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昆虫機能利用研究 - 農業生物資源研究所

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昆虫機能利用研究 - 農業生物資源研究所
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昆 虫 機 能 利 用 研 究
竹 田 敏
著
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まえがき
“十年一昔”と言われる。今から一昔前にあたる 1996 年(年度)に COE
「昆虫機能利用研究」研究プロジェクトは始まった。そして、今年度終わり
を迎える。
COE 研究プロジェクトは、正式には COE(Center of Excellent:中核研究
拠点)育成制度というもので、1993 年、文部科学省に移行する前の科学技術
庁が制度化した。その趣旨は、
「公的研究機関における特定の研究領域の水
準を世界最高レベルにまで引き上げることを目的として、科学技術振興調整
費を活用することにより、当該領域における基礎研究を柔軟で競争的な環境
の下で強力に実施することを通じて COE の育成を支援するもの」とある。
対象となる研究機関は、自然科学系のものに限られたが、制度が発足した
1993 年から、募集がなくなった 1998 年までに 10 機関が選定された。農林水
産省関係では、独立行政法人になる前の農業生物資源研究所が 1994 年に『植
物ゲノム機能研究』で、さらに、2 年後の 1996 年に蚕糸・昆虫農業技術研究
所が『昆虫機能利用研究』で選ばれた。
私は、10 年前、蚕糸・昆虫農業技術研究所が「昆虫機能利用研究」をプロ
ジェクトとして提案した際、メンバーの一人として関わった。また、2001 年
にこの COE プロジェクトが後期に移行してからは総括責任者として研究推
進の運営に当たってきた。
10 年前当時、科学技術庁に出したプロジェクト提案書の前書きは、以下の
ようなものである。今では、やや陳腐となった内容から、当時この研究分野
がまだまだ発展途上にあったことを示していて興味深い。
「昆虫類は 4 億年という長い進化と適応の過程で、様々な特異的生体機能を
選択的に獲得、発達させ、極寒地や砂漠を含めた全地球的規模の繁栄を築い
昆虫機能利用研究●
1
てきている。これら昆虫種に秘められた特異的生体機能は、人類にとって 21
世紀最大の未知の生物資源として、無限の可能性を与えるものとして注目を
浴びている。
また、近年の遺伝子解析やその組換え技術等のバイオテクノロジーならび
に分析技術の著しい進展によって、昆虫の持つ特異的機能の有用性に関する
新知見が次々と得られるようになり、新産業創出分野における未開拓最大の
生物資源としての昆虫類への期待が急激に大きくなってきた。たとえば、昆
虫ウイルスの遺伝子発現を利用した希少有用タンパク質の効率的生産手法の
開発、昆虫の特異的食物利用機能を利用した農畜産廃棄物の資源的再利用シ
ステムの構築・昆虫の感覚機能や運動機能を模倣するセンサーやマイクロマ
シーンの開発など、生物利用の新たな産業(新昆虫産業)の創出が期待され
るようになってきた。
以上のような背景のもと、①近年の地球的規模の環境問題に対する厳しい
社会的要請から、生物を利用した新材料・バイオマテリアルの創出を基調と
した研究開発が重要視されていること、②無限の環境適応能力を獲得してき
た昆虫類の生物機能を解明、利用することにより、多くの創造的技術の開発、
ひいては新産業の創出につながることを確信し、
『昆虫機能利用研究』を
COE 化設定領域とした。」
科学技術庁(現文部科学省)は、COE 育成制度に選ばれた研究機関に対し、
10 年間にわたって予算を充当する。しかし、前半の 5 年間と後半 5 年間では
位置づけも異なり、文部科学省が支援する内容も充当する予算の規模も大き
く違っている。前期 5 年間では、研究所に対し、COE 領域として設定した分
野の試験研究を集中的に推進させるため、巨額の予算が重点的に充当され
る。「昆虫機能利用研究」には、毎年約 4 億円が 5 年間にわたって充当された。
一方、後期 5 年間は、前期に得られた成果の発信とシンポジウム開催等が主
になり、基本的には試験研究費というものはない。支援される予算額も前期
2 ●昆虫機能利用研究
の 10 分の 1 程度である。しかし、COE 育成制度の趣旨としては、試験研究
費が充当されない後期についても、その研究分野での中核研究拠点を目指す
という COE 構想の実現に向けて継続して努力することが求められている。
巨額な試験研究費の充当がなくなる COE 後期では、課題担当者自身が研
究費を獲得し、研究を進めることになる。幸い、農業生物資源研究所、さら
には所轄省庁である農林水産省には、COE 前期の成果にもとづき、関連のプ
ロジェクトの立ち上げ、外部競争資金の獲得環境の醸成などに尽力していた
だいた。そのお陰で、平成 15 年度からは、
“21 世紀最大の未利用資源活用の
ための「昆虫テクノロジー研究」”プロジェクトが立ち上げられ、COE 前期
の課題担当者の多くが参画し、COE プロジェクトの研究内容が引き継がれた。
この成果概要は、農業生物資源研究所アグリバイオサイエンスシリーズ第
3 集として刊行することになった。本文、内容については、私が書き下ろし
たことになっているが、その元となっているのは、各課題担当者自身が書い
た COE 後期最終報告原稿で、それに関連した論文、総説を参考に、私が一
方的にリライトしたものである。したがって、成果概要の内容、記載などに
間違い、不都合などあれば、それは一切、私の責任であることを明記してお
きたい。なお、文部科学省に提出する正式の最終成果報告書は別途作成する
ことになっている。
平成 18 年 3 月 6 日 COE「昆虫機能利用研究」プロジェクト
後期総括責任者 農業生物資源研究所 昆虫新素材開発研究グループ長
竹田 敏
昆虫機能利用研究●
3
昆虫機能利用研究
目 次
第10章 さまざまな機能を解明する
1.カイコゲノム概要塩基配列の解読 ……………………………
7
ゲノムとは 7 /ゲノム解析研究の進展 8 /カイコゲノム研究 8 /
WGS 法とカイコゲノムドラフト解読の達成 9 / WGS 法で解読され
たカイコゲノム情報の質 11 / BAC コンティグの精密化とゲノム情
報の統合 12 /カイコとクワコのミトコンドリアゲノム 16
2.昆虫の生体防御機構を利用する ……………………………… 20
昆虫の生体防御機構と抗菌性ペプチド 20 /ダニ、ハスモンヨトウか
らの抗菌性ペプチドの単離とその性質及び構造 21 /抗菌性ペプチ
ドの作用機構 22 /抗カビペプチドの単離とその性質及び構造 23
/抗ウイルスタンパク質の単離とその性質 24 /抗菌性ペプチドの
臨床への応用 24 /抗菌性ペプチドの改変 25 /D型人工抗菌ペプ
チドの作製と効果の増強 27 /抗菌ペプチドの応用例としての創傷
被覆材 28
3.ホルモンで昆虫の発育を制御する …………………………… 31
脱皮ホルモン生合成抑制ペプチド 32 /変態期における脱皮ホルモ
ンの分子作用 34 / JH の発育制御作用−遺伝子組換えカイコによる
早熟変態の誘導− 38
4.排泄物を絹タンパクにリサイクル−カイコ窒素代謝の不思議−
……………………………………………………………… 43
カイコのアンモニア同化系 43 /カイコ GOGAT とその発現制御 45
4 ●昆虫機能利用研究
/飼料に依存したカイコの尿素代謝 47
5.植物は乳液で昆虫から身を守る −昆虫と植物との餌を介した
せめぎ合い− …………………………………………………… 50
イボタガとイボタノキにみられる攻防 50 /エリサンバイオアッセ
イ法 51 /乳液成分と植物の生体防御 53 /クワの乳液成分がカイ
コ以外の昆虫に毒 54
第2章 産生物を利用する、運動機能を知る
1.バイオマテリアルとしての絹タンパク質とその利用 ……… 57
絹タンパク質の特性とこれまでの素材利用 57 /絹タンパク質スキ
ンケア製品の市場化 59 /シルクフィブロインスポンジの開発と利
用 60 /スポンジ構造体とその物性 62 /再生医療用材料としての
可能性 63 /絹フィルムの生分解性 65
2.昆虫キチンを利用する ………………………………………… 66
キチンとは 66 /昆虫キチンの特性 67 /昆虫キチンの細胞培地へ
の利用 67 /昆虫キチンミクロスフェア 69 /高分子ミクロスフェ
アと DDS への利用 70
3.カイコガの飛翔動作をみる微小電極 ………………………… 72
昆虫の飛翔行動 72 /シリコン微小電極からエポキシ樹脂製電極へ 73
/微小電極の製作プロセス 74 /微小電極によるカイコ筋電位測定 75
/ゴキブリ脳における匂い情報の伝達と処理 76
第 3 章 昆虫で有用物質をつくる
1.カイコで哺乳類型の糖タンパク質を作る …………………… 79
AcNPV と piggyBac を併用した新たな形質転換法 79 /複合型糖鎖合
成酵素遺伝子の導入と糖タンパク質の糖鎖構造 81 /バキュロウイ
ルスベクターの効率化 84
昆虫機能利用研究●
5
2.メチオニンを介さないカメムシウイルスの翻訳開始機構 … 86
IGR-IRES の構造 87 /リボソームにおける IRES の結合部位 88 /ウ
イルス外被タンパク質遺伝子コード領域の重要性 89 /ウイルス以
外の生物における IRES 翻訳開始の有無 89
3.脱皮ホルモン受容体の機能メカニズム ……………………… 92
EcR アイソフォームのショウジョウバエ全身での一過的発現 93 /
Tv ニューロンの再構築への EcR 過剰発現の影響 94
4.カイコを用いて有用タンパク質を生産する:「昆虫工場」… 96
「昆虫工場」の出発点 96 /「昆虫工場」の実用化例 97 /有用タンパ
クの発現と抽出・精製プロセスの改良 98 /凍結融解血液採取法の改良
とカイコハンドリングロボット 100 /「昆虫工場」の実証試験 102
6 ●昆虫機能利用研究
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第1章
さまざまな機能を解明する
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第1章 さまざまな機能を解明する 1.カイコゲノム概要塩基配列の解読
ゲノムとは
われわれヒトの体は約 60 兆の細胞からできている。一方、細菌や原生動物
のように単細胞からなる生物もいる。しかしながら、ヒトの体も、単細胞生
物の体も、発生の基本的仕組みは同じで遺伝子発現が積み重なった結果であ
る。生物におけるそのような個体発生の設計図というべきものがゲノムであ
る。
遺伝子は、細胞の中にある染色体の上にあり、その本体はデオキシリボ核
酸(DNA)と呼ばれる分子である。DNA は、アデニン、チミン、シトシン、
グアニンという 4 種類の塩基が並んだ構造をしていて、この塩基の組み合わ
せの中に遺伝子情報が含まれている。ゲノムという言葉は、細胞核の中の染
色体に存在する遺伝情報全体を示す言葉として使われる。
ヒトゲノム研究のように、医療に役立てるという明確な目的を持つものも
あるが、ゲノム研究とは、生物自体が持っている個体発生の設計図を解読す
ることにより、機能解明のための基礎データを得るのが目的である。ゲノム
の大きさは、構成している塩基対数(bp)で表すが、生物によって異なって
いる。ヒトでは約 30 億、脊椎動物としてはヒトについで概要ゲノム配列が報
告されたフグが約 4 億 bp となっている。また、植物では作物の代表イネが、
ヒトの 7 分の 1 の約 4.3 億 bp、ゲノムサイズが顕花植物では最小ということ
で植物ゲノム研究のモデルとなっているシロイヌナズナでは 1.3 億 bp であ
る。
昆虫では、モデル生物として知られるショウジョウバエで 1.8 億 bp、カイ
コが 4.9 億 bp である。なお、ゲノムのサイズが大きいからといって、その生
物が系統発生的に高等であるとは限らない。
昆虫機能利用研究●
7
第1章 さまざまな機能を解明する
ゲノム解析研究の進展
ウイルス以外の生物のゲノムの全塩基配列が最初に解読されたのはインフ
ルエンザ菌で、1995 年のことである。この細菌のゲノムサイズは 183 万 bp
で、現在の DNA シーケンサーの最上位機種の解読能力が 1 日あたり 50 万 bp
であるから、それを用いればわずか 4 日で解読できるほどの大きさである。
その後、1997 年までに、らん藻、メタン細菌、大腸菌、1350 万 bp の酵母な
ど、よりゲノムサイズの大きな 8 種類の微生物で解読が達成された。
医学への応用が期待されるヒトゲノムの解読は、1990 年からアメリカ国立
衛生研究所 (NIH)、中心とした国際研究チームにより本格的に開始された。
30 億 bp の巨大なヒト全ゲノムの解析は、23 対ある染色体をアメリカ、イギ
リス、ドイツ、フランス、中国、日本の各国から結成された国際チームが分
担して進めたが米民間企業のセレーラジェノミクスが全ゲノムショットガン
シークエンシング(WGS)法と呼ばれる新たな解析手法により参入した。両
者間で妥協が成立し、2000 年にゲノム全体の 87%を解読した段階で「概要版」
を発表した。その後、国際研究チームはさらに詳細な解析を進め、2003 年 4
月には、全ゲノムの 99%にあたる 28 億 3,000 万 bp の配列を 99.99%以上の
精度で解読した。さらなる情報学的解析から、ヒトゲノムの遺伝子数は約 3
万 2,000 と予測された。
カイコゲノム研究
昆虫では最初に、ショウジョウバエで WGS 法によるゲノム解読が 2000 年
に達成された。その後、WGS 法が他の昆虫ゲノム解析にも適用され、2002 年
にはマラリアを媒介する重要衛生害虫ハマダラカ、2004 年にはカイコとなら
ぶ有用昆虫ミツバチのゲノム配列が公開された。
その一方で、カイコが含まれる鱗翅目昆虫のゲノム解読については進展が
遅れていた。カイコゲノム解読の重要性については、前著『昆虫機能の秘密
で』も詳しく述べたとおりであるが、ゲノム解読に必要な集中的予算投入が
8 ●昆虫機能利用研究
第1章 さまざまな機能を解明する なされなかったことが、進展が遅れた一つの原因である。
COE プロジェクトの中では、カイコゲノム研究は、昆虫ゲノム研究チーム
安河内祐二主任研究官による BAC ライブラリを構築する課題が進められて
いた。COE 後期では、昆虫ゲノム研究チーム長・三田和英氏のグループが加
わり精力的に進め、2004 年 2 月には、農林水産省の『昆虫テクノロジー』研
究プロジェクトの中で、WGS 法によるドラフトの解読に成功した。
WGS 法とカイコゲノムドラフト解読の達成
三田氏が中心となって進めた WGS 法の裏付けとなったのは、2002 年補正
予算 5 億円である。WGS 法によるカイコゲノム解読は以下のようなもので
ある。まず、カイコ品種としては、p50T(大造という中国種を純系化した系
統)を用いた。このカイコの 5 齢 3 日日の絹糸腺細胞より DNA を抽出し物
理的裁断により断片とした後に、2 ∼ 3kb および 7 ∼ 10kb の大きさの DNA
画分を得る。
カイコホールゲノムショットガン(WGS)法の概略(提供:三田和英氏)
これらの DNA 断片集団をプラスミドベクターにつなぎ、大腸菌を形質転
換させる。こうして得られた大腸菌形質転換体をランダムに選び、塩基配列
を解析する鋳型 DNA を得て、高速自動シーケンサーにより、片っぱしからそ
昆虫機能利用研究●
9
第1章 さまざまな機能を解明する
れらの DNA 断片両端の塩基配列を読む。このようにして得られた DNA 塩基
配列のうち、質的にも信頼できると判断された 500bp 以上の長さの配列約
284 万個を選び出した。解読に用いた塩基配列データは合計するとカイコゲ
ノムサイズの 3.5 倍に相当する約 17 億塩基であった。しかしながら、図から
も明らかにように、WGS 法という手法の特性から、得られた DNA 断片がカ
イコゲノムのどの位置に由来したものかまったくわからない。
次は、280 万個にも及ぶ約 500 塩基対の配列の重ね合せるプロセスである。
一般的にこの操作は単に AGCT という塩基のディジタル信号を重ねるのでは
なく、シーケンサーが送り出す塩基配列の電気泳動パターンを重ねることに
なる。このことで、より精度の高い繋ぎ合わせが可能になる。カイコゲノム
中には、非常に多数の類似繰返し配列があることが知られている。このよう
な繰返し配列は生物種ごとに特徴があり、この情報を重ね合わせに用いるプ
ログラムに組み込むことによって、より正確なつなぎ合わせが可能となると
考えた。
日本ではそれまで 1 億塩基対を超えるゲノム解読に WGS 法を適用した
例はなかった。三田氏のグループはラーメンアッセンブラー(RAMEN
ASSEMBLER)と名づけられた、東京大学森下研究室で独自に開発されたプ
ログラムを用いて正しい重ね合わせを試みた。その結果、最大で 19kb、平均
長 1,790bp の重ね合わされた塩基配列が約 213,000 個得られた。また、DNA
の塩基配列がすべて読まれていないために完全には重ね合わされないもの
の、両端の配列がコンテイグ間をまたいでおり、繋がっていると推定される
スキャフォルドという塩基配列が約 4 万 9 千個得られた。最長のスキャフオ
ルドは 220kb、総計長は(4 億 bp)と見積もられ、カイコゲノムサイズ約 5
億塩基の約 80%が解読されたと判断された。
この塩基配列の総量は、500 × 284 万= 14.2 億 bp となり、カイコゲノム
5.4 億 bp の約 3 当量に相当している。
10 ●昆虫機能利用研究
第1章 さまざまな機能を解明する WGS 法で解読されたカイコゲノム情報の質
三田氏のグループは、WGS 法で解読されたカイコゲノムの塩基配列の精
度の検証を行っこの検証は、すでに同じカイコ品種 p50T の DNA を用い、別
途きちんと解読した塩基配列と WGS 法で得られた塩基配列を比較すること
で行った。5 種類の BAC クローンに対する比較結果をみると、BAC の総計配
列 658kb の 82%が WGS 法で得られたコンティグの塩基配列とほぼ正しく対
応していることがわかった。ここで対照として選ばれた BAC クローンはカ
イコゲノム中から繰返し配列の割合が低い、配列解読の容易なものであるこ
とを考慮しても今回 WGS 法で得られた塩基配列の精度の高いことがわかる。
次に、WGS 法で得られた塩基配列が、これまでクローン化されたカイコ由
来の種々の遺伝子をどの程度含んでいるのか検討した。その結果、これまで
データベースに登録されていた 50 個の既知遺伝子が、WGS 法で得られた配
列中に見いだされなかった例はまったくなかった。最も対応する配列領域割
WGS データと 11,202 個の独立 EST との照合
(提供:三田和英氏)
昆虫機能利用研究●
11
第1章 さまざまな機能を解明する
合が低かったのは、絹タンパク質フィブロインH鎖で 16%であった。一方
で、フィブロインL鎖、エクダイソン受容体 Bl、トレハレースのように配列
が 100%、WGS 法のものに対応したものもあった。結局、50 個の既知遺伝子
のうちの大多数が 60%以上の領域で対応した配列あることがわかった。
フィブロインH鎖が、他のものに較べ極端に低かったのは、このタンパク質
遺伝子が特殊な繰返し塩基配列を持っていて、RAMEN プログラムがうまく
適用されなかったものと推察された。
このように、今回 WGS 法によって解読したカイコゲノムは、十分に有用性
が高く、今後のカイコゲノム研究の第一段階で用いる資源として十分利用価
値がある、と三田氏のグループは評価している。WGS 法による塩基配列解
析結果は、地図情報を全く含んでいないので、得られた配列情報あるいはス
キャフオルドがゲノム中のどの箇所に由来するものなのかはわからない。今
後は、塩基配列が明らかな目印(マーカー)を遺伝解析により作成すること
によって、ゲノム上の位置を決めていく必要がある。
日本のカイコゲノム解読に遅れること 10 か月、中国の西南農業大学を中心
とした研究グループがやはり WGS 法で配列解読を進め、その結果をサイエ
ンス誌に報告している。中国の解読は、カイコゲノムの 7 倍当量と言われ、
我が国の解読結果と統合することによって、より精緻な情報が構築されるも
のと期待されている。
BAC コンティグの精密化とゲノム情報の統合
COE プロジェクトの中で、安河内氏は PCR による遺伝地図、BAC ライブ
ラリーの構築を行ってきた。
2004 年 2 月に WGS 法によるカイコゲノム解読が達成された。また、急速
に発現遺伝子 EST 情報が蓄積してきている。しかしながら、一方で断片的な
ままにあるそれらのゲノム情報の全体像を明らかにするためには、染色体上
に統合・再構成する必要がある。そのための基盤として中核的な役割を持つ
12 ●昆虫機能利用研究
第1章 さまざまな機能を解明する ものが BAC(bacterial artificial chromosome)クローンにより作製されたコ
ンティグであると、安河内氏は強調する。安河内氏は、後期においては、最
近急速に進んだ、EST 解析、WGS 法によるゲノム情報を活用し、BAC コン
ティグを全染色体にわたり構築して、遺伝地図と遺伝子・EST および WGS
等のゲノム塩基配列との統合を試みた。
安河内氏が取った、BAC コンティグを全染色体に作製するための戦略は、
遺伝地図上のマーカーを用いて BAC ライブラリーを PCR でスクリーニング
するトップダウンの手法と、ゲノム塩基配列からマーカーを作出して遺伝地
図上に位置づけるボトムアップの手法を併用することだった。
トップダウン
遺伝地図
ボトムアップ
BAC コンティグ作製における安河内氏の戦略(提供:安河内祐二氏)
まず、トップダウン手法として、遺伝地図上のマーカーを用いた BAC コン
ティグの構築をおこなった。すでに発表したカイコ遺伝地図上の RAPD
(Random amplified polymorphic DNA)マーカーを用い、BAC ライブラリー
を PCR スクリーニングした。その結果、415 個の RAPD マーカーにより BAC
クローンをスクリーニングすることができた。これらのうち、288 個は遺伝
地図上の位置を確認でき、93.7%にあたる 270 個は予想された位置にマッピ
ングされた。このことは、RAPD マーカーが BAC クローンのスクリーニング
昆虫機能利用研究●
13
第1章 さまざまな機能を解明する
BAC-FISH 解析によるカイコ全染色体の一括認識(提供:北大大学院 佐原 健氏)
に有効な手段であることを示している。
トップダウン手法の 2 つめは、BAC クローンをプローブに用いた、カイコ
染色体の FISH 解析(Fluorescence in situ hybridization)である。この研究は、
北海道大学大学院応用分子昆虫学分野・佐原健助手らとの共同研究で進めた。
その結果、これまで誰もなしえなかったカイコ全染色体 28 本の一括認識に成
功し、染色体と遺伝地図の連鎖群の対応関係が明らかになった。
さらに、BAC クローンと古典的な連関群との対応づけとして、染色体地図
を交配実験から整備している九州大学遺伝子資源開発研究センターとの共同
研究により、2 から 3 個の突然変異形質を有するカイコ系統を利用し、分子
遺伝地図と古典的な形質マーカーによる連関地図の連鎖群の対応付けを行っ
た。
ボトムアップ手法としては、WGS 法による塩基配列を用いた BAC コン
ティグの構築と遺伝地図上への位置付けを行った。カイコ WGS データベー
ス KAIKOblast(http://kaikoblast.dna.affrc.go.jp/)に対して既知遺伝子や、
EST の相同性検索を行った。その結果、ゲノム上でシングルコピーと考えら
れた既知遺伝子・EST を含むゲノム塩基配列から STS を作出し、PCR スク
14 ●昆虫機能利用研究
第1章 さまざまな機能を解明する リーニングにより BAC クローンも単離して、コンティグを構築した。その
結果、324 個の既知遺伝子等と 75 個の EST を遺伝地図上にできた。
これらの、トップダウン、ボトムアップの手法から得られた結果は、染色
体別 BAC コンティグの構築に関して、次の表のようにまとめられる。
カイコ染色体別の BAC コンティグ構築ならびに連鎖解析結果の要約
連鎖群
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
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13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
P
U
BAC コンティグ上の
遺伝距離 コンティ
全クロー カバー率 コンティグ 間
ギャップ の平
(cM)
グ数
ン数
(%)
既知遺伝子 EST クローン数
均長(Mb)
98.4
100.3
114.1
130.8
105.8
96.1
156.7
131.8
110.4
98.5
155.3
106.3
110.0
116.2
144.2
107.5
115.5
134.2
102.3
104.0
105.8
117.2
115.3
165.9
107.0
93.7
92.0
108.8
23
12
19
20
21
25
17
22
21
29
25
14
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31
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11
16
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6
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3
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2
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4
0
3
6
8
1
3
1
2
1
1
4
4
0
113
187
273
146
186
374
106
135
119
220
202
125
147
104
224
109
117
114
109
73
84
93
158
104
104
80
74
82
625
525
765
925
906
767
677
864
769
865
1505
866
819
641
1062
792
849
724
782
770
725
859
956
1300
818
602
531
527
18.08
35.62
35.69
15.78
20.53
48.76
15.66
15.63
15.47
25.43
13.42
14.43
17.95
16.22
21.09
13.76
13.78
15.75
13.94
9.48
11.59
10.83
16.53
8.00
12.71
13.29
13.94
15.56
0.655
0.598
0.566
0.854
0.753
0.348
0.730
0.730
0.680
0.495
1.153
1.137
0.672
0.727
0.603
0.683
0.842
0.585
0.775
1.234
1.229
1.037
0.656
1.449
0.913
0.667
0.701
0.788
小 計 3224.1
544
324
75
3962
23027
17.21
0.805
未マップ
355
148
60
1370
総 計
899
472
135
5332
5.95
23.16
0.453
(提供:安河内祐二氏)
昆虫機能利用研究●
15
第1章 さまざまな機能を解明する
安河内氏は、一応、カイコの遺伝地図および物理地図の基盤は確立できた
ものと考えている。今後の研究の展開については、ゲノム塩基配列、遺伝子・
EST、突然変異形質等の情報を、確実で各種情報の矛盾点を検証可能な基盤
としての BAC コンティグ上に位置づけることにより、ゲノム情報を統合す
ることを必要としている。また、遺伝地図情報に基づいた遺伝子単離を容易
にするため、染色体ごとに整列化された BAC コンティグを整備する必要が
あると考えている。
カイコとクワコのミトコンドリアゲノム
分子進化研究チーム主任研究官の行弘研司氏は COE プロジェクト前期に
おいて、絹タンパク質フィブロイン遺伝子の構造に着目し、類縁絹糸虫類の
遺伝子との比較解析を進めた。その結果、サクサンのフィブロイン遺伝子の
全構造の決定に成功した。これまで、フィブロイン遺伝子の全構造について
は、カイコを含め決定されてなく、カイコと同時に世界でも最初に報告され、
大きな成果と評価された。
WGS 法によりカイコゲノムが解読され、その情報が公開されているが、ゲ
ノム情報を高度に利用するためには、DNA レベルの多様性について知見の
蓄積が必要である。行弘研司氏は、究極的にはカイコの家畜化起源を知るこ
とを目的に、カイコとその最も近縁種であるクワコを材料にして核ゲノムと
は他に、ミトコンドリアゲノムの多様性について比較し検討した。
細胞内小器官として知られているミトコンドリアは、核とは別な、独自の
DNA セット、つまりゲノムを持っている。人間を含め、雄と雌ともそれぞれ
ミトコンドリア DNA(mtDNA)を細胞に持っているが、子孫に受け継がれ
るのは雌由来のものだけである。この仕組みについては分っていない。カイ
コの祖先種と考えられている日本産クワコは、カイコより 1 本少ない 27 本の
染色体を持っている。カイコの染色体が 28 本であるのは、クワコの 1 つ染色
体から切断したからとされている。
16 ●昆虫機能利用研究
第1章 さまざまな機能を解明する 行弘氏は、mtDNA の分子比較をカイコ(中 107 号)と日本各地から採集
したクワコを用いて行った。カイコと日本産クワコの mtDNA を部分的に重
なる複数の DNA 断片として増幅・単離し塩基配列を決定した。カイコ、ク
ワコのミトコンドリアゲノムのサイズは、それぞれ、15,656、15,928bp で、
DNA 上には 13 のタンパク質をコードする遺伝子、2 つのリボソーマル RNA
遺伝子、22 種の tRNA 遺伝子が存在していた。また、それらのゲノムにおけ
る配置パターンにカイコ、クワコ両者での差はなく、ショウジョウバエのミ
トコンドリアの遺伝子配置と比べても、メチオニン tRNA 遺伝子の転座だけ
が違っているだけだった。
カイコ・クワコ間においてタンパク質コード遺伝子、リボソーマル RNA 遺
伝子にはその大きさに顕著な差は見られないが、tRNA 遺伝子のうちの 4 種に
おいてループ領域の大きさに変異がみられた。また、DNA 複製および転写
開始に深く関わる A+T-rich 領域(コントロール領域)の大きさが違っていた。
カイコと日本産クワコのミトコンドリア DNA の遺伝子配置
(提供:行弘研司氏)
昆虫機能利用研究●
17
第1章 さまざまな機能を解明する
これは長さ 126bp の断片がカイコでは 1 度出現するのに対して、クワコでは
3 度繰り返していることに起因する。
カイコ、クワコ mtDNA の塩基置換パターンは、仮想的 DNA 合成開始点
から離れた遺伝子ほどカイコ、クワコでも変異が大きかった。これは、ショ
ウジョウバエで見られる傾向と一致しなかった。
行弘氏は、カイコと日本産クワコの mtDNA の分岐年代を nad5 遺伝子の部
分塩基配列から約 700 万年前と推定した。カイコは、染色体が 28 本の中国産
クワコから約 5,000 年前に分岐し、家畜化されたと考えられている。今回の
結果は、それにはるかに遡る 700 万年に中国産クワコと日本産クワコが分岐
していたことを示している。
33 のカイコ系統において、ミトコンドリア cox1 遺伝子部分配列について
多型を調査したところ、多型性は極めて低く、日本産クワコ 15 個体について
も同様な結果を得た。ミトコンドリア遺伝子は、一般的に核ゲノムの遺伝子
より多型に富む傾向があるとされている。行弘氏は、カイコ・日本産クワコ
間における核ゲノムにある遺伝子 og について多型を調査したところ、ミトコ
ンドリア遺伝子の多型よりも有意に高かったという結果を得ている(行弘、
私信)。ミトコンドリア遺伝子の多型性を著しく低下させる要因の一つとし
て、共生細菌であるウォルバキアが引きおこす細胞質不和合性があげられ
る。ウォルバキアによる細胞質不和合性、オス殺し、メス化などの現象は、
さまざまな昆虫種で確認されている。そこで、行弘氏は予備実験的ではある
が、カイコ、クワコにおける PCR によるウォルバキアの感染について検討し
た。その結果、興味あることにカイコは感染兆候は見られなかったが、クワ
コでは約 40%でウォルバキアの感染を示す PCR の増幅が見られた。行弘氏
は、ミトコンドリアの cox1 部分配列に基づく分子系統樹からウォルバキア
が誘発する細胞質不和合性はカイコと日本産クワコが分岐したそれぞれ独立
に生じたものと推測し、今後、カイコがクワコから家畜化した起源を探る上
でもウォルバキアの感染に関する研究が必要になると考えている。
18 ●昆虫機能利用研究
第1章 さまざまな機能を解明する 【主要文献】
Mita, K., Kasahara, M., Sasaki, S., Nagayasu, Y., Yamada, T., Kanamori, H., Namiki, N.,
Kitagawa, M., Yamashita, H., Yasukochi, Y., Kadono-Okuda, K., Yamamoto, K.,
Ajimura, M., Ravikumar, G., Shimomura, M., Nagamura, Y., Shin-I, T., Abe, H.,
Shimada, T., Morishita, S. and Sasaki, T. (2004) The Genome sequence of
silkworm, Bombyx mori. DNA Research 11, 27-35.
