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実存論的視点からの「麿の山」の分析 ー 実存的空虚の解決へ向けて ー

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実存論的視点からの「麿の山」の分析 ー 実存的空虚の解決へ向けて ー
実存論的視点からの「魔の山」の分析
一実存的空虚の解決へ向けて一
学校教育研究科学校教育専攻教育臨床コース
MO1066A
井上 一三
目 次
はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・…
第1章
1
「臨床」「実存」「実存的空虚」「実存主義」「主体性」の定義と研究
方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・…
3
第1節 臨床,実存,実存的空虚,実存主義,主体性・・・・・…
3
第2節 対象選択の理由と研究方法・・・・・・・・・・・・・…
6
第2章 登場人物の分析・・…
・8
第1節セテムブリ一二・…
・8
第2節 ナフタ・・・・・…
12
19
26
第3節 ペーペルコルン・…
第4節 ハンス・カストルプ・・
第3章
登場人物の存在様態の臨床的意味一 実存的空虚の解決へ
向けて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・…
40
第1節
合理主義と実存一二テムブリー二・・・・・・・… 40
第2節
啓示信仰と実存一ナフタ(1)・・・・・・・・… 45
第3節
全体主義と実存一ナフタ(2)・・・・・・・・… 47
第4節
Persδnlichkeitと実存一ペーペルコルン・・・・…
第5節
超越者と実存一ハンス・カストルプ(1)・・・… 56
52
第6節 主体性および交わりと実存一ハンス・カストルプ(2)・65
第7節 死と実存一ハンス・カストルプ(3)・・・・・… 71
第8節 要約,実存的空虚の解決へ向けて有効となるもの・・・…
76
第4章 実存的空虚の解決に対する文学からの示唆・・・・・・・・…
おわりに
今後の課題・・・・・・・・・・・・・…
●●●81
註(引用文献)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・…
参考文献・・・・・・・・・・・・・・…
護射辞・・・・・・・…
77
85
’●・●●.’●●●●94
。・・。・。・・・…
。…
。…
97
※脚注(i,h,血などの小文字のローマ数字で表記)の説明は各ページの最
後に記述。
※本文中の註は1,2,3,などの算用数字で表記。註の出典(引用文献)は文末に
記述。
※漢宇二と仮名遣いについて。引用文献が正字正仮名(歴史的仮名遣い)で書
かれているものは,新字新仮名(現代仮名遣い)に改めて表記した。
実存論的視点からの「魔の山」の分析
一実存的空虚の解決へ向けて一
専攻
学校教育専攻
コース 教育臨床コース
学籍番号
氏名
MO1066A
井上 一三
はじめに:
「魔のμ」」はドイツの作家トーマス・マン(Mann,T.)(1875−1955)の代表作の一つである。
若い主人公ハンス・カストルプ(物語の始まりの時点では23歳)の生き方や精神の心裡
を描いた作品であるから,教養小説(Bildungsroman)ということができる。人間的成長
は何らかの教育によってもたらされるものであるが,ハンス・カストルプの場合は登場人
物の一人であるナフタがいうところの「魔術的教育」1(別の個所では「錬金術的教育」2と
も表現されている)によって成長していく、,ただし,「魔の山」におけるハンス・カストル
プの「成長」は通常の意味での成長ではなく「変容」とでも称すべき内容のものである.,それ
は,この小説の舞台となる『魔の山』が密閉された場所であり,通常の市民社会的な意味
での時間が止まった場所だからである。時間の止まったところには,日常的な意味での成
長や発展は無い。密閉された空間と無時間の中で彼は教育される、,錬金術的教育といわれ
る所以の一つもそこにある。錬金術は限られた容器(場所)の中で多種類の金属を混ぜ合
わせることによって卑金属を黄金に変えようとするものなのだから、この教育の中でハン
ス・カストルプは哲学的な才能を花開かせていく,,さまざまな人物,思想や感性を持った
人物たちに取り巻かれて存在や生や時間についての思索を深めていきながら,,錬金術的教
育は,当時のヨーロッパの思想同士の対話に立ち会わせるといった面も持っていて,若い
主人公にいろいろな方向から精神的刺激を与えていぐ,すなわち「魔の山」は,ユニークな,
ひとつの教育物語とも言える作品である、、
ハンス・カストルプは受動的で決断をしない性格であり,精神上の印象に対して感受性
が豊かである。これは現代のわが国の青年の中にもしばしば見受けられる人間像である。
このような人間像は青年にのみ見られるというのではなく,従前に比べて中年期など他の
年代の者にも多く見うけられるようになった。作品の背景となっている時代は,18世紀以
1
降に成立したひとつの時代,言わば旧来型の市民時代が終わりを告げ,それとは異なる新
しい時代がはじまりっつある過渡期の時代である。旧来の社会規範などが激しく揺れ動い
ている昨今であることを思えば,この「過渡的な時代」ということは現代と共通している時
代背景であると言える。登場人物たちの価値観や存在様態は多様であり,このことも現代
人の価値観や生き方・在り方の多様化と相通じる点である、.以上述べた点から考えて,現代
人の生き方・在り方に関する研究を行う場合の素材とするのに適した作品であると考える,,
この作品を素材として以下に述べることを目的とした研究を行う.,,
目的:登場人物たちの言動などに表れた彼らの在り方・思想などを実存の視点(実存
論的視点)から分析した後,その分析結果を応用して実存的空虚を解決するための臨
床的知見を求めること(臨床的に有効な在り方・思想などについての知見を得ること)。
なお,本論文における「実存」「臨床」「実存的空虚」ということばの意味内容(定義)は第
1章第1節で述べる,,ここで述べておきたいのは,後述するように現代青年の中には実存
的空虚の状態にある者が少なからずいるということである1=,
因みに本論文は心理学による研究をその内容とするもの(=心理学の論文)であるが,本
論文における心理学とは,ビンススワンガー(BiIlswanger,L.)(1947)の次の言葉にあるのと
げニュじヨロタ
同じ心理学を意味している。「人間の学一われわれはこれをいま,広義における心理学
もしくは婁/密命1天ト簡摩となづけよう」3。ビシスワンガーは精神医学者で,臨床の学お
よび技法である現存在分析(Daseinsanalyse)の倉1」始者として知られている。
次に,このような研究を行う意義について述べたい.,
諸富(Morotomi,Y)(2002)は「カウンセリングに来る若い世代に,時代の気分がストレー
トに表れている」と述べ,数年前から,一見,元気で優秀,まじめで明るい“普通”の子ど
もや若者たちの内面に広がる漠然とした虚無感を気にしている4。また,「ある中1女子は
『何をやってもつまらない。本当にほしいものもないし,生きていても仕方ない』と打ち
明けた。また『生まれてきた意味が分からない,,でも,血が流れているのを見ると,生き
ているのを実感できる』と,リストカットを繰り返す子も珍しくない,といった事実があ
る(神戸新聞,2002)」5。香山(Kayama,R.)(2002)は「『僕って何』『私はなぜ生まれたの』
と問うてくる今の若者」6と述べる。以上に述べたことは,現代日本において生きる意味が
わからないと訴える青年が少なからずいるということを意味している。こうした訴えには
自己にかかわる空虚感とでも言うべきある種のむなしさの実感が伴っている。また,中島
(Nakajima,Y)(2002)は自らが哲学者でありながら,テロリストを撲滅し,構造改革を断行
2
し,引きこもりから抜け出しても,「『どうせ死ぬんだ!』と叫びたくなってきた」瞬間的
に自分をごまかしても,『どうせ死んでしまう』という声がどこからともなく聞こえてくる」
と言う7、,こうした現代の精神状況はニヒリズムの蔓延とでも言うべきものである、,竹内
(Takeuchi,S.)(2002)は「今のニヒリズムは簡単には越えられない。一種の人類的な欝であり
21世紀は,ニヒリズムとつきあうしかない時代」8と指摘している,.こうしたニヒリズムは,
自分が生きている(或いは生きていく)ことについての価値喪失感と直結しているもので
あって,自己の生の意味が見出せないということを意味している、.このニヒリズムにも自
己にかかわる空虚感・ある種のむなしさの実感が随伴している、,
以上に述べた事実は,フランクル(Frankl,VE.)(1967)が言うところの実存的空虚(das
existentielle Vakuum)9が若い世代ひいては時代全体の問題となったことを表している.,
こうした問題に対処する際の一助となる可能性があることが,本研究の有する意義である,,
さらに,実存神経症すなわちフランクル(1956)が言うところの精神因神経症(noogene
Neurosen)10への対処にとっても何らかのヒントとなることができれば意義はいっそう深
まるであろう。
第1章 「臨床」「実存」「実存的空虚」「実存主義」「主体性」の定義と研究方法
第1節 臨床,実存,実存的空虚,実存主義,主体性
最初に,本論文における「臨床」「実存」「実存的空虚」「実存主義」「主体性」という4つの
語の定義(意味の明確化)を行う、
まず臨床について。辞書的な意味では「実際の治療・診察にあたること」(新版国語辞典,
講談社,1984),「実際に個個の病人について,病状の観察・治療をすること」(新明解国
語辞典第3版,三省堂,1981)などがあり,その他の辞書でもほぼ同様の説明がなされて
いる.要するに病人を実際に観察し治療することであって,これが医学的になされれば臨
床医学となり心理学的になされるならば臨床心理学となる,,この場合の病人とは身体的あ
るいは精神的に健康でない状態の人を指すが,換言すれば心身が本来の状態あるいは望ま
しい状態にない人といって良いだろう1,ここで個人の在り方・生き方に注目すれば,人が
本来的自己や望ましい存在様態から逸脱している状態は,実存(本節において後述する)
の病として捉えることができる。そうした個人の状態を観察・分析して,彼の実存を本来
的なもの或いは望ましいものへと戻したり向けなおしたりする(治療する)ことも臨床の
∼分野であると言える。本論文における臨床とはそういった意味での臨床,ことに治療の
3
部分に焦点を当てた臨床である。こうした臨床は,実存的空虚(この後,本節でその意味
内容を述べる)への対処のために有効なものとなると考える.理由は,本節において後述す
るように実存的空虚が実存に関わる問題だからである、.こういつた意味での臨床は國分
(Kokubu.Y)(1980)が実存主義的アプローチ11と名づけたカウンセリングと近いところに
位置している。
次に実存について。この言葉はさまざまな思想家によって,多様な意味を付与されてき
た、、言わば多義語の一つである。,本論文では,自らの存在様態が本来的な状態あるいは望
ましい状態にある自己,自らが「自分の生を生きている」ということを実感できるべく現実
的,個別的,主体的に存在している自由な自己,という意味を採る、、こうした実存が本論
文における臨床におけるテーマとなる。したがって,本論文で採り上げる臨床を実存臨床
と称することもできるであろう,、
次に実存的空虚について、、「実存的空虚」という語はフランクルが用いたものであって,
自分の「人生に意味を見出せない」12状態すなわち,自分が生きていることの意味がわか
らないという状態を意味している、,実存的空虚と言う場合,この状態は「自分の生(自己自
身の生)を生きている」という実感の喪失(自己にかかわる空虚感・麦)る種のむなしさ)を伴
っている、、すなわち,ある哲学者が「この探求こそ自分の生そのものだ」と実感しながら
人生の意味を求めて生き生きと思索している場合や,ある沙門が「これこそが自らの生だ」
と実感しっっ人生の究極の意味を求めて修行しているような場合は,たとえ未だ人生の意
味が見出せていないとしても彼らを実存的空虚の状態にあるとは言わない.,,本論文でもフ
ランクルの用いた意味でこの言葉を使っている。「『自分の生(自己自身の生)を生きている』
という実感の喪失」という面と前述した実存の意味とを照らし合わせると,実存的空虚と
は実存が本来的な在り方にない状態,すなわち実存が自らの本来的な在り方から頽落して
いる状態であると言い得ることがわかるピ換言すれば,実存的空虚とは自己の生に実現す
べき価値や意味が見出せないために存在論的・実存的な空虚感に捕らわれている状態と言
える,,それは,まさに実存の病,本来的な実存の頽落態と言えるであろケ:,現代青年の中
に,このような状態に陥る者が少なからずいることはすでに述べた通りである。実存的空虚
が起こる原因としてフランクル(1967)は「実存的空虚は,人間が二つのものを欠いた場合
に生ずるものと思われる。即ち,ひとつは,人間の動物的生命を取り囲む本能的安全性が失
われた場合であり,もうひとつは,かつて人の生活を支配していた伝統が現在では失われ
てしまっているという場合である,.」13と述べているが,本論文ではこの原因論までを踏襲
4
することはしない。フランクルを踏襲するのはあくまでも実存的空虚という言葉が表す意
味内容のみである。
次に実存主義について。実存について真摯な思索を行った人々の中にサルトル
(Sar廿e,J.P)が名づけたところの所謂「実存主義」の思想家たち14がいる。「所謂」という
のは,彼らの中にハイデガー(Heidegge若M),ヤスパース(Jaspers,K),マルセル
(Marcel,G.)など自分の思想・哲学をサルトルらから実存主義と呼ばれることをあくまで拒
んだ人たちがいたからである,、因みに自らの思想・哲学の名称として,ハイデガー(1935)
は基礎的存在論15を,ヤスパース(1938;1950)は実存哲学16ないし理性の哲学17を選んだ、,
また,フールキエ(Foulqui6,P,)(1961)}ま,マルセルが「もし自分が《イズム》という符牒
に甘んじなければならないとすれば,自分が選ぶのは《新ソクラテス主義》あるいは《キ
リスト教的ソクラテス主義》だ」と述べたということを紹介している18。それでもそれら
の人たちは今ではサルトルの例に倣って実存主義の哲学者と一般に呼ばれている,それは
彼らの思想・哲学において,本論文で扱うような意味の実存について深い考察がなされて
いるからである。本論文もサルトルの用例に倣う。実存主義はその性格から実存の分析及
び臨床を行うのにふさわしい思想である。
最後に主体性について。本論文では「主体性」「主体的真理」「主体的な判断」など「主
体(的)○○」という語が頻出する、それらの語の中で中心的なものとなる「主体性」と
いう語について,本論文ではどのような意味を表す言葉として使っているか述べておきた
い。主体性をあらわすドイツ語はSubjektivitatであるが, Sublektivitatには主観性とい
う意味もある。思想家たちは明らかにSubjektivitatを主体性・主観性の両様の意味をもつ
多義語として用いている。それでは主体性と主観性とはどう違うのか,,また,特に実存主
義では,主体性という言葉はどのような意味をもつ言葉であるのか.それらについて信太
(Sinoda,S.)(1964)は「主観とか主観性というと,客観や客観性に相対するに認識論的な概
念となる。(中略)客観内容に対して主観は認識の形式を担うものとされ,理論的な静的な
観察者にとどまっている。(中略)すなわち,主観性は,具体的人間の全機能や行為から抽
象された意識性を意味している。そのことは,人間が自分自身を対象として意識してゆく
場合にも同じであり,主観性は自己内に深まるか,後退してゆく抽象的な意識性に化する
ほかない。ところが,主体性は,行為的な自主性を意味する,,(中略)実存主義では,(中
略)自己自身の生き方の一切について,つねに主体性を尊重する。実存主義は,たんに客
観的認識をめざすものでなく,実存として自己の真実をいかに生きぬくかということを課
題にしているから,たえず倫理的に宗教的に実践的であることを特色としている、:,(中略)
事のなりゆきに自己を忘れて追随したり,他の強制で有無なく走り廻わったりすることは,
(中略)自己の真実を決断的に生きぬく自主性を欠くゆえに,主体性があるとはいえない。
実存主義の主体性は,外見の動きとしてより以上に,内発の自律性に重点が置かれる、,(中
略)キルケゴールが『主体性が真理である』というのは,この内面的な自主性なくしては
いかなる真実も実らず,いかなる事物の生命も深く捉えられないからである,」19と述べて
いるが,これは妥当な説明ど言える、、本論文では主体性という語を信太が述べた意味をも
つものとして使う。
第2節 対象選択の理由と研究方法
「はじめに」で,「魔の山」を本論文の研究素材として採り上げる理由を述べた,、本節で
は「魔の山」を採り上げた理由を追加説明した後で,研究方法(研究の進め方と研究手段)
について述べる,,
「魔の山」について関(Seki,T.)(1962)は「『1200ページにわたってくりひろげられる観
念構図の夢幻的結合』とマンはいい,ジードは『ほかに比較するもののない作品』と評し
たこの『魔の山』は,まさに世紀の大ロマーンの一つであって,ゲーテの『ファウスト』
と『ヴィルヘルム・マイスター』,ショーペンハウエルの『意志と表象としての世界』,ニ
ーチェの『ツァラトストラ』とともに,ドイツが世界に贈った『人生の書』であるという
ことができよう」20と述べている1:,また,松岡(Matsuoka,S.)(2001)1ま1970年頃の状況を
回顧して「ハンス・カストルプはラスコリニコフやジュリアン・ソレルやドリアン・グレ
イとともに,あるいはオリバー・ツイストやヨーゼフ・Kやトニオ・クレーゲルとともに
語られていた、,(中略)文学の主人公が人生の代名詞であったからだった、、(中略)文学者
の生き方は主人公に投影され,その主人公を通して人間や社会や恋愛を考える者’が数多く
いた。ハンス・カストルプはそうした者にとって,どうしても欠かせないか,もしくは引
き合いに出したい『ある生き方』を象徴していた。」2ユと述べる.円子(Maruko,S.)(1971)
は「魔の山」を「生きることの模索の書」22と呼ぶ,.
すなわち,この小説は,その登場人物たちの思想・行動・発言・感覚・感情・直観など
から「人間存在の在り方」「人生の意味」「存在意識の在り方」「人が生きることの意義」な
どについて深く考えさせる作品になっている。主要な登場人物たちは,それぞれが個性的
でリアリティーを実現した存在として形象化されている。このリアリティーの実現は作者
6
マンの筆力と人間観察・洞察のカによるものである.因みに,マンは54歳の時にノーベ
ル文学賞を受賞している。「魔の山」は37歳から書き始め,49歳の時に出版している1=,ノ
ーベル賞作家が人生経験を積み,人生および世界についての思索を深め,円熟した目で人
間の営みを見ることができるようになった年代に執筆した作品ということができる.、,
以上に述べたような「魔の山」の性格,その内容の特徴等からも,この作品を実存にかか
わる研究の素材として採り上げるのにふさわしいものであると判断した。
次に研究方法について。研究の進め方は次のとおりである,、
①「魔の山」の主要登場人物であるセテムブリー二,ナフタ,ペーペルコルン,ハンス・
カストルプの思想および彼らの言動に表れる生き方・在り方(存在様態)について実存
の観点から分析する(第2章)1..
②登場人物についての分析結果を考察し応用することによって,実存的空虚の解決のた
めの臨床的知見を求める(第3章)。
③研究の補完・付属として文学作品が実存的空虚の解決にとって有する意味について論
述する(第4章Σ,
以上である,,実存的空虚は実存の本来的な在り方からの頽落態である,ということから
して「実存」が研究の中心に位置することになる。
次に,研究手段(ツール)についで:,本論文では実存主義の思想を多くツールとして研
究を行う、,すなわち,実存の分析・臨床の手段として実存主義の思想を多く用いるという
ことである.,,その際ヤスパースの実存哲学をツールとして用いることが殊に多くなろう、,
(前述したようにヤスパース自身,自らの哲学を実存哲学と称していた、,)彼の哲学は諸々
の実存主義思想の中でも,人簡が存在すること・生きることの意味の追求や存在意識の変
革(実存的空虚解決の契機となる)を目指すものだからである,,例えば彼の主著である「哲
学」(1956)の序説では「私が今,存在とは何か?一何ゆえにあるものが存在して,何も
のも存在しないのではないのか?一私は何者であるか?一私は何を本来的に欲してい
るのか?一というように問う場合,私はこのような問いを持って決して発端に立ってい
ヘ
へ
るのではない。私は一つの状況の中から,即ち私が過去から現われつつその中に自己を見い
だす状況の中から,これらの問いを発しているのである。私自身の意識へと目醒めつつ,私
は私自身を一つの世界の中に見いだし,この世界の中で私自身を位置づける。私は諸事実を
掴んだり,手放したりしてきた。一切は疑うべくもなく自明であり且つ現在していた、.しか
し,いまや私は,本来的に存在するものはいったい何であるか,ということを疑いながら
7
問う.何故なら一切は唯々無常なものであるからである.,私はかつて始めにいたのでもなけ
れば,また現在終りにいるのでもない、,まさに始めと終りの問の中にあって私は始めと終り
を問うのである,.これらの問いに対して私は,私に拠り所をあたえてくれるような答えをも
ちたいと思う詞23と述べている。また同書の別のところでは「私の存在意識を変革すると
ころの思惟が,追求され且つ要請される」24と述べている。上記ほかのヤスパースの言葉か
ら,彼の思想が本研究においてツールとして殊に多く用いられることになろうと判断した,
いま少し以下に彼自身の言葉(1965)を紹介したい。「哲学は,少なくとも,あざむかれては
ならないことを教える,,哲学はいかなる事実,いかなる可能性をも,傍らへおしのけるこ
とを許さない。哲学は一見禍いと見えるものを平然と直視することを教える,、哲学は世界
の中の平穏をみだす。けれども,哲学はまた;禍いを不可避なものと見なすような無分別
を拒む,なぜなら,われわれにとって問題なのは,何が生じるかということであるからで
ある,,(中略)ありうべき全体的挫折に直面して,哲学は,没落のうちにあってなお,人間
の品位を守るであろう。真理にもとづいて運命をともにする人たちとの共同体において,
人間は,起こるかもしれない事態へ立ち向かっていぐ=、なぜなら,没落のうちには,無が
あるのではない,.究極的なものは,挫折においてもなお愛を失わない人間であり,事物の
根拠に対する不思議な信頼を保ちつづけている人間である」25,,
第2章 登場人物の分析
第1節セテムブリーニ
セテムブリー二は18世紀のヨーロッパに現れた市民主義者,啓蒙的人文主義者の流れ
を引く人物である。以下に彼のそういった面が表されている個所を「魔のL切からいくつ
か抜粋する.[以下の文章に於いて,『 』内は登場人物の言葉であり特にことわっていな
い場合はその節の主題となっている人物,たとえばこの節ならばセテムブリー二,の言葉
である。また,(上123)というのは岩波文庫「魔の山」(上下2分冊)1988年忌上巻の123
ページに記載されていることを示している。]「『辛辣は暗黒と醜悪のカにたいする理性の武
器,もっともかがやかしい武器です。辛辣は,あなた,批判の精神であり,批判は進歩と
啓蒙の根源です.』(上111)」「『わたしは進歩を信じます,もちろんです。』(上111)∬『私
たち人文主義者は,だれも教育者的な素質を持っています、.(中略)人文主義者から教育者
の任務をうばってはなりませんし一また,うばうことはできません1、なぜなら,人間の尊
厳性と美とは人文主義者にのみ伝承されているからです。』(上115)」「『私は理性を尊敬し
8
ます』(上,155)」「『理性と啓蒙とは,人類の魂を圧迫していた暗影を吹きはらいました、=,
一完全にとはまだいえません,理性と啓蒙は今日も暗影とたたかいつづけています,,そ
して,そのたたかいは仕事です,みなさん,地上における仕事,地上のための仕事,入類
の名誉と利害のための仕事です.理性と啓蒙の二つのカは,そのたたかいで日ごとにきた
えられて,やがて人間を完全に解放し,進歩と文明の道を日ごとにより明るい,おだやか
な,純粋な光明へと近づけてくれるでしょう。』(上174−175)」「イタリア人(セテムブ
リー二)は二人の聞き手の祖国であるドイツにたいして,封建制度の甲冑をがらくたに一
変させた火薬,そして,印刷術がその国で発明されたという理由から,ふかい尊敬を表明
しだ「印刷術は思想の民主的普及,いいかえると,民主的思想の普及を可能にしたからで
あった、,(中略)しかし,ほかの民族が迷信と奴隷状態に沈倫しているときに,まっさきに
啓蒙,教養,自由の旗をひるがえした彼の祖国イタリアに,栄冠が当然あたえられるべき
であるとした,(上259)」以上,セテムブリー二が啓蒙的人文主義者であることを示して
いる部分をいくつか紹介した,.理性や類としての人類の進歩への明るい信頼,地上(社会)
における仕事の尊重,民主的思想の擁護などが見て取れる。そして人文主義者であること
の自認。人文主義とは原文のドイツ語で記せばder Humallismusで,すなわちヒューマ
ニズムである。特に,ルネッサンス期のイタリアに起こった思想運動(古代ギリシア・ロ
ーマを模範とした,人間の本性としての人間性の発揚を主張した)を淵源とする人間中心
主義をさしている1,,このような18∼19世紀の市民時代に盛んだった考え方は「人類すな
わち類としての人間は,市民としての教養を身につけ,理性的に思考し,迷信を信じるこ
とをやめ,人間の本性を開花させ,日々の仕事に励むことによって進歩する,、そうした進
歩に貢献するところに個人の幸せや生きがいがある,.」というものである1=,この場合の「理
性的思考」というのは,中世を支配していたキリスト教の信仰に基づくものの見方・考え
方に対する概念で,「世界や事物を人間が自分の頭で考えること,とりわけ科学的に考える
こと」を意味している.そしてセテムブリー二ら啓蒙的人文主義者たちは,そうした思考
によって生み出された技術すなわち科学技術が地上の仕事をより生産的で能率的なものに
していくことの肯定的な面を強調する,,こうした「キリスト教に代表される,啓蒙的人文
主義者が言うところの宗教的迷信を脱して,各人が理性的な考えをして,現世の仕事に励
めば人類が進歩し幸福になる。この仕事は科学技術の発達によって,より効率的になされ
るようになる」という考え方は素朴で明るいものだが,現代ではナイーブに過ぎる考え方
と言わざるを得ない、,セテムブリー二型の啓蒙的人文主義者が重んじる理性(実際は悟性
9
と呼ぶのがふさわしい場合がほとんどである)や人類進歩の観念がもたらしたものの中で,
中心的な位置を占めるのが科学および科学技術,工業とブルジョア的民主主義の発達であ
る。それらが加速度的に発達した世紀が19∼20世紀であり,そうした時代に起こったの
が第1次大戦と第2次大戦であることを考えればセテムブリー二の考え方はナイーブ過ぎ
ると言わざるを得ないのである1:、科学技術と工業とブルジョア的民主主義が過度に,そし
て諸国間で歪(いびつ)に発達した結果,列強の帝国主義政策が進展し,その結果として
両大戦が起こった。ファシズムもコミュニズムも,古典的なブルジョア民主主義や科学技
術の進展による工業化や帝国主義の中から生まれてきた鬼子なのである。そうした歴史に
思いをはせる時,セテムブリー二のような人類の進歩への強い信頼を基調とする考え方は
奇麗事といった感を抱かせる.迷信を取り払うことによる人類の本性のうつくしい開花,
理性(悟性)による人類の進歩などというある種の幻影とでもいうべきものをバックボー
ンとするにした個人の生きがいの追及は,脆い基盤の上にたつもの,不確かなものとなら
ざるを得ない、,すなわち,現代のクライエントが問いかけてくる「私(という個人)が生
きる意味は何か」という問いや「生きる意味が見出せない」といった訴え,実存的空虚の状
態にあるクライエントの訴えに応えるには不充分であるということになろケ=,
次に,より実存論的な視点に焦点を当てて,セテムブリー二の思想・行動等に表れる存
在様態について考察したい。「実存は本質に先立っ」26とはサルトル(1946)の言葉である、,
セテムブリー二の思考では,この言葉とは逆に「本質は実存に先立っ」ということになる,
なぜならば,,彼はすべての人間(人間一般)の中にあると想定した理性を中核とする人間
性(=本質)に信頼を寄せて,その人間性を中世的な迷信から解放し,伸張することによ
って各個人が本来的な自己(実存)を実現させることができると考えているからである,,
この場合の理性は,前述したように悟性の意味合いが強い,.科学や科学技術などのように,
悟性の活用により発達したものの一つに官僚的機構がある,,この官僚的機構もヴェーバー
(Weber.M.)が詳細に分析したように悟性を使った合理化,合理主義精神がもたらしたもの
である。科学,科学技術,官僚制の発達は啓蒙主義の旗印であった理性(その内実は悟性)
の働きである合理化,合理主義の発展の結果だということである.それでは悟性とは実存
論的に考察した詰合,どのような位置を占めるものとして把握できるのだろうか、,また,
悟性的認識のみが過剰となった場合,実存にどのような影響を与えるのだろうか,,
悟性(Vierstand)は元々は理解力の意味であるが,カント(Kant.1.)以降ドイツ哲学にお
いては理性(Vernunft)と区別される,カント(1787)に従えば,悟性は「感性的直観の対象
!0
を思惟する能力である」27「規則を用いて現象を統一する能力である」28「感性の限界即ち
そのなかでのみ我々に対象が与えられるところの限界をふみ超えることはできない」29な
どとされる。それらカントの言葉から判断すると,悟性とは現象界の事象・事物についでの
科学的認識構成の能力を意味している。したがって,悟性は現象界を超えることができない
相対的・有限的なもの,現象界(経験界)にのみ関与する知性である,,ヤスパースが言う
ところの世界定位・を実現させるための能力であって,平たく言えば科学的知の立場におけ
る真理を追究するための能力である,,悟性によって把握される科学的知の立場での真理は
ヤスパース(1956)がいう意識一般30の立場において規定されるものであり,打ち消すこと
のできない(zwillgend)正確さを有する明確な知識として捉えられる。それは時間に制約さ
れない普遍妥当的な真理として,悟性を持った存在である人問すべてに同一の把握を可能
とするものである,,これは科学的真理がいっでも,どこでも,だれにでも妥当するような
真理であることを考えれば当然のことと言える、この意識一般の立場から個人を捉えると,
各個人は科学的に識別される何らかの特徴・能力などによって分類されて把握されること
になる1,現代社:会では何らかの能力を科学的な心理査定や知能テストなどによって個人が
評価される場面が多い(能力主義社会)1,このような社会は意識一般の立場によって個人を
評価していると言える。そこでは科学的に評価された能力が同じ者同士は互いに代替可能
な存在として把握される。そして,この能力の評定は企業,学校などの自己以外の組織体
等によって行われる。こうした人間把握が世界に浸透しすぎると,実存が圧迫される事態
が進行することになる。なぜそうなるのか。自由で独自な主体的存在としての個人は互換
性のきく部分で,その存在の意義が認められるようになる.例えば,ある会社で,ある一
人の社員しか操作できない最新式のコンピューターがあり,その社員は会社にとって現時
点ではかけがえのない存在になっているとしても同じ能力を持った新入社員が入社すれば
代替可能な存在になってしまう。こうした互換性を根底に持っている他者からの評価によ
って左右される能力主義的な生き方は,主体的・個別的に自らの生を生きるという実存的
生き方からは遠いものである。悟性を使った合理化の過程で生み出され,発展した官僚制
的機構の生活領域への浸透は,人間に実存的在り方を求めるのではなく,機構を維持する
ための各人に見合った能力を求める.機構そのものが要請するr機構を守らせようとする働
き」がそうさせるのである.アドルノ(Adorno,ThW)(1970)が言うところの自由に敵対す
・「世界定位」については第3章第1節の脚注viを参照。
11
る「他律の機構(Apparat der Heteronomie)」31の問題であり,ヤスパース(1960)が人間
の自発性,自由を妨げるものとして批判した「合理主義(Rationarismus)」32や「容器
(Geh撫se)」33の問題である。すなわち,「合理的容器」としての機構が,まさに閉じ込め
るものとしての「容器」であるがゆえに主体的,個別的な自由存在としての実存を封じ込め
るはたらきをするということである、,悟性に信頼をおいた啓蒙的人文主義の帰結としての
合理化がもたらした官僚制機構という「容器」の存在に思いをはせる時,セテムブリー二は
自らの主義について楽観的な見通しを持ちすぎていたと言わざるを得ない:,そして,同じ
く悟性が発達させた科学技術が一般の人間に要求するのも,その技術を使いこなす能力・
技術を進化させる能力であることを考えると,官僚制について述べたのと同様のことがセ
テムブリーニへの実存論的批判として言えるのである。
第2節 ナフタ
イエズス会士にして,現象界を虚無的に捉えるナフタ,,ブルジョア社会を嫌悪し,神の
国を求める彼。彼によれば,ブルジョア社会は世俗的な欲望を承認するがゆえに,堕落し
た社会であって人間を真の人間になし得ない,世俗的な価値や肉体的欲望を否定し,唯一
の実在である神への絶対的かっ敬虚な服従によってのみ人間は存在する意味を見出す、.市
民的・世俗的な欲望からなる生よりも高貴なのは,それらから離れて唯一の実在である神
へと向かおうとする精神である。個人が世俗的・肉体的欲望から自らのカで脱却するのは
難しいので,強制による世俗的な欲望からの離反が必要である,,そこで,政治はローマカ
トリックの聖職者エリートによる宗教的独裁によるのが望ましい状態と考えられ,その独
裁に従わない者や独裁を妨げるものに対してはチロルも肯定される1.,最終的に実現すべき
は神の名の下で聖職者(ナフタも聖職者である)によって支配された共産主義社会,神と
その意志の執行機関である聖職者に従う労働者階級の大衆からなる共産主義社会である.
