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日本の家計貯蓄関数の推定 ―93SNAにもとづくコインテグレーション

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日本の家計貯蓄関数の推定 ―93SNAにもとづくコインテグレーション
日本の家計貯蓄関数の推定―93SNA にもとづくコインテグレーションアプローチ―(東 良彰)(521)169
【論 説】
日本の家計貯蓄関数の推定
*
―93SNA にもとづくコインテグレーションアプローチ―
東 良 彰 1 は じ め に
本論文では 93SNA にもとづく家計貯蓄のデータを用いて,1983 年の第 2
四半期から 2004 年の第 1 四半期までの 84 四半期間における家計貯蓄関数の
推定を行う.マクロ経済の変数間にしばしば観察される見せかけの相関に対
処するため,ユニットルート検定,コインテグレーションテスト,誤差修正
モデルの推定で構成されるコインテグレーションアプローチを用いて推定す
る.また得られた推定結果から各説明変数の家計貯蓄変動に対する寄与率を
計算し,近年急激に下落する傾向にある家計貯蓄の説明を試みる.
関連する研究として Azuma and Nakao (2004) および東(2006)では,68SNA
の 1958 年から 1998 年の暦年データにもとづき,コインテグレーションアプ
ローチによる家計の貯蓄率関数および貯蓄関数の推定を行っている 1).そこ
* 同志社大学の中尾武雄教授からは,コインテグレーションアプローチやその貯蓄関数への応
用などにつき,多くのご指導を頂いた.ここに記して感謝したい.なお,この研究は平成 18 年
度私立大学等経常費補助金特別補助高度化推進特別経費大学院重点特別経費(研究科分)の助
成を受けている.
1) コインテグレーションアプローチによる消費や貯蓄あるいは貯蓄率関数の推定で 68SNA に
もとづく文献は数多く存在する.たとえば中尾(1997)では 68SNA の 1970 年第 4 四半期から
1993 年第 4 四半期までの四半期データを用いて,コインテグレーションアプローチによる日本
の消費関数の推定が行われている.Horioka(1996)では 1955 年から 1993 年の長期年次デー
タを用いて,バブル経済期の資産価値の上昇が家計消費に大きな影響をもたらしたことが明ら
かにされている.日本の貯蓄率関数を推定した文献については,ホリオカ・井原・越智田・南
部(1992)や Horioka (1997) も参照されたい.
170(522)
第 59 巻 第 4 号
では 1 人あたり実質家計貯蓄(率)が下落する 1976 年以降に資産上昇の家計
貯蓄(率)下落に与える寄与率が急激に上昇していること,さらにその寄与率
は高齢化等による非労働力人口比率の上昇が家計貯蓄(率)下落に与える寄与
率よりも圧倒的に大きいことなどが明らかにされている.これらの結果が近
年も成立しているのかは,今後の日本経済のマクロ的需給関係の動向を考察
する上で重要な関心事である.
しかしながら 68SNA と 93SNA のデータがそのままでは接続しておらず,そ
のことが最近のデータを含む長期データの分析を困難にしている.これに対
して内閣府では平成 7 年基準の 93SNA データとして 1980 年まで遡及したデー
タを公開しており,その中でも直近のデータを含む平成 15 年度確報(平成 17
年版国民経済計算年報)を用いれば,2004 年第 1 四半期までの四半期データが
利用可能である.そこで本論文では,家計(個人企業を含む)の所得支出勘定
から純貯蓄と純調整可処分所得の四半期データを用いる 2).これらのデータは
サンプル数を確保するために年変換はせず,四半期データのままで用いるこ
とが望ましいと思われる.そこでこれらの四半期データの季節性を除去する
ために米国センサス局の X-12-ARIMA による季節調整を行い 3),人口推計月報
の月初推計から総人口(月初推計人口)を用いて 1 人あたりのデータになおし,
消費者物価指数(CPI)を用いて実質化する.このようにして得られた 1 人あ
たり実質ベースの純貯蓄(SPN)および純調整可処分所得(YPN)をプロット
したものがそれぞれ第 1 図と第 2 図である.
2) 93SNA では,最終消費支出と可処分所得に現物社会移転を加えたものが現実最終消費および
調整可処分所得として定義される.(現物社会移転は社会保障給付、その他の現物社会保障給付、
個別的非市場財・サービスの移転からなる.)したがって家計の貯蓄は,可処分所得-最終消費
支出としても,調整可処分所得-現実最終消費としても求められる.(正確にはこれに年金基金
年金準備金の変動(受取)が加わる.)なお調整可処分所得(純)に年金基金年金準備金の変動(受
取)を加えた値で貯蓄(純)を割ると家計の調整貯蓄率(純)が求められる.また 68SNA では
現物社会移転は家計消費にも家計可処分所得にも含まれている.詳細については例えば経済企
画庁経済研究所(2000)を参照されたい.
