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少子化克服からみた子育て支援環境づくりの 課題と展望に係る
平成 24 年度 札幌市大学提案型共同研究事業実績報告書 少子化克服からみた子育て支援環境づくりの 課題と展望に係る調査研究 2013 年 3 月 研究代表者 金子 勇(北海道大学大学院文学研究科教授) 目 次 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 第1部 ソフト面からみた子育て環境の研究(金子勇) ・・・・・・・・・ 3 第1章 子育て支援環境づくりの考え方・・・・・・・・・・・・・・ 3 第2章 児童虐待分析のための理論・・・・・・・・・・・・・・・・ 6 第3章 子育て負担感の現状分析 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 12 第4章 子育て支援施設の評価の構造・・・・・・・・・・・・・・・・ 16 第5章 支援構造とママ友ネットワーク・・・・・・・・・・・・・・・ 23 第2部 建築学・環境心理学からみた児童館施設の 社会的位置付けと可能性(片山めぐみ)・・・・・・ 29 第1章 建築学分野における既往の研究・・・・・・・・・・・・・・・ 29 第2章 高齢者施設との複合の可能性と取り組み事例・・・・・・・・・ 32 はじめに 社会調査には計量的手法とともに質的調査に属するインタビュー調査法があり、 本 研究の主軸となる子育て支援調査では後者を主に用いた。これには、①対象者の「言 葉による語り」が得られる、②インタビュー相手との質疑応答の繰り返しにより、精 錬された「ニーズ」が発見できる、③調査対象者の考え方や日常生活行動がきめ細か く把握できる、④調査結果を整理し、総合して、加工すると、有益な情報(仕分けさ れたデータ集合)になるというような、いくつかの特徴がある。 質的調査法を学んだ社会学専攻の北海道大学学部学生と大学院生の 8 名が、半年間 に及ぶ今回の主なインタビューの担当者である。インタビュー調査は、札幌市子育て 支援総合センターとエルムの森児童会館を柱として、いくつかの児童会館にも訪問し て そ れ ぞ れ が 繰 り 返 し 行 っ た 。子 育 て 支 援 総 合 セ ン タ ー に 最 初 に 出 か け た の は 2012 年 6 月 27 日( 水 )の 午 後 で あ り 、ま た エ ル ム の 森 児 童 会 館 に は 29 日( 金 )の 午 後 に も 私 が 全 員 を 引 率 し て 行 っ た 。両 日 と も そ の 日 の 利 用 者 で あ る 複 数 の 母 親 に 、「 少 子 化 」を 調 査 テ ー マ と し た 30 分 程 度 の イ ン タ ビ ュ ー を し て 、合 計 で 3 時 間 の 調 査 と 観 察 を 実 施 し た 。 そ れ 以 後 は 学 生 や 院 生 た ち の 都 合 に 合 せ て 、 2013 年 1 月 末 ま で 1 人 が 平 均 し て 8 回 訪 問 し 、 セ ン タ ー や 会 館 利 用 者 の な か か ら 30 人 程 度 の イ ン タ ビ ュ ー を 行 い 、 そ の 記 録 を 12 月 か ら 全 員 が 作 成 し た 。こ の 段 階 か ら 共 同 研 究 者 で あ る 片 山 が 参 加 し て 、 施 設面を中心としたハードな部門を受け持った。 インタビュー調査法と整理法について、特に以下の 4 点に留意した。 ① データの把握(生の声の記録、背景の記述 ) ② データの整理(問題意識の確定、仮説の設定) ③ データから情報へ(何を明 らかにす るのか を明示する 、記録デ ータの 並べ替え) ④ 情報の記述と蓄積(何が明らかになったか、調査項目ごとの結論) 本年度のインタビュー調査に際して、支援総合センターと児童会館を主管する子ど も未来局、センターの美田祐子課長はじめスタッフの方々には大変なご援助をいただ いた。とりわけセンターと児童会館の スタッフの多くが、御多忙のなかで活動時間を 割いて、インタビュー調査が不慣れな学生たちを暖かく指導され助言されたことに、 お礼を申し上げたい。 また、札幌市市長政策室政策企画部企画課からこのテーマでの補助金をいただけた 1 ことに心から感謝する次第である。そしてセンターと児童会館での子育て活動のさな かで、慣れない 8 名の院生学生が突然にインタビューをお願いしたことに快諾してい た だ き 、 30 分 か ら 1 時 間 の 子 育 て に 関 わ る 貴 重 な 御 意 見 を 披 露 し て い た だ い た セ ン タ ー利用者の方々に、心より感謝したい。 以上のご支援を受けた本書が、札幌市や北海道それに日本の都市における子育て支 援環境の再編に少しでもお役に立つことを念じている。各方面のご意見をお願いする 次第である。 2013 年 3 月 20 日 金子 2 勇 第 1章 子育て支援環境づくりの考え方 2009 年 6 月 に 、10 名 ほ ど の 学 生 ・ 院 生 と 一 緒 に 、札 幌 市 子 育 て 支 援 総 合 セ ン タ ー で 詳 細 な 調 査 を 始 め て 4 年 が 経 過 し た ( 金 子 編 、2010)。 質 的 調 査 を 通 し た 子 育 て 支 援 環 境の実態を明らかにして、合計特殊出生率が政令指定都市では最低の札幌市 での子育 て支援に関する問題点を探り、行政や社会全体へのニーズを解明することが目的であ っ た 。2010 年 と 2011 年 は 論 文 で ま と め た い 学 生 と 院 生 が 自 主 的 に 調 査 を 続 け て 、初 期 の 成 果 を あ げ た が 、 2012 年 に ふ た た び 8 名 全 員 で 児 童 会 館 の 利 用 者 も 含 む 子 育 て 環 境 に 関 す る 詳 し い 調 査 を 行 っ た ( 金 子 編 、2013)。 大 き な テ ー マ の 一 つ は 、「 子 育 て 支 援 の 現 状 と 課 題 」で あ り 、専 業 主 婦 と し て の 母 親 は自分を取り巻く子育て環境にどのような評価をしているか、望ましい支援とは何か について調査した。同時に、働く母親が安心して預けられる施設 とは何か、子どもの 病 気 な ど に 速 や か な 対 処 が 出 来 る 職 場 や 施 設 の 在 り 方 に つ い て も 調 べ た 。 2009 年 の 調 査 で も 、利 用 者 か ら は「 子 育 て の 手 伝 い は せ い ぜ い 祖 父 母 ま で で 、他 人 任 せ は い や だ 」 という意見が多く出ていた。経済的面では教育費がかからない幼児期には「 ゴミ有料 化 で オ ム ツ 費 用 が バ カ に な ら な い 」と い う 切 実 な 意 見 と と も に 、「 子 ど も が 生 れ て か ら の支援とともに生れる前の支援もほしい」という母体環境の改善にも強い希望がださ れ て い た 。 こ れ に つ い て は 2009 年 度 か ら 全 国 一 律 母 子 手 帳 に 14 回 の 無 料 検 診 ク ー ポ ンが付加されるようになり、札幌市でもかなりな前進をみた。 子育ての辛さばかりが強調されるなかで、 些細な幸せとして「子どもとのお風呂の時 間が幸せ、3 人の子どもと一緒にお風呂に入って10数える間の数十秒が喜び 」という 2009 年 調 査 で 得 ら れ た 母 親 の 感 想 は 、 私 た ち の 問 題 意 識 に も 大 き な 影 響 を も っ た 。 札幌でも今回新しく調査をした福岡でも、児童会館の活動は就学前の幼児にとって 歌って、踊って、簡単なゲームをして、体操をして、紙芝居をみて、みんなで楽しむ 機能をもっていた。その姿をじっくり観察していると、一緒に遊ぶ子どもたちよりも、 後ろや横に控えた母親の熱心さが伝わってくる。平日の児童会館に集まれる母親の階 層は高く、専業主婦が大半である。駐車場スペースは皆無か数台だから、札幌では冬 場を除けば徒歩か自転車かバスか地下鉄の利用者になる。もちろん雪が降っても子育 て支援センターには親子連れが来るし、児童会館の子育てサロ ンにも参加者がいる。 母親はなぜ我が子をそこに連れて行くのか。いくつかの意見からまとめると、 3 ① 関心を持てない我が子に正対して、歌や踊りにかかわるように子どもを方向づけ る意欲が参加する母親には強く感じられる。 ② 紙芝居でも歌でも踊りでも、母親が一緒に楽しんでいる様子が窺える。 ③ 自分の子どもに関わりながら、周囲の母親とともに子ども全員への視線が行きと どいている。 ④ 母親は幼児の介添え役というよりも幾分かは自らが歌や踊りの主役になってい る。 ⑤ これは経験の共有に結びつき、そこからいわゆるママ友への機会が自然に増え る。 ⑥ 会場は市の施設の一部であり、社会的共通資本とし理解できるが、そこでの歌や 踊りによって、ママ友や職員とのつながりが強化されて、結局は社会関係資本の 拡大に寄与するという機能が歴然としている。 施設が関係を創造するのである。 ⑦ 子育て支援 センター や児童 会館の機 能が要 するに「 子どもの 遊び 」だから 、少子化 する今後はその規模やスタッフの人数を縮小してもいいということにはならな い。 ⑧ 子どもの遊びは母親同士を密着させ、児童会館で社会関係資本を作り出す大きな 働きをしている ⑨ 但し、平日の午後にその会場に出かける階層の母親は限ら れていることには留意 しておきたい。 ⑩ センターも児童会館もこどもの遊びを提供するが、母親のストレス解消とママ友 へのきっかけになり、その経験は父親を含めたお茶の間の話題にもなる。 ⑪ 行政が提供する公助は、市民同士の自助や草の根ネットワークにおける共助を引 き出す契機になっている。 このような公的施設利用による子育て支援活動に伴う楽しさ、喜び、社会的機能を母 親間で共有し、その意義が当事者により評価されることを、すぐ後に控える結婚を考え る世代としての男女に知らせる意味もまた大きい。 なぜなら、子育てに伴う数多い「些細な苛立ち」による不平や不満が、これまでの調 査結果から精選された情報の主流であったからである。 おもらし、食事中に席を立つ、 ご飯をこぼす・残す、反抗する、反論するなどは、母親だけではなく、父親もまた子育 て環境のなかで直面する幼児からの反応の一部であり、周知の事実に属する。もちろん 4 これは親としては不安であり、負担でもあるが、就学前の幼児の育みは決してそれだけ ではない。 したがって、第二の課題はそのような子育てに伴う負担や不安の現状を理解して、そ の打開策を探究することである。専業主婦が子育てを自分一人でやっていると、孤立感 が深まることが多い。とりわけ札幌特有の三世代同居世帯が非常に少なく、夫の帰りが 遅い状態では、専業主婦はその種の観念から逃れられなくなる。もちろん 親と同居の場 合でも、子育ての仕方で意見が合わず、世代間対立として嫁と姑の問題や母娘間のコン フリクトが強まることもある。 しかも一人での子育てに特有の 負担感からも自由ではない。私たちは負担を経済面、 精 神 面 、 身 体 面 、 時 間 面 の 四 点 に 分 け て 、 2009 年 も 2012 年 も 精 力 的 に 聞 き 取 り 調 査 を し た( 金 子 、2006)。そ の 結 果 、負 担 の 原 因 に は 二 種 類 が 大 別 さ れ る こ と が 分 か っ た 。一 つには子どもの行動や態度に原因がある。二つには親として育児以外の時間が足りない などの焦燥感が負担感に直結することがあげられる。これらの現状を踏まえて、その緩 和の方策としては「交友関係の支えが負担を凌駕する 」という事実が指摘できる。交友 関係、俗にいうママ友、親密な関係などを一括するソーシャルキャピタルは、信頼性を 核に持つ人間関係を根本とするので、調査の際にもさまざまな聞き方を通して、現状の 把握を試みた。 第三は「子育て支援センターの評価と要望」に関連する。私たちが確認している の は 、「 セ ン タ ー は 365 日 の 開 館 が 望 ま し い 」、「 セ ン タ ー は 親 同 士 の 知 り 合 う チ ャ ン ス で あ る 」、「 セ ン タ ー は 母 親 も 一 息 つ け る 場 所 で あ る 」、「 子 ど も を 遊 ば せ る た め で な く 自 分 が 休 む た め 」、「 遊 び に 来 る 感 覚 で セ ン タ ー を 利 用 し て い る 」、「 曜 日 が 限 定 さ れ る 地 域の施設は利用しにくい」などの回答であり、これらが 利用する母親たちから頻繁に 出される評価と要望でもある。そして、子育て支援センターでの出会いが、ママ友の キッカケになり、そこから新しいソーシャルキャピタルが生まれ、子育てコミュニテ ィ 形 成 の 軸 に な る 子 育 て の 芽 生 え も 期 待 で き る 。 