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9月号 - 石油エネルギー技術センター

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9月号 - 石油エネルギー技術センター
CONTENTS
■ 特 集
「JATOP成果発表会」報告
◎調査報告
「非在来型フィードストックの我が国への導入に関わる課題」
「ペトロリオミクスによる重質油等の高度利用技術の確立」
■ トピックス
1
5
16
「石油基盤技術研究所の設備による受託試験の開始について」 22
2010.9
報告
特集 「JATOP成果発表会」
次世代自動車・燃料技術開発及び大気シミュレーションモデル開発
1.はじめに
(財)石油産業活性化センターは、平成 22 年 6 月 25 日に、
学術総合センター・一橋記念講堂において「JATOP 成果発表会」
を開催致しました。
当センターが推進している JATOP(Japan Auto-Oil Program)
では、我が国の重要な課題である、CO2 削減、燃料多様化、排
出ガス低減に向けて、経済産業省のご支援のもと、自動車業界
及び石油業界の共同研究として平成 19 年度から「次世代自動車・
燃料技術開発及び大気シミュレーションモデル開発」プログラ
ムを 5 ヵ年計画で取り組んでいます。
本年度は、事業開始から丸 3 年経過したことから、これまで
主催者挨拶をされる、中野専務
理事
の活動成果について、広く皆様のご理解を得るべく成果発表会を開催したものです。
2.JATOP 成果発表会の概要
JATOP 成果発表会は、午前と午後の 2 部構成で開催され、約 340 名の参加者がありました。
午前は自動車・燃料技術の動向について、早稲田大学の大聖教授、大気研究の動向について、
愛媛大学の若松教授に基調講演を頂き、午後は JATOP WG の活動成果について報告を行いました。
(当日の資料は、PEC ホームページの JATOP の頁[http://www.pecj.or.jp/japanese/jcap/jatop/
index_jatop.html]に掲載されています。)
3.基調講演の概要
①自動車・燃料研究
早稲田大学の大聖教授からは、「自動車の環境・燃料に関する将来展望」と題して講演が行なわ
1
2010.9
れました。我が国の環境規制、エネルギー需要動向や世界的な排出ガス・エネルギー規制動向を
背景として、日本における運輸部門の将来の技術開発の方向性や課題が発表されました。
図 1 次世代自動車の開発と普及に関わる課題
②大気改善研究
愛媛大学の若松教授からは、「大気環境の改善に向けて」と題して講演が行なわれました。大気
汚染物質(PM2.5、NO2 等)の生成機構と我が国の大気汚染の状況を背景として、特にPM 2.5
の今後の研究課題が発表されました。
PM2.5の研究の今後の課題
80
70
60
・PM2.5の時刻変化の把握
等価的測定・自動測定
(時刻変化、空間分布)
50
40
30
20
10
・ PM2.5組成の把握
成分分析
(無機粒子、炭素、金属など)
0
12/3
12 /3
12/4
12 /4
12/5
その他(金属含む)
EC
その他イオン
Na+,Mg2+など
OC
NH4+
・モデルの活用
(発生源・気象・反応)
SO42-
NO3-
図 2 PM2.5 の研究の今後の課題
4.JATOP の活動成果報告
① JATOP 全体活動の総括(自動車・新燃料部)
大気環境保全を前提とし、「CO2 削減」、「燃料多様化」、「排出ガス低減」の 3 つを同時に解決
2
する最適な自動車・燃料技術の確立を目的とした自動車と石油の共同研究である JATOP について、
発足の経緯、ガソリン及びディーゼル軽油への高濃度バイオ燃料の利用に関する検討の背景・意義、
大気改善研究の背景・意義について概要説明が行われました。
JATOPの背景・必要性
-「3つの課題」を解決するための方策■自動車・燃料の「3つの課題」はお互いに関連するため、1つの課
題解決においても「3つの課題」を総合的に考慮して検討を進める
ことが必要。
• バイオマス混合は燃費を悪化させる(発熱量低下)
例示
課題1
課題2
CO2削減(燃費向上)
排出ガス低減(特にNOx
排出)と燃費向上は一般
的にトレードオフの関係
良
NOx排出
燃料多様化
バイオマス混合は排出ガス
悪化や安全性低下を伴う
課題3
排出ガス低減
バイオ
ディーゼル
混合
バイオ
エタノール
混合
良
排気への
影響例
燃料品質への
影響例
NOx
増加
・酸化安定性低下
・低温性能悪化
蒸発ガス
・揮発性の変化
増加
図 3 JATOP の背景・必要性
②ガソリン車バイオ燃料研究(ガソリン車バイオ燃料 WG)
ガソリン車バイオ燃料研究では、エタノール混合ガソリンや ETBE の利用拡大に資する技術課
題を明らかにすることを目標として、運転性、排出ガス、蒸発ガス等への影響の検討を実施しま
した。エタノール 10%混合により、始動時などの冷機条件では一部影響が見られる場合もありま
したが、暖機条件では差が認められないこと等が報告されました。
エタノール混合がガソリン蒸留性状に与える影響
エタノールは沸点78℃であるが、ガソリンに混合されるとエタノールの高い蒸発
特性が発揮され、混合ガソリンの蒸留特性に大きな影響を及ぼす。
JIS規格範囲
200
90%留出温度(T90):180℃以下
):
E0
エンジン清浄性
E3
E5
E8
E10 50%留出温度(T50):75℃以上110℃以下
):
180
留出温度 ,℃
160
140
120
運転性、排ガス影響
100
10%留出温度(T10):70℃以下
(
):
80
低温始動性
60
40
20
0%
10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100%
留出量 , vol%
現状のガソリン(E0)にエタノールを10%混合(E10)すると50%留出温度が大きく低下する
50%留出温度は、車両の排出ガス(テールパイプ)や運転性へ影響を及ぼす
重要な特性であり、エタノール10%混合による影響が懸念される
図 4 エタノール混合がガソリン蒸留性状に与える影響
3
2010.9
③ディーゼル車バイオ燃料研究(ディーゼル車バイオ燃料 WG)
ディーゼル車バイオ燃料研究では、ディーゼルバイオマス燃料を高濃度(10%及び 20%程度)
で利用した場合の技術課題(酸化安定性低下、低温性能悪化など)を明らかにし、自動車側、燃
料側での対応策を含めた技術知見を確立することを目標として、排出ガスや実用性能への影響評
価を行いました。酸化安定性の悪い FAME を混合すると混合燃料自体の酸化安定性が特に低下
すること、常温貯蔵安定性としては曇り点より高い温度での析出物が出る場合もありましたが、
20%程度の混合では、排出ガスに影響が無いこと等が報告されました。
バイオディーゼル燃料の品質
<FAME>
<軽油>
<HBD,FTD>
あり
なし
なし
二重結合
SME
多
悪
RME
PME
中間
少
酸化安定性
低温で固まりやすい
(原料油の組成により異なる)
蒸留性状
酸素分
330℃~350℃
あり
含酸素化合物
200℃~350℃ 260℃~310℃
なし
炭化水素
