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銀行のベルギー協会
通貨危機後のタイ債券市場の発展 ―アジア債券市場育成イニシアティブとの関連で― 九州大学大学院 ワッタナワリン・スカンヤ Sukanya Wattanawarintr はじめに 1997 年のアジア通貨危機には、いくつかの原因があった。主な原因としては、ダブル・ミ スマッチ問題と国内金融システムの構造問題とが指摘されている 1 。ダブル・ミスマッチ問題 とは次のようなものである。例えばタイの場合、外貨建て(主にドル建て)でBangkok International Banking Facility (以下BIBF)と呼ばれるオフショア市場から大量の短期資金が銀 行経由で流入して、それが国内不動産部門などにバーツ建てで長期資金として貸し出されてい た。そのため銀行及び企業のバランスシートにおいて通貨と満期のミスマッチ問題が生じた。 国内金融システムの構造問題とは、企業の資金調達手段として銀行セクターへの依存度が高い ことである。当時の銀行セクターは規制緩和の影響から、貸出に対するリスク管理に大きな問 題を抱えていたにもかかわらず、他の資金運用方法がなかったため不動産部門などに過大な貸 出を行った。そのことによりバブルが発生し、バブルが崩壊した際には企業の資金調達に大き な影響を与えることになった。このことにより危機が深刻化した。 1997 年のアジア通貨危機は、ファンダメンタルズの悪化による経常収支赤字自体を原因と したものではなく、経常収支を支えた資本収支の側での流入から流出への突然の逆転によって 生じ、しかもそれが国内金融システムの危機と表裏一体で進んだという特徴から、通貨危機の 第三世代モデルに類型化されている 2 。本稿ではこうした新しいタイプの通貨危機への対応策 を念頭に置きながら、アジア各国の中でも特にタイの債券市場の考察に焦点をあてることによ り、アジア通貨危機後、タイの民間セクターが実際にダブル・ミスマッチ問題を解消できてい るのか、また銀行セクターへの依存度を低下させているのか、といった論点について検討する 3 。 本稿の構成は以下の通りである。第 1 節では、アジア通貨危機後に各国で行われた各種の通 貨・金融協力の枠組みを紹介する。第 2 節では、分析の準備として通貨危機前後のタイのマク 1 吉冨(2003) 2 小川 (1998) 3 アジア債券市場の先行研究を見ると、日本ではアジア域内全体を対象とした通貨危機後の各種の 金融・通貨協力に関する課題への研究が数多いが、各国別の分析とりわけASEAN諸国に関する個別 の分析は必ずしも多くはない。同様にタイ国内においても、政府による政策対応に関する紹介は数 多いが、マーケットがアジア域内の各種イニシアディブに対して、どのように対応してきたのかと いうボトムアップ型アプローチの研究は少ないのが現状である。 1 ロ経済状況を整理する。第 3 節では、タイ政府が、アジア債券市場育成イニシアティブ (Asian Bond Markets Initiative、以下 ABMI)を積極的に受け入れていく過程を検証していく。 第 4 節では、ABMI 後のタイ債券市場の展開を、各種機関(タイ中央銀行、タイ証券取引委員 会、タイ証券取引所など)のデータを利用しながら分析する。 1. アジア通貨危機と各種金融協力 アジア通貨危機後、第三世代モデルの通貨危機への対応のために、各種の通貨・金融協力の 枠組みが創られた。ここでは三つの各種金融協力を紹介しよう。 第 1 に、チェンマイイニシアティブ(Chiang Mai Initiative、以下 CMI)は 2000 年 5 月に ASEAN+3 財務相会合により創設された。その目的は二国間スワップ協定ネットワークを創設 して、域内での短期流動性不足に対応することであり、これは既存の国際金融協定(たとえば IMF のファシリティ機能)の補完という位置付けになっている。 第 2 に、アジアボンドファンド(Asia Bond Fund、以下 ABF)は東アジア・オセアニア中央 銀行役員会議(Executives’ Meeting of East Asia-Pacific Central Banks、以下 EMEAP)が 2003 年 6 月に創設した。まず EMEAP はアジアボンドファンド 1(ABF1)を創設した。