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航空機エンジンにおけるファンへの着氷低減技術の研究
ISSN 1880-3660 航空機工業の競争力強化に関する調査研究 成 果 報 告 書 No.2201 航空用エンジンにおけるファンへの 着氷低減技術の研究 2011年 3月 社団法人 日本航空宇宙工業会 革新航空機技術開発センター ま え が き 日本航空宇宙工業会は、平成22年度事業の一つとして、(財)JKA から補助金の交付を得 て、「航空機工業の国際競争力強化に関する調査研究(次世代航空機・航空機用新素材)」およ び「環境調和型航空機技術に関する調査研究」を下表のように実施した。 研究の実施に対し、その実現と推進にご尽力賜った経済産業省ならびに(財)JKA のご関係者 に厚くお礼申し上げる。 平成23年3月 社団法人 日本航空宇宙工業会 革新航空機技術開発センター 平成22年度委託研究登録番号(報告書No.)一覧 No. 報告書 No. 分野 1 2201 推進 次世代 航空機 継続 航空用エンジンにおけるファンへの着氷低減技術 ㈱ IHI の研究 2 2202 制御 次世代 航空機 継続 全舵面不作動時の推力による代替飛行制御技術 に関する研究 3 2203 機体/空力 次世代 航空機 継続 ヘリコプター用ブレードの低コスト製造方法の研究 川崎重工業㈱ 4 2204 機体/空力 航空機用 継続 高性能複合材成形治具の研究 新素材 三菱重工業㈱ ㈱ジーエイチクラフト 5 2205 機体/空力 航空機用 高強度ステンレス鋼の実機適用推進と改良開発 継続 新素材 に関する研究 住友精密工業㈱ 日立金属㈱ 6 2206 機体/空力 環境調和 継続 軽量ファイバーメタルの研究 7 2207 機体/空力 環境調和 継続 8 2208 推進 9 2209 推進 次世代 航空機 新規 航空エンジンにおける回転体の光学式ひずみ ・振動計測技術の研究 ㈱ IHI 10 2210 制御 次世代 航空機 新規 リージョナルジェット機を対象としたダイナミック インバージョン飛行制御技術に関する研究 三菱重工業㈱ 11 2211 機体空力 ・制御 次世代 航空機 新規 Integrated Fault/Damage Detection and Isolation (IFDDI)技術に関する研究 三菱重工業㈱ 12 2212 機体空力 航空機用 チタン基複合材(TMC)の降着装置部品の 新規 新素材 実用化研究 住友精密工業㈱ 13 2213 機体空力 航空機用 新規 革新的軽量金属構造材料の研究 新素材 富士重工業㈱ 14 2214 機体空力 環境調和 新規 航空機HLD騒音低減技術の研究 川崎重工業㈱ 15 2215 機体空力 環境調和 新規 16 2216 推進 技術 継続 カテゴリー 新規 研究名 チタン合金板材の局所加熱による複雑形状成形 技術の研究 環境調和 継続 高耐食性アルミダブルフレキシブルコアの研究 環境調和 新規 委託会社 三菱重工業㈱ 富士重工業㈱ 日本飛行機㈱ 昭和飛行機工業㈱ 最適化技術を応用した高揚力装置の設計技術 開発 川崎重工業㈱ 日本飛行機㈱ 航空エンジンのタービン翼に適用する冷却空気 削減技術の研究 ㈱ IHI 航空用エンジンにおけるファンへの 着氷低減技術の研究 調査研究委託会社 ㈱IHI 目次 第1章 研究の概要 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2 1.1 研究目的 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2 1.2 研究期間等 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3 1.3 実施内容 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3 1.4 成果概要 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4 1.5 所見 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 7 第2章 研究の内容 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8 2.1 緒言 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8 2.2 目的 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9 2.2.1 研究目的 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9 2.2.2 研究目標 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9 2.3 研究の成果 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10 2.3.1 防氷技術概要 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10 2.3.2 防氷技術検討① スイープ翼 ・・・・・・・・・・・・・・・ 11 2.3.3 防氷技術検討② 前面投影面積比低減翼 ・・・・・・・・・ 13 2.3.4 防氷技術検討③ 防氷コーティング ・・・・・・・・・・・・ 15 2.3.5 着氷試験方法・計測手法・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 17 2.3.6 着氷試験結果① スイープ翼 ・・・・・・・・・・・・・・・ 32 2.3.7 着氷試験結果② 前面等面積比低減翼 ・・・・・・・・・・・ 37 2.3.8 着氷試験結果③ 防氷コーティング ・・・・・・・・・・・・ 39 2.4 結論 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 42 第3章 問題点と今後の課題 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 43 第 4 章 関連事項調査 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 44 4.1 関連特許 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 44 4.2 参考文献 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 49 Appendix A 着氷 CFD 解析手法概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 50 Appendix B 氷付着力計測試験・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 71 Appendix C 着氷スケーリングパラメータ検討結果・・・・・・・・・・・・ 88 Appendix D コーティング塗布性確認試験・・・・・・・・・・・・・・・・・97 -1- 第1章 研究の概要 1.1 研究目的 着氷とは、大気中の過冷却水滴が物体に衝突することによって固体表面上に氷層を形成する 現象である。民間旅客機等に用いられる高バイパス比ターボファンエンジンにおいては、主に エンジン前面のファン部において発生し、空気通路の閉塞による性能低下、流れの乱れに起因 するスタビリティマージンの低下、剥がれ落ちた氷塊によるハード的損傷などを引き起こし、 事故につながる恐れがある。特に小型のエンジンになる程、空気流路面積に対し着氷部面積が 占める割合が大きくなり、ファン部に深刻な被害を及ぼすことになる。 また、新規に開発されたエンジンが実際に運用を開始するためには型式承認を取得しなけれ ばならず、耐着氷性については、例えば米国では FAR(Federal Aviation Regulation)Part 252) によって規定されている。これらエンジン試験はエンジン試作機が製造された段階、つまりエ ンジン開発においては後期に実施されるので、この段階で着氷に起因する問題が発生すると大 きな後戻りと莫大なコストが発生することになる。 航空用エンジンにおける防除氷技術については、エンジンの二次空気を利用したブリードエ ア(抽気)の噴出しや、電熱線を利用した技術が存在するが、いずれの技術もエンジンで発生 させたエネルギを消費するため、エンジン性能を低下させるというデメリットがある。一方、 これら従来技術にかわる新たな防氷技術の進展が見られない。 そこで本研究ではエンジン部品点数、重量増、コスト増を最小限に抑え、かつ防氷効果の高 い新たな防氷技術を研究開発することを目指す。 ファン動翼 スプリッタ ノーズコーン 図 1.1-1 ジェットエンジンのファン部外観と着氷様相例 (写真出典 参考文献 1)) -2- 1.2 研究期間等 1.2.1 実施期間 平成 21 年 6 月 25 日~平成 23 年 3 月 15 日 1.2.2 実施場所 株式会社 IHI 瑞穂工場 住所:〒190-1297 東京都西多摩郡瑞穂町殿ヶ谷 229 電話番号:042-568-7245 FAX 番号:042-568-7247 北海道工業大学 住所:〒006-8585 北海道札幌市手稲区前田 7 条 15 丁目 4-1 北見工業大学 住所:〒090-8507 北海道北見市公園町 165 東京理科大学 住所:〒102-0073 東京都千代田区九段北 1-14-6 1.2.3 研究主務者 株式会社 IHI 航空宇宙事業本部技術開発センター 要素技術部 主査 室岡 武 課員 宍戸 進一郎 1.3 実施内容 本研究のフローチャートを図 1.3.1 に示す。 1.3.1 防氷技術の検討 防氷技術の調査・検討を行った。防氷コーティン グ技術については数種類の防氷コーティングについ て、氷付着力試験を行い定量的に効果を把握し、着 1.3.1 防氷技術の検討 ・防氷方法の調査検討 1.3.2 着氷試験の実施 ・試験・計測方法の確立 氷試験に供試するコーティングを選定した。 防氷翼型については着氷を低減させるアイデアに ついて着氷 CFD による検証を行い、効果を定量的 1.3.3 防氷技術実証試験の実施 ・防氷技術の効果確認 図 1.3.1 研究フローチャート に把握して翼型を選定した。 -3- 1.3.2 着氷試験の実施 低温環境下で軸流ファン供試体に水を噴霧することで実機エンジンと同様に着氷する試 験方法を確立した。また、シリコンゴムを用いた着氷の型取りや、噴霧した液滴径の計測 技術を開発し、着氷の定量的な計測技術を確立した。 1.3.3 防氷技術実証試験の実施 1.3.1 で提案した防氷技術について、1.3.2 で確立した試験技術を用いて着氷試験を行い、 防氷技術の定量的な評価を実施し、提案した防氷技術を実験的に実証した。 1.4 成果概要 1.4.1 着氷試験方法 防氷技術を実証するための試験技術・計測技術を確立するため、低温環境下で軸流ファ ンに水を噴霧して着氷させる着氷試験を実施した(図 1.4.1-1)。実際に着氷現象を発生させ ることができ、試験方法の妥当性を確認できた。 また、着氷の様子を計測するため、シリコンゴムによる着氷翼の型取を行った。従来は 写真でしか残せなかった着氷形状を立体的に残すことができる技術を開発した(図 1.4.1-2)。 軸流ファン 噴霧ノズル 図 1.4.1-1 着氷モデル試験装置 着氷試験結果 シリコンゴムによる型取結果 図 1.4.1-2 シリコンゴムによる着氷の型取り -4- 1.4.2 防氷技術の開発① スイープ翼型 防氷翼型のアイデアとして翼を各径方向位置での断面を前後させることで着氷量を低減さ せるスイープ翼型について、着氷CFD解析により防氷効果を得られる翼型を検討し、着氷 試験を行った。 翼をスイープさせることにより、 同一時間での着氷量を約2割低減することができること、 スイープ翼で着氷によるファンの空気流量低下が半減できることが確認できた。 ベース翼 スイープ翼 30 2割低減 20 15 ベース翼 スイープ翼 260 流量 [m3/min] 25 着氷量 [g] 氷がはがれ飛ぶこと による流量回復 280 35 240 氷で流路が ふさがれる 220 ことによる 流量減少 10 200 5 0 0 60 120 180 240 300 360 420 180 480 0 運転時間 [s] 60 120 180 240 300 360 420 480 運転時間 [s] 着氷量 軸流ファンの空気流量流量変化 図 1.4.2-1 スイープ翼型、ベース翼型の着氷試験結果 前縁 着氷量が低減 前縁 HUB HUB TIP 後縁 TIP 標準翼型 後縁 スイープ翼型着氷状況 標準翼型着氷状況 図 1.4.2-2 スイープ翼型、標準翼型着氷状況比較 (噴霧 4 分後の着氷の様子) -5- 1.4.3 防氷技術の開発② 前面投影面積比減少翼型 防氷翼型の提案として空気の流れ方向から見た前面投影面積を減少させることで、液滴が翼 間を抜けていく効果が得られる翼型を検討した。CFD解析を実施し、効果の得られる翼型を 選定した。 着氷モデル試験を行い、各種条件での試験を行った結果、最大6割程度着氷量が低減し、前 面投影面積を減少させる翼型が着氷量を低減させる上で有効であることを確認した。 MODEL Cを基準とした着氷量 (5分間噴霧後)[-] 1 0.9 0.8 MODEL B MODEL C 0.7 MODEL A MODEL B MODEL C 0.6 前面投影面積比[%] スタガ角[°] 回転速度[Hz] 流量[kg/s] 0.5 0.4 0.3 MODEL A 12 5 40 5.2 0.2 0.1 0 0.00 0.10 0.20 0.30 0.40 前面投影面積比[-] 図 1.4.3-1 前面投影面積比低減翼の効果 MODEL C MODEL A 図 1.4.3-2 前面投影面積比による着氷状況の比較 -6- 23 0 36 36 -10 30 1.4.4 防氷技術の開発③ 防氷コーティング 防氷技術として翼表面にコーティングを塗布することにより氷付着力を低減させ、氷塊が 大きく成長する前に氷をはがれ飛ばす防氷技術を検討した。 公開文献を対象に複数のコーティングを調査し、氷付着力計測試験を実施して良好な成績 であったコーティングとして2種類を選定し、翼に塗布した。コーティングを塗布すること 氷がはがれるときの翼前縁の氷厚み [mm] で、 はがれ飛ぶ前の最大着氷量が最大で4割低減し、 防氷の効果が得られることを確認した。 16 14 12 10 HUB MID TIP 8 6 4 2 0 塗料A 塗料B コーティング無し 図 1.4.3-3 コーティングによる翼前縁氷厚み比較 1.5 所見 2年間の着氷に関する研究で以下に示す新たな3つの防氷技術を提案、着氷試験を行い定量 的な評価を行い、防氷技術として有効であることを確認した。 (1) 翼をスイープさせることにより、同一時間での着氷量を約2割低減することができた。 また、スイープ翼で着氷によるファンの空気流量低下を 1/2 に低減したが、これは実エ ンジンでの着氷による推力低下量を 1/2 に低減することに直結する。 (2) 空気の流れ方向からみた翼腹側の投影面積比率を 36%から 12%と小さくすることによ り、同一時間での着氷量を最大 6 割低減することができた。 (3) 防氷コーティングAを翼に塗布することにより、最大着氷量を 1/2 に低減することがで きた。 -7- 第 2 章 研究の内容 2.1 緒言 着氷とは、大気中の過冷却水滴が物体に衝突することによって固体表面上に氷層を形成する 現象である。民間旅客機等に用いられる高バイパス比ターボファンエンジンにおいては、ノー ズコーン、ファン動翼、ファン静翼、流れをコア側、バイパス側へと分離するスプリッタ、お よびコア側初段の静翼で着氷を起こしやすいことが知られている。エンジンで着氷が発生する と、空気通路の閉塞による性能低下、流れの乱れに起因するスタビリティマージンの低下、剥 がれ落ちた氷塊によるハード的損傷などを引き起こし、事故につながる恐れがある。このよう なエンジンへの着氷は、小型のエンジンになる程、空気流路面積に対し着氷部面積が占める割 合が大きくなり、ファン部に深刻な被害を及ぼすことになる。 また、新規に開発されたエンジンが実際に運用を開始するためには型式承認を取得しなけれ ばならず、エンジン試験によって安全性を実証する必要がある。