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1226
日本機械学会論文集(A 編)
79 巻 804 号 (2013-8)
原著論文 No.2013-JAR-0319
超微細粒組織を活用した低炭素鋼の強靭化*
井上 忠信*1,木村 勇次*2
Toughening of Low-Carbon Steel by Ultrafine-Grained Structure
Tadanobu INOUE*1 and Yuuji KIMURA
*1
National Institute for Materials Science
Sengen 1-2-1, Tsukuba 305-0047 Japan
A low-carbon steel bar with an ultrafine elongated grain (UFEG) structure and an ultrafine exiaxed grain (UFG)
structure was fabricated by multipass caliber rolling at 500℃ and subsequent annealing at 500, 550, 600 and 650℃.
The Charpy impact and static tensile tests were conductued at ambient temperature. The microstructures in the as-rolled
bar and the annealed bars until 600℃ consisted of an UFEG structure with a strong -fiber texture. The both strength
and impact energy increased in the as-rolled bar consisting of spheroidal cementite particles that distributed uniformly
in the elongated ferrite matrix of transverse grain size of 0.73 m. In the bars with the UFEG structure, many
microcracks during an impact tests were observed near the main crack with fine dimples, and they were classified into
two types: one normal to the striking direction (SD) and one with an angle of 45º to the SD. The occurrence of such
brunching cracks corresponded to the spatial distribution of {100} cleavage planes and boundaries of the elongated
grains. This tendency disappeared as annealing temperatures increased. The as-rolled bar exhibited the best
strength-toughness balance in the annealed bars, conventional carbon steels and some UFG steels. In conclusion, the
strength-toughness balance is improved by refining crystal grains and controlling their shape and orientation.
Key Words : Iron and Steel, Crack Propagation, Strength-Toughness Balance, Crystal Refinement, Microstructural Control
1. 緒
言
二酸化炭素排出量削減を目的とした輸送機の更なる軽量化や次世代構造物の実現を目指し,一層の高強度化と
共により安全で信頼性の高い,強くて壊れにくい“強靭な材料”の出現が切望されている.特に,昨今我が国に
おいて潜在化していた社会インフラの劣化問題が顕在化したことで,それらの補修・寿命予測などの老朽化対策
と共に,新しい高強度材料を利用した社会に安心を与える「災害に強い国づくり」の実現が叫ばれている.元素
戦略や資源循環という世界が抱える社会的動向と相まって,従来の材料設計思想を大きく変える転換期となって
いる.現在の材料科学技術をもってすれば,高強度化それ自体は難しいものではない(1).しかし,図 1 に示すよ
うに材料の強度が向上すると,靭性は低下するため,これが高強度材実用化の大きな壁となっている(2).よって,
トレードオフバランスの関係にある両特性を同時に向上させる方策が永遠の課題であるが,従来型の合金化主体
の材料設計手法(合金添加,不純物除去,均一組織設計)では限界が見えている(3).一方,現在最強の工業材料
と言われている直径 0.2 mm 程のピアノ線のスチールコードは強度が 4GPa を超えながらも優れた絞りを持つ(4).
また,地球環境の変化に順応した生物において,アワビの貝殻やシャコのハンマーなどは硬いと同時に壊れにく
い特性を持つことが報告されている(5)~(7).これらに共通しているのは,複雑な微細積層構造を有した不均一組織
であり,構造材料における強靱化の方向性の一つとして考えられる.
1997 年に開始された我が国の超鉄鋼プロジェクト(8)を契機に,結晶粒微細化による機械的特性だけでなく機能
*
原稿受付 2013 年 4 月 10 日
正員,
(独)
物質・材料研究機構(〒305-047 茨城県つくば市千現 1-2-1)
*2
(独)
物質・材料研究機構
E-mail: [email protected]
*1
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© 2013 The Japan Society of Mechanical Engineers
超微細粒組織を活用した低炭素鋼の強靭化
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性向上を狙った材料研究が世界で積極的に推進されている(9)~(11).しかし,強加工によって形成される微細結晶粒
組織は,熱処理による組織形成と異なり,連続再結晶や動的回復と言われる粒の分断や転位の回復をベースとし
て形成するため(12),加工に依存した強い集合組織を有する(11),(13).このため,微細組織材の靭性においては,ホー
ルペッチ則(14)で知られる強度-粒径関係のように単純に整理することはできず,結晶粒の形態(サイズ,形)と
方位を加味して整理することが必須である.また,微細結晶組織を有する小型サンプル材の創成や強度・硬度向
上に関する膨大な報告はあるものの,結晶粒を微細にするためには強加工が必要であり,微細結晶粒組織を有し
たバルク材を創成することは非常に難しいため,破壊特性に関する報告は非常に少ない.微細粒材が今後の構造
用強靱化材料として期待されるためには,バルク材を創成する加工プロセスと共に,精緻に組織制御された微細
組織材の靭性向上設計指針とその破壊挙動を明らかにすることが必要である.
Charpy Absorbed Impact Energy, vE(J)
350
High-alloy steels
Maraging steels
300
Low-alloy steels
▼
▼
▼
250
S35C,S45C,S55C
SMn,SCM,SNCM
200
▼ SS400
Ti alloys
AISI-300M
HY180
AF1410
18Ni Maraging
High-Purity 18Ni Maraging
Ti Alloy hand book
AZ31B
150
100
50 Mg alloys
0
0
500
1000
1500
2000
2500
Yield Strength (MPa)
Fig. 1. Correlation between yield strength and Charpy V-notch impact energy at ambient temperature in structural metallic materials.