このファンド の運用対象はアジアの政府と政府系機関が発行するドル建て債券である。さらに EMEAP は、 2004 年 12 月にはアジアボンドファンド 2(ABF2)を立ち上げた。この ABF2 は ABF1 とは異 なり、アジアの政府と政府系機関が自国通貨建てで発行した債券へ投資する。これらは債券の 需要側からのアジア債券市場発展の枠組みとなり、またアジア各国の中央銀行が保有する外貨 準備の運用という手段にもなっている。 第 3 に、上述のアジア債券市場育成イニシアティブ(ABMI)は、ASEAN+3 の財務相が 2003 年 8 月の会合で公式に創設した。この目的は債券の供給サイドからアジア債券市場の発 展を目指すことにあり、アジア域内のさまざまな資金調達者が自国通貨建てで債券発行できる ように市場のインフラストラクチュアを整備し、銀行依存型の金融市場からの脱却と域内の安 定的な資金供給を目指したものである。 2. 通貨危機前後のタイのマクロ経済 ここではタイ債券市場の構造を分析するための準備作業として、通貨危機前後のタイのマク ロ経済状況を概観しておこう。図 1 はタイの国際収支の状況を示している。図 1 からわかるよ うに通貨危機前では、経常収支の赤字を上回る資本収支の黒字により、外貨準備の積み増しが 生じていた。だが危機後は両者が逆転し、経常収支は黒字、資本収支は赤字となっている 4 。 危機前と危機後の傾向として、経常収支と資本収支における赤字と黒字の構造が逆転した点に 注目しておこう。通貨危機後のタイの経常収支黒字は、タイ国内のISバランスの変化によって 4 2005 年のデータを見ると経常収支が赤字だったが、最近は経常収支再び黒字となった。こうした 変化が一時的なものであるか否かについて現時点判断することは困難である。 2 も説明可能だろう(図 2)。危機後は国内総投資が急減し、2006 年現在でも、危機前のレベル には達してない。こうした国内貯蓄・投資の逆転が、通貨危機後の経常収支黒字の構造を生み 出していると考えられる。とはいえ、通貨危機後に国内投資は徐々に回復しつつある。タイに は有望な投資機会が存在し、国際収 支の分析からは、確かに危機後はネ ットの収支尻でみると資本流出とな 図1 タイの国際収支 経常収支 100万ドル 60,000 資本収支 外貨準備 50,000 っているが、グロスの流入をみた場 40,000 合には、対内直接投資、株式及び債 30,000 券の資本流入などが危機前の水準に 20,000 まで回復しつつある(図 3)。そのた 10,000 めダブル・ミスマッチ問題と国内金 融システムの構造問題の解決の必要 0 -10,000 -20,000 1991 性は、引き続きタイ経済の発展にと 1993 1995 1997 1999 2001 2003 2005 出所:タイ中央銀行データより筆者作成 って大きな課題であるといえる。 さてここで、タイの現状を踏まえ 図2 通貨危機とタイのI-Sバランス た上で、本稿がこれらの各種金融協 GDP比率 力をどのように位置づけているのか を述べておこう。第 1 節で紹介した CMI に関しては、現在、タイ中央銀 行の外貨準備保有は安定している。 国内総貯蓄 国内総投資 1995 1999 45 40 35 30 さらに経常収支も黒字になっている 25 ため、二国間スワップ協定は差し迫 った課題になっていない。また現在 の ABF は国債と政府機関債のみを投 資対象としているので、分析対象と 20 15 1991 1993 1997 2001 2003 出所:タイ中央銀行データより筆者作成 しては不十分である。なぜならば本稿は、 民間レベルのダブル・ミスマッチ問題と国 図3 タイの資本流入(グロス) 内金融システムの構造問題を検証すること 百万バーツ 1,600,000 を目的としているからである。他方、通貨 1,400,000 危機後の各種金融協力の中で ABMI は注目 1,200,000 1,000,000 に値する。なぜならば ABMI では、これま 800,000 で具体的な取り組みが数多くなされている 600,000 ことと、またそれに対応して各国で国債及 400,000 200,000 び社債市場の両方での発展が見られている 0 1983 1986 1989 1992 1995 出所:タイ中央銀行データより筆者作成 3 1998 2001 2004 からである。