Comments
Description
Transcript
派遣期間:平成21年1月19日~3月20日
平成 20 年度 ITP 派遣事業 Department of Earth & Atmospheric Sciences, Faculty of Science, University of Alberta (写真 1 派遣報告者: 100 周年を迎えたアルバータ大学のサインボード) 米津幸太郎(九州大学大学院工学府地球資源システム工学専攻 博士後期課程 3 年) 派遣機関:アルバータ大学理学部地球惑星科学科 派遣期間:平成 21 年 1 月 19 日~3 月 20 日 1.アルバータ大学とそこでの暮らし アルバータ大学は創立 100 周年を超える歴史と伝統ある大学で、カナディア ンロッキーの東側に位置するアルバータ州の州都エドモントン市にあります (図 1)。理学部地球惑星科学科(http://easweb.eas.ualberta.ca)はキャンパスの 東北端に位置し、建物は外観がガラスに覆われ、内部は伝統を受け継いだ造り となっております(写真 2)。 福岡からは成田・バンクーバー経由でエドモントンに入るルートが最も負担 の少ないルートです。エドモントン国際空港は市内からおよそ 30 キロ南に位置 し、バスで市内とは結ばれています。私の派遣期間は 1 年のうちで最も寒い季 節であり、到着時の気温はマイナス 20 度でした。しかし、家屋の暖房は整って おり、街中も Pedway と呼ばれる建物間をつなぐ通路が至る所に発達しており、 生活にさほど不自由を感じることはありません。市内には公共交通機関網も発 達しており、冬でも移動に困難はありません。 住環境は大学のホームページで紹介されている不動産情報より自分で探し、 メールでコンタクトをとり、確保しました。家はキャンパスの東南端に位置す る場所に借りたため、毎日研究室まで徒歩 15 分でしたが、6 人でハウスシェア をする環境で、そこでは大学とは異なる異文化(国籍・職業もばらばら)の世 界を体験しました。(図 2) (図 1 アルバータ大学のあるエドモントン市の位置) (写真 2 アルバータ大学理学部地球惑星科学科の建物外観) (図 2 エドモントン市内) 2.アルバータ大学で行った研究について (1)お世話になった教員 Sarah Gleeson 准教授 専門:熱水地球化学、鉱床学 主たる受け入れ教員として快諾していただき、また院生室(写真 3)・実験室 を提供していただいた。研究全体のサポートをしていただいた。 (写真 3 院生室:白いパソコンのある辺りが筆者の席) Sergei Matveev 博士 専門:電子顕微鏡を用いた火成岩の研究 Electron Microprobe の専門家として、EPMA の使い方の指導、結果の議論 をしていただいた。 Jeremy Richards 教授 専門:鉱床学、鉱物資源学 鉱床学研究室の教授として、研究全体・世界の資源についての相談・アドバ イスをいただいた。 Guangcheng Chen 博士 専門:LA-ICP-MS を用いた微小領域分析、同位体比 測定 LA-ICP-MS 専門の技官として、その使い方から、結果の議論までお付き合い いただいた。 David Pirie 氏並びに Mark Labbe 氏 専門:岩石薄片作成の技官 薄片の再研磨及び加工に多大な協力をいただいた。 Diane Caird 氏 専門:X 線分析 各種機器の取り扱いの安全講習、各種展示室、標本室の案内にてお世話にな った。 (2)研究活動内容(LA-ICP-MS による局所微量元素の定量) 本プログラムにおいて行った研究は LA-ICP-MS(レーザー励起型 ICP 質量分析 計)による局所微量元素の定量である。本研究の目的は浅熱水性金鉱床が形成 された当時の沈殿環境を、特に希土類元素を用いた地化学分析により酸化還元 の立場から議論することにあった。