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Page 1 京都大学 京都大学学術情報リポジトリ 紅
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「バイオマス・ニッポン」とキノコの遺伝子工学
本田, 与一
木材研究・資料 (2003), 39: 23-37
2003-12-20
http://hdl.handle.net/2433/51371
Right
Type
Textversion
Departmental Bulletin Paper
publisher
Kyoto University
総
説 (
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「
バイオマス ・ニ ッポン」 とキノコの遺伝子工学*
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(
平成 1
5年 8月31日受理)
1.は じめに
平成 1
4年 1
2月末、 「
バイオマス ・ニ ッポン総合戦略」が閣議決定 された1)。 この戦略の 目指す ものは、
バイオマス資源 をエネル ギーや製 品 として総合的に、また最大限利活用す ることによって、持続的に発
展可能な社会 「
バイオマス ・ニ ッポン」 をできる限 り早期 に実現す ることである。再生可能 なバイオマ
ス資源 を循環型の新 しい社会の基盤 として活用 してい くとい う戦略は、既 に米国では1
999年、時のク リ
ン トン政権 によ り発表 された 「
バイオ製 品およびバイオエネル ギーの開発 ・普及 に関す る大統領令」 に
基づ き、国家戦略 として技術開発 ・実用化が進 め られてい る。また、EUにおいても201
0年までに全体 に
8.
5%) にまで高めることを決 め、炭素税 の導入やバイオマ
占めるバイオマスエネル ギーの割合 を 3倍 (
ス利活用-の補助制度等 によ り、化石資源か らの代替政策 を進 めてい る。 「
バイオマス ・ニ ッポン総合
戦略」の閣議決定は、我が国においても、バイオマスの利用 に根 ざした持続可能 な社会の構築 を 目指す
ことを、国家 ビジ ョンとして明確 に掲 げた事 を示す ものである (
図 1)0
図1 「
バイオマス ・ニ ッポン総合戦略」で提案 されたバイオマスの利用法
(
バイオマス ・ニ ッポン参考資料 1)よ り抜粋)
平成 1
5年5月 1
6日) において講演 した。
*第 58回木研公開講演会 (
**木質バイオマス研究部門 バイオマス変換分野
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木材研究 ・資料
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図 2 バイオマスの活用 の具体例 (
バイオマス ・ニ ッポ ン参考資料 1)よ り抜粋)
そ もそもバイオマス とは、生物資源 (
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) を表す概念 で、 ここでは 「
再生可能 な、生物
由来 の有機性資源 で化石 資源 をのぞいた もの」 と定義 され てい る。地球 に降 り注 ぐ太 陽エネル ギー を
使 って、生物 の光合成 によって、水 と二酸化炭素 (
cO2
) か ら生成 したバイオマス は、私 たちの ライ フ
サイ クル の中で、一
生命 と太陽エネル ギーがある限 り持続 的 に再生可能 な資源 である。 これ に対 して、石
油 に代表 され る化石資源 は、元 々は太古の生命 が蓄積 した有機物 に由来す ると考 え られ てい るが、私 た
ちの ライ フサイ クル の中で再生す ることは不可能 であ り、いずれ は枯渇が予想 され る有限の資源 である。
さらに、昨今の地球温暖化 問題 を巡 っても、京都議定書 による温室効果 ガス排 出削減 の具体 的 目標値 が
設定 され る中で、循環使用 によ り大気 中の二酸化炭素 を増や さない とい う 「
