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晩生の日本ナシ新品種「陽水」 Late Maturing Japanese Pear New

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晩生の日本ナシ新品種「陽水」 Late Maturing Japanese Pear New
愛知 農 総 試 研 報 34: 115-120(2002)
Res.Bull.Aichi Agric.Res.Ctr.34: 115-120(2002)
晩生の日本ナシ新品種「陽水」
上林義幸 * ・榊原正義 ** ・真子伸生 ***・岡田詔男 *・本美善央 ****
摘要:「陽水」は当場で育成した、大果で食味の優れた晩生の赤ナシ品種である。1990年に行っ
た「新高」と「幸水」の交配により得た実生から選抜された品種で、種苗法に基づき2001年3月
13日付けで品種登録された。特性は次のとおりである
1 樹勢は強く、枝の発生は密で、樹姿は「新高」に似ている。腋花芽の着生は少ないが、短果
枝の維持は容易である。開花期は「豊水」と同時期で「新高」より3日遅い。「幸水」・「豊
水」・「新高」と交配親和性があり、花粉を多く持つことから「豊水」・「幸水」の授粉樹と
しても適する。黒斑病には抵抗性を有すると推測され、えそ斑点病は非発現性である。
2 成熟期は本県において、「豊水」と「新高」の間に当たる9月下旬から10月上旬である。果
形は扁円形で、成熟期の果皮色は黄褐色である。果実重は「新高」並みに大きく、約900 g で
ある。果肉は白色で、「新高」より柔らかく多汁である。糖度は平年でBlix値が14∼15%で、
「新高」より約0.5%高い。pHは5.3で、「新高」より酸味が少ない。日持ち性は室温(約15
℃)で約15日で、貯蔵性は「新高」などの他の晩生品種より劣る。現在のところ、裂果、芯腐
れ、みつ症等の生理障害はみられない。
キーワード:晩生、赤ナシ、新品種、交雑育種
Late Maturing Japanese Pear New Cultivar ‘Yousui’
UEBAYASHI Yoshiyuki , SAKAKIBARA Masayoshi , MANAGO Nobuo ,
OKADA Norio and HONMI Yoshio
Abstract:‘Yousui’ is a late maturing, russet-skin type new cultivar of Japanese pear, released
by the Aich-ken Agricultural Research Center. This cultivar originated from the crossing
between ‘Niitaka’ and ‘Kousui’ made in 1990. In 2001, ‘Yousui’ was registered on March 13th
under the Seeds and Seedlings Law of Japan.
1. ‘Yousui’ trees are as vigorous as ‘Niitaka’ and twigs are thick. The tree form looks like that
of ‘Niitaka’. The tree exhibits few axillary flower buds on shoot , but it is easy to maintain
flower buds on spurs. It blooms at the same time as ‘Housui’, 3 days later than ‘Niitaka’.
‘Yousui’ is cross-compatible with ‘Kousui’, ‘Housui’ and ‘Niitaka’. ‘Yousui’ is suitable as a
pollinator for ‘Housui’ and ‘Kousui’, because it has large quantities of pollen. ‘Yousui’ is
resistant to pear necrotic spot virus and may be tolerant to Black spot disease (Alternaria
alternata Japanese pear pathotype) .
2. ‘Yousui’ matures between ‘Housui’ and ‘Niitaka’, late September to early October in Aich
prefecture. Fruit is oblate in shape and the skin is yellowish brown at maturity. Fruit is very
large like that of ‘Niitaka’, about 900g. The flesh is white, soft and juicy. It is considered
superior to ‘Niitaka’ in these points. Brix values are 14 to 15% in a usual year, about 0.5%
higher than ‘Niitaka’. pH values are 5.3, less acid than ‘Niitaka’. The fruit quality remains
good for about 15 days when the fruit is kept at room temperature (about 15 ℃ ). The storage
life is shorter than those of other late maturing cultivars such as ‘Niitaka’. As for ‘Yousui’ , a
physiological disorder isn't being observed at present.