耐着氷性についても例外では なく、例えば米国では FAR(Federal Aviation Regulation)Part 252) によって規定されている。 これらエンジン試験はエンジン試作機が製造された段階、つまりエンジン開発においては後期 に実施されるので、この段階で着氷に起因する問題が発生すると大きな後戻りと莫大なコスト が発生することになる。 航空用エンジンにおける防除氷技術については、エンジンの二次空気を利用したブリードエ ア(抽気)の噴出しや、電熱線を利用した技術が存在するが、いずれの技術もエンジンで発生 させたエネルギを消費するため、エンジン性能を低下させるというデメリットがある。一方、 これら従来技術にかわる新たな防氷技術の進展はなく、また、着氷予測という観点でもシミュ レーションによる予測は、機体と異なりエンジンは回転機械であるため、流れ場が非定常的か つ翼列内で温度上昇をともなうなど着氷メカニズムが複雑であり、定量的検証データも不足し 開発は進んでいない。 -8- 2.2 目的 2.2.1 研究目的 本研究では、実験的研究による航空エンジン用ファンへの新たな防氷技術の開発を目的とす る。 2.2.2 研究目標 航空エンジン用ファンへ適用される新たな防氷技術の考案と、着氷試験による着氷低減効果 の定量的な実証を行う。 (a) 防氷技術の調査・考案・選定 先行の防氷技術を調査し、また、防氷翼のコンセプトを考案し、基礎試験やCFD解析 による事前検討を行い、効果を期待できる形態を設計、選定する。 (b) 着氷試験技術の確立 着氷試験に必要な試験器材の仕様を確認し、試験方法を確立する。また、着氷を評価す るための計測技術を確立する。 (c) 防氷技術の提案①:スイープ翼 翼の各径方向位置での断面を前後させることにより、以下の2つの効果を期待できる翼型 を提案する。 ・氷塊が径方向に飛びやすく、氷が大きく成長する前に遠心力によりはがれ飛ぶ効果。 ・翼前縁に着氷した氷が上に向かって成長するとき、上のSPANに翼が存在しない事によ り氷の接触面積が低減し、氷柱の成長が押さえられる効果。 (d) 防氷技術の提案②:前面投影面積比低減翼 空気の流れから見た前面投影面積を小さくすることにより、水滴が翼間を抜けていき、着 氷しにくくなる効果を意図した防氷翼を提案する。 (e) 防氷技術の提案③:防氷コーティング 翼表面にコーティングを塗布することで、氷が翼表面からはがれ飛ぶために必要な氷付着 力を低減させて、氷塊が大きく成長する前に氷がはがれ飛ぶ効果を意図した防氷コーティン グを提案する。 -9- 2.3 研究の成果 2.3.1 防氷技術概要 着氷量を低減させる防氷技術として以下3つの防氷技術を考案した。 (a) 防氷翼型:スイープ翼 (b) 防氷翼型:前面投影面積比低減翼 (c) 防氷コーティング この中で、防氷翼型の2つについては、東京理科大学で開発した着氷CFDを用いること で事前に防氷効果を定量的に把握し、防氷効果の得られる翼型を選定した。 着氷CFDの詳細については Appendix A に概要をまとめる。 しかし、着氷CFDでは一度着氷した氷がはがれ飛ぶ効果はシミュレートできないため、 (c)の防氷コーティングの効果をCFDで検証することはできない。そこで、防氷コーティン グについては Appendix Bに示す氷付着力試験を実施し、効果の大きいコーティングを選定 した。 いずれの防氷技術も 2.3.4 項に述べる手法で着氷試験を行い効果を定量的に把握する。そ のため、(a),(b)の防氷翼型についてはベースとする翼型として 2.3.5 項に示す軸流ファンの翼 を用いた。 3つの防氷翼型の検討結果を以降 2.3.2~2.3.4 に示す。 空気の流れ方向 A B 空気の流れ方向 A B 前面投影面積=A/B (a) スイープ翼 (b) 前面投影面積低減翼 図 2.3.1-1 検討する防氷翼技術 - 10 - (c) 防氷コーティング 2.3.2 防氷技術検討① スイープ翼型 図 2.3.2-1 に示す通り、翼の各半径方向位置での断面を前後させることで、着氷量の低減 と遠心力によりはがれ飛ぶ効果を意図した防氷翼を提案した。 図 2.3.2-2、及び図 2.3.2-3 に示す通り、着氷が問題となる翼のハブ側でスイープさせる角 度θを変化させCFDによる効果確認を行い、効果の得られるスイープ角として 30 度を選 定した。選定した翼形状で翼を製作した。 TIP 前縁 後縁 ①翼前縁に付着した氷が上の SPAN に成長していくとき、上に翼がいない ②上の SPAN に翼がい ないため、遠心力ではが θ ため、氷の接触面積が小さく氷柱の成 スイープ角 れ飛びやすい 長が押さえられる。 HUB 図 2.3.2-1 防氷翼①:スイープ翼型コンセプト スイープ角度 30 度 スイープ角度 0 度 図 2.3.2-2 着氷 CFD による着氷計算結果 - 11 - 図 2.3.2-3 着氷 CFD による着氷計算結果 3 着氷量[g] 2.5 2 1.5 1 0.5 0 01 102 203 スイープ角度[deg] 図 2.3.2-3 着氷 CFD による着氷計算結果 図 2.3.2-4 スイープ翼型の製造 着氷の範囲が判別しやすいように 翼を着色(アルマイト処理)してある - 12 - 30 4 2.3.3 防氷技術検討② 前面投影面積比低減翼 防氷技術として前面投影面積比低減翼を検討した。 図 2.3.3-1 に示すとおり、空気の流れ方向から見て翼腹側の前面投影面積比(A/B)を低減す る事で、翼前縁から翼間に入った液滴が、隣接翼の腹側に衝突することなく、翼間を抜けて いくことにより、着氷量を低減することを意図した防氷翼型である。 本翼型のコンセプトを実証するため、翼のスタガ角(取付け角)を変更する事で前面投影 面積を低減させ、着氷量が低減するか検討を行った。スタガ角と前面投影面積比の関係を表 2.3.3-1 に示す。スタガ角を変えると流量が変化するため、流量を同じにして試験を実施する ため、表 2.3.3-1 に示す通り回転数を変化させた。氷がはがれ飛ぶ影響を除くため、氷がは がれ飛ぶ前の各時間における着氷量を評価した。 着氷CFDによる結果を図 2.3.3-2、及び図 2.3.3-3 に示す。前面投影面積を小さくするほ ど着氷量が低下しており、防氷技術として有効であることが分かる。 空気の流れ方向 前面投影面積比=A/B 空気の流れ方向 B B A A 前縁 前縁 後縁 後縁 前面投影面積低減翼 通常翼 図 2.3.3-1 前面投影面積比低減翼のコンセプト 表 2.3.3-1 スタガ角と前面投影面積比 翼型名称 MODEL A MODEL B MODEL C スタガ角[deg] -10 0 5 前面投影面積比[%] 36.3 23.4 12.0 回転数[rpm] 1800 2160 2400 5.2 流量[kg/s] - 13 - 9.0 8.0 着氷量[g] 7.0 6.0 5.0 4.0 3.0 2.0 1.0 0.0 MODEL1 A MODEL 2 B MODEL 3 C 着氷量算出範囲 図 2.3.3-2 前面投影面積の違いによる着氷量比較 MODEL A MODEL B 図 2.3.3-3 前面投影面積比の違いによる着氷状 - 14 - MODEL C 2.3.4 防氷技術検討③ 防氷コーティング 翼表面にコーティングを塗布することで、氷が翼表面からはがれ飛ぶために必要な氷付着 力を低減させて、氷塊が大きく成長する前に氷をはがれ飛ぶ効果を意図した防氷コーティン グを検討した。 事前に公開文献を元に複数のコーティングについて翼表面に付着した氷をはがすために必 要な氷付着力を調査し、付着力の低下が大きい塗料 A,B のコーティングについて、図 2.3.4-1 に示す方法で氷付着力の評価を行った。試験の詳細については Appendix B に示す。結果を 図 2.3.4.-2 に示す。これより、効果の高い防氷コーティングとして塗料 A、塗料 B の 2 種類 を選定した。 また、コーティングの適応における課題の一つにコーティングの耐久性が上げられる。そ こで耐久性を確認するための試験を行った結果を Appendix Dに示す。コーティング A につ いてはコーティング剥離に対する耐久性についても問題ないことを確認した。 表 2.3.4-1 供試コーティング一覧 塗料 性質(接触角) 特徴 塗料A 超撥水(約150°) 航空機胴体、主翼への適用を目的に開発 塗料B 超撥水(約150°) 寒冷地における静止物等への適用を目的に開発 塗料C 超撥水(約150°) 塗料Bに防汚性を付加 氷 試験片 r 氷重量: M F ω 氷接触面積: A 歪ゲージ 図 2.3.4-1 氷付着力計測試験概要 - 15 - 1.0 0.8 0.6 0.4 0.2 図 2.3.4-2 コーティングによるせん断応力の違い - 16 - 塗料C 塗料A 塗料B 0.0 アルミ素地 アルミを基準とした着氷せん断応力[-] 1.2 2.3.5 着氷試験方法・計測手法 2.3.2~2.3.4 に述べた防氷翼型を実証するため、軸流ファンに対して実際に着氷させる試 験を実施した。また、着氷評価技術の開発としてシリコンゴムとポリウレタンを用いた着氷 の型取り、熱線による液滴径の計測を実施した。 (a)試験方法 本試験では航空エンジンに見立てた軸流ファンに対し、前方から水を噴霧し着氷させ着氷 量等を計測する。低温環境下で噴霧された水滴はファンに到達するまでの間に外気によって 冷却され、過冷却状態となる。この過冷却水滴は氷点以下となっても水の状態を保つが、外 部からの衝撃を受けるとたちまち凍結する。従ってファン動翼等に衝突した際にその衝撃に よって着氷することとなる。 実際の航空エンジンの着氷状態を模擬する際に合わせるべきスケーリングパラメータが機 体で提案されており、適用した。本試験では実機と同じ着氷条件となるように着氷パラメー タを設定して試験を行った。着氷パラメータの算出手法について、Appendix Cに示す。 (b)試験装置 本研究では屋外での試験期間が限られるため、恒温室をもつ北海道工業大学と屋外の気 温の近い北見工業大学で試験を実施した。 北海道工業大学:大型恒温室試験 北見工業大学:屋外試験 軸流ファン ノズル バルブ バルブ 噴霧水滴 水 コンプレッサ 加圧タンク 図 2.3.5-1 試験概要図 試験装置の基本的な構成は両大学で共通であり、軸流ファンは両大学で共通のファンを用 いたが、ノズルその他の器材は別のものを使用した。 - 17 - 試験装置の概要を図 2.3.5.-1 に示す。本試験では、北海道工業大学では氷点下以下の恒温 環境を作れる大型恒温室で、北見工業大学では冬季は安定的に氷点下環境となる屋外で試験 を実施した。 ・軸流ファン 使用した軸流ファンの仕様を表 2.3.5-1 に示す。 また、 ファン外観図を図 2.3.5-2(道工大)、 及び図 2.3.5-3(北見工大)に示す。ファン入口付近で流れをきれいに吸い込むべく、恒温 室では図 2.3.5-2 に示すようにファン入口の乱れを抑えるための1mのダクトを設置した。 また、屋外試験では図 2.3.5-3 に示す囲いを設置した。ファン入口流れを実機に近づける ため、図 2.3.2-4 に示すような出口面積を 20%小さくするドーナッツ型の絞りを取り付け た。 表 2.3.5-1 軸流ファン仕様 製造 昭和電機 型式 A2D6H-411 モータ出力 11 kW 電圧 200 V 周波数 50 Hz 最大回転数 2920 rpm ケーシング内径 630 mm 軸流ファン ノズル 入口延長ダクト (H22 年度追加) 噴霧ノズル 図 2.3.5-2 軸流ファン - 18 - 軸流ファン (a)入口 (b)出口 (c)入口外観 (d)出口外観 図 2.3.5-3 屋外試験装置 北見工大 - 19 - 図 2.3.5.4 出口絞り(開口面積 20%減) ・噴霧ノズル 道工大:ノズル外観を図 2.3.5-5 に示す。水の噴霧に偏りができないように 2 方向から噴 霧した水滴を中心で衝突させることで拡散させる衝突型のノズルになっている。 また、図 2.3.5-6 にノズル特性図を示す。ここで、各曲線の根元の数値は液圧[Mpa] を示し、□内の数値はザウター平均径(SMD;sauter Mean Diameter)[μm]を 示す。ノズル特性図からわかるように、このノズルでは液圧と空気圧をそれぞれ 独立に設定することで噴霧量と液滴径の制御が可能である。 北見工大:ノズル外観を図 2.3.5-7 に示す。また、ノズル特性図を図 2.3.5-8 に示す。噴霧 範囲を広くするために 6 つのノズルを用いた。ノズルは 60 度の間隔で円状に配 置してある。また、ノズルには凍結防止のため防氷コードヒータを巻きつけてあ る。 方 霧 噴 噴霧 方向 向 図 2.3.5-5 噴霧装置 道工大 - 20 - 衝突により拡散 図 2.3.5-6 ノズル特性図 道工大 加熱ヒーター 図 2.3.5-7 噴霧ノズル外観図 - 21 - MVD [μm] 噴霧量 [g/min] 空気圧 [MPa] 図 2.3.5-8 噴霧ノズル特性図 ・恒温室 北海道工業大学で用いた大型恒温室の仕様を表 2.3.5-2 に、外観を図 2.3.5-9 に示す。また、 恒温室内試験の様子を図 2.3.5-10 に示す。 図 2.3.2-9 大型恒温室(北海道工業大学) - 22 - 表 2.3.2-2 大型恒温室仕様 施工 エスペック 型式 TBR-6.5VM2AGX 温度制御範囲 -10 ~ +40 ℃ 湿度制御範囲 30 ~ 90% 温湿度変動幅 ±0.5℃/±3.0% 温湿度分布 ±1.0℃/±5.0% 許容負荷 発熱 MAX 0.5 kW 試験室寸法 2500 × 2100 × 5200 mm 冷凍機 3.7 kW ノズル 図 2.3.2-10 恒温室内試験の様子(北海道工業大学) - 23 - (c)流量計測 試験の実施に先立ち、軸流ファンの修正回転数に対する修正流量特性を計測した。 流量はファン入口の圧力をピトー管によって計測することで得ている。このピトー管を トラバース装置によりトラバースさせファン全体の流量計測を実施した(図 2.3.2-11 ) 。 圧力計測器は KIMO 製 MP100 を使用し、ピトー管からの全圧と静圧の差圧を計測して いる。圧力計測器仕様を表 2.3.2-3 に示す。 ピトー管 図 2.3.5-11 流量計測の様子 表 2.3.5-3 圧力計測器仕様 製造 KIMO 型式 MP100 測定範囲 -1000 ~ +1000 Pa 分解能 1 Pa 精度 表示値 の±0.5%、±2 Pa - 24 - トラバース装置 図 2.3.5-12 壁面静圧計測 次に流量算出について述べる。ピトー管の全圧孔および静圧孔にベルヌーイの定理を適 用すると、流速 V [m/s] は全圧 p tot [Pa]、静圧 p st [Pa] および空気密度 ρ a [kg/m3] を用 いて以下のように表される。 V =C 2( ptot − p st ) (2.3.5-1) ρa ここで C はピトー管係数であるが、本試験では1とする。ファン入口流量は、入口断面 を計測点数で分割した円環状面積を考え、各計測点で取得した流速と円環面積の積を内径 側から外径側まで足し合わせることで算出する。計測点数を n とすると質量流量 m [kg/s] は次式となる。 n rj n j =1 r j −1 j =1 ( m = ∑ ρ ajV j ∫ 2πrdr = ∑ ρ aj V j π r j2 − r j2−1 ) (2.3.5-2) 速度計測は,延長ダクトにあけた穴(直径 11mm)からピトー管(長さ 417mm,管径φ3mm) を挿入し(図 2.3.5-11) ,延長ダクトの外に設置した手動トラバース装置(図 2.3.5-11) によってピトー管を移動しながら計測を行った.計測位置(ピトー管挿入用の穴位置)は, ブレードの上流側約 630mm とした.①軸流ファンの回転数を設定し、目標回転数で静定さ せる。 実際の計測手順を以下に示す。 ②トラバース装置に固定されたピトー管による計測をファン入口内径側より開始する。 ③ピトー管から接続された圧力計測器により、差圧を計測する。 ④内径側から外径側へピトー管をトラバースし計測する。 ⑥各計測点で取得した差圧を(2.3.5-1)式に代入し流速を算出する。 ⑦⑥で得られた流速と計測位置の値を(2.3.5-2)式に代入し,全体の流量を求める。 - 25 - (d)水滴径の計測 1) 熱線による水滴径の計測 Appendix C における着氷スケーリングパラメータ算出には、代表水滴径として MVD(体 積メジアン径) ではなく、SMD(ザウター平均径) で代用した。また、その SMD もノズル その1のメーカカタログより読み取った値を用いた。