三田和英(2005)「昆虫ゲノム情報の利用:昆虫ゲノム解析の現状と昆虫遺伝子探索
の方法、利用できるデータベース(分担執筆)
」、
『昆虫テクノロジ−研究とその
産業利用』(川崎、木内、野田編)シーエムシー出版、pp.35-46.
Sahara K., Yoshido, A., Kawamura, N., Ohnuma, A., Abe, H., Mita, K., Oshiki, T.,
Shimada, T., Asano, S., Bando, H. and Yasukochi, Y. (2003) W-derived BAC probes
as a new tool for identification of the W chromosome and its aberrations in Bombyx
mori. Chromosoma 112: 48-55.
Yasukochi, Y., Banno, Y., Yamamoto, K., Goldsmith, MR. and Fujii, H. (2005)
Integration of molecular and classical linkage groups of the silkworm, Bombyx
mori (n = 28). Genome 48: 626-629.
Yukuhiro, K., Sezutsu, H., Itoh, M., Shimizu, K. and Banno, Y. (2002) Significant levels
of sequence divergence and gene rearrangements have occurred between the
mitochondrial genomes of the wild mulberry silkmoth, Bombyx mandarina, and its
close relative the domesticate silkmoth Bombyx mori, Mol. Bio. Evol., 19: 13851389.
昆虫機能利用研究●
19
第1章 さまざまな機能を解明する
2.昆虫の生体防御機構を利用する
昆虫の生体防御機構と抗菌性ペプチド
広い意味で免疫反応と呼ばれる抗原−抗体反応は、我々ヒトを含む脊椎動
物の生体防御の主役である。しかし、昆虫には、脊椎動物に見られるような
抗原抗体反応は見つかっていない。昆虫は、抗原−抗体反応のような後天的
免疫機構とは別な生体防御機構、生まれつきに備わっている先天性免疫機構
を強化することで身を守っている。先天性免疫は、昆虫だけでなくヒトのよ
うな脊椎動物においても、初期感染に対して発動する重要な防御系として役
割を果たしている。 昆虫の先天的免疫機構のもっとも重要な手段の一つは、さまざまな微生物
に対して殺菌、不活性化作用を持つ物質を獲得したことである。中でも抗菌
性ペプチドを中心とした、抗微生物作用を持つペプチドやタンパク質は、わ
れわれ人類や家畜などの病気への利用性の点からも注目されている。
細菌の侵入に対し誘導される抗菌性ペプチドの研究は、スウェーデンの
Boman らのグループによって始まった。1980 年代前半のことで、セクロピ
アサンと呼ばれる大型鱗翅目から抗菌性ペプチドが単離され、蛾の名前にち
なみセクロピンとつけられた。我が国においても、当時の東京大学薬学部名
取俊二氏のグループがニクバエの仲間で、また、蚕糸・昆虫農業技術研究所
(当時)の山川稔氏のグループがカイコやカブトムシの仲間を用いて、探索
と単離を進めてきた。その結果、現在では抗菌性ペプチドは、多岐の目にわ
たる様々な昆虫種においても発見され、報告されている抗菌性ペプチドは
170 種類以上とされる。
先天的免疫研究チーム長・山川稔氏らのグループは、COE プロジェクト
前期でカイコやカブトムシの幼虫液から新規のものを含む複数の抗菌性ペプ
20 ●昆虫機能利用研究
第1章 さまざまな機能を解明する チドを単離し、その機能解析と利用開発を検討してきた。
COE 後期においても山川氏は、新たな昆虫の生体防御タンパク質を探索と
機能解析を目指して研究を進めてきた。具体的には、細菌、カビ、ウイルス
など微生物全般に対して効果ある昆虫生体防御タンパク質の単離、アミノ酸
配列の解析、cDNA のクローニングなどからそれらのタンパク質の性質を調
べることである。山川氏のグループが今回、新たな生体防御タンパク質探索
の材料としたのは、ダニ、ハスモンヨトウ、タイワンカブトムシ、カイコな
どである。
ダニ、ハスモンヨトウからの抗菌性ペプチドの単離とその性質及び構造
山川氏の研究グループは、これまで抗菌性ペプチドが知られていないダニ
類について、カズキダニを用い抗菌性ペプチドの有無を検討した。カズキダ
ニは、ヒメダニ科に属するマダニとともに比較的普通のダニで、成虫の体長
は 4 ∼ 12㎜ になる。このダニは草むらに潜み、寄主となるイヌやネコから複
数回吸血する。山川氏のグループはカズキダニの体液と中腸内容物から、4
種の抗菌性ペプチドを単離、cDNA をクローニング、ディフェンシン A、B、
C、D と命名した。これらのペプチドの遺伝子は主として中腸で発現してお
り、ダニが動物の血を吸うことにより発現が増加し、中腸ルーメンに分泌さ
れることがわかった。ダニディフェンシンはグラム陽性細菌を効果的に殺す
が、グラム陰性細菌には作用しないことが明らかとなった。ダニ類から抗菌
性ペプチドを物質として単離し、その性質を明らかにしたのは、山川氏らの
グループが最初である。昆虫でディフェンシン等の抗菌性ペプチドは主とし
て脂肪体で合成され、血液中に分泌されるのが一般的である。ところが、興
味深いことに、このダニにおいては中腸細胞で合成され中腸ルーメンに分泌
される。これについて山川氏は、動物の血液のみを栄養源とするダニでは、
中腸において細菌の侵入を阻止することが生存に重要な意味をもつものと推
察している。
昆虫機能利用研究●
21
第1章 さまざまな機能を解明する
ハスモンヨトウモリシンの立体構造(提供:山川 稔氏)
A:リボンモデル B:立体構造図 C:Bを 180º 回転させた図
鱗翅目昆虫ハスモンヨトウの体液からはモリシンが分離・精製された。モ
リシンは、山川氏のグループがカイコで最初に見つけた抗菌性ペプチドであ
るが、その後他の鱗翅目昆虫からも報告されている。ハスモンヨトウモリシ
ンはグラム陽性及び陰性細菌を殺すことができ、細菌の感染によりその遺伝
子発現が活性化されることを明らかにされた。ハスモンヨトウモリシンの 3
次元立体構造は、カイコ由来のモリシンと非常に似ていた。
抗菌性ペプチドの作用機構
昆虫において抗菌ペプチドは、普通、いつも体内に存在しているわけでは
なく、細菌の感染に対して速やかに、かつ一過的に合成され体液中に分泌さ
れる。抗菌性ペプチドが細菌のどの部位、どの機能に作用して、殺菌効果を
示すのかは、この分野の興味ある課題である。山川氏の研究グループは、抗
菌性ペプチドの標的部位が細菌の細胞膜であることをこれまでに明らかにし
ている。
細菌の細胞膜は、普通の細胞と同じように、脂質から構成される二重層か
らなり、その表面はホスフアチジルグリセロールやカルジオリピンなどの酸
性のリン脂質に覆われている。そのため、細胞膜自体は負に帯電している。
一方、抗菌性ペプチドは、リシンやアルギニンという塩基性アミノ酸を含ん
22 ●昆虫機能利用研究
第1章 さまざまな機能を解明する でいるものが多く、正の電荷を持っている。細菌の細胞膜へ結合した抗菌性
ペプチドは、膜透過性を冗進させることによって細胞内にあるイオン流出
や、それに伴う ATP の欠乏、さらには、イオンチャンネルに穴を空けること
によって細胞内容物の漏出を起こし死に至らせると考えられた。
抗カビペプチドの単離とその性質及び構造
山川氏のグループは、タイワンカブトムシ幼虫の体液から、植物病原糸状
菌であるイネ紋枯病菌に対する増殖抑制活性を指標にして、抗カビペプチ
ド、スカラベシンを分離した。この抗カビペプチドの分子量は 4,080 Da で、
細菌に対しての増殖抑制効果はほとんどなかったが、イネ紋枯病菌など植物
病原糸状菌の増殖は効率よく抑えることがわかった。データベースの検索で
は、スカラベシンのアミノ酸配列と相同性を示すようなタンパク質はなかっ
たが、部分的に既知のキチン結合ペプチドの配列と類似の配列がみられ、ス
カラベシンがキチンと結合する活性を示すことが示唆された。そこで、スカ
ラベシンを化学合成し、その立体構造を NMR 等で解析したところ、キチン
結合領域と思われる部位が、他のキチン結合ペプチドのものとよく似ている
ことが明らかとなった。
スカラベシンと他のキチン結合ペプチドのキチン結合領域の比較
(提供:山川 稔氏)
昆虫機能利用研究●
23
第1章 さまざまな機能を解明する
抗ウイルスタンパク質の単離とその性質
これまで、昆虫において抗ウイルスタンパク質は見つかっていない。山川
氏のグループは、カイコ幼虫の消化液を材料に、抗 BmNPV 活性を指標に抗
ウイルス活性を持つペプチドの精製を行った。昆虫のウイルスに対する生体
防御の研究が進まなかった原因の一つは、抗ウイルス活性を測定する手法が
煩雑であることがあげられる。山川氏は、BmNPV の多角体タンパクをコー
ドする遺伝子部分をルシフェラーゼ遺伝子に置き換えたウイルスを、同じ
COE 課題担当者の冨田秀一郎氏から提供してもらった。このウイルスを用
いることで、ルシフェラーゼ活性の測定からウイルス増殖を判定できる新し
い実験系を構築した。この実験系を用い、カイコ消化液より抗ウイルスタン
パク質の分離・精製を進めたところ、2 つのタンパク質が単離され、それら
のアミノ酸配列が推定できた。アミノ酸配列を、既知のタンパク質のアミノ
酸配列との比較により、それぞれリパーゼ及びセリンプロテアーゼと同定さ
れた。これら抗ウイルスタンパクの遺伝子発現は中腸のみでみられたが、
BmNPV による感染の有無とは関係なく恒常的に起こっていることが明らか
となった。しかし、その発現は 4 齢後半の脱皮期と 5 齢後半の 7 ∼ 8 日目に
は発現が消失していることから、ホルモンによる何らかの制御が示唆され
た。アミノ酸配列が明らかにされた昆虫由来の抗ウイルスタンパク質は、山
川氏のグループのよるものが初めての例である。
抗菌性ペプチドの臨床への応用
昆虫の抗菌性ペプチドは、これまで知られている抗生物質とは異なり、細
菌の細胞膜を直接破壊することで殺菌作用を示す。このことは、臨床医学の
領域においてこれまでの抗生物質に代わるものとしての応用が期待される。
臨床医学の現場で使われてきた抗生物質は、細胞壁合成阻害、タンパク質合
成阻害、核酸合成阻害、補酵素合成阻害などの作用を通じて細菌を殺すもの
だった。しかしながら、これらの抗生物質はいずれも使用の繰り返しによる
24 ●昆虫機能利用研究
第1章 さまざまな機能を解明する 薬剤耐性菌が出現する。わが国でも、メチシリンという抗生物質に耐性をも
つ MRSA とよばれる黄色ブドウ球菌が、院内感染対策からも大きな社会問題
となっている。昆虫の抗菌性ペプチドは、細菌の細胞膜を標的として物理的
に破壊するという特異的な作用機構を持つため、耐性菌が生じる可能性は低
いと考えられ、これまでの抗生物質に変わる有力なツールとなる可能性があ
る。
抗菌性ペプチドの改変
先天的免疫研究チームの石橋純主任研究官らのグループは、カブトムシや
タイワンカブトムシからディフェンシンを単離していた。このディフェンシ
ンは、グラム陽性細菌の黄色ブドウ球菌に対して殺菌作用があるだけでな
く、薬剤耐性細菌 MRSA に対しても抗菌活性を示した。43 個のアミノ酸から
構成されているこの抗菌性ペプチドは、ヒトや家畜の臨床薬としての抗生物
質として応用が期待できた。しかし、このようなペプチドを実際に臨床薬と
して用いるためには、いくつかの課題をクリヤーしなくてはならない。
まず、抗生物質としての適用範囲(スペクトラム)の拡大である。次に、
臨床分野への応用では特に重要なことであるが、抗原性を持たないというこ
とである。さらに、体内に存在する赤血球に対する溶血反応や、繊維芽細胞
やマクロファージに成長阻害など副作用を引き起こさないことも必須とな
る。
これらの課題を克服するため、石橋氏らのグループは、抗菌性ペプチドを
タンパク質工学的という手法で改変することにした。タンパク工学的改変と
は、ペプチド分子を切って短縮したり、ペプチドを構成しているアミノ酸を
置換したりして、ペプチドの高次構造を変えることによって、ペプチドの特
性を変えることである。
ディフェンシンの改変には、まずその殺菌作用がペプチド分子のどの部分
で発揮されているか、つまり活性中心がどこにあるのかを決定しなくてはな
昆虫機能利用研究●
25
第1章 さまざまな機能を解明する
らない。石橋氏らは、ディフェンシンの全アミノ酸配列をカバーするよう、
N 末端側から 12 個ずつのアミノ酸からなるオリゴペプチドを合成し、活性を
みることにした。それぞれのペプチドは、ペプチドの C 末端側にアミド基を
持つものと、持たないものの 2 種類を作製した。結局、それらの合成ペプチ
ドのうち、アミド基を持つものの中に一つだけ、非常に強く黄色ブドウ球菌
の増殖を抑制するものが見つかった。この部分がディフェンシン 43 個のア
ミノ酸のうちの活性中心部位と推定され、α- ヘリックスに相当する部分で
あった。この合成部分ペプチドは活性はそれほど高くないが、グラム陰性菌
である大腸菌に対しても抗菌活性を示すようになり、タンパク質改変という
操作で、抗菌スペクトルの拡大という効果が得られたことを示している。
活性中心と想定された 12 個アミノ酸のペプチドを基本にして、さらに長さ
を縮め 9 個のアミノ酸からなるペプチドを人工的に作った。得られたペプチ
ドのうち、もっとも活性の強かったペプチドを基本構造としてさらに 5 種類
のペプチドをデザインした。その結果、Ala-Leu-Tyr-Leu-Ala-Leu-Arg-Arg-ArgNH2 というアミノ酸から構成されるペプチドが黄色ブドウ球菌、MRSA、大
腸菌、緑膿菌に対して抗菌効果を示した。これらのペプチドの抗菌作用を、
細菌と同じ膜成分の人工膜を用いて調べたところ、内容物がほぼ 100%漏出
することが確認され、人工ペプチドが細菌膜のイオンチャンネルに穴を空け
て細菌を殺すことが示唆された。
カブトムシデフェンシン及び改変ペプチドのアミノ酸配列
Val-Thr-Cys-Asp-Leu-Leu-Ser-Phe-Glu-Ala-Lys-Gly-Phe-Ala-Alaカブトムシディフェンシン
Asn-His-Ser-Leu-Cys-Ala-Ala-His-Cys-Leu-Ala-Ile-Gly-Arg(43 個のアミノ酸からなる)
Arg-Gly-Gly-Ser-Cys-Glu-Arg-Gly-Val-Cys-Ile-Cys-Arg-Arg
活性中心部分
ペプチド A
ペプチド B
ペプチドC
ペプチドD
Ala-His-Cys-Leu-Ala-Ile-Gly-Arg-Arg-NH2
Arg-Leu-Tyr-Leu-Arg-Ile-Gly-Arg-Arg-NH2
Arg-Leu-Arg-Leu-Arg-Ile-Gly-Arg-Arg-NH2
Ala-Leu-Tyr-Leu-Ala-Ile-Arg-Arg-Arg-NH2
Arg-Leu-Leu-Leu-Arg-Ile-Gly-Arg-Arg-NH2
(提供:石橋 純氏)
26 ●昆虫機能利用研究
第1章 さまざまな機能を解明する 石橋氏らは、次にアミノ酸 9 個の人工ペプチドが生体内に投与された時に、
ペプチドに特異的な抗体が産出されるかどうかを検討した。これらのペプチ
ドを単独あるいはキャリアータンパク質を結合させた状態で、マウスに反復
投与したところ、いずれの場合も抗体を産出することはなかった。このこと
は、アミノ酸 9 個まで短くしたこれらのペプチドは抗原性が低いか、あるい
は抗原として認識されにくい構造になっているものと考えられた。
人工ペプチドの赤血球溶血という副作用の有無については、ウサギ赤血球
に人工ペプチドを作用させることで調査した。その結果、溶血現象はほとん
ど見られないことが明らかになった。赤血球膜表面はホスファチジルコリ
ン、スフィンゴミエリンという全体として電荷を持たない双イオン性リン脂
質で覆われている。一方、細菌の細胞膜は、リン脂質に覆われ全体的にはマ
イナスに荷電している。今回作製した人工抗菌ペプチドが、細菌には効果が
あるが、哺乳類の赤血球には作用しないという事実は、このような、細菌と
赤血球の膜組成の違いにあると石橋氏らは推察している。
D型人工抗菌ペプチドの作製と効果の増強
抗原性を持たないぐらいまで低分子化したペプチドは生体内でプロテアー
ゼで分解されやすくなり、殺菌作用が薄れる恐れがある。そのため、石橋氏
らは、非天然型の D 型アミノ酸を抗菌性ペプチドに置き換えることで、体内
の残留性を高めることを試みた。
アミノ酸 9 個からなる D 型抗菌ペプチドは、前ページの表の L 型ペプチド
を元に合成した。また、この人工抗菌性ペプチドの効果は、マウスを用い、多
剤耐性臨床分離株緑膿菌に対する抗菌作用を調べることにより行った。この
緑膿菌をマウス 1 匹あたり 8.1 × 108 個腹腔内に注射し、その 15 分後に人工 D
型改変ペプチドをマウス 1 匹あたり 1 mg を腹腔内に注射した。D 型、あるい
は L 型改変ペプチドの治癒効果はいずれをも注射していないマウスを対照区
とし、マウスの一週間にわたる生存数を調べることで判定した。
昆虫機能利用研究●
27
第1章 さまざまな機能を解明する
人工ペプチドを注射したマウスでは、明らかに緑膿菌感染の治療効果が観
察された。改変ペプチドを注射しない対照区のマウスは 2 日以内に全部死亡
したのに対し、D 型ペプチド A では 37.5 %、D 型ペプチド C では 62.5 %、
L 型のペプチド C では 37.5%の生存率を示し、明らかに D 型ペプチドの効果
が高まっているのが確認された。
改変ペプチドのマウスにおける緑膿菌感染治療効果
注射後の日数(日)
実験区
1
2
3
4
5
6
7
対 照
1
0
0
0
0
0
0
D 型- ペプチド A(1mg)
4
3
3
3
3
3
3
L 型- ペプチド A(1mg)
0
0
0
0
0
0
0
D 型- ペプチド C(1mg)
5
5
5
5
5
5
5
L 型- ペプチド C(1mg)
3
3
3
3
3
3
3
各実験区 8 頭を使用、数字は生存数。
(提供:石橋 純氏)
抗菌ペプチドの応用例としての創傷被覆材
絹タンパク質フィブロインでできたフィルムを、創傷被覆材に適用すると
いう試みは、すでに COE 研究プロジェクトの中で坪内紘三氏によってなされ
ていた。まず、フィブロイン自身に、皮膚繊維芽細胞の生育促進効果があっ
た。また、フィブロインが持つ結晶構造の変化が、細胞からの滲出液を吸収す
るなど治癒の過程で傷の治癒に効果的であった。しかしながら、フィブロイ
ンフィルムに積極的な意味で抗菌作用を付与しようという着想はなかった。
山川氏のグループは坪内氏と共同で、ディフェンシンの改変ペプチドの中
のアミノ酸 9 個の合成ペプチドをフィブロインフィルムに包埋することに
よって、抗菌活性を有した創傷被覆材用のフィルムを作成した。この創傷被
覆材用フィブロインフィルムについては、入院患者から分離された MRSA に
対する増殖抑制作用を調べることで効果を判定した。
28 ●昆虫機能利用研究
第1章 さまざまな機能を解明する 寒天培地に撒いた MRSA の上をフィブロインフィルムで覆い、37℃ で 24
時間培養し、MRSA のコロニーの出現数を調査する。フィブロインフィルム
は透明のため MRSA のコロニーを直接目で確認できる。
人工合成ペプチドを含まないフィブロインフィルムで覆った場合、多数の
MRSA コロニーが観察されたが、ペプチドを含むフィブロインフィルムでは
MRSA コロニーの出現はみられなかった。また、フィブロインフィルムに含
まれたペプチドは、徐々に周りに滲み出し MRSA の増殖を阻害していること
も明らかにされた。このような徐放性も傷被覆材としての重要な具備特性の
一つである。フィブロインフィルム創傷被覆材には傷口を覆い、細菌感染を
防ぐ機能があるが、薬剤耐性病原細菌に対しての効果は知られていない。こ
の点でも、今回、山川氏らが開発した人工合成ペプチドを含む傷被覆フィブ
ロインフィルムは注目されている。このフィブロインフィルムは、例えば、
床擦れ防止用品とか、免疫力が低下した高齢者の薬剤耐性病原細菌感染の防
止などに効果を発揮するものと思われる。
【主要文献】
古川誠一・山川 稔(2004)昆虫の抗菌性ペプチドによる生体防御とその応用利用,
化学と生物,42: 15-21
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Ponnuvel, K. M., Nakazawa, H., Furukawa, S., Asaoka, A., IShibashi, J., Tanaka, H. and
Yamakawa, M. (2003) A lipase isolated from the silkworm Bombyx mori shows
antiviral activity against nucleopolyhedrovirus, J. Virology, 77(19): 10725-10729
昆虫機能利用研究●
29
第1章 さまざまな機能を解明する
Saido-Sakanaka, S., Ishibashi, J., Momotani, E. and Yamakawa, M. (2005) Protective
effects of synthetic antibacterial oligopeptides based on the insect defensins on
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Tomie, T., Ishibashi, J., Furukawa, S., Kobayashi, S., Sawahata, R., Asaoka, A., Tagawa,
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山川 稔・坂中(西堂)寿子・石橋 純 (2005) MRSA に効果のある昆虫抗菌タンパ
ク質を改変した合成ペプチドを含む傷被覆フィブロインフィルムの開発,ブレイ
ンテクノニュース (STAFF), 109: 33-36
30 ●昆虫機能利用研究
第1章 さまざまな機能を解明する 3.ホルモンで昆虫の発育を制御する
昆虫における発育、成長はホルモンによって制御されている。昆虫の主要
なホルモンには、前胸腺から分泌され脱皮反応を誘導する脱皮ホルモン、ア
ラタ体という小器官から分泌され幼虫形質を維持したり生殖を制御するする
幼若ホルモン、そして脳から分泌されてこれら前胸腺での脱皮ホルモン分泌
を誘導する前胸腺刺激ホルモン(PTTH)がある。COE 研究プロジェクトで
も、昆虫発育の効率的制御を目的に、これら 3 種のホルモンの作用機構に関
する基礎的研究が進められた。
昆虫の脱皮と変態は、脱皮ホルモンと幼若ホルモンとによって引き起こされ
る。幼若ホルモンが脱皮の性質を決め、脱皮ホルモンが実際の脱皮反応を引き
起こす。幼若ホルモンが十分量ある時に脱皮ホルモンが分泌されると幼虫から
幼虫への脱皮がおこり、幼若ホルモンがない状態で脱皮ホルモンが分泌される
と幼虫から蛹、さらに蛹から成虫への脱皮、すなわち変態が誘導される。
ところで、これら脱皮ホルモンや幼若ホルモンの分泌は上位器官である脳
に支配されている。脳で合成される各種のペプチドホルモンあるいは脳から
それぞれの器官に連絡している神経を通じて制御している。アラタ体での幼
若ホルモンの分泌を制御しているペプチドホルモンとして、分泌を促進させ
るアラタトロピンと、逆に分泌を抑制するアタトスタチンの両者が 1980 年代
後半に明らかにされた。一方、脱皮ホルモンの分泌に関しては、脳から分泌
される前胸腺刺激ホルモンによって誘導されることが知られていたが、分泌
抑制という逆の作用をもつホルモンは知られておらず、脱皮ホルモンの分泌
は PTTH の有無により決定されると一般に考えられてきた。
昆虫機能利用研究●
31
第1章 さまざまな機能を解明する
脱皮ホルモン生合成抑制ペプチド(PTSP)
成長制御研究チーム主任研究官田中良明氏は、COE 前期において脱皮
ホルモンの生合成を抑制する活性をもつペプチド PTSP(Prothoratico static
peptide) をカイコの脳から単離することに成功した。これは昆虫の前胸腺に
おける脱皮ホルモン生合成の制御に関して新しい知見を加えるものであった。
田中氏は COE 後期において、前胸腺における昆虫の脱皮ホルモン合成制
御機構の全体像を明らかにするため、カイコ、エビガラスズメ、エリサンな
どの鱗翅目昆虫を用い、主として前胸腺抑制ペプチド(PTSP)など神経ペプ
チドによる脱皮ホルモン生合性抑制メカニズムの解明を行った。また、
PTSP 以外の抑制因子を探索・単離し、前胸腺における脱皮ホルモン生合成制
御機構の全体像を明らかにした。
田中氏はまず、PTSP の機能解明に免疫組織学的手法を用いた。免疫組織
学的方法とは、ホルモンなどを抗原としてその抗体をマウス、ウサギなどに
作らせ、その抗体に蛍光などのマーカーを付ける。マーカー付きの抗体を用
いて昆虫組織片を染色すれば、目的とするホルモンの局在性やおおまかな量
が把握できるというものである。
最初に、PTSP に対するマウスモノクローナル抗体を作製し、免疫組織化
学によりカイコを初めとした各鱗翅目昆虫における PTSP 関連ペプチドの分
布や発育に伴う分泌の変動を比較した。エビガラスズメ、エリサン、アワヨ
トウなどの鱗翅目昆虫の神経系ではカイコの PTSP とは異なる、PTSP 関連ペ
プチド-6 に構造が類似したペプチドが脳から分泌されていることが示唆され
た。また、免疫組織化学で PTSP を探索している過程でカイコの脳から PTSP
以外の前胸腺の活性を抑制する因子があらたに単離された。この前胸腺抑制
因子は、これまでタバコスズメガ、ショウジョウバエで単離・同定されてい
たミオサプレッシンと同一あるいは相関のもので、カイコミオサプレッシン
(Bommo-myosuppressin; BMS)と名付けられた。
カイコミオサプレッシンのカイコにおける機能を知るために、前胸腺中で
32 ●昆虫機能利用研究
第1章 さまざまな機能を解明する 各種昆虫におけるミオサプレッシンのアミノ酸配列(提供:田中良明氏)
ホルモンのセカンドメッセンジャーc AMP 量やエクダイソン分泌量への効
果を調べた。また、BMS を化学合成し前胸腺に対するエクダイソン生合成
の抑制活性を調べた。培養前胸腺を用いた in vitro での実験結果であるが、
明らかに従来までの PTSP より強い前胸腺抑制活性を示した。
田中氏は、さらに免疫組織化学やゲノム情報を利用して新規の前胸腺抑制
因子 BMS およびその受容体を単離した。化学合成したペプチドを用いたバ
イオアッセイや脊椎動物培養細胞の発現系を用いた受容体の機能解析および
体内における発現分布を解析し、新規抑制因子の生理機能の解明を試みた。
その結果、まず、免疫組織化学による観察から、BMS が脳中央部の二対の分
泌細胞で合成され、側心体に運ばれて体液中に分泌されることが明らかに
なった。また、カイコゲノム情報を利用することで、ショウジョウバエのミ
オサプレッシン受容体のアミノ酸配列でカイコ EST ライブラリを検索した
ところ、類似の配列を示す cDNA が前胸腺のライブラリーからみつかった。
さらに、この cDNA はその機能から BMS 受容体であり、それも前胸腺とい
う組織で強く発現していることを明らかにした。
ペプチドホルモンは通常、一旦単離されれば、抗原・抗体反応を利用する
などで、比較的容易に定量法の確立につながる。残念ながら、BMS について
は現在のところ体液中の濃度を測定する方法は確立していない。今後、体液
中の BMS 濃度が測定され、エクジステロイド濃度や PTTH などとの相関が
明らかになれば、BMS が前胸腺抑制ホルモンであることを証明できるもの
と期待される。
一方、PTSP 関連ペプチドはカイコ以外の鱗翅目昆虫にも存在することが
昆虫機能利用研究●
33
第1章 さまざまな機能を解明する
示唆されたが、その分泌形態は種によって異なっており、各昆虫種における
PTSP の本来の生理機能を解明するまでには至らなかった。
変態期における脱皮ホルモンの分子作用
二つめの取り組みは脱皮ホルモンの作用機構についてである。このホルモ
ンの分子レベルの作用機構について、COE プロジェクトでは、成長制御研究
チーム主任研究官の神村学氏が解析をすすめた。
