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最近の原油価格高騰の背景と今後の展望に関する調査 第 3 章 原油

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最近の原油価格高騰の背景と今後の展望に関する調査 第 3 章 原油
IEEJ:2005 年 10 月掲載
最近の原油価格高騰の背景と今後の展望に関する調査∗
第3章
原油価格高騰による影響・インパクト・対応
総合戦略ユニット
研究員
山中
裕之
総合戦略ユニット
研究員
舩山
義之
3-1. 原油価格高騰による経済への影響
3-1-1. 原油価格高騰が経済に与える影響のメカニズム
本項では、国際原油価格の高騰が経済に与える影響について纏めることとする。
原油高は一般的に以下のような経路で世界経済へ悪影響を及ぼすと考えられる。①石油
純輸入国から純輸出国への「所得移転」。石油は短期的には価格弾力性が低いため、価格上
昇はそのまま石油輸入代金の増加となる。②石油純輸入国における企業収益の悪化や物価
上昇による購買力の低下。また、インフレ懸念から中央銀行が金融を引き締める可能性も
ある。そして、③石油純輸入国の内需減少に伴う世界貿易の減少。外需依存の高い国では、
さらに経済が減速することになる。一方、石油輸出国側の経済は上向くことになるが、中
東などの財政構造や経済構造を考えると、石油輸入国のマイナス効果は相殺できないと考
えられている。
「所得移転」は、原油価格上昇時の直接的なインパクトであり、各国経済への影響度合を
測る指標として注目される。経済に対する石油依存度が高ければそれだけ影響も大きい。
次に、石油輸入国にとっての、原油価格上昇による経済への影響について、そのメカニ
ズムを概観する。
国際原油価格が上昇すると、原油の輸入価格が上昇するが、合わせて原油価格にリンク
する石油製品の輸入価格も上昇することとなる。これにより、石油製品を原材料とする企
業の原材料価格が上昇することとなり、さらには、消費者が購入する燃料、プラスチック
製品等の石油製品や石油化学製品の上昇をもたらし得る。そして、最終的には製品全般の
価格の上昇に波及することとなる。
また、この結果、企業が原油価格の上昇影響を川下価格へ転嫁できない段階では、企業
∗
本報告は、平成 16 年度に経済産業省資源エネルギー庁より受託して実施した受託研究の一部である。こ
の度、経済産業省の許可を得て公表できることとなった。経済産業省関係者のご理解・ご協力に謝意を表
すものである。
1
IEEJ:2005 年 10 月掲載
収益圧迫の要因となり、人件費等の固定費の圧縮或いは設備投資の抑制に繋がる可能性が
ある。また、原油価格の上昇が最終財価格に転嫁が進んでいけば、消費者物価が上昇し、
家計の実質所得が圧迫されることとなる。この場合、消費者マインドへの悪影響等を通じ
て、個人消費が減少する可能性もある。
このように、石油の輸入国においては、原油価格高騰が卸売物価或いは消費者物価の上
昇に繋がり、これが、企業収益或いは家計所得の悪化要因となり、最終需要の悪化に行き
着くこととなる。以上が原油価格高騰の主たる影響である(図 3-1-1)。
図 3-1-1 原油価格高騰の経済への影響
(海外)
原油価格の上昇
原油製品価格の上昇
原油輸入価格の上昇
原油製品価格の上昇
国際市況
(国内)
卸売物価
石油製品価格の上昇
石油化学製品価格の上昇
石油製品購入価格の上昇
価格転嫁がなされ
なければ、企業収
益圧迫
石油化学製品購入価格の上昇
消費者物価
石油製品購入価格の上昇
価格転嫁がなされれば、家計の実質所得圧迫
最終需要の悪化
(出所)内閣府「日本経済 2004」、三和総合研究所「最近の原油価格上昇の影響」等より筆者作成
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IEEJ:2005 年 10 月掲載
日本は、石油の輸入依存度がほぼ 100%であるという点では、上記の影響フローに晒され
得る状況であると言えるが、1999 年以降最近に至るまでの原油価格高騰局面においては、
1973 年の第1次石油危機、1978 年の第2次石油危機当時と比べ、一般的には、経済への影
響はそれほど大きくないとされている。これは、主に、①経済全体に占める石油の重みの
低下、②輸入全体に占める石油輸入の低下、③為替水準の変化(円高基調)によるドル建
て原油価格上昇の相殺、などといった日本経済の構造変化によるものと言われている(表
3-1-1)。
表 3-1-1 原油価格上昇の経済への影響(過去の原油高局面との比較)
第一次
第一次
中東湾岸危機
石油危機
石油危機
〈73 年度データ〉 〈79 年度データ〉 〈90 年度データ〉
時期
2004 年 6 月
現在
一次エネルギー供給比率
石油
石炭
天然ガス
原子力
77%
16
2
1
72%
14
5
4
57%
17
10
10
50%
20
14
12
71%
51%
26%
10%
290 百万 kl
274 百万 kl
240 百万 kl
244 百万 kl
23%
39%
19%
15%
為替レート
279 円/$
231 円/$
138 円/$
112 円/$
原油 CIF(円貨)
8.3 円/l
33.5 円/l
20.3 円/l
25.5 円/l
石油火力の発電比率
原油輸入量
輸入総額に占める原油輸
入額比率
(出展)石油連盟ホームページ
このように、日本では石油危機当時と比べ影響度は限定的であるものの、世界的に見る
と、各国の経済構造次第でその影響度も変わってくる。表 3-1-2 は、石油価格高騰が一段
と進んだ 2004 年に諸国際機関が試算した、原油価格高騰が各国・地域の経済成長に与える
影響である。これによれば、世界;▲0.25~▲0.5%、日本;▲0.35~▲0.6%、アメリカ;
▲0.3~▲0.55、中国;▲0.6~▲0.8%という試算結果が示されている。このように、日本
やアメリカに比べ中国は原油価格高騰の影響をより大きく受けることが見込まれている。
3
IEEJ:2005 年 10 月掲載
表 3-1-2 各国際機関による原油価格上昇の実質 GDP 成長率への影響
価格上昇の想定
実質 GDP への影響
IEA
25$/B から 35$/B に上昇し、1~2 アメリカ:▲0.3%、日本:▲0.4%、中国:▲0.8%、
年間継続
全世界:▲0.5%
ADB
10$上昇(05 年第 1 四半期まで)
日本:▲0.4%、中国:▲0.6%、アジア:▲0.5%
10$上昇(05 年末まで)
日本:▲0.5%、中国:▲0.8%、アジア:▲0.6%
OECD
32$/B から 47$/B に短期的に上昇 実質金利一定→アメリカ:▲0.55%、日本:▲0.60%、
OECD:▲0.45%
名目金利一定→アメリカ:▲0.30%、日本:▲0.35%
OECD:▲0.25%
(出所)IEA-「Analysis of the Impact of High Oil Price on the Global Economy」、
ADB-「Asian Development Outlook 2004 update」、
OECD-「Economic Outlook 76 Preliminary edition :Special Chapters」
また、表 3-1-3 は、2004 年 5 月に発表された IEA による試算であるが、原油価格が 10 ド
ル/バレル上昇した場合の GDP 成長率の低下を示すものである。ここに示されるとおり、先
進国に比べ経済全体にとっての石油(輸入)のウェイトが高く、なお且つ、石油純輸入量
が比較的多いフィリピン、タイといったアジアの発展途上国は、中南米の発展途上国に比
べてもその影響度はさらに大きい1。
表 3-1-3 原油価格上昇の発展途上国の実質 GDP 成長率への影響(試算)
アジア
実質 GDP への インフレ率
影響
▲0.8
1.4
中国
▲0.8
0.8
インド
▲1.0
2.6
マレーシア
▲0.4
2.0
フィリピン
▲1.6
1.6
タイ
▲1.8
0.8
中南米
▲0.2
1.2
アルゼンチン
▲0.4
0.2
ブラジル
▲0.4
2.0
チリ
▲0.4
2.0
(出所)IEA-「Analysis of the Impact of High Oil Price on the Global Economy」
1
IEA-「Analysis of the Impact of High Oil Price on the Global Economy」によれば、GDP あたりの石
油消費量について、OECD を 100 とした場合の発展途上国の水準について、ブラジル:142、中国:232、
アフリカ:237、インド 288 との試算結果を示している。
4
IEEJ:2005 年 10 月掲載
3-1-2. 1999 年以降の世界経済と原油価格動向
1997 年のアジア通貨・金融危機の影響により、1998 年の世界の経済成長は鈍化した。し