なし
炭化水素
○ FAMEは品質面で軽油と異なる
○ 現行のFAMEの軽油への混合上限:日本5%
○ 高濃度混合の場合には、車両使用時の品質面で懸念あり
1
図 5 バイオディーゼル燃料の品質
④大気改善研究(大気企画 WG 及び大気研究 Gr)
大気改善研究では、JCAP(Japan Clean Air Program)で開発した大気シミュレーションモデ
ルを改良・発展させ、沿道 NO2、PM2.5 の微小粒子の課題について、自動車による影響度合を明
確にするとともに、今後の大気環境改善に向けた対策の効果予測を行いました。NO2 の推計精度
向上の検討結果や新たに環境基準が制定された PM2.5 の予測精度向上のためのモデルの改良検討
結果等が報告されました。
4
図 6 広域大気シミュレーション
調査報告
「非在来型フィードストックの我が国への
導入に関わる課題」
当センターでは環境対応型石油関連調査事業の一環として、平成 21 年度に掲題の調査を実施
しました。近年の油価の急騰急落、金融・経済の混乱等、石油産業を取り巻く環境の激変から、
過年度より着目していたカナダ・オイルサンドに加え、探鉱開発面で新たな動きの見えるベネズ
エラのオリノコ超重質原油についても、我が国への導入に向けた検討課題を経済・技術両面から
調査することとしました。
1.カナダ・オイルサンドの現状と今後の動向
(1)カナダの環境エネルギー政策とオイルサンドの位置づけ
カナダ経済は総輸出額が GDP の 34% を占める貿易依存型経済であり、石油および天然ガスの
輸出は国の経済基盤となっています。特に、今後在来原油の生産の減少が見込まれる中で、サウ
ジアラビアに次ぐ世界第2位の埋蔵量と云われているアルバータ州のオイルサンドの開発は、今
後の同国経済の発展の鍵を握ると見なされています。カナダおよびアルバータ州政府では、CO2
削減と自然環境保護を課題と捉えつつ、今後のオイルサンド油の増産を促進していきたい考えで
す。
(2)カナダ・オイルサンドの推定賦存量
カナダのオイルサンド埋蔵量のほぼ全量がアルバータ州に集中しています。アルバータ州資源
保護局(ERCB)では同州のオイルサンド原始埋蔵量は 1 兆 7 千億バレル、究極可採埋蔵量はそ
の約 10% の 1,770 億バレルと推定しています。2008 年までに採掘された量は 64 億バレルです
ので、2008 年末の残存可採埋蔵量はおよそ 1,700 億バレル、現在開発中の鉱区の残存可採埋蔵
量は約 270 億バレルです。
(3)カナダ・オイルサンド油の需給見通し
①カナダ西部の原油、オイルサンド油供給見通し
次頁掲載図は CAPP(カナダ・オイルサンド生産者協会)が 2009 年 6 月に発表したカナダ西
部の原油、オイルサンド油供給見通しです。2008 年の世界的な経済リセッションの影響や、環
境規制強化により 2008 年の供給見通しより下回っています。在来原油の生産が漸減する中、オ
イルサンド油については、希釈ビチュメンないし部分的にアップグレードした形で供給する割合
が次第に高まっていく見通しです。これはオイルサンド油の主要輸出先である米国で、合成原油
より重質でもコスト的に有利な希釈ビチュメン等への需要が高まってきたことが主因であると推
定されます。
5
2010.9
<カナダ西部の原油、オイルサンド油供給見通し>
単位:千 BD
出所:CAPP“Crude Oil Forecast, Markets & Pipeline Expansions”
(2009.6)
②カナダ原油、オイルサンド油の輸出先
<カナダ原油、オイルサンド油の市場別・原油タイプ別/輸出推定実績(2009 年 1 ~ 9 月)>
輸出先
PADD I (東海岸)
PADD II (中西部)
PADD III (メキシコ湾岸)
PADD IV (ロッキー山脈)
PADD V (西海岸)
米国計
その他
合 計
軽質
129
164
23
24
80
419
0
420
在来原油
中質
1
53
0
10
0
65
0
65
重質
38
319
21
134
0
513
1
514
オイルサンド油
合成原油 希釈ビチュメン
7
0
262
360
0
68
38
15
43
16
350
458
2
12
352
469
単位:千 BD
輸出比率
合 計
(%)
175
9.6
1,157
63.6
112
6.2
221
12.1
139
7.6
1,804
99.1
16
0 .9
1,820
100.0
出所:NEB ホームページより作成
出所:NEB ホームページより作成
輸出量の 99%が米国向けです。特に PADD Ⅱ(中西部)は、地理的関係からカナダ原油の最
大の供給先で、カナダ原油輸出全体の 64%を占めます。PADD Ⅱの特に東部(ミシガン州、イ
リノイ州、インディアナ州、ケンタッキー州、テネシー州、オハイオ州)では BP 社の Whiting
製油所を始め、精製能力の拡大や処理原油の重質化対応計画が多数公表されており、今後も希釈
ビチュメンを含むカナダの重質原油の需要増加が見込まれます。
米国最大の精製能力を持つ PADD Ⅲ(メキシコ湾岸)のパイプライン会社や精製会社は、今後
見込まれるカナダ・オイルサンド油の生産増加に対応して、PADD Ⅲ地域までのパイプライン延
長や新設計画を進めており、現状は全体の 6%ですが、今後は PADD Ⅲ向け輸出の比率が増加す
るものと思われます。このような状況から、今後のカナダ・オイルサンド油の増産分も当面は主
に米国に輸出され、アジア地域へのまとまった輸出が可能となるのは 2015 年以降(後述)にな
るものと考えられます。
6
(4)オイルサンド油の生産およびアップグレードにおける技術革新動向
1)ビチュメン生産段階での技術の進展
①露天掘りオイルサンド
露天掘りオイルサンドで近年注目される技術革新に「Froth(泡)処理」があります。これは
露天掘りオイルサンドを熱水処理した後、上部に分離したビチュメンの泡に残存するクレー・
水分を更に分離する処理です。特に、パラフィン溶剤を使用してビチュメンの泡中の夾雑物等
を分離する PSFT(Paraffinic Solvent Froth Treatment)は有効で、アスファルテンの一部を分
離、クレー等の混入も削減できることとなり、露天掘りビチュメンをブレンド品(Dil-Bit, SynBit)として製油所で処理することが可能になりました。
② In-situ 生産での新技術開発
新技術の開発により、採掘に必要なエネルギーを削減するとともに、ビチュメンをある程度
アップグレードされた状態で地上に取り出し、パイプライン輸送に希釈剤を必要としない性状
*
とすることを目指しています。SAGD(Steam Assisted Gravity Drainage)法 によるビチュメ
ン生産では、CO2 の発生量の削減にもつながるスチーム・オイル比(ビチュメン単位生産量当
たりの消費スチーム量の比率)の低減に向け真剣な取り組みがなされています。
* SAGD 法:スチームの熱を使って油層内のビチュメンを流動可能にして回収する工法
2)アップグレーディングにおける新技術
フルアップグレードと部分アップグレードにつき以下まとめました。
①フルアップグレードの事例
ア)OPTI/NEXEN 社の Long Lake プロジェクト
