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手賀の風 - 札幌キリスト召団惠泉塾
2014 年 11 月 1 日 NO.11 〒270-1112 千葉県我孫子市新木 3178-4 我孫子惠泉塾 代表:新 谷 国 義 04-7188-6833 [email protected] 手賀の風 我孫子恵泉塾ニュースレター (応援に支えられて) 前号「手賀の風」 (NO.10 号)を昨年 12 月に発 行してから既に 10 ヶ月も経ってしまい応援し ていて下さる皆様にはご報告が遅れました事 心からお詫び申し上げます。決して手を抜いて いた訳では無く、今年も今日に至るまで毎月 「神様のドラマ」と「人間の舞台」との双方が 織りなされ、その中で必死に生きていたら 10 ヶ月も時が過ぎていた次第です。その皆様の応 援を今年ほど強く感じた年はありませんでし た。今年、私たちは千葉市の都賀にある小麦粉 料理専門店「惠泉」さんの店頭にて我孫子惠泉 塾で栽培したお野菜を販売させていただく事 になりました。1 階から 5 階までの全フロアー に私たち惠泉塾関連の部署や教会が入居して いるビルの前での販売となりました。もともと 地域では評判の中華レストランでの店頭販売 ですから通行人の目を引き、すぐに常連のお客 様ができて頻繁に購入して下さるようになり ました。また 1 階の佐藤店長も毎回私たちに声 をかけて下さったり、道行く方にも声をかけて 下さったりと、応援の気持ちを熱いほどに感じ させていただき頭が下がる思いになりました。 また各フロアーのメンバーの方々や奉仕・集会 などで訪れている方々も「美味しかったよ!」 とか「応援してるね!」などの声をかけて下さ り購入されて行かれます。本当に感謝の思いで 一杯になりました。私は不遜ながら以前は身内 に買ってもらう事に少なからずの抵抗があり ました。一般消費者に売れてこそプロの百姓と いう気持ちと、同情ではなくクオリティーで買 って欲しいとい う思いがあった からです。そん な身の程知らず の思いは皆さん の大きな愛にふ き飛ばされ消え てしまいました。 そんな空気を知ってか、その都賀ビルのお店に 来られるお客様や店頭で野菜を購入されるお 客様たちは何か野菜にプラスアルファーを求 めて来られている気がいたしました。それが 「愛の空気」なのであれば、私達は単に販売だ けで終わることなく「愛し合う」というプラス を野菜に添えてお客様にお届けして行きたい と思いました。 (信仰と教育力) 我孫子惠泉塾で訓練を受けていた一人の塾生 がこの 8 月、急遽家に戻ることになりました。 塾で私とぶつかり、口をきかなくなり、引きこ もりが始まったので、お母さんに迎えに来ても らいました。塾頭である私の教育力の欠如が大 きな原因です。今もまだ家に戻って引きこもっ て誰とも口をきかない状態が続いていると連 絡がありました。昔ある方から、人生における 教育現場は大きく「1.家庭、2.学校、3. 社会」の 3 つに分かれるという話を聞いた事が あります。そして、現代はこの1.∼3.の全 分野で教育力の無さ(崩壊)が社会問題になっ ているとの苦言を耳にした事がありました。惠 泉塾にたずさわるまでは、この 3 分野のいずれ も自分は関係のないところに立っていると思 っていました。けれど、教会の牧師の働きを任 ぜられ、惠泉塾を担い始めた時、いかに『教育 力』が求められているかを痛感しました。私は 学校の先生の経験も資格も持っておりません。 しかし、牧師の仕事をしていく上では、人を生 かす教育力が無ければこの仕事は務まらない と悟りました。ですから、信仰によって与えら れる『教育力』が絶対的に必要です。聖書が教 える教育理念。イエス様が教えてくれる捨て身 の教育姿勢。結局『教育力』とは、相手を相手 らしく立ち上げていく愛し方となり、生まれな がらに持っている能力では無く、『教育力』も 『信仰』として神様から与えられるものだと分 かりました。「信無き我、愛無き我、そして教 1 育力無き我を憐れみ給え」と祈らざるを得ない ものであります。 件を通して私は彼女の病状や服薬について更 に真剣に向き合う決意をして、札幌にあった主 担当病院から我孫子の近くにある病院へと転 (命は神の領域) 院をいたしました。水谷先生からも早く地元の 先日、我孫子惠泉塾の塾生の一人が自死しかけ 病院を探すよう指示を受けていたのですが、ど るという事件が起こりました。原因は極めて些 うも病院を変えてしまうと、医療面においても 細な事で、あるやきもちが原因でだんだん孤独 全面的に関わることとなり、それを私が避けて 感にさいなまれていき、突然、感情の波に襲わ いたところがあったようです。彼女を担うこと れ発作的に毎日服薬している薬を 8 日分一気に について本気になったとの覚悟はあったので 飲んでしまったようです。夜中にうめき声が聞 すが、まだ逃げ こえるので私は、塾生の部屋まで行ってみると、 場を作っていた 意識をもうろうとさせた彼女が暗闇の中でふ のを、神様が更 らふらして歩いている姿を見つけました。すぐ に踏み込んで愛 に事情を聴きましたが、上手く喋ることができ するようにとこ ず最初何を言っているのか分かりませんでし の度の経験と決 た。よくよく聴くと仲良くしている、別の塾生 意を与えて下さ から見捨てられてしまい、塾頭の私からも嫌わ いました。ですからただ私は「主よあなたの導 れたと思って死にたくなり、薬を飲んだという きに徹底して従って参りたいと願います。人の 事でした。私はすぐに水を大量に飲ませて台所 命はあなたの領域ですからどうか、私の担う隣 の流しで吐かせました。服薬して 1 時間近くは 人を守り、あなたのいのちで生かしてください 経っていましたが、飲んだ錠剤がピンポン球く ますように!」と日々祈っていきたいです。 らいの塊になって出てきました。その後もう 2 度ほど吐瀉させて、椅子に座らせて祈りました。 (囲いの中の私達が用いられる時) 薬自体は私が管理して彼女には分からない場 先日、丹波から二人の青年が四街道惠泉塾、我 所にしまっておいたのですが、管理が甘くわか 孫子惠泉塾へと「丹波の宿惠泉のまかない料理 りやすい場所で、その塾生にはばれていたよう で愛し合う」という働きのために上京してくれ でした。その後救急病院に行き胃洗浄をお願い ました。関東にいる若い人たちと交流し合い、 しましたが別の病院に行ってくれと門前払い 共に応援し合って行こうという目的で彼らが、 に遭いました。もう神様のみと確信して塾に戻 日常「まかない」で作って食べている料理を私 り再度祈って寝かせつけました。その後彼女は 達も食べて交わるという会に集いました。私達 丸 1 日もの間ほとんど起きる事なく眠り続けま は丹波のその二人の証と変化ぶりに圧倒され した。24 時間ぶりくらいに目が覚めて、食事を ました。二人の青年のタイプはそれぞれ個性的 摂りまた翌朝まで眠り続け完全に薬が抜けて な違いがあり、まるで「フレンチ」と「和食」 元気に起き出してきました。