...

アパレル業界への改善活動導入の意義と方法

by user

on
Category: Documents
15

views

Report

Comments

Transcript

アパレル業界への改善活動導入の意義と方法
21 世紀社会デザイン研究 2005
No.4
アパレル業界への改善活動導入の意義と方法
= SPA におけるプチ・クレームへの対応=
三島 涼子
MISHIMA Ryoko
1.はじめに
「ボタンがはめにくい」、
「タグが肌にあたって痛い」といった、消費者センターやメーカー
のお客様相談室に相談するほどのことでもない小さな不満が店頭で顧客より伝えられる。こ
ういった小さな不満を、私はプチ・クレームと呼んでいる。それをできるだけ吸い上げ、商
品つくりに反映させることが、メーカーの競争力の向上に貢献すると考え、アパレルメー
カーにおけるその効果的な方法を考察する。
2.アパレル業界の現状
船井総合研究所は、家計調査年報および商業統計データをもとにマーケットサイズ(1 人
当たり消費支出金額)を毎年作成している。これによると、2004 年度は、年間一人当たり物
品購入額は 608,100 円である。衣料品に対する支出は 86,715 円で食品の 242,070 円に次ぐ 2
番目である。服飾雑貨の 9,010 円、バッグ・靴の 16,200 円と合わせると 111,925 円である。
ちなみに家電は 38,650 円、薬は 13,100 円、消耗雑貨は 13,800 円である。
以上のデータからしてアパレルは非常に大きなマーケットといえる。しかし、効率化の遅
れが目立つ業種でもある。書店のビジネス書のコーナーに行けば「強い会社」のしくみを考
察した本が山のように並ぶ。トヨタ自動車の「カイゼン」や「カンバン方式」、キャノンの
「マイスター制度」や「セル方式」
、花王の「エコーシステム」などである。ビジネス誌でも
これらの企業の仕組みについての特集がよく組まれる。一方、アパレル企業に関する書籍は
ごく僅かであり、ファーストリテイリングに触れた書籍や記事が目立つ程度である。
原因はいくつかあるだろう。マーケット規模は大きくても企業規模は小規模から中規模が
多い。売上げが上位の企業でも、ファーストリテイリング 3839 億円(05 年 8 月期連結決算)
を筆頭に、㈱ワールド 2451 億(05 年 3 月期連結決算)、オンワード樫山 2712 億(05 年 2 月
期連結決算)、ファイブフォックス 1676 億円(2004 年 10 月決算)、イトキン 1425 億円(05
年 1 月期連結決算)
、三陽商会 1362 億円(04 年 12 月決算)
、サンエー・インターナショナル
914 億円(2004 年 8 月決算)といったところである。
アパレルは一社あたりの売上高が低く、競合企業が多く、また新規参入が容易である。海
― 91 ―
外有名ブランドが日本に進出した場合の、国内ブランドに与える影響力も大きい。このよう
な状況にあり、また流行の変化が速いアパレルマーケットにおいて、いかにすれば生き残っ
ていけるのか。
マーケティングに関してはどの企業も一定のレベルの情報は持っている。マーケティング
コンサルタントは日本に数多く存在し、代価さえ支払えば情報は得る事ができるし、セミ
ナーも開催されている。コトラーに代表されるマーケティング論は数多く研究され出版され
ている。価格戦略も重要であるが、安ければ売れるわけではない。
そこで、店頭での顧客の意見や不満を恒常的に吸い上げ、対応することが重要な課題とな
る。しかし、主要アパレルメーカーの店舗は全国に分散し、働くスタッフは若年層が多く、
入れ替わりが激しく、そういった状況で運用できる仕組みづくりが必要となる。
3.アパレル業界の店頭の状況とプチ・クレーム対応の必要性
アパレルメーカーの多くは SPA(Specialty Store Retailer Of Private Label Apparel 米
GAP 社が自社を定義した言葉、日本では製造小売と訳されている)と類似した仕組みで運営
されている。製造から小売までを自社ですべて行うのである。「ユニクロ」のファーストリ
テイリングや「コムサデモード」のファイブフォックスが有名だが、イトキン、サンエー・
インターナショナルなども同様である。また、ワールド、オンワード樫山、三陽商会も SPA
に大きく移行しつつある。これらは直営店や直営売場を全国展開し、営業スタッフやエリア
マネージャーはいるが、店舗を実質的に運営するのは若いスタッフである。離職率が高いの
で新規雇用も多い。その結果、店舗は次のような特性を持つ。
① 管理者のいる本社から離れている。
② 10 代・ 20 代の経験の浅い若年層で構成されることが多い。