カーボ ンニ ュー トラル」 の
図 2)。「
バイオマス ・ニ ッポ ン総合戦 略」
特性 か らもバイオマスの積極 的な利用拡大が望 まれてい る2) (
の中では、またバイオマス を有効 に利活用す るための新 たな戦略的産業 の育成や、主 な生産 ・利用 に関
与す ることとなる農 山漁村 の活性化 にも資す ることが盲
匝われ てい る0
この よ うに、様 々な観点 か ら利用拡大が望 まれ るバイオマス資源 であるが、実際の利用 にあたっては
未解決 の技術的課題 を克服 し、実用化 を進 めてい くことが急務 となってい る。た とえば、 自動車用 ガ ソ
0
0
8
年 か らバイオエ タ ノール 1
0%混合 (
El°)-の切 り替 えを導入 してい く方針 が
リンは環境省 によ り2
発表 されてい るが、 この際使用 され るエ タノール としては当面デ ンプンか ら発酵生産 され るエ タ ノール
を海外 か ら輸入す ること等 で大半 を賄 うとされ てい る。 しか しなが ら、量的 にも大部分 を占め、将来 の
食糧 問題 との競合 も少 ない ことか らバイオマス資源 の本命 である とされ る木質系バイオマスの効果 的な
変換利用技術 は、未 だ確立 されていない。木質バイオマスは、従来 はパル プ等 の比較 的限 られ た用途 で
用 い られてきたが、その成分の変換利用 を行 うことでエ タノール に限 らず、 プラスチ ックに代表 され る
化成 品や飼料、機能性食 品 として利用す る ことが可能 である。 こ うした点 か ら、 「
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本 田 :「
バイオマス 。ニ ッポン」 とキノコの遺伝子工学
ン」 を実現す るためには、木質バイオマスを効率 よく、またェ コフレン ドリーな方法 によって様 々な有
用物質 に変換利用 してい くための学問領域の発展が必要である3-8)0
2.バイオマス資源 と しての木材の利用
光合成 によって生産 され る植物バイオマスは、毎年新 たに2000億 トン生産 され、 これ は全世界の年間
ェネル ギー総消費量の1
0倍 にあたるといわれ る7)。 この うち樹木が固定す る木質バイオマスは、全体 の
90-95% に上 ることが知 られている。従 って、一次資源 として利用す ることを考 えた とき、潜在量 とし
ての木質バイオマスは十分量存在す ることが予想 され る。一方で、木質バイオマスの持続的 ・効果的な
利用 にあたっては、森林 の持つ多面的な機能 を活か し、天然林 に代表 され る自然環境 の保護 に注意 を払
いつつ利用 を行 うことは重要である。また材料 として、多段階かつ ロングライフ的に用いるためのシス
テムを開発す ることも必要である。 このよ うな木材 の生産 ・保全 とカスケー ド型の利用 を両立 させ た う
えで、その循環利用サイ クル を有効 に完結 させ るため、最終段階 として変換利用 を行 うことも考 えられ
る。
一方、 「
バイオマス ・ニ ッポ ン総合戦略」の中で試算 され る国内で供給 され る利用可能 なバイオマス
の量 は、廃棄物系バイオマス、未利用バイオマス、将来栽培 され ることが予想 され る資源作物 を併せて
炭素量 として年間約3300万 トンである(
図 3)。 これ は国内で生産 され るプラスチ ックに含まれ る全炭素
3倍 にあたる。 ところが、 これ をエネル ギー として利用す る場合、原油 に換算す ると3500万kl
に過
量の3.
ぎない。現在 国内で使用 され るエネル ギーの総量 は、原油 に換算 して約 6億kl
程度であるので、国内で
調達可能 なバイオマスはその全てをエネル ギー として変換 した として、全体 の 6%に満 たないのである。
しか しなが ら、地球温暖化問題の解決 にあたっては、エネル ギー としてのバイオマスの利用 は極 めて重
要な意味を持つ。
我が国のバイ
オマス賦存量
国内で生産さ
れるプラ
スチッ
クに含まれる
全炭素量の
約3.