この技術は、SAGD で生産したビチュメンを蒸留し、SDA(Solvent De-Asphalting: 溶剤脱
瀝装置)で残渣を分離します。留出油は水素化処理、残渣はガス化して水素化処理に必要な水
素ガスを生産するとともに、発生する熱でスチームを発生させ地下に注入するというものです。
イ)North West Upgrading 社の計画
ビチュメンを蒸留後、残渣を LC-Fining 装置で水素化分解、その残渣からガス化装置で水素
ガスを生産します。水素ガスは自社で使用するとともに、近隣の企業に販売する計画です。
②部分アップグレードの計画
部分アップグレードの目的は、希釈剤を使わずにパイプラインで輸送可能な性状を目指して
ビチュメンを改質することにあります。このコンセプトに基づいた装置はまだ建設・運転され
ていませんが、次のようなプロセスが考えられています。
ア)Ivan Hoe Energy 社の HTL(Heavy to Light)プロセス
FCC の類似装置で、触媒の代わりに加熱したサンドを循環しながらビチュメンを熱分解します。
イ)UOP 社の CCU(Catalytic Crude Upgrading)プロセス
活性を抑えた触媒(平衡触媒)だけで運転する FCC で、生産されたビチュメンの一部を処理し、
未処理のビチュメンとブレンドしてパイプライン輸送を可能にします。
ウ)MEG Energy 社の MEG プロセス
サーマルクラッカー(Thermal Cracker:熱分解装置)と SDA の組み合わせで、SDA ピッチ
は触媒を使ったガス化装置の原料として使います。DAO(Deasphalted Oil:脱瀝油)は、サー
マルクラッカーの原料とします。
7
2010.9
3)カナダ・米国製油所における精製処理の現状と動向
ビチュメンから生産された合成原油や希釈ビチュメンは、一般的には少量を在来原油と混合し
て精製処理が行われています。その場合、原油蒸留装置デソルターでの水分離の問題やオーバー
ヘッド系での腐食問題、減圧蒸留装置の運転、VGO の芳香族対策、高全酸価による腐食対策等の
対応が問題となります。ビチュメン混合油の大量処理を目指して設備増強を実施している BP の
Whiting 製油所、ConocoPhillips/Cenovus 社の Wood River 製油所、Marathon 社の Detroit 製油
所の設備は、概ねコーカー・水素化分解装置を含む在来装置の組み合わせと云えます。
(5)パイプラインの敷設状況
1)米国向けパイプラインの現状と増強計画
現在カナダ西部から米国市場向けに敷設されている主要パイプラインの送油能力は約 2.500 千
BD に及んでおり、更に、現在 2010 年から 2012 年の完成を目指して 1,040 千 BD の新設ライ
ンの建設が進んでいます。CAPP の見通しでは、これらのネットワークが完成するとカナダ西部
のオイルサンド油の 2019 年までの生産量増加に対応できるとしています。
<建設中の米国向けパイプライン>
単位:千BD
送油能力
パイプライン名
共用開始時期
TransCanada Keystone
2009年12月
435
Enbridge Alberta Clipper
2010年7月
450
TransCanada Keystone
Extension
2010年4Q
155
合 計
1,040
出所:CAPP Crude Oil“Forecast, Markets & Pipeline Expansions”June 2009
2)米国西海岸およびアジア向けパイプライン計画
カナダ・オイルサンド油を米国西海岸およびアジア向けに出荷するためのパイプライン計画と
しては、Enbridge 社の Gateway パイプライン新設計画下(図①)、Kinder Morgan 社の TMX パ
イプラインの増強計画下(図③)および Northern Leg パイプライン新設計画下(図②)が挙げら
れます。
① Enbridge 社 Gateway パイプライン計画の動向
西カナダからのパイプライン輸送能力は、Enbridge 社によると 2016 年までは過剰が予想さ
れているため、新設ラインが必要とされるのは 2017 年以降になるとの見通しです。従って、
現在は 2016 年頃までの完成を目指して計画を進めているところです。
② Kinder Morgan 社 Trans Mountain パイプライン計画の動向
Kinder Morgan 社の太平洋岸向けパイプライン計画としてはバンクーバー港向けの TMX1-3
の各増強計画がありますが、将来のアジア向け輸出拠点を目指す Kitimat 向け 400 千 BD の送
油能力を計画している TMX Northern Leg プロジェクトが注目されます。同計画はアジア向け
にスエズマックス(130 ~ 140 千 DWT)または VLCC での輸出を目論んでいますが、現時点
8
ではまだ具体化していません。
<米国西海岸およびアジア向けパイプライン新増設計画>
出所:CAPP Crude Oil「Forecast, Markets & Pipeline Expansions」June 2009
2.ベネズエラ・オリノコ超重質油(EHCO:Extra
Heavy Crude Oil)の現状と今後の動向
(1)ベネズエラのエネルギー政策
ベネズエラの経済は石油分野に大きく依存しており、石油分野は GDP の 12%、輸出の 93%、
国庫歳入の 50% を占めています。このような状況下、チャベス政権は石油産業を国家財政や国
民経済の屋台骨として国家管理を強化しつつあります。主要企業の国有化を進め、電力会社を
PDVSA の傘下に収める等、ベネズエラのエネルギー政策は、PDVSA を核とした石油政策を中心
に進められています。
(2)オリノコベルト EHCO の開発経緯および推定腑存量
①オリノコベルト先発 4 プロジェクトの設立と概要
1990 年代に入り、ベネズエラ政府は、オリノコベルト EHCO のアップグレードおよび商業
化プロジェクト推進の協力者として、ExxonMobil(米国)、ConocoPhillips(米国)、Chevron
Corp.(米国)、BP(英国)、Total(フランス)および Statoil(ノルウェイ)の 6 社を招きました。
これら 6 社と PDVSA により、生産、アップグレード、販売を展開する Sincor、Petrozuata、
Cerro Negro、Hamaca の 4 プロジェクトおよび、各々の合弁企業が設立されました。これら
のプロジェクトは 2008 年以降のチャベス政権による国有化政策により、現在では PDVSA の
出資比率が 60% 以上或いは 100% となり、プロジェクト企業名も変更されています。
②オリノコベルト EHCO の推定賦存量 2008 年 11 月にエネルギー省(MPPPE)はベネズエラの石油可採総埋蔵量を 1,520 億バレ
ルに見直し、その内 700 億バレルがオリノコベルトの EHCO としました。更に 2010 年 1 月
に入り、米国 USGS(U.S. Geological Survey)は、「オリノコベルトにおいて、現在の技術で
9
2010.9
回収可能な石油資源埋蔵量は、95% の確率で推定 5,130 億バレルに達する大規模なものである」
