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金融のインフラストラクチャーにおけるICTの進展

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金融のインフラストラクチャーにおけるICTの進展
金融のインフラストラクチャーにおけるICTの進展
ITC Progress in Financial Infrastructure
北村歳治†
Toshiharu KITAMURA
Abstract
十分ありうるが,現段階では両者を分けた方が議論の
This paper intends to undertake a general and
混乱を回避できるように思われる.本ペーパーは,こ
comparative review of the most recent developments
の二分法に従って議論を進めることとする.
in ICT (Information & Communication Technologies)
progress in the financial infrastructure in the
advanced countries. The earlier part focuses on the
1. 金融セクターにおける ICT の動向
ICT-based banking services in Japan, the USA and
1.1 日本の金融インフラストラクチャーにおける ICT
Europe. The second part focuses on the most recent
日本の金融セクターにおける ICT の動きは,広く
developments in the so-called electronic money in
捉えれば,1965年のオンライン・システムのスター
these major regions. Finally, the imbalance of
トにさかのぼる.これは,自行内の業務の効率化・省
progress between internet-banking services and
力化を志向したものだった.その後,銀行間(イン
electronic money and their relations will be discussed
ターバンク)を接続するシステムの構築が始まり,
in a dichotomic approach together with their impacts
1973年には第1次全銀システム(全国銀行データ通
on financial settlement, financial intermediary and
信システム(注1))が稼働した.これは,銀行間の送金・
transmission process of monetary policy.
決済サービスを通信回線で相互に接続するオンライ
ン・ネットワークである.さらに,その後の取扱い
はじめに
データ量の増大と全銀システム加盟の金融機関の数が
金融取引は,その商品・サービスの内容・付帯情報
増大したことから,1979年の第2次以降,第3次,
を 電 子 化 し て 示 す こ と が 容 易 で あ り,ICT
第4次へとレベルアップが図られた.2003年からは,
(Information-Communication Technology) に な じ み
データの暗号化などの新機能を追加した第5次システ
やすい.通貨価値に係わる電子情報化は,依然として
ムが稼働している(注2).この全銀システムは,1988年
セキュリティの難問を抱えているが,金融の決済や取
に稼働を始めた日本銀行と民間金融機関との間の決済
引のオンライン化,ネットワーク化は予想を超えるス
システムである日銀ネットと並んで,国際的にもトッ
ピードで展開している.
プレベルにある我が国の決済システムを支えている.
本ペーパーは,まず,ICT への依存を急速に高め
また,電子政府構想に沿って,国債・社債・コマー
ている金融セクターについて,国際的な観点から日
シャルペーパー(CP)のペーパーレス化(2003年(注3)),
本,米国,欧州の動向を略述する.次に,金融のイン
国と個人の間で行われる税や国民年金保険料等の国庫
フラストラクチャーに将来的に影響を与えうる電子マ
金の納付の電子化(インターネット・バンキングや
ネーについて,2000年以降の最近の動向を探り,最
ATM〈Automated Teller Machine〉 を 通 じ る も の で
後にこのような動きがもたらしている今日的な問題を
2004年から2005年にかけて実施されたもの)等の動
考察することとしたい.
きが現れた.今後は,手形や売掛債権までもが電子化
この場合,留意しなければならないのは,金融仲介
され,(債券のみならず)債権までもがインターネッ
機能を中心とした銀行サービスの ICT 依存(インター
ト上で取引される検討も始まっている.勿論,現段階
ネット・バンキング)の拡大と,通貨の電子化(電子
では,まださまざまな問題が残っている.たとえば,
マネー)の動きとを切り離して観察していく必要があ
電子化された CP は,発行企業には便利であっても,
るという点である.前者はいわば金融セクターという
投資家サイドは対応し切れていない.また,電子納税
土俵の内側の問題であるのに対し,後者は土俵の際に
申告する納税者は,住民基本台帳カードを取得しその
係わる問題だからである.両者が相互に係わることも
カードに公的認証を入力する手間ヒマがかかる.しか
† 早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
(注1)国内の金融機関の間で振込等に関する指示の授受とそ
の決済を行うための制度を内国為替制度というが、この制
度の中心となるのが全国銀行データ通信システムである。
なお、全銀システムの運営は、民間の東京銀行協会が行っ
ている。
(注2)詳細については、(財)情報処理相互運用技術協会
(2004年)「決済システムの現状と問題点の調査/分析」
を参照。
(注3)株式は2009年を予定。
197
し,基本的な流れとして金融取引の ICT 依存はます
座あるいは取引口座)に係わる振替・振込のサービス
ます高まっている.
をコア(核)として,さらに定期預金・外貨預金・投
さらに,日銀ネットの「即時グロス決済」
(Real
資信託取引が付加されているのが最も一般的である
Time Gross Settlement, RTGS)への全面移行(2001
(地方銀行になると外貨預金,投資信託取引サービス
(注4)
年)等の金融インフラにおける動きは定着した
.
は将来の課題として先に延ばしているところが多
また,一般の人々が日常接する銀行サービスにおいて
い).(b)のネット支店のサービス内容は,おおむね
は,インターネット・バンキング・サービスが,特に
(a)の場合に準じている.これに対し,(c)のイン
インターネット上の取引を行う消費者の間では欠かせ
ターネット専業銀行は,おおむね決済サービスに特化
ないものになってきている.
する方向を示している(注6).
だが,面白いことに,このような全国的な決済シス
日本の場合,インターネット専業銀行は,2000年
テムの構築が進む中で,日本では現金自動引出し機
か ら2001年 に か け て 参 入 し た ジ ャ パ ン ネ ッ ト 銀 行
(CD)と現金自動出入れ機(ATM)の設置台数が増
(JNB),ソニー銀行とイーバンク銀行がある.まず,
加し,現金通貨の保有(cash holdings)傾向が高まっ
63人の従業員で運営される JNB は,預金残高が2,000
たという特徴も明らかになっている.要するに,現金
億 円 強, そ し て 銀 行 口 座 数 は105万 に 上 っ て い る
通貨を取り扱うネットワークが充実し,また,安全が
(従って1口座あたり平均20万円弱の預金残高)
.一
確保されている日本においては,依然として現金通貨
方,100人の従業員で運営されるソニー銀行は,預金
が重要な役割を果たしている(注5).一見,銀行サービ
残高5,500億円弱,銀行口座数は36万強となっている
スの ICT 依存化と矛盾するような傾向だが,しかし
(従って1口座あたり平均150万円強の預金残高)
.
冒頭で触れまた後述(3.2を参照)するように,両
他方,92人で運営されるイーバンク銀行は,預金残
者は別次元の問題として捉えていく必要がある.
高2,600億円強,口座数100万強となっている(従って
1口座あたり平均26万円程度の預金残高).従って,
198
1.2 インターネット・バンキング
全国銀行の平均的な規模からみると,まだ極めて小規
1.2.1 日本の動き
模な存在である.このような少数の従業員による全国
インターネット・バンキングの提供をみると,日本
的なビジネス展開は,1990年代前半にはまったく予
においては(a)都銀等の本体がそのサービスの一部
想することができなかった.いずれにせよ,この3行
として,インターネットを通じて行うもの,
(b)都銀
はインターネット専業として同一のグループに属する
等がインターネット上の銀行サービスを目的とした特
とみなされている.しかし,将来を占うのは時期尚早
別の支店(ネット支店,internet branch)を設けるも
だとしても,3行の間には微妙な成果の違いが生じて
の,及び(c)インターネット専業銀行(internet-only
きているが,これは,3行のビジネス戦略の相違に由
bank)として新たに現れたもの,という3つの形態が
来すると考えられる.
ある.都市銀行及び地方銀行は,ほぼすべて(a)本
JNB は,決済サービスを主軸としたビジネス・モ
体で行うインターネットバンキングを提供するととも
デルを追及してきたため,インターネット上のオーク
に,
(b)ネット支店は,2000年前後にスルガ,みず
ションやショッピングに伴う決済手数料の貢献が大き
ほ及び UFJ の3行が導入した.これら3行は(a)の
く,2005年3月期に初めて経常黒字を生み出した.
本体で行うインターネット・バンキングをも併せ持っ
一方,ソニー銀行は,当面は外貨預金・投資信託等を
ている.これに対し,
(c)のインターネット専業銀行
含め預金とその運用に重点を置きそれを踏まえて決済
は,部分的に都銀等の資本参加があるものの,後述の
サービスに乗り出すビジネス・モデルを採ってきてい
よ う に 既 存 の 銀 行 と は ま っ た く 異 な る 形 で2000∼
るが,人件費やシステム保守等の費用が相対的に大き
2001年にかけて開業した.なお,
(a)
,
(b)は,イン
く,まだ経常黒字には至っていない.他方,イーバン
ターネット・バンキング(click)と伝統的な銀行サー
ク銀行は,月額一定の決済手数料のもとで何度でも決
ビス(mortar)の双方を兼ね備えているという意味
済がしやすくなるサービスを目標とするとともに収益
で,
“click and mortar”アプローチと言われることが
源は証券化商品等の運用益に依存するビジネス・モデ
ある.
ルを追及し,2005年3月期には経常赤字を大幅に縮
一方,銀行サービスの内容は,
(a)の本体業務でイ
小させた.3行ともこれまでの累積損失は多大だが,
ンターネット・バンキングを行う場合,伝統的な銀行
単年度の黒字化を確保する方向にある.このように,
サービスとできるだけ同種・並行的に提供するという
ICT を駆使するバンキングであっても,その成果は
形で進められることが多い.具体的には,預金に係わ
ビジネス・モデルの相違にも影響されて興味ある動き
る入出金・残高の照会及び銀行口座(正確には決済口
を示している.(なお,セブン・イレブン等に ATM
(注4)RTGS の他、証券決済、STP、決済システムのオーバ
ーサイト等については、日本銀行の調査季報(2005年1月)
pp. 95-98、www.boj.or.jp/press/05/press_f.htm 等を参照。
(注5)GDP に対する現金通貨残高(cash holdings)の比率
で見ると、米国やユーロ圏がおおむね5∼6% であるのに対
し、日本は10∼15% の水準で推移している。
(注6)詳細については、2004年12月13日付『金融財政事情』
の「インターネットバンキング特集」
(pp. 12-25)を参照。
を設置し取引手数料を主な収益源とするアイワイバン
スすることを可能にした.債券市場でも新しい動きが
ク銀行は,既に2003年度に黒字に転じた(注7).
