Comments
Description
Transcript
研修報告書 広島県立芦品まなび学園高等学校 教諭 佐々木 直美 1
研修報告書 広島県立芦品まなび学園高等学校 教諭 佐々木 直美 1 はじめに 昨年度は10年目経験者研修を受講していく中で,職場においても全県においても,ミドルリーダ ーとしての自覚と責任を担っていく必然性を考えさせられた。もうすでに,「分からない。」「できな い。」と言える時は過ぎ,ある程度の経験値と,根拠に基づく発言が求められる状況にあることは肌 で感じていた。しかし,私にはそれらが十分になく,解決手段も分からないまま,もがき続けていた。 そこで,自分自身の中で今年度は「まなび」の年と捉え,今までにしたことがない,新たなことに チャレンジしようと決めた。まずは,地元福山で開催される第26回国際アカデミー in 福山の通訳 ボランティアに応募し,初めてのボランティアと初めての通訳を経験した。ハワイへ出発するほんの 1週間前に,世界約70か国から集まった人々が,英語を介して一つのテーマについて話し合いをす る場に居合わせ,私はその雰囲気に圧倒させられた。将来このような場で,臆せず英語で発言できる 生徒を育てたいと願いつつも,同時にそのような生徒の育成を目指した授業づくりが,十分にできて いないことを反省した。どのような授業づくりをすれば,グローバル社会の中で求められる人材育成 となるのか,強く興味を抱き,ハワイへ出発することとなった。 2 広島県英語担当教員語学研修 ハワイ大学カピオラニ・コミュニティーカレッジ(KCC)での研修を以下4つにまとめ,それぞれ の内容と感想を報告していきたい。 (1)英語教授法 Communicative Approach や Grammar Translation Approach など,私自身が知っている教授法 ももちろんあったが,その他の多くは知らないものばかりで,特に Content Based Integrated Approach には魅了させられた。それは,あるテーマを設定し,学習活動の中でテーマについての 理解を深めると共に,色々な言語活動を通して4技能をバランスよく磨いていくものである。4 技能を有機的に関連付けて指導を行うには,とてもよい方法だと感じた。 実際の演習で,“food” というテーマで全体の計画を考えてみた。計画を立てる際に,1回 の授業が90分で週1回ペースなので,年間約70時間となり,どのくらいの時間を費やすこと ができるのか,時間的な配分を考慮する必要があった。加えて,1年に2~3個のテーマ設定に するのか1つにするのかなど,扱うテーマの数と大きなテーマの下に副題をいくつか設けて,全 体像を作るなどの注意点があった。私は年間を通して“food”という1つのテーマを扱うことと し,副題を①Japanese food, ②Hiroshima food, ③favorite food, ④healthy food, ⑤unhealthy food の順番で付け,1つの副題を2~3か月で仕上げるように設定した。Malm 教授に,初めは 学習内容に興味をもたせるために,個人的なものから始めた方がいいので,③からスタートする と生徒の学習の動機付けになると指摘していただいた。Malm 教授の意見には,すごく納得させら れた。これがいつもの私の思考の定番(順番)なのだが,今までの思考の定番(順番)を変える ことで,生徒の学習の動機付けに大きく影響することが体験できた。 さらに,学習に対する生徒の興味・関心を高めるために,テーマは personal → national → global と進めていくとよいとアドバイスをしていただいた。確かに,いきなり地球温暖化問題 を取り上げるよりも,身の回りのゴミ問題について扱う方が,生徒の積極的な活動が期待できる はずである。つまりこれが scaffolding(段階を追って/一歩一歩)というもので,指導が唐突 過ぎたり,生徒のレベルに合わないものだと,学習内容が定着するどころか,生徒がやる気をな くす原因にもなってしまう。