3) 純貯蓄は負のデータを含むため,X11 method は加法形に設定している.その他のデータは断
りのないかぎり乗法形に設定している.なお季節調整にはいくつかの方法があるが,米国にお
いて消費や貯蓄に関する研究の多くは季節調整済みデータを用いており,それに準ずることが
研究成果の比較や応用の観点からも望ましいと思われる.
日本の家計貯蓄関数の推定―93SNA にもとづくコインテグレーションアプローチ―(東 良彰)(523)171
第 1 図 日本の 1 人あたり実質家計貯蓄(SPN)の動き
第 2 図 日本の 1 人あたり実質可処分所得(YPN)の動き
第 1 図の 1 人あたり実質家計貯蓄は分析期間中プラスの値をとり続けるもの
の,バブル経済の崩壊直後を除きトレンドとしては下落する傾向にあり,特
172(524)
第 59 巻 第 4 号
にその傾向は 90 年代に加速している 4).また第 2 図の 1 人あたり実質可処分
所得は 80 年代を通じて上昇する傾向にあったが,バブル経済の崩壊以降はほ
ぼ横ばいで推移している.
本論文では分析期間が比較的長期にわたるため,家計貯蓄関数を推定する
にあたっては,ライフサイクル仮説を想定して資産を説明変数に加える必要
がある.ライフサイクル仮説によれば消費者は退職後も含めた生涯の消費平
準化を念頭において毎期の消費・貯蓄計画を行っている.この行動を定式化
した消費関数 CPN =α YPN +βWPN から,ライフサイクル仮説にもとづく消
費者の貯蓄関数は SPN=(1-α )YPN-βWPN によって表される.ここで CPN
および WPN はそれぞれ 1 人あたりかつ実質値でみた消費と資産をあらわす.
またαは所得の限界消費性向であり,βは資産の限界消費性向である.この
貯蓄関数から所得効果に比して資産効果が大きければ,1 人あたりでみた貯
蓄が下落することは明らかであろう.
この仮説にもとづいて平成 15 年度確報の家計(個人企業を含む)部門期末貸
借対照表から資産のデータを利用したいのだが,このデータは暦年ベースで
提供されているため四半期分割をする必要があり,データの生成に恣意性が
生じる.一方日本銀行の資金循環勘定のデータを用いると,金融資産データ
のみに限定されるが四半期データでの利用が可能である.ただし,93SNA ベー
スと 68SNA ベースの金融資産データでは定義や取引項目が若干異なるため
データを接続するためには若干の集計手続きを必要とする.
そこでまず次節では資産データの接続方法について説明し,得られたデー
タを時系列に概観する.またライフサイクル仮説のもう 1 つの予測として,
労働力人口の減少は純貯蓄に負の影響を与えるはずである.次節では非労働
力人口比率の四半期データについてもその推移を概観する.第 3 節では,コ
4) 68SNA と 93SNA では重複期間における家計貯蓄の動きに違いがみられる.ホリオカ(2004)
によると,不良債権の処理が 68SNA では金融機関から家計への経常移転とみなされるために,
家計の所得と貯蓄を上昇させる一方で,93SNA ではそのような影響は排除されていることが大
きな違いであると説明されている.
日本の家計貯蓄関数の推定―93SNA にもとづくコインテグレーションアプローチ―(東 良彰)(525)173
インテグレーションアプローチによる長期家計貯蓄関数の推定を行う.第 4
節では,誤差修正モデルの推定を行い,第 3 節および第 4 節で得られた推定
結果の経済的意味について整理する.第 5 節では,各説明変数の家計貯蓄変
動に対する寄与率を計算し,家計貯蓄の下落傾向をもたらす要因について定
量的に分析する.最後にこの分析の全体像を振り返る.
2 金融資産および非労働力人口比率の推移
日本銀行のホームページによると,資金循環統計の 93SNA ベースと 68SNA
ベースの違いは以下の 2 点である 5).
1.93SNA ベースの「家計」と「対家計民間非営利団体」
は,68SNA ベースの「個
人」が分かれたものである.