水滴径が着氷スケーリングパラメー タもしくは着氷性に与える影響は小さいという検討結果も Appendix C で得ているが、水滴 径は着氷条件を構成する1つの要素であり、着氷スケーリングパラメータ算出のインプッ トであるので、カタログ値が確からしいか確認する必要がある。本項では熱線による水滴 径の計測について述べる。 水滴径計測装置の概要を図 2.3.5-13 に示す。基本原理は Ozaki ら 6)によって示されて いる。すなわち、水の沸点よりも高温に加熱された熱線に水滴が衝突した際の蒸発熱を計 測し、水滴径を求める。熱線は定温度型熱線流速計(CTA; Constant Temperature Anemometer Unit)で作動させるので、熱線に水滴が衝突すると、水滴の気化熱に対応したパルス状の CTA 出力が得られる。熱線からの放熱量 q h [J] は、CTA の作動抵抗値を ζ [Ω]、CTA 出 力を E [V] とすると qh = E2 ζ (2.3.5-5) で表される。一方、水滴径 D[μm]は次式のように q h の関数で表すことが出来る。 ⎛ 6q ⎞ D = ⎜⎜ h ⎟⎟ ⎝ πρ a c ⎠ 13 (2.3.5-6) ここで、水滴の比熱を c w [J/(kg・K)]、水蒸気の比熱を c v [J/(kg・K)]、沸点を Tb [K]、セン サ温度を Ts [K]とすると、c は c = cw (Tb − Ta ) + Λv + cv (Ts − Tb ) (2.3.5-7) となる。MVD を求めるには、D の分布を取得し、その中央値を算出すればよい。 流れ 水滴 熱線プローブ フィルタ ポンプ 信号 CTA CTA: 定温度型熱線流速計 図 2.3.5-13 水滴計測装置概要 - 26 - ADコンバータ PC ・使用器材 周囲に噴霧された水滴を熱線に衝突させる際、水滴の速度を上げないよう小流量のポン プで引く必要がある。この小流量ポンプには柴田科学製 MP-Σ100HN を使用した。表 2.3.5-5 に仕様を示す。また、製作した計測装置を図 2.3.5-14 に示す。熱線には直径5 μm のタングステン線を用いている。 表 2.3.5-4 ポンプ仕様 製造 柴田科学 型式 MP-Σ100HN 流量可変範囲 0.30~1.50 L/min 瞬時流量指示範囲 0.10~2.50 L/min 定流量精度 設定流量値に対し±5%以内 内臓流量計 マスフローセンサ ポンプ方式 ダブルダイヤフラム方式 520 mm 1 mm タングステン線 (a) 装置外観 (b) 熱線計装部の拡大図 図 2.3.5-14 水滴径計測装置 - 27 - ・計測結果 図 2.3.5-15 に、水滴を熱線に衝突させた際の CTA 出力の例を示す。水滴の衝突によ って信号が生じていることが確認できる。この信号を時間積分して熱量を求めるため、サ ンプリング周波数にあわせて熱線の加熱比を調整した。その例を図 2.3.5-16 に示す。熱線 の加熱比を小さくして水滴が蒸発するまでに要する時間を長くすることで、より正確な波 CTA出力[V] 形を取得できるようになり、液滴径の計測が良好に行えることを確認した。 水滴の衝突によって生じた 信号 水滴の衝突によって生じた パルス状の信号 時間 [sec] 図 2.3.5-15 CTA 出力信号 (a) 加熱比=1.6 , D=32.8 , Δt=1.3ms (b) 加熱比=1.3 , D=30.13 , Δt=1.8ms 図 2.3.5-16 加熱比の変化による波形の変化 - 28 - 2)液侵入法による計測 次に液侵法を用いて液滴径の計測を行った。 液侵法を用いた水滴径の測定原理は、受止皿の中に満たした受止液に水滴を飛びこませ、 図 2.3.5.-17 のように顕微鏡で撮影したものを計測する、シンプルなものである。使用する受 止皿は単純な板ガラスでも可能であるが、板ガラスに受止液を塗った場合、垂れてしまう恐 れがあり、厚く塗れない。そのため水滴径が受止液の厚さより大きいと、受止液の上に乗っ ているだけになり、潰れた形になるので正確な測定が難しくなる。受止液の条件としては、 測定対象と溶け合わない、写真撮影が可能なように透明であること等があげられる。 計測結果を図 2.3.5-18 に示す。図 2.3.5-8 ノズルの特性図から読み取った値と同じ値となっ ており、ノズル特性図の確からしさが確認できた。 図 2.3.5-17 顕微鏡で撮影した水滴 液浸法による平均径:35.5μm カタログより求めた 流量:0.15kg/min 液滴径 35μm 噴霧量 [g/min] MVD [μm] 圧力:0.2MPa サンプル数:3000 平均径:35.47μm 空気圧 [MPa] 図 2.3.5-18 液侵法による液滴径計測結果 - 29 - (e)着氷計測 着氷量の定量的な評価のため、 写真撮影による着氷状態の観察、 シリコーンによる型取り、 ファンブレードの着氷量の重さ、空気流量の変化の計測を行った。測定ではファンブレード の前縁、腹、背の着氷状態を観察した。 ・使用機材 型取りには硬化時に発熱しないシリコンゴムを用いた。このゴムは硬化剤を重量比で 4% 添加して硬化させたとき、23℃において 6~8 時間で硬化する。型取りの際、内部に気泡が 含まれると正確な型取りができない。そのため図 2.3.5-19 のように、真空デシケータ内を真 空ポンプにより低圧化し、シリコンと型取りとの間の気泡を取り除くことで、正確な型取り を行えるようにした。 以上の手順を実施し、図 2.3.5-21 に示す着氷状態を図 2.3.5-22 に示すとおり正確に写し取 ることが出来るようになった。これにより正確な厚み計測、CFD との着氷形状の比較などを 行うことが可能となった。 図 2.3.5-19 真空デシケータと真空ポンプ ①着氷翼の型取り ②硬化 図 2.3.5-20 シリコンゴムによる型取り手順 - 30 - ③ 翼取り出し 図 2.3.5.-21 型取り元の着氷状態 図 3.2.5-22 型取り結果 - 31 - 2.3.6 着氷試験結果① スイープ翼 スイープ翼、及び比較のためベース翼について、同じ条件で着氷モデル試験を実施した。試 験条件を表 2.3.6-1 に示す。なお、スイープ翼では各断面における翼形状は変更していないた め、流量等の空力特性は変化していない。 翼型により氷が付着していく様子の違いを評価するため、最大 8 分間水滴を噴霧し、着氷量 については2分毎、流量については壁圧計測結果から10秒毎の値を計測した。流量の変化を 図 2.3.6-1 に示す。この結果から、スイープ翼では着氷により流路がふさがれることによる流 量減少を約 1/2 に低減できることがわかる。また氷がはがれ飛び流量が回復していることも確 認できる。回復量をみるとスイープ翼のほうが小さいことから、スイープ翼の方が氷塊が小さ いうちに剥がれ飛んでいることが推察される。 図 2.3.6-2 に着氷量の計測結果を示す。着氷量はいずれの噴霧時間でもスイープ翼の方が小 さく、着氷量を約 2 割低減できていることが確認できる。 また、2分、4分、6分における着氷状況を図 2.3.6-3~図 2.3.6-5 に示す。特に翼前縁にお ける氷柱の成長がスイープ翼で押さえられ、意図通りの結果となっている。 表 2.3.6-1 スイープ翼・ベース翼試験条件 スタガ角 [°] -10 室温 [℃] -5 水温 [℃] 15 噴霧量 [ℓ/min.] 0.4 回転速度 [Hz] 30 流量 [kg/s] 5.2 - 32 - 氷がはがれ飛ぶこと 280 による流量回復 ベース翼 スイープ翼 240 氷で流路が 220 ふさがれる ことによる 流量減少 200 180 0 60 120 180 240 300 360 420 480 運転時間 [s] 図 2.3.6-1 流量計測結果 35 ベース翼 スイープ翼 30 2割低減 25 着氷量 [g] 流量 [m3/min] 260 20 15 10 5 0 0 60 120 180 240 300 運転時間 [s] 図 2.3.6-2 着氷量計測結果 - 33 - 360 420 480 2 分後 4 分後 6 分後 スイープ翼 ベース翼 図 2.3.6-3 各噴霧時間におけるスイープ翼とベース翼着氷の違い 前縁部 - 34 - 2 分後 4 分後 6 分後 スイープ翼 ベース翼 図 2.3.6-4 各噴霧時間におけるスイープ翼とベース翼着氷の違い 腹側 - 35 - 2 分後 4 分後 6 分後 スイープ翼 ベース翼 図 2.3.6-5 各噴霧時間におけるスイープ翼とベース翼着氷の違い 背側 - 36 - 2.3.7 着氷試験結果② 前面投影面積比低減翼 前面投影面積の減少のコンセプトを実証するため、スタガ角を+5度、0度、-10 度の3つ に変更した翼で着氷モデル試験を実施した。各スタガ角における前面投影面積比、回転数を表 2.3.7-1 に示す。 スタガ角を変えると流量が変化してしまうため、同一流量での着氷量を評価するため、回転 数を変えて試験を行った。評価は噴霧時間毎の着氷量で評価した。 結果を図 2.3.7-1 に示す。また、着氷の様子を図 2.3.7-2 に示す。 図より、前面投影面積を小さくするほど、着氷量が低減し、MODEL A は MODELCの6割 着氷量が低減していることがわかる。特に腹側への着氷量が前面投影面積が小さいほど顕著に 低減しており、意図通りの効果が現れていることがわかる。 表 2.3.7-1 各前面投影面積における試験条件 MODEL A MODEL B MODEL C 前面投影面積比[-] 0.12 0.23 0.36 スタガ角[°] 5 0 -10 回転速度 [Hz] 40 36 30 流量 [kg/s] 5.2 MODEL Cを基準とした着氷量 (5分間噴霧後)[-] 1 0.9 MODEL B MODEL C 0.8 0.7 0.6 0.5 0.4 0.3 MODEL A 0.2 0.1 0 0.00 0.10 0.20 0.30 前面投影面積比[-] 図 2.3.7-1 着氷量比較 - 37 - 0.40 MODEL C 背側 腹側 噴霧5分後の様子 MODEL B 前面投影面積小さいほど腹側 への着氷量が低減している 背側 腹側 噴霧5分後の様子 MODEL A 背側 腹側 図 2.3.7-2 着氷状態の違い - 38 - 2.3.8 着氷試験結果③ 防氷コーティング 2.3.3 項で氷付着力が小さかった塗料A、塗料Bの2つについて、軸流ファン動翼にコーティ ングを塗布し、着氷モデル試験を行った。 コーティング効果確認試験の実験条件を表 2.3.8-1 に示す。 表 2.3.8-1 防氷コーティング適用翼実験条件 スタガ角 [°] -10 室温 [℃] -10 噴霧量 [ℓ/min.] 0.4 回転速度 [Hz] 30 流量 [kg/s] 5.2 各翼における噴霧開始後からの氷脱落までの目安時間 t[s]の計測結果を表 2.3.8.-2 に示す。 計測方法は複数回、各コーティング翼について氷の脱落まで噴霧させ、ある程度の脱落目安時 間を知る。 次に脱落が起きる寸前で噴霧をやめ、 その時間を氷の最大着氷量となる時間とした。 表 2 に記載した脱落時間は、氷の脱落寸前のものである。 表 2.3.8-2 各翼別の氷脱落時間 脱落時間 t [s] 翼種類 塗料A 195 塗料B 180 コーティング無し 385 各翼(コーティング無し、塗料A、塗料B)による、脱落寸前時のハブ近傍、ミッドスパン、 チップ位置における L.E.氷厚さ h 測定結果を図 2.3.8-1 に示す。また、測定時の前縁部、及び 腹側の着氷の様子を図 2.3.8-2 に示す。 16 14 着氷量[g] 12 10 HUB MID TIP 8 6 4 2 0 塗料A 塗料B コーティング無し 図 2.3.8-1 各位置の L.E 氷厚さ - 39 - 塗料A L.E 部 塗料A 腹側 塗料B L.E 部 塗料B 腹側 コーティング無し L.E 部 コーティング無し 腹側 図 2.3.8-2 コーティング翼着氷状況 - 40 - この結果から、塗料A、Bのいずれも、コーティング無しの半分程度の氷厚みとなっている事 が分かる。 次に氷付着力を評価する。 本研究では、氷付着力を氷脱落時のせん断応力と定義しているため、それを氷付着力試験を 例に式に表すと以下のようになる。 F mRω 2 ρ 1π 1 hrω 2 = = ρ 1 hRω 2 τ= = 2 2 A π1 π1 2 (1) ここで、 m : 氷質量 [kg] R : 回転中心から氷の重心位置までの距離 [m] ω : 回転の角速度 [rad/s] r : 氷の半径 [m] h : 氷の高さ [m] ρI : 氷の密度 [kg/m3] 実験では、式(1)中の氷高さ h 以外は実験条件として与えられるため、氷付着力は氷高さ h の関数と見なすことが出来る。そこで実験で得た図 2.3.8-1 の結果をもとに、ブレードの前縁 に付着した氷厚さから各半径方向位置における氷付着力[kPa]を見積もると図 2.3.8-3 のように なる。 これより、コーティングを塗布した翼では塗布しない翼に比べて 1/2 の氷付着力となり、氷 塊が大きく成長する前に氷をはがすことができる。 160 HUB MID TIP 氷付着力[kPa] 140 120 1/2 低減 100 80 60 40 20 0 塗料A 塗料B コーティング種類 図 2.3.8-3 氷付着力比較 - 41 - コーティング無し 2.4 結論 平成21年度、平成22年度の2年間の研究を通して以下の3つの防氷技術を提案し、着氷 試験により定量的に評価、有効な防氷技術であることを確認した。 (1) 翼をスイープさせることにより、同一時間での着氷量を約2割低減することができた。 また、スイープ翼で着氷によるファンの空気流量低下を 1/2 に低減したが、これは実エン ジンでの着氷による推力低下量を 1/2 に低減することに直結する。 (2) 空気の流れ方向からみた翼腹側の投影面積比率を 36%から 12%と小さくすることに より、同一時間での着氷量を最大 6 割低減することができた。 (3) 防氷コーティングAを翼に塗布することにより、最大着氷量を 1/2 に低減することが できた。 - 42 - 第 3 章 問題点と今後の課題 平成 21 年度、平成 22 年度の2年間の研究を通して、防氷コーティングと防氷翼型の2つ の防氷技術を定量的に評価することができた。 今後、これらの防氷技術を実用化するにあったて、以下の課題が挙げられる。 防氷コーティングの耐久性の確認 防氷コーティングについては Appendix D に示すクロスカット法を用いた試験結果より コーティングのはがれに対し良好な耐久性があることを確認し、また、試験片レベルでは 防氷効果の持続性について確認済であったが、軸流ファンにおける試験では、複数回の試 験を重ねていくことで着氷量が増加する事象が確認された。今後の実機への適用にあたっ ては本事象の原因を調査し、対策を採ることが必要と考えられる。 - 43 - 第4章 関連事項調査 4.1 関連特許調査 本研究に関連する特許の調査結果を表 4.1-1 に示す。 表 4.1-1 関連特許調査結果 特許番号 名称/出願人/要約 特登4293599 ターボファンエンジンの内部防氷装置 ゼネラル・エレクトリック・カンパニイ [要約] ターボファンエンジンのスプリッタに電気コイルを配置し、この過熱によ り氷の堆積を防止、もしくは堆積した氷を除去する手段およびシステム。 特開平10-184389 ガスタービンエンジン 石川島播磨重工業株式会社 [要約] 動翼上流に配される入口案内翼と、該入口案内翼の上流側に配されるスト ラットとを有するガスタービンエンジンであって、該ストラットには中空部 が配され、該中空部には、圧縮機から抽気された高温空気が加熱空気用ダク トに導かれて、中空部に送り込まれ、ストラットの側壁部の噴出口から入口 案内翼の近傍に噴出されて防氷がなされる。 特開2006-336650 モジュラーファンインレット防氷システム - 44 - ユナイテッドテクノロジーズコーポレイション [要約] 本発明のモジュラーファンインレット防氷システムは、中央リング、外側 リング、および複数の支柱を備え、それぞれ少なくとも部分的に有機基質複 合材料から形成される。 溝を備えるシェル部材は、取外し可能な形で支柱に 連結される。 モジュールに破損、摩耗、空力的/構造的な変更が生じた場合 には、シェル部材を容易に交換することができる。 シェル部材は、一体的に 成形された電熱ヒータエレメントを備える。 電熱ヒータシステムにより、モジュラーファンインレットケースを防氷する 十分に暖かい表面温度がもたらされる。 さらに、本発明により、損傷許容性 が向上するとともに軽量化が実現する。 