これからは,言語活動を充実させるために,scaffolding であるか どうかを検討することができるはずである。 (2)課題と反応 研修の前半は,日々莫大な量の課題が出され,睡眠時間は3時間程度だった。主に読み物の課 題であったが,読みこなすのにかなりの時間がかかってしまった。ただ単に,自分自身の語彙力・ 理解力のなさに起因するもので,何とも情けないことであった。英語教授法について書かれたも のや大学教授が書いた研究論文,知識人による報告書など,読み応えのあるものばかりで,辞書 を引きながらの作業は容易ではなかった。そして必ず次の日に,読んだ内容についての意見を求 められたので,そこで幾分か自分の意見を述べるためには,必ず記事全体に目を通しておく必要 があった。 読んだ内容についての反応として,質問や疑問も含め,書かれてあることへの賛成・反対,考 えたことや思ったことなど,何でもいいので意見を述べるように勧められた。正直に言うと,Malm 教授とのこのやり取りが,私にはかなり負担であった。発言するには,自分なりの考えをもつ必 要があるし,自分なりの考えをもつためには,お客さん的感覚ではなく自分の中に取り込む必要 があるからだ。ボーとしていたら,意見を求められても中身のあることが言えなくなってしまう。 話せないのは,話す内容がないからなのか,話す能力がないからなのか,判断する必要があるの ではないだろうか。この活動が私の授業づくりにはあまりないので,積極的に取り入れていきた いと,Malm 教授とやり取りをしながら考えを膨らませていた。 (3)授業見学 ある日の午前中に,主に日本から来た留学生で構成されたクラスが,ポスターセッションとい う活動をするので見学をさせてもらった。1グループ3~4人の人数で,1人がスピーカー,そ の他全員が聴衆となり,差別と偏見というテーマで,パワーポイントを使ってスピーチを行って いた。スピーチが終わると今度は別のグループに移動し,そこでもまたスピーチを行う。スピー カーは何度もスピーチをする機会をもち,常にライブの聴衆がいるので,毎回違う反応を受け取 ることができる。このことが,活動そのものが現実味を帯びることに貢献していて,また毎回ス ピーカーが変わるので,聴衆のリスニング力を鍛えることにもなり,両者にとって,とてもよい 活動になっていた。さらに,スピーカーが聴衆,聴衆がスピーカーにもなるので,役割を変えな がら,スピーキング力とリスニング力のどちらにも働きかけるバランスの取れた活動になってい た。 活動を見ての感想を述べ合った時に,発音やつづりのミスに気が付いた先生が,間違ったまま 何度も繰り返してしまうことで,ミスが化石のように固定化してしまう危険性を指摘した。私は 単純に,話す機会がたくさん与えられることに感動したのだが,その先生の指摘にハッとさせら れた。そこで話し合いは,fluency と accuracy の扱いに移り,ポスターセッションは fluency を重視した活動で,たくさん話す機会を持つことにより,間違いを恐れずに話し続けることがで きるようになり,それがネイティブスピーカーのように自然に話すこと(fluency)であると Malm 教授が教えてくれた。もちろん,間違ったままでよいと言うわけではなく,気が付いたところで 間違いを正すこと(accuracy)も必要であると付け加えた。ここで fluency と accuracy の扱い に触れたことが,以後の私の研究発表に影響を与えることとなった。 (4)研究発表 8月9日(金)は研修の最終日でもあり,KCC での研修の集大成の日でもあった。研修に出る 前から,3週間のうちに研究テーマを設定し,パワーポイントを使って発表することがミッショ ンであると伝えられていた。パワーポイントに関しては,ほとんど初心者であるし,日本語での 発表自体あまり経験がないのに,ましてや英語で発表をすることなど考えたこともなかった。1 人の持ち時間が40分程度と知った時は,40分間耐え得る,中身のある発表にしなければいけ ないことや,英語で40分間も話し続ける技量を持つことなど,壮大すぎると思った。 発表の前に,Malm 教授がプレゼンテーションのポイントや留意点を指導してくれた。