睡眠導入剤にして くらいにその世界観も雰囲気も違うようです 40 錠、精神薬は 16 錠分含まれており、後で医 が、その違いが、またいいハーモニーを奏でて 師に聴いたら致死量となってもおかしくない いて、私達を和ませてくれました。その会が終 という答えに震え上がりました。命は神の領域。 わりにさしかかった時に、ある年配のお父さん 私たちは細心の注意を払って命と向き合うよ から青年たちに、惠泉塾の働きの尊さやその精 うにしていかなければならないと自覚します 神の純粋性などは大変素晴らしいと認められ が、根本的には一切が神様の御手によって支え るけれど、結局囲いの中でしか通用しないので られ守られているという所に信頼を置いて相 は?といった話題が投げかけられました。その 手に向き合わなければやっていく事ができな お父さんも惠泉塾やヴィタポートなどの働き いと悟りました。後日談になりますが、この事 がいかに大切で重要であるかと感じておられ 2 るので、是非社会に働きかけ、社会を変えてい けるよう幅を広げていって欲しいという願 いから発言されたのだと私は思いました。けれ ども、残念なことに私自身もそれに対する明確 な答えが 備えられ ていた訳 でもなく 即答して 答えるこ とができませんでした。それよりも私の中にも 「囲いの中でしか通用しない神の働き」という イメージを心のどこかに持っていたので反論 できなかったのかも知れません。それから塾に 戻りその事が頭から離れずに答えを考えてい ました。しかし、どうしても自分でも納得のい く答えが出てくる訳ではないので神様に祈っ て答えを賜ることにしました。すると、その数 日後、作業をしている時に突然具体的な声をも って私の頭の中に語りかけてこられました。そ れは、「私は囲いの中の小さき存在、弱い存在 を通して世界を変える」とおっしゃってこられ ました。私はビックリしました。「そういうこ とか!」この世から見れば神様に従う信仰者や 自己犠牲を払って相手を担う人の存在は小さ くて弱い存在に見えるし、実際そうなのでしょ う。しかし、その小さく弱い不器用な存在が愛 のために生き、我が身を捨て、一つになり合う 時、世界の歴史は塗り替えられると語ってこら れました。第 1 コリント 1 章 18∼30 節の中で 語られている「十字架の言葉は、滅んでいく者 にとっては愚かなものですが、わたしたち救わ れる者には神の力です。 (18 節)」 「そこで神は、 宣教という愚かな手段によって信じる者を救 おうと、お考えになったのです。(21 節)」「ま た神は地位のある者を無力な者とするため、世 の無に等しい者、身分の卑しい者や見下げられ ている者を選ばれたのです。 (28 節)」という御 言葉は正に嘘ではなく真実である事がこの私 達の惠泉塾という働きを通して見えることが できると確信を得ました。「神の愚かさは人よ りも賢く、神の弱さは人よりも強いからです。 (25 節)」この愛による逆説的真理を私は信じ て実践して生きて行きたいと強く思います。 (私のヴィジョンから神のミッションへ) 前述しました 8 月に急遽家に戻ったその塾生を 通して神様が働かれた御業についてご報告さ せていただきます。家に戻った理由はある指導 の中で彼と私が衝突する結果となり、真夏の暑 い部屋での引きこもりが始まり、数日間何も食 べない、飲まない状態が続いたためお母さんに 迎えに来てもらいました。帰宅後当初はご両親 との会話もあったようですがしばらくすると 完全に口をきかなくなり、人との交流を一切遮 断して自分一人の世界に入っていったそうで す。どんなに話しかけても揺さぶっても答えな い、反応しない状態が続いたとのことでお父さ んもお母さんも精神的に限界ぎりぎりのとこ ろであったとおっしゃっていました。完全に引 きこもって 1 ヶ月ほど過ぎた時に、ご両親にこ の問題を 9 月の「教育と援助の会(※)」で取り 扱う申し出をしました。すると快く許してくだ さり、さらにご両親自身がその会に参加する許 可も水谷先生からいただきました。9 月の会は 当事者と共に問題解決を図る各拠点のリーダ ーたちと話し合いの時となりました。結論から 先に言いますと、 息子さんの問題 解決のために参 加してもらった 会が、息子さん を通して信仰の ない自分たちの これまでの姿勢をかえりみることになり、悔い 改めを告白する場となりました。そしてついに ご両親それぞれの仕事を辞して、住居を売却し 神様のために献身するという決意表明をされ ました。私達は驚き、あっけにとられましたが 最後には拍手喝采で神様の御業を讃えました。 ご両親は二人とも控えめな人たちで「献身」な どと言うのは畏れ多いので、自分たちは小さな できることを誠実に神様にやっていこうとい う思いが多分強かったのだと感じます。ですか らご両親は陰で熱心に祈ったり、自分たちの生 活は切り詰めてでも惠泉塾を応援したりして 側面からこの働きを支える事がお二人のヴィ 3 ジョンだったのだと私は思います。しかしこの 度息子さんが行き詰まることを通して神様は ご両親を側面から前面へと駆り出され本来お 二人が担うべきミッションへと導かれたよう です。 「私のヴィジョンなのか」 「神様のミッシ ョンなのか」ここは極めて重要な見極めるべき 信仰姿勢なのだと思います。その後息子さんは 10 月末に引きこもりから脱出され余市へと再 び訓練に行かれました。お父さんは 12 月で退 職して来年から余市で訓練を受けられるそう です。お母さんはこの 10 月で退職して 11 月か ら丹波の宿「惠泉」で同じく訓練に入られまし た。自分自身のヴィジョンを手放し神様のミッ ションに生き方を転じられたご両親と訓練が 再開した息子さんのためにも引き続き祈って いきたいです。 託のない笑顔、愛嬌のある振る舞いにこちらも いつしか不安が消え「彼にも神様の命を!」と いうガッツが私に湧いてきました。もう一つの 副産物として、これまで 2 度ほど外での一人暮 らしを希望して、すぐに行き詰まり我孫子に戻 ってきた訓練生 の S 君にとって も支え合うこと と愛することに おいてとてもい い実践訓練とな りました。親子ほ どの歳が離れている新塾生にどう接していく か、時々爆発しそうな感情を抑えながら必死で 愛することに挑戦をしているようです。新塾生 を加えて今我孫子惠泉塾は 5 名体制で「新谷家」 という擬似的家族を営んでおります。我が家の 中心はイエス様です。家訓は「愛しあって一つ になる」です。モットーは「一、に信仰」 「二、 に生活」「三、に実践」であります。このよう な舞台の中で繰り広げられていく神様のドラ マをどんどんこの世へ証しとして現し、多くの 行き詰まる魂を我が家へ招いていける家庭を 築いていきたいです。 (新しい仲間と) 9 月 30 日より新しい男性の塾生T君が加わりま した。これまでの我孫子惠泉塾に来られた塾生 は余市惠泉塾での紹介や水谷先生の許可を頂 いた上で引き受けさせていただいてきた場合 がほとんどでした。けれどこの度新しく加わっ た仲間は、余市の紹介でもなく、先生の許可を 取った訳でもない中で引き受ける事になりま した。