と発表しました。
<オリノコベルト先発 4 プロジェクトの概要(2010 年 1 月現在)>
地域名
プロジェクト企業名
出資者および
出資比率(%)
合成原油 生産能力
(千 BD)
主要油種
API 比重
Junin
Petro Cedeno
(旧 Sincor)
PDVSA 60.0%
Total 30.323%
Statoil 9.677%
180
Zuata Sweet
Zuata Medium
Zuata 300
30-32
25 & 22.6
16
Junin
Petro Anzoategui
(旧 Petrozuata)
PDVSA
100%
105
Zuata Heavy
18-25
Ayacucho
Petro Piar
(旧 Hamaca)
PDVSA
Chevron
70%
30%
180
Hamaca Blend
26
PDVSA 83.33%
BP Pic 16.67%
105
Monagas
16
Carabobo
Petro Monagas
(旧 Cerro Negro)
出所: Latin Petroleum 2009 年 11 月特別号他を参考に作成
(3)オリノコベルト EHCO の性状面の特徴
オリノコベルト EHCO とカナダ・ビチュメンの性状は比重・粘度・硫黄分に僅差はあっても基
本的に同じ特徴を持っています。大きく異なる点は、EHCO は地下 600 ~ 1000 m程度に埋蔵され、
また埋蔵地域が亜熱帯に属するため、生産段階で地下を加熱せずポンプ汲上方式がとられている
ことです。
下表はベネズエラ EHCO の性状とアップグレーダーで生産された合成原油の代表性状です。合
成原油のディーゼルのセタン価がカナダの合成原油より高いですが、灯油の煙点はカナダの合成原
油と同様に低い数値になっています。下表の EHCO を処理する際の技術的な問題点は、性状面に
僅かな差はあっても、基本的にはカナダのビチュメンの場合と同じと考えられます。
<ベネズエラ EHCO
と合成原油の性状>
<ベネズエラ EHCO と合成原油の性状>
Northeast Zuata and Northwest Hamaca
Northern Zuata, extending into Machete
Central Zuata to Cerro Negro
Southern part of Faja
Petromonaga
EHO
(Cerro Negro)
Petroanzoategui
EHO
(Petrozuata)
Syn light crude
Syn heavy crude
Gasoil
Petrocedeno
EHO
Zuata Sweet(Sincor)
Synthetic
Petropiar
Synthetic
(Hamaca)
API
>13
10-13
8.5-10
<8.5
8.2
16
8.5-10.5
25.2
18.9
11.4
8.2
30-32
26.0
26
TAN
3.3
1.87
3.3
0.03
Vis
cst 210F
<60
60-230
230-300
>300
S%
V ppm
<1.60
<250
1.60-3.24 250-380
3.24-3.80 380-450
>3.80
>450
3.9
20C 424.5
3.34
37.8C 6.5
40C 35.4
2.5
3.0
3.8
3.9
0.13
1.6
1.55
Diesel
Cetane
Diesel
Sulfur
Kero
smoke
39
34
2.66
19.8
39
39.9,38.9
0.01, 0.2
19
46
20
出所:Cerro Negro, Petrozuata, Sincor, Hamaca January 2007、GCA
出所:Cerro Negro, Petrozuata, Sincor, Hamaca January 2007, GCA
10
(4)オリノコベルトの開発動向
オリノコベルトにおける現在の開発鉱区と参加企業の概要は下図の通りです。
オ リノコベ ル トの 開 発 計 画 鉱 区 と参 加 企 業 の 現 状
J u n in
B oyaca
B o y a c a N o r te
⑤
②
④
①
③
⑥
② ④
⑪
⑥
⑦
⑩
C upet
① B e la r u s n e ft
①
④
①
②
③
③
④
③
⑨
C a ra b o b o
⑧
① R e p s o l, O N G C , e t c .
J u n in
B oyaca
⑥
⑦
①
⑤
②
③
B o y a c a N o r te
⑤
J u n in N o r te
①
C a ra b o b o
A yacucho
③ C hevron, M SK , Inp ex
⑩ T o ta l, S ta to il
A yacucho
③ P e tr o C a r ib e
② P e tr o v ie t n a m ⑪ J O G M E C , M S K , I n p e x
④ P e tr o s a
③ L u k o il
⑤ P e tr o n a s
④ C N PC
③ G a z p ro m
⑥ G a lp ( P o r t g a l)
⑤ Eni
⑤ E N A P , P e tr o e c u a d o r
J u n in N o r te
ONGC
② T N K -B P
⑥ R u s s ia n C o n s o r t iu m
⑥ EN ARSA
⑦ R e p so l -Y P F
⑦ P e tr o P a ls
⑧ S in o p e c
出所:各種情報に基づき作成
出所:各種情報に基づき作成
調査および開発は PDVSA の出資比率を 60% 以上とする合弁事業として進められています。上
図の内、Junin 地区の調査・開発は主としてベネズエラの友好国との G to G ベースにより、一方、
Carabobo 地区については、早期開発・生産を目指して入札による海外有力企業との合弁事業に
より進められています。Carabobo 地区の 3 鉱区の内、2 つの鉱区の落札者が下記の通り決定さ
れました。
<落札結果>
第 1 鉱区(出資比率見込み)
:Repsol(11%)、ONGC(11%)、Petronas(11%)、IOC/OI(7%)、
PDVSA(60%)
第 3 鉱区:Chevron(34%)、三菱商事& Inpex(5%)、Suelopetrol CA(1%)、PDVSA(60%)
その他の鉱区の開発については、Junin 5 鉱区における ENI と PDVSA の合弁事業の契約締
結、Junin 6鉱区開発におけるロシア コンソーシアムと PDVSA の契約締結等があり、2009
年 4 月には我が国の JOGMEC、Inpex Corp、三菱商事および PDVSA の間で、Junin 11 鉱区の
Joint Study について契約が締結されました。これは我が国 METI とベネズエラ エネルギー省
(Ministry of Energy and Petroleum)の間で 2009 年 3 月に締結された Memorandum on Energy
Cooperation に基づくものです。
また、ベネズエラ政府は中国 CNPC との合弁事業により、Junin 第 4 鉱区で最終的に 400 千