Key Words:Late maturing, Russet-skin, New cultivar, Cross-breeding
本研究の要旨はアジアナシに関する国際シンポジウム(2001年8月)において発表した。
*
園芸研究所、 **園芸研究所(現JA豊田市)、 ***園芸研究所(現生物工学部)、 ****園芸研究所(現西三河農
林水産事務所)
(2002.7.1 受理)
116
上林・榊原・真子・岡田・本美:晩生の日本ナシ新品種「陽水」
緒
言
天の川
新高
愛知県におけるナシの生産は、栽培面積 498 ha 、生
産量10,300 t である 1) 。本県の温暖な気象条件は、他
県のナシ産地に先駆けて早期出荷を可能にしており、果
実品質に定評のある早生品種の「幸水」が本県の主力品
種である。「幸水」以降の品種は、大果で品質の優れた
「豊水」の栽培が増えている。この2品種で栽培面積の
75%を占めているが、この2品種の開花期の差は3日程
度しかなく、人工交配や摘果などの着果管理に労力集中
が生じている。また「幸水」が栽培面積の50%を占める
ことから、8月上旬の収穫作業にも労力集中が生じてい
る。このことは経営規模の拡大を難しくしており、また
品種構成が偏ることで気象災害や販売価格の影響を受け
やすく、経営上好ましいとはいえない。
こうした品種構成の偏りを改善するため、「幸水」よ
り早い時期の品種としては、県内生産者が育成した「愛
甘水」の導入が図られている。一方「豊水」より遅い時
期の品種としては「新高」が導入され、1 kg を超える
大果になることから、「ジャンボ梨」として特産化が図
られてきた。しかし「幸水」、「豊水」に比べ果実の肉
質が劣り、さらに果実のていあ部周辺の裂果や果肉への
みつ入り症状など、成熟期に生理障害と思われる症状が
発生し問題となっている。
そこで、こうした「新高」の欠点を改善し、果実品質
が優れた赤ナシの晩生品種を育成するため、1990年から
取組を行ってきた結果、大果で品質の優れた「陽水」を
育成し、2001年3月に品種登録にいたったので、その育
成経過と特性を報告する。
材料、方法及び育成経過
今村秋
陽水
菊水
幸水
早生幸蔵
図1
「陽水」の系統図
水」を用いて交配を行った。本品種の系統図を図1に示
した。
2 育成の経過
1990年に当場ナシ園で、「新高」に「幸水」の貯蔵花
粉を交配した。採取した種子を翌年2月には種し、11個
の実生個体を得た。早期に特性の把握をするため、1992
年4月に11の実生個体から穂木を採取し、15年生の長十
郎4樹に1樹当たり2ないし3実生個体分の穂木を高接
ぎした。1994年に一部の実生個体が、1995年にはすべて
の実生個体及び高接ぎ樹が結実を始めたため、選抜を開
始した。このうち果実品質の優れた1個体を系統名「愛
知梨1号」とし、1996年4月に8年生筑水に高接ぎする
とともに、1年生マメナシ台へも接ぎ木し、原木並びに
接ぎ木樹における特性の調査を行った。その結果、晩生
で大果の赤ナシで食味が優れ、生理障害の発生しないこ
とが確認されたため、1996年から1997年にかけて、「新
高」を対照品種として種苗特性分類調査報告(審査基
準)に基づく特性調査を行い、1997年12月育成を終了す
るとともに「愛知梨1号」の名称で品種登録を出願した。
その後県内から品種名を公募し、その候補の中から1998
年12月に「陽水」と命名し、2001年3月13日付けで登録
番号第8739号として品種登録された。
1
育種目標
結 果
「豊水」より後で、「新高」とほぼ同時期に収穫でき、
果実品質においては「新高」より果肉が柔らかく、成熟
1 樹の特性
期の生理障害が少ない品種の育成を目標にした。母親に
「陽水」及び対照品種「新高」の品種登録時に行った