ま た 、 2009 年 も 2012 年 で も 、「 子 育 て支援センターへの要望はなく、このままで最高という評価」をする利用者も多かっ たことも付言できる。 5 第2章 児童虐待分析のための理論 社 会 学 の キ ー ワ ー ド の 一 つ に ア ノ ミ ー ( anomie) が あ る 。 こ れ は 社 会 的 に は 秩 序 や 価値体系の崩壊、個人的には自己喪失感や崩壊感を意味する専門用語である。元来は ギ リ シ ャ 語 の 廃 語 で あ っ た が 、 19 世 紀 末 に デ ュ ル ケ ム が 社 会 学 の 専 門 語 と し て 復 活 さ せ た ( デ ュ ル ケ ム 、 1897=1985)。 a は non を 意 味 す る 接 頭 辞 で あ り 、 nomie は 学 や 法 を 表わし、したがって合成語としては法が貫徹しない状態として、通常は「無規範性」 と訳して用いられてきた。 デュルケムのアノミー論を継承したマートンは、 文化構造(特定の社会ないしは集 団の成員に共通な行動を支配する規範的価値の組織体)と社会構造(特定の社会また は集団の成員がさまざまな仕方でかかわりあう社会関係の組織体)に分け、アノミー は文化構造の崩壊、とりわけ文化的規範や目標と集団成員が、これらに応じて行動す る 社 会 構 造 上 の 能 力 と の 間 に 甚 だ し い 食 い 違 い が あ る 場 合 に 生 ず る と し た( マ ー ト ン 、 1957=1961)。 「 子 育 て は 主 と し て 母 親 が 行 う 」や「 他 者 は 子 育 て 家 庭 内 に 介 入 で き な い 」 というような規範が強い社会では、子育て家庭の経済的貧困や親の世代の病気などに より、社会的に期待される子育てが困難になると、それからの甚だしい逸脱が発生す る。それが最終的には児童虐待として社会的には顕在化する。 図 1 は 全 国 の 児 童 相 談 所 が 対 応 し た 児 童 虐 待 件 数 で あ り 、 2000 年 以 降 の 増 加 率 に は 目 を 見 張 る も の が あ り 、 2010 年 度 の 全 国 調 査 に よ れ ば 5 万 件 を 超 え て い る 。 図 1 児 童 相 談 所 が対 応 した児 童 虐 待 件 数 6 図2 児童虐待の摘発件数と死亡児童 相 談 件 数 が 5 万 件 を 超 え た な か で 、 図 2 で 示 し た よ う に 、 2011 年 に 全 国 の 警 察 が 摘 発 し た 児 童 虐 待 事 件 は 、 前 年 比 32 件 増 の 384 件 、 被 害 児 童 は 38 人 増 の 398 人 で 、 い ず れ も 統 計 を 取 り 始 め た 1999 年 以 降 、 過 去 最 多 で あ っ た 。 虐 待 で 死 亡 し た 子 ど も は 前 年 よ り 6 人 増 え て 39 人 で あ り 、 ゼ ロ 歳 児 が 10 人 と 約 4 分の1を占めた。このほか、心中事件に巻き込まれたり、出産直後に遺棄されたりす る な ど し て 33 人 が 死 亡 し た 。過 去 10 年 間 の 趨 勢 を み て も 50 人 前 後 が 亡 く な っ て い る ことが分かる。合計特殊出生率が低位安定して、年少人口数と年少人口 率が毎年減少 している少子化時代に、せっかく誕生した子どもを実の親が虐待したうえで死亡させ るという事件は、悲惨というしかない。 さ て 、札 幌 で の 児 童 虐 待 の 相 談 件 数 は 2009 年 度 が 620 件 、2010 年 度 が 478 件 、2011 年 度 が 437 件 で あ っ た 。こ れ ら は 具 体 化 す る と 、ネ グ レ ク ト 、身 体 的 虐 待 、性 的 虐 待 、 心理的虐待にまとめられる。 図3は札幌市の過去 3 年間のそれらの内訳である。全体的基調は変わらず、ネ グレ 2011 16.9 11.72.7 2010 13.411.3 1.7 2009 図3 心理的虐待 73.6 17.3 142.1 0% 身体的虐待 68.7 性的虐待 66.6 50% ネグレクト 100% 児童虐待の内容 7 レ ク ト が 70% で 第 一 位 で あ り 、 以 下 、 身 体 的 虐 待 、 心 理 的 虐 待 、 性 的 虐 待 の 順 で あ っ た。ネグレクトとは、子どもの身体的、知的、情緒的な能力の発達に不可欠であると 考 え ら れ て い る も の や サ ー ビ ス を 子 ど も に 提 供 し な い こ と で あ る 。具 体 的 に は 、食 物 、 衣類、住まい、安全の確保、身体的および情緒的養育、家庭教育、医学的ケア、学校 教育などが該当する。これらの提供や確保は親の義務であり、子どもの権利である。 通常の子育てとは、これらを万遍なく親が子どもに提供することを意味する。した がって、子育て支援とは親が行う食物、衣類、住まい、安全の確保、身体的および情 緒的養育、家庭教育、医学的ケア、学校教育などの一部を、行政を軸として社会的に 肩代わりする行為を指す。なかでも乳幼児の身体的および情緒的養育については、今 回の主な調査対象である子育て支援総合センターでの活動が包括しているし、いくつ か訪ねた児童会館では小学生を主体とする家庭教育や学校教育の一部の代替機能が鮮 明に認められた。 虐待される児童の年齢構成は図4の通りである。札幌市の 3 年間の動向に大きな変 18.1 2011 20.4 35.7 20.8 5 3歳未満 3歳~就学前 2010 17.4 21.1 2009 17.1 23.6 37.4 18.4 5.6 小学生 中学生 0% 図4 20% 40.3 40% 60% 14.8 4.2 80% 高校生その他 100% 被虐待児の年齢構成 化 は な く 、 3 歳 未 満 が 20% 弱 、 3 歳 か ら 就 学 前 が 20% 強 、 小 学 生 が 35% 前 後 、 中 学 生 が 20% 弱 と い う 傾 向 は 変 わ ら な い 。 就 学 前 ま で は ネ グ レ ク ト と 身 体 的 虐 待 が 多 く 、 小 学生以上になると、心理的虐待が増加する。これは中学生以上では体格の点で親より も大きい場合もあるために、身体的虐待が難しくなるためである。逆に就学前の乳幼 児には言葉の理解力が不十分であるから、心理的虐待は少数に止まるが、中学生以上 ではそれがむしろ増加する 。 こ の 内 訳 は 全 国 調 査 と 同 じ 傾 向 を 示 し て お り 、実 母 が 70% 、実 父 が 20% は 不 変 で あ り 、残 り が い わ ゆ る 義 理 の 父 母 に な る( 図 5 )。児 童 虐 待 の 主 犯 の 70% が 実 母 と い う こ とは衝撃的である。家庭内外で発生する子育てに伴うさまざまな不安、負担、痛み、 8 困難がその子の母親に収斂する環境が想定される。 2011 20.86.2 66.8 6.2 2010 20.16.7 70.3 2.9 2009 21.311.5 65 2.2 0% 図5 50% 実父 実父以外の父親 実母 実母以外の母親 その他 100% 主たる虐待者 すなわち、子育ての主役は母親であるという社会規範のなかで、貧困、家庭不和、 病気などの理由によって、十分な子育てができず、その裏返しとしてネグレクトや暴 力的な虐待に向かうという構図がそこに読み取れる。貧困そのものが個人の怠慢、病 気、労働意欲を低下させるとともに、もう一方の 社会的原因として勤務先の人員整理 や倒産による失業が絡んでくる。そのために生活保護などの社会的支援が一応は用意 さ れ て は い る が 、も ち ろ ん 子 育 て 家 庭 が も つ す べ て の ニ ー ズ を 満 た せ る わ け で は な い 。 児童虐待そのものの予防にとって、児童相談所がもつ機能の重要性は指摘するまで もない。図6は過去 3 年の札幌市における児童虐待通告経路である。強調したいのは 近隣知人の通告が半数を超えた事実である。ただし、この通告件数は複数回答の集計 結 果 で あ り 、 2009 年 度 が 736 件 、 2010 年 度 が 814 件 、 2011 年 度 は 719 件 と な っ た 。 2011 5.6 2010 5.4 2009 7.3 0 図6 54.8 51.2 36.8 20 8.33.4 6 11.5 10.1 9.4 40 27.9 60 家族親族 近隣知人 福祉施設 保健医療機関 学校警察その他 25.8 36.4 80 100 児童虐待通告経路 病気やけがにより医者の診察を受けた際に児童虐待の事実が顕在化して、児童相談 所に通報されるとともに、近隣からも同じ児童の虐待の可能性について児童相談所に 連絡があることは珍しくない。その場合は 2 件とも計上されるのである。 9 学校ではいじめと虐待が不可分になって発生することがあり、学校から直接に、ま たは警察が学校から虐待やいじめの事件発生を 受けて、警察から児童相談所に連絡さ れることもある。このような児童相談所制度を通して、社会の側から子育て家庭や育 てられる児童への支援の一部が提供されている。 以上のような児童虐待という現実の裏側に子育て支援の課題も存在する。それをふ たたびアノミー論で整理しておこう。 デュルケムやマートンの理論をより実証的な指標として再生させたものがシーマン の ア ノ ミ ー 指 標 で あ る ( Seeman,1959 )。 こ れ は 順 不 同 で あ る が 、 無 規 制 感 (normlessness) 、 無 力 感 (powerlessness) 、 無 意 味 感 (meaninglessness) 、 孤 立 感 (isolation) 、 自 己 疎 隔 感 (self-estrangement) に 大 別 さ れ る が 、 自 己 疎 隔 感 が わ か り に く い た め に 、 多 く の 場 合 は 絶 望 感 ( hopelessness) に 変 え ら れ て き た 。 家庭内での児童虐待をアノミー論でまとめると、以下のような文脈になることが多 い。すなわち貧困や病気などの理由により、 将来を悲観して子育てに絶望し、毎日の 暮らしに意味を感じとれず、無力感が増幅する。さらに、いくら頑張っても子育てに 伴う孤立感が拭い取れずに、まずます無意味感が強くなる。もちろんこのような状態 は一つの理念型であるから、程度の差はあれ、この 5 つのアノミー指標に該当する虐 待が発生しない子育て家庭でもいくつかは見られるに 違いない。 しかし、そのほとんどの子育て家庭では、児童相談所に通告に値するような犯罪的 な児童虐待は発生しない。これはその家庭が子育てに関して幾分かはアノミーを感じ ていても、それを払いのける総合的家族力があるからである。無力感を感じても孤立 感に苛まされても絶望感が押し寄せても、家族内部の力とともにその家族が持つソー シャルキャピタルとしての親族、行政、近隣、友人、地域社会などの支援の輪が全体 として有効な機能を発揮して、なんとか自らの子どもを育てていく。 図7ではソーシャルキャピタルを人間関係として捉え、その機能を大分類として 6 項目に分けて整理した。まず「救われる」機能は、人間の生命、生活、人生の全般に お い て 、他 者 の 存 在 が 本 人 の 健 康 面 で の 支 え に な り 、他 者 か ら 金 銭 面 で の 支 援 を 受 け 、 生きる意欲や喜びさえも引き出すような関係に内在する。人間関係の中でたとえば肺 が ん の 原 因 を タ バ コ と し て 言 及 し あ え れ ば 、そ の 関 係 性 の な か で「 人 は 良 薬 」に な る 。 知識や情報面で等価の関係を維持するには、それなりの学習や努力が前提になる(金 子 、 2013)。 10 救われる 教えられる 助 行 人 間 関 係 け え 合 る う 癒される 図7 楽しめる 人間関係の機能 金銭面での融通もまた人間関係に付着する機能の代表例であるが、そこには安心と 信頼という意識媒体が不可避である。個人がもつソーシャルキャピタルには、金銭面 での支援をもたらす関係が含まれる場合もあるから、仮に信頼が得られるなら、その ままそれは金銭関係に転嫁できる。さらに親密な他者の存在が金銭だけ ではなく、自 らの仕事全般の励みになるという経験は、人生の中では珍しくない。ここにいう親密 な他者は、家族、親族、友人、同僚、近隣、医師、看護師、ケアマネージャ ー、ヘル パーなどの関係から得られるが、実質的には数名もいればいいほうである。 「救われる」関係はまた「教えられる」関係でもある。生活でも人生でも必要な生 活の知恵は自らの努力で手に入れるとともに、家族を含むさまざまな他者から教えら れることが多い。それによっていくつになっても生き方や暮らし方にも幅ができて、 人生が楽しくなる。現代社会では家族、友人、隣人、教師、マスコミなどがこの機能 を果たしている。 