かし、1999 年から 2000 年にかけては、長期拡大を持続する米国とその米国経済に牽引され
て急回復したアジアの景気拡大に牽引され、全体として拡大傾向にあった。しかし、その
後、アメリカは、在庫投資の減少と設備投資の鈍化を背景に 2000 年後半以降、成長が鈍化
し始め、特に IT 部門は急速に減速した。このアメリカの IT 部門の減速は、主に、世界の
IT 需要拡大に牽引され景気が拡大していたアジアに波及していった。一方、欧州でも、2001
年第 2 四半期頃には、個人消費が伸び悩む等、景気が減速し始めていた。
このような中、2001 年 9 月の同時多発テロによりアメリカは同年第 3 四半期にマイナス
成長に転じ、世界的な経済減速が鮮明となり、日本、ドイツ、台湾等では景気が後退局面
に入った。
その後、若干の回復の兆しが見えた 2002 年にイラク情勢の緊迫が水を差すような局面も
あったが、対イラク軍事行動収束後の 2003 年後半には、消費マインドが回復し、個人消費
が着実に増加したアメリカ経済に先導され世界経済も回復した。また、翌 2004 年には、ア
メリカに加え、中国経済の拡大が世界経済を牽引し、回復傾向を維持している。
なお、2005 年については、2003 年・2004 年の世界経済を牽引したアメリカ・中国につい
て成長率が鈍化することを主要因に、世界経済の成長率は全体として、前年よりも低下す
ると見られている。
図 3-1-2 実質 GDP 成長率の推移
8.0
7.0
6.0
世界
先進国
アメリカ
ユーロ圏
日本
発展途上国
5.0
4.0
3.0
2.0
1.0
0.0
-1.0
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
-2.0
(出所) IMF-World Economic Outlook,April 2005、日本は、内閣府ホームページより
5
IEEJ:2005 年 10 月掲載
このように、1999 年以降の世界経済は、IT バブルの崩壊、同時多発テロ、中東情勢など
を背景或いは主要因として、幾度かの減速局面を迎えてきた。このような中、エネルギー
原単位が減少してきている(図 3-1-3)こと等から、原油価格高騰が世界経済に与える影響
はオイルショック当時に比べ限定的となっていることもあり、原油価格高騰が主要因と位
置づけられるような状況とはなっていない。
ただし、それは、悪化のドライバー或いは回復の足かせとして、常に、ある程度の影響
度が考慮され、また、潜在的なリスクとして常に注意が払われ続けてきた。特に、2002 年
の後半には、イラク情勢悪化による原油価格上昇がアメリカにおける個人消費の伸び鈍化
の一因になったと言われている。
図 3-1-3 エネルギー原単位(2000 年を 1 とした場合)の推移
1.8
1.6
世界
アメリカ
日本
OECD
非OECD
1.4
1.2
1
0.8
1971
1975
1980
1985
1990
1995
2000
(出所)EDMC‐エネルギー・経済統計要覧
さらに、2004 年 8 月以来、原油価格は 40 ドル/バレル台後半~50 ドル/バレル台前半と
いう高水準を維持しているが、2005 年 5 月に、米製造者同盟が、原油高による物価上昇を
主要因として、2006 年のアメリカの経済成長率予測を下方修正(前回予測から 0.3%削減し
3.0%へ)するなど、原油価格高騰への懸念は、依然として収束していない2。
2
2005 年初以来高水準で推移した原油価格に対する警戒感を背景として、2005 年 4 月に開催された G7 財
務相・中央銀行総裁会議では、原油価格高騰が世界経済に与える影響について議論された。同会議後の
共同声明では、「原油価格の高騰が世界経済の阻害要因となっており、景気拡大は以前よりばらつきが増
している」との認識が示された。
6
IEEJ:2005 年 10 月掲載
3-2. 価格高騰への消費国の対応とエネルギーセキュリティ政策
上述のように、原油価格の高騰は経済に少なからず影響を与えるが、それが故に、各国
の首脳についての選挙や総選挙といった大型選挙のタイミングでは、国内政治の思惑が働
き、原油価格高騰を巡る問題が、政治問題化する場合もある。
各主要消費国は、1999 年以降の原油価格高騰局面において以下に述べるような対応策を
実施している。
3-2-1. 消費国の原油価格高騰への対応
(1)米国の対応
①低所得者向け燃料費補助
2000 年 1 月、当時のクリントン大統領は、北東部および中西部の低所得者向けの暖房
費補助のため、4,500 万ドルの拠出を行った。さらに、大統領は 2 月 16 日にはこの措置
を全州に拡大し、1 億 2,500 万ドルを拠出するよう行政予算局と厚生省に指示を出した。
同時に、議会に、以後 6 億ドルの緊急追加予算措置を求める方針を決定した。
②OPECに対する政治的圧力
2000 年 2 月、3 月とクリントン大領領は、リチャードソン・エネルギー省長官を二度
にわたり、サウジアラビア、クウェート、メキシコ、ノルウェーを来訪させた。長官は
産油国のエネルギー閣僚などとの間で、産油国、石油消費国双方にとって石油市場の安
定性がのぞまれることを確認する共同声明を発表した。
③北東部向け燃料油備蓄の創設
1999 年末からの住宅用暖房油の価格上昇を背景とした、北東部の議員などからの価格
沈静化のための SPR の放出を求める声を受け、2000 年 7 月、クリントン大統領は臨時措
置として 200 万バレルの北東部向け暖房油備蓄をエネルギー省長官に対し指示した。こ
れにより、大統領の指示を受けて上下院では北東部向け暖房油備蓄維持費 400 万ドルの
拠出が承認された。また、恒久的な北東部向け暖房油備蓄創設を含むエネルギー法案も、
2000 年 11 月 9 日に大統領の署名を得て成立した。
④戦略石油備蓄(SPR)の放出
2000 年 9 月 22 日、クリントン大統領は SPR の放出(30 日間にわたり、計 3,000 万バ
レル)を決定した。
⑤各種法案の審議
議会では、2000 年の大統領選挙をにらんで、原油価格高騰にともなう国内石油製品価
7
IEEJ:2005 年 10 月掲載
格の高騰について、クリントン政権の責任を追及し、様々な法案が提出、審議された。
◎2000 年 3 月には上院において、A Bill Instituting a Federal Fuels Tax Holiday(S2285)
が提出された。同法案は、4 月 15 日から年末まで、連邦燃料税のうち 4.3 セント(1
ガロンあたり)を凍結し、ガソリンの全国平均価格が 2 ドルを超えた場合には残りの
18.4 セントをも凍結する、というものであった。しかし、ガソリン価格への影響の少
ないことと、連邦燃料税の 4.3 セントの使途である高速道路信託基金財政への悪影響
から取り下げられた。
◎同じく 2000 年 3 月には下院にて、Oil Price Reduction Act が提出された。同法案は、
石油価格を吊り上げている OPEC、特にサウジアラビアやクウェートに対し、援助や兵
器販売の中止といった強硬手段を求めるものであった。これに対しクリントン政権は、
OPEC 諸国との外交関係を悪化させ、説得努力を無効にする内容であるとして反対を表
明し、結局法案は否決された。
⑥2000 年大統領選挙公約への反映
2000 年 11 月の大統領選挙に向けて、争点のひとつとして、エネルギー輸入依存度の増
大や原油価格高騰に対する懸念から、エネルギー安全保障問題が取り上げられた。両候
補とも、輸入原油への依存を低減する方針は同様であったが、ブッシュ候補が国内の石
油・ガス資源開発を重視し、アラスカ野生生物保護地区(ANWR)やカリフォルニア、フ
ロリダ沖地区での開発・生産を提案したのに対し、ゴア候補は環境保護、再生可能エネ
ルギー開発の促進に重点を置き、当面の原油価格高騰に関しては SPR や燃料油備蓄の活
用を提案した。
⑦2004 年大統領選挙を控えた状況下の政府・議会の対応
ガソリン価格の高騰を受け、特に 2004 年 4~6 月にかけては、政府・議会の場でエネ
ルギーに関して多くの言及がなされた。なお、当時は、大統領・議会選挙を控えていた
ことから、その多くは選挙を意識した票稼ぎの要素を含んでいたと考えられるが、以下
に主な事例を挙げる。
◎米公正取引委員会(FTC)は、2004 年 4 月、同小委員会が石油企業がガソリン価格を吊
り上げる意図を持って精製能力の集中・寡占化を進めている、とする報告書を作成し、
FTC に対し、反トラスト法の運用強化を求めたことを受け、この石油企業の疑惑に関す
る調査を行った。その結果、そのような談合の証拠は見出せなかった旨を、上院司法
委員会反トラスト小委員会に報告した。
8
IEEJ:2005 年 10 月掲載
◎2004 年 4 月、上院司法委員会において、ウィスコンシン州選出の Sen. Kohl と Sen.