3
倍
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幕蛮表毎
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具体 的 目標(
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年 目途)》
◎技術 的観 点
エネルギー変換効率向上、
製造製品のコ対、目標等
◎地域 的観 点
バイオマスを一定割合以上
利活用する市町村を 500程度構築
◎全国的観 点
・廃棄物系バイオマス :
炭素量換算で 80% 以上利活用
・未利用バイオマス :
炭素量換算で 25% 以上利活用
図3
「
バイオマス ・ニ ッポン」の展開方向 (
バイオマス ・ニ ッポン参考資料 1)よ り抜粋)
-
2
5
-
木材研究 ・資料
第39号 (
2003)
京都議定書 を履行す るためには我が国は、2008年か ら201
2年 までの間に1
996年比で 6% の削減 を行わ
なけれ ばな らない。エネル ギー使用 の節約や合理化 といった対策のみではこの 目標 を達成す ることは不
可能 である。そこで、カーボンニ ュー トラル なバイオマスエネル ギーが期待 され る所以である。政府 が
掲 げた 「
地球温暖化対策推進大綱」 によると、京都議定書 を履行す るために201
0年度 までに運輸部門で
排 出炭素量900万 トンを削減す るとい う目標 は、ガ ソ リンの 3割 をバイオエタノール 1
0%混合 (
El
°) 切 り替 えることで達成 が可能である。 さらに、全面的に切 り替 えが完 了す ることによ り、全体で3000万
トンの二酸化炭素削減 になる。国全体 としての削減 目標 は 1億8
00万 トンであるので、その約 3割近 くが
達成 され ることになるのである2)0
3.木質バイオマスの生物変換
ところで木質バイオマスを化学物質 として捉 え、バイオェタノールや種 々の化成 品原料 として利用 し
て行 くには、木材 の構成成分 を変換す るプ ロセスが必要である (
図 4)。一般 に木材 は、その大部分が
セル ロース、- ミセル ロースに代表 され る多糖類 と、 リグニ ンと呼ばれ る難分解性 の高分子芳香族 ポ リ
マー によ り構成 されてい る。 この中で化学物質 として変換利用す る際 に問題 になるのが、 リグニ ンの存
在 である。 リグニ ンはフェニル プロパ ノイ ド単位 が複雑 に重合 した構造 を持 ち、樹木が生育す る際や材
料 として木材 を利用す る際に、微生物か らの攻撃 による劣化か ら、木材 を守 る働 きをしているため 「
天
然 の防腐剤」 とも呼ばれてい る。 しか し、木材 をバイオマス資源 として変換利用す る際には、複雑 で多
様 な構造 を含む リグニンが、単純 なプ ロセスによる処理 を難 しい ものにしてい るのである。現在、 リグ
ニ ンの除去 ・分解 のための様 々な方法が研究 されてお り、それ らの中には、物理的処理、化学的処理 な
ど多様 なアプローチが存在 してい る4
)
。著者 らが属す る研究 グルー プでは、 白色腐朽菌 と呼ばれ るキノ
図 4 木質バイオマスの変換 によって作 られ る物質循環
1
26-
本 田 :「
バイオマス ・ニ ッポン」 とキノコの遺伝子工学
コを利用 した生物的変換 によるプロセスの開発 を行 っている。生物的な変換 プロセスは、一般 に常温常
圧下で進行す るため、環境 に対す る負荷が小 さく省エネル ギー的である。
構造の複雑 さか ら生物 による分解が困難 な リグニ ンであるが、 白色腐朽菌の仲間は進化の過程 で木材
細胞壁 中の高分子 リグニンを分解す るユニー クなシステムを発達 させてきたO 白色腐朽菌 は、一般 に菌
体外 に分泌す るラッカーゼやペルオキシダーゼ等の酸化酵素 によって開始 され る連鎖的 ラジカル反応 に
よって、高分子 リグニ ンの低分子化 を促 し、 これ によって生成す る多様 な芳香族有機化合物 を分解 ・資
化す る 「リグニン分解系」を持つ とされている9
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)
。 この リグニ ン分解系 を用いることで、木質バイオマ
スの変換 における前処理 を行い、多糖類成分の発酵ステ ップの変換効率 を高めよ うとい うのが、バイオ
マスの生物変換である。 しかしなが ら、 白色腐朽菌 による前処理 は一般 に長時間を要 し、また リグニン