昆虫の脱皮ホルモンは様々な生理現象に関与する多機能性のホルモンであ
る。昆虫に特異的な生理機能のほとんどは脱皮ホルモンにより直接、間接の
支配を受けていると言っていい。脱皮ホルモンの前胸腺における生合成と分
泌は、脳で合成される二つのペプチドホルモンによって制御されていること
を前項で述べた。脱皮ホルモンの分泌タイミングが厳密に制御されている一
方で、その作用は昆虫自身の発育ステージと作用を受ける組織・器官に強く
依存している。
神村氏は幼虫から蛹への変態過程で特異的にみられる脱皮ホルモンの作用を
解析してきた。神村氏が実験系に選んだのは、カイコの前部絹糸腺である。そ
の理由は、前部絹糸腺が、幼虫脱皮時には脱皮ホルモンによって細胞の成長が
促進されるのに対し、蛹化時には細胞死が誘導され組織全体が崩壊するという
正反対の生理特性を持っており、それぞれの時期でのホルモンの生理作用の違
いが一目瞭然だからである。
神村氏は COE 前期に、カイコの前部絹糸腺において蛹化過程で特異的に
発現する遺伝子 10 種類をクローニングした。さらに、カイコ幼虫への各種ホ
ルモン処理と、その後前部絹糸腺で mRNA の発現解析から、これらの遺伝子
の発現が、幼若ホルモン(JH)濃度が低い状態で脱皮ホルモン濃度が上昇す
ることにより誘導されることを明らかにしている。後期 5 年間では、これら
の遺伝子が脱皮ホルモンと JH のコントロールを受けて蛹化過程で特異的に
発現する分子機構について解析した。
34 ●昆虫機能利用研究
第1章 さまざまな機能を解明する 神村氏は、10 種類の
蛹化特異的遺伝子の
うち、とくに早期に発
現する P450 CYP9G1、
有機カチオン・トラン
スポーター 1(organic
cation transporter 1:
OCT1)、とトレハラー
ゼの 3 種の遺伝子につ
いて、転写制御機構の
解明を試みた。まず、
CYP9G1、OCT-1、トレ
ハラーゼ遺伝子の転写
開始点を決定し、その
上流部数 kbp を含むプ
10種の蛹化特異的遺伝子の 4、5 齢期の前部絹糸腺に
おける mRNA の発現(提供:神村 学氏)
ロモーター領域のシー
クエンスを BAC(バクテリア人工染色体:Bacteria Artificial Chromosome)
から単離した。さらに、これらの配列をルシフェラーゼ・レポーター・プラ
スミドにサブクローニングして、カイコ由来の NISES-Bomo-DK10 細胞に導
入し、レポーター遺伝子アッセイにより脱皮ホルモンと JH の影響を調べた。
レポーター遺伝子アッセイとはレポーター遺伝子の発現を指標にしてプロ
モーターの基本転写活性や様々な因子のプロモーターに与える影響を調べる
方法である。今回は、脱皮ホルモンや JH が、CYP9G1 や OCT-1、トレハラー
ゼ遺伝子のプロモーターに働きかけて遺伝子発現の増域を、発行により高感
度に検出できるルシフェラーゼ遺伝子の発現でみた。しかしながら、脱皮ホ
ルモンと JH のいずれに対する応答も観察できなかった。
そこで、蛹化時においては JH 濃度が低く脱皮ホルモン濃度が高い条件で、
昆虫機能利用研究●
35
第1章 さまざまな機能を解明する
カイコ BR-C の cDNA 構造およびゲノム構造(提供:神村 学氏)
ある転写因子の発現が誘導され、それが蛹化特異的遺伝子群の発現を誘導す
るという作業仮説を立てた。まず、CYP9G1、OCT-1、トレハラーゼの 3 遺伝
子の転写開始点上流部について転写因子結合サイトの検索を行ったところ、
3 種の遺伝子すべてからショウジョウバエにおいて蛹化特異的転写因子とし
て知られている Broad-complex(BR-C)の結合配列が多数見いだされた。カ
イコではこれまで、BR-C の cDNA 配列は報告されてなかったので、PCR に
よりクローニングし、最終的に 7 つのアイソフォームについてコーディング
領域全長を含む cDNA 配列を明らかにした。これらの配列情報から、カイコ
WGS ゲノムデータベースで検索したところ、BR-C 遺伝子はカイコゲノム上
の 200kb 以上の領域にわたる巨大な遺伝子であることがわかった。
BR-C の発現パターンを前部絹糸腺で調べたところ、4 齢期中には発現して
おらず、5 齢期の後半のみ発現するという、蛹化特異的遺伝子 CYP9G1、OCT1、トレハラーゼの前部絹糸腺中での発現に一致していた。BR-C mRNA は低
濃度 JH 条件やアラタ体を除去した状態で脱皮ホルモンを処理すると誘導さ
36 ●昆虫機能利用研究
第1章 さまざまな機能を解明する カイコ前部絹糸腺における蛹化反応誘導の制御機構のモデル(提供:神村 学氏)
れるが、JH が存在すると脱皮ホルモンによる発現誘導が見られない。
さらに、BR-C が実際にトレハラーゼ、CYP9G1 および OCT-1 の発現誘導に
関与するかどうかを調べるために、これらの遺伝子のプロモーターを含むレ
ポーター・プラスミドとともに BR-C Z2 アイソフォームの発現プラスミドを
DK 細胞に導入して、レポーター遺伝子アッセイを行った。その結果、予想
通り、加えた BR-C 発現プラスミドの量に依存してレポーター遺伝子の発現
が増加することが明らかになり、BR-C が 3 種の蛹化特異的遺伝子プロモー
ターを活性化できることが明らかになった。
結論として、神村氏はカイコの前部絹糸腺において蛹化過程で特異的に発
現する遺伝子の発現が、蛹化時のホルモン環境により誘導される BR-C とい
う転写因子によって引き起こされていることを明らかにした。BR-C につい
ては、すでにキイロショウジョウバエおよびタバコスズメガで、幼虫から蛹
への変態誘導の鍵分子であることがすでに示されているが、カイコにおいて
も蛹化反応に重要な役割を果たしていることを示したことの意義は大きい。
特に、キイロショウジョウバエでは BR-C の発現制御に関する知見は得られて
おらず、また、タバコスズメガでは BR-C が実際の蛹化に特異的や役割を持つ
どの遺伝子の発現制御に直接関与しているかは示されていない。その点から
も、今回神村氏が、低濃度 JH での高脱皮ホルモン濃度 → BR-C の発現誘導
昆虫機能利用研究●
37
第1章 さまざまな機能を解明する
→ 蛹化過程で特異的な役割を持つ様々な遺伝子の発現誘導 → 蛹化反応 とい
う一貫したスキームを示したことは評価される。
今後、BR-C が実際に 3 種の蛹化特異的遺伝子プロモーターに結合すること
の確認、BR-C の異時的な発現やノックダウンなどの分子遺伝学的な解析が
残されている。
JH の発育制御作用−遺伝子組換えカイコによる早熟変態の誘導−
三つめの重要ホルモン、幼若ホルモン(JH)については、COE プロジェ
クトの中で成長制御研究チーム長塩月孝博氏が課題を担当してきた。JH は
少数の昆虫近縁の分類群にも存在が知られるが、ほぼ昆虫に固有の低分子ホ
ルモンである。JH は脱皮、変態、生殖など昆虫生理現象のほとんどに、卵、
幼虫、蛹、成虫のステージにかかわらず関わっている重要なホルモンだが、
その作用機構には未解明の部分が多い。JH の作用解明が遅れている一つの
理由は、前述した脱皮ホルモンが、哺乳類に相同のホルモンが存在すること
から作用解明に哺乳類での手法をそのまま適用できる点があるのと違い、JH
には哺乳類に類似のホルモンがなかったことである。塩月氏はこれまで、JH
の作用機構に関して、特に血液中の濃度の調節メカニズムについて、JH 合成
系および分解系に関わる諸酵素の動態から検討してきた。
COE 後期においても、カイコにおいて JH 関連酵素系の解析を進めた。ま
ず、JH 生合成において、JH の基本分子骨格となっているセスキテルペン構造
を形成する重要な酵素ファーネシルピロリン酸合成酵素(FPS)をクローニン
グした。PCR 法で cDNA 全長についてであり、昆虫で FPS がクローンニングさ
れた例はまだ数少ないが、カイコ FPS の配列は、427 のアミノ酸をコードする
1,743 の塩基から成り、カブラヤガの一種 Agrotis ipsilon と 83%、キイロショ
ウジョウバエ Drosophila melanogaster と 49%、Gallus gallus と 42%の高い相
同性を持つことが明らかにされた。
次に、JH エポキシドヒドラーゼ(JHEH)をコードする cDNA をクローニ
38 ●昆虫機能利用研究
第1章 さまざまな機能を解明する ングした。JHEH は、JH エステラーゼとともに JH 分解面から JH の濃度を調
節している酵素である。活性は 5 齢幼虫では血液を除く各組織に認められた。
また、脂肪体での活性変動パターンをみると、分泌型の JH エステラーゼの血
液中において 5 齢前半から上昇するという活性変化とは異なり、5 齢期の初め
で高く、後半では減少するというものだった。変態過程では虫体全体の JH の
分解が必要なため血中 JH エステラーゼが働き、それ以前では、非分泌型の
JHEH により組織ごとに JH の濃度が調節されているものと塩月氏は推察した。
カイコ胚発生過程における JH 分解に関わる酵素 JHEH と JH エステラーゼ
(JHE)の機能解析については、RNA 干渉法により検討した。RNA 干渉法と
は、目的とするタンパク質遺伝子の RNA を 2 重鎖の状態で生体に注射するこ
とにより、その遺伝子の発現を抑えてしまう方法で、タンパク質の機能を特
定するのに用いられる。その結果、カイコ卵産下直後にそれぞれの酵素の二
重鎖 RNA を注射すると、投与量に依存しそれぞれの mRNA の発現が抑えら
れ、同時に孵化率が低下した。これらの卵を胚発生中期で解剖してみたとこ
ろ、正常に胚は発達していた。この結果は少なくともカイコでは幼虫期の場
合と同様、卵期においても JHEH が組織特異的に JH 濃度を制御していること
を示唆していた。その結果、JHEM が阻害されると、器官によっては JH が過
剰に存在するなどして、正常な胚発生が妨げられるものと考えられた。
塩月氏の COE プロジェクト後期の成果の中で、もっとも大きな反響を呼
んだのが、遺伝子組換えカイコで早熟変態を誘導させるのに成功したことで
ある。遺伝子組換えカイコは、生物研の田村俊樹氏のグループが 5 年前に開
発した手法である。これまで、ショウジョウバエ、カなど双翅目昆虫でしか
確立できていなかったが、カイコの固い卵殻に効率的にマイクロインジェク
ションする技術や有効なトランスポゾンが見つかったことなどが成功につな
がった。
塩月氏は、JH 分解酵素である JHE をカイコの遺伝子組換えにより過剰に
発現させ、カイコの変態過程を制御することに成功した。このエステラーゼ
昆虫機能利用研究●
39
第1章 さまざまな機能を解明する
が幼虫体内で過剰に発現したことにより、幼虫の体内の JH ホルモン量が極
端に低下することで、早熟的な変態を誘導するという。
カイコは通常、4 回脱皮して 5 齢になり、5 齢の後半に繭をつくり蛹になる。
ところが、JHE を過剰発現させた系では、2 回脱皮した後の 3 齢幼虫から 4
齢、5 齢を跳び越して蛹になる早熟変態が誘導された。これまで早熟変態を
カイコで引き起こすには、JH 合成器官アラタ体を若齢期に外科的に摘出し
たり、アラタ体における JH の分泌を抑制する昆虫生育制御剤を投与するな
どしなければ、誘導されなかった。その点でも、今回、遺伝子組換えによっ
て早熟変態の誘導に成功したことは興味深いものである。
塩月氏が、JHE の過剰発現に成功した方法は、GAL4 / UAS 系というもの
である。酵母由来の転写因子 GAL4 は UAS という配列があるとその下流にあ
る遺伝子を強力に発現させることで知られている。
まず、酵母の転写制御因子 GAL4 と蛍光マーカー DsRed の遺伝子を持つ組
換えカイコ個体と、標的配列 UAS とエステラーゼに蛍光マーカー ECFP の配
列をつないだ遺伝子を持つ組換え個体とをそれぞれ作出した。両者を交配す
ると二つの遺伝子を発現している個体のみ、3 齢になってから、致死、早熟変
態、あるいは幼虫・蛹中間体などの発育異常が生じ、正常に 4 齢へ脱皮した
個体はなかった。
3 齢で発育異常を起こした、両遺伝子を発現している個体では JHE の
mRNA が胚期、1 齢∼ 3 齢幼虫期を通じて過剰発現し、同時に酵素活性も高
かった。興味深いことには、JHE が過剰発現している個体でも胚発生から 3
齢への脱皮までは正常に成長した。胚発生から 2 齢期において、JHE が過剰
発現しているので当然その時期の体内 JH 量は低くなっているものと予想さ
れる。にもかかわらず、これらの時期に発育異常や早熟変態が引き起こされ
ることはなかった。今回の結果について、塩月氏らはこれまでの JH と変態
制御に関する定説とは異なり、3 齢への脱皮までは必ずしも JH を必要としな
い可能性を示唆しているものと考えている。
40 ●昆虫機能利用研究
第1章 さまざまな機能を解明する 5 齢を経た正常蛹 3 齢幼虫から早熟変態した蛹 JH エステラーゼの過剰発現によって誘導された早熟変態蛹
(提供:塩月孝博氏)
JH エステラーゼを過剰発現させたカイコの幼虫発育
マーカー
起蚕の個体数
個体数(%)
1齢
2齢
3齢
4齢
5齢
早熟変態
蛹・幼虫中間体
3 齢期致死
E(−)D(−)
60
57
54
54
53
0(0)
0(0)
0(0)
E(−)D(+)
60
55
53
53
52
0(0)
0(0)
0(0)
E(+)D(−)
60
57
55
53
51
0(0)
0(0)
2(3.6)
E(+)D(+)
60
56
53
0
0
15(28)
20(38)
18(34)
E(+); UAS-JHE 保有、D(+); A3-GAL4 保有。E(+)D(+)が JHE 過剰発現区。
また、JHE 遺伝子を過剰発現している個体の 3 齢での血液中 JHE 活性は、
正常個体で最も高い活性を示す 5 齢中期の 8 ∼ 10 倍を示していたことから、
血液中の JH 濃度が低く抑えられているものと考えられた。
遺伝子組換えによる JHE の過剰発現により、幼虫体内の JH 量を低く抑え
ることが可能になった。この系は、JH にかぎらずホルモン作用や昆虫の成
長を制御する機構を明らかにする上で重要な実験系となる。なお、今回の成
果は 2005 年 8 月、米国科学アカデミー紀要に掲載された。
余談になるが、塩月氏らのグループの報告を受け、信州大学の木口憲爾教
授のグループはカイコ 1 齢期および 2 齢期でのアラタ体除去に再挑戦した。1
齢においては成功しなかったが、2 齢期においては、脱皮後 1 日に除去するこ
昆虫機能利用研究●
41
第1章 さまざまな機能を解明する
とで早熟的な吐糸と蛹化を誘導できた(2005 年 11 月、日本蚕糸学会東海・
中部合同大会)。早熟変態の結果得られた蛹の体長は 4-5mm という小さなも
のだった。木口氏のグループはこれらの結果から、1、2 齢の血液中 JH の濃
度は 3、4 齢のものに較べ高く保たれているのではないかと推論している。
【主要文献】
Dedos, S. G., Szurdoki, F., Székács, A., Shiotsuki, T., Hammock B. D. and Fugo, H.
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42 ●昆虫機能利用研究
第1章 さまざまな機能を解明する 4.排泄物を絹タンパクにリサイクル カイコ窒素代謝の不思議 動物が外部から食物として摂取した炭水化物、脂肪、窒素化合物などは体
内で代謝され、やがては排出される。炭水化物や脂肪は最終的には水と炭酸
ガスになるが、窒素化合物は代謝・分解される過程でアンモニアその他の化
合物を生じる。アンモニアは動物の細胞にとって毒性がきわめて強く、すみ
やかに解毒される必要がある。しかしながら、実際には組織で測定されるほ
どの濃度にはなっていない。
昆虫は、ヘビやトカゲ、鳥類と同じように、尿酸が窒素代謝の主要な最終
産物であると古くから信じられてきた。つまり、窒素化合物の分解で生じる
アンモニアを、主として尿酸あるいはその代謝産物であるアラントインやア
ラントイン酸に変換して解毒・排泄するというものでる。しかし近年、昆虫
における窒素化合物の代謝パターンは、昆虫の種類によって非常に多様なこ
と、また、尿酸を排泄する昆虫種でも、尿酸が単に窒素排泄物というだけで
なく体内でまったく別の働きをしていることなどが報告されるようになって
きた。その一つの例がカイコにおける窒素の再利用のシステムである。
カイコのアンモニア同化系
昆虫の場合、アンモニア窒素はまず、グルタミン合成酵素によって、アミ
ノ酸の一種グルタミンのアミドに取り込まれる。グルタミンはアンモニアの
一時的な解毒中間体として機能し、その後体内に蓄積したグルタミンは、プ
リン経路に入って尿酸に変換される。ある種の昆虫は尿酸分解酵素であるウ
リカーゼやアラントイナーゼを有しているので、尿酸の一部はアラントイン
やアラントイン酸に変換されて排泄される。尿酸は水に溶けにくいので、通
常固体または半固体状で排泄される。このことは、排泄の際に体内にある水
昆虫機能利用研究●
43
第1章 さまざまな機能を解明する
分のロスが少なくてすむので、乾燥環境に棲息する陸生昆虫にとっては、非
常に合理的な仕組みと考えられている。
カイコ幼虫も尿酸の排泄を行なうが、その量は食物から摂取した窒素量に
比べると少ない。ところが、蚕糸試験場の赤尾晃氏は 1940 年代に 4 齢期にお
ける絹糸腺の除去によって 5 齢期における旺盛な絹糸タンパク質の合成を阻
害すると、尿酸の排泄が著しく増加する現象をみつけている。赤尾氏はカイ
コが絹タンパク質をつくる生物学的意義の一つとして、窒素代謝産物を排泄
することがあると指摘した。つまり、尿酸の前駆体であるアンモニアを、カ
イコが積極的に絹タンパク合成に利用していることが示唆される。
COE 研究プロジェクトの中で、代謝調節研究チーム平山力主任研究官の研
究グループは、この窒素代謝に着目し、興味ある成果をあげている。まず、
アンモニウム塩を含む飼料でカイコの幼虫を飼育したところ、アンモニア窒
素が絹タンパク質の合成に利用されることが明らかになった。次に、5 齢の
幼虫に安定同位体 15N でラベルされた酢酸アンモニウムを皮下注射した。す
ると体内に注射された 15N の実に 70%以上が、12 時間以内という短時間に絹
タンパク質に取り込まれていた。これらのことは、カイコ体内で窒素代謝産
物として産生されるアンモニアが、絹タンパク質合成の窒素源として利用さ
れていることを示唆していた。
絹糸タンパク質は、フィブロインとセリシンという二つのタンパク質から
なる。そのうち約 70%を占めるフィブロインは、構成アミノ酸からみても非
常にユニークなタンパク質である。このタンパク質は、主にグリシン、アラニ
ン、セリンといった非必須アミノ酸から構成され、これらのアミノ酸がタンパ
クに占める割合は 80%にも達する。また、絹タンパク質は量としてもカイコ
1 頭あたり 0.4 gという大量である。これらのアミノ酸はいずれも主として別
なアミノ酸であるグルタミン酸から、種々のアミノ基転移反応によって生合
成される。しかしながら、これら大量のアミノ酸の合成に必要なグルタミン
酸がどのように産生されているかは不明であった。平山氏は、この答えとし
44 ●昆虫機能利用研究
第1章 さまざまな機能を解明する てカイコの組織中にグルタミン酸合成酵素(GOGAT)の活性があることを明
らかにし、カイコの体内で生じたアンモニアがグルタミンのアミド型を経て、
グルタミン酸のアミノ基に取り込まれるという代謝系があることを推定した。
微生物や高等植物では、GOGAT はグルタミン合成酵素とともに、アンモ
ニアからアミノ酸を合成するために不可欠な役割を担っている。一方、
GOGAT をもたない哺乳類や鳥類においては、生体内のアミノ酸が不足する
ような条件下では、グルタミン酸脱水素酵素(GDH)によってアンモニアか
らグルタミン酸が合成される。しかしながら、カイコでは、この GDH に
よってグルタミン酸がつくられる系は実際に機能していないとされていた。
最近、カイコの近緑種である野蚕エリサン幼虫において、15N で標識したア
ンモニアがグルタミンのアミド基へ取り込まれた後、グルタミン酸のアミノ
基、さらには絹タンパクフィブロインの中のアラニンヘと移行していること
が示された。また、ヨトウムシの一種から樹立されている Sf9 細胞を用いた実
験系でも、GOGAT が関与しているアンモニアのアミノ酸への取り込みが確認
されている。これらのことは、少なくとも絹糸昆虫を含む鱗翅目昆虫におい
ては、GOGAT をまったく持たない哺乳類、鳥類とは異なり、GOGAT サイク
ルが機能し、アンモニア窒素の再利用が行なわれていることを示唆している。
カイコ GOGAT とその発現制御
平山らの研究グループは、カイコの脂肪体組織および絹糸腺それぞれから
GOGAT を分離・精製している。カイコから単離された GOGAT は、現在の
ところ動物由来の GOGAT としては、唯一酵素学的性質および生化学的性質
が明らかにされたものである。カイコ GOGAT は分子量約 19.5 万の単量体
で、電子供与体として NADH が必須という性質がある。また、生物研ゲノム
データベースである KAIKOBASE で EST データベースには、アルファルフア
の NADH − GOGAT と、アミノ酸レベルで 65%程度のホモロジーのある
cDNA が登録されている。
昆虫機能利用研究●
45
第1章 さまざまな機能を解明する
カイコにおける GOGAT の機能と役割は、発現パターンから推定される。
GOGAT は、主に終齢幼虫の後部絹糸腺で特異的に発現するというはっきり
した組織特異性と、さらに発育時期依存性を持っていた。これはカイコ幼虫
期から蛹までの発育時期における GOGAT の活性変動と GOGAT タンパク質
の発現量から明らかになった。この GOGAT 活性の変化と連動するように、
血中のグルタミン濃度が増減する。このことは、アンモニア→グルタミン酸
→アラニン・グルシン・セリンというアミノ酸生合成系において、GOGAT
がキーエンザイムとしてこの代謝系全体の速度をコントロールしていること
を強く示唆している。
GOGAT が絹タンパク質の生合成にとっても重要であることは、フィブロ
インの生合成部位である後部糸腺に局在しているだけでなく、その発現がホ
ルモンによって制御されていることからも示唆される。
カイコにおいては、4 齢と最終齢である 5 齢とでは、生理的条件が明らかに
ちがっている。この違いは脱皮ホルモンと幼若ホルモンという 2 つのホルモ
ンのバランスによって誘導され
る。つまり、4 齢において血液中
の量が高かった幼若ホルモンは、
5 齢になった直後から急激に低下
し、5 齢中はほとんど消滅してい
る。この血中幼若ホルモン量の変
化がカイコを絹タンパク質の合成
へと向かわせることになってい
る。
GOGAT の発現は、カイコが終
齢になって血中の幼若ホルモン濃
度が低下・消失する時期に、急激
に増加すること、さらにその発現
46 ●昆虫機能利用研究
カイコの 4、5 齢幼虫の血中グルタミン
濃度の変動
(A)と後部絹糸腺における
GOGAT タンパク質発現量の変動(B)
(提供:平山 力氏)
第1章 さまざまな機能を解明する は幼若ホルモン活性物質の投与によって抑制されることから、幼若ホルモン
によって制御されているものと推定された。絹タンパク質の生合成は 4 齢期
では低いが、終齢になると急激に活性化される。と同時に絹糸腺におけるア
ミノ酸の要求量が急増すると平山氏は考えている。
絹タンパクの生合性が旺盛な時期に絹糸腺における GOGAT の発現量を増
大させることでアンモニアからアミノ酸への転換を促進させ、活発な絹糸合
成に必要なアミノ酸が確保される。その結果、終齢期における尿酸の合成と
その排泄は抑制されることになる。
飼料に依存したカイコの尿素代謝
平山氏らの研究グループは、カイコの窒素代謝の特異性に関して、もう一
つの興味ある現象を見つけている。これについては前著『昆虫機能の秘密』
(竹田 敏、2003)でも紹介したが、「カイコの血中に存在するウレアーゼが
カイコの食物であるクワに由来する」という事実である。ウレアーゼは尿素
を加水分解し、アンモニアと二酸化炭素を生じさせる酵素である。
平山氏がここで着目したのはアルギニンというアミノ酸である。カイコ終齢
幼虫においては、アルギニンの要求量は非常に少なく、摂取したアルギニンの
昆虫における尿酸の合成・分解の代謝系
(提供:平山 力氏)
昆虫機能利用研究●
47
第1章 さまざまな機能を解明する
ほとんどは尿素に分解され排泄される。ところが、このアルギニンのカイコ体
内における量を調べてみると面白いことがわかった。それはカイコの本来の飼
料であるクワで飼育した場合と、人工飼料で飼育した場合とで、摂取したアル
ギニン量は変わらないのに尿素の排泄量が著しく異なることである。
この飼料の差により生ずる尿素の排泄量の違いは、クワの葉中に含まれて
いるウレアーゼがカイコによって摂取された後も消化管の中で活性を保持
し、消化管内で尿素をアンモニアに分解していることに起因すると推定され
た。カイコ用人工飼料には普通クワの葉の乾燥粉末が 25%程度含まれてい
る。ただし、クワの葉の乾燥過程あるいは飼料調製の際の加熱などで、クワ
の葉に含まれるウレアーゼなどの酵素やタンパク質は、その特性を失ってし
まう。そのため、カイコを人工飼料で飼育した場合には、アルギニンの分解
で生じた尿素はそのまま排泄されてしまうことになるが、クワで飼育した場
合には尿素の分解により生じたアンモニアは再吸収される。興味深いのは、
カイコがクワの葉で飼育された場合、摂食を停止し吐糸を開始するタイミン
グに合わせ、血中にウレアーゼ活性が出現し、血中の尿素がほとんど完全に
分解されてしまうことである。つまり、尿素の分解によって生じたアンモニ
アはアミノ酸へ同化され、絹糸タンパク質の窒素源として再利用されるとい
うシステムができあがっているといえる。人工飼料でカイコを飼育した場合
には、ウレアーゼの活性が血中に現われることはないので、尿素はまったく
利用されない。このことは人工飼料で飼育したカイコの蛹や成虫の各組織、
産下卵や繭層には高濃度の尿素が検出されることからも明らかである。
人工飼料で飼育された蚕がつくる繭がクワで飼育したものに比べてやや小さ
いとか、蛹が水ぶくれのような状態であるということが経験的に知られている
が、クワ由来のウレアーゼが関わっているとすれば説明がつくことである。 平山氏は、この尿素のリサイクルシステムを発見した当初、
「カイコの血中
のウレアーゼはクワの葉に由来する」という仮説を立てた。分子量が何 10 万
もある巨大なタンパク質分子が、活性を有した形でカイコの消化管組織を通
48 ●昆虫機能利用研究
第1章 さまざまな機能を解明する 繭
絹糸腺
Gly Ala Ser
窒 N
素
NH3
異化代謝
アンモニア
絹タ
ンパ
ク
Glu
グルタミン酸
GOGAT
尿素
クワ
ウレアーゼ
ウレアーゼ
中腸
平山氏が明らかにした 5 齢期カイコに特異的な異化代謝系の模式図
過して体内に入るということは本人も信じられなかった。しかし、クワの葉
とカイコ血液から別々に精製されたウレアーゼの生化学的性質がまったく同
一で、さらに、ビオチンで標識したクワの葉の粗抽出タンパク質をカイコに
摂取させたところ、血中にはクワの葉由来のタンパク質としてはウレアーゼ
だけが検出された。これらの事実から平山氏は、クワに含まれる多くのタン
パク質の中からウレアーゼだけが選択的にカイコの消化管から血中へと取り
込まれること、また、カイコ中腸は 5 齢の末期にだけウレアーゼに結合する
能力を持っていることを結論している。
カイコが、クワの葉中の酵素を自らの生理代謝機能に利用していること
は、昆虫−植物間の相互作用という例としても非常にユニークである。
【主要文献】
Hirayama, C. and Nakamura, M. (2002) Regulation of glutamine metabolism during the
development of Bombyx mori larvae, Biochim. Biophys. Acta, 1571: 131-137
平山 力(2003)昆虫の特異な窒素再利用システム,化学と生物,41: 164-170
Sugimura, M. and Hirayama, C. (2001) Selective transport of the mulberry leaf urease
from the midgut into the larval hemolymph of the silkworm, Bombyx mori, J.
