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第3回 微生物工場 微生物による
Microbiol. Cult. Coll. 23 (1) :23 28, 2007 連載「微生物の産業利用─はたらく有用微生物」 第 3 回 微生物工場 ─ 微生物による“もの”つくり─ 清水 昌 京都大学大学院農学研究科 〒606-8502 京都市左京区北白川追分町 Microbial and enzymatic production of useful chemicals Sakayu Shimizu Graduate School of Agriculture, Kyoto University, Sakyo-ku, Kyoto 606-8502, Japan 1.日本は微生物の宝庫:微生物による“もの”つく されている.単一の化合物で,これほど大量に製造さ り大国“日本” れているものは,生物の機能を利用しない“もの”つ 日本は,資源に乏しい国といわれているが,本誌の くり(いわゆる有機化学合成)を含めた製造全体を見 読者なら,微生物に関しては日本は世界に冠たる資源 まわしても,あまり例がない.ここでは,微生物に 大国であることはご存知のことと思う.日本は周囲が よるものつくりについて,その方法論と私たちの研究 海で,寒冷地から亜熱帯まで細長い国土をもち,地形 室から生まれた工業生産プロセスを例にとって概説す も変化に富んでいる.要するに,変化に富んだ自然が る. あり,生息する微生物も多種多様で,それらは四季の 変化に応じて刻々と変化する.これを砂漠の土と比較 2.ものつくりの方法論としての発酵法と酵素法 すれば,同じ 1 グラム中に同じ数の微生物がいると仮 微生物を用いる物質生産法は,教科書的にいうと, 定しても,その豊かさが全くちがうことは容易に理解 発酵法(fermentation)と酵素法(enzymatic trans- できる.数と種類の多さは,周到で熱心な探策を行え formation)に大別できる(図 1).発酵法は,微生物 ば,優れた能力や未知の能力を有する微生物と出合う の生育という生命現象を伴う生産法であり,増殖のた 可能性も高いことを意味している.微生物との共存を めの比較的安価な炭素源や窒素源が,生命活動のため 可能にするこのような日本特有の環境は,私たちに, の連続した多段階の複雑な酵素反応(代謝)を経て, 微生物に対する高い親和性をうえつけ,これを基盤に Fermentation して古来から多くの発酵生産物がたくみに作り出され てきた.現在,日本が微生物バイオの分野では最先進 国であり,多くの化学工業がいわゆるバイオプロセス を取り入れた生産を活発に展開しているのもこのよう なところにそのルーツの一つがある. Enzymatic transformation 微生物の生命の営み,すなわち,代謝や反応は,い まや,化学工業,食品加工と製造,医療,分析・計測, 環境保全,エネルギー資源開発など様々な産業分野で 利用されている.しかし,一般的には,誰もが知っ ている“味の素(グルタミン酸ナトリウム) ”ですら, これが微生物を用いて製造されていることは案外と知 られていない.これは,世界で年間 150 万トンも製造 E-mail: [email protected] 図 1 発酵法と酵素法 ─ 23 ─ 微生物工場─微生物による“もの”つくり─ 清水 昌 表 1 Recent industrial applications of microbial enzymes in Japan (1984-2003) Item Product Organization (year) Amino acids D-p-Hydroxyphenylglycine Aspartate Kyoto Univ. & Kaneka (1979/1995) Ajinomoto (1984) Mitsubishi Chemical (1986) Kyoto Univ. & Ajinomoto (1994) Kyowa Hakko Kogyo (1997) Toyama Pref. Univ. & Ajinomoto (2003) Shin Mitsui Sugar (1984) Tosoh Corporation (1987) Hayashibara (1990) Nissin Sugar mfg. (1990) Nihon Shokuhin Kako (1990) Toho Rayon (1993) Asahi Chemical Industry (1994) Hayashibara (1995) Nihon Shokuhin Kako, Kirin Brewery & Takeda Food Products (1998) Fuji