と同時にセル ロースな ども分解 を受 けることが実用化 に向けてのネ ックとなってい る。そのため、セル
ロースの分解 を伴 うことな くリグニ ンのみを効率的に分解す ることができる 「
選択的 リグニ ン分解菌」
としてスク リーニ ングされた白色腐朽菌 (
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ことや、それ らの巧みな リグニン分解 システムを化学的に模倣 した り、遺伝子工学 によって強化す る方
法 によ り、効率がよく実用 に耐 え うるステ ップの開発 が進 め られている。本稿では、 これ らの試みの中
で特 に遺伝子工学 によるアプローチについて取 り上 げる。
4. キノコの遺伝子工学
生物の細胞の中に外部か ら遺伝子 を導入す ることによ り 性質の変わった生物 を作 りだす ことを、形
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) と呼ぶ。また、形質転換 によって作 り出 された個体 は形質転換体 と呼ばれ る。
質転換 (
一般 に 「
遺伝子組換 え体」または 「
組換 え作物」 と呼ばれ るのは、 このよ うに形質転換操作 によって人
為的に外来 の遺伝子 を導入 された生物や農作物 の ことである9)。 これまでに様 々なキノコにおいて形質
転換系の開発 が報告 されてきている (
表 1)。形質転換 の際 には、一般 に外部 か ら遺伝子 を取 り込 んだ
細胞 だけを選 り分 けるための「
マーカー遺伝子」とい うものが必要 となる。キノコで利用 されてい るマー
カー遺伝子 は、栄養要求性マーカー遺伝子 と薬剤耐性マーカー遺伝子 に大別す ることができる。栄養要
求性マーカー遺伝子 は、特定の栄養素の添加 が成長 に必要な突然変異株 が最小培地上で成育す ることを
可能 にす る遺伝子で、担子菌類 の形質転換 においては、 これまでに トリプ トファンや アル ギニ ン、 ロイ
シンといったア ミノ酸や、アデニ ン、 ウラシル といった核酸の要求性変異株 を野生型 に復帰 させ るマー
カー遺伝子が用い られてきた。 これ らの栄養要求性マーカー遺伝子 を用いる場合 には、形質転換 に用い
よ うとす る宿主株 として、あらかじめ当該栄養要求性の変異 をを持つ株 を準備 してお く必要がある。一
方、薬剤耐性マーカー遺伝子 は、ハイ グロマイシン、ブレオマイシン、 ビアラフオス等の抗菌剤 に対す
る抵抗性 をキノコに与 える遺伝子であ り、形質転換 に先立って宿主側 に特定の変異 を導入す る必要が無
い点で、その応用範囲は格段 に広い と考 えられ る。 これまでに用い られてきた薬剤耐性マーカー遺伝子
は、細菌や放線菌 な ど他 の生物 由来の遺伝子 を組み換 えたものを利用 したものが主流であったが、最近
担子菌 自身 に由来す る薬剤耐性マーカー遺伝子 も開発 され56)、同じ手法 を使 って様 々な担子菌でも形質
転換が成功 してい る。他の生物 由来の遺伝子配列 を含 まない これ らのマーカーは、セル フクローニ ング
とい う観点か ら、産業 プロセスでの応用が比較的容易であることが期待 されてい る。
細胞 に遺伝子 を導入す る方法 (
形質転換法) については、現在 もっ とも多 く用 い られ てい るのが、
㌢
EG/
Ca
C1
2法 と呼ばれ る方法である。 この方法 は、キノコの細胞か ら調整 されたプロ トプラス トを、導
入 しよ うとす るDNAと共 に、P
EG (ポ リエチ レングリコール) と塩化カル シウムを含む溶液 につ けて化
学的に処理す る方法で、細菌や酵母 な ど他 の生物 を用いた系 においても同様 の原理が広 く用い られてい
る。プロ トプラス ト化 に用い られ る細胞 としては、比較的成長 の早い菌糸体や、未発芽の胞子 あるいは
-2
7-
木材研究 ・資料
第3
9号 (
200
3)
表 1 担子菌で報告 され た主 な形質転換
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本 田 :「
バイオマス ・ニ ッポン」 とキノコの遺伝子工学
発芽 している胞子、または分裂子 な どが利用 され る。形質転換 の効率 は 1マイ クログラムの導入DNAあ
た り、食用担子菌 中ではもっ とも効率の高い ヒラタケで約200程度57)、実験用モデル生物 としてよく用い
られているスエ ヒロタケでは1
034程度6265
)である。 P
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Cl