)
始まっている.世界銀行は,2000年にインターネッ
ト上で e-bond を発行した.このような動きは,他の
1.2.2 欧米の動き
主要な債券発行機関にも拡大しつつある.そして,イ
欧米のインターネット・バンキングの動向を見る
ンターネット上での証券取引は,取引の手数料の引下
と,まず,米国では NetBank と E*Trade の動きが各
げ競争を激化させている.
方面の関心を集めてきた.両者とも,1990年代後半
日本でも,インターネット・バンキングに先行して
にリテール(小口,個人取引)の分野でインターネッ
1998年にスタートしたインターネット証券業務は,
ト・バンキングを開始した.既存の主要銀行は慎重な
株価動向に左右されながらも,売買委託手数料の大幅
態度をとり,当初はインターネット・バンキングを本
な低下とあいまって,既存の大手証券会社を圧倒して
体ではなく子会社に行わせる形で動き出した.しか
いる(全国の268証券会社のうち,インターネット取
し,その後は本体に吸収する動きが目立っている.こ
引を行っている証券会社は全体で54社(注8)).既存の
れらの米国のインターネット・バンキングは既に重要
証券会社では,(a)独立的な野村,(b)みずほコーポ
な収益源となっており,その意味では他の国々に先ん
レート銀行と顧客基盤で深い関係のあるみずほ3証
じた動きとなっている.
券,(c)三井住友グループとの関係が議論されている
英国でも,主要銀行はインターネット・バンキング
大和,(d)日興コーディアルグループ,さらに(d)
を提供しているが,その多くは依然として子会社を通
三菱証券等の勢力関係が複雑な動きを示している.し
じている.北欧を別とすれば,欧州大陸の諸国の場合
かし,これらの伝統的な証券会社よりも,新機軸の証
スイス等のように進取的な動きをとるところもあるの
券会社の方が関心を集めている.野村證券等の大手証
で一概に論じられないが,一般にインターネット・バ
券会社の顧客の口座数は1000万程度といわれている
ンキングの動きは,米英に相当遅れていると言われて
が,インターネット取引口座は全体で約694万,この
いる.これは,セキュリティの問題に対して欧州の風
うち,以下に述べるインターネット専業5社の顧客の
潮がきわめて保守的である上に,伝統との調整に配慮
口座数は2004年度末に178万を超えるものになった.
する傾向に基因していると考えられる.このため,イ
しかも,これらの新進の証券会社は,株式のインター
ンターネット専業銀行(internet-only bank)はあま
ネット取引以外にも,為替証拠金取引,投資信託や商
り見られず,いわゆる“click and mortar”が主流れ
品先物取引にも業務を拡大して,インターネット上の
となっている.また,欧州では既存の銀行が先導役に
顧客をさらに拡大している.
なって TV を使って双方向のインターネット・バンキ
インターネット証券取引の草分け的な松井証券,
ング(i-TV banking)が試行されている.
イー・トレード証券,MBH,カブトコム,楽天証券等
なお,欧州大陸の諸国では,IC カード型の電子マ
は,個人投資家のインターネット取引を触発した(注9).
ネーは増大しており,ゆっくりとしたインターネッ
これら証券会社は,株式の売買高の増大を背景に収益
ト・バンキングとは対照的である.これは,冒頭で述
状況が改善し,インターネット・バンキングに比べい
べた二分法的な議論,即ち電子マネーの動きと銀行
ち早く2003年度には経常黒字を実現した.また,イン
サービスの ICT 化との相違が欧州でも現れていると
ターネット上の株式取引が個人の株式売買代金に占め
言うことができよう(この問題については,3.2に
る比率は,1999年に3%,2000年に9%だったもの
おいて再度論じる)
.
が急速に増大し,2004年度においての80%を占め,そ
の取引規模は133兆円に及んでいる.これは,国内株
1.3 ノンバンク・セクターにおける ICT の影響
式市場における取引全体の26%を占めている.
銀行以外の分野では,インターネット上での株式の
なお,ポータルサイトを競うインターネット大手3
流通に係わる取引や株式の新規株式公開(IPO)に係
社のうち,楽天は既に楽天証券を,またライブドアは
わる取引が急速に台頭している.既存の流通市場に代
ライブドア証券を買収取得しインターネット証券取引
わるインターネット上での株取引は,米国では日常化
に参加していたが,最大手のヤフーは,2005年になっ
しますます勢いを増している.また,10年前には予
てようやくソフトバンク・インベストメント(SBI)
想されなかったことだが,ICT の進展は個人投資家
の傘下にあるイー・トレード証券等と業務提携を開始
に従前はプロの世界だった IPO 市場に容易にアクセ
することになった.このようにインターネット関連企
(注7)イトーヨーカ堂のアイワイバンク銀行は、1万台を超
える ATM のネットワークを通じる決済サービスを軸とす
るビジネス・モデルの展開を図っている。銀行店舗を持た
ないという意味ではインターネット専業銀行に近いが、銀
行サービスの内容という意味では、インターネット・バン
キング・サービスとしての業務範囲は狭い。むしろ、金融
業界関係者は、アイワイバンクの ATM で他行のキャッシ
ング・カードが使用できるという特徴に着目している。な
お、2005年3月末における預金残高は約1,200億円強、預
金口座は20万前後とみられている。従って、1口座あたり
約60万円の預金残高となっている。
(注8)データは、日本証券業協会の資料に基づく。
(注9)マネックス証券と日興ビーンズ証券は、2005年に合併
してマネックス・ビーンズ証券(MBH)、また、1999年に
スタートした DLJ ディレクト SFG 証券は2003年に楽天証
券に、それぞれ社名を変更した。
199
業が主導して金融ビジネスに参入する動きは,特に証
PayPal がインターネット上の取引について利用者と
券ビジネスとの融合が加速していることに示されてい
クレジット・カード会社あるいは銀行との間に介在し
(注10)
る
.
て事実上の決済機能を果たしたために,既存の銀行セ
他方,銀行サービスや証券取引の ICT 依存化傾向
クターとの間で論議を巻き起こした問題である(注12).
は,信託や保険業務にそのまま当てはまるわけではな
その経緯の概略は,以下の通りである.
い.これは,銀行サービスや証券と異なり,信託商品
カリフォルニア州を拠点とする PayPal は,1998年
や保険商品の内容が難解であり単純な窓口対応では済
に電子メールを通じて利用者とクレジット・カード会
まないことに起因している.また,契約段階では,単
社/銀行との間に介在し,銀行口座の振替えに関与す
なるクリックにはなじまない専門用語による説明義務
る形で,事実上の新しい決済メカニズムを編み出し
や医的審査等の手続きもある.従って,契約をイン
た.これは,インターネット上の取引に係わる決済に
ターネットですべて済ますことは困難と解されてい
おいて,利用者が見知らぬインターネット上の販売店
る.そうは言っても,信託や保険の分野でも ICT の
(merchant)に自分自身の詳細なクレジット・カード
動きは著しい.社内の業務系システムのみならず,
情報を提供することを懸念したことに着目したもので
CRM(Customer Relationship Management)の一環と
ある.その決済メカニズムは,当初,インターネット
してデータ・マイニングとマーケット・プラニングに
上の販売店に立替払いを行い,次に利用者から立替払
も活用し,対顧客との関係では金融商品の紹介,顧客
いの資金回収を行うものであった.この回収は,利用
のデータ管理・照会・通知等に加え,販売チャネルの
者のクレジットカード情報を入手しそれを使ってクレ
先端でパソコンとインターネットの情報を組み合わせ
ジット・カード会社の銀行口座あるいは利用者の銀行
て顧客の問合せに応じる保険商品の設計等が行われて
口座から資金を得るというプロセスを経ていた(注13).
いる.また,販売チャネルは,伝統的なものに加え
PayPal としては,利用者とクレジット・カード会社/
て,本社・支店(支社)のインターネット・サービス,
銀行との間に介在して,販売店に支払いを代行するこ
営業員による携帯パソコン利用,代理店におけるイン
とにより,手数料収入を得ることが目的であった.そ
ターネット・サービス等の組合せも進んでいる.
して,PayPal は,オークションで名を上げた eBay 社
に対する個人利用者の支払いにこの支払い代行を適用
1.4 銀行サービスに挑戦する ICT
することによって,業務を一段と拡大した(注14).
(米国の PayPal の波紋)
利用者の観点からすれば,インターネット上の見知
金融においては,デリバティブ取引,リスク管理,
らぬ販売店に自分のクレジット・カード情報や銀行口
評価等の金融工学の手法に依存する業務遂行は,ICT
座 情 報 を 提 供 せ ず に, 支 払 い の 代 行 に 特 化 し た
抜きでは議論できない.また,顧客サービスでも残高
PayPal にメールを送って支払い代行を頼む方が心理
照会あるいは決済,本人確認等のようにパターン化し
的負担は少ない.即ち,利用者は,PayPal にクレジッ
やすいものについては目覚しい動きが見られる.しか
ト・カードを使って支払いを行うか,または自分の銀
(注11)
も,勘定集約(account aggregation)サービス
200
の
行口座から振込みを行えばよい.販売店は PayPal に
ように,10年前にはまったく考えられなかったサー
自店の銀行口座を登録しておけば,PayPal からそこ
ビスまでもが急速に広がりつつある.いずれの場合で
に払い込みが行われる.このようなことは,インター
も,米国が先導的な動きを示しており,その動向は日
ネット上で容易に済ますことができる.
本・欧州のみならず,新興国,市場移行国あるいは発
しかし,PayPal はさらに進んで,利用者に対し預
展途上国にさまざまな影響を与えている.
り金のサービスを提供するに至ったために,問題が複
金融への影響という意味では,ICT は銀行セクター
雑化した.問題は,PayPal 社が銀行でないために預
の外からも銀行サービスに影響を及ぼし始めた.その
り金の業務を自由に展開できるか,という点にある.