Oil (1989) Kao (1990) The Nissin Oil Mills (1998) Kyoto Univ. & Suntory (1998) Hayashibara (1990) Kyoto Univ. & Lonza (1998) Kyowa Hakko Kogyo (1999) Kyoto Univ. & Daiichi Fine Chemical (1999) Kyoto Univ. & Mitsubishi Rayon (1988) Japan Energy & Canon (1985) Tanabe Seiyaku (1992) Kyoto Univ. & Kaneka (2001) Meiji Seika (1988) Tokyo Univ. & Shiseido (1991) Meiji Milk Product (1991) Nucleotides Sweetners Oils Vitamins Chemicals Pharma intermediates Others DOPA Hydroxyproline 5 -IMP & 5 -GMP Paratinose Aspartame Lactosucrose Galactooligosacharide Maltotriose Engineered stevia sweetner Theandeoligosaccharide Treharose Nigerooligosaccharide Functional oils Polyunsaturated fatty acids Stabilized vitamin C Nicotinamide Vitamin C-phosphate Pantothenate intermediate Acrylamide Chiral epoxides Herbesser' intermediate Chiral alcohols Casein phospho peptide Hypoallergenic rice Hypoallergenic protein 目的とする生産物に変換される.この場合,微生物の 関係であることを意味しており,酵素法がきわめて有 生命活動と目的とする物質の生成とは密接に関連して 機合成化学的な発想に基づいた方式であることを示し おり,微生物の細胞は高度に組織化された組立工場の ている.酵素法では,発酵法でいう原料(炭素源,窒 ようにみなすことができる.従って,発酵法は,菌が 素源など)に相当するものとして,変換の対象となる 生きて活発に生命活動を行っていないと成り立たない 化合物(基質,substrate)が必要となる.基質は,通常, プロセスであり,発酵法では微生物が本来生産する天 一段または数段の酵素反応によって目的の産物に変換 然物は作れるが,生命の営みと無関係なものは生産で されるにすぎないので,生産物に近い構造をもつこと きない.今,注目されているバイオエタノールの製造 が多く,その供給は発酵法の原料とくらべると,高価 プロセス(バイオマスに由来する糖質からアルコール になりがちである.また,基質は酵素の作用を受けて を作るプロセス)は典型的な発酵法である.また,先 変換されるものであれば,天然物でも非天然の化合物 に述べた“味の素”の製造も,サトウキビなどの糖質 でも利用できる.従って,酵素法では微生物が通常の を原料とする発酵法で行われている. 代謝で生産できるものは勿論のこと,非天然物の生産 一方,酵素法では,微生物はより機能的にとらえら も可能である. れ,単に特定の反応を触媒する酵素あるいは酵素の袋 ここでは,酵素法についてもう少し話を展開してみ として扱われる.このことは,微生物の生命現象は酵 る.歴史的にいうと,酵素法に類似した物質生産技術 素を得るためには必要であっても,実際の反応とは無 は,実は,発酵という古来の生産技術の中にも見いだ ─ 24 ─ Microbiol. Cult. Coll. June 2007 図 2 油糧微生物 Vol. 23, No. 1 (A)と代謝工学的に誘導されたユニークな PUFA 生合成経路(B-D) せる.例えば,酢の製造は,古来の発酵技術の一つで 3.微生物によるものつくり,最近の展開 あるが, これは, エタノールが 2 段階の酸化反応によっ 最近 30 年ほどの微生物によるものつくりについて, て,アセトアルデヒドを経て酢酸に変換されるプロセ 日本でなされた成果の一部を表 1 にまとめた.光学活 スであるという点では酵素法そのものである.酵素法 性アミノ酸類,機能性糖類,機能性脂質類,ビタミン類, による物質生産の古い例には 1930 年代に始まったビ 汎用化成品,医薬品などの中間原料としての種々のキ タミン C の製造や酵母によるアルコール発酵の過程 ラルアルコール,キラルエポキシド,キラルアミンな で生ずるアセトアルデヒドをベンズアルデヒドと縮合 ど,様々なものをあげることができる.