2.「金融派生商品」
「預け金」
「未収・未払金」などの取引項目は,93SNA ベー
スでのみ計上されている.
2 番目の点についてより正確には,取引項目に関する新旧対応表が同ホーム
ページ上で公開されている 6).
これらの情報にもとづいて,金融資産データの接続にあたっては,資産・
負債の両方の項目から,「貸出」項目に計上されている非金融部門貸出金,割
賦債券,現先・債券貸借取引,「株式以外の証券」項目に計上されている抵当
証券,「金融派生商品」項目,「預け金」項目,
「未収・未払金」項目のそれぞ
れを,93SNA ベースの「家計」と「対家計民間非営利団体」から控除するこ
とにした.その上で 1 番目の点にもとづき,「家計」と「対家計民間非営利団
体」を足しあわせることで,68SNA ベースにおける差額(=純金融資産)に対
応するデータを作成した.
5) 具体的には資金循環統計の FAQ から「2-2. 現行ベース(93SNA ベース)と旧ベース(68SNA
ベース)の相違は何ですか。」「2-3. 現行ベース(93SNA ベース)と旧ベース(68SNA ベース)
の計数を接続して利用するには、どのようにすればよいのですか。」の記述に基づいている.
http://www.boj.or.jp/type/exp/stat/faqsj.htm#index2 を参照されたい.
6) http://www.boj.or.jp/type/release/zuiji/nt_cr/kako01/data/ntsj01a.pdf の「取引項目:新旧対応表」
を参照されたい.
174(526)
第 59 巻 第 4 号
第 3 図 日本の 1 人あたり実質純金融資産(WPN)の動き
93SNA ベースと 68SNA ベースは 1997 年の第 4 四半期から 1999 年の第 1
四半期の 6 四半期間において重複しており,この間の相関係数を計算したと
ころ約 0.96 であった.このことから新旧ベースの数字はほぼそろっていると
判断して 1997 年の第 4 四半期以降は 93SNA ベースのデータを接続している.
こうして得られた純金融資産データに,米国センサス局の X-12-ARIMA によ
る季節調整を施し,人口推計月報の月初推計から総人口(月初推計人口)を用
いて 1 人あたりのデータになおし,消費者物価指数(CPI)を用いて実質化し
たものが第 3 図である.この図から 1 人あたり実質純金融資産(WPN)のト
レンドは 90 年以降も上昇を続けていることがわかる.
次に非労働力人口比率のデータとその推移について説明する.第 5 節でも
理論的に説明するが,ライフサイクル仮説では労働所得を得ず資産を切り崩
して生活をする消費者の割合が増加すれば貯蓄は減少する.この仮説にもと
づいて非労働力人口比率を説明変数に用いる.具体的には,労働力調査報告
の労働力調査から労働力人口と非労働力人口の季節調整値を用い,非労働力
日本の家計貯蓄関数の推定―93SNA にもとづくコインテグレーションアプローチ―(東 良彰)(527)175
第 4 図 日本の 1 人あたり非労働力人口比率(NLP)の動き
人口(労働力人口+非労働力人口)
/
によって得られる値を非労働力人口比率(NLP)
と定義する.すなわち非労働力人口比率とは,15 歳以上人口の中で非労働力
人口が占める割合をいう.非労働力人口には,高齢者,主婦,学生などが含
まれる 7).
第 4 図には非労働力人口比率が時系列にプロットされている.この図から
1990 年代の前半以降,非労働力人口の割合はほぼ一貫して上昇し続けている
ことがわかる.人口推計月報から 15 歳以上人口に占める 65 歳以上の人口の割
合を計算すると,分析期間中一貫して上昇を続けていることが確認される 8).
したがって高齢化の進行が非労働力人口比率の上昇要因になっていることは
間違いないであろう.一方,「データからみる日本の教育」(文部科学省,2006)
によれば,大学(院を含む)の在学者数は 1990 年代以降も上昇傾向にあるが,
7) 失業者の増大は同数の就業者減少を伴う場合に労働力人口一定であり,非労働力人口比率の
変動に影響を与えない.
8) 非労働力人口比率のかわりに 15 歳以上人口に占める 65 歳以上の人口の割合を説明変数とし
て用いることも検討したが,ユニットルート検定の結果 I (1) 変数ではなかった.
176(528)
第 59 巻 第 4 号
高校の在学者数は 90 年代以降減少しており,ネットでみても減少する傾向が
確認される.また日本の女性労働について考えると,半数以上が非正規雇用
のもとにおかれているのが現状である.そのような状況下で日本の女性労働
と景気との間にはいわゆるダグラス = 有沢の法則が働いており,デフレ不況
時にはパートタイム労働として女性の労働力化が進んだと考えられる.