このナフタの考えはいかにも粗暴で非知性的なもののようであるが,実はセテムブリー二
よりも実存の本質に迫っている部分が多い、.そのことについて述べる前に,ナフタの考え
が表れている個所を「魔の山」からいくつか紹介したい。「『プトレマイオスとスコラ派の考
えが正しいとすれば,世界は時間的,空間的に有限ということになります。そしたら神は
超越的存在であって,神と世界との対立は厳然として存在し,人間も二元的存在であって,
魂の問題は感覚的な面と超感覚的な面との闘争を意味し,すべての社会的な問題ははるか
に第二義的なものになります。』(下98)」「『個人の魂の宇宙的,占星術的な重要性から出
12
発する個人主義,人間性を自我と社会との相克として経験せずに,自我と神,肉と精神の
相克として経験する非社会的で宗教的な個人主義,一このようなほんとうの個人主義は
どれほど拘束の多い共同体とも調和します…・』(下107)」「『神の国の創始者であるグレ
ゴリウスー世の時代から,教会は人間を神の統率のもとへ復帰させることを任務と考えて
きました。法王の支配権要求は,支配権そのものが目的でなされたのではなく,法王が神
の代理人として行使した独裁権は,人類救済という目的のための手段と道とであって,世
俗的国家から神の国家へ到達するための過渡的形態だったのです:「(中略)神の国家を到来
させるためには,善と悪,来世と現世,精神と権力の二元論は,禁欲と支配とを結合させ
た原理によってしばらく止揚されなくてはなりません,,そして,これが私のいうチロルの
必然性です』(下104)」「『教会の長老たちは,「私のもの」「君のもの」という言葉を危険な
言葉と呼び,私有財産を略奪,窃盗と呼びました、,長老たちは,士地の私有を非難しまし
た、,(中略)長老たちは,堕罪の結果である食欲のみが所有権を擁護し,私有財産制を生ん
だのであると教えました.(中略)長老たちは働くことそのものをあまり尊重しない傾向を
もっていました1=,なぜなら,働くことは倫理的な問題であって,宗教的な問題ではなく,
生活のためのことであって,神のためのことではないからです,,そして,問題が単に生活
と経済をめぐる揚合には,生産的な活動を経済的利益の条件,貴賎の標準とすべきである
と,かれらは要求したのでした。かれらの目に尊敬すべき人間は農民手工業i者であって,
商人と機械工業家ではありませんでした。なぜなら,かれらは生産が需要に応じておこな
われることを要求し,大量生産をきらったからです、,そこで一このすべての経済原則と
基準とは何百年ものあいだうずもれていながら,近代のコミュニズムの運動となって復活
したのです。この両者の符合は,国際労働者階級が国際商人階級と投機者階級にたいして
かかげている支配要求の意味にいたるまで一致しているほどであって,今日の世界で市民
的資本主義の腐敗にたいして人道主義と神の国家とを唱導する世界無産階級がかかげてい
る要求の意味にいたるまで一致しています。労働者階級の独裁時代のこの政治的,経済
的救済の要求は,支配そのものが目的の永遠にわたる支配を意味するのではなく,十字架
のしるしによる精神と権力との対立の一時的止揚,地上支配という手段による地上克服,
過渡性と超越性,すなわち,神の国という意味をもっております。』(下105r−106)」「聡
明なユダヤ人の多くがそうであるように,ナフタは本質的に革命家でもあり貴族主義者で
もあった。社会主義者であると同時に一誇りの高い上品な,排他的な,伝統的な生活様
式の世界に加わりたい夢を追っていた。(中略)彼はローマ・カトリック教会を高貴である
13
と同時に精神的な権力,つまり,反回物的,非現実的,反世俗的,いいかえると,革命的
な権力と感じたのであった、,(下175−176)」「ナフタはイタリア人(=セテムブリー二)
が平和と幸福を唱導すると,それを健康と生に執着するのだといって人文主義者を非難し,
肉の愛くamor carnalis),官能の愛(commodorum corporis)だといってやっつけ,生と健
康にすこしでも価値をみとめることは,きわめて市民的な反宗教であるといって面罵した、,
(下184)」「ナフタは,博愛主義者セテムブリー二が血を恐れ生命を尊重する態度をあざ
けり,個人の生命尊重が極めて低俗な市民的安易主義の時代のものであって,『安易』をこ
える一つの理念,たとえば,なにか超個人的,超自我的な理念が登場するやいなや,個人
の生命などは,そういうすこしでも熱情的な事情のもとでは,その高い理念のためにいつ
もあっさりと犠牲にされるだけではなく,個人自身もすすんでためらうことなく生命を投
げ捨てようとするが,一そういうときこそ人間にふさわしい,したがって,高い意味で
人間の正常な状態でもある。自分の論敵の博愛主義は,とナフタはいった,生命からあら
ゆるどっしりとしたきびしいアクセントを取り去り,生命の去勢をめざしていて,その科
学的決定論も同じ去勢をめざしているのである、,(下203)」「彼(=ナフタ)はいった,(中
略)人間の本性には自由がある,,人間はかくあろうと欲したとおりの人間であり,亡びる
までかくあろうと欲してやまないとおりの人間である。(下203)」「彼(=ナフタ)の父
親は,キリスト教国の粗野な屠殺者よりもずっと繊細で聡明で,かれらが一人としてもっ
ていない星のような目をもっていたが,モーゼの立法に従って,意識のハッキリしている
動物にメスを刺しこみ,動物が倒れるまで血を流させるのであった.幼いライブ (=ナフ
タ)には,粗野なキリスト教徒の方法が不徹底な世俗的な善良さにもとづいていて,父親
の手口の厳粛な無慈悲さにくらべたら,神聖なものへの畏敬の念がうすいように感じられ,
(中略)レオ(;ナフタ)は,父親がそういう血なまぐさい職業をえらんだのは(中略)
残忍な趣味からではなくて,精神的な意味からえらんだのであり,繊細な体つきにもかか
わらず彼の星のような目にあらわれている精神からえらんだのであることをよく知ってい
た(下171)[筆者注:ナフタの父親はユダヤ教徒で,ユダヤ教律法集タルムードの規定
に従ってユダヤの神に犠牲の動物を屠殺してささげる仕事をしていた]。∬ほんとうは神と
悪魔とは一つであって,人生に対立しているだけである,、一神と悪魔は結び合って宗教
的原理をあらわし,人生,現世的市民性,倫理,理性,徳と対立しているだけである,,(下
206)」「ナフタは(中略)セテムブリー二二が神と人間との対立をみとめず,人間と言う
問題,内面的個人の争いを個人の利害と全体の利害の争いとのみ理解し,人生を目的自体
14
と考え,非英雄的にも実益のみをねらい,(中略)現世主義的な市民的な倫理性を擁護する
ことを攻撃し,一それに反して,彼ナフタは内面的人間の問題はむしろ感覚的なものと
超感覚的なものとの争いにあることをはっきりと認識していて,その意味で真実の,神秘
的な個人主義を代弁しており,ほんとうの意味で自由と主体の擁護者であると力説した、.
(下212)」
以上,ナフタの言葉と彼の思想を表している部分を引用した。彼はセテムブリー二に比
べて過激で∼般市民受けはしないだろうが,現世に,現世の人生にのみ存在・実存の基底
を求めることのむなしさや無意味さを覚知していた。素朴なフマニスムス,悟性重視の近
代的人間像への信頼に自らの思想の基礎を置くセテムブリー二は善意に満ちて明るい=し
かし,前節で記したようにそれはあまりに素朴で浅い人間把握だった。ナフタの場合はそ
うした単純な信頼から出発するのではなく,近代的なフマニスムス・単純な悟性信頼に対
する否定,人間存在に確固とした基礎を与えると考えられる神への信仰から出発する1,旧
約聖書のヨブ記に何ら罪を犯したことがないにもかかわらず神から災いを送られたヨブの
言葉として「われわれは神から幸をうけるのだから,災をも,うけるべきではないか.、(2
章10節)」34「わたしは知ります,.あなた(=主なる神)はすべての事をなすことができ,
またいかなるおぼしめしでも,あなたにできないことはないことを。『無知をもって神の計
りごとをおおうこの者はだれか』。(42章2−3節)」35とある。また,同じく旧約聖書のエ
レミや書に預言者エレミヤが弟子のバルクに語った言葉として「バルクよ,イスラエルの
神,主はあなたについてこう言われる,あなたはかって,『ああ,わたしはわざわいだ,主
がわたしの苦しみに悲しみをお加えになった。わたしは嘆き疲れて,安息が得られない』
と言った、,あなたはこう彼に言いなさい,主はこう言われる,見よ,わたしは自分で建て
たものをこわし,自分で植えたものを抜いている一それは,この全地である、,あなたは
自分のために大いなる事を求めるのか,これを求めてはならない,,(45章2−5節)」36と
ある。このエレミヤの言葉は彼が長い生涯をかけて精魂を傾けてきたことがらがすべて崩
れ落ちるのを見たとき,また,祖国とその国民が破滅し,彼に従う者として最後まで残っ
ていた人たちまでがイスラエルの神を裏切ってエジプトの女神イシスに供犠を行ったとき
に発せられたものである、こうした信仰,すなわち神が全てであり唯一の実在であって,
人間も含めて現世のものは一切のものが「神の大いなる栄光のために」あるという考え方
がナフタのものである。この神への信仰に人聞の実存の根を置こうとする態度はセテムブ
リー二よりも深いものがある.,,ナフタは実存という言葉こそ使っていないものの,人間も
15
含めた現世のもの一切が移ろい行くがゆえに,そこに確たる存在の根を持つことはできな
いと考えているからである。それに対してセテムブリー二は,存在の根拠・実存の根といっ
たことに思い至っていない。ただしナフタの考えが実存にとって本当はどのような意味を
もつものであるかということは別問題であるが。ナフタの場合,唯一なる神を信仰しその神
に従うことが正しい,神もそれを望んでいるという考え方から神の命じることには絶対服
従するという態度が要求される。ナフタは前述したように「人間の本性には自由がある」と
言うが,それは人間の行動についての科学的決定論に反対しての意見にすぎない,,科学的
決定論とは,人間の意志は原因によって全て規定されており,意志の自由を認めるのは,
規定的原因を充分に把握していないからだと考える立場である、.ナフタの言う自由とは神
に従うか従わないか,感覚的・現世的なものに従うかそれとも超感覚的な実在に従うかと
言う意志決定のことであり,神の側にっかないことを選んだ者はその存在価値を否定され
てしまう1=,そこには真実の実在である神とその神に対抗する悪魔の方が,浮き草のように
消えていく現世のものよりも高次の存在であるという意識がある.,前者は絶対的なもの後
者は相対的なものなのだから,という訳である。ナフタは人間の肉体に対して残酷になれ
歓,その残酷な行為を行うことを可能にするのは決して「安易で低俗な」残酷趣味のため
ではない.ナフタは絶対的なものの価値を臆することなく正直に認めるゆえに,「安易で低
俗な」甘い道徳を心底軽蔑して残酷になれる。彼にすれば肉体など何を配慮する必要があ
ろう,、重要なのは霊性である。移ろいゆく物質,肉体に対する霊性の優位を承認するのは,
絶対なる神に応えるのが人間の霊だからである。18世紀以降の市民主義の発展は現世にお
ける肉体レベルの快適さをめざすことを一つの目標とする社会を生んだ,そのような現世
主義は霊よりも肉をかわいがるゆえに,絶対的な神より相対的な人間をかわいがるゆえに
唾棄すべきものである1:,「人問の中には人間性という高貴なものがある」とセテムブリー二
型の人文主義者は言うだろう,.しかし,その揚合の人間性というのはつまるところ悟性に
代表される人間の現世的諸能力のことであって,なんら価値を創造し得ない。この場合の
価値というのは,この彫刻には価値があるといった美学的な価値やこの機械には大金を払
うだけの価値があるといった経済的・産業的な価値ではなく,人間が生きること・存在す
ることの意味付けとなる価値,生の価値のことである。そういった意味の価値は近代市民
主義の発展,Humanismusの発展にともなって価値の源泉であった神が実質的に退場する
につれて見失われていく事態が進行した.ナフタは言う「人間の堕落についてですが,こ
の堕落の歴史は,市民精神の歴史と完全に歩調を一つにしています、(中略)まず第一に近
16
世天文学がそれであって,神と悪魔のどちらもが手に入れようと熱望する被造物の人間を
はさんで両者がたたかいあう尊厳な舞台,宇宙の中心であるこの地球を,近世の天文学は
一個の平凡な小さな遊星にかえしてしまい,それによって人間の偉大な宇宙的地位一占星
術の成立を可能にしている基礎である地位を,ここしばらく終結させてしまったのです(下
94)」「純粋認識などは存在しません、,『われは認識せんがために信じる』というアウグス
ティヌスの言葉に要約されている教会哲学は,動かすことのできない真理です、,信仰が認
識の機関であって,知性は第二義的な存在です.あなた(セテムブリー二)のいわれる無
仮定的科学などは単なる神話にすぎません,,一つの信仰,世界観理念つまり,一つの
意志がいつも存在していて,理性は単にそれを論評し証明するだけの存在です=,(下96)」
すなわち,ナフタにとっては悟性によって発見される科学的真理などそれ自身では何ら価
値を生み出せないものであるゆえに,それ自身では何ら尊重すべきものではなく,もし価
値の源泉たる信仰に抵触するような場合は否定されるべき次元の真理であるということな
のだ.ここで思い出されるのはキルケゴール(Kierkegaard,S.)の次の言葉である。1835年、
キルケゴールが22歳の時、8月!日付の日記に次のように書いている。「私がそれのため
ヘ
ヘ
へ
ヘ
へ
ヘ
へ
ヘ
へ
へ
ヘ
ヘ
へ
に生きそして死ぬことをねがうようなイデーを発見することが必要なのだ、,いわゆる客観
的真理などを探し出してみたところで,それが私になんの役に立つだろう.,.(中略)堂々た
る国家論を展開し,あらゆるところがら抜き取ってきたきれぎれの知識をつなぎ合わせて
一つの全体にまとめ上げ,一つの世界を構成しえたにしたところで,私がその世界に生き
るわけでなく,ただ他人の供覧に提するというにすぎないのでは,私にとって何の役に立
と久」37このような真理は,それが真理であることを科学的に証明することは難しい,,た
いていの揚合,宗教や信念,劇的体験や感銘を受けた特定のことがらや人間等との選遁な
どによってもたらされるものである。キルケゴールの著作に感銘を受けたウィトゲンシュ
タイン(Wittgenstein,L)の言葉として彼から教えを受けたことのあるマルコム
(Malcolm.N.)(1958)が次のように書いている。「いちど私(マルコム)がキェルケゴールの
『キリストが私を救ったことを私自身が知っているのに,キリストが存在しなかったとど
うして考えられようか』といった意味の言葉を引いたとき,ウィトゲンシュタインは『そ
れ見たまえ。それは何かを証明するという次元の問題じゃないんだ!』と大声で言ったこ
とがある,.」38マルコム(1958)はまたウィトゲンシュタインのことを「彼は,またキェルケ
ゴールを高く評価していた、,『本当に宗教的な人だ』と言った風な表現を使って,何か畏敬
の念をこめてキェルケゴールについて語っていた。」39とも伝えている.周知のようにウィ
17
トゲンシュタインは論理実証主義と日常言語分析派に多大な影響を与えた20世紀の哲学
者である,,(論理実証主義や日常言語分析派に属する人々の多くは客観的に表明できない真
理に触れることを拒否して悟としてかえりみないのではなかろうか=,しかし,ウィトゲン
シュタインはそのような真理の価値を認めることができ,尊敬することができる人だっ
た1:,)ともあれ,ナフタに話を戻すと彼の信仰は彼にとっては科学的真理よりも上位にある
真理だった=,それは彼の実存の根底に据えられた真理であり,彼にとって現世を超越した
絶対的な真理だったゆえに,その真理が命ずることならチロルも科学の否定もスターリニ
ズム的な世界の構築も厭わせないものだったのである,,ナフタには実存の根拠となるもの
への彼なりの確固たる意志が存在した,その意志は彼個人の実存にとって欠くことのでき
ないものであった、,しかし,こうした手段をも厭わない信仰は普通の人間にはやはり受け
入れがたい。実存の不可欠性を認識している者にとっても科学的真理はやはり真理である.
このことについては,ヤスパース(1956)が著書「哲学」の中で科学的世界定位(£orschende
Weltorientierung)i・として科学的真理の重要性について述べていることを例としてあげる
ことができる。また,ナフタの理想とする神とその代理機関である聖職者に支配された共
産主義社会は窒息的な社会であり,実存が不可欠のものとしてもとめる個人の自由を奪う
ものである。前述したようにナフタは人間には自由があると言ったが,自らの意志で,す
なわち自由な決断によってナフタが理想とする社会や神に反抗した人間は否定せられると
したら,それは実質的には自由がないのと同じことである..またナフタのようにローマカ
トリックを信じることを万人に期待あるいは強要するのも無理がある1,ローマカトリック
に真理があるとしても,それは信徒一人ひとりが主体的に選ぶ真理,または主なる神によ
って選ばれる者にのみ示される真理であって,科学的真理のようにどの人にとっても否む
ことのできない形で伝えられる真理ではないからである,,そういう種類の真理を全ての人
間に否応なく強制することは,実存の命とも言える主体性を個人から奪うことになってし
まう。ナフタ自身にとっては実存の根底を措定し得た彼の思想・信仰も他者にとっては実
存を失わしめるものとなる。当然,ヤスパースの言う人間同士の交わり(実存的交わり)も
実現しない.,,(実存的交わりについては第3章第6節を参照されたい.,)ソビエト連邦の崩
壊により,スターリニズムが有する個人の自由・主体性への抑圧性が明らかになったが,
ナフタの描く社会像はこのスターリニズム国家を髪髭させるものがある.,実質的な個人の
・ 「科学的世界定位」については第3章第1節の脚注切を参照、,
18
自由はソ連にはなかったが,かつてソ連にあった所謂スターリン憲法一スターリン
(Stahn,1.)が作成責任者とされる一でも条文上では個人の自由が認められていたことも
思い起こされる。ファウルズ(Fowles,J,)はその小説「魔術師」(1965)の中で次のような会
話を書いている.
「人類はどうでもいい。裏切ってはならないのは自己です」
「ヒトラーも自己を裏切らなかったとは言えるでしょうね」
「その通りです,,ヒトラーは裏切らなかった。けれども数百万のドイツ人はそれぞれの
自己を裏切った:,それが悲劇なのです:、(後略)」40
ナフタは,この会話にあらわれる悲劇をもたらす可能性を多く孕んでいる.,,
第3節 ペーペルコルン
「人物(Pers6nlichkeit)」と作品の中で呼ばれるペーペルコルン.、,この場合の「人物」
とは「大物」といった意味である。彼については次のように描写されている、.「この世へ論
理的混乱をもたらすような人物では決してなかった、,(中略)彼(=ペーペルコルン)はそ
れとは正反対の人物であった,.(下354)」「彼(=ペーペルコルン)はなにもいわないでし
まったが,彼の顔が文句なくものものしく,表情と身ぶりがカつよく,迫力があり,印象
的であったので,だれも,耳をすましていた、ハンス・カストルプも,なにかきわめて重
要なことを聞かされたように感じ,尻切れとんぼでない具体的な内容を聞かされなかった
ことを意識したとしても,だれもそれを物足らなくは感じなかった:,私たちは,『聾者(=
本論文がテキストとして使用している1988年版の岩波文庫の原文では差別的表現がなさ
れているので筆者がこの言葉に替えた)』が聞き手のなかにいたら,どんな気持ちがしただ
ろうかと考えるのである,、おそらく彼はペーペルコルンの表情から話の内容までを買いか
ぶり,『聾(=同上)』のために精神的な損失をしたように考えて,うらめしく思ったこと
だろう、.(下359−360)」「荘漠としているが,印象つよく,人間的に大きい人物(下362)」
「大きな荘漠たる王者的人物(下368)」「ペーペルコルンの存在が二人の政治家(=セテム
ブリー二とナフタ)の存在を完全に圧倒してしまったのは体の大きさのためだけではなか
った。これは人物と比較されるために二人の政治家が圧倒され,影がうすくなり,小さく
なるのであって,一このことは癖者の観察者ハンス・カストルプはもちろんのこと,当
事者たち,つまり,貧弱な二人の饒舌家(=セテムブリー二とナフタ)も尻切れとんぼの
王者(=ペーペルコルン,彼は尻切れとんぼの話し方をする癖がある… 筆者注)も感
19
じていた。(下413−414)」「彼(=ペーペルコルン)の立腹は気まぐれな感じではあった
が,彼にはそれがすばらしく似あい,ことにハンス・カストルプはそれをみとめないでは
いられなかった。その立腹はペーベルコルンを決して醜くも小さくも見せずに,気まぐれ
な感じのために,むしろ大きく,王者らしく感じさせ,(下381−382)」つまり,ペーペル
コルンは「支配者的な,(下381)」「貫禄に威圧(下376)」を感じさせる人物,「彼のすべ
てがスケールを,大きな王考的なスケールを持って(下443)」いる人物なのである、次に
彼の考え方・思想・人格を見てみよう1、,「『生は一若い方(=ハンス・カストルプ)一女
性です,押しあう二つの豊満な乳房,たくましい左右の腰にはさまれた柔らかい大きな腹,
すんなりとした腕,肉づきの豊かな腿,なかば閉じた目をして寝ている女性,私たちのも
つ最高の熱と力,男性の欲望の弾力のすべてを嘲笑的なすばらしい挑みようで要求し,男
性の弾力がそれに及第するか敗北するかという女性です.,、一敗北する,若い方,これが
なにを意味するかおわかりですか?生にたいする感情の敗北,これはいかなる救いも,あ
われみも,意義もない敗北,容赦なく嘲笑をもってさげすまれる敗北です,一片づけら
れ,若い方,唾棄されるのです。・一・この敗北と破産,このおそろしい汚辱には,屈辱
とか不名誉とかいう言葉はおとなしすぎます,.これは終局,地獄のような絶望,世のおわ
りです…
』(下386)」事実,べ一ペルコルンは,病気が進行し,敗北が決定的となっ
た時に自殺する。ナフタの死も自殺であるが両者の自殺は全く異なった性質のものである.