さて,シャルピー衝撃試験を通じて,微細粒鋼の延性脆性遷移温度(DBTT)は微細化と共に低下(すなわち
DBTT 改善)し,粒径 1m 以下では DBTT は液体窒素以下となる(15),(16).しかし,多くの場合で微細化による強
度向上によって上部棚エネルギ vEUSE は低下しており,かつ低温域での破断面には衝撃方向に平行なセパレーシ
ョンと言われる無数の割れが観察される.Bourell(17)は,同じ圧下率で圧延された低炭素鋼を対象に圧延温度が
650℃,590℃,540℃と低くなるにつれ vEUSE が低下するが,DBTT は向上することを示し,これら吸収エネルギ
の変化は温間域での強圧下に付随した集合組織が主因であることを指摘した.同様に,Song ら(18)は温間域での薄
板圧延と焼なまし処理によって 1.3m に微細化された低炭素鋼の vEUSE は,温間圧延前(粒径 6.8m)に比べ低
下する一方で,DBTT が向上したことを示した.しかし,破面には室温での試験においてもセパレーションが観
察され,試験温度の低下と共にその数は増加した.このセパレーションは,強圧下によって衝撃方向に平行に集
積した{100}へき開面と考えられ,衝撃の瞬間にノッチ底における三軸応力によって割れが発生することで,その
後の吸収エネルギ値は薄板を積み重ねた場合に相当する.シャルピー試験の板厚効果による影響は,古くから検
討されており,板厚の減少と共に vEUSE は低下し,見かけ上 DBTT が向上する(19).すなわち,圧延に付随した微
細粒鋼特有のセパレーションの発生は,ノッチ底での応力三軸度を変化させるため,微細化の影響だけでなく,
ノッチ底の応力状態の影響も DBTT 向上に寄与している(20).よって,これらの各因子に分けて DBTT への影響を
検討することが求められるが,現状特定の集合組織のない微細バルク鋼を創成することは困難である.むしろ,
微細粒創成に付随した集合組織を活用するアイデアが必要となる.一方,DBTT だけでなく,室温域での吸収エ
ネルギ(低炭素鋼では vEUSE に相当)も材料を使用する上で重要な指標である.特に,図 1 に示した強度-靭性
バランスを打破する技術として結晶粒微細化への期待は高いが,これらのバランスを打破する成果や超微細粒材
に関する系統的なデータはほとんどないと言える.
本論文では,まず微細粒組織を有したバルク材の創成が可能な温間域での溝ロール圧延プロセスを通じて,
13mm角×960mm長さの0.15C-0.3Si-1.5Mn棒鋼を作成し,
その後様々な焼なまし温度によって組織制御を行った.
比較のため,通常の熱処理(オーステナイト化後空冷)したフェライト(α)/パーライト(P)鋼および同成
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超微細粒組織を活用した低炭素鋼の強靭化
分相当の市販の 12mm 厚の熱延鋼板も対象とした.これらの素材から試験材を抽出し,常温での引張り試験とシ
ャルピー衝撃試験を行い,破面・組織観察を行った.そして,強度,延性,靭性における微細組織の影響につい
て検討した.最後に,既存低合金鋼やこれまで創成された微細粒鋼のデータとともに,本結果を降伏強度 YS-
吸収エネルギ vE の関係図上にプロットすることで,材料強靭化の方向性を探った.
2. 実験方法
2・1 溝ロール圧延による素材の創成
供試材は,P や S の粒界偏析による破壊特性への影響を避けるために,単純成分 0.15C-0.3Si-1.5Mn(mass%)の真
空溶解鋼を用いた.まず,溶製した 20kg のインゴットを熱間鍛造後,1200℃で 1h の均質化処理を施し,40mm
角の棒鋼を溝ロール圧延で作製した.それを,100mm 長さに切断し,900℃で 1h 保持後空冷し,これを as-received
sample とした.組織は,図 2(a)に示されるように粒径約 18m のフェライト(α)とパーライト(P)からなり,
ビッカース硬さは HV1=146±4 だった.その後,硬質なセメンタイトが均一に微細分散したα粒組織の形成を容
易にするため,as-received を 900℃で 1h 保持後水冷した.組織は図 2(b)に示されるようにマルテンサイトとベイ
ナイトからなり,硬さは HV1=369±4 であった.この素材を Ae1 以下の 500℃に加熱して 1h 保持後,出炉し,直
ちに図 3(a)に示すスクエア孔型を有する溝ロール圧延(21)によって 38.6mm 角の溝から圧延を開始した.今回,可
能な限り温度一定の条件での圧延を実現させるため,素材を 3 パス毎に 500℃で 5 分間再加熱した.素材を 3→3
→3→4 パスの計 13 パスで 90%減面し,13mm 角×960mm 長さの棒鋼を創成後,室温まで水冷した(WR sample)
.