3 長期家計貯蓄関数の推定
本節では 1983 年の第 2 四半期から 2004 年の第 1 四半期までのデータを用
いて,コインテグレーションアプローチによる長期家計貯蓄関数の推定を行
う.一般にマクロ経済で用いられるデータは非定常な変数を多く含んでおり,
これが見せかけの相関といわれる問題を引き起こす.見せかけの相関とは,
非定常な変数の間の系列相関を無視して通常の最小二乗法をおこなうと,互
いに独立な変数の間でも有意な関係があるかのような結果が得られることを
いう 9).本論文で用いるコインテグレーションアプローチとは,このような
問題に対処するため 1980 年代から発展してきた時系列データの新しい分析手
法であり,ユニットルート検定,コインテグレーションテスト,動学的誤差
修正モデルの推定によって構成される.
コインテグレーションアプローチの第 1 ステップは,データの時系列的特
性を調べることである。具体的にそれぞれの変数について,変数自身の時系列
がユニットルートをもち、変数の第 1 階差をとった場合には定常変数となる
かを確認するために,ユニットルート検定を行う.ユニットルート検定にはさ
まざまな方法があるが,この論文では最も強力とされる Augmented Weighted
Symmetric Tau 検定(Pantula, Gonzalez-Farias, and Fuller, 1994),最も一般的とされ
る Augmented Dickey-Fuller 検定(Dickey and Fuller, 1979),さらに Phillips-Perron
検定(Phillips and Perron, 1988)を用いる.
第 1 表には,
推定結果のτ- 値と p- 値(括弧内)が示されている.また第 1 表 (B)
9) 見せかけの相関に関する詳細な内容は Granger and Newbold (1974) を参照されたい.
日本の家計貯蓄関数の推定―93SNA にもとづくコインテグレーションアプローチ―(東 良彰)(529)177
第 1 表 ユニットルート検定結果
Wtd.Sym.
Dickey-F
Phillips
Wtd.Sym.
Dickey-F
Phillips
(A) 変数値のケース
SPN
YPN
- 2.00
- 0.73
(0.64)
(0.98)
- 1.88
- 0.65
(0.66)
(0.97)
- 22.60
- 2.10
(0.04)
(0.96)
WPN
- 1.65
(0.83)
- 2.57
(0.29)
- 9.27
(0.48)
(B) 変数値の階差をとったケース
Δ SPN
Δ YPN
Δ WPN
- 5.58
- 6.76
- 3.67
(0.00)
(0.00)
(0.01)
- 5.43
- 5.47
- 3.49
(0.00)
(0.00)
(0.04)
- 110.38
- 109.74
- 96.81
(0.00)
(0.00)
(0.00)
NLP
- 1.98
(0.65)
0.18
(0.99)
0.71
(0.99)
Δ NLP
- 4.38
(0.00)
- 4.38
(0.00)
- 79.49
(0.00)
のΔは階差を表す.ラグ数は最大 10 までとり,最適なラグとしては Akaike
Information Criterion の修正統計量を最小化するラグ数を選択している 10).こ
れらの推定結果はすべて定数項とトレンドを説明変数として含んでいる.こ
れらの結果について変数自身の時系列をみると,SPN の Phillips-Perron 検定
においてユニットルートを持つという帰無仮説が棄却されるものの,3 つの
検定を総合的に判断するかぎりすべての変数についてユニットルートを持つ
と判断してよいであろう.一方,1 階の階差をとった場合には,すべての変
数について定常変数であることがわかる.以上の分析から,すべての変数が
「I (1) 変数」であると判断して分析をすすめる.
コインテグレーションアプローチの第 2 ステップは,これらの変数がコイ
ンテグレートされるかどうかを検定することである.この検定のために,ま
ず,Engle and Granger (1987) によって提案されたコインテグレーション回帰
分析を行う.これは単に家計貯蓄関数を最小二乗法で推定することを意味す
10) 詳細は Pantula, et al (1994) を参照されたい.
第 59 巻 第 4 号
178(530)
る.もしこの推定式の残差が定常的であれば,この推定結果は長期的に安定
的な関係で,経済学的には家計貯蓄関数であるとの解釈が可能となる.この
推定結果は,
SPN=0.339YPN-0.018WPN-0.012NLP
(15.62)
(- 19.84)
(1) (- 4.49)
決定係数=0.79 and CRDW=1.20
となる.残差項の分散が有限でないなど t 検定のための条件が満たされてい
ないが参考のため括弧内に t- 値を提示している.また定数項のない最小二乗
法を行う場合,決定係数の値も通常の定義とは異なるがこれも参考のために
提示している.