カナダ渡航前にその準備として、含金石英 脈の縞(バンド)ごとの希土類元素を定量(バルク組成)しておき、さらにミ クロな各縞内の鉱物ごとの希土類元素をカナダ・アルバータ大学において、岩 石薄片の作成、EPMA(電子線マイクロアナライザー)による鉱物同定及び定量、 さらに LA-ICP-MS を用いた希土類元素の定量(局所化学組成分析)することに より、さらに詳細な酸化還元環境の変化の解析を試みた。また、現地ではこの 主テーマ以外にも特別講義(カナディアンロッキーの地質、北極海の氷河に関 する講義、塩素の同位体地球化学等)の聴講や王立博物館での学科主催研究発 表会への参加及び展示の鑑賞、地質調査等を通じて、日本では体験できない講 義や地質構造の勉強を行った。 研究はまず、含金石英脈試料の薄片試料の作成、岩石薄片のイメージスキャ ン(写真 4)、続いて、岩石薄片の EPMA による鉱物同定、最後に岩石薄片中の希 土類元素の定量の順で行った。岩石薄片のイメージスキャンによりおおよその 透明・不透明鉱物の分布や試料の形状を把握(ミリメートルオーダー)し、次 に行う EPMA 分析の際の分析位置の選定に役立てた。 EPMA 分析(写真 5)においては次に行う LA-ICP-MS 測定のための鉱物分布を 正確に把握(ミクロンオーダー)し、また一部の鉱物は定量分析を行い、 LA-ICP-MS 分析の測定点の選定・絞り込みを行った。LA-ICP-MS 分析においては 選定された測定ポイントに対してレーザーを照射し、ガス化された岩石試料を 質量分析計に導入することにより、希土類元素を含む主要・微量・極微量元素 の定量を行った。その結果を基に含金石英脈の生成当時の酸化還元環境につい て議論した。 イメージスキャンでは、用意した岩石試料 14 個のすべてにおいて透明鉱物と 不透明鉱物の区別、また、偏光板を挿入することにより透明鉱物の中でもおお よその石英と氷長石・粘土類の区別を行った。 (写真 4 スキャンホルダーにセットされた岩石薄片試料(左)とイメージスキ ャン中の岩石薄片試料(右)) (写真 5 EPMA による鉱物組成分析の様子) 次に EPMA 分析により岩石試料中の鉱物の分布・また次の LA-ICP-MS 分析で検 出できるほどの希土類元素の濃集が見られるかを観察した。分析には JEOL8900 を用い、主として後方散乱電子像観察と EDS による定量分析とを組み合わせて、 各試料中のサブバンドの鉱物組成を観察した(図 3)。希土類元素を含む鉱物は 検出限界以下のため確認できなかった。鉱石鉱物としてエレクトラム(金銀合 金)、黄銅鉱が多く見られ、閃亜鉛鉱が金と共生している様子も観察された。ま た同じ硫化物でも方鉛鉱は石英中に単独で存在している頻度が高かった。さら に銀の硫化物・セレン化物・テルル化物も観察された。脈石鉱としては石英、 氷長石、粘土鉱物が主として見られ、方解石も伴われることがあった。また、 事前の予備実験により、希土類元素の中でも特に Ce が多量に含有されていたこ とから、希土類元素を含む鉱物の指標元素としては Ce を選択した。 また、エレクトラムの金銀比がおよそ6:4であることや長石の組成(Ca を多 く含むと LA-ICP-MS 分析にて希土類元素である Eu を多量に含む可能性あり)等 も確認した。 (図 3 後方散乱電子像による鉱物組成分布の観察結果 el: electrum; ad: adularia; cpy: chalcopyrite; qtz: quartz; Ag-Se-S: Ag sulfide-selenide; sph: sphalerite; gal: galena) 次に LA-ICP-MS 分析(写真 6)では標準試料(NIST)、岩石試料、ブランク試 料、標準試料の順で測定を行った。標準試料による検量線の作成、ドリフト補 正の確認をした後に、岩石試料(3 サンプル)と高純度石英(ブランク)を交互 に測り、機器内部のメモリを完全に除去しながら、測定を行った。岩石試料の 測定については 1 サンプルあたり約 50 点で石英・氷長石・粘土鉱物・エレクト ラム・硫化鉱物といった各種鉱物相に約 100 ミクロンのレーザーを照射し、気 化された試料を質量分析計に導入することで測定を行った。