Insect Physiol., 47: 1133-1137 昆虫機能利用研究●
49
第1章 さまざまな機能を解明する
5.植物は乳液で昆虫から身を守る 昆虫と植物との餌を介
したせめぎ合い 多くの昆虫は植物を食べることによって生存している。一方、植物は種々
の化学物質で昆虫の食害から身を守る生理的メカニズムを発達させている。
実際、昆虫の食害に対して防御的に働く植物物質として多くが知られてい
る。今野(2001)によると、毒性物質としてはニコチンなどのアルカロイド、
神経や心臓毒のカルデノライドの青酸配糖体、カラシ油配糖体、ファイトエ
クジステロイド等ホルモン類似物質、非タンパク質性アミノ酸、リシンやア
プリンのような毒性タンパク質などがある。また、成長阻害物質としてはタ
ンニン等のフェノール物質、プロテアーゼインヒビターやアミラーゼインヒ
ビターなどの消化酵素阻害剤などがある。さらに、タバコやほうれん草のよ
うな植物では、昆虫に食害されて初めて防御物質が誘導されるという誘導防
御反応が発見されている。しかしながら、このような防御物質を持つ植物に
対しても専門に食べる昆虫がいて、それぞれの防御物質に巧妙な適応機構を
獲得している。例えば、タバコには猛毒のニコチンが含まれているが、タバ
コを食害するタバコスズメガは、消化管から体内に吸収されたニコチンを速
やかに分解し体内から排出してしまう。
イボタガとイボタノキにみられる攻防
昆虫植物間相互作用研究チームの主任研究官今野浩太郎氏は、COE プロ
ジェクト前期においてイボタガとイボタノキに見られる昆虫と植物とのせめ
ぎ合いの詳細を明らかにした。イボタノキという植物は昆虫があまり食害し
ないことで知られ、食害する昆虫はスズメガの仲間サザナミスズメ、イボタ
ガ科のイボタガ、ヤガ科のウンモンツマキリアツバなど少数である。その内
50 ●昆虫機能利用研究
第1章 さまざまな機能を解明する 容については前著で紹介したので、要点だけ簡単に述べる。
イボタノキを食べる昆虫がほとんどいない最大の理由は、イボタノキが他
の植物にはない非常に強いタンパク質変性活性をもっているからである。イ
ボタノキのタンパク質変性作用は、葉に約 3%含まれるオレウロペインとい
う物質であった。さらに、このタンパク質変性作用は、普段は不活性な酵素
β- グルコシダーゼが昆虫の食害を受けると活性化し、オレウロペインを強
力なタンパク質変性物質に変換し、タンパク質のリジンの側鎖を変性させ、
栄養価の減少を引き起こし、昆虫の発育を不可能としていた。
一方、イボタノキを専門に食べるサザナミスズメ、イボタガなどの幼虫は、
消化液中にグリシンや GABA などの遊離アミノ酸を多量に分泌することで、
そのアミノ基でオレウロペインの変性作用を中和してしまう。
オレウロペイン、昆虫側のグリシン、両方とも普通の物質である。そんな
ありきたりの物質を、生存戦略のキーファクターとして利用していることに
驚かされる。
エリサンバイオアッセイ法
今野氏は、植物に含まれる昆虫防御物質の探索を更に進めるためのスク
リーニング法として、エリサンバイオアッセイを確立した。エリサンに着目
した今野氏の発想はまさにユニークである。エリサン(Samia ricini)は、分
類学的にはカイコ(家蚕)の近縁の科に含まれる野蚕という仲間で、やはり
絹糸を吐くことから絹糸虫というカテゴリーに入れられている。今野氏がエ
リサンを植物中の昆虫防御物質の探索に用いようとした理由は、エリサンの
特殊な食性にある。エリサンが本来餌としている植物はヒマやシンジュであ
る。ところが、エリサンに本来の餌植物以外の植物の葉を与えると、よほど
硬かったり毛やトゲが密生するとかしていないかぎりよく摂食する。20 年
ほど前に開発され、リンゴやニンジンを食べるカイコとして話題になった、
広食性という、何でも食べるカイコのようなものである。
昆虫機能利用研究●
51
第1章 さまざまな機能を解明する
a
b
c
種々の処理をしたハマイヌビワを食べたエリサン 1 齢幼虫の成長
a:無処理のハマイヌビワ葉、b:E-64 を塗布した葉、c:細切・水洗
して乳液を除去した葉(提供:今野浩太郎氏)
a
b
c
d
種々の処理をしたパパイアを食べたエリサン 2 齢幼虫の成長
a:無処理のパパイア葉、b:E-64 を塗布した葉、c:細切・水洗して
乳液を除去した葉、d:ヒマ葉(エリサン本来の植草)
(提供:今野浩太郎氏)
広食性カイコは、味に対する認識機構が欠如している、いわゆる味覚オン
チだったが、エリサンもこの広食性カイコと同様と考えてよい。しかし、何
でも食べる一方で、植物中に毒物質や成長阻害物質などがあっても、これら
の植物の防御機構に適応できていないエリサンは、食べたそれぞれの植物に
固有の症状を示す。この症状は様々であり、典型的なものとして急性的な致
死、成長阻害、体色の変化などで、摂食させたほとんどの植物がエリサンに
52 ●昆虫機能利用研究
第1章 さまざまな機能を解明する 対して何らかの毒性、成長阻害活性を示すことがわかった。このことは、エ
リサンが植物の防御物質を検出するための実験系として非常に優れているこ
とを示していた。
そこで今野氏は、イボタガとイボタノキの化学防御メカニズムをエリサン
のバイオアッセイ系で試し、この方法が有効であることを実証した。
乳液成分と植物の生体防御
タンポポの茎やノゲシの葉や茎を傷つけた時に傷口から白色の液体が出て
くることはよく知られている。これらの他にも、レタス、インドゴムノキ、
イチジク、サツマイモ、ヒルガオ、パパイア、ポインセチア、ケシなど、身
近にある多くの植物が傷をつけると乳液を分泌する。乳液を分泌する植物は
意外に多く、全維管束植物の約 8 ∼ 10%にあたると報告されている。
植物乳液には様々なタンパク質や酵素が含まれることが天然物化学、食品
化学、アレルギー関係の研究から明らかにされていたが、植物にとっての本
来的な存在理由・機能は不明であった。
今野氏らは、エリサンをバイオアッセイに用いて、植物乳液の、一般昆虫
に対する防御活性について調べた。乳液を出す植物としては、比較的身近に
あるパパイア(パパイア科)
、ハマイヌビワ(クワ科)
、セイヨウタンポポ
(キク科)、クサノオウ(ケシ科)、ガガイモ(ガガイモ科)など数種類を選
んだ。クサノオウ以外は、アルカロイドを含み有毒植物として知られている
が、他にはこれまで顕著な毒性成分や成長阻害物質を含むことは報告されて
いない植物である。ところが、これらの植物葉を摂食したエリサンは、いず
れの場合も、死亡するか成長が極端に悪いという症状を示した。しかし、葉
を幅 2 ∼ 5㎜ の短冊状に細切りにし、水中で乳液を洗い流すと、エリサンは
非常によく成長するようになった。これらのことは、多くの乳液植物では乳
液が耐虫性に関していることを示していた。
パパイアの乳液にはパパイン、イチジクと近縁のハマイヌビワの乳液には
昆虫機能利用研究●
53
第1章 さまざまな機能を解明する
フィシンというシステインプロテアーゼが大量に含まれている。これらシス
テインプロテアーゼの特異的な阻害剤である E-64 をあらかじめ葉の表面に
塗布してからエリサンに摂食させたところ、エリサンは、本来の食草である
ヒマを摂食した時と同じように非常によく成長した。つまり、乳液中のシス
テインプロテアーゼが、パパイアやハマイヌビワの耐虫性に関与していた。
このような防御機構はエリサンだけでなく、重要害虫ヨトウガやハスモンヨ
トウの若齢幼虫に対しても有効だった。植物システインプロテアーゼの耐虫
性物質としての作用機構について、今野氏は、詳細は不明だが、プロテアー
ゼにより虫は体の内部から消化されるのではないかと考えている。
パパイヤ、ハマイヌビワの乳液の特性として興味深いのは、システインプ
ロテアーゼが非常に濃縮されていることである。パパイアの葉全体をすりつ
ぶして測定したプロテアーゼ活性は、エリサンの致死限界活性の 30 分の 1 し
かなかったが、乳液では致死限界活性の 20 倍にも達していた。
植物は必要最小限の毒物質を乳液中に濃縮させて保持しておき、昆虫に食
害されたときは速やかに高濃度の毒物質を食害部位に輸送・噴出する効率的
な防御の仕組みを持つにいたった。一方でこのような特性が、植物の天然物
化学において乳液中の耐虫物質の発見を困難にした一因であると今野氏は考
えている。
クワの乳液成分がカイコ以外の昆虫に毒
今野氏は、さらにクワの乳液にも昆虫に対して生育阻害などを引き起こす
成分があることを見つけた。クワの葉は養蚕が始まったといわれる 5,000 年
前からカイコの優れた餌として用いられてきた。しかし、前述したパパイ
ヤ、ハマイヌビワの場合と同様に、実はクワの葉がカイコ以外の昆虫に対し
て強い毒性と耐虫性をもっていた。その原因がクワの葉を傷つけたとき葉脈
からしみ出てくる白い乳液に含まれる成分だった。
クワ乳液には、糖尿病治療効果・血糖値低下効果も報告されるD- ノジリマ
54 ●昆虫機能利用研究
第1章 さまざまな機能を解明する イシンをはじめ 3 種の糖類似アル
カロイド物質が総量で 2%以上と
いう多さで含まれていることが判
明した。これらの物質はハスモン
ヨトウ、ヨトウムシなどクワを専
門に食べていない昆虫には強い毒
b
性を示したが、興味あることに
は、カイコには全く毒性を示さな
かった。
クワが乳液成分で昆虫の食害か
a
クワ乳液のヨトウガ幼虫に対する耐虫性作用
a:無処理クワ、b:細切・水洗したクワ
(提供:今野浩太郎氏)
ら身を守る一方、カイコがクワの
防御に適応していることを示しており、数千年の養蚕の歴史の中で初めてク
ワとカイコの関係の本質が明らかにされたといえる。この成果は、2006 年 1
月米国科学アカデミー紀要(Proc.Nat.Acad.Sci.USA)に掲載された。
植物乳液は今までまったくその機能に注目されなかった。しかし、乳液は
単なる植物が傷つけられた時にだす汁液ではなく、複雑なメカニズムを秘め
た植物の耐虫性防御機構である可能性が高い。このことからも今後、乳液物
質の研究から植物の耐虫性に関する知見や新規の耐虫性物質やタンパク質が
発見されるものと、今野氏は期待している。
【主要文献】
今野浩太郎(2001)エリサンを用いて昆虫と植物の攻防関係を探る,野蚕,44: 3-5
今野浩太郎(2005)植物は乳液を出して昆虫の食害から防御する!
?パパインがパパイ
アの耐虫性に果たす決定的役割,化学と生物,44: 77-80
Konno, K., Hirayama, C., Nakamura, M., Tateishi, K., Tamura, K., Hattori, M. and
Kohno, K. (2004) Papain protects papaya plant from herbivorous insects: role of
cysteine proteases in latex, Plant J., 37: 370-378
Konno, K., Okada, S. and Hirayama, C. (2001) Selective secretion of free glycine, a
neutralizer against a plant defense chemical, in the digestive juice of the privet
昆虫機能利用研究●
55
第1章 さまざまな機能を解明する
moth larvae, J. Insect Physiol., 47: 1451-1457
Konno, K., Ono, H., Nakamura, M., Tateishi, K., Hirayama, C., Tamura, Y., Hattori, M.,
Koyama, A. and Kohno, K. (2006) Mulberry latex rich in anti-diabetic sugar-mimic
alkaloids force dieting on caterpillars, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103: 1337-1341
56 ●昆虫機能利用研究
第2章
産生物を利用する、運動機能を知る
絹フィブロインスポンジ
(提供:玉田 靖氏)
6666666666666666666666666666666666666666666666666666666666666
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66666666666666666666666666666666666666666
66666666666666666666666666666666666666666
第2章 産生物を利用する、運動機能を知る 1.バイオマテリアルとしての絹タンパク質とその利用
絹タンパク質の特性とこれまでの素材利用
絹はフィブロインとセリシンという二つのタンパク質から構成されている。
この絹タンパク質がバイオマテリアルとして有望視されている理由はタンパ
ク質として持っているいくつかの特性と利点にあり、これについては、前著
『昆虫機能の秘密』で紹介している。まず、絹タンパク質のタンパク質として
の純粋性と大量生産性である。繭糸としてカイコの体外に出されるタンパク
質としての純度は 90%を越え、カイコ一匹からは、繭として 0.4g にも達する。
もう一つの大きな特性は、材料調製が簡単であることである。絹タンパク質
はある種の塩溶液に容易に水溶液が調製できる。この水溶液から簡単に、粉
体、フィルム、ブロック体など様々な形態に加工することができる。さらに、
フィブロインタンパク質のアミノ酸構造が特異で、化学反応を起こす官能基
が多く、化学反応の結果、色々な低分子物質を吸着する素材が製造できる。
絹タンパク質の特性を生かして開発された工業製品としての最初ともいえ
るものが絹コンタクト・レンズである。 絹フィブロインの、天然性のタンパ
ク質という素材的特質からの生体適合性、酸素透過性の優秀性はコンタクト
レンズ素材としても要素は十分と考えられた。COE プロジェクトのメン
バーの一人でもある塚田益裕氏は、15 年ほど前に民間企業と共同でフィブロ
インのブロックからコンタクトレンズを作成する技術を開発した。この絹コ
ンタクトレンズは、酸素透過性、光学特性、機械的強度に優れるとともに、
レンズの装着がよく、汚れにくい、さらに最大の利点として生体適合性がい
いという特長をもっていた。製造方法として特許出願され登録もされたが、
相手側の企業の経営方針と、使い捨てタイプのコンタクトレンズの進出で市
場化までは至らなかった。
昆虫機能利用研究●
57
第2章 産生物を利用する、運動機能を知る
COE プロジェクトの中でも、フィブロインの特性を利用した、新規バイオ
マテリアル素材の開発を重要な課題としてきた。その成果の一部について
は、前著でも紹介した。
シルク粉末を有効に利用したのが、「シルク・レザー」の開発とそのボー
ルペン、時計裏蓋への利用である。COE の課題担当者でもある元素材特性研
究チーム長坪内紘三氏は、絹タンパク質が持つ、優れた特性である吸湿性、
放湿性などの生体へのなじみ、しっくり感を残したままで微粉末化すること
に成功し、フィブロインの新しい用途への道を拓いた。この微粉末は絹糸と
同じ分子的性質を持ち、吸湿性や放湿性など絹タンパク質本来の特性をもっ
ていたため、ウレタン樹脂と混ぜることによって、新しい感触のコーティング
材が開発された。
それが“シルクレザー”と命名された素材で、ボールペンだけでなく電話の
受話器の外装、車の内装、インテリアなど、高級感を売りものに多様な用途が
期待されていた。ある時計メーカーは、時計の外装にシルクレザーを使用し
た。体に直接触れる裏蓋部分に用いることで金属のべたべたする感じがなく
なるとともに、金属アレルギーの人に対しても、優しい素材となった。この微
粉末は、さらに細かく調製することに成功し“超微粉末”として、シルクを主
成分とした化粧品へとつながった。
また、生体機能模倣研究チーム長・玉田靖氏のグループは、優れた絹タン
パク質の力学的特性を生かし、天然繊維としての生体親和性と人工腱、人工
靱帯など新しい骨結合性材料の開発を試みた。人工腱や人工靱帯には、骨と
の親和性や結合性が高い材料であると同時に、ある程度の強靱性が必要とさ
れる。絹をイソシアネート基を側鎖にもつ不飽和化合物メタクロイルオキシ
エチルイソシアネートという化合物で処理し、リン酸基を側鎖に持つモノ
マー化合物でグラフト重合することで、絹に効率よく骨成分ハイドロキシア
パタイトが複合化できた。この複合素材は、生体骨に見られるような分子の
配向性が観察され、絹が人工の腱として骨と結合し、役目を果たすことが明
58 ●昆虫機能利用研究
第2章 産生物を利用する、運動機能を知る らかにされた。さらに、生きたラットの大腿骨を用いた動物実験でも骨との
結合性の強固さが確められ、絹タンパク質素材の有効性が認められた。この
ように絹タンパク質繊維は、医用分野における新しい骨結合性材料として、
人工骨や人工腱・靱帯用素材としての利用が期待されている。
絹タンパク質スキンケア製品の市場化
COE プロジェクトの成果をもとに、絹タンパク質素材の一つがベンチャー
企業の設立による市場化につながった。坪内紘三氏が、絹タンパク質が細胞
増殖性を持つことに着目して素材化したスキンケア製品である。坪内氏は
2004 年 3 月に生物研を定年退職し、ただちに“プロライフ”というベンチャー
企業を設立した。生物研としては、研究所に在籍あるいは在籍した旧職員の
企業化を支援する意味で、職員が開発した特許の優先的使用のみならず、施
設や関連機器の貸与など便宜を図ってきている。坪内氏は、このような支援
を受け、シルクフィブロインフィルムからなるスキンケアシート製品を市場
化するベンチャー企業を立ち上げた。このベンチャー企業は生物研が独立行
政法人になって以来、職員の企業化は初めてであり注目された。
坪内氏が設立した“プロライフ”は、シルクからフィルムを作り、顔を対
象とした肌の手入れ製品スキンケアシートを販売する会社である。このスキ
ンケア製品は一種の皮膚ケア用パックである。プロライフが発行している宣
伝パンフレットから、施用法を要
約しながら引用する。
用いるのは、2 センチ× 3 セン
チほどの大きさのフィブロイン
フィルムである。このフィルムを
事前に水を含ませた後、顔の使用
したい部分に貼り付け、指で皮膚
をシートごと伸ばしていく。その “プロライフ”のスキンケア製品のパンフレット
昆虫機能利用研究●
59
第2章 産生物を利用する、運動機能を知る
まま乾燥させると、その過程でフィブロインシートの成分が浸透する。シー
トが完全に乾燥したら、水を含ませたコットンなどでパッティングしながら
ふき取る。その結果、フィブロインシートの皮膚保全効果により肌に潤いが
戻る。
フィブロインシートの効用は、やはり、プロライフのパンフレットによる
と、皮膚が細胞の最下層まで浸透して活性化されること、シートのフィブロ
インが肌に生まれ変わるスピードを速めることとされている。坪内氏は、
COE プロジェクトにおいて、絹フィブロインの創傷被覆材としての効果につ
いて検証している。今回のスキンケア製品も、フィブロインが持つ皮膚細胞
の増殖促進効果を、生体適合性がある絹タンパク質に付加した機能として、
売り出したことが企業化につながったものと思われる。
坪内氏は、COE 後期においては同研究チームの高須陽子氏と共同で、短期
間であるがフィブロイン分子中の細胞増殖に関わる分子部位を特定し、その
ペプチドを人工合成することによって従来の絹粉末や絹フィルムに、それを
加えることによってさらなる機能を与えることを試みた。実用化までいたら
なかったが、絹素材の利用法としては新たな可能性を残している。
シルクフィブロインスポンジの開発と利用
絹タンパク質は、繊維のみならず粉体、フィルム、ブロックなどさまざま
に成型することができるという特長があることはすでに紹介した。しかしな
がら、多孔質三次元構造体、いわゆるスポンジについては、多くの研究者が
その形成を試みたものの、簡易でかつ素材として安定な物性を持つという条
件では誰も成功していなかった。
玉田氏のグループは、シルクフィブロイン水溶液に少量の水溶性有機溶媒
を加え、その後、凍結・融解するという非常に簡便な方法で、良好な多孔質
構造を持ち、かつ力学的強度に優れたシルクフィブロインスポンジ構造体を
つくることに成功した。
60 ●昆虫機能利用研究
第2章 産生物を利用する、運動機能を知る フィブロインを、付加
価値が高い再生医療素材
として利用を図るのは、
絹タンパク素材利用の基
本的方向である。フィブ
ロインスポンジの開発が
期待されていたのは、組
織再生のための細胞への
足場を素材としての利用
フィブロインスポンジ構造体形成プロセス
分野である。これについ
(提供:玉田 靖氏)
ては現在、コラーゲンや
ポリ乳酸などの材料を用いて開発が試みられているが、細胞が増殖する空間
の確保という点からもスポンジ構造体の形態が必須とされている。
玉田氏がスポンジ構造体の作成に成功した方法については、本人がいって
いるように、「まさに偶然の産物だった」。シルクスポンジの形成プロセスの
最初は、シルクフィブロイン水溶液の調製である。次に少量の有機溶媒を添
加する。そして有機混合溶液を凍結・融解処理をする過程である。従って、
スポンジの形成を左右する条件としては、フィブロイン水溶液濃度、有機溶
媒の種類、有機溶媒の量、凍結温度、凍結時間などが考えられる。玉田氏が、
最初にスポンジ形成を発見したのは、別な実験の進行中に忙しさに紛れ、シ
ルク水溶液に有機溶媒を加えた状態で中断し、冷凍庫に入れ一時放置したと
いう偶然である。翌朝、冷凍庫から出し水溶液を見たら、中に構造体が出来
ていたという。種々の水溶性有機溶媒を用いフィブロインスポンジ構造体の
形成を試すと、ほとんどすべてでスポンジ構造体が形成された。また、スポ
ンジ構造体は有機溶媒の種類やフィブロイン溶液の濃度により構造が変化す
ることがわかった。
スポンジの形成に溶媒濃度が強く関っていることは当然予想される。有機
昆虫機能利用研究●
61
第2章 産生物を利用する、運動機能を知る
溶媒としてよく用いられる DMSD の場合おおよそ 0.5 ∼ 3 容量%では、再現
良くスポンジが形成されるが、0.1%以下、あるいは 5%以上では、スポンジは
形成されない。凍結温度条件もスポンジの形成に影響する。− 20℃ で凍結し
た場合スポンジできるが、− 80℃ ではできない。また、凍結はスポンジの形成
に必須で、フィブロイン- 有機溶媒混合溶液を凍結せず 4℃ や 20℃ で保持して
おいてもスポンジはできない。凍結時間もスポンジの形成を左右し、スポン
ジ構造体ができるためには少なくとも 8 時間以上の凍結時間が必要であるこ
とがわかっている。
スポンジ構造体とその物性
走査型電子顕微鏡によりフィブロインスポンジを観察したところ、多孔質
構造は溶媒量とフィブロイン水溶液濃度により変化することがわかった。特
に、フィブロイン濃度は顕著に影響があった。有機溶媒量が増加するととも
にスポンジの孔密度が増加し、逆にフィブロイン濃度が増加するとともに、
孔密度が減少する傾向があった。また、スポンジの硬さはフィブロイン水溶
液濃度に強く依存しているが、それは孔密度が変わるためで、スポンジの孔
密度が少ないほど硬いスポンジになることがわかった。現在、コラーゲンゲ
ルが再生医療用細胞足場材料として利用が図られていることから、フィブロ
インスポンジを同じように細胞足場材料として利用する場合、コラーゲンス
ポンジの硬さは一つの指標となる。調べてみると、フィブロインスポンジは
調製の際に、フィブロイン濃度を調整することでコラーゲンスポンジの硬さ
を十分カバーできることが分かった。この意味でもフィブロインスポンジは
利用可能な素材であると考えられた。
フィブロインスポンジのもう一つの重要な特性は、オートクレーブで滅菌処
理しても、破断強度が若干低下するぐらいで、スポンジの構造は変化しないこ
とである。このことは、走査電子顕微鏡によるスポンジ外観の観察からも確か
められている。フィブロインスポンジの、オートクレーブ滅菌できるという性
62 ●昆虫機能利用研究
第2章 産生物を利用する、運動機能を知る フィブロインスポンジ構造体の多孔質構
造のフィブロイン濃度による変化
A:1, B:2, C:3, D:4 重量 %
フィブロインスポンジ構造体の多孔質構造
の溶媒濃度による変化
A:0.5, B:1.0, C:2.0, D:3.0 容量 %, 溶媒:DMSO
(提供:玉田 靖氏)
質は、再生素材としてコラーゲンには備わっていない優位性の一つである。
再生医療用材料としての可能性
フィブロインスポンジでの細胞増殖パターンから再生医療素材としての有
用性をまず試した。厚さ 1㎜ のフィブロインスポンジでシートを作製し、オー
トクレーブで滅菌した後、その上に繊維芽細胞株 Baib3T3 細胞を播種した。繊
維芽細胞はスポンジ構造体中で 3 週間以上良好な細胞増殖を示した。しかし
ながら、増殖した細胞はスポンジ構造体の表面近傍に留まり、スポンジの中心
部での増殖はほとんどみられなかった。この点についてはさらに培養法の改
良やフィブロインへの細胞付着性の改良等の検討が必要とされた。
玉田氏は、フィブロインスポンジを、特に軟骨再生材料としての利用を
ターゲットとし、京都大学医学部との共同研究で可能性の検討を進めてい
る。フィブロインスポンジの強さを軟骨等の荷重組織の再生医療用材料とし
て生かせないかという着想である。
ウサギの関節軟骨から得た軟骨細胞を、オートクレーブで滅菌したフィブ
昆虫機能利用研究●
63
第2章 産生物を利用する、運動機能を知る
ロインスポンジへ播種したところ、培養が進むとともに良好に軟骨組織が形
成されていた。この軟骨組織形成程度はコラーゲンゲルの場合と比べても優
れていたが、前述した繊維芽細胞の場合と同様に、軟骨様組織の再生がスポン
ジの表面近傍に留まっているという欠点があった。この点は、現在細胞培養
法を工夫することで改善しつつあるが、今後の検討課題として残されている。
フィブロインスポンジでの軟骨細胞の増殖(提供:京都大学医学部)
細胞播種当日(左図)と 7 日後(右図)の組織像をサフラニンオレンジによる染色で
観察。スポンジ内で良好に軟骨細胞が増殖し軟骨基質を産生している。
フィブロインスポンジ構造体が、フィブロイン水溶液に少量の有機溶媒を
添加し、凍結・融解するだけという簡単なプロセスで形成されるメカニズム
については現在のところ不明である。玉田氏は、このメカニズムを明らかに
することによって、より理論的な根拠に基づく利用目的に合ったスポンジが
調製できるものと考えている。その一方で、スポンジ形成に用いるフィブロ
イン分子自身の改良についても、遺伝子組換えカイコという先端手法を利用
して行っている。遺伝子組換えカイコの利用は、フィブロイン分子への機能
性分子の付加やフィブロイン分子の主鎖構造の改変による物性の改変を容易
に行える有用な手法である。すでにフィブロインの主要構成タンパクである
L 鎖分子に細胞接着性タンパク質フィブロネクチンの細胞接着ドメインを付
加することに成功している。この改変フィブロイン分子は明らかに細胞を付
着させる機能が高まっていた。
64 ●昆虫機能利用研究
第2章 産生物を利用する、運動機能を知る 玉田氏は当面、フィブロインスポンジを関節軟骨再生材料として利用する
ことを目指しているが、医療用途以外でも、化粧品用途やエステ用品分野な
どでの有望な素材としてその利用を考えている。
絹フィルムの生分解性
その他の、絹フィブロインの素材化に関する研究として、昆虫新素材開発
研究グループ上席研究官の塚田益裕氏は、絹フィブロインフィルムのタンパ
ク質分解酵素による分解性を検討した。塚田氏の目的は、生体内で絹フィブ
ロインの生分解を制御するための基礎的知見を得ることである。
絹糸やそれから調製した絹フィブロイン膜を、各種の酵素水溶液中で処理
し、分解過程の絹のアミノ酸分析、機械特性測定、分子量測定、ラマンスペ
クトル測定を行った。絹膜は酵素により比較的容易に加水分解すること、そ
の生分解程度は酵素の種類により異なること、非結晶領域が特異的に切断さ
れることなどが明らかにされた。塚田氏は、これまで絹製縫合糸は外科用埋
め込み材として用いられてきたが、絹膜はタンパク質酵素により加水分解を
受け易い素材であると結論している。
【主要文献】
Aoki, H., Tomita, N., Morita, Y., Hattori, K., Harada, Y., Sonobe, M., Wakitani, S.,
Tamada, Y. (2003) Culture of chondrocytes in fibroin-hydrogel sponge. Biomed.