そこで次の第 3 節では、この ABMI に焦点を絞って議論してみたい。 3. ABMI の下でのタイの政策対応 ABMI では、アジア債券市場の発展のための諸課題に沿う形でワーキング・グループ (Working Group、以下 WG)が組織されている(表 1)。当初 WG は 6 つあったが、2005 年 4 月になると、6 課題の中で第 4 の課題が完成し、また第 2 と第 4 の課題をさらに拡充する必 要が生じたために、WG は 4 つになった。ここでは ABMI 参加後において、タイ政府がこれら の課題にどのよう 表1 ABMIのワッキング・グループ に対応したのかに ABMI: 旧ワーキング・グループ ABMI: 現在のワーキング・グループ ついて見て行きた (2003年8月―2005年4月) (2005年4月―現在) い 。 ま ず 旧 WG1 に関してみると、 タイ政府はベンチ マークのために国 債を継続的に発行 1 新たな債務担保証券の開発 1 新たな債務担保証券の開発 2 信用保証メカニズムの検討 2 信用保証と投資メカニズムの検討 3 外国為替取引と決済の問題 3 外国為替取引と決済の問題 4 国際金融機関、外国の政府系機関、 アジア所在の多国籍企業による 自国通貨建て債券の発行 5 格付機関 4 格付機関と情報伝播 している。またタ 6 技術支援の調整 イ政府は、外国の 出所:アジア・ボンド・ウェブサイトより筆者作成 投資家に対して源泉徴収税の免除を実施している。さらに資産担保証券(ABS)の発行を促進 するために特別目的会社(SPV)への課税免除もタイ政府は行っている。 次に旧 WG4 との関係では、非居住者(Non-resident)によるバーツ建て債券発行の規制が緩 和された。以前の規制では、非居住者はバーツ建て債券発行ができなかったが、2004 年から タイ大蔵省の許可を得れば発行可能となった。 最後に旧WG5 との関連では、債券市場の流通機能を向上させるため、2003 年 11 月に債券 電子自動取引所(Bond Electronic Exchange、BEX)が導入され、価格の透明性と決済の効率性 が 改善された。またタイ政府は、アジア開発銀行(ADB)が開設している「アジア・ボン ド・ウェブサイト」に情報を積極的に開示している(たとえば自主的に自国債券市場の評価レ ポートを出している) 5 。さらにタイ政府はタイ債券市場協会に市場の情報を集約することに より、民間の市場参加者がその情報を利用できるようになった。 さらにタイ政府の他の政策には、タイ債券市場の発展を補完するものがある。ここでは一つ を挙げる。タイの通貨危機の直接的原因となった BIBF 経由の短期資金流入のうち、Out-In の 取引(海外から借入:国内へ貸出)に対して 2006 年 4 月から従来の免税措置が廃止された。 この政策はタイの債券市場の育成にとって間接的にプラスの影響をもたらすだろう。 5 http://asianbondsonline.adb.org 4 4. ABMI とタイ債券市場 第 3 節までで見てきたような国際的アジア・レベルのイニシアディブやタイ政府の思惑通り に、マーケットの拡大や構造変化が生じているのだろうか。この節では、通貨危機後のタイの 債券市場を取り上げて、最新の動きについて分析していきたい。 a) タイにおける金融仲介の発展 図4 現地通貨債券市場の規模 2006年3月 図 4 はアジア各国の現地通 貨建て債券市場の規模を比較 GDP比率 したものである。ABMI を推 225 200 175 150 125 100 75 50 25 0 進するアジア諸国の中におい て、タイの自国通貨建て債券 市場の相対的規模は日本や韓 国などと比べるとまだ小さい。 しかし、表 2 でその成長率を みれば、通貨危機後に、タイ の自国通貨建て債券市場の規 模が顕著に拡大していること 国債 社債 合計 シア リピン ドネ フィ ン イ 国 中 香 港 ル タイ ポー ガ シン 韓 国 ー マレ シア 日 本 出所:アジア・ボンド・ウェブサイトより筆者作成 がわかる。また図 5 から、タイの自国通貨建て債券市場の拡大は国債と社債の両方の市場で生 じていることがわかる。一方で外貨建ての債券市場は小さな規模に留まっている。 次に上述との関連から、タイの金融セクターを検討しよう。