表 1 は主に酵 させ,エフェドリン製造のための中間体に変換するプ 素法の成果を要約したものであるが,発酵法の成果を ロセスなどがある.これらは, 現在も改良が加えられ, まとめても,同様のものが作れるであろう.ここで強 有機化学的工程と組み合わせることで工業的製造法と 調しておきたいことは,まず,生産物が食品用から精 して利用されている.しかし,一つの物質生産方式と 密化学品,医薬品,汎用化成品に至るまで多様なこと して酵素法の高い可能性が認識されたのは,医薬品と である.これは,微生物によるものつくりが多様な産 して有用なステロイド類の合成・変換に微生物菌体を 業分野で展開していることの証でもある.実際,様々 触媒として用いるという当時では奇抜なアイデアが劇 な業種の企業がこの分野に参入していることもこの表 的な成功を収めたからである.カビ,酵母,細菌の多 からわかる.また,この表では省略したが,実際の生 くがステロイドやステロールに作用して,水酸化,エ 産を担う微生物のほとんどは,いわゆる工業微生物と ポキシ化,異性化,側鎖の切断など多彩な反応を行う いわれるもので,その多くは実験室ではなじみが薄い ことがわかり,これらのいくつかは工業的製法として が,自然界ではごく普通に生息している菌で,根気強 利用されるに至った.また,微生物あるいは酵素を化 い探索を通してそのユニークな能力が見いだされ,開 学合成の触媒として利用するための基本的原理を示し 発・育種されたスーパーな微生物である. た点でも,これらの反応は重要である.1950 年代の 最初に,日本が微生物バイオの最先進国であると書 ことである.同じ時期に微生物の培養法,生化学,遺 いたが,表 1 のようなものを欧米諸国全体についてま 伝学,酵素化学などが飛躍的に発展したことも,以後 とめたとしても,同等の表はつくれないと思われる. の酵素法の展開の要因になっている. このような応用微生物学の分野は,学問的にも産業的 ─ 25 ─ 微生物工場─微生物による“もの”つくり─ 清水 昌 Glucose DL-PL Acrylonitrile D-PA Chiral alcohols NAD(P)+ L-PL Carbonyl reductase GDH Acrylamide Coexpressing cells NAD(P)H 3-Cyanopyridine Gluconolactone Nicotinamide 図 3 ラクトナーゼによるパンとラクトンの光学分割反応 (1)および二トリルヒドラターゼによるニトリルの アミドへの変換(2, 3) にも日本の得意分野の一つである.また,この表は, 大学から発信して産業界との連携によってなされた成 果がいくつか含まれている.これらのいくつかは筆者 らの研究室から発信したものである.ここでは,それ らを例にとって少し詳しく説明する. 4.世界で活躍する京大発酵研究室プロセス 1)油を作るカビ 筆者の研究室の仕事の一つに,微生物に食品用の油 Prochiral carbonyl compounds 図 4 バイオ不斉還元システムの原理と設計 Designing of bioreduction system: ・Enzyme library (screening) ・Cofactor regenerator ・Host cells ・Reactor Construction of bioreduction system: 1. Screening of novel carbonyl reductases 2. Characterization of carbonyl reductases 3. Gene cloning 4. Gene expression in host cells 5. Co-expression with cofactor-regeneration enzyme gene in host cells 6. Application to the practical production process を作らせてみようという研究がある.これを発酵法 依存した単純な生産法であるが,それでも工業生産と の一例として少し紹介する.探索によって京都大学 して成り立つところが面白いといえる.また,アラキ キャンパスの土壌からユニークな糸状菌が得られた. ドン酸生合成に関与する酵素の欠損変異株を得ること で,生合成経路の改変が可能となり,ジホモ- g -リノ と同定されたこのカビは,普遍的 な土壌糸状菌であるが,糖質を与えて生育させると, レン酸(20:3n-6)やミード酸(20:3n-9)など各種 これを効率よく油脂(トリアシルグリセロール)に変 のユニークな PUFA の工業生産が可能になっている 換して,菌体内に蓄積する.