は、大果で甘みが強い晩生品種の「新高」を用い、父親
特性調査の結果を表1に示した。樹勢が強いこと、枝梢
には果実の肉質が優れ、成熟期の生理障害が少ない「幸
が太く、長く、色が濃茶褐色であること、葉が長楕円で
表1
品種
樹勢
陽水
強
新高
強
長 さ
極 長
(152cm)
極 長
(147cm)
陽水と新高の樹の特性
(1996,1997:愛知農総試)
枝 梢 の 形 態
短果枝 腋花芽
成葉
太 さ 節間長
色
の着生 の着生
の形
極 太
長
中
中
(11.7mm) (6.1cm) 濃茶褐
(52.5%)1) 長楕円
極 太
長
極多
多
(11.2mm) (6.4cm) 濃茶褐
(72.0%) 長楕円
1花叢 花らい
花 弁
雄ずい 葯の 花粉
の花数 の色
色 形 数
の数
色
の量
多
中
多
陽水 (11.8)
淡桃 白 卵 (6.8) (28.3) 淡紅 多
中
多
新高
淡桃 白 円 少
淡紅 無
( 9.2)
(5.2) (22.8)
注 特性の表記は農林水産省種苗特性分類調査報告(審査基準)による.(
1) 腋花芽着生率
2) 葉長×葉幅
葉の大きさ
極々大
(14.5cm×10.0cm)2)
極々大
(13.7cm×9.7cm)
品種
)は計測値.
117
愛 知 県 農 業 総 合 試 験 場 研 究 報 告 第 34号
表2
品種
陽水
幸水
豊水
新高
陽水と主要品種の開花始期と終期
1997
始
終
4/ 7 4/15
4/ 9 4/18
4/ 6 4/16
4/ 4 4/12
1998
始
終
4/ 8 4/13
4/ 7 4/16
4/ 7 4/16
4/ 3 4/11
表3
1999
始
終
4/12 4/18
4/13 4/22
4/11 4/20
4/ 8 4/15
2000
始
終
4/20 4/27
4/21 4/30
4/20 4/27
4/16 4/23
組合せ
行っているが、黒斑病の発生はみられない。ナシえそ斑
点病保毒樹に接ぎ木した結果、病徴がみられないことか
ら、ナシえそ斑点病に対しては非発現性である。黒星病
やその他病害虫については、慣行の赤ナシ防除で十分防
除可能である。
2 果実の特性
「陽水」と主要品種の収穫時期を表4に示した。本場
における「陽水」の収穫期は5年間の平均で9月19日か
ら10月12日で、「豊水」より2週間以上遅く、「新高」
より約2週間早く収穫できる。果実の形状と結実状況を
末尾の図2及び図3に、品種登録時に行った果実特性調
査の結果を表5に示した。果実の形は扁円で、「新高」
より梗あ、ていあとも広くて深い。有てい果は「新高」
同様混在するがその割合は少ない。果梗は「新高」より
長く、細い。成熟期の果皮色が黄褐色で、大きな果点が
密に分布し、果面の粗滑が中である点は「新高」と同じ
である。果芯の大きさ、形は「新高」と同じであるが、
表4 陽水と対照品種の収穫始期と終期
陽水
新高
梗
深さ
偏円
深
円 やや深
果形
(1997∼2001:愛知農総試)
1998
1999
2000
始
終
始
終
始
終
9/10 9/30 9/16 10/15 9/25 10/16
8/24 9/12 8/30 9/14 9/ 7 10/ 2
9/28 10/ 5 10/ 5 10/12 10/ 9 10/19
表5
品種
陽水と新高の果実の特性
あ
広さ
広
やや広
ていあ
深さ
広さ
深
広
やや深
中
2001
始
終
9/21 10/15
9/ 6 10/ 1
10/ 5 10/15
平均
始
終
9/19 10/12
9/ 2 9/18
10/ 4 10/14
(1997:愛知農総試)
有てい
果有無
混在
混在
長さ
長
中
果 梗
太さ 肉梗
太
無
極太
無
果 点
果面の
果 肉