③ 社員・パート・アルバイト・派遣社員などが混在する。
④ 検品、陳列、棚卸、返品、清掃など、販売以外の付帯業務が多い。
⑤ 早番・遅番のシフト勤務であり、休日も交替で取得し、スタッフが一定しない。
しかも、1 日から数日程度のごく短期的な研修を受けただけで店舗に配属になる。そこで
はじめて販売や付帯業務を教えられるが、みようみまねのケースも多い。シフト勤務のため
チームを組むメンバーは常に変化する。スタッフ間でスキルのばらつきが大きい。
以上のような状況では、プチ・クレームのような小さな不満は吸い上げられず、対応もさ
れず、本社や店舗が気づかないうちに顧客離れが進行するリスクが内在する。アパレル製品
のプライオリティはデザインや色・素材・ブランドにあるので、不満に思いながらも購入を
続ける顧客も多いようであるが、放置すれば、ささいなきっかけで離れてゆくリスクが高ま
る。
米国の産業安全技術者ハインリッヒが労働災害の発生確率を分析して提示した『ハイン
リッヒの法則』では一つの大事故の前には 29 の小さな事故があり、ケガではないがヒヤッと
したりハッとするようなインシデント(事象)が 300 存在する。さらに小さなインシデント
が何千もあるという。プチ・クレームは、大規模な顧客離れが発生する前の小さなインシデ
ントといえ、これを吸い上げ、対応することは大変に重要な課題といえよう。
― 92 ―
21 世紀社会デザイン研究 2005
No.4
幸い、直営の店舗で自社の販売員が接客をする SPA の場合、接客の会話の中で、前回購入
商品についての会話はでる。その中からプチ・クレームを収集し、対応する仕組みができれ
ば、顧客満足があがり、顧客離れのリスクの軽減が期待できる。
4.繊維・業界の顧客対応システムの立ち遅れ
2003 年 10 ∼ 11 月にかけて ACAP(消費者関連専門家会議)が内閣府の依頼を受けて実施
した「企業における消費者対応部門及び自主行動基準実態調査結果」(回答 313 企業・ 10 団
体)の分析結果が 2004 年 5 月 14 日及び 17 日の繊研新聞に掲載されている。それによると、
99 年調査と比べ次の変化が生じている。
① 苦情・相談・問い合わせの受付件数の増加
② 受付担当者数の増加
③ 顧客のデータベース、コールセンター、ホームページ、メール対応など顧客対応のため
の OA 化の充実
④ トップマネジメントとお客様相談室の直結度合いの向上
②と④は「企業の不祥事多発により、各企業が消費者対応部門の重要性をより強く意識し、
単なる苦情処理係からマーケティング支援・経営支援などへ発展してきた」ためとのことで
ある。
しかし、消費者対応部門の担当者数を増員した企業数は、全体平均の 64.1 %に対し、繊
維・衣料業界は 46.7 %にとどまっている。OA 化の推進については「未推進」が 23.9 %と最
も高い比率になっている。テーマ別に、今後実施する考えがないと回答している繊維・衣料
業界の企業比率を見ると、データベースの構築は平均 1.1 %に対し 6.7 %である。コールセン
ターの設置は平均 24.2 %に対し 43.3 %、フリーダイヤルの導入は平均 28.5 %に対し 36.7 %、
ホームページの開設は平均 3.6 %に対し 20 %、メールへの対応は平均 7.1 %に対し 23.3 %で
ある。以上の調査から、お客様相談室の役割はクレーム対応だけではないことと、繊維・衣
料業界では消費者対応の意識が相対的に遅れていることが分かる。
内閣府は 2002 年、
「消費者に信頼される事業者となるために−自主行動基準の指針−」を
発表した。そこで、「コンプライアンス経営への支援と事業者にとってのメリット」を次の
とおり示している。
① 消費者の声を企業経営に直接反映させる体制をつくることで、消費者との信頼関係の再
構築が可能。
② 自社の方針を明確化でき、企業経営の透明性を高めることに寄与。
③ 消費者の信頼を維持し向上させることができる。その結果、自社の製品・サービスに対
する信頼が高まる。
④ 消費者からの苦情相談などに対し、自主行動基準に基づいた迅速かつ公正な対応をとる
ことができるようになり、トラブルは減少し、取引の安定性も高まる。
以上からもお客様相談室や OA 化の推進の重要性が分かる。ただし、アパレルの場合、お
客様相談室や OA 化が不十分であったとしても、店舗で受けるプチ・クレームを収集・対応
する仕組みがあれば、消費者対応を大きく改善できるはずである。
― 93 ―
5.ファーストリテイリングのクレーム対応とクレームコンテスト
ファーストリテイリングは、1994 年、販売商品の無条件返品・交換を開始した。返品・交
換は、原則として購入後 3 ヶ月以内だが、顧客が「3 ヶ月以内に購入した」と言えば対応す