CRDW (Cointegration Regression Durbin-Watson) の値は,通常の回帰分析のダー
ビンワトソン値に該当する統計量で,この値を用いてコインテグレーション
検定を行うことができる.Sargan and Bhargava (1983) によれば,この値が 0.51
以下であれば有意水準 1%でコインテグレーションは棄却されるが,(1) 式で
は 1.20 であるから棄却されない.また Engle and Granger (1987) による EngleGranger (tau) cointegration tests において p- 値が 0.1 以下であればコインテグ
レーションは棄却されるが,テスト結果は p- 値が 0.45 でありこの推定では棄
却されない.
コインテグレーション検定で最も強力な方法は Johansen (1988) や Johansen
and Juselius (1990) の最尤法による検定である.検定結果は第 2 表に示されて
おり,r はコインテグレーションベクターの数を表す.Akaike 統計量による
比較の結果,ラグがゼロのとき最も良い結果が得られ,その検定結果が第 2
表に示されている.この表からコインテグレーションベクターの数がゼロで
あるという帰無仮説は 1%水準でも棄却される.すなわちコインテグレーショ
ンベクターの数は 1 以上であるが,その数が 1 以下であるという帰無仮説を
検定すると 10%水準でも棄却されない.したがってコインテグレーションベ
日本の家計貯蓄関数の推定―93SNA にもとづくコインテグレーションアプローチ―(東 良彰)(531)179
第 2 表 Johansen のコインテグレーション検定結果
仮説
トレース値
p- 値
r=0
63.31
(0.00)
r≦1
29.36
(0.15)
r≦2
9.74
(0.49)
r≦3
1.35
(0.25)
クターの数は 1 つであり,(1) 式がそのベクターを表すと考えられる.
4 誤差修正モデルの推定
コインテグレーションアプローチの最後のステップは誤差修正モデル(Error
Correction Model: ECM) の推定である.(1) 式が長期的関係を表すのに対して,
誤差修正モデルは長期均衡への動学的な短期調整プロセスを表す.Salmon
(1982) や Nickell (1985) で示されているように,ECM は調整費用や不完全情報
などの存在を仮定すれば,消費者の通時的な最適化行動から導出することが
できる.ECM の推定の具体的な方法としては (1) 式で用いられるすべての変
数の 1 階の階差をとり,(1) 式で得られた残差項の 1 期遅れ(これを RESt-1 と表
記する)を説明変数として付加し最小二乗法で推定する.ただし,RESt-1 以外
の説明変数については一般に最大 4 期程度のラグをとり(SPN のラグについて
は 1 から 4 までとする),下記の推定式からはじめて最も良い組み合わせを発見
する.
Δ SPNt =∑i=1δ0i Δ SPNt-i+∑i=0 δ1iΔYPNt-i
+∑i=0δ2i Δ WPNt-i+∑i=0 δ3iΔNLPt-i +γRESt-1
長期関係を示す (1) 式の推定係数が正しいコインテグレーションベクターで
あれば,1 期遅れの残差項 RESt-1 の推定係数はマイナスで 1 より小さく,か
つ統計的に有意でなければならない.誤差修正モデルの有意性を判断するた
めに t- 値を用いる . ただし RESt-1 の係数の有意性を判断する場合には,残差
項が正規分布に収束しないため通常の t 検定を用いることができない.しか
し t- 値が絶対値で 3 以上であれば RESt-1 の係数は有意であることが Hendry
第 59 巻 第 4 号
180(532)
(1991) によって示されている.
Δ SPNt =-0.309 Δ SPNt-1 +0.494ΔYPNt +0.238ΔYPNt-1
(- 2.86)
(7.09)
-0.017 Δ WPNt-1 -0.414RESt-1
(- 2.60)
(2.48)
(2) (- 3.64)
誤差修正モデルの推定結果は (2) 式で示される.この式を用いて t 検定や F
検定を行うためには,誤差項は正規分布に従い,平均がゼロ,分散や共分散
が有限で一定という条件を満たさなければならない.(長期推定式については前
述のとおり残差項の分散が有限でないなど t 検定のための条件は満たされていない.)