が,この違いについては後に述べる,,「カが,とべーペルコルンはいった,物質の世界のす
べてであって,一そのほかのことはすべて第二義的である,,キニーネも薬ともなれば毒
物ともなり,なによりもそのカが特徴である、,(下407)」「『彼(=ペーペルコルン)は僕た
ち(=ハンス・カストルプとサナトリウムの人たち)を一にぎりにできるのです,そして,
僕たちをちゃかす権利をどこからかあたえられているのです。どこからでしょうか?どう
してでしょうか?どういう意味からでしょうか?もちろん利口だからではありません.,,利
口だからとはほとんどいえないことは,ぼくも認めます,むしろ,彼は荘漠とした人物,
感情の人物であって,感情が彼の表看板です,(中略)彼は利口だから僕たちを一にぎりに
できるのではない,つまり,精神的な理由からではないんです,(中略)しかしまた,肉体
的な理由からでもないんです!船長のようなあのひろい肩,たくましい腕力のためでもな
く,(中略)作用が,ダイナミックな作用が働いて,僕たちはみんな一にぎりにされてしま
うのです、,それをいいあらわす言葉は一つだけであって,それは「人物という言葉です,,
(中略)人物もやはり積極的な価値の一つだと,僕(=ハンス・カストルプ)は考えるんです,
20
一馬鹿とか利口とかよりも積極的な,最高度に積極的な,生命そのもののように文句な
く積極的な価値,一言でいうと,生命的価値であって,真剣に取りくむべき価値だと考え
るのです、,』(下416−417)」「ナフタは否定と無の礼賛を一セテムブリー二は十年一日の
ような肯定と生にたいする親近感とをさけんだ,.しかし,ペーペルコルンを見るだけで,
一見まいとしても,ひそかな引力で見ずにいられなかったペーペルコルンを見るだけで,
神経,火花,電流はどこへ去ってしまったのだろう?要するに,火花が散らなくなったが,
これはハンス・カストルプの言葉を借りると,神秘そのものであった,,(中略)ペーベルコ
ルンは,いつも二つ(セテムブリー二とナフタ〉の傾向のどちらでもあって,彼を見ると,
そのどちらも彼にあてはまり,二つが彼のなかで一つになるようにみえ,こちらでもあり
あちらでもあり,あちらでもありこちらでもあったということであった。(中略)この支配
者的なゼロ!彼はナフタのように混乱と煽動とによって応酬の神経を麻痺させるのではな
く,ナフタのように曖昧ではなく,まったく正反対な積極的な意味でつかみにくいのであ
った1,(中略)馬鹿とか利口とかを明らかに超越しているのみか,セテムブリー二とナフタ
が(中略)持ちだした反対概念をどれも超越していた、、〈下428−429)」「『男性は欲望に陶酔
させられ,女性は男性の欲望に陶酔させられることを欲し,それを待ちうけるのです,で
すから男性には感情燃焼の義務があります,感情の貧困,女性を欲望に目ざますことがで
きない無力は,おそろしい恥辱です.』(下451)」「『私はくりかえしていいます,だから私
たちは感情燃焼の義務,宗教的義務を持っているのです、、私たちの感情は,いいですか,
生命を目ざます男性的なカです。生命はまどろんでいます,.生命は目ざまされて,神聖な
感情と陶酔的な結婚を結びたがっています,,感情は,若い方(=ハンス・カストルプ),神
聖です。人間は感じるから神聖なんです。人間は神の感情の器官です,.神は人間によって
感じようとして人間をつくりました、「人間は,神が目ざまされ陶酔した生命と結婚するた
めの器官にほかならないのです1,人間が感情的に無力でしたら,神の屈辱がはじまり,神
の男性的なカの敗北,宇宙のおわり,想像を絶する恐怖になります』(下452)」
以上の抜粋ほかをもとにして,ペーペルコルンについての分析を行う,、彼の特徴を端的
に示すのは「人物(Pers6nliehkeiて)」という言葉である、二.前述したように「大物」とい
ったような意味であり,作中では「スケールが大きい」とも表現されている,,また,
Pers6nlichkeitは「人格」と訳すこともできる。本論文ではこのPersδnlichkeitという概
21
念に着目して分析を進める。i11このPers6nlichkeitという言葉について、マンは評論「ゲ
ーテとトルストイ」(1922)の中で定義を行っている。(因みに,「魔の山」の出版は1924
年。「魔の山」第5章が脱稿した後に,「ゲーテとトルストイ」が書かれている,)マンはゲ
ーテ(Goethe, J. W.)とトルストイ(Tolstoi,L。 N.)をPers6nlichkeitとし,それを次のよう
に説明している「『人格(=Pers6n!iehkeit)』という言葉は,名づけたり規定したりする
ことがどうにもできぬものに対する,苦しまぎれの記号である。人格というものは,精神と
直接的な関係をもたぬ。文化ともそうである。一この概念を使用する時,我々は既に合理
的なるものの坪外に出て,神秘的なるもの,根源的なるものの領域に足を踏み入れる、,即ち
自然的な領域である.『偉大な自然』これは,あの世界的な牽引力を発散するものに対して,
合言葉や符牒を求める場合に人々がよく使用する別のもう一つの言葉である」41。ここで言
われている「精神」とは,どのような意味で言われているのか?同じ著作の中に書かれてい
るマンの言葉で言うと次のようになる。「人間的なるものの高揚と昇華とには明らかに二通
りの途がある。その一方は自然の寵愛によって人間的なるものを神的なものに高めようと
する途であり,他の一方は,自然と対立し自然から離脱しようとし,自然に対して永遠の
反抗を意味する他の力の恩寵一即ち,精神の寵愛によって神聖なものに高まろうとする
途である。」42「精神とは即ち誇りであり,自然に対する解放者的な反抗(この言葉は純論
理学的に,又,懐疑的な意味に用いられている)であり,自然からの遊離であり,離脱であ
り,背馳である。入商を,即ち自然から高度に遊離して,極端に自然と対立し合っていると
自ら感じているところの存在者を,他のあらゆる有機的存在から引き離すものが精神なの
である。」43
ともあれ,ペーペルコルンの場合もゲーテと同じように根源的な自然に実存の根をおろ
しているということである。ところがゲーテと比べるとべーペルコルンはどこか不健康で
ある.それはサナトリウムに入院する原因となった肉体的病気のことをいっているのでは
ない。彼の在り方が不健康なのである,1以下,彼について考察したい。
さて,彼も自然とその根源でつながっているだけに言うに言われぬカを持ち,周りのも
のに対して大きな「牽引力を発散」して支配的な影響を与える、,これは台風や雪崩などの
1・i以下,Pers6nlichkeitという語に着目して,マン(MaIln.T.)の評論「ゲーテとトルストイ」
におけるPers6nlichkeitの概念を基にした考察を行うが,このPers6nlichkeitの概念に
着目したペーペルコルンについての考察は田中(TaIlakaA)も行なっている[田中暁
(2000) 「超越と内在」一トーマスマンの世界一.渓水社,102.L筆者はその田中
の考察も参考にして考察・分析を行った.
22
自然力の大きさと同じ性質のものである,,それに対して,セテムブリー二やナフタは精神
的存在であって人間の頭脳から抽出された理論を話すのであるから,どうしてもスケール
が小さくなってしまう,,有名なパスカル(Pascal,B.)(1662)の言葉「人間は自然のうちで最
も弱いひとくきの葦にすぎない。しかしそれは考える葦である。これをおしつぶすのに,
宇宙全体は何も武装する必要はない、,風のひと吹き,水のひとしずくも,これを殺すに十
分である。」44を想起させる。そして,マン(1922)が「自然は精神ではない、この両者こそ,
対立中の対立をなすものだと考えられる」45と述べたとおりに,すなわち自然と精神の対
立そのままにべーペルコルンはセテムブリー二・ナフタと対立する、.自然においてペーペル
コルンが重きを置いているのは生命である。感情を燃え立たせることによって、生命が目
ざめる.感情燃焼は生命を目ざめさせるための人間の崇高な義務であり,人間は感情の高
揚によって神の意志を果たすことになる。これは前述したべ一ペルコルンの言葉(下452)
から明らかである。彼がいうところの生命のひとつが異性の性的生命であることは,同じ
く前述の彼自身の言葉(下451)にあらわされている、、感情の無力や減退は生命を目ざませ
ることを不可能にするから,最も忌むべきこととされ紅,彼は頭脳から抽出される理論と
は相性が悪い、,だから「ハンス・カストルプの友人であり教師である二人(=セテムブリー
二とナフタ)は,ペーペルコルンのために影がうすくなってしまったが,(中略)二人は議論
をたたかわせることができるときは,それでもまだもっともはなばなしいときであった,、
そのときは二人とも水中の魚のようであったし,人物く=ペーペルコルン)は水から上げら
れた魚のようであって(下429)」ということになる。また「空気が理論的であるあいだ,
もしくは,それが長くなると,ペーベルコルンは不幸そうであった1=〈下430)」とある,.
スケールの大きさのゆえに,馬鹿とか利口とかを超越していてセテムブリー二とナフタが
語る概念のいずれをも超越していた,とも書かれていたことは前述した通りだが,それは
知的に超越しているのではなく,根源的な自然が現象界の個物を内在させるような意味で
のことである。すなわち,自然の側から見れば個々の事象を内在しているのであり,個々
の事象から見ればそれらを包む自然はそれらを超越していることになるということである,,
ペーペルコルンは感情を高揚させるためには大酒も,羽目をはずしたと言えなくもない恋
愛も厭わない。ワインをことあるごとに飲んだり,大勢を集めて酒宴をおこなったりする
し,人妻のショーシャ夫人と親密にもなる,、現実に,自由に自らの生を主体的に生き生き
と生きて,感情による実存を実現している。しかし,自身の病気が進行した時点で前もっ
て用意しておいた自殺用の精巧な注射器械で自殺する。前もって周到に準備した自殺であ
23
る、,これは根源的な自然,生命の根源と一つになっているPers6nlichkeitベーペルコル
ンの不健康さをあらわしている。以下,このことについて述べたい、.
ペーペルコルンは根源的な自然と一つになっている.そして,そのことから由来するス
ケールの大きさを持っている。しかし,感情のカによってのみ生命へ至ろうとするあは,
一般人よりも根源的なものを内に蔵しつつスケールが大きい彼であっても,現世の身体状
況に制約される感情が健康の衰え・病気によって鈍磨あるいは乱されてくると生きていく
ことの意味が見失われてしまう在り方である.,健康なときは感情をのびのびと自由に羽ば
たかせることによって硬直した現実から飛翔し,自由な生の充実を得ることが可能である,,
ペーペルコルンのような「人物」であれば,感情の燃焼による神の器官としての幸福,「神
が目ざまされ陶酔した生命と結婚するための器官(下452)」としての幸福を強く感じるこ
とができるであろう。その瞬間はまさに美的に実存している。因みに,実存Existenzとい
う言葉はギリシア語のexistapaiラテン語のexsistere, existereという動詞から出たも
ので,この動詞は「∼から外に出て立つ」という意味である、,健康な時は感情の高揚によ
って,平板な日常性から抜け出して生命が目ざめる場に立つことを可能にさせるのがペー
ペルコルンの在り方である。それは,理論知性,論理,倫理などとは本質的に無縁な在
り方である。「カが,物質の世界のすべてであって,一そのほかのことはすべて第二義的
である(下407)」と彼が言うのは感情が没倫理的であるのと相応している。たとえば,怒
りでも正義の怒りもあれば邪悪な怒りもある。感情そのものは没倫理的である、,また,知
性の強度と感情の強度も相応しない:,彼はセテムブリー二とナフタのことを「あの二人は
(中略)大脳だけ,大脳ばっかり(下414)」と言うが,人間の心的機能について言えば,彼
は感情のみを重視する者である。その感清が生き生きと発動する身体状態のときは,それ
でもよい.しかし,そうでない状況の時は生きている意味を喪失してしまう,、それはスポ
ーツー筋に打ち込んできた者が何らかの事故でスポーツができない状態になった時,いっ
きょにいきる意味を見失ってしまうケースと似ている1現実社会ではそのような生きがい
喪失の後に自殺した者もいるし,新たな生きる意味を見つけたものもいる。ペーペルコル
ンは感情の鈍磨・減退が訪れつつあった時に自殺した。それは以前からその時が来たら決
行しようと思っていた自殺だった.感情のみを尊重するのはスケールが大きい人物であっ
てもやはり狭い生き方なのである、.存在論的認識も尊重して(ハイデガー的な言い方をす
れば)死を先取りする(vor−weg−nehmen)ような生き方の意義を認識することができていた
ならば結果は違ったものとなったかもしれない1先に引いたパスカルの言葉の続きはこう
24
である「しかし,宇宙がこれをおしつぶすときにも,人間は,人間を殺すものよりもいっ
そう高貴であるであろう。なぜなら,人間は,.
ゥ分が死ぬことを知っており,宇宙が人間
の上に優越することを知っているからである,,宇宙はそれについては何も知らない」.,,4凋
知のようにパスカルは「パスカルの原理」を発見した科学者であり,デカルト
(Descartes, R.)の合理主義的機械論的人間学に反対した思想家・信仰者でもある。引用し
た言葉は彼の「パンセ」からのものであり,後者の立場からなされたものである、因みに
松浪(Matsunami, s.)(1962)はパスカルのことを「実存という概念をこそとらえなかったけ
れども,あらゆる実存的な問題を提起した最初の人としてまさしく実存主義の祖と呼ばれ
ていい。」47と述べている,、トーマス・マンがペーペルコルンと同じく「人物Pers6nlichkeit」
と評したゲーテは,そう評されたとおり自然の内奥にある根源と交流を持った詩人であっ
て,やはりペーペルコルン同様,感情を重要視した。それは彼が残した多くの好情詩など
を読めばすぐわかることである。しかし,一方でゲーテは入生や世界についての思索の人
でもあった。エッカーマン(EckermanR,」. P.)の「ゲーテとの対話」などを読めば,これも
またすぐ分かることである,,また,ゲーテは人間の顎間骨を発見したり「植物変態論」を
執筆したりする科学的知性の人でもあった。人物はスケールが大きいだけに,一方(たと
えば感情)のみが極端に強調されてしまうと,全体的な不調和も大きく示されることにな
る,,その結果,均衡を欠いた状態すなわち不健康な感じを強く抱かせることになる,.彼は
実存が根をおろす場としての自然,ヤスパースが言うところの「包越者」として捉えうる
自然に自己の存在の根をおいて,生の覚醒に参与することができていた、それはゲーテの
実存と共通する部分があることを示している。しかし,ツヴァィク(Zweig, S.)(1925)が「ゲ
ーテは,(レオナルド・ダ・ヴィンチのように)芸術をたんなる一部分としてしか,生の無
数にある美しい形式のうちのひとつとしてしか感じていない。芸術も科学や哲学同様彼に
とって大切なものではあるが,しかし部分にすぎないのであり,彼の生にはたらきかける
小さな部分にとどまるのである。」48と述べたようにゲーテはペー苓ルコルンと違って何か
一つだけに偏した態度はとらない,、それは感情と縁の深い芸術のみを重要視するのではな
く悟性による科学認識や理性・存在認識への意志などによる哲学も同じように重要視する
態度である。「精神」とも折り合いをつけていたということである。マン(1922)はシラーと
ドストエフスキー(Dostojewsky, F.)を「精神の息子たち」49と呼んで,「精神」に対比してい
るが,「自然」に対比されるゲーテは現実生活に於いてもシラー(Siller,F.)と友好関係を保
ち,お互いの存在を認め合っていた。こうした調和的在り方をすることは「人物」として,
25
言わばアリストテレス(Aristoteles)の言う中庸(メソテース)5〔〕をそなえた実存を達成し
ていると言える。
感情の高揚によって実存を実現できたペーペルコルンであるが,それは病気によつで破
綻する実現の仕方であった。そういった点で,彼の在り方はキルケゴールのいう審美的実
存によく似ている。審美的実存も破綻をその背後に忍ばせた実存である,、ただし,自然の
領域,根源的なものの領域に根を下ろし,生を目ざますことを重視した在り方は彼自身の
実存という視点から見れば,病によって終りを告げるものであったにせよ意義のあること
だったと言える1,,
なお,ナフタも自殺しているが彼の場合はその当時,ベルクホーフ・サナトリウムに蔓
延していた「一触即発のヒステリー(下590)」が大きな影響を与えたこと,セテムブリー
二との謬いによるピストルを使っての決闘という異常な場面での自殺であったことなど,
自分の人生観の必然的結果としての自殺ではないのでペーペルコルンの自殺とは同列に扱
うことはできない,,
第4節ハンス・カストルプ
「単純な(上14)」「善良な(下503)」そして「生まれつきの繊細な心づかいと節度(上280)」
の持ち主ハンス・カストルプ。また,一方では「いくぶんずるい愛想のよさ(下410)」をも
った「食えない男(下390)」「癖者(下390)」でもある彼。ある種の現代青年にもよく見受
けられる矛盾した性格をもった「魔の山」の主人公ハンス・カストルプについて実存論の
視角から分析を行う。嗣みに彼の分析を行うには様々な視点があり,たとえばルカーチ
(Lukacs,G.)(1948)はマルクス主義者らしく,ハンス・カストルプが「下の世界」すなわち資
本主義社会の冷酷さを述懐する場面(上342−343)ほかを採り上げてマルクス主義の人間
疎外の考え方から主人公の在り方についての考察を行っている。51また,渡辺
(WataRabe,K.)(1979)は,ハンス・カストルプの病気を主題とした分析を行っている52,.ハ
ンス・カストルプの分析を行うに際しては小説の中のどの場面・どのことがらを主として
採り上げるのかをまず決定しておく必要がある。そうしないと,作品の最初から最後まで
彼についての多様な場面が出てくるゆえに,焦点が絞れていない考察となってしまうから
である.本論文では実存論的研究をするのに適した場面として,「雪(Schnee)」の章53と「晴
天の二二(Der Donnerschlag)」の章54を採り上げる。その他の場面は,適宜補足的に採り上
げる,、なぜそうするかを以下に述べる。
26
作者のマンはプリンストン大学で行った講演「『魔の山』入門」(1939)で,「あなたがたは,
この愚かしい主人公(=ハンス・カストルプ)のみでなく,この書物(=魔の山)自身もそれを
探求しているところの聖盤とは何であるか,知識とは,聖化とは,あの最高のものとは何
であるかを見出すことでしょう。あなた方は,それをとくに『雪』と題された章の中で見出
されるでしょ到、」55と述べている.聖盤については同じ講演の中で「『聖盤』を探求すると
は,最高のもの,知識,認識神聖化,賢者の石,金水,生命の水の探求ということなの
です.」56と述べている、.「賢者の石」というのは錬金術で使われるもので,卑金属を貴金属
に変えるカをもつものであるとともに,永遠の生命を可能にする生命の秘薬でもある、,すな
わち,作者のマン自身が「雪」の章にもっとも注目するよう示唆しているということである。
実際,「雪」の章はハンス・カストルプが実存論的に深い思索を行っている章なので本論文
の考察対象としてふさわしいと判断した。また,晴天の騨霧」の章は主人公が第1次大戦の
戦場にいる場面を含んでいるが,戦場は現実的に自己と他者の生死にかかわる決断・実存
的決断を否応無く迫られる揚であ盗.実存をテーマとする本論文の趣旨から考えて,この章
におけるハンス・カストルプも考察対象としてふさわしいと判断した、.以上に述べた章のほ
かの部分も生死とそれらの意義についての主人公の思索が述べられている部分が少なから
ずあるので適宜それらを採り上げることにした。
まず,「雪」の章から見ていくことにする、、この章は,ハンス・カストルプがひとりで冬山
に入ったところ吹雪に遭い,下山することも難しくなったことが分かって,暖を取るため
に携行していたワインを少し飲んだことから見た夢と夢から覚めた後の彼の想念が中心と
なっている。ワインを飲んだ場所は屋外であり,吹雪の中で乾草小屋(ヒュッテ)の外側の壁
にもたれてのことである。(乾草小屋には鍵がかかっていて入れなかった1)ハンス・カス
トルプはこの乾草小屋にたどり着くまで,サナトリウムに帰ろうとして吹雪の中をさまよ
っていた。結局帰り道が分からず,乾草小屋の外の少し吹雪をしのげそうなところでとどま
ることになったのである。じつは吹雪が始まった頃,彼はこの乾草小屋のところにいたので
あり,雪の中を堂々巡りして,サナトリウムに帰るつもりが出発点の乾草小屋(ヒュッテ)
に戻ってしまったという状況だった。このことをハンス・カストルプは「体の表面はこごえ
ているが,動きまわったおかげで,体のなかには熱がたく’わえられている、.だから,ああし
て循環して(umkom皿en),ヒュッテからヒュッテへぐるぐるまわりはしたが,動きまわっ
たのは全然むだではなかったのだ、、一・・『循環する(umkommen)』とは,なんという言
葉なんだろう?ふつうはこんな言葉を使いはしない、1僕がいま経験したようなことにこん
27
な言葉を使うのはふつうではないが,どうも頭があまりはっきりしていないために,つい
それを使ったのだが,しかし,これはこれでぴったりした言葉でもあるらしい。(下247)」
と言っている。このumko皿menという言葉はふつう「死ぬ」という意味で使われる。この言
葉umkommenが使われることの意味については後に述べる、.・v
さて,ハンス・カストルプは吹雪の中で乾草小屋の壁にもたれて夢を見る、.最初は美しい
光景があらわれる,.その中には南国の海もあった。「ハンス・カストルプは(中略)地中海,
ナポリ,シチリア,またはギリシアを訪ねたことは一度もなかった。しかし,彼は思い出し
たのであった、1さよう,彼が感じたのは不思議にも再会の喜びであった,、『ああ,そうだ,
これだ!』と心の中で叫ぶ声がした,一眼前にひろがっているうららかな青い幸福をひ
そかに,自分にもかくして,以前から心にひめていたかのように.そして,この『以前』は,
空が可憐なヴァイオレットの色で上をおおっている左方の外海のように遠い,無限に遠い
『以前』であった。(下253)」この記述にプラトン(Plat6n)の想起説を思い出す人も多いだ
ろう。それはかって知っていた真理,内在し隠れていた真理を思い出したという感覚である、
この真理が超越者としてのそれである場合は,このハンス・カストルプの夢はヤスパース
(1956)のいう超越者57を感得せしめることとなるがこのことについてはここでは触れず,
さらに彼の夢の内容を見ることにする。(人間にとっての超越者の意味については次章第5
節で詳しく考察する、.)夢は大きく前半と後半に分けられる、前半は美しい牧歌的な内容で,
健康で善良な若者たちが登場する。「『これは美しい!』とハンス・カストルプは感きわま
って考えた,『じつに楽しい魅惑的なながめだ!なんという愛らしい,健康な,聡明な,幸
福な人たちだろう!そうだ,姿が美しいだけでなく,一気持も聡明で愛らしいのだ.,それ
が僕をこのように感動させ,こんなにも魅惑するのだ、,かれらの本性の根底にひそむ精神と
気持,と僕はいいたい,かれらが一しょにおり,一しょに生活している精神と気持が聡明
で愛らしいからだ!』彼がそう考えたのは,太陽の子ら(・=若者たち)がたがいにまじわっ
ているふかい親しみと,均等に分かち示しあっている礼儀正しいいたわりを感じたからで
あった。(中略)かれらの一人一人の気持の中にはっきりと流れている一つの考え方とふか
く根ざしている理念とのカでたがいにいっどこでも示しあうつつましい敬愛の気持,微笑
lV umkommenという語が「死ぬ」という意味でもあることや,この個所以降に述べるハン
ス・カストルプの夢とそのあとの思念に注目した考察は田中(TanakaA)も行なっている
[田中暁 (2000) 「超越と内在」一トーマス・マンの世界一.渓水社.91−93.コ..,
筆者はその田中の考察も参考にして考察・分析を行った.,
28
でかくされた敬愛の情であって,それは品位ときびしさともいえたが,それが明るいもの
にすっかり溶かされてしまい,暗さのない真面目さ,聡明なつつましさの讐えようもない
美しい精神的な背景という形でかれらの挙止を律しているのであった(下255−256)」.、こ
の「明るく礼儀正しい幸福(下257)」の夢は「ハンス・カストルプの心を胱惚感でみたし
た(下257)」、.しかし夢は後半になるとまったく違った雰囲気になる。前半の夢の続きの場
面でひとりの美しい少年がハンス・カストルプのところへきて,彼の頭越しに彼の背後の
かなた遠くを見つめる。「とたんに,少年の(中略)顔からは太陽の子らのすべてに共通の
礼儀正しい親密ないたわりの微笑が消え(中略)表情が石できざまれたのとそっくり同じき
びしさ,表情のないうかがいしれないきびしさ,死んだようなつめたさにかわった(下
257)」。ハンス・カストルプも後方を,すなわち少年が見ている方向を見ると,風化した神
殿が見える。そして神殿の内陣の扉が開いていて,二人の老婆が嬰児の肉を食べているのが
見える。「老婆たちは一つの盤の上で嬰児を裂き,懐然とさせる落ちつきようで嬰児を両手
で引きさき,一ハンス・カストルプは嬰児の柔らかいブロンドの髪が血にまみれるのを
見た一,さいた肉片を食べ,もろい骨が老婆の口のなかでくだけ,老婆の醜悪な唇から
血がしたたりおちた、ハンス・カストルプは血がこおるような恐怖に足がすくんだ(下
259)」、,ここで留意しておきたいのは太陽の子らがいるのは海辺であり,老婆たちがいるの
は内陸部だということである。すなわち,太陽の子らに象徴されるものの内奥に同時に老婆
たちに象徴されるものがあるということである。さてハンス・カストルプは老婆たちから逃
げようとして,目が覚める,.その後,彼は自分が見た夢について思いをめぐらせる,、彼の思
念は次のように記されている。「『みんな僕が自分でつくりだした夢なんだ,(中略)美しい
ものもおそろしいものも,僕はどれもほとんど初めから知っていたのだ.(中略)僕たちは自
分の魂だけで夢をつくるのではなくて,それぞれ形はちがっていても,無名で共同で夢み
るのだ,と僕はいいたい,一つの大きな魂が存在していて,僕たちはその魂の一部分であり,
その大きな魂が僕たちを通して,僕たちのそれぞれの形で,その魂がひそかに夢みている
対象を夢みるのだ,一その魂の青春を,希望を,幸福と平和とを,・… そして,血な
まぐさい饗宴を。』(下260)」「『死と生一病気と健康一精神と自然,これは矛盾しあう
ものだろうか,問題になることだろうか,と僕はたずねたい、いや,それは問題になること
ではなく,どちらが高貴で幽るかということも問題になりはしないのだ、死の冒険は生のな
かにふくまれ,その冒険がなければ生は生ではなく,その真中に神の子たる人間(Homo
Dei)の位置があるのだ一,冒険と理性との問の真中に一,(中略)その中間の位置で人
29
問は優美に優雅に,やさしく敬度に自己を遇さなくてはならない、一なぜなら,高貴なの
は人間だけであって,対立する考えではないからである。人間は対立する考えの主人で,す
べての考えは人間によって存在するのであるから,人間はどんな考えよりも高貴である。
人間は死よりも高貴であり,死に従属するには高貴すぎる,一頭脳の自由を持つからだ.
人間は生よりも高貴であり,生に従属するには高貴すぎる,一心の中に敬度さを持…つか
らだ、.』(下262)j「『僕は善意をなくさないことにしよう、、僕は考えを死に支配されないよ
うにしよう!善意と人間愛とはそれを意味するのであり,それだけを意味しているのだ、
(中略)理性は死のまえではこっけいにみえるが,それは理性が単なる徳にすぎないのに,
死は自由,冒険,無形式,淫蕩であるからだ。死は淫蕩であって,愛ではない,と僕の夢は
いう。(中略)愛は死に対立し,理性ではなく,愛のみが死よりも強いのだ。愛のみが,理
性ではなくて愛のみが,正しい考えをあたえるのだ.形式も愛と善意とからのみ生まれるの
である、.血の饗宴をひそかに頭におきながら聡明でやさしい集団と美しい人間社会を作る
形式と作法とは、、(中略)僕は心の中で死に誠実な気持を持ちつづけよう,しかし,死と過去
への誠実さが僕たちの考えと陣とりを支配するならば,その誠実さは悪意と陰惨な淫蕩と
反人間性にかわることも,はっきりと覚えておこう。人間は善意と愛とを失わ漆いために,
考えを亮1三征慮させないよ顔としな之そ1まならない.』(下263)」次に,以上に述べたハン
ス・カストルプの夢や言葉について実存論的な視点から考察する.,
夢の前半で,明るく善意に満ちた幸福な若者たち一太陽の子ら一による共同体が示
され,それについてハンス・カストルプは満足するのだが,その太陽の子らのいる海辺の
内陸部には嬰児を食り食う老婆たちがいるのを見つけて(夢の後半部分),恐怖に襲われる、.