Feingold(民主党)他数名の共和党議員の共同提案による“NOPEC”(No Oil-Producing
and Exporting Cartels Act)が可決された。同法案は、米 FTC が、OPEC に対し、米国
反トラスト法違反の容疑で調査・提訴を行うことを可能にするものであった。
◎ホワイトハウスは、2004 年 2 月 10 日の第 129 回 OPEC 総会に向けて、ホワイトハウス
が減産を見合わせるよう再三求めたにもかかわらず OPEC が減産を断行したことについ
て、「現在の石油高価格に伴う危機を脱するには、議会がエネルギー政策法案(後述)
を通過させることが必要であり、民主党や一部共和党議員の妨害なく法案が成立して
いれば、現在のガソリン価格高騰はなく、OPEC カルテルに対しても有効な方策が打て
ていた」と議会に対して圧力をかけた。
これに対し民主党議員からは、「エネルギー政策法案は原油の OPEC 依存とガソリン価
格高騰について何ら有効な対策を提供していない。同法案では精製能力拡張やブティ
ックフュエル問題、輸入原油への依存は解消されない」との反論がなされた。
(2)欧州諸国(英仏独など)の対応
欧州では、フランスにおいて、2000 年 8 月末に燃料価格高騰に不満を抱いた運輸業者、
漁民などの抗議行動が起きるなど、各国で石油製品価格が高騰し、消費者の不満が募って
いる状況を受けて、欧州諸国ではEUとしての対応が協議されたが、各国の足並みが揃わ
ず、EUとしての対応はなされなかった3。
このような中、原油価格高騰への欧州諸国による具体的な対策としては、備蓄原油放出
の検討が挙げられる。EC(欧州委員会)は 2000 年 9 月、原油備蓄の放出に向けて検討を
行った。
その中で、EU法令で各国に義務付けられている 90 日間の原油備蓄の緩和について検討
されたが、英国、ルクセンブルグなどが、EUの原油備蓄は民間備蓄が主体であり、効果
が限定的であること、また、備蓄の目的は供給途絶に対処することであり、価格操作のた
めに用いられるべきではないことなどを理由に反対したことから、EU内での意見の統一
が得られず、結果的に放出は行われなかった。
また、2004 年 10 月には、漁民やトラック運転手などからのガソリンや軽油に対する税金
の軽減の要求が高まっていたフランスは、同年 12 月からの全ての消費者に対する一時的な
3
詳細は、牧野靖大、杉野綾子「1999 年以降の原油価格高騰をめぐる国際石油市場の動向と各国の対応等に
関する調査‐第 7 章 石油価格高騰に対する関係主要国の対応‐」(日本エネルギー経済研究所、ホーム
ページ、2002 年 7 月)を参照。
9
IEEJ:2005 年 10 月掲載
減税を提案したが、EU はこれを却下している4。
このように、1999 年から 2001 年の原油価格高騰局面においては、世界経済減速等も相俟
って、主要消費国においては、消費者の不満も増大し、これが政治問題にまで発展し、様々
なリアクションが見られた。一方で、2002 年以降の高騰局面においては、比較的強い政治
的不満・圧力を生まず、国内問題として、目立った対応はなされなかった。この背景には、
前述のようにアメリカ経済に牽引され世界経済が回復してきたことから、個人消費等も堅
調に推移し、生産規模の拡大により企業部門でもエネルギー上昇を克服できたことがある
とされている。
しかし、一方で、2004 年以降の原油価格高騰局面においては、テロの脅威、緊迫する中
東情勢および中国の石油需要急増などを背景として、原油価格高騰への対応が、国際問題
化してきている。
例えば、2005 年 3 月に開催されたエネルギー・環境円卓会合5において基調講演を行った
中国の劉・国家発展改革委員会副主任およびイギリスのブラウン・財務相は、エネルギー
価格高騰に触れ、それが、原子力拡大やエネルギー利用の効率化へのドライバーになると
指摘している。
3-2-2. 主要消費国のエネルギーセキュリティ政策
前項では、1999 年以降の原油価格高騰に対する主要消費国の、言わば、短期的な対応に
ついていくつか例を挙げたが、各消費国は、原油価格等のエネルギー価格の高騰を始めと
する深刻なエネルギー危機に適切に対処すべく、包括的且つ長期的視野に立った新たなエ
ネルギー政策展開の必要性を認識している。本項では、アメリカおよび EU におけるエネル
ギーセキュリティ政策について纏めることとする。
(1)アメリカ
2001 年 5 月、ブッシュ大統領は、「国家エネルギー政策(National Energy Policy)」を
発表した。これは、2000 年の第 1 次ブッシュ政権発足当時、米国のエネルギー市場が抱え
ていた問題を認識し、諸課題に対する提言として、纏められたものである6。
この「国家エネルギー政策」で取り上げられている政策提言は、非常に多岐にわたってい
4
5
6
ABC News ホームページ(2004 年 10 月 23 日付)
エネルギー・環境円卓会合は、20005 年 3 月 15、16 日ロンドンで開催され、G8 及び中国、インド、ブラ
ジル、南アフリカ、インドネシア等、主要 20 カ国のエネルギー担当大臣と環境担当大臣が参加した。
「国家エネルギー政策」の概要については、小山 堅「米国の新しいエネルギー政策の概要」(日本エネル
ギー経済研究所、ホームページ、2001 年 6 月)を参照。
10
IEEJ:2005 年 10 月掲載
るが、主に、
①インフラ整備を含む「国内エネルギー供給力の増強」
②省エネルギーや再生可能エネルギーの開発を中心とした「環境保全」
③エネルギーセキュリティに関する「国際的なイニシアティブ」
を中心に構成されている。中でも、米国におけるエネルギー価格高騰、エネルギー輸入依
存度の上昇といった問題への対応策として、国内エネルギー供給力の増大を図ることにプ
ライオリティを置いているのが特徴の一つとなっている。
まず、「国内エネルギー供給力の増強」のうち、石油・ガスの供給力の増大にあたっては、
次の対応を掲げている。
①
環境保全に配慮した上で、先進技術の応用を通した既存油田・ガス田からの生産再活
性化の促進
②
保有地のリース規制の見直しやロイヤリティ削減等を通してのオフショア石油・ガス
開発促進
③ 大陸棚外延部(OCS: Outer Continental Shelf)での石油・ガス掘削等のエネルギー
投資に関する現行基準・規制の再評価の実施
④ アラスカにおける連邦所有地(NPR-A: National Petroleum Reserve-Alaska)の一部
地域におけるリース拡大
⑤
北極圏野生生物保護区(ANWR:Arctic National Wildlife Refuge)の「1002 条地域(後
述)」における石油・ガスの炭鉱・開発への開放
⑥ アラスカ、カナダから本土 48 州向けの天然ガス PL 建設促進
⑦ 環境保全、安全性に配慮した上で国内天然ガス PL 網の整備促進
⑧
規制に伴う不確実性の低減や許認可プロセスの合理化等を通して、需要に見合う精製
能力増強の追及
次に、「環境保全」に関する政策提言の中では、次のような取り組みが掲げれられている。
①石炭利用技術の開発
クリーン・コール・テクノロジー(CCT)の開発促進を目的とし 10 年間で 20 億ドルの支
出、現行の CCT 研究開発に対するタックスクレジットの延長、を提言し、CCT の技術開発を
進めようとしている。
②新・再生可能エネルギー
本エネルギー政策では、再生可能エネルギーの普及促進に向け、“風力、バイオマス発電
へのタックスクレジット(現行 1.7 セント/kWh)の延長と対象範囲の拡大による、これら
発電の利用拡大”、
“太陽光発電、太陽熱温水システムなどを設置する一般家庭向け 15%(最
大 2,000 ドル)のタックスクレジット”
、“ANWR 開放によるリース収入(12 億ドル)の再生
11
IEEJ:2005 年 10 月掲載
可能エネルギー開発への充当”を掲げている。
また、発電部門に止まらず、自動車燃料についても、代替燃料の導入が進められており、
現在、自動車用燃料として、エタノール、MTBE(Methyl Tertiary Butyl ether:メチル第
3 ブチルエーテル)といった添加剤を加えられているが、特にエタノールについてはその環
境特性を踏まえて、“エタノールへの消費税控除の継続”を導入促進策として織り込み、自
動車燃料に起因する環境負荷低減を促進しようとしている。
③省エネルギー
エネルギーの利用効率の向上による省エネルギーの促進は、エネルギーの消費量を抑制
することから、エネルギー不足の回避や輸入依存度の低下、エネルギーの高価格が与える
インパクトの緩和が期待されると共に、環境負荷の低減等に寄与することから、エネルギ
ー政策にとって 1 つの重要な要件であるとし、“現行の省エネルギープログラム(Energy
“コ・ジェネレーションの導入に対する税制優遇の導入”、
“米