次いで,結晶粒の形態を変化させることを目的に,WR を 500℃,550℃,600℃,650℃の各温度で 1h 保持後,
空冷した(WR500, WR550, WR600, WR650 samples)
.また,比較のため SS400 成分相当の市販の 12mm 厚熱延鋼
板も対象サンプル(HS sample)とした.図 2(c)は HS の板厚中心での L 断面 SEM 組織であり,粒径約 18m の
αと圧延方向(Rolling Direction, RD)に沿ったパーライト(矢印)からなる典型的な熱延鋼板の組織を示す.
Fig. 2 (a) SEM images of microstructures for (a) as-received sample, (b) sample before warm-caliber rolling, and (c) HS sample.
(a)
upper roll
(b)
Rolled sample
ND
SD
Diameter
368mm
RD
TD
10
13
Rolling speed
500mm/s
lower roll
90°
After
1 st-pass
Before
2nd -pass
90°
After
2 -pass
13
Charpy
specimen
Tensile
specimen
SD
64.4
55
RD
Initial
sample
40◇
3.5
10
13
10◇
3.5
R16
M9
nd
Striking
Direction(SD)
Tensile
Direction
Fig. 3 (a) Schematic drawing of caliber rolling used in the present study and (b) position relation among a rolled sample in a 13 mm
square, a V-notched specimen in a 10 mm square and a tensile specimen.
2・2 組織と機械的特性
引張りおよびシャルピー試験片は,
図 3(b)に示したように各棒材の中央から採取した.
引張り試験は,
室温(23℃)
にて直径 3.5mm,平行部長さ 17.5mm の丸棒試験片について,0.5mm/min のクロスヘッド速度一定で実施した.
シャルピー衝撃試験は,フルサイズの 2mm-V ノッチ試験片を対象に,秤量 500J の衝撃試験機で室温(22℃)にて n
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超微細粒組織を活用した低炭素鋼の強靭化
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数 3 あるいは 4 にて実施した.シャルピー衝撃試験後の外観は,デジタル顕微鏡(KEYENCE VHX-900)やデジ
タルカメラによって観察し,破面は走査電子顕微鏡 SEM(KEYENCE VE-7800)によって観察した.また,各棒
鋼の RD および衝撃方向(Striking Direction, SD)に垂直な断面上の中心近傍について,SEM による組織観察と電子
後方散乱回折(EBSD)による結晶方位測定を行った.
3. 結 果
3・1 超微細繊維状結晶粒組織の形成
図 4 は,温間溝ロール圧延後の WR と焼なまし処理した WR500~650 の C 断面上における SEM 組織を示す.
αの粒内および粒界に微細なセメンタイト(白色)が分散しており,熱処理温度の増加と共にその粒子径は大き
くなっているのがわかる.粒子径は 0.15~0.25 m 程であり,粒内に比べ粒界に存在するセメンタイトの方が大
きかった.α粒径は,WR, WR500, WR550 では大きな相違は見られないが,WR600 で若干の粒成長が観察され,
WR650 では微細粒と粗大粒が混在した組織となっている.
Fig. 4 SEM images of microstructures for as-rolled sample and annealed samples.
Fig. 5 Orientation maps along (a-e) the RD on the cross-sectional plane normal to the RD and (f-j) SD on the cross-sectional plane
parallel to the RD for each sample, and inverse pole figures for the RD and SD. Here, grain boundaries with misorientation
above 5º are shown.
図 5 は,それらの EBSP による C,L 断面上における組織観察結果を逆極点図と共に示す.ここで,WR650 に
おいてα粒の顕著な粒成長が見られたため,スキャンステップを 1.0 m とし,それ以外の samples は 50 nm ステ
ップとした.WR は,温間域での圧延により RD に伸長した微細な繊維状結晶粒組織を有し(図 5(f))
,強いαフ
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超微細粒組織を活用した低炭素鋼の強靭化
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ァイバー集合組織(RD//<110>)を有しているのがわかる(図 5(a, k))
.このような微細繊維状結晶粒組織と強い
αファイバーの発達は,加工モードに依存するものであり,前述したピアノ線の伸線加工でも同様な集合組織が
発達する(4).本論文のスクエア/スクエア方式の溝ロール圧延では,ひずみ分布と加工モードの均一性から棒鋼
の中心だけでなく断面の広い範囲で同じ組織が形成される(13).焼なまし温度 600℃までは,αファイバー集合組
織の強度 Imax はほとんど変化していないが,焼なまし温度の増加とともに繊維状組織が等軸的に変化している
のがわかる.図 5(f, g, h, i)のマップ図から,方位差 10°以上のα粒組織の平均短軸長さを切断法によって測定する
と,WR で 0.73 m,WR500 と WR550 で 0.74 m,WR600 で 1.12 m であった.WR650 は,他の sample の組織
とは明らかに異なり,特定の結晶方位の発達がなくかつ比較的等軸なα粒で形成されているため,これらは再結
晶組織と思われる(15).ただし,図 5(e)から RD//<110>方位を有する微細粒が残存する領域(矢印部分)も観察さ
れる.再結晶していない微細粒の領域を除いたα粒の平均結晶粒径は 14.9 m だった.なお,図 2(a)に示した
as-received も同様に EBSD による結晶方位測定を行った結果,熱間鍛造と溝ロール圧延での加工の影響が多少残
っており,αファイバー集合組織の強度 Imax は 3.6 を示した.ただ,この強さは他の WR~WR600 よりもかな
り低く,WR650 よりも若干高いだけである.