彼とは、昔から面識こそありましたが惠 泉塾の中で一緒にやっていこうという決断を 彼はできずに長い時間だけが過ぎていってし まいました。千葉市都賀のオリーブ山教会のあ るリーダーもかなり彼に関わってこられまし たが、その方の時間の制約や物理的な壁などが あって集中して彼に対応することに限界をお ぼえておられました。その結果 2 回彼と親子面 談をして 1 週間体験入塾をしてもらい、彼が我 孫子惠泉塾で本気になって訓練を受けさせて 下さい、自分を変えたいと言ってきたので私は 引き受ける決断をしました。もしもの場合先生 に泣きを入れられないとか、本当に責任を負え るのかといった不安と恐れが何度もよぎりま したが、思い切って腹をくくって引き受けるこ とにしました。そして一緒に生活してみると彼 の個性が一段と際だって見えてしまいますが、 慣れてくると彼の醸し出す明るい雰囲気や屈 (今号でのお願い) これまで送らせていただきましたニュースレ ターの中に同封していました一筆箋ですが煩 雑な作業となるため今回から割愛させていた だきました。宜しくご了承願います。またこれ から秋の里芋、ジャガイモ、かぼちゃ、落花生、 泥ネギの収穫を迎え ます。皆様の中でご 入り用な方がおられ ましたら遠慮なく申 し出て頂けば幸いに 存じます。すべての 野菜が無農薬有機栽 培です。また、収穫のお手伝いが可能な方もお 知らせ頂けますと助かります。 ※「教育と援助の会」とは都賀ビルで行っている学び で、各拠点で担っている隣人の諸問題を具体的に解決 に導くため、みんなで討議し回答を出し合う集いです。 4 2014/8/12 発行:沖縄惠泉塾 事務局 〒905-1316 沖縄県国頭郡大宜味村字白浜 442 番地 161 TEL&FAX:0980-44-2585 口座番号・ゆうちょ銀行 E メール [email protected] 記号 17000 番号 8716181 巻 頭 言 神様の命令に従う時、道が開ける 沖縄惠泉塾 代表 大澤憲一 全国の皆様から貴重なご支援をいただいて、大宜味村に2万8千坪の土地を購入することが出 来ました。また余市より3人の方々が派遣されて、プレハブの、まだ設備が整っていない環境で生 活されながら、頑張って農地開拓をしていただいている。しかし残念ながら、現状は恵泉塾の建物 を建てる目途が立っていない状況である。この土地は農業振興のための地域に指定されており、 農地法によって農業のため以外の宿泊用の建物は建てられなくなっているからである。 その中で神様は、大宜味村の人たちを愛し、彼らの必要にまず応えなさい、と私に語られた。そう して、私自身が精神科のクリニックを大宜味村に立て上げるよう言われた。大宜味村は意外にも引 きこもっている青年たちが多いという。また独居老人も多いそうである。彼らの所に往診に出かけて 行き、恵泉マリア訪問看護ステーションと組んで、必要な医療、介護を提供したらどうだろうか。こう 決心した時から神様がすばらしく働いてくださり、道を開いて下さっている。私は知らなかったのだ が、諸見里さんのご主人が、離島や僻地に医師を招聘し診療所を開く働きを、ずっとしてこられた そうである。このご主人が協力をしてくださるとのことである。クリニックの開設方法など全くわからな い私にとって、実に力強い援助者が与えられた。神様の命令に従って思い切って一歩踏み出すと き、神様はすでにそこに道を開いて下さったことがはっきりとわかる。実に感謝なことである。 お知らせ 10月沖縄セミナー 北の余市から南の沖縄へ派遣されてもうすぐ2ヶ月、兄弟の思いは * 日時:10月11日(土)~10月13日(月) * 場所:未定 * 申し込みは事務局へ(0980-44-2585) (場所、その他詳しい事は、後ほど要項でお知らせします。) 1 神様は、あまねく全地を見わたされる。 北の地から送られた兄弟たちの感想 沖縄での一ヶ月を振り返って 沖縄恵泉塾に来て 籔 裕晃 長谷川 賢 6月19日、3人の乗る飛行機が那覇空港に 沖縄恵泉塾に来て一ヶ月が経った。この一 到着した時に、目に写ったのは自衛隊や米軍 ヶ月を振り返ると自分としては、まだまだ沖縄 の空軍などで、ここは北海道や本州とは違うな の気候や生活にも決して慣れていないことが あと思いました。 本音でもある。例えば、朝も四時半ごろまで寝 沖縄恵泉塾の皆さんにとても歓迎されて一 てしまい、早朝、聖書の学びの時間に遅れるこ ヶ月間が、あっと言う間に過ぎていきました。沖 とがしばしばある。次に、毎日の農作業が始ま 縄は湿度が高いのでしょうか、すごく汗をかき るころにも、思うように体を素早く動かすことが ます。その汗をかくのがとても気持ちよく感じま 出来ないで、ついルーズな行動を取ってしまう す。一ヶ月が過ぎて今までの緊張感がほぐれ 時がある。そして夜に入って寝るときでも思わ てきたのか、この頃は疲れのようなものが出て ず、ぐずぐずとしてしまい、なかなか早く寝るこ きて、昼間は皆で一生懸命働いて、夜はぐっ とが出来ない日もある。毎食の食事の時も、ま すりと眠ることができます。 だ周囲の人の目が気になり、ぎこちない時も多 それから台風には驚かされました。初めての 少ある。このように、こちらに来て生活に関して 沖縄での台風8号がとても大型で、風や雨が は、まだまだ不慣れな点がいくつか残っている 激しく、本当に考えられないような大きな音で、 ことは事実だと思う。それでもここに来た当初と とてもびっくりしました。その威力はすごかった 比べると少しずつ自分の方から周りの人たち です。すこしおさまってから外に出たら、ものす に話し掛けるようになった。 ごい風と雨で立って歩けないくらいでした。 沖縄は、7月になってすぐ猛暑の日が何日 毎週土曜日は、色々な所から集まり、共に も続いたが、8日には台風8号が沖縄を直撃し 学び作業して汗を流し、その後、愛餐の時をも た。この日は初めて沖縄の台風を経験した。と たせて頂いております。その時にたくさんの人 にかくすごい風が吹いていた。 と出会い、交わりが与えられ、とても恵まれた その後の毎日の農作業では、沖縄独特の 時を、多くの人たちと共に過ごさせて頂き感謝 蒸し暑さで部屋に戻ってから疲れて横になっ しております。これから畑での色々な実りがあ てしまう時が多い。 ることを楽しみにしております。 これからも、毎日の生活の中で不安や困難 な事が沢山あるかもしれない。まずは、この沖 縄の暑い夏をなんとか乗り切りたいと思ってい る。そして、以前から悩んでいた潔癖症の件に ついても一刻も早く治りたいと願っている。 2 余市より派遣されて 川上 民生 余市より派遣されてきました。亜熱帯の草木 が繁茂し、聞いた事もない鳥の鳴き声が、キー キージージーと聞こえるジャングルの片隅に、 沖縄恵泉事務所と農園はあります。賢くんは 事務所に、私と籔君の二名は六畳一間のユニ ットハウス(よく工事現場などに置いてあるあれ です)に寝泊りしています。 こちらに来て始めの半月ほどは、熱帯特有 のスコールに似た雨に、ときおりうたれる中で バナナの木をバックにして の作業となりました。