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マウスクリック後のコンピュータの応答に対する認知過程と脳
マウスクリック後のコンピュータの応答に対する認知過程と脳電位 入戸野 宏 (広島大学総合科学部) Keywords: Event-related potential; Human-computer interaction; Intentional action マウスやキーボードを使ってコンピュータを操作するとき, 脳波記録 頭皮上 23 部位から Cz を基準としてサンプリング ユーザーは自分の行為に対するコンピュータの応答をたえず 周波数 200 Hz で記録した後,鼻尖基準に再基準化した.時 確認しながら作業をすすめている.このような過程は作業に 定数 10 s,ハイカットフィルタ 60 Hz に設定した.クリック 習熟してしまえば意識にのぼることは少ないが,コンピュー の前 200 ms から後 800 ms までを加算平均して ERP 波形を タが予期しない応答をしたときに, その存在が明らかになる. 求めた.ベースラインは,クリック前 200 ms 間の平均電位 たとえば,ユーザー側の操作ミスによって予期とは異なる事 にそろえた. 象が生じたり,コンピュータ側の異常で応答がなかったりす 統計分析 ると,即座にそれに気づくことができる. εで調整した自由度を用いて有意性を検定した. 繰り返しのある分散分析を用い,Huynh-Feldt の 結果と考察 筆者は,このようなコンピュータ作業中の認知過程を脳電 クリック間隔は,弁別条件で 1,266±187 ms,統 位によって検討する方法として “マウスクリックパラダイム” 行動測度 を提案した(入戸野, 2003; Nittono et al., in press).これは, 制条件で 1,299±219 ms であった.誤反応率は 1 %未満であ 被験者の意図的な行為によって引き起こされた事象に対して った.反応時間は,Self 条件の方が Auto 条件よりも長かっ 事象関連電位(event-related potentials: ERP)を測定する た(Self:460±57 ms,Auto:426±49 ms, p = .001).こ 新しい実験パラダイムである.単純な刺激弁別課題(オドボ の結果は,先行研究(入戸野・堀, 2001; Nittono & Ullsperger, ール課題)を用いた研究から,意図的に刺激を取り込むとき 2000)と一致しており,マウスクリックとキー押し反応の運 は,自動的に呈示される刺激をモニタしているときに比べて, 動レベルでの競合によるものと考えられる. 低頻度で生じる物理的に逸脱した刺激に対する陽性電位 P3 ERP Figure 1 に,Self 条件と Auto 条件における ERP の総 の振幅が増大することが分かっている(入戸野・堀, 2001; 加算平均波形を示す.Target に対して刺激後およそ 400 ms Nittono & Ullsperger, 2000). に大きな陽性電位 P3 が出現している.自分で刺激を呈示し 本研究では,マウスクリック後に呈示される視覚刺激を弁 た Self 条件では,その振幅が増大した(p = .0001).同様の 別してキー押し反応を行う課題で,まれに刺激が呈示されな 陽性電位は,マウスクリック後に刺激が呈示されなかった試 かったときの ERP を検討した.運動関連電位に重畳して欠 行でも,低振幅だが出現した.Standard に対してはこのよ 落刺激電位(missing stimulus potentials: MSPs)が出現す うな陽性電位が認められなかったので,クリックに伴う運動 ると予測される. 関連電位ではないといえる.これらの結果は,運動後に生じ 方法 被験者 正常な視力または矯正視力を有する 16 名の大学 生・大学院生(男性 8 名,女性 8 名,21-24 歳,平均 22.3 歳) る低頻度事象に対して P3 の振幅が増大するという先行知見 を裏づけるものである(Nittono et al., in press; 入戸野・堀, 2001; Nittono & Ullsperger, 2000). が実験に参加した.全員が右手利きだった. 刺激 眼前 1.5 m の CRT 画面上に“O”と“X”を黒地に 白で呈示した(持続時間 70 ms,視角 1 度) . 手続き 被験者がマウスをクリックした直後(10 ms 以内) に刺激が呈示される条件(以下,Self 条件)と,それと同じ 間隔でクリックしなくても自動的に刺激が呈示される条件 (Auto 条件)を 120 試行ずつ交互に 3 回行った.被験者に は 1-2 s の間隔をあけて人差指でクリックするように求め た.低頻度(p = .2)で呈示される“X”(以下 Target)に 対して,クリックとは反対の人差指でスペースキーをできる だけはやく正確に押すように教示した. “O”(Standard, p = .6)には反応を求めなかった.さらに,刺激が何も呈示さ れない試行(Missing)がときどき生じた(p = .2).被験者 には,刺激が呈示されないこともあるが,課題とは関係ない Figure 1. マウスクリック後に刺激が呈示される Self 条件と ので気にせずにクリックを続けるように教示した.実験の最 自動的に刺激が呈示される Auto 条件における ERP の総加算 後に,刺激が呈示されない状態でクリックだけを 120 回行わ 平均波形(N = 16).正中線上の 3 部位を示す.縦線はクリ せた(Motor control 条件).クリックと反応を行う指の左右 ックした時点(≒ 刺激呈示時点)を示す.クリック後に生じ は被験者間でカウンタバランスした. る低頻度事象に対して陽性電位 P3 の振幅が増大した(▲). Figure 2 に,マウスクリック後に予期していた刺激が呈示 で一貫して認められると報告した.以上のことから,予期し されなかった試行(Missing)の ERP から,刺激が呈示され ていた刺激の欠落検出には右側頭葉が関与しているといえる. ないことが分かっていた試行(Motor control)の ERP を引 このような陰性電位は運動によって得た刺激の処理に特異的 算した波形を示す.