これは太陽の子らによって象徴される幸福な生の対極には老婆と嬰児によって象微される
死があるということを表している、.この夢の後でハンス・カストルブは一つの大きな魂が存
在していて,個人はその魂の部分であり,その大きな魂が個人を通してその魂が夢みてい
るものを夢みる,と考える。ここで,ショーペンハウアー(Schopenhauer,A.)の「意志と表象
としての世界」(1819)を想起する人も多いだろう。実際マンはショーペンハウアーの影響
を強く受けた作家である。「大きな魂」は「意志」に,多様な「夢」は「直観的な表象」を連想さ
せる。ただし,ショーペンハウアー(1819)の場合,「意志」は目標も意味もなく盲目的に生
きようとする衝動のこと58であるし,「直観的な表象」は現実の経験と科学の対象となる事
象であって「眼前に現われ出ている全世界を包含している。あるいは経験の全体を包含して
いる」59から,内容的にはハンス・カストルプの夢とはかなり異なる、似ているのは内容で
30
ロつしヒ
はなく,対となる2直証の関係・図式である。内容は実存論的に捉えるとヤスパース(1956)
の「超越者」と「超越者の暗号60としての現存在ないし世界」に相応してい惹.(ヤスパー
ス哲学における「現存在Dasein」とは世の中にあって,本来的な自己の在り方を思考し
ない世間人として自己の維持や拡大に関心を持っている人間を意味している.また,「研究
の対象となる人間のあり方のすべてや,そうした人間をも含む眼前の世界という意味で,
現存在ないし世界現存在の語が用いられることがある。」61)ヤスパースによれば,可能的
実存としての人間(=本来的な自己の在り方を知って,その本来的な自己を実現する可能
性を持っている人間)が実存の根を捜し求めるところに超越者は暗号としてその存在を人
間に示す.その暗号は現存在および世界(内の事象)として示される。(超越者については前
述したように次章第5節で詳しく考察する。暗号についても同章同節で述べる。)超越者は
人格を持った啓示宗教で説かれる特定の人格神ではないが,まさにヘラクレイトス
(恥rakleitos)が「デルポイに神託所をもつ主なる神は,あらわに語ることも,またかくす
こともせずに,たゴしるしを見せる」62といった神すなわちアポローンと同様の存りかた
をする。人間には超越者のしるし=暗号を解読し超越者を感得することが求められる。なぜ
ならば,人間存在の根源が超越者にあるからである。この場合の超越者は実存にとって存在
そのものである包括的な超越者である。本来的現実性である超越者を感得することにより,
人間は実存としての自己の存在を超越者からの賜物として確信できるようになりニヒリズ
ムが克服されることになる.ニヒリズムの克服は存在意識の獲得・変革をもたらし,実存的
空虚および実存神経症の解決へ向かう方向性も含む。このあたりについての考察は第3章
で行うが,ここで書えることは,ハンス・カストルプはヤスパースが言う超越者を感じる
ことができたということである。包括的な存在であるゆえに,超越者はすべての考えや存在
様態を含む。人間・個人は超越者ではないから当然すべてのものを含むことはできない、1そ
こから,さまざまな概念や事物の中での自らの位置が人間・個人にとって重要になる。ハン
ス・カストルプは人間の位置として,前述の彼の言葉「死の冒険は生のなかにふくまれ,
その冒険がなければ生は生ではなく,その真中に神の子たる人間(Homo Dei)の位置がある
のだ一,冒険と理性との問の真中に一,(中略)その中間の位置で人間は優美に優雅に;
やさしく二度に自己を遇さなくてはならない。」は中間を選んだことを示している。この場
合の「冒険」は原文では“DurchgaIlgerei”であり,「放逸」とか「放堵」とかというふうにも
訳すことができる。「冒険」よりも「放逸」「放堵」の方が「理性」という抑制的な響きをもつ言
葉に対立するニュアンスがよく表されるかもしれない.また,ハンス・カストルプの「人間
31
は対立する考えの主人で,すべての考えは人間によって存在するのであるから,人間はど
んな考えよりも高貴である(前述)」という言葉から,この中間に位置する人間は対立を制
御する存在であり,さまざまな考えを生み出す主体的存在,どの考え(概念)にも縛られな
い自由存在と捉えられていることがわかる。これはセテムブリー二型のフマニスムスとは
異なる人間中心主義である。それは実存的な観点から考えて違うのである。このことについ
て以下に述べたい、
セテムブリー二の場合はすべての人問に共通する人間性を想定し,その人間性を開花さ
せるための啓蒙的人文主義の普及を目指した。彼が主張する人間性は人間の本性とでも言
うべきものである,,この場合,個人はその主体性よりも人間に共通する本質・本性としての
人間性に従うことが要求されるのは前に考察した通りである(本質が実存に先立つ),、そし
てこのような考え方が歴史の進行の中で破綻した経緯も前に述べた.こうした考え方に対
して,ハンス・カストルプの人間中心主義は人間の本質として想定される何かに個人が従
属しないフマニスムスである。人間や世界,生死の何たるかについてさまざまな考えが存在
する、.過去もそうだったし現在もそうであるし未来においてもそうであるだろゑ.しかし,
それら多様な考えをコントロールするのが人間であるというのが彼のフマニスムスである.
作者のマン(1939)自身は「雪」の章について「ハンス・カストルプが,人間についての夢
の死を夢みるのです。聖盤,彼はそれを見出さなくても,彼が高地から下界へ,ヨーロッパ
の破局の中へひきずり込まれる前に,死に接近した夢の中で彼はやはりそれを予感するの
です。聖盤それは人間の理念であり,病気と死についての最も深い知識を通り抜けた向う
側にある未来の人間性という構想です。」63と述べて,「人間性(原文はHumanitat)」とい
う言葉を使っているが,この場合の「人間性」とは人間の本性ではなく,人間が本来的な
在り方をするために人間が内的に備えるべき条件を意味している.なぜならば,ハンス・カ
ストルプが出した人間の在り方についての結論は「中間の位置」にあって「善意と愛」を
保つことであるが,それらは人間の本質・本性を規定するものとしてではなく,人間(個人)
相互の主体性を実現するための条件としての人間の在り方を示すものだからである(「善意
と愛」については後で考察する)..「中間の位置」にあっては「これこれが人間の本質であ
る」という見解が示された場合でも,その考えをどの程度肯定するか或いはどの程度否定
するか,という権能は個人の中に留保されている。すなわち個人が主体的に判断するのであ
る。その判断の機能も理性(悟性)のみに認められているのではない.「冒険と理性との真
中に」人間の位置があるのだから。この真中の位置ということが主体性を確保する上で重要
32
になる。いずれの極にも属さない位置だからである。ただし,現実に何かの概念に組さざる
をえない事態となった場合は,この位置から主体的に決断していずれかの概念・立場を選
択する必要が生じる、、そのときは真中の位置,中間の位置から主体的に離れることになる、,
にのことについては後に本節で述べる「晴天の騨麗」の章に関する部分で考察する。)一
般的なアカデミズムの立場からは統合失調症という指摘がなされるが,J・L・ボルヘス,
鈴木大拙,ヘレン・ケラー,A・ストリンドベリ等その神学的著作に価値を見出す者も少
なからずいる「見霊者」スヴェーデンボルイ(Swedenborg,E.)(1771)が「この世にあって,
人間は天界と地獄の中間にあり,自由意志でもって,霊的均衡を保っている.、」64と述べた
のと同じ位置に人間がいるということである。スヴェーデンボルイを引いたのは奇をてら
ってのことではない。人間の位置の捉え方と人間の自由意志の肯定という考え方が,ハン
ス・カストルプの考え方と類似しているからである。のみならず,ハンス・カストルプが「一
つの大きな魂が存在していてデ個人はその魂の部分であり」と考えたように,スヴェーデ
ンボルイも各個人は主イエス・キリストという一者のものである自由と理性(ratio)を分け
与えられている(分有している)と考えている点も類似している.たとえば彼(1762)は次の
ように言っている。「人間は理性に従って自由に行動しなくてはならないことが神的秩序
[神の秩序]に順応している,なぜなら理性に従って自由に行動することは自分自身から
行動することであるから。それでも自由と理性であるこの二つの能力は人間に特有なもの
ではなくて,人間の中にある主のものであり,人間が人間であるかぎり,それは人間から
取り去られはしない,(中略)人間が自由と理性とをもっているのは主から発しているため,
また人間はそのものから活動しているため,かれはかれ自身からは活動しないで,かれ自
身から活動するものとして活動することが生まれている、.」65なお,スヴェーデンボルイが
いう理性(ratio)は彼の諸著作から判断してVierllunftのことである..ハンス・カストルプの
超越者の予感とは異なっているが,スヴェーデンボルイも超越者を実感していた。ただ,ス
ヴェーデンボルイの揚合はその諸著作で「見霊者」として客観的に超越者を捉えたといった
旨のことを記したので,統合失調症による幻視・幻聴がおこっていたのだと言われるので
ある。前にも述べたように超越者は暗号としてその存在を示す。超越者を客観的に把握した
と言う者は,ふつうは幻覚を見たと言われるし,善意に解釈されても何らかの啓示宗教に
おける超自然の告知者,それも常人には理解できない告知者とされる、.したがって,超越者
の暗号を読み取るところまでは行っていなくとも「雪の中で見た夢」によってその存在を予
感し考えたハンス・カストルプの方が,スヴェーデンボルイよりも一般の人間に了解可能
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な在り方をしたといえる。
さて,ハンス・カストルプのフマニスムスは超越者の予感を踏まえた人間の主体性の尊
重ということであった.人間の位置は主体性の尊重を可能にする「死と生」や「冒険と理性」
などの真中に定められた。それは「夢」の中の情景で言えば「老婆と太陽の子ら」の中間に位
置するということである。その際,「老婆」に象徴される死(「悪意と陰惨な淫蕩と反人問性」)
へと引きずり込まれないためには,「考えを死に支配されないように」することと「善意と
人間愛・愛」を失わないようにすることが強調された。(上記の「反人間性」は原文では
Mellschenfeindschaftであり「人間嫌い」とか「人間への敵意」とかいった意味であって,
「反人間性」という訳から連想される恐れのある「Humanitatに反する」という意味で
はない,,)原文では、「善意」はGute,「人間愛」はMenscheIlliebe,「愛」はLiebeである、,
いずれも単純な単語である.ほかの日本語に訳すならばGUteを「親切(心)」「寛容」とするこ
ともできる。単語が単純なだけでなくハンス・カストルプの人間の在り方についての「雪」
の章での結論も単純なものであった..①「一つの大きな魂」が存在していることの確信(超
越者が存在するという意識),②「死と生」「病気と健康」「精神と自然」「冒険と理性」な
どさまざまな対立する考え・概念の中間の位置にあって,それら「対立する考えの主人」
として在ること(主体性の尊重),③「死に誠実な気持を持ちつづけ」ながら④「善意と愛
を失わないために,考えを死に従属させないように」すること(死に対する誠実な気持ちの
保持と交わりへの意志),以上の4つが結論であった、実存の根としての超越者を知ること,
主体的な在り方をすること,他者の実存を尊重しながら自らも自身の生を生きること,「死」
の絶対性すなわち「死」の不可避性を誠実に了解しながら,死に従属せず善意と愛によっ
て交わりを実現すること。この4つの結論は実存の意味内容から考えて,本来的な実存の
在り方を示していると言える(こう言える根拠について,第3章第5節∼第7節でさらに
詳しく述べる)、,「善意と愛」などと言うと空疎な美辞麗句のように聞こえるかもしれない
がそうではない、.各人が具体的にどのような生を生き,どのような在り方をするかという内
容的なことは各人が主体的に選び取り創造していくことであるから,人間同士がお互いの
生き方・在り方に対してとれる態度は,お互いの主体的生き方を善意と愛を持って認めてい
くということに尽きる。それ以上、生き方・在り方の内容的なことに踏み込んで「こう生き
るべきだ」とか「このように在るべきだ」ということを言うと,他者の主体性を奪ってし
まうことになるからである。このようなお互いの主体性を尊重した実存同士の交わりによ
って「血の饗宴をひそかに頭におきながら(下263)」も,すなわち死を知りっつも「聡明
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でやさしい集団と美しい人間社会を作る形式と作法(下263)」が生まれる。
なお,上記①∼④のハンス・カストルプの結論は実存的空虚を解決する際にも臨床的に
有効なものなのであるが,このことに関しても第3章第5節∼第7節で詳述する。
次に,「雪」の章におけるハンス・カストルプの問題となる部分の考察を行う。
ハンス・カストルプは実存についての概念的形式的あり方についての考察を美しく仕上
げたが,実存的に生きると言うことは,具体的な各人の生の現実の中でさまざまな場面に
直面した時に主体的にどうあるべきかを決断しながら生きるということを意味している。
現実生活のさまざまな場面では,ハンス・カストルプが出した結論の②の部分である主体
性の尊重が「中間の位置」に在ることのみによって実現されるのではない、1反って「中間の
位置」から主体的に決断してその位置から離れ,ある概念・考え・立場を選択してそこに
自己を投企することによって主体性を尊重するという事態に出会わされる,「雪」の章にお
けるハンス・カストルプの場合,「中間の位置」にある「対立する考えの主人」として人間
を捉えることで人間の主体性が確保されたが,現実の場面では「中間の位置」から出て何
らかの考えや概念・立場を,時にはいずれをとるか懊悩した末に,選び取らねばならない
状況があることが切実には意識されていないと言える,,そうした場合,主体的な決断によっ
て(キェルケゴール流に言えば「あれかこれか」の決断をすることによって)選択するので
あれば,やはり主体的に「対立する考えの主人」となったことになるが,その決断が前述
したように苦渋に満ちたものになることもよくある。その辺りの現実生活で往々にして経
験する主体的に「対立する考えの主人」となることに伴う苦しさがあまりにも意識されて
いない点が問題として上げられる,こうした問題点は次のようにいうこともできる。「雪」
の章でのハンス・カストルプの思考は現実から離れてあまりにも概念的,抽象的であった.
だれが言った言葉かは記憶していないが「カントのヴェヌスは美しい、、しかし血は通ってい
ない、」という言葉がある、1非の打ち所なく美しく形成された形式であっても,生身の人問
がその形式に従って生きようとする際の生々しい苦悩や内面的戦いには無頓着であるとい
う意味に使われる言葉である。「雪」の章での彼は現実とあまりにも遊離した場所にいて,
何ら生活の心配をすることなく日々を過ごしていた(親戚から多額の金晶がサナトリウム
にいる彼のもとへ送られてくる)〔1サルトルやマルセルなどが人間の実存を考え表現するた
めに小説や戯曲を書いたのは,それらを通して生々しい生きた人間の実存の在り方を表現
するためである。そうした,生きた現実の中で把握されない実存は何かむなしいものなので
ある。これはニーチェ(NietscheF.)の作品を評論する批評家が書いたものの中のいくつか
35
に,何か空しさを感じさせるものがあるのと似ている、ニーチェは自ら大学教授の職を辞し,
世俗的な権威や名声を捨てて全生活を賭けて哲学を遂行した。言わば命がけの思索であっ
た.1そうして出来上った彼の作品を,世俗的な権威や名声に守られた批評家が,自分が生き
ている時代や社会との根本的な対決を経ずして評論したような文章に接した時に,しばし
ば感じる空しさがある.「雪」の章におけるハンス・カストルプもそうした空しさに似たもの
を感じさせる。具体的な現実における個人の生は生活や名誉,安全などを賭さねばならない
場面に直面することがある。そうした具体的な現実の中でこそ切実なもの,真実なものとな
る実存であるのに彼自身が現実から遊離していること,現実から庇護された状況での思索
であることが,ある種の問題点を孕ませたと言える。(問題点というよりは物足りなさと言
う方が適切かもしれない。)ただし,前述したように彼が「雪」の章で得た結論は実存論的
に見て正鵠を射たものであった(第3章第5節∼第7節で,こう言える根拠についてさら
に詳しく述べる)。
そのようなハンス・カストルプがきびしい現実と直面するのが「晴天の震麗」の章にお
ける参戦である。
さて,以上に述べたように「雪」の章において本来的な実存の在り方を把握したハンス・
カストルプであるが,それは理念的なもの,頭で考えたもの或いは感じたものにとどまっ
ていた、しかし,彼にもベルクホーフ・サナトリウムを去る日が訪れ,なまなましい現実に
直面する時がやってくる。それは第1次世界大戦の勃発による従軍であった、.既にある程度
元気を回復していた彼はサナトリウムから出て志願して戦場へ赴いたのである1「晴天の露
翻の章の後半部分ではハンス・カストルプが戦場にいる場面が描写される,,まさに生死を
賭けた現実の中での彼が描写されている。こうした現実,生死のぎりぎりの分かれ目が現前
している戦場という現実の中でのハンス・カストルプの在り方について考察したい、.
作者マンはハンス・カストルプがいる戦場の様子を次のように描写する、、「薄明,雨,泥
湾,どんよりとした空を焦がしている赤い焔,般々と空にとどろきっづける砲声,(中略)
狂暴に飛んでくるうなりが,湿った空気を引きさき,落ちた揚所で爆発し,うめきとさけ
び,(下643)」。まさに戦闘が行われている場所である,「あそこに森がある,その森から
灰色の塊がつぎつぎと走りでて,(下643)」とあるようにハンス・カストルプたち兵士は
個人個人が無名の存在である「灰色の塊」にしか過ぎない。危険と死にさらされている戦場
を描写する作者(語り手)は自らと読者のことを「私たちは,路傍におずおずとたたずむ影
であって,危険のない影の境涯を恥ずかしく思い,(下644)」「ああ,私たちは安穏な影の
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境涯が恥ずかしい!(下648)」と述べる。それは兵士たちがいる戦場が悲惨な,死と隣り合
わせの場所であるからだ.「野蛮化された科学の産物が,おそろしい中身をつめられて,彼
(=ハンス・カストルプ)からななめ三十歩ほど前方の地面へ悪魔のようにふかくめりこみ,
そこの地面のなかですさまじいカで炸裂し,土と火と鉄と鉛と,きれぎれになった人間を,
家よりも高く空中へ噴水のように跳ねあげた。そこには二人の兵士が伏せをしていたので
ある,一二人は友人で,思わずならんで伏せをしたのであったが,二人はもう二人では
なく,こちゃまぜになり,消えてしまった、,(下648)」といった戦場なのである。そこでは
人間は単なる量的存在である。戦闘に参加しているハンス・カストルプを含む兵士はすべて
青年で3000人いた。「興奮している三千人の青年は,突破しなければならない、,彼らは増
援部隊として,(中略)燃えている村落まで一挙に銃剣突撃を敢行し,(中略)某地点まで戦闘
を押しすすめるのに協力しなければならない、.かれらが(中略)村落に達するまでに千人を
失うものと見こんで,三千人という編成がなされたのであって,これが三千という数の意
味であった。(下645)」そういった戦場でハンス・カストルプはどう行動したか?彼も一兵
士として行動したのだった。かってベルクホーフ・サナトリウムにいたとき彼は「安穏な影
の境涯」にいた,、「雪」の章における思索もそうした境涯でのものだった、そこでの思索は
「中間の位置」「善意と愛」に重きをおく結論に彼を導いた、.しかし,戦場にあって彼はそ
れらの結論とは程遠い行動をした。「彼(=ハンス・カストルプ)も,他の青年たちと同じよ
うにびしょぬれになって,顔を紅潮させている。剣つき鉄砲をにぎった手を下げ,畑の泥の
ついた靴を引きずりながら走っている.見たまえ,彼は倒れている戦友の手をふみつけた,
一鋲を打った重い靴で,枝の散乱している泥のなかへ戦友の手をぎゅっとふみつけた.
(下647)」敵を殺すために志願して兵士になり,戦闘のじゃまになる倒れた戦友の手をふ
みつけて進んだ彼は対立する考えの「中間の位置」ではなく母国が主張する正義の側に立
った,、「善意と愛」ではなく敵の殺鐵を実行した。戦争という状況の中で人はさまざまに行
為する。ハンス・カストルプの行為は第1次大戦当時の一般的なヨーロッパの青年のそれと
大差がない。すなわち当時としては,戦争がはじまったので志願し敵を殺すために戦地へ行
くという行為は特に好戦的な傾向を示しているのではないということである。平和主義
(Pazifismus)の流行はこの大戦の後からである。それでは戦場においてはハンス・カストル
プが「雪」の章で得た結論「中間の位置」「善意と愛」はどうなったのだろうか。それらに
ついて,まず「中間の位置」ということから考察する。
「雪」の章では,ハンス・カストルプはサナトリウムの入院患者であり,観念的に人間
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の生き方・在り方を考えているだけで支障のない生活が送れた.そこでは,「中間の位置」
にとどまったままでいることができた、1閉ざされたサナトリウムの中で,言わば観念的に対
立する概念や考えの主体的な支配者となることができた。しかし,現実の人生では沖間の
位置」からたち出でて,その時その場に見合った行動を選択しなければならない場面に直
面する。第1次世界大戦という現実にあってどのような考え・立場・行動を選択するかとい
うのもぞうした場面の一つである,何を選択するかは「中間の位置」にある個人が主体的に
決断する。ハンス・カストルプは母国の側に立って参戦の決断をした。「中間の位置」から
自由に決断して離れ,自己を参戦へと主体的に投企したのであれば実存論的に何ら問題は
ない。トルストイやガンジーなら不戦を選択したであろう。倫理的に考えた場合は参戦と不
戦のいずれが優れているかは問題となるだろう。しかし主体的な決断によってなされたの
ならば,参戦・不戦のいずれもその「主体的な決断」という部分では実存的な差異はない。
ハンス・カストルプは志願して参戦したのだった。
それでは,「善意と愛」についてはどうだろうか。参戦するということは他者を殺傷する
ことである。しかし,前にも述べたように当時のヨーロッパ人の意識としては祖国が他国と
戦争をした場合は祖国のために従軍するということはごく普通の行動であった。非戦を主
張したロラン(Rollalld,R,)やヘッセ(Hesse,H.)などは例外的な存在だった。時代的な限界を
突破できるほどハンス・カストルブは非凡ではなかった。彼は「単純な青年(下648)」「好
感は持てるが,単純な青年にすぎない(上11)」のだった。戦場にあって「雪」の章で得た
「善意と愛」を基礎とする人間の在り方は忘れ去られてしまった、それは敵に対してだけで
はない、.兵士を勝利のための道具,量的存在としてあつかう戦場で,ハンス・カストルプは
倒れた味方の兵士の手を踏みつげて進んだのだった。戦争という現実に直面しての彼はそ
のような状態となった。彼を非難することはたやすい、.しかし平和な現代日本にあって,す
なわち絶対的な安全圏にあってハンス・カストルプの戦揚での行動・「善意と愛」への裏切
りを非難することは,私たち自身を「雪」の章のハンス・カストルプと同じにすることに
なる。戦場という苛烈な現実から遊離した安全圏から,したり顔で戦場にいる個人の行動を
非難することは面映いことである。かって自分が戦場にあったか,平時にあってそれに近い
きびしい現実に直面した経験がない場合には。ともあれ「善意と愛」がなくなった戦場,個
人を量的存在と捉える戦揚では「実存」と「実存」との「交わり」もなくなっている,した
がって「聡明でやさしい集団と美しい人間社会を作る形式と作法(下263)」もない.
しかし,戦場でのハンス・カストルプに注目しなければならないことがひとつある、それ
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は彼が戦場で前に進みながら歌を歌っていることである。「どうしたというのだろう,彼は
うたっている!なにも考えられない,熱に浮かされたような興奮のなかで,それとは気づ
かずに口ずさむように,彼はたえだえな息を使って,小声で「菩提樹の歌」を口ずさんで
いる,『われはきざみぬ,かの幹に うまし言葉の数々を一』.(下647)」「彼は一瞬やら
れたと思った。大きな土くれが脛にぶつかり,痛かったが,平気であった。彼は立ちあがり,
泥が重くついた靴を引きずりながら,(中略)蹟蹟と歩きはじめ,無意識にうたった,『枝は
一そよ一ぎぬ,いざ一なうごとく一』そして,彼は混乱のなかへ,雨のなかへ,
たそがれのなかへ,私たちの目から消えて行った。(下648)」
この「菩提樹の歌」は有名なシューベルトの歌曲である。この歌について作者マンはこの
「魔の山」の中で考察を行っている.それは「楽音の泉(Fulle des Wohllauts)」の章66にお
いてである..そこでは,この歌はハンス・カストルプが愛しているレコードの中の一つとし
て紹介されている。この歌についてマンは次のように述べる。「『菩提樹の歌』の背後にある
世界は,彼(潔ハンス・カストルブ)の良心の予感によれば,禁断の愛情の世界であったが,
その世界はどういう世界であったろうか?それは死の世界であった.(下538)」そしてこの
歌の世界である「心情の世界(下539)」の意義やその世界が「良心のない美にみちた奇跡(下
539)」であること,その世界と死との関連性などについて考察した後に,この歌を魔術の
歌として次のように述べる。「その魔術の歌のために死ぬのは,きわめて意義ぶかいことで
ある!しかし,その歌のために死ぬのは,ほんとうはもうその歌のために死ぬのではなく,
愛と未来との新しい言葉を心にひめっっ,じつはすでに新しいもののために死ぬのであっ
て,その意味では英雄の死である一一(下540)」この歌についてのマンの考察につい
て論じることは控えるが,留意すべきはこの歌の背後にあるのは死の世界だということと,
この歌の世界である心情の世界,死の世界を背後にもつもののために死ぬのは,愛と未来
との新しい言葉を心に秘めて新しいもののために死ぬことを意味するということである。
「菩提樹の歌」にマンがこのような意味を見いだしていたことを考えると,この歌を戦場
にあるハンス・カストルプが口ずさんだということは,戦争という死が支配する世界をと
おりぬけて「死」を超えた「愛と未来との新しい言葉をひめた新しい生」へ遠することを
ハンス・カストルプに託したとも受け取れる。こうした視点からすればこの歌を「無意識に
うたった」ハンス・カストルプは,意識してはいないが,「雪」の章で得た結論のうちの一
つである「死の絶対性すなわち死の不可避性を誠実に了解しながら,死に従属しない」と
いう在り方を戦場にあっても心のどこかで志向していたということができるであろう.こ
39
の「死を通り抜けて生へ」という行き方が,前述した「雪」の章でのハンス・カストルプ
の言葉umkomlnenに対応する、.この言葉は吹雪の中で死を間近にしてさまよった時に,
ヒュッテからヒュッテへとぐるぐる回りをしたときに使われた言葉だった,「循環する・ぐ
るぐるまわる」という意味で使われたumkommenであるが,通常は「死ぬ」という意味
で使われる言葉であった。ハンス・カストルプはこのぐるぐる回りの後で,「善意と愛」を
尊重す’るという結論,考えを死に従属させないという結論を得る。すなわち,umkommen
死ぬことをとおって生に達したということになる.そうであるゆえに,さまよってぐるぐる
回ったことをumkomme11と表現したのである。作者マンは戦場のハンス・カストルプにつ
いて「君は肉体の世界ではほとんど経験できないことを,精神の世界で経験することがで
きた,、(中略)死と肉の放縦のなかから,愛の夢がほのぼのと誕生する瞬間を経験した1「世界
の死の乱舞の中からも,まわりの雨まじりの夕空を焦がしている陰惨なヒステリックな焔
のなかからも,いっか愛が誕生するだろうか?(下649)」と記している(「愛の夢がほのぼ
のと誕生する瞬間」とは「雪」の章でハンス・カストルプが結論を得た瞬聞を指し,「世界
の死の乱舞」「陰惨なヒステリックな焔」は戦争を指している)。ここからも,戦場という「死」
の世界,現実の「死」の世界をとおってハンス・カストルプが再び現実の人生の中で「善
意と愛」の世界へ達することにマンが思いをはせていることがわかる、.因みに,この記述「君
は肉体の世界ではほとんど… 」は「魔の山」の最後の部分の表現であることも記して
おきたい。
なお,こうした「死を通り抜けて生へ」という行き方については「魔の山」のほかの部
分にも表されている。・
第3章 登場人物の存在様態の臨床的意味一実存的空虚の解決へ向けて
第1節 合理主義と実存一セテムブリー二
第2章で,「魔の山」の主要登場人物4人の在り方・思想などをかれらの言動にもとづい
て実存の視点から分析した,,本章では彼らの言動に表されたその在り方・思想などの臨床的
意味について考察する。すなわち,彼らの言葉や行動に表れた在り方・思想などが実存にと
ってどのような意味をもち,実存的空虚の解決のためにどのような臨床的意味を有するか,
・たとえば,「生にいたる道は二つあって,その一つはふつうの真直ぐな大通りであり,も
う一つは裏道,死を通りぬける道であって,これこそ天才的な道なんだ!(下)440」とい
うハンス・カストルプの言葉など,.