果 芯
大きさ 密度
粗滑
色
粗密
形
大きさ
陽水
大
密
中
雪白
中
円心臓
中
新高
大
密
中
白 やや粗 円心臓
中
注 特性の表記は農林水産省種苗特性分類調査報告(審査基準)による。
品種
平均
始
終
4/11 4/18
4/12 4/21
4/11 4/19
4/ 8 4/15
結実率
(%)
0.0
42.9
89.3
82.2
91.7
75.0
♂
陽水
幸水
豊水
陽水
陽水
陽水
大きいこと、新梢の発生が多いことなど、樹姿は「新
高」に似ている。腋花芽及び短果枝の着生は「新高」よ
り少ないが、短果枝の維持は容易である。開花直前の花
らいは淡桃色、花弁は白色、開やく前のやくの色は淡紅
で、雄ずいの数が多い点は「新高」と同じである。花弁
が卵形を呈し、花弁の数が平均 6.8枚、1花叢の花数が
平均11.8と多い点が「新高」と異なる。「新高」が花粉
を持たないのに対し「陽水」の花粉の量は多い。「陽
水」と主要品種の開花時期を表2に示した。5年間の平
均でみると開花始めは4月11日、終わりは4月18日で、
「新高」より3日遅く、「幸水」より2日程度早く、
「豊水」とほぼ同時期である。
「陽水」と主要品種の交配親和性を表3に示した。自
家結実性はなく、「幸水」、「豊水」、「新高」とは交
配親和性である。ただし「幸水」を花粉に用いた場合の
結実率は42.9%と低い。
育成期間中は、慣行の赤ナシ防除体系で病害虫防除を
1997
始
終
陽水 9/24 10/13
豊水 9/ 3 9/18
新高 10/ 3 10/20
2001
始
終
4/10 4/16
4/11 4/18
4/ 9 4/17
4/ 7 4/15
陽水と主要品種の交配親和性 (1998:愛知農総試)
♀
陽水
陽水
陽水
幸水
豊水
新高
品種
(1997∼2001:愛知農総試)
果皮色
黄褐
黄褐
上林・榊原・真子・岡田・本美:晩生の日本ナシ新品種「陽水」
表6
陽水と主要品種の果実品質(1997∼2001:愛知農総試)
品種
1997
果実重(g)
陽水
1019
幸水
301
豊水
406
新高
845
糖度(Brix %)
陽水
14.8
幸水
13.0
豊水
13.0
新高
13.9
酸度(pH)
陽水
5.2
幸水
5.3
豊水
4.8
新高
5.0
硬度(lbs)
陽水
6.4
幸水
5.9
豊水
4.4
新高
6.9
1998
1999
2000
2001
平均
783
305
489
828
961
297
400
1108
751
415
528
939
875
405
511
1041
878
345
467
952
14.6
13.6
13.3
14.7
14.7
12.9
13.3
15.0
15.1
13.3
13.7
14.2
14.2
13.7
13.6
14.2
14.7
13.3
13.4
14.4
5.3
5.4
4.9
4.9
5.2
5.2
4.8
4.8
5.5
5.5
4.9
5.2
5.5
5.3
4.9
5.1
5.3
5.3
4.9
5.0
7.3
5.5
4.4
7.0
5.3
6.4
5.3
6.0
7.0
7.3
6.0
7.5
6.4
6.3
5.2
7.1
6.5
6.3
5.1
6.9
「新高」と比べ、果肉の色が雪白でより白く、果肉がわ
ずかにち密である。
「陽水」と主要品種の果実品質を表6に示した。5年
間の平均で果実重は878 g と極めて大きいが、「新高」
と比べると同等ないしやや小さい。甘みは強く屈折計示
度は14.7%で、「新高」と同等ないしやや高い。酸味は
「幸水」並みに少なく、果汁のpHは 5.3である。果肉は
「幸水」、「豊水」より硬いが「新高」よりやや柔らか
く、果肉硬度は6.5 lbs である。渋みや香気はほとんど
感じられない。