3・2 引張り特性
図 6 は,各 sample の応力-ひずみ線図を示す.WR, WR500, WR550 では,変形初期に降伏点降下が観察された.
これらは微細粒材の特徴の一つであり,温間域での溝ロール圧延や薄板圧延で創成された微細粒組織を有する
低・中・高炭素鋼で観察されている(3),(18),(22).ただし,その現象は焼なまし温度 600℃以上で消失した.また,WR
~WR600 までは,降伏後リューダース変形を経た後に加工硬化しているのがわかる.焼なまし温度の増加ととも
に強度は低下し,全伸びは増加する.
3・3 シャルピー衝撃吸収特性
図 7 は,各 sample のシャルピー試験結果を示す.ここで,全ての試験片は 2 つに完全に破断しなかった.WR
は as-received に比べ強度が著しく向上したにもかかわらず,その vE も増加する.WR と WR500 はほとんど同じ
vE を示すが,焼なまし温度と共に vE は増大し,WR650 では 350 J を超える値を示す.一方,HS の vE はほとん
ど同じ応力-ひずみ関係を有する as-received に比べ 50 J 以上低くなる.これは,図 2(c)に示した熱延鋼板特有の
パーライトバンドや圧延による集合組織に起因したセパレーションの影響である.HS のみ,SD に平行な割れす
なわちセパレーションが板厚中心に観察された.
Nominal stress (MPa)
WR
800
Charpy absorbed impact energy vE (J)
1000
WR500
WR550
WR600
As-received
600
HS
400
WR650
200
0
0
5
10
15
20
25
30
Nominal strain (%)
Fig. 6 Stress – strain curves at ambient temperature.
35
400
350
300
250
200
150
HS As- WR 500 550 600 650
recei
Annealing temperature(℃)
ved
40
Fig. 7 Variations of Charpy absorbed impact energy, vE, at
ambient temperature. Here, all specimens did not
separate into two pieces during impact.
4. 考 察
4・1 強度の変化
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超微細粒組織を活用した低炭素鋼の強靭化
図 6 に示したように,温間域で溝ロール加工を施すことで低炭素鋼の降伏強度は 800MPa を超える値を示す.
この著しい強度向上は,結晶粒微細化だけでなく,連続再結晶による粒界形成に付随した転位セルやサブグレイ
ンなどの下部組織の影響も含まれる.大森ら(23)は,500℃および 600℃で溝ロール圧延した低炭素鋼の組織を透過
型電子顕微鏡(TEM)で観察することで,結晶粒内に高密度の転位が堆積していることを示し,その転位は焼な
ましと共に消失することを報告している.また,Belyakov ら(24)は 600℃での強加工とその後焼なましされた
SUS304 ステンレスの組織を TEM や EBSD で詳細に観察し,焼なまし温度や時間の増加によって硬さが低下する
現象を,結晶粒の成長と内部応力(=転位密度)の低下に起因すると報告している.本論文での WR は,3 パス
毎に 5min 間再熱することで創成された.これは,加工温度を一定に保つというプロセス上の理由だけでなく,
加工で導入された転位の消滅(回復)による粒界形成の促進を意図したものである.
図 8 は,焼なまし温度における KAM(Kernel average misorientation)の平均値の変化と WR および WR600 にお
ける KAM の分布図を示す.ここで,KAM とは結晶粒内のある方位差未満(一般的には 5º未満)の近接点間の
結晶方位差を平均化したものであり,EBSD で観察された領域全体の平均値を調べることで,ローカルな塑性ひ
ずみを知ることができる.近年,中性子回折やX線で測定されたひずみと KAM の相関性が報告されており,結
晶レベルでの観点から疲労挙動や加工硬化現象などの理解に利用されている(25),(26).ただし,KAM は研磨方法や
測定のステップサイズに依存することから,
その値に普遍性はなく定性的な指針であることに注意が必要である.
よって,図 8(a)ではステップサイズの異なる WR650 の結果を除いている.図 8(a)から,WR を焼なましすること
で平均 KAM 値は 0.1º減少し,焼なまし温度の増加と共に KAM は 50℃で約 0.05º減少する.また,図 8(b)のマッ
プ図から KAM は白線で示された 5º以上の方位差を有した粒界近傍で大きくなっている.これは,粒内で発生し
たすべりが粒界で阻止され,粒界近傍に堆積していることを示している.また,図中の矢印のように結晶粒内を
分断するようなラインが多数観察でき,
これらは加工+再加熱で形成された転位のセル壁と考えられる.
よって,
WR の加工率をより大きくすることで連続再結晶を促進させ,大角化率を増加させることができる.WR600 でも
同様に KAM は粒界で大きくなっているが,WR に比べその存在範囲や結晶粒を分断するようなラインは少なく
なる.これは焼なましによる粒成長とともに転位の消滅が進んだ結果といえる.前述したように
WR,WR500,WR550 のα粒の短軸粒径はほとんど同じであることから,これらの samples の強度の相違は残存する
転位密度に起因していると考えられる.また,WR600 での強度低下は粒成長と転位密度低下による 2 つの要因が
共存したものである.
(a)
(b)
WR (C-cross section)
WR (L-cross section)
5º
0.8
2.5º
Average KAM (deg.)