2法の他 にも、プロ トプラス トに電圧 をか
けることによってD
NAを導入す るエ レク トロポー レーシ ョン法、また酢酸 リチ ウムで処理す る方法、さ
らに菌糸体 そのものを使 って、パーティクルガ ンと呼ばれ る装置で金 またはタングステ ンな どの金属の
微細 な粒子 にDNAをまぶ したものを直接細胞 の中に打 ち込む方法な どが、報告 されてい る17)。また、ユ
ニー クな方法 としては植物 に感染す るアグロバ クテ リウム と呼ばれ る細菌の持つ遺伝子導入系 を使 って
キノコを始 め とす る糸状菌の仲間にもDNAを導入す る方法が報告 されてい る13)。これ らの方法 による形
質転換の効率 は、現状では前述 のPEG/
Ca
C1
2法 と同程度かそれ以下であ り、形質転換 の効率 を飛躍的に
高めるためには、形質転換方法 自体 の改良 と共 に汎用が可能 な 自律複製型のベ クターの開発 が必要 とな
るであろ う。
5.遺伝子組換 えキノコの利用
キノコでは導入 された遺伝子が染色体 内に取 り込まれた形で存在す る 「
染色体組込み型」の形質転換
が一般的であるので、 目的の形質 を持った遺伝子 をベ クター (
あるいはマーカー遺伝子) と同時 に細胞
内に導入す る 「
共形質転換法」 を用いることで、特定の性質が強化 された 「
組換 えキノコ」 を作成す る
ことが可能である (
図 5)。 このよ うにして形質転換 による分子育種 を行 う際、導入す る遺伝子 としては、
その生物 自身か ら単離 された遺伝子 をはじめ、他の生物 由来の遺伝子や、複数の遺伝子 の一部 を組み合
わせ た組換 え遺伝子、人為的に遺伝情報 の一部 を変化 させ た変異遺伝子 な どを用い ることができる。ま
た、プロモーター と呼ばれ る遺伝子の発現 を調節す る配列 を人為的に他 の遺伝子 由来 のもの と置 き換 え
ることで、本来のもの とは発現の量や タイ ミングを変化 させた組換 え遺伝子 を用いることが可能である。
したがって、遺伝子組換 え技術 を用いることで、原理的には特定の遺伝子 の作用 を制御 した り、キノコ
を用いて異種生物 由来の有用遺伝子 を発現 させ ることも可能である。
薬剤耐性ベ クターの導入 を指標 に外部か らDNAを取 り込んだ個体 を多数選抜 し、その中か ら組換 え リグ
ニ ン分解酵素遺伝子 も同時に導入 された株 を選抜す る。
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薬剤耐性ベクター
組換えリグニン分解酵
素遺伝子
リグニン分解酵素系
が増強された組換え体
共 形質転換
野生型ヒラタケ
図 5共形質転換 を用いた組換 えヒラタケの分子育種
-31-
木材研究 ・資料
第 39号 (
2003)
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DNAが挿入 され てい るO
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さて、 白色腐朽菌 の リグニ ン分解 を考 えた場合、遺伝子組換 え技術 を用 い ることで リグニ ン分解 系 を
構成す る特定の酵素の機能や発現制御 のメカニズム を解 明 した り、大量生産 を行 うことが可能 となる。
これ までの研究例 では、 白色腐朽菌 の菌体外ペル オキシダーゼ は、バ クテ リアや酵母、麹菌 な どの異種
発現系では十分 に発現す ることが難 しい ことが報告 され てお り、 キ ノコ 自身の分子育種 によって高発現
され ることが期待 され る。 さらに重要 な ことは、 この よ うにして遺伝子組換 えによって育種 され た組換
え生物 自体 を、生体触媒 として種 々の産業 プ ロセ ス に利用す る ことが可能 で ある とい うこ とで ある。
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) にお ける形質転換系 と組換 え遺伝子発現
我 々は、 これ までに白色腐朽菌 ヒラタケ (
系 を開発 し (
図 6)、マ ンガ ンペル オキシダーゼの高生産株 の育種 を行 って きた66) (
図 7)。今後様 々な
組換 え遺伝子 を導入 した菌体 を利用 して リグニ ン分解系の律速段階 について解 明 した り、酵素の構造機
能相 関や複雑 な発現制御系 をコン トロールす るメカニズムの解 明が行われてい くだろ う。また、同様 な