日常的なストレスが人との交わりのなかで「癒される」ことも多い。家庭生活、学 校生活、職業生活などでは、家族、友人、親密な他者、マスコミなどによって、心が 豊かになり、気持ちに張りが出て、それらが生きるという意欲を引き出す。 「楽しめる」人生は自分だけではなく、家族、友人、同僚、学友、親密な他者、仲 間、隣人とともに創りあげられる。なぜなら、人間関係の中でのみ、積極的な支援 ( positive help )、 援 助 (assistance) 、 行 動 (action) 、 建 設 的 な 示 唆 ( positive suggestion)、積 極 的 美 徳( virtue)な ど が 互 い に 与 え た り 貰 っ た り で き る か ら で あ る 。 たとえば積極的な支援が身近にあれば、仕事、労働、活動、学業も「行いやすい」 11 ので、支援を受けた人の生活でも人生でも、生きるうえでの楽しさが追求できる。こ れには家族、親族、友人、同僚、教師、親密な他者、同僚、仕事の相手、生産流通消 費における二次的関係などがあり、ほとんどの人間関係で潜在的には可能な機能と見 られる。 ま た 人 間 関 係 に は 、一 方 的 に「 助 け ら れ る 」だ け で は な く「 助 け あ う 」場 面 も あ り 、 これは家族、近隣、コミュニティ、企業職場、学校生活、入院生活などのあらゆる人 間関係に存在する。すべての老若男女の人生においても、家族、友人、親密な他者、 同僚、仕事の相手、生産流通消費における二次的関係、乗り物で隣合わせた人、そし て 仕 事 、労 働 、活 動 の す べ て で「 助 け 合 う 」関 係 が 生 じ る と こ ろ か ら も 明 ら か で あ る 。 まさしく「人間の社会関係は、絶えず結ばれては解け、解けては再び結ばれるもの で、立派な組織体の地位に上ることがなくても、永遠の流動及び脈搏として多くの個 人 を 結 び 合 わ せ る 」( ジ ン メ ル 、 1917=1979: 21) も の で あ る 。 以下、現今のアノミー論の裏返しとしてソーシャルキャピタルを軸とした人間関係 に よ る 子 育 て 支 援 の 事 例 分 析 を 行 い 、「 人 は 良 薬 」で あ る と い う 命 題 を 論 証 し て 、 今 後 の 大 都 市 に お け る 子 育 て 環 境 づ く り の 方 向 性 を 探 究 す る ( 金 子 、 2006a)。 第3章 子育て負担感の現状分析 ここでは、社会的ネットワークと育児の幅広い社会化こそが、子どもの虐待を防止 する決定的な手段であり、社会的ネットワークは、子どもたちを守るさまざまな機能 を潜在的に持っているという立場を取る。虐待防止にも子育て支援にも被支援者を取 り巻く社会的ネットワークの機能は有効であるから、二重の意味で実際に子どもをめ ぐる社会的ネットワークの現状を具体的な調査によって確認する。 一般に社会的ネットワークは、 ① 実際に日々の育児を援助して、両親の責任や負担を軽くする ② 一時保護、施設措置、里親委託、養子縁組などにより、子どもたちを社会的に再 配置する ③ 社会的ネッ トワーク がもつ 集団的標 準を個 々人に提供 し、その基 準が順 守されて いるかどうかを監視する という機能を持っている。ただし、逆に作用する社会的ネットワークもあり、一緒に 12 虐待に加担する親族などの社会的ネットワークも珍しくないから留意しておきたい。 さて、合計特殊出生率の推移でみると、札幌市は政令指定都市では最低の値が続い て き た 。 札 幌 市 の 合 計 特 殊 出 生 率 は 昭 和 40 年 の 1.93 を ピ ー ク に 低 下 傾 向 を 示 し て お り 、 平 成 21 年 は 1.06 で あ っ た ( 図 8 )。 ではなぜ札幌市は他の地域に比べ少子化が進行しているのであろうか。私は札幌市 の 少 子 化 の 要 因 を 大 き く 6 点 に ま と め た こ と が あ る ( 金 子 、 2010: 115)。 図8 札幌市の合計特殊出生率の推移 ( 出 典 )「 札 幌 市 ま ち づ く り 戦 略 ビ ジ ョ ン 」( 2013)。 それは、 ①他の都道府県に比べて 1 人暮らし世帯が多く、平均世帯人員が少ない。 ②二人暮らしの快適さを求める夫婦が多い。 ③三世代同居世帯が少ない。 ④持ち家率が低く賃貸住宅が多いため、住宅が狭い。 ⑤地縁の中での子育て活動と子育て支援が乏しい。 ⑥子育てをためらうような貧困世帯が増加した。 になる。 もちろんこれらは相互に深く関連しており、全体としては家族力が弱いという札幌 市や北海道の社会的特性に結び付いてくる。このような札幌市の特徴を踏まえたうえ で、以下の方法で繰り返しインタビュー調査を行った。 2012 年 6 月 ~ 2013 年 1 月 の 期 間 に 札 幌 市 子 育 て 支 援 総 合 セ ン タ ー と エ ル ム の 森 児 童 会館その他に学生院生調査員が訪問して、そこでの利用者に半構造化インタビューを す る と い う も の で あ る 。 調 査 は 二 人 一 組 で 実 施 し て 、 一 人 が イ ン タ ビ ュ ー す る 30 分 前 13 後の時間はもう一人が乳幼児の相手をすることで、事故を予防するように努めた。土 日 に は 父 親 の 利 用 も あ っ た が 、回 答 数 が 少 な い た め 、今 回 の 調 査 結 果 か ら は 除 外 し て 、 母親からの回答をインタビュー記録とした。調査員は 8 名であり、平均して各自が 8 回 程 度 の 訪 問 面 接 を 実 施 し て 、 一 人 平 均 30 名 前 後 の 回 答 者 を 得 た 。そ れ は 調 査 員 同 士 で微妙に重なり合うこともあるが 、たとえば表1や表2のようなフェイスシートとし て整理できる。 この際に重要な項目は個人を識別できる情報として、性、世代、居住地、階層、親 と同居の有無という 5 点の存在が挙げられる。インタビュー調査でもこの 5 点を尋ね ることにより、調査結果の精度が向上するために、意見 聴取の際にも意を注いだ。 最初に「育児の負担感」についてまとめておこう。私はこれまでの調査結果を基に して、それを時間的負担、身体的負担、精神的負担、経済的負担 として類型化してき た (金 子 、 2006: 31)。 こ の 観 点 か ら イ ン タ ビ ュ ー 結 果 を ま と め る と 、 母 親 た ち か ら 最 も 多 く あ げ ら れ た 回 答 は 、「 育 児 の 時 間 的 な 拘 束 」に 関 わ る 負 担 で あ っ た 。育 児 に 追 わ れ、自分の食事や身支度、趣味や買い物など、自分自身のことをする時間的余裕がな くなることや自分のペースが乱れることが、精神的負担の原因になっている。 ま ず 負 担 に 感 じ る こ と と し て 、「 自 分 の 時 間 が 持 て な い 」 が 多 く 、 次 い で 「 一 人 に な りたいと思うことがある」というように子どもから手が離せず、自分の時間を確保で きないことが挙げられた。複数の母親からは「子どもの夜泣きで、睡眠不足 」もあげ ら れ た 。「 食 材 を 買 い に 行 く と き 、 あ る い は 試 着 す る と き 、 不 便 な の で 、 し ょ う が な く 通販を利用している」という回答は現代消費の一面をのぞかせた。 「忙しすぎて、手が空いていないときもあるので、家事の間、子どもを泣かせるし か な い 」に は 罪 悪 感 さ え 窺 え る 。「 ず っ と 子 ど も と 近 く に い る と 気 が 詰 ま っ て し ま っ て イ ラ イ ラ す る 」、「 双 子 を 育 て て い る の で 、 両 方 一 緒 に 泣 か れ る と 『 誰 か 助 け て 』 と 思 う 」、「 自 分 が 具 合 悪 い と き に 休 む こ と が 出 来 な い 」 な ど 、 子 ど も に 対 し て 自 分 一 人 し か世話をする人がおらず、誰にも頼る事が出来ない閉鎖的な境遇に負担を感じる人が 多かった。その延長上にはネグレクトが待ち構えているが、アノミー論ではこのよう な負担感は孤立感に該当する。 そ の た め に こ の 孤 立 感 は 深 刻 で あ り 、「 子 ど も と 2 人 き り で 、リ フ レ ッ シ ュ の 時 間 が な い 」、「 自 分 が 病 気 の と き 、 あ る い は 出 か け た い と き 、 子 ど も を 見 て く れ る 人 が そ ば に い な い 。 頼 り に で き る 人 が い な い 」、「 遊 び た い 気 持 ち が あ っ て 、 一 時 保 育 も 使 え る 14 けど、そこまでして遊びに行けない」というような言明がインタビュー記録には残っ ている。周囲でどこまで孤立感を緩和できるか。 し か し 、「 基 本 的 に 他 人 か ら の 協 力 は 得 ら れ な い の で 、常 に 子 育 て 中 は 閉 鎖 環 境 に い る。子どもには自分しかいないと思っている」というように、孤立感を甘受しつつも 子育てに使命感を表す母親もいた。これはアノミー指標における無意味感の裏返しで あり、そのまま子育ての幸せ感にも隣接する。この応援が社会的に可能か。 た と え ば 「 言 葉 を 覚 え て 会 話 が で き る よ う に な っ た 」、「 全 部 ご 飯 を 食 べ て く れ た と き 」、 「 笑 っ た り 、ハ イ ハ イ が で き る よ う に な っ た と き 」、 「寝顔や笑顔を見ているとき」 な ど 、子 ど も と の 暮 ら し に あ る 少 し の 瞬 間 に 幸 せ を 感 じ る と い う 意 見 も 多 く 見 ら れ た 。 ただし、それでも現実的には負担感が重い。たとえば、 夜泣きや、癇癪、反抗など 「子どもの行動」に対処することが、寝不足などの身体的な疲労を伴い、最終的には 「イライラ」といった精神的な負担感に繋がっている。さらに、妊娠や出産、授乳に よ っ て 母 親 の 身 体 に 生 じ る 「 生 理 的 な 要 因 」も 身 体 的 、 精 神 的 な 負 担 に 関 係 し て い る 。 「離乳食を食べてくれない 」も少なからずみられた。 子育てに対する身体的負担は、特定の状況で感じるものと常に感じるもの二つに分 けることができる。特定の状況で感じる身体的負担は以下の通りである。 「 自 分 が 体 調 を 崩 し た 際 、 ど こ か に 預 け た く て も 預 け ら れ ず に 苦 労 し た 」、「 子 ど も が 暴 れ る と き 」、「 昼 間 、 子 ど も を 遊 ば せ な い と 夜 中 起 き て し ま い 、 自 分 の 睡 眠 時 間 が た り な く な る 」、 同 じ く 「 ほ ぼ 毎 晩 、 夜 中 に 母 乳 を あ げ な く て な ら な い た め 、 寝 不 足 が 続 く 」、「 夜 中 起 き だ す と 3 時 間 く ら い 遊 び だ す 」 な ど 、 乳 児 期 特 有 の 昼 夜 逆 転 の 苦 労 と負担が多くの母親から出された。 「子どもが風邪を引いた時と同様、自分が風邪を引いた時も辛い」という回答にも 考 え さ せ ら れ る 。「 常 に 子 ど も に つ き ま と わ れ る 」は 喜 び の 場 合 も あ る が 、自 分 の 時 間 が得られないという辛さとも同居してもいる。しかも、親族が近居していない核家族 の子育て世帯では、特に夫が長時間労働や単身赴任などで家にいない場合に、身近な サ ポ ー ト が 得 ら れ な い た め に 、「 孤 立 育 児 」 の 状 態 に 陥 り 、 こ れ が 大 き な 身 体 的 ・ 精 神 的 負 担 を 引 き 起 こ す と 考 え ら れ る 。 そ れ が ま す ま す 大 都 市 の 「 孤 立 感 」 を 深 め 、「 育 児 ノイローゼ」のリスクを高める原因ともなる。 働 い て い た 母 親 か ら は 、「 自 分 が 1 人 目 を 産 ん だ 後 、 職 場 に 復 帰 し た が 、 長 い 間 席 を 外 し て い た の で 、後 ろ め た い 思 い を す る 。2 人 目 を 作 る と 、ま た 迷 惑 に な る し 、職 場 も 15 そういう雰囲気じゃないので、たぶん 2 人目が産めない」が代表的な意見である。 育児の経済的負担としては、子どもの「養育費」があげられる。全体的には就学前 の 子 を 持 つ 保 護 者 が 大 半 で あ っ た た め か 、「 ま だ そ こ ま で 金 銭 的 負 担 は な い 。幼 稚 園 に 入 っ た ら か か る の か な と 思 う 」な ど 、大 き な 経 済 的 負 担 は な い と い う 意 見 が 多 か っ た 。 