端的な例は,米国のベンチャー・ビジネスの Paypal
現に,この預り金を巡って真偽が定かではないさまざ
の 動 き で あ っ た. こ れ は, 銀 行 監 督 に 服 さ な い
まな疑わしい噂が市場に流れ出した.この問題は,要
(注10)銀行サービスの分野では、ヤフーはあおぞら銀行と提
携して2006年にインターネット銀行を、また、ライブドア
も西京銀行と組んでインターネット銀行をそれぞれスター
トさせると報道されている。
(注11)一人の顧客がインターネット上で取引している複数
の銀行・証券・保険・クレジットカード会社等について、こ
れらにアクセスする ID とパスワードを特定の金融機関
に事前登録することにより、この特定金融機関のサイト
でこれら複数の金融機関の口座残高情報をまとめて一覧
(aggregation)表示してもらえるサービスをいう。
(注12)決済サービスの問題は、従前、多くの国で決済機能が
銀行の業務としてみなされてきた。このような中で、1980
年代に米国の証券会社が流動性(換金性)のきわめて高
い MMF(Money Management Fund)を利用して決済機能
を提供しようとした時から、潜在的に銀行セクターと非銀
行セクター間の問題として認識されてきた。PayPal に代
表される最近の非銀行セクターによる決済機能の提供は、
ICT に絡む問題として浮上してきている。
(注13)www.paypal.com/、www.ebay.com/ 等に拠る。
(注14)2002年には、銀行セクターがギャンブル性の高いイン
ターネット上の取引に対し、銀行が関与するクレジット・
カードの使用を抑制し始めたことを奇貨として、カジノ関
連企業は PayPal の利用に走った。このために、PayPal に
対する批判が増大した。なお、2002年末に PayPal は eBay
によって買収された。
するに決済サービス・システムの信頼性・安定性との
が銀行口座間の振替えをもたらすことを考えれば,通
バランスをどう考えるかということになるが,同時
貨的な価値はあくまで銀行口座にあり,「代役的な情
に,後述の電子マネーにも絡んでいる. 報」は口座間に振替えを指示する情報に過ぎないと解
することもできるからである.この場合には,(ⅰ)
2.電子マネー
及び(ⅱ)の「代役的な情報」の電子マネーは,
(ⅲ)
と異なるものとは言い難くなる.
2.1 電子マネーの4形態
なお,インターネットのように情報のネットワーク
金融のインフラストラクチャーに将来影響を与える
が高度に発達してくると,最近のソフトウェアは,そ
と考えられる問題は,1990年代から一部実施に移さ
のメカニカルな中身よりもユーザーが事実上受けるこ
れた電子マネーである.その動きは,さまざまなアイ
とのできるサービスでもってその適否が判断される傾
デアとパイロット・プロジェクトを経て多岐化してお
向が強まっている.電子マネーもソフトウェアであ
り,試行錯誤の結果消滅したものまでをも含めてその
り,そこから決済サービスをいかに速く確実に享受で
全貌を捉えることは,本論の域を超えている.
きるかが問われている.このように考えると,(ⅰ)
しかし,大きな流れとしては,電子マネーは,
(ⅰ)
から(ⅳ)の議論は,今後,ユーザーの視点がますま
現金・預金通貨で前払いし(prepaid)
,その通貨価値
す重要になってこよう.
情 報 を IC カ ー ド に 入 力 す る 内 蔵 型(stored value
さらに,通貨価値情報が何時の段階で電子情報に変
card)電子マネー,
(ⅱ)インターネットの上を流通
換され入力されるのか,即ち,(a)現金・預金通貨を
するデジタル・キャッシュのような通貨価値情報をパ
払い込んで(プリペイド)入力した段階で電子マネー
ソコン(あるいは携帯電話)に内蔵させるネットワー
となるか,(b)クレジット・カード会社等からクレ
ク型電子マネー(network money)
,
(ⅲ)銀行口座に
ジット(与信)を受けて入力した段階で電子マネーに
アクセスしてそれに対する指示(指図)を行うアクセ
なるか,(c)預金通貨の代役的な役割を果たすだけで
ス・指示型(access products)の3つの電子マネーに
既に電子マネーとなっているか,あるいは,
(d)その
大別される.さらに,
(ⅳ)これまでの公的な通貨
他の(マイル等の)情報が入力された段階で電子マ
(state-sanctioned money)
,即ち,中央銀行の債務で
ネーになるかという点に着目する分類も可能である.
ある通貨(及び政府の発行するコイン)とそれを前提
あるいは,決済が最終的に何時行われるのかという観
にした預金通貨とは出自を異にするものが現れた.こ
点に立って分類することも可能である.(ⅰ)∼(ⅳ)
の非公的,即ち私的な交換・決済手段は,デジタル的
の電子マネーの多くは銀行口座と結びついている場合
に処理され流通する航空会社の「マイレージ」と「地
が多いので,最終的には銀行口座間の決済が終了した
(注15)
域通貨
」等の(準)電子マネーに代表されるが,
時に決済が完了すると考えられるが,
(ⅰ)及び(ⅱ)
これらの新種のものも近年新たな関心を呼ぶように
のプレペイド方式の場合は電子マネーを使用すると同
なった.
時に事実上決済が完了するとみなせないこともない.
上記の(ⅰ)∼(ⅱ)は,通貨価値に関する情報が
(b)の与信を受けて電子情報化する方式の場合は,
IC カード,パソコン,携帯電話等に電子化される
プリペイドの(a)とは異なり,与信を返済した時点
(digitized)際の格納形態に着目するものである.
(尤
で決済が完了するという議論も生じよう.
も,今日のように IC カードとパソコン,携帯電話等
あるいは,自社の顧客等に対象を限定して自社が発
の接合が容易になった段階では,両者を融合的に捉え
行する自社型の電子マネーと不特定多数の者を対象と
ることも可能であろう.
)また,
(ⅰ)∼(ⅲ)は現金
して第三者が発行する第三者型電子マネーという観点
通貨とそれに基づく預金通貨という既存の通貨システ
から分類することもできる.この場合,上記(ⅰ)∼
ムに属する公的な電子マネーであるのに対し,
(ⅳ)
(ⅳ)は自社型でも第三者型でもいずれの方式をも採
は私的な(準)マネーである点に着目して分類するこ
ることができる.その他,暗号化の方式,使用範囲,
ともできる.
電子情報のタイプと入力段階等の組合せ方式,残高管
また,
(ⅰ)及び(ⅱ)の場合は,通貨価値に関す
理方式/電子紙幣方式,等さまざまな視点から細分類
る電子情報が(後述する Mondex のように)
「価値」
して議論することも可能である.このように,電子マ
そ の も の な の か そ れ と も「 代 役 的 な 情 報 」(a
ネーの分類は複雑多岐なものとなっている.
convenient proxy for conventional state-sanctioned
いずれにせよ,一方では,これまでの電子マネーに
money)なのかと議論することも可能である.即ち,
関する多大な知見の集積にもかかわらず電子マネーの
(ⅰ)と(ⅱ)とを単純に「価値」の内蔵型として分
信頼性に対する懸念が根強く残っている.他方では,
類することは語弊を招きかねない.
(ⅰ)あるいは
非接触の IC カードや携帯電話へ電子マネーが搭載さ
(ⅱ)の「代役的な情報」の場合,その最終的な効果
れ利便性が一段と向上してきたため,電子マネーの利
(注15)1990年頃から始まった地域通貨は、2000年前後に多く
の関心を集めたが、2005年頃には弾みを失い始めた印象が
ある。尤も、地域通貨の議論が多岐に及び、地域振興策の
一環としての色彩が強くなってきたという方が正確かもし
れない。
201
用ネットワークが急速に拡大する気配も漂っている.
ず(ⅲ)を積極的に搭載する方向にある.さらに,多
しかし依然として,クリティカル・マスがどこにある
くのエコノミストは,狭義の(ⅰ)及び(ⅱ)の電子
かについては,関係者の意見はマチマチである.
マネーに加えて,
(ⅲ)を広義の電子マネーとして扱っ
ている(注18).さらにまた,(ⅳ)の私的な(準)電子
マネーのような動きも決済手段という観点から議論し
検討していかざるを得ない方向にある.このような事
情を考慮して,本論では(ⅲ)及び(ⅳ)を含めて電
子マネーの動きを概観することにしたい.
2.2 電子マネーの動向
2.2.1 プリペイドによる(ⅰ)の
IC カード内蔵型の電子マネー
図表1.電子マネーの動向
2.2.1.1 (ⅰ)の典型的なモンデックス
202
電 子 マ ネ ー に つ い て は,BIS(注16)の 定 義 は,
(Mondex)
“Electronic money products are defined here as
(ⅰ)は,前払い方式で IC カードに通貨価値を内
stored value or prepaid products in which a record of
蔵 さ せ る も の で, 最 初 の 野 心 的 な 試 み は 英 国 の
the funds or value available to the consumer is stored
Mondex によって行われた.これは,1990年に英国の
on a device in the consumer’
s possession. This
旧大手銀行 National Westminster Bank によって国際
definition includes both prepaid cards (sometimes
的にキャッシュレスで通用する決済手段(注19) を意図
called electronic purses) and prepaid software
して開発され,1994年を前後して実施に移された.
products that use computer networks such as the
し か し,1997年 に ク レ ジ ッ ト 会 社 の Mastercard
internet (sometimes called digital cash). These
International に買収された後,2000年を過ぎた現在
products differ from so-called access products that
でも各国で試行錯誤を行っている状況に置かれてい
allow consumers to use electronic means of
る.これは,形態こそ違え,匿名性と逸失性等の点で
communication to access otherwise conventional
現金通貨と共通であるため,現金・預金通貨の利便性
payment services (for example, use of the internet to
と安全性を十二分に超える段階に達していないためと
make a credit card payment or for general‘online
考えられる.
banking’
).”となっている(注17).この BIS の定義では,
なお,Mondex の場合,オープン・ループの特徴が
電子マネーは前述した(ⅰ)プリペイドによる内蔵型
強調されている.これは,IC カードに内蔵された電
の IC カードの電子マネー及び(ⅱ)パソコン・携帯
子マネーが決済のたびごとに銀行口座に連携せず銀行
電話に搭載されるネットワーク型の電子マネーからな
外の端末機・IC カードの間を転々流通することがで
り,
(ⅲ)の銀行口座に対するアクセス・指示型の電
きるために(オープン・ループ),銀行口座から解放
子マネーは含まれない.そして,
(ⅳ)の私的な(準)
された電子マネーと言われている.また,Mondex は,
通貨は,定義が行われた時点では想定外のものだっ
IC カード間で(銀行セクターとの間ではオフライン
た,と言うことができよう.