特開2007-296511 防氷コーティングを用いた物品の保護方法およびコーティングされた物品 ユナイテッドテクノロジーズコーポレイション [要約] 本発明は、既存の疎氷性コーティングよりも耐腐食性の良い疎氷性コーテ ィングを提供する。本発明によれば、防氷コーティングを用いて物品を保護 する方法は、物品の少なくとも1つの表面に塗布され、防氷組成は、少なく とも1つの添加剤を含まないポリシロキサンを含み、約19〜50 kPaの氷剪断 応力を示す防氷コーティングを形成するように防氷コーティング組成を硬化 させる。 - 45 - 米開20080099617 Ice Protection of Aerodynamic Surfaces QINETIQ LIMITED [要約]An electrothermal heater mat for anti-icing or de-icing of a helic opter rotor blade or other aerodynamic surface comprises a substrate, such as a flexible polyimide sheet, bearing tracks of a material of se lected electrical resistivity, these tracks being formed by printing onto the substrate with a thermosetting ink loaded with electrically cond uctive (e.g. carbon) particles. Electrical bus bars/terminals for the sup ply of electrical energy to the resistive tracks may also be printed, us ing an ink loaded with particles of higher conductivity material such as copper or silver. 米開20090260341 Distributed zoning for engine inlet ice protection United Technologies Corporation [要約]An engine inlet ice protection system and method for ice protect ion includes a plurality of grouped structural elements having electric al components that provide ice protection where power is cycled to th e groups of structural elements so that at a given time the ice protec tion elements receiving power are generally distributed throughout th e engine inlet. 米開20070220899 SYSTEM FOR DEICING AN AIRCRAFT TURBINE ENGINE INLET CONE - 46 - SNECMA [要約] The invention relates to a system (2) for deicing an aircraft turbine engine inle t cone (4) comprising air-diffusing means (18) intended to equip the inlet cone of the turbine engine so as to deliver hot air thereto. According to the invent ion, it also comprises a circuit (20) for removing pressurizing air from at least one bearing enclosure of the turbine engine, this circuit communicating with t he air-diffusing means in order to be able to supply the latter with hot air. 米国4782658 Deicing of a geared gas turbine engine Rolls-Royce Plc [要約] A geared turbofan gas turbine engine has a fan rotor carrying a plurality of fa n blades driven by a gas generator via a gear assembly. A fan casing which h as an exterior surface is positioned coaxially with and encloses the fan rotor. A lubricant supply is provided to lubricate and cool the gear assembly and a heat exchanger is provided to cool the lubricant. An air scoop forms a first du ct which supplies air to the heat exchanger to cool the lubricant. A second du ct defined partially by the air scoop downstream of the heat exchanger and an annular chamber formed coaxially supplies air warmed in the fan casing by t he heat exchanger to the exterior surface of the fan casing for deicing or anti-i cing purposes. The air scoop and heat exchanger can be positioned on the fan casing, the gas generator casing or a pylon. A valve in the air scoop controls the flow of warmed air to the second duct. - 47 - - 48 - 4.2 参考文献 1)Les McVey: Aircraft Propulsion System Icing Challenges & Opportunities, ASME2007 2)Federal Aviation Administration ウェブサイト http://www.faa.gov/regulations_policies/faa_regulations/ 3)David N. Anderson: Manual of Scaling Methods. NASA CR-212875, 2004 4)Langmuir, Irving and Blodgett, Katharine B: A Mathematical Investigation of Water Droplet Trajectories. Army Air Forces Technical Report No. 5418, 1946 5)Wright, W. B: Users Manual for the Improved NASA Lewis Ice Accretion Code, LEWICE 1.6. NASA CR-198355, 1995 6)Y. Ozaki et al: A Device to Measure the Size of Volatile Droplets Utilizing a Hot-film Sensor. Aerosol Science and Technology, 26, 1997, pp. 505-515 7)S. Kimura et al: A New Surface Coating for Prevention of Icing on Airfoils. SAE Technical Paper, 2007-01-3315 8)Wearlon ウェブサイト http://www.wearlon.com/super_f1_reduction.jpg 9)J. Schroedel: Engineering and Design ICE ENGINEERING. EM 1110-2-1612, 2002 10)C. Laforte and A. Beisswenger: Icephobic Material Centrifuge Adhesion Test. IWAIS 2005 11)吉田 他:着雪氷防止技術に関する研究(第1報) 、北海道工業試験場報告、No.292、 1993 12) 大塚 他:航空エンジンにおけるファンへの着氷低減技術の研究 2010 - 49 - Appendix A 着氷 CFD 解析手法概要 着氷CFD解析手法について以下に示す。 A.1 概略 着氷計算に対する計算手法は、流れ場が氷形状に影響し、順番に流れ場が変化するという反復の プロセスである。着氷計算は、(1)流れ場計算、(2)水滴軌道計算、(3)熱力学計算、(4)氷堆積計算、 (5)計算格子の再構成という五つの主な段階からなる。まず始めに、着氷していない翼周りの流れ場 が計算され、水滴軌道計算を行うことによって水滴の衝突特性が得られる。翼面上の氷層の成長率 は熱力学計算を行うことによって得ることができる。時間増加量が与えられるとき、この成長率は 氷層の厚さとして評価され、計算格子は着氷した翼面に沿って再構成されることになる。この手順 は、求められる着氷時間に達するまで繰り返される。以下に、それぞれの計算手法を示す。 A.2 流れ場計算 空力的流れ場を解くため、本コードではナビエ・ストークス解法を採用している。 現存する着氷コードではパネル法が一般的に採用されているが、水滴軌道計算における水滴速度 を厳密に得られる利点がある反面、流れ場計算は正確さに劣る。これに対してナビエ・ストークス 方程式を解く解法では、水滴速度は補間法を使って求めるため、軌道計算は厳密さに劣るが、正確 な流れ場計算を行うことが可能である。本研究では流れ場を3次元圧縮性乱流と仮定し、支配方程 式として時間平均ナビエ・ストークス方程式を用いる。 A.2.1 仮定 空気の流れを理想化された圧縮性粘性流体とみなし、次の5つの仮定を設ける。 1.等質な連続体とする。 2.完全気体とする。 3.質量力は無視する。 4.等方性ニュートン流体とする。 5.Stokes の仮定に従う。 これらの仮定により、流体の物性変化,相変化,化学変化等の問題が排除され、流れの問題を連続 体力学と熱力学の問題として扱うことができる。 - 50 - A.2.2 完全気体と状態式 空気は主として窒素と酸素の混合気体であるが、かなり広範囲の温度,圧力にわたって不活性で化 学変化を起こさない。また各成分気体の成分比は一定なので単一成分の気体として扱える。従って、 常温,常圧付近の空気は完全気体と見なすことができる。 完全気体(perfect gas)は、次の2つの性質をもつ。 1.完全気体の状態式(equation of state)を満たす。つまり P = ρR g T (A.1) ここに、P は圧力(pressure)、 ρ は密度 (density)、T は絶対温度 (temperature) である。また、 R g はガス定数 (gas constant) で、空気では、 R g =287.1 m2/s2k(20℃1atm)。 2.定圧比熱 C p と定積比熱 C v が温度によらない。 C p と C v の比 γ = Cp (A.2) Cv は比熱比 (the ratio of specific heats) で、空気ではγ =1.4 である。(A.2)式より Cp = γ γ −1 Rg , Cv = 1 Rg γ −1 (A.3) 状態式(A.1)を用いると ε= h= 1 p γ −1 ρ γ (A.4) p (A.5) γ −1 ρ 空気中を伝わる微小な圧力の擾乱、すなわち音波 (sound wave) の伝わる速度は音速 (sound speed) と呼ばれ、a で表す。また、流れの速度 u と音速 a の比 M = u a (A.6) はマッハ数 (Mach number) と呼ばれる。ところで、気体の状態変化が断熱で可逆の場合には、エン トロピ (entropy)s が一定に保たれ、完全気体では次の関係式が成立する。 p ργ = const. (A.7) 音波による気体の状態変化は可逆断熱変化と考えられるから、完全気体の音速 a は次式より ⎛ ∂p ⎞ p a = ⎜⎜ ⎟⎟ = γ = γR g T ρ ⎝ ∂ρ ⎠ s (A.8) で与えられる。空気の場合 a=343 m/s (20℃ 1atm)である。 - 51 - A.2.3 基礎式の導出 圧縮性流れでは連続、運動量、エネルギの式(continuity, momentum, energy equation)が基礎方程式 になる。これらをまとめて流れの保存則と呼ぶ。 連続の式 いま簡単のために粘性のない非定常の管のなかを流れる 1 次元的な流れを考える。流れの微小区 間 dx を考え、この区間の体積を V、管の断面積を ds とすると、いま考えている単位時間に流入出 する質量の総計は、管の側面からの寄与分はないので、区間の左右の境界面 1、2 より区間に流入 出する分のみである。したがって密度を ρ 、速度を u とすると、境界の値を添字 1、2 として − [ ρ 2 u 2 S 2 − ρ1u1 S1 ] = − ∫ ρu ⋅ ndS = − ∫ div( ρ )dV = − ∫ s v v ∂ ( ρu ) dV ∂x (A.9) と表すことができる。ここで n は境界面の法線ベクトルである。第 1 行左辺の境界面 1、2 に関す る面積分を考えている区間の全表面の面積分と書き換えられ、ガウス(Gauss)の定理を用いて体積分 で第 2 行のように表すことができる。一方、同じ単位時間に区間内での質量の増加は、 ∂ρ ∫ ∂t dV (A.10) v で表せる。境界面を通して以外に流体の流出や新たな発生はなく、両者が等しくなければならない ため、次の関係を得る。 ∂ρ ∫ ∂t dV + ∫ v v ∂ ( ρu ) dV = 0 ∂x (A.11) この関係は任意の体積 V に対して成り立たねばならないから、結局、被積分自体が 0 でなければな らないという、次の連続の式が導かれる。 ∂ρ ∂ ( ρu ) + =0 ∂t ∂x (A.12) 運動量の式 次にこの区間に対する 1 次元的な運動量の関係を求める。まず単位時間に区間内の流体に作用す る力は体積力 f i と境界 1、2 に作用する圧力 p であり、ここでもガウスの定理を用いると次のよう に表わせる。 ∂p ∫ ρf dV − ∫ pndS = ∫ ρf dV − ∫ ∂x dV i v (A.13) i s v v - 52 - 一方、流体における単位時間あたりの運動量変化の割合(オイラー微分とよばれ記号 d/dt で表す)は、 右辺第 1 項すなわち区間内の非定常な変化分と第 2 項すなわち対流効果による境界からの流出分と の和からなり、 ⎞ ∂ ( ρuu ) ∂ ( ρu ) ∂ ( ρu ) d ⎛ ⎜ ∫ ρudV ⎟ = ∫ dV dV + ∫ dV + ∫ ( ρu )u ⋅ndS = ∫ ⎜ ⎟ ∂ x ∂ t ∂ t dt ⎝ v s v s ⎠ v (A.14) で表わせる。ニュートンの運動の第 2 法則から両者は等しく、よって微分方程式の形で表した運動 量の式は次式となる。 ∂ ( ρu ) ∂ ( ρuu ) ∂p − ρf i = 0 + + ∂x ∂x ∂t (A.15) 流体運動を考える場合、体積力 f i は 0 と置ける場合が多い。そこで、以下では体積力は除くこと にする。 エネルギの式 エネルギの式は熱力学の第一法則から導かれる。流れの中に固定した検査体積を考えると、熱力 学の第一法則の主張は、 (内部エネルギの増加)=(加えられた熱量)+(加えられた仕事) (A.16) である。仮定 3 により、位置エネルギ等は無視した。