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見知らぬ観客39

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見知らぬ観客39
第87回アカデミー賞の授賞式がさる2月22日にロサンゼルスのドルビー・シアターで開催さ
れた。
特に今年は力作揃いといわれ、最優秀作品賞に候補作8作品のどれが選ばれるかきわめ
て予想のつきにくいレースとなった。そもそもアカデミー賞は映画芸術科学アカデミーに属す
る7,000名に昇る会員が投票権をもち、会員は監督やプロデューサー、俳優、脚本家、カメラ
マン、録音技師など映画製作に携わる人びとで構成されていて、いわば映画づくりのプロが
選考する映画賞といえる。その年のアカデミー賞を占う上で前哨戦として有名なゴールデン
グローブ賞は、ハリウッド駐在の外国人映画記者クラブが選考する賞で、こちらは映画を見る
側のプロが選ぶ賞だ。自ずと評価の基準が違ってくる。したがって、作る側が優れた作品と認めるのは、まずプロの仕事として優
れていることと、商品としての興行的な価値も考慮されるだろう。映画記者や映画評論家が優れた作品と評価するのは、テーマや
内容など、でき上がった作品がおもしろく仕上がっているというクォリティが大切で興行面はあまり重視されない。
さて、アカデミー賞の結果のほうだが、まず最優秀助演女優賞のパトリシア・アークェットは順当なところだろう。私も「6才のボク
が、大人になるまで。」を見たが、主人公の男の子の12年間(6才から18才まで)にわたる成長を追った作品で母親に扮したアー
クェットも12年に及ぶ長期の撮影につきあった苦労が報われた。因みにゴールデングローブ賞はこの作品が最優秀作品賞に選ば
れた。最優秀助演男優賞も下馬評どおり「セッション」で音楽学校の鬼教師を熱演したJ・K・シモンズが受賞した。さらに、最優秀
主演女優賞は、これも評判どおりベテランのジュリアン・ムーア(写真上)がアルツハイマーを患う女性を演じた「アリスのままで」に
よって受賞。そうして、注目の最優秀主演男優賞は番狂わせが起きた。大方の予想は「バードマン」のマイケル・キートンだった
が、若手の有望株であるエディ・レッドメイン(ホーキンズ博士を演じた伝記映画「博士と彼女のセオリー」、写真下)の名前が呼ば
れると会場は沸き立ち、本人もよほど驚いたのだろう、身体一杯でその感激を表してい
た。壇上に上がってのスピーチでもオスカー像に頬ずりせんばかりに抱き寄せて「一生
大切にします」と叫ぶ姿を、後方に控えるプレゼンターのケイト・ブランシェットが暖かい
笑顔で見守っていたのが印象的だった。そうして、メインイベントの最優秀作品賞発表。
プレゼンターのショーン・ペンが勿体ぶって「オスカー・ゴーズ・トゥー」といったまま沈黙
する。一瞬静まり返った会場がどっと沸くのを待って「バードマン」と一声。万雷の拍手と
歓声が沸き起こる中をメキシコ人のA・G・イニャリトゥ監督が最優秀主演男優賞を逸した
キートンを誘って壇上に上がった。イニャリトゥはその前に最優秀監督賞を受賞しており、
作品賞と一致する可能性が高いのでひょっとしたらと期待をかけていただろう。
リベラルを代表する映画人として知られるペンが「誰がかれにグリーンカードを与えた
んだ!」とジョークをとばしてイニャリトゥを壇上に招いた。グリーンカードとはいうまでもなく外国人永住権の証明書のことだ。ス
ピーチに立ったイニャリトゥは「来年からアカデミー賞が移民制限をするかもしれない」と返して会場の笑いをとり、「すべての移民
が移民で成り立ったこの国で平等に暮らせることを望む」と締めくくって満場の拍手を浴びていた。昨年は最優秀監督賞にキュー
バ出身のアルフォンソ・キュアロン(「ゼロ・グラビティ」)が選ばれたので2年連続中米出身者が受賞したことを念頭に置いてのやり
とりであった。なお、長編アニメ部門で候補となっていたわが国の「かぐや姫の物語」(高畑勲監督)は惜しくも授賞を逃した。
ところで、今回の作品賞ノミネートを改めて挙げると「バードマン」のほか「6才のボクが、大人になるまで。」「アメリカン・スナイ
パー」「グランド・ブダペスト・ホテル」「セッション」「イミテーション・ゲーム」「博士と彼女のセオリー」「セルマ」の8作品である。この
うち既に日本で公開されているのは3作だけ。また、メジャー会社ではない独立系の秀作が4作品と半数を占めた。
それで思い出したのが、今年の日本アカデミー賞のノミネート発表記者会見において同賞協会の岡田裕介会長が異例のコメン
トを付け加え注目を引いた件だ。昨秋の第27回東京国際映画祭のトークイベントにおいて「世界のキタノ」こと北野武監督が「日本
アカデミー賞は松竹、東宝、東映のメジャー3社で持ち回り授賞させている」と皮肉ったことへの反論である。東映会長でもある岡
田はカチンときたのだろう。しかし、たけしの批判は当たらずといえども遠からずで、「持ち回り授賞」はかれ一流の毒舌としても独
立系の作品が受賞しにくいという側面がある。岡田会長は現下の会員の構成にふれて大手3社の関係者は数パーセントに過ぎ
ず、投票に影響を行使しているという見方は当たらないといい、選考の公明正大、厳正さを強調した。とはいえ、日本人の習性とし
て仲間意識とか長いものに巻かれろということがあって、映画のムラ社会でメジャー系の作品に投票する傾向が強いのではない
かと私は踏んでいる。アメリカ人はメジャーとか独立系とか関係なしに優れた作品に投票するのだろう。だから、アメリカの場合は
批評家の推薦作とアカデミー賞の候補が概ね一致するが、日本はキネマ旬報ベストテン作品とアカデミー賞の候補がずれてしま
いがちだ。
その証拠を占めそう。今年の日本アカデミー賞最優秀作品賞候補は「永遠のゼロ」「紙の月」「小さいおうち」「蜩の記」「ふしぎな
岬の物語」の5作品だが、このうちキネマ旬報ベストテンの5位までに入賞しているのは「紙の月」だけ。のみならず「永遠のゼロ」
「ふしぎな岬の物語」は10位にも入らず落選している。因みにベストワンは「そこのみにて光輝く」が選出され、毎日映画コンクー
ル、ブルーリボン賞と歴史のある映画賞を総なめしたにもかかわらず、独立系の作品だからかアカデミー賞では池脇千鶴が主演
女優賞にノミネートされただけだ。その前の年は「ペコロスの母に会いに行く」がベストワン作品だったが、これもアカデミー賞とは
縁がなかった。たけしはそういうことがいいたかったのだろう。そこへ行くとアメリカのアカデミー賞は懐が深いというか、そういうと
ころに権威というものが生まれるのだ。(2015年3月1日)
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