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靴作家 「belpasso」 捧 恭子
飛び込んだ「靴の世界」 ―靴作りを始めたきっかけを教えてください。 ” 元 々、 私 は 学 生 時 代 は 染 物 を や っ て い ま し た。 美 大 ”を作っていたん で、着物や染め屏風といった 作品 です。大学を卒業して、 「 ヨ ー ガ ン・ レ ー ル 」 と い う ファッションメーカーに就職して、そこで企業でのテ キスタイルデザインを担当しました。洋服の素材を作 るとか、色を決めるとか、柄を作るとか、そういう仕 ” 事です。それ自体はすごく面白い仕事だったんですけ ”を具体化す れど、会社という組織の中の イメージ るという作業だったので、どうしても発想の根源から 自分で考えて、それを最終作品に持っていけるものを 作りたいと、そういう思いが出てきたんです。その時 ”とは決まっていなかった 点では、まだはっきり 靴 んですけれど。 ―急にですか? 界に飛び込んじゃったんです。 界だったんですけど、思い立ったような形で、この世 そこで、じゃあ自分で靴を作ろうと、全然知らない世 ってきて、なおさら靴選びが大変になったんです。 いし、高価だし。それと、自分が外反母趾気味にもな の一部の物しかなかったんですよ。手に入れるの難し く履けて、自分のスタイルに合う靴って、本当に外国 年くらい前は全然時代が違っていたんです。気持ち良 している若い人も数多くいるんですけれど、今から 今でこそ色んな靴もあるし、靴ブームで靴作りを勉強 ” 靴作家 「belpasso」 捧 恭子 文 鷲尾 春果 その靴を見た瞬間、私は彼女に会いたくなった。 毘沙門天の裏側、ひっそりとたたずむ1軒の家。 そこには、優 し く 、 で も 慎 重 に 、 1足1足に命を吹き込んでいる捧さんの姿があった。 彼女の生み出す靴は、なぜあんなに優しいのだろう。 彼女の生み出す靴は、なぜあんなに温かいのだろう。 20 急に。無謀なんですよ(笑)。 で、 色々苦労もありながら、 年になるという。 !? 20 その秘密に迫 る べ く 、 私は、笑顔が素敵な靴作家、捧 恭子さんにお話を伺った 。 年 15 今年で ― 20 ッパの革になってしまうんです。ユーロ高だし、革代 高く作り上げていくのが一番大変ですね。 です。その中で、それぞれの部品を精度高く、完成度 自分で考えた方法や、技法でやらなければならないん 点作っていくので、悩みながら、時間をかけて、全て そうですねぇ…。イメージに近づけるために、一点一 ―では、靴作りをしていて苦労したことは何ですか? してもらっています。 なものを作りたいとか、自分の想いを伝えて色々協力 というふうに思われて、真剣に向き合ってもらえなく いで、本当にただのデザイナー、ペーパーデザイナー ても、外見的に靴を作っているようには見えないみた れたりしてます。浅草の靴の職人さんのところに行っ ―革にもこだわりをお持ちなんですよね? ちょっと高めなんですけど。 手で作るしかないんですよ。だから1足1足の値段も るんですか? ―そういった理由から手作りにこだわっていらっしゃ でなくてはならない。これだけは絶対譲れません。 地良くなければならないんです。且つその形は造形的 きゃいけない。無駄な線はどこにも無く、機能的に心 分からないんですけれど。靴というのは、まず履けな 造形的に美しいということです。この言葉で良いのか ださい。 ―では、靴を作る上で譲れないことがあれば教えてく ての題名なんですよ。 ージして作った靴なんです」という感じで。作品とし 私の場合、靴は履物でもあるんですけど、自分の 作 品 でもあるんですよ。だから自分の中ではそう特別 ”とではなく、自然に、「これはこういうのをイメ なこ のついている靴ってないと思うんですが。 らっしゃるそうですが、なぜですか?あまりタイトル ―ところで、捧さんは1足1足にタイトルをつけてい うと、自然以外のテーマでデザイン画を描いたりもす んです。こればっかりもなんだから、他のものもやろ 出てくるものがどうしても自然をモチーフにした形な しました。その後も「あれも良いなこれも良いな」と、 です。それで1回目のコレクションは植物をテーマに り出来た…自分の中から無理せず出てきた形だったん た時に、植物をモチーフにして作るのが、一番すんな それと、最初に靴作りをしようと思ってデザインをし が一番です。 た。だからそういうものが自分の中にあるっていうの たんですよ。その中で、自然とともに暮らしてきまし との境目の山奥の、すごく秘境なところで生まれ育っ 三重県の名張という、紀伊半島のど真ん中で、奈良県 そうですね。私が、すごい田舎育ちだからでしょうか。 理由があったら教えて頂けますか? ”をテーマにしてい ―ところで捧さんの作品は 自然 るものが多いと思うのですが、そうなったきっかけや のを選ぶことになります。 みとか、品質を考えると、どうしてもヨーロッパのも ” ―では、一番幸せを感じる瞬間というのはどんな時で 子供の肌ってすごく弾力性があるじゃないですか。