のままで)取引が完結し,さらに企業 LAN あるいは
しかし,支払いを即時に実質的に完了させる機能と
インターネット等のルートでも移転が可能である.こ
いう観点からは,
(ⅰ)及び(ⅱ)は勿論,
(ⅲ)のク
のような意味で,Mondex は単なる金銭的な電子マネー
レジット・カードであれデビット・カードであれ,イ
の情報にとどまらずに現金通貨の価値そのものを電子
ンターネットを通じて銀行口座に指示して振替えさせ
化したものとみなされている.
ることにより,実質的に決済機能を果たしている.換
この Mondex の全体的なスキームは,マネー価値が
言すれば,電子マネーを内蔵せず単なる銀行口座への
中央の発行機関(originator)から発行され,それが
指示機能しか持たないクレジットやデビット・カード
issuer(Mondex カード発行会社)を通じて,現金・
が,事実上,決済機能を果たしている.少なくとも,
預金通貨(正確には現金通貨と預金通貨)を対価に
利用者にとって安全性が確保されていれば,
(ⅰ)と
IC カードに内蔵されたものとして,個人の顧客等の
(ⅲ)の中身は問題ではない.また最近では,決済機
手に渡り,それが銀行セクターを離れて個々人の間,
能を持たせる目的から,携帯電話は,
(ⅰ)のみなら
あるいは Mondex 加盟店との間を転々流通する.そし
(注16)金融の観点から国際的なレベルで幅広く電子マネーを
フォローしているのは、スイスの Basel に本拠を置く Bank
of International Settlement, BIS である。
(注17)BIS の一連のペーパーは、BIS の website:www.bis.
org に示されている。本論で示した定義は、2000年5月の
“Survey of Electronic Money Developments”による。
(注18)日本銀行のウェブサイト:www.boj.or.jp/wakaru/set/
emoney.htm を参照。
(注19)ここでは、支払手段あるいは交換手段に代えてほぼ
同義語の決済手段という表現をとる。なお、Mondex は、
Monde(仏語の「世界」)と Exchange(英語の「交換」
)の
組合せである。
て,償還される時にのみ,acquirer(加盟店取引金融
ンターネット上での決済の利便性を追う傾向が強く,
機関)を通じて現金・預金通貨に交換されるという図
利用者の保有する IC カードによる電子マネーは,目
式である.
覚しい動きに欠けている.
このような電子マネーの低迷にもかかわらず,米国
ではインターネット・バンキングが相当進展してい
る.この状況は,冒頭に述べた二分法の議論が当ては
まる.
2.2.1.3 欧州における(ⅰ)の IC カードの
電子マネー
(ⅰ)のプリペイドによる内蔵型の IC カードの電
子マネーについては,むしろ欧州の動きが目覚しい.
欧州では多量の情報を格納できるマイクロチップを内
図表 2.Mondex の発行と流通
蔵した IC カード(smart card(注20))方式の電子マネー
その場合,当初,issuer の所で前払い方式により
が試みられ,米国に比べると IC カードによる電子マ
IC カードに入力された際の代り金である現金・預金
ネーの議論が極めて盛んである(注21).特に,欧州大陸
通貨は originator あるいは issuer の手元に置かれて
の地域では,ベルギーの Proton(注22),1997年にスター
いるはずであり,最終的に加盟店から現金・預金通貨
トしたドイツの GeldKalt(注23) 等を筆頭に,その動き
に償還されることを要求される場合に備えておく必要
は活発である(注24).
がある(銀行が issuer である場合には必ずしもその
必要はない)
.これに対し,現金通貨は中央銀行(あ
るいは政府)によって償還されることのない債務とい
う特性を持つ.その意味では,Mondex は現金通貨と
は異なるものと解さざるをえない.
2.2.1.2 米国における(ⅰ)の IC カードの
電子マネー
一方,米国のクレジット会社の VISA International
図表 3.Stored Value 型の電子マネーのメカニズム
が開発した VISA Cash も(ⅰ)の前払い方式の IC
カード型に一応属すると解されている.この VISA
クローズド・ループ型を採用しているこれら欧州の
Cash は,あらかじめクレジット会社から与信を受け
全体的な動きをまとめることは容易ではない.しか
その電子マネー情報を IC カードに入力することに
し,基本的なスキームは,銀行(Electronic Valuation
よって決済手段となる.但し,それは VISA Cash の
issuer, EV issuer)によって発行(create)された電
加盟店でしか使えない.VISA International は,1996
子マネー価値(EV)情報は,銀行預金等(payment
年 の ア ト ラ ン タ・ オ リ ン ピ ッ ク と 前 後 し て, こ の
gateway)から利用者である個人(customer)の保有
VISA Cash のパイロット・プロジェクトを欧州等で
する IC カード(smart card)にダウンロードされる
開始したが,その後の動きは取り止めたケースも含め
(loading).そして,販売店等(merchant)における
て必ずしも詳らかではない.いずれにせよ,米国が現
支払いの決済手段として利用されるが(payment)
,
金・預金通貨よりも小切手・クレジットカード中心の
そ の 利 用 ご と に 電 子 マ ネ ー・ シ ス テ ム の 管 理機関
経済社会に根ざしてきた経緯等を背景に,米国ではイ
(system supervisor) に 利 用 情 報 が 伝 達 さ れ る
(注20)欧米では、IC カードという表現よりも、smart card
の方が一般的である。いずれにせよ、マイクロ・チップを
組み込んだこのカードは、暗号化等を行う高度の演算能力
に加え、多量の情報の格納とセキュリティの確保を行いや
すく(不正なアクセスがあった場合に自壊する仕組みを持
つ耐タンパー性の機能等)
、またアプリケーションの書換
えにより再利用が可能である等の特徴がある。
(注21)欧州の電子マネーについては、European Central Bank
(ECB) の Electronic Money System Security Objective
report (EMSSO レポート ) が詳しい。なお、欧州と米国
を比較した次のような分析もある。即ち、欧州では(各国
で異なる多様な)現金通貨の取扱い費用の増大に加え、不
正なクレジットカード使用が社会的な問題となっていたた
め、1990年代以前から IC カード(smart card)を中心と
する電子的な決済の検討が行われていた。これに対し、ネ
ットワーク技術を推進してきた米国では、小切手とクレジ
ットカードの利用の延長として、インターネットに対応し
た電子マネーの検討に力点が置かれていた。(福田豊・須
藤修・早見均[1997]
『情報経済論』有斐閣アルマ、
「第11
章 電子商取引と電子マネー」。)
(注22)カード数は、小国でありながら300万枚を超え、利
用箇所も全国に普及したのみならず、他の欧州諸国等も
Proton system を採用している。
(注23)カード数は5000万枚を超え、多数の店舗、駅、博物館、
映画館等12万以上の箇所で利用可能となっている。
(注24)この他に、オランダ、ポルトガル等の Proton、デンマ
ークの Danmont、フィンランドの Advant 等がある。(www.
jiten.com/dicmi/pre.htm 等を参照。)
203
(reporting data)
.換金を行おうとする販売店等は,
取引情報と,改札口通過や Suica 利用可能店舗で利用
銀行等(collecting agent としての bank server)を通
したカードの支出の取引情報は,JR 東日本の管理セ
じて現金化するか自己の銀行口座に入金する
ンターに接続される(注28).
(collection)
.なお,電子マネー価値(EV)の発行
なお,Edy も Suica もソニーが開発した非接触型
(creation)と償還(extinguishment)の際には,EV
(contactless to read)の IC カード技術 Felica の技
をダウンロードした銀行と EV を現金・預金通貨に返
術を使っている点では共通しているが,電子マネー自
還した銀行が,発行者(EV issuer としての銀行)に
体に着目すれば,両者は異なる.尤も,電子マネーと
対 し, そ の 情 報 を そ れ ぞ れ 伝 達 す る(accounting
してはいずれもクローズド・ループ型のものである
data)
.
(但し,2005年に時点では,インターネット上の取
引の支払いには Edy しか利用できない).
2.2.1.4 日本における(ⅰ)の IC カードの
このような日本の電子マネーの動きの中で注目され
電子マネー
るのは,いずれもが2001年以降のスタートであるに
VISA Cash は,日本でも1997−98年にかけて神戸
もかかわらず,利便性の評価が進み利用者数が急増し
で,また1998−99年にかけて渋谷でそれぞれ実験が
ている点である(注29).しかし,一方では,IC カードの
行われたが,いずれも定着せず終了した.この他に,
発行者が提携先の選択等において依然として「顧客囲
新宿で1999−2001年にかけて NTT と大手銀行を含む
い込み」の発想から離れられないため,飛躍的な拡大
24邦銀による Super Cash の実験が行われた.Super
にはほど遠く,都市部の大多数の人にとっては,どこ
Cash は,Mondex のように転々流通することを想定す
でも使用可能な現金通貨の方が便利という呪縛から抜
るもので技術的な評価は高かったが,地域・利用店舗
けきらない.他方では,電子マネーに対する顧客層の
の限定等の理由により,2001年以降は主だった活動
関心は,単に若者層にとどまらずに,時間と知的関心
(注25)
は停止している
.
に富んだ中高年層にまで拡大しつつある.視力が落ち
現 在, 日 本 で目覚しい動きを示しているエ デ ィ
指の動きが鈍った中高年層は,小銭の手間ヒマに代え
(Edy)とスイカ(Suica)も,
(ⅰ)の IC カードの
て非接触型の IC カードによる電子マネー決済に対す
stored value 型に属する(注26).Edy は,
(ソニー,トヨ
る潜在的な需要が高まっている点を無視できない.
タ,東京三菱銀行等57社が出資する)ビットワレッ
ト社が運営する.そのスキームは,利用者が IC カー
2.2.1.5 通貨価値情報を内蔵する(ⅰ)の
ドである Edy カードを購入し,Edy 加盟店のレジで
電子マネーの特徴
現金を支払うか,あるいはクレジット・カードとパソ
(ⅰ)の電子マネーについては,オープン・ループ
コン用リーダーとを使って,通貨価値情報を Edy カー
の Mondex が厳密な意味で現金通貨とは異なることは
ドに入力(チャージ)し(5万円まで)
,この電子マ
前述した.その比較で考えると,オープン・ループで
ネー情報を決済手段として Edy 加盟店等で購入する
はないが,同じく(ⅰ)に属する上記のクローズド・
財・サービスの支払いを行うものである.Edy の電子
ループの電子マネーは,現金の前払い(プリペイド)
マネーとしての決済手段は,ビットワレット社の持つ
金を発行者が保管している,あるいは発行者名義で預
銀行口座に対する請求権という形で構成され,Edy
金通貨を保持しているという意味で,現金・預金通貨
カードへの入力とそこからの支出は,その都度あるい
とは明確に性格が異なるものとして認識する必要があ
は幾つかの取引をまとめた取引情報として,電話回線
る.即ち,現金通貨の価値を電子化しようとして考案
等を通じてビットワレット社の中央管理センターに接
されたオープン・ループの Mondex を別にすれば,そ
(注27)
続される
.