またその間に、近隣住民4 00名以上が避難するというほどの大型台風に 余市から三銃士を迎えて 諸見里和美 見まわれました。死ぬかもしれないと思いまし 余市恵泉塾から3名の若者が、沖縄恵泉 た。周囲の農園のバナナをはじめ農作物の被 塾の働きを助ける為に派遣されてきました。 害も大変なもので、半壊状態のハウスも多数 時は6月19日、長い梅雨が明けると、灼熱 見受けられました。そのような中で私たち3人 の太陽が身を焦がす南の島の夏に、不安を抱 の沖縄新生活は幕を開けました。こちらの諸見 きながらも、神様の働きの為にと、いらしてくだ 里さん、新里さんご夫妻、赤嶺さんご夫妻をは さいました。住まいも充分整えてあげることが じめ沖縄の召団員の方々も皆さん親切によく 出来ず心苦しく思っています。それでも「何か 気を配ってくださっています。 手伝いましょうか。」といつも声かけしてくれ、周 派遣されて一ヶ月ほど、人の背丈ほどもある りを気遣って私達の足りないところを補ってく 草木に覆われていた2万8千坪の土地もなんと れます。約束の時間をよく守ってくださり教えら かかんとか畑らしくなってきたところです。第一 れます。食事も好き嫌いなく食してくださり、調 関門突破といった所ではありますが、まだまだ 理する係りの者も喜んで仕えています。合同 課題は山積し頭を悩ませているところです。ま 会社「沖縄恵泉」の土地は広大(作付面積1万 た畑には、水も倉庫も収穫物の保管場所も、 4千坪余)で畑にする為の労働が遅々として進 農機具に作業機械も、人手もお金もない有様 まなかったけど、余市恵泉塾から吹いてきた新 です。皆様方の祈りと支援も必要とされていま しい風によって一気に畑らしくなりました。風穴 す。私ども3名も微力ながら、大澤先生はじめ をあけ、ものすごいスピードで草を刈り、土を耕 こちらの兄弟姉妹たちと共に、沖縄恵泉塾立 し、畝立をし、作物を植える準備が整いつつあ ち上げのため全身全霊を傾けていきたいと思 ります。3名の方々はすっかり肌が色づいて、 っております。 着任した頃の色白さは小麦色の肌へ変質して います。暑く長く続く夏を、熱中症にもならず 過ごされたらと思いつつ共に生活を楽しんで います。老人?ばかりの共同生活の場に若者 3 が3人も派遣されたお陰で毎日が活気づいて 取れ、健康も祝され、北海道余市での夏季特 います。会話も広がり感動も多く命の躍動を感 別集会と、恵泉塾体験へ行く事ができました。 じます。 ほんとに嬉しくびっくりでした。神様が共におら また課題も山積みです。作物の収穫物の保 れ、聖霊様が触れて整えてくださっておられる 管場所、作物加工や販路をいかにするか等、 ことを実感しました。 見据えていかねばならない事が多々あります。 特別集会でも恵泉塾でも、午前3時半に起 今後とも全拠点の皆様の祈りとご支援なしに きるのが、一番辛かったのですが、この集いは は立ち行かない事を実感しています。全てを 常に神様が中心である事をより理解する事が 主に信頼しつつ歩む沖縄恵泉塾にしたいで できました。神様に従い、神様の価値観で生き す。 るという人生を悟ると、喜びで満たされ、心が 主に感謝。 平安になりました。またこの体験を通して神様 の恵みも深く知ることができました。 今沖縄恵泉塾で愛の実践をしたいとの思い があり、仕事が休みの日には大宜味でのデボ ーションや農作業をしています。1時間半は遠 いと思っていた道のりも、最近は近く感じます。 広々と耕された農地を見ると、神様には不可 能はないと思い、又、愛し合って一つになると 言うメッセージの言葉の力強さに感動し、神様 の「互いに愛し合いなさい。」という御言葉が、 ~防風林を植える~ 今の私の大きな支えとなっています。 余市で愛の実践を体験する事ができたこと、 神様と兄弟姉妹に感謝します。 札幌キリスト召団、夏季福音特別集会、 余市恵泉塾の体験入塾を通して 高良芳美 今年の3月頃「あなたにいいと思う。聴いて みて」と、ある姉妹からCDを渡された。なんと それは今まで聞いたことのないすばらしいメッ セージでした。「愛の実践とは」という意味が、 はっきり理解できるようなものでした。 約15年のクリスチャン生活で、何かしら暗い 心に光が差し込んだ様な気がして心も弾み、 すぐ姉妹たちと沖縄恵泉塾に参加するように なりました。それからと言うものトントンと何かし ら事が運び、珍しくも仕事の休みもスムーズに ~恵泉農園にて~ 4 おやじの会、早 2 回目 新里 裕 同センターの臨床心理士、天久親紀氏から講 義を受けることが出来ました。 今年 5 月に「おやじの会」を立ち上げました。 発達障がいを抱える隣人の欠けたるを具体 沖縄恵泉塾と関わりを持つ方々に「おやじの 的に補うためには、障がいの特性や困難さを 会」に参加して下さる様、声をかけましたところ 私達は知り、共感する必要があります。今まで 11 名 の 方 々 が 参 加 し て く だ さ い ま し た 。 の良かれと思う対応が、発達障がいの隣人に 2 回目の会は 7 月12日(土)に行われ、1 名増 とっては、かえってつまずきとなることも多々あ の 会とな りました。会食を 中心にお酒も入り るからです。 前回より話がはずんで、時間が経つのも忘れ 職業柄、何度となく発達障がいについての るほど盛り上がった会となりました。沖縄恵泉 講演を聴いてきた私ですが、今までで一番ズ 塾代表、大澤先生より、来年 3 月頃、大宜味村 シンと腑に落ちた講演でした。それは講師の にクリニックを立ち上げる開会の挨拶ではじま 天久氏が、現在進行形で悩みながらも投げ出 りました。また、これから先、沖縄恵泉農園、ユ さず、当事者とずっと根気強く関わり続けてい ニットハウス前の軒作り等々、男手が必要な状 るからだと思います。当事者への温かい眼差し 況が多くなります。ぜひ、おやじパワーで協力 からの数々のエピソードが胸を打ちました。講 してくださる様お願いし、楽しい中、皆様の笑 義の中で紹介された絵本『学校コワイ』(よっぱ 顔をみているうちに散会となりました。 ももこ著)の朗読を聞きながら涙がこぼれました。 自分の見えている、感じている世界が全てだと 思い、それを押し付けていた傲慢さ・・・。耳の 聞こえない方に「これはピアノの音でしょう、常 動き始めた発達障がい学習会 沖縄恵泉塾 識でしょう。」と言っているようなもの。 加藤 幸 皆さん共に学んでいきませんか? 去る7月4日(土)に夫が名護市に起業した すばらしい講師の方々が次々と与えられ無報 会社(INDEX・ASIA 株式会社)主催で、第1回 酬で学びを助けてくださっています。これも神 『発達障がい学習会』を実施しました。この学 様の助けと、心より感謝します。なお「発達障 習会の目的は「発達障がいを抱え、生き辛さを がい学習会」の様子は、録画していますので、 抱える人の必要に応える。」「神が創造された ご興味のある方はご連絡ください。 全ての人との、愛し合う世界づくり」です。その (090-1990-8900、カトウ、ユキ) ための小さな一歩を踏み出しました。