常温(約15℃)で放置した果実の日持ち性は約15から
20日で、「新高」よりやや短い。「新高」にみられる、
裂果及びみつ症の発生はみられない。年により軽いユズ
肌症がみられる以外、芯腐れ、後期落果など他の生理障
害もみられていない。
考
1
118
察
育成経過について
「陽水」は1990年の交配から1997年の7年間と、比較
的短期間で育成が完了できた。交雑育種により育成され、
近年品種登録された晩生品種の育成期間は、「あきづ
き 」 で 13 年 3 ) 、 「 に っ こ り 」 で 10年 5 ) 、 「 豊 月 」 で
18年2)と長い。現在日本国内のナシの栽培面積の85%は
「二十世紀」の血を引いた品種で占められている 6)。
「陽水」の親の「新高」は、「二十世紀」の血を引いて
いない。このため「二十世紀」の血を引いた品種同士の
交配と比べ、優良な形質の品種が出やすい組合せであっ
たと思われる。「陽水」は11個と少ない実生個体から選
抜されており、選抜は容易であった。また、は種の翌年
には実生個体の穂木を成木に高接ぎし結実を促したため、
果実特性の調査が短期間でできた。これらの理由により、
短期間で優良な品種が生まれたと考える。
しかし結実開始後2年で育成を完了しているため、形
態や果実品質の特性は明らかであるが、栽培特性には不
明な点が多い。今後さらに詳細な調査が必要である。
2 「陽水」の特徴
「陽水」は、特性上母親の「新高」の性質を多く受け
継いでいる。樹勢は「新高」並に強く、「新高」並に収
量性の高いことが期待される。ただし、短果枝の維持は
容易なものの、腋花芽の着生は少ないため、腋花芽確保
のための対策が必要となる。開花期は「豊水」と同時期
で、授粉用の花粉には親和性の高い「豊水」の花粉が適
する。また花粉を多く持つことから、「豊水」及び「幸
水」の授粉樹としての利用にも適する。開花期は「新
高」より平均で3日遅く、わずかながら「新高」より晩
霜害を受ける可能性は低いと考えられる。
収穫時期は「新高」より早く、「新高」に代わる品
種というより、むしろ「豊水」と「新高」の間を埋める
品種といえる 。 果実は大果で甘みが強い点は「新高」
の長所を受け継いでいる。酸味の少ない点は「幸水」と
同等であるが、果肉の硬さについては「新高」よりわず
かに柔らかい程度で、十分な改良には至らなかった。常
温での日持ち性は、同時期に収穫できる「新星」と同等
で4)、「新高」よりやや短い。しかし冷蔵により、「新
星」、「新高」は2∼3か月の長期貯蔵が可能であるの
に対し、「陽水」は約1か月で食味が低下する。貯蔵性
では「新高」はじめ他の晩生品種より劣り、長期貯蔵に
は適さない。
病害虫については、慣行の赤ナシ防除体系で十分防除
可能で、黒斑病に対しては抵抗性を有することが推測さ
れる。えそ斑点病に対しては非発現性であるため、接ぎ
木による増殖や品種更新の際、特に注意は必要ない。
「新高」で問題になっている裂果、みつ症を始め、他
119
愛 知 県 農 業 総 合 試 験 場 研 究 報 告 第 34号
品種にみられる芯腐れや収穫前の後期落果など、生理障
害はみられない。ユズ肌果の発生が年によりみられるが、
土壌改良、水分管理等栽培上の対策で対応できると思わ
れる。
以上のように「陽水」は、果実品質は「新高」並ない
しはやや優れ、病害虫や生理障害の発生が少ない、栽培
しやすい品種であるといえる。
3 栽培上の留意点
前述のとおり「陽水」は短果枝の維持は容易であるが、
腋花芽の着生は少ない。腋花芽の果実と短果枝の果実で
品質に大きな差はないが、腋花芽の果実はやや果形が乱
れる傾向がある。このため短果枝を主体に着果させ、3
年程度利用して更新するのがよいと考えられる。短果枝