の他の IC カードに内蔵された電子マネーの効力は,
同様に,JR 東日本が運営する Suica の場合は,IC
現金・預金通貨の価値そのものではなく,
「前払い金」
カードである Suica カードに入力(2万円まで)した
を受けた(電子マネーの)issuer に対して販売店等に
(注25)大嶋一慶 [2002]「電子マネーと通信産業の戦略」
『日本
大学大学院総合社会情報研究科紀要』(No. 3) pp. 96-107
を参照。
(注26)日本ではこの他に、ウェブマネー、ビットキャッシ
ュ、ICOCA、デジコイン、ネットキャッシュ(カレット)
等が知られている。これらは、クレジット・カードがなく
てもインターネット取引に係わる小額の決済が可能なプリ
ペイドカードとして分類できよう。
(注27)Edy は、2004年7月から NTT ドコモの携帯電話に搭
載されており、また、イーバンク銀行は2005年初から銀行
口座から Edy にチャージするサービスを開始している。
(注28)Suica は、2005年夏には携帯電話にも搭載される予定
である。また、新銀行東京のキャッシュカードも Suica 機
能を持つことが予定されている。さらに、みずほ銀行のキ
ャッシュ・カードも、2005年秋には Suica 機能付きとなり、
1枚のカードで JR 改札の通過・預金の出入れ・電子マネー・
クレジットカード機能を併せ持つようになると報道されて
いる。
(注29)2005年 4 月 末 段 階 に お い て、 カ ー ド 数 は、Edy が
1千万枚を超え、Suica は12百万枚(うち、電子マネー機
能のものは685万枚)、店舗の端末数は、Edy が2万店を超
え、Suica は約1000店の東京近郊のコンビニ店やいわゆる
「駅ナカ」の店舗という状況である。(2005年5月22日付
日本経済新聞。)
(注30)これは、Cohen, Benjamin J. [2004],“The Future of Money”
で 議 論 さ れ て い る“a convenient proxy for conventional
money”(p. 187) に相当すると考えられる。
204
支払いを請求・指示するものである.即ち,電子マ
では預金通貨そのものではなく預金通貨を映すシャ
ネーの価値ではなく請求または指示情報ということに
ド ー あ る い は 代 役, 分 身 的 な 情 報 と い う こ とにな
(注30)
なる
.
る).尤も,この ecash の技術は有料道路の無停止の
しかし,決済機能を果たすことのできる背景は何か
課金システム ETC に応用されたものの,電子マネー
という観点からすれば,いずれも中央銀行の債務であ
としては1998年以降利用されていない.これは,上
る現金紙幣(及び政府の債務であるコイン)
,即ち
記のように専用ソフトをインストールする必要がある
state-sanctioned money を前提としており,その意味
上に,ecash と提携している銀行に口座を開く手間等
では上記の現金・預金通貨,プリペイド型の(ⅰ),
が利用者にとって不便であったからと解されている.
そして同じくプリペイド型で以下で述べるパソコン
(あるいは携帯電話)のブラウザ画面に入力される
2.2.2.3 ネットワーク型電子マネーの
(ⅱ)は,実質的には同次元である.一方,
(これも
利便性と手間ヒマ
後述する)銀行口座に対して預金残高の一部を移動さ
(ⅱ)の network money の利便性は,(ⅰ)と同様
せる指示を行い,結果的に決済機能を持つ(ⅲ)も,
オンラインで細かな金額まで正確に決済できる点にあ
state-sanctioned money を背景としているという意味
るが,不便さはインターネット上の取引に限定されて
では,同次元のものとして捉えることができる.この
いるのに加え,専用ソフトのインストールと ecash 提
特徴は,後述する(ⅳ)の航空マイレッジ等の新たな
携銀行の口座開設という手間ヒマである.即ち,
(ⅱ)
(準)電子マネーが state-sanctioned money を必ずし
の network money は,利用者が自分のパソコンに専
も背景としないことと対照的である.
用ソフトをインストールし,そこに自分の銀行口座の
利用あるいはクレジット・カードの利用により,預金
2.2.2 ネットワーク型の(ⅱ)の電子マネー
通貨の情報をあらかじめ入力した上で,インターネッ
2.2.2.1 米国のケース
ト上で決済する際に,同時に支払先のために自分の預
現金・預金通貨によるプリペイドによってその価値
金通貨の情報(残高)を減少させる手順を採る.厳密
情 報 が パ ソ コ ン や 携 帯 電 話 に 内 蔵 さ れ る( ⅱ ) の
な意味での預金通貨の移動による決済は,銀行セク
network money は,上記(ⅰ)と同様だが,その入金先
ターでの口座間の振替え(利用者の銀行口座から支払
がパソコンのハード・ディスクや携帯電話であり,電
先の銀行口座への移動)によることになる.換言すれ
子マネーとしての価値なり情報がインターネットのよ
ば,上記2.2.1.5で述べたと同様,network money
うなネットワークを通じてのみ移転するという特徴を
は現金・預金通貨の価値そのものではなく,銀行口座
持つ.
これは,digital cashと総称されることもある(注31).
にある預金通貨に対する指示情報と同様である.
米国では,Cyber Cash 社が開発した Cyber Coin があ
その意味する所は,使用範囲が広範なクレジット・
り,1995年から運用が開始された.これは,利用者が
カードを既に所持する者にとっては,次に述べるイン
自分のパソコンに必要なソフトをインストールした
ターネット上でセキュリティの効いたクレジット・
後,そこにクレジット・カードを使って Cyber Coin を
カードやデビット・カードによる決済が可能であれ
購入して入力し,インターネット上で決済手段として
ば,敢えて(ⅱ)の network money を利用する動機
(注32)
利用するものである
.しかし,この Cyber Coin は,
に乏しいという点にある.
Cyber Cash 社が2001年に破産法の申請が行われその後
VeriSign 社に買収されて以降,その動きは詳らかでは
2.2.3 銀行口座へのアクセス・
な い. こ の 他 に,Hewlett-Packard に 買 収 さ れ た
指示型の(ⅲ)の電子マネー
Compaq Computer の Millicent も(ⅱ)の network 型の
2.1で述べた ( ⅲ ) の銀行口座に対する指示型の
電子マネーに属する.
電子マネーは,「狭義」の電子マネーには属さないと
する議論もある.それは,利用者の銀行口座にある預
2.2.2.2 欧州のケース
金残高の一部を移転させるという指示であり,カード
一方,欧州では,
(ⅱ)型の電子マネーとして,
等に通貨価値あるいはそのシャドー的な関連情報が内
1990年代前半にオランダの DigiCash 社が開発した
蔵されるものではない,という理由による.しかし,
ecash がある.これは,利用者が自分のパソコンに
この議論は,既に2.1で述べたように自縄自縛とな
Walletsoft というソフトをインストールし,そこに利
る恐れがある.
用者の取引先銀行の口座のシャドー(影)あるいは代
従来の磁気ストライプ・カードのクレジット・カー
役,分身とでもいうべき Mint 口座に係わる預金情報
ドやデビット・カードは,インターネットの経路を経
(ecash)を入力し,それをインターネット上で決済
ない独自の経路を通じて,1ヵ月後か即時かの差はあ
手段として利用するものである(ecash は,その意味
るものの,銀行口座間の振替えを指示する機能を持
(注31)紛らわしいことに、digital cash という用語法は、電子
マネーを内蔵する(ⅰ)にも使われることもある。
(注32)www.jiten.com/dicmi/docs/c/2676s.htm 及び
www.cybercash.co.jp/ を参照。
205
つ.
(クレジット・カードの場合,利用者が店舗でカー
を1万円分の Suica に交換できる.(また,JAL カー
ドで支払いを行う際にクレジット・カード会社が利用
ド Suica をクレジット・カードとして使用したときに
者に与信し,その後約1ヶ月後に利用者の銀行口座か
マイレージの特典がつく仕組みもある.)
ら自社の銀行口座に振替えを行うことによって与信を
上記の場合,マイレージから電子マネーへの転換と
回収する.要するに,クレジット・カード会社がカー
いう一方向であり,逆の方向は想定されておらず,
ド利用者と店舗との間に介在して間接的に銀行口座間
従って「マイレージ」自体で決済できるわけではな
の振替えを行う.これに対し,デビット・カードは,
い.Edy なり Suica となった電子マネー情報を,それ
クレジット・カード会社が介在せず,利用者の銀行口
ぞ れ マ イ レ ー ジ と 提 携 し た 店 舗 等(designated
座から店舗の銀行口座に直接に振替えを指示する処理
networks)において商品・サービスの購入の決済に充
を行う.
)
てることができる.
このようなクレジット・カードとデビット・カード
現段階では,実際には航空会社等はマイレージから
のシステムと機能を IC カードに適用して,インター
電子マネーに転換する際に一定の現金・預金通貨を引
ネット上の取引の支払いの際に使用するものが電子財
き当てていることが想定される.しかし,このような
布(e-wallet または e-purse)である.要するに,ク
一定の現金・預金通貨の引当ては,その要請がなけれ
レジット・カードあるいはデビット・カードの延長と
ばマイレージ本位の Edy あるいは Suica となりうる.
して,IC カードを使って銀行預金の口座間の振替え
これは,政府や中央銀行の債務と関係なく創り出され
を行うものである.
たマイレージが決済機能を持つことを意味する.決済
繰り返すが,この電子財布の中には電子マネー情報
機能という意味では,現金通貨に準ずる電子マネーと
は内蔵されておらず,IC カードでクレジット・カード
して捉えることができるが,これまでの現金・預金通
あるいはデビット・カードと同様に,利用者の銀行預
貨や電子マネーと異なり,政府や中央銀行の枠組みか
金に指示を与える機能があるだけである.しかし,決
ら独立しているという意味では,私的な(準)電子マ
済の効果を考えると,電子財布は,即時か1ヵ月後か
ネーといわざるをえない.