誤差項の正規性を検定する方法としてしばしば用いられるのは Jarque-Bera
test であるが,この検定は大標本が前提である.一方,本論文の推定ではサ
ンプルが十分に大きくないため小標本でも検出力があるとされる Shapiro-Wilk
test を用いることにする.検定の結果は検定値が 0.976 [.137](以下 [ ] 内は p- 値)
であり,誤差項が正規分布をするという帰無仮説は 5%水準で棄却されなかっ
た.
誤差項の共分散に関する検定は,通常,誤差項に 1 階の系列相関を仮定し
て Durbin-Watson テストが行われるが,説明変数にラグを含む場合には系列
相関がないという帰無仮説を棄却しにくくなることがわかっている.そこで
説明変数に 1 階のラグが含まれる場合には Durbin の h 統計量が用いられる.
また説明変数が 2 期以上のラグを含む場合にも用いられる検定に Durbin の
m テストと Breusch-Godfrey のラグランジュ乗数(LM) テストがあり,前者
は誤差項に 1 階の系列相関を仮定するのに対して,後者は誤差項に 1 階以上
の系列相関を仮定したより一般的な検定になっている.(2) 式では説明変数に
3 期のラグが含まれるため,Breusch-Godfrey の LM テストによって誤差項に
3 階までの系列相関を仮定して検定したところ,1 階から 3 階までの検定値
はそれぞれ 1.789 [.181],2.011 [.366],3.856 [.277] であり,5%水準でも系列相
日本の家計貯蓄関数の推定―93SNA にもとづくコインテグレーションアプローチ―(東 良彰)(533)181
関はないとする帰無仮説は棄却されなかった.不均一分散の検定についても
LM het. test=.0654 [.798],Breusch-Pagan het. test=1.011 [.962] 11),White het.
test=9.781 [.972] であり,不均一分散はないとする帰無仮説は 5%水準で棄却
されなかった.これらの検定結果から誤差項は正規分布に従い、不均一分散
や系列相関もないと判断して分析をすすめる.
次に (2) 式で得られた決定係数を確認すると 0.63 であったが,この値の解
釈には (1) 式のそれと同様に注意が必要である.長期推定式に定数項が含ま
れる場合,その定数項は誤差修正モデルでは残差項に含まれている . 一方,
(1) 式は定数項なしで推定しているため,(2) 式の誤差修正モデルの残差項に
も定数項は含まれていない.したがって (1) 式と同様に (2) 式の決定係数も通
常の定義とは異なっている 12).とはいえ説明変数が不足していることに伴う
弊害は大きいため,特定化検定をしておくのが望ましいと思われる.ここで
RESET 検定を行うと,Ramsey's RESET2=.259 [.612],Ramsey's RESET3=2.432
[.095](括弧内は p- 値)であり,特定化に誤りはないとする帰無仮説は 5%水準
で棄却されなかった.また分析期間中には,バブル期とデフレ不況期が含ま
れるため,構造変化の時点を特定化しない CUSUMSQ 検定を用いてパラメター
の安定性について確認したところ,若干の不安定性は認められるものの 5%
水準では構造変化なしの帰無仮説は棄却されなかった.
以上の検定結果を前提として (2) 式の t- 値を確認すると,すべての説明変数
の推定係数は t 検定の 5%基準でみて有意である.さらに RESt-1 の t- 値は-3.64
であり,これは絶対値で 3 を超えているため有意である.また,RESt-1 の係数
は絶対値でみて 0 ~ 1 の範囲にあり必要な要件を満たしている.したがって動
学的誤差修正モデルの推定結果に統計的問題はなく,この点からも長期関係を
表す (1) 式がコインテグレートされた関係を表すことが確認される.
この節の最後に (1) 式と (2) 式の推定結果を日本の家計貯蓄関数の推定とい
11) Breusch-Pagan het. Test の補助回帰には (2) 式の説明変数を用いている.
12) 誤差項の系列相関や不均一分散を検定する際にも,厳密には定数項が含まれる推定式を前提
にしている点には留意する必要があると思われる.
182(534)
第 59 巻 第 4 号
う観点から整理しておきたい.まず資産には金融資産データが用いられてい
るものの,長期関係を表す (1) 式が成立していることから,2004 年第 1 四半期
までのデータを含む分析期間のもとでライフサイクル仮説が成立していると
結論してもよいであろう.短期動学的関係を表す (2) 式の残差項 RESt-1 の推
定係数は,家計貯蓄の短期的な不均衡が次の期に何パーセント調整されるの
かを示している.たとえば RESt-1 の推定係数が-1 であれば,現実と長期均衡
との乖離は 1 四半期間ですべて調整される.(2) 式の残差項の推定係数は-0.41
なので,1 四半期間に 41%が調整される.2 四半期間すなわち半年では,長期
均衡との乖離の約 65%が調整される.