ま た 札 幌 市 の 「 私 立 幼 稚 園 保 育 料 補 助 」 を 受 け て い る 保 護 者 も 、「 幼 稚 園 費 用 は 、 毎 月 助 成 金 が あ る の で 、 負 担 と は 言 え な い 」 と 答 え た 。 し か し 、 市 立 幼 稚 園 の 月 謝 8700円 に 対 し 、 私 立 は 月 額 2~ 4万 円 か か る こ と を 受 け て 、「 私 立 幼 稚 園 が 高 す ぎ る 。義 務 教 育 の よ う に し て ほ し い 」、「 幼 稚 園 に 二 人 入 れ る の は 高 い 」 な ど 、 費 用 負 担 に 関 す る 意 見 は少なからず聞かれた。インタビューで確認できた大きな傾向を整理すると、 ① 自分の時間がない(精神的負担) 最も多くみられたのは、子供と一時も離れられないため自分の時間がないという意 見であった。ショッピングや美容院、レジャーなど、気分転換をしたり、自分のため に時間を使う機会が減少するという悩みが多い。これらが子育てをする親にとって最 も大きな負担であるということが分かった。また、余暇活動の時間だけでなく、子供 がいるために働きたくても時間がなく、働くことができないという意見も聞かれた。 ② 睡眠不足(身体的負担・精神的負担) ① に次いで多かったのが、子供の夜泣きを主な原因とする睡眠不足であった。 子 育てをするうえでは避けられない悩みではあるが、身体に負担がかかることにより結 果として精神面でも悪影響が及ぶことが考えられるので、簡単に見過ごすことのでき ない問題となっている。 ③ 子どものけんかやわがままなど、しつけ等に関しての悩み(精神的負担) ①②に次いで多かった回答が、子供のけんかや外出先でわがままを言うなど、しつ けに関する悩みだった。これらは子育てをする親を取り巻く配偶者・友人・親族との 連 携 が 、 問 題 解 決 の た め に は 重 要 で あ る と 考 え ら れ る 。「 子 ど も が 泣 い て い て も 、言 葉 がわからないため辛い」は「物事を教える際、子どもがなかなか理解してくれず苦労 す る 」 と 同 じ 種 類 の 不 安 感 で あ る 。「 自 分 の 気 分 で 我 が 子 を 怒 る 時 が あ る 。 度 々 、 後 悔 している」は親ならば誰でもが経験してきた後悔であろう。また、その他の少数意見 と し て は 、「 複 数 の 子 供 が い る た め 、 自 分 一 人 に よ る 子 育 て が 体 力 的 に 厳 し い 」( 身 体 的負担)という回答も見られた。 ほとんどの調査員からは、 「意外にも経済的な支援を求める声はあまり聞かれなかっ 16 た」という報告で寄せられた。しかし、これは札幌子育て支援総合センターを平日の 昼間に利用する母親は比較的経済的に余裕のある階層に帰属している可能性があるた めと、子どもが乳幼児期に属しているので、教育費の負担がないからである。したが ってこれらの結果から、札幌市における経済面での子育て支援は必要ないと判断する ことは出来ない。 第4章 子育て支援施設の評価の構造 利用者の満足度が高い子育て支援総合センターやエルムの森児童会館その他は、利 用者によるどのような評価の構造を持っているだろうか。今回のインタビュー調査で はソフト面とともにハード面の内容までも質問項目に加えた。共通した回答として総 合すると、開放型施設であることへの肯定的な評価が強いこと、利用する母親間には マ マ 友 づ く り の 可 能 性 に 富 む こ と 、そ こ か ら ソ ー シ ャ ル キ ャ ピ タ ル の 増 加 が 予 想 さ れ 、 そのまま利用者には新しい人脈の活用が期待されていることなどが指摘される。 各施設の評価項目としては以下の 3 点に絞った。 ① 公的施設そのものについての評価を尋ねる ② 子どもの遊び相手の存在 ③ 母親がママ 友を得る か、あるい は 獲得し た ママ友との 親密な関 係を維 持できる こと 子育て支援施設内部とともに交通手段や隣接する設備についても話を聞いた。 表3 子育て支援センターと児童会館の評価とニーズ センター 施設について エルム 福住 施設への要望 広さ 親同士の交流 広さ 設備の清潔さ 訪れやすい 子ども、親の交流 遊具 スタッフの質 出入り口の増設 外遊びのスペース 必要な支援 時間帯・回数の拡大 公共交通・移動手段の整備、保育施設の数 施 設 そ の も の に 対 す る 評 価 は 、 ど の 施 設 で も 好 意 的 な も の が 多 い (表 3 )。 子 育 て 支 援センターでは、広いスペースや玩具の豊富さ、利用可能な日の制限が少ないことが 高い評価につながった。内部の空間については、子どもが自分で動き回るようになる と狭いかもしれないが、乳幼児ならば広さには問題がない。また、設備の清潔さ、安 全性が挙げられていたことも特徴で、 「 施 設 の 清 潔 さ は 、利 用 を 決 め る 一 番 重 要 な 条 件 」 17 との判断基準も利用者の多くに使われていた。福住児童会館でも、子育て支援総合セ ン タ ー と 同 じ 内 部 空 間 の 広 さ が 挙 げ ら れ て お り 、「 広 く て 見 通 し が よ い の で 、 子 ど も 2 人を同時に遊ばせられる」と評価された。 遊 ぶ た め の 空 間 と 遊 び 相 手 の 存 在 へ の 期 待 や 、「 1 人 で は つ ま ら な い か ら 兄 弟 姉 妹 が いるようにしたい」といった回答からも、空間とそこを利用する人々の存在が重視さ れていることが窺える。特に冬期は、各施設の利用者から異口同音に遊べる場所が減 ることを危惧する声が聞かれたので、乳幼児期の子どもが思い切り遊べて、運動する ことができる街中施設は、今後とも札幌の子育て空間としても貴重な存在である。 内部設備については、自宅などでは保有していないために、そこでしか使えない玩 具や道具がたくさんあり、自由に利用できる開放性が高い評価を得た。これは母親に よる種類の多さと清潔さなどの設備面の評価を押し上げるとともに、乳幼児がそれら に飽きないし、スタッフの努力によりそれを用いた新しい経験が得られるという連結 し た 回 答 に 結 び つ い た 。 ま た 、「 子 ど も の 成 長 は 日 々 実 感 で き る 」 が 、 そ れ が 公 的 な 施 設や設備を経由した「遊びの中で成長を実感する」という意見も得られた。 これは逆 アノミーとして、将来への絶望ではなく子育てに関する希望につながる。 また、施設での人間関係についても好意的であり、スタッフの真摯な姿勢には 評価 が 高 く 、 乳 幼 児 で も 施 設 ス タ ッ フ を 慕 う 傾 向 が あ る こ と が 語 ら れ た 。し た が っ て 、「 少 し目を離してもスタッフが見ているから安心」という回答も出た。スタッフが施設内 で行う対応全般も好意的に捉えられている。これは札幌だけではなく、 新しく調査し た福岡市の中央児童会館の実際の場面でも確認された。 どこでもリピーターは確実に存在して、エルム児童会館や福住児童会館でも、新た な人間関係としてのママ友の獲得が挙げられた。母親同士の会話の機会を得られるこ と が 、親 同 士 の 関 係 の 維 持 と と も に 子 ど も 同 士 の 関 係 も ま た で き る こ と も 評 価 さ れ た 。 同 年 齢 の 子 ど も 間 で は 、母 親 同 士 が「 子 ど も に も 兄 弟 姉 妹 が い る よ う に し て あ げ た い 。 1 人では寂しいから」と積極的に関わろうとした事例も複数存在する。 そ の 延 長 に マ マ 友 を 初 め と す る 母 親 の 人 間 関 係 が あ る 。「 人 は 良 薬 」だ か ら 、 良 質 な ソーシャルキャピタルは双方の安心感や満足感を増幅させ、子どもの病気やしつけな ど を 相 談 で き て 、不 安 解 消 に 結 び つ き 、孤 立 感 を 減 少 さ せ る 。「 他 の 母 親 と 話 が で き る か ら 気 分 が 楽 に な っ た 」、「 子 ど も の し つ け で 、 話 し あ え る の で 安 心 」、 同 年 代 の 「 子 ど も」の直近の情報を共有できるなどの利点があげられた。 18 相談相手としては祖父母も挙げられているが、相談の内容はママ友と祖父母で異な っている。祖父母の場合には、子育て関連情報が古いこと、または近くに居住してい ない場合には実際に子どもを見ていないために、話が伝わりにくいなど、内容や個人 の状況によって、日常的な支援にはならないことがある。但し、インタビュー相手の 多くは親の支援があることは有利だと認識して おり、近居・同居の場合には、積極的 な利用がみられる。祖父母が預かるなど、手を貸せる状態にある場合には、 それが支 援として認識されていて、子育てに伴う「無力感」には至っていない。 いずれの施設でも、身内と他者を問わず人との接触が重要な要因となって いて、母 親 が 家 族 以 外 の 他 者 と 接 触 す る こ と に よ る 負 担 解 消 が 認 め ら れ る 。ま た 、「 施 設 で は 子 どものことだけみていればよいので、家事などから離れられる」というように、施設 利用の積極的意味を挙げる人もいた。接触会話する他者とは、ママ友、別居の両親、 義理の両親、施設のスタッフが含まれるが、部外者の調査員でさえも「話をすると気 分転換になる。話が出来てよかった」という感想が寄せられたことには驚きを禁じ得 ない。これもまたアノミー指標「無意味感」の裏返しといってよい。 施 設 自 体 に 対 す る 不 満 は あ ま り 聞 か れ な か っ た 。 若 干 の 不 満 と し て は 、「 駐 車 場 か ら 施 設 内 に 直 接 入 れ る よ う に し て ほ し い 」、「 サ ロ ン の 時 間 を 変 え て 欲 し い 」 が あ っ た 。 サ ロ ン の 時 間 に つ い て は 、「 こ の 時 間 は 、子 ど も は 寝 て い る こ と が 多 く 、来 て も 寝 て し まうから家にいても同じ」という理由であった。また、児童会館子育てサロンについ ては、もっと時間や回数を増やしてほしいという要望が聞かれた。実際に、期間や回 数が他の児童会館に比べて多いことが、福住児童会館では利点の 1 つに挙げられてい る。また、小・中学校の長期休暇期間には子育てサロンが開催されない。しかし、全 体 と し て は 公 的 (専 門 的 )支 援 へ の 評 価 が 明 確 に 示 さ れ て い る 。 施設についての不満は少ないものの、 行政による育児支援全体への要望は存在して い る 。各 施 設 で 共 通 し て 挙 げ ら れ た の は 、そ こ に 通 う 親 子 の 移 動 へ の 配 慮 不 足 で あ る 。 出 さ れ た 例 と し て は 、「 地 下 鉄 駅 の エ レ ベ ー タ ー は す ぐ 使 え る 場 所 に は 無 い こ と が 多 い 」、「 百 貨 店 な ど で 、 入 る の は 比 較 的 楽 だ が そ の 後 が 動 き に く い 。 地 下 歩 道 も 便 利 だ が、出入りは大変」などであり、主に上下方向への移動による負担が のべられた。 次に挙げられたのは、一時保育など保育施設の機能整備である。今後、母親が再就 職する際など、一時的にでも子どもの預け先として使える施設が少ないことへの危惧 や改善への要望が繰り返し聞かれた。 19 こ の 点 に つ い て 、 札 幌 市 の 認 可 保 育 所 の 入 所 状 況 か ら 確 認 し て お こ う (表 4 参 照 )。 表4 札 幌 市 の 認 可 保 育 所 入 所 状 況 (2012 年 2 月 ) 区 施設数 定員 計 中央区 18 1,430 1,627 北区 31 2,728 3,082 東区 35 3,345 3,748 白石区 26 2,680 3,056 厚別区 12 1,070 1,159 豊平区 23 2,230 2,543 清田区 10 900 1,004 南区 15 1,245 1,377 西区 21 2,120 2,394 手稲区 14 1,260 1,436 札幌市計 205 19,008 21,426 (出 典 )札 幌 市 認 可 保 育 所 入 所 状 況 (http://www.city.sapporo.jp/kodomo/kosodate/documents/nyuusyojoukyou2402.pdf)よ り 2012 年 2 月 時 点 の 施 設 数 は 205 ヵ 所 、 定 員 の 19,008 人 に 対 し 21,426 人 が 入 所 し て お り 、 入 所 率 の 平 均 は 約 113% と な っ て い る 。 