てはまっています。こ
の部分は、イエスやイエスの使命を信じるのを拒否する懐疑論者たちについて、イエスが話した直後
に出てきます(20 ∼ 24 節)
。イエスは、彼らは天にまで上げられないと言っています。別の言葉で
言えば、人々はイエスを信じることによってのみ天国に入れるのです。
神への信仰は、神ご自身が現してくださる賜物です。それは、私たちの教育や学習能力に基づくも
のではありません。無学な人々も神を信じることができます。一方、知恵があり、もしくは賢いと世
の中の人々が考えているような人々が、神について完全に無知であることもあり得るのです。
続く 27 節では、父なる神と子であるイエスとの間の特別な関係を表わしています。お互いが相手
を完全に理解しています。御父は全てをイエスに与えました。25 節で物事を示されたのは御父でした。
しかし、27 節で御父を示しているのはイエスです。イエスは、御父を知ることは完全に御子に拠っ
ているということを示しています。御父についての知識はイエスが与える賜物なので、イエスはこの
知識を誰に分け与えるのか選びます。御父を知り、理解することをイエスが助けないなら、誰も御父
についての知識を持っているかのように振舞うことはできないのです。
3 番目の部分(28 ∼ 30 節)で、疲れた者、重荷を負う者はだれでも自分のところに来なさい、休
ませてあげよう、とイエスは招きます。イエスは「わたしの軛を負う」ようにと勧めています。軛と
は、師が弟子に与える教えを表わしています。実際の軛は主人の命令の下、2 頭の動物が一緒に働く
のを確実にするために使われるものです。このイメージはイエスが責任ある立場にあり、弟子たちは
イエスの指示に従う必要があることを伝えています。しかしイエスは私たちを優しく、そして謙虚に
導き、その荷は軽いことを約束しています。
Meditatio …黙想する
年間第 14 主日(Lectio Divina A 年)
本日の御言葉の中で、最も心を打つのはどこですか。
あなたは、イエスに従う「軛」を受け入れましたか。この軛は容易で軽いですか。
あなたは、イエスに従う中でやすらぎを見つけましたか。
イエスの優しさと謙虚さを表わすどんな例を思いつくことができますか。
天地の主である神の素晴らしい力をよく考えてみましょう。あなたはどのように応えますか。
Oratio …祈る
神の思いやりと慈しみと誠実さを感謝し、ほめたたえるために詩編 145 編の言葉を用いてみましょ
う。
あなたは黙想を通して父への洞察を身につけたかもしれません。しかし、もっと理解したいと思う
ところを見つけるかもしれません。さらに神に近づくためにあなたに恵みを与えてくれるよう、神に
助けを願いましょう。
Contemplatio …観想する
「あなたがたは、肉ではなく霊の支配下にいます。」(ローマ 8 章 9 節)
私たちがイエスに従うならば、イエスの軛に従順に生きるのを助けるために、私たちに聖霊を与え
てくれます。マタイ 11 章 27 ∼ 30 節についてもっと黙想してみましょう。御言葉があなたの心の中
に沈んでいくにまかせ、聖霊が導き、語りかけてくれるように願いましょう。
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