40
ということについて考察する。また,そうした臨床的意味の把握をもとにして実存的空虚の
解決にとって有効な思想・在り方などを考察する。いずれの考察も実存論的視点から行う、、
本節では合理主義と実存について考察し,セテムブリー二の思想・在り方の臨床的意味に
ついて述べたい。まず合理主義と実存について考察するにあたって,一般的に現代の実存主
義の源流として位置づけられているキェルケゴールと彼が攻撃したヘーゲル
(Hegel,GWE)に注目することからはじめたい。キェルケゴールがヘーゲル哲学の何を攻
撃したかについてはよく知られている。手短に言えば,ヘーゲルの汎論理主義の哲学とそこ
から描かれる客観的汎論理主義の世界像の中では,個人の自由や主体性は何ら意義を認め
られないという点を攻撃したのである。そしてこの汎論理主義は合理主義を自然科学のみ
ならず,倫理,人間の在り方,形而上学など一切のものに拡大したものである,.汎論理主義
に対する同様の攻撃はドストエフスキー(皿OCToeBCK}1焦Φ.踊.)の小説「地下室の
手記」(1864)の中の主人公がいう言葉に端的に表れているのと同じ心情によるものである、,
この小説の主人公は合理主義とその真理性を保証するものとしての論理性客観性重視とい
う考え方を個人の生き方にまで適用することに反発する。彼は論理的客観的な真理の例と
して「二二が四(2×2=4)」を引き合いに出して,そうした真理を人間の在り方・生き
方にまで適用することに反抗して次のように言う。「諸君,問題が一覧表だの,算術だのと
いうところまで行ってしまって,二二が四だけが幅をきかすようになったら,もう自分の
意志も糞もないじゃないか?二掛ける二は,ぼくの意志なんかなくたって,やはり四だ。
じぶんの意志がそんなものであってたまるものか!」67「二二が四などというのは鼻もち
ならない代物である..(中略)二二が四などというやつが,おつに気どって,両手を腰に,諸
君の行く手に立ちふさがって,ぺっべと唾を吐いている図だ,二二が四がすばらしいものだ
ということには,ぼくにも異論はない.しかし,ほめるついでに言っておけば,二二が五だ
って,ときには,なかなか愛すべきものではないのだろうか。」68「自意識は,ぼくの考え
では人間にとって最大の不幸だ,(中略)しかしぼくは,人間がそれを愛しており,いかな
る満足にもそれを見替えないだろうことを知っている,,自意識は,たとえば二二が四などよ
りは,かぎりもなく高尚なものである。二二が四ときたら,むろんのこと,あとにはもう何
も残らない。することがなくなるだけではなく,知ることさえなくなってしまう、.そのとき
にできることといったら,せいぜい自分の五感に栓をして,自己観照にふけるくらいだろ
飢」69つまり個人の何らかの行動への意欲や善あるいは悪への意志など個人の志向性の一
切が合理的に説明され尽くしたところには,もはや各人の個別性も自由も主体性もなくな
41
ってしまうということである。実存とは第1章第1節で述べたように「自らが『自分の生
を生きている』ということを実感できるべく現実的,個別的,主体的に存在している自由
な自己」を意味する。すなわち,論理性客観性を敷衛した果てにそれらを基にした世界像を
個人の生き方にまで適用することは実存をおしつぶしてしまうことになるのである.実存
にとって欠くことのできない個別性,主体性,自由が消えてしまうからである。
ところで,こうした汎論理主義の考え方はヘーゲル固有のものではない、ラッセル
(Russell,B)(1946)が「カント哲学の重要な発展は,ヘーゲルの哲学だった」70と述べたよ
うに後期シェリング(Schelling,FWJ.)を除くカント以降のドイツ観念論やカント哲学の
源流の一つとなったデカルトに代表される大陸合理論にも同様に見られるものである。そ
して,デカルト,カントらの合理主義志向は啓蒙主義の流れに於いてあることを考えれば,
セテムブリー二の言動に表れた思想に基づく存在様態が実存にとって受け入れがたいもの
であるのは明らかであろう。換言すれば,人間を一般的・普遍的・客観的・抽象的・理念的・
法則的な面から捉えるのではなく,個別的・特殊的・主体的・具体的・現実的な面および
自由の面から捉えることが実存にとっては必要だということである、、ヤスパース(1950)の
言い方を借りれば「われわれは二重の様態において,すなわち,研究対象としての人間お
よび,一切の研究の近づき得ない自由すなわち実存としての人間という二つの様態におい
て,人間なるものに接近できる。第一の場合には対象としての人間が問題となるが,第二の
場合には非対象的なものが問題となるのであって,この非対象的なものとは,人間がおの
れ自身を本来的に意識する時の人間のあり方であり,そのときに覚知されるものなのであ
る.人間が何であるかということは,人間について知られたことによって言いつくすことは
できず,われわれの思惟と行動との根源において経験されうるのみである。」71ということ
である..この場合の「研究対象」とは研究されることによってその意欲や思考,志向や行動
などが客観的普遍的一般的に説明され尽くしてしまう対象といった意味である。ことに実
存的空虚に陥っている者にとっては,実存としての人間という捉え方が必要であ盈,なぜな
らば,実存的空虚とは人間一般ならぬ個別的自己すなわち他者ではないほかならぬ「この
私」,他者とは異なる特殊的存在としての「この私」,具体的な生活場面で現実に生きてい
る「この私」が生き生きと生きることができていない状態だからである。それでも啓蒙主義
の理念が未だ現実的なものと捉えることがかろうじてできた第1次大戦前のヨーロッパで
は,汎論理主義の世界像を信頼してその世界像が示す理念や未来に自己を託して(自己を同
化して)自己の生の意味を把握することも何とか可能だったでかもしれない.そうした世界
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像は通俗的には,汎論理主義が実証をふまえて現実場面に適用されたものとしての悟性尊
重主義すなわち科学主義による人類の進歩と協調によって実現される幸福な新世界という
イメージである。それは一種の悟性信仰,啓蒙信仰である,.しかし,カジノ的資本主義の蔓
延やヒロシマ・ナガサキの原爆を発端とする核兵器の存在という歴史的現在を見るとき,
啓蒙・悟性によって発展した経済,科学および科学技術が「人類の進歩と協調による幸福
な新世界」をもたらすという発想が色あせたものとなっている事実は覆いがたいであろう。
ただし,啓蒙思想や臨性重視の考え方は歴史的には中世的な独断論を取り除く上で大きな
役割を果たしたことは否めない。科学の発達に寄与したことも事実である。また自然科学や
社:会科学の研究に大きな意義や自己充足を見いだすのも肯定されるべきことである,「真理
追究や創造への欲求,他者との交わりへの欲求などが人間の根源的な欲求であることを考
えると,ヤスパースが言うところの科学的世界定位・・としての真理を追究するものである
科学を研究することや,科学技術による製品の開発,それらによる祉会貢献を通じた他者
とのつながりを意識すること等は健康なことであると言える。批判されるべきは次の2つ
である。1)現代では人類の普遍的な理念として啓蒙主義や科学主義を標榜してそれらを信
じるように要請するのは疑問視せざるを得ないということ。2)悟性の重視は科学的認識の
深化や科学技術の発展への寄与などの地平を越えて,人間の在り方までを規定するところ
の汎論理主義となれば実存を圧迫するということ、実存は汎論理主義的認識方法では把握
できず,無理にそうした方法で捉えようとすれば霧消してしまうというこど.
なおセテムブリー二の信条としては,ほかに人文主義と市民主義による民主主義をあげ
ることができる。まず人文主義についてであるが,これは第2章第1節ほかで述べたよう
に,人間の中に普遍的に存在すると想定した人間性(人間の本性)を信頼しそれを開花させ
ようとするものであるが,この人間性の開花とは結局は人間の現世的諸能力の開花を指す
・・ヤスパース哲学における「世界定位(Weltorientierung)」は,現存在にかかわるもので
ある、ヤスパースが言う「現存在(Dasein)」とは次のようなレベルで捉えた人間のことで
ある..すなわち世の中にあって日常的に生きている現存在としての人間すなわち自己の
保身や幸福・勢力の維持拡大などを目指して自分の周りの環境に影響され,また影響を
与えっっ生きる人間を指す。世界定位とは,この現存在につながる物質・生命・心などの
諸事物についての対象的な知識のことである。そのような知識が世界定位と名づけられ
たのは,そうした知識が世界の中の限定された存在に関しての知識であることを示すた
めであろう。すなわち実存とは何かといったレベルの知識は世界定位には含まれない,世
界定位は科学的世界定位と哲学的世界定位とに分けられる。「科学的世界定位
(forschende Weltorientierung)」とは経験的な個々の:事物についての客観的普遍妥当的
な知識・認識となるものを指す、.
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ものであって,実存について何らかの示唆を与えるような性質のものではない。市民主義も
セテムブリ豊州のそれは18−19世紀的なもので,実存の根をおろすにはあまりに楽観的
に把握されすぎている。なぜ楽観的すぎるのか、それは現実にこうした社会が発展して官僚
制を生み出し,官僚制機構は「容器(Gehause)」として実存を押し込める働きをしたとい
う歴史的事実があるからである.…そうした市民社会の発展は同じく歴史的事実として人
文主義・啓蒙主義の発達と連関していた。また,今ひとつの歴史的事実として,18世紀以
降の市民社:会の発展に伴ってキリスト教の神が実質的に退場し,この神を価値の源泉とし
ていたヨーロッパの鋭敏な者たちが価値喪失感情による深刻な実存の危機に陥ったという
ことも指摘しておきたい。・ii・セテムブリー二の中でもこれら人文主義・市民主義は啓蒙主義
と相互に関連している。ただし,各個人が実存的に生きるための器としては民主主義社会は
適しているであろう、,その意味では,セテムブリー二型のものとは異なる何らかの形の民主
主義社会は実存にとってふさわしい形態の社会の中の一つと言える(「何らかの形」と記し
たのは,理想的な民:主主義社会の形態が私自身,未だ描けていないからである)。
以上のことからセテムブリー二についての臨床として次のように言える。①科学の発展
に寄与するもの,宗教的な独断論を排除するものとして啓蒙主義の悟性重視を主張するの
は適切なことである、.②科学による真理探究や科学技術の開発それらによる社会貢献に意
味を見出すのは健康なことである,.③啓蒙主義の理念を現代に普遍的に妥当するものと考
えるならばそれは誤りである。④啓蒙主義が少なくとも可能性として内包する汎論理主義
は実存を圧迫するものとなるので実存を重視するものにいは受け入れがたい、,実存を捉え
るには啓蒙主義とは異なる人間存在の捉え方が必要である,⑤実存的空虚や実存神経症な
どの実存の危機にあたっては,セテムブリー二の思想に基づく存在様態をもってするので
は対処できない.第1次大戦前よりも啓蒙主義の時代的ズレが大きくなった現代ではセテ
ムブリー二自身が実存的空虚に陥る可能性も予想される。⑥セテムブリー二の人文主義は
実存についてイ可らかの示唆を与え得ず,彼の支持した市民主義(社会)は歴史が示すように
実存にとって望ましいものとはなりえない。
・・iこの官僚制の問題については第2章第1節参照。そこでは啓蒙主義の中に含まれる悟性
を使った合理主義との関連で官僚制を説明したが,この後に述べるように啓蒙主義は近
代市民主義と関連しており,近代市民社会の中に官僚制を生み出す啓蒙主義の精神があ
つた。
・i・この18世紀以降の市民社会の発展と神の退場,価値喪失については第2章第2節を参
照。
44
第2節 啓示信仰と実存一ナフタ(1)
本節では啓示信仰と実存について考察し,あわせてナフタの臨床について述べたい。なお
ナフタについての臨床は次節でも行う。
古代から現代にいたるまで啓示宗教は多くの人々の実存的な存在基盤となってきた。個
体としての自己は生まれる前はどこにいたのかわからない。いっ死んでしまうのかもわか
らない。死んだ後どうなるのかもわからない。何が善で何が悪なのかハッキリした基準が欲
しい。不可解なことが偶然発生する人生に偶然を超える安らぎが欲しい。以上のような疑問
や欲求は実存に深くかかわっている。なぜならば,それらは「自分の生を生きている」とい
う意識に,「だがそれはいつ終止符が打たれるかわからない」等の不安や恐れを抱かせるも
のに対する問いや欲求だからである。換言すれば現実的,個別的,主体的に自由に生きよう
とする自己をおびやかす問いや欲求だからである。そうした問いや疑問に答えるものの一
つとして啓示宗教がある。啓示宗教はその教祖・預言者などの言葉や経典の文言によってそ
れらの問いや欲求に答える。ユダヤ教キリスト教,イスラム教などは典型的な一神教の啓
示宗教である。こうした啓示宗教を信仰することを啓示信仰という。ナフタが従うローマ・
カトリックはキリスト教の中に含まれる(ここで留意しておきたいのは,カトリックの信徒
でない者からは当然のものと思われるこの「ローマ・カトリックはキリスト教の中に含ま
れる」という表現が,カトリックの熱心な信徒からは肯定されないだろうということであ
る。なぜならば,カトリックこそ正しい信仰であると信じるゆえに,ローマ・カトリックこ
そ唯一のキリスト教,それどころか唯一の正しい宗教真理を保有している唯一の教団と
捉えるだろうからである。このことについての実存論的考察を後で行う)。
啓示信仰では,教祖や預言者などによって神から啓示された言葉を信じることが人間の
救いとなる。(バイブルでは言葉のみでなくモーゼが神を見たことまでが記されている。)
こうした信仰に基礎づけられた生き方に自らの生の意味を見出すことはその信仰者個人に
とってはその実存的欲求を満たすことになる。理性では捉えられない神を自らの決断によ
って信じ愛することにより個人の主体性が充たされる。現実の場面で出会う個別的な悩み
を信仰が支える。無神論者であるサルトルは第2次世界大戦中に実在した青年の行動につ
いて記したことがある。母親と二人でフランスに暮らすこの青年は,ナチス・ドイツとの戦
いに参加したいと思っていた。彼についてサルトル(1946)は次のように言う.「この青年は
そのとき,イギリスに向かって出発し,自由フランス軍に投じるか一つまり母親を捨て
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るか,それとも母のもとにとどまり,母の生活を助けるか,どちらかを選ぶ立場にあった。
彼は母親がただ彼だけをたよりに生きていること,彼がいなくなれば一おそらく戦死す
るかも知れない一母は絶望にたたきこまれるだろうことをよく理解していた。(中略)二
つに一つを選ばねばならない。しかしだれが選ぶのを助けてくれるだろう。キリスト教の訓
えか。そうではない。キリスト教の訓えはいう.恵みぶかくあれ。汝の隣人を愛せよ。他人の
犠牲となれ。最も苦しい道を選べ,など… 。しかし最も苦しい道とは何か。だれを兄弟の
ように愛すべきか。戦士をか、母親をか。全体のなかで戦うという漠然とした効用と,明確
な或る特定人の生活を助けるという明確な効用と,どちらの効用が大きいか.誰がそれを先
験的に決定し得よう.誰もない.既成のいかなるモラルもそれをいうことは出来ない。」72し
かし,層これは無神論者の言葉であって信仰をもっているものならば,こういう時にこそ信
仰がそのカを発揮するというだろう。たとえば,神に祈ることによって,その祈りの中で選
ぶ道が示される。教会へいって神父に神の意志を聴いてもらってその決定に従う。以上のい
ずれもが不可能な状態にあって,自分が決断した道を選んだ結果,その選択が失敗だった
としても戯悔することによって神に赦していただける,など。こうしたことは無神論者から
見れば信仰者の安易な欺隔的態度に見えるかもしれない。しかし信仰者は時には自らの宗
教・宗派のためには殺人も辞さない。また,信仰を守るために殺されるのも厭わない、,十字
軍やフランスのユグノー大虐殺ジョルダーノ・ブルーノの火刑による死,ローマ帝国皇
帝ディオクレティアヌスなどによるキリスト教徒迫害の際の殉教などがその証である。基
本的に信仰は安易どころではないものである。そうした厳然としたものであるがゆえに信
よ
仰に尭り頼むことができるともいえるであろう。言わば「信仰に賭ける」とでもいったもの
が要求されている。ヤスパース(1948)は「新約聖書はすでに,何の抵抗もせずに山上の垂訓
を説いたイエスにさえ,私は平和をもたらすために来たのではなく剣を投げこむために来
たのであるという言葉を語らしめている。イエスに従うか否かという二者択一が立てられ,
私に味方するのでないものは私に敵対するものだとされている」73と示唆している。すべて
の現象は教祖や預言者が残した言葉やその言葉を「正当に」解釈しているとされる教会の
言葉などの啓示によって説明・了解される。ヘーゲルなどの汎論理主義による世界解釈との
決定的な違いは,根本にあるのが論理ではなく信仰であること,神は信仰の対象としての
人格神であり,その神に向かって祈ことによって何らかの神からの応えを何らかの方法で
聞くということなどである。基本的に啓示信仰とは神と個人との「我一二」の関係である。
神が絶対であるとしても,その神と信仰者の間に関係が結ばれるのであって,汎論理主義
46
の中に個人が飲み込まれるような関係ではない。その信仰の中で,信仰している者にしかわ
からない自由や実存に不安を与える問いや欲求への答が与えられている,そうした信仰に
おいては「神のために行う=自己の実存のために行う」と言った境地も生まれるようであ
る、,たとえばキェルケゴール(1843)は次のように言う。「一体アブラハムは,何故かく行う
か。神のゆえに,また(これとまったく同一であるが)彼自身の故に」74しかし,信仰者が味
わう自由や実存的な充足について考察することは差し控えたい.それはまさに一神教の信
仰にかかわる分野であって,そのような信仰者でない筆者にとっては窺い知れない世界だ
からである。たとえば,処女マリアからイエスが誕生したことを信じるといったことがその
世界に含まれているが,こういつたことをキリスト教の信徒でない者が生物学的な見地か
ら批判することは信仰への批判としては的外れなものとなろう。これはまさに信じる信じ
ないの次元の話だからである,,ナフタは一神教の信仰の世界に生きた、,彼の信仰は彼にとっ
ては絶対のものであった。この後の第3節以降でナフタの存在様態について批判がなされ
るが,少なくとも彼は彼自身にとって満足できる実存の根を啓示宗教の中に見つけること
ができた、その意味では彼の臨床として次のように言える、①ナフタは実存的に生きること
ができた。②彼の実存の根は啓示宗教におろされている。啓示を信じることから始まる実存
は,何らかの契機によって信仰をもった者以外には知りえない実存的充足をもたらす(啓示
信仰の無い者には窺い知ることはできない).③ニーチェ(Nietzsche,R)は100年以上前に
「神は死んだ」といったが,現代においても啓示宗教は亡びておらず,ナフタのように啓
示信仰によって生きている者は数多くいる。そうした信仰をもっか否かはその知性の高低
や科学(技術)の発展している地域にいるか否かといったこととはかかわらない。ナフタは
現代に生きても実存的空虚に陥ることはないと考えられる。
第3節
全体主義と実存一ナフタ(2)
ナフタは全ての人間にローマ・カトリックへの絶対的な服従を強制する、.カトリック
(Katholik)は「普遍的な」を意味する言葉であるが,ナフタはカトリックをまさに普遍的
な宗教と捉えているのである。厳格な信仰を要求する彼は,カトリック教会ひいてはバイブ
ルが示す絶対的なもの・実在にのみ存在価値を認めそれ以外のものは無価値としたことは
第2章第2節で述べたとおりである、人間を例にとれば霊と肉では霊にのみ価値があり肉
は無価値である。霊は実在である神に応えるものであり肉はそうではないのだから,と言う
わけである。ナフタには「ほんとうは神と悪魔とは一つであって,人生に対立しているだけ
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である。一神と悪魔は結び合って宗教的原理をあらわし,人生,現世的市民性,倫理,
理性,徳と対立しているだけである。(下206)」という言葉もあった。神に対抗する悪魔
もまさに神に対抗するというそのことのゆえに実在界の存在であると認められ,意味ある
ものとされている、、それに対して,神と交渉を持たないもの神の意義を認められないものは
実在界のものではないゆえに本来的には存在しないものであって無意味・無価値とされて
いる.、また,「ナフタは(中略)セテムブリー二氏が神と人間との対立をみとめず,人間と
言う問題,層
燒ハ的個人の争いを個人の利害と全体の利害の争いとのみ理解し,人生を目的
自体と考え,非英雄的にも実益のみをねらい,(中略)現世主義的な市民的な倫理性を擁i護
することを攻撃し,一それに反して,彼ナフタは内面的人間の問題はむしろ感覚的なも
のと超感覚的なものとの争いにあることをはっきりと認識していて,その意味で真実の,
神秘的な個人主義を代弁しており,ほんとうの意味で自由と主体の擁護者であると力説し
た、、(下212)」という記述もあった,しかしナフタが示す存在様態は宗教信仰としての全
体主義への帰依であって「自由と主体の擁護者」とは称しがたい、宗教信仰としての全体主
義は「唯一的なおのれの真理を認めよという要求を万人にかかげる(ヤスパース)(1950)」75.
ナフタにとってはローマ・カトリックが自らの実存の基盤となるものであったし,他の人
間にとっても受け入れてしかるべきものであった。否,「しかるべき」どころではない。強制
的にでも受け入れさせるべきものであった、、これはきわめてエキセントリックで極端に粗
暴な考えのようであるが一概にそうも言えない。歴史を見渡すと人間が全体主義に己を任
せるケースを頻繁に見ることができる。ドストエフスキー(1881)の「カラマーゾフの兄弟」
の中の「大審問官」の章において大審問官は次のように言う、.「人間にとって,身は自由で
ありながら,できるだけはやく脆拝すべき相手をさがし出そうということほど絶えまない
苦しい心配はないのだ。しかし人間は,(中略)議論の余地なくだれもが一斉に脆拝するこ
とに賛成できる対象をさがし求めている。なぜなら,これらあわれな人間どもの心労は,(中
ヘ
へ
ヘ
ヘ
ヘ
へ
略)だれもが信じ,かっ脆拝し,しかもぜひともみんないっしょにそうすることのできる
ような対象をさがし出すということにあるからなのだ,この,みんないっしょに脆拝したい
という欲求こそ,世のはじめからつついておる人間個々人および人類ぜんたいの最大のな
やみなのだ。この,すべての者に脆拝させようということから,人間は剣をとってたがいに
殺しあってきたのだ。彼らは神々を創造して,『自分たちの神を捨てて,われわれの神の前
にひざまずけ,さもなければお前らもお前らの神もほろぼしてしまうそ!』とたがいに呼
びかけあってきた。」76ここには現実の歴史の中で,人間にとって価値の源泉・生きる意味
48
の源泉としての全体主義がいかに意義深いものであったかが述べられてい惹,そうであれ
ばこそ,前述したような十字軍やフランスのユグノー大虐殺,ブルーノの火刑死殉教な
どが起こったのである、.このような全体主義への志向はローマ・カトリックに支配されたヨ
ーロッパ中世などでよく見受けられた.現代でも全体主義者はいる、、キリスト教関係以外に
もいる。たとえば教条的なマルクス主義者がそうである。中世的ローマ・カトリックとマル
クス主義の類似についてはラッセルが適切な考察を作っている。彼(1946)はローマ・カトリ
ックの最大の教父であるアウグスティヌス(AugustinusA)の思想とマルクス主義を比較
して次のような対照表を作った。
ヤーヴェ神=弁証法的唯物論
三三壬=マルクス
選ばれたる者=プロレタリア階級
教会=共産党
キリストの再:臨=革命
地獄=資本家の処罰
至福千年=共産主義的共同祉会77
上の対照表の左側がアウグスティヌスの思想であり,右側がマルクス主義の思想である。
「左側にあるコトバは,右側にあるコトバの感情的内容を示しているのであり、(中略)同
様な対照辞引を,ナチスについてもつくることができようが,かれらの諸概念はマルクス
のそれよりも,より純粋に旧約聖書的であり,それほどキリスト教的ではない」78とラッ
セル(1946)は述べている。このラッセルの見解に相応じるようにナフタも一方では共産主
義者である。ナフタは次のように述べていた。「『今日の世界で市民的資本主義の腐敗にたい
して人道主義と神の国家とを唱導する世界無産階級がかかげている要求(中略)労働者階級
の独裁,時代のこの政治的,経済的救済の要求は,支配そのものが目的の永遠にわたる支
配を意味するのではなく,十字架のしるしによる精神と権力との対立の一時的止揚,地上
支配という手段による地上克服,過渡性と超越性,すなわち,神の国という意味をもって
おります、,労働者階級は法王グレゴリウスの仕事をうけつぎ,グレゴリウスの神に対する
熱情は,プロレタリア階級のなかにも燃えていて,手に血をぬることを,グレゴリウスの
ように恐れてはならないでしょう。プロレタリア階級の任務は,世界救済のために,救済の
49
目標の達成のために,国家も階級もない神の子の状態を再現させるために,チロルを巻き
おこすことです』(下106)」因みにグレゴリウスとはナフタが「『神の国の創始者である
グレゴリウス1世』(下104)」と呼ぶ第64代のローマ法王(St.Gregorius I,在位590
−604)である。ここで,グレゴリウスの名前にSt.すなわち「聖者」の称号がついている
のに留意したい.法王すべてにSt.の称号がっくのではない,,この称号は現在にいたるま
でローマ・カトリックが公認しているものである、,このグレゴリウスはナフタが「神の信仰
が平和的でありえないのは当然であって,グレゴリウスもいっています,『剣に血ぬるを恐
れる者に呪いあれ!』と。(下104)」と述べた法王である。全体主義はその名のとおり「全
体」を要求する。それは「我のみ正し」と表裏一体となった要求である.何らかの全体主義的
宗教の中に実存の根を見出しえた者は,そうした宗教が求める「我のみ正しく他(の信仰や
無信仰)は邪であるゆえに否定されねばならない。全体が正となって初めてこの要求は消滅
する」という要請を果たすことになっていく。そうした要請を取り合わないならば,全体主
義的信仰にあっては真実の真剣な信仰とはいえない、、つまり実存の根拠となるに値する信
仰とはならない。ところが,ローマ・カトリックの語義を例にとるならば,先に述べたよう
にKatholikが「普遍的な」を意味する言葉であるにもかかわらず,それはキリスト教の
一つの「宗派」である。すなわち,すべての個人が信仰しうるような普遍ではないと言うこ
とである。ここに全体主義的信仰の矛盾が露呈している。同じ全体主義的信仰の中にいるも
の同士の間には交わりが生まれるが,その中に主体的に入れない者すなわち強制によって
ではなく自らのやむにやまれぬ内的欲求がその信仰へと導くのではない者とは,信仰それ
自体が障壁となって交わりを持ちえない。そうした信仰をもち得ない者は,信仰を持ってい
る者と会話をしたときにヤスパース(1948)が指摘した次のような事態と感想を経験する。
「神学者との議論においては決定的な点で論議が中断され,神学者が黙りこんだり理解で
きぬ文句を口にしたり何か違った問題を話したりするという事実であり,また,彼らは何
かを絶対的に主張するし親切に善意をもって語りかけるのだが以前に言ったことを実際に
思い浮かべているわけではないという事実であり,そして結局は彼らが本当に[私のほう
に]関心をもっているわけではないという事実である。というのは神学者たちは,一方では
おのれの真理性を恐ろしいほど確信しており,他方では,頑固な人間にみえるわれわれの
ことなど自分たちにとって苦労に値しないものと見なすからである。(中略)窮極的に真理
を所有しているような人は,もはや他の人と正しい話し合いをすることはできない、,彼は,
信じこんだことがらの内容のために,真正な交わりを断つことになるのである,,」79全体主
50
義的信仰を持たぬ者にとっては幸なことに現代では異端や異教徒と見なされたものを強制
的に自らが正しいと信じる信仰へ転向させようとすることは行われなくなった。が,そうし
た信仰をもつ者は自らが信じる信仰に入らない人間を徹底的に真理を知らない者と捉え,
一般低い者と見なす、それでも全体主義が求める人類全体の改宗への要請は消滅しないか
ら布教や改宗のための説諭がおりあるごとに行われる.頑固に信仰を拒むものは哀れむべ
き者,ひどい場合には悪に荷担するものとされて信仰者たちが考える良き世界から疎外さ
れる。そうしてこそその良き世界の中で全体主義が実現されることになる。しかしこうした
世界における信仰者の実存は当然のことながら信仰すなわち自分が信じる教祖の言葉が記
されている経典にある言葉やそれを教会が翻訳して語る言葉を信じ仰ぐことが条件になる。
しかし,それらの言葉のなかには科学によって把握するべきことであるのに敢えてそうし
た把握方法を採用しないということによって,宗教を信じえぬ者や他宗の者には肯んじえ
ないことも含まれている,1こうした事実についてヤスパース(1963)は次のような例をあげ
ている。「これについて少しばかりの例をあげてみましょケ..(中略;一つめ例を省略)第二
の例は,イエスは肉体的に墓から蘇生した,彼は肉体的に蘇生した者として弟子たちの前
に現われ,彼らと語り,それから昇天した,という信仰陳述であります。こうしたことはす
べて事実としては主張できません、死体が肉体として甦り,その肉体が事実として世界内で
出会われるということは,ありえないことです。それが触れることを許さない奇異な肉体だ
ろうと,あるいは触れることができ,その傷に指を当てることができる普通の肉体だろう
と,そういうことはありえないことです.(中略)神学者たちは今でも,聖書は生物学的:事実
について教えるものではない,という当然のことを言い切ることによって,肉体的復活を
全体として放棄してしまうということを決してしてはいないのです、,科学的認識は世界内
で避けることのできないものであり,これに矛盾することは錯覚である一私はこう申し
ました.」80何らかの恩寵によってこうした「錯覚」も真実と信じることができるようになっ
た者や「不合理なるがゆえに我信ず」・・と言えるようになった者らにとっては錯覚はもは
や錯覚ではない。しかし,そうではない者が「錯覚」を信じることを勧められ強制されるのは,
主体的に真実を求めることを要求する実存にとって耐えがたいことである.こうしたこと
は宗教に限らない。何らかの価値体系に関わる全体主義はそれが全体をめざすが故にそれ
1・これはテルトリアヌス(Tertulhanus)の言葉としてしばしば引用されるが,彼の著作には
そのままの形では見出されない。この場合の「不合理」とは,古来「道理に反している」とい
う意味に捉えられている。
51
に従わない者に対して同様の勧誘・強制を可能態として内包している、,全体主義が誰にとっ
ても首肯できるものであるのは自然科学的真理についてであって,それ以外の価値的認識
や信仰にはあてはまらない、.ナフタが従っているそのような全体主義はそれに属すること
を拒否する者にとっては実存をおしつぶすものである、、強制によるか安易な無思慮によっ
て信仰や何らかの価値を受け入れた者は自己を放棄するものである.それは古代インドの
沙門たちがブラフマン(梵天)とアートマン(真我)の合一を求めて主体的に世俗的な自
我からの解脱を求めたようなものではなく,ロボット化とでもいうべき自己喪失である、,
一方で恩寵などを契機として信仰を主体的に選んだ者にとってはそれが全体主義的性格の
ものであっても信仰が実存の根拠となる、1そして,全体主義それ自身は自らを主体的に選ん
だ者に自らの信仰や価値を他者へ伝達することを否みがたく要請する。以上に述べたこと
からナフタ的な全体主義についての臨床的見地からの結論として次のように言うことがで
きる。①ナフタの信仰による全体主義は他者へその信仰・価値観を強制あるいは移植するこ
とをその帰依者に求める。そうした要請は他者の実存を圧迫するものとなりうる..それは全