単位時間における区間内のエネルギ変化の 時間的割合は、区間内のエネルギ変化と境界から流入出するエネルギからなるので以下のように表 す。 ∂e ∫ ∂t dV + ∫ eu ⋅ ndS v (A.17) s ここで e は単位体積当りの全エネルギであって、内部エネルギを ε で表すと 1 ⎞ ⎛ e = ρ⎜ε + u 2 ⎟ 2 ⎠ ⎝ (A.18) である。一方、境界を通して外より加えられる熱量流束ベクトル q h と応力によって加えられる 仕事、そして外にから加えられる体積力 f i をまとめると次のようになる。 − ∫ q h ndS − ∫ pu ⋅ ndS + ∫ ρf i udV s s (A.19) v ここで熱量 q h は熱伝導率を k、温度を T として、 q h = −k ∂T ∂x (A.20) で表される。両者は熱力学の第 1 法則により等しくなければならないから、 - 53 - ∂e ∫ ∂t dV + ∫ eu ⋅ ndS = − ∫ pu ⋅ ndS − ∫ pu ⋅ ndS + ∫ ρf udV i v s s s (A.21) v の関係が得られる。体積積分に書き換えると、 ∂e ∫ ∂t dV + ∫ v v ∂q ∂ (e + p ) dV + ∫ h dV − ∫ ρf i udV = 0 ∂x ∂x v v (A.22) となる。体積力 f i がなくて、粘性のない場合には k=0 であるから次のようになる。 ∂e ∂ (e + p)u + =0 ∂x ∂t (A.23) 保存則表現 以上で、力学の 3 保存則を表す基礎方程式が導けた。それをまとめると以下のようになる ∂U ∂E + =0 ∂t ∂x ⎡ρ ⎤ U = ⎢⎢m⎥⎥ ⎢⎣e ⎥⎦ , (A.24) ⎡m ⎤ ⎢ 2 ⎥ E = ⎢m ρ + p ⎥ ⎢ m(e + p ) / ρ ⎥ ⎣ ⎦ (A.25) ここで U は保存則ベクトル(conservation variable vector)とよばれ、3 つの成分:密度 ρ 、運動量 m(= ρ )、 全エネルギ e よりなる縦ベクトルである。 E は流束ベクトル(flux vector)と呼ばれる。 式(A.24) は保存則ベクトル表現の 1 次元オイラー方程式である。このような形式で表現された流体力学方程 式を保存則形式(conservation-law)あるいは簡単に保存型(conservative form)などとよぶこともある。 こ のようなベクトル表現では式(A.24)の各成分すなわち第 1 行から第 3 行がそれぞれ連続、運動量、 エネルギ方程式を表していることがわかる。 補助方程式 前項で示した式(A.24)を完結させるためには、幾つかの補助方程式が必要である。完全気体の仮 定 2 より、圧力 p は次式によりエネルギと関係付けられる。 ⎤ ⎡ 1 p = (γ − 1) ⎢e − ρV 2 ⎥ ⎦ ⎣ 2 (A.26) 熱流束 q は、Fourier の法則より q = −κ∇T (A.27) である。ここにκ は熱伝導率 (the coefficient of thermal conductivity)、T は温度である。熱伝導率κ はプラントル数 (Prandtl number) Pr を用いて - 54 - κ= Cpμ (A.28) Pr と表され、完全気体では式(A.3)により κ= γR g μ Pr (γ − 1) (A.29) となる。プラントル数は物性値で、空気では Pr =0.72 である。これを式(A.27)に代入すれば q= μ ∇a 2 Pr (γ − 1) (A.30) と書ける。 粘性係数 μ は通常温度の関数として扱い、次の Sutherland の式によって評価される。 μ ⎛T =⎜ μ ∞ ⎜⎝ T∞ 3 ⎞ 2 1 + S1 / T∞ ⎟⎟ ⎠ T / T∞ + S1 / T∞ (A.31) ここで、T∞ は一様流の温度、 S1 =117[k]である。 A.2.4 無次元化 前節で求めた基礎式はかなり一般的なもので、これをそのまま流れの計算に使うのには都合が悪 く、幾つかの準備が必要である。その一つが変数の無次元化 (nondimensionalization)である。無次元 化を行うことの利点として、 1.パラメータを独立に変化し得る。 2.すべての変数を O(1) の値として扱うことができる。 等を挙げることができる。圧縮性流れの数値解法では、通常よく行われる無次元化の方法があり、 本研究無次元化を使用する際にはそれに従うことにする。無次元化の参照値 (reference values) とし て、上流一様流での密度 ρ ∞ 、音速 a ∞ 、粘性係数 μ ∞ をとり、代表長さとしてある長さ L をとる。 無次元化された値に*をつけて示すと * t * = t /(l / a ∞ ) xi = xi / L * p * = p / ρ ∞ a∞ ρ * = ρ / ρ∞ e * = e / ρ ∞ a∞ ui = ui / a∞ 2 μ * = μ / μ∞ 2 τ * = τ /( μ ∞ a∞ L) T * = T / a∞ 2 このとき音速を代表速度にとったレイノルズ数 (Reynolds number) を Re = ρ ∞ a∞ L μ∞ (A.32) - 55 - と記す。一様流速U ∞ を代表速度にとった通常のレイノルズ数は ρ ∞U ∞ L μ∞ RN = (A.33) であるから、一様流のマッハ数を M∞ = U∞ a∞ (A.34) で定義すると Re = RN M∞ (A.35) と書ける。今後、本章で使われるすべての記号は、無次元値を表すものとして煩雑さを避けるた めに*を省略する。 A.2.5 一般座標系における基礎式 数値計算法に差分法を用いることを前提に、基礎式を座標変換する。数値計算においては、離散 化された量を扱うので、座標系をどう選ぶということはあまり重要ではなく、都合のよいものを使 用すればよい。むしろ座標変換するときに、基礎式の持つ性質=保存性を損なうことなく変換する ことの方が大切である。そして、変換された式についてもその物理的な意味を見失わないことが肝 要である。 直交座標系 静止直交座標系(statinary cartesian coordinate system) ( x, y ) における基礎式は、式(A.24)である。 式(A.32)で無次元化して、見通しを良くするために各方向の流束に分割して表記すれば、 1 ∂Q ∂E ∂F = + + ∂t ∂x ∂y Re ⎛ ∂R ∂S ⎞ ⎟⎟ ⎜⎜ + ⎝ ∂x ∂y ⎠ (A.36) と表される。ただし、 ⎡ρ⎤ ⎢ ρu ⎥ Q=⎢ ⎥ ⎢ ρv ⎥ ⎢ ⎥ ⎣ ρe ⎦ ⎡ ρu ⎤ ⎢ ρuu + p ⎥ ⎥ , E=⎢ ⎢ p + ρuv ⎥ ⎢ ⎥ ⎣( ρe + p )u ⎦ , ⎡ ρv ⎤ ⎢ ρvu ⎥ ⎥ F=⎢ ⎢ ρvv + p ⎥ ⎢ ⎥ ⎣( ρe + p)v ⎦ - 56 - ⎡0⎤ ⎢τ ⎥ R = ⎢ xx ⎥ ⎢τ yx ⎥ ⎢ ⎥ ⎣ R4 ⎦ ⎡0⎤ ⎢τ ⎥ S = ⎢ xy ⎥ ⎢τ yy ⎥ ⎢ ⎥ ⎣ S4 ⎦ , ⎤ ⎡ 1 p = (γ − 1) ⎢e − ρ (u 2 + v 2 )⎥ ⎦ ⎣ 2 R4 = τ xx u + τ xy v + , ⎡ 2 ⎤ τ ij = μ ⎢(u i , j + u j ,i ) − δ i , j u k ,k ⎥ 3 ⎦ ⎣ μ μ 2 2 a, x , S 4 = τ yx u + τ yy v + a, y Pr (γ − 1) Pr (γ − 1) なお、 μ は粘性係数、 μ t は後述する乱流粘性係数であるが、高レイノルズ数型モデルでは粘性 係数は省略される。 一般座標変換 流れのシミュレーションを行う場合、物体形状や流れ場の形が単純であれば、デカルト座標を用 いて計算できる。しかし、実際の流れ場は、航空機まわりやエンジン内部など大変複雑なものが多 く、格子を生成する場合必ずしも単純な直交格子で離散化できない場合が多い。差分法を用いて偏 微分方程式を解析する場合、格子は正方格子でなければならない。よって複雑な形状の格子を作る 場合この格子(物理座標)で差分を解く時は、写像法により格子をまずは正方格子(一般座標)に して差分で解くと言う方法を使わなければならない。 一般曲線座標系(general curvilinear coordinate system)では、 座標が物体面に沿うので物体が完全記述 されると言う意味で精度の良い解析が可能になる。また、差分の方向が物体表面に沿うので境界条 件も適用しやすく、計算コードの汎用化という点でも有利である。更に必要な場所に格子を集中で きるので、限られた格子点数での格子の有効利用が可能になる。最終的に一般座標系(正方格子) に変換された基礎式を差分法で解くことになる。ではその方法について説明する。 実際に解析する領域を実平面から写像平面に変換したため流体を支配する偏微分方程式の独立 変数を ( x, y ) から (ξ ,η ) に変換する必要がある。 いま座標系が時間的に変化しない場合、直交座標系から一般座標系への変換が ξ = ξ ( x, y ) η = η ( x, y ) で表されたとする。両座標系間の微分の橋渡しは、いわゆる連鎖法則(chain rule)によって行われる。 ⎡∂ ξ ⎤ ⎡ xξ ⎢∂ ⎥ = ⎢ x ⎣ η⎦ ⎣ η yη ⎤ ⎡∂ x ⎤ yη ⎥⎦ ⎢⎣∂ y ⎥⎦ (A.37) ここで下付き添え字は、ξ = ∂ξ / ∂x 等を意味する。式(A.37)の逆変換を行えば ⎡∂ x ⎤ ⎢∂ ⎥ = ⎣ y⎦ ⎡ yη J⎢ ⎣− xη − yξ ⎤ ⎡ ∂ ξ ⎤ xξ ⎥⎦ ⎢⎣∂ η ⎥⎦ (A.38) - 57 - ここで J= 1 xξ yη − xη yξ (A.39) 一方、 ⎡∂ x ⎤ ⎡ξ x η x ⎤ ⎡ ∂ ξ ⎤ ⎢∂ ⎥ = ⎢ξ η ⎥ ⎢ ⎥ y ⎦ ⎣∂η ⎦ ⎣ y⎦ ⎣ y (A.40) であるので、 ξ x = Jyη , ξ y = − Jxη , η x = − Jyξ , η y = Jxξ (A.41) ξ x , η x ・・・は座標系のみに依存する量で計量(metrics)、J は変換の関数行列式(Jacobain)でヤコビア ンと呼ばれる。これらを式(A.37)に代入すれば機械的に 1 ⎛⎜ ∂Rˆ ∂Sˆ ⎞⎟ ∂Qˆ ∂Eˆ ∂Fˆ + + = + ∂t ∂ξ ∂η Re ⎜⎝ ∂ξ ∂η ⎟⎠ (A.42) ここに ρU ρV ⎡ρ⎤ ⎤ ⎡ ⎤ ⎡ ⎢ ρu ⎥ ⎢ ⎥ ⎢ ⎥ Q 1 ⎢ ⎥ ˆ ξ x E + ξ y F 1 ⎢ ρuU + ξ x p ⎥ ˆ η x E + η y F 1 ⎢ ρuV + η x p ⎥ ˆ = = Q= = ,F= ,E = J J ⎢ ρv ⎥ J J ⎢ ρvU + ξ y p ⎥ J J ⎢ ρvV + η y p ⎥ ⎢ ⎥ ⎢ ⎥ ⎢ ⎥ ⎣e⎦ ⎣ (e + p)U ⎦ ⎣ (e + p )V ⎦ U = ξ xu + η y v , V = η xu + ξ y v (A.43) 0 ⎡ ⎤ ⎢ k x R + k y S 1 ⎢ k xτ xx + k yτ xy ⎥⎥ Rˆ , Sˆ = = J j ⎢k xτ xy + k yτ yy ⎥ ⎢ ⎥ ⎣⎢ k x R4 + k y S 4 ⎦⎥ (A.44) 2 3 τ xx = 2μ (ξ x uξ + η x uη ) − μ (ξ x uξ + η x uη ξ y vη + η y vη ) 2 3 τ yy = 2μ (ξ y vξ + η y vη ) − μ (ξ x uξ + η x uη ξ y vη + η y vη ) τ xy = μ (ξ y uξ + η y uη + ξ x vη + η x vη ) R4 = τ xx u + τ xy v + S 4 = τ xx u + τ xy v + μ 2 2 (ξ x aξ + η x aη ) Pr (γ − 1) μ 2 2 (ξ y aξ + η y aη ) Pr (γ − 1) - 58 - , k は R̂ , Ŝ に対してそれぞれξ ,η とする。U,V は反変速度(contravariant velocity)と呼ばれ、その方 向は座標面に直交する。 ここでこの変換の特徴は前述したが、一般座標へ数値的に行われる点である。変換の計量ξ x ,η x ... は数値的に決められる。ところが、数値的に実際に求められるのは xξ , yη なので、いま必要な ξ x ,η x ...は逆に求めてやる必要がある。それにはまず、式(A.43)からヤコビアンを求めてから、式 (A.43)に代入することによって計量を計算する。 これらの複雑な式の意味を理解する上でも、計量の物理的な解釈は重要である。まず J −1 は座標 の縮小率を表す。従って、直交座標系内に単位体積の検査体積(セル)を考えたとき、それは一般座 標系では体積 J −1 のセルに変換される。 次にいまη 方向に注目したとき ∇ξ = (ξ x , ξ y ) はξ 面の法線ベクトルを表し ∇ξ / J は面積ベク トルを表す。これらの関係を知ると、 Eˆ , Fˆ 等に注目したとき、それらが面積ベクトルと直交座標 系における流束の内積の形で表されており、一般座標系における座標面に直交する流束を表してい ることがわかる。 A.2.6 解強制置換法 本研究では、着氷形状の再現と着氷により変形した翼周りの流れ場計算を正確に行うために、後 に詳しく示す重合格子法を用い、翼前縁付近により格子を密にしたサブグリッドを配置している。 これに伴ってメイングリッドとサブグリッドの計算を行うために、解強制置換法(Fortified Solution Algorithm)を採用している。 解強制置換法は領域分割を用いて複雑な物体形状を取り扱ったり、局所的に格子を配したりする ことで物理現象の大切な部分のみ格子分解能を向上させる一方法である。複雑物体形状を取扱うた めの領域分割の方法は数多く提案されている。しかし、実際に利用しようとする場合には既存の計 算プログラムに対する変更が容易なことと演算量の付加が大きくないことが、精度の確保と同時に 重要である。解強制置換法はこのような観点から、また既存の領域分割法に対してより柔軟性を持 つ方法として藤井らによって提案されたものである。 解強制置換法の発想は Van Dalsem と Steger によって境界層方程式を補助的に用いることでナビ エ・ストークス(NS)方程式の解の精度を向上させる目的で開発された Fortified Navier-Stokes 法にそ の源を置いている。彼らは、仮に物体近くで NS 方程式を解いても全体の格子点数に制限があるか ぎり境界層内の精度は境界層方程式には劣ると考え、NS 方程式を解く際に物体に沿って境界層方 程式を解き、物体近くの領域についてはその解を強制的に課することで解の精度を向上させようと した。藤井らは同方法が境界層方程式に限らずより緻密な格子を用いた NS 方程式の解やオイラー - 59 - 方程式の解をも利用できることに着目し、局所的な解の向上を図る一方法として定式化を行ってい る。 解強制置換法の特徴、即ち通常の領域接続法との相違点はまず基礎方程式の書き直しに有る。い ま、式(A.36)をベクトル系で表すと、 −1 ∂Qτ + ∂ ξ E + ∂ η F = Re (∂ ξ R + ∂ η S ) (A.45) 解強制置換法では、式(A.45)を以下のように書き直す。 −1 ∂Qτ + ∂ ξ E + ∂ η F = Re (∂ ξ R + ∂ η S ) + x(Q f − Q) (A.46) 変更は強制項の存在である。Q f は補助的な方程式の解(本研究では、つまりサブグリッドで得ら れた解)として予めわかっているものとする。これは本研究のような陽解法の場合、以下のように 書き換えることができる。 Q n +1 = Q n − Δt Δt (W ) n + (Q f − Q n ) 1 + Δtχ 1 + Δtχ (A.47) ここで、W=Convection-Diffusion であり、 Δt は時間刻み幅である。これをある限られた領域で強 制する。パラメータ χ を強制したい領域で十分大きくとると式(A.47)は以下のようになる。 Q n +1 = Q n + (Q f − Q n ) (A.48) 上式のように χ が十分大きい領域では Q = Q f となり、ある限られた領域で解 Q を Q f で強制的 に置き換えることができる。また、それ以外の領域では、 Q n +1 = Q n − Δt (W ) (A.49) となり、通常の陽解法の形に戻る。 