図 6 は、タイの銀行借入および 表2 現地通貨債券市場(年末残高)の成長率 債券・株式発行残高の対 GDP 比 % の経年変化を見たものである。 依然として銀行借入 が大きな割 合を占めているが、2003 年から 株式と債券の割合が拡大してい ることがわかる。その結果、国 内の金融仲介構造に占める銀行 借入の割合が低下している。こ 1997-2003 2004 2005 2006前半 インドネシア 55.8 -12.2 -18.1 9.8 タイ 33.7 13.8 18.1 19.1 中国 24.8 19.8 20.0 21.0 韓国 22.8 27.3 12.4 13.5 シンガポール 18.9 18.1 5.1 9.1 フィリピン 10.3 16.0 16.4 -5.1 マレーシア 9.6 12.0 10.0 5.4 香港 7.8 8.9 8.8 5.6 日本 10.4 13.0 -3.3 3.2 出所:Asia Bond Monitor Various issuesより筆者作成 のことは、銀行部門への過度の依存からの脱却という ABMI の大きな目標に向けて、確実な 変化が生じていることを意味している。2003 年から株式の比率が増加しているが、その原因 の一つは株価上昇である。 5 図5 タイの債券市場 債券発行の内訳を見るなら 自国通貨建国債 ば、2005 年においては社債の (コマーシャル・ペーパー) 80 10億ドル 70 60 50 40 30 の発行額の増加が顕著である。 20 これは発行者がロールオーバ 10 ーにより長期資金に転換して いるためと考えられるが、マ 外貨建債 90 3 倍となっている。また短期 金調達のため無担保約束手形 自国通貨建債券合計 100 発行額は、株式の発行額の約 債務証券、言い換えれば、資 自国通貨建社債 0 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 出所:アジア・ボンド・ウェブサイトより筆者作成 ーケットの状況次第では満期のミスマッチ問題を生じる可能性があり、注視する必要があると 考えられる。 次に資金調達主体の産業別シェアを、調達タイプ別に見ていきたい(表 4)。タイでは銀行 からの借入が依然として大きな割合を占めている。産業別内訳から見ると、製造業のシェアは 低下しているが、個人消費者向けのシェアは増加してきている。他方、社債発行の産業別内訳 を見ると、製造業に著しい増 大が観察される。このことは、 製造業を中心に銀行借入から 社債へのシフトが生じている ことを示している 6 。社債発 図6 タイの金融セクター 年末残高 対GDP比率 (%) 銀行借入 株式 債券 300 250 200 150 行者の内訳を見ると、あらゆ る産業で社債が発行されてい ることがわかる(表 5)。社 債発行形態の分類で見ると、 普通債が一番多い(表 6)。 100 50 0 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 出所:アジア・ボンド・ウェブサイトより筆者作成 しかし、2005 年のデータからわかるように、社債発行形態も多様化し、ABMIの旧WG1 の課 題となっていた資産担保券(ABS)の割合も増大している。以上より、社債の発行者の奥行き が広がり、また発行形態も多様化しつつあることが観察されるのである。 6 だだし、この社債のデータと銀行借入のデータは直接には比較できない。なぜならば、社債の場 合は上場会社と非上場会社を区別しているからである。 6 表3 証券発行の分類 百万バーツ 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 136,424 278,628 76,585 87,438 66,133 133,047 99,946 87,449 国内 136,424 274,457 76,585 87,438 66,133 133,047 99,946 87,449 海外 0 4,171 0 0 0 0 0 0 37,774 317,286 154,695 106,680 101,074 197,441 144,798 240,936 タイ企業 37,774 317,286 154,695 106,680 101,074 197,441 144,692 231,008 国内 37,774 290,762 151,507 106,680 