体主義が必然的に内包する可能性である.②全体主義の要請に応えて信仰を主体的にでは
なく強制あるいは自己の安易な無思慮によって受け入れた者は自己の実存を失う。全体主
義者であるナフタは他者の実存を喪失させる可能性がある、.③実存的空虚に悩む者にとっ
てナフタからの入信・改宗への誘いは,その者にとってナフタが信じるものを主体:的に信
じることができる場合にのみ救いとなる。強制や安易な無思慮による入信や改宗は,教義に
反しても自己にとってこれが真実であると思われることを真実であると言いたい,といっ
た実存的欲求が充たされないために実存的空虚の解決には無効である。
主体的な単独者が何らかの恩寵を得て信仰を獲得し神に直面して帰依することができる
ようになった時には,その信仰は実存的空虚を解決するであろうし,そうした単独者同士
がつながればそこに教会が生まれるのであろう,.しかし筆者は信仰をもっていないゆえ,そ
ういったことについての断定的な見解を示すことは差し控えたい、
第4節Pers6nlichkeitと実存一ペーペルコルン
セテムブリー二は人文的啓蒙主義を自らの存在様態の基礎としたが,それは実存の根拠
とするには十分なものとはいえなかった。ナフタは信仰に実存の根をおろしたが,その信仰
は全体主義的なものであり,他者の実存を圧迫する可能性を多分に内包するものであった。
それではペーペルコルンの場合はどうか.彼の存在様態を特徴的に示すのは
52
Pers6nlichkeitという言葉であった。この言葉は「人物」「人格」などを意味した。「魔の山」
の作者マンはこの言葉について次のように説明した。「『人格(=Pers6nlichkeit)』とい
う言葉は,名づけたり規定したりすることがどうにもできぬものに対する,苦しまぎれの
記号である。人格というものは,精神と直接的な関係をもたぬ。文化ともそうである。一こ
の概念を使用する時,我々は既に合理的なるものの坪外に出て,神秘的なるもの,根源的
なるものの領域に足を踏み入れる。即ち自然酌な領域である、『偉大な自然』これは,あの
世界的な牽引力を発散するものに対して,合言葉や符牒を求める場合に人々がよく使用す
る別のもう一つの言葉である」(第2章第3節参照)。そして,その根源的な自然へ到達す
る通路としてペーペルコルンには感情があったのだった、ニーチェ(1873)が「哲学の敵がい
る。彼等に耳を傾けるのは良いことである。特に彼等が形而上学を捨てるようにドイツ人の
病める頭脳に諌言し,ゲーテのように天然の浄化を,或はリヒアルト・ヴァーグネルのよ
うに音楽による治癒を説くときには、、」81と言った場合の,哲学(精神)に対比されたゲー
テやヴァーグネル=ワーグナーに代表される自然に相当するのがペーペルコルンだった
(ワーグナーを「自然」と呼ぶのは奇異に思われるかもしれない。しかし,ワーグナーに傾
倒していた頃のニーチェ(1876)は「ワーグネルのような自然」82と述べている)、、ペーペルコ
ルン自身の臨床についての要点はほかならぬこのゲーテを例にとって既に述べた(第2章
第3節)、.それは感情や自然のみに偏するのではなく悟性や精神とも折り合いをつけること
が中庸をそなえた実存への道になる,ということだった、中島(Nakajima, A.)が「弟子」
(1943)という作品の中で子路が孔子について述べたような姿をめざすことがペーペルコル
ンへの臨床的所見である。そこでは次のように述べられている。「このような人間を,子路
は見たことがない。力千鈎の鼎を挙げる勇者を彼(=子路)は見たことがある,明千里の外
を察する智者の話も聞いたことがある.しかし,孔子に在るものは,決してそんな怪物めい
た異常さではない.ただ最も常識的な完成に過ぎないのである,1(中略)一つ一つの能力の
優秀さが全然目立たない程,過不及無く均衡のとれた豊かさ(中略)可笑しいことに,子
路の誇る武芸や齊力に於いてさえ孔子の方が上なのである、.(中略)放蕩無頼の生活にも経
験があるのではないかと思われる位,あらゆる人間への鋭い心理的洞察がある。そういう一
面から,又一方,極めて高く汚れないその理想主義に至るまでの幅の広さ」83,そういう均
衡を実現するための一つとして,存在論的認識死を先取りする(vorweg−nehmen)ような
生き方の意義を認識があるということも述べた(第2章第3節)。そのような幅の広さ,様々
な要素を含んだ均衡は,どこかである要素と別の要素との問における矛盾を孕むものであ
53
ろう、しかし,その矛盾はマン(1949)がゲーテについて言った「尽きることのない豊かな矛
盾」84である。
それでは,ペーペルコルンの在り方自体は実存的空虚の解決にとってどのような臨床的
意味があるのだろうか。ハンス・カストルプがペーペルコルンを評価する言葉として「人物」
のほかに「支配者的な,(下381)」「貫禄に威圧(下376)」を感じさせる,「彼のすべてが
スケールを,大きな王者的なスケールを持って(下443)」いる,という言葉があった。また,
「人物」という概念についてハンス・カストルプは「『馬鹿とか利口とかよりも積極的な,最
高度に積極的な,生命そのもののように文句なく積極的な価値,一言でいうと,生命的価
値であって,真剣に取りくむべき価値だと考えるのです。』(下417)」と述べていた、,こう
した評価はペーペルコルンが根源的な自然に実存の根をおろしているという在り方からも
たらされているのだった。彼の場合,こうした在り方(存在様態)は何かの努力によって身
につけたといった記述が「魔の山」の中に見あたらない。却って生得的なもののように読み
取れる,1生得的なものであるならば,実存的空虚の解決にとってペーペルコルンは臨床的意
味はもちえない。その存在様態が生命的価値をもっていてもそれは彼自身の人格がそうさ
せているので,他者がそうした存在様態を自らのものにする方途が示されないからである。
それでは生得的にはそのような存在様態に無いものが,ペーペルコルンのように根源的な
自然に根をおろす方法はあるのだろうか。ここでそのヒントとなるのがべ一ペルコルンと
同じく根源的な自然に根をおろしているPers6nlichkeitとマン(1949)が捉えた「ゲーテ
の自然神化,すなわち(中略)スピノザ的汎神論」85である。スピノザ(Spinoza, B. d.)は
「神即自然」という汎神論を「エチカ(Ethica Ordine geometrico demonstrata)」(1677)の,
特に第1部において展開した、1このスピノザの汎神論によって自然を神と認識することが
自然への帰依を生み,そこに自己の根をおろす契機となる可能性がある。ただし,スピノザ
の哲学は人間の自由意志の否定を説く決定論であり,かつ超自然的なものを否定しっっも
神すなわち自然というただ一つの実体の認識を説くものであって宗教的なものである、1そ
こではある種の諦念が説かれる.ゲーテの場合,このスピノザ的汎神論から「彼の忍耐強さ,
彼の寛容さが生まれ,何事もあるがままに認める彼の『鷹揚な』姿勢が生まれている」86。
そこではペーペルコルンとは異なったPers6nlichkeitとしての,自然に根をおろした生
き方の例が示されている.ゲーテは先に引用したように「尽きることのない豊かな矛盾」を
容認することよって,スピノザの汎神論を自らの実存に役立てた..すなわち,スピノザの思
想が内包するさまざまな性格の中から自らの実存に役立つものをゲーテ流に取捨選択して
54
採り入れたということである。このことは,ゲーテはスピノザ哲学の忠実な実践者ではない
ということを意味している,,それは恋愛三昧とも言えるゲーテの生き方と清貧で質素なス
ピノザの生き方の明らかな違いを見ればわかることである。スピノザはラッセル(1946)が
言うように「他のある種の哲学者たちとはちがって,彼はみずからの諸教説を信じていた
ばかりではなく,それを実践した」87人なのである。
以上述べたことからPers6nlichkeitおよびペーペルコルンの在り方がもつ臨床的意味
として次のように言うことができる。①Pers6nlichkeitは根源的な自然に自己(実存)の根
をおろしていて,そのことが彼らの在り方に「生命そのもののように文句なく積極的な価
値」を与えている。そうした彼らの在り方(存在様態)は実存的空虚に悩む者にとって,生
き生きと生きることへの一つの指標となりうる。②生得的にPers6nlichkeitであると思わ
れるペーペルコルンは,いかにしてPers6nlichkeitとなるかを示さないので実存的空虚
に悩む者に対して治療への道筋を示唆しえない。③Pers6nhehkeitをPers6nlichkeitた
らしめている根源的自然への道を示す者としてゲーテがいる。彼はスピノザ的汎神論を示
した.しかしそれはスピノザの汎神論をゲーテ流に採り入れたものであった、このゲーテの
例は実存的空虚の解決のヒントとなる。
なお,マンによってもう一人のPers6nlichkeitとされたトルストイのことに少し触れ
ておきたい。トルストイはその人生の後半頃から下刻な人生の虚無観に襲われて,それを自
らの思索により克服した事実がある,そうした事実からPers6nlichkeitも実存的空虚に陥
るから臨床的意義は持ち得ないとする判断があるかもしれないが,それには異を唱えざる
を得ない。トルストイが実存的空虚を克服したのはより正確に言うと,克服するための思索
を強引に促した自己の生命の要求による,この彼の生命が根源的な自然に根をおろしてい
るのである、.すなわち実存的空虚の状態になってもPers6nliehkeitはそれを克服するカを
根源的な自然から汲み出してくる,ということである。したがって,慧眼な者はトルストイ
が思索で得た結論・思想よりも,トルストイにそういった思索を促しめた生命の方に魅かれ
る。このことについてマン(1922)は次のように述べている、.「ゴーリキーはトルストイのキ
リスト教的・仏教的・支那的な聖賢の教えを信じなかったばかりか,もっと肝心なことだが,
そういう教えを説くトルストイその人を信用しなかったのだ。けれども彼はトルストイを
見詰めて,驚嘆の念に堪えぬ。そして,密かにこう考えたのである,『この男は神に似てい
へ
る。』ゴーリキーをして衷心よりこの言葉を吐かせたものは精神ではない。それは自然だっ
た。」88また芥川(Akutagawa, R.)はアフォリズム「條儒の言葉」(1927)において「ビュルコ
55
フのトルストイ伝を読めば,トルストイの『わが回心』や『わが宗教』の嘘だったことは
明らかである。しかしこの嘘を話しつづけたトルストイの心ほど痛ましいものはない、.」89
と書いたが,その前半部分には頷ける.トルストイの生命の旺盛さは彼の後期の思想が表す
聖賢的禁欲的な悟淡さを裏切っているからである。しかし後半部分には首肯できない、強引
に思想を導き出してくるトルストイの生命・根源的な自然とつながる自己の在り方は,痛
ましさよりもカを証するものなのだから,.
第5節 超越者と実存一ハンス・カストルプ(1)
ハンス・カストルプが「雪」の章で得た人間の存在様態・実存にかかわる結論は4つであっ
た.,すなわち,①超越者が存在するという意識②主体性の尊重,③死に対して誠実な気持
ちを保持すること,④交わりへの意志,以上である。そして,「晴天の罐塞」の章の後半部
分で②③④の結論が戦場という状況の中でどうなったかが描かれた,,本節では①に関する
ハンス・カストルプの臨床的意味について考察する.
ハンス・カストルプは「雪」の章で「一つの大きな魂(下260)」の存在を確信し,「『僕たち
はその魂の一部分であり,その大きな魂が僕たちを通して,僕たちのそれぞれの形で,そ
の魂がひそかに夢みている対象を夢みるのだ一その魂の青春を,希望を,幸福と平和と
を,・… そして,血なまぐさい饗宴を。』(下260)」と述べた.この「一つの大きな魂」
は実存論的に捉えるとヤスパースの「超越者」に相当することは第2章第4節で述べた,.
本節では,「超越者」に焦点を当てて,超越者の存在の感得が実存的空虚の解決につながっ
ていくことを示唆することを目的として考察を進める。
実存的空虚の状態にある者は「生きる意味が分からない」「人生に意味が見出せない」とい
ったことを訴える。こうした状態の者に対し,フランクル(1947)は「私たちが『生きる意味
があるか』と問うのは,はじめから誤っているのです。つまり,私たちは,生きる意味を問
うてはならないのです。人生こそが問いを出し私たちに問いを提起しているからです。私た
ちは問われている存在なのです.私たちは,人生がたえずそのときそのときに出す問い,『人
生の問い』に答えなければならない,答えを出さなければならない存在なのです.jgoと述
べたが,この場合の私たちに問いを出してくる「人生」とは何を根源としたものなのか,と
いうことについて超越者の感得という視点から論述したい、そういったことについていさ
さかなりとも認識が深まれば,実存的空虚解決の一助ともなる可能性があるからである、,
「人生」はマン,ヤスパース,フランクルらの母語であるドイツ語ではdas[menschliche]
56
Lebenである。すなわち人間の生活や生命を意味している、、「誰それの人生」という意味で
das[menschliche]Lebe11が使われる場合,自然科学的なヒトの生命ではなく,ある個人
特有の独自の生活を意味していることは日本語の場合と同様である,すなわち個としての
人間の実存・自己の実存と深く関わる言葉である。人間および自己についてキェルケゴール
(1849)は実存の視点から次のように述べた。「人間とは精神である、、精神とは何であるか?
精神とは自己である。自己とは何であるか?自己とは自己自身に関係するところの関係で
ある,すなわち関係ということには関係が自己自身に関係するものなることが含まれてい
る,一一それで自己とは単なる関係ではなしに,関係が自己自身に関係するというそのこ
とである。」91これは要するに自己がどこまでも自己そのものに関係することが実存の本来
的な存在様態であることを示す言葉である。ところが,この自己はそれ自らが存在の根拠と
なり得るかと言えば,自己は有限で移ろい行くものである故に確たる根拠にはなりえない。
また,このような自己が他ならぬ今・ここに生きているのは自己自身によって自己をここに
置いたとは言い得ない。今・ここにある自己はその肉体的な誕生からして父親の多数の精子
の中の一つと母親の卵子の一つが結合することからはじまったのであるし,その後の人生
における他者との出会いや様々な事象との出会い(それらの中には偶然的なものも多くあ
る)などの結果として今・ここにいる私=自己があるからである。例え自分の意志を貫いて
きた者であっても以上に述べたような,たとえば偶然性からは脱し得ない。自己の措定に決
定的な役割を果たすものの一つである偶然の存在は,自然であれ神であれ自己とは別の何
者か=他者によって自己が置かれている(=措定されている)ことを示すものである。キェ
ルケゴール(1849)はその辺りのことについてこう述べる。「自己自身に関係するところのそ
のような関係,すなわち自己,は自分で措定したものであるか,それとも他者によって措
定されたものであるかいずれかでなければならない。さて,自己自身に関係するところの関
係が他者によって措定されたものである場合,(中略)その関係(中略)は更にまたその全
関係を措定したところのものに関係するところの関係でもある、、」92すなわち,自己を措定
するものとしての他者は先に述べた偶然が様々な形で現われるように多様であるが,それ
らの他者と自己との関係すべてを措定したものと自己との関係に留意しているわけである。
キェルケゴールの場合,この自己を自己自身への関係として今・ここに措定した(=ここに
置いた)「全関係を措定したところのもの」は神である、この神の存在ということについてキ
ェルケゴールは自らの著作の中で様々に述べているが,それはカント以前の哲学者が行っ
たような神の存在証明(宇宙論的証明,目的論的証明など)ではない。また,20世紀の数
57
学者かっ論理学者であるゲーデル(Gode1.K)(=不完全性定理の発見者)が行ったような
数学的論理学的アプローチからの神の存在証明でもない。第2章第2節で紹介したウィト
ゲンシュタインのキェルケゴールについての思いで述べられていたように,キェルケゴー
ルの神の存在の確信・実感は「何かを証明しようとする次元の問題ではない上,換言すれば,
それは客観的一般的な真理として神の存在が証明されたことによる確i信ではなかった,そ
れはキェルケゴールにとってイエス・キリストとして地上に現われた神が自己にとって紛
れもない真理としてしか考えられないということ,イエスによって絶望から救われたとい
う彼にとっての事実から来る確信,9神の存在の実感であった。それはリルケ(RilkeRM)の
「秋」という詩一「形像詩集」(1902)に所収一に出てくる「一人の人」の存在に対する確
信・実感と同様である。「秋」は以下の通りである。
秋
R.M.リルケ
木の葉 落っ。遠くより散り来るごとく、
み空の園の枯れしごとくに,
はらはらと舞い落ちきたる,
小夜:ふかく なべて星より
重き土 寂蓼に向かいて落つ。
われらみな落っ。これの手もまた落つ。
見よ,他のものを。なべてのものに落下あり,、
されど一人のひとありて,この落下を,
かぎりなく やさしく そのみ手に支えたまう。93
この詩が表現している世界では「一人のひと」がいなければ「われらみな」落ちてしま
58
う。しかし,落ちないでいる我らがいるのは,「一人のひとが」「そのみ手に」支えておら
れるからだという確信・実感がある,,こういつた確信や実感は現実に生きている自己にとっ
ての真理であり,主体的真理あるいは主体性からの真理と称すべきものである。サルトル
が,彼が言うところのヤスパース,マルセルらの有神論的実存主義者およびハイデッガー
や彼自身(=サルトル),前期のメルロ=ポンティー(Merleau・PontyM),ボーヴォワール
(Beauvo止S.d.)ら無神論的実存主義者の「両者に共通なことは『実存は本質に先立っ』と
考えていることである。或はこれを,『主体性から出発せねばならぬ』といいかえてもよか
ろう。」94と述べたように,主体性・主体的真理こそ実存にとっての真理である、,
さて,主体的な真理としてキェルケゴールはキリスト教の神への単独者としての信仰を
見出したが,それは実存の根を探し求めた末の発見であった。彼の生がいかに一回かぎり
の独自な,特異なものであったにしても,その思想や生き様ははるか後の者に主体的な真
実を実感させる、,実存の根を探し求めるその思索や生き方が,真実を実感させるのである,,
ところで,キェルケゴールにおける神への信仰は彼自身が実存として真に存在するための
根拠,自己存在の意味の根拠となるものであった。また,彼自身の生に意味を付与する根
拠となるものであったとも言える,,そうした根拠となるものは,この私,この自己が日常
的に経験する世界や時間を超越したところに位置しているものである、およそ存在の意味
や生の意味の根拠となるのは価値的なものであって,たとえば田中(Tanaka,M.)(1973)は
そのことについてラッセル(彼は科学哲学・論理実証主義の代表者の一人である)を例にあ
げて次のように述べている。「人生に何の意味があるか。われわれは何のために生まれて来
たのか。(中略)ヨーロッパ流の無神論あるいはニヒリズムの立場に立つ人たちは,人生
には何の目的もなく,また何の意味もないと答えるだろう..もしそうなら,人命を大切に
しなければならない理由は何もないことになる。宗教を否定し,価値的なものを哲学の外
へ放逐しようとしたバートランド・ラッセルのような人が,どうして平和主義であり得る
のか,その矛盾を笑う人もある,,おそらく平和主義は代用宗教であり,生命の事実がその
まま価値のもととされたのかも知れない。そのような心理は容易に理解できることである。
(中略)ラッセルの矛盾は,いわゆる論理実証主義の不充分さを示すとも解されるだろう。」
95すなわち,田中は科学哲学では価値のよって来るところを把握し得ないことを示した,
と言える。これは科学哲学が,たとえば論理実証主義ではトートロジーの分析命題を除け
ば,意味のある命題は観測により検証できる命題とそのような命題に還元される命題のみ
という立場でその思索を進める,といった科学主義の方法を採るからである,価値や生の
59
意味,実存の問題は科学の対象とはならない。したがって,そういったことについての思
索や言明は無意味であるとして探求の対象とはしない,すなわち,そういった問題たとえ
ば何らかの価値の有無について,考えることや議論することや言明することは無意味だと
するのである。しかし,ラッセルの例のように,やはり人間は何らかの価値的なものが存
在すると考え言明し,その価値に則って行動することを欲するのが本来的な在り方である。
なぜならば,自己が現実的かつ主体的に生きること,すなわち実存的に生きるためには自
己にとっての価値の指標が不可欠だからである。科学哲学が言明したように価値:や意味の
問題に対する答えは科学の対象とならない、,科学は世界内の現象を対象とするが,価値や
意味についての答えは現象界に内在するものではなく,それを超えたところがらもたらさ
れるものだからである,,その点では科学哲学が意味や価値の問題を避けたのは,その立場
からして正当なことであったといえる。しかし,そういった立場についてはヤスパース
(1950)が神の問題に関する科学哲学者の態度について言った次の言葉があてはまる。「その
ような哲学者は,対象的に限定された知すなわち科学的認識におのれの問題を局限し,知
ることのできないものについては沈黙すべきであるという命題を立てることによって,哲
学することをやめることになるのである.」96実存のために不可欠な自己存在の意味や価値
の根拠となるものの探求も,対象的に限定された知に問題を局限することなく行われる必
要がある。自己の実存の意味や生の価値にとって不可欠なものであるところのキェルケゴ
ールの神に対する信仰もラッセルの平和主義の信奉も,自然科学的な対象の中にその根拠
を見出しうるものではなく,それらを超越するものを根拠とすることがらである,,この科
学が対象とする事象を超越して実存に意味を付与するもののことをヤスパースは「超越者
(Transzendenz)」と名づけている。本論文ではヤスパースが述べた意味で超越者という言
葉を使っている。
さて,超越者は特定の宗教における神に限定されないし,何らかの思想や哲学が探求し
発見したとする特定の絶対者にも限定されないし,現代の我が国を例にすれば民主主義,
平和主義を挙げることができるような,ある時代や社会の支配的な社会思想にも限定され
ない。それらすべてを包み超えるものとしての実存の根拠である,,この超越者がその個人
の実存に相応した姿をあらわしたものが,キェルケゴールの神であり,ラッセルの平和主
義である。ただし,キェルケゴールに比べてラッセルの場合は実存の根拠という意味では
言わば底が浅く,田中が指摘したように「平和主義は代用宗教であり,生命の事実がその
まま価値のもととされたのかも知れない」が。ともあれ,超越者はそれなくしては実存の
60
根拠が消失するところの実存にとっての主体的真理である1一、換言すれば超越者はある個人
の実存の根拠の根拠となるものである。そしてそれは個人の実存に意味を付与する根拠と
なっているものを包み超えているものであるとも言える。なぜならば,個人の実存の形態
や内容,存在様態が各個人の主体的選択・決断によって多様であるのに応じて,その価値や
意味の根拠となっているものは異なっており,それら(各個人の根拠となっているもの)
のいずれかのみが真実の超越者だということになると,それに従わない者の実存は成り立
ちえなくなるからである。また,人間同士の交わりも自己が自己であるためには,すなわ
ち実存にとっては欠くことのできない条件である。人間は実存的な交わり・によって自らの
実存が充足するのを経験する,,(実存にとっての交わりの不可欠性については次節で詳述す
る,)こうした交わりのためには,互いの実存の根拠を意義あるものとして認め合うことが
条件となる。ここからも,多様な根拠を内包しそれらを超越するものとしての超越者の存
在が感得されることになる。かってヨーロッパではローマ・カトリックとプロテスタント
との間で戦闘が行われたが,これは互いの信徒の実存の根拠となる教義が異なっていたこ
とが一因となっている。同じキリスト教の中でも互いの根拠の違いに注目すれば交わりは
成立しない。そのような相違への注目という視点からすれば,自己の実存の根底としての
価値や意味の基盤となる根拠への信頼が深ければ深いほど,異なる価値観を示す他の根拠
には寛容でなくなる。ところで,「みんな違ってみんな良い」式のスローガンが昨今よく見
聞されるが,それらの根底には「文化や個性の違いの前に,まず各個人は人間として同じ
価値をもっている」という共通の認識がある。この場合,田中がラッセルについて述べた
中の「生命の事実がそのまま価値のもととされた」という表現があてはまる.そこでは(人
間の)生命の価値という同一の根拠が共有されているのである,、それと「司じく主体的真理
としての各人相互の実存の交わりへの要求からして,各人の実存の根拠となるものを包越
する超越者が存在することが認められるのである。ハンス・カストルプがその存在を確信
した「一つの大きな魂(下260)」,「『僕たちはその魂の一部分であり,その大きな魂が僕た
ちを通して,僕たちのそれぞれの形で,その魂がひそかに夢みている対象を夢みるのだ
一その魂の青春を,希望を,幸福と平和とを,・… そして,血なまぐさい饗宴を。』(下
260)」と述べたその魂は超越者の夢幻的表現であると解される。各人の実存の根拠を包越
する根拠である超越者はすべての実存の根の基盤となるものであり,多様な現われ方をす
・実存的交わりについては本章第6節で詳述する。
61
るものなのだから。キェルケゴールが自己を措定したものとして把握した神,フランクル
が人間に問いを発しているものとして把握した人生,それらは超越者の多様な現われ方・
表現のされ方の一つである。超越者の存在を実感することは聖書的表現を使えば各人すべ
てにとっての一なる「有って有る者(出エジプト記,3章14節)」97を実感することである。
「有って有る者」とは各事物,価値,意味の源泉としての有そのものを指しており,したが
ってそれは有価値・有意味の根拠でもある。それゆえに超越者を実感することは,実存の
根拠・自己の生の意味や価値の根源を自己に感得させる。ゆえに,超越者を実感することは
「生きる意味がわからない」といった訴えである実存的空虚を解決することにつながるも
のである。また,超越者の実感は各人すべてに共通する根拠の実感となることから,実存
の基盤を共通にした人間相互の実存的交わりを可能にさせる根源となる。
それでは超越者の存在を実感すること,すなわち超越者の感得はいかにして可能となる
か?
超越者へと向かうための階梯として,ヤスパースは世界から実存へ,実存から超越者へ,
という二重の挫折を通じての超越を挙げたが,彼は超越者を感得するための3つの道とし
て「形式的超越」98「超越者への実存的連繋」99「暗号文字の解読」100を示した。以下,
本論文では超越者を感得するためのヤスパースの示した3っの道の中の暗号文字の解読を
採り上げる。それは,暗号文字の解読が他の二つに比べてより重要であると考えるからで
ある。なぜならば,ハンス・カストルプのみならず人間に超越者がイ可らかの対象的な姿を
見せる契機がそこにあるからである。それに対して形式的超越は超越者が存在するという
ことを確かめさせるが超越者は対象的な姿を見せない。超越者への実存的連繋は,実存が
超越者から贈られ根拠づけられたものであることを知らせるのであるが,そこでは超越者
の人間に対する現われ方が思惟されるに留まる。なお,ヤスパースは暗号文字
(Chiffreschrift)のことを単に暗号(Chif色e)とも言っている。暗号文字とは,超越者が何ら
かの対象的な姿で示される言わば「超越者の言語」101である。超越者は人間にとって客観と
なることなくただ暗号文字としてのみ現われる。超越者は実存に対して暗号によって象徴
的に現れるが、それは「解義可能な象徴陛」ではなく「直視可能な象徴陛」である。102前者
の象徴性は,その意味が悟性によって解かれうるものであって、客観化できるもの,示さ
れるものと意味とが分離できるものである。それに対して直視可能な象徴性は示されるも
のと意味とが一体となって捉之られる客観的に固定して解かれえないものである。が,暗
号は実存にとって超越者を象徴的に感得させるものなのである。
62
ところで,「魔の山」の中にはハンス・カストルプが「一つの大きな魂」の存在を感得し
た過程はかかれていない。しかし,この一つの大きな魂を彼が実感したのは「雪」の章で
あることが暗示を与えている。この章までにハンス・カストルプは健康な市民が住む平地
の社会と隔離された病人(結核患者たち)が住むサナトリウムの社会を経験した、(彼はこ
の章の時点までにサナトリウム「ベルクホーフ」でユ年半を過ごしていた,.)ベルクホーフ
では生と死,病気と健康,時間と永遠についてゆっくりと考える時間があった,,そして彼
はよく考えた。セテムブリー二とナフタという対照的な2人の思想家から直接その思想を
聴き,また人間の存在様態についての2人の論争をよく聴いた。彼ら以外にもベルクホー
フの院長であるベーレンスから病理学・生理学の知識を親しく聴いた.これは病気と健康に
ついての思索を深めるのに役立った、,ショーシャ夫人を相手に,病気と死が支配している
ベルクホーフの中で官能的な生の喜びである恋愛を経験した.これら両極とも言うべき対
立する考え・概念を思索し学び経験したが,それらの中には人間存在の在り方や生の意味に
関することがらも多く含まれていた。そして,それらの事柄の中で何か一つの概念なり経
験なりが突出して優れたものではなかったゆえに,ハンス・カストルプはそれらの多様な
ものを同じように,しかも真面目に受け取った。当時,結核は死に近い病気であった.彼
は死を背景にして,それだけに死に対比される生を鮮やかに意識できる状況下で、生の在
り方・生きている人間の在り方についての対立する,様々な思索や経験をしたのである。
彼がそうした思索や経験を経た後のこととして「雪」の章が書かれている.,,そういった「対
立」「多様」の経験の真摯な受容と思索によって,様々な人間の在り方の根拠を包越する一
つの魂の存在を実感する下地ができたとも考えられる,,なぜならば,そうした多様な対立
する在り方のいずれもがそれぞれに何らかの価値を有していると考えるならば,対立の次
元において,ある在り方を否定し別の在り方を選ぶという態度ではなしに,いずれの在り
方をも包み超えるようなものを求める契機になるからである。こうした契機を捉え包越す
るものを求めることは多様な在り方の根となる一なる超越者へと導いていく、「暗号であり
えないものは何も存在しない」103すなわち「すべてのもの一もろもろの実在,空想によ
る表象,思考内容一は暗号でありうる」ユ04が,この場合,こうした契機が生まれるよう
な真摯で深い多様な思索やそれを可能にさせた状況,直接的に見聞した人聞のさまざまな
在り方などが,暗号(=ヤスパースが言う超越者の暗号)として捉えられる。これら直視
可能な象徴性としての暗号(文字)の解読が超越者の感得の方法となるのである。
また,次の鈴木(Suzuki,S.)(1948)の証言も超越者の存在を実感する契機を得る方法の一
63
つを示唆している。「ヤスパースの『哲学』(KJaspers, Philosophie,3Bde.)を読了した私
に一つの画期的のことが起こった。『形而上学』(Bd.皿, Metaphysik)を静かに閉じて世界
にと対した私の眼に,世界はも早や以前のそれではなかった,あらゆる〈世界現存〉
(Weltdasein)が光輝を発し,そして何事かを眩き始めた1,,その瞬間に世界が示した底知れ
ぬ〈透明〉な深さの前に,私は危うく打倒れんとさえした。そして而も私のく自由存在〉
は之等のあらゆる個物や現象と共に超越的一者に対して何程かの意義たるを悟りつつ,〈絶
対的存在〉の中に永遠の保証を得ていたのである。」105(『形而上学』は『哲学』の第3巻
にあたる。)すなわち,ヤスパースの主著の一つである「哲学」の味読も超越者を実感する
契機の一つとなるということである1,ヤスパースにおいては超越者の感得は前述したよう
に「形式的超越」「超越者への実存的連繋」「暗号文字の解読」によってなされる。鈴木の
証雷を紹介したのは,それらについて『形而上学』の中に詳しく述べられているからでも
ある、..