このようにして解強制置換法では既存のプログラムからの変更の負担無く解こうとする流れ場 の中にある領域について強制的に解を置き換えることが実現できる。しかし、この種の領域分割法 で問題となるのが格子同士の位置関係を探査することによる計算量のオーバーヘッドである。定常 問題における位置関係を示すテーブルは計算の前に一度作ってしまえばよいからそれ程重要では ないが、非定常問題では各タイムステップにこのテーブル作りが必要となる。本計算コードでも、 着氷がある程度進行した時点でサブグリッドを再構成し、流れ場を再計算する。本研究の場合、純 粋な非定常計算ではないが、着氷過程が進行していく際の流れ場構造の変化を細かく見ていく場合 には、格子再構成及びサブグリッドとメイングリッドとの位置関係をその都度更新し直さなければ ならない。この位置探査法については後に詳しく述べるが、格子関係が判明してからの内挿法には 単純な線形内挿を用いているため、重合格子法の欠点である保存則を満たさない点が問題となる。 しかし、これまでの研究で、保存則を満足する形で定式化しようとすると計算量の負担が著しく増 - 60 - 加すること、また保存則が満たされていないことによる弊害が少ないことから内挿の利用による誤 差は適用を誤らない範囲で適用においては容認されているようである。 A.3 水滴軌道計算 飛行艇に衝突してくる海水滴の挙動を解析するため、本研究では水滴を微粒子と仮定し、粒子の 運動方程式をラグランジュ的に解くことにする。 気体または液体媒体中に単一粒子の運動は、規則運動とランダム運動に大別される。粒子が比較 的大きい(0.5 μm 以上)の場合は、慣性運動または外力場での規則運動が支配的になるが、粒子が小 さくなると(0.1 μm 以下)ブラウン運動と呼ばれるランダム運動が活発になる。ここでは、粒子相互 作用がない場での単一粒子の規則運動に限定し、直線運動、曲線運動の基礎的な考え方を述べる。 A.3.1 微粒子の運動方程式 本研究では、水滴は変形せず流れを乱さない球形の粒子と仮定する。壁面の影響を無視すると、 流体中の粒子の運動は Soo(1967)の表記法によると次の Basset-Bousinesq-Ossen (BBO)方程式で記 述される。 4π 3 dU p 4π 3 ∂P 1 4π 3 d = R− + (U f − U p ) rp ρ p rp rp ρ f ∂r 2 3 3 3 dt p dt p + 6r p 2 πρ f μ f 1 ∫ 0 d (U f − U p ) dτ dτ + Fa t p −τ (A.50) それぞれの諸量は Up : 粒子速度 ρp : 粒子半径 Uf : 流体速度 μf 流体粘性 ρp : 粒子密度 ρf 流体密度 : CD : : 抵抗係数 で与えられる。 式 (A.50) の右辺の 5 項の物理的意味は以下のようである。第 1 項は流体との相対速度 U r = U f − U p で運動する粒子が流体から受ける抵抗力を表している。その抵抗 R は、球の運動 方向への投影面積( A ≡ πrp / 4 )と運動エネルギ ( ρU r ) / 2 の積に比例し、一般に 2 2 - 61 - ⎛ ρU r 2 R = C D A⎜⎜ ⎝ 2 ⎞ ⎟ ⎟ ⎠ (A.51) で表される。ここで C D は抵抗係数と呼ばれ、これについては後述する。また、本研究では流れ 場をナビエ・ストークス方程式の差分法で解いているため、流速は離散的なデータとなっている。 よって、粒子に働く抗力を計算する際の流体速度は周囲格子から補間して求めることになる。 第 2 項は流れ場の圧力勾配による作用である。第 3 項は加速度運動する粒子が排除した流体質量 の半分だけ粒子の質量が増加する見掛けの質量についてである。粒子周りの共に運動する流体質量 を表しているこの項は、流体の非定常運動に関する項である。第 4 項は Basset 履歴積分と呼ばれる 粒子運動の履歴に関する項である。この項は時間 t p 0 から t p までの間に粒子速度がしたことによっ て流体が得た総運動量の時間的変化を示すものである。第 5 項は重力のような外力項を表している。 圧力項は衝撃波下流の流速一定の領域で消える。また、重力の効果も、本研究で仮定しているよ うな粒子径の場合には無視できる程小さい。通常の非定常粒子運動では、本項は無視できることが 示されている。よって、式(A.50)は媒体がガス体( ρ p ≫ ρ f )で、しかも極端な非定常な状態でなけ れば以下のように簡略化される。 dU p dt p ρf 1 3 = − CD Ur 8 ρ p rp 2 (A.52) 粒径レイノルズ数と抵抗係数 抵抗係数 C D は、次元解析から粒径レイノルズ数 Rep のみの関数となる。ここで、粒子基準のレ イノルズ数 Rep を Rep = 2 r pU r ρ f (A.53) μf と定義する。 C D と Rep の関係は球の標準抵抗曲線と呼ばれ、次のように近似することができる。 CD = CD = 24 : Rep<2 Rep (A.54) 10 : 2< Rep>500 Rep (A.55) C D = 0.44 : Rep >500 (A.56) 式(A.54)~(A.56)を式(A.51)に代入すると、各 Rep 域の流体抵抗は、 R = 3πμrp : Rep <2 (A.57) - 62 - R= 5π 4 μρ (d pU r )1.5 : 2<Rep >500 R = 0.055πd p ρU r : Rep >500 2 2 (A.58) (A.59) 式(A.57)は層流抵抗あるいは Stokes 抵抗と呼ばれ、慣性項を無視した Navier-Stokes の式より解析 的に導くことができる。従って、式(A.57)は厳密には Rep ≪1 でしか成り立たない。また、式(A.59) は乱流抵抗と呼ばれ、実験的に得られた式である。Stokes 域をやや越えた範囲では、Ossen が物体 から離れたところでの流れに慣性項を入れて解き、 CD = 24 ⎛ 3 ⎞ ⎜1 + Rep ⎟ : Rep<5 Rep ⎝ 16 ⎠ (A.60) を与えた。この他に、 C D と Rep を関係付ける数多くの実験式が提出されているが、簡便で Rep<1000 で実験値と良く一致する式として Shiller-Naumann 係数がある。 CD = ( ) 24 0.687 1 + 0.15 Rep : Rep<1000 Rep (A.61) 本研究では、上式を採用することにする。 A.3.2 リープフロッグ法 前節で求めた運動方程式より粒子の加速度は求まるが、粒子の位置を求めるためには式(A.52)の 微分方程式を数値的に解く必要がある。そこで本研究では、プログラミングが容易で高精度なリー プフロッグ法を用いて微分方程式を解いた。以下にリープフロッグ公式を示す。 x t + Δ t = x t + vt Δ t + a t Δ t / 2 (A.62) vt + Δt = vt + ( a t + a t + Δ t ) Δ t / 2 ここで a 、 v 、 x は加速度、速度、位置である。 A.4 熱力学計算 着氷面における熱力学解析は、着氷過程の物理モデルから Tribus によって最初に開発された。こ のモデルは着氷の防護システムに対する問題を計算することに使われ、LWC の測定システムを提 案した。その後、Messinger は、273K 以下、273K、273K 以上という 3 つの表面温度領域に対する 着氷条件における表面平衡解析と後に示す氷結率(freezing fraction)の概念を導入した熱力学モデル を提案した。これらの初期の定式化は、様々な着氷コードに使用されている。 大気中の過冷却水滴は航空機表面に衝突すると、過冷却状態が解除され、水滴と固体表面及び周 囲気体との間の熱移動によって、固体表面上に堆積する。霧氷条件の場合、固体表面に衝突した水 - 63 - 滴はほぼすべてその衝突点で凍ることになる。一方、雨氷条件の場合は水滴と固体面との不充分な 熱伝達によって、衝突点で氷結する質量は一部であり、残りは固体表面を流れながら下流で凍って いく。この過程は、周囲温度、固体表面の熱伝達、表面粗さ、水滴の大きさなどに依存している。 そこで本研究では、NASA において開発された LEWICE コードに基づき、固体表面上において検 査体積を仮定し、そこでの質量バランス及びエネルギバランスを考える。それによって、検査体積 に堆積する氷の量また検査体積外に流出する水分量を計算する。この検査体積中に流入するもしく は流出する質量流量及び熱量を表した概念図を図 A-1 に示す。検査堆積中では、熱バランスを計算 するために、すべての物理量は一定としている。質量・熱バランス計算を行うために、以下に示す 仮定を用いる。 ・物理的な相変化は瞬間的に行われる。 ・放射による熱流束は無視し、氷の熱伝達率が相対的に低いため、氷内の伝導によ る熱伝達も無視される。 主な熱流束は以下のようになる。 ・対流熱伝達 ・蒸発/昇華 ・衝突した水滴による加熱 ・近傍の検査堆積から流入、流出する水による冷却もしくは過熱 ・氷による冷却 ・水滴が氷結過程において得られる潜熱 ・水滴の運動エネルギ A.4.1 質量バランス Droplets Kinetic Energy Convection Evaporation Aerodynamic Heating AIR Runback In Runback Out WATER Latent Heat of Icing :In ICE :Out 図 A-1 Schematic of energy balance - 64 - 質量・エネルギバランスは図 A-1 における概念図に基づき、以下のように表せる。 mim + min = mva + mou + mac (A.63) ここで、mim は衝突する水滴の質量流量、min は以前の検査体積から流入する(以下ランバック・ イン)質量流量、 mva は蒸発もしくは昇華による質量流量、 mou は検査体積の外に流出する(以下 ランバック・アウト)質量流量、mac は検査体積内で氷結する氷の質量流量を表す。よどみ点では、 表面に沿って検査体積に流入する量はないため、 min = 0.0 となる。 検査体積外に逃げる質量流量 mou は、エネルギバランスから得られる。mou を計算するために氷 結率 f は、検査体積に流入する全質量と検査体積上で氷結する質量との比として表され、次式とな る。 f = mac mim + min (A.64) 式(A.64)を式(A.63)に代入することによって、検査体積外に逃げる質量流量は mou = (1 − f )(mim + min ) − mva (A.65) となる。 A.4.2 エネルギバランス 式(A.63)で定義された氷結率を求めるために、検査堆積内でのエネルギバランスを考える。検査 体積内に流入するエネルギは、検査体積内に蓄積されるエネルギと検査体積外に放出されるエネル ギに等しいとする。よって、検査体積内のエネルギバランスは次式となる。 E im + E in + E va + E ou + E ac = q f + q c (A.66) ここで、 Eim は衝突する水滴のエネルギ、 E in はランバック・インによる、 E va は蒸発もしくは 昇華によるエネルギ、 E ou はランバック・アウトによるエネルギ、 E ac は検査体積内で氷結する氷 のエネルギを表す。また、q f は空気との対流による熱伝達、q c は検査体積底面での固体表面との 伝導による熱伝達をそれぞれ表している。以下に式(A.65)の各項の詳細を示す。 衝突する水滴 水滴は固体表面に衝突すると、その場で停止するのでよどみ点でのエンタルピを考えるのが適当 である。よって、そのエネルギ量は ⎡V 2 ⎤ Eim = mim ⎢ ∞ ⎥ ⎣ 2 ⎦ (A.67) 2 ここでV∞ は主流速度を表す。また、衝突する水滴の質量は以下のように表される。 mim = N ⋅ S ⋅ m p ⋅ V∞ (A.68) - 65 - ここで、 N は単位面積当たりの粒子の衝突個数、 S は格子セルの面積、 m p は粒子の質量であ る。 ランバック・イン 検査体積に流入する水分量は、前の検査体積での固体表面温度使って評価する。よって、そのエ ネルギ量は [ Ein = min c pw, sur (i ) (Tss ) ] (A.69) ここで、Tss は機体の昇温によって上昇した表面温度の差を表す。 蒸発・昇華 蒸発によって固体表面上から伝達されるエネルギ量は、 E va = mva [ Lv ] (A.70) ここで、 Lv は蒸発による潜熱を表し、以下の値である。 Lv = 2557.8 × 10 3 蒸発する質量流束は以下の関係式から得られる。 mva = ⎡ p v , s − H r p v ,e ⎤ 0.7 hc S ⎢ ⎥ Pe c pa ⎣ ⎦ (A.71) ここで c pa は空気の比熱、 p v , s は固体表面での飽和蒸気圧、 H r は相対湿り度、 p v ,e は周囲気体 中の水の飽和蒸気圧、 p e は絶対圧(真空状態を基準にした圧力)を表す。また hc は熱伝達率を表す が、これについては後述する。飽和蒸気圧は、SON-NTAG の式(JIS Z8806)から得られる。 p v = e (a (T )) (A.72) a (T ) = D1 × T −1 + 21.2409642 + D 2 × T + D3 × 10 −5 T 2 + D 4 × ln(T ) (A.73) ここで D1 = -6096.9385、D2 = -0.02711193、D3 = 1.673952、D4 = 2.433502 である。 また、絶対圧 Pe は等エントロピー過程に対して得られ γ ⎡ T ⎤ 1−γ Pe = Pt ⎢ e ⎥ ⎣ Tt ⎦ Pt ⎛ γ − 1 2 ⎞ M ⎟ = ⎜1 + 2 Ps ⎝ ⎠ (A.74) γ (γ −1) ここで、 Pt は全圧、Tt は全温、Te は境界層外端部の静温、M はマッハ数、 γ は比熱比を表す。 衝突した水滴が衝突点ですべて氷結する場合(霧氷条件の場合)、固体表面で蒸発する水分は 0 とな - 66 - るが、昇華を通して水蒸気が表面に残る。この場合、式(A.70)における蒸発による潜熱 Lv は、昇華 による潜熱 Ls に置き換えられる。 ランバック・アウト ランバック・アウトによるエネルギは、検査体積での固体表面温度、また式(A.64)を使って評価 する。よって、そのエネルギ量は [ E ou = [(1 − f )(mim + min ) − mac ] c pw, sur ( i )Tss ] (A.75) 検査体積に堆積する氷 検査体積内に堆積する氷量は氷結率 f の定義にしたがって、以下のように表せる。 mac = f (mim + min ) (A.76) よって、そのエネルギ量は [ E ac = f (mim + min ) c pg (Tinf ty − T0 ) + L f ] (A.77) ここで、 c pg は氷の比熱、 L f は融解による潜熱を表す。 対流熱伝達 検査体積の外部境界から空力的に誘起される熱流の局所値は、対流冷却と表面摩擦による加熱に よって決定される。摩擦によって得られる熱量は 2 q f = hc S r V∞ 2c p , a (A.78) ここで r は回復係数と呼ばれ、次式で表される。 ⎛V r = 1 − ⎜⎜ ⎝ V∞ 2 ⎞ ⎟⎟ 1 − (Pr) n ⎠ [ ] (A.79) V は検査体積での流体速度、n は層流では n=1/2、乱流では n=1/3 であり、Pr はプラントル数で次 のように定義される。 Pr = μc p ,a κa (A.80) ここで、κは空気に熱伝導率である。対流による熱損失は以下のようになる。 q c = hc S (Tsur − T∞ ) (A.81) したがって、対流による熱流束は以下の式によって得られる。 - 67 - ⎡ V∞ 2 ⎤ − (Tsur − T∞ )⎥ qn = hc S ⎢r ⎢⎣ 2c p ,a ⎥⎦ (A.82) 熱伝達率 熱伝達率は、層流に対するものと乱流に対するものと 2 つの関係がある。まず層流の場合での熱 伝達率は以下のように与えられる。 1 − κ − 2.88 s 1.88 ⎤ 2 hc ,l = 0.296 α ⎡Ve V ds ∫0 e ⎥⎦ ν ⎢⎣ (A.83) 乱流に対する熱伝達率はスタントン数の定義から得られる。 hc ,t = StρVe c p ,a cf /2 St = Prt + (A.84) cf /2 St k ここで Prt は乱流プラントル数あり、空気の場合 0.9 に等しい。