Star プログラム7等)の強化”、
国の自動車産業に負のインパクトを与えることなく、自動車の燃費基準(CAFE:Corporate
Average Fuel Economy Standards)の引き上げが可能かどうかの検討”を提言している。
最後に、「エネルギーセキュリティに関する国際的イニシアティブ」についての政策提言
については、
“エネルギーセキュリティを貿易・外交政策上のプライオリティとすること”
“カナダ、メキシコの北米諸国およびベネズエラ、ブラジル等の南米諸国も含めた米州諸
国とのエネルギー協力推進”、
“カスピ海周辺諸国やロシアにおける石油・ガス開発の促進”、
“地球規模での気候変動問題に対処するための先進技術、市場メカニズムに基礎をおくイ
ンセンティブや他の革新的なアプローチを開発するための国際協力”、“アジア諸国を始め
とする IEA 非加盟石油消費国における石油備蓄体制整備促進”を提言し、世界レベルでの
備蓄体制の構築に向けた動きを牽引する役割を担おうとしている。
(2)EU8
EU では、2000 年秋に、「エネルギーセキュリティーに関するグリーンペーパー」が発表さ
れた。これは、EC(欧州委員会)による EU 地域のエネルギー供給及びエネルギー市場に対
する現状認識と今後 EU が直面するであろう課題を指摘するものである。この「グリーンペ
ーパー」の概要を以下に示す。
7
8
エネルギー省(DOE)と環境保護局(EPA)が共同で行っているプログラム。優れた省エネ効率も表す
ものとして、省エネルギー基準を超える、優れた製品に対して Energy Star が授与される。
詳細は、小山 堅監修「EU のエネルギー政策と長期エネルギー見通し」(日本エネルギー経済研究所、ホー
ムページ、2003 年 10 月)を参照。
12
IEEJ:2005 年 10 月掲載
欧州のエネルギー供給の抱える脆弱性として、
○世界最大のエネルギー輸入・経済圏であり、今後もエネルギー消費の増加が予想され
る
○域内のエネルギー供給は、北海油・ガス田の生産減少や脱原発などで大幅に減少する
○結果的に、エネルギー輸入依存度は 1998 年 50%⇒2030 年には 70%へ
○2000 年に経験した国際石油価格高騰は、高い輸入依存率と相俟って EU 経済に打撃
を指摘し、これを背景とした課題として、
○輸入依存度の上昇、輸送距離の長距離化
○国際エネルギー市場に対する EU の影響力の欠如
○危機対応メカニズム(石油備蓄)の硬直性
を挙げている。また、このような中、欧州エネルギー市場が直面する新たな局面として、
“地球温暖化への対応の必要性”および“市場自由化の遅延(米国と比較して)
”が存在す
ることを認識した上で、
○エネルギー需要抑制(課税、省エネ等)
○域内エネルギー供給の強化(原子力、再生可能エネルギーの拡大、備蓄強化)
○競争促進
○産油・ガス国との関係強化
を最優先課題としている。
このグリーンペーパーの内容を受け、加盟各国の政府、議会、民間研究機関など様々な
議論が行われたが、その議論における批判、提言などは「グリーンペーパーに関する報告書」
として紹介されている。
それらの議論によって、欧州のエネルギー政策の構造的脆弱性や地政学的・社会的およ
び環境面での欠陥が明らかとなったが、エネルギー需要抑制のための政府によるエネルギ
ー効率向上支援策である「再生可能資源による発電に関する指令」および「財政面からのバ
イオフュエル利用促進に関する提案」等は、画期的な取り組みとして、一定の評価を受けた。
また、石油備蓄に関する議論も活発化し、供給途絶への対策として備蓄放出の際の協力を
さらに強化すべきとの共通認識に至った。
このように、今後は、グリーンペーパーやそれを受けた議論に基づいて、欧州としての
エネルギーセキュリティ政策の検討と共に、EU 各国ベースでの政策検討が行われるものと
13
IEEJ:2005 年 10 月掲載
考えられる。
以上、アメリカおよび EU のエネルギーセキュリティについて概観したが、これらのこと
から、原油価格等のエネルギー価格高騰を始めとするエネルギー危機に適切に対処するた
めに、各消費国が選択する対策としては、主に“需要抑制(省エネ)
”、“国・域内供給力の
増強(原子力、再生可能エネルギーの拡大、備蓄強化)”
、
“国際的なイニシアティブ(産油・
ガス国および消費国との関係強化)
”が挙げられよう。
3-3. 石油需要への影響
ここで、1999 年以降の原油価格高騰が石油需要にどのような影響を及ぼしたか、即ち、
石油価格の高騰が、経済成長へ影響し、さらに石油需要減少に繋がるというサイクルが表
面化したかどうかについて推察する。
表 3-3-1 は、1998 年から 2004 年における世界の GDP 成長率、石油需要および WTI 価
格の推移を示したものである。これによれば、10 ドル/バレル水準の価格上昇が生じた局面
が、“1999 年→2000 年”と“2003 年→2004 年”の 2 度生じている。その際には、いずれ
も石油需要は成長しており、前述のような、石油価格の高騰が石油需要減少に繋がるとい
うサイクルは顕著なものとなっていない。
これは、当該時期は世界経済が比較的堅調な成長を遂げているタイミングであり、むし
ろ、それが石油需要を後押しし、石油価格高騰のドライバーとなる構図になっていると言
える。ただし、2000 年後半以降 2002 年にかけては、石油需要の伸びが鈍化していること
から、原油価格高騰が経済のマイナス要因として働き、石油需要にも一定の影響を与えて
いる可能性もある。
なお、2005 年については、中国の石油需要成長の鈍化などから石油需要見通しが当初の
値から下方修正されるなど、上記と同様の状況の兆しともとれるような動きも見られ始め
ている。
表 3-3-1
1998 年以降の世界の GDP 成長率、石油需要および WTI 価格の推移
1998
GDP 成長率(%)
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2.8
3.7
4.6
2.5
3.0
4.0
5.1
石油需要(百万 B/D)
73.6
(0.7)
75.4
(2.4)
76.2
(1.1)
77.4
(1.6)
78.0
(0.8)
79.7
(2.2)
82.5
(3.5)
WTI 平均価格($/B)
14.4
19.3
30.3
25.9
26.1
31.1
41.4
(出所)IMF-World Economic Outlook, April 2005、IEA-Monthly Oil Market、EDMC Energy Trend
14
IEEJ:2005 年 10 月掲載
このように、1999 年以降における、原油価格高騰の石油需要への影響については、ある
程度の鈍化要因にはなるものの、世界経済が構造的にそれをある程度吸収できる状況とな
っていることから、需要減少に繋がるような状況には至っておらず、概ね、経済成長に応
じた需要の伸びを示している。
しかしながら、前述のとおり、石油価格高水準が継続すると、消費国においては、需要
抑制のインセンティブが働き、省エネ或いは再生可能エネルギー等の推進が加速すること
も考えられる。その場合、長期的には、新たな石油需給局面を迎え、石油価格と需要の関
係が現状とは違う様相を呈する可能性も否定できない。
3-4. 上流部門投資への影響
1999 年以降の原油価格高騰により、石油生産者即ち産油国やオイルメジャーは総じて、
収入の増加と言う形で恩恵を受けてきているが、本項では、この状況下での上流部門投資
を巡る動きについて概観することとする。
3-4-1.産油国
原油価格が高騰する中、産油国としては、消費国側からの圧力という“外的要因”に加
え、増大する需要への対応、過度の原油高価格が、所謂、
“石油離れ”に繋がることへの警
戒感という“内的要因”も相俟って、将来に向けた供給増のため、生産能力拡張への取り
組みを本格化させつつある。
このような中、OPEC 加盟国は表 3-4-1 に示すような生産能力拡張を計画しているが、投
資確保のための重要な要素の一つである外資導入については、国ごとに取り組み方が違っ
ているが、全体としては、“外資に対する否定的な認識”、
“政治体制の安定性”および“テ
ロなどの可能性”といった課題が山積しているといえる9。
むしろ問題は、こうした計画が本当に実現するか、或いは実現するとしてもどのような
タイミングで行われるのか、ということであり、産油国側の政策、上流投資へのアクセス
を巡る状況、政治・治安体制の安定が鍵を握る。その意味でこれらの生産能力増強が実現
されるかどうかについては、決して楽観視できない状況にある。
表 3-4-1
OPEC 加盟国の生産能力拡張計画
国名
現在生産能力
割当(05 年 3 月~)
生産能力拡張計画
外資参入の可否
9
詳細は、杉野綾子「OPEC の生産・価格政策と石油市場への影響‐第 2 章