る。
「気に入らない」といったレベルでも受け付ける。チラシやテレビコマーシャルで返品・
交換受け付けのキャンペーンを行った。返品・交換率は、売上高の 0.48 %程度(金額ベー
ス)である。返品・交換された商品は情報を分析し、改善を進める。クレームが多いのは商
品のシミ、汚れやボタン取り付け不良である。
クレームの原因を特定し、仕入・外注先のトップに原因究明と改善策についての回答を書
面で求めている。誠意ある改善策が講じられず、特定の取引先、工場に発生率が高いことが
分かれば、取引先の変更を行なう。
1995 年に『ユニクロの悪口言って 100 万円』キャンペーンを新聞などで展開し、約 1 万通
の応募が集まった。同社の柳井正社長はクレームコンテストについて、翌年 1 月 18 日の繊研
新聞で次のように語っている。「1 万通前後の応募がありましたが、ほとんどは漠然と気づい
ていたことでした。しかし、実際に『ここが悪い』『こう直してほしい』といわれてみない
と実感できないし、直せない。不良品と指摘された商品は、すべて返金・回収して調べてみ
ると、確かに悪いものもあるが、そうでないものもある。商品を改善するときの前提はどの
商品の、どこが、どの程度悪いのかをつかむ必要がある。その上でできることと、できない
ことをはっきりさせて、初めて具体的に改善していくことができる。商品以外の問題点も同
じ」「レジに並んで大勢待っているのに、手の空いている店員が手伝おうともしない、補整
待ちが長く、しかも仕上がりが雑」といった商品以外のクレームもあった。
ファーストリテイリングは「洋服のコンビニエンスストア」を目指しており、店舗のス
タッフが接客をし商品購入につなげるタイプのショップではない。このように顧客とスタッ
フの接点が少ない場合、キャンペーンを行いクレームを収集することが効果的な手段となろ
う。しかし、接客して説明販売をする SPA の場合は、多額の費用がかかるキャンペーンをせ
ずとも、店頭でのプチ・クレームを本社で吸い上げ、対応することで、大きな効果を発揮で
きると考える。
6.日本での改善活動の定着とアパレル業界の立ち後れ
トヨタ自動車に関する記事や書籍に必ずでてくる言葉が『カイゼン』である。改善活動の
セミナーや研修を行なっている日本 HR 協会は改善活動を、概略、以下のように説いている。
― 94 ―
21 世紀社会デザイン研究 2005
No.4
・改善とは手間をかけず、カネをかけず、知恵を出して工夫をすること。
・似たような言葉で「修繕」があるが、これは現象に対する対策であり、同じことを繰り
返す結果となる。
・改善は原因対策である。やり方を変えることによって、手抜きをしながらも、効率を
アップさせる。
・改善を持続・継続・定着・活性化させるために「実施→顕在化→共有化」のサイクルが
不可欠である。
・このサイクルを持続させるには、次の 3 つが繰り返される。
① しくみ−手間をかけないシンプルな制度
② しかけ−働きかけ(推進・指導)
③ しそう-何のため・誰のための改善かの納得
そして、理解→共有化が必要。
・その上で、気がついたことがあれば改善用紙に、3 分以内程度で記入する。
・数多くの改善事例から「共通項目」を見出し一般化すれば、「改善の原則」を抽出でき
る。
日本 HR 協会東澤文二氏(21 世紀社会デザイン研究科福田教授演習ゲストスピーチより)
トヨタ自動車の「創意とくふう改善提案制度」は 1951 年にスタートし、現在も続けられ
て年間 60 万件に達する改善報告・提案がなされ、その 90 %以上が実行されているという。
出された提案が現実離れしたものや、ささいな提案であっても、それを前向きに評価する。
1960 年より、日本 HR 協会と日本経営協会の共催で、「改善・提案活動実績調査」が実施
されている。2004 年度は 617 事業所から回答があった。松下電器産業、トヨタ、デンソー、
東海旅客鉄道など、日本を代表する優良企業名が並び、改善提案件数の一番多い出光興産は
1,105,010 件、1 人あたり平均件数は 214.7 件である。ところがアパレル企業の名は一件もな
い。衣料業界では、インナーウェア主体のワコールとグンゼのみである。
7.アパレルの販売現場での改善活動の意義と方法
アパレルでも、販売現場で改善活動を取り入れ、前述の「実施→顕在化→共有化」を行う
ことでプチ・クレームに対応でき、商品力の強化と顧客離れの防止に貢献すると考える。ま
た改善によってプチ・クレームだけでなく、「付帯業務のくふうの共有」ができ、それが継
続されれば業務効率が大きくあがると考えられる。
たとえば、店員達の創意工夫による改善の結果、棚卸しが正確で、時間もかからない店舗
があっても、店員達が「特別のことをしている」といった意識がなかったり、それを改善と