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aに導入す ることによ り、選択的な リグニ ン分解 を可能 にす るシステム
手法 をce
を遺伝子 レベル で解 明が進 む ことが期待 され る。現在 、 この よ うにして遺伝子組換 えによって強化 した
株 による前処理 を行 うことで、オイルパームの圧搾残査 な どの木質バイオマスか らェ タノール の生産 を
行 う効率 について解析 を進 めてい る。
最近 では、 白色腐朽菌 の リグニ ン分解酵素系 を利用 して ビニールや プラスチ ック、 またダイオキシ ン
1
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)
。生物 の機能 を使 って環
やpcBといった難分解性 の環境汚染物質 を分解す る研究 が行 われ てきてい る9,
境 を浄化 ・修復 しよ うとい う考 え方 は、生物的環境修復 (
バイオ レメディエー シ ョン) と呼ばれ るが、
白色腐朽菌 を利用 した汚染物質分解系 は、他 の生物 には見 られ ない多種 多様 な有機化合物 に対 して有効
な点 が特徴 である。す なわち多環式 ・複素環式芳香族化合物や高塩基置換 された芳香族化合物 な ど、バ
クテ リア等 で は分解 が難 しい毒性化合物 の分解 をで きるこ とが知 られ てお り、それ らの 中には、 ビス
フェノールAな どの内分泌擾乱作用 を持つ とされ る化学物質や 、PCB ・ダイオキシン類 も含 まれてい る。
こ うした多様 な化合物 の分解系 についても、遺伝子工学的手法 を用いて活性 を強化 した り、発現 の時期
-3
2-
本 田 :「
バイオマス ・ニ ッポン」 とキ ノコの遺伝子工学
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図 7 組換 え ヒラタケ によるマ ンガ ンペル オキシダーゼ の生産
組換 え遺伝子 を導入 した形質転換体 (
TMG9C1
)では、野生型 に比べて数倍 のマ ンガ ンペル オキシダー
ゼ活性 が培地 中に発現 してい るのが確認 され た(
A)
。一方、菌体重量 の増加 は、双方 であま り大 きな違 い
は見 られ なかった(
B)
0
を早 めてや ることで、 よ り効率的な環境修復 システムが構築す る事 が可能 となるであろ う。
6 キノコにおけるゲノム研究の現状
.
ヒ トゲ ノムプ ロジェク トをはじめ とした様 々な生物 におけるゲ ノム解析計画が進行す る中で、キ ノコ
の仲 間 を対象 としたゲ ノム解析 プ ロジェク トの開始 は遅れ を とっていた。 しか し代表的 なモデル生物や
主要作物 の解析 が実 りを結びつつ ある昨今、漸 くキノコゲ ノムの研究 が進 め られつつ ある。2002年 5月
にはア メ リカ合衆 国エネル ギー省 (
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が可能 となった6
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。 また、遺伝 学的な研究例 が多 くキノコにおけるモデル生物 として知 られ る ヒ トヨタ
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ネナガ ノヒ トヨタケまたはウマ グソヒ トヨタケ) について も、米 国において産業界 、学界 よ りなる
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2003年 7月)、現在 ア ノテ-シ ョン作業が行われ てい る68) 。
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h) よ り第一次解析結果が公 開 され (
こ うした状況 は、ゲ ノム解析 によって もた らされ る様 々な情報や実験手法の利用 が可能 となって きて
い ることを示 してお り、キ ノコの遺伝子研究がポス トゲ ノ ミックス と呼ばれ る新 しい局面 に入 ろ うとし
てい ることを物語 ってい る。今後、比較 ゲ ノム学的な解析 を行 った り、転写制御や発現 タンパ ク質、代
謝物 をも含 めた網羅的な解析 が進 め られてい くことが期待 され る。一方 で、ゲ ノム解析 の結果 を用いて
明 らかにされ るであろ う新 たな知見 を活用 してい くためには、 キ ノコにお ける生物学的な基礎や、分子
生物学的な技術基盤 が確立 され ることが重要である とい うことも忘れてはな らない。 とりわ け、す でに