Mater. Eng. 13, 309-316
Tamada, Y. (2005) New process to form a silk fibroin porous 3-D structure,
Biomacromolecules, 60, 3100-3106
坪内紘三(2003)絹フィブロインを素材とした化粧品、医薬品,農林水産研究ジャー
ナル,26: 32-37
Tsubouchi, K., Nakao, H., Igarashi, Y., Takasu, Y. and Yamada, H. (2003) Bombyx mori
fibroin enhanced the proliferation of cultured human skin fibroblasts, J. Insect
Biotech. and Sericol., 73, 65-69 昆虫機能利用研究●
65
第2章 産生物を利用する、運動機能を知る
2.昆虫キチンを利用する
キチンとは
キチンは、セルロースとよく似た化学構造および結晶構造をしている多糖
類である。その分布は、動物から植物、微生物まで広く、動物では昆虫の他、
エビ、カニなどの甲殻類、クモ、ダニなどの節足動物などで存在が知られて
いるが、ほ乳類などの高等動物では知られていない。
近年、エビ、カニなど甲殻類から取れる天然キチンが、バイオマス資源と
して注目を浴びている。 エビ殻やカニの甲羅から大量に得られるキチンは、
廃棄物の有効利用として、その誘導体であるキトサンとして廃水処理のため
の凝集剤として多くが用いられてきたが、最近は健康食品素材としての販売
量も増えている。
一方、キチンとその誘導体は免疫賦活作用、抗腫瘍作用、抗菌性など人類
に有用な特異機能をもっていることが明らかになり、医用材料としての利用
も検討されてきている。現在、吸収性縫合糸、人工皮膚、手術用スポンジ、
徐放性薬剤担体などが実用化に向けて取り組まれている。
外骨格生物である昆虫は、エビやカニ等の甲殻類と同様キチンを持ってい
る。キチンは主として表皮に含まれているが、体のサイズが圧倒的に小さい
昆虫ではキチンの量は多くない。しかしながら、昆虫キチンに特有の機能が
見つかれば、医用材料など付加価値の高い分野への利用が期待される。
COE プロジェクトでは、昆虫産生物利用研究チーム長の羽賀篤信氏が、昆
虫クチクラに存在するキチンの機能特性を明らかにすることによって、機能
性生体素材の開発を目指して研究を進めてきた。
66 ●昆虫機能利用研究
第2章 産生物を利用する、運動機能を知る 昆虫キチンの特性
羽賀氏は、まず昆虫由来キチンの特性を明らかにすることを試みた。昆虫
クチクラからキチンを単離したのは、羽賀氏のグループが初めてだった。
甲殻類の甲羅にはキチンのほかカルシウムとタンパク質が含まれている。
それに対し、昆虫の表皮では、カルシウムは存在せずキチンとタンパク質の
ほかに、ジフェノール化合物を含んでいた。例えば、カイコ幼虫表皮の主成
分は、タンパク質、ジフェノール類、キチン、および脂質で、その組成比率
は、タンパク質 62 ∼ 67%、ジフェノール化合物 15 ∼ 20%、脂質 1 ∼ 2%、
およびキチン 15 ∼ 18%の比率だった。この比率は、昆虫種によって異なっ
ていた。昆虫キチンは化学構造やそれに起因する特性において、甲殻類キチ
ンとは異なり、甲殻類キチンと比べ、化学反応による化学修飾も甲殻類キチ
ンよりも容易であった。
キチンが医療用途分野の生体素材として利用されている理由は、生体内に
おける生分解性、生体親和性、血清タンパクの吸着性、低抗原性などの特性
である。実際、生分解性については羽賀氏の実験によると、昆虫キチンは微
生物によりウシエビキチンに比べ短時間で分解される。
しかし、昆虫キチンを含めキチン自体が水に溶けず、多くの有機溶媒にも
溶けないという性質は生体素材として利用するにあたっての難点となってい
た。一方で、キチンを親水性基で化学修飾することによって、水溶性のもの
も作出される。 キチンを濃アルカリ溶液に溶解させ、脱アセチル化すると、
脱アセチル化の程度が 45 ∼ 55%の範囲で、水溶性になる。羽賀氏は、カイコ
蛹脱皮殻から得たキチンを脱アセチル化することで水溶性キチンを調製する
ことに成功した。
昆虫キチンの細胞培地へ利用
カイコ蛹脱皮殻キチンから合成した脱アセチルキチンとキトサン誘導体に
は、桑の白紋羽病や胴枯れ病という糸状菌病に対し、菌糸の生育を阻害する
昆虫機能利用研究●
67
第2章 産生物を利用する、運動機能を知る
効果があった。さらに、キトサンと絹フィブロイン複合体も大腸菌(E.coli)
及び黄色ブドウ球菌(S.aureus)に対して菌増殖阻害を示した。
昆虫キチンの利用例として特筆されるのが、昆虫培養細胞株の短期間樹立
への道を拓いたことである。
生物研の今西重雄昆虫細胞工学研究チーム長は、羽賀氏および昆虫培養細
胞学の権威三橋淳博士との共同研究で、昆虫の初代細胞培養用に適した新し
い培地を開発することに成功した。これまで、昆虫における細胞培養系の確
立において最大の問題点とされていたのは、初代培養から継代培養が可能な
段階までに長い期間がかかることだった。
初代培養では、作出したい昆虫から目的とする組織を無菌的に摘出し、こ
の組織を細胞培養用培地とともに培養フラスコに入れる。次に、組織切片か
らフラスコ面に出てきた細胞が分裂し、十分な数に達するまで約一年間培養
を続ける。この細胞が十分に増えた状態で、初めて別なフラスコに移して培
養する経代培養に移行することになる。今西氏は、新しい組成の培地を開発
カイコの胚細胞由来線
維芽状培養細胞株
エビガラスズメの脂肪
体由来胞株
ネムリユスリカの胚由
来細胞株
新規に開発した組成の初代細胞培養用培地を用いて樹立した細胞株
(提供:今西重雄氏)
68 ●昆虫機能利用研究
第2章 産生物を利用する、運動機能を知る することで、初期培養の期間を大幅に短縮することができた。この培養の
際、細胞外マトリックスとして、羽賀氏が合成したカイコ蛹脱皮殻に由来す
る水溶性キチン、硫酸化キトサンというキチン誘導体および N- トリメチル
キトサンを使用したことが効果を高めた。これらキチン誘導体には、明らか
に細胞増殖を促進する作用が認められていたからである。この細胞培地を用
いて、これまで増殖が困難だったカイコ精巣細胞やエビガラスズメ脂肪体細
胞、ドウガネブイブイ脂肪体由来細胞、ヌカカ胚由来細胞など、昆虫各種分
類群において、さまさまな組織由来の細胞の細胞株を樹立するなど好成績を
収めた。この培地については、平成 14 年 3 月に特許出願されている。
昆虫キチンミクロスフェア
昆虫キチンが、水産業がバックにあるエビ、カニなどの甲殻類キチンのよ
うに大量に材料供給できない以上、その有効利用には、まず昆虫キチンに特
有な有用機能を探索することが必要になる。羽賀氏らのグループは一連の研
究で、甲殻類キチンとは異なる昆虫キチンの特性を幾つか明らかにした。ま
ず、昆虫キチンは容易な化学反応性を持つことで水溶性キチンが比較的簡単
に作出できることである。また、生体分解性、生体適合性などを有すること
から、より医学分野への適応が容易に
なると考えられた。その意味でもキチ
ンの生分解性を利用した、薬物徐放性
のミクロスフェア(微細粒子)の開発
は、昆虫キチンに高い付加価値を付け
るものとして期待された。
まず、羽賀氏は、高分子ミクロス
フェア作出に必要なキチンを昆虫クチ
クラから効率的に回収することをめざ
した。キチンの回収材料としたのは、
走査電子顕微鏡によるキチンミクロス
フェアーの画像(提供:羽賀篤信氏)
昆虫機能利用研究●
69
第2章 産生物を利用する、運動機能を知る
カイコ幼虫死骸である。COE プロジェクトではカイコ幼虫を利用して、イン
ターフェロンなどの有用物質を大量に生産する一連の研究を推進していた。
この過程で、廃棄物として一定量が確保されるカイコ幼虫死骸を利用するこ
ととした。カイコ幼虫死骸から得たキチンを出発材料として、可溶性キチン
誘導体ジブチルキチンを化学修飾によって作り出し、過塩素酸の存在下で、
無水酪酸を溶媒としてキチンをエステル化すると、ブチリル基はキチン分子
すべての水酸基に導入された。このブチリルキチンを利用して、油 / 水系単
一エマルション溶媒蒸発法により、粒径と形状がほぼ均一なミクロスフェア
が得られた。これを、キチンの生分解性による徐放効果を利用したドラッグ
デリバリーシステム(DDS)へ応用することを試みた。
高分子ミクロスフェアと DDS への利用
キチンミクロスフェアの薬物徐放効果は気管支拡張剤テオフィリンについ
て検討した。テオフィリンをジブチリルキチンと混合・複合化し、ミクロス
フェアの調製を試みた。テオフィリンの添加によっても形状変化は起こら
ず、良好な球形を維持したミクロスフェアが得られた。
テオフィリン複合ミクロスフェアからのテオフィリンの放出を pH を変え
ることで検討したところ、テオフィリンの放出
速度はミクロスフェアの粒径に強く依存し、小
さなミクロスフェアほど放出速度は速かった。
ただし、粒径の大きさによって放出速度が異な
るという現象は、テオフィリンの放出直後では
認められなかった。
現段階では、酸性領域においてはジブチリル
キチン自体が加水分解を受け低分子化してしま
い、ミクロスフェアの形状を維持できないとい
テオフィリンを含有した
キチンミクロスフェア
う問題点が浮き彫りにされている。しかしなが
(提供:羽賀篤信氏)
70 ●昆虫機能利用研究
第2章 産生物を利用する、運動機能を知る ら、羽賀氏は中性域で用いる限り、カイコキチンミクロスフェアは徐放性担
体として利用できると考え、さらなる改良を進めている。
【主要文献】
羽賀篤信(2001)昆虫キチンの特性解明と利用可能性,蚕糸・昆虫農業技術研究所研
究資料,28: 124-134
今西重雄・羽賀篤信・秋月 岳(2002)昆虫細胞初代培養用培地,細胞外マトリック
スおよびこれらを用いた短期間での昆虫培養細胞株作出法 国内特許申請番号
(2002-601177)
昆虫機能利用研究●
71
第2章 産生物を利用する、運動機能を知る
3.カイコガの飛翔動作をみる微小電極
昆虫の飛翔行動
COE プロジェクト第2のテーマでは、昆虫の生体高分子を利用した素材開
発ともう一つ、昆虫に特有な構造や運動機能を解析し、模倣するという研究
も進められた。
昆虫の飛翔は非常にユニークである。カやハエは1分間に 2,000 回という
驚異的な羽ばたきを行う。また、ヘリコプターのように空中の 1 点に静止す
るホバリングという飛翔もできる。これらの昆虫の飛翔メカニズムについて
は、筋肉の生理機能や神経系での刺激伝達など、これまでにも多くの研究者
が解明に携わってきた。しかしながら、その手法の多くが昆虫の背中の部分
を回転する天秤のような装置に固定し、虫に風を送ることによって、昆虫が
飛ぶのを調べるというもので、空中を自由に飛ばせる自由飛翔(フリーフラ
イト)の実体とは本質的には違っていた。
フリーフライトにおける飛翔筋の神経支配の実態を捉えるためには、飛ん
でいる昆虫に発信器をつけたり、筋肉に電極を刺し電気活動と筋肉の動きと
の相関を調べたりするなどの追跡方法が求められる。生体機能模倣研究チー
ム主任研究官の桑名芳彦氏は、これまで、カイコガやエビガラズメなどの比
較的大型の鱗翅目昆虫を用い、ガの背中に小型発信器をつけることで飛翔行
動の解析を行ってきた。
さらに COE 前期においては、マイクロマシン技術を適用して飛翔中のガ
の筋肉に突き刺し、神経電位活動が追跡できる、大きさ 1 ∼ 2㎜ 四方の微小
電極の作製を進めてきた。桑名氏が微小電極の作製に用いたのは、シリコン
基板を用いた異方性エッチングという方法である。複数の結晶方位が存在す
る単結晶シリコンで各面のエッチング速度が異なることを利用して、シリコ
72 ●昆虫機能利用研究
第2章 産生物を利用する、運動機能を知る ン基板を加工・成形するものである。
シリコン微小電極からエポキシ樹脂製電極へ
シリコンを用いた微小多チャンネル電極は、COE 前期において試作品が完
成し、COE の後期にも引き続いて改良を進めていた。しかしながら、改良の
過程で、シリコン基板からの加工・成型など材料調製の難しさによる歩留ま
りの悪さに加え、カイコガ背縦走筋から羽ばたき中の筋電位の計測信号 SN
比も非常に悪く、とても飛翔中の筋電位測定には満足のいくものではなかっ
た。
そこで桑名氏は、電極製作プロセスでもっとも基本となる電極素材を、シ
リコンウェハから感光性エポキシ樹脂に変更することにした。このエポキシ
樹脂は、微細な電極形状をフォトリソグラフィーにより自由に設計できる。
なおかつ、完成品の歩留まりも大幅に向上した。
電極は、針型構造で全体の大きさは 1.5㎜ × 2.7㎜ で、厚さは 100 ∼ 200 μ m
である。生体に刺入するマイクロプローブ部分は 50μm 間隔で5本並べ、サ
イズは太さ 10 ∼ 20μm、長さ約 400μm とした。
電極用素材として用いた感光性エ
ポキシ樹脂は、化薬マイクロケム社
の SU-8 という製品である。SU-8 に
は粘度の異なるものが数種類発売さ
れており、今回の微小電極用として
は粘度の低い SU-8(25) と粘度の高
い SU-8(100) の 2 つを用い、前者で
マイクロプローブ部を、後者で本体
部分を製作した。
エポキシ樹脂製微小電極のデザイン
(提供:桑名芳彦氏)
昆虫機能利用研究●
73
第2章 産生物を利用する、運動機能を知る
微小電極の製作プロセス
1.まず、電極をつくる土台としてのシリコンウェハの表面にシリコン酸化
膜をつける。これは製作工程の最終段階で、完成した微小電極をシリコン
ウェハから切り離すためである。
2.ポリイミドを利用してマイクロ電極表面を絶縁し、プローブ先端どおし
で信号がショートしないようにする。
3.プローブ先端と電極本体をつなぐため、金をパターニングして配線する。
4,5.感光エポキシ樹脂 SU-8(25) を、金をパターニングした表面に厚さ 20
μm 程度になるように塗り、プローブ部を形成する。
6,
7.粘性のより高い感光性エポキシ樹脂 SU-8 (100) を厚さ 200μm 程度に
なるように塗り、微小電極本体を形成する。
8.エポキシ樹脂を固めるため 200℃ で2時間処理した後、プラズマガスで
電極部以外のポリイミドを削り落とす。
9.フッ酸溶液でシリコン酸化膜を溶かし、電極をシリコンウェハから切り
離して、完成。
エポキシ樹脂製微小電極の製作プロセス(提供:桑名芳彦氏)
74 ●昆虫機能利用研究
第2章 産生物を利用する、運動機能を知る 今回、製作したエポキシ樹脂製微小電極のマイクロプローブ部は、従来の
シリコン製微小電極のプローブ部分と違い、5本あるどのプローブも形状と
サイズとも揃っていた。
さらに、外部の記録機器と微小電極を接続するため、ポリイミド薄膜を用
いてフレキシブルケーブルを製作し、導電性接着剤で微小電極と接着した。
作製した微小電極の電気特性は、マイクロプローブ部をカイコガリンガー
液に浸して電極のインピーダンスを測定することから評価した。比較とし
て、ガラス微小管電極にカイコガリンガー液を充填したものも合わせて測定
した。ガラス微小管電極は、低周波域から 10kHz 程度まで非常にフラットな
インピーダンス特性を有し、数 10kHz 以上の高周波域になるとインピーダン
スが下がる。一方、今回作製したエポキシ製微小電極は低周波域で数 10M Ω
というかなり大きなインピーダンスを示したが、周波数が高くなると徐々に
小さくなる。筋肉や神経のインパ
ルスは 1 ∼ 10kHz 程度であり、こ
の周波数帯でエポキシ微小電極は
数 100K ∼ 2M Ωのインピーダン
スを示している。一般に神経細胞
等に刺して用いる電極の場合 5 ∼
10kHz でのインピーダンスが 0.5
∼ 5M Ωであるのが理想といわれ
ているので、今回の微小電極の電
気特性は非常に優れていると考え
制作した微小電極の SEM 写真(提供:桑名芳彦氏)
右上はマイクロプローブ部の拡大
られた。
微小電極によるカイコ筋電位測定
この微小電極を用いて実際にカイコガ背縦走筋での筋電位を計測を行っ
た。胸部背側の背縦走筋にマイクロプローブを刺入れ、カイコガが羽ばたき
昆虫機能利用研究●
75
第2章 産生物を利用する、運動機能を知る
中の筋電位を計測した。5 本のプローブのうち、端の 1 本を参照電極、残りの
4 本を記録用電極として、両電極間の信号を差動増幅してデジタルオシロス
コープで記録する。計測は銅網で製作したシールドボックス中で行った。そ
の結果、非常にクリアな筋電位を 4 チャンネルで同時計測できた。その理由
としては電磁波シールドが効果的であったこと、電極の改良が非常にうまく
いったことが考えられた。また、今回、4 チャンネルの信号が全部似たパ
ターンのものになったのは、1 つの筋繊維に 4 つのプローブが差し込まれた
ためと考えられた。プローブの長さや
筋繊維に差し込む方向を変えれば、各
チャンネルで異なった信号が得られる
と桑名氏は考えている。大きな振幅の
インパルスを示す背縦走筋の筋電位の
他に、それと位相が 90°ずれた小さい
振幅のインパルスも観察できた。これ
は、背縦走筋のすぐ隣りにあり、はば
たき動作において背縦走筋と交互に収
縮動作を繰り返す背腹筋の筋電位と示
カイコ背縦走筋の筋電位の多チャンネ
ル同時記録の一例(提供:桑名芳彦氏)
唆された。
今回電極素材をシリコンウェハそのものからエポキシ樹脂に変更したとこ
ろ、製作工程が容易になり、完成品の歩留まりも上がった。筋電位の測定も
非常に明瞭にできるようになり、十分実用的な多チャンネル微小電極が開発
できたと桑名氏は考え、今後、昆虫電気生理学者とも協力しながら、より使
用しやすい形状、サイズ等への改良を進めていくとしている。
ゴキブリ脳における匂い情報の伝達と処理
昆虫において匂い情報は、脳の神経細胞集団が同期的にスパイクを発生す
ることにより統合、符号化していると考えられている。生体機能研究グルー
76 ●昆虫機能利用研究
第2章 産生物を利用する、運動機能を知る プ井濃内順上席研究官は、COE 前期においては、神経回路活動を全体的に捉
える光学計測法を用い、昆虫の触角葉における情報の中継・処理の場である
糸球体が匂い特異的に組合わされることにより活動することを示した。
COE 後期においても、引き続き、ワモンゴキブリを用い、脳において匂い
の 1 次中枢である触覚葉とその上位中枢であるキノコ体に多点電極を適用す
ることによって、複数の神経細胞のスパイク応答を同時記録し、匂い情報の
統合と符号化の本質を明らかにすることを試みた。
ワモンゴキブリ成虫を冷麻酔し、その頭部を固定した後、脳を覆うクチク
ラ、筋肉を取り除き、さらにピンセットを用いて神経鞘を除去し、脳を露出
させた。触角葉とキノコ体傘部に多点(テトロード)電極を刺入し、触角へ
の匂い刺激によって生じた複数の神経細胞のスパイク応答をそれぞれの部位
から細胞外記録した。さらに、匂い刺激によって生じる local field potential
(LFP)の記録、神経細胞のスパイク波形の違いから、それぞれの神経細胞
の活動としてのスパイク応答を検出した。スパイク応答から 2 つの神経細胞
間のスパイク相関を調べ、そのピーク形状から機能的シナプス結合の種類を
推定した。
上記の実験を通じて、井濃内氏は、個々の神経細胞は複数の匂い情報処理
に関与し、神経細胞集団間に機能重複が存在すること、また匂いの種類の違
いに応じて異なる細胞の間で機能的シナプス結合が随時形成されることを明
らかにした。また、ゴキブリ脳の嗅覚神経回路では機能的神経細胞集団によ
り随時形成される機能的回路によって匂いの情報が表現、処理されることも
明らかにされた。
【参考文献】
Kuwana, Y. (2005) Insect Muscle Potential Recording by an Epoxy-based Multichannel
Microelectrode, Proce. of 3rd Annual International IEEE-EMBS Special Topic
Conference on Microtechnologies in Medicine and Biology, 404-407
桑名芳彦(2005)SU-8 マイクロ電極による昆虫筋電位計測,ロボティクス・メカトロ
昆虫機能利用研究●
77
第2章 産生物を利用する、運動機能を知る
ニクス講演概要集 p. 194
井濃内 順(2003)テトロード電極によるゴキブリ触角葉からの多数ニューロン活動
の記録,日本味と匂学会誌,10: 695-696
78 ●昆虫機能利用研究
第3章
昆虫で有用物質をつくる
培養細胞中の核多角体病ウイルス多角体
(提供:今西重雄氏)
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第3章 昆虫で有用物質をつくる 1.カイコで哺乳類型の糖タンパク質を作る
バキュロウイルスベクターを用いたカイコでの有用タンパク質の大量生産
系が確立されつつある。一方で、この有用物質生産系において、依然大きな
課題となっているのが、有用タンパク質の糖鎖構造に関わることである。哺
乳動物細胞において合成される糖タンパク質と昆虫細胞で作られるものとで
は N 型糖鎖構造は異なっており、前者が末端にシアル酸を持つ複合型糖鎖で
あるのに対し、後者の末端はマンノースからなる 3 マンノース型である。糖
タンパク質における糖鎖は、糖鎖そのものが細胞に結合するなど生理活性を
持ったり、糖鎖の付加によって初めてタンパク質として機能するなど、タン
パク質の機能に深く関わっている。このことは、カイコ- バキュロウイルス
ベクター系での有用物質生産において、哺乳類型の糖鎖付加を実現すること
なしに、この系の適用拡大は難しいことを示唆している。
そこで、京都工芸繊維大学教授森肇氏は新たなカイコの形質転換系を作製
するとともに、これを用いて昆虫細胞においても哺乳類型の複合型糖鎖が付
加されるよう、哺乳動物において複合型糖鎖の合成に関与する遺伝子を導入
することを試みた。
AcNPV と piggyBac を併用した新たな形質転換法
森氏は、COE プロジェクト前期において、鱗翅目昆虫イラクサキンウワバ
Autographa californica に感染する核多角体病ウイルス(AcNPV)を用い、フィ
ブロイン遺伝子に緑色蛍光タンパク質(EGFP)を導入した形質転換カイコ
の作製に成功している。このウイルスはカイコにも感染するが、増殖速度が
きわめて遅く、ウイルスに感染したカイコでも蛾になり、産卵するものが多
い。また、このウイルスのゲノムに外来遺伝子を導入し、カイコに注射する
昆虫機能利用研究●
79
第3章 昆虫で有用物質をつくる
組換えウイルス AcpigA3EGFP と AcpigHSPTrans による形質転換(提供:森 肇氏)
と、導入遺伝子が次世代以降まで伝えられ、発現し続けるという特性を持っ
ている。つまり、このウイルスはカイコに形質転換をおこさせる遺伝子導入
ベクターとして利用できる可能性を持っていた。この形質転換法は、形質転
換効率は低いものの、生物研田村俊樹氏のグループが開発したトランスポゾ
ンを用いながら、遺伝子 DNA を卵に注射する方法に較べ、マイクロインジェ
クションという特殊な技術を必要としないことから注目されていた。
森氏はまず、AcNPV とトランスポゾン piggyBac を併用し、目的遺伝子を効
率的に発現する形質転換カイコを作製することにした。トランスポゾン
piggyBac はバキュロウイルスを介しても機能は損なわれることはなく、カイ
コ個体で同様の機能をもつことがわかっていた。そこで、EGFP 遺伝子を目
的遺伝子とし、piggyBac の ITR 間に A3 プロモーター、EGFP 遺伝子、SV40
polyA 孵化シグナルを持つカセットを AcNPV のゲノム中に組み込んだ組換
えウイルスを作製した。この組換えウイルスを piggyBac の転移酵素を発現す
る組み換えウイルスと混合し、産卵直後の卵にインジェクションしたとこ
ろ、3 つの実験区すべてにおいて 70%以上という高い孵化率が得られた。孵
80 ●昆虫機能利用研究
第3章 昆虫で有用物質をつくる 4齢幼虫
5齢幼虫
次世代幼虫での EGFP によるスクリーニング(提供:森 肇氏)
化した幼虫については 4 齢時に紫外線照射によるスクリーニングを行い、
EGFP 遺伝子が発現している個体が得られた。EGFP で選抜した個体を飼育
し、次世代卵のゲノムを調べたところ、約 40%の卵で EGFP 遺伝子を持って
いることが確認された。さらに 4 齢期においても緑色蛍光を持つ個体が 10 ∼
15%の割合で検出することができた
これらのことから、森氏は、AcNPV と piggyBac を併用する形質転換法によっ
て導入された遺伝子が安定して次世代以降に伝達されていると判断した。この
方法では、卵で遺伝子を導入したカイコの 4 齢起蚕時に EGFP による緑色蛍光
をスクリーニングを行い、陽性反応を示した個体のみ飼育を続ける。そのた
め、カイコの数を絞り込むことができ、多数のカイコを飼育するのに必要な労
力、コストの軽減という面からも効率的な実験系と考えられた。
複合型糖鎖合成酵素遺伝子の導入と糖タンパク質の糖鎖構造
AcNPV と piggyBac を併用した系を活用して、カイコで生産させる糖タン
パク質を哺乳類型の糖鎖構造へ改変させる遺伝子組換えを試みた。糖鎖タン
パク質の N 型糖鎖プロセッシングの過程は、最初の段階は昆虫型も哺乳類
型も同じである。アスパラギン側鎖への Glc3Man9GlcNAc2-ASN の付加に始
昆虫機能利用研究●
81
第3章 昆虫で有用物質をつくる
まり、これが Man9GlcNAc2-ASN を経て、GlcNAcMan3GlcNAc2-ASN に変換
される。しかし、その後の過程は異なっている。両者の違いは糖転移酵素
の 活 性 に 依 存 し て お り、哺 乳 動 物 で は ガ ラ ク ト ー ス 付 加 酵 素 β 1,4galactosyltransferase(GTF)の遺伝子を持っているが、昆虫にはない。つま
り、この遺伝子をカイコに組み込むことにより、カイコでもヒトと同様な複
合型糖鎖に近いものが合成されるという可能性を示唆していた。
そこで、森氏は、カイコのアクチンプロモーターと AcNPV の IE1 プロモー
ターの制御下で、β1,4-GTF 遺伝子を発現する AcNPV 組換えウイルスを作製
し、ヘルパーウイルスとともにカイコの卵に注射し、感染させた。β1,4-GTF
遺伝子は EGFP 遺伝子と連結してあるので、β1,4-GTF 遺伝子のカイコ染色
体への組み込みの可否は緑色蛍光を観察することによって分かる仕掛けに
なっている。
β1,4-GTF 遺伝子を導入されたカイコで哺乳類型の糖鎖ができているかの
確認は、やや複雑だが、以下のように行った。バキュロウイルスのポリヘド
リンプロモーター制御下で、AcNPV 由来 gp64 のシグナル配列、グルタチオ
ン-S- トランスフェラーゼ(GST)タグ、およびα-1,2- マンノシダーゼを発現
する AcNPV と BmNPV のハイブリッドウイルスからなる組換えウイルスを
作製した。このウイルスをβ1,4-GTF 遺伝子を導入したカイコの G2 世代の形
質転換カイコの 5 齢 2 日目に接種し、GST とα-1,2- マンノシダーゼの融合タ
ンパク質を血液中に発現させた。感染 5 日目のカイコから体液を回収し、
GST カラムで GST とα-1,2- マンノシダーゼの融合タンパク質(α-1,2- マンノ
シダーゼ /GST)を精製し、SDS-PAGE 解析を行ったところ、約 94 kDa の分
子量を持つ融合タンパク質が発現していることを確認した。さらに、α-1,4
結合しているガラクトースと特異的に結合するレクチン RCA120 を用いたレ
クチンブロット解析で、糖タンパク質の糖鎖の末端構造がマンノースからガ
ラクトースへと変わっていること、生成された糖タンパク質の糖鎖構造はマ
ンノース残基に N アセチルグルコサミンとガラクトースが付加しているも
82 ●昆虫機能利用研究
第3章 昆虫で有用物質をつくる 昆虫及び哺乳動物における糖タンパク質の糖鎖合成経路
β1,4-GTF 遺伝子ノックインカイコでの
α-1,2- マンノシダーゼ /GST の発現確認(提供:森 肇氏)
昆虫機能利用研究●
83
第3章 昆虫で有用物質をつくる
のであることが確かめられた。
今回、森氏の成果は、カイコや培養細胞を用いるが、従来のバキュロウイ
ルス発現系ではできなかった複合型糖鎖を持つ糖タンパク質に近い分子が合
成できるようになったことを示している。この系は、今後の、バキュロウイ
ルス- カイコ有用物質生産系の新たな可能性を拡大するものと期待される。
バキュロウイルスベクターの効率化
COE 後期では、バキュロウイルスベクター効率化の基礎研究は、理化学研
究所松本分子昆虫研究室の姜媛瓊氏、三重大学農学部の小林淳助手(現、山
口大学農学部教授)によっても、農林水産省の研究プロジェクト「昆虫工場」
の中で進められた。
姜氏は、カイコ核多角体病ウイルス(BmNPV)の増殖機構に関して、ウ
イルスの感染に関わる宿主因子を解析し、ウイルス感染効率が良好なベク
ターの開発と効率的なウイルス感染を可能とした細胞系の開発を試みた。成
果の一つとして、BmNPV がコードする RING フィンガータンパク質のうち、
3 つのタンパク質(IAP2、IE2、PE38)が RING フィンガー領域依存的に E3
リガーゼ活性を示すことが明らかになった。さらに、IE2 の感染細胞内での
特徴的な局在が、ユビキチン化に関わる E3 リガーゼ活性によって調節され
ていることがわかった。このことから、ウイルスが宿主を制御する機構とし
て、ユビキチン化を利用して、生体防御に関わる宿主タンパク質の分解や蛋
白質の細胞内への移行を変えている可能性が考えられた。
また、小林淳氏はカイコの系以外のバキュロウイルスベクター系として、
野蚕休眠蛹を用いることで新規発現ベクターを構築を進めた。サクサン休眠
蛹を用いたベクター開発では、AcNPV の多角体タンパクプロモーターと p10
プロモーターを利用し、2 つの遺伝子を同時に発現させるトランスベクター
を作製した。さらに、AcNPV ベクター系とも互換性をもつように、宿主拡大
を進めている。また、カイコ培養細胞での有用タンパク質生産に関与する遺
84 ●昆虫機能利用研究
第3章 昆虫で有用物質をつくる 伝子群を同定し、それらを人為的に制御することを目的に、カイコゲノム
データベースを利用し、カイコ培養細胞 BmN4 におけるタンパク生産に有益
あるいは不利益な遺伝子のリストを作成している。
【主要文献】
Imai, N., Matsuda, N., Tanaka, K., Nakano, A., Matsumoto, S. and Kang, W.-K. (2003)
The ubiquitin ligase activities of Bombyx mori nucleopolyhedrovirus RING finger
proteins, J. Virol., 77: 923-930
Maegawa, K., Itoyama, K., Shinoda, T., Yoshimura, T. and Kobayashi, J. (2005) Effects
of medium compositions on Autographa californica nucleopolyhedrovirus
replication and cellular gene expression in an Antheraea pernyi cell line, J. Insect
Biotech. and Sericol., 74: 63-73
Yamamoto, M., Yamao, M., Nishiyama, H., Sugihara, S., Nagaoka, S., Tomita, M.,
Yoshizato, K., Tamura, T. and Mori, H. (2004) A new and highly efficient method
for the silkworm transgenesis using Autographa californica nucleopolyhedrovirus
and piggyBac transposable elements. Biotechnol. Bioeng. 88, 849-853
昆虫機能利用研究●
85
第3章 昆虫で有用物質をつくる
2.メチオニンを介さないカメムシウイルスの翻訳開始機構