BD の EHCO 生産を目指しています。現在両国の担当部署において、当該プロジェクトおよび他
のオリノコベルトでのプロジェクトの投資計画について検討を続けているようです。
(5)アップグレーディング技術の動向
ベネズエラで稼働中の先発4プロジェクトのアップグレーダーは、2004 年の完成以降基本的
11
2010.9
には変っていません。新設のアップグレーダーについては、今後、開発される鉱区に対応して計
画されますが、詳細は不明です。ベネズエラのカリブ海沿岸の Jose に4社のアップグレーダー
があり、4社各々に特徴があります。これらの特徴と PDVSA の新規プロセス技術の概要を以下
紹介します。
① Petro Cedeno
合成原油を一般の市場で販売することを意図して EHCO 全量をコーカーで処理したあと留出油
を水素化分解・脱硫装置で処理し、低硫黄・ボトムレスの合成原油を生産しています。生産され
た合成原油は、カナダのフルアップグレード合成原油と同じ特徴をもっていますが、Syncrude 社
の SSB に比べると灯油の煙点は高く、ディーゼル軽油のセタン価も高いと云えます。
② Petro Piar
一般の市場で販売することを狙って低硫黄の合成原油を生産すると共に、一部オリノコ EHCO
をそのままブレンドして合成原油(カナダの Syn-Bit 相当)として販売しています。装置構成は
Petro Cedeno 社と同じですが、コーカー能力が留出する VR の量に比して小さいため、VR の一
部は合成原油にそのままブレンドされます。従い、合成原油の API は幾分低く、硫黄分は高めとなっ
ています。
③ Petro Anzoategui
主に ConocoPhillips のレークチャールズ製油所向けに API 25 と 18 の合成原油と重質原油を
生産しています。装置構成は蒸留装置、コーカーとコーカーナフサの水素化精製装置です。2種
類の原油の調整は、EHCO の常圧蒸留の残油をどれだけ他の留出油にブレンドするかで調整して
います。
④ Petro Monagas
Petro Monagas 社は元々 ExxonMobil の Chalmette 製油所への原料油供給が主でしたが、契約
更改後も CITGO を通じて、この製油所への原料供給が引き続き主体であると推測されます。生
産された合成原油は API 16 の重質高硫黄原油で、目標性状に必要なだけの常圧残油をコーカー
で処理し、残りは合成原油にブレンドされています。処理する製油所との組み合わせでアップグ
レーダーでは最小限の処理のみ行っています。
⑤ PDVSA の新規プロセス技術:HDH Plus Intevep
HDH Plus というプロセスは、スラリー床のハイドロ・クラッキング・プロセスであり、90%
の転化率が可能としています。触媒は Ni、Mo 系でナノ触媒を原料油中に分散して使用します。
分解生成物は後続の水素化装置で処理します。この水素化装置は Axens のライセンスであり、両
者を結びつけて運転することで VR を燃料油に分解し、留出油を生産するプロセスです。このプ
ロセスはベネズエラのプエルトラクルス製油所の重質油対策の重要な装置として建設が計画され
ています。
(6)オリノコ EHCO の今後の生産見通し
PDVSA によるオリノコベルトでの今後の新規プロジェクトによる生産量は、2022 年には
1,700 千 BD に達する見通しとなっています。生産の多くは従来からの工法により行われるとし
ています。
12
(7)我が国への輸出ルート
我が国を始めアジア地域への本格的な合成原油の輸出が可能になるのは、新規開発プロジェク
トが完成し、併せて大型海上出荷基地として計画されている Araya ターミナルの一期工事が完成
する 2015 年以降になると思われます。
< PTP パイプラインおよびパナマ運河の立地>
<PTP パイプラインおよびパナマ運河の立地>
パイプライン
パナマ運河
出所:PTP ホームページ、Nexant 報告書
出所:PTP ホームページ、Nexant 報告書
その際の我が国への輸出の輸送ルートとしては、上図に示した PTP パイプラインの利用とパ
ナマ運河通行による2ルートが考えられます。PTP パイプラインはかつてアラスカ原油を米国
PADD Ⅲ地域に輸送するために建設され、アラスカ原油輸送中止後は休止していましたが、2009
年カリブ海側から太平洋側への逆送を可能とする工事が完成し、ベネズエラ原油の太平洋側への
送油が可能になりました。両端で VLCC の着桟が可能です。また、パナマ運河は現在拡張工事が
進められており、2014 年の完成を目指しています。完成後は現在のスエズマックスサイズ(130
~ 140 千 DWT)が通行可能となる見込みです。
3.カナダおよびベネズエラ合成原油の日本市場に
おけるコスト競争力
両国の合成原油を 2006 ~ 2009 年に日本に輸入した場合を想定して、2009 年のケースを中
心に、中東原油 AEL(Arab Extra Light)および AH(Arab Heavy)とのコスト競争力を試算しま
した。
その際現状の輸送条件を前提としました。即ち、カナダから日本への輸送はバンクーバー港積
みのアフラマックス(80 ~ 120 千 DWT)タンカー、ベネズエラからの輸送はパナマ運河通行ルー
トによるパナマックス(60 ~ 70 千 DWT)タンカー、中東からの輸送は VLCC タンカーによる
ものとしました。
コスト競争力の試算方法は、以下の通りです。先ず、カナダおよびベネズエラの下記代表合成
原油の日本到着時における価値を算出。その方法は、中東原油の日本到着価格をベースとして、
そこから収率差等に基づく中東原油との評価差を加減することによります。その値とこれら合成
原油の日本到着時の実価格を比較することにより、中東原油に対する日本市場でのコスト競争力
を算出します。2009 年での試算結果は以下の通りです。(+が競争力に勝り、-が劣ることを示
しています)
13
2010.9
(1)カナダ Syncrude SSB
- 3.0 ドル/バレル(対 AEL 原油)
(2)カナダ Cold Lake Blend
+ 3.2 ドル/バレル(対 AH 原油)
(3)ベネズエラ Zuata Sweet
- 1.2 ドル/バレル(対 AEL 原油)
(4)ベネズエラ Hamaca Blend
- 0.7 ドル/バレル(対 AEL 原油)
< 2009 年の日本市場における代表合成原油のコスト競争力想定>
比較項目
カナダ合成原油
ベネズエラ合成原油
Syncrude SSB
Cold Lake Blend
Zuata Sweet
Hamaca Blend
a 合成原油価値価格
71.2
69.2
74.1
70.9
b 中東AEL原油価値価格
71 .3
71.3
7 1.3
c 中東AH原油価値価格
69 .9
d 価値価格差(a-(b or c))
-0.1
-0.7
2.8
-0.4
e 合成原油到着価格
67.8
57.9
68.9
65.2
f 中東AEL原油到着価格
64 .9
64.9
6 4.9
g 中東AH原油到着価格
61 .8
h 到着価格差((f or g)-e)
-2.9
3.9
-4.0
-0.3
i 中東原油比競争力(d+h)
