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この文書は 『食育ライフセーバー講座 環境&社会編』 (安田美絵著) の抜粋です。
詳しくはルナ ・ オーガニック ・ インスティテュートのホームページ
http://luna-organic.org をご覧ください。
食育ライフセーバー講座 環境&社会編
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18.セイヨウミツバチの“謎の失踪”
農薬の項の最後に、最近話題になっているミツバチの話を載せておきましょう。日本の農家で、すいか、メ
ロン、さくらんぼなどの受粉に使うミツバチが足りなくなっている、という話題を新聞でご覧になった方も多いの
ではないでしょうか。こうした農家では、これまでセイヨウミツバチを輸入して、果樹などの受粉に使っていまし
た。しかし、2009年からはミツバチの輸入量が不足するため、人口受粉などでカバーしなければならず、農
家の負担が増える、価格が上がる、などの事態が問題視されています。
しかし、それは単なる表面的な問題であって、真の問題ではありません。まずは、なぜセイヨウミツバチが
不足しているかから話を始めましょう。
第1章 化学農業と環境問題 Ⅰ.農薬
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2006年秋、世界中の養蜂家たちはかつてない事態に遭遇しました。いつもなら巣箱にぎっしりとうごめいてい
るはずの蜂たちが、なぜかまったく見当たらないのです。巣箱にはいつものように、蜂の子と蜂蜜がぎっしりと
詰まっており、女王蜂も卵を産んでいます。それなのに、外から花蜜を運んでくるはずの働き蜂が帰って来ま
せん。また、巣箱に常駐して幼虫の世話をする役目の働き蜂も、ほとんどいなくなっていたのです。
これまでにも、ハチが大量死することはありました。1990年頃から、寄生虫のミツバチヘギイタダニが猛威を
ふるい、ミツバチの群れを壊滅させるという事態が世界各地で起きていました。しかし、その場合には、巣に
はダニがうごめき、ミツバチの死骸が巣箱の下を埋め尽くすように散乱することになります。しかし、この時の
状況はそれとはまったく違いました。巣の周りをいくら探しても、蜂の死骸はまったくといっていいほど見当たら
ないのです。ミツバチは飛び去る力はあったのに、なぜか戻っては来なかったことになります。この謎の失踪
により、北半球のミツバチのなんと1/4もが、忽然と姿を消したのです(※10)。
通常なら巣の上には必ずこのように歩き回る働き蜂がいる。
© Roman Shevchenko - Fotolia.com
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(中 略)
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21.失踪事件の容疑者その3.移動・受粉のストレス
ハチの失踪事件の容疑者の中には、化学物質以外のものも含まれています。そのひとつが受粉に駆り出さ
れる際のハチのストレスです。日本の農家がセイヨウミツバチを果物などの受粉に利用しているように、欧米で
もハチは受粉のためにあちらの農場からこちらの農場へと移動させられます。多くの作物が、ハチたちが飛んで
くるのを待ち受けているのです。
アーモンド、りんご、ブルーベリー、チェリー、きゅうり、ズッキーニ、かぼちゃ、梨、プラム……いずれの
作物も、現代のアメリカでは、ハチがいなければ、実をつけることはありません。中でももっともハチたちを必
要としているのが、カリフォルニアのアーモンド農家です。現在では、アメリカ全体の蜂蜜の売り上げが年間
第1章 化学農業と環境問題 Ⅰ.農薬
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1億5千ドルなのに対し、アーモンド農家が受粉のために養蜂家に支払う費用は年間2億ドルにも及びます。
自家受粉しない性質を持つアーモンドを効果的に受粉させるためには、ハチを過密状態で働かせる必要があ
ります。自然界であり得ないような過密状態が、ハチに過剰なストレスをかけているのかもしれません。また、
広い国土を持つアメリカで、ハチたちの移動距離は8千キロにも及ぶのが当たり前となっており、そのような長
距離移動も、ハチに過大なストレスを与えている可能性があります。こうしたストレスがハチの大量失踪に関わ
っていると見る人もいます。
しかし、そもそもどうして作物の受粉のために、何千キロも離れた遠くから、ハチを巣箱ごと取り寄せるよう
な必要があるのか? どうして日本ではわざわざ海外からセイヨウミツバチを輸入しなければならないのか? 疑問に思った方もいることでしょう。そう、そこにこそ、この問題の本質があるのです。
アーモンドの花と蜂。花から花へと飛び回り、受粉させてくれる蜂がいなければ、アーモンド農家は成り
立たない。
© Brenda Anderson - Fotolia.com
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22.昆虫の消えた世界