以上,超越者の感得について述べたが,ハンス・カストルプのように「対立」する「多
様」な在り方や思想に接した果てに,それらのいずれをも了解できず,却って生の意味や
価値について,エリスのピュロン(Pyrrh◎n)の亜流のような徹底した懐疑論や意味や価値
は存在しないというニヒリズムへと導かれる者もあろう,,また,ヤスパースの著書を読ん
でも超越者を実感せず却って現象を超越する存在や価値・意味・実存の根拠源泉はないと
いう結論に達する者もあろう,,その他どのようにしても超越者を捉え得ない者もいるであ
ろう。そういった者たちが実存について真摯に思索し,『かつ実存の危機的状況を実感する
ならば,何らかの道によって実存の根を見出す或いは創造することへの要求が自己の内部
から起こってくる。それは実存からの誠実な要求と言うことができる。実存的空虚に悩む
者(「実存が危機的状況にあることを実感している者」という範疇に入る)は,常識的な倫
理が示す「生きることにはとにかく意味がある」「人生にはとにかく価値がある」といった
言辞に納得できない状態であって,超越者の存在を主体的真理として捉え得ない場合は,
そうした要求を意識し得るであろう。そのような要求に答える「道」としては,自己が現
に,この世界内に「在るということそのもの」の意味の探求によって実存の根を見出して
いく道や,実存の根を自分自身で主体的に創造していく道が求められることになろう。そ
ういった者にはハイデッガーやニーチェの哲学が自己の在り方についての示唆を与えるか
もしれない。が,そういった者はハンス・カストルプとは違う方向へ実存の根を求めでい
く者である。また,セテムブリー二もナフタもペーペルコルンもそういう方向へは進んで
64
いない.本論文は彼ら「魔の山」の登場人物4人を採り上げて分析し,その分析結果をもと
にして論述するものなので,彼らとは異なる方向についての記述は控えることにする,.
また,実存的空虚の状態にあるが,生きる意味や価値の根源となるものへの渇きを自覚
しないケースがあるが,それには次のようなことが考えられる。一つは,そうした渇きを
自覚していないが,言わば無意識的に意味や価値の根源への渇望をもっている場合である,,
この場合は,たとえば,フランクル(1952)が実存的空虚の解決へ導くものとしてあげた「創
造的価値」106「体験価値」107「態度価値」108の3つの価値の実現への取り組みを行うことによ
って「人生」が自分に求めているものを知っていく、といった方法が臨床的に有効であろう。
この場合の「人生ユとは,ヤスパース的な表現で言えば,超越者が自らを暗号をとして示す
場の一つである。因みに,そうした場は「人生」のほかに自然,歴史などがある。かくて
3つの価値への取り組みを実践することは,「人生」を通じて超越者につながることとなり,
超越者を意識しないままに意味や価値の根源への渇望を充たすことになる.因みに,実存
的空虚の状態に無く生き生きと生きている人のほとんどは,超越者・生きる意味の根源を意
識することなく,フランクルが述べたような価値や意味の実現を実践することによって,
意識せずにその根源とつながっている、.これに反して,実存的空虚の状態には無いが,生
き生きと生きていない人は意味や価値を意識せず,かつ意味や価値の実現にも取り組まず,
ハイデガーの言い方を借りればdas Manとして日常性への埋没としての実存の頽落の状
態にあることが多い。こうした生は実存的空虚ではなくとも実存が本来的な状態にないゆ
えに、空疎なものである。
実存的空虚の状態にあるが,生きる意味や価値の根源となるものへの渇きを自覚しない
ケースの今ひとつは,実存的空虚が他者との現実の「実存的交わり」の機会の欠如や主体
性の欠如などからもたらされている場合である。こうした場合は,生きる意味・価値の根源
への要求ではなくして,主体性や実存的交わりの機会への要求などが実存からの渇きとし
て起こってくる。実存的交わりについての詳しい説明や主体性と交わりの臨床的意味につ
いては次節で述べる。
第6節 主体性および交わりと実存一ハンス・カストルプ(2)
前節では主体的真理としての超越者の存在とその臨床的意味などについて述べた。また,
超越者の存在を実感することへと導く方途の一例として「雪」の章に至るまでのハンス・
カストルプの在り方をあげることができよう,ということなどについても述べた。本節で
65
は彼が「雪」の章で得たその他の結論の内の二つ,主体性の尊重と交わりへの意志を採り
上げ,ハンス・カストルプが捉えた主体性と交わりへの意志がもつ臨床的意味について考
察する,,
主体性という言葉の意味は第1章第1節で述べた通りである。ハンス・カストルプの「雪」
の章での主体性は,第2章第3節で述べたように生と死,理性と冒険,精神と自然,病気
と健康などの真中ないし中間に位置するところがらもたらされるものであった.「『その中
間の位置で人間は優美に優雅に,やさしく敬度に自己を遇さなくてはならない,一一なぜな
ら,高貴なのは人間だけであって,対立する考えではないからである.人間は対立する考え
の主人で,すべての考えは人間によって存在するのであるから,人間はどんな考えよりも
高貴である。人間は死よりも高貴であり,死に従属するには高貴すぎる,一頭脳の自由を
持つからだ。人間は生よりも高貴であり,生に従属するには高貴すぎる,一心の中に敬度
さを持つからだ。』(下262)」ということであった.自己が対立する考えや概念の中間の位
置にいて,それらの主人になることによる主体性の保持は知的な面での主体性であった。
しかし,ベルクホーフ・サナトリウムのような現実から隔離された場所ではない言わば一
般社会・日常的現実の社会においては,その中間の位置にいることによって保つことのでき
る主体性とは全く別の種類の主体性が求められた。それは,現実の生活・日常生活を送る場
合,いずれかの考えや概念に組さざるをえない事態となることが往々にしてあり,そのよ
うな時はこの中間の位置から主体的に決断していずれかの概念・立場を選択する必要が生
じるということであった。そのときは真中の位置,中間の位置から主体的に離れることにな
る。このことについては「晴天の欝霧」の章におけるハンス・カストルプの在り方について
の考察で述べた(第2章第3節),,そこでは,戦争という事態では志願しての参戦という決
断もありうるし不戦という決断もありうることを例に引いて,具体的な現実場面では主体
的な決断・行動は様々にありうるということを述べた。自己が自己の主人であること,自己
の生を生きているという実存的充実のためには主体性は必須のものである,,たとえナフタ
のように全体主義的宗教に帰依するとしてもその帰依への決断は主体的に行われねばなら
ないことは既に述べたとおりである。この主体的な決断・行動にはある条件が要求される。
一つは他者の実存を阻害しないということである。実存は現存在である個人の心身を基盤
としているが,戦争は敵である他者の現存在の抹殺を目的として行われるゆえに,基本的
には否定されるべきものとなる。「基本的には」というのは,敵が個人の主体性や実存を否
定する理念を共有する集団である場合,彼らとの戦争を一概に否定することは慎重さを要
66
するからである。欧米の植民地支配に対するアジア・アフリカの独立戦争やソビエト連邦が
成立した後その全体主義的支配が明らかとなった時にボリシェヴィキの軍隊と戦ったマフ
ノ運動(マフノ反乱軍)やクロンシュタットの水兵による反乱軍の戦争などがその例であ
る.ガンジー(GandhiM,)などの徹底した非戦の思想によればそのような戦争も否定され
るものとなるが。主体的な決断行動に対する今ひとつの条件として要求されるのはは「交
わり」への意志である。これら「他者の実存を阻害しない」「交わりへの意志」という二つ
の条件を導き出すものとしてのハンス・カストルプの表現は,「『僕は善意をなくさないこ
とにしよう、.僕は考えを死に支配されないようにしよう!善意と人間愛とはそれを意味す
るのであり,それだけを意味しているのだ。(中略)人商ほ善意と愛とを失おなC、たぬと,
考えを亮た提嵐させないよらたしな之七ほならない。』(下263)」という言葉の中に表れて
いる「善意と愛」である。なお,本論文では「交わり(Kommunikation)」という言葉はヤ
スパースが使った意味で用いている。次に,この「交わり」について考察したい,,これも
実存的空虚の解決にとって重要なキーポイントとなるものである,,なお考察の前に,以下
の論述で実存という言葉を第1章第1節で定義した「自らが『自分の生を生きている』と
いうことを実感できるべく現実的,個別的,主体的に存在している自由な自己」という意
味で使っているのか,あるいはヤスパースが用いた意味で実存という言葉を使っているの
かということについて述べておきたい,,ヤスパース哲学における「実存」は越部
(Koshibe,R)(1996)が指摘しているように「自己のいわば魂が充実されて自分が本当の自
分としてあるというあり方」!09を意味している、:,以下,本節の終りまでは,ヤスパースが
使った意味で「実存」という言葉を使うが,少なくとも主体性と交わりが実存的空虚の解
決にとって有する意義に焦点を絞れば第1章第1節での実存の定義とヤスパース哲学にお
ける実存という言葉の意味とは岡義となる。このことについては本節の結論の部分で述べ
る,,
さて,ヤスパース(1950)は「私は,他者と共同することによってのみ存在しうるのであ
り,ひとりでは無なのである。」110と述べた。このことについて佐藤(Sato,M,)(1996)は「原
理的な問題としていえることであるが,このく私〉が存在するということは,他の誰かに
とって存在するということである,,もしも誰にもかかわらない,誰にも意識されない人間
がいるとしたら,その人は生きていないも同然であろう。われわれが人格的なく私〉であ
るのは,人格的な他者と関わる限りにおいてである。他者と無関係にまずく私〉なるもの
が独立に存在すると考えるのは誤りである。この意味で,われわれは他者との「交わり」
67
(KommuIlikation)において存在するといえる。」luと指摘している1:,そうした「交わり」
をヤスパースは次の二つに分類した、,一つは,社会学や実存を探求対象としないレベルの
心理学によるアプローチによって捉えられる「現存在的交わり(Daseinskommu且ikation)」
である。もう一つは実存を開明することによって捉えられる「実存的交わり(existentielle
Kommullikation)」である。まず現存在的交わりについてであるが,それは3つの毅階に
分けられる。これについては草薙(Kusanagi,M)(1964)が適切な要約説明をしているのでそ
れを紹介したい。「第一は狭義における現存在的交わりであって,素朴な人間の現存在その
ものが,なんらの自己意識(実存的意識)なくして共同体の中に融け込んでいる原始習俗的
共同体である.第二は意識一般の交わりであって,自我が自己自身を意識して,他者とと
もに彼の世界に対する人間の悟性的な発展段階において成立する共同体である,,ここでは
自我は意識一般であり,各人は意識一般の立場における対象的認識の一致を理解すること
によって結合せられる。しかし各人は独自の内容を持った個性的人間(実存的人問)ではな
くして,万人等しい点のごときものである。第三は全体的理念によって結合せられた精神
の交わりであって,ここでは特定の国家とか家族などの或る何らかの全体者の理念におけ
る共同体が,はじめて個人を内容のある交わりの中へ移し入れる,,しかしこの交わりにお
いても,私は完全に本来の私自身とはならない。私の存在は理念への参加によって客観的
内容を獲得するが,私はなおいわば『理念の兵士』として個人の徹底的な独自性は否定せ
られねばならない,,かくしていずれの現存在的交わりにおいても,本来の実存は実存とし
て可能とならない。」112実存を実存として可能ならしめるのが実存的交わりである。それ
では実存的交わりとは何か。それは実存と実存との間に存在するものであって,代替性の
ある者としてではなく,唯一性において代理が不可能な者として捉えられた歴史的・具体
的・現実的・個別的な自由存在としての私と他者とが各出会いごとに唯一回性を有する交
わりであって,歴史的実存の多様性の中にある実存同士として交わるものである。実存的
交わりについてヤスパース(1956)は次のように述べている,,「このような交わりにおいては,
ヘ
へ
他人はもっぱらこの他者だけである、.すなわち,この[他者の]存在の実体性の現象は,
ヘ
ヘ
へ
唯一性である。実存的交わりは,(中略)絶対的にその都度の唯一回性をもってなされる。
(中略)従って代置されえないところの二箇のく自己〉の間に存する。このようなく自己
〉は,絶対的に歴史的で,外部からは認識することのできない交わりとしてのこの実存的
へ
ヘ
へ
交わりにおいて,自己の確信をもつ1,この交わりにおいてのみく自己〉は,相互の創造の
へ
ヘ
ヘ
へ
ヘ
ヘ
ヘ
ヘ
ヘ
ヘ
ヘ
へ
関係において〈自己〉と対する.交わりのうちにおいて,自己存在を把捉するがために,
68
〈自己〉は,歴史的な決断をもって,この交わりと結合することによって,孤立した自我
存在を止揚したのである。」113「交わりは実存的根源である。」114「私が自分自身となる場
合,この交わりのうちには二つのことが含まれている。すなわちそれは,自我存在および
他者と共なる存在のこ者である。私もまた自立者として独立して自己自身でないならば,
私は全く他者のなかに自分を失う、このとき私自身がなくなると同時に,交わりが排棄さ
れる。それと反対に,私が自分を孤立化しはじめるならば,交わりはいつそう貧しくなり,
空虚になる。そこで私というものは発散してしまって,終には点のような空虚なものにな
ってしまうから,交わりの絶対的な断絶の限界点において,私は自己たることを放棄する、,」
115「交わりは,その都度二人の間に成立っ、,もとより,この両人は相互に結ばれているが,
しかしかれらはどこまでも二人のものであらねばならない一二人は孤独から出て相互に
ヘ
ヘ
へ
ヘ
へ
出会うのであるが,しかもかれらが交わりのうちに立つという理由によってのみ孤独を知
る者である,,交わりに入ることなしには,私は自己となりえないのだし,孤独であるので
なければ,交わりへ入らない。交わりによって,どんなに孤独を無くしたところで,また
新しい孤独が生じてくる。なぜならこの孤独は,交わりの制約としての私自身がなくなら
ない限りは,消滅することがないからである。私がもし私の根源から敢えて自己自身であ
ろうとし,それゆえに敢えて最も深い交わりに踏み入ろうとすれば,私は孤独を欲せねば
ならない,.(中略)熱狂的な自己献身と孤独のうちにおけるきびしい自己固執の両極性は,
現存在にあっては実存的に排棄されえないものである,,可能的実存は,根源と目標が不明
瞭な一つの軌道にある両極の間の運動としてのみ,現存在のうちにある,.たえず新たに,
孤独を克服するために,それに耐えようとしないなら,私は,自己喪失の形態と欺計にお
いて,混沌たる分裂かあるいは固定化かの,どちらかを選ぶことになる,、また献身を敢行
しようとしないなら,私は硬直した空虚な自我として亡びうせるであろう,」116すなわち,
主体的に自らの在り方や生き方を決断し創造していく単独者としての実存である自己が,
同じく単独者としての実存である他者との間の交わりが実存的交わりであって,この交わ
りがあってはじめて実存は本来的な様態となるということである,,ここで留意したい疑問
のひとつは,ナフタのような全体主義的宗教の帰依者同士の交わりは全体的理念によって
結合せられた精神の交わりにとどまり,実存的交わりを生み出しえないのではないかとい
う疑問である,,しかしこの疑問に対しては否と答えてよい,、例えばヨーロッパ中世におい
て,唯名論(Nominalismus)と実念論(Realismus)について当時のスコラ学者がそれぞれの
立場に立って論争したが,両者には共通の土:壌としてローマ・カトリックの信仰があった。
69
主体的に全体主義的宗教の教義を信じているもの同士には共通の実存の根拠あるいは土壌
がある。その土壌の枠内において自己の信念や思想,生き方について自己を裏切らないた
めの主体的な自己主張を相互に行うことによる交わり,独自性を保持できる交わり,ずな
わち実存的交わりが可能なのである1,ただし,信仰の無い者にとっては,全体主義的宗教
が強制されるところでは実存的交わりは不可能となり,前述した草薙の記述にあったよう
に「本来の実存は実存として可能とならない,,」実存的交わりのためには互いの主体性を尊
重しそれらを認め合う態度が必要となる。ハンス・カストルプの言う「善意と愛」が必要
だということである。ヤスパースによると自己が本来的自己であるためには,すなわち実
存が実存として充実するためには主体性と交わりが不可欠であるということであった。こ
の考え方は,ある程度の年数,人間を観察してきた者や自分自身を内省する者には無理な
く首肯できるものであろう。自己自身の在り方や生き方,決断にどこまでも忠実であろう
とする主体性は個としての自己の決断等を最優先させることによる孤独へと通じる面をも
っており,交わりは孤独から自己を離すものである.実存的交わりの全くない孤独な自己
は,言わばむなしさ・空虚感が拭えない暗黒の空間の中で燃える炎のようなものである。
以上述べたことから現実の諸々の場面においてこの両者すなわち主体性と(実存的)交わ
りという「両極の間の運動」を確保することが実存的空虚の解決へっながるという結論が
導き出される。そういう結論が導き出せる理由は以下に記す通りである.ヤスパース哲学
における「実存」は「自己のいわば魂が充実されて自分が本当の自分としてあるというあ
り方」を意味していた。すなわち,ヤスパース哲学から導き出された結論として,主体性
と交わりによって実存が充実すると言った場合,自己の魂の充実,自分が本当の自分とし
てあるということの実感を意味している.それは換言すれば第1章第1節で定義した実存
すなわち「自らが『自分の生を生きている』ということを実感できるべく現実的,個別的,
主体的に存在している自由な自己」が,その本来的な様態となって「自分の生を生きてい
る」という実感が可能になることと言える。「自分の生を生きている」という実感を可能に
するものは,実存的空虚がもたらす「自己の生の意味喪失感」を解決するものである。し
たがって,主体性と(実存的)交わりという「両極の間の運動」を確保することが実存的
空虚の解決へつながるという結論が導き出される。以上に述べたことから,ハンス・カス
トルプが「雪」の章で得た結論の二つ,主体性の尊重と交わりへの意志は実存的空虚の解
決にとって臨床的意味を有しているといえる。実存的空虚に陥っている者の中でも,実存
の根拠を探し求めている者にとっては前節で述べたように超越者の感得が先ず求められる
70
が,実存の充実感を求めている者にとっては主体性の尊重と実存的交わりが先ず求められ
ると言える。
なお,ヤスパース哲学をある程度理解している者にとっては,交わりを採り上げたのに,
公明化(0艶nbarwerden)の過程や戦いながらの交わり,交わりにおける真理成立の問題な
どへの言及がないことを物足りなく感じるであろうが,本論文は「魔の山」の登場人物の
存在様態から実存的空虚の解決への道を求めるものであるので,その範囲内の論述を超え
る記述は控えている。このことは前節の超越者についての論述についても言えることであ
る。こうした経緯は,「精神科医として出発し,しまいには哲学教師となった」117アラー
ズ(Allers,R.)(1961)が精神医学にとってのハイデッガーの意義について「1927年出版の(中
略)“存在と時間”(Sein und Zeiも)および1929年目(中略)“形而上学とは何か?”(Was ist
Metaphysik)によって,ハイデッガーは精神医学にとっても重要な人物となった。われわ
れはかれの後期の作品を無視してもよい。もちろん,かれの哲学全体を批評するつもりな
らば話は別であるが」II8と述べたのと同様である。
なお,ここでフランクルが実存的空虚の解決にとって有効とした「創造的価値」「体験価
値」「態度価値」の3つの価値の実現のための取り組みにおいて生じる他者とのつながりに
ついても若干述べておきたい。これら3つの価値の実現への取り組みにおいては,他者の
喜びを自らの喜びと感じること等をともなう実存的空虚からの離脱が示されている。こう
した他者の喜びを自らの喜びと感じること等は,他者とのつながりを生み本格的な実存的
交わりを準備させるものであって,実存的交わりの萌芽的形態であるといえる。そして,
萌芽的なものであれ自己は「交わりと結合することによって孤立した自我存在を止揚」す
る契機を自らのものとすることにより実存的充足を得ることとなる。(「萌芽的」と言う表
現は,他者の喜びを自らの喜びと感じることを過小評価していると受け取られる恐れがあ
るので次のことを言明しておきたい。これは「実存的交わり」ということにおいては萌芽
的であるということを表しているにすぎない。他者の喜びを自らの喜びと感じることは,
それ自体で人間的倫理的に気高く美しいことである。)
第7節死と実存一ハンス・カストルプ(3)
ハンス・カストルプが「雪」の章で得た結論の最後のものは「死に誠実な気持を持ちつ
づけ」ながら「善意と愛を失わないために,考えを死に従属させないように」することで
あった。換言すれば「死」の絶対性すなわち「死」の不可避性を誠実に了解しながら,「死」
71
に従属せず善意と愛によって交わりを実現することをめざすということである。本節では,
「死」および「死に誠実な気持ちを持ちつづけること」が実存にとってどのような意味が
あるのか,また,それらは実存的空虚の解決にとってどのような臨床的意味をもつのか,
ということについて考察したい。
古来,死について多くの人々がさまざまなことを言ってきたのは周知の事実である。キェ
ルケゴールが実存としての自己について述べた「自己自身に関係するところの関係である
自己」の立揚から言えば,死においては自己の自己自身に関係する関係の仕方がどのよう
なものになっているのかは把握できない。このことはキェルケゴールにのみあてはまるの
ではない。人は死んだ後どのような意識状態にあるのかわからないからである。人間が自己
の在り方・生き方について把握できるのは生ある聞のみである.死がそのようなものである
から,実存についての考察を行う場合は自己が生きている世界における人間の在り方・生
き方についての論述しかできない。自己意識の在り様やその有無が不明な世界すなわち死
の世界における実存の考察は不可能だからである。実存論的考察に際しては,今ここに生き
ている人間の実存にとって死はどのような意味をもっているかという視点から論究するし
かない。本論文では,そういった視点から死および死に対して誠実な気持ちを保持すること
が実存的空虚の解決にとってどのような意味をもっているか,ということについて論述す
るが,そうした論述の前に一種の前書きのようなことをいくつか記しておきたい,,
ヤスパース哲学では,死は苦悩,闘争,負目とともに「個々の限界状況」119のひとつで
ある.ヤスパース(1956)は限界状況について次のように述べている,「私がつねに状況のう
ちにあること,私は闘争や悩みなくしては生きえないこと,私は不可避的に負目を引受け
ること,私は死なねばならないこと,このような状況を,私は限界状況(Grenzsituationen)
と名づける。限界状況はそれ自体変わることがなく,ただその現象においてのみ変化する、,
限界状況がわれわれの現存在に関係するかぎり,究極決定的であ惹.それは概観しえられな
い。われわれは,それの背後にはもはやそれ以外の何ものをもみない、.限界状況は,われわ
れが衝き当り挫折する壁のごときものである。それらは,われわれの手で変えられるもので
なくて,明るみへ出すことができるだけである、しかしそれらを或る別のものから説明した
り,導き出したりすることはできない..」120このヤスパースの説明にあるように限界状況
が「われわれが衝き当り挫折する壁のごときもの」とすれば死は最も徹底した限界状況で
あると言えよう。それは死以外の個々の限界状況である苦悩,闘争,負目は人知でもってそ
れらを回避することはできないにしても,人はそれらに出会った後,どのような結果が到
72
来したかを知ることができるのに対して,死の後ではその死んだ当人がどうなったかを他
の者は全く知ることができないからである、換言すれば,前述したように死後の世界の有無
や死後の自己意識状態の在り様は生ある者にはうかがいしれないからである。極めて充実
した生き方を送った者にも自堕落に日々を過ごした者にも死は平等に訪れる。死後,両者が
どうなるのかは生きている人間で知る者は誰もいない。実存にとっての死は,少なくとも此
岸における実存の終局を意味している。「どのように生きても結局は死で終わる生には意味
がない」これは実存的空虚の状態にある者が往々にして発する言葉である、.こうした発言に
対立するものとして,先に紹介したキェルケゴール(1835)の次の言葉がある。「私がそれの
ために生きそして死ぬことをねがうようなイデーを発見することが必要なのだ」。ここでは,
単なる生や死よりも実存にとって重要なイデー,そのイデーのためには生も死も厭わない
ようなイデーの存在が措定されている..キェルケゴールでは,そうしたイデーは自己を本来
的な自己である実存たらしめるものとして捉えられている,,生も死もそうしたイデーより
低い位置にある。すなわち実存にとっては「どのように生きても結局は死で終わる生には意
味がない」という言葉自体が,生や死よりも実存にとってより重要であるイデーのことを
考慮していないゆえに,実存にとっては意味のない言葉だということである,そうした無意
味さは,ソクラテス(S◎krates)の「大切にしなければならないのは,ただ生きるというこ
とではなくて,よく生きるということなのだ(中略)〈よく〉というのは,〈美しく〉とか,
〈正しく〉とかいうのと,同じだ」121という言葉の中にも示されている、.ソクラテスにと
って,自らの実存を実存たらしめるのは「よく」生きるということであって,ただ「生き
ること」ではなかった。この「よく」が「生きること」と対立した際,彼は自ら毒杯を従容とし
て飲み平然と死んでいったことは周知のことである。そこでは「死で終わるから生には意味
がない」という言葉自体がなんら意咲をなさない状況が開示されている..
