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北米のインフラファンドの最新動向と今後 - Nomura Research Institute

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北米のインフラファンドの最新動向と今後 - Nomura Research Institute
北米のインフラファンドの最新動向と今後
株式会社 野村総合研究所
公共経営戦略コンサルティング部
副主任コンサルタント
1.はじめに
福田
隆之
業体となった投資銀行であり、オーストラリ
アを本拠地としている。歴史は新しいものの、
本誌において、2008 年 8 月のイギリス、
インフラというニッチな資産に特化し、強み
2008 年 11 月の韓国と、連続してインフラフ
を持つ企業として世界的に名を馳せている。
ァンドのビジネスモデルと活躍の背景につい
図表1
て論述してきた。
イギリス、韓国のいずれにおいても、当初
はローカルな存在であったインフラファンド
1969年
英国のマーチャントバンクであるヒル・サ
ミュエルのオーストラリア法人として設立
1985年
独立した法人となる
は、市場の成熟化と共に海外へと活躍の場を
広げていくという特徴的な傾向が見られる。
Macquarie Group の沿革
シドニー証券取引所に上場
1996年
自らの運用するインフラファンド(有料道
路に投資する“MIG”)を初上場
するスタンスとして、当初は慎重な対応を取
1998年
北米(トロント)に拠点を設立
る機関投資家も、国内市場で数多くのファン
2002年
シドニー空港を買収
ドや案件に投資し、実績やノウハウを身につ
2003年
北米に第一号の非上場インフラファンドを
組成
ける中で、より高い運用利回りが期待できる
2004年
欧州に第一号の非上場インフラファンドを
組成
この背景には、運用実績のない投資対象に対
海外投資に傾斜していくということが挙げら
れる。
出所)Macquarie Group 資料等より
それらのファンドの主要な進出先となり、
沿革に示したとおり、オーストラリアで自
熾烈な競争を繰り広げているのが北米市場で
らの手がけるインフラファンドを初上場させ
ある。
た 2 年後には、北米のトロントに拠点を広げ、
本論では、北米市場で活躍するインフラフ
ァンドのビジネスモデルや実績、金融危機後
の状況も踏まえた最新動向について紹介する。
世界展開を図っている。
オーストラリアは人口が 2,000 万人にも満
たない国である一方、1990 年代に行われた年
金制度改革の結果、スーパーアニュエーショ
ン制度という年金制度が構築され、巨額の運
用資産が積みあがった。その規模は、図表2
2.海外から北米への進出組の典型例
に示すとおり、2006 年時点で 9,000 億豪ドル
-Macquarie Group-
(約 50 兆円)と 10 年で 3 倍近い規模に膨れ
北米市場に海外展開した典型的なインフラ
上がっており、この資産の運用先として、イ
ファンドとして、Macquarie Group を挙げる
ンフラを含む海外投資にその機会を求めたこ
ことができる。
とが、インフラファンドが海外でも活躍する
Macquarie Group は、1985 年に独立し企
NRI パブリックマネジメントレビュー March 2009 vol.68
こととなった大きな要因と言われている。
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当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法および国際条約により保護されています。
Copyright© 2009 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.
図表2
年金の運用残高の推移
(億豪ドル)
10,000
9,120
9,000
7,629
8,000
7,000
6,430
6,000
5,000
4,000
5,190
4,842
3,210
3,603
5,181
5,468
4,114
3,000
2,000
1,000
0
Jan-97 Jan-98 Jan-99 Jan-00 Jan-01 Jan-02 Jan-03 Jan-04 Jan-05 Jan-06
出所)Australian Prudential Regulation Authority(APRA) 資料より
ただ、北米進出への進出も当初から順調に
Group は 市政 府か ら議 会や 有権 者向 けの 説
進んだわけではなかったようだ。トロント進
明やストラクチャーの検討に必要な情報や意
出の理由は、当地において有料道路の民営化
見の提供を求められ、これに無償で対応する
案件があり、この入札に参加するためであっ
などの活動を行っていた。
たが、これは落札できなかった。その後もア