は別として,取引に係わる決済を事実上成立させる.
尤も,この私的な(準)電子マネーは,金融システ
ムの観点からは,法的にはあまねく受取り義務を伴う
2.2.4 新種の(ⅳ)の私的な(準)電子マネー
ものではない,という意味で「法貨」(legal tender)
ICT 等の進展は,上記の動きにとどまらない.こ
ではない(注34).これは,卑近な例で言えば,私的な「マ
れまで議論してきた(ⅰ)
,
(ⅱ)あるいは(ⅲ)と異
イレージ」で納税や社会保険料等の国庫金の受け払い
なり,電子マネーの範囲をさらに拡大しつつある.そ
ができるかどうかという問題でもある.
れは,中央銀行の債務や政府の債務を前提としない,
新たなカテゴリーの(ⅳ)として,記帳・管理を ICT
以上の(ⅰ)∼(ⅳ)の電子マネーを,伝統的な通
に依存して航空会社等が提供する「マイレッジ・サー
貨と比較して整理すれば,図表 4.電子マネーの進
ビス」
,あるいは LETS のように私的に創り出された
展 となろう.
「地域通貨」がある.これらの「マイレージ」や「地
域通貨」は限定的な購買力,そして限定的な決済機能
を果たしているが,決済機能という側面は否定しよう
3.電子マネーの動向が示唆するもの
がない.その決済機能が通用する範囲は,航空会社等
上記の電子マネーの議論は,通貨価値に関する「電
による顧客の開拓(cultivation of customer loyalty)
子情報の保蔵」(stored-value あるいは network に係
あるいは特定の共同体(community)の志向のために
わ る も の ),「ICT 依 存 の メ カ ニ ズ ム 」(creation,
現段階では特定の店舗・商品・サービスとなっている
payment mechanism に 係 わ る も の ),「 利 便 性 」
が,それがインターネット等を通じて拡大することは
(contactless 等に係わるもの),あるいは「発行主体」
技術的に容易であり,その場合には通貨の領域とオー
(issuer に係わるもの)が主要な視点だった.しか
バーラップしてくる.この分野においても,米国等の
し,いかなる形態であれ通貨が経済社会の基底をなす
(注33)
動きが先行している
.
という視点に立ち戻れば,改めて電子マネーの「決済
日本の Edy の場合,具体的には,ANA マイレージ・
機能」,「 金融仲介機能 」,「通貨需要」,また「金融政
クラブと提携して航空機搭乗マイルに応じて利用者に
策の波及経路」等の基本的な問題を吟味しておく必要
マイレージがつくが,この1万マイルと1万円分の
があろう.
Edy が交換できる.
(また,Edy 200円の使用ごとに
206
1マイルの特典がつく仕組みもある.
)同様に,Suica
3.1 決済機能
の場合は,JAL のマイレージ・バンクの1万マイル
決済機能は,売買等の経済取引を決済し完了させる
(注33)マイレージ取引等については、国際的な観点から The
Economist, 19 February 2000及び4May 2002等で取り上げ
ている。
(注34)厳密な意味では、電子マネー(ⅰ)、(ⅱ)及び(ⅲ)
も「法貨」とは言い切れない。
という意味で,伝統的な現金・預金通貨であれ電子マ
ンフラストラクチャーとして基幹的な役割を果たすた
ネーであれ,種々の通貨では共通のものである.この
めに,その安定性と信頼性の確保に制度的かつ政策的
決済機能は,今日の経済社会では,中央銀行の発行す
なプライオリティが置かれてきたためである.換言す
るベース・マネー(現金通貨と銀行が中央銀行に持つ
れば,事実上何の規制や監督を受けていない企業等が
当座預金)に支えられてその機能を果たしてきた.
ネットワークで緊密につながっている決済システムに
従って,これまでの銀行システムを前提とし,電子マ
関与すれば,不測の事態が生じた時に将棋倒しの結末
ネーが公的な通貨(state-sanctioned money)のイン
(domino effect)を招きかねない,という懸念であ
フラストラクチャー内にとどまる限り,決済の信頼性
る.この考え方は,欧州において,電子マネーの発行
は確保しやすい.
者が原則的には銀行に限られる,というアプローチに
しかし,決済機能の細分化と ICT の目覚しい進展
反映している.
により,決済機能に関与する企業等の数が増え,また
米国で現れた PayPal による決済メカニズムへの関
state-sanctioned money の枠外からも決済機能を持つ
与は,利用者が見知らぬインターネット上の販売店
ものが現れてきた.歴史的にも,
「金」等が銀行シス
(merchant)に対する支払いにおいて,利用者とクレ
テムを前提とせず決済手段としてきた経緯があるし,
ジット・カード会社/銀行との間に介在して決済機能
戦後の混乱時の物々交換等の経験もある.また,将来
の中で主要な役割を果たすというものであった.これ
も ICT を使って「金」本位に基づいて決済メカニズ
は,ICT の進展を背景にノンバンクの企業が電子マ
ムを構築することは技術的に不可能ではない.そうだ
ネーの決済機能にさまざまの形で関与しやすくなって
とすれば,決済機能は,信頼性,利便性等を競う公私
きている,という問題である.別の見方をすれば,
を問わない各種の通貨の競争的な市場という可能性を
ICT のベンチャー・ビジネスは,決済を含めインター
常に持つ.
ネット上の取引について常にビジネス・チャンスをう
これは,次のように議論することもできる.決済
かがっている,ということであろう.この PayPal の
サービス業務が常に銀行セクターによって担われなけ
問 題 は, 決 済 の 主 要 な プ ロ セ ス に 関 与 し な が ら,
ればならないという議論は,1980年代の日本におい
PayPal 自身の行動に規範的な制約が伴っていなかっ
てはごく自然の議論であり,国際的にも1990年代に
た点である.その結果,インターネット上のギャンブ
入ってからもスイスにある国際決済銀行(Bank of
ル取引に関与することを自制する等の社会的責任感を
International Settlements, BIS)を中心に,決済シス
どこまで期待できるか,という疑念を払拭できなかっ
テムの信頼性の確保の問題として真剣に議論されてき
た.これは,ICT の経済的な関与がもたらす一つの
た.これは,決済システムが経済活動全体にとってイ
側面である.
伝統的な アクセス・指示タイプ(ⅲ)
通貨
バージョン1.0
通貨価値の代理機能型・通貨価値の内蔵型(ⅰ及びⅱ)
新種(ⅳ)
バージョン1.5
バージョン2.0
- 商品貨幣
- 兌換紙幣
- 不換紙幣
銀行預金口座を前提にした
預金通貨に対する振替え等
の 指 示( 最 近 で は、 ク レ
ジ ッ ト・ カ ー ド、 デ ビ ッ
ト・ カ ー ド の 機 能 を IC
カードに搭載し、読取り端
末機でインターネット上で
伝達するものもある)
現金・預金通貨
の価値情報を
IC カ ー ド に 入
力(stored
value 型)
- オ ー プ ン・
ループ
現金・預金通貨を IC カード
発行者にプリペイドして購
買力情報を IC カードに入力
するもの(stored valie 型の
スマート・カード)
(カードと一体という意味
でハードウェア・タイプ)
- クローズド・ループ
左記の入力をパソコ
ンに行うもの(PC に
内蔵あるいは出入り
するという意味でソ
フ ト ウ ェ ア・ タ イ
プ)
(network 型)
中央銀行債務
等の枠外の私
的な(準)電
子マネー
- 米、塩、
香辛料等
- タカラ貝
(Cowrie
shell)、
- 金・銀貨、
銀行券
- 預金通貨
(quasimoney)
- クレジット・カード
- デビット・カード
- プリペイド・カード
- オンライン・バンキング
Mondex
(匿名性を
確保)、
(与信による
通貨価値情報の
入力としては
VISA Cash)
オフラインの IC カード
- 利用経歴等が確認可能なも
の(常に確認可能なもの、
不正使用等の場合に銀行で
事後的に確認可能なもの
(sans Observer chip)、
- 不正使用を排除・自壊する
チップを内蔵するもの
(Observe chip)
)
オンラインのイン
ターネットにつなが
る PC に 内 蔵 さ れ る
digital cash
- パソコン
- 携帯電話
E-cash(デジタル・
キャッシュの場合
Mint 口座における電
子的な預金通貨の代
役情報)
-マ イ レ ー
ジ・サービス
- 電子的シス
テムに支えら
れた地域通貨
この他に、インターネット取引の際にクレジット・カードあるいはデビット・カードを利用するもの、電話料
金徴収時に併せてインターネット取引に係わる支払いを収納し実質的に決済機能を果たすもの、PayPal のよう
に、決済課程に介在して実質的に今朝意機能を果たすもの、非接触型の IC カードを利用するもの等、さまざま
な決済関連のサービスが行われている。
出所:筆者作成。バージョンのナンバーリングは、エコノミスト誌を参考にしたが、1.0と1.5は筆者の独自の表
現である。
図表 4.電子マネーの進展
207
208
いずれにせよ,PayPal に見られたように,ICT を
は,銀行セクターを超えた観点から,決済機能の担い
活用するベンチャー・ビジネスが金融のインフラスト
手の分散を図ることはむしろ歓迎すべきという議論を
ラクチャーに関与できることが現実となった.また,
展開している(注36). 既存の金融のインフラストラクチャーの外で金融取引
第3に,異なる決済手段間の関係という観点から
が技術的に十分可能になった.さらに,企業グループ
は,次のような議論が生じよう.電子マネーが state-
内でも,ICT を使えば頻繁な資金取引をいちいち銀
sanctioned money に結びついている限り,電子マネー
行を通さずにいわばインハウスの形で相互にネッティ
の 価 値 の 安 定 性 は 確 保 し や す い. し か し,state-
ングし,その相殺尻を銀行との取引につなげることも
sanctioned money から独立した第3者が発行するも
十分可能になっている.確かに,今日の経済社会で決
の,具体的には「金」,「外貨」,「マイレージ」等の私
済サービスの大半は銀行セクターによって担われ,ノ
的な(準)電子マネーの場合,それぞれの通貨価値の
ンバンクの活躍する分野はインターネット上の取引に
安定性は失われる.金券ショップのような交換所で
限定されている,というのも事実だが,今日ではイン
は,商品券,ビール券,種々のカード等がプレミアム
ターネット上の取引が伝統的な経済取引に大きな影響
をつけたり逆にディスカウントされたりすることがあ
を与え出していることも事実である.インターネット
るように,電子マネーについても,その「円」単位が
というサイバーの世界はこれまで犬の尾のような存在
state-sanctioned money の「円」と等しくなるとは断
だったが,その尾が犬の本体を揺らし始めてきている
言できない.私的の(準)電子マネーは,転々流通し
のである(注35).