-3.0
3.2
-1.2
-0.7
出所:Nexant 報告書に基づき作成
上記試算結果は、2009 年に仮に両国からまとまったロットでの輸入が実施されたと想定した
場合、カナダ Cold Lake Blend は AH 原油に対して約 3 ドル/バレル有利、Syncrude SSB は
逆に AEL に対して同額程度不利、ベネズエラの合成原油の2油種は AEL 比約1ドル不利との結
果となりました。原油価格の市場での変動幅が一頃より大きくなり、3ドル以内の油種評価差が
輸入コスト全体の中で持つウエイトも変わりつつありますが、いずれにせよ上記は一定の前提下
での一試算結果であり、またカナダ、ベネズエラともアジア向けの本格的な輸出開始は早くても
2015 年以降と目されることから、現時点での本試算結果は「参考値」との位置づけとなることは、
念頭に置いておく必要があります。
4.我が国の輸入に向けての諸課題
(1)精製処理上の諸課題
①油種選択
カナダ、ベネズエラ両国の重質原油の輸入を試みる場合、まず輸入油種のタイプを検討する必
要があります。選択の対象としては、ⅰ)VR を含まないフルアップグレード合成原油、ⅱ)重
質油を含む部分アップグレード合成原油、ⅲ)ビチュメンをナフサまたはコンデンセート等で希
釈した Dil-Bit の 3 タイプから選択する必要があります。輸入油種の選択は、受入れ製油所の設備
構成および能力、特にコーカーを始めとする重質油分解・精製設備の設置状況、生産される製品
の数量・品質・比率等、製油所ごとの状況により異なってきます。
②ブレンド比率増加に向けての課題
我が国の場合、精製処理時のブレンド比率は最大 10% 程度との見方がなされていますが(平成
18 年度当センター調査)、今後の導入に向けてはブレンド比率の増加が課題となってきます。特に、
品質の面で劣る部分アップグレード合成原油や Dil-Bit を大量に処理出来るかどうかが経済性およ
びエネルギーセキュリティーの観点から注目されます。
14
③精製段階における品質面の課題
フィードストックとしての品質面での最大の課題は VGO の芳香族対策です。その他灯油の低
煙点、ディーゼル軽油の低セタン価、高全酸価等も品質上の課題として従来から挙げられています。
(2)上記の諸課題への対応策
上記諸課題に対し大型設備投資を伴わない対応策としては、各製品の要求性状や各製油所の設
備構成およびブレンド相手となる在来原油の品質を考慮して、ブレンド比率により調整すること
です。ブレンド比率を増加する場合は、大型設備投資が求められてきます。特に、品質面で劣位
の部分アップグレード合成原油や Dil-Bit を大量に処理するには、コーカー、水素化分解装置、水
素化精製装置が不可欠です。芳香族対策もこの組み合わせで対処することになります。
カナダ、ベネズエラの合成原油・希釈ビチュメンを処理するための課題を述べましたが、その
対策として求められる技術開発は以下の通りです。
① 留出油の芳香族対策として高性能な水素化触媒を開発
② 残渣留分の対策はコーカーが一般的ながら、スラリー床を使った水素化分解がコーカーに代
わる導入候補
③ 残渣をガス化して水素ガスの製造等に使用
これらの技術は、既に我が国でも開発中あるいは運転中であり、実用化されれば重質原油の処
理に貢献するものと思われます。
(3)輸送・物流面における課題
先にカナダ、ベネズエラ両国から我が国及びアジア諸国への本格的な輸入が可能となるのは
2015 年以降の見込みと述べました。カナダにおいては、アルバータ州の生産地から太平洋岸積
出港までのパイプラインが敷設される時期、ベネズエラにおいては新規開発プロジェクトが完成
し増産体制が整うとともに、Araya の新出荷ターミナルが完成する時期を想定しての見通しです。
ベネズエラからは拡張されたパナマ運河や PTP パイプラインの利用により、太平洋岸までの原油
輸送が可能であり、カナダからも太平洋岸の Kitimat より大型タンカーでの輸入を可能とすべく
計画が進められています。
Enbridge 社および Kinder Morgan 社が計画しているカナダの太平洋岸向けパイプラインの建設
に当たっては、政府より事前審査を経た上で建設許可を取得する必要があります。その条件の一
つとして、建設資金の確保がありますが、パイプライン会社が資金提供を期待する金融関係機関
では、融資条件として荷主等から 15 年に及ぶ長期通油保証を得ることを求めています。このため、
我が国がこれらのパイプライン経由でオイルサンド油を輸入しようとする場合にも、事前に長期
通油保証等何らかの条件が付される可能性が考えられます。また、パナマ横断の PTP パイプライ
ンは、Tesoro が長期通油保証に基づく使用契約を締結しているため、我が国企業が使用する場合
には、何らかの規制または条件を課せられる可能性も考えられます。
また、国内での課題としては、大型タンカーで輸入する場合は、国内に専用の大型タンクを含
む貯蔵・中継基地を確保する必要が出てきます。我が国の平均的な製油所で両国の重質合成原油
や Dil-Bit を処理するためには、在来原油に少量(10% 以下)ずつブレンドしながらの通油にな
る可能性があり、大型ロットで輸入した場合は、長期間貯蔵するための貯蔵基地が必要となります。
同基地での貯蔵タンクの回転を早めるためにも、複数社での共同配船による共同輸入が効率的と
云えることから、大型タンクと再配送用出荷桟橋を有する専用の貯蔵・中継基地の整備等が必要
になってくるものと思われます。
15
2010.9
調査報告
「ペトロリオミクスによる重質油等の高度
利用技術の確立」
-組成制御型高度石油精製のための重質油分子反応
モデリング技術の調査-
1.はじめに
ペトロリオミクス(Petroleomics)とは、ペトロリウム(Petroleum)とオミックス(omics)
を合成した言葉で、今後の重質油等の高度利用技術を飛躍的に発展させる可能性のある新し
い技術体系です。omics とは、ギリシャ語の「すべて・完全 」 などを意味する接尾辞 (ome) に
「学問」を意味する接尾辞 (ics) を合成したもので、例えば、遺伝子分野の研究であるゲノミク
ス(Genomics)もそうですが、包括的組成分析に基づく研究を表す言葉として、「研究分野+
omics」の組み合わせで用いられています。
「何故ペトロリオミクスなのでしょうか?」
物質の分析技術のめざましい発展に伴い、高分子レベルでの構造解析が可能となり、日本でも、
分子生物学分野(分子を用いて生命現象を解明する学問)で先行して発展していますが、欧米では、
様々な分野への広がりを見せています。
一方、我が国の石油分野を取り巻く環境は、人口減少、エコパラダイムシフト(環境保護に向
けた価値観の変化)により石油の需要は更に減少する中で、原油は重質化し、逆に製品需要は白
油化するなど需給構造が大きく変化していくものと思われます。石油業界もこれらの変化に対応
するため様々な取り組みが必要となっています。
石油産業活性化センターでは石油精製技術として重質原油や原料から揮発油、軽油あるいは石
油化学原料など付加価値の高い製品をより多く生産するための様々な研究開発を推進しています
が、このような状況下で更なるブレークスルー技術の救世主として着目したのがペトロリオミク
スなのです。