発表慣れ をしていないので,Malm 教授が教えてくれる1つひとつに驚かざるをえなかった。まずはスピー チの始めに,アイスブレーキングとして軽くジョークを飛ばし,聴衆の緊張をほぐすように勧め られた。発表の最中は,聴衆に目を合わせたり,ドラマティックに間を取ったり,話すスピード やトーンに変化をつけるように言われた。スピーチが終わったらすぐに退席するのではなく,質 問やコメントを求め,感謝の言葉を述べるというのが通常であると教わった。これがプレゼンテ ーションの雛形になるが,目指すはスティーブン・ジョブズということにでもなろうか。再び睡 眠時間を3時間程度に戻し,パワーポイントと研究論文の作成に取り掛かった。 「Are you ready to sleep?」と切り出し,Malm 教授の教え通り,ドキドキしながらわざとら しいジョークを飛ばした。そこで笑いが起こり,場が和んだと共に,聞く体勢を整えてくれてい るのでホッとした。私の発表の順番は3番目だったので,スピーチを始めるころには1時間余り が経過しており,聴衆側も少し休憩が必要な状態だと思われた。Malm 教授には,素晴らしいオー プニングだったと評価していただいた。 研究テーマは「Integration of Fluency and Accuracy in L2 Oral Production」とした。外 国語として英語を勉強する際に,私たち日本人は正確さを重視するあまり,人前で英語を話すこ とに嫌悪感を抱いてしまう。間違いを恐れずに,ネイティブスピーカーのように自然に話すこと を目指すためにはどうしたらいいのか,fluency と accuracy の扱いに注目して研究を行った。 生徒に間違いを恐れないようにと言いつつ,私自身が前述したように色々なことに不安を感じ, 間違いを恐れて萎縮していることは,何とも皮肉なことである。できれば誰もがミスをするのは 避けたいと思っている。しかし何事も練習をしなければ上達しないので,授業ではできるだけ生 徒が英語に触れる機会を作り,fluency に注目した言語活動を生徒のレベルに合わせて仕組んで いく。そこで気が付いたミスについては指導を行い,accuracy なものに仕上げていく。そして正 しい英語で再度取組をさせ,ラセン構造を描くように,活動が fluency → accuracy → rehearsal → fluency…と繰り返されることを,研究発表の中で提案した。 3 終わりに 「沈黙は金なり」を美徳とする日本文化において,fluency であることは至難の業かもしれない。 内容や表現に間違いが多く,accuracy に欠けてしまったら,日本社会においては相手にされてこなか ったはずである。だからこそ,日本の製品は世界でもトップレベルで,それを支える勤勉な国民性が, 世界で高く評価されてきたのだろう。私の授業を振り返っても,まずは正しく理解して,正確に伝え る accuracy を重視してきた傾向がある。この私の思考の定番(順番)を変えることで,もっと生徒 に英語に触れる機会を与える授業づくりができるはずだと考えた。そして,臆せず英語で発言できる 生徒を育てたいと願うならば,まずは授業自体が,fluency → accuracy → rehearsal → fluency… と繰り返されるラセン構造をなすべきだという考えに及んだ。日本を離れてハワイで研修をしたから こそ,もてた観点だと思う。 7月26日(金)にハワイの教育委員会を訪問し,ハワイの教育事情を色々と聞くことができたの は,とても貴重な体験になった。また,プランテーションビレッジやパールハーバーの見学も研修に 組まれており,ハワイの歴史や文化にも触れることができた。ビーチのそばのホテルに滞在していた が,一度も海に入ることはなく,「泳がないハワイ」は,生徒に語れる何かをたくさんもち帰らせて くれた。 以上のような気付きをもてたのは,広島県英語担当教員語学研修に参加するチャンスを与えていた だいたからにほかならない。研修に係わっていただいた全ての方に,感謝の意を表明し,研修の全て を終了したい。