短期関係を表す (2) 式の可処分所得の推定係数を t 期と t-1 期で合計する
と 0.72 である.一方長期関係を表す (1) 式の可処分所得の推定係数は 0.33 で
ある.すなわち可処分所得の増加分のうち 72%は短期的に貯蓄されるが,長
期的にみると貯蓄にまわるのは 33%である.換言すれば短期的には限界消費
性向は 0.28 と低いが,長期的には 0.67 であり可処分所得増加の 67%は長期
的には消費される.時系列データの消費関数を推定すると短期よりも長期の
限界消費性向が高くなるという結果は Kuznets (1937) 以来さまざまな国や時期
のデータで確認されている.
いずれにしても可処分所得の増加は貯蓄の増加をともなうが,一方,金融資
産の増加は貯蓄の減少をともなう.短期における金融資産の推定係数は-0.017
で,長期においても-0.018 であり,この効果は時間を通じてほぼ一定のよう
である.一方,非労働力人口比率の上昇は,短期的には貯蓄に影響を与えな
いが,長期的には貯蓄を下落させる . また (2) 式から前期の貯蓄増大は,他の
説明変数の動きをコントロールしたもとで,今期の貯蓄を約 30%下落させる
ことも確認される.
日本の家計貯蓄関数の推定―93SNA にもとづくコインテグレーションアプローチ―(東 良彰)(535)183
5 家計貯蓄変動の要因分析
第 1 図にプロットされている 1 人あたり実質家計貯蓄の時系列はバブル経
済の崩壊直後を除きトレンドとしては下落する傾向にあり,特に 1990 年代前
半以降(正確には 91 年の第 3 四半期以降)はその傾向が加速している.ライフサ
イクル仮説にもとづくある消費者の貯蓄関数を SPN=(1- α)YPN-βWPN と
すると,所得効果に比して資産効果が大きければ 1 人あたりでみた貯蓄が下
落することは明らかである.またこの 1 人あたり貯蓄関数を異なるライフス
テージにおかれた消費者について足しあわせることを考えてみよう.例えば
経済全体の消費者は N1 +N2 人とする.N1 人の消費者は労働所得を得ており
C1=α 1Y1 +β1W1 という消費関数にもとづき行動する.一方,N2 人の消費者は
資産を取り崩すことで消費をしており C2 =β2W2 という消費関数にもとづき行
動する.このとき経済全体の消費関数は
N1C2+N2C2 =N1(α 1Y1+β1W1)+N2β2W2
と表されるので,経済全体で平均化された貯蓄関数は
N Y -N1C1 -N2C2
N2
N2
1 1
= 1-N +N [(1-α 1)Y1-β1W1]-N +N β2W2
N1 +N2
1
2
1
2
になる.この家計貯蓄関数から労働所得を得ない消費者の比率 [=N2 /(N1 +
N2)] の上昇は 1 人あたりでみた貯蓄を下落させることがわかる.
このように高齢化の進行等による非労働力人口比率の上昇や資産の増大に
よって家計貯蓄が下落することは周知の事実であるが,それぞれの変動が貯
蓄変動に対してどの程度の影響を与えているのかは実証的に解明すべき問題
である.本節では各説明変数の家計貯蓄変動に対する寄与率を計算すること
で,非労働力人口比率の上昇や金融資産の上昇が家計貯蓄の下落に与える影
響の大きさを定量的に計測する.以下の第 3 表は,分析期間全体と家計貯蓄
が急激に下落している 1991 年 3 月~ 2004 年 1 月の両期間について寄与率の
計算結果をまとめたものである.
第 59 巻 第 4 号
184(536)
第 3 表 各説明変数の家計貯蓄変動に対する寄与率
1983.2 ~ 2004.1
1991.3 ~ 2004.1
YDP
1.90
0.27
WSPN
- 2.78
- 1.17
AGE
- 0.12
- 0.09
SUM
- 1.00
- 1.00
第 3 表から家計貯蓄の下落要因として,高齢化の進行の影響は分析期間中ほ
ぼ一定かつ限定的であることが確認される.家計貯蓄に対して所得効果と資
産効果の相対的な大きさが重要な役割を果たしており,資産効果が所得効果
を上回ることで家計貯蓄は下落していることが読み取れる.