0.75
0º
0.7
LD
0.65
RD
0.6
2m
0.55
(c)
WR600 (C-cross section) WR600 (L-cross section)
0.5
0.45
0.4
WR
sample
500
550
600
Annealing temperature (℃)
Fig. 8 (a) Variations of average KAM (kernel average misorientation) for WR, WR500, WR550 and WR600 samples, and (b, c)
KAM maps for WR and WR600 samples. Here, white lines represent the misorientation of   5º.
4・2 靭延性の変化
材料の高強度化において懸念される点は,靭延性(延性と靭性の特性)の低下である.これまで,結晶粒超微
細化は材料の強度向上によって靭延性を損なうと思われていたため,2 次加工性や構造設計での塑性変形能力に
欠け,室温での吸収エネルギが低下することが指摘されてきた.よって,靭延性を低下させないために過度な微
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超微細粒組織を活用した低炭素鋼の強靭化
1232
細化は素材開発においてはあまり推奨されてこなかった.ここでは,単に結晶粒を微細化することではなく,結
晶粒の形態と方位を制御することで,高強度化に付随した靭延性の変化を考察する.
4・2・1 延性の変化
加工硬化率 d/dと流動応力の交点が一軸引張り試験での一様伸びと考えれば,単に結晶粒を微細化しただけ
では一様伸びは小さくなる.よって,微細化と共に一様伸びを向上させることが考えられたが,そのためにはセ
メンタイトのような第 2 相組織の粒子径 d を微細にし,かつその体積率 f を増加させることで,d/dを大きくさ
せることが必要となる.林ら(27)や大森ら(23)は,炭素量(0.1~0.3%)を変化させ f/d を制御することで超微細結晶
粒炭素鋼の一様伸び改善を図った.確かに,同じ強度において炭素量添加による f の増加(d は変化しないこと
が確認されている)に伴い一様伸びは向上したが,その増加幅は僅か 2~3%であった.むしろ,一様伸び後の局
部伸びの領域においては,第 2 相組織の存在はボイドの発生点となり,f が大きいほど連結する割合も大きくな
り,早期に破断を引き起こし,結果的に材料全体の破壊に要するエネルギは低くなる.よって,延性を“材料が
壊れるまでの伸び”と考えた場合には高い加工硬化による一様伸び向上設計は必ずしも高強度材の強靭化の方向
性ではない.むしろ,外的負荷によって“高強度でありながらどれだけ壊れにくいか”という指標で評価する必
要がある.図 9(a)は,全ての samples における 0.2%耐力 YS,一様伸び UEL,絞り RA を示したものである.WR
は as-received に比べ YS が 2.4 倍向上したことで UEL は半分に低下(15.2%→7.1%)したにもかかわらず,RA の
低下は僅か 5%(79%→74%)である.さらに,WR の RA はパーライトが層状に発達した低強度の HS よりも高
い.WR は高密度転位を含んだ超微細伸長粒組織による高強度化によって UEL は低下するが,優れた RA を有し
ていると言える.
RA
750
500
75
50
YS
250
0
(b)
100
25
UEL
0
HS As- WR 500 550 600 650
recei
Annealing temperature (℃)
ved
Stress decrease (MPa)
1000
Uniform elongation UEL(%)
Reduction in area RA (%)
0.2% yield stress (MPa)
(a)
500
400
300
200
100
0
HS As- WR 500 550 600 650
recei
Annealing temperature (℃)
ved
Fig. 9 Variations of (a) 0.2% yield stress,YS, uniform elongation, UEL, and reduction in area, RA, and (b) stress decrease from
tensile stress to rupture stress, for each sample. Here, stress decrease means difference between tensile strength and fracture
stress obtained from stress – strain curves shown in Fig. 6.
材料が変形によって破断するか否かは,材料の塑性変形の限界を知ることが必要である.榎並ら(28)は,円周切
欠引張り試験から材料固有の塑性加工限界を評価している.この指標は,一様伸びならびにその後の変形を加味
した材料が破断するまでの塑性加工の限界量であり,
「引張り試験中において破断直前に相当する真応力が低下し
始める真ひずみの値」と定義している.土田ら(29)は,この指標を使うことで,焼入れ焼戻し鋼や超微細α/セメ
ンタイト鋼のような微細な炭化物を有した複相組織鋼は,軟鋼(α/P)に比べ高強度でありながら 1.0 を超え