農業生物資源研究所は、COE 前期において、チャバネアオカメムシに感染
するウイルスで、これまでまったく報告されていなかった、遺伝子翻訳開始
の新しい過程を発見した。この成果は共生媒介機構研究チーム中島信彦主任
研究官の研究グループによるものである。
タンパク質の合成過程における遺伝子翻訳の開始には、通常、メッセン
ジャー RNA にある AUG という塩基の組合せの翻訳開始コドンと翻訳開始メ
チオニン tRNA が対合することが必要である。しかし、チャバネアオカメム
シに感染する RNA ウイルス(PSIV)の外被タンパク質を作る遺伝子には、
翻訳開始に必要な AUG コドンがなく、その代わりにシュードノットという
特殊な高次構造が存在していた。そして、この高次構造がリボソームとの会
合に関与し、翻訳開始に重要な役割を担い、AUG 翻訳開始コドンがなくても
翻訳が開始された。PSIV などの昆虫ウイルスが持つメチオニンを介さない
翻訳開始機構の存在は、非常に重要な意義をもっている。このグループのウ
イルス遺伝子以外には翻訳開始メチオニン tRNA を使わずにタンパク質の合
成を始めることはできない。従って、さまざまな遺伝子の翻訳制御に関与す
るタンパク質の働きを調べる際の対照実験としてきわめて有効な使い方がで
きるからである。
中島氏らのグループは、COE 後期においては、前期で明らかにした翻訳開
始 tRNA を使用しないタンパク質の合成開始に関して、そのメカニズムを明
らかにし、利用法を探ること、ウイルス以外の生物にこのような RNA 高次構
造を形成する遺伝子が存在するかどうか調査することを目的とした。
86 ●昆虫機能利用研究
第3章 昆虫で有用物質をつくる IGR-IRES の構造
メチオニンを介さない翻訳開始機構の本体は“リボソーム内部進入部位
(IRES)”と呼ばれる高次構造である。PSIV で IRES は、複製酵素前駆体遺伝子
と外被タンパク質前駆体遺伝子の間(intergenic region、IGR)にあり、約 9,000
塩基からなるこのウイルスでは 6,005 ∼ 6,192 番目の塩基が相当している。
中島氏らは、まず、この IGR-IRES の構造について、前期に提示した 2 次
構造モデルとの照合を試みた。プラスミドにクローニングした IGR-IRES の
cDNA から RNA を合成し、この RNA をジメチル硫酸(DMS)およびカルボ
ジイミド(CMCT)の化学修飾剤で処理することにより、IGR-IRES の溶液中
での構造を調査した。一本鎖領域のアデニンとシトシンを修飾するジメチル
硫酸(DMS)、一本鎖領域のグアニンとウラシルを修飾するカルボジイミド
(CMCT)で処理した IRES-RNA を鋳型に逆転写反応を行い、伸長停止箇所
を検出することによって修飾部位を特定した。その結果、中島氏自身が作
化学修飾およびフットプリント
実験のまとめ(提供:中島信彦氏)
CMCT による修飾塩基を■、DMS に
よる修飾塩基を●、40S リボソーム
によって保護された塩基は各々赤色
で示す。形の大きさはバンドの強さ
を 表 し て い る。40S リ ボ ソ ー ム に
よってヒドロキシラジカルから強く
保護された塩基は濃い黄色、弱く保
護された塩基は薄い黄色で示す。化
学修飾実験の結果、予想構造モデル
の修正が必要な部分を薄い紫、修正
モデルの正しさが実験的に確認され
た部分を濃い紫で示した。主にドメ
イン 1-2 が 40S リボソームとの結合
に関与すると判明した。
昆虫機能利用研究●
87
第3章 昆虫で有用物質をつくる
IGR-IRES に よ る 翻 訳 開 始 機 構
の模式図(提供:中島信彦氏)
IGR-IRES を介す場合(上)は第1ア
ミノ酸の制限はない。しかし、通常
の翻訳開始(下)では先頭のアミノ
酸は必ず開始 tRNA に由来するメチ
オニンとなる。
成、提示した IRES 構造モデルが 2 本鎖領域の末端部分の数塩基を除いて機能
的な形態をほぼ正確に反映していることを明らかにした。
リボソームにおける IRES の結合部位
前ページの図に示すように、IGR-IRES の構造は 3 つのドメインと、3 つの
シュードノット部分(PK-1 ∼ PK-3)からなっている。このモデルにおいて、
リボソームが結合する IRES 内の塩基を特定するため、精製リボソームの共
存下で同様の RNA の化学修飾(フットプリント実験)を行った。次に、IRES
のリボソームへの結合部位を知るために、ドメイン 3 を欠損した IRES-RNA
を合成し、mRNA、tRNA および tRNA のアンチコドンステムをリボソームと
共存させ、リボソームへの結合力を調べた。ドメイン 1、2 だけの IRES はア
ンチコドンステムと mRNA の共存させてもリボソームへの結合が阻害され
なかったが、ドメイン 3 を含む完全長 IRES の場合は同一条件でほとんどリボ
ソームに結合されなかった。
この結果は、IRES のドメイン 3 が、リボソーム上でコドン−アンチコドン
塩基対合部位に配置されることを示しており、翻訳開始点の直前に形成され
88 ●昆虫機能利用研究
第3章 昆虫で有用物質をつくる るシュードノット(PK I)がリボソーム上のデコーディング部位に存在する
ことがわかった。
ウイルス外被タンパク質遺伝子コード領域の重要性
IGR-IRES による翻訳機構の無細胞系タンパク質合成系への利用が期待で
きる。そのためには、試験管内での遺伝子翻訳におけるウイルス外被タンパ
ク質遺伝子コード領域の重要性を調べる必要がある。そこで、さまざまな変
異体を作成し、それらの翻訳効率を調査することにした。また、自然界から
分離された IRES の翻訳第 1 コドンはアラニンかグルタミンをコードするも
のしか知られていない。PSIV の IRES が様々なアミノ酸から翻訳開始を行う
ことができるかどうかを調べるために、翻訳第 1 コドンに相当する塩基配列
を変異させ、変異 RNA からの翻訳の有無を無細胞系のタンパク質合系で検
討した。その結果、20 種いずれのアミノ酸をコードするコドンからも翻訳開
始が可能であることがわかった。また、ウイルス由来の外被タンパク質コー
ド領域をまったく含まない外来性コード配列の翻訳もできた。このことは、
IGR-IRES を使用すれば、さまざまなアミノ酸を先頭に持つタンパク質でも
試験管内で直接合成できることを示していた。
ウイルス以外の生物における IRES 翻訳開始の有無
中島氏らの研究グループが 1997 年に PSIV のゲノム塩基配列を公表して以
来、ショウジョウバエ、コオロギ、サシガメ、ウンカ、ミツバチなど PSIV
と同様のゲノム構造を持つと考えられるウイルスの塩基配列が次々に報告さ
れた。これらのうちのいくつかには PSIV には認められない余分なステム・
ループ構造が IRES ドメイン 3 領域に存在していると推察された。そこで、こ
の部分を変異させた RNA を作成し、その翻訳効率を検討したところ、変異さ
せたものでは極端に翻訳効率が低くなっていた。つまり、これらのウイルス
では、余分なステム−ループ構造が必要であり、遺伝子間領域には、塩基配
昆虫機能利用研究●
89
第3章 昆虫で有用物質をつくる
各種昆虫から見つかった、PSIV と同様のゲノム構造を持つウイルスの塩基配列
(提供:中島信彦氏)
列は異なるが PSIV 同様の高次構造が形成可能な領域が保存されていると考
えられた。 次に、IGR-IRES 翻訳開始機構が、PSIV のように昆虫 RNA ウイルスに特有
のものなのかを確認するため、IGR-IRES の高次構造が形成可能な塩基配列
を真核生物の塩基配列データベースから検索し、開始 tRNA に依存しない翻
訳開始例の有無について調べた。
開始メチオニン tRNA を使用しない翻訳開始例は、これまで、最近新たに
作られたジシストロウイルスという分類群でしか知られていない。cDNA 上
のタンパク質コード領域は通常、AUG コドンを探すことで同定される。も
しウイルス以外にこのような翻訳開始例があるとすれば、想定されていない
タンパク質のコード領域が cDNA 上に存在する可能性があると複数の専門誌
が指摘していた。中島氏らは、この可能性を検討するために、これら IGRIRES の高次構造を形成可能な核酸配列を検索するパラメーターを作成し、
90 ●昆虫機能利用研究
第3章 昆虫で有用物質をつくる ウイルス、各生物の cDNA 配列データベース、ゲノム配列データーベースを
対象に検索した。その結果、ウイルスデータベースから IGR-IRES 高次構造
が形成されそうな配列が 21 件が拾い出された。そのうちの 11 件は各種のジ
シストロウイルス群に属するウイルスであり、残りの 10 件はミツバチ急性麻
痺ウイルス(Acute bee paralysis virus)の地理的変異株であった。このこと
から、この検索方法で、IGR-IRES 類似構造が形成されそうな塩基配列を検出
できるものと結論した。さらに、条件を緩くして検索し、抽出された 60 種類
余の配列について二次構造図を描いたが、いずれの場合もジシストロウイル
スの IGR-IRES に較べ不安定な構造をしており、ジシストロウイルス以外に
IGR-IRES が存在するとは考え難いと結論された。
IRG-IRES を使用した無細胞系の翻訳システムはウサギ、コムギ、昆虫、酵
母、ヒト、アルテミアなど真核生物由来の系であれば生物種に関わりなくタ
ンパク合成を行わせることができると確認されている。特に、IGR-IRES の
翻訳開始にはウイルス外被タンパク質遺伝子コード領域は必要なく、任意の
アミノ酸からのタンパク質合成開始を行わせることができる。このことか
ら、中島氏らはプロセシングされて初めて活性を生じるようなタンパク質の
試験管内での直接合成に利活用できると期待している。
【主要文献】
Hatakeyama, Y., Shibuya, N., Nishiyama, T. and Nakashima, N. (2004) Structural
variant of the intergenic internal ribosome entry site elements in dicistroviruses
and computational search for their counterparts, RNA, 10: 779-786
Nishiyama, T., Yamamoto, H., Shibuya, N., Hatakeyama, Y., Hachimori, A., Uchiumi, T.
and Nakashima, N. (2003) Structural elements in the internal ribosome entry site
of Plautia stali intestine virus responsible for binding with ribosomes, Nucleic
Acids Research, 31: 2434-2442
Shibuya, N., Nishiyama, T. and Nakashima, N. (2004) Cell-free synthesis of
polypeptides lacking an amino-terminal methionine by using a dicistroviral
intergenic internal ribosome entry site, J. Biochem., 136: 601-606 昆虫機能利用研究●
91
第3章 昆虫で有用物質をつくる
3.脱皮ホルモン受容体の機能メカニズム
昆虫の発育を制御する主要ホルモンの一つが脱皮ホルモンで、その受容体
は核内で機能する核内受容体スーパーファミリーに属する分子である。脱皮
ホルモン受容体(EcR)は、EcR および USP の 2 量体であることが知られ、
そのうち EcR には N 末端領域の異なる A、B のアイソフォームが存在してお
り、それらの組織や発育時期に特異的な発現パターンが組織や細胞の形能形
成と深く関わっている。
分子進化研究チーム主任研究官の冨田秀一郎氏は、COE 前期において脱皮
ホルモン受容体について、生化学的アプローチから研究を進め、2 つの脱皮
ホルモン受容体の相互作用、受容体とそれに関わる DNA 発現、受容体と脱皮
ホルモンとの相互作用などについて昆虫の培養細胞で解析し、脱皮ホルモン
とその受容体の一般的機能を明らかにした。
後期において冨田氏は、受容体の一つ EcR の転写活性化能についてキイロ
ショウジョウバエを用い、逆遺伝学的手法により詳細に解析した。具体的に
は、変態期にホルモン依存的に再構築を受ける神経細胞に注目し、EcR によ
る再構築の制御や、それぞれの EcR アイソフォームが持つ特異的な機能を解
析することである。
脱皮ホルモン受容体には、いくつかのアイソフォームがあることが知ら
れ、それぞれのアイソフォームの発現パターンは、各組織、各発育時期で
はっきりと異なっている。アイソフォームは脱皮ホルモン作用を組織、発育
時期特異的に厳密に発揮させる上で、重要な役割を果たしていると予想され
ているが、その分子機構は未だに不明である。冨田氏は、各アイソフォーム
に特異的な機能を、ショウジョウバエで生体現象として可視化することに
よって解析しようとした。
92 ●昆虫機能利用研究
第3章 昆虫で有用物質をつくる EcR アイソフォームのショウジョウバエ全身での一過的発現
熱ショックタンパク質プロモータの支配下にある組換えキイロショウジョ
ウバエを用い、EcR の A、B1、B2 各アイソフォーム遺伝子を変態の開始期
に一過的に過剰発現させた。A アイソフォームを過剰発現させてもハエの発
育にはほとんど影響なかったが、B1 アイソフォーム、B2 アイソフォームで
は、蛹化の直前に高率で致死してしまうことが明らかとなった。熱ショック
により発現する EcR タンパク質の半減期はおよそ 5 時間であるので、ショウ
ジョウバエでは囲蛹殻形成時期に一定のレベル以上の B アイソフォームタン
パク質があると致死が引き起こされるものと考えられた。
EcR アイソフォームの過剰発現と
生存率の関係(提供:冨田秀一郎氏)
A、B1、B2 各アイソフォームを 37℃、
45 分の熱ショックにより発現誘導し
た。囲蛹殻形成時(↓)を 0 とし、そ
れぞれのステージの虫を用いた。
昆虫機能利用研究●
93
第3章 昆虫で有用物質をつくる
Tv ニューロンの再構築への EcR 過剰発現の影響
キイロショウジョウバエの中枢神経系は変態期に大きく形態が変化する。
中枢神経系は変態期に軸索や樹状突起の長さや枝分かれの複雑さが変化する
など幼虫期と成虫期で明らかに異なる形態を示す。変態時におけるこの神経
細胞の再構築はホルモンの支配下にあり、胸部腹側ニューロン(Tv ニューロ
ン)では、脱皮ホルモンアイソフォームの発現が重要に関わっていることが
示唆される。冨田氏は、EcR の各アイソフォームを Tv ニューロンで過剰発現
させハエの形能形成への影響を調べた。
A アイソフォームの過剰発現が神経突起の縮少、退化を遅らせるのに対
し、B1 および B2 アイソフォームの過剰発現では、逆に促進された。また、成
対照区
B1アイソフォーム過剰発現区
Aアイソフォーム過剰発現区
EcR アイソフォームの Tv ニューロンの再構築に対する影響(提供:冨田秀一郎氏)
Tv ニューロン特異的に Gal4 を発現する FG10 系統を UAS-EcR-A および-B2 系統と掛け合わせ、同
時に UAS-mCD8-GFP を共存させて、抗マウス CD8 抗体により染色し、共焦点レーザー顕微鏡に
より検出した。
94 ●昆虫機能利用研究
第3章 昆虫で有用物質をつくる 虫型の新たな神経投射の形成を A アイソフォームの過剰発現は阻害しなかっ
たのに対し、B アイソフォームでは、軸索の伸長は見られたが樹状突起の新
たな形成は検出できなかった。また、ホルモン結合による転写活性可能を
失ったミュータントの EcR の過剰発現は成虫型の新たな投射の形成のみを
選択的に阻害した。
これらの結果から、冨田氏は脱皮ホルモン受容体の機能について、以下の
ように結論している。EcR のような核内レセプターの機能は主にホルモンな
どリガンドとの結合によって発揮され、アイソフォームに特異的な領域はそ
れを修飾するものと考えられている。このことは、ホルモン情報の担い手は
あくまでもホルモンそのものであり、受容体が過剰発現してもその影響がほ
とんどないことを示唆している。しかし、ショウジョウバエにおいて、EcR
の過剰発現により蛹化直前に致死したり、神経細胞の再構築が顕著な影響を
受けたりする事実は、EcR があたかもホルモンなどのリガンドを持たなくて
も作用を発現する可能性があることを示している。またアイソフォームを過
剰発現させた場合その影響がアイソフォームに特異的であったことや、ドミ
ナントネガティブ体の過剰発現によっては Tv ニューロンの幼虫型投射の除
去が阻害されなかったことから、EcR が、リガンド結合機能とは別の、独立
した機能をアイソフォーム特異的領域に持っていることが強く示唆される。
【主要文献】
Schubiger, M., Tomita, S., Sung, C., Robinow, S. and Truman, J. W. (2003) Isoform
specific control of gene activity in vivo by the Drosophila ecdysone receptor,
Mechanism of Development, 120: 909-918
昆虫機能利用研究●
95
第3章 昆虫で有用物質をつくる
4.カイコを用いて有用タンパク質を生産する:
「昆虫工場」
「昆虫工場」の出発点
遺伝子組換え技術の進展は、われわれヒトにとって有用なタンパク質、ホ
ルモンなど希少物質を、植物や動物さらには昆虫に作らせることを可能とさ
せた。昆虫、カイコに有用物質を生産させるというアイデアは、1985 年に故
前田進博士によって提案された。これが「昆虫工場」という概念の出発点で
ある。
有用物質生産に利用されるウイルスは、バキュロウイルスという分類群の
一つ核多角体病ウイルス(Nuclear polyhedrosis virus, NPV)である。このウ
イルスは、大量の多角体タンパク質を生産する。前田博士はカイコに感染す
る NPV(BmNPV)に着目し、カイコ体内で有用物質を効率的に生産させる
方法を開発した。
しかしながら、
「昆虫工場」を実用レベルまで高めるためには、カイコへ
の組換えウイルス感染過程から、カイコ体内で生産された有用物質の回収に
いたるまでの各ステップで多くの課題が残されていた。
COE プロジェクトでは、農林水産省のプロジェクト「昆虫工場」とタイアッ
プしながら、実用化につなげるための基本的課題を克服するための研究を進
めてきた。COE 前期で得られた研究成果のいくつかについては、前著『昆虫
機能の秘密』(竹田 敏、2003)でも取り上げている。
まず、カイコの血液の効率的採取法である。有用物質が分泌される血液中
に、いかに効率よくカイコから採取するかは大きな課題であった。普通は、
手作業でカイコ幼虫の足や尾脚の先をハサミで切り、切り口からしみ出てく
る血液をビーカーなどの容器で受けて回収する。素材開発研究チーム主任研
究官(現研究チーム長)の宮澤光博氏らは、凍結融解法という一度に大量の
96 ●昆虫機能利用研究
第3章 昆虫で有用物質をつくる 幼虫から血液を採取できるユニークな方法を開発した。この方法は、カイコ
を一旦凍結した後、室温で融解すると、カイコの体が 10 ∼ 20%ほど収縮する
特性を利用したもので、血液の採取量も従来までの手による方法とほとんど
変わらなかった。
もう一つは、組換えウイルスの接種法である。組換えウイルスのカイコへ
の接種は、ウイルス液を経皮的に注射するのが通常の方法であるが、この方法
ではカイコを 1 匹ずつ手で注射しなければならず、非常に効率が悪かった。
COE プロジェクト前期では、チノパールという感染増殖剤をウイルス、餌と
ともに食べさせることによって効率的に感染を引きおこす方法が見つかった。
さらに、有用物質を大量に生産するためには、カイコを無菌的に大量飼育
するシステムが必要になる。COE 前期で増殖システム研究チーム長の大浦
正伸氏は、2 万頭の 5 齢期カイコの飼育をコンピュータによって管理するカ
イコ全自動無人飼育システムを構築した。このシステムでは、カイコの飼育
から飼育室環境の制御、カイコの発育状況と行動の観察・解析、カイコヘの
給餌、カイコの回収までをすべてコンピュータで管理できるものである。こ
のシステムの一番の利点は、カイコ飼育室内への外界からの雑菌やウイルス
を持ち込み防止できることであった。
「昆虫工場」の実用化例
東レ株式会社ではすでに、カイコとバキュロウイルスによる有用物質生産
系で生産した有用物質を商品化している。昆虫を使って生産するという、世
界でも例をみないこの商品は、ネコインターフェロンを主剤とした動物用医
薬品“インターキャット”で、1993 年から販売されている。ネコインターフェ
ロンはネコカリシウイルスによって引き起こされるネコ風邪の治療に効果が
ある。さらに、昨年(2005 年)12 月には、犬の皮膚病で最も発生率の高いア
トピー性皮膚炎に対する治療薬インタードッグを市場化している。
また、タンパク質の受託生産も好評を得ている。カイコバキュロウイルス
昆虫機能利用研究●
97
第3章 昆虫で有用物質をつくる
システムによる受託生産を行っているのは片倉工業株式会社で、そのシステ
ムは「スーパーワーム」と名づけられている。1996 年から始っているこの事
業は、バイオ関係の大学や国の研究所、民間企業などの研究者が顧客であり、
一種の研究支援事業として位置づけられて、販路も順調に拡大しているとい
う。
有用タンパクの発現と抽出・精製プロセスの改良
一部のタンパク質、例えば、“インターキャット”については、効率的な
カイコでの発現、抽出・精製が可能となったことで市場化されている。しか
しながら、
“インターキャット”で適用されている工程がすべてのタンパク質
について有効ではなく、それぞれのタンパク質に固有のシステムが工夫され
る必要がある。
COE 後期において宮澤氏のグループは、ブタの免疫系を調節するブタイン
ターロイキン-2(IL-2)をターゲットに、その発現から精製にいたる各プロセ
スで生産効率を向上させようと試みた。実験は、組換え NPV によるブタイ
ンターロイキンの生産で実績がある農
業研究機構・動物衛生研究所の犬丸茂樹
博士と共同で進めた。カイコと、イラク
サキンウワバ(Autographa californica)
両方に感染能力を持つように宿主域を
拡張したハイブリッド組換えバキュロ
ウイルスに IL-2 の遺伝子を導入し、5 齢
カイコに注射・感染させることによっ
て、カイコでの発現を試みる。IL-2 組換 ウイルス接種 3 日目および 4 日目のカ
えウイルスをカイコに接種するとその 4
日目には、カイコの血液 1ml 中に IL-2 が
最高 3㎎ 発現していることが明らかにさ
98 ●昆虫機能利用研究
イコから採取した体液の SDS-PAGE
(提供:宮澤光博氏)
HyPIL2cp-:IL-2 遺伝子組換えウイルスを
接種したカイコ体液、HyNPVcp-: 天然型
バキュロウイルスを接種したカイコ体液
第3章 昆虫で有用物質をつくる れた。この 5 齢カイコ幼虫を用いた発現効率は、培養細胞を用いた場合の発現
量を培養細胞培地溶液 1ml で比較すると、カイコ血液 1ml あたりでは 10 倍以
上高かった。
次に、5 齢カイコ幼虫へのウイルスの
接種時期と IL-2 の生産効率を検討した。
5 齢 1 日目のカイコに組換えウイルスを
接種した場合の IL-2 の発現濃度は、2 日
間給餌した後のカイコに較べ高かった。
しかしながら、大量生産を目的とするプ
ロセスでは、血液当たりの発現量ではな
く 1 頭あたりの組換え蛋白質の総抽出量 カイコ/バキュロウイルス発現系に
が重要な目安となる。2 日間給餌した後
よって得た組換え IL-2 の粗結晶
(提供:宮澤光博氏)
のカイコは、5 齢 1 日目のカイコに比べ
体も大きく、発現産物の濃度が若干低くても 1 頭あたりの IL-2 総量を比べる
と、明らかに上回っていた。このことは、カイコ 5 齢幼虫での IL-2 の生産に
おいては、5 齢 2 日目に組換えウイルスを接種し、その 2 日後の 5 齢 4 日に
血液を採取することで効率的に目的産物が得られることを示していた。
さらに、ウイルス接種後 4 日目にカイコから凍結融解法で得た血液を用い、
IL-2 の効率的な精製プロセスについて検討した。採取したカイコ血液を遠心
し、ゲル濾過と硫安処理、および疎水クロマトグラフィーを組み合わせるこ
とによって高い純度で IL-2 のフラクションが得られた。
これらの知見に基づいて、850 頭という大量レベルのカイコを処理し、IL2 の大量生産を試みた。その結果、カイコ 1 頭からは約 0.6ml の血液が採取で
き、IL-2 の血液中における発現濃度は約 1.2㎎ / ml であった。部分精製され
た IL-2 発現産物は明らかに細胞増殖を促進させるサイトカイン活性が見ら
れ、IL-2 がカイコ体内で生理活性を有する状態で生産されていることを示し
ていた。
昆虫機能利用研究●
99
第3章 昆虫で有用物質をつくる
このように宮澤氏のグループはカイコバキュロウイルス発現系を用いて、
IL-2 を生理活性を有する状態で大量に生産できることを示した。また、その
過程でバキュロウイルス発現系での組換え産物の発現量は、目的とする蛋白
質の種類によって大きな差があることが明らかになった。例えば、ウイルス
のキャプシド蛋白質 VP1、ウイルスの外被蛋白質 gp120 ではいずれもカイコ
血液 1ml 中に 1㎎ 前後の量で発現しているのが確認できた。しかしながら、
吸血昆虫サシガメ由来の抗血液凝固蛋白質プロリキシン-S ではわずか数μg
/ ml 程度しか発現しないことが明らかになった。これらのことから宮澤氏
は、カイコ- バキュロウイルス発現系を用いて有用物質生産を行う場合には、
まず発現効率の高い蛋白質を選ぶことが重要であること、またその蛋白質の
特性に合わせた精製プロセスの構築が必要なことを指摘している。
凍結融解血液採取法の改良とカイコハンドリングロボット
COE 前期において、
「昆虫工場」のシステム向上の一環として、凍結カイ
コ幼虫から血液を効率的に採取する凍結融解法が開発され、実験室レベルで
の有効性が実証されている。しかし、大量のカイコ幼虫血液を連続的かつ自
動的に採取するには、依然として課題が残されていた。それがカイコからの
血液採取工程で、カイコ幼虫をコンスタントに直棒状に凍結させることはそ
の後の血液回収の作業効率を向上させるためからも必要不可欠であるとされ
た。そのため大浦氏のグループは、大量のカイコ幼虫を連続的に直棒状に凍
結するシステムの構築を試みた。
大浦氏は、カイコ 5 齢幼虫を連続的にかつ、棒状に凍結させるシステムと
して、断熱型低温水槽、低温対応型コンベアベルト、冷却装置等から構成さ
れる連続凍結システムを構築した。
このシステムを用いて低温水槽の水温、予備処理条件、処理時間などの諸
条件を検討した。その結果、カイコ幼虫を効率的に直棒状に凍結・固定させ
るには、最初に 0℃ の水中に投入し、5 分から 7 分後にカイコが直棒状態に
100 ●昆虫機能利用研究
第3章 昆虫で有用物質をつくる 達した状態で、-20 から-30
℃ のエタノール液が入っ
た低温の凍結処理用水槽に
移送する方法が最適である
ことを明らかにした。
低温水槽とコンベアベル
トを一体にしたシステムを
構築したことで、水温を-0
断熱型低温水槽、低温対応型コンベアベルト、冷却
装置から構成したカイコ幼虫連続凍結装置
(提供:大浦正伸氏)
℃ に安定的に維持しつつ、
ベルト速度を調節することにより、カイコ幼虫を直棒状に凍結できる水中滞
留時間 5 ∼ 7 分を設定・維持可能であった。凍結カイコ幼虫を緩衝液中で融
解する血液採取工程で採取中の溶液濃度等を測定すれば、血液量の採取量を
工程の途中段階で知ることができるはずである。大浦氏は血液が採取される
緩衝液を分光工学的に計測し、その値から血液の回収程度を推定できる吸光
度計測システムとその計測プログラムを開発した。連続凍結システムで凍結
されたカイコ幼虫は脚部を切除された後、緩衝液がはいったビーカー中に投
入され体から血液が溢出する。緩衝液に混入する血液量が増加するのに伴
い、透過光の強度が低下することが計測され、このことから吸光度の変化を
プログラム化することにより、カイコ血液の採取の度合いが推定できること
がわかった。
COE 前期において大浦氏は外部からのコンピュータの制御により、人工給
餌によるカイコ飼育からウイルス感染カイコ個体の回収までを管理するシス
テムを構築した。しかしながら、このシステムにおいても、最終的にはウイ
ルスの接種や血液採取のための個体の回収などは人手に頼らざるを得なかっ
た。そのため、バイオハザード環境で一連のシステムをすすめるには、人手
に頼っている各種作業を、将来的には、ロボット操作に置換えることが求め
られる。
昆虫機能利用研究●
101
第3章 昆虫で有用物質をつくる
大浦氏は、カイコ幼虫の飼育
作業に工業用多関節ロボットを
応用できないかと考えた。この
試みは工学院大学工学部との共
同研究で進めた。カイコは家畜
以上に家畜化した生物といわ
れ、餌がなくなってもほとんど
歩き回ることはない。しかしな
がら、体が柔らかく、力を加え
多関節ロボットアームによるカイコ幼虫の把持
(提供:大浦正伸氏)
ると簡単に変型したり、また、その程度は少ないといえ移動したりするなど
生物としての基本的特性を持っているので、ロボット・アームでも簡単に把
持することは難しいとされていた。大浦氏は、多関節ロボットアームでカイ
コ幼虫を把持するという難問を、コンピュータ画像によるロボットアームの
制御と、エンドエフェクタを開発することにより可能とした。
今後はさらに、ビジュアルサーボシステムによるロボットの移動制御と、
エンドエフェクタの制御を統合化したシステムを構築すれば、カイコ幼虫の
ハンドリングシステムの完成が期待される。カイコのように柔軟で不定形の
物体を把持できるようになったことで、カイコの完全な自動飼育システムが
構築できる可能性が大きく広がった。大浦氏らの成果はロボット工学会でも
高く評価され、今後のロボットシステムへの応用も期待されている。
「昆虫工場」の実証試験
カイコを用いた有用物質生産システム(「昆虫工場」)のキーポイントとな
る基本技術として、
「昆虫工場」用カイコ品種、組み換えウイルス作製法、
ウイルス感染法、効率的血液採取法、血液からの有用物質精製法などがある。
これらの基本技術は COE プロジェクトと平行して平成 12 年から進められて
いる、農水省のプロジェクト「動植物工場」
(平成 12 年∼ 16 年)の中の「昆
102 ●昆虫機能利用研究
第3章 昆虫で有用物質をつくる 虫工場」グループのなかで整備されてきた。
個別の基本成果は個別技術としては意味をなさず、実用技術としてシステ
ムを組立て、ある程度の規模で実施することで初めて成果として認められ
る。そこで、農水省「動植物工場」プロジェクト昆虫工場グループは、2004
年度のプロジェクト最終年度に実証試験を実施した。その結果については、
“生物研バイオサイエンスシリーズ No. 2「昆虫工場」−有用物質の大量生
産に向けて−”に報告されている。
まず、生産の対象物としてオオサシガメ由来の抗血液凝固物質プロリキシ
ン-S を選び、プロリキシン-S を発現する組換えカイコバキュロウイルスを用
いてシステムの実証を行うことにした。
組換えウイルスは、カイコで増殖させ、人工飼料で飼育したカイコ 5 齢幼
虫に経皮接種あるいは経口接種することで、感染効率を検定した。また、同
時に行った経皮接種については簡易微量注射装置を用いて実施した。カイコ
1 頭あたりウイルス液 5μlの注射量で 100%感染し、100 頭当たりの接種時間
は 2 分程度だった。経口接種はウイルス感染の促進効果が報告されているポ
リオキシンを人工飼料湿体重量あたり 0.5%の量で混ぜ添食させた。
ウイルスの接種に際して 5 齢カイコ 100 頭に給餌した人工飼料の量は感染
経皮接種:簡易微量注射装置を用いて
カイコ 1 頭ずつにウイルス液を接種す
る。
経口接種:ウイルス液を塗布した人工
飼料をカイコに食べさせる。
昆虫機能利用研究●
103
第3章 昆虫で有用物質をつくる
増強剤ポリオキシン添加飼料 1,400 g、ウイルス添加飼料 600 g、ウイルス
