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第4節 環境政策と水循環

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第4節 環境政策と水循環
第4節
環境政策と水循環
入する下水道以外の表流水は、ほとんどこの概念
に含まれる。
1
環境政策の基本的な仕組み
そして、公共用水域では、人の健康保護(健康
水循環は、これまで見たように、自然的要因や
項目)と生活環境保全(生活環境項目)の2つの
社会的要因により様々な影響を受け、流域ごとに
目標に対応して、それぞれ基準値が設定されてい
様々な水域環境を示している。それではこれをど
る。
のように評価し、水域環境の保全を図っていくの
このうち健康項目については、すべての公共用
だろうか。それが環境政策としての水質モニタリ
水域に適用され、現在 項目が定められ、直ちに
ング(常時監視)と排水規制である。これらの手
達成維持されるように努めるものとされる。
法は公害対策からの経緯があり、法律に基づく全
国共通のしくみである。
現在、様々な法律が制定されている我が国の環
境法は、工場排水による漁民の騒動に端を発した
年においては旧水質二法(
「公共用水域の水
また、「地下水」については、表流水とともに
水循環を構成していることから、公共用水域の健
康項目と整合性のとれた地下水の水質汚濁に係る
環境基準が
年に新たに定められており、全国
すべての地下水に適用される。
質の保全に関する法律」「工場排水等の規制に関
一方、公共用水域の生活環境項目は、河川、湖
する法律」
)が初期の法律の一つである。この事
沼、海域別に、その利用目的に応じた水域類型が
業場の排水対策が、水域環境、特に水質にかかわ
設けられている。具体的には、上水道、工業用水、
る法システムとして最初のものである。その後、
農業用水、水産、自然環境保全等の目的が示され
一連の法整備において、旧公害対策基本法(
ている。
年制定。
止法(
年環境基本法となる。
)、水質汚濁防
年)となり、現在に至っている。
各水域には、その利用形態や目的に応じて水質
類型が指定(「あてはめ」)され、水域環境の汚濁
状況に応じて達成期間を定め、施策を推進し、す
環境基準
現在の環境政策では、環境管理を図るための目
みやかに達成維持を図るものとされ、有機物性汚
濁を評価する
(河川)・
(湖沼・海域)
標とされる基準が示され、これが環境基本法第
を中心とした基準項目のほか、湖沼・海域の富栄
条に示される「環境基準」である(水質のほか、
養化にかかる全窒素・全燐、魚類等の水生生物保
大気、土壌、騒音にも定められる)
。
全にかかる全亜鉛の基準値が定められている。
環境基準の性質は、行政上の目標であると解さ
現在、道内で上記の環境基準の類型があてはめ
年 月末現在で、
れており、直接に拘束力を持つものではない。し
られている水系・水域は、
かし、ある水域の水質が、環境基準を超過する場
河川
合は、その水域に排水する汚濁源の排水規制を進
水域である。また、富栄養化にかかる類型は、湖
めることとなり、水質汚濁への間接的な規制効果
沼で全燐 水域、全窒素3水域、海域では全燐・
を持つ。
全窒素の指定が3水域である。水生生物のための
このような水質汚濁に係る環境基準は、水循環
水域、湖沼 水域、海域 水域の合計
類型指定はない。
の中で「公共用水域」と「地下水」に設定されて
常時監視
いる。
「公共用水域」とは、
「河川、湖沼、港湾、沿岸
以上のような公共用水域や地下水の水質汚濁の
海域その他公共の用に供される水域及びこれに接
状況を把握し、これを防止するためには、定期的
続する公共溝渠、かんがい用水路、その他公共の
な水質汚濁の監視・測定等の体制整備が必要とな
用に供される水路」で、終末処理場を現に設置し
る。
ている公共下水道及び流域下水道並びに流域下水
知事は、毎年測定計画を策定し水質汚濁の状況
道に接続している公共下水道を除くとされている
を監視しなければならず、計画に基づき公共用水
(水質汚濁防止法第2条第1項)
。終末処分場に流
域の基準点及び井戸で採水し水質を監視している
(水質汚濁防止法第 条、第 条)
。このうち、地
年改正によ
下水については、水質汚濁防止法
水」を浸透させてはならないとされる(水質汚濁
防止法第2条第5項、第
条の3)。しかし、雨水、