準備不 《第1回学習会》 足で多くの方に案内が間に合わなかったので すが予想を上回る36名もの参加者がありまし た。恵泉塾関係者だけでなく、オリブ山病院関 係者の方々、また夫の会社の方も集い、発達 障がいについての関心の高さが伺えました。 「発達障がいの特性とその理解」と題して、沖 縄発達障がい者支援センターの支援を受け、 5 発達障がい学習会 実施日程(案) 今後の実施予定 2014 年度 第三回)09 月 13 日(土)講演会 第四回)10 月 04日(土)講演会 第五回)11 月 01日(土)療育現場からの発達障がい支援の実態レポート 第六回)12 月 06 日(土)ペアレント・トレーニング(プログラム)について 今後の実施予定 2015 年度 第七回)01 月 10 日(土)講演会 第八回)02 月 07 日(土)講演会 第九回)03 月 07 日(土)年度総括 歓迎会 愛餐 6 恵泉農園にて 創刊号 KANSAI KEISEN 2014年7月15日 関西だよ り 関西地区の信徒とファンのために 【発行元】札幌キリスト召団恵泉関西事務所 〒669-1323 兵庫県三田市あかしあ台 1-32-12 Tel.Fax 079-565-5335 【責任者】関西地区責任役員 【編 集】熊野恵泉塾 自主的合同礼拝本格スタート 神様との共同作業である楽しさ、聖書の言葉を実感する思い ( 松山家庭集会 天川 美江 ) 長年養って下さった水谷先生が引退なさって、先生 ている」思いで、信仰の継承とはこのように躍動する 不在の自主的関西合同礼拝は既に2回が終わりました。 ものかと、改めて聖書の言葉を実感する思いです。 先生に語っていただいた年月を懐かしむ間もなく、 そして携わって初めて実感します、「神様の為に肉の それぞれにメッセージを語る任に追われる事となり、 休息はできないなぁ∼」と。丹波セミナー上級者コー いかに主の御用は後ろを見ないで前のめりであること スの出席者は全員、礼拝後にもたれる午後からの活動 かを痛感しています。人に伝える為の試行錯誤、苦しみ、 でショートメッセージをしますが、どなたも召団に養 言葉選びなど、メッセージ作りに四苦八苦していくこと われた成長の跡が見られて励まされます。 更にその になるのでしょう。 メッセージ訓練を受けて礼拝の講話に立ちます。考え しかし神様に取り扱っていただく事の素晴らしさ、神 たら荷が重すぎて逃げ出したい思いになりますが、そ 様との共同作業である楽しさ、何よりも神御自身が語 こは主に在って踏ん張る信仰、主に御力を発揮してい りたい事を求める真 な信仰を養われる上で、最高の ただけると信じています。関西の仲間が一丸となって、 訓練だと思います。 にも角にも乗りかかった船、降 主の御用の為に我を捨て、兵士になりたいと願ってい りるわけにはいかないのです。パウロのように「走っ TOPICS ます。 札幌キリスト召団 第 25 回夏期福音特別集会開催 6 月 12日∼15日 総勢 210 名の参加者。残念ながら爽やかな北海道の気候でなく、 預言者としての働き』と言われた事を思い出しました。 自分達の中から各集会の講話を語る夏期聖会となりました。コンサー 告白を聞き、お一人ひとりを導かれた神様の大きな憐み、御業を心 異常気象の為、時折小雨まじりでした。今回からは水谷先生でなく、 ト&伝道集会では、ピアノの菅野麻利子さん、ヴァイオリンの田中知 子さんの素晴らしい演奏に感動、また大澤憲一先生の力強いメッセー ジを聞くことが出来まし た。 そして今回は 9 名の方が受洗(再受洗含む)され、感動的な信仰 から賛美しました。 これから神様は私たち召団の群れをどのように導かれるのでしょ うか? 受洗者の報告 水谷先生が、昨年引退 I S さん(京都集会)洗礼名 パウロの弟子のダマリス(使徒 17 表が木下肇さんに変わり、 「おめでとうございます。これからの活躍を期待しお祈りいたしま 章 34 節) される時の言葉として「代 す。」 私たちの仲間に、精神科 医の大澤憲一先生、福音 按手の報告 派の代表、神学者の後藤 五十嵐 昇兄(熊野恵泉塾) 、後地 勇兄・後地 裕子姉(三田教 れは『王とし、祭司とし、 3 名の兄姉の為に、主から託された関西の群れ、働きの為に神 会)の 3 名が受けられました。 敏夫先生が加わった。そ 札幌キリスト召団第 25 回夏期福音特別集会 告 知 板 様の恵と導きをお祈り下さい。 「 関西地区の予定 」 ① 関西合同礼拝 8 月 17 日 神戸バイブルハウス 午後 若者による「賛美と証の集い」 ② 関西修養会 (松山方面未定)10月11日 (土)前泊、 12 日(日)、 13日 (月) 予 定 : 岡山オーガニック・レストランにて、おやじの会&スカルノ 井 戸 端 会 議 (婦人会)を準備しています 証 「苦しみの意味。神様に変えられたわたし」 ( 京都家庭集会 村田恵子) 【前 編】 私が水谷先生のお話を初めて聞いたのは 2004 年 9 月 りました。塾生活は息子にとって楽しく、またそこで知 の恵泉京都集会においてでした。 り合った人々との交わりからも得る事が多かったようで 私には息子が二人居るのですが、その頃高校生だった 苦しんでいたのは自分だけではなかったと、それ以後は 長男が強迫神経症になり、休学届を出して家にひきこも 自分が病気になった事の責任追求や恨み言を言わなくな るようになりました。生活の色々な事にこだわりが強く りました。私は先生から親代々、私自身がそう育てられ なり苦しさに自暴自棄となって大暴れを繰り返しました。 植え付けられて血肉となっていた価値観を断ち切れ!! 私は、1982 年にメノナイト・ブレザレン教団に属する と大きな声で、強いことばで叱られました。いい歳のオ 教会で洗礼を受けた信仰歴 20 年のクリスチャンでした バサンが若い人達の前で涙を流して泣きました。そして が、そこで培った信仰では対処できずに途方にくれるば この世の価値観から、聖書の価値観に切り変えるという かりでした。 「自己犠牲の愛の実践」が無いのですから、 今、 意味の本質を悟る事ができました。そこまで叱って下 思えば当然の事でした。それどころか息子の病気の原因 さった先生に唯々感謝です は母親の私の育て方にあると自責の思いに苦しみ、泣き、 それからも、決して平坦な道のりではありませんが、 そして主人とは責任のなすり合いの口論を繰り返してい 長男は高校に復学、通信制高校、予備校を経て京都の私 ました。まだ、 中学生だった次男はそのような家庭の中で、 立大学に入学して、子供の頃から「オタク」と言ってよ 息をひそめて我慢を重ねながら何とか毎日を過ごしてい い程好きだった日本史を勉強しました。病気は2回生の るという状況で、学校から帰るのが本当に嫌だったと思 時、主治医から治癒を言っていただきました。病名が付 います。 けられてから7年が過ぎた頃でした。2013 年3月に卒 人格が破壊したようになった長男が不憫で何とか回復 業しました。就職は大変厳しい時でしたので決まりませ するようにと病院も選び、薬も飲ませカウンセリングも んでしたが、リクルートスーツを着ての就職活動も良い 受けさせ、高校にもかけ合い、できる事は全てしましたが、 経験になったと思います。