る真ひずみを有し,強度―塑性加工限界バランスに優れていることを示している.これらの結果は,これまで全
伸びや局部伸び指標では説明できなかった超微細粒鋼の優れた絞り(30)や曲げ・穴拡げ特性(9)にも一致するもので
ある.平滑丸棒試験片における一軸引張り試験で得られる応力-ひずみ線図から塑性加工限界を簡便に評価する
方法として,引張り応力から破断応力までの応力差(応力低下度)が挙げられる.図 9(b)は,図 6 から得られた
応力低下度の変化を示す.この図において,応力低下度が大きいほど塑性加工限界に優れている.WR~WR600
は,HS や as-received に比べ高強度でありながら応力低下度は大きい.これは,引張り中に硬質な第 2 相組織,
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超微細粒組織を活用した低炭素鋼の強靭化
1233
α粒とセメンタイトの界面,そしてα粒界などが基点となって発生する微小欠陥(ボイド)の発生→成長→連結
→全体破壊までの変形の裕度が優れていることを示唆する.すなわち,WR~WR600 は,微細化による強度向上
によって一様伸びこそ小さくなるが,変形中に材料内部での応力やひずみ分布の変動で生じる微小き裂発生から
全体破壊するまでの“壊れにくい特性”を有していると言える.これは,本組織の特徴に起因しているものと思
われる.一般的に,高張力鋼板のような強度が高い鋼において,延性的な破壊であっても破面の一部には擬へき
開のような脆性的破面が観察される.これは,ボイドが成長,連結する中で,応力の再配分によって局所的な応
力が生地組織の{100}へき開面や粒界での脆性破壊応力を超えることで生じていると考えられる(当然,高強度な
ほどその頻度は高くなる)
.微小欠陥が連結したき裂の伝播経路を考えれば,粒界やへき開面などの弱い面は引張
り軸方向と直角にあるよりは平行であるほうが望ましい.また,結晶粒が微細であれば,へき開面の単位面積は
小さくなり,粒界表面積の増加によってき裂が粒界を通過する過程が著しく増大することで,き裂伝播の抵抗と
なる.後の図 12(b)に模式的に示すように,αファイバー集合組織を有する組織の{100}へき開面は,引張り軸(圧
延)方向と平行あるいは 45º方向に存在し,その軸方向と直角に{100}へき開面を持たない.その上,伸長粒組織
であれば粒界のほとんどは引張り軸方向と平行に存在する.これらの影響により,複数の微小欠陥が発生しても
これらが連結した主き裂になり難く,むしろ多数の微小欠陥の発生により応力集中が分散し,結果壊れにくい特
性をもたらす.このような組織設計思想は,緒言で言及した生物(5)~(7)だけでなく,絶対的な信頼性が必要な大型
旅客機の 1 次構造部材に使用されている繊維強化複合材料にも見られる(31),(32).特に近年脚光を浴びている複合材
料において,繊維の配向性によって破壊特性は著しく変化し,短繊維が引張り軸方向に平行に配向した場合,繊
維端での損傷が累積して破断に至るため,主き裂を形成しにくく,破壊に要するエネルギに優れていることが報
告されている(33).
よって,
第 2 相組織が微細に分散したαファイバー集合組織を有する超微細繊維状結晶粒鋼は,
微小欠陥の発生からの成長・連結を抑制した組織構造に適しており,材料を全体破断させない絞りの優れた組織
設計指針と考えられる.
4・2・2 靭性の変化
一般に,室温での衝撃特性を向上させるためには,低強度化や第 2 相組織の微細化・球状化が有効であること
が知られている.図 7 からわかるように,焼なまし温度の増加と共に vE は向上する.これは,焼なましによっ
て第 2 相粒子径は大きくなるが,転位密度の減少や粒成長による低強度化が主因である.一方,WR~WR600 に
おいては,as-received よりも高強度でありながら vE は大きくなっている.図 10 は,試験後の各 samples の板幅
中心を切断した断面全体と SEM による拡大写真を示す.WR650 において初期ノッチ底からの比較的平坦なき裂
伝播に比べ,
WR~WR600 の主き裂はジグザグに進展し,
その主き裂から分岐した多数の微小き裂も観察される.
詳細に観察したところ,WR600 のジグザグに比べ WR,WR500,WR550 のジグザグの形態は微細であり,かつその
頻度は高い.また,SEM 写真からわかるように主き裂から長手方向に分岐した場所では RD に平行および 45ºの
角度を有する微小き裂やそれらが連結したき裂が観察される.これら微小き裂は主にα粒界そして粒内であると
思われる(34),(35).これらの微小き裂が主き裂から分岐した多数のき裂を形成することで,ジグザグなき裂進展が巨
視的に観察されたと思われる.WR650 においてもこれらの微小き裂は観察されるが,WR~WR600 に比べその数
はかなり少なかった.図 11 はこれらの samples の SEM 破面を示す.WR は主き裂を形成する微細ディンプルの
領域だけでなく,比較的平坦な擬へき開と思われる脆性破面や RD に平行な割れ(矢印)も観察された.RD に
平行な割れは,図 10 の板厚中心断面上で見られた微小き裂である.焼きなまし材において,ディンプル径に大き
な相違は見られないが,焼きなまし温度の増加とともに SD に引き伸ばされた微細ディンプルが観察されるよう
になる.また,WR650 では一部で他の sample と同様な微細ディンプルが観察された(図 11(j))
.これは,図 5(e,
j)で見られる残存した超微細粒である.
