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在日女子留学生の異文化における問題とジェンダー I

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在日女子留学生の異文化における問題とジェンダー I
在日女子留学生の異文化における問題とジェンダー
Gender Matters in the Problems of Female Foreign Students in Japan
吉 岡 美千子(名古屋大学)
Michiko YOSHIOKA (Nagoya University)
目 次
I. はじめに
II .岩男・萩原(1988)の研究に見る女子留学生の問題
III .女子留学生が異文化において抱える問題・カルチャーショックの事例
Iv.おわりに
I .はじめに
外国人留学生の異文化における問題についての研究は数多く見られるが、我が国が受け入れている留学生
の約 40%を女性が占めているにもかかわらず、特に女子留学生を取り上げその異文化における問題について
考察した研究はこれまでほとんど行われてこなかった。しかし、生物学的な性差に加え、社会“文化的に作
られた性役割に起因する優劣関係や二重基準のために女性の経験と男性の経験には差が存在すること、また
その性役割の程度は国によって異なることから、異文化において女子留学生のみが抱える問題が存在するで
あろうことは想像に難くない。また、それらの問題は決して個人的なものあるいは些細なものとして片づけ
られるべきではない。
女性の問題は「私的なもの」と軽視されたり気づかれなかったりしがちであることは第二波フエミニズム
により指摘され、その結果女性が研究対象になるとともに各研究分野において女性の視点が取り入れられつ
つあるが、留学生教育においてもジェンダーを考慮して留学生に関わる様々な問題についてあらためて問い
直してみる必要があるのではないか。
本研究はフェミニストの視点から留学生の問題をとらえ、女性が異なる社会・文化から留学生として日本
へやってくることで直面する様々な問題を考察し、ジェンダーがいかに留学生の留学経験に影響を及ぽすか
を明らかにすることを目的とする。
一 63 ー
II 岩男・萩原(1988)の研究に見る女子留学生の問題
女子留学生に焦点をあてその問題について考察・分析した研究は極めて少ないが、岩男.萩原(1988)が留
学生が抱いてしュる対日本人イメージを測定・分析した研究から、女子留学生は日本において外国人であるこ
とに加え、女性であることによって二重の不快経験を持つことが推測できる。それによると、まず男女に関
わらず在日留学生は外国人に対する差別・偏見を感じていることが明らかにされてしュる。それに加えて、在日
留学生が日本人に対して抱いているイメージの中に 「男女不平等」があることが報告されている。しかし、
諸外国が日本に対して 「男性支配社会」 というイメージを持っていることはしl
ゴしば耳にすることであり、
外国人が留学生として日本に滞在してみてやはり 「男女不平等」 との印象を持ったとしても、さほど驚くに
は値しない。ところが、同研究はそれだけではなく「『日本人は男女不平等』という評価が留学経験により更
に強化されてしュる」 ということも明らかにしている。このことは留学生が滞日中に『男女不平等』と感じる
事柄を実際に体験したことを示唆する。更にそれを裏付l
ナるように、日本で経験した最も不愉快な出来事に
ついて尋ねたところ、女子留学生は「酔っ払いに電話番号を教えろとからまれた」、「満員電車で痴漢にあっ
た」、「『マネー』と『セックス』しか英語を知らない男性に付きまとわれた」、「売春婦と間違えられた」、「教
授がパーティーで女子留学生のおしりをさわった」、「男性が女性に対して倣慢な態度である」、「訪問した家
の主人が『かわいい』などと言って一晩中頭をなでた」等と回答しており、岩男・萩原は女子留学生の不愉
快な経験の特徴として 「性に関わる出来事が比較的多くあらわれている」 と述べている。
岩男’萩原の 1985 年の調査から現在までにすでに 10 年以上の年月が経っており、その間に日本は女子差
別撤廃条約を批准し、政府・地方自治体は男女共同参画型社会を実現すべく様々な努力を行っているが、10 年
前と同じく現在におしュても女子留学生が性に基づく不愉快な経験をしていることに変わりはなしュことが、次
にあげる女子留学生への聞き取り調査に対する回答で明らかになった。
III 女子留学生が異文化において抱える問題・カルチャーショックの事例
女子留学生が日本という異国において女性として感じたカルチャーショックや不快感について、筆者が在
籍する大学において聞き取り調査を行ったので、以下にいくつかの事例をあげる。回答者のプライバシーを
保護するため、氏名・国籍については明らかにせず、出身地域のみ記載する。
事例 1 】講義中に女性の容姿について話す教官
東アジアからの女子留学生 A さんは教官が講義中、「今度入学してきた〇〇さんは、きれいだね」とか
「〇〇さんは入学応募時の写真よりもずっときれいだね」 など、女子学生の容姿について話すことに驚
いた。男子学生ばかりのインフォーマルな場であれば母国でも男性教官が女子学生の容姿について話す
ことはあるかもしれないが、女性がいる教室において、講義中にもかかわらず教官がある女子学生の容
姿について話すことを不快に感じた。
一 64-
6 .在日女子留学生の異文化における問題とジェンダー
教官が講義中に 「きれい」、「太っている」 など女子学生の容姿について話題にするのを不快に感じる女性