今は地元の郵便局で契約社員 状況は全く改善せず、むしろ悪い方に向かっているよう として働いています。本当に自棄をおこしたくなった時 でした。私自身が底無しの絶望感にとらえられた時、 「何 も何度かあったと思います。神様の守りがあったと思い 故、私の所に来ないのか?この問題は、私が解決する。 」 ます。 という意志を体全部で聞きました。不思議な 体験でした。 次男は長男と同じ年に大学に入学、就活も同時期でし 私は長男の回復を祈り続ける一方、素顔と仮面を使い分 たがその就活に失敗した事で悩み自信を失ってしまいま けしている私の信仰姿勢も神様に問われていると思いま した。長い間、長男の病気のために自分をおさえていた した。 不満も噴出しました。大学卒業後 2012 年 10 月に「熊 そして水谷先生から個人的に話していただいた事は、 野恵泉塾」に親子で一週間の体験入塾をさせていただき 「強迫神経症は治るよ。しかし治った後の生き方が大切な ました。やはり、次男にとっても有意義な時間となり、 んだ。苦しかった時の事を忘れて生きるか、苦しかった 気持ちがすっきりしたようで表情も明るくなりました。 体験があったからこその生き方をするか、それが大切な 今はバイトをしていますが、これから就活を再開しよう んだ」 。心にストンと落ちました。即座にこんなに苦しむ てしているところです。橋野さんに声をかけていただき のなら、私も息子も苦しんだ体験があったからこその生 若者の集いにも参加しています。そしてまた、私もその き方をしなければウソだろうと思いました。その時から、 時五十嵐さんから背を押していただきそれまで教会員で 先生を 100%信頼して先生の語られる聖書の神様に縋り あった教会から召団への転会を決意し 2013 年の総会にて 付きました。それまで頭の知識として知っていたみ言葉 承認していただき召団員となりました。 《以下次号へ》 がいきいきと心に迫り、多くの方々が言われるように「目 (この証は4月 13 日の関西合同礼拝時のものです。 ) から鱗」の連続でした。そしてまずは神様の意志的深い 愛でボロボロになった私の心が癒やされていきました。 余市恵泉塾へは、2005 年 11 月に親子での 1 週間の体 験入塾だけでしたが、それがターニング・ポイントとな 関西地区各拠点の 1∼3 ヶ月間の予定をお知らせするコーナーです。 仲間との確認に友人、知人、御近所の方も是非お誘いいただき、 集会を盛り上げてください。 各拠点だより (7月中旬∼9月下旬) 恵 泉 エクレシア 〒662-0964 西宮市弓場町8-32-203 TEL. FAX0798-35-4819 【高見家庭集会】 毎週日曜日 家庭礼拝 10:30 ∼ 14:30 頃まで (高見千鶴子) 【千葉家庭集会】 〒593-8312 堺市西区草部 1649 TEL.FAX072-274-3283 毎週日曜日 家庭礼拝 10:30 ∼ 14:30 頃まで (千葉 武子) 【福田家庭集会】 〒518-0439 三重県名張市つつじが丘北 9-40 TEL.FAX0595-68-1365 毎週日曜日 家庭礼拝 10:30 ∼ 14:30 頃まで (福田 厚子) 【特別集会】 7 月の予定 福田家への一泊応援家庭合同礼拝 発達障害児を育てている実践者から話を聞く勉強会 (新見宅予定) 拠点紹介 私たちの集会はそれぞれ三カ所で行われ、小さなものの 集まりです。しかし皆が熱い心で本物を目指しています。 祈りの課題 「西堀ご夫妻の献身の備えが守られますように。 」 三田教会 〒669-1323 兵庫県三田市あかしあ台 1-32-12 TEL. FAX.079-565-5335 姫路教会 〒672-8013 兵庫県姫路市白浜町宇佐崎北 3-389 インマヌエル学院 TEL079-245-3666 FAX079-245-3634 会場はインマヌエル学院3Fです。最寄駅はJR 山陽白浜の宮駅。 【定期集会】 毎朝 朝の学び 6:00 ∼ 8:00 毎週日曜日 主日礼拝(インターネット礼拝)10:30 ∼13:00 毎週日曜日午後 伝道集会予定 【特別集会】 7 月 27日(日)読書会「命の泉を掘りあてる」13:30 ∼ 15:00 8月 10 日(日)子供礼拝 10:30 ∼ 13:00(大人礼拝と同時開催) 24 日(日)読書会「命の泉を掘りあてる」13:30 ∼ 15:00 9月14 日(日)子供礼拝 10:30 ∼ 13:00(大人礼拝と同時開 催) 28 日(日)読書会「命の泉 を掘りあてる」13:30 ∼ 15: 00 7月20日(日)丹波ファミリー 野外礼拝予定 拠点紹介 老若男女、チビから大人ま で仲良し集会です。 祈りの課題 「インマヌエル学院の生徒 【定期集会】 毎週日曜日 主日礼拝 10:30 ∼ 14:00 ( インターネット礼 拝 ) 午後 講話の分かち合いと祈り が増えますように」 (四宮 直美) インマヌエル学院 毎週二回(月、金) デボーション 5:00∼ 6:30 コリント書 【特別集会】 家庭集会 ( 月1回土曜日 ) 7月12日、8月9日(土) 13:30 ∼ 他教会の方々と創世記を学び中 祈り会 ( 月 1 回水曜日 )7 月 9 日 ( 真鍋宅 )、8 月 6 日( 水 ) 13:30∼ 教会員宅にてオリーブ山教会の祈り会 CDを学ぶ 拠点紹介 私達の教会は少人数の家庭的な家の教会です。今二人の方 が余市で訓練を受けています。一人ひとりが聖霊に満たさ れ愛しあう群れとなる 丹 波教 会 〒669- 4133 兵庫県丹波市春日町平松 400-1 TEL. 0795-74-1873 FAX.0795-74-2821 【定期集会】 毎週日曜日 主日礼拝 10:30 ∼ ( 余市礼拝の CD) 午後 学び会や分かち合い 【特別集会】 ことを目指しています。 お知らせと祈りの課題 祈り会 7 月10 日∼ 17 日 8 月18 日∼ 21日「丹波マリア 発行 ) に三田教会が掲 交わり会 9 月 26 日∼ 28 日「関東の恵泉塾と交わる」 波止場便り NO.27(8 月 訪問看護ステーションの立ち上げのために」 載されます。友人知人、 今井兄、保坂兄 ( 賄いを作って交 わります ) 近隣に用いられますよ うに。 (後地 勇・裕子) 三田教会礼拝 (江戸 悌子) 熊野恵泉塾 〒519-5701 三重県紀宝町鵜殿 399-1 TEL.FAX.0735-32-0141 携帯 09080819161 【定期集会】 【定期集会】 毎週月曜日から金曜日 5:00 ∼ 7:00 朝の学び 「イザヤ書」「ヨハネによる福音書」 毎週土曜日 毎週日曜日 5:00 ∼ 7:00 朝の学び「詩編」 6:00 ∼ 7:00「祈り会」「聖書通読」 毎週日曜日 主日礼拝 10:00 ∼ 13:00(聖 式、愛 松山家庭集会 〒791-0212 愛媛県東温市田窪(たのくぼ)311 番地 7 TEL.FAX 089-964-5460 毎週日曜日 主日礼拝 13:30 ∼(ネット配信による余市の 主日礼拝に参加)天川宅 毎週水曜日 学び会(学びの後、愛 ) 【特別集会】 7 月 25 日(金)読書会 14:00 ∼16:00「内村 鑑三」 (紀宝町鵜殿にて) 8月 8日 (金)読書会 19:00∼ 21:00「宮沢 賢治」 (那智勝浦町浜ノ宮にて) 8 月 29 日 (金)読書会 14:00 ∼ 16:00「宮沢 賢治」 (紀宝町鵜殿にて) 9 月 12 日(金)読書会 19:00 ∼ 21:00 「高橋 是清」 (那智勝浦浜 ノ宮にて) 9 月 26 日 (金)読書会 14:00 ∼ 16:00 「高橋 是清」 【特別集会】 毎週三回 朝の学び会 。