ルバータ州やオンタリオ州で電力関連の民営
図表3
化案件への参画を目指したが、うまくいかな
シカゴスカイウェイ民営化の概要
案件概要
99年の運営権の売却
総延長
12.5キロメートル
(シカゴ⇒インディアナ州)
車線数
片側3車線
交通量
約50,000台/日
開通時期
開通は1959年
2003年と2004年に市が2.5億米ドル
を投下して大規模改修
売却価格
18.3億米ドル
このような長い先史を経て、北米における
年間収入
約0.4億米ドル
本格的な投資案件拡大は、2004 年のシカゴス
通行料
1台2米ドル
かった。結局、北米において本格的にファン
ドの組成を行ったのは、長い時間をかけて政
府や機関投資家と関係を作り、インフラ投資
の仕組みについて共有する地道な取り組みを
5 年近く積み重ねた後の 2003 年に設立した 5
億ドルのファンドが最初であった。
カイウェイという有料道路の民営化案件の落
出所)Macquarie Group 資料等より
札を契機としている。この案件は、年間 2.2
億米ドルの財政赤字に苦しんでいたシカゴ市
長い準備を経て 2004 年に行われた売却先
政府が、保有していた有料道路の 99 年間に
の公募の結果、Macquarie Group の運用する
わたる運営権を民間に売却し、資金調達を行
有 料 道 路 フ ァ ン ド で あ る Macquarie
うというものであった。民間でも実施可能な
Infrastructure Group(MIG)が 45%、スペ
道路事業を売却して得た資金を、債務の圧縮
イン の 有料 道 路 オペ レ ータ ー で Macquarie
や教育などの優先順位の高い事業に充当する
Group と提携関係にある Cintra が 55%出資
ことを目的としていた。2000 年頃から海外で
するコンソーシアムは 18.3 億米ドルで落札
の 類 似 事 業 の 経 験 を 買 わ れ 、 Macquarie
することに成功した。
NRI パブリックマネジメントレビュー March 2009 vol.68
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買収後、Macquarie Group は ETC の導入
3.電力分野でのインフラファンド
による料金精算効率の向上や上下両線での精
算可能なレーンの設置、取得後 1 年間での
Macquarie Group が先頭に立って 2000 年
10%のコスト削減を実現している。また、北
前後から切り開いてきた有料道路分野と並ん
米の民営化案件に限らず当たり前に行われる
で、発電を中心としたユーティリティ分野で
ことだが、公営時代には採算を度外視して低
もインフラファンドが活発に活動している。
く抑えられていた料金は、民営化後は 1 台あ
米 エ ネ ル ギ ー 省 の 「 Electric Power
たり 4 米ドルまでの値上げ可能な形となって
Monthly」によると、2006 年から 2008 年の
いる。
3 年間にアメリカでは 66 か所の発電資産の
シカゴでの落札後、他の地域でもシカゴを
売買が行われているが、そのうち売り手側な
参考にした有料道路の民営化が急速に広がり、
いしは買い手側にファンドが顔を出している
シカゴモデルは事業スキーム面で雛形となっ
案件は少なくとも 12 件に及んでおり、存在
た。結果として、Macquarie Group と Cintra
感の大きさを示している。
のコンソーシアムは、インディアナ州などで
顔を出しているファンドは全部で 8 つを数
事業を落札しており、北米の有料道路分野で
え、中には GE Energy Financial Services
一気に事業範囲を拡大している。
のような事業会社の設立したファンドも存在
こ の よ う な 事 業 の 拡 大 に 合 わ せ て 、 2008
している。ただ、多くは独立系の非上場イン
年には、北米専門の非上場ファンドである
フラファンドである。ここでは、代表的なフ
Macquarie Infrastructure Partners の 2 号
ァ ン ド の 一 つ で あ る Energy Investors
ファンドを 60 億米ドルという巨額な規模で
Funds(以下、EIF)について説明し、彼ら
設立し、その他に 2005 年に設立された資産
のビジネスモデルを紹介することとする。
規模で約 30 億米ドルの上場インフラファン
ド で あ る
EIF は 1987 年に設立され、北米でも最も
Infrastructure
古い電力分野に特化したインフラファンドの
Company も有しており、資金面でも投資拡
一つであり、これまでに約 30 億米ドルの資
大を支える体制を整えている。
金を集めている。
Macquarie
なお、Macquarie Group は北米において上
従業員は約 30 名で、金融をバックグラウ
場ファンドと非上場ファンドの使い分けを行