は日本人・留学生に関わらず多いのではないか。女性の容姿に関する教官のコメントは些細なことという印
象を与えがちであるが、A さんと同じような経験を不快として話す女子留学生はかなりいた。Robertson
et
al (1988)は「大学におけるセクシャル・ハラスメント」についての論文の中で、教育者には学生の学問遂行
と知的発達を促す環境を提供する「専門的・倫理的責任」があると述べているが、この「倫理的責任」につい
て認識していない教官がいるということ、そしてそのことが女子留学生に驚き・不快感を与えていることを
本事例で知ることができる。
事例 2 】立場を利用していると捉えられかねない言動
東アジアからの女子留学生 B さんは、日本のある民間財団から奨学金を受給している。奨学金支給財
団のカウンセラーは面倒見がよく彼女は感謝しているが、カウンセラーが時々自宅に電話をしてきて「ぽ
くは B さんに会いたいけど、B さんは僕には会いたくない?」と言ったり、例会の帰りの車の中で「今、
ぼくといて幸せ?」と言ってきたりするのには戸惑っている。適当にあしらってはいるが、カウンセラー
と留学生という間柄だけなのに、このような話し方をされるのは不快である。
奨学金提供側と奨学金受給者である留学生では、明らかにその立場に強弱の関係が存在する。彼女はカウ
ンセラーの妙に親しげな話し方を不愉快に感じているものの、相手が奨学金提供先のカウンセラーであるこ
・
2 では女子留学生と相
とから、不愉快であると伝えることができないことにストレスを感じている。事例 1
手に強弱の関係が存在するため、女子留学生は不快であるにもかかわらずそれを伝えることができない。こ
のように権力関係が絡んでくる場合、女性に不快に感じる事柄があっても我慢することを強いる結果となる。
事例 3 】表現解釈の異文化間差異による不快な経験
欧米からの女子留学生 C は袖が薄手のシルクのブラウスを着ていたとき、日本人の友人(男性)に
「色っぽいね」と言われて困惑し、それ以降そのブラウスを着るのをやめた。
日本の女性が男性の友人に 「色っぽいね」 と言われても必ずしも不快ではない。中には「色っぽい」とい
う言葉を誉め言葉と考える日本人女性もいる。しかし、英語圏から来た学生 C にとって、「色っぽい」の英語
’であり、単なる友人に性的な言葉で表現されることはたいへん不快なことだったという。このよ
訳は“Sexy'
うにある国において男性がかける言葉がその国の女性にとって必ずしも不快ではない場合でも、外国人に
とっては不快であるという例は他にもある。たとえば Twombly
(1995)は、コスタリカの‘'Piropos" (男性
が女性に「かわいこちゃん」などと頻繁に声をかけることで、悪意はないが、性的な表現も多い。しかし、
コスタリカの女性は誉め言葉ととる場合が多い)について、あまりにも頻繁で性的意味合いを強く含むため、
多くの米国人女性にとって異文化的で慣れることができず、米国人女子留学生が性と異文化による孤立感に
悩まされコスタリカへの留学を否定的に評価しかねないことを問題として取り上げている。
-65-
事例 4 】性役割観に関わる異文化差異
欧米からの女子留学生 D はアフリカからの留学生に“Hi,
D, Babe”と言われ、女性を“Babe”と呼ぶこ
とについてその言葉使いに抗議したところ、男子留学生は自国では独身女性には皆このような言い方を
すると言い張り、不快感を理解してもらえなかった。
女子留学生が直面するジェンダーに起因する異文化摩擦は、必ずしも日本人男性との間に生じるとは限ら
ない。現在日本は世界中から留学生を受け入れており、異なる文化圏からの男子留学生の持つジェンダーに
関する価値観が女子留学生にとってカルチャーショックとなることも多々あり、これはその一例である。彼
の国では英語が公用語となっており、言葉の誤りによって生じた問題ではない。彼の母国は男性上位の国と
言われ、未婚女性はすべての男性のものであるという価値観があるため、未婚女性に親しみをこめて’
'Babe"
と呼ぶことは日常的である。一方、女子留学生 D は女性の地位が高い英語圏の国からの留学生であるため、
女性を“Babe”と呼ぶ男性は礼儀をわきまえない大変失礼な男性としか映らない。その結果、彼らは口論とな
り、それまでの友情を失うことになった。
事例 5 】体に触れられることに対する不快感
欧米からの女子留学生 E は、東アジアからの男子留学生が挨拶の際、肩をもむような感じで触れ‘'How
are you?”と言ってくるので不快に思い、彼にその旨を伝えたところ、彼は触るのは親しみをこめてやっ
ているのだと主張し気を悪くして、それ以降彼女を無視するようになった。一方、国際交流会に出席し
た女子留学生 F はパーティー後の写真撮影の際、参加者の日本人中年男性に肩に手を回されとても不快
だったが、相手が気を悪くするのではと思い、不快感を伝えることができなかった。彼女は国際交流会
には 2 度と出たくないと言っている。
男性は親しみの表現として体に触れたり肩に手を回すのかもしれないが、女性にとって親しくもない男性
に体に触れられることはたいへん不愉快な経験である。問題はこの不快感を理解できない男性が多いこと、
また相手が目上で親しくない場合、女性はその不快感を伝えるのに跡踏してしまうことである。
事例 6 】単語の意味解釈の差によって生じる誤解
欧米からの女性留学生 G はアフリカからのある男子留学生の性差別発言の多さに辞易して彼を避け
て過ごしていた。するとある日突然研究室に入ってきた彼が、"If
you keep on provoking me....”と言っ
た。彼女はその言葉使いに腹を立て、"Check the word in the dictionary!'