(日本エネルギー経済研究所、ホームページ、2003 年 11 月)を参照。
15
今後の OPEC 石油政策の課題‐」
IEEJ:2005 年 10 月掲載
直近の主要外資参入プロジェクト実例
サウジアラビア
1000~1100 万 B/D
894 万 B/D
2008~10 年:1100-1250 万 B/D
2020 年:1500 万 B/D
増産計画:Haradh 油田(3 億$,-06 年 30 万 B/D)、Khursaniyah(-07 年 50 万 B/D)、Khurais(31 億$,-08 年 100
万 BD)、Manifa(100 万 B/D)等
国営石油会社 SaudiAramco は確認埋蔵量を根拠に 1500 万 BD の 50 年間維持の可能性を主張。
石油上流分野は国営石油会社サウジ・アラムコが独占。外資参入は不可(中立地帯を除く)。※左記 2 プロ
ジェクトでは、外国企業とターン・キー契約(請負契約)を結んだ。
ガス上流に関しては 98 年から上下流一貫での外資開放を目指したが(Gas Initiative)
、外資側との条件
が折り合わず、最終的に規模を上流探鉱のみとし外資開放へ。
03 年 11 月、CV3 鉱区ガス上流探鉱へ Shell・Total 参入
04 年 1 月、Lukoil(露)
、Sinopec(中)
、Eni・Repsol(伊・西)が A・B・C 各鉱区に参入
ナイジェリア
240 万 B/D
277 万 B/D
2010 年までに 450 万 B/D
1969 年石油法制定以後、徐々に産油国保有比率を高めた 1990 年から外資導入を再開。サービス、合弁、
生産物分与等多様な契約形態を認め、積極的に外資誘致を図る。
04 年 4 月、ナイジェリア-サントメプリンシペ JDZ の第 1 鉱区に Chevron Texaco、Exxon Mobil が参入。
05 年 4 月、OK-LNG に Shell が参入(既に BG、Chevron Texaco が参入済み)。
カタール
80 万 B/D
71 万 B/D
2006 年末:100 万 B/D(工業相)
2006 年末:90 万 B/D(Qatar Economic Review)
2010 年:105 万 B/D
なお、GTL に関しては、
2010 年:50~80 万 B/D
油田開発よりもガス田開発を優先(03 年~08 年で 239 億ドルの投資計画)
74~77 年石油産業を国有化したが、85 年より積極的に外資導入。国営石油会社 QP には外国企業をパート
ナーとして合弁事業を実施する権限が与えられている。1990 年前後より条件を改善し生産分与契約による
ライセンス付与。ガス田開発に関しても 1984 年以降外資との間で契約締結。最も外資に開放された中東
産油国(対外関係強化による安全保障確保)。
外資導入により、85 年 31 万 BD から 04 年 78 万 BD に増加。
05 年 2 月、Shell が QatargasLNG に参入。
GTL に関しては Sasol(南ア)
、Shell が主導。
05 年 3 月、インド、ONGC 子会社が沖合の Najwat Najem 油田探鉱開発について QP との間で合意。
UAE
262 万 B/D
240 万 B/D
2006 年:380 万 B/D
2010 年:400 万 B/D <アブダビ、現 245 万 BD>
<投資総額 10~15 億ドル>
アブダビでは国営石油会社 ADNOC による事業参加方式が採用され、最大 40%まで外資に開放。更に石油上
流部門への外資導入を計画中(現行は産油国側による事業参加方式。但し、既存油田は ADCO、ADMA-OPCO
及び ZADCO が開発しており、新規油田開発というより、既存油田の二次回収が主要)
。その他首長国、首
長との個別交渉により参入。
各 3 社の外資利権協定は 2014 年から 2018 年に失効するため、外資は追加投資には消極的。
<各社株主構成>
ADCO:BP、Total、Shell、Exxon 他
ADMA-OPCO:BP、Total、ジャパン石油開発
ZADCO:ジャパン石油開発
16
IEEJ:2005 年 10 月掲載
日本の石油会社は 60 年代からアブダビに進出。アブダビ石油(コスモ他)他 3 社が生産中。
ZADCO 株式の ADNOC 分 88%の内 28%について 02 年 4 月から売却活動を行ってきたが、05 年 4 月 Exxon が取
得する公算が高い。
ベネズエラ
2010 年までに 510 万 B/D
220 万 B/D
317 万 B/D
10
1976 年に外国石油企業の国有化が完了したが、1992 年には外資再導入へと政策転換。しかし 1998 年のチ
ャベス現大統領就任に伴い政策を再転換し、2001 年には外資参入に当たり国営石油会社 PDVSA に 51%を
保有させ、かつロイヤリティ比率を引き上げる新炭化水素法を制定。2004 年 10 月にはさらに、超重質油
開発に関してもロイヤリティ比率の一方的引き上げを決定。
2004 年 12 月、中国とのエネルギー協定締結、中国企業の油田開発への参入認める
2005 年 3 月、インドとのエネルギー協定締結、インド企業の石油・ガス開発計画への 49%以上の資本参加
を認める。
イラク
220 万 B/D
317 万 B/D
フセイン政権下で、465 万 B/D(制裁解除を視野に入れ、外資を導入しての新規開発及び改修による)。制
裁解除後 5 年で 600 万 B/D(新規開発が前提)
1997 年以降、仏、露、中ほかとの間で開発契約の締結、交渉を行った。しかし、国連制裁のもとで投資額
等制約があったために開発は進んでおらず、交渉段階にあった案件も今後見直される模様である。
契約形態については、ガドバン石油相はイランのバイバック契約を参考にする旨の発言有り。一方ウルー
ム前石油相は生産分与契約導入の可能性示唆。
02 年 12 月、Lukoil の西クルナ既発見鉱区の契約を、国連制裁による活動の停滞を理由に一方的に破棄。
2005 年 1 月実施の総選挙の結果、4 月、タラバニ大統領(クルド)及びジャファリ首相(シーア)が就任。
リビア
165 万 B/D
147 万 B/D
2010 年までに 200 万 B/D
2015 年までに 300 万 B/D
1970 年代前半に石油資産の国有化が進められ、以降外国石油会社との契約形式は利権契約から生産分与ま
たは合弁契約に切り替えられた。米国(1986 年)及び国連(1992 年)による貿易・投資制裁が開始され、03
年 9 月に国連制裁は解除。同年 12 月大量破壊兵器開発放棄宣言後、対リビア制裁法は解除され米国との
関係も急速に改善に向かっているが、依然としてテロ支援国家の指定は継続。
04 年 8 月~05 年 1 月国際入札実施。
05 年 1 月
国際入札の結果、米国(Oxy 社)及び豪州(Woodside)等が落札。
イラン
400 万 B/D
404 万 B/D
2005 年:450 万 B/D
2010 年:540 万 B/D
2015 年:700 万 B/D
2020 年:800 万 B/D
Aqajari 油田、ガス注入プロジェクト(投資総額 30 億ドル)、Azadegan、Yadavaran 及び Bangestan 油田
の開発計画
イランの石油部門が今後 10 年間で必要とされる投資額は少なくとも 1000 億ドル(石油相)
10
コンデンセート、オリマルジョン(オリノコ・タールを主原料に乳化(エマルジョン化)させたもの/
ボイラー用燃料として使用)等を含む石油生産能力
17
IEEJ:2005 年 10 月掲載
憲法では地下資源を外資に与えることを禁止しており、生産分与契約が採用できないことからバイバック
方式※による外資導入を推進。95 年に第 1 次、99 年に第 2 次バイバック契約による国際入札を実施。96
年米国がイラン・リビア制裁法(ILSA)を制定したが、欧州企業は進出(WTO 提訴を恐れ米国は制裁を留
保)。1999~2000 年、バイバック契約11の条件を改善、改正バイバック方式に基づく外資との契約は Norsk
Hydro(2000 年)、Eni(2001 年)、Inpex(2004 年)のみ。
現在はバイバック以外の契約形態は認められない。
ガス(LNG)に関しては、メジャー(Shell、Total)、中国及びインド(LNG 購入⇔油田開発参画)と交渉
中。
欧州企業(Shell、Total、Eni、Norsk、Statoil)が活動。
04 年 2 月 INPEX が Azadegan 油田開発参入
04 年 10 月、中国と LNG 購入及び油田開発参画に関する MOU 締結。
05 年 1 月、インド国営石油会社と Petropars がガス田開発・LNG 液化設備建設に関する MOU 締結。LNG 購
入、油田開発及び PL の検討について政府間合意。
インドネシア
100 万 B/D
143 万 B/D
n.a.