の更新あるいは十分な花芽の確保を目的に、腋花芽の着
生を促すには、「幸水」で行われるように、7月に新梢
の誘引を行うのが有効と考えられる。
当場では着果量は「新高」よりやや多めの、樹冠面積
1 m2 当たり6∼7個としてきた。この結果、平均果実
重は900 g 弱であった。 800∼900 g の大果生産を目標
とする場合、10 a 当たり6,000∼7,000個の着果量が目
安と考えられる。しかし、近年1kg 近い大果の市場性
が低く、600∼700 g の果実の市場性が高まっているこ
とから、今後は目標とする果実重に合わせた最適着果量
を検討する必要がある。
「陽水」は酸味が少なく、果皮の半分程度が着色した
ころから、食味が比較的良好である。着色の進行にとも
ない糖度は増すが、完全に着色すると甘味、酸味とも少
なく食味が劣る傾向がある。このため収穫適期の判定に
は注意を要する。また1999年は果皮の着色より果肉の成
熟が先行し、す入り果・食味不良果の発生が認められた。
果皮色と食味の関係は現在検討中であるが、気象条件や
栽培条件と成熟との関係について、さらに検討が必要で
ある。
さらに、この果肉先熟現象に加え果肉の硬さについて
も、成熟期の気象条件が影響していると推測され、栽培
上は水分管理技術の影響が予想される。この点について
はまだ十分な検討がされておらず、今後の課題である。
4 将来性
「陽水」は「新高」に代わる品種となることを目標に
育成してきたが、収穫時期や貯蔵性の点で「新高」と共
存する品種として普及する可能性が高い。同じ時期に収
穫可能な品種として、「あきづき」が、「陽水」とほぼ
同時期に品種登録された。果肉が「豊水」並に軟らかく
食味に優れるが、樹の特性上花芽の着生が少なく、確保
に注意が必要といわれている3)。「あきづき」と比較し
て、「陽水」は果肉が硬く食味ではやや劣るが、夏期の
誘引により腋花芽の着生を促せば、花芽の確保は十分可
能である。他に栽培上難しい点は考えられず、従来栽培
してきた品種の栽培技術で、容易に栽培することができ
ると思われる。また大果で高収量が期待できることから
も、「あきづき」とともに品種更新時の候補となるもの
と思われる。「陽水」を導入することで、「幸水」と
「豊水」に偏った品種構成が改善され、労力分散や経営
規模の拡大が可能になる。これによりナシ経営の安定が
図られ、本県のナシ栽培が活性化すると考えられる。
育成者と従事期間:本品種の育成に関与した担当者とそ
の従事期間を表7に示した。
表7 「陽水」の育成担当者と従事期間
氏 名
従事期間
榊原正義 1990.4∼1997.3
真子伸生 1992.4∼1998.3
岡田詔男 1990.4∼1998.3
本美善央 1990.4∼1994.3
吉田安伸 1994.4∼1997.3
木村伸人 1990.4∼1992.3
今川博之 1997.4∼1998.3
坂野 満 1997.4∼2000.3
現
所
属
JA豊田市
生物工学部
園芸研究所
西三河農林水産事務所
農業大学校
農業総合試験場長
自営
園芸研究所
引用文献
1. 愛知県農業水産部園芸農産課.平成10年愛知県果
樹生産流通統計資料 (1999).
2. 壽和夫,佐藤義彦,阿部和幸,齋藤寿広,大村三男,
梶浦一郎,緒方達志,小園照雄,清家金嗣,町田裕,栗
原昭夫,志村勲.ニホンナシ新品種‘豊月’.果樹
試報.26,1-14 (1994).
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上林・榊原・真子・岡田・本美:晩生の日本ナシ新品種「陽水」
図2
「陽水」の果実
図3
「陽水」の着果状況
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