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三島由紀夫『美しい星』における 起源>

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三島由紀夫『美しい星』における 起源>
三島由紀夫『美しい星』における
<想像された起源>
- 純潔イデオロギーと純血主義 1)洪潤杓*
[email protected]
<要旨
>
本論文は、テキストの中の「 純潔」 という記号を読み取り、戦後日本のアイデンティティの問
題、三島の歴史観などについて考察する。より具体的に言えば、戦後日本に存在した「純潔イデオ
ロギー」や「純血主義」が、『美しい星』と、どのように関わっているかについて追究するもので
ある。 『美しい星』は、一見、荒唐無稽な小説に見えるが、実は、自分のアイデンティティに執着する三
島由紀夫の姿が投影されているテキストである。『美しい星』において、大杉重一郎とその家族
は、UFOを目撃してから、自分たちが宇宙人であると信じるようになる。彼らは、はっきり記憶に
残っている地上の記憶を「贋物の歴史」と見なし、記憶から消された歴史を「本物の歴史」として
いる。何の証拠もない「本物の歴史」が、彼らのアイデンティティを構築するのである。これは、
いわゆる「想像された起源の物語=歴史」である。しかし、客観的な証拠のない「想像された起源
の物語=歴史」は、すぐ揺らいでしまう。ところが、それによってもたらされるアイデンティティ
の混乱は、より強い想像力により自分の歴史を再構築し、強化していくことで、かえってアイデン
ティティを強化するのである。これは、まさに後年の三島の天皇論を連想させる。というのも、三
島は、「天皇」を信じ続けることに執着したからである。『美しい星』は、アイデンティティが揺
らいでしまった不安定な状況下で、想像力による現実の再構築を通して、不確かな自らのアイデン
ティティを不動のものにしようとする切実な思いが表れているテキストとして読み取れるが、本論
文ではこれを、戦後日本の「純潔イデオロギー」と「純血主義」とを照らし合わせながら論じた。
主題語: アイデンティティ(identity), 混血(mixed blood), 想像力(imagination),
戦後日本(Postwar Japan), 歴史(history), 修正主義(revisionism)
1. はじめに
三島由紀夫の『美しい星』は、1962年1月から11月まで、『新潮』に連載された作品で、
同じ年の10月に、新潮社から単行本で出版された。『美しい星』は、三島由紀夫の作品とし
* 筑波大学 人文社会科学研究科 博士課程
48 日本近代學硏究……第 23 輯
ては珍しく、自ら宇宙人だと主張する人物が登場するなど、SF的要素を持ち、一見すると
荒唐無稽な作品である。
『美しい星』は、空飛ぶ円盤を目撃した後、自らを宇宙人だと信じ込む大杉重一郎とそ
の家族が、核爆弾による人類の滅亡を防ぐため、路上演説などの活動をすることを軸にス
トーリーが展開する。重一郎は、自分たちを、白鳥座六一番星あたりの未知の惑星からきた
宇宙人だと信じ込んでいる羽黒一党と対立し、論争する。論争において、重一郎は、人類を
救うべきだとし、羽黒一党は、人類を滅ぼすべきだと主張する。激しいやりとりの後、重一
郎は倒れ、癌と診断される。宇宙からの声を聞いた重一郎は、入院先の病院を抜け出して家
族と共に生田の丘陵に行くが、そこには銀灰色の円盤が待っていたのである。このような主
なストーリーと並んで、息子の一雄の政治運動、娘の暁子と自称金星人の竹宮との恋愛など
の事件が描かれている。
三島由紀夫は、この作品について「これは、宇宙人と自分を信じた人間の物語りであつ
て、人間の形をした宇宙人の物語りではないのである」1)と語っているが、この言葉は、
『美しい星』は、一見すると別世界を描いたSF小説のように見えるが、実は、あくまでも
人間の物語であるという意味であろう。本論では、「宇宙人と自分を信じた人間の物語」と
いうことに着目し、人間のアイデンティティ問題について考察する。
『美しい星』には、1961年のソ連の核実験発表に触発された米ソ対立や核戦争危機、1960
年代の高度経済成長による戦後日本の変化、日本という国のアイデンティティをめぐる言説
などの同時代コンテキストが透けて見えはするものの、このテキストを戦後日本という空間
との関わりから考察した論は今まで少なかった。今までの先行研究は主に「政治と文学」の
問題、三島由紀夫の「芸術論」などの観念的な議論に終始し、『美しい星』に投影されてい
る具体的な同時代の文化コードが読み取れていない。たとえば、奥野健男の次のような議論
がその典型である。
(『美しい星』は)政治や思想の状況の中で文学を考えていた従来の小説と違
い、自己の文学世界の中で政治や思想を考える。政治や思想にとらわれた文学でな
く、文学の中で思想や政治をつくり出して行く。これは政治と文学のコペルニクス
的転回である。2)
1) 三島由紀夫(1964.1.19)「「空飛ぶ円盤」の観測に失敗して―私の本「美しい星」」『読売新聞』(『決
定版 三島由紀夫全集32』新潮社, p.649)
2) 奥野健男(1993)『三島由紀夫伝説』新潮社, p.389
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