図 12 は,αファイバー集合組織を有する繊維状結晶粒鋼において衝撃方向(SD)と弱い面(へき開面や粒界)
の関係および各方向の脆性破壊応力とき裂伝播挙動を模式的に示したものである.図 5 の SD に平行な逆極点図
から,強いαファイバー集合組織において{100}と{110}の結晶粒の集積が顕著であり,これら結晶粒のへき開面
は主き裂の伝播方向 SD とは直角および 45ºに存在する.当然ながら結晶粒は 3 次元構造であるので,幅方向へ傾
いたへき開面も存在するが,SD に平行なへき開面は存在しない.さらに,長手方向に伸長した結晶粒であるた
め,SD に直角な多数の粒界も存在する.主き裂端近傍における三軸応力を考えれば,最大主応力は RD に平行な
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応力である.しかし,Griffith 理論に基づくと破壊応力は(結晶粒径)1/2 に比例して大きくなるので,結晶粒の
短軸と長軸長さの関係から,RD に平行な脆性破壊応力F//RD(この場合,粒界破壊)は直角方向の脆性破壊応力
FRD(粒界あるいはへき開破壊)に比べ圧倒的に高い.よって,SD に平行な延性破壊が進展する過程で SD に
直角あるいは 45º方向の微視的な脆性破壊が起きる.図 10 の WR~WR600 で観察された微小き裂のほとんどは,
RD に平行あるいは 45º傾いており,これらはへき開面や粒界の空間分布と一致する.当然,セメンタイトに起因
した微小き裂も考えられるが,硬質なセメンタイトと軟質なαの界面上における変位の連続性を保つために局所
的にその周辺の応力は大きくなり,この応力が脆性破壊応力を上回ることで弱い面での割れがより形成され易く
なる.よって,強いαファイバー集合組織を伴った超微細繊維状結晶粒組織を有する鋼において,セメンタイト
の体積率 f が増加すれば当然その周辺に存在する弱い面での割れが助長され,靭性は低下する.中野らは(36),0.2
~0.3 μm の微細なセメンタイトが分散した 0.5~34 m の様々なα粒径を有する低炭素鋼の一軸方向断続引張り
試験を行い,それらの塑性加工限界を調査する中で,引張り方向に伸長したα粒の厚さがセメンタイト粒子径以
下になるとα粒とセメンタイトの界面で微小き裂が発生することを示した.よって,α粒径とセメンタイト粒子
径が近い鋼ほど早期に微視き裂が発生し,塑性加工限界が小さくなることを指摘している.すなわち,結晶粒微
細化による靭延性向上においては,生地組織の形態や集合組織だけでなく,第 2 相組織の f/d や空間分布にも注
意が必要となる.
WR
Initial notch
WR500
WR550
10m
20m
10m
RD
RD
RD
WR600
Initial notch
WR650
10m
40m
RD
RD
Fig. 10 OM images of midthickness part of the samples after Charpy impact tests and SEM micrograph near branching crack.
WR500
WR
(a)
(c)
(d)
(g)
20m
(f)
5mm
LD
WR650
(e)
(i)
(h)
(f)
20mm
WR600
WR550
(b)
(j)
20m
20m
40mm
(g)
(h)
(i)
(j)
5m
5m
5mm
5m
RD
Fig. 11 SEM micrographs of fracture surface after impact tests.
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超微細粒組織を活用した低炭素鋼の強靭化
以上から,シャルピー試験のような衝撃荷重を負荷された材料の破壊靱性において,微細なき裂の分岐は主き
裂先端の応力を緩和するだけでなく材料内で力を分散させる応力遮蔽効果によって破壊駆動力を低下させる.ま
た,結晶粒微細化は降伏応力よりも脆性破壊応力を飛躍的に向上させるため(37),延性破壊を助長する.結果とし
て,セメンタイトの微細分散とともにフェライト粒の形態と方位を制御することで強くて壊れにくい強靭な材料
が設計(強靱化設計)できる.
(a)
(b)
SD
Propagation
direction of
crack(//SD)
(c)
Brittle fracture stresses of each
Main crack direction from grain shape have the
(//SD)
following relation.
Initial notch
Magnification to
crystal grain level
sF^RD
Grain boundary
Striking
direction
(SD)
RD
Grain boundary
sF^RD<< sF45ºRD <sF//RD
sF45ºRD
sF//RD
Cleavage plane of
{110}<110> grains
Branching crack
(Intergranular crack)
Cleavage plane of
{100}<110> grains
Initial notch
Branching crack
(transgranular crack)
Main crack(//SD)
45º 45º
Fig. 12 Schematic illustrations of weak planes (cleavage planes and grain boundaries) and main crack propagation in steel samples
formed by an -fiber texture.
4・3 強度―靭性バランス
図 13 は,本研究の結果を降伏強度 YS-衝撃吸収エネルギ vE の関係図に過去のデータを含めてプロットした
ものである(34),(38)~(40).ここで,図 2(a)のα/P組織を出発材として 500℃での溝ロール圧延で創成された微細繊維
状結晶粒低炭素鋼 AR(34)や 500℃および 600℃での板圧延(1 方向圧下,2 方向圧下)によって創成されたそれら
UnR, BiR(38)の結果も併せて表記した.また,0.4%C 低合金鋼において通常の焼入れ焼戻し処理した QT 鋼,およ
び 550, 625, 700℃での溝ロール圧延で創成された TF 鋼(39)の結果もプロットした.図中の破線は YS×vE (MPa J)
の関係を示す.
Charpy absorbed impact energy vE (J)
400
120000 150000 200000
WR650
● Present steels
◇ JIS(S35C,S45C,S55C) (40)
△ JIS(SMn,SCr,SCM,SNC,SNCM) ) (40)
+ Ohmori et al.(0.15%C) (38)
* Jafari et al.(0.4%C) (39)
△ Inoue et al.(0.15%C) (34)
250000
WR600
350
WR550
300
250
BiR
HS
200
AR
TF
QT
TF
0.35C
UnR 0.45C
150
QT
0.55C
100
50
0
200
WR
WR500
as-received
With separation
300
400
500
600
700
QT
BiR
UnR
800
900
1000
1100
0.2% yield stress (MPa)
Fig. 13 Yield stress vs Charpy absorbed impact energy at ambient temperature. Here, BiR and UnR denote ultrafine-grained (UFG)
steel fabricated by warm rolling(38), TF and AR denote UFG steel fabricated by warm caliber rolling(34),(39), QT is quench
and tempered steel(39).