その蓄積量は,菌体 1 g (図 2B-D).油は油糧植物から採るものと相場がき 当たり 0.6−0.7 g に達する.つまり細胞の 6−7 割が まっており,微生物に油を作らせるといったちょっと 油でできており,超肥満のカビである.顕微鏡で見る 変わった研究はほとんどされていなかった.勿論,こ と,油滴が細胞の中にびっしり詰っているのがわかる のカビが見つかるまでは,微生物がこのようなユニー (図 2A) .この油脂には,アラキドン酸など炭素数 20 クな油を作ることも知られていなかった.これを契機 の高度不飽和脂肪酸(PUFA)が大量に含まれている. に,「油糧微生物」という言葉が生まれ,油脂発酵あ 培養条件を整えると,油脂の生産量は培地 1 るいは脂肪酸発酵ともいうべき新しい微生物生産の分 当たり 10−20 g,油脂中の全脂肪酸に占めるアラキドン酸の 野とマーケットがひらけた. 割合は 30−70%に達する.この油脂は炭素数 18 のオ レイン酸やリノール酸が主脂肪酸である大豆やトウモ 2)キラルテクノロジーの新兵器“ラクトナーゼ” ロコシなど油糧植物では作れないユニークなもので, D -パントテン酸は,B 群ビタミンの一種で,医薬 乳幼児や老齢者の補助栄養食品として利用価値の高い 品,飼料添加物としての用途のほかに,保湿作用が ものである.このようにして得られる油脂は,従来の あることからシャンプーの添加物としても使われてい 動植物由来の油脂と区別して「発酵油脂」と呼ばれ, る.従来の製造は,化学的に合成したラセミ体のパン すでに,培養タンクという畑で大量生産され,乳幼児 トラクトン(DL -PL)をジアステレオマー造塩法とい の粉ミルクの栄養価を高める素材として世界的に使用 う複雑な光学分割法によって D-PL と L-PL に分離し, されている.この発酵法は,ほとんど菌の能力のみに 得られた D -PL と b-アラニンを縮合させる方法で行 ─ 26 ─ Microbiol. Cult. Coll. June 2007 Vol. 23, No. 1 Product Products Optical Yield Molar Yield Specifictiy Amount yield purity O COOEt O COOEt F3C O COOEt COOEt F3C O LVR O O O O Cl OH O COOEt O Cl HO CPR O COOEt O O AR1 S1 OH Cl COOEt OH Cl COOEt O OH APDH NHCH3 O N Ethyl (R)-4-trifluoro3-hydroxybutanoate >99% >99% ee 400 g/l OH AR1 O OYE Ethyl (R)-3-hydroxybutanoate >99% >99% ee 500 g/l OH S1 (4R,6R)-Actinol >99% >99% ee 100 g/l D-Pantolactone 90% >99% ee 100 g/l Ethyl (R)-4-chloro3-hydroxybutanoate 95% >99% ee 300 570 g/l g/l Ethyl (S)-4-chloro3-hydroxybutanoate >99% >99% ee 350 g/l 700 d-Pseudoephedrine 90% >99% ee 70 g/l (R)-3-Quinuclidinol >99% >99% ee 100 g/l NHCH3 OH QR N 図 5 バイオ不斉還元システムによる様々な光学活性アルコールの生産 われていた.筆者らは,スクリーニングにより土壌に アルコールに変換する微生物反応(不斉還元反応)も 普遍的に生息する糸状菌( )が 実用に供されている.原理とそれを実際化するプロセ 中の D-PL のみを選択的に加水分解して対応す スデザインは図 4 に示した.還元反応を触媒する還元 る酸(D -パント酸(D -PA) )に変換する新規な酵素 酵素(reductase, dehydrogenase など)と還元力を供 反応(ラクトナーゼ反応)を効率よく行うことを発 給する補酵素(NAD(P)H などでコスト的には高価) 見した.この反応を利用すると,DL -PL は簡単に酸 の再生に関与する酵素(glucose dehydrogenase など) (D -PA)とラクトン(L -PL)に分別することができ を特定の宿主(大腸菌や酵母など)で大量に共発現さ る(図 3,反応 1) .D -PA は容易に D -PL に戻せるの せ,この組み換え菌体を触媒として用いる酵素法であ で,b-アラニンとの縮合反応の工程では従来法がそ る.