り導入され、全体的な概況を把握する概況調査、
「生活排水」等のほか、有害物質の製造等を目的
概況調査により発見された汚染の範囲確認のため
としない特定施設から排出される水についても規
の汚染井戸周辺地区調査、さらに継続的監視等を
制対
目的とした定期モニタリング調査により段階的に
は限定的である。
から除かれることなど、法律に基づく規制
実施されている。
2
排水規制等
水域環境の現状
公共用水域
年度、道内では、公共用水域については、
以上のような環境基準を定め、その基準達成を
図る上で、最も基本的な法的手段が、水質汚濁防
水系・水域の
地点で常時監視を実施した。
止法における排水規制である。
その結果、健康項目については
地点中6地
基本的には、「工場及び事業場から公共用水域
点のほかは基準が達成されている。全国でも、近
に排出される水の排出及び地下に浸透する水の浸
年基準値の強化で超過率が上昇したヒ素・鉛があ
透」が規制される。
るが、全体での超過率は1%未満に止まっている
汚水又は廃水を排出する一定の要件を備える施
設(特定施設)を政令で指定し、この施設を設置
(
年度達成率
%)。
一方、生活環境項目については、有機性汚濁の
、湖沼・海域は
している工場又は事業場(特定事業場)から公共
指標として、河川は
用水域に排出される排出水に対して、それぞれの
により評価され、道内での
項目の最大値を「排水基準」(水質汚濁防止法第
の基準達成率は全体で
年度の公共用水域
%である。
3条)として排出水の濃度規制を行う。これによ
り公共用水域の全体の水質保全を図るしくみであ
る。濃度規制のみでは限界がある、東京湾、伊勢
湾、瀬戸内海の周辺地域では、汚濁物質の「総量
規制」が行われている。
また、全国一律の排水基準では水質汚濁防止に
不十分と認められる地域では、都道府県は、条例
により、より厳しい基準を、排水基準にかえて範
囲を明らかにして定めることができ(水質汚濁防
止法第3条第3項)
、いわゆる「上乗せ」条例が
制定されている。
(道では、
「水質汚濁防止法第3
条第3項の規定に基づく排水基準を定める条例」
(
年4月3日条例第
号)により該当する水
域ごとに基準値が定められている。
)
北海道環境白書
また、富栄養化対策として窒素、燐の排水規制
)
は、富栄養化しやすい湖沼等及びこれに流入する
公共用水域が対 となり、対 となる湖沼・閉鎖
性海域が告示されている。(道内では、現在、湖
沼では窒素規制
湖沼、燐規制
湖沼、海域で
は8海域が窒素及び燐の排水規制の対 となって
いる。
)
近年の経緯を見ると、河川では概ね %近い達
成率の一方で、海域は
%程度、湖沼は %程度
で横ばいとなっており、水質改善の方向は見られ
ていない。
特に湖沼は、水が滞留し汚濁物質が蓄積しやす
地下水については、「有害物質」を使用する特
いことから、汚濁源対策を講じても水質改善効果
定事業場から水を排出する者は、「特定地下浸透
が現れにくく、全国的にも達成率が低い状況が続
いている(
年度
%)
。
の保全対策だけでは、健全な水循環の確保には十
また、湖沼の富栄養化を示す全窒素、全燐の環
分ではないのが現状である。
境基準の達成については、道内では全窒素の3水
域に対して達成2、全燐の 水域に対して達成8
である。全国では
水域中 水域の達成(達成率
%)であり、近年の達成率は %程度で改善
は見られていない。
地下水
水循環において重要な位置を占める地下水は、
河川・湖沼・海域等の表流水に比べて移動速度が
遅く、土壌中での有機物の分解、ろ過、イオン交
換等により通常、水道の水質基準を満たすまで浄
化されている。
しかし近年、有機溶剤等による揮発性有機塩素
:トリクロロエチレン・テトラク
化合物(
ロロエチレン等)
、さらに硝酸性窒素・亜硝酸性
北海道環境白書
窒素による汚染が全国的に広がっている。
)
硝酸性窒素及び亜硝酸性窒素は 年に環境基準
値
が定められたが、道内(
年度)では、実調査井戸
年度から
井戸中
井戸
3
今後の課題としての面源負荷
面源とは
で基準超過が確認されており、新たに確認される
以上のように、全国的に水循環の中で湖沼・地
基準超過項目においても、硝酸性窒素及び亜硝酸
下の水質が改善されない理由として、「面源」(非
性窒素が増加している。また全国の概況調査にお
特定汚染源、ノンポイントソース)として整理さ
ける超過率は
%(
年度)で全項目中最大
で上昇傾向にある。
れる汚濁源が指摘されている。