大 るんですが、何かしっくりこなくて。気が付いたらず 「ピッタリ~ 」っていう、あれが一番です! ” すか? 人の肌ってこう、押したら中々戻りづらいっていうか ~っと、植物だったり自然現象だったり、そういった はものすごく大変なんですけど、風合いとか色とか厚 それは、デザインを気に入ってもらって、オーダーを (笑) 。それとおんなじで革も履いたときに足に馴染ん ものがモチーフになってる、なっちゃってるという状 造形的に美しく 頂いて、足に合わせてお作りして、履いてみて頂いて、 で広がって、脱いだらまたヒュッと元に戻ってくれる 態です(笑) 。 16 自分でも思ってなかったんですよ。結構昔の友人など 靴まだ続けてるの?」という感じで言わ 靴って、結局履いてみないと判らないんですよ。で、 ものが一番良いんですよ。形崩れせず、足に優しくと ―今でも山などにはよく行かれるんですか? からも「え しばらく外で履いて頂いて、 「すごく良いです」って いう、なるべくそういう革を使おうとしているんです 最近は行けないんですよ。行きたいんですけれどね。 自然とともに 仰って。 「じゃあ、次、2足目お願いします」ってい が、どうしても良いものが手に入りづらくて。日本で ―では今、息抜きのようなものっていうのは? て…。でも今は、こんなものを作っているとか、こん うリピートの方も嬉しいですねぇ。 は、最近特に難しいですね。だからどうしてもヨーロ ?! !! 元々仕事場と自宅を一緒にしたいなという思いがあり すか? ―神楽坂にはどういった理由で引越してこられたんで か、そういうようなことを息抜きにしていますね。 したいので…。犬の散歩とか、たまに人と飲んだりと います。頑張って良いものを残したいし、良い仕事を 歳なので、ちょっと本当に頑張らなくてはと思って 最近は息抜きもあまりできてなくて…。でも、今もう んですけれど(笑)。 れるように、頑張って仕事しなきゃなっていう感じな な暮らしやすいところは無いので、ずっとここでいら まず交通の便が良い。で、人が優しいんですよ。こん こんな暮らしやすいところはないっていう感じです。 ―で、実際に来てみてどうでしたか? いうイメージはなかったですね。 じでした。今みたいに女性がランチを楽しんだり、と ちょっと子育てしている人間には関係ないっていう感 すよ、それまでも割と近くに住んでいたんですけど。 ―「 belpasso 」というお店の名前の由来は何ですか? これは、ブランド名をつけようと思ったときに、ミラ えたらと思っています。 になりますが、少しずつ難しい作業を一緒にやって貰 とか、磨く作業とかをお手伝いしてもらうということ こなしていくことに葛藤しているので、紙を切る作業 その気持ちはあります。今は、頂いているオーダーを ―それは人を育てたいということもあるんですか? 手伝ってもらえたらっていうのはあるんですけど。 んですけど。週に2回とか、ちょっと細かい作業とか も、それしかできないし。アルバイトさんは募集中な どうなんでしょうねぇ。良いのかなと思いながら、で 神様が楽しんで い る 坂 まして、どこかに、こう家みたいなものがないかなと ノの学校で靴作りを学んできたので、イタリア語の名 ” “神楽坂 って本当に神様が楽しんでいる坂なんだな ~とか、色々思ったりします。 探してたんです。最初は全然神楽坂とは思っていなく て、 知人から「神楽坂だったらあるよ」って聞いても、 ―じゃあ偶然なんですね!作品と神楽坂の雰囲気が合 りだったみたいで。で、ピタッとはまったんです。 を入れて住んでくれる人に貸したいっていうのがおあ をしている人に貸したいっていうのと、古い家でも手 つもりだったんです。そんな お店 っていうつもり はなくて、基本的に靴を作っていて、今までのお客様 よりは、作っていて、靴を見たい方はどうぞっていう あんまり、苦労っていうか…。基本的にお店っていう ―ところでお店を出す上での苦労はありましたか? イタリア語に詳しい友達にも相談しながら作ったんで 「気持ち良い、心地良い一歩」っていう意味を込めて、 前にしようと思ったんですよ。 っているので、てっきり…。 に気軽に来て頂けるスペースを、というような感じで belpasso 偶然偶然!本当に偶然です。玄関の壁とか自分で塗っ いたんです。それが、何だかいつの間にかお店みたい そんな「高い高い」って。でも、大家さんがもの作り たり磨いたり。門も最初は普通のブロンズ色のアルミ になって、新しいお客様にも来ていただけるようにな す。 ”っていう地名があった それで喜んでたら、 belpasso んですよ!イタリアの南の方に。 「 bel 」っていうのが「ベッラ・ローサ」とか「ベッラ・ ドンナ」とか。形容詞で「美しい」とか「気持ち良い」「心 製だったんですけど、自分で色を作って塗りました。 りました。人もね、本当は1人入って貰ってとか思う ―え~ ” いてあるんです 笑 ( 。「 ) え っ? 何 で 」 と 思 っ て よ く 見たらシチリアの小さな街の名前だったんですよ。で ~っと1万件もあって!