「ペトロリオミクスとは具体的には何なのでしょうか?」
ペトロリオミクスとは、重質油等を高度利用する際の研究開発基盤技術として、「詳細組成解析
技術」と「分子反応モデリング技術」を軸に分子レベルの詳細組成に基づいてその物性や反応性
を解析・予測する研究です。
近年、ペトロリオミクスは計算化学や情報統計学をも取り入れた新規な科学技術手法として世
界的に注目されています。特に石油メジャー、産油国、中国、韓国等が積極的な取り組みを始め
ており、プロセス開発や社会システム開発に有効活用することで、エネルギー安定供給、環境負
荷低減に資することが期待されています。
当センターでも、これまでペトロリオミクスに関する文献調査や海外専門機関に対する聞き取
り調査等を行ない、重質油への適用検討を行ってきましたので、ここでその内容を簡単に紹介し
ます。
16
2.ペトロリオミクスの要素技術について
冒頭に述べたようにペトロリオミクスは、「詳細組成解析技術」と「分子反応モデリング技術」
を軸にしていますので、以下にそれぞれの技術の概要について説明します。
(1)詳細組成解析技術
図1は、重質油の組成を詳細に分析する過程を示したものです。多種多様な成分を含む重質油の
詳細組成を一度に解析できる手法は無く、先ずは重質油留分を構造タイプ別に分類する分画前処理
(SARA 分画)と、各構造タイプから詳細組成・構造解析を可能とする質量分析技術とをそれぞれの
特徴を踏まえながら組み合わせることで、初めて包括的な組成解析をおこなうことが可能になります。
留分
詳細組成分析
SARA分画
…
飽和
…
芳香族
…
重質油
レジン
…
アスファルテン
◆一般性状
• 硫黄
• 密度
• 残炭 etc
◆平均構造
• 芳香環数
• ナフテン環数
• 総炭素数
H
N
N
H
N
N
H
H
N
S
…
…
(注)SARA 分画:Saturates, Aromatics, Resins, Asphaltenes に分離すること
図1 重質油詳細組成解析の解析手法
図2にアロマ環数別に「分画前処理をする場合」と「しない場合」の分析結果を示しました。
分画前処理をしない場合は構造推定の手掛かりは掴めませんが、分画前処理を行うことで構造
推定が可能になります。
重質油には、窒素や酸素、硫黄原子などを含むヘテロ化合物が多く存在し、これらの質量は炭
化水素化合物と接近しているものがあるため、これらを区別するために高分解能の分析装置が必
要になります。(例えば、C16H18S:242.1129 と C19H14:242.1096 との質量差わずか 3.3mDa
を検出する必要があります。)
その高分解能を満足する画期的な分析装置として、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質
量分析装置(FT-ICR-MS)が開発されています。分解能は 50 万以上あり、従来の飛行時間型質
量分析装置(TOF-MS)の 10 倍以上の高分解能を有しています。これに、大気圧光イオン化(APPI)
などのイオン化技術を組み合わせることで、より精度の高い分析が可能になります。
(注)質量分析計とは、物質をイオン化し、それを電場・磁場等に通過させ、その挙動差を検知
して質量を測定するもので、種々のタイプの質量計が開発されている。
17
2010.9
(注)S1(S- 化合物)、S2(S2- 化合物)、CH(炭化水素)、DBE(Double bond equivalent)
(注)S1(S-化合物)
、S2(S2-化合物)、CH(炭化水素)
、DBE(Double bond
図2.アロマ環数別分画前処理の有無と分析結果
図2 アロマ環数別分画前処理の有無と分析結果
図3に、一例としてAR(常圧蒸留残渣)の詳細組成解析を実施した結果を示しましたが、約
4千成分の詳細組成について同定と定量が可能となります。
以上より、高分子レベルでの詳細構造解析技術は、分画前処理と高分解能質量分析による成分
分析を組み合わせることにより飛躍的に向上することがわかってきました。
AR の組成解析結果(約 4,000 成分)
図3 AR の組成解析結果
(2)分子反応モデリング技術
次に、分子反応モデルを用いてシミュレーションすることで反応解析が可能になりますが、分
子反応モデルを作製する手順は以下の通りです。
18
①原料組成を把握する。
②組成と起こりうる反応の種類の組み合わせから反応ネットワークを構築する。(図4にアント
ラセン、ジベンゾフラン、ベンゾチオフェンを出発原料とした場合を示した。)
③反応ネットワークを数学方程式に変換しモデルを作成する。
④実験データ等に基づいて反応速度パラメータを決定する
重質油はアスファルテンに代表されるような高分子炭化水素を含めると、膨大な数の反応モデ
ル式となり、コンピューター技術が発達したとはいえ、ハンドリングが相当大変になります。
一方、重質油分子は、複数の縮合芳香環、アルキル側鎖、架橋構造、およびヘテロ官能基等、
多数の部分構造の組み合わせになる場合があります。その際、反応モデリングの観点からは、そ
れぞれの部分構造同士の繋がり方は反応に大きく影響せず、どのような部分構造をどれくらい含
むかで反応性を決定できる場合が多いことがわかっています。
この点に着目した分子反応モデリング手法として、
ARM
(Attribute Reaction Model)
があります。
Attribute とは、構造属性のことであり、ARM では、重質油分子の構造と反応性を、一旦部分構
造レベルにブレークダウンすることで、現実的な計算資源の範囲で一連のモデリング作業を可能に
します。これにより、例えば残油の反応の場合、分子ベースでモデリングすると反応種が数万以上
になるのに対して、構造属性ベースでは反応種は千以下に抑えることができるようになります。
A3
A3
AHA
AHA
A2H
A2H
h6A3
h6A3
AH2
AH2
H3
H3
A2
A2
h2A2
h2A2
AH
AH
H2
H2
A
A
H
H
ThA
ThA
PP
[アントラセン]
DPM
DPM // BP
BP
PChM
PChM // ChB
ChB
ThA2
ThA2
Reaction families
S
[ジベンゾフラン]
1. Paraffin Cracking
2. Dealkylation,
3. Side-chain Cracking
4. Aromatics Saturation
5. Ring Opening
6. Desulfurization
S
[ベンゾチオフェン]
(注)アントラセン、ジベンゾフラン、ベンゾチオフェンを出発原料とした場合の各反応を示す。(パラフィン分解、脱
アルキル、側鎖分解、アロマ水素化/脱水素、ナフテン開環、脱硫)
図4 水素化処理の反応ネットワーク例
19
2010.9
3.ペトロリオミクス技術の原油、原料油の
重質化対策への適用について
以上までが、ペトロリオミクスの要素技術に関する調査報告になります。ここでは重質原油へ
のペトロリオミクスの適用可能性について説明します。
(1)反応装置へのアプローチ
重質油の水素化、分解反応等については、原料油の詳細構造は不明であり、複雑な反応の詳細
も解明されていないため、現状は原料油を混合物のままで扱い、一般性状や不純物分析結果等を
基にした、経験的な反応器設計や運転変数の設定が主流となっており、構成分子の構造等にまで