陰性と陽性の MSP が出現した. 陰性 MSP なものではないが,マウスクリックパラダイムでは刺激欠落 には左右差があり(p = .003),右側頭部で優位だった.陽性 のタイミングが明確なので明瞭に記録できると考えられる. MSP には左右差がなく,中心-頭頂部で優位だった. 結論 マウスクリックに対してコンピュータから視覚的な応答が ないと,約 200 ms 後に右側頭部で陰性電位が生じる.さら に,欠落を含めて物理的に逸脱した応答であると,約 400 ms 後に高振幅の P3 が生じる.マウスクリック後の脳電位は, ユーザーのメンタルモデルに基づく期待とコンピュータの応 答との知覚レベルでの不一致を反映する指標になりうる. 引用文献 Miyauchi, S., Takino, R., Sasaki, Y., Pütz, B., & Okamura, H. (1996). Missing auditory stimuli activate the primary and periauditory cortices: Combining MEG and fMRI studies. In I. Hashimoto, Y. C. Okada, & S. Ogawa (Eds.), Visualization of information processing Figure 2. マウスクリック後に刺激が呈示されなかったとき の欠落刺激電位(MSP).中心部(Cz)記録の波形と頭皮上 分布を示す. 右側頭部で優位であった陰性 MSP の脳内発生源(ソース) を,3次元脳内電流源密度分析(LORETA; Pascual-Marqui et al., 1994)を用いて推定した.その結果,Figure 3 に示し たように,右上側頭回(superior temporal gyrus)にソース が認められた. Figure 3. 推定された陰性 MSP の脳内発生源.総加算平均波 形上での 200-260 ms の平均振幅を LORETA で分析した. 欠落に対する MSP が,右半球で大きかったことは,一定 間隔で呈示される視覚刺激が欠落したときの陰性 MSP を記 録した先行研究と一致する(Renault & Lesevre, 1979). Rogers et al. (1994)は,脳磁図による研究で,潜時およそ 200 ms のこの陰性電位の発生源を上側頭溝(superior temporal sulcus)に推定している.本研究による推定はこれに比べて やや後方であったが,比較的少ない電極数による推定精度の 悪さを考慮すると,ほぼ同じ部位を示したといえる.右半球 優位の MSP は聴覚刺激を用いたマウスクリックパラダイム でも生じる(入戸野, 印刷中) .Miyauchi et al. (1996)は, fMRI を用いた研究で,一定間隔で呈示される聴覚刺激の欠 落に対して上側頭溝に活動を認め,さらにその活動は右半球 in the human brain: Recent advances in MEG and functional MRI (EEG Supplement 47, pp. 233-239). Elsevier: Amsterdam. 入戸野 宏 (2003). 事象関連電位(ERP)と認知活動:工学 心理学での利用を例に. 行動科学, 42, 25-35. 入戸野 宏 (印刷中). マウスクリックパラダイムにおける刺 激欠落に対する事象関連電位.生理心理学と精神生理学 (抄録). Nittono, H., Hamada, A., & Hori, T. (in press). Brain potentials after clicking a mouse: A new psychophysiological approach to human-computer interaction. Human Factors. 入戸野 宏・堀 忠雄 (2001). 自己ペース聴覚弁別課題におけ る事象関連電位. 臨床脳波, 43, 780-784. Nittono, H., & Ullsperger, P. (2000). Event-related potentials in a self-paced novelty oddball task. NeuroReport, 11, 1861-1864. Pascual-Marqui R. D., Michel C. M., & Lehmann, D. (1994). Low resolution electromagnetic tomography: A new method for localizing electrical activity in the brain. International Journal of Psychophysiology, 18, 49-65. Renault, B., & Lesevre, N. (1978). Topographical study of the emitted potential obtained after the omission of an expected visual stimulus. In D. A. Otto (Ed.), Multidisciplinary perspectives in event-related brain potential research (pp. 202-208). Washington, DC: U. S. Government Printing Office. Rogers, R. L., Basile, L. F. H., Papanicolaou, A. C., Bourbon, T. W., & Eisenberg, H. M. (1993). Visual evoked magnetic fields reveal activity in the superior temporal sulcus. Electroencephalography and Clinical Neurophysiology, 86, 344-347. ※ 本研究は科学研究費助成金(No. 14710044)を受けた.