68SNA による 1958 年から 1998 年の暦年データを用いた Azuma and Nakao
(2004) や東 (2006) では,1 人あたり実質家計貯蓄(率)が下落する 1976 年以降
に資産上昇の家計貯蓄(率)下落に与える寄与率が急激に上昇していること,
さらにその寄与率は高齢化等による非労働力人口比率の上昇が家計貯蓄(率)
下落に与える寄与率よりも圧倒的に大きいことなどが明らかにされている.
本論文の分析結果から,93SNA にもとづくより最近のデータを用いた推定に
よっても,上述の分析結果は支持されることが確認される.
6 お わ り に
本論文の分析では,93SNA にもとづく家計貯蓄の四半期データを用いて,
1983 年の第 2 四半期から 2004 年の第 1 四半期までの期間におけるコインテ
グレーションアプローチによる家計貯蓄関数の推定を行った.具体的に貯蓄
や可処分所得については 93SNA データが 1980 年の第 1 四半期まで遡及され
ており 2004 年の第 1 四半期まで利用可能である.一方,93SNA において資
産は暦年データのみが提供されているため,金融資産データに限定はされる
が日本銀行の資金循環勘定から 68SNA と 93SNA のデータ接続を行った.
これらのデータに非労働力人口比率を加えて,日本の家計貯蓄のコインテ
グレーションアプローチにもとづく実証分析をおこなった結果,これらの変
数間には長期関係が見いだされた.具体的に,コインテグレーション検定で
日本の家計貯蓄関数の推定―93SNA にもとづくコインテグレーションアプローチ―(東 良彰)(537)185
最も強力な Johansen (1988) や Johansen and Juselius (1990) の最尤法による検定
によれば,コインテグレーションベクターの数がゼロであるという帰無仮説
は 1%水準でも棄却される一方,コインテグレーションベクターの数が 1 つ
以下であるという帰無仮説は 10%水準でも棄却されなかった.したがってコ
インテグレーションベクターは 1 つであり,(1) 式がそのベクターを表すと考
えられる.また (2) 式で表される誤差修正モデルの推定が有意であったことか
らも (1) 式が長期関係を表すことが確認された.
この結果から本論文の推定では資産に金融資産データが用いられているも
のの,2004 年の第 1 四半期までをも含む分析期間のもとでライフサイクル仮
説が成立していると結論してよいであろう.現実と長期均衡との乖離は 1 四
半期間に 41%が調整され,2 四半期間すなわち半年では約 65%が調整される.
また短期的には限界消費性向は 0.28 と低いが,長期的には 0.67 であり可処
分所得増加の 67%は長期的には消費される.短期における金融資産の推定係
数は-0.017 で,長期においても-0.018 であり,この効果は時間を通じてほ
ぼ一定であった.一方,非労働力人口比率の上昇は,短期的には貯蓄に影響
を与えないが,長期的には貯蓄を下落させることがわかった . また前期の貯
蓄増大は,他の説明変数の動きをコントロールしたもとで,今期の貯蓄を約
30%下落させることも確認された.
さらに本論文では,各説明変数の貯蓄変動に与える寄与率を計算した.近年,
家計貯蓄が急速に下落しているが,ライフサイクル仮説のもとでは,金融資
産の増加と高齢化進行等による非労働力人口比率の上昇のいずれによっても
理論的に説明が可能である.本論文の実証的な分析から,高齢化の進行が家
計貯蓄の下落に与える影響は分析期間中ほぼ一定かつ限定的であることが確
認された.分析期間全体でみても,また家計貯蓄が急激に下落するデフレ不
況以降の期間でみても,所得効果に比して資産効果が上回った結果として家
計貯蓄が下落していることが確認された.
186(538)
第 59 巻 第 4 号
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188(540)
第 59 巻 第 4 号
The Doshisha University Economic Review Vol.59 No.4
Abstract
Yoshiaki AZUMA, An Estimation of Japan’s Household Saving Function: An
Application of the Cointegration Approach Based on 93SNA Data
This paper analyzes the declining trend of Japan's household saving using
93SNA data for the 1983.2-2004.1 period. In order to treat spurious regressions
often observed among macroeconomics variables, the paper follows the
cointegration approach that consists of unit root tests, cointegration tests, and the
estimation of error correction model. Calculating the contribution ratios of each
explanatory variable to the change in household saving, the paper also clarifies the
factors that have caused the recent sharp decline of household saving.
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