して報告し、評価される仕組みがなければ本社に報告することもなく、折角の改善も共有化
されないであろう。
小さな工夫ほど、その場所を離れたり時間が経過すれば忘れてしまう。そこでただちに改
善報告をすることが重要となる。下図は日本 HR(ヒューマンリレーション)協会が研修等
で使用している改善報告用紙である。
― 95 ―
改善前
改善後
【絵や図を簡単に記入する】
【所属・氏名を記入】
効果
以上の改善報告用紙には、簡単な言葉で、3 分以内に記入するように心がけることが大事
である。記入後の用紙は店舗が選別せず本社の担当部門に送り、同部門がすべて読み分類す
る。内容が重複することも多いかもしれないが、同じ内容の問題点があるとしたら、現場の
多くの人間が問題としている、ということである。なお、報告や提案への批判や思い込みは
厳禁である。
「現場主義」をうたっているアパレルメーカーは多いが、店長のみではなくアルバイトの
スタッフの意見まで吸い上げる企業はごく少ないと思う。店舗で実施した改善も、そのまま
であれば一つの事例にしかならない。それらは本社で吸い上げ、全社的に共有してゆくべき
であろう。
プチ・クレームについては、その原因が素材なのか、デザインなのか、生産・検査工程の
問題なのかを調査して対応する。洋服の素材やデザインはどんどん変化するので、そのまま
では活用できない場合もある。しかし今後の商品に活かせる部分も多いと思う。
クレームはお客様の主観がかなり入る。すべてを改善することは難しいだろう。しかし改
善できることは改善することが大事である。それを放置すれば顧客離れのリスクが高まって
ゆくであろう。
また、本社への改善報告の日常的な提出とその評価や採用は店舗のスタッフのモラールの
向上にもつながるはずである。店舗のスタッフは「売らされている」といった意識になりが
ちであるが、自分達が聞いたお客様の声や自分達の意見が部分的であれ商品や付帯作業の改
善につながれば、経営や商品への参加意識が高まるし、セールストークも説得力を増し、顧
客への対応も積極的になるであろう。
改善活動の鉄則は継続とフィードバックである。販売スタッフから改善報告を集めただけ
で、フィードバックをしなかったら、改善も一過性のものとして消えるだろう。改善一件に
対して、報奨金を与えるとか、改善提案の多いチームに対して団体賞などもよいであろう。
小額でもよいので報奨金をだすことは、販売員が改善活動にとりくむ動機付けとなる。
― 96 ―
21 世紀社会デザイン研究 2005
No.4
8.おわりに
今後、海外の大手 SPA ブランドの日本進出はますます増える。欧州最大の SPA 企業であ
るヘニーズ&モーリッツ社(2001 年売上高 約 5,320 億円、店舗数国内 120 ・海外 724)の
日本進出も間近という。また、少子高齢化によりマーケット規模は縮小傾向にある。こう
いった状況で生き抜くには、今まで売場に埋没していたプチ・クレームを吸い上げ対応する
改善活動の定着、促進も重要な課題と一つとなろう。
また、アパレル業界では、POS(販売時点情報管理)システムは普及しているが、POS
データは結果である。セブン・イレブン、イトーヨーカ堂会長兼 CEO の鈴木敏文氏はイン
タビューで次のように語っている。「品揃えしていない商品は POS データではでてこない。
売れ筋商品も品揃えされていなければ売れないし、品切れを起こしているものは、売りの機
会を逃しているわけですから、そこに出てくる売れ行きデータなど、本当の売れ筋や売れて
いる商品の売れ行き状況を示すデータにはならないということです」(鈴木敏文 考える原
則)
そこで、POS では読み取れない店頭情報を本社で吸い上げ対応することが重要となるが、
改善活動はそのための有効な方法となる。POS をはじめとする販売管理システムと改善活動
の併用が、特に接客販売主体の SPA メーカーにとって大きな相乗効果を発揮するものとなろ
う。
■参考文献
日本 HR 協会『創意とくふう』2004 年 4 月号より 2005 年 11 月号
繊研新聞社『繊研新聞』2004 年 5 月 14 日・ 17 日
片山修『誰も知らないトヨタ』幻冬社、2005 年
児島健輔『ファッションビジネスは顧客最適へ動く』こう書房、2003 年
遠藤功『現場力を鍛える』東洋経済新報社、2004 年
繊研新聞社編『UNIQLO
異端からの出発』繊研新聞社、2000 年
社団法人消費者関連専門家会議編『新版 お客様相談室』日本能率協会マネジメントセンター、2005 年
緒方知行『鈴木敏文 考える原則』日本経済新聞社、2005 年
ハーバードビジネスレビュー編『ブランディングは組織力である』ダイヤモンド社、2005 年
― 97 ―
Fly UP