各自持寄り) 升野宅 (有志の参加希望) 拠点紹介 人数が少ないので、一人一役で頑張っています。 共同生活はありませんが、それぞれの家庭の場を解放し、 学び、朝のデボ―ション、祈り会に有志が集まり、信仰と 交わりを深めています。また、霊の養いの為丹波セミナー に参加しています。 祈りの課題 聖霊に導かれ、愛し合う空気に満ち なるようにとお祈り下さい れる本物の教会に (玉乃井 みゆき) (紀宝町鵜殿にて) 拠点紹介 日本のチベット 熊野の小さな恵泉塾です。 祈りの課題 「地域の方がたに伝道を。地域の方がた目覚めよ。」 (五十嵐 昇) 春日キリストの家 〒669-3402 兵庫県丹波市春日町新才 417-1 TEL.FAX. 0795-74-3540 【定期集会】 毎週日曜日 主日礼拝 10:30 ∼ 12:00 【特別集会】 野外バーベキューを計画中 拠点紹介 私達の教会は新しい魂が救われるための教会です。 祈りの課題 「 私たちが神様に用いられますように」 (安田 修) 丹波の宿 恵泉 那智勝浦浜 ノ宮にて読書会 〒669- 4133 兵庫県丹波市春日町平松 400-1 TEL. 0795-74-1873 FAX.0795-74-2821 【定期集会】 京都家庭集会 〒610 ー 0354 京都府京田辺市山手南 4 ー 7 ー 4 TEL. FAX. 0774 ー 63 ー 0092 【定期集会】 毎週日曜日 主日礼拝 10:30 ∼ 14:30「イザヤ書」「若 者セミナー」を CD で学ぶ (午後から皆で本を読んで感想を各々述べ合う。若者と 別々にし、後から合同でまとめて発表する) 拠点紹介 主にあって互いを信頼し良さを引き出す群れ。 (碇 サツキ) 丹波セミナー 一般コース「イエスの福音の核心」 7 月 14( 月 ) 前泊∼ 17 日 ( 木 ) 読書会コース 「ミルトン著 失楽園」8 月 18( 月 ) 前泊 ∼ 21 日 ( 木 ) 初心者コース 「現代日本社会に対して聖書は何を語って いるか」 9 月8( 月 ) 前泊∼ 11 日 ( 木 ) 拠点紹介 ( 報告 ) 恵泉バーベキューパーティを 6 月26日に行い ました。丹波の宿恵泉の輪の中に、丹波教会員と丹波地 域の皆様と水谷先生ご夫妻も参加され、約22名で楽し いひと時を過ごしました。 (江戸 悌子) 若 者 関西若者の集い特集号 の 集 い KANSAI KEISEN 関西だより 関西地区の信徒とファンのために 今、悩む若者よ集まれ!! 『水谷家、五十嵐家の子供達』 ( 橋 野 倫 直 ) 「みんな笑顔で楽しそうね」。去年 11 月から始動した関西青 てくれたのだろう。どれだけ自分を犠牲にされたのだろう、神 確かにみんな楽しそうだ。きっとその通りだろう。だけどみ になった。 年会。活動写真を見せた時、あるご婦人にこう言われた。 様に捧げられたのだろう・・・。 そうして僕達は笑えるよう んなが笑えるまでには、どれだけの犠牲に成り立ってきたのか。 僕らはかつて人に好かれる存在ではなかった。人間関係がうま くいかず、学校や社会で孤立し一人寂しくご飯を食べた。純粋 関西の青年会は僕がお世話になった人の為、また友人の為に 発足した。特徴的なのはノンクリスチャンが半数を占め男性も 多く、子供さんも参加していること。女性はとても協力的でい な故に反発し傷つき周りや親とうまくいかなかった。どこにも つも献身的にサポートしてくれている。去年の 11 月から活動 行き場所がなく、心休まる所がなかった。先が闇で見えず心の しており京都家庭集会の協力を得、拠点にしている。熊野恵泉 病になった。様々な生き辛さを抱えた。周りには誰も人がいな 塾、恵泉エクレシア、三田教会、丹波の宿、姫路家庭集会、松 かった。「うちの教会には来てほしくない」。表面上優しいが、 山家庭集会、名張と深く関わりがあり、拠点活動が急がしい中 笑顔の裏にある心の奥底が醸し出す空気に傷ついた。誰からも でも若者を快く送り出してくれている。応援してくださる大人 愛されず頼る物がなく人が信頼出来なかった。 も数多く自己犠牲の愛による協力も大きい。 そんな僕達を恵泉塾は受け入れてくれた。決して可愛らしい から受け入れてくれたのではなかった。イエス様は言われた。 「心 を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である 主を愛しなさい。隣人を自分のように愛しなさい。 」だから傷つ いた僕らを主にお返ししようと、恵泉塾の親達は家に招き入れ てくれた。元の姿に戻して主にお返ししようという愛は、みん 能力が違えど高い若者が多く、みんな個性的だなという印象 を受ける。「どうすればみんなの為になるのか?」と考え実行 するのが初めは負担だったが最近は楽しくなりつつある。イエ ス様の軛に感謝しきれない。 水谷先生のメッセージや朝礼、波止場便りの分かち合いは青 年の本音を引き出し、ノンクリスチャンにも大いに刺激になっ なを包み教育した。時には反発し傷つけ時には逃げた。けど見 ている。五十嵐昇さんの読書会も大好評で、青年の知らない一 捨てられることは決してなかった。放蕩息子になった僕らを憐 面を引き出しつつ人生の益になっていると感じる。来るべき時 れに思い、走り寄って首を抱いてくれた。 の為「愛しあって一つになる」を目標に。まだまだ未熟な僕達 向き合ってくれた。真剣に向き合ってくれた。経験豊富な人 だけどイエス様に 生について教えてくれた。神様と向き合うのはこうするのだよ あって一つ。乳を と生活で教えてくれた。キリスト教は座学ではなかった。書斎に 飲むだけでなく固 水谷家が、五十嵐家の家庭が生きる教材だった。みんな家族 るように・・・聖 籠るものではなかった。 い食物も食べられ より僕達を大切にしてくれ、親以上に親であってくれた。兄弟 書を真 喧嘩もした。それで人間関係も学んでいった。実子以上に可愛 に学び、 補いあい励ましあ がられた。信仰や知識を生活で言葉で伝えてくれた。ただ愛さ い弱い人を受け入 れた。神様がそうおっしゃるから愛された。 れ成長していきた 僕らに何年と言う時間を捧げてくれたのだろう。何の為に全 財産を投げ出してくれたのだろう。傷つけてもどれだけ寄り添っ い。 若者の集いは充実した一日 関西若者の集いに参加して (三田教会 M) 五月の若者の集いも、京都集会碇さん宅にて行われました。礼拝の後愛 メッセージの感想を話し合ってから、京都御所に車で移動しました。 