ンドにする人材と電力関係の技術をバックグ
っているが、開発リスクを含むアセットを非
ラウンドにする人材の混成で組織されており、
上場ファンドで取得し、含まないアセットを
ボストン、サンフランシスコ、ニューヨーク
上場ファンドで取得するというようなポリシ
の 3 か所に拠点を構えている。
ーで行われている。
現在運用しているファンドは 3 本、総額で
20 億米ドル強であり、いずれも税引き前の期
待利回りを 20%~30%とかなり高めに設定し
ており、近年の北米電力市場の過熱感を表し
ている。
NRI パブリックマネジメントレビュー March 2009 vol.68
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図表4
設立日
運用中のファンドの概要
規模
投資額
税前期待
利回り
配当累計
実現
利回り
27~30%
4.3億米ドル
18.6%
USPF
2003年
12月
2.5億米ドル
3億米ドル
USPFⅡ
2005年
10月
7.5億米ドル
7.7億米ドル
20%
1.7億米ドル
-
USPFⅢ
2007年
7月
13.5億米ドル
9.2億米ドル
20%
-
-
投資先内訳
石炭:5%
ガス:52%
送電:27%
石炭:11%
ガス:64%
パイプライン:4%
石炭:30%
ガス:65%
太陽光:2%
出所)Energy Investors Funds 資料より
このファンドの運用期間は、北米の多くの
売り手も多いために、これが可能となってい
非上場インフラファンドと同様に 10 年であ
る。また、プライマリーとセカンダリーの分
り、最初の 5 年で投資し、残りの 5 年で売却
化がないのも、機関投資家の期待利回りが高
して投資を回収するという投資ファンド的な
いために、セカンダリーの案件だけでは十分
ビジネスモデルとなっている。しかし、イギ
に利回りを出せないためとされる。
リスのインフラファンドのようなプライマリ
投資対象とする電力資産は、火力発電所に
ーとセカンダリーの分化 * 1 は見られず、同じ
限らず、新エネルギー系や送配電資産など多
ファンドで両方のフェーズの案件を手がける
岐に及んでいるが、資源価格の変動リスクや
のが特徴的である。
価格変動リスク、建設リスク(コストオーバ
運用期間が 10 年と短い背景には、早期の
ーラン、タイムオーバーラン)を第三者に転
利益確定を望む機関投資家のニーズがあると
嫁するケースが多い点が特徴として挙げられ
されている。北米の電力市場では資産の売り
る。
買いが非常に頻繁に成立しており、買い手・
図表5
ファンド
資源価格
変動リスクは
取らない
資源会社
北米のインフラファンドの標準的な事業スキーム
燃料
SPC
需要変動
リスクは
取らない
電気
オフテーカー
(電力会社)
電気
消費者
PPA
お金の流れ
*1
福田隆之「イギリスにおけるインフラファンドの発展と日本への示唆」(2008 年、NRI パブリックマネ
ジメントレビュー)参照
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このようなファンド側に有利な条件で投資
は前者が有限責任となり、後者は無限責任を
が可能な背景として、北米では老朽化の進ん
負う。ただし、運用会社も別会社を介在させ
だ電力資産の更新に巨額の資金が必要である
るなどの方法で、無限責任を実質的に回避す
一方で、経常赤字国のアメリカを中心に資本
る仕組みを組込んでいる。
が不足気味であり、ファンドの資金調達に頼
投資家と運用会社の持分比率は 9 対1程度
る必要があることが指摘される。また、積極
が多く、運用会社も一定の資金を拠出するこ
的な株主からの強い配当圧力にさらされるた
とで、投資家と同じ経済的な利害を負い、初
めに、一般の会社の資金調達余力や投資リス
めて投資家の信頼を得られるという考え方で
クの許容度が低く、ファンドと連携すること
成り立っている。
で事業リスクを取らずに案件に参画したいと
いうニーズも強く存在する。
このあたりの基本的な構造は、一般的な投
資ファンドと大きく違うものではないが、異
なる点として、投資先のマネジメントスタイ
ルが挙げられる。
4.インフラファンドのストラクチャー
投資ファンドの場合、投資先に経営陣など
を送り込み、自ら経営を主導することで業績
ここまで、北米でインフラファンドの活躍
を向上させ、企業の価値をあげることが重要
する有料道路と電力という二大分野における
になるが、インフラファンドの場合でも、事
事例を見てきたが、このマーケットでは
業種別に応じて委託できるパートナーや子会
Macquarie Group の一部のファンドを除き、
社を抱えており、開発や運営を行う際にこれ
非上場のインフラファンドが主流となってい
らの企業を活用し、事業をコントロールする
る。ここで、非上場インフラファンドの具体
ことになる。
的なストラクチャーを、一般の投資ファンド
との違いなどを踏まえながら説明したい。
ただ、投資家から見ると運用会社と委託先