また、粗さスタントン数 Stk は ⎡u k ⎤ St k = 1.156 ⎢ τ s ⎥ ⎣ ν ⎦ −0.2 (A.85) ここで、壁面せん断速度 uτは uτ = μ ∂u ∂y (A.86) そして、壁面摩擦係数 cf は以下の式で与えられる。 ⎛u c f = 2⎜⎜ τ ⎝ Ve ⎞ ⎟⎟ ⎠ (A.87) 熱伝導 航空機が最初に雲に遭遇する時、湿った翼表面と翼の内部構造では温度が異なる。雲に入る前、 この内部構造は平衡温度である。伝導による熱流束の評価は、翼の内部構造の外形と熱伝達率に依 存している。熱せられていない表面で氷層が形成された後、表面温度は再び平衡温度に達する。氷 は絶縁体のため、表面を通る熱伝達は、空気/氷の界面では着氷の成長には影響しない。そのため、 本計算では熱伝達による項は無視している。 - 68 - 表面粗さの考慮 実際の着氷した氷の表面には粗さがあるのでランバックする水滴が引っ掛かることを考慮す る必要がある。このために粗さのモデルを半球体と考え、半球体が物体表面に密に付いているとし、 水滴がその隙間に引っ掛かるとする。その隙間の体積以上の水滴はこれまで通り、隣のセルにラン バックする。よって、粗さを考慮したランバック・アウトする質量は、 mou = (1 − f )(mim + min ) − mac − m st (A.88) となり、ここで m st は粗さの隙間に引っ掛かる水滴の質量である。本粗さモデルの場合において、 m st は以下のように表せる。 m st = (1.0 − A1)ρk s S (A.89) ここで、 A1 は粗さモデルの体積充填率であり、本モデルでは A1 = 0.5236 である。 まとめ 以上の各項の導出より、本計算で用いている着氷表面に対するエネルギバランスは以下のように なる。 2 ⎡ V ⎤ mim ⎢c pw (T∞ − Te ) + ∞ ⎥ + 2 ⎦ ⎣ min c pw, sur (i −1)Tsur ( i −1) − Te = mva [ [c ] pw , sur ] ][c (Tsur − Te ) + Lv + [(1 − f )(mim + min ) − mac [ T pw, sur ( i ) sur ( i ) ] ] − Te + f (mim + min ) c pi (Tsur − Te ) − L f + ⎡ V 2 ⎤ hc S ⎢r ∞ (Tsur − T∞ )⎥ ⎢⎣ 2c p ,a ⎥⎦ 上式を氷結率 f について解くと以下のようになる。 f = mim H im + min H in − mva H va + (mva − mim − min ) H ou + Q (mim + min )( H ac − H ou ) (A.90) ここで、H はそれぞれの状態におけるエンタルピを、Q は対流熱伝達による熱流速をあらわして いる。結局、熱力学計算はこの氷結率 f を求めるために行われる。 A.4.3 氷堆積計算 検査体積内での氷層の成長率は、熱力学計算から決められる。氷結率 f を使って、検査体積内に 堆積する氷の量は次式で求めることができる。 - 69 - mac = f (mim + min ) (A.91) 氷層の成長率は検査体積に変換され、次式のように与えられる。 dv = mac Δt (A.92) ρ ここでΔt は着氷計算における時間刻みを表す。新しい着氷面は、検査体積にこの氷体積を加え ることによって得られる。 ここで、堆積する氷の密度は Macklin によって開発された経験的な式を使って決定される。この 相関関係は低温度、低速度での霧氷着氷の条件から発達してきたもので、次式で表される。 ⎛−d V ρ i = 110⎜⎜ m d ⎝ 2Tsur ⎞ ⎟⎟ ⎠ 0.76 (A.93) ここで、 d m はミクロン単位での平均水滴直径、Vd (m/s)は水滴の衝突速度、Tsur(℃)は表面温度 を表す。この式は以下に示す条件 μmm sec ℃ ≤ − d mVd μnn ≤ 17 2Tsur sec ℃ (A.94) または Tsur<-5℃で有効となる。それらの条件が満たされないとき、氷の密度は 917 kg/m3 と想 定される。一般的に、この不等式は小さな水滴、低流速、低表面温度のとき満足される。 - 70 - Appendix B 氷付着力計測試験 軸流ファン試験に供試する防氷コーティングを選定するための氷付着力計測試験について、以 下にまとめる。 (1) 防氷コーティングの調査 エンジンからのエネルギを消費せず、また特別な装置を必要としない防氷技術として、 防氷コーティングの利用に着目した。コーティングであれば、エンジンのサイズに影響さ れず、またファン動翼といった回転体への適用も容易である。 防氷(雪)コーティングは以前より、主に寒冷地における静止物(橋梁、アンテナ、標 識等)を対象として開発されているが、近年では航空機の機体や翼、さらにはエンジンへ の適用を目的としたコーティングも開発されてきている。 そこで公開されている文献より、 いくつかのコーティングについて性能を調査した 7~9)。防氷コーティングの性能は氷付着 力、具体的には物体表面に付着した氷をはがすために必要なせん断応力で評価するのが一 般的である。 比較結果を図 B-1 に示す。 ただし、 ここでは文献により試験方法が異なる点、 および温度等の試験条件が異なる点を考慮し絶対値での評価は行わず、アルミを基準とし た相対評価とした。図中の縦軸の数値が大きいほど氷付着力が強い(氷の付着力が高い) ことを示している。調査したコーティングの開発元一覧を表 B-1 に示す。 図 B-1 より各コーティングにおいて金属素地よりも氷付着力が低減していることがわ かる。テフロンとの比較では必ずしもコーティングが優れているわけではなく、コーティ ングの種類によってはテフロンよりも氷付着力が高い場合もあった。今回調査した範囲で は、NuSil Technology 製の R-2180 および富士重工、NTT-AT 製の AIS が非常に低い 氷付着力を示していた。 - 71 - アルミを基準とした着氷力 1.2 1 0.8 0.6 0.4 0.2 AIS R-2180 51PC951 Wearlon BMS 10-60 テフロン SUS アルミ チタン 0 図 B-1 コーティングの性能比較 表 B-1 調査コーティング (参考文献 7~9) ) 名称 開発元 BMS 10-60 Boeing Wearlon Ecological Coatings 51PC951 21st Century Coatings R-2180 NuSil Technology AIS 富士重工、NTT-AT (2) 氷付着力計測試験 (1) 項でコーティングの性能を調査した結果、金属素地に対して有効な着氷低減効果が 期待できることがわかった。本項では平成 22 年度に実施する着氷モデル試験に適用する コーティングを選定することを目的に氷付着力計測試験を実施した。 (a) 試験方法 本研究では氷付着力を計測する試験として、回転試験を実施した 10)。試験概要を図 B-2 に示す。本試験では端部に氷を付着させた細い平板状の試験片をモータにより回転させ、 氷に作用する遠心力により氷を解放する。解放された氷は回転部を囲うケースに衝突する が、ケースに貼付した歪ゲージにより衝突時の振動を計測し、同期させたモータ回転数の 信号と歪ゲージの信号から解放時の回転数を得る。氷重量を M [kg]、回転中心から氷重心 までの距離を r [m]、氷開放時の角速度を ω [rad/s] とすると、遠心力 F [N] は、 F = Mrω 2 (B-1) で得られる。さらに氷接触面積 A [m2] を用いることで着氷せん断応力 Τ [Pa] を算出す - 72 - る。 氷 試験片 r 氷重量: M F 氷接触面積: A ω 歪ゲージ 図 B-2 試験概要図 - 73 - (b) 試験片製作 試験片はアルミ(A6061) 、チタン(Ti6-4) 、SUS(SUS304)の3種類の素材で製作し た。また SUS については表面粗さの影響を把握するために、氷を付着させる端部の表面粗 さを Ra 0.4、Ra 0.8、Ra 3.2 と変更し製作した。なお、試験片は各3枚ずつ製作している。 図 B-3 に試験片の寸法を、表 B-2 に試験片一覧を示す。また、実際に製作した試験片を 図 B-4 に示す。 粗さ適用範囲 50 以上 (両面、両側) 170±0.25 φ16.0 H7 15.9±0.25 W = 31.8 L = 340.0 平面度 0.3 穴の垂直度 データムAに対しφ0.1 T = 6.4 データムA 図 B-3 試験片寸法 表 B-2 製作試験片一覧 表面粗さ 部品識別番号 材質 A01R08 アルミ(A6061) 0.8 T01R08 チタン(Ti6-4) 0.8 S01R08 SUS (SUS304) 0.8 S01R04 SUS (SUS304) 0.4 S01R32 SUS (SUS304) 3.2 - 74 - Ra (μm) m 340 m (a) A01R08(アルミ、Ra0.8) m 340 m (b) T01R08(チタン、Ra0.8) m 0 4 3 m (c) S01R08(SUS、Ra0.8) 図 B-4 製作した試験片 (c) 供試コーティング 試験に供試するコーティングは一般に入手可能なものに加え、北見工業大学で開発され た撥水溶射を選定した。表 B-3 に供試コーティングの一覧を、図 B-5 に施工後の試験片 を示す。撥水溶射を除いては各3枚準備した。 氷付着力は表面エネルギと相関があり、固体の表面エネルギが低いと氷付着力もまた小 さいと言われている 11)。つまり、撥水性が高いほど氷付着力は小さいと言い換えることが - 75 - できる。そこで一般的なフッ素系撥水塗料である塗料Dにも氷付着力低減効果があるか確 認するため試験に供試することとした。実際、防氷コーティングとして開発されている塗 料A、BおよびCは全て、水滴の接触角が 150°以上となる超撥水性を持ち合わせている。 撥水溶射も一般的な撥水性の域を出ないが、高硬度であり耐久性が期待できることから供 試することとした。 なお、コーティングは試験片 S01R08(SUS、Ra0.8)に対し施工しているが塗装面には 適宜表面処理を施している。 表 B-3 供試コーティング一覧 塗料 塗料A 塗料B 塗料C 塗料D 撥水溶射1 撥水溶射2 性質 (接触角) 特徴 超撥水 航空機胴体、主翼への適用を目的 (約150°) に開発 超撥水 寒冷地における静止物等への適 (約150°) 用を目的に開発 超撥水 (約150°) 撥水 (約110°) 塗料Bに防汚性を付加 一般的なフッ素系撥水塗料 撥水 コーティングに比べ高硬度 (約140°) 表面粗さ:Ra17.8 撥水 撥水溶射1を研磨処理した (約130°) 表面粗さ:Ra4.6 - 76 - 31.8 mm 31.8 mm (b) 塗料A 31.8 mm 31.8 mm (a) 施工前 (d) 塗料C 31.8 mm 31.8 mm (c) 塗料B (f) 撥水溶射1 31.8 mm (e) 塗料D (g) 撥水溶射2 図 B-5 コーティング施工後の試験片 - 77 - (d) 氷生成 氷の生成についての手順を以下に示す。なお、氷生成にはヤクハン製薬製の精製水を使 用した(図 B-6) 。また、いずれの手順も氷点以下に設定した恒温室内にて行った。 ① 試験片端部に銅製リング(内径 29.75 mm)を設置し、計量した精製水を注入する (図 B-7) 。 ② 2時間放置し氷を生成する。 ③ 銅製リング周囲に計装したエナメル線に電流を流し、短時間加熱し氷から外す(図 B-8) 。 生成した氷の様子を図 B-9 に示す。 図 B-6 氷生成に使用した精製水 m 29.75 m 図 B-7 銅製リングへの精製水注入の様子 - 78 - 図 B-8 銅製リングの取外し 図 B-9 生成された氷 - 79 - (e) 試験装置 試験装置の概要を図 B-10 に示す。 モータはオリエンタルモーター製 NX975AS(出力:750 W、最高回転数:5500 rpm) を使用した。外観を図 B-11 に、仕様を表 B-4 に示す。また、恒温室は北海道工業大学所 有の恒温室を用いた(図 B-12) 。 氷付着力計測試験装置の組立図を図 B-13 に、部品表を表 B-5 に示す。試験片はシャフ ト先端にボルトで固定され、試験毎の試験片交換が容易な構造となっている。また、本試 験装置は回転機械であるため、 装置の健全性を軸振動解析により確認している (図 B-14) 。 実際に製作した試験装置を図 B-15 に示す。 恒温室 歪信号 歪ゲージ 試験片 氷 回転数信号 計測ツール 制御信号 制御ツール ドライバ モータ 図 B-10 氷付着力計測試験装置概要 モータ ドライバ 図 B-11 モータおよびドライバ - 80 - 表 B-4 モータ仕様 製造 オリエンタルモーター 型式 NX975MS-3 定格出力 750 W 回転数設定範囲 0 ~ 5500 rpm 定格トルク 2.39 N・m 許容慣性モーメント 98.4×10-4 kg・m2 図 B-12 恒温室外観 - 81 - 3.6 390 25 φ382.8 ⑯ ⑳ φ390 24 ⑮ 340 ⑲ ⑧ ② ③ ① ④ ⑨ 21 20 22 55 ⑤ 70 ⑩ ⑱ 77 96 23 ⑥ 356 ⑭ 386 111 ⑦ ⑪ 13 164.7 135 175 ⑫ 10.3 ⑰ 35 400 (a) 正面図 (b) 側面図 図 B-13 氷付着力計測試験装置組立図 - 82 - 表 B-5 氷付着力計測試験装置部品表 部番 品名【型番】 員数 1 回転軸【SFRES35-117-F70-P25-T23-S18-Q16-SC102】 1 2 ベアリングホルダセット止め輪付タイプ【BGRAB6007ZZ】 1 3 6角ボルト(10-35) 8 4 ベアリングホルダセット止め輪付タイプ【BGRAB6005ZZ】 1 5 カップリング両側クランピングタイプ【CPSWC65-25-16】 1 6 ACサーボモータ(出力 750 W)【NX975MS-3】 1 7 6角ボルト(M6-40)、ナット(M6) 4 8 天板アルミフリープレート【L-PNLNM-400-385-15】 1 9 中板上アルミフリープレート【L-PNLNM-370-385-15】 1 10 中板下アルミフリープレート【L-PNLNM-370-385-15】 1 11 底板アルミフリープレート【L-PNLNM-400-385-15】 1 12 側面板アルミフリープレート【L-PNLNM-385-356-15】 2 13 背面板アルミフリープレート【L-PNLNM-400-386-15】 1 14 6角ボルト(M10-30),ナット(M10) 52 15 ブロックアルミフリープレート【PNLNN-90-25-30】 4 16 6角ボルト(M10-60),ナット(M10) 8 17 防振パッド【FBF40-10-30】 4 18 アルミニウムアングル 8 19 試験片 29 20 ナット(M16) 1 21 6角穴付ボルト(M6-25) 18 22 ワッシャ(30-10-2) 124 23 ワッシャ(15-6-2) 8 24 ワッシャ(30-16-2) 1 25 アカオアルミ DON寸胴鍋 39 cm 1 - 83 - 試験片 BRG#1: 1.0E4~1.0E+6[kg/cm] ロータ BRG#2: 1.0E4~1.0E+6[kg/cm] モータ支持剛性: 1.0E+5[kg/cm] ケース 土台拘束: 1.0E3~1.0E5[kg/cm] (a) 振動解析モデル BRG動定格荷重 (b) 振動解析結果例 図 B-14 軸振動解析例 - 84 - モータモジュール 390 mm 試験片 386 mm 氷 モータ (a) 試験装置外観 (b) 試験片組付けの様子 図 B-15 氷付着力計測試験装置 (f) 試験結果 (i) 予備試験 コーティングの効果確認の前に試験装置の作動確認も兼ねて、氷付着力の温度依存性 および加速度依存性を確認した。試験片は A01R08(アルミ、Ra0.8)を使用している。 加速度依存性確認試験の結果を図 B-16 に示す。条件は、氷重量8g、気温 -10℃とし、 加速度を 100、130、200 rpm/s と変更した。また、図の縦軸は加速度 100 rpm/s を基準 としている。なお、試験はばらつきを考慮し複数回実施した。図 B-16 を見ると、結果 に大きな差はなく、加速度による依存性はないと言える。 続いて、温度依存性確認試験の結果を図 B-17 に示す。条件は、氷重量8g、加速度 100 rpm/s とし、気温を -15、-10、-5℃と変更した。図 B-16 と同様に気温-10℃の結果を 基準としている。