ほかに,死に対しては抵抗し得ないとわかっていても「結局は死で終わるから生はむな
しい」という論法そのものが誤っているということを主張した人の一例としてエピクロス
(EpikUros)をあげることができる.彼は「その他のすべてにたいしては,損われることのな
い安全を獲得することが可能である,しかし,死にかんしては,われわれ人間はすべて,
防壁のない都市にすんでいる。」122と述べる一方で「また,死はわれわれにとって何もの
でもない,と考えることに慣れるべきである。というのは,善いものと悪いものはすべて感
覚に属するが,死は感覚の欠如だからである。それゆえ,死がわれわれにとって何ものでも
ないことを正しく認識すれば,その認識はこの可死的な生を,かえって楽しいものとして
73
くれるのである,というのは,その認識は,この生にたいし限りない時間を付け加えるの
ではなく,不死へのむなしい願いを取り除いてくれるからである。なぜなら,生のないとこ
ろには何ら恐ろしいものがないことをほんとうに理解した入にとっては,生きることにも
イ可ら恐ろしいものがないからである,」123と述べている,.エピクロスは古代ギリシャの原子
論的唯物論者であるが,死についての彼のこの考え方は現代の唯物論者の多くも賛同する
のではないか。このエピクロスの論法は「死で終わるから生には意味がない」という観念に
より実存的空虚に陥っている者への唯物論からの一つの解答例と言える。
以上,前書きのようなことをいくつか述べた。次に本題である「今ここに生きている人間
の実存にとって死はどのような意味をもっているかという視点」からの論述,そういった
視点からの「死および死に対して誠実な気持ちを保持することが実存的空虚の解決にとっ
てどのような意味をもっているか」ということについての論述を行う、,
ハイデガーは主著の一つである「存在と時間」(Sein und Zeit)(1927)の中で,死について
の実存論的分析を行った。その結果,死の本質的特徴について3点を抽出した.それらを要
約すれば次のようになる。①死は追い越せない.すなわち生きている人間は死の後で何かを
することはできない,②死は交換することができない。すなわち自分の死は確実にやって
くる。終局的には他者に代理で死んでもらうわけにはいかない二,③死は自分ひとりに関わ
るものである。すなわち人間は死に際しては独りである。死の瞬間では人間は独りであ
る,、;以上の3つである。人間は未来に死を控えた有限な自己であり,自らの死を引き受
けるという宿命を背負っている自己だということである。こうした結論はヤスパースが言
う「限界状況」としての死をより分析的に捉えたものと言える,、ハイデガーの分析やヤスパ
ースの考察から明らかなことは,自己の死が自己自身に決定的に関わるものであって,生
きている自己が逃れ得ない究極決定的なものであることである。本来の自己である実存に
とってこのような死は決定的に自ら(自己)が引き受けるところのものである、,すなわち
本来的に未来の自己が引き受けるもの,それが死であ惹,このことは死が自己固有の可能
性(自分自身が引き受けることを逃れられない可能性)の一つであることを示している、、
可能性という肯定的なイメージをもつ語を使用する理由は次のようなことによる。もし,
時間的に無限に生きる者がいるとすればそうした者にとっては,「今」「ここ」での本来的
な生き方・在り方をするのに不可欠な決断が真剣さを喪失することにつながってしまう。な
ぜならば,無限の時間を生きる者にあっては,一瞬一瞬の時間のもつ意味,かけがえの無
さといったものは意識されがたいものとなるからである。現実の個々の場面において主体
74
的な決断を行うことによって充実する実存が,そうした真剣さの喪失によって,言わば薄
められたものとなってしまう.,,こうした:事態を避けるものとして死がある,,死によって有
限な時間を所有する人間にとっては,その生の有限さによって現実場面の一瞬一瞬が無限
に生きる者に比べてより大きな意味をもっことになる。そうした有限な生にあっては「今」
「ここ」での決断がより真剣なものとなり,実存をより充実したものとしていく、、この有限
さをもたらすものが自己の死であるゆえに,死は「可能性」という肯定的なイメージの語で
捉えられてしかるべきものなのである,,ここで思い起こされるのはフランクル(1952)の次
の言葉である。
「死は結局すべてを無にするから,すべては結局無意義である,といかにしばしば主張
されたことだろうか。しかし死は実際に生命の意味性を破壊しうるだろうか,そうではな
くて反対である。なぜならば,もしわれわれの生命が時間的に有限ではなく,無限であっ
たならば一体何が起こるであろうか,,もしわれわれが不死であったならば,われわれは当
然あらゆる行為を無限に延期することができるし,それを今行おうが,明日なそうが,あ
るいは明後日,一年後,十年後に行おうが同じことである,しかしわれわれの未来の超え
難い限界,及びわれわれの可能性の制限としての死に面して,われわれは生涯の時間を利
用しつくし且つ∼回的な機会を……その『有限な』総計が全生涯を示すのであるが……
利用しないでは過ぎ去らしめないように強いられるのである、有限性,時間性はしたがっ
て人間の生命の本質的特徴であるばかりでなく,その意味にとっても決定的なのである。
人間の実存の意味はその顛倒しえざる性格のうちに基礎づけられている,,従って一人の人
間の生命責任は,それが時間性と一回性という点に関しての責任であると了解される時に
のみ,真に理解されうるのである、.」!24
また,死の自覚は,死が自己自身で決定的に引き受けならないものであるゆえに死に対
する「他ならぬ私自身の生」に自己の意識を導いていぐ=、ここにも実存にとっての死の肯定
的な面が見受けられる。この死の不可避性を了解したところがら生まれる本来的な生き方
をするための真剣な決断・行動という行為が実存の充実をもたらすものであるゆえに,自
己の死の不可避性を忘れぬこと・自己の死の決定性を了解し意識の上で受け入れつづける
こと,すなわち「死に対して誠実な気持ちを保持すること」が実存的空虚の解決にとって
臨床的意味をもつことになる。「死で終わる生には意味が無い」と訴える実存的空虚にある
者に対しては以上に述べた「死で終わるゆえに自己の本来的な自己である実存が充実する」
「実存が充実する場としての生は死があるゆえに実存的により意味深いものとなる」とい
75
うことの了解へといざなう取り組みが求められる。この「死があるゆえに生(生きてある実
存)はさらに充実する」ということは,前に紹介したキェルケゴールやソクラテスの実存に
とっては生死よりも意味深いものがあるという回答やエピクロスの「死がわれわれにとっ
て何ものでもないことを正しく認識すれば,その認識はこの可死的な生を,かえって楽し
いものとしてくれるのである」という原子論的唯物論からの回答とは別種の「死で終わる生
には意味が無い」ということで悩む者への回答である。それは実存にとって死は意義深いも
のだとする視点からの一回答である。因みにハンス・カストルプについて雷えば,彼が「『僕
は心の中で死に誠実な気持を持ちつづけよう,しかし,死と過去への誠実さが僕たちの考
えと陣とりを支配するならば,その誠実さは悪意と陰惨な淫蕩と反人間性にかわることも,
はっきりと覚えておこう。人間は善意と愛とを失わないために,考えを死に従属させないよ
らたしなミそほならない。』(下263)」と言っているのは,死そのものに自己を従属させる
のではなく,死の不可避性と重要性を誠実に意識しながら交わりを重んじて生きることへ
の決意を表していると言える,,すなわち,この決意は前節で述べた「交わりが実存的空虚
の解決にとって有する意味」と,本節で述べた「死を誠実に意識していくことが実存的空
虚の解決にとって有する意味(『死によって終わる生』という事実から実存的空虚に陥って
いる者への臨床的意味)」を内包している極めて実存的な意味合いの強い決意であると言え
る、,
なお本論文では論述を控えるが,「死で終わる生には意味が無い」と言うことで悩む実存
的空虚にある者への回答としては,天界や背後世界への霊魂の移住,輪廻とそこからの解
脱,恩寵による永遠の生の保証などから答える諸宗教からの回答があることを付記してお
きたい。付記する理由は宗教からの回答によってこのような実存的空虚から逃れたものが
少なからずいるからである。
第8節 要約,実存的空虚の解決へ向けて有効となるもの
以上の第1節∼第7節において,実存的空虚の解決という点から見た登場人物の存在様
態の臨床的意味について述べた1,そこから得た実存的空虚の解決に向けて有効となる生き
方・在り方を要約すると次のようになる。
①汎論理主義としての合理主義の回避、
②自らの意思で啓示信仰に入り留まることが可能な者にとっては,その啓示信仰に
おいて生きること。
76
③全体主義の否定(これは他者を実存的空虚に追い込まないためのもの)、,
④根源的な自然に根をおろすこと。
⑤超越者の感得。
⑥主体性の保持。
⑦交わりをもっこと。
⑧ 「死の不可避性諜生の無意味」という考え方の非妥当性を認識すること,,
以上に述べた①∼⑧を実存的空虚:の状態にある者(クライエント)が自覚するような取り
組みを行うことが求められる、,そうした取り組みの手段の一例としては,クライエントと
セラピストによる対話をあげることができよう。対話の有効性を示す例としては,ソクラ
テスが対話をもって「霊魂の健康を得るため」125の営みとしての知を愛し乗ある取り組み
を実践することよって,アテナイの青年たちにそうした取り組みの重要性を自覚せしめた
ことがあげられる。
第4章 実存的空虚の解決に対する文学からの示唆
前章で,「魔の山」の4人の登場人物の言動に表された存在様態が実存にとってどのよう
な意味をもち実存的空虚の解決のためにどのような臨床的意味を有するかを考察した。ま
た,そうした臨床的意味の把握をもとにして実存的空虚の解決にとって有効な在り方・思
想・取り組みの方法などについて考察した。それはエピソード的なものを除いて実存論的
視点から行われた。それらの考察においては,実存的空虚にあるものが発する「生きてい
く意味は何か?」という問いに簡潔に「生きていくことの意味は00にある、.」とか「00
だから生きることに意味がある.」とかというように簡潔に答えるようには述べなかった。
その理由は本論文の目的が,実存的空虚の解決にとって有効な在り方・思想などについて
の知見を得ることにあったからである,,すなわち,生きていく意味についてのまとまった
答(知識)を求めたのではなく,実存的空虚に悩む者への臨床的知見を求めたものだから
である。「臨床的知見を求めた」とは,生きる意味の探求そのものに重きを置いたのではな
く,どのような在り方や思想が実存的空虚の解決を促すのかということの探求に重きを置:
いたということである,
さて,「魔の山」の登場人物4人の言動に表れた実存的意味の分析をもとにした,実存的
空虚の解決につながる思想・在り方・取り組みの方法等は前章で述べたが,実存ひいては
生きること・在ることの不安や充実についての生々しい報告や示唆はさまざまな文学作品
77
の中にも見受けられる。実存・(人が)在るということについての思索において詩や小説,
随想などが果たす役割の大きさの一証左として以下のような事実をあげることができる。
キェルケゴールやニーチェにおいて実存や生の意味に関する叙述がしばしば詩あるいは詩
的表現でなされていること,ハイデガーがヘルダーリン(H61derlinF.)やトラークル
(TrakLG,)の詩,ドストエフスキーの小説,パスカルの随想録などを存在論の視点から高
く評価していること,ヤスパースがレッシング(Lessing,GE,),ゲーテ(Goethe, J. W.),ド
ストエフスキーらを実存についての意義深い思索を行った者として捉えていることなど、,
実存的空虚にある者は,自己が「生きる意味がわからない」という問いを発生させる状態
にある、,彼らの自己意識が実存・(自己の)存在について何らかの意義や在り方を指し示す
詩や小説を読むことによって変革され,自己が在ることの意義を実感するようになること
も期待しうる。それは,生きる意味を知識として見出すという方法というよりも,多くの
場合,自己が生きる意味を感得する,すなわち自己が存在することの意義を感得するとい
う方法による実存的空虚への対処である,,
以上に述べたような文学作品の例として,ハイデガーとウィトゲンシュタインが高く評
価したトラークルの詩の一つ「グローデク」(1914)を示す,その後で,この詩が有する臨
床的意味について述べることにする。(ウィトゲンシュタインとはLudwig Wittgenstein
のことである,,彼の著書に述べられたことは実存思想とは程遠い・正反対だとする人が非
常に多いが,少なくとも彼の生き方および日常会話や手紙の中で述べられた言葉を見れば
人間の生き方・在り方について実存的な視点を持っていたことは否定しがたい:)また,「グ
ローデク」について記した数人の人たちの言葉を紹介したい.この詩は世界と生に対する
絶望と無意味さの生々しい実感を表現しているとともに,それとは反対の境位への飛翔を
予感させるものである。そして,そうした無意味さと絶望の実感は実存的空虚に陥ってい
るものが抱くものであるゆえに,この詩は実存的空虚からの飛翔を予感させる何かを語っ
ていると言える。そして,そのような予感を実感することは,意味のむなしさの実感から
もたらされる虚無感情や生々しい絶望から人を引き離す契機となるものなのである。
(以下,原詩を掲載した後,日本語訳を記す。)
78
Grodek
Georg Trakl
Am AbeIld tδnen die herbstlichen Walder
V6n t6dlichen Waffe駐, die goldenen Ebenen
Und blauen Seen, daruber die Sonne
D琶strer hinrollt;umfarlgt di.e N.acht
St.erbende Krieger, die wilde Klage
nlrer zerbrochenen MUnder.
Doch stille Sammelt im Weidengrund
Rotes Gew61k, darin ein zUrnender Gott wohnt
Das vergroβne Blut sich, mondne KUhle;
Alle Straβen munden in schwarze Verwesung.
Unter goldnem Gezweig der Nacht ur≧d Sternen
Es schwankt der Schwester Schatten durch den
schweigendell Haih,
Zu gru」3en die Geister der Helden, die b!utenden
Haupter;
Und leise t6nen im Rohr die dunkeln F16ten des
Herbsters.
O stolzere Trauer! Ihr ehernen Altare,
Die heiBe Fla㎜e des Geistes.nahrt heute ein gewalt.iger
Schmerz,
Die ungeborne鷹 Enkel.126
グローデク
ゲオルク・トラークル
タ暮れ.秋の森々に
死の武器は轟く,金いろの平野に
青い湖に,その上を太陽は
79
更に暗くころがり落ちて;夜が
死んでゆく兵士らを,砕かれたその口々の
はげしい嘆きを包む。
だが静かに柳の谷間に
怒れる神の宿る赤い群雲が寄り集う
流された血が,月の冷気が;
すべての街道が黒い腐朽に注ぎ入歓,
夜の金いろの枝と星々の下で
妹の影はものいわぬ社を漂い,
勇士らの霊,血を流す頭に挨拶する;
すると微かに葦の問で秋の低いフルートが鳴っている、,
ああいよよ誇らかな悲しみ!お身たち青銅の祭壇たちよ,
魂の熱い炎を今日養うものは力こもる痛みだ,
生まれざる孫たち,,127
この詩の題となっているグローデクとは地名であって「ポーランドのリボブとクラクフ
の中間にあり,1914年9月初め,オーストリアとロシア軍の間で激戦が展開され,オー
ストリア軍が敗北した」128ところである,、この「激戦」は第一次世界大戦の戦闘の一つであ
る。トラークルはこのグローデクの戦闘にオーストリアの衛生見習少尉として応召・参戦し
ていた。戦闘後,彼は殺害され或いは負傷した兵士たちの凄惨な状態を目の当たりにした。
それから程なくして,この詩を作った。詩の中に出てくる「妹(Schwester)」は彼の多くの
詩に登場する,彼が愛した実の妹をさす。この妹は吉村(Ybshimura,H,)(1968)が指摘する
ように「詩人の深い愛と畏れと憧れとをこめて,その全作品を通じて徐々に純化され象徴
化された姿に歌いあげられてゆく」エ29存在であって,ヘレラー(H611erer, W.)(1956)が指摘
するように「すべての『近いもの』,自分に近く寄り来たったもの,自己が親しい呼びかけ
で接近しうるすべてのものを暗示する記号」130として歌われている、絶望と死に覆われて
いるこの詩にあって,「妹」が登場する行以降∼末尾が絶望と死からの飛翔を予感させるも
のとなっている。それは絶望と死の描写が深くリアルであるゆえに,「妹」以降の数行も絵
空事でないことを感得せしめる。すなわち,(「妹」が登場するまでの部分に現われている)
80
徹底したリアリティーを伴って表現された絶望と死の世界からの飛翔(同じくリアリティ
ーを伴った飛翔)を読者に期待させるものとなっている。生々しいリアリティーを伴って,
この詩は生への希望を生じさせるものとなっているということである。この詩とトラーク
ルの別の詩「嘆き(Klage)」を採り上げて2作品に共通するものについて論じたバージル
(Basilρ,)(1965)は次のように述べている。「これはまさしく虚無的な絶望なのである。こ
れは空虚からの骨髄を揺るがす叫びであり,無…あるいは狂気…への沈下を前にして,
妹の無傷の存在へとおのれを救済する試みなのである。」131また,前述したヘレラー(1956)
は「グローデク」の解読を行う中で,詩の中の「カこもる痛み」という表現について以下の
ように述べた。「『カこもる痛み』は結合するカとなる,それは通過と引き続き見る事の可
能性を開き,それは未来の彼方にこの詩的行為を可能にするのである。人間的なものを越
え出ることの必然を十分に知りつつ,トラークルの詩は,人間の『カこもる痛み』に対し
て開かれている。この詩的行動は,この痛みが、これらの詩句を閉じさせず開いた状態に
保っているのであり、意味を投げかけ、さらに別の時代の風景の中にまで伸びてゆくので
ある。」132そして,「グローデク」が表している静止と淀みと進行に注目し「静止と淀みと
進行は同一的に別の時代と,或いは,トラークル的に言うならば,『現世から隔絶したもの』
と関わるのである。この同時性こそは,トラークルの詩にとっての,彼のいう人間の硬直
化の克服にとっての,そして詩そのものの鍵なのだと言えよう。」133と指摘している。こ
のヘレラーの現世から隔絶したものとの同時性の把握やそれが人間の硬直化の克服につな
がることへの指摘は,その前の「意味を投げかけ」と呼応している。さらに,トラークルの
詩全般について吉村(1965)は「ハイデガーが彼の詩の特質を『離別した存在(das
Abge schiedellsein)』として規定した真意のなかには,彼の詩が志向する二つの方向
『彼岸へ去ってゆくこと』と『此岸へたち帰って来ること』一がいみじくも含まれてい
るであろう。運命のカによって烈しく彼岸へとひきさらわれていった存在は,その『彼方
へ』のエネルギーが強ければ強いほどますます鮮やかな姿となってこの現実のなかへたち
帰ってくる。」134と述べているが,このことは「グローデク」についてもあてはまる。
以上,文学作品の中には実存的空虚の解決にとって臨床的意味を有するものがあること
を「グローデク」を例にして示した。
おわりに
今後の課題:
本論文では,「魔の山」の登場人物の存在様態の分析を通じた実存的空虚の解決へ向けて
81
の考察を行った。終わりにあたって,今後の課題となることを述べておきたい。
まず挙げられる課題としては,第3章第8節で要約して記した実存的空虚の解決に向け
て有効となる8つの生き方・在り方を実存的空虚の状態にある者(クライエント)が自覚す
るような取り組みを効果的に行うための方法・手殺を見つけ出す,或いは考案することで
ある。例えば,超越者の感得の方法としては第3章第5節で述べた方法の他にどのような
ことが考えられるか,といったことが今後の研究課題となる、.手段については,第3章第
8節で,その一例として対話をあげたが,どのように具体的に対話を展開していくのか,
対話における重要なポイントは何か,といったことには触れなかった。そうした点を明瞭
にしていくことが今後の技術論的な課題である。また,対話以外の効果的な手段は何か,
ということを求めるのも課題となろう,,
次の課題としては以下のことが挙げられる。実存的空虚の解決をテーマとする研究は,
少なくとも本論文のような方法で行う場合,数学的あるいは統計的な研究方法をとらない。
実存,現存在,存在といったことを採り上げるこうした研究(方法)は,現代では学間的
に無意味だと判断される可能性が低からずある,、実存的サイコセラビィの立場にあった心
理療法家のメイ(MaエR,)(1958)は,そうしたことについて次のように述べている。「“存在
(being)”および“現存在(Dasein)”の定義をくだすことは非常に難しい。しかもこの仕事
は,これらの述語およびその意味が多くの抵抗に出会うという事実によって二重に難しく
なる。ある読者たちは,これらの用語がひとつの“神秘主義(mysticism)”[“あいまいな
(misty)”という軽蔑的な,まったく不正確iな意味に用いられている]の新しい一形式にす
ぎず,科学とは何の関係もない,と感じるかもしれない。しかしこうした態度は,それを
軽蔑することによって一切の問題をそらせてしまう.“神秘的(mystlc)”という用語が,分
断して数えることのできないものを指す場合に,この軽蔑的な意味に用いられるというこ
ロ ア ル
とは興味深い。事物や経験は,それを数学的にすることができないときは実在的でなくて,
それを数字に還元する事ができるときはとにかく雲呑酌であるに違いない一という馬鹿
げた信仰が現代文化の中にはびこつている,,(中略)むしろ,われわれが語っていることを
シンボハ
はっきりと見きわめようと努力すること,そしてどのような述語または象徴(terms
or
リアリティ
symbolS)がこの現実を,歪曲を最小限に止めながら,もっともよく記述することができる
かを見出そうと努力することこそ,科学的な態度ではないだろうか?“存在(being)”は(2
つの他の例としての)“愛”および“意識’と同様に,それを細分化または抽象化すればわ
れわれが研究しようとしているものをまさに見失わざるを得ない,そういう現実の部類に
82
属している」135.このメイの記述にある「現存在(Dasein)」はヤスパースではなくハイデ
ガーが使った意味を想定して用いているが,ヤスパースが言う「実存(existence)」に置き
換えても言わんとする主旨の伝達という点では差し支えが無いであろう.同じく「科学的」
を「学問的」に,「存在(being)」を「実存(existence)」に置き換えてもメイが述べたい内
容を損なうことはない。メイが予想した「抵抗」は現代日本においても充分予期されるこ
とである。こうした抵抗への答は同じくこのメイの言葉の中に記されている。この場合,
こうした抵抗への答が説得力をもつためには実存的空虚の解決の方法を探る研究者やセラ
ピストがパスカル,キェルケゴール,ニーチェ,ヤスパース,ハイデガー,マルセルら実
存や存在について深い思索を行った思想家やビンスワンガー,ボス(Boss,M.),フランクル
といった実存について真摯な態度と理解を有している精神医学者・心理療法家が述べたこ
とについて充分な理解をしておくことが必要であろう。加えて,研究者やセラピストとな
る者自身が実存についての思索を行い,実存を裏切らない生き方・在り方をする必要があろ
う。因みに,キェルケゴール,ニーチェ,ヤスパース,フランクルなどは自己をとりまく
世界が自己の実存を裏切ることを強要した時に,その強要を拒否した人たちである。それ
を拒むことは人々からの嘲笑や失職の恐れ或いは死の危険があったにもかかわらず。そう
した生き方・在り方をしたがゆえに彼らの生き様には,ある種の非日常的な関心を呼び覚ま
す何か(etwas)が備わっている。その何か(etwas)は彼らの述べることを信奉させるのでは
なく,彼らの述べていることを了解したいという意欲を起こさせるような何かである,,こ
うしたもの(etwas)が前述した抵抗への答に説得力を付与する一つのカとなろう.,それゆえ,
たとえ彼らの水準に遠く及ばないとしても,日常生活で実存を大切にする生き方・在り方を
可能な範囲で実践していくことは,実存的空虚の解決について研究する者やセラピストに
とっては,その立場上からも重要な課題であると言えるだろう。
「魔の山」関連では,この作品で考察されていた時間論の研究が今後の課題となろう。実
存は時間の中で顕わになるものであるし,実存的空虚の問題も生きている時間をどういう
意識をもって過ごすかということと関わっているものだからである。
最後に,アメリカの心理学者ウォールターズ(Walters,0.S.)(1958)の言葉を記して筆を置
きたい。この言葉は本論文の内容と直接的な関係はない。また,筆者は心理測定や統計が
心理学にとって必要不可欠なきわめて重要なものであることを否定するつもりは全く無い。
しかし,このウォールターズの言葉は実存的空虚やその他の状態にあるクライエントに接
する際,折に触れて想起したい言葉の一つであることも事実である。
83
「全ての精神療法家は一種の哲学者’である.心理学者が一人対一人という基礎的土壌に
立って苦しみ悩む人たちを援助しようとすれば,心理測定や統計から離れて,純粋な科学
としての心理学を後ろに置くことになる。彼が治療過程に参加するようになれば,避け得
ることなく価値の領域に引き込まれざるを得ない。」136
84
註(引用文献)
1Mann,T,(1924)Def Zauberbreg, Berh丑. S。Fischer Verlag,関泰佑・望月市恵共
訳 (1988)魔の山(上)(下).岩波書店,(下)288.
2Malln,T.(1924)Der Zauberbreg, Berh11. S。Fischer V6rlag,関泰佑・望月市恵共
訳 (1988)魔の山(上)(下).岩波書店,(下)290,
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Ph鋤omenologischen Anthoropologie, Bern, Francke Vierlag,荻野恒一・宮本忠
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5諸富祥彦・竹内整一ほか (2002)ニヒリズムの蔓延.r神戸新鉱,2002.2.7.朝刊
6香山リカ (2002)早世俳人の生涯をアートに.神戸新聞,2002.6.29.朝刊
7中村義道 (2002) どうせ死んでしまう.新潮45,第21巻第1号 147.
8諸富祥彦・竹内整一ほか (2002)ニヒリズムの蔓延.神戸新聞,2002.2.7.朝刊
9Frankl,VE.(1967)Psychotherapy and Existentialism. NewYbrk. Washington
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10Frankl,VE.(1956)Theorie und Therapie der Neurosen. Wien. Verlag:Urban
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11國分康孝 (1980)カウンセリングの理論 誠信書房 178.
12Frankl,VE.(1967)Psychotherapy and Existentialiβm. NewYbrk. Washington
Square Press,lnc.,高島博:・長澤順治共訳 (1972)現代人の病一心理療法と実存
哲学一.丸善,23.
13FrankI,VE.(1967)Psychotherapy and Existentialism. NewYbrk, Washington
Square Press,lnc.,高島博・長澤順治共訳 (1972)現代人の病一心理療法と実存
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85
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28KalltJ.(1787)Kritik der reinen V6rllunft,2Auf1.篠田英雄訳 (1961)(1962)純
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29Kantl.(1787)Kritik der reぬen Vemunft。2Aufl.篠田英雄訳 (1961)(1962) 純
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33Jaspers,K. (1960) Psychologie der W白ltanschauungen. Heidelberg. Springer
Verlag,5Aufi.上村忠雄・前田利男共訳 (1971)世界観の心理学(上)(下).理想
社,174,なお,この訳本の中ではGehauseを「殻」と訳しているが,しっくりしな
いので本論文では「容器」とした。
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68皿ocToeBcKH転Φ.赫.(ドストエフスキー)(1864)3aH蛋icKHH3π
o皿noπb分.江川卓訳 (1969)地下室の手記.新潮社,50−51.
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V6rlag,青木順三訳 (1990)講演集ドイツとドイツ人,岩波書店,171.
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V6rlag,青木順三訳 (1990)講演集ドイツとドイツ人.岩波書店,171.
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90
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(1957)死に至る病。岩波書店,21.
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徳爾訳 (1957)フランクル著作集2死と愛 みすず書房 52.
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111林田新二・羽入佐和子・佐藤真理人・原一子・越部良一 (1996)哲学ヘーヤスバース
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128Trakl,G,(1969)Dichtungen und Briefe. Salzburg. Otto Muller Verlag,滝田
夏樹外回,(1994) トラークル詩集.小沢書店,139.(脚注)
129Trakl,G.(1965)Die Dichtungen, Zusammenstellung von WolfgaIlg Schneditz.
Salzburg. Otto Muller Vierlag,吉村博次編訳(1968) トラークル詩集 彌生書房,
171,
130Trakl,G.(1969)Dichtungen und Briefe. Salzburg. Otto Muller Verlag,滝田
夏樹編訳.(1994) トラークル詩集 小沢書店,に収められているWalter
H611erer(1956)の「グローデク」論からの引用。上記詩集184.この「グローデク」
論はべノー・フォン・ヴィーゼ編「ドイツ拝情詩」(1956)に所収されている同名論文の
和訳転載,,
131Basil,0. (1965) Georg Trakul in Selbstzeugnissen und Bilddokumenten、
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ht℃:〃www fit ac?)ん・tanakaノー皿
132Trakl,G,(1969)Dichtungen und Briefe. Salzburg. Otto M懸11er Verlag,滝田
夏樹編訳.(1994) トラークル詩集 小沢書店 に収められているWalter
H6Uerer(1956)の「グ田園デク」論からの引用。上記詩集187.この「グローデク」
論はべノー・フォン・ヴィーゼ編「ドイツ好情詩」(1956)に所収されている同名論文の
和訳転載。
133Trakl,G.(1969)Dichtungen und Briefe. Salzburg. Otto Muller Vbrlag,滝田
夏樹旧訳、(1994) トラークル詩集 小沢書店 に収められているWalter
H611erer(1956)の「グローデク」論からの引用、,上記詩集187−188,この「グロー
デク」論はべノー・フォン・ヴィーゼ編「ドイツ拝情詩」(1956)に所収されている同名
論文の和訳転載。
134Trakl,G.(1965)Die Dichtungen. Zusammenstellung von Wolfgang Schneditz.
Salzburg. Otto Muller V6rlag,吉村博次編訳(1968) トラークル詩集.彌生書房,
173.(編訳者解説)
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136Walters,0.S.(1958)Metaphysics,Religioll and Psychotherapy? ,織上∼」rη∂10!
Ooαη5θ加8助。加Zo即 1(Winter),248.拙訳,
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で参考とした文献を挙げる。
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Taschenbuch Vbrlag G阻bH,]]口知三訳 (1981) トーマス・マン,理想社
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Salzburg. Otto Muller V6rlag, HormuthN・栗崎了・滝田夏樹共編訳(1967)対
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Schwab,川原栄峰訳 (1964)ハイデッガーの存在論 理想社
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謝
辞
本研究の作成にあたり、御指導を賜りました教授・塩見邦雄先生に深く感謝いたします。
また、本研究の作成を励まし続けてくださった塩見ゼミのみなさんに、厚くお礼を申し
あげます,,
そして,本研究を行う時,いつも私の支えとなったかけがえのない私の家族一幸世,
郁朗,頗子,Hockie,一に心から感謝します。
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