1960 年に従来の利権契約を廃止し「開発請負契約」に変更、1966 年には世界初の「生産分与契約」を導
入して積極的に外資を誘致。
01 年 11 月に発布された新石油ガス法では、国営石油会社プルタミナが規制権限及び下流部門での独占を
失い、一操業会社となると共に、外国法人,外国資本 100%の現地法人も協業契約締結が可能となった。同
法には、ガスの国内供給義務の規定や税制の不透明さ等問題点が指摘されている。
2005 年 5 月、米 Exxon Mobil は、Pertamina との間で結んだジャワ島の Cepu 油田開発契約の 2010 年まで
の延長につき交渉中。
アルジェリア
135 万 B/D
88 万 B/D
2005 年までに 150 万 B/D
2010 年までに 200 万 B/D
1971 年に外国石油会社の参加に関する規定を含む石油法を制定(国営石油会社 Sonatrach による 51%資本
参加)。1986 年、新規の探鉱・開発に関し外資参入承認。1991 年には既発見についても承認。サービス、
合弁、生産物分与等多様な契約形態を認め、積極的に外資誘致を図る。
01 年より新炭化水素法案(Sonatrach の権限縮小=1 コントラクター、外資出資上限の撤廃を含む)が審議
され、雇用削減を懸念する労働組合の反対により膠着していたが、05 年 4 月議会上院により承認。
05 年 4 月、第 6 次国際入札の結果、BP、Shell、BHP 他にライセンス付与。
クウェート
135 万 B/D
88 万 B/D
2010 年:300 万 B/D
2015 年:350 万 B/D
2020 年までに 400 万 B/D
外資参加の「プロジェクト・クウェート」<北部 4・西部 2 油田の開発(投資総額 70 億ドル)>を推進中。
11
外資が探鉱開発費用を負担。開発後はイラン国営石油会社に操業権が移譲され、外資の投資コストは報
酬と共に限定された期間内に規定された額分の生産物で返済。オーバーコストは外資負担及び生産量未
達成に対してはペナルティ。油価の変動は受けず(高油価・低油価でも利益に変動はなし)
、再開発への
技術導入インセンティブが働かないという問題点を抱える。
18
IEEJ:2005 年 10 月掲載
憲法では「資源及びその収入は国家に帰属する」と規定しており、中立地帯を除き外国石油会社の開発は
認めていなかった。91 年湾岸戦争からの復興のために結んだ外国企業との技術サービス契約(TSA※)を
皮切りに外資導入、サービス契約が中心となるが、97 年にはサービス契約以外の参入を承認。現在オペレ
ーショナル・サービス契約(OSA 導入を検討中(TSA に比べ操業方針での支配権が強い)
。04 年 12 月内閣
が上流(外資)投資法案(全油田開発を対象・含「プロジェクト・クウェート」)を承認し、議会審議へ
(~05 年 6 月)。
※サービス契約:探鉱開発に係る技術,操業を請負う契約。契約額は規定。
03 年アラ石がカフジ油田権益の失効に伴い、TSA を締結(08 年までの 5 年契約)
。
(出所)BP 統計 2004、OPEC 発表資料、各報道資料などよりエネ研作成
一方、非 OPEC 産油国のうちロシア、メキシコおよび中国の生産能力拡張計画を表 3-4-2
に示すが、これらの産油国での上流投資や生産拡大については不透明感が高まっている。
特に、非 OPEC で最大の産油国であるロシアでは、最近、「ユコス事件」を契機として石油産
業への国家管理の強化・外資への後ろ向きの姿勢の強まりが見られ、その影響への懸念が
膨らんできている(第 2 章 2-2-3 参照)。
近年、生産量を拡大し、石油市場の中で存在感を増してきている非 OPEC 産油国であるが、
OPEC 産油国の生産能力拡張についても、不確定要素が多いことから、その生産能力拡張計
画が順調に進展しない場合には、全体としての石油需給タイト化に繋がり、価格上昇の要
因となり得る。
表 3-4-2 ロシア、メキシコおよび中国の生産能力拡張計画
国名
現在生産能力
生産能力拡張計画
外資参入の可否
直近の主要外資参入プロジェクト実例
ロシア
918 万 B/D
生産計画は個別企業に拠る。
03 年に産業エネルギー省(エネルギー省:当時)が発表した「2020 年までのエネルギー戦略」では、2010 年:
894 万 BD、2020 年:904 万 BD と予測。
92 年に制定された地下資源法改訂作業中(05 年前半成立か)
。04 年 11 月に公表された改正案においては、
外資に関連して、「ロシアの地下資源の利用を希望する企業はロシアで登録する必要あり」とあり、ロシ
ア法人の設立が求められる。また、その後トルトネフ大臣により、「重要なプロジェクトについては外資
を 49%に制限」との発言あり。
ガス産業を総括するガスプロムの株式における外国企業保有率は 20%未満に制限。
2004 年 9 月、米国 Conocophilips 社による Lukoil 社株式(7.6%)の購入。2004 年 12 月、保有株式比率
を 10%まで引上げ、最終的には 20%の株式保有が目標。
Conocophilips は 2005 年に Lukoil との合弁企業をロシアに設立し、対ロ投資額 4 億$に達する予定。
メキシコ
337 万 B/D
19
IEEJ:2005 年 10 月掲載
2006 年までに 400 万 B/D12<@EIA>
石油の上流開発については、現フォックス政権は外資を導入したい意向ではあるものの、議会がこれに難
色を示しており、実現には至っていない。従って、石油の上流開発については、PEMEX による独占。
一方、ガスについては、石油よりは柔軟で、メキシコ自身が米国からのガス輸入量が増加していることを
懸念しており、MSC(Multiple Service Contracts)という契約を締結することで、民間および外資企業
に対して上流開発を開放(MSC は、開発に伴う資金調達は全て民間(外資)が負い、開発の業績やサービ
スに応じて報酬が支払われるというもの)。
石油上流開発についてはなし。
天然ガス上開発については、Repsol YPF(西)が Reynosa-Monterrey 鉱区の開発の他 Petrobras(伯)や
帝国石油(日)も他鉱区の開発に関与。
中国
351 万 B/D
生産計画は個別企業に拠る。
05 年国家発展改革委員会能源研究所発表した見通しでは、
2010 年:361-382 万 B/D
2020 年:382-402 万 B/D と予測
82 年より陸上、93 年より海洋での探鉱開発を外資に開放し国際入札を実施(外資の上限は鉱区権益の
49%)。外資参入については、国土資源部が認可する鉱区における鉱業権は外資にも開放されている。但
し、地質的にポテンシャルが高い場合には国営石油会社(CNPC、Sinopec、CNOOC 等)に優先的に認可され
ることもある一方、地質的・技術的に開発が困難な鉱区に対して、外資参入を促進している。
2004 年 8 月、CNOOC が HuskyEnergy と南シナ海「29/26」鉱区開発契約を調印。
2005 年 2 月、CNOOC は Kerr McGee と南シナ海の「43/11」鉱区の石油探査・開発契約を調印。
(出所)BP 統計 2004、OPEC 発表資料、各報道資料などよりエネ研作成
3-4-2.メジャー
次に、国際石油会社の代表としてメジャーの動向を見るが、前述のとおり、原油価格の
高騰は、各企業に記録的な利益をもたらしている。
1997 年後半以降低迷を続けた原油価格が 1999 年 3 月以降上昇基調に転じ、2000 年には
WTI 価格は年平均 30 ドル/バレルという水準で推移した。これにより、1999 年、2000 年は
メジャー各社は業績が改善し、純利益が大幅に増加した。その後、原油価格の下落(2000
年の水準に比べて)、製品需要低迷、天然ガス価格の下落などから、2001 年、2002 年は下
落基調に転じている。
しかし、2003 年以降は、再び原油価格並びに天然ガス価格が高騰したこと、また、石油
製品需要の回復により石油精製マージンが改善したこと等から、メジャー各社の業績は大
幅に改善し、2004 年には軒並み記録的な純利益を上げるに至っている(表 3-4-3)。
12
コンデンセートを含んでいるのか否かは不明。
20
IEEJ:2005 年 10 月掲載
表 3-4-3 メジャー各社の純利益
(単位:百万ドル)
Exxon Mobil
BP
Chevron Texaco
RD/Shell
Total
WTI 価格
1999
7,910
5,330
3,247
8,584
3,496
19.3$/B
2000
17,720
12,183
7,727
12,719
7,637
30.3$/B
2001
15,320
11,559
3,288
10,852
7,518
25.9$/B
2002
11,460
8,715
1,132
9,419
6,260
26.1$/B
2003
21,510
12,858
7,230
12,496
7,344
31.1$/B
2004
25,330
16,208
13,328
18,536
9,039
41.4$/B
(出所)各社 Annual Report より
このように、メジャー各社の業績は、概ね、原油価格の動向と高い相関関係で推移して
いるが、上流への資本支出については、各社の事情に応じて傾向は違っている。
表 3-4-4 に各社の資本支出の推移を示すが、2000 年は原油価格の高騰により、純利益は
前年比で増加しているが、Exxon Mobil、Chevron Texaco、RD/Shell は、慎重な姿勢を崩さ
ず上流部門の資本支出を抑制している。一方で、BP は、1999 年に発見したメキシコ湾にお
ける重点プロジェクトを中心に、2000 年には積極的な上流部門投資が行われた。
その後は、高油価を背景とした業績に応じて、概ね、上流への資本支出が増加しており、
特に、2003 年から 2004 年にかけては、1999 年前後と比べて、上流部門への資本支出は大
幅に増加している。特に、生産量の維持、増量に直結する生産部門への投資が拡大してい