2012 年 4 月 か ら は 、 222 ヵ 所 ・ 20,277 人 に 拡 大 し て い る が 、2012 年 10 月 時 点 で の 待 機 児 童 は 1,496 人 お り 、ま た 諸 要 件 か ら 申請していないケースがあることを踏まえると、実質的な入所希望者は更に多いと推 測される。子育て施設の利用目的には、今回のインタビュー 調査結果からは、育児支 援施設そのものへの評価と、そこを活用した友人関係の形成などによる主に精神的な 安定感に関する評価の 2 機能が確認された。前者が公的な面であるのに対し、後者の 支援は、非専門的な内容で自分の利用意思に左右される支援形態である。 施設に対する評価は、施設の利用者は、スペースやスタッフの質、設備など、公的 な 面 か ら 保 障 さ れ た 安 全 な 空 間 と し て 施 設 を 認 識 し て い る と ま と め ら れ る 。そ の 中 で 、 個人の関係を利用・形成することで、施設そのものに加え、ネットワークへの接触、 利用機会を得ていると考えられる。 後者については、育児において 家庭外との接触が親子双方にとって重要な ために評 価されたのであろう。母親の精神面での負担解消という 意味でも、ママ友を含む他者 との接触を得て、その関係を維持する ことで、それを提供してくれる支 援施設への肯 定的な評価につながる。また、子ども同士の関係をみてわかる「初めて」 の相手への 関 心 や 、同 じ 年 の 子 ど も 同 士 が 自 然 に 関 係 を 結 ぶ 機 会 を 得 る 場 所 と し て み ら れ て い る 。 同時に、そこは親同士での 子育て情報交換などが飛び交う機会でもある。 20 自らの育児で感じたことを、他者しかも同じ状況にある 母親と共有することで、精 神 的 な 負 担 感 が 緩 和 で き る 。即 ち 、親 同 士・子 ど も 同 士 の ネ ッ ト ワ ー ク の 窓 口 と し て 、 子育て規範の標準化規範への接触の場として施設が捉えられる。子どもにとっては社 会化の初期段階の経験として、母 親にとってはいったん途切れた社会との繋がりを得 るための機会を提供する機能が、センターや児童会館という施設が担っている 。 同時に、 「 あ ま り に 長 い 間 、子 ど も だ け と の 関 わ り が 続 く と 、お 互 い に 参 っ て し ま う 」 という母親からの回答にもみられるように、親 と子・夫と妻など、関係が単一でごく 近 し い 対 象 だ け の 場 合 は 、 そ の 内 部 的 な 関 係 を 強 め る ( bonding) 効 果 は あ る 一 方 で 、 外 部 と の 橋 わ た し( bridging)効 果 が 得 ら れ ず に 、自 己 閉 鎖 性 に つ な が る 恐 れ が あ る 。 こ こ で 、必 要 な 支 援 に 挙 げ ら れ た「 ア ク セ ス 」の 重 要 性 に 着 目 し た い 。私 は か つ て 、 経 験 の 共 有 を 基 準 に コ ミ ュ ニ テ ィ を み る 場 合 に 、 集 ま る (coming)こ と が 第 一 段 階 と し て重要であるとした。同じように、育児施設も来訪が起点にあり、また施設の機能を 顕在化する要件と考えられる。来てもらえなければ何も始まらない。関係の維持 ( keeping)も で き ず 、ま し て や 協 働 し て 子 育 て す る 行 為( working)も 生 ま れ な い( 金 子 、2007)。 ま ず は 施 設 ま で の ア ク セ ス と し て は 、 公 共 交 通 、 駐 車 場 、 施 設 内 エ レ ベ ー ターの位置などが問い直される。 交 通 面 に 加 え て 、施 設 や 支 援 な ど の 情 報 面 へ の ア ク セ ス を 同 時 に 考 察 す る と 、「 外 出 す る (遊 び に 行 く 、 日 常 生 活 と し て 子 ど も と 一 緒 に 出 掛 け る )こ と で ア ク セ ス の 大 変 さ が 認 識 出 来 た 」と い う 答 え に も な る 。そ の 他 の 交 通 機 関 や 移 動 に 関 す る 質 問 を す る と 、 「交通手段の不足や不備を認識している 」ことも分かった。居住地から施設までの 移 動は、施設来訪だけではなく、その途上に日常的に必要な買い物などのニーズ充足を 含んでいる。 施設内で実際に会う相手はどのような属性にあるか。まず子育て支援総合 センター では、同じ年頃の子どもを持っている母親同士およびその子ども同士 の関係がみられ る。ただし、そこから子育て支援ネットワークに育つかどうかは分からない。なぜな ら 、 一 人 の 調 査 員 の 場 合 、 質 問 で 得 ら れ た 実 際 の ネ ッ ト ワ ー ク 形 成 は 、 14 人 中 1 人 の み と な っ て い た か ら で あ る 。ま た 、「 ち あ ふ る 」な ど 他 の 同 じ 形 式 の 公 営 施 設 の 利 用 に つ い て も 、「 知 人 と 一 緒 な ら ば よ い が 、知 ら な い 人 し か い な い と わ か っ て い る と 行 き に く い 」、「 仲 間 と 連 絡 を 取 り 合 っ て 、 行 く 場 所 を 決 め て い る 」 と い う よ う に 、 知 人 の 存 在が想定されている。既存関係を利用する際には、事前に何らかの手段でコンタクト 21 を取り、利用時間の調整がなされる。年中無休であることの逆機能として、特定の個 人との接触機会は限定されているからである。 出会いの機会の限定は、子育て支援総合センターの場合個人的な事情によるが、 逆 に児童会館では開催日が設定されているため、それに合わせるという意味での公的な 制約が認められる。しかし、福住で「木曜日には乳幼児用の遊具コーナーが設置され るので、これを目当てに来ている。他の施設ではいつ誰がいるか分からない」という 意見もあるように、公的な制約は個人の事情を優先することで若干は回避される。 また、エルムの森児童会館と福住児童会館では、来訪者の居住地が徒歩圏内であっ たのに対し、子育て支援総合センターでは遠距離に拡大している。とりわけ徒歩圏内 の児童会館では、地域の子育てサロンなどでの出会いをきっかけに、子どもを得てか ら形成されたネットワークが利用されている。この関係は、子どもにとっては第一次 集団への発展が期待されるもので、親にとっても「親密な他者」とみられる第二次関 係である。ここでは、センターとは逆に、元からの友人関係を利用するケースはほと んどみられない。その意味で全市の中学 校区にある児童会館は「 移動の負担」が少な く、そこで形成される「ママ友」もサロン以外の日常性でも確実に機能する。 全体の傾向としては、多くの利用者が現在の施設の状況に満足していた。区民セン ターや児童会館と併用しているという利用者も、子育て支援総合センターほどの設備 が充足された施設は市内にはないとのべられるケースが多い。特に評価が高かったの が以下の 2 点である。 ま ず 開 館 時 間 が 長 い こ と が 指 摘 さ れ る 。午 前 中 の み・午 後 の み と い う の で な く 、9 時 ~ 17 時 と 長 時 間 開 か れ て い る 点 、 お よ び 年 末 年 始 を 除 き 土 日 ・ 祝 日 も 開 館 し て い る と いう点で評価が高かった。 内部的にはおもちゃが豊富という評価基準が使われた。子育て支援総合センターに は、各種おもちゃや絵本など子供を遊ばせる道具が多く用意されているという意見が 聞かれた。 一方、センターに対する要望としては、以下のような声が聞かれた。食事のできる スペースが狭いことが筆頭にあげられる。センターで昼食をとる利用者からは、もっ と食事のできるスペースを増やしてほしいという要望が寄せられた。特に土日などは 利用者が増えるため、落ち着いて昼食をとれないので、何とかして欲しいとのことで あった。 22 また、近くまで自動車で来館する利用者にとっては、駐車スペースに問題があると いう意見が見られた。センターや子ども未来局の方針もあり、駐車場の拡張は困難で あろうが、遠方からの利用者のなかにはそのような声を出す人もいた。 さて、道外から転居してきた母親が最も行きやすい場所として、近場の施設 として 児 童 会 館 を 選 ん で い た 。「 来 た ば か り で 何 も わ か ら な か っ た が 、こ こ (児 童 会 館 )に 来 る ようになって、話ができる人をみつけることができた。知らない土地だったから、も し 話 せ る 人 が い な け れ ば 、 ど う な っ た か わ か ら な い 」 と い う よ う に 、「 新 参 者 」 に と っ ては、近所にある施設が精神面の負担軽減に大きく作用していることが窺える。新た な日常の中でも人間関係を得られていることから、児童会館は新たなネットワーク形 成に寄与していることがわかる。社会学的には、社会的共通資本が社会関係資本のイ ンキュベーター機能を持っているという証明が得られたといってよい。 第5章 支援構造とママ友ネットワーク 子 育 て 支 援 構 造 は 、 地 域 組 織 や 民 間 企 業 ・ NPO、 そ し て 国 や 自 治 体 が 行 っ て い る 「 制 度 的 支 援 」と 、夫 や 親 族 、マ マ 友 、近 隣 の 人 が 母 親 に 対 し て 行 っ て い る 支 援 で あ る「 関 係 的 支 援 」 に 大 別 さ れ る 。 そ れ ら か ら 引 き 出 さ れ る 支 援 機 能 は 、( A) 母 親 の 育 児 行 為 を 直 接 的 に 肩 代 わ り す る 「 直 接 的 支 援 」 と 、( B) 母 親 が そ の ま ま 育 児 行 為 を 行 え る よ うに援助する「間接的支援」に分類できる。さらに、それぞれの支援機能は、パーソ ンズの行為論における「道具性」と「表出性:の区別を用いて、 ①目的達成のための 労働、情報、物資、手段の提供が主機能である「道具的支援面」と、②情緒や認知、 知 能 へ の 働 き か け が 主 機 能 で あ る「 表 出 的 支 援 面 」か ら 捉 え ら れ る( パ ー ソ ン ズ 、1951 = 1974)。 こ れ ら を 表 5 で ま と め た 。 表5 支援の分類 直接的支援 制度的支援 関係的支援 間接的支援 道具的 A E 表出的 B F 道具的 C G 表出的 D H 23 行政にとっての子育て支援の筆頭は、支援総合センターや児童会館や保育所など制 度に基づく施設がどのように機能しているかにあり、表5ではAに分類される直接的 制 度 的 支 援 が そ の 代 表 例 に な る 。す で に 施 設 そ の も の に つ い て の 評 価 は 紹 介 し た の で 、 インタビューの際に特に要望が強く出た一時保育を含む「預かり」機能についてまと めてみよう。 子どもの一時保育に関しては、発達教育など表出的側面を含みつつ従来の幼稚園や 保育所による道具的な支援が一般的に求められている。ある時間帯で、どうしても 2 時間程度の一時保育がほしいという ケースは珍しくないからである。 自治体の保育所 や民間保育所などで実施されている一般的な一時保育については、すでに関係的支援 の代替として緊急時や母親のリフレッシュ目的で かなり頻繁に利用されている。 それに対し、NPOなどが運営する活動型一時保育については、母親が週に1回自 由な時間の確保を目的に活用したり、再就業のきっかけや幼稚園入園前の集団保育を 目的として活用されていた。すなわち前者と後者で利用目的やニーズの内容に違いは みられたとはいえ、今回の調査でも一時保育ニーズはある程度充足されてはいた。 も ち ろ ん 一 時 保 育 の 問 題 点 は 多 い 。た と え ば 、「 料 金 が 結 構 高 い の で 、自 分 の リ フ レ ッ シ ュ の た め に 利 用 す る の は 贅 沢 と 思 う 」 は 代 表 的 な 意 見 で あ る 反 面 、「 買 い 物 な ど で 利用したいので家の近くよりは、街中にあってほしい」など 、立地場所やサービスの 利 便 性 さ ら に 受 け 入 れ る 側 の 一 時 保 育 の 質 へ の 不 安 な ど が 指 摘 さ れ る 傾 向 は 、 2009 年 の調査以来変わっていない 。 次に、制度面における間接的支援についてまとめておこう。支援総合センター、児 童会館、保育所などで日常化されている保育士・看護師・栄養士による子育て講座、 情報紙、子育て支援情報サイト、家事ヘルパーサービス、遊具施設などへの利用者満 足度は総じて高い。これらは道具性に富んでいて、利用者に情報提供、育児講座、家 事支援、遊び場を提供してくれる制度的支援の核をなす。 他方、表出性に富む専門的相談や母親のリフレッシュ支援などもまた、保育士や保 健師による講座が用意されているので、こちらもまた評価が高い。