98,992 197,441 128,416 174,674 56,335 株式 社債 26,523 3,188 0 2,082 0 16,276 0 0 0 0 0 0 106 9, 928 短期債務証券 n.a. n.a. n.a. n.a. n.a. n.a. 162,907 744,671 国内 n.a. n.a. n.a. n.a. n.a. n.a. 162,907 744,671 海外 n.a. n.a. n.a. n.a. n.a. n.a. 0 0 海外 外国企業 出所: タイSECのデータより筆者作成 表4 銀行借入 産業別 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 合計の% 2005 2004 製造業 30.90 30.66 30.06 28.68 26.75 26.11 25.48 27.31 26.48 個人消費者 10.77 11.36 11.05 11.11 11.48 12.26 15.43 15.98 18.36 商業 23.62 23.56 22.19 20.11 18.31 19.12 17.75 17.39 16.61 金融業 8.04 5.03 7.64 14.50 19.93 18.59 15.61 12.87 12.52 サービス業 7.56 7.99 7.51 6.80 6.63 6.59 6.56 7.99 8.16 不動産業 8.09 9.66 10.02 7.37 5.64 5.41 6.98 7.42 7.53 建設業 4.51 4.71 4.35 3.54 3.24 3.10 2.89 3.04 2.98 農業 2.67 2.80 2.63 2.62 2.44 2.33 2.15 2.14 2.02 その他 3.85 合計(百万バーツ) 4.24 6,059,956 5,238,684 4.55 5,132,805 5.27 4,606,297 5.57 4,309,360 6.48 4,613,564 7.15 4,746,809 5.86 5,142,092 5.33 5,551,422 出所: タイ中央銀行のデータより筆者作成 表5 社債・産業別 会社の数 発行金額(百万バーツ) 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2000 2001 2002 2003 2004 2005 7 4 3 5 5 7 16,896 24,000 6,237 35,100 39,976 84,442 非上場会社 10 7 8 25 19 31 26,775 21,472 19,998 58,438 23,982 49,859 金融業 11 4 6 8 6 7 38,166 19,243 23,470 57,799 18,399 37,525 商売業 2 1 1 1 0 1 3,288 3,615 1,000 2,000 0 1,000 サービス業 5 4 6 4 5 4 12,600 28,689 39,187 16,094 20,820 16,019 不動産業 8 4 2 4 8 6 6,022 2,660 1,107 6,100 15,400 13,826 建設業 3 1 3 5 2 2 43,700 1 9,990 21,910 20,115 24,036 農業 2 1 1 0 1 2 7,249 7,000 84 0 6,000 4,300 外国企業 0 0 0 0 1 3 0 0 0 0 106 9,928 総合 39 21 26 46 42 55 154,695 79,065 101,074 160,341 104,822 240,936 製造業 出所: タイ証券取引所委任のデータより筆者作成 7 表6 社債発行形態の分類 % 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 タイ企業 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 99.9 95.9 債券 81.7 92.8 95.1 99.3 91.4 99.8 96.3 87.1 普通債 n.a. n.a. n.a. n.a. 55.5 53.7 73.8 62.0 担保付債 n.a. n.a. n.a. n.a. 35.8 32.0 15.3 17.4 