ると言われている。
しかし、この支出額の増大は、相当部分は、昨今の原材料価格高や掘削リグのコスト上
昇に伴うもので、ネット(正味)での生産・開発活動の増加に伴うものではないとも見ら
れている。そのためもあって、メジャー各社の生産量はほぼ横ばいになっており、投資額
の表面的増加が生産増に結びついていない(表 3-4-5)。
この生産停滞の背景には、メジャー各社の生産量の中心である北海や米国の生産が停滞
する中、それを補って増産に結びつくような新規の大規模開発が進んでいないこともある。
21
IEEJ:2005 年 10 月掲載
表 3-4-4 メジャーの資本支出の推移
(単位:百万ドル)
Exxon Mobil
BP
Chevron Texaco
全体
上流
全体
上流
1999
13,307
8,390
7,345
2000
11,168
2001
12,311
2002
13,955 10,394 19,111
全体
RD/Shell
Total
上流
全体
上流
全体
上流
4,194 10,026
7,343
7,409
4,137
8,409
5,132
6,899 11,001
6,383
8,291
6,251
6,209
3,801
8,339
5,639
8,763 14,124
8,861 12,028
7,129
9,626
6,875 10,566
7,496
9,699
9,255
6,283 23,651 13,155
8,657
6,122
2003
15,525 11,988 20,012 15,370
7,363
5,675 12,252
8,129
7,728
5,302
2004
14,885 11,715 17,249 11,193
8,315
6,321 12,734
8,387
8,668
6,170
(出所)各社 Annual Report より
注:Total の単位は百万ユーロ
表 3-4-5 メジャー各社の原油生産量
(単位:千バレル/日)
Exxon Mobil
BP
Chevron Texaco
RD/Shell
Total
1999
2,517
2,061
2,012
2,255
1,468
2000
2,553
1,928
1,997
2,262
1,433
2001
2,542
1,931
1,959
2,211
1,454
2002
2,496
2,018
1,897
2,359
1,589
2003
2,516
2,121
1,808
2,379
1,661
2004
2,571
2,531
1,710
2,253
1,695
伸び率
0.43%
4.19%
▲3.20%
▲0.02%
2.92%
(出所)各社 Annual Report より
その意味では、メジャーにとって将来の成長を担保する主力生産地域へのアクセスを如
何に図るかが重要であり、現在の産油国の外資開放に対する姿勢の厳しさや、政治・治安
体制の問題、中国やインド等の国営石油会社による活発な投資活動(メジャーにとって新
たなライバルとして)は、メジャーにとって大きなチャレンジとなっている。
図 3-4-1 および図 3-4-2 は、Exxon Mobil および Total の資本支出の構成を示したもので
ある。これによれば、上流部門への資本支出のうち、生産部門については、キャッシュフ
ローに応じて、手厚く充当される一方で、探鉱部門については、純利益の増加が反映され
ない傾向にあると言える。当時記録的な利益を上げた 2003 年の翌年となる、2004 年におい
ても、探鉱部門への投資はさほど増加していない。
22
IEEJ:2005 年 10 月掲載
図 3-4-1
Exxon Mobil の資本支出の構成
(百万ドル)
16,000
14,000
12,000
下流・石化等
上流(生産等)
探鉱
10,000
8,000
6,000
4,000
2,000
0
2000
2001
2002
2003
2004
(出所) Exxon Mobil Annual Report より
図 3-4-2
Total の資本支出の構成
(百万ユーロ)
12,000
10,000
8,000
下流・石化等
上流(生産等)
探鉱
6,000
4,000
2,000
0
2000
2001
2002
2003
2004
(出所) Total Annual Report より
また、最近では、上述のようなビジネス環境の下で、巨額の利益を上流部門への投資で
はなく、“自社株買い”や“株主への配当”に使われる(或いは使わざるをえない)傾向が
現れていると言われている。こうして、産油国サイドでもメジャーを始めとする国際石油
会社サイドでも、石油業界全体として、このような上流部門への投資不足が指摘され、こ
れが、中長期的な石油需給を占う上で、潜在的な不安材料となりつつある。
ただし、メジャーが長期的な生き残りを模索する上では、埋蔵量の確保は極めて重要な
課題の一つとなっているのも事実である。したがって、各社それぞれの経営戦略の中で、
原油価格高騰で得たキャッシュを今後どのように利用するかについても注目が集ることと
23
IEEJ:2005 年 10 月掲載
なろう。その意味では、メジャーが投資を決定する上での「ハードル価格」を徐々に引き上
げつつあるということは注目に値しよう。
3-5. 原油価格ディファレンシャルの推移とその背景
原油価格が高騰している中で、国際石油市場の中で起きている 1 つの異変に原油の油種
間格差いわゆる「ディファレンシャル」の拡大が挙げられる。
一般に原油は、比重が軽く硫黄分の低い「Light-Sweet(軽質低硫黄)原油」と、比重が
重く硫黄分の高い「Heavy-Sour(重質高硫黄)原油」に大別される13。軽質低硫黄原油は、
ガソリンや中間留分といった付加価値の高い石油製品が多く取れる傾向がある反面、価格
は重質高硫黄原油に比して高く、これが「ディファレンシャル」となっている。いわばデ
ィファレンシャルは、原油間の「品質格差」といえる。
サウジアラビア産の米国向けのアラビアン・エクストラライト(AEL)とアラビアン・
ヘビー(AH)14を軽質原油、重質原油の代表とみなして過去のディファレンシャルの実績
を見ると、2000 年 7 月頃までディファレンシャルはバレル当たり概ね 2~3 ドル前後で推
移していた。しかし、原油価格が上昇するにつれ 3 ドル以上にディファレンシャルが拡大
する傾向が見られはじめ、2002 年にディファレンシャルは 2 ドル台に戻ったものの、2003
年初頭から再び拡大を始め、2004 年 2 月には 4 ドル超、原油価格が過去最高値を記録した
10 月には 7 ドルに達し、2005 年 1 月には実に 10 ドル以上の格差を記録した。2005 年 2
月時点で、ディファレンシャルは若干縮小したものの、依然として 7 ドル以上の格差とな
っている(図 3-5-1)。
また、国際石油市場における指標原油間のディファレンシャルについて、軽質原油であ
る WTI と重質原油であるドバイで見てみると、1999 年から 2002 年 11 月頃までは概ね 0
~3 ドル程度のディファレンシャルで推移しており、この間のディファレンシャルの平均値
は 1.6 ドルとなっている。しかし、2002 年 12 月以降、ディファレンシャルは 5 ドル以上
に拡大し、以降それが継続している。原油価格が過去最高値をつけた 2004 年 10 月には実
に 15 ドル近いディファレンシャルとなっており、異例な状況であると思われる。2005 年 3
月においてもディファレンシャルはなお 8 ドルとなっている。(図 3-5-2)。
13
軽質低硫黄原油の代表として、WTI(API:39、硫黄分:0.45%)、ブレント(API:38、硫黄分:0.39%)、
マーバン(API:39、硫黄分:0.73%)などが挙げられ、重質高硫黄原油の代表として、アラビアン・ヘ
ビー(API:29、硫黄分:2.79%)、ドバイ(API:31、硫黄分:2.04%)、カフジ(API:28.5、硫黄分:
2.85%)などが挙げられる。
14 AEL は、API(比重)
:38、硫黄分:1.16%
24
IEEJ:2005 年 10 月掲載
図 3-5-1
AEL と AH のディファレンシャルの推移
($/B)
12.00
10.00
8.00
6.00
4.00
2.00
Ja
nM 99
ay
Se 99
p9
Ja 9
nM 00
ay
Se 00
p0
Ja 0
nM 01
ay
Se 01
p0
Ja 1
nM 02
ay
Se 02
p0
Ja 2
nM 03
ay
Se 03
p0
Ja 3
nM 04
ay
Se 04
p0
Ja 4
n05
0.00
AEL-AH
出所
PIW
図 3-5-2
WTI とドバイのディファレンシャルの推移
Ja
n
M 99
ay
S e 99
p9
Ja 9
nM 00
ay
S e 00
p0
Ja 0
nM 01
ay
S e 01
p0
Ja 1
nM 02
ay
S e 02
p0
Ja 2
nM 03
ay
S e 03
p0
Ja 3
nM 04
ay
S e 04
p0
Ja 4
n05
($/B)
16.00
14.00
12.00
10.00
8.00
6.00
4.00
2.00
0.00
-2.00
-4.00
WTI-Dubai
出所
PIW
こうしたディファレンシャルの拡大要因として、①石油製品需要構成の変化(白油化)、
②石油製品品質規制の強化、③精製能力のボトルネック(重質原油処理に関して)、④原油
供給構成の変化(重質原油の増産)
、⑤軽質低硫黄原油である WTI の価格形成をめぐる問
題、の 5 点が考えられる。
まず、「①石油製品需要の変化(白油化)について」であるが、BP 統計によると、1994
25
IEEJ:2005 年 10 月掲載
年から 2004 年にかけての世界の石油製品需要15は、6,349 万バレル/日から 7,703 万バレル
/日へと年率 2.0%で増加している。内訳を見ると、重油が 1,005 万バレル/日から 908 万バ
レル/日へと 1.0%の減少となっているのに対して、ガソリンは 2.2%、軽油は 2.5%の増加