たとえば支援総合 セ ン タ ー で は 、離 乳 食 や 遊 び な ど 育 児 に 関 す る 各 種 の 講 座 や 母 親 の リ フ レ ッ シ ュ 講 座 、 専門家による育児相談を実施するなど、道具面でも表出面でも必要な支援活動 を提供 している。特に冬期間の札幌では、屋内遊具施設を利用する親が多いが、商業的な有 24 料遊具施設は利用料の負担も大きいため、センターや児童会館など無料で利用できる 支援の提供は、経済負担の低減にとっても、在宅での 孤立育児回避の意味でも有用で ある。 ま た 、表 出 的 サ ポ ー ト し て は 、「 保 育 所 の 先 生 に は 毎 日 会 う の で 、子 ど も の 行 動 な ど に つ い て 話 す 」、 「 下 の 子 が で き て か ら 、上 の 子 と 下 の 子 の 仲 が 良 く な く て 困 っ た 時 に 、 子育ての電話窓口に相談したことがある」など、専門家による育児相談に対するニー ズは大きい。ここには保育の専門性への信頼が認められる。 た だ し 、「 家 の 近 く の サ ロ ン は 狭 く 、 開 放 時 間 が 短 い 」、「 保 健 セ ン タ ー の 育 児 相 談 を 予約して数カ月待った」なども聞かれたので、制度的支援は地域間のサービス差の是 正や利便性の向上が今後とも行政の課題としてあげられる。 どの施設に託児をするかを尋ねたところ、多様な回答が得られた。 たとえば「子育 て経験者に預かってもらいたい」という人のレベルでの要望が一方にあり、他方には 「保育所などの公的施設の保育士にお願いしたい」という制度重視のニーズが拮抗し た 。「 安 全 な と こ ろ が よ い 」 の は ど ち ら も 当 然 だ が 、「 お 金 は か か っ て も よ い 」 と い う 意見とともに「できるだけ安い方がありがたい」までの幅が認められる。 一時保育の施設としては圧倒的に「保育所」が多い。そのうえで「目が行き届く人 数で託児しているところに預けたい」や「家族で店を営業しているので、店の都合か ら 夜 10~ 11 時 ま で 預 か っ て 欲 し い 」 な ど ば ら つ き も 多 く 、 専 門 性 、 料 金 、 安 全 性 、 緊 急性、託児人数、時間帯などさまざまな要望が聞かれた。 保育施設以外に「預ける相手はいる」と回答した場合では、直接的関係支援として 表 5 の C に 収 斂 す る 傾 向 が あ る 。「 下 の 子 の 出 産 の 時 に は 主 人 に 預 か っ て も ら っ た が 、 他 は よ っ ぽ ど の こ と が な い と 預 か っ て も ら え な い 」、「 年 に 2 回 く ら い 夫 に 預 け 、 美 容 院 に 行 く 」、「 友 人 の 結 婚 式 な ど が あ れ ば 、 母 に 見 て も ら う 」、「 半 年 に 一 回 ず つ 、 友 人 と兄嫁に預けて、自分は病院に行く」といったように、年に数回どうしても外せない 事態や一人になる必要があるときのみ、この直接的関係的支援を活用しているという のが実情であった。 直 接 的 関 係 支 援 に よ る「 支 援 の 代 替 」の 実 態 に つ い て は 次 の こ と が 明 ら か に な っ た 。 その支援が直接的な応援となりうる 道具的支援面に関しては、夫や親族、ママ友によ る 子 ど も の 世 話 、 送 迎 、 預 か り が 、 母 親 の 支 援 を 直 接 的 に 代 替 す る 。「 夫 が 子 ど も の 寝 か し つ け や 、 お む つ の 交 換 を し て く れ る 」、「 休 み の 日 な ど は 、 着 替 え な ど 上 の 子 の こ 25 と は 夫 が し て い る 」、「 平 日 に で き る 時 は 夫 が お 風 呂 に 入 れ さ せ た り 、 ご 飯 を 食 べ さ せ た り し て い る 」、「 資 格 の 勉 強 を す る 2 時 間 く ら い の 間 、 主 人 に 預 け る 」 な ど は 、 配 偶 者が直接的で道具的な場面での支援を行う事例である 。 親族もまた道具的支援に関与する。 「子どもが風邪をひいた時など保育所に預けられ な い 場 合 で 、 仕 事 が あ る 時 に 、 親 に 預 け る 」、「 美 容 室 に 行 く 時 や 結 婚 式 な ど 用 事 の 時 に 実 家 の 親 に 預 け る 」、「 実 家 で お 風 呂 に 入 る 時 は 、 母 に 子 ど も を 渡 し て タ オ ル で 拭 い てもらい自分はゆっくり入る」などは親族が道具的な支援としての有効な機能を果た している例となる。 子育て支援の認知や満足度に関連する 表出的支援面に関しては、子どもの遊び相手 や、子どもの教育、しつけを母親に代わって行う応援が母親自らの負担を軽減してい る こ と が 指 摘 で き る 。「 家 に い る 時 に は 夫 が 子 ど も と 遊 ん で く れ る 」、「 土 日 に 公 園 に 連 れていき、遊んでくれる」などは表出性に富む支援になる。 しかし、道具的でも表出的でも支援 の代替にはいくつかの限界がある。なぜなら、 夫の職場における長時間労働や休暇を取りにくい環境 が残っており、夫による家庭内 支援を不定期的で時間限定的なものにするからである。今回の調査でも、夫の育児休 暇取得例はわずか1例(5日間)しかなかった。子どもや妻が病気の際の休暇は「忙 し い 時 期 で な け れ ば 有 給 を と れ る 」と い う 意 見 が あ る 一 方 で 、「 病 児 休 暇 も 絶 対 無 理 」、 「夫の休みは不規則なので、いつ預けられるかは定かでない」という 現状は広く認め られるから、全体として母親が必要な時に夫から道具的・表出的支援を受けられる可 能性は高くないと考えられる。 また、親族による支援も近居の有無の他に、親の年齢や健康、就業状況など に制約 される。ソーシャルキャピタルとして位置づけられる ママ友による支援も、預け先の 近さや子ども同士の年齢などの条件の他に、ママ友同士の育児観が一致しなければ、 簡単に頼めるものではない 。 また、関係的間接的支援として、夫が日常的な家事で支え、親族が炊事を手伝い、 助 言 を し 、マ マ 友 が 子 育 て の 情 報 を 提 供 す る 形 で 道 具 的 サ ポ ー ト が 行 わ れ て い る 。「 夫 婦ともに働いているが、夫はお風呂の掃除をしたり、料理以外のことは育児も 家事も 全 て 分 担 し て い る 」、「 妻 方 の 両 親 に は 週 に 2 、 3 回 ご 飯 を 一 緒 に 食 べ た り 、 助 け て も ら っ て い る 」、「 二 人 目 だ か ら あ ま り 困 っ た こ と は な い が 、 一 人 目 の 時 は 姉 に 聞 い た り した」などは、日常的に関係的間接的道具的支援が健在な事例になっている。 26 表 出 的 側 面 に つ い て は 、「 夫 や 周 り の 人 、 マ マ 友 に し ゃ べ っ て 、 す っ き り す る 」 の よ うに、夫や親族が育児中の母親の相談相手となり、育児の大変さを理解し、苦労を評 価することで支え、ママ友同士で育児の悩みや大変さを共感することで、母親の負担 感 が 軽 減 さ れ て い る 。こ れ に は「 子 ど も に 怒 り す ぎ た 時 な ど 、夫 に 相 談 し て い る 」、 「子 ど も の 性 格 な ど 内 面 的 な 成 長 に つ い て 相 談 し て い る 」、「 育 児 で つ ら い 時 は 夫 が 車 で 連 れ出してくれる」などが該当する。 親族にも「両親に悩みを聞いてもらったりする」 ので、関係的間接的道具的支援は認められる。 ママ友関連では「児童会館は毎週会う人がいるし、子どもも同じくらいの月齢なの で 、 子 ど も の 成 長 や 育 児 で 困 っ て い る こ と を 話 し て 、( お た く も そ う な の ね ー )」 と 共 感する)が普遍的な表出的支援になっている。 表 出 的 支 援 は 、「 近 所 の 人 と は あ ま り 深 入 り し た く な い 」な ど に 見 ら れ る よ う に 、 母 親が近所で親密なママ友関係を求めているとは限らない。そこには健全な距離を感じ させる事例も多い。 以上、子育て支援環境のソフト面の研究として 、インタビューによる生の声の記録 と背景を記述して、貴重なデータの把握をそろえた。その後に。 データを整理して、 問題意識の確定し、設定された仮設を検証しようとした。さらに、 データから情報へ 昇華させる試みの中で、記録データの並べ替え を行った。最終的には調査結果の記述 と蓄積から、調査項目ごとの結論を下した。 次はハード面の調査結果を整理する。 <参考文献> 参考文献 デ ュ ル ケ ム ・ 宮 島 喬 訳 ,1985,『 自 殺 論 』 中 央 公 論 社 。 マ ー ト ン ・ 森 東 吾 ほ か 訳 ,1961,『 社 会 理 論 と 社 会 構 造 』 み す ず 書 房 。 金 子 勇 編 ,2010,『 』 金 子 勇 編 ,2013,『 』 金 子 勇 ,1993,『 都 市 高 齢 社 会 と 地 域 福 祉 』 ミ ネ ル ヴ ァ 書 房 。 金 子 勇 ,1995,『 高 齢 社 会 ・ 何 が ど う 変 わ る か 』 講 談 社 。 金 子 勇 ,1998,『 高 齢 社 会 と あ な た 』 N H K 出 版 。 金 子 勇 ,2003,『 都 市 の 少 子 社 会 』 東 京 大 学 出 版 会 。 金 子 勇 ,2006a,『 少 子 化 す る 高 齢 社 会 』 N H K 出 版 。 27 金 子 勇 ,2006b,『 社 会 調 査 か ら 見 た 少 子 高 齢 社 会 』 ミ ネ ル ヴ ァ 書 房 。 金 子 勇 ,2007,『 格 差 不 安 時 代 の コ ミ ュ ニ テ ィ 社 会 学 』 ミ ネ ル ヴ ァ 書 房 。 金 子 勇 ,2009,『 社 会 分 析 』 ミ ネ ル ヴ ァ 書 房 。 金 子 勇 ,2011,『 コ ミ ュ ニ テ ィ の 創 造 的 探 求 』 新 曜 社 。 金 子 勇 ,2013,『「 時 代 診 断 」 の 社 会 学 』 ミ ネ ル ヴ ァ 書 房 。 金 子 勇 編 ,2011,『 高 齢 者 の 生 活 保 障 』 放 送 大 学 教 育 振 興 会 。 パ ー ソ ン ズ ・ 佐 藤 勉 訳 ,1974,『 社 会 シ ス テ ム 論 』 青 木 書 店 。 Seeman,1959,’ On the Meaning of Alienation ’ American Sociological Review , 214:783-91. シ ー マ ン ・ 池 田 勝 徳 ほ か 訳 ,1983,『 疎 外 の 研 究 』 い な ほ 書 房 。 ジ ン メ ル ・ 清 水 幾 太 郎 訳 ,1979,『 社 会 学 の 根 本 問 題 』 岩 波 書 店 )。 28 第2部 第 1章 建築学・環境心理学からみた児童館施設の社会的位置付けと可能性 建築学分野における既往の研究 本 章 で は 、「 子 育 て 支 援 環 境 づ く り の 課 題 と 展 望 」 に つ い て 、児 童 館 の 施 設 を 建 築 学 および環境心理学の側面から見ていきたい。建築学における児童館研究の成果を表1 にまとめる。研究テーマとしては、児童による使われ方の実態を把握し たうえで、面 積や室の配置といった、今後の施設計画の指針を導きだそうとするものが多い。なか には、異なる用途施設との複合について調査したものも見られ る。 施設計画のあり方については、一人あたりの面積確保を疑問視する研究が 多い。一 様 に 、厚 生 労 働 省 の 学 童 保 育 施 設 の ガ イ ド ラ イ ン に 記 載 さ れ て い る 、「 子 ど も 一 人 あ た り 1.65 ㎡ 」は 基 準 自 体 が 低 い 値 で あ り 、か つ 、こ れ を 満 た す 施 設 は 全 体 の 50% に と ど ま る こ と が 問 題 視 さ れ て い る 。子 ど も 一 人 あ た り 4~ 7 ㎡ が 適 正 値 で あ る と 算 出 す る 研 究もある。複合した場合の学童室の面積の実態を調査した研究では、 小学校に含まれ る 場 合 の 平 均 面 積 は 94.6 ㎡ に と ど ま り 、単 独 で 立 て ら れ る 場 合 の 112.0 ㎡ よ り も 狭 く な っ て い る こ と を 明 ら か に し て い る ( 文 献 1-1、 1-2、 1-3、 1-4)。 室 の 使 わ れ 方 は 、床 材 に よ る 影 響 が 大 き く 、遊 び の 種 類 に よ っ て 室 を 分 け な く て も 、 一室のなかで床材に変化をつけることで遊びの 種類が自然に別れる。