プリンストン大学のクレア・クレメンは、セイヨウミツバチを人為的に移入することなく、どれだけスイカが受
粉できるかを比較する研究を行いました。有機農場と化学農法の農場、また野原や林や森など耕作されていな
い自然環境が近くにある所とない所、という条件の組み合わせで比較した結果は下記の通りです。
ちなみに、スイカの花1輪が十分な大きさの実に育つためには、1日に約1000個の花粉粒を必要とします。
農法
自然環境が… 受粉数/日
①
有機農法(農薬不使用) 近くにある 1800
②
有機農法(農薬不使用) 近くにない 600
③
化学農法(農薬使用) 近くにある 300
④
化学農法(農薬使用) 近くにない 第1章 化学農業と環境問題 Ⅰ.農薬
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有機農場で、耕作されていない自然環境が近くにある場所では、スイカも無事に実ります(①)。自然環境
には、マルハナバチやマメコバチ、その他のさまざまな受粉昆虫がまだ自生しており、そこから農場へと飛来
してくれるためです。農薬を使わない有機農場でさえ、農場内だけでは昆虫が不足します(②)。農薬を使
えば、もちろん昆虫はさらに減ってしまいます(③)。そして、④の例では、昆虫が自然に飛来することはまっ
たく無いことがわかります。
効率化の名のもとに、単一作物を、広大な面積で、農薬を使って栽培する現代の農業。そんな場所では、
自然に飛来する昆虫に受粉を期待することなど、まったく無理な話なのです。
セイヨウミツバチがさまざまな作物の受粉に駆り出される背景には、こうした事情がありました。しかし冷静
に考えてみれば、これはなんとも不気味な事態といえるのではないでしょうか。
スイカをはじめとするウリ科植物は雄花と雌花が分かれているため、昆虫の媒介なし
には実を結ぶことはない。
© white bird - Fotolia.com
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23.実りのない秋
人類がこの世に出現するはるか以前から、植物は昆虫たちと共生してきました。ハチ、蝶、蛾、甲虫などさ
まざまな昆虫が、花の蜜を吸い、花粉を食べ、また他の花へと飛来することによって、植物の受粉を助けてき
ました。アーモンドも、スイカも、りんごも、人類が品種改良してきたのは確かですが、人類の登場する以前
からこの世に存在して、毎年毎年実を結び続けてきたのです。それがもはや、人間がわざわざトラックや飛行
機でセイヨウミツバチを届けてやらない限り、実を結ばないなんて……。こんなに不自然なことはありません。
しかもその最後の手段のセイヨウミツバチまでもが、いまや大量失踪、大量死などにより、瀕死の状態にあ
るのです……。果実の実らない秋。「沈黙の春」の次には、そんなさらに震撼すべき事態がやって来ようとし
第1章 化学農業と環境問題 Ⅰ.農薬
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ています。そして、既に一部の地域では現実となりつつあるのです。
中国の四川省では梨の木を受粉させるために数千人の労働者が働いています。あらゆる斜面に梨の木が植
えられ、大量の殺虫剤が撒かれるようになって以来、何年も昆虫の姿を見かけない、と住民は言います。
メキシコではバニラ農園の農民が、バニラ蘭の花弁を引き裂いて花粉を爪楊枝の先に付け、手作業で雌し
べに受粉させています。バニラ蘭の花粉には蓋が付いていて、その蓋の開け方を知っているのは、メリポナビ
ーというハチだけでした。そのハチが森林伐採とともに姿を消してしまうと、バニラ蘭を受粉させることができ
るのは、人間だけになってしまったのです。今では世界中のバニラがこのように人工的に栽培されています。
多くの種類の植物にとって繁殖には昆虫が不可欠です(※11)。しかし農薬散布は昆虫の数を確実に減らし、
場合によっては絶滅に追い込みます。そして世界の昆虫がどれだけ減っているか、どれだけ絶滅してしまった
か、科学者さえも正確に把握してはいないのです。
現在地球上で絶滅する生物は、年間4万種とも、5万種ともい
われます(※12)。森林伐採や気候変動、人間による開発、乱獲な
どが原因とされることが多いようですが、農薬もその大きな要因
。
。
となっているのではないでしょうか。
ハチの大量失踪は、図らずも、このような農業と環境を巡る危
機を私たちに知らせてくれることになりました。それでもまだ農薬
を撒き続き、昆虫を殺し続けるのですか? 果実の実らない秋が
訪れる未来を、あなたは本当に望むのですか? ハチたちは私
たちに問いかけています。
全ての虫が死に絶えたとき、果実の実らない秋がやっ
て来る。その日まで、人類は農薬を撒き続けるのか。
© Penny Williams - Fotolia.com
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(以下略)
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