ている間にプレミアムやディスカウントがつく可能性
銀行セクターによる決済サービスの独占は,ICT
は十分にある.私的な(準)電子マネーにディスカウ
の進展によってその一角が崩れたが,その評価は分か
ントの可能性がある場合には,state-sanctioned の現
れよう.
金・預金通貨が後退することはない.この場合は,良
第1に,決済の担い手の適格性に関する視点があ
貨(state-sanctioned money)は悪貨(私的な準電子
る.今日の決済機能は,決済の最初の動作である支払
マネー)を駆逐する.逆に,私的な(準)電子マネー
い指示(payment order)
,ネットアウトして支払額を
にプレミアムがつくような場合には,良貨(私的な準
算定するクリアリング(clearing)
,相殺尻を現金・預
電子マネー)は問題通貨(state-sanctioned money)
金通貨等で完了させるセトルメント(settlement)等
を追いやる.このように,state-sanctioned moneyonly
のさまざまなプロセスに細分化されている.上記で述
の世界から乖離する場合は,決済手段の間の関係が問
べたように,細分化された諸プロセスにおいて銀行口
題となる.
座が主要な役割を果たしていれば,決済機能は実質的
第4に,電子マネーの影響という観点からは,Edy
に銀行セクターに属している.しかし,細分化された
や Suica 等が IC カードのみならず携帯電話に組み込
プロセスの一角に自由奔放に行動するノンバンクが介
まれ(注37) 非接触で決済機能を果たしたとしても,通
在する場合には,不確定要素がつきまとう.
貨の機能として特筆するほどのことはない,という議
第2に,決済サービスの競争という観点からは,既
論がある.即ち,単に利便性が増す程度に過ぎない,
存の銀行関係者の中には,銀行セクターが既に膨大な
あるいは支払い方法が電子化されるに過ぎないという
インフレストラクチャーを形成しており,ノンバンク
見方である.しかし,携帯電話が多機能化し日常生活
である新規参入者の追随はあまり脅威にならない,と
のみならず身体の一部になりつつあるという状況下で
いう楽観論がある.そこまで行かなくとも,ノンバン
は,これまで100∼200年かけて築き上げてきた現金・
クによる決済サービスが相対的に大きなシェアを持っ
預金通貨の形態を電子マネーが激変させる可能性を秘
てきた段階でイコール・フッティングを考慮しながら
めていることは否定できない.それは,利便性を通じ
監督規制の問題を考えればよいのではないか,という
て,通貨の流通速度に予想を超えた影響を与えるかも
議論もある.これに対して,銀行の寡占的な状況に批
しれないし,中長期的には国を超えた広域的な通貨の
判的な英国のロンドン証券取引所会長の Cruickshank
議論につながるかもしれない.その結果,中央銀行等
(注35)日本においては、1987年以降、利用者の電気料金等の
支払いをコンビニ店が電力会社等に代わって収納代行する
決済サービスが始まってきており(当初は Point of Sales,
POS システムを利用して、収納情報がリアルタイムで電
力会社等に伝達された)
、また、2000年以降、インターネ
ット取引をする利用者の支払いを電話会社が電話料の徴
収と併せて請求(回収)代行する決済サービスも進んで
いる。これらはいずれも、決済機能において非銀行セクタ
ーの企業等の役割が増してきている証左だが、このような
動きは e-commerce の進展に伴ってさらに多様化し加速し
ている。なお、野村総合研究所は、
(一般には5∼6兆円
前後といわれる)BtoC の電子商取引に係わる決済サービ
スを「課金・決済市場」として捉え、その規模を2005年段
階で約1,000億円とみなし、それを、インターネットを通
さずにオフライン処理するものとインターネット上でオン
ライン処理するものとに2分し、後者はまだ半分以下にと
どまっているとみている。同時に、オフライン処理の場合
でもコンビニ決済が相応の役割を果たしており、またオン
ライン処理でも決済代行の動きが見られることを示してい
る。(野村総研[2004]
「IT 市場ナビゲーター」等を参照。
)
(注36)Don Cruickshank [2000], Competition in UK Banking,
Norwich: The Stationary Office を参照。
(注37)Edy は、2004年に既にドコモの携帯電話に「おサイフ
ケータイ」として組み込まれており、2005年には au、ボ
ーダフォンにも搭載が始まる。Suica も、2006年には「お
サイフケータイ」として搭載される予定である。
の債務という枠を超えた私的な(準)通貨との関係を
に依存するという,いわゆるキー・ボードに示される
あらためて考えさせる契機となるかもしれない.
QWERTY の経済学で唱えられた経路依存性(path
決済機能は,経済社会のインフラストラクチャーと
dependency)に求められる可能性が高い(注39).おそら
してさまざまな側面を持つために,電子マネーがもた
く,米国の場合は小切手とクレジット・カードの取引
らす影響は,上記の問題以外にも多岐に及ぶであろ
慣行に,そして北欧の場合は銀行を中心にした経済金
う.
融環境に原因が求められよう.
これに対し,
(北欧を除く)欧州大陸の諸国の場合,
3.2 電子マネーと金融仲介機能
プリペイドの IC カード型の電子マネーが進展してい
通貨が伝統的な state-sanctioned money から私的な
る中で,それほどインターネット・バンキングは進ん
(準)電子マネーに変わっても,金融仲介機能が不必
でいない.これは,セキュリティの問題の他に,統合
要になったり消滅したりするということはない.伝統
された通貨「ユーロ」の下で欧州の銀行の再編が当面
的な金融論の立場からは,おそらく次のような議論が
の主要な戦略課題となっていることが影響しているか
提示されよう.即ち,貯蓄を産み出す黒字主体(家計
もしれない.あるいは,経済改革が淀みがちなために
等)から資金が不足する赤字主体(企業等)への資金
金融仲介機能を既存の方式に依存する機運が強いこと
の流れは,黒字主体の流動性・リスク選好を十分理解
や,各国の決済システムやカードの取扱い等が異なっ
すると同時に赤字主体の財務行動・内容・金融市場に
ているために業務・システムの改革統合が遅れがちと
通じていなければ,一朝一夕に対応できるものではな
も考えられる.あるいはまた,当面は単一通貨「ユー
い.金融仲介者としての銀行のノウハウは,融資先の
ロ」の下でキャッシュレス化,電子マネー化を図ろう
審査,貸付の条件設定,資金回収の手法等,巨大なソ
とするビジネス戦略が影響しているかもしれない.
フトウェアを形成している,と.
公共料金の自動引き落し等は既に定着している日本
確かに,大手・中堅等の優良企業は,コマーシャ
では,新たなインターネット・バンキングは企業レベ
ル・ペーパー(CP)や社債をノンバンクである CP
ルと都市部の若者層を中心に進む一方で,これまでの
ディラーや証券会社の介在を通じて発行し資金調達を
現金・預金通貨の主流はあまり変わっていない.そし
行うことはできる(銀行セクターに依存しない直接金
て,電子マネーはこれまでの所,若者中心に展開され
融)
.ICT は,その機能を通じて証券引受け問題にも
ている.これは,米国等と欧州の中間的な状況を反映
影響を及ぼすようになっている.しかし,金融の仲介
しているように思われる.欧米や日本に見られるこの
機能は,依然として上記の巨大なソフトウェアを持つ
ような銀行サービスの ICT 依存化の進展と電子マ
銀行セクターに大きく依存する姿は,米国においてで
ネ ー の 動 き と の 相 違 は, 当 面, 二 分 し て
すらすぐには変化しないかもしれない.
(dichotomize)注意深く観察せざるを得ない.
しかし,電子マネーが一国一通貨の前提を揺るがす
他方,看過できないのは,ICT の進展自体が企業
可能性を否定できないと同様に,ICT に依存した金
の財務情報の提供と投資家の株式・債券等の証券ニー
融仲介機能はクロス・ボーダーの金融仲介をますます
ズとをインターネット上で効率的にマッチングさせる
現実的なものにする可能性を秘めている.仮に,ICT
可能性を十分はらんでいる点である.これは,証券会
が地理的な制約を希薄にし,またグローバル債券公募
社の引き受け業務,投資家保護,私募・公募の問題等
のような資金調達を極めて容易にするとすれば,上記
に休息に影響を及ぼしていくことになろう.
の資金仲介機能の議論は何時まで妥当性を持つだろう
か?
3.3 現金通貨と電子マネーに対する需要要因
いずれにせよ,現段階では既存の金融仲介を前提と
電子マネーに対する需要は,現金通貨と裏腹の関係
したインターネット・バンキングが著しく進展してい
にある.電子マネーの需要が増大すれば,現金通貨の
る.それは,上記の伝統的な見解の方を反映してい
保有は減少する.現在の状況は,長年の中央銀行券と
る,と考える方が素直かもしれない.
政府貨幣に対する信頼を背景としており,この慣行が
このような銀行サービスの ICT 依存が進む中で,
経済社会の基本的なインフラストラクチャーを形成
電子マネーが必ずしも伸びていない要因は何であろう
し,さらに20世紀後半に入ってからは銀行の預金通
か.米国の場合,インターネット・バンキングの進展
貨を付加的に利用する慣行が定着した.この現金・預
は電子マネーのそれを上回っている.同様に,北欧の
金通貨の需要は,前述の経路依存に加え,さまざまな
場合は米国に似てインターネット・バンキングが進む
要因によって影響される.即ち,一国の金融システム
(注38)
中で,電子マネーが必ずしも伸びていない
.おそ
に対する信認,金利水準,消費傾向,他の決済手段の
らく,その最大の要因は ICT 依存に先立つ金融慣行
手数料水準,カード使用の端末機の設置状況,その他
(注38)Heffernan, S. [2005],“Modern Banking”John Wiley &
Sons, Ltd., pp. 91-97を参照。
(注39)キー・ボードの成立ちにヒントを得た考え方で、特定
の経済事象は価格メカニズム、所得水準等の変数以上に初
期条件及び経過条件によって大きく左右されるという視点
に立ち、米国の P. David と B. Arthur を中心に1980年代
以降展開され、経済学の分析手段として定着した。
209
交錯する多くの要因によって影響される.犯罪,プラ
3.4 金融政策の効果の波及経路
イバシーを含め匿名性(anonymity)を必要とする者
ICT の 進 展 は, 公 的 な 通 貨(state-sanctioned
は,現金通貨の利用を選好する.日本の場合,国際的
money)の枠を超える「マイレージ」のような決済手
に 見 て も 高 い 水 準 に あ る 現 金 通 貨 の 需 要(cash
段をも現実的なものにしている.これは,昔の米やタ
holdings)は,金融不安を背景に1990年代後半の約40
バコ等の物品貨幣と異なり,電子的なネットワークに
兆円から2000年以降には75兆円前後にまで上昇した
裏付けられシステマティックに機能する.1974年に
(対名目 GDP 比率でみて1990年代以前の約10%の安
ノーベル経済学賞を受賞したハイエク(Friedrich A.