踏み込んだものとはなっていません。したがって、最適性については、まだまだ追求の余地が残っ
ていると言えます。
そこで、石油に含まれる膨大な種類の分子の構造や、不純物の所在場所等を詳細に把握するこ
とで、反応場の設計(温度、圧力、流量、触媒種等)の最適性を向上させ、効率良く石化原料や
クリーン燃料にすることが期待できます。
図5に、重質化する原油や原料油に対して、ペトロリオミクス技術を利用して最適な反応場を
構築するためのアプローチのイメージを示します。
図5 ペトロリオミクス技術アプローチイメージ
20
(2)重油直接脱硫装置への適用の可能性
重油直接脱硫装置は、主に重油中の硫黄分を除去するための装置で、触媒を用いて水素雰囲気
の中、高温・高圧で脱硫反応を行います。
その触媒は運転時間の経過とともに、重油中に含まれていた金属や反応によって生成されたコー
クが堆積することで性能が低下します。この性能低下をカバーするため、機器の許容温度内で、
反応温度を上げたり、生産量を調整したりして運転を継続させます。一般的に、重油直接脱硫装
置は1年毎に装置を停止し触媒の交換を行いますが、1年間の運転で触媒の性能を充分使い切り、
かつ通油量を最大にすることが生産性に大きく影響し製油所の競争力強化に繋がります。
実際の装置には様々な原料を通油しますが、ペトロリオミクス技術で通油原料および目的とす
る反応生成油について分子レベルでの構造解析を行うことにより、最もこの反応ルートに適した
触媒の開発あるいは選択、あるいは最適な運転条件を設定することが可能になり、生産量の向上
等が期待できます。また、今後、原料を重質化していく際も同様に触媒開発における設計指針を
容易に見出すことが可能になるとともに、実際の運転においても運転条件を容易に推測できるこ
とから触媒の寿命予測精度が上がり、より効率的な生産が期待されます。
4.おわりに
原油及び石油製品に含まれる全ての留分に対して、構成分子の詳細構造解析と分子反応モデル
の技術的な目処が立ってきました。これは、個々の成分の分子構造という化学の最も本質的な情
報を、重質油も含めた石油の精製プロセス開発において活用する方法論を得たことを意味します。
この基盤技術を有効に活用することで、燃料油の一般性状を基本的な目的関数としてプロセス
設計されてきた従来の石油精製から、より高度な石油精製技術への進化が可能となり、これによ
り重質油留分の効率的分解・改質を促進し燃料油から素材への需要の転換に対応することが期待
されます。
高度な分析技術とコンピューティング技術を駆使した石油の詳細組成に対するアプローチであ
るペトロリオミクスは、欧米メジャー、産油国等からも注目され始めておりますが、わが国製油
所の技術的競争力を強化して行くためには、これらの国々に先んじた取り組みが必要になります。
また、超多成分系の「詳細組成解析技術」と複雑反応系の「分子反応モデリング技術」は、重
質油だけでなく、石炭やバイオマスといった他の有機資源に対しても適用可能な普遍的技術であ
り、クリーン・コール・テクノロジーやバイオ燃料製造技術など各種の次世代エネルギー供給関
連の技術開発への展開も期待されます。
21
2010.9
トピックス 石油基盤技術研究所の設備による
受託試験の開始について
当センターの石油基盤技術研究所では、各種の自動車用試験設備及び燃料油試験分析装置を設
置して研究事業用途に利用しています。
同研究所の保有設備の活用を図るため、平成 22 年 7 月から一部の設備で受託試験を開始し、
今後は他の設備での受託試験も検討しています。
別表1に掲げる設備につきましては、平成 22 年 7 月から一般用途としても公開し、ご依頼先
からの受託試験を新たに実施しています。
また、別表2の試験項目につきましても試験設備を保有しており、今後、皆様からのニーズや
ご意見等により、順次試験項目を拡大していくことを検討しています。
別表 1:平成 22 年7月から受託試験サービスを開始した試験項目
No
試験項目
試験方法、規格等
設備名称
形式、仕様
1
揮発油 蒸気圧
JIS K2258
燃料油揮発性状測定装置
蒸気圧測定器(6 サンプル掛け
オートフィーダー)
2
燃料油 密度
JIS K2249
振動式密度計
多検体チェンジャー付き
別表2:受託試験サービスを検討している試験項目
No
22
試験項目
試験方法等
3
バイオディーゼル燃料 酸化安定性(その 1)
経済産業省告示法
4
バイオディーゼル燃料 酸化安定性(その 2)
ランシマット
5
バイオディーゼル燃料 酸化安定性(その 3)
petroOXY 法
6
バイオディーゼル燃料 酸価及び過酸化物価
石油学会試験法
7
燃料油 引火点
PM 式
8
ディーゼル排出粒子中の硫酸根(SO4
9
ガソリン車への給油時の蒸発ガス(HC)
)
2ー
―
―
ご利用の方法(試験料金、サービス内容等)につきましては、皆様からのご要望等を伺い、検
討させていただいた上で詳細を決めていく予定です。
別表1と別表2に挙げた試験項目以外にも、皆様からのご要望やご意見等を反映し受託試験の
改善を図っていきますので、本件に関するご要望・ご意見等がございましたら、下記のお問合せ
用 E-mail、又は当センター・ホームページの「お知らせ」で紹介している連絡先へお問合せ願い
ます。
◆お問合せ用 E-mail:atri-service @ pecj.or.jp
◆当センターのホームページ:
URL http://www.pecj.or.jp/japanese/index_j.html →「お知らせ」で紹介
【JPEC ホームページ 新着情報】
( JPEC HPアドレス => http://www.pecj.or.jp/japanese/index_j.html )
1.PEC 海外石油情報ミニレポート掲載紹介
( => http://www.pecj.or.jp/japanese/minireport/minireport.html )
(最新)2010-018 第二世代バイオ燃料技術の現状(第3回)
2010-017 第二世代バイオ燃料技術の現状(第2回)
~主要なセルロース系エタノール生産技術~
2010-016 第二世代バイオ燃料技術の現状(第 1 回)
~主要セルロース系エタノールプロジェクトの状況(前編)~
~再生可能燃料必要量と第二世代バイオ燃料の生産能力~
2010-015 米国バイオ燃料事情(第3回)
~ブタノールの市場導入に向けた動き~
2.世界製油所関連動向レポート
( => http://www.pecj.or.jp/japanese/overseas/refinery/refinery.html )
(最新)2010 年 8月度
2010 年 7月度
3.JPEC NEWS(バックナンバーをご覧になれます)
( => http://www.pecj.or.jp/japanese/jpecnews/jpecnews.html )
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(☆平成22年4月1日から新体制になりました。)
Japan Petroleum Energy Center (JPEC)
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