n.a. n.a. n.a. n.a. 0.1 14.1 7.2 7.6 18.3 2.4 4.9 0.7 2.9 0.1 0.7 1.7 担保付債 n.a. n.a. n.a. n.a. 0.0 0.0 0.0 0.2 劣後債 n.a. n.a. n.a. n.a. 0.0 0.0 0.2 0.0 その他 n.a. n.a. n.a. n.a. 2.9 0.1 0.5 1.5 債務担保証券 0.0 4.7 0.0 0.0 5.7 0.1 2.9 6.8 仕組債 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.3 外国企業 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.1 4.1 外債 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 2.9 仕組債 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.1 1.2 劣後債 転換債 出所: タイSECのデータより筆者作成 b ) 投資家のプロフィール 社債を購入する投資家側から見ると、おもな社債保有者はタイ国内の機関投資家である(表 7)。なぜならば、タイの個人投資家が社債を購入するには最低でも 10 万バーツを必要とする 表7 社債・投資家別 が、機関投資家を % 経由(要するに投 資信託を購入)す れば 2,000 バーツ から購入できるか らである。また、 外国の機関投資家 1999 タイ 機関投資家 2000 2001 2002 2003 2004 98.5 96.6 97.8 97.6 97.4 87.2 77.5 n.a. n.a. n.a. 76.0 76.9 45.1 53.8 n.a. n.a. n.a. 21.6 20.5 42.3 23.7 1.5 3.4 2.2 2.4 2.6 12.8 22.5 機関投資家 n.a. n.a. n.a. 2.1 2.4 12.4 22.4 個人投資家 n.a. n.a. n.a. 0.3 0.2 0.4 0.1 個人投資家 外国 出所: タイSECのデータより筆者作成 によるタイの社債購入 も増大して 図7 タイの債務証券への投資家の国別割合 いる。その理由として、外国機関 その他, 1.74 投資家の国際分散投資の拡大や、 タイの相対的に高い収益率を挙げ 米, 6.52 日本, 19.96 シンガポール, 7.38 ることができる。さらに、アジア 諸国の投資家、特に投資信託の残 ベルギー, 13.24 高が急速に拡大している 7 。 オーストラリア, 19.88 タイの社債保有全体に占める外 国人投資家の比率は、2005 年では 香港, 14.21 イギリス, 17.07 7 清水(2007) 2005 出所: タイ中央銀行2005年12月の調査より筆者作成 8 22.36%となっている。タイ中央銀行の調査によれば、債務証券(国債と社債の両方)を保有 している外国投資家は、国別で見ると日本がトップとなっており、同じアジアの国である香港 やシンガポールと合わせると外国人投資家は全体の約 40%を占めている(図 7)。 c) 個別事例 ここでは ABMI との関連(旧 WG2 と旧 WG4)からの具体的事例を紹介しよう。2004 年、 日系企業(Tri Petch Isuzu Sales)が、タイの Isuzu ブランドのピックアップ・トラックの製造 と国内販売のために、バーツ建て債券を発行した。その際、国際協力銀行(JBIC)が副保証 機関(Sub-guarantor)になった。2005 年には、アジア開発銀行(ADB)もバーツ建ての債券 発行を行った。また 2006 年には、アジア開発銀行がアジア通貨建てノート・プログラム (Asian Currency Note Program)を実施した。このプログラムは、アジアの現地通貨債券とリ ンクしている。アジア現地通貨建て債券発行はアジア域内債券市場で発行されるものの、発行 目論見書がイギリスの法律で定める文書で統一されているので、取引コストが節約できる。し かも潜在的発行者がアジア域内債券市場の制約を越えて、発行規模、発行時期、発行通貨を選 択できる。このプログラムの下でアジア開発銀行がバーツ建て債券を発行した。シンガポール、 香港、マレーシアでもアジア開発銀行が当該国通貨建ての債券を発行した。