接種からカイコが発病し採血するまでの飼育に必要な飼料 8,700 gであった。
カイコ 1 万頭に経皮接種する場合の飼育で、感染促進用飼料は 14㎏、1000 倍
に希釈したウイルス液 1,000ml、ウイルス接種から採血までに必要な飼育用
飼料は 70㎏ であった。
ウイルスを接種したカイコは、バイオハザード環境が整った施設で自動飼
育装置を用いて飼育し、ウイルス接種後 4 日目にカイコの発病が確認された
時点で採血した。採血後のカイコ幼虫死骸はオートクレーブでウイルスの不
活化・滅菌処理を行った後、カイコ幼虫死骸乾燥装置と廃棄物選別装置で、
効率よく表皮、絹糸腺と残渣粉末の 3 分画に分別回収された。
しかしながら、組換えウイルス感染カイコ血液からのプロリキシン-S の回
収、精製については、予備実験の段階でプロリキシン-S タンパクの発現が非
常に低いことが明らかになった。そのため、以後の系ではイラクサキンウワ
バおよびカイコの両方に感染するハイブリット組換えバキュロウイルスを用
カイコ自動給餌装置(提供:大浦正伸氏)
中央の漏斗状の容器に人工飼料粉体と水を入れ、撹拌して飼料
を調製し、パイプで蚕座に供給する。
104 ●昆虫機能利用研究
第3章 昆虫で有用物質をつくる いてブタインターロイキン 18(IL-18)遺伝子を導入し、血液中での生産と、回
収・精製の段階までのステップを実証した。カイコへ接種する組換えウイル
スは、培養細胞で増殖させたものではなく、カイコで増殖させたものを用い
て行った。その理由としては、培養細胞で増殖させたウイルスより、カイコ
で増殖させたものの方がカイコに対して高い感染力を示すことが予備実験で
明らかになっていたからである。
IL-18 組換えウイルスは経皮接種したところ 100%感染したが、感染増強剤
ポリオキシンの併用投与による経口接種では感染が極めて悪く、ウイルス原
液の約二倍希釈という濃いウイルス量でかろうじて感染がみられた。このこ
とから、IL-18 組換えウイルスについては、経口接種によりカイコを感染させ
るためには経皮接種の場合に比べ、100 ∼ 1,000 倍のウイルスの量が必要があ
ることがわかった。経口接種におけるウイルスの感染性が極端に低かったこ
との原因については不明であるが、そのメカニズムが究明されない限り、経
口感染を用いるこの系の利用は不可能と思われる。さらに、経口接種の場合
に、細菌感染により死亡する蚕が多発し、ポリオキシンを添加した飼料を食
下したカイコは、ウイルス以外の病原菌に対しても感染抵抗力が低下してし
まうという不利益があることが明らかになった。これはキチン合成阻害剤で
あるポリオキシンがカイコ中腸囲腔膜を損壊するという薬理特性をもってい
ることに因っているものと考えられる。
しかしながら、経皮接種で感染させた実験系において、2,340 頭のカイコか
ら約 1l の血液が得られ、最終的に 36μg/ ml の濃度に精製された IL-18 溶液
を 545ml、IL-18 の実験量として 19.6mg を得ることができた。この IL-18 精
製物は数千倍に希釈しても十分な生物活性が保持されていることが確認され
た。
今回の実証試験を通じて、IL-18 のカイコ- バキュロウイルス系での実用的
なレベルでの生産が可能であることが明らかにされた。しかし、さらに効率
化を図るためには接種用のウイルス調製に関し、経口接種が可能なバキュロ
昆虫機能利用研究●
105
第3章 昆虫で有用物質をつくる
ウイルスベクターの作出、培養細胞で増殖させるウイルス接種用組み換えウ
イルスの構築など課題は残されている。
【主要文献】
Arakawa T., Furuta Y., Miyazawa M., and Kato M. (2002) Flufenoxuron, an insect
growth regulator, promotes peroral infection by nuclepolyhedrovirus (BmNPV)
budded particles in the silkworm, Bombyx mori L. J. Virological Methods, 100:
141-147
羽賀篤信・大浦正伸・早坂昭二(2005)
「昆虫工場」−有用物質の大量生産に向けて−
バイオインダストリー(NIAS アグリバイオサイエンスシリーズ No.2),居在家・
岡・町井編 農業生物資源研究所,38-41
Inumaru S., Kokuho T., Yada T., Kiuchi M., and Miyazawa M. (2000) High-efficient
expression of porcine IL-2 with recombinant baculovirus infected silkworm,
Bombyx mori. Biotec. Bioproc. Engineer., 5: 146-149
加藤正雄・久保村安衛・早坂昭二・古田要二・宮澤光博・新川 徹(2001)カイコへ
のウイルスの感染率を高める飼料および該飼料を用いたウイルス接種方法,国内
特許 公開番号 2001-308603
宮澤光博・井上 元(2001)カイコを用いた有用蛋白質の大量生産.BIO INDUSTRY,
18: 8-13
大浦正伸(2004)昆虫工場−カイコを用いて有用物質を大量生産する−,化学と生物,
42: 72-74
Takanobu H. & Ohura M. (2004) Research on silkworm handling robot, IROS2004,
3977
竹田 敏(2003)昆虫機能の秘密,工業調査会,pp258
106 ●昆虫機能利用研究
6666666666666666666666666666666666666666666666666666666666666
資 料
国際シンポジウム講演要旨集
6666666666666666666666666666666666666666666666666666666666666
66666666666666666666666666666666666666666
66666666666666666666666666666666666666666
資料 ¿.COE「昆虫機能利用研究」プロジェクト後期参画者一覧
総括責任者 竹田 敏(昆虫新素材開発研究グループ長)
Ⅰ.新材料の探索・構造解析ならびに生合成機構の解明
参画者
所 属
課 題 タ イ ト ル
山川 稔
生物研先天的免疫研究チーム
昆虫生体防御蛋白質の探索と生合成機構の解明
石橋 純
〃
行弘 研司
生物研・分子進化研究チーム
昆虫フィブロイン遺伝子等の分子進化と機能
解析
安河内祐二
生物研・昆虫ゲノム研究チーム
カイコの遺伝・物理地図作製と遺伝子発現調節
領域の網羅的解析
三田 和英
塩月 孝博
田中 良明
神村 学
今野浩太郎
・平山 力
〃
生物研・成長制御研究チーム
抗菌性蛋白質の蛋白質工学的改変
カイコ全発現遺伝子の EST データベース構築
とその利用法の開発
幼若ホルモンの作用に関わる蛋白質の機能と
遺伝子解析
〃
昆虫の発育を制御する新規神経ペプチドの機
能解明
〃
脱皮ホルモンの発育時期特異的作用の分子機
構の解明
生物研・生物間相互作用研究
チーム
植食昆虫の生理・代謝を制御する植物由来成分
の探索と作用機構の解析
Ⅱ.昆虫特異機能の改変と模倣による利用技術の開発
参画者
所 属
課 題 タ イ ト ル
塚田 益裕
生物研・昆虫新素材開研究グ
ループ上席研究官
昆虫生体高分子の生分解挙動と生分解に伴う
特性変化の解明
坪内 紘三・ 生物研・素材特性研究チーム
高須 陽子
絹タンパク質が有する細胞生育機能の評価と
利用
羽賀 篤信
生物研・昆虫産生物利用研究
チーム
昆虫由来キチンの機能改変とその利用技術の
開発
玉田 靖
生 物 研・生 体 機 能 模 倣 研 究
チーム
生体高分子の利用による再生医療素材開発
井濃内 順
生物研・生体機能研究グルー
プ上席研究官
昆虫の脳における感覚情報の伝達と処理機構
の解明
桑名 芳彦
生 物 研・生 体 機 能 模 倣 研 究
チーム
マイクロマシン技術による昆虫感覚神経応答
の高感度記録法の開発
昆虫機能利用研究●
107
資料
Ⅲ.新材料の大量生産技術の開発
参画者
所 属
課 題 タ イ ト ル
姜 媛瓊
理化学研究所松本分子昆虫研
究チーム
バキュロウイルス−宿主間相互作用の解析及
び発現ベクターへの応用
小林 淳
三重大学農学部
新規発現ベクターの構築・改良と機能検証
森 肇
京都工芸繊維大学繊維学部
カイコの形質転換による有用物質生産系の開
発
冨田秀一郎
生物研・分子進化研究チーム
細胞培養系における有用遺伝子の発現技術の
開発
中島 信彦
生 物 研・共 生 媒 介 機 構 研 究
チーム
昆虫 RNA ウイルス由来 IGR-IRES の翻訳開始機
能の解析
宮澤 光博
生物研・素材開発研究チーム
有用蛋白質の大量調製と機能解析
大浦 正伸
生 物 研・増 殖 シ ス テ ム 研 究
チーム
大量飼育技術ならびにインセクト・ファクト
リー・システムの構築
108 ●昆虫機能利用研究
資料 À.後期に開催した国際シンポジウム等
COE プロジェクト後期における主要な活動の一つは国際シンポジウムの開催で、
COE プロジェクトの成果の発信と研究交流、情報交換を目的としている。後期 5 年間
に 5 回の国際シンポジウムと 1 回の国際ワークショップを主催した。
1.平成 13 年度
「昆虫工場開発の現状と展望」
Prospects for the development of insect factories
2001 年 10 月 22 日(月)∼ 10 月 23 日(火)
Opening lecture(特別講演)
Insect factory: Present status and possible development, Bruce D. Hammock(University of California, USA)
Potential and improvement of baculovirus vector System
(バキュロウイルスベクターシステムの有用性と改良)
Recent advances in the development of baculovirus expression vectors,
Robert D. Possee(NERC Institute of Virology and Environmental Microbiology, UK)
Production and utilization of pig cytokines using baculovirus − insect expression systems.
Yoshihiro Muneta(宗田吉広:家畜衛生研究所免疫機構研究室)
Modifcation of glycosylation pathway for glycosylated protein in the silkworm
Mori Hajime(森 肇:京都工芸繊維大学繊維学部)
A novel cell-free translation/glycosylation system
Toshio Hara(原 敏夫:九州大学大学院農学生命科学研究科)
Insect cell biology in regard to protein production(タンパク生産と昆虫細胞)
Insect cell culture, retrospect and prospect
Jun Mitsuhashi(三橋 淳:東京農業大学)
Developing insect gene expression system in the genome era
昆虫機能利用研究●
109
資料
Jun Kobayashi(小林 淳:三重大学工学部分子生物工学研究室)
Characterization of nucleopolyhedrovirus infection in insect cell lines
Motoko Ikeda(池田素子:名古屋大学農学部)
Improvement of baculovirus expression system
Akihiro Usami(宇佐美昭宏:片倉工業`研究開発課)
Perspective of transgenic insects as a bioreactor
(バイオリアクターとしての形質転換昆虫)
Study of gene promoter in the silk gland of Bombyx mori: Fundamental and applied
Pierre M. Couble(University of Claude Bernard, France)
Development of piggyBac transposon-derived gene vactors and their utilization for
transgenic insects.
Paul D. Shirk(USDA ARS Florida, USA)
Transgenic silkworm research in Japan: Recent progress and future
Toshiki Tamura(田村俊樹:農業生物資源研究所)
Present status and promotion of the insect factories(「昆虫工場」の現状と推進)
Production of proteins in Trichoplusia ni larvae: Process identification and in vivo manipuation.
William E. Bentley(University of Maryland, USA)
Large scale protein production in silkworm
Mitsuhiro Miyazaw(宮澤光博:農業生物資源研究所)
Recycling and waste management under zero emission concept in Japan
Masaniro Osako(大迫正浩:国立環境研究所廃棄物工学部)
The development of the effective utilization technique for dead bodies of silkworm
larvae as waste in the insect factory.
Atsunobu Haga(羽賀篤信:農業生物資源研究所)
Closing lecture(特別講演)
A promising future of insect science and technology
Okitsugu Yamashita(山下興亜:中部大学)
110 ●昆虫機能利用研究
資料 2.平成 14 年度
「第1回国際鱗翅目昆虫ゲノムワークショップ」
The First International Workshop of Lepidoptera Genomics
2002 年 9 月 30 日(月)∼ 10 月 3 日(木)
Current Genome Projects: General Over views(ゲノムプロジェクトの現状)
Medaka as a model organism for the studies on evolutionary genomics of vertebrates
1Hiroshi Mitani, 2 Kiyoshi Naruse, 3 Minoru Tanaka, 4 Kazuei Mita and 1Akihiro
Shima (1Department of Integrated Biosciences, Graduate School of Frontier
Sciences, University of Tokyo, 2Department of Biological Sciences, Graduate
School of Science, University of Tokyo, 3Division of Biological Sciences, Graduate
School of Science, Hokkaido University, 4Laboratory of Insect Genome, National
Institute of Agrobiological Sciences)
Bacterial artificial chromosomes: current and future applications for genome research
Pieter J. de Jong, Baoli Zhu, Mikhail Nefedov and Kazutoyo Osoegawa(Children’s
Hospital Oakland Research Institute, Oakland, USA)
Bacterial artificial chromosome libraries from fruit flies, silkworm, and honey bee for
genome mapping and sequencing
Kazutoyo Osoegawa, Chung Li Shu, Alfredo Ruiz, Michael Nefedov and Pieter J.
de Jong(Children’s Hospital and Research Center at Oakland, Oakland, USA)
Present status of Lepidoptera Genome Project
(鱗翅目昆虫ゲノムプロジェクトの現状)
The international Lepidopteran genome project: Rationale and objectives
René Feyereisen(INRA Centre de Recherches d’Antibes, France)
Present status of silkworm genome project
1 Kazuei Mita, 2 Toru Shimada, 1 Yuji Yasukochi, 3 Yoshiko Koike, 1 Junko Nohata, 1Kimiko
Yamamoto, 1Keiko Kadono-Okuda, 1 Toshiki Tamura, 4 Masataka G. Suzuki, 5Javare
G. Nagaraju, 6 Pierre Couble, and 7 Marian R. Goldsmith (1Insect Genome, National
Institute of Agrobiological Sciences, 2Laboratory of Insect Genetics and Bioscience,
University of Tokyo, 3Laboratory of Insect Genetics and Bioscience, University of
昆虫機能利用研究●
111
資料
Tokyo, 4Laboratory of Molecular Entomology and Baculovirology, RIKEN, 5Center
for DNA Fingerprinting and Diagnostics, Hyderabad, India, 6Centre de Genetique
Moleculaire et Cellulaire CNRS, Universite Claude Bernard, Lyon, France, 7Biological
Sciences Department, University of Rhode Island, Kingston, USA)
Bombyx Genome Sequences Suggest Horizontal Gene Transfers Among Lepidoptera,
Baculoviridae, and Eubacteria.
1
Toru Shimada, 1 Takaaki Daimon, 1Motoko Oami, 1Naoko Omuro, 2Hiroaki Abe,
and 3Kazuei Mita (1Department of Agricultural and Environmental Biology,
University of Tokyo, 2 Tokyo University of Agriculture and Technology, 3National
Institute of Agrobiological Sciences)
Applications of Genome Projects to Basic Studies in the Lepidoptera
Marian R. Goldsmith(with help from many colleagues and published authors)
(Biological Sciences Department, University of Rhode Island)
Current Status of Silkworm and Insect Biotechnology Research in Korea and Perspective
Kang-Sun Ryu* and Seok-Woo Kang (Department of Sericulture and Entomology,
NIAST, RDA, Korea)
The Silkworm Genome research in China: Analysis of gene expression in silkworm
using expressed sequence tags
Xia Qingyou, Zhou Zeyang, Lu Cheng, Cheng Daojun, Qiu Yongmei, Xiang
Zhonghuai(The Key Sericultural Laboratory of Agricultural Ministry, Southwest
Agricultural University)
Lepidopteran Chromosomes: Maps, Markers, and Repeated Sequences
(鱗翅目昆虫の染色体:地図、マーカー、反復配列)
Microsatellite markers in silkworm: abundance, diversity, and applications
Nagaraju, J., Muthulakshmi, M and Dharma Prasad(Centre for DNA Fingerprinting
and Diagnostics)
Approaches to chromosome identification in the silkworm
1 Ken Sahara, 1 Atsuo Yoshido, 2 Frantisek Marec, 3 Walter Traut, 4 Hiroaki Abe, 5 Kazuei
Mita, 4 Tshikazu Oshiki, 6 Toru Shimada, 5 Yuji Yasukochi, 1 Sin-ichiro Asano and 1 Hironori
Bando (1 Division of Applied Bioscience, Hokkaido University,
112 ●昆虫機能利用研究
2
Institute of
資料 Entomology ASCR, Czech Republic, 3 Institute of Biology, Medical Universiy of
Lubeck, Germany, 4 Department of Biological Production, Tokyo University of
Agriculture and Technology, 5 Insect Genome, National Institute of Agrobiological
Sciences, 6 Department of Agricultural and Environmental Biology, University of
Tokyo)
Nucleotide sequence analysis of the W chromosome of the silkworm, Bombyx mori, by
using the BAC library
1
Hiroaki Abe, 1 Toshikazu Oshiki, 2 Motoaki Seki, 2 Fumi Ohbayashi, 3 Kazuei Mita, 3Yuji
Yasukochi, 4 Kazutoyo Osoegawa and 2 Toru Shimada (1 Tokyo University of Agriculture
and Technology,
2
Department of Agricultural and Environmental Biology,
University of Tokyo, 3 National Institute of Agrobiological Sciences, 4 Childrens
Hospital Oakland Res. Inst., USA)
Identification of strains of the silkworm, Bombyx mori using molecular markers
1Amornrat Promboon, 1Sunanta Ratanapo, 1Nataya Zawan, 1Jutamas Ngopon, 2Chalampoo
Wongvorviwat and 2Panapa Saksoong (1 Department of Biochemistry, Kasetsart
University, Thailand, 2 Department of Genetics, Kasetsart University, Thailand)
Ribosomal RNA gene cluster and retrotransposon in Bombyx mori
1 Hideaki Maekawa,
Fujimoto,
1,2
1,2
Yuki Ejiri,
Emiko Yamauchi,
1,5
3
Junko Nobata,
3
Kazuei Mita,
1
1,4
Hirofumi
1
Mai Mizorogi, Kazuo Hashido, Kozo Tsuchida
and 1 Naoko Takada (1 National Institute of Infectious Diseases, Tokyo, 2 Tokyo
University of Agriculture and Technology, 3 National Institute of Agrobiological
Sciences, 4 University of Tokyo, 5 Nihon University, Fujisawa)
Telomeric repeat-specific retrotransposons in Lepidoptera
Haruhiko Fujiwara, Hidekazu Takahashi, Tomohiro Anzai, Yoko Kubo, Kinji K.
Kojima, Mizuko Osanai, Takumi Matsumoto and Tomoko Kawashim(Department
of Integrated Biosciences, University of Tokyo)
Genes and Gene Action(遺伝子と遺伝子作用)
Insights into a novel function of sex-lethal in Lepidopteran insects
Teruyuki Niimi, Hiroyuki Oshima, Okitsugu Yamashita and Toshinobu Yaginuma
(Graduate School of Bioagricultural Sciences, Nagoya University)
昆虫機能利用研究●
113
資料
Analysis of the biological functions of a doublesex homologue in Bombyx mori
1 Masataka Suzuki, 1 Shunsuke Funaguma, 2 Toshio Kanda, 2 Toshiki Tamura and 1 Toru
Shimada (1 Department of Agricultural and Environmental Biology, University of
Tokyo, 2 Insect Gene Engineering Laboratory, National Institute of Agrobiological
Sciences)
Application of Genome Data to Functional Analysis
(ゲノム情報の機能解析への利用)
From Lepidopteran genomics to Lepidopteran functional genomics and biotechnology
Kostas Iatrou, Patric J. Farrell, Vassilis Douris and Luc Swevers(Institute of
Biology NCSR “Demokritos”, Greece)
Bt resistance in Lepidoptera--what can we learn from the comparative approach?
David G. Heckel(CESAR, Department of Genetics, University of Melbourne,
Australia)
EST Databases(Est データベース)
Functional Genomics of the Devastating Forest Insect, Choristoneura fumiferana:
Establishment of ESTs Database
Qili Feng and Arthur Retnakaran(Great Lakes Forestry Centre, Canada)
Spodo-Base, an integrated biological resource project
1 E. D’Alencon, 1 P. Cerutti, 1 M. Duonor-Cerutti, 1 G. Davauchelle, 2 R. Feyereisen, 1 S.
Gimenez,
2
F. Hilliou, 1I. Landais, 1M. Lopez-Ferber, 3K. Mita, J. 3Nohata, 1M.
Ogliastro, 4 P. Piffanelli, 4 X. Sabau, 5 T. Shimada, 2 L. Sofer, 6 C. Tnon, 1N. Volkoff
and
1
Philippe Fournier (1 Pathologie Comparee INRA/CNRS, France,
2
Lab.
3
Genomique Insectes, Valbonne, France, Lab. Insect Genome, National Institute of
Agrobiological Sciences,
Montpellier, France,
5
4
CIRAD-AMIS, Structural Genomics Biotrop Project,
Department of Agricultural and Environmental Biology,
6
Tokyo University, INP-ENSAT, Lab. Biotech. Amelior. Plantes, Castanet-Tolosan,
France)
Analysis and functional annotation of an EST database from the midgut of the cotton
bollworm, Helicoverpa armigera
114 ●昆虫機能利用研究
資料 Karl Gordon and Peter East(CSIRO Entomology, Canberra, Australia)
Analysis of gene expression patterns of posterior silkglands from silkworm 5th instar
larvae on the basis of EST.