となっており、石油製品の白油化が着実に進んでいることが伺われる(図 3-5-3)。この傾
向は、程度に差はあるものの、世界最大の石油消費国である米国、需要の増加が著しい中
国についても同様の傾向が見られる16。
図 3-5-3 石油製品需要の推移(世界全体)
(万B/D)
8,000
7,000
6,000
5,000
4,000
3,000
2,000
1,000
0
1994
1995
1996
1997
ガソリン
出所
1998
1999
2000
中間留分
重油
その他
2001
2002
2003
BP 統計
このように、石油製品需要が白油化すれば、精製設備体系が一定であれば、基本的に精
製する原油に軽質原油が好まれることになる。これは、原油の品質差に応じて軽質原油に
需要が集中することは、需給バランスが変化することをもたらし、軽質原油と重質原油の
価格差の拡大へと作用する基礎要因となる。
次に、軽質低硫黄原油への選好をより強める要因の第 2 として、
「②石油製品品質規制の
強化」が挙げられよう。すなわち、
「環境規制」が要因となって、需要家側が軽質原油を求
める動きが生じると考えられる。環境問題は今や世界的な関心事であり、米国や欧州、日
本においても、石油製品における需要の中心を成すガソリンや軽油への規制がより厳格化
されている。
米国におけるガソリンの品質規制を見てみると、1990 年の改正大気浄化法以降、1992
15
旧ソ連は除く
米国では、石油製品全体の増加率が 1.4%であるのに対して、ガソリンが 1.8%、軽油が 1.6%の増加、
重油は 3.0%の減少となっている。また、中国は、全体の増加が 7.4%、ガソリンが 6.8%、軽油が 9.3%と
比較的大きく増加している中で、重油は 2.4%の増加に止まっている。
16
26
IEEJ:2005 年 10 月掲載
年に CO が 基準 値を超 える 地域で の冬 季の酸 素化 合物の 混合 が「Oxygenated Fuel
Program」として義務化され、1995 年にはリフォーミュレーテッドガソリンが導入された。
このプログラムは、「RFG Phase 1」と呼称されており、2000 年に「RFG Phase 2」とし
て強化された。さらに、2004 年に「Tier 2」と称するガス排出規制が実施されたことに伴
い、2006 年までにガソリンの硫黄分が 30ppm 以下となるよう段階的な削減が開始される
予定である。
米国で問題なのは、このような規制はあくまで連邦政府が示した数値であり、環境意識
の強いカリフォルニア州などでは、さらに一段と厳しい規制を行う傾向があり、こうした
ことが「ブティック燃料問題」となって、州間での製品融通を困難にし、そのことが供給
余力の低下にもつながり、価格高騰を招く一因となっていることは既に述べたとおりであ
る17。
欧州においても、自動車燃料規格に関して、行政が主導して自動車産業界と石油業界の
協力により系統立てた実験やシュミレーションを行う「オートオイルプログラム(AOP)」
が実施されている。AOP で検討された自動車燃料規格は、
「EU 指令」として決定され、欧
州標準化委員会(CEN)で欧州統一規格「EN」として設定される。EU 加盟国は、EN に
基づいた自国での規格を制定する。
自動車燃料に関しては、
1993 年に EN を採用して以降、
当時 1,000ppm 以下としていた硫黄分を 2005 年には 50ppm 以下、2009 年には 10ppm 以
下とするなど、徐々に規制を強めている(表 3-5-1)。
表 3-5-1 欧州ガソリン規格(EN228)の推移(主要項目)
項目
単位
1993
1995
2000
2005
2009
ppm
1,000 以下
500 以下
150 以下
50 以下
10 以下
ベンゼン
容量%
5.0 以下
→
1.0 以下
→
→
芳香族
容量%
42 以下
35 以下
→
オレフィン
容量%
18 以下
→
→
酸素分
容量%
2.7 以下
→
→
硫黄分
出所
2.5 以下
→
各種資料およびヒアリング等に基づき作成
欧米と同様にアジア地域、特に日本ではガソリン規格が厳格化されている。日本のガソ
リン規格では、欧州規格で規制されている芳香族の規制はない。しかし、硫黄分について
は、2008 年から 10ppm 以下に規制される予定であったものを石油業界の自主対応により
前倒しし、2005 年より 10ppm 以下のガソリンが供給されている。これにより、日本では、
17
詳しくは、山中裕之、舩山義之「最近の原油価格高騰の背景と今後の展望に関する調査 第 2 章 1999 年
以降の国際石油情勢と原油価格高騰 2-2-2(2)
「ブティック燃料問題」(日本エネルギー経済研究所、ホー
ムページ、2005 年 10 月)
」を参照。
27
IEEJ:2005 年 10 月掲載
世界に先駆けて「サルファーフリー」ガソリンが普及している。また、他のアジア諸国に
おいても、硫黄分の削減など、品質規制が厳格化されていくものと思われる。こうした動
きが原油選択に影響を及ぼし、他の条件が一定ならば、軽質低硫黄原油へと需要をシフト
させることは当然である。
原油への需要に直接影響を及ぼすのは製油所の原油需要であり、それは精製設備構成(特
に 2 次設備の保有状況)に左右される。2 次設備の保有状況について見てみると、世界最大
の石油消費国である米国では、精製設備に占める 2 次設備の比率18が 36%となっており、2
次設備比率が約 26%の欧州19や 20%の日本、発展途上国ながら 21%の 2 次設備を保有する
中国などと比較しても保有比率が高く(表 3-5-2)、重質高硫黄原油の一定量の処理が可能
な体制となっている。
表 3-5-2 主要石油消費国における 1 次系・2 次系の精製設備比率(2005 年 1 月現在)
(万バレル/日、%)
米国
欧州
日本
中国
1 次系
2 次系
1 次系
2 次系
1 次系
2 次系
1 次系
2 次系
設備容量
1,677
956
1,428
490
471
114
465
120
シェア
出所
63.7
36.3
74.4
25.6
80.5
19.5
79.5
20.5
Oil and Gas Journal
しかし、精製設備の改造・増強には投資が必要であり、その実現には一定の時間がかか
る。従って、価格のディファレンシャルが変化して、重質原油処理による高いマージンが
見込まれたとしても、設備構成が一定とすれば、即時的に原油の需要に大きな変化は生じ
ない。すなわち、昨今のように、軽重格差が縮小しないことの背景には、既に重質高硫黄
原油を処理する精製設備が、特に米国においてフル稼働になっているため、追加的な重質
高硫黄原油への需要が生じにくくなっていることが考えられる。
価格ディファレンシャルの問題に関しては、当然、原油供給の影響もある。これが、「④
重質原油が増産されている原油供給構造の変化」である。最近の原油価格上昇に対応して、
OPEC は市場の安定化のため大幅な増産を迫られた。イラクを含む OPEC の生産量は、2002
年 12 月の 2,470 万バレル/日から 2004 年の 9 月頃の約 3,000 万バレル/日まで大幅に拡大し
ている。OPEC は、産油国として当然のことながら、販売収入の最大化を目指している。
18
Coking(コーカー)、Thermal operations(熱分解装置)、Catalytic cracking(接触分解装置)、Catalytic
hydrocracking(水素化分解装置)を 2 次設備とみなした。
19 IEA の OECD ヨーロッパの分類に従い、
「オーストリア、ベルギー、チェコ共和国、デンマーク、フィ
ンランド、フランス、ドイツ、ギリシャ、ハンガリー、アイスランド、アイルランド、イタリア、ルクセ
ンブルグ、オランダ、ノルウェー、ポーランド、ポルトガル、スロバキア共和国、スペイン、スウェーデ
ン、スイス、トルコ、英国」を欧州とみなした。
28
IEEJ:2005 年 10 月掲載
従って、生産削減を行う場合、単価の低い重質原油からカットされ、逆に、そこから増産
する場合には、生産削減されていた重質原油の生産を増加させることになる。今回の OPEC
増産では、まさに生産が絞られていた重質原油が増産されたと考えられる。このことから、
軽質原油の需要が潜在的に高い時に重質原油の供給が増大し、その結果として、価格ディ
ファレンシャルが拡大することになったものと思われる。
ここまで見てきた需給双方の要因以外に、価格ディファレンシャルに影響を及ぼしてい
ると思われるのが、
「⑤WTI の価格形成をめぐる問題」であろう。米国では 2-2-2 節で述べ
たとおり、石油製品市場での供給ボトルネックが存在しており、また 2-2-6 節でも述べたと
おり、NYMEX 市場においては、非当業者(投機家)の動向が価格形成に一定の影響を与
える状況となっている。特に、現状においては、米国の石油需要が堅調な中で製油所はほ
ぼフル稼働の状況であることから、特にキャパシティの限られている 2 次設備はフル稼動
で重質原油を処理する余裕がない。従って、堅調な需要と厳しい環境規制に応えるために
軽質原油が求められる状況となっており、ここに需給ファンダメンタルズと非ファンダメ
ンタルズの双方から原油価格の上昇を加速する要因となり、その結果、特に WTI が大幅に
上昇し「独歩高」となりやすい構造が生じているものと思われる。この結果として、WTI
とドバイのディファレンシャル、あるいは WTI に引っ張られる形での軽重(硫黄分)格差
拡大がもたらされていると思われる。
AEL と AH、WTI とドバイに限らず、油種間の格差は常に変動しており、そもそも価格
ディファレンシャルの将来をどうみるかは非常に難しいものである。しかし、上述の諸点
を考慮すると、基本的に原油価格が高い水準で推移する内は、その背景要因の作用という
観点から見て、大きめのディファレンシャルが続く可能性があるものと思われる。
お問い合わせ:[email protected]
29
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