そしたら全部イタリア語で書 」 っ て ど の く ら い 皆 さ ん、 気 がったときに「 belpasso にしてくれてるのかな~って検索してみたら、ぶわぁ コンピューターが家にやってきて、初めてネットに繋 !? 地良い」とかっていう意味があるんです。で、「 passo 」 が、「 歩 み 」 と か「 一 歩 一 歩 」 と か っ て い う 意 味 で。 あの色にして靴を置いてみたら、何かしっくりはまっ んですけれど、今は全部自分一人でやっています。ま 時から 時にして。そ て。今までと作ってきたものは同じなんですけど、何 ぁオープン時間を、木金土の れでも何か用がある時は、例えば子どもの学校で用事 だかここに来たら、靴たちが生き生きとしてきたよう で、越して来て良かったなと思っています。 があったりすると、「牛込三中に 時まで行ってきま ―引越してくる前は神楽坂にどんな印象を持っていま す」とか貼って 笑 ( 。) ゆ る ~ く ゆ る ~ く や ら せ て も 19 したか? 15 ―それが良いのかもしれませんね! !? 13 らっています。 回来たことがあった程度なんで 1 何かこう、漠然と男の人がお酒を飲む街なんだろうな と思っていました。 17 46 も特に何も言われることなく使っていますけど 笑 ( 。) て、一緒に良いものを作っていけて、それでちゃんと ―では今後、神楽坂はどうなっていくと思いますか、 できるようになっていければな、と思いますねぇ。 んじゃなくって、ある程度、もの作りで豊かな生活が 生活できるようになれば良いなと。いつまでも苦しい ―では、今、お客様から求められているものというの もしくはどうなってほしいですか? 神楽坂の未来、もの作りの未来 は何だと思いますか? 作りの人が増えてきているのが嬉しいんです。だから、 いつか行ってみたいですね。 私のお客様は 代・ 代・ 代くらいの、特に 50 代 の方が一番多いんですよ。その年代の方々は本物を知 そういうものは今後も増えていってほしいし、あとは そうですねぇ…。今、こうギャラリーも増えて、もの っていらして、ファッションにお金をかけられるんで オープンテラスの店とか、もっとあったら良いかな ( す。子育てもある程度終わってて、もう一度自分のお ―それは昔からですか? んですよ、素敵だなと思ってるお店や、場所が。個人 いるだけでも、色々とまだ壊されていくところがある 代になると足の 昔からなんですよ。以前から、必ず心地良く履けなき だけじゃなくって、本当に国とか行政も協力していか しゃれに時間をかけられる。だけど ゃいけないっていうのは前提でやっています。神楽坂 ないと、古い街並みって残せないから、本当にみんな 笑 。) あと古い街並みが残ってほしいです。今、古いものと に来る前は、青山や銀座のギャラリーで、個展という で力を合わせて残して欲しい、残さなくてはと思って 形とかも変わってくるし、本当にパンプスが辛くなっ 形で発表していたんですけれど、その時ももっとやっ います。 新しいものが混在している状態で、「あそこもなくな ても良いんじゃないかっていうのをよく言われたんで ―それでは最後に、ご自身の今後の目標や夢を教えて てくるんですよね。それでも、おしゃれな靴を心地良 すよ。もっと造形的でも良いんじゃないかって。でも ください。 るの?」とか「ここも?何で?」っていうような開発 ね、オブジェを作りたくはなかったんです。靴のオブ そうですねぇ。新しい靴をどんどん作り続けていって、 く履きたいっていうお客様が来てくださっているんで ジェ作っても、見るだけのもの作っても、それじゃ嫌 より喜んでもらえるものを作っていきたいというのが があったりするので、もうこれ以上古いものがなくな で。やっぱり靴は、心地良く履けるっていうところに 一番ですね。あとは、若手のもの作りの人が育っても す。だから求められているのは、そういう風な、おし 良さがあるじゃないかと思っていたので。だから、そ らいたいっていうのがあります。中々良いものを長く で、ものを作る人間が集まって、若い人が育ってくれ なかったりとか。なので、もの作り集団みたいなもの 作り続けられない状況にあるんですよ。靴とかでも、 れはずっと変わらず、本当に同じことしかやってきて ます。 やっぱり売れるようなものをどんどん作らなきゃいけ ってほしくないなぁっていう思いはあります。聞いて 60 ゃれもできて、そのうえ心地良い靴なんだと。 50 い な い ん で す が、 「 あ っ! 探 ( していた靴が こ ) こに あった!」みたいな感じで今もお客様に来て頂いてい 50 40 18 笑顔を決して絶 や さ ず 、 ゆっくりと語りかけるようにお話してくださった捧さん。 その姿には、 大地のような、暖かく、でも力強い、不思議な力があった。 彼女の生み出す 靴 は 、 な ぜ あ ん な に 優 し い の だ ろ う 。 彼女の生み出す 靴 は 、 な ぜ あ ん な に 温 か い の だ ろ う 。 一人ひとりのお 客 様 と 向 き 合 い 、 1足1足の靴と 向 き 合 い 続 け る 姿 に 、 その答えを見つけたような気がした。 19