この図から,WR~WR600 は優れた強度-靭性バランスを有しており,特に WR のバランスは際立っている.
その理由は前述の通り,壊れにくい組織構造によるものであるが,ほとんど同じ集合組織を有し,かつ伸長粒で
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超微細粒組織を活用した低炭素鋼の強靭化
1236
ある AR や TF の強度-靭性バランスは WR に比べ低下する.AR の強度低下は,αの短軸粒径が大きくなった(約
2.5 m)ことに起因し,靱性低下は RD に沿ったセメンタイトコロニーの存在によるものである.また,WR よ
りも超微細化(約 0.3 m)された TF の強度-靭性バランスは,f/d に起因して低くなったと思われる.また,α
の短軸粒径が 0.6, 1.0, 1.2m まで超微細化された UnR, BiR の靭性の低下は,集合組織に付随したセパレーション
によるものである.1 方向に圧下した UnR の方が 2 方向圧下材 BiR に比べ強い圧延集合組織を有する.これによ
り,セパレーションの度合いが高くなり,延性き裂への抵抗は低くなるため,結果的に UnR の vE は低くなる.
以上から,結晶粒微細化による材料の強靱化を考える場合には,単に結晶粒を微細化するだけでなく,主き裂
の進展方向を設計思想に含めて,粒径の形状と方位を制御することが必要となる.素材長手方向に<110>方位を
有する超微細繊維状結晶粒組織を有した 0.15%炭素鋼は,微視き裂の発生から全体破壊までの変形の裕度に優れ,
卓越した絞りを持つ.靱性においては,微細ディンプルで形成される主き裂の進展中に多数の微細き裂分岐によ
って,主き裂先端の応力を緩和し力を分散させた応力遮蔽効果によって,破壊駆動力が低下する.結果的に,強
くて壊れにくい強靱化特性を有する.
5. 結
言
本研究では,500℃での多パス溝ロール圧延を通じて,強いαファイバー集合組織を持ち,かつ結晶粒の短軸長
さ 0.73 m の超微細繊維状結晶粒組織を有する 13mm 角×960mm 長さの低炭素鋼 WR を作成した.その後,500
~650℃×1 時間の焼なまし処理によって結晶粒の形態(サイズ,形状)と方位を変化させた棒鋼 WR500~WR650
を創成し,強度と延性・靭性の関係について検討を行った.その結果,以下のような成果が得られた.
1.
温間溝ロール加工を施すことで 0.15%C 鋼であっても降伏強度 800MPa を超える値を示す.この強度向
上は,結晶粒微細化だけでなく,連続再結晶による粒界形成に付随した転位セルやサブグレインなどの
下部組織の影響も含まれる.
2.
WR は高密度転位を含んだ超微細繊維状結晶粒組織による高強度化によって一様伸びは低下するが,
74%の優れた絞りを有する.これは,公称応力-ひずみ線図から得られる引張応力から破断応力までの
応力低下度が大きいことで推測でき,変形中の微小欠陥(ボイド)の発生→成長→連結→全体破壊まで
の “壊れにくい特性”を持つことを意味する.このような延性向上は,WR500~WR600 にも見られ,
第 2 相組織が微細に分散したαファイバー集合組織を有する超微細繊維状結晶粒鋼は,微小欠陥の発生
からの成長・連結を抑制した組織構造に適しており,材料を全体破断させない絞りの優れた組織設計指
針と言える.
3.
WR~WR600 のシャルピー試験材において,主き裂の進展は微細ディンプルを有した延性破壊でありな
がら,そのき裂が進展した周辺では衝撃方向と直角あるいは 45ºの角度に分岐した多数の微小き裂が観
察された.分岐微小き裂の存在位置は,へき開面や粒界の空間分布と一致し,それらの発生は巨視的に
もジグザグな主き裂の進展を促し,高強度でありながら高い吸収エネルギに導く.微細なき裂の分岐は,
主き裂先端の応力を緩和するだけでなく材料内で力を分散させる応力遮蔽効果によって破壊駆動力を
低下させる.
4.
WR は既存低合金鋼などに比べ強度-靭性バランスに優れている.これは,強くて壊れにくい組織構造
によるものであるが,同じような組織構造を有しても結晶粒サイズや炭素量に付随した第 2 相組織の存
在状態によってそのバランスは大きく低下する.結晶粒微細化による材料の強靱化を考える場合には,
単に結晶粒を微細化することだけでなく,主き裂の進展方向を設計思想に含めて,粒径の形状と方位を
同時に制御することが必要となる.
謝
辞
本研究では,溶解,鍛造,圧延による材料創製では檜原高明氏,黒田秀治氏,谷内泰志氏,熱処理では中里浩
二氏,組織観察では本木悦子氏,矢野葉子氏の助力に負うところが大きい.ここに謝意を表する.また,本研究
の一部は,科研費基盤 B「課題番号:23360312」で得られたものである.
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超微細粒組織を活用した低炭素鋼の強靭化
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© 2013 The Japan Society of Mechanical Engineers
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