形質転換法が確立 した菌 においては、効率 の よい遺伝子破壊やサイ レンシングの技術 が開発 され ること
が待 たれ る。
-33
-
第3
9号 (
2
00
3)
木材研究 ・資料
7.将 来 の展望
遺伝 子工学的 に分子育種 され たキ ノコは、今後様 々な工業 プ ロセ ス にお ける生体触媒 として活用 され
てい くことが期待 され る。 と りわ け木質系バ イオマスの変換 においては、 キ ノコが もってい る低 エネル
ギーでエ コフ レン ドリー なシステム を実用化 に向 けていか に現実 的 なプ ロセ ス として提供 で きるかが研
究 の焦点 とな る。 そのため には、物理 的 もし くは化学 的処理法 との併用 を含 めた よ り効率 的 なプ ロセ ス
の開発 が必 要 とされ るO-方 で、担子菌類 を産業微生物 として利用す るための研究 はまだ緒 についた ば
か りであ り、その活用 を様 々な分野 に広 げてい くためには、 キ ノコの基礎科学 について十分 な理解 を深
め、有用遺伝 子 の ク ロー ニ ングや組換 え遺伝子発 現 系の改 良において、 さらな る努力 を積 み重 ね てい く
ことが必 要で ある。 また、 リグニ ン生分解 系 の全貌解 明 と制御 システムの確立 に向 けて は、分子 生物学 、
酵素科学 的な解析 に とどま らず、生化学 的 な研究手法 と併せ て、 リグニ ン生分解 が起 こってい る 「
場」
の し くみ を総合 的 な視点 か ら解 明 してい くこ とが重 要 とな るで あろ う0
「
バイオマス ・ニ ッポ ン」 で は、光合成 によって もた らされ る植物 か ら派生す る様 々なバイオマス資
源 を積極 的 ・総合 的 に利用 してい くこ とが基本 であ る。従 って、実際 に利用 に供 され る出発物質や具体
的 な利用 の方 法 も多様 な ものが あっていい と思 う。 しか し、地球上 で生産 され るバイオマスの殆 どを 占
め る木 質バ イオマスの効果 的 な変換 法 の開発 が、 「
バ イオマス ・ニ ッポ ン」 に標梼 され る循環型社 会 実
現 の大 きな鍵 とな るこ とは間違 い ない。 キ ノコに学ぶ木質バイオマス変換術 が、持続可能 な社会形成 の
一助 とな ることを願 ってや まないO
参考 文献
1
)「
バ イオマス ・ニ ッポ ン総合戦 略」 お よび 「
参考資料 」h
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2)「ゴ ミ問題 と温暖化 に効 くバイオマスエ タ ノール」 日経バ イオ ビジネ ス
3
)木材 なんで も小事典
5
)も くざい と環境
7
)バ イオマス
シ ン ビオ社会研究会編
エ コマテ リアル - の招待
6
)バ イオエネル ギー最前線
横 山伸也著
究極 の代替 エネル ギー
8
)バイ オエネル ギー
山地憲治編
9
)キ ノコを科 学す る 槍垣 首都編
5
261
講談社 ブル ーバ ックス (
20
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)
木質科学研究所木悠会編
4)明 日のエネル ギー と環境
200
2年 9月号
日本 工業新 聞社 (
1
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桑原正章編
海青社 (
1
9
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森 北 出版 (
2001
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湯川英 明編著
化学工業 日報社 (
20
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ミオ シ ン出版 (
20
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0)
地人書館 (
20
01
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1
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)キ ノコ とカ ビの基礎 科学 とバ イオ技術
宍戸和夫編
アイ ピー シー (
200
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