面源は、「汚濁物質の排出ポイントが特定しに
くく、面的な広がりを有する市街地、農地、山林
水域環境のこれまでの評価
水循環においては、以上のような環境基本法及
等の地域を発生源とする負荷や、降水等に伴って
大気中から降下してくる負荷」(環境庁水質管理
)「湖沼等の水質汚濁に関する非特定汚
び水質汚濁防止法による公共用水域及び地下水の
課(
水質常時監視、事業場等の排水規制等を基本とし
染源負荷対策ガイドライン」
)とされ、発生地域
て、水域環境の保全が図られてきた。
や発生原因の特性により 都市系負荷、 農業系
年代の公害対策以来の歴史的経過を見ると、
有害物質等の健康項目はほとんどが環境基準を達
負荷、
山林系負荷に分類される。
既に見たこれまでの対策は、水質汚濁防止法の
とされている事業場、その他下水道等、
成し、生活環境項目も河川は改善されてきた。こ
規制対
れは、個別の事業場に対する排水規制を中心に、
汚濁水の排出が点的に認識される「点源」(特定
下水道等の生活排水処理施設の普及率の上昇によ
事業場、ポイントソース)が中心であり、多くの
るところが大きい。
場合、技術的な方法で排水を処理できる汚濁源で
しかし、湖沼の水質改善の限界や、硝酸性窒素
ある。
及び亜硝酸性窒素による地下水汚染が顕在化する
しかし、面源は、特徴として発生源が面的な広
中で、道内でも畑作地帯を中心に環境基準の数倍
がりを有し、原因が多種多様で、水域環境におい
を示す地域もあるなど、健全な水循環が損なわれ
て汚濁物質が混合するなど、汚濁の実態は不明確
ている状態は継続しており、これまでの水域環境
な部分が多く、点源のような汚濁水処理や制御が
困難である。
特に降雨の影響を大きく受けるほか、地域によ
って、単位面積あたり汚濁負荷量(原単位)が大
えば、農業系負荷に対しては中核的な技術(
)
として、保全的耕作、作物栄養素管理、病害虫管理、
保護緩衝地帯が示される。(
きく異なるなど、汚濁量の把握が困難である。さ
)
らに、従来の水質モニタリングにおいても、荒天
時を避ける等の調査方法から、実態が数値として
把握されにくい状況にあった。
このように、面源はその特性から、従来の法律
に基づく、個々の事業場等を中心とした排水対策
健全な水循環の確保のため、これらの具体的な技術
をどのような政策手法を通じて実現を図るかについて
は、問題が顕在化している地域社会の関係者による、
自律的な合意形成に向けた取組にかかっている。条例
等ローカルルールによる対応もその一つであろう。
だけでは対策が困難である。したがって、流域全
体を視野に入れた一定の地域全体で、関係する生
産活動等(特に農業・林業)との整合性を取りな
硝酸性窒素等の汚染対策の事例
既に見たように、地下水の硝酸性窒素等による
汚染が一部の地域で顕著となっているが、原因と
がら対策を進める必要がある。
北海道の豊かで健全な水循環を確保していくた
めには、これらの面源による汚染を明確に北海道
の水域環境における課題として、広く関係者が認
して、
畜排泄物、窒素肥料の過剰施肥、生活排
水等が指摘されている。
このうち、
畜排泄物については、「
畜排せ
つ物の管理の適正化及び利用の促進に関する法
識することが必要である。
律」の完全施行(
年
月)により設備面での
整備は進みつつあるものの、堆肥としての散布に
面源負荷の削減対策としては、
(
)と総称される対策があり、アメリカ
)においては、非規制的なガイドラ
環境保護庁(
インとして発生源に対する技術が紹介されている。例
宗宮功編(
規制はない。過剰な施肥についても、汚染が見ら
れる地域で、関係者が一体となった対策を進める
必要がある。
)
「琵琶湖」技報堂出版
頁
これらについては現行では規制的な政策手法は
いる。
とられていないが、豊かで健全な水循環の確保の
さらに、この中では、重点的な取組みとして、
ためには、地下水の保全は不可欠であり、地域の
流域を単位として、流域の都道府県、国の出先機
実情に応じた地方自治体独自の取組を進めていく
関などの所轄行政機関が、流域の水循環系の現状
年「硝酸性窒素及び亜
について診断し、その問題点を把握して、環境保
硝酸性窒素に係る健全な水循環確保のための基本
全上健全な水循環計画を作成し、実行することが
方針」を策定し、これに基づき関係者による対策
示されている。そして、この計画では、流域を基
が進められている。
本として、山間部、農村・都市郊外部、都市部等、