に資本関係がある場合、委託先に支払われる
ファンド自体は、国内の投資家から主に資
委託料が配当として運用会社に還流されるこ
金を集める場合には国内の、海外の投資家も
とで、利益相反の懸念が生じるが、北米では
含めた形で組成される場合には、租税回避地
この点を問題視する投資家が多く存在する。
と呼ばれる著しく税率の安い海外の小国に本
特に、インフラ事業の場合には、委託先に支
籍を置くリミテッドパートナーシップ(日本
出される費用の占めるウエイトが、一般の企
で言うところの組合のような仕組み)が使わ
業投資と比べても大きいためであり、対応策
れるのが一般的である。
として委託先との資本関係を作らないケース
ファンドのメンバーとしては、ファンドに
や、委託先への対価をガラス張りにし、投資
投資する投資家と、ファンドの運用を行う運
家に丁寧な説明を行っているケースが多い。
用会社の二つの役割で構成され、多くの場合
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図表6
北米のインフラファンドにおける標準的なストラクチャー
金融機関、事業法人、
個人、投資運用業者等
投資家
(LP)
有限責任出資
サービス提供
投資運用業者
(サービス・プロバイダー)
有限責任出資
無限責任出資
運用者
(GP­SPC)
ファンド
(LPS等)
※投資運用業者が直接GPになる場合もある
投資
委託
開発・運営会社
投資先
ファンドに関連するお金の流れでも、多く
インフラファンドでは、キャッシュフローの
の部分は投資ファンドと共通しており(図表
安定性が高く、通常の事業であれば投資先か
7)、ファンドの支出の優先順位は、運用会社
らの配当がほぼ確実に得られるため、これを
が得られるマネジメントフィー、投資家の拠
原資に投資期間中も安定的に配当を出すこと
出した投資元本、投資家に約束した優先的な
ができるのである。
リターンを支払い、残った資金について持分
ファンドにおける運用会社と投資家の間の
比率に応じて投資家と運用会社に分配すると
関係を規律する契約条件については、投資フ
いう形が一般的である。
ァンドと変わるところはほとんどなく、投資
これに対して、投資ファンドとの特徴的な
先の資産をインフラに限定するという広い意
違いとして指摘されるのは、期中の配当が行
味での投資先のロックがかかっている程度で
われるケースが多いことである。一般的な投
ある。その他の点については、原則として運
資ファンドでは、経営状況の悪い企業を対象
用会社が投資先や配当実施を独断で決定でき、
に投資することも多いため、企業の業績を建
投資家の持分を第三者の転売する際の事前承
て直し、その企業を売却するまでファンドは
認権限も有するなど、広範な権限を有し、運
現金を得ることができず、結果として投資家
用会社に対する性善説で仕組みが構築されて
への資金の分配も、10 年なりの投資期間終了
いるのが一般的である。
時にまとめて行うことが多い。これに対して
図表7
お金の流れ
マネジメント・フィー
n 毎年、コミットメント金額の1.5~ 2%程度の場合と、実費精算の
形にする場合がある。
n 実際に投資に回される金額は、L
Pの拠出額-マネジメント・フィー
の総額。
n 投資先を発掘する段階では、マ
ネジメント・フィーのみをコミットメ
ントから引き出すことになる。
マネジメント・フィー
運用者
(GP)
インセンティブ・フィー
(GPキャリー)
投資に要した経費
インセンティブ・フィー
n最優先は、LPの元本と投資に要
した経費。続いてLPへの優先リ
ターンとなる。
nリターンは、LP:GP=90:10程度
1.元本
の割合で配分。
2.優先リターン n優先リターンとGPキャリーの配
3.リターン
分についてはファンド毎に異なる。
nインフラファンドの特徴として、期
ファンド
中に配分が行われるケースが多
(LPS等)
い。
投資家
(LP)
コスト
売却益(転売)
配当
開発・運営会社
NRI パブリックマネジメントレビュー March 2009 vol.68
フィー
投資先
n会計コスト、弁護士コスト、デュー
デリジェンスに関するコストなど、
個別の案件に紐付くものはファン
ドで負担。
n個別案件に紐付かないものは、 GPが負担。人件費、家賃、R&D 費用等。
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5.今後の動向とまとめ
このあたりの問題が、いつまで続くのかは、
残念ながら当事者にも、筆者にも確実な見通
ここまでに示してきた北米のインフラファ
しはない。ただ、北米の当事者たちは、金融
ンドの動向と、これを取り巻く市場環境は、
危機とそれに続く不景気による一時的な混乱
金融危機前の好景気と過剰流動性を前提とし
を乗り越え、自らのビジネスチャンスはさら
たものであったと現時点では断言できるであ
に拡大するという見方をしている。
ろう。筆者は 2009 年 1 月に北米を訪問し、