これは、ABMI の 旧 WG4 との関連と考えられる。 最後にタイの事例としてタイ国際航空株式会社の長期債務の構造変化を指摘しよう。タイ国 際航空株式会社は 図8 タイ国際航空株式会社ー長期債務 短 期債務をあまり 負っていないので、 満期のミスマッチ 問題はない。だが 長期債務を見れば、 70000 50000 は、タイ国際航空 30000 株式会社の長期債 20000 図 8 からわかるよ ユーロ* 80000 問題がある。図 8 示している。この バーツ 90000 60000 及びその債務額を 円 100000 通貨ミスマッチの 務の通貨建て構成 ドル 百万バーツ 40000 10000 0 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 出所:タイ国際航空の年次報告書(各年版)より筆者作成 * 2001年以前はフランス・フラン、ドイツ・マルクの合計 うに、タイ国際航空株式会社の長期債務の構造は、従来、ドル建ての割合が多かったことがわ かる。アジア通貨危機後(1999 年から 2000 年まで)もドル建ての債務が増加し続けていた。 ところが 2001 年以降、タイ国際航空株式会社のドル建ての長期債務は急激に減少している。 9 一方、バーツ建ての長期債務が増えてきた。特に 2003 年から顕著であるが、これは、2003 年 10 月からタイ国際空港会社がバーツ建て債券を継続的に発行してきたためと考えられる。 結びに代えて 本稿はアジア通貨危機後のタイの債券市場について考察を行ってきた。社債市場の拡大にあ らわれているように、タイ債券市場は着実に発展している。しかも、タイの債券市場の顕著な 変化は、2003 年からタイ政府がアジア債券市場育成イニシアティブ(ABMI)を積極的に受け 容れた後に生じているのである。銀行セクターへの依存度は確実に低下し、債券の発行者も多 様化してきた結果、かつて通貨危機を深刻化させた国内金融システムの構造問題は解消に向か いつつある。またバーツ建て長期社債の発行が確実に増大してきたために、通貨ミスマッチお よび満期ミスマッチというダブル・ミスマッチ問題も解消に向かいつつある。また資金提供者 の側から見ても、BIBF 経由のドル建ての資金流入に代替する形で、自国通貨(バーツ)建て 債券への外国人投資家による投資が順調に拡大している。このように冒頭で指摘した国内金融 システムの構造問題とダブル・ミスマッチ問題の両方が、解消に向かいつつあることがわかっ た。とはいえ、アジア規模での資金の効率的な調達と運用というアジア債券市場育成イニシア ティブ(ABMI)の本来の目的のためには、信用保証や格付機関などのインフラーの一層の整 備や債券市場における発行者・発行形態・保有者の一層の多様化など、今後の課題も多い。こ の点に関しては、別の機会にて検討したい。 参考文献 井上伊知郎(1994)『欧州の国際通貨とアジアの国際通貨』日本経済評論社。 井上伊知郎(2003)「アジア諸国の円建て債務と円の国際化―邦銀のドル建て国際金融の問題 点―」、田中素香・藤田誠一編著『ユーロと国際通貨システム』蒼天社。 井上伊知郎(2003)「アジア金融・通貨危機以降の債務通貨の変更について―タイの事例を中 心に―」、田中素香・藤田誠一編著『ユーロと国際通貨システム』蒼天社。 伊東和久(2003)「アジア通貨危機後の東アジアの国際金融協力」『国際貿易と投資』54 号、 72-86 頁。 岩田健治(2007)「第 12 章 グローバリゼーションと為替相場制度」、向壽一・上川孝夫・藤 田誠一編著『現代国際金融論 第 3 版』有斐閣。 小川英治(1998)『国際通貨システムの安定性』東洋経済新報社 清水聡(2007)「アジア債券市場における域内クロスボーダー取引の促進」『国際金融』1178 号、32-39 頁 竹内淳(2005)「アジアの債券市場育成とアジアボンドファンド」『日本銀行調査月報』10 月号、 1-12 頁。 10 田 坂 康 浩 ( 2003 ) 「 ア ジ ア 債 券 市 場 の 育 成 と 金 融 庁 」 『 ア ク セ ス FSA 』 26 号 、 www.fsa.go.jp/access/17/200501d.html。 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