この系では還元のエネルギー源としてのグルコー のまま使える.現在,D -パントテン酸の生産は世界 ス,基質であるケトン,触媒量の補酵素,触媒として で年間約 6,000−10,000 トンといわれているが,その の菌体を混ぜると,基質は効率よく対応する光学活性 うちの約 50%はこの酵素法(ラクトナーゼ法)によっ アルコールへ変換される.このシステムは,従来のパ て製造されている. ン酵母などの菌体を用いる方法の欠点である十分な収 DL-PL 量および光学純度が得られないことを巧みに回避して 3)不斉還元システムをデザインする いる(それぞれ,酵素系の細胞内含量が低いこと,細 プロキラルなケトンを立体選択的に還元し光学活性 胞内に共存する立体選択性の異なるいくつかの還元酵 ─ 27 ─ 微生物工場─微生物による“もの”つくり─ 清水 昌 ラターゼ反応)を例にとって紹介する.この反応も や などの土壌細菌に見い だされたもので,単純ではあるが新規なものであり, これを利用すると,アクリロニトリルからアクリルア ミドへの変換(図 3,反応 2)や 3-シアノピリジンか らニコチンアミドへの変換(図 3,反応 3)が容易な ことが判明した.すなわち,短い反応時間,高い転 換率で,化学的方法ですら困難と思われる高濃度の生 成物を与えることが可能となった(それぞれ,収量, 0.6 kg/ および 1.46 kg/ ,モル転換率 100%).勿論, 同じ反応は有機化学的にも行えるが,実際は反応の制 CO2 kg/ton acrylamide 御が意外と困難で,反応がさらに進み,酸(アクリル 4000 3000 2000 1000 0 酸やニコチン酸)が副生する.現在,これらの反応は Raw Material Electricity Steam Chemical Bio Process Process 図 6 環境負荷の観点から見た化学法と酵素法 パントラクトンの光学分割法(ラクトナーゼ法 とジアステレオマー造塩法)(上),アクリロニ トリルからアクリルアミドへの変換(ニトリル ヒドラターゼ法と銅触媒法)(下) 工業的に利用され,世界的に見ると,アクリルアミド は年間数 10 万トン程度,ニコチンアミドは 3,000 ト ン程度がこの酵素法で製造されている.アクリルアミ ドの生産法の確立は,安価な大量生産型の化成品にも 省エネルギー型の酵素反応が利用できることを示した 点でも画期的で,酵素法が,精密化学品の合成にとど まらず,広く化学工業原料の製造分野で利用できるこ とを示したものである. 5.グリーンケミストリーへの道を拓く 工業生産プロセスへの微生物反応の導入は,環境調 和型のプロセスを構築する上でも,本質的に有利な選 択である.従来の有機合成化学による石油化学反応を 素が同じ其質に作用することに由来する) .現在,ス 基盤とする化学工業プロセスを少しでも変えていける クリーニングにより,基質特異性や立体選択性の異な 余地があるのなら,積極的に取り組むべき課題であ る還元酵素のライブラリーが整備され,各種ケトンを る.ここでは,先に述べた酵素法によるパントラクト 対応する望みの光学活性アルコールへ容易に変換でき ンの光学分割やアクリルアミドの生産プロセスを環境 る工業生産システムとなっている(図 5) .また,ケ 保全の観点から考えてみる.いずれの場合も製造法の トンのアルコールへの還元にとどまらず,本法は,ケ 変換によって,製造コストの低減のみにとどまらず, トンの還元的アミノ化,炭素間 2 重結合の水素化(図 プロセス自体がクリーンになり,エネルギー消費や廃 5 のアクチノールへの変換)などの立体選択的反応に 棄物が少なく,環境に対する負荷が著しく軽くなった も利用できる. ことも注目すべき点である(図 6).最近では,この このような光学活性化合物を作る技術分野をキラル ような環境に配慮した物質生産に関する化学はグリー テクノロジーというが,上記の酵素法 2 例は,医薬品 ンケミストリーと呼ばれ,発酵法や酵素法はグリーン の中間原料のような精密化学品の製造に欠かせないキ ケミストリーの中核となるべき技術に位置づけられて ラルテクノロジーの重要技術となっている. いる.欧米や日本でのグリーンケミストリー政策の急 展開も,種々の精密化学品の生産や基礎化成品生産へ 4)汎用型化成品製造への利用 の微生物反応の成功的適用が契機となっており,今後, 合成化学的には比較的容易と考えられているような 様々な微生物反応が石油化学あるいはポスト石油化学 化学反応でも,微生物反応を用いると画期的な技術革 における基幹物質の合成と変換に利用される可能性も 新が可能になることを,ニトリル化合物を水和して 大きいといえる. アミド化合物に変換する微生物反応(ニトリルヒド (担当編集委員:高木 忍) ─ 28 ─