その大きな根拠として、2009 年に発足した
様々なファンドへのインタビューを行ったが、
オバマ政権の景気対策に対する期待が挙げら
多くのファンドが足元では投資をストップし
れる。Infrastructure Investor というインフ
ていた。
ラファンド・投資を専門に扱うウェブサイト
多くのファンドの意見は、インフラ事業自
でも特集されているが、American Recovery
体のキャッシュフローは、金融危機の前後で
and Reinvestment Act of 2009 という法案を
変化は小さいという意見がほとんどであった。
議会に提出し、本格的な景気対策に乗り出し
この点については、いわゆる不動産投資とイ
ている。この中には、送配電設備の近代化や
ンフラ投資の違いとして、前者が価格形成の
新エネルギー普及促進などのエネルギー関連
中に資産自体の将来にわたる値上がり期待
や、道路の更新などの交通関連を含む、幅広
(いわゆるキャピタルゲイン)を大きく組込
い公共事業のメニュー*2が提示され、約
み、その見方で価格が大きく変動するのに対
8,000 億米ドルの予算規模のうち、2/3 は公共
し、インフラの場合には資産そのものは売却
事業などが占める内容となっている。
不能であることが多く、不動産ほど価格の変
図表8
動が大きくなく、安定しているという指摘に
つながる。
ただ、このような違いの中でも、結果とし
て金融危機の影響を受けている理由として、
金融機関の経営そのものが混乱に陥り、激し
い自己資本の目減りの中で、新規の借入その
ものが事業を問わずに困難になっている点が
挙げられる。結果として、調達できても上乗
オバマ政権の景気対策
連邦政府の減税
2,880億米ドル
州・自治体等の減税
1,440億米ドル
社会資本・研究開発投資
1,110億米ドル
弱者扶助
800億米ドル
ヘルスケア
590億米ドル
教育・訓練
530億米ドル
エネルギー
430億米ドル
その他
せ金利が従来の倍以上(1%程度から 3%程度
80億米ドル
出所)http://www.recovery.gov/
まで上昇したという意見もある)に跳ね上が
り、これが借入に対して配当が劣後するエク
多くのインフラファンドでは、これらの資
イティに投資するファンドの収益を圧迫して
金によって整備、更新された事業の運営はシ
いるという問題である。
カゴスカイウェイのように民営化されるので
また、上場ファンドについては、マーケッ
はないか、という見方をしている。北米にお
ト全体の値崩れの中で、連動して下げている
いてはインフラの運営を民間に任せるという
ケースが散見され、これも上場市場との相関
考え方が定着しており、政府サイドも長期間
性の低さ、というインフラ投資の特性に対す
にわたって専門職員の育成などの様々な負担
る投資家の疑心を生んでしまっている。
が必要なインフラ事業を自ら手がけるつもり
*2
執筆段階では、議会審議中であり、最終決定ではない点に留意が必要である。
NRI パブリックマネジメントレビュー March 2009 vol.68
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はないであろうという意見が、その背景にあ
る。
また、金融危機で傷ついた金融機関や年金
などの機関投資家に対して、新しいビジネス
チャンスを付与し、収益性の回復を後押しす
るという意味や、需給が逼迫気味な債券市場
に資金需要を集中させず、株式も含めた幅広
いマーケットから公共事業に必要な資金を調
達するという観点も見逃せない。
このような見方を踏まえ、一部ではこのよ
うな状況下でもファンドを新たに立ち上げる
動きがある。前述の Energy Investors Funds
も 4 本目のファンドを 20 億米ドル規模で集
めている最中であるが、これ以外にも、大手
投資ファンドのブラックストーンや KKR も
数十億米ドル規模のインフラファンド組成に
向けて動いており、これもオバマ政権におけ
る公共投資の拡大を見据えてのものである。
このように、金融危機という大きな試練を
経ても、北米におけるインフラファンドの事
業活動は継続しそうな流れであり、今後もこ
の分野における新たな事例、新たなビジネス
モデルを生み出していくであろう。
アメリカと同様に、景気回復のための公共
事業が、わが国でも取りざたされているわけ
であるが、仮にそれが必要だとしても、公共
事業=建築工事、という単純な構図で捉える
のでなく、より深く海外の動向を洞察した上
で、政策決定することが求められるのではな
いだろうか。
筆 者
福田 隆之(ふくだ たかゆき)
株式会社 野村総合研究所
公共経営戦略コンサルティング部
副主任コンサルタント
専門は、行財政制度、財務会計、民活事業
(民営化・PFI等)の実行支援 など
E-mail: t2-fukuda@nri.co.jp
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