この方法は、物 理的に部屋を分断しないため、指導員が監視しやすく、子どもも互いを観察して流動 的に遊びが展開していくきっかけとなる。指導員や児童の遊びの種類に注目して、ス ペースの機能の関係をネットワーク図として表現することで、今後の児童館計画に有 効 な 指 針 を 示 す 研 究 も 見 ら れ る( 文 献 1-4、1-5)。さ ら に 、中 高 生 の 遊 び 方 に つ い て ア ンケート調査を行った研究では、児童館は、遊び道具や遊び相手が見つかるという点 で「遊び」の準備がいらず、子ども達の遊び環境のなかでも 利用しやすい場所である と 認 識 さ れ て い る こ と が わ か っ た ( 文 献 1-8)。 児童館における子どもとその他の利用者との交流に注目した研究では、児童館内の 室の配置やスペースの連続性、児童館側が提供する遊びのプログラムによって、交流 の発生や内容、頻度が異なることが明らかである。また、学童とその他利用者(子ど も)を分ける児童館では、同じ行為でも複数の場所を必要とする非効率 的な施設運用 に な り 、 空 間 利 用 の 分 断 化 に つ い て 見 直 す 必 要 が あ る と さ れ て い る ( 文 献 1-6 、 1-7)。 児童館と他用途施設との複合状況については、土地の有効利用を目的として東京都 29 において顕著になってきている。各区にヒアリングした結果、児童館の地域における 位置づけは児童館の所轄部所の特性によって異なり、複合の適切な相手や圏域設定の 考 え 方 に も 違 い が 見 ら れ る こ と が 報 告 さ れ て い る ( 文 献 1-9)。 以上、建築学における最近の児童館研究について概説したが、少子高齢社 会におけ る地域での児童館の存在価値を考慮すると、今までの「児童のための児童館」という 位置付け事態を捉え直してもよい時期ではないだろうか。この点では、複合対象や利 用 者 同 士 の 交 流 な ど 、両 者 へ の メ リ ッ ト に つ い て 今 後 の 研 究 が 期 待 さ れ る 状 況 で あ る 。 以降はこの点に関して、少子社会の子育て支援とは別の方向で対策が待たれる高齢者 の存在に注目し、児童館と高齢者施設との複合の実態について事例調査をまじえて考 察する。 30 文献: 1-1 山 崎 陽 菜 , 定 行 ま り 子 , 学 童 保 育 所 に お け る 子 ど も の 行 為 に 要 す る 面 積 か ら み た 空 間 構 成 に 関 す る 研 究 ,日 本 建 築 学 会 計 画 系 論 文 集 77(682),pp.2723-2728,2012 1-2 山 田 あ す か , 大 谷 優 ほ か , 学 童 保 育 拠 点 に お け る 所 要 面 積 の 算 出 に 関 す る 試 論 : 児童の活動面積と遊び種類 ,スタッフによる広さ感評価に着目して,日本建築学 会 計 画 系 論 文 集 77(672), pp.309-318, 2012 1-3 小 池 孝 子 , 定 行 ま り 子 , 全 国 に お け る 学 童 保 育 所 の 施 設 環 境 実 態 に つ い て , 日 本 建 築 学 会 学 術 講 演 梗 概 集 E-1, 建 築 計 画 I, 2010, pp.625-626, 2010 1-4 宮 本 文 人 , 岩 渕 千 恵 子 , 学 童 保 育 施 設 に お け る 活 動 機 能 と 平 面 構 成 , 日 本 建 築 学 会 計 画 系 論 文 集 (618), pp.25-31, 2007 1-5 岡 圭 太 , 西 出 和 彦 ,屋 内 に お け る 子 ど も の 遊 び 環 境 の 特 性 に 関 す る 研 究 : 児 童 館 に お け る ケ ー ス ス タ デ ィ , 学 術 講 演 梗 概 集 E-1, 2006, pp.1127-1128, 2006 1-6 常 陰 有 美 , 金 子 公 亮 ほ か ,児 童 館 に お け る 1 日 の 活 動 展 開 : 児 童 館 の 活 動 場 面 の 展 開 に 関 す る 研 究 そ の 1,日 本 建 築 学 会 学 術 講 演 梗 概 集 E-1, 2006,pp.125-126, 2006 1-7 金 子 公 亮 , 常 陰 有 美 ほ か , 児 童 館 に お け る 集 団 編 成 と 活 動 場 面 の 展 開 に 関 す る 考 察 : 児 童 館 の 活 動 場 面 の 展 開 に 関 す る 研 究 そ の 2, 日 本 建 築 学 会 学 術 講 演 梗 概 集 E-1, 2006, pp.127-128, 2006 1-8 西 本 悠 , 西 出 和 彦 , 都 市 に お け る 遊 び 場 と し て の 児 童 館 , 日 本 建 築 学 会 学 術 講 演 梗 概 集 E-1,2006, pp.123-124, 2006 1-9 中 澤 佐 余 子 , 広 田 直 行 ほ か , 東 京 23 区 に お け る 児 童 館 の 整 備 状 況 : 児 童 館 の 複 合 化 に 関 す る 研 究 , 日 本 建 築 学 会 学 術 講 演 梗 概 集 E-1,1998, pp.341-342, 1998 31 第2章 高齢者施設との複合の可能性と取り組み事例 少子高齢・核家族社会における子どもは、祖父母との別居により老人介護を間近に 体験できないだけでなく、世代間コミュニケーションの機会も失いつつある。近年、 こういった問題や高齢者・子育て支援策を受け、老人福祉施設と保育園などを合築す る 幼 老 複 合 施 設 が 試 み ら れ て い る ( 文 献 2-1)。 世 代 間 交 流 の 意 義 は 、 主 に 高 齢 者 の 視 点で研究されており、自尊意識を高め、生きがいを得られる効果や、認知症高齢者の 表情が豊かになったり発語も多くなるといった、認知症の進行緩和効果が報告されい る ( 文 献 2-2)。 筆者は、高齢者が住み慣れた地域で最後まで暮らすことができるしくみの研究(文 献 2-1〜 2-6) を 通 じ て 、 国 内 外 の 幼 老 複 合 施 設 を 視 察 し て き た が 、 中 で も 特 別 養 護 老 人ホームと学童クラブ(児童館)の両方を特定の福祉法人が運営する場所に興味をも った。京都市伏見区にある、社会福祉法人健光園は、地域住民の支援を得ながら高齢 者 と 子 ど も を 共 に 見 守 る こ と に 10 年 前 か ら 挑 戦 し て い る 。子 ど も が 元 教 諭 の 老 人 居 住 者を定期的に訪ねて宿題を教わったり、介護職員やボランティアスタッフと共に高齢 者の世話をすることができる。また、学童クラブ(児童館)に通っていた子どもが、 高校生になっても、高齢者宅への配食サービス・ボランティアとして継続的に関わっ ている。本研究では、こういった場での子どもの交流対象を、高齢者のみならず、高 齢者を取り巻く介護職員や地域住民ボランティアにまで範囲を拡大して注目する。 2 - 1 調査概要 調査目的: 子どもと高齢者の適度な交流を引き出すための、ハード(間取りや家具配置など)と ソフト(指導員や介護スタッフなどの支援)の工夫について明らかにする。 調査対象: 京都市伏見区で社会福祉法人健光園が運営する、高齢者複合施設「ももやま」および 「 も も や ま 児 童 館 」 を 対 象 と す る ( 図 1 、 写 真 1 )。 入 所 高 齢 者 数 は 36 名 、 児 童 登 録 者 数 は 90 名 、 地 域 住 民 ボ ラ ン テ ィ ア の 登 録 は 100 名 を 超 え る 。 施設概要: 施設概要を図2および写真2、3に示す。玄関が建物中央にあり、デイサービスセン ターが左側、児童館が右側に位置する。玄関付近に「よりみち」と称される共有空間 32 ( サ ロ ン ス ペ ー ス や コ ミ ュ ニ テ ィ ・ カ フ ェ ( 喫 茶 )) が あ る 。 2 ~ 3 階 に は 特 別 養 護 老 人ホームがあり、感染症などの危険がなければ子ども達は自由に高齢者を訪ねること ができるのがこの施設の特徴である。 調査時期: 平 成 24 年 3 月 21 日 ( 水 ) 〜 3 月 23 日 ( 金 ) 調査方法: ① 「よりみ ち」にお け る交流 を促すハ ード(間取りや家 具配置 など)の実 態につい て 当 該 施 設 で 特 に 子 ど も と 高 齢 者 の 交 流 促 進 を 意 識 し て 空 間 が 用 意 さ れ た「 よ り み ち 」 部 分 に お け る 、利 用 者 の 活 動 内 容 と ハ ー ド 環 境 の 関 係 を 把 握 す る 。「 キ ャ プ チ ャ サ ン プ リ ン グ 法 」 を 用 い た 観 察 調 査 と す る 。「 キ ャ プ チ ャ サ ン プ リ ン グ 法 」 は 、 主 に 動 物 行 動 学などの研究に用いられ、対象が生活時間内にどういった行動をどの程度の頻度で行 っ て い る か 量 的 に 把 握 す る 手 法 で あ る 。今 回 は 、5 分 ご と に 、観 察 対 象 空 間 内 に お け る すべての利用者の滞在場所を図面にプロットし、子どもの行動について はその内容も 記録する。高齢者については基本的に滞在場所のみとするが、子どもとの交流が見ら れた場合は行動の内容も記録する。 ②交流を促すソフト(指導員や介護スタッフなどの取り組みや配慮)の工夫について 子どもと高齢者・介護職員・ボランティア地域住民の交流促進をどの程度意識的に 行っているか、自然な交流を促す職員の働きかけや活動内容・頻度などについて、運 営者へのヒアリングにより明らかにする。 33 34 文献: 2-1 北 村 安 樹 子 ,幼 老 複 合 施 設 に お け る 異 世 代 交 流 の 取 り 組 み (2)通 所 介 護 施 設 と 保 育 園 の 複 合 事 例 を 中 心 に , ラ イ フ デ ザ イ ン レ ポ ー ト (165), pp. 4 -15, 2005 2-2 永 嶋 昌 樹 ,世 代 間 交 流 に 関 す る 調 査 研 究 : 高 齢 者 福 祉 関 係 施 設 を 併 設 し て い る 保 育 所 の 側 面 か ら , 聖 徳 大 学 児 童 学 研 究 紀 要 13, pp. 9-16, 2011 2-3 福 田 菜 々 , 片 山 め ぐ み , 隼 田 尚 彦 , Lu Kon, 高 齢 者 と 地 域 を 結 び つ け る 「 縁 側 サ ー ビ ス 」― そ の 1 パ タ ー ン 分 析 ,日 本 福 祉 の ま ち づ く り 学 会 第 14 回 全 国 大 会 ( 梗 概 集 発 行 準 備 中 ), 2011 2-4 片 山 め ぐ み , 福 田 菜 々 , 隼 田 尚 彦 , Lu Kon, 高 齢 者 と 地 域 を 結 び つ け る 「 縁 側 サ ー ビ ス 」― そ の 2 釧 路 市「 わ た ぼ う し の 家 」の 取 り 組 み ,日 本 福 祉 の ま ち づ く り 学 会 第 14 回 全 国 大 会 ( 梗 概 集 発 行 準 備 中 ), 2011 2-5 Lu Kon, 隼 田 尚 彦 , 片 山 め ぐ み , 福 田 菜 々 , 高 齢 者 と 地 域 を 結 び つ け る 「 縁 側 サ ー ビ ス 」― そ の 3 台 湾 と 中 国 に お け る「 社 区 」が 果 た す 役 割 ,日 本 福 祉 の ま ち づ く り 学 会 第 14 回 全 国 大 会 ( 梗 概 集 発 行 準 備 中 ), 2011 2-6 片 山 め ぐ み , 隼 田 尚 彦 , 福 田 菜 々 , 高 齢 者 と 地 域 と を 結 び 付 け る 「 縁 側 サ ー ビ ス 」 の 効 果 : 福 祉 系 NPO 法 人 に よ る コ ミ ュ ニ テ ィ・レ ス ト ラ ン を 事 例 と し て ,日 本 建 築 学 会 計 画 系 論 文 集 77(680), 2399-2406, 2012 35 2 - 2 交流を促すハードの実態について 「キャプチャサンプリング法」により得られた利用者の滞在プロット(午前/午後 の 累 積 結 果 ) を 図 3 〜 図 7 に 示 す 。 い ず れ も 、 子 ど も を 「 ● 」、 高 齢 者 を 「 ◯ 」、 介 護 や 指 導 員 な ど の 施 設 ス タ ッ フ を 「 □ 」、 ボ ラ ン テ ィ ア を 「 △ 」 と し て い る 。 子 ど も の プ ロットには個人を特定できるよう、出現順に番号で示している。以降は午前・午後に 分けて滞在場所や行動内容とハード環境の特徴について簡単に分析する。 3 月 21 日 ( 水 ) 午 前 の サ ン プ リ ン グ 結 果 ( 図 3 ) 「 路 地 」と 称 さ れ る 中 央 廊 下 を 、一 輪 車 で 遊 ぶ 子 ど も の 様 子 が 見 ら れ た( 図 3 内 の A)。 