測定した質量は主 要(飽和することもあるがやむを得ず)、微量(鉱物相の指示質量を含む)、極 微量(主目的の希土類元素等)の広範囲にわたっており、まずは生カウント値 の採取に主眼を置き、その後に各カウント値を吟味する方法により、効率的な データ採取に努めた。内標準として Si28 を選択し、同重体の取り扱い、測定中 の酸化物の生成に関しても考慮したデータ採取、またデータの質向上のための 検量範囲の確認と内標準の値が及ぼす数値結果への影響についても考慮した。 結果は金属鉱物周辺に比較的希土類元素に富む部分が存在することを示唆した が、石英の中でも希土類元素を含む個所もあるなど、必ずしも各鉱物相と希土 類元素の相関は見られなかった。また、希土類元素のコンドライト規格化パタ ーンを作成したところ、一部の試料から Ce の正の異常が検出された。これはバ ルク分析でも見られた結果であり、地下深部より上昇してきた深部流体が地下 浅部の酸素を含む天水と混合したことにより、Ce が 3 価の溶存状態から 4 価の 難溶性の沈殿物へと変化したことを示すものであり、比較的酸化的な状態が部 分的に提供されていたことを裏付けるものである。また、各点がレーザーによ ってどの程度の深さまで気化されたかを顕微鏡で観察し、気化された体積の見 積もりにより、さらなる測定された濃度の補正も行った。 (写真 6 希土類元素の局所分析に用いたレーザーアブレーションシステム) 3.上記の主研究以外の活動 研究活動前には訪問研究員といえども Department の安全講習を受講すること が求められており、証明を受けたうえで実験に入るというシステムであった。 これは地球資源システム工学専攻にはないシステムであり、本専攻においても 日本人学生はもちろん留学生の安全教育をする必要があるかもしれないと感じ た。また、豊富な石油資源採掘跡を利用した二酸化炭素貯留、塩素同位体比を 用いた水の起源、生命の起源、リモートセンシングを用いた北極圏の氷河の動 向、カナディアンロッキーの形成に関する特別講義等に参加し、専門分野とは 異なる部分の勉強を行った。地球資源分野ではなく理学部にて本プログラムを 行ったことが幅広い知見を得ることにつながった。 現地では、執筆活動として 2009 年 7 月に Heidelberg(Germany)で開催される Gold2009 国際学会の要旨を作成・投稿した。また、ITP のサポートによる論文 校正支援に複数の論文のドラフトを送った。その校正と実験結果を基に the 3rd International Workshop and Conference on Earth Resources Technology 2009 の abstract 及び full paper を作成・投稿した。 本研究で用いた分析機器のほかにもアルバータ大学理学部には多くの分析機器 が備わっており、例えば流体包有物の分析装置にはレーザーが備わっており、 通常の均質化温度・塩濃度測定のほかにも微量元素分析・水素同位体分析がで きるようになっていたり、U-Pb 年代測定に特化した質量分析計を独自に開発し ていたりと今後、ここで得たつながりを持って新たな研究を展開したいと感じ ることが多々あった。 その他にも貴重な地質標本が保管されている理学部の博物館や王立アルバー タ博物館の見学、ノースウエスト準州にあるダイヤモンド鉱山に関する資料展 示の閲覧(写真 7)等により新たな知見が広がった。 (写真 7 ダイヤモンド鉱床形成模式図(左)と王立博物館展示の一例の方鉛鉱 (右)) 4.謝辞 最後にこのような研究・トレーニング機会を与えてくださった ITP プログラ ム(佐々木教授、横田事務員)に深く御礼を申し上げると共に、突然の受け入 れを快く承諾してくださったアルバータ大学・Gleeson 准教授に感謝の意を表し ます。 (写真 8 エドモントン市内の街並:州議事堂(左)とシティホール前広場(右))