定的な水準が15%前後にまで上昇)
.
von Hayek)は,通貨発行の自由化論の立場に立ち,
現在の通貨需要は,state-sanctioned money である
一国経済の中でも複数の通貨を競争させる必要があ
現金通貨と預金通貨の延長線にあり,その一環として
る,という当時としては超現実的な議論を展開した.
2.1で述べた(ⅲ)のアクセス・指示型のクレジッ
しかし,近年その主張に新たな関心が払われている.
ト・カードやデビット・カードが都市部を中心に定着
これまで,エコノミストは一国一通貨,あるいは一
してきている.現に,デビット・カードは欧州諸国や
通貨の最適通貨圏という枠を超える発想をあまり採ら
カナダ等では最近まで増勢が続いている.クレジッ
なかった.しかし,現実には,発展途上国や市場移行
ト・カードはデビット・カードほどの増勢ではない
国では自国通貨以上に外国通貨がインフォーマルに大
が,根強い動きを示している.クレジット・カードや
手を振って通用している.そこでは,自国通貨と外貨
デビット・カードは,さらに IC カード化しインター
が競合し,自国通貨が敗退しそうなケースは数多く見
ネット上でも利用が可能となり,また携帯電話にも搭
られる.このように,通貨の実態を見ると,一国の自
載されるようになりつつある.こういう流れの中で
国通貨の地位は予想以上に相対的なものである.
は,
(ⅰ)や(ⅱ)の内蔵型の電子マネーの発展経路
ICT の進展が新たに提起した問題は,一般の人々
は単純なものではない.身近な例では,偽のホーム
が銀行システムの外で創り出された(準)電子マネー
ページに誘導して預金口座に係わる情報を入手する
を使用すればするほど,伝統的な自国通貨の現金・預
フィッシングの急増がみられたが,
(ⅲ)の IC カー
金通貨に依存した金融政策の有効性が失われていくの
ド化したクレジット・カードやデビット・カードのみ
ではないか,という疑問である(注41). ならず,
(ⅰ)や(ⅱ)に対する警戒心をも強める結
電子マネーが公的な通貨に結びついている限り,電
果となった.また,英国では,IC カードへの切替え
子マネーの経済的な影響(マネー・サプライへの影
のために配送される途上にあった IC カード自体が盗
響)は,伝統的な金融政策の射程範囲に収まる.その
まれるという犯罪等も報告されている(注40).
プロセスは,現金・預金通貨を抑制すれば電子マネー
いずれにしても,一般の利用者は,IC カード等の
の動きは鈍り,また,金利を引き上げれば利息のつか
背後にある決済メカニズムを十分理解しなくても,基
ない取引口座から利息のつく貯蓄口座へのシフトを促
本的に安全性と利便性を天秤にかけながら,決済手段
進することを通じて電子マネーの利用を鈍らせる,と
を選択していく.北欧,特にスウェーデンやフィンラ
いうものである.
ンドではそれほどポピュラーになっていない(ⅰ)の
一方,仮に電子マネーの使用範囲が拡大し高額取引
内臓型の電子マネーに対する需要は,既存の銀行口座
に使用される場合には,決済口座(即ち,当座預金等
に頼りながら電子的に支払い処理の指示を出すことで
の取引口座)における預金残高は増大し,それに応じ
十分ということなのか,携帯電話の場合も同様の処理
て M2 のマネー・サプライも増加する可能性がある.
で終わってしまうのか,欧州大陸の地域で(ⅰ)の内
あるいは,決済口座に金利が付される場合には,微小
蔵型の電子マネーが一般化した場合には北欧諸国はど
な金利差ですらも,簡単に銀行口座を変えられる電子
のような反応を示すのか,今後の欧州の動きには興味
マネーの身軽さから銀行間の資金の移動・偏在等をも
が尽きない.
たらすことが考えられる.
上記の場合でも,公的な通貨の枠内であれば,その
影響は伝統的な金融政策のフレームワークの中で考え
られよう.但し,その場合でも,電子マネーの流通速
度と電子マネー取引相互における相殺の効果等を考え
れば,同じ預金通貨であってもインプリシットなマ
ネー・サプライ増大効果は無視できないと思われる.
しかし,公的な通貨の枠外で創り出される決済手段
の場合,上記のプロセスは働かない.例えば,「金」
図表 5.電子マネーの行方
(注40) 英 国 の 電 子 的 な 金 融 取 引 の 問 題 に つ い て は、www.
apacs.org.uk/( 支 払 ・ 決 済 サ ー ビ ス 協 会 の ウ ェ ブ サ イ ト
Apacs)を参照。
210
(注41)このような観点を含め、歴史的な観点から通貨として
の電子マネーの性格を論じたものとしては、Cohen(前掲
書)の第7章(pp. 179-202)がある。
とか強い外貨に結びついた電子マネーが決済手段とし
深めるために活発な議論が必要となろう.
て広範に利用される場合には,その国の自国通貨を
ターゲットにした金融政策の有効性は失われる.これ
終わりに
は,発展途上国,市場移行国等においてドル等の強い
電子マネーは,さまざまな側面を持つ.一方で,電
外貨の隠然とした存在がこれら諸国の金融政策を歪め
子マネーは幅広く分岐しそれぞれの歩みを加速させて
てしまったことに似ている.しかも,電子マネーの流
いる.他方で,電子マネーの進展は銀行サービスの
通速度は,伝統的な現金・預金通貨とは比べものにな
ICT 依存の進展とは足並みをそろえていない.そし
らないほど速い.この要素と結びついた場合の電子マ
て,電子マネーの利用者は,決済機能の背後にあるメ
ネーのインパクトは,無視できないものとなろう.
カニズムについては専門家に委ね,結果としての安全
次に,電子マネーを発行することができる企業等
性と利便性を最も重視している.
は,欧州の場合(英国を除く)
,銀行に取り敢えず限
おそらく,金融を担当する通貨当局も電子マネーに
定しているため銀行システムの枠内の問題として議論
取り組んでいる民間の企業等に比べて,劣位になりが
できる.しかし,米英及び日本等では,通貨に係わる
ちという懸念(情報の非対称性に係わる懸念)を持っ
技術革新が急速に進んでいることを考慮して,ICT
ているものと思われる.金融デリバティブ取引にして
に比較優位を持つ民間の企業等の自主的な展開を尊重
も銀行サービスにしても,近年の問題は,担当部局が
する立場をとっている.
経験的にも情報量においても民間セクターの後追いに
その場合でも,日本は,プリペイドによる IC カー
ならざるを得ないほど金融技術革新と多様化が進んで
ドの stored value 型の電子マネーを前提にして,電子
しまっている点にある.
マネーの残高が1,000万円を超える場合にはその50%
2004年 に 金 融 セ ク タ ー で 多 大 な 関 心 を 集 め た の
を保証金として供託することを義務付けている.これ
は,銀行監督に係わる「バーゼルⅡ」の提示であっ
は,電子マネーを発行する企業等に(銀行に適用され
た.この新しい銀行規制を有効にする支えは,金融当
る預金準備率よりも)厳しい規制を課したことと同様
局から出される「公的規制」,銀行の自律性を前提と
の効果を持つが,供託金を超えた資金は,投融資に回
する「コーポレート・ガバナンス」及び関係者(市場)
されるためマネー・サプライを増大させる可能性を持
の情報・解釈・批判を期待する「市場規律」の3つの
つ.
柱である.
しかし問題は,ICT を利用してインターネットで
銀行サービスの ICT 依存や電子マネーもこれに似
利用されているプリペイド式の決済サービスを提供し
ている.現在の通貨制度と金融システムを毀損させな
ている企業等には,必ずしもこのような供託が適用さ
いという観点から,金融当局は強い関心を持ち続けて
れていない点にある.現に,このような問題が現実化
いる.個々の銀行も,他行の技術革新に遅れをとるま
しているという報道もある(注42).このように ICT を
いとしながらもガバナンスの確保に苦労している.他
使って法的な規制を潜り抜けるような電子マネーの動
方,金融の ICT に係わる技術革新には,さまざまな
きが横行する場合には,電子マネーの利用者の保護が
企業等がしのぎを削っている.ただ,ICT を中心に
確保されないばかりか,少なくともインターネット上
した動きがあまりにも速く,また,試行錯誤を伴って
においてはマネー・サプライをコントロール下に置け
いるために,結果的に「市場規律」的な役割を果たす
ず,インターネット上の物価問題という,新しい次元
べき技術評価が数歩遅れてしまっている.1990年代
の金融政策の課題を放置することになりかねない.
後半にみられた電子マネー論議に続いて,新たな金融
(他方,この問題は通貨発行益(seigniorage)の問題
の ICT 論議が必要となっていると思われる.
に も 係 わ っ て くるが,本論ではその議論は省 略 す
る.
)
いずれにせよ,電子マネーは,個々の動きは紆余曲
折しながらも,全体としては着実に進展しているよう
に見える.そして,小額支払い・オンライン処理とい
う分野ではクリティカル・マスにそろそろさしかかっ
ている観もある.しかし,高額の通貨価値の電子化は
単純ではない.利便性よりも安全性の要素がいっそう
重要になるからである.その意味では,既存の確立し
た銀行口座間の振替えを前提にして,その処理を電子
的に指示する方式が優先されるかもしれない.また,
私的に発行される電子マネーについては,問題意識を
(注42)この問題については、www.ntt.com/bizit/contents/ec/law/07.html(2005年5月31日段階)を参照。
211
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