「 よ り み ち 」で は TV を 見 る ほ か は 、 ぶ ら ぶ ら と 歩 き 回 り 、 ボ ラ ン テ ィ ア ス タ ッ フ や 施 設職員と挨拶や会話をかわす様子が見られた。また、奥まった所にあるイベントスペ ー ス の 隅 ( B) で は 、 子 ど も 達 が 集 ま っ て お し ゃ べ り を す る 様 子 が 見 ら れ た 。 図3 3 月 21 日 ( 水 ) 午 前 の サ ン プ リ ン グ 結 果 36 3 月 21 日 ( 水 ) 午 後 の サ ン プ リ ン グ 結 果 ( 図 4 ) 剣 玉 を し た り TV を 見 た り (F)、高 齢 者 と 将 棋 を す る 子 ど も 達 の 行 動 が 見 ら れ た (E)。ま た 、「 路 地 」 と 称 さ れ る 中 央 中 廊 下 を 、お も ち ゃ の 手 押 し 車 を お し て 行 き 来 す る 子 ど も の 様 子 も 見 ら れ た ( C)。 こ の 「 路 地 」 に は 、 数 種 類 の 歩 行 器 や 車 椅 子 が 並 べ ら れ ( 写 真 4 )、 高 齢 者 は 自 分 に 合 っ た も の を 選 ん で 散 歩 を す る 。単 な る 移 動 空 間 で は な く 、子 ども達の遊び場と高齢者の散策空間として機能している状況が窺える。また、この日 は映画会が実施されたが大人向きの映画であったため、子どもは映画に見入る状況は な く 、 出 た り 入 っ た り し て い た ( D)。 写真4 廊下に並べられた 歩行器と車椅子 図4 3 月 21 日 ( 水 ) 午 後 の サ ン プ リ ン グ 結 果 37 3 月 22 日 ( 木 ) 午 後 の サ ン プ リ ン グ 結 果 ( 図 5 ) 剣 玉 や 紙 飛 行 機 、 こ ま 回 し を し て 遊 ぶ 子 ど も 達 の 様 子 ( G) を 、 バ ス 到 着 を 待 っ て い る デイサービス利用者達が微笑んで眺めている状況が観察された。喫茶や廊下に並べら れた椅子がサロンスペースを眺めるのに適切な位置関係となっていることが分かる。 隅におかれたピアノを弾く子どもを見て、廊下の椅子に座っていた高齢者が立ち上が っ て 話 し か け に い く 様 子 も 見 ら れ た ( H)。 図5 3 月 22 日 ( 木 ) 午 後 の サ ン プ リ ン グ 結 果 38 3 月 23 日 ( 金 ) 午 前 の サ ン プ リ ン グ 結 果 ( 図 6 ) こ の 時 間 帯 は 子 ど も の 利 用 が 見 ら れ な か っ た 。「 よ り み ち 」 で は 、 こ の 日 に 限 ら ず 、 午 前中はボランティアスタッフが配食準備をしているのが日常的な様子になっている。 高齢者の利用は、喫茶と玄関脇のスタッフルーム周辺が多く、話し相手を求めてボラ ンティアや介護のスタッフの滞在場所が高齢者の居場所になっていることがわかる。 また、玄関脇スタッフルームは、来館者を視認しやすいよう、目の高さ以上に物を置 かない工夫がなされている。周囲に気を配る状況が保たれているため、利用者の立寄 行動も誘発されると考えられる。 写真5 来館者を視認しやすい スタッフルームのつくり 図6 3 月 23 日 ( 金 ) 午 前 の サ ン プ リ ン グ 結 果 39 3 月 23 日 ( 金 ) 午 後 の サ ン プ リ ン グ 結 果 ( 図 7 ) 歌のコンサートに合わせて、指導員やボランティアによって折り紙遊びが始まる。子 ども達は高齢者達の歌っている様子を、遊びながら一緒に歌ったり 眺めたりしている ( L、 M)。 お や つ の 時 間 に は 、 サ ロ ン ス ペ ー ス で も 食 べ る こ と が で き 、 そ れ を 見 た 高 齢 者 達 が 寄 っ て き て 会 話 が 発 生 し て い る (M)。 ま た 、時 間 帯 に 限 ら ず 、剣 玉 と こ ま 回 し の 遊 び は よ く 見 ら れ た ( M、 J)。 昔 な が ら の お も ち ゃ で あ り な が ら 、 達 成 感 の あ る 遊 び で あるため、この場所に通って来る動機を子どもに与えていることがわかる。また、剣 玉とこまは高齢者にとってもなじみがあり、話しかけるきっかけになりやすいことも 理解できる。 図7 3 月 23 日 ( 金 ) 午 後 の サ ン プ リ ン グ 結 果 40 2 - 3 交流を促すソフトの工夫について 子どもと高齢者や介護職員、住民ボランティアの交流を促すための工夫について、 ももやま児童館館長の畑野里美氏、および高齢者総合福祉施設「ももやま」 マネージ ャーの池田大助氏にヒアリングを行った。 .......... 先の利用者の行動分析結果にも見られた、 「子どもと高齢者が日常の暮らしの中で居 .... 合わせること」は、施設運営者も認識している最も重要な ことであり、会話や共同作 業だけが交流とは考えていない、とのことであった。 こういった「ゆるやかな交流」 も し く は 良 い 意 味 で の「 消 極 的 な 交 流 」を 発 生 さ せ る ノ ウ ハ ウ と し て は 、「 交 流 プ ロ グ ラム」と「組織同士の意思疎通と連携」に、 当該施設の長年の積み重ねがあるとのこ とである。 交流プログラム 「よりみち」では様々なイベントが企画されている。以下は高齢者と子どもの交流 を主な目的としたプログラムの種類をまとめる。 1. 特 別 擁 護 老 人 ホ ー ム で の 宿 題 、 遊 び の 受 け 入 れ 老人ホームは入所者9名ごとに「○○町」と称される単位に区切られており、スタ ッ フ は 、そ の 日 ご と に 、ど の 町 で 子 ど も を 受 け 入 れ る か 決 め て い る( 5 人 く ら い ま で 受 け 入 れ 可 能 )。お や つ を 食 べ た り 、か る た や ゲ ー ム を し た り 、TV を 見 る 以 外 に 、宿 題 を させることが特徴である。入所者のなかには簡単な算数や書き取りを教えることを楽 しみにしている方がおり、両者にとって毎日の日課となっている。 2.中学生以上の介護ボランティア体験(ハートフルボランティア) 夏休みなどの長期休暇中に、デイサービスの手伝い、昼食の給仕、お茶入れ、手遊 び 、 傾 聴 、 洗 髪 後 の 調 髪 、 洗 濯 、 見 送 り な ど を 行 う ( 1 日 3 時 間 、 5 回 コ ー ス )。 さ ら に興味のある子どもは、週末に来館し、自由に介護ボランティア をしてよいことにな っている。現在はスタッフがコーディネートしているが、徐々にすべて自由に参加す るしくみにしていきたいとのことである。 3.赤ちゃんとのふれ合い事業(高校生) 子育てを身近に知ってもらうために、子どもが生まれる前から一人の母親に一人の 高校生をカップリングし、1年間に渡って定期的に交流を行う。マタニティ・ヨガか 41 ら 始 ま っ て お む つ 取 り 替 え や 遊 び 、父 親 と の 交 流 ま で 経 験 す る と 、親 戚 の「 お 兄 さ ん 、 お姉さん」という存在になっていく。 4.在宅高齢者と学童クラブの交流(うずらの会) 福祉や社会意識、高齢者への子どもの眼差しを育成することを目的に、年に3回、 在宅高齢者と学童クラブのイベントを実施している。 5.乳幼児・母親とデイサービス利用者との交流 子育て支援(0~3歳)を利用する若い母親の福祉や社会意識、高齢者への眼差し を育成することを目的に、年に4~5回、イベントを実施している。 組織同士の意思疎通と連携 1 . 高 齢 者 デ イ サ ー ビ ス お よ び 児 童 館 、「 よ り み ち 」 の 活 動 は 、 同 時 並 行 に 開 催 さ れ て おり、高齢者も子どももどちらに参加する かを自由に選ぶことができる。 2.特別擁護老人ホームやデイサービスから 高齢者が「よりみち」に来ることは、そ れぞれのセクションのスタッフが把握している。玄関脇のスタッフスペースに職員 が いるので、施設外に出てしまうことは避けられるという安心感がある。 3.年間計画はすべて埋めず、突発的なイベントを実行できるようにしている。住民 ボランティアが子どものために企画するイベントなど、良いアイディアはすぐに児童 館と連携して実現できる余地のあることが場の活性につながる。 4.児童館の行事をなるべく「よりみち」で行うようにし ている。乳幼児プログラム として実施している「お店屋さんごっこ」を「よりみち」でやっていると、高齢者が じっと観察していて、やがて参加してくることがよくある。 世代間交流の効果 1.子どもは、児童館 に来ると、デイサ ー ビスまで行 って高齢 者の方 々に「ただ いま」 と声をかけて戻ってくる。今では毎日の挨拶のやり取りが日課になっている。 2.高齢者にうるさいと叱られ、子どもが泣いて帰ってくることもある。ここでは、 子どもに対して大人がナイーブになりすぎない状況がある。 3.救急車が来て運ばれていく高齢者を見たり、ご遺体を見る体験がある。こういっ た際は静かにするなどの気遣いを養うきっかけとなっている。 4.特別養護老人ホームで宿題をしたり遊んだりしているうちに、子ども達は、認知 42 症の高齢者の行動特性が理解できるようになる。不自由さや認知症という現実を、理 屈抜き受け止めてもらう環境になっており、子ども達の福祉的センスを養う場ができ ていると感じる。 5.子育て支援参加者が連れて来ていた乳幼児が成長して、ハートフルボランティア に参加してくることもある。また、赤ちゃんとのふれ合い事業(高校生)の時の参加 者 が 、 児 童 館 指 導 員 と し て い ま は 同 僚 と し て 働 い て い る 。 10 年 経 過 し て そ の 成 果 が 感 じられるようになってきた。 2 – 4 まとめ 以上の調査結果をふまえ、当該施設において子どもが得られる交流や体験、学びの 意 義 に つ い て 考 察 す る ( 図 8 )。 関 係 1 :「 老 い 」 や 死 に つ い て の 学 び 子どもと高齢者のコミュニケーションは、子どもの年齢や高齢者の自立度・認知症 の程度によって異なるが、必ずしも会話や共同作業などといった積極的な交流が効果 的 と は 限 ら な い 。「 同 じ 空 間 に 居 合 わ せ る 」、「 互 い の 行 動 を 眺 め る 」 な ど の よ う に 、 日 ...... 常的に自然に接するといった、一見、消極的な交流が人の「老い」や死を知る機会と な る 。「 同 じ 空 間 に 居 合 わ せ る 」、「 互 い の 行 動 を 眺 め る 」こ と を 誘 発 す る ハ ー ド 環 境 に は、以下のような点が挙げられる。①入口がひとつで共有されている、②入口付近に 共有スペースがあり、利用者動線の中継地点である、③まちなかの路地のようにそこ に 出 れ ば 住 人 の 様 子 が 伺 え る よ う な「 通 り 」が あ る 、④ 通 り に 沿 っ て 休 憩 場 所 が あ り 、 周 辺 を 眺 め る こ と が で き る 、⑤ 子 ど も が 継 続 し て 利 用 し た く な る お も ち ゃ や TV な ど が ある。 関係2:介護体験や福祉の感性の育成 職員やボランティアによる介護を目にしたり、手伝うことによって弱者を見守る、 助けるという、人と人との関係性を理屈抜きに体験できる。将来、家族介護や介護職 に繋がる福祉の感性を身につけることができる。 関係3:地域福祉コミュニティへの参加 43 ボランティアスタッフが実施する、地域住民と施設を結び付けるイベントを手伝っ たり、その他の施設運営の役割を担うことによって、地域福祉コミュニティに参加す る体験が得られる。 最後に複合の組み合わせについて検討する。デイサービス施設は、利用者である老 人が毎日入れ替わるため交流頻度が低く、時間も短い。また、保育園は、子ども達が 短期間で卒園してしまうことや、年齢的に福祉を体験したり学んだりするには理解度 や交流の幅において限界がある。本研究が対象とした居住系老人福祉施設と学童クラ ブ( 児 童 館 )の 組 み 合 わ せ は 、個 人 と 個 人 の 長 期 的・固 定 的 な 関 係 醸 成 が 期 待 で き る 。 居住系の施設であるがゆえに、継続的に高齢者とふれ合うことができ、周囲の人々の 接し方によって症状が変化する認知症の特徴なども理解する機会になる。 本調査では、こういった取り組みが子どもの将来にどのような影響を及ぼしている か ま で は デ ー タ を 得 る こ と が で き な か っ た 。今 後 は 、以 前 通 っ て い た 利 用 者 を 対 象 に 、 どのような福祉活動に関わるようになったか、どういった福祉に対する意識をもつよ うになったかなどについて調査する予定である。 44