があり、その後礼拝 御所は驚くほど広く緑が多くて、散歩には適していました。天気が曇りだったことも暑くなり すぎず助かりました。 私にとっては愛 後、礼拝メッセージテープのみんなの感想を知ることが出来良かったです。 自分の考えや感想を話せる機会はまた設けるべきだと思いました。また御所の中を周りながらい ろんなメンバーとお話し出来、少しずつですがみんなのことを知れるようになり感謝でした。子 ども達が一緒だったこともあり、大変楽しく充実した1日でした。 京都の若者の集いにて 告 知 板 「 関西若者伝道集会」 のお知らせ 若者伝道集会「賛美と証の集い」 趣旨:青年の伝道集会。クリスチャン で証を持ち寄り、ノンクリス チャンを招きます 日時:8 月 17 日 PM2 時 3 時半 場所:神戸バイブルハウス 若 者 の 集 い 今、困難を乗り越える力を考える KANSAI KEISEN 関西だより 関西地区の信徒とファンのために 読書会の感想 『勝海舟、夏目漱石』 『 勝 海舟 』 『夏目漱石』 「公」の精神は今の私たちに受け継がれているか。 漱石の孤独。この闇に引きずられない 神の現実 の中で養われた 新しい価値観 の強さ ( 京都家庭集会 村田 慧輔 ) ( 姫路教会 四宮 直美 ) 評論家の江藤淳の勝海舟に関する評論を元に読書会を進めたわけだ 改めて、夏目漱石の人生に触れた時、明治の激動の時代を生きた彼 無血開城や大政奉還に功績があるという人並みの知識くらいしか無 烈な 孤独 。 「この時期にいやでも生きることを運命づけられた」と が、私は大学で歴史を専攻していたものの勝海舟については江戸城の かった。しかし、この読書会を通して勝海舟というのはなんと志が高 い人物なのだという印象を抱き、また、現在の机上の学問でなく、当 時の「古学」などの現実を見据えた実践的な当時の学問のレベルの高さ、 奥の深さや、当時を生きた人々の「公」、 「国家」といった精神性を感じた。 勝海舟は江戸城無血開城に関して、福沢諭吉から『 我慢の説』と して、幕府側に勝算がないからといって江戸城を明け渡したのは武士 の気風がないという批判をされたが、それに対して勝は「行蔵は我に 存す」として自分の行いは自分の信念によるものであり、批判や賞賛 は他人の主張で関係ないとした。江藤はその勝の「行蔵」とは、維新 により武士の給与がなくなり、明治政府も地盤が安定しない中で、い かにして国内の分裂を防ぐかということであったとしている。また、 「国 唯自亡」つまり国は外からではなく内から滅びていく、そのことに関 の持つ 時代感覚 に、深く共鳴した。賑やかな時代の中で感じる強 いう違和感。そして、 浮足立つ 日本を冷ややかに見つめて「自分の 世界と、現実の世界は一つ平面に並んでおりながら、どこも接触して いない」という。 「虚偽・軽薄」と日本を糾弾する彼の心に、現代社会 を生きてきた かつての私 がぴったりと重なった。 かつての私もまた、自分と現実との間に接点を見いだせず、苦しみ もがいていた。同じ闇の中にいる時は、その闇を見つめる勇気がなく、 漱石を毛嫌いしていた部分があったと思う。怖くて深入りできなかっ た。でも今回、自分がそれとはまったく違う世界にいるという実感が あった。現実に対する確かな手応え。この闇に引きずられない強さが ある。それは、 神の現実 の中で養われた 新しい価値観 ( 生き方 ) の持つ強さかもしれないと思った。 して危機感を抱いていたとしており、勝の中には旧幕府、新政府、不 平士族といった軸は存在せず、「公」、「国家」といったものに対する忠 誠しかなかったとしている。 私はあるきっかけで幕末、明治維新期の思想に興味が湧き、何冊か 本を読んだりしていたが、そこに共通するのが「公」という軸に基づ く思想であったり、実践主義に基づく学問のレベルの高さであった。 例えば、 『 「時代の先を見抜いた 1000 円札の孤独」 我慢の説』において勝を批判した福沢も開国か鎖国かを論 じた『開鎖論』において、大事なのは開国することではなく、現状を (京都家庭集会 I S ) 把握し国家の独立を維持するためにどういう手段を取るべきかだと論 私と夏目さん とも言っている。また、水戸藩士であった会沢正志斎は、『新論』にお いは、小学生の 握 ( 一部には誤りもあるが ) し、それに基づいて西洋列強がこれから 彼は、いつも父 らないということをペリーが来航する 28 年前に論じている。そのよ ありがたい存在 という軸を中心とした思想というのが伺えると思う。 1000 円札=夏 は現在の私たちに受け継がれているのだろうかという疑問が湧いた。 と夏目漱石との 況であり、この強欲な経済の結果、よくアメリカで言われているよう 有名な名前や書物の題名は耳にしていたものの読むことはなかった。 は日本も例外でなく、次第にグローバル資本主義に まれている状況 パクトがあり、また、夏目漱石は孤独で生涯を終えたのだと知った。 そらく経営者・資本家側と労働者側という 2 つの国民に分かれてしま 繊細であり、神経を患い、病気で亡くなった。苦闘にみちた人生だっ ということを感じることが出来るのだろうか。それは、まさしく勝が 亡くなった事が印象的であった。 いだろうか。当時の幕末に活躍した人たちは、時には血を流し、 「公」 いた。それこそ夏目漱石と通じるものがあるという作者の一文からも、 てきた国の上に今暮らしている私たちは当時の人たちの「公」のため いたからこそ、絶望感をあじわっていたのだと感じた。 じており、国家の独立を維持するために鎖国が必要なら鎖国をすべき との最初の出会 いて当時日本に漂流してきた外国人に聞き取りをして、世界情勢を把 頃だった思う。 日本に迫りくるかもしれないので、それに対して準備をしなければな から支給される うな例を見てみても当時の実践主義に基づくレベルの高い学問や、 「公」 であった。 私はこの読書会を通してそのような日本人の「公」といった精神性 目漱石それが私 現在はグローバル資本主義という強欲な経済が世界を席巻している状 最初の出会いである。まともに勉強してこなかった私は、夏目漱石の な「99%の富を 1%の人が握る」という格差社会になっている。それ 今回、夏目漱石についての解説を聞き、孤独という言葉が一番イン であると思う。そのように日本国内でより格差が広がっていけば、お 有能であり、この日本を背負い、担う存在であった人物であったが、 うのではないかと思う。そのような状況において果たして「公」 「国家」 、 たのだろうと思う。そういう有能な人材が、世の中に光をみいだせず 危惧していた「国唯自亡」つまり国内分裂ということに繋がりかねな ゲッセマネで、弟子たちが眠り込んでいるのにイエスだけが祈って のために身を粉にしてきて、国を守ってきた。そのようにして守られ 漱石は、外国やその当時の日本の現状を見、この時代の先を見抜いて という強い思いを忘れてはないだろうかと感じた。こういう危機的な 状況であるからこそ、今一度、勝海舟や当時の人たちの精神性を学び、 実践していくべきではないかと思った。 読書会のテキスト