図 B-17 に示すように気温が高い場合に氷付着力も増加する傾向が得 られた。 - 85 - 100 rpm/s を基準とした着氷せん断応力 2.0 1.5 1.0 0.5 0.0 100 rpm/s 130 rpm/s 200 rpm/s 図 B-16 加速度依存性確認(アルミ、Ra0.8) -10℃ を基準とした着氷せん断応力 2.0 1.5 1.0 0.5 0.0 -15℃ -10℃ 図 B-17 温度依存性確認(アルミ、Ra0.8) - 86 - -5℃ (ii) 氷付着力比較 試験結果を図 B-18 に示す。図の縦軸はアルミを基準とした氷付着力を示している。 試験条件は気温 -10℃、加速度 100 rpm/s、氷重量8g としている。ただし、撥水溶射 は、氷8g では最高回転数に到達しても氷が解放されなかったため、氷を 10 g とし最 高回転数以下で解放されるよう調整した。また、ばらつきを考慮し、各試験片において 試験を複数回実施している。 コーティングの効果については、撥水溶射を除いては全てのコーティングで金属素地 より氷付着力が低減していることがわかる。本試験では塗料Bが最も氷付着力が低い結 果となった。塗料Dは、氷付着力低減効果は確認できたものの、塗料A、BおよびCと 比較するとそれほど効果は高くない。これは撥水性の違いが氷付着力の差に現れたと考 えられる。 金属同士の比較に目を向けると、本試験では図 B-1 のような材質による影響や、Ra 0.4 ~ Ra 3.2 の範囲での表面粗さの影響は、ばらつきを考慮すると、ほぼ関係がない と言える。文献との傾向の違いについては検討の余地があるが、金属素地に対しコーテ ィングの効果は明確に現れているので、本試験の目的を達成しているという点では問題 ない。 撥水溶射1の氷付着力が金属素地より高いという結果は、表面粗さが金属素地に比べ 非常に粗いことが要因と思われる。実際、研磨により表面粗さを Ra 17.8 から Ra 4.6 と変更した撥水溶射2では撥水性が低下するものの、氷付着力が低減している。 1.8 1.6 1.4 1.2 1.0 0.8 0.6 0.4 0.2 図 B-18 氷付着力の比較 - 87 - 撥水溶射2 Ra4.6 撥水溶射1 Ra17.8 塗料D 塗料C 塗料B 塗料A SUS Ra3.2 SUS Ra0.8 SUS Ra0.4 チタン Ra0.8 0.0 アルミ Ra0.8 アルミを基準とした着氷せん断応力 2.0 (iii) コーティングの耐久性 氷付着力低減効果が最も高かった 塗料Bであるが、 同一塗装面に対し試験を3回実施 した後にコーティングを確認したところ、一部の試験片で塗膜の剥離が確認された。同 様の剥離は塗料Cにも見られたが、その他のコーティングでは確認されなかった。図 B-19 に剥離のあった代表的な塗装面を示す。今回、剥離のなかったコーティングについ 31.8 mm 31.8 mm ても、エンジンへの適用を考える場合は耐久性を詳細に評価する必要がある。 (a) 塗料B (b) 塗料C 図 B-19 剥離したコーティングの様子 以上の結果より、平成 22 年度に実施する着氷モデル試験に適用するコーティングは、高い氷 付着力低減効果を持ち、塗膜の剥離や損傷のなかった塗料Aが最適と言える。また、塗料 B も 塗膜の剥離が認められたものの、氷付着力低減効果が最も高かったという点で、今後耐久性の 改善がなされれば、有効なコーティングとなる可能性がある。 - 88 - Appendix C 着氷スケーリングパラメータ検討結果 エンジン実機での着氷試験は費用が莫大となるため、スケールダウンや低速回転のファン で試験を実施したいが、サイズ等を変更して実施するためには、あわせるべき指標を決める 必要がある。そこで、着氷現象を数式化して特徴付けるパラメータ(着氷スケーリングパラ メータ)の調査検討を実施した。 (1) 着氷スケーリングパラメータ 航空機における着氷現象の研究は以前から行われており、中でも NASA による着氷風 洞(IRT : Icing Research Tunnel)を使用した研究が知られている。NASA の研究成果として、 着氷現象における相似パラメータが示されており 3)、本研究においてもこのパラメータに 準拠したパラメータを着氷スケーリングパラメータとして使用する。以下で基本的な考え 方および定義を述べる。 (a) Ac ; the accumulation parameter このパラメータは翼の前縁に衝突する向きで進入してくる水滴の量を考慮しており、全 ての水滴が前縁に衝突、凍結したと仮定した場合の氷厚みの前縁厚みに対する比を意味し ている。 Ac = LWC ⋅ Vτ ρi d (C-1) ここで LWC ; Liquid Water Content:空気中の水滴含有量 [kg/m3] V :主流空気速度 [m/s] τ :着氷時間 [s] ρ i :氷の密度 [kg/m3] d :翼の前縁厚み [m] である。 (b) β 0 ; the collection efficiency これは、水滴の軌道を考慮しており、翼前縁に対し進入してきた水滴が衝突する割合を 意味している。 - 89 - 1⎞ ⎛ 1.40⎜ K 0 − ⎟ 8⎠ ⎝ β0 = 0.84 1⎞ ⎛ 1 + 1.40⎜ K 0 − ⎟ 8⎠ ⎝ (C-2) 0.84 (C-2)式の導出について詳細は割愛するが、概略としては以下の通りである。 まず、流れのなかの1つの水滴に対する無次元相対運動方程式を考える。 d 2 X C D Rerel ⎛ dX ⎞ = ⎟ ⎜u − 2 24 K ⎝ dΘ ⎠ dΘ (C-3) ここで、 X :無次元水滴位置 Θ :無次元時間 C D :抵抗係数 u :無次元空気速度 である。また、 Rerel は水滴と空気の相対速度を用いたレイノルズ数であり Rerel = MVDρ a u − dX dΘ (C-4) μa と示される。(2.3-4)において MVD ; Median Volume Diameter:代表水滴径(体積メジアン径) [m] ρ a :空気密度 [kg/m2] μ a :空気の粘性係数 [Pa s] である。さらに、(C-3)式中の K は Langmuir and Blodgett4)によって定義されたパラメータ であり、次式によって示される。 K= ρ w MVD 2V 18dμ a (C-5) ρ w :水の密度 [kg/m3] 式(C-3)つまり水滴の軌道に関しては、 Rerel および K を一致させれば相似が成立つが、 実際にこの2つのパラメータを同時に一致させることは困難である。そこで次のパラメー タが考案された。 K0 = λ ⎛ 1 1⎞ + ⎜K − ⎟ 8 λ Stokes ⎝ 8⎠ (C-6) λ λ Stokes は水滴が空気中をある初速を持って進むときの、実際の抵抗を受けた場合、およ びストークスの抵抗法則による抵抗をうけた場合の距離の比となっている。 - 90 - λ λStokes = 1 ReMVD ∫ ReMVD 0 dRerel C D Rerel 24 (C-7) ReMVD は水滴のレイノルズ数であり、次式で与えられる。 ReMVD = MVDρ aV (C-8) μa この K 0 を用いることで、水滴の軌道に関する相似パラメータは1つに集約される。 なお、λ λ Stokes は Langmuir and Blodgett の研究により ReMVD のみの関数として次のよう に近似されており、本研究でもこの式を用いている。 λ 1 = λStokes 0.8388 + 0.001483ReMVD + 0.1847 ReMVD (C-9) 最終的に β 0 は K 0 の関数として表され、式(C-2)となる。 図 C-1 に(C-2)と、NASA が開発した着氷シミュレーションコードである LEWICE5)に よる予測値の比較を示す。 図 C-1 NACA0012 を題材とした β 0 の LEWICE による予測結果 (備考:文献 3)より抜粋) - 91 - (c) n0 ; the freezing fraction n0 は形成される氷が雨氷である場合に、壁面に衝突する水滴が氷結する割合を示す。 n 0 = 0 のとき、水滴は全く凍らず、 n0 = 1 のときは衝突する全ての水滴が凍る。 n0 が1を 超える場合は、霧氷と呼ばれる氷が形成され、 n0 自体は意味を持たない。 ⎛ c p , ws n0 = ⎜ ⎜ Λf ⎝ ⎞⎛ ⎟⎜ φ + θ ⎞⎟ ⎟⎝ b⎠ ⎠ (C-10) やはり詳細は文献に譲るが、導出の概略は以下のようになる。 物体上の雨氷表面における検査体積に対して熱力学的平衡を考えると、いくつかの項を 無視したうえで次式が成立つ。 qc + qe + q w = q f + qk (C-11) ここで、 q c :境界層を通した対流によって表面から奪われる熱量 q e :水の蒸発によって表面から奪われる熱量 q w :衝突した水滴の温度を氷点まで上昇させるために表面から奪われる熱量 q f :氷の融解によって表面が得る熱量 q k :衝突する水滴の運動エネルギから表面が得る熱量 である。 (C-11)式は次のように書き換えられる。 ⎛ V2 hc ⎜ Ts − Tst − ⎜ 2c p ,a ⎝ ⎛ p ww ptot − ⎜ ⎞ Ttot ⎟ + hG ⎜ Tst ⎜ 1 ptot ⎟ ⎠ − ⎜ ⎝ 0.622 Ttot = LWC ⋅ Vβ 0 n0 Λ f + LWC ⋅ Vβ 0 pw p st p ww Tst ⎞ ⎟ ⎟ Λ + LWC ⋅ Vβ c 0 p , ws T f − Tst ⎟ v ⎟ ⎠ V2 2 ここで、 Tst :静温 [K] Ttot :全温 [K] Ts :表面温度 [K] T f :氷点 [K] (=273.15 K) p st :静圧 [Pa] p tot :全圧 [Pa] - 92 - ( ) (C-12) p ww :氷表面上の(飽和)蒸気圧 [Pa] p w :大気中の蒸気圧 [Pa] c p ,a :空気の定圧比熱 [J/(kg・K)] c p , ws :氷表面上の水の比熱 [J/(kg・K)] hc :対流熱伝達率 [W/(m2K)] hG :気体の質量伝達係数 [kg/(m2s)] Λv :水の気化熱 [J/kg] Λ f :水の凝固熱 [J/kg] である。次に式の簡略化のために以下の3つのパラメータを定義する。 b= LWC ⋅ Vβ 0 c p , ws (C-13) hc φ = T f − Tst − V2 2c p , ws ⎛ V2 θ = ⎜ Ts − Tst − ⎜ 2c p , a ⎝ (C-14) ⎛ p ww ptot − ⎞ hG ⎜⎜ Tst Ttot ⎟+ ⎟ hc ⎜ 1 ptot ⎠ − ⎜ ⎝ 0.622 Ttot pw p st p ww Tst ⎞ ⎟ ⎟Λ ⎟ v ⎟ ⎠ (C-15) (C-13)、(C-14)および(C-15)を(C-12)に代入し、n0 について整理すると(C-10)が得られる。 (d) We L ; the Weber number 着氷する氷が雨氷である場合、水滴は物体表面ではすぐには凍らず、下流に流された後 に凍結する。We L はこの氷の形状を特徴づけるパラメータであり、流れの速度、前縁厚み、 密度および表面張力の関数となっている。 We L = V 2 dρ w (C-16) σw a ここで、 σ w a :空気に対する水の表面張力 [N/m] である。 (2) ターボ機械への適用 C(1) 項で示した着氷スケーリングパラメータは固定翼である航空機主翼に対する研究 調査結果より導き出されたものである。航空用ターボファンエンジンはターボ機械、つま りファン動翼は回転翼であるので、着氷スケーリングパラメータを適用する際には相対量 - 93 - を考える必要がある。 固定翼に対し、主流空気速度 V と垂直方向に速度 U で動いている翼を考える(図 C-2)。 この動翼における相対空気速度 Vrel は、 Vrel = V 2 + U 2 (C-17) である。次に相対マッハ数 M rel を求める必要があるが、これは次式より得られる。 M rel = Vrel (C-18) κRTst ここで、 κ :比熱比 (= 1.4) R :気体定数 [J/(kg・K)] (= 287.04 J/(kg・K)) である。 この相対マッハ数を用い、相対全温 Ttot _ rel および相対全圧 p tot _ rel を算出する。 ⎞ ⎛ κ −1 Ttot _ rel = ⎜1 + M rel ⎟Tst 2 ⎠ ⎝ ⎛ κ −1 ⎞ p tot _ rel = ⎜1 + M rel 2 ⎟ 2 ⎝ ⎠ (C-19) κ (κ −1) (C-20) p st 航空用エンジンにおいて、最前部に位置するファン動翼については、エンジン入口条件 と以上の相対量を用いて着氷スケーリングパラメータを算出することが可能である。しか しながら、ファン動翼の下流に位置するファン静翼等について着氷スケーリングパラメー タを算出する場合は、動翼による温度上昇等が含まれてくるので入口条件のみならず、そ のときのエンジン作動状態における各翼列の流れ場が明確になっている必要がある。 pst , Tst , ptot , Ttot U V 図 C-2 動翼のモデル - 94 - (3) エンジン試験での着氷スケーリングパラメータ計算例 本項では実際のエンジン試験のデータを用い、着氷スケーリングパラメータを算出した のでその結果を記す。計算は機種A、Bの2機種に対して実施し、対象部位はファン動翼 前縁の、着氷が発生しやすい翼根側としている。試験条件を表 C-1 に、結果を図 C-3 に 示す。図 C-3 に示す通り、着氷有無に関しては少なくとも n0 が支配的であり、 n0 が高い ほど着氷しやすいことがわかる。 本研究の着氷試験では図 C-4 に示すとおり、これらのスケーリングパラメータをエンジ ンとあわせて試験する。 表 C-1 エンジン試験条件 着氷有無 ファン回転数 気温 LWC 3 MVD 着氷時間 (%) (℃) (g/m ) (μm) (sec) 着氷あり 50 -11 1.0 20 300 着氷なし 50 -3 2.0 20 300 着氷あり 50 -20 1.0 18 600 着氷なし 50 -5 2.0 22 600 機種A 機種B - 95 - 大 着氷あり 着氷なし 着氷あり 着氷なし Ac β0 大 小 小 機種A 機種B 機種A (a) Ac (b) β0 大 着氷あり 着氷なし 着氷あり 着氷なし n0 WeL 大 機種B 小 小 機種A 機種A 機種B (c) n0 (d) WeL 図 C-3 エンジン試験における着氷スケーリングパラメータ - 96 - 機種B ④氷の積層形状は?Wel 空気の流れ 過冷却液滴の動き 過冷却液滴 ③ぶつかった液滴が凍るか?n0 n0 = C p , ws ⎛ θ⎞ ⎜φ + ⎟ Λf ⎝ b⎠ 着氷基礎試験では、以下のパラメータ を合わせて試験を行うこととした。 実エンジン β0:0.95~0.98 0.94~0.99 n0:0~1 0~1 ②液滴が流れにまけず翼に 衝突するか?β0 ①翼前縁に衝突しそうな液滴の総量は?Ac 図 C-4 着氷スケーリングパラメータ - 97 - 着氷基礎試験 Appendix D コーティング塗布性確認試験 D.1 目的 航空エンジンへの防氷コーティング適用における課題の1つにコーティングの耐久性が挙 げられる。本試験では金属平板に塗布した防氷コーティングに対し、クロスカット法による塗 布性確認試験を実施し、コーティングの密着性、耐久性を評価することを目的とする。 D.2 試験片および供試コーティング 図 D-1 に試験片寸法を示す。供試体は素材3種(アルミ(A6061):、チタン(Ti6-4):SU S(SUS304) 、に対し、塗料Aを塗装した。 D.3 試験方法 クロスカット法とは、塗膜に碁盤目状に切れ込みを入れ、粘着テープを表面に密着させた後 にはがす試験方法である。切れ込みは2mm 間隔とし、テープは JIS 規格に適合する約 10N の付着強さを持つものを使用した。なお、試験は試験片の B 側の面に対して実施している。 D.4 試験結果 結果を図 D-2 に示す。テープを剥がし取った際の塗膜の剥離は確認できなかった。なお、 写真で塗膜が剥離しているように見えるのは、切り込みを入れた際に溝部で剥がれたものであ る。 D.5 結論 塗料Aに対してクロスカット法による材料との密着性及び耐久性を確認し、 塗料Aが密着性、 耐久性で良好な結果であることを確認した。 - 98 - 図 D-1 試験片寸法 (a)アルミ (b)チタン 図 D-2 塗料 A のクロスカット法による試験結果 - 99 - (c)SUS