1 Chenfu Low,
Xu,
1
1
Jianke Li,
Boxiong Zhong, 1Jun Zhang,
2
Hao Xu,
2
2
Hong Yu,
2
2
2
Jin Wang,
1
Jun Zhou,
2
Xingmen Lu,
Xuequn Lu,
2
1
Yusong
Jin Liu,
2
Yan
1
Zhou, Lin Li and Miao Zhu ( College of Animal Science Zhejiang University,
Hangzhou, China, 2 China Beijing Genomics Institute, Beijing, China)
Gene Expression(遺伝子発現)
Characterization of different ecdysteroid-inducible genes expressed in the wing disc of
Bombyx mori during metamorphosis
Hideki Kawasaki(Faculty of Agriculture, Utsunomiya University)
Hormonal regulation of baculoviral gene Expression
1 Hisanori Bando and 2 Katsura Kojima (1 Hokkaido University, 2 National Institute
of Agrobiological Sciences)
Properties of a Bombyx mori nucleopolyhedrovirus(BmNPV)mutant defective in the
protein tyrosine phosphatase(ptp)gene
1,2
Shizuo George Kamita, 1Josie Wei Chua, 1Koukichi Nagasaka, 1,2,3 Susumu Maeda
and
1,2
Bruce D. Hammock (1 Departmento Entomology, University of California,
Davis, USA, 2 Center Research Center, University of California, Davis, USA, 3 Laboratory
of Moleculara Entomology and Baculovirology, Riken, 4 Deceased)
Utilization of insect genome informatics for metabolic engineering of insect cells
Jun Kobayashi(Faculty of Engineering, Mie University)
Specific expression of the fibrohexamerin gene in the posterior silk gland of Bombyx mori
1 Eric Julien,
1
Flora Begeot,
Prudhomme and
1
1
Annie Garal,
2
Jerome Briolay,
1
Jean Claude
1
Pierre Couble ( Centre de Genetique Moleculaire et
Cellurlaire, CNRS, Villeubanne cedex, France,
2
DTAMB, Universite Claude
Bernard Lyon, Villeubanne cedex, France)
Analysis of gene expression profiles in wing discs of Bombyx mori during
metamorphosis
1 Manabu Ote, 2 Kazuei Mita, 3 Hideki Kawasaki, 1 Hirohisa Kishino, 1 Motoaki Seki,
昆虫機能利用研究●
115
資料
1 Junko Nohata,
1
Masahiko Kobayashi and
1
Toru Shimada (1 Department of
Agricultural and Environmental Biology, University of Tokyo, 2 National Institute of
Agrobiological Sciences, 3 Faculty of Agriculture, Utsunomiya University)
Functional genomics of silkgland development in the mulberry silkworm, Bombyx mori
K. P. Gopinathan and Sangeeta Dhawan(Department of Microbiology and Cell
Biology, Indian Institute of Science, Bangalore, India)
Genes and Gene Action(遺伝子と遺伝子作用)
Comparison of genomic structure of two Kunitz-type chymotrypsin inhibitor genes in
Bombyx mori
1
He Ningjia, 1 H. Fujii, 2 Y. Yasukochi, 1 Y. Banno and 1 K. Yamamoto (1 Silkworm
Genetics Division, Kyushu University, 2 Natonal Institute of Agrobiological Sciences)
Mode of action of Bacillus thuringiensis toxins in lepidopterans
Sarjeet S. Gill(University of California, Riverside, USA)
Isolation and characterization of the U1 and U2 snRNA variants from the larval stage
silk stage of the silk moth Bombyx mori
Julie M. Sierra-Montes, Simone Pereira-Simon, Karima Ayesh, Andrea V. Freud,
Luis M. Ruiz, Martin N. Szmulewicz and Rene J. Herrera(Department of
Biological Sciences, Florida International University, USA)
Sex determination in the silkworm
Masataka Suzuki(Laboratory of Molecular Entomology and Baculovirology,
RIKEN
Developmental significance of small nuclear RNA variants in the silk moth, Bombyx mori
Rene J. Herrera(Department of Biological Sciences, Florida International
University, USA)
The silk genes of Lepidoptera
1 Frantisek Sehnal,
1
Michal Zurovec,
1
Robert Fedic and
2
Naoyuki Yonemura
1
( Institute of Entomology, Academy of Sciences, Ceske Budejovice, Czech
Republic, 2 National Institute of Agrobiological Sciences)
EcR-based gene switches and their applications in insect genomics and proteomics
Subba Reddy Palli and M. B. Kumar(Department of Entomology, University of
116 ●昆虫機能利用研究
資料 Kentucky, Lexington, USA)
Cell and Genome Engineering(細胞および遺伝子工学)
Analysis of movement, distribution, and utility of the piggyBack trasposon
Malcolm J. Fraser, Jr.(University of Notre Dame, USA)
Vectors for somatic and germline transformation of Lepidoptera
Paul D. Shirk aNed Herve Bossin(USDA ARA CMVA, Gainsville, Florida, USA)
Lessons learned and aquestions to ask: Transgenic insects and a field trial wit
transgenic pink bollworm
John J. Peloquin and Heinrich Schweizer(University of California, Riverside, USA)
Biosynthesis and exportation in the cocoon of a foreign protein expressed in
transgenic silkworms
C. Royer, A. Besse, M. DaRocha, A-M. Grenier, J-L. Thomas, B. Mauchamp and G.
Chavancy(Unite Nationale Sericicole, INRA, Lyon, France)
Transgenic silkworms as a tool for analyses of gene function
Toshiki Tamura(National Institute of Agrcobiological Sciences)
Generation of transgenic silkworms producing recombinant human nimi-collagens
1 Masahiro Tomita, 1 Hiroto Munetsuna, 1 Tsutomu Sato,
Hino, 1 Namiko Nakamura, 3 Toshiki Tamura and
1,2
1,2
Takahiro Adachi, 1 Rika
Katsutoshi Yosizato (1 Hiroshima
Tissue Regeneration Project, CREATE, JST, Higashihiroshima, 2 Department of
Biological, 3 Science, Hiroshima University, 4 National Institute of Agrobiological
Sciences)
Production of feline interferon using the silkworm
1 Shingo Hiramatsu, 1 Takashi Tanaka, 1 Katsushige Yamada and 2 Toshiki Tamura
( 1 Chemicals Research Laboratories, Toray Industries, Inc. Nagoya, 2 Insect Gene
Engineering Laboratory, National Institute of Agrobiological Sciences)
The transgenic silkworm in China
Jianhua Huang, Xuexia Miao, Yongping Huang and Guoping Zhao(Institute of
Plant Physiology and Ecology, Chinese Academy of Sciences, Shanghai, China)
Consortium of the lepidopteran genome
Rene Feyereisen, Marian R. Goldsmith, Kazuei Mita
昆虫機能利用研究●
117
資料
3.平成 15 年度
「昆虫における内部共生と分子進化」
Endo-Symbiosis and Molecular Evolution in Insects
2003 年 10 月 29 日(水)∼ 10 月 31 日(金)
Insect receptors(昆虫の受容体)
Molecular identification of G protein-coupled neuropeptide receptors from insects
Grimmelikhuijzen, Cornelis J. P.(University of Copenhagen, Denmark)
The FMRFamide G-protein coupled receptor in insects
Schoofs, L.(K.U. Leuven, Belgium)
Case studies of neuropeptides and their receptors in the nervous system of Drosophil
and other insects.
Nassel, Dick(Stockholm University, Sweden)
Molecular Evolution(分子進化)
Genome-wide analysis on recombination load
Toshiyuki Takano(高野敏行:国立遺伝学研究所)
Molecular Evolution of Olfactory Receptor Family in Drosophila
Etsuko N. Moriyama(University of Nebraska, USA)
Temporal patterns of fruit fly evolution revealed by genomic mutation clocks
Koichiro Tamura(田村浩一郎:東京都立大学)
Molecular Evolution of the Spider Silk Gene Family
Cheryl Y. Hayashi(University of California, USA)
Genetic disturbance caused by commercialization of stag beetles in Japan
Kouichi Goka(五箇公一:国立環境研究所)
Buchnera & Aphid symbionts(ブフネラとアブラムシの共生微生物)
Genome sequences of symbionts
Andres Moya(University of Valencia, Spain)
Expressed sequence tag approach to understand the host role in aphid bacteriocyte
symbiosis.
118 ●昆虫機能利用研究
資料 Atsushi Nakabachi(中鉢 淳:産業技術総合研究所)
Changing partners in an obligate symbiosis: a facultative endosymbiont can
compensate for loss of the essential endosymbiont Buchnera in an aphid
Ryuici Koga(古賀隆一:産業技術総合研究所)
Diversity and evolutionary origins of endosymbiotic microorganisms in aphids
Takema Fukatsu(深津武馬:産業技術総合研究所)
Developmental origin and evolution of aphid bacteriocytes: The aphid-Buchnera
symbiosis from the perspective of the host cell.
Toru Miura(三浦 徹:東京大学)
Wolbachia (ウオルバキア)
Wolbachia: their function
Timothy L. Karr(University of Bath, UK)
Investigation of Wolbachia-induced sex ratio distortion in the moth Ostrinia scapulalis
by cytogenetic approaches.
Daisuke Kageyama(陰山大輔:東京大学)
Population dynamics of Wolbachia-infected and uninfected Trichogramma
Yohsuke Tagami(田上陽介:広島大学)
Effects of Wolbachia pipientis outside of the germ line
Elizabeth. A. McGraw,(University of Queensland, Australia)
Phage infection in Wolbachia
Tetsuhiko Sasaki(佐々木哲彦:東京大学)
Two bacterial and one genomic Wolbachia endosymbionts in the adzuki bean beetle
Natsuko Kondo(今藤夏子:産業技術総合研究所)
The Wolbachia genome: what can it tell us about the unique biology of this parasite
Scott L. O’Neill(University of Queensland, Australia)
Other symbionts(その他の共生生物)
Male-killing: mechanisms and evolutionary consequences
Sylvain Charlat(University of College London, UK)
Application of Drosophila molecular genetics for exploration of host insect genes
昆虫機能利用研究●
119
資料
involvedin endosymbiosis and reproductive manipulation
Hisashi Anbutsu(安沸尚志:産業技術総合研究所)
Why is the infection rate of male-killing bacteria maintained low in the ladybird beetle
Harmonia axyridis ?.
Nakamura Kayo(中村佳代:広島大学)
A rival for Wolbachia?
Martha S. Hunter(University of Arizona, USA)
New members of the Cytophaga-Flavobacterium-Bacteroides phylum as endosymbionts
of insects, mites and ticks
Hiroaki Noda(野田博明:農業生物資源研究所)
Genome degradation and adaptation in endosymbionts, with a focus on a mutualist of ants.
Jennifer J. Wernegreen(Woods Hole, USA)
120 ●昆虫機能利用研究
資料 4.平成 16 年度
1)「節足動物の蛋白質化学の最前線」
New Frontiers of Arthropod Protein and Peptide Science
2004 年 9 月 6 日(月)∼ 9 月 7 日(火)
Structural Biology in Arthropod(節足動物のタンパク質構造生物学)
Structural studies of crustacean and insect growth-regulating peptides
Koji Nagata(永田宏次:東京大学大学院農学生命科学研究科)
Structure and activity of the insect cytokine growth-blocking peptide
Tomoyasu Aizawa(相沢智康:北海道大学大学院理学研究科)
Cuticular chitin-binding proteins involved in the horseshoe crab's innate immunity
Shunichiro Kawabata(川畑俊一郎:九州大学 大学院理学研究院生物科学部門)
Protein-ligand interaction in the nuclear receptors USP/EcR
Dino Moras(IGBMC, France)
Fibrous Protein from Spider and Silkworm(クモとカイコの繊維タンパク質)
Structure of silks studied with solid State NMR
Tetsuo Asakura(朝倉哲郎:東京農工大学工学部生命工学科)
The structure and properties of animal silks
Zhengzhong Shao(Fudan University, China)
Spider silk: New ideas in materials from an ancient source
Randy Lewis(University of Wyoming, USA)
Protein and Gene Science in Insect(昆虫におけるタンパク質と遺伝子科学)
Prophenoloxidase activation and its regulation in Manduca sexta
Haobo Jiang(Oklahoma State University, USA)
Molecular biology and functions of insect chitin synthase and chitinase genes
Yasuyuki Arakane(USDA, USA)
Gene analysis and characterization of juvenile hormone binding proteins
Takahiro Shiotsuki(塩月孝博:農業生物資源研究所)
昆虫機能利用研究●
121
資料
2)「遺伝資源を利用した昆虫機能解析」
Genetic resources and functional studies in insects
2005 年 3 月 8 日(火)∼ 3 月 9 日(水)
Genomic Resources and Genome Analyses (遺伝子資源とゲノム解析)
Prospects on the Bombyx genome analysis
Kazuei Mita(三田和英:農業生物資源研究所)
Genetical stocks and mutations of Bombyx mori.
Yutaka Banno(伴野 豊:九州大学大学院農学研究院付属遺伝子資源開発研究セ
ンター)
Conservation status of domesticated silkworm stocks in NIAS
Eiichi Kosegawa(小瀬川英一:農業生物資源研究所)
BAC libraries for fundamental studies in Lepidoptera
Marian R. Goldsmith(University Rhode Island, USA)
Steps towards the structural and functional genomics of the Lepidoptera, Spodoptera
frugiperda.
Philippe Fournier(INRA, France)
Recent advances in the planthopper ESTs analyses.
Hiroaki Noda(野田博明:農業生物資源研究所)
Progress of genome research in Tribolium
Susan J. Brown(Kansas State University, USA)
Genomics of sex and reproduction in Bombyx mori.
Toru Shimada(嶋田 透:東京大学農業生命科学研究科)
Protein analysis of silkworm by two-dimensional electrophoresis and mass spectrometry.
Hideyuki Kajihara(梶原英之:農業生物資源研究所)
Gene Function Studies(遺伝子機能解析)
Regulation of meiotic cell cycle arrest in insect: approaches using parthenogenetic
species and ransgenic technology
Masatsugu Hatakeyama(畠山正統:農業生物資源研究所)
Transgenesis in the silkworm: Recent progress and an application for the analysis of
122 ●昆虫機能利用研究
資料 gene function.
Toshiki Tamura(田村俊樹:農業生物資源研究所)
Gene function analysis systems in the ladybird beetle, Harmonia axyridis.
Teruyuki Niimi(新美輝幸:名古屋大学大学院生命農学研究科)
Applications of insect transgenesis on gene functional analysis.
Ernst A. Wimmer(Georg-August-University, Germany)
BAC-FISH in Bombyx mori as a tool for chromosome analysis
Ken Sahara(佐原 健:北海道大学農学研究科)
The genetics of honey bees: how far can we go?
Martin. Beye(Martin-Lutter University Halle, Germany)
Sex determination in the dipteran species.
Daniel Bopp(Zoological Institute, University Zürich, Switzerland)
Unified molecular linkage maps for the Lepidoptera.
David Heckel(Max Planck Institute for Chemical Ecology, Germany)
Analysis and synthesis of the insect brain systems: from gene, neural network to robots.
Ryohei Kanzaki(神崎亮平:東京大学大学院情報理工学系研究科)
Molecular basis for larval body markings in Lepidoptera.
Haruhiko Fujihara(藤原晴彦:東京大学大学院新領域創成科学研究科)
Evolution of the P450 multigene family and approaches to a functional understanding.
Rene Feyereisen(INRA, France)
Novel approaches in functional analysis of insect genes: Sindbis virus system.
Marek Jindra(University of South Bohemia)
Physiological, genomic and proteomic approaches to study the mosquito neuroendocrine
system.
Fernand G. Noriega(Florida International University)
Molecular characterization of juvenile hormone biosynthetic pathway genes in Bombyx mori.
Tetsuro Shinoda(篠田徹郎:農業生物資源研究所)
Development of transgenic silkworms overexpressing juvenile hormone esterase.
Takahiro Shiotsuki(塩月孝博:農業生物資源研究所)
昆虫機能利用研究●
123
資料
5.平成 17 年度
「昆虫機能利用研究の現状」
Present Status of Studies for Utilization of Insect Properties
2005 年 10 月 4 日(火)∼ 10 月 5 日(水)
Baculoviruses, Gene Expression and Cell Lines
(バキュロウイルス、遺伝子発現および細胞株)
Replication and processing of baculovirus genomes.
George F. Rohrmann(Oregon State University, USA)
Functional characterization of host gene homologues encoded by baculoviruses.
Susumu Katsuma(勝間 進:東京大学大学院農学生命科学研究科)
Insect Culture Cell Line ― its establishment and in vitro gene expression.
Shigeo Imanishi(今西重雄:農業生物資源研究所)
Silk tissue engineering and utilization(シルクの組織工学と利用)
Silk fibroin nonwoven materials and their possible usefulness in the field of tissue
engineering.
Ubaldo Armato(Verona University, Italy)
Structural study of irregular amino acid sequences of Bombyx mori silk fibroin for βsheet formation and its application to hydrogel formation.
Sam Hudson(North Carolina State University, USA)
Insect Immunity(昆虫免疫機構)
New silks having biodegradable and metal absorption activities.
Masuhiro Tsukada(塚田益裕:農業生物資源研究所)
The immune pathways in the mosquito Aeded aegypti: Toll5/REL1 and IMD/REL2.
Sang Woon Shin(University of California, Riverside, USA)
Synthetic antimicrobial peptides designed on the basis of the active site of insect
defensins and their effects on the proliferation of drug-resistant bacteria and
trypanosomes.
Minoru Yamakawa(山川 稔:農業生物資源研究所)
124 ●昆虫機能利用研究
資料 Taking a type across the blood-brain barrier and what to do when we get there.
Dennis Grab(Johns Hopkins University, USA)
Insect Development, Gene Expression(昆虫の発育と遺伝子発現)
Wingless ladybird beetles: genetics, development, fitness, consequences and use in
biocontrol.
Peter de Jong(Wageningen University, The Netherlands)
Structure-activity relationships for the receptor binding of non-steroidal ecdysone
agonists.
Yoshiaki Nakagawa(中川好秋:京都大学大学院農学研究科)
Regulation of the ecdysone-induced cascade of transcription factors that lead to the
induction of dopa decarboxylase expression.
Kiyoshi Hiruma(比留間 潔:弘前大学農学生命科学部)
Recent progress of neuropeptide research using Bombyx genome.
Yoshiaki Tanaka(田中良明:農業生物資源研究所)
昆虫機能利用研究●
125
あとがき
5 年前の 2001 年、COE プロジェクトが後期に移行するにあたって、前期
の総括責任者井上元氏(元蚕糸・昆虫農業技術研究所所長)から総括責任者
を引き継いだ。
前期においては、潤沢な研究資金を背景に、総括責任者としての井上氏の
強力なリーダーシップと的確なマネージメントにより、多くの優秀な研究成
果が挙がり、プロジェクトは大きく進展した。その結果、科学技術総合会議
の前期最終評価における総合評価では、
“A”ランクという高い評価を受けた。
一方、後期においては、“まえがき”でも述べたように、予算は基本的に
前期で得た成果の発信に充てられる。課題参画者は、COE の予算をあてにせ
ず、それぞれに資金を得て研究推進を進めなければならなかった。ある研究
者は、外部資金の獲得に成功し、豊富な資金で精力的に研究を進めた。また、
ある研究者は、農水省のプロジェクトに参画でき、比較的自由な研究環境で
余裕を持って研究を進めた。さらに、ある研究者は、潤沢とは言えない交付
金研究費をベースに地道に研究の展開を図った。総括責任者としては、マ
ネージメントと言っても研究資金を配分していない以上、個々の課題の推進
に口出しをするような状況にはなかった。
2001 年は、また、農林水産省の研究機関が独立行政法人に移行した年でも
あった。COE『昆虫機能利用研究』プロジェクトの推進母体である蚕糸・昆
虫農業技術研究所も農業生物資源研究所として再編された。この組織再編に
より研究所の規模は倍以上に大きくなったため、研究所全体からみて、昆虫
機能研究という研究分野が薄まることになった。新しい組織になったことを
受け、ある理事から、
「これまでの COE メンバーばかりが集まって行動する
のは好ましくない。もっと昆虫研究全体を視野に入れないと研究所の他研究
分野に潰されてしまう。COE としての課題の推進は粛々としてやるのがい
126 ●昆虫機能利用研究
いだろう」とのアドバイスがあったことを覚えている。
昨年(平成 17 年)8 月に開催した後期最終評価委員会では、ある委員の先
生から、
「後期の研究推進では、総括責任者がまったく口をださなかったか
ら、いい方向の発展に結びついた」というような発言をいただいた。課題担
当者それぞれが、それぞれのやり方で研究を進めたことが生物研としての昆
虫機能研究分野の進展のためにはよかったのかもしれない。
5 年前、COE プロジェクト前期の主要成果集が発行された。この成果集に
は、研究者の顔が見えるようにという総括責任者の意向で、各課題担当者の
顔写真が掲載されている。彼らの現在の顔を思い浮かべる時、そこに加わっ
た年齢が、そのまま 5 年間の『昆虫機能利用研究』の進展を表わしているよ
うで感慨深い。
COE 後期プロジェクトの推進には、多くの方々のご支援を受けた。特に、
科学技術振興機構の永幡紀明氏、前期総括責任者の井上元氏、前期・後期評
価委員長の山下興亜氏には、衷心から感謝を述べたい。この成果概要の発行
に当たって、各課題担当者には、後期最終報告書用原稿、資料の提供のみな
らず、内容についての懇切な教示を受けた。また、COE 事務局宮崎昌久さ
ん、阿部エイさん、非常勤職員の佐野方江さんには原稿の取りまとめにお世
話になった。この場を借りてお礼を述べたい。
平成 18 年 3 月 6 日 啓蟄の日に 竹田 敏
昆虫機能利用研究●
127
索引
索 引
(人名は COE 課題担当者のみ)
あ
エリサンバイオアッセイ法 …………………51
IGR-IRES ………………………………………87
お
アミノ基転移反応 ……………………………44
大浦正伸 ………………………………………97
RNA 干渉法 ……………………………………39
オオサシガメ ………………………………103
アワヨトウ ……………………………………32
か
アンモニア同化系 ……………………………43
カイコ …………8、16、20、32、38、43、51、
い
57、67、75、79、96
EST ……………………………………………13
カイコ核多角体病ウイルス(BmNPV)…84
EcR(脱皮ホルモン受容体)…………………92
カイコゲノム ………………………………7
EcR アイソフォーム ………………………93
カイコ精巣細胞 ……………………………69
EcR 過剰発現 ………………………………94
カイコ全自動無人飼育システム …………97
イオンチャンネル ……………………………23
カイコ WGS データベース ………………14
石橋純 …………………………………………25
カイコ幼虫把持 …………………………102
遺伝子組換えカイコ …………………………39
カズキダニ ……………………………………21
遺伝子翻訳開始 ……………………………86
活性中心部位 …………………………………26
遺伝子過剰発現…………………………… 41
神村学 …………………………………………34
井濃内 順 ………………………………………77
ガラクトース付加酵素 ………………………82
イボタガ ………………………………………50
姜媛瓊 …………………………………………84
今西重雄 ………………………………………68
感光性エポキシ樹脂 …………………………73
イラクサキンウワバ
感染増殖剤 ……………………………………97
(Autographa californica) ……………79、98
き
インターキャット ……………………………97
キチン …………………………………………66
う
絹タンパク質 …………………………………57
ウォルバキア …………………………………18
GAL4/UAS 系 …………………………………40
ウレアーゼ ……………………………………47
吸光度計測システム ………………………101
ウンモンツマキリアツバ ……………………50
筋電位測定 ……………………………………75
え
く
AcNPV …………………………………………79
組換え NPV ……………………………………98
エビガラスズメ …………………………32、68
グルタミン酸合成酵素(GOGAT)…………45
MRSA …………………………………………25
グルタミン酸脱水素酵素(GDH) …………45
エリサン ………………………………………51
クワコ …………………………………………16
128 ●昆虫機能利用研究
索引 桑名芳彦 ………………………………………72
シルク・レザー ………………………………58
クワ乳液 ………………………………………54
人工ペプチド …………………………………26
け
す
経口接種 ……………………………………103
スーパーワーム ………………………………98
経皮接種 ……………………………………103
スカラベシン …………………………………23
ゲノム …………………………………………7
スキャフォルド ………………………………10
こ
スキンケア製品 ………………………………59
抗ウイルスタンパク質 ………………………24
せ
甲殻類キチン …………………………………67
生体親和性 ……………………………………58
抗菌性ペプチド ………………………………20
成長阻害物質 …………………………………53
抗原−抗体反応 ………………………………20
生分解性 ………………………………………65
広食性カイコ …………………………………52
セクロピン ……………………………………20
抗カビペプチド ………………………………23
セリシン ………………………………………57
骨結合性材料 …………………………………58
繊維芽細胞 ………………………………28、63
小林淳 …………………………………………84
前胸腺刺激ホルモン(PTTH)………………31
コラーゲンゲル ………………………………62
全ゲノムショットガン
昆虫キチン ……………………………………66
シークエンシング(WGS)…………………8
昆虫工場 ………………………………………96
染色体地図 ……………………………………14
「昆虫工場」の実証試験 …………………102
先天性免疫 ……………………………………20
今野浩太郎 ……………………………………50
前部絹糸腺 ……………………………………34
さ
そ
再生医療素材 …………………………………61
早熟変態 ………………………………………39
細胞質不和合性 ………………………………18
創傷被覆材 ……………………………………28
サクサン ………………………………………16
た
サクサン休眠蛹 ……………………………84
大造(p50T)……………………………………9
サザナミスズメ ………………………………50
耐虫性 …………………………………………53
蛹化特異的遺伝子 ……………………………35
タイワンカブトムシ …………………………21
し
高須陽子 ………………………………………60
塩月孝博 ………………………………………38
多関節ロボットアーム ……………………102
シジストロウイルス …………………………90
脱皮ホルモン …………………………………31
システインプロテアーゼ ……………………54
脱皮ホルモン受容体(EcR)………………92
シュードノット ………………………………86
脱皮ホルモン生合成抑制ペプチド
ショウジョウバエ ……………7、32、36、92
(PTSP) …………………………………32
植物乳液 ………………………………………53
田中良明 ………………………………………32
初代細胞培養 …………………………………68
タバコスズメガ …………………………32、37
昆虫機能利用研究●
129
索引
玉田靖 …………………………………………58
バキュロウイルスベクター …………………79
タンパク工学的改変 …………………………25
ハスモンヨトウ ………………………………22
タンパク質変性作用 …………………………51
BAC ……………………………………………12
ち
BAC コンテイグ ………………………12、35
チャバネアオカメムシ ………………………86
BAC ライブラリー………………………… 13
つ
ハマダラカ ……………………………………8
塚田益裕 ………………………………………57
ひ
坪内紘三 …………………………………28、59
PSIV ……………………………………………86
て
PCR ……………………………………………13
Tv ニューロン…………………………………94
飛翔行動 ………………………………………72
D 型抗菌ペプチド ……………………………27
微小電極 ………………………………………72
D- ノジリマイシン ……………………………54
ヒトゲノム ……………………………………8
ディフェンシン ………………………………21
平山力 …………………………………………44
と
ふ
ドウガネブイブイ ……………………………69
FISH 解析 ……………………………………14
凍結融解法 ……………………………………96
フィブロイン …………………………………57
糖タンパク質 …………………………………81
フイブロイン H 鎖 …………………………12
冨田秀一郎 ……………………………………92
フイブロイン L 鎖 …………………………12
ドラッグデリバリーシステム(DDS) ……70
フィブロインスポンジ ……………………60
トランスポゾン piggyBac ……………………80
フィブロネクチン ……………………………64
な
複合型糖鎖 ……………………………………79
中島信彦 ………………………………………86
ブタインターロイキン-2(IL-2)……………98
軟骨再生材料 …………………………………63
ブタインターロイキン 18(IL-18) ……105
に
Broad-complex(BR-C)………………………36
匂い情報 ………………………………………77
プロライフ ……………………………………59
ニクバエ ………………………………………20
プロリキシン-S ………………………………103
尿酸排泄 ………………………………………44
分子遺伝地図 …………………………………14
尿素代謝 ………………………………………47
へ
ね
ベンチャー企業 ………………………………59
熱ショックタンパク質プロモータ …………93
ほ
は
ポリオキシン ………………………………104
バイオハザード環境 ………………………101
翻訳開始メチオニン tRNA …………………86
バイオマテリアル ……………………………57
ま
ハイブリッド組換えバキュロウイルス …104
マイクロプローブ ……………………………75
羽賀篤信 ………………………………………66
マイクロマシン技術 …………………………72
130 ●昆虫機能利用研究
索引 み
れ
ミオサプレッシン ……………………………32
レポーター遺伝子アッセイ …………………35
ミクロスフェア(微細粒子) ………………69
連続凍結システム …………………………100
三田和英 ………………………………………9
わ
ミツバチ ………………………………………8
ワモンゴキブリ ………………………………77
ミトコンドリア DNA(mtDNA)……………16
宮澤光博 ………………………………………96
む
無細胞系タンパク質合成系 …………………89
め
免疫組織化学 …………………………………33
も
モリシン ………………………………………22
森肇 ……………………………………………79
や
薬物除放性 ……………………………………69
安河内祐二 ……………………………………9
山川稔 …………………………………………20
ゆ
有用物質生産 …………………………………96
行弘研司 ………………………………………16
ユビキチン化 …………………………………84
よ
幼若ホルモン(JH) …………………………31
JH エステラーゼ …………………………39
JH エポキシドヒドラーゼ ………………38
JH 関連酵素 ………………………………38
ら
ラーメンアッセンブラー ……………………10
RAPD …………………………………………13
り
リボソーム内部進入部位(IRES) …………87
緑色蛍光タンパク質(EGFP)………………79
る
ルシフェラーゼ遺伝子 ………………………24
昆虫機能利用研究●
131
NIASアグリバイオサイエンスシリーズ No.3
昆虫機能利用研究
COE「昆虫機能利用研究」プロジェクト後期成果概要
2006年(平成18年)3月28日発行
発 行 独立行政法人 農業生物資源研究所
〒305-8602 茨城県つくば市観音台2−1−2
電話 029-838-7272(企画調整部情報広報課)
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ISBM 4 − 9 3 1 5 1 1 − 1 6 − 3
印 刷 佐藤印刷株式会社
〒305-0051 茨城県つくば市二の宮4−4−21
電話 029-855-7622
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