必要がある。道では、
個々の地域特性を踏まえ、治水、利水の整合を図
4
新たな施策に向けて 環境基本計画に
おける水循環への視点
環境政策における水循環に関する施策は、既に
り、流域の環境保全の観点から、施策体系、目標
の設定、実施すべき事業が構成されるものとされ
ている。
みた法令等による規制的な手法のみならず、環境
道の環境基本計画
基本計画の中でも明確に示されており、次にこれ
環境基本法では、地方公共団体が、国の施策に
を見てみよう。
準じた施策及びその他のその地方公共団体の区域
政府の環境基本計画
の自然的社会的条件に応じた環境の保全のために
「環境基本計画」は、環境基本法第
条に基づ
必要な施策を、これらの総合的かつ計画的な推進
く環境の保全に関する施策の総合的かつ計画的な
をはかりつつ実施するものとされ(第 条)、現在、
推進を図るための基本的な計画であり、政府部内
すべての都道府県で環境基本条例の制定及び環境
における環境保全に関する施策は、これにより策
基本計画が策定されている。
定、実施される。当初
年に策定され、
年
に見直された。
道では、
同条例第
年北海道環境基本条例が制定され、
条に基づき、
年3月「北海道環境
この中では環境政策の指針となる4つの考え方
基本計画」が策定されている。この中で「水環境
である「汚染者負担の原則」
、「環境効率性」
、「予
の保全」の8つの施策の一つとして「健全な水循
防的な方策」
、「環境リスク」を基本として、環境
環の確保」を位置づけている。また、同条例第
問題の各分野に関する戦略的プログラムとして
条では、道は、河川、湖沼、湿原、海域等におけ
項目が示され、水循環については「環境保全上健
る良好な水環境の適正な保全に努めるとともに、
全な水循環の確保に向けた取組」が示されてい
健全な水循環及び安全な水の確保のために必要な
る。
措置を講ずるものとしている。
そこでは、
これまでの水環境政策が、
「場の視点」
評価と課題
からの有害物質の汚濁削減には効果をあげたが、
今後は、新たな化学物質や水生生物への影響等、
以上のような、環境基本計画における水循環の
水環境や地盤環境の保全に対して「水循環」との
「水
現状認識と流域を対 とした施策については、
関連においてとらえる「流れの視点」からの施策
質汚濁のみに関心を寄せていた水環境政策は、水
を進め、「健全な水循環」の確保が重要な課題と
量や水生生物の生息環境等を含め、さらに地下水
されている。
まで視野に入れた「健全な水循環の確保」という
「健全な水循環系」は、
「健全な水循環系構築の
月)にお
きくかわりつつあることも指摘することもでき
いて、主要な概念として位置づけられ、関係省庁
る」という評価もある(浅野直人「環境基本法と
において共通となっており、また、現在の環境基
環境基本計画」『増刊ジュリスト環境問題の行方』
ための計画づくりに向けて」(
本計画の第 回点検結果(
年
年
新たなキーワードをもった施策体系の構築へと大
月)においても、
これを基本とした水環境施策の推進が確認されて
(
))。
しかしながら、
年の第一次計画の策定から
既に
年が経過しているが、水循環に関しては、
国レベルでは水質汚濁防止法を基本とした水環境
政策の制度的な改正は部分的な対応に止まり、
「健
全な水循環」構築の具体的な施策は、必ずしも明
確にはなっていないのが現状であり、各地方自治
体の各流域における取組みを先行させることが必
要である。
また、環境以外を対 とする国レベルの既存の
計画と環境基本計画を個々に調整するための制度
的担保は存在しない(大
閣
有
直(
)「環境法」
頁)。健全な水循環を確保するための流
域マネジメントにおいては、地方自治体の執行段
階で、いかに各計画を調整し政策統合を図ってい
くか、条例制定、マスタープラン等の策定を含む
制度設計における工夫の余地が残されていると言
えるだろう。
5
新しい水環境政策の必要性
従来の法令に基づく水域環境の監視体制及び、
事業場等の点源を中心とした排水規制の一方で、
面源汚染への対応、環境基本計画に見る水循環へ
の視点等、新たな課題が生まれているが、現段階
では国として必ずしも明確な政策を示していない
のが現状である。
これらの現状において、いかに北海道独自の水
環境政策を打ち出していくかが課題となる。
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