’と怒鳴ってしまった。
この事例で問題になっているのは、"Provoke" という英語の意味の取り方である。この男子留学生の国では
英語は母国語とともに公用語であり、彼は彼のことを陰で批判したりそっけない態度を取った彼女に対し、
「これ以上怒らせたら
」 という意味で彼女に文句を言ったつもりであったが、同じく英語圏でも欧米か
ら来た彼女は‘'Provoke" を「怒らせる、わずらわせる」の意味ととらず、「(性的に)その気にさせる」という
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6 .在日女子留学生の異文化における問題とジェンダー
意味と解釈し、何を昼日中から言っているのだろうと腹立てた。笑い話のようでもあるが、実際に起きた誤
解であり、彼らの仲は修復しがたい状態になっており、非常に深刻な問題である。
事例 7 】マス・メディアの性表現に関する不快体験
南アジアからの女子留学生 H は、日本の CM やテレビドラマで、女性が商品のように扱われているが
規制されていないのが不思議である。彼女の国なら、放送日翌日には女性団体が「番組(CM)放送取り
消し」のデモを行うことになるという。また、東アジアからの女子留学生 Iも日本の深夜番組で半裸の女
性が出ていることだけでなく、その番組の司会者の一人が女性でありながら、番組の進行役をつとめて
いることに驚いた。
現在子どもとともに滞日する女子留学生も少なくないが、彼女たちにとって日本のテレビ番組は倫理上、
教育上目に余るものが多いようだ。本事例の女子留学生はテレビで女性を商品として扱うことが不快である
上、女性も女性の地位を販めることに手を貸しているように映るという。また、母国では女性団体から強い
反発を受けるであろう番組を日本では子どもが起きている時間帯でも放映し、さらには子ども用アニメさえ
も性的表現が使われていることを不快に感じ、子どもの教育に不安を感じている。
事例 8 】医療機関スタッフの見方に関する差異
女子留学生 J は保健所で健康診断を受けた際、男性技師 2 人の前でレントゲン撮影のため上半身衣服
を全部脱ぐように看護婦に言われた。男性 2 人を前に裸になることが恥ずかしいと看護婦に訴えたとこ
ろ、「ここは保健所なのに恥かしいだなんて
」と怪詩そうに言われ、気持ちを理解してもらえなかった。
多くの女子留学生が日本でまず驚くのはこのレントゲン撮影である。日本人女性は、レントゲン技師が男
性でも撮影のために上半身衣服を脱ぐように言われれば、多少恥ずかしいと思っても脱いでしまう場合が多
い。レントゲン技師は一般的に医師と同じく医療スタッフであると見なされるからである。しかし、女子留
学生は自国の医療機関であればレントゲン撮影用の金具のない衣服を医療機関が用意しているか、あるいは
女性の技師が撮影を行うため、男性技師の前で上半身裸になるということが考えられないという。産婦人科
医に男性が多いことにもバングラデシュ等男性に肌を見せない文化圏からの女子留学生は困惑する。このよ
うに女性の中でも文化が異なることで不快と感じるか否かが異なる例もある。
Iv .おわりに
女子留学生のカルチャーショックや問題には、事例 8 のように、日本女性には必ずしも不快でないことが
4 のように表現の文化間
異文化へやってきた女子留学生にとっては大きな驚きとなる場合もあれば、事例 3・
差異が女性にカルチャーショックを与えることもある。また、その他の事例のように、国・文化を問わず多
くの女性が不快に思う問題もある。事例 8 のような場合には、あらかじめ留学生アドバイザーなどが文化的
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差異を認識し女子留学生に情報を提供したり、技師・医師が女性である医療機関を紹介すれば避けられる問題
であるが、その他の問題は解決が容易ではない。女性の不快感の程度は文化・個人によって異なるが、女性
運動が盛んな国でフェミニズムに親しんで成長した女子留学生にとって、フェミニズムが社会的に理解され
ていない文化に適応することは相当難しいと考えられる(Wallace: 1993)。したがって、根強い性別役割観
を持ち、女性運動が敬遠されがちな日本は、少なくとも欧米からの女子留学生にとってカルチャーショック
や問題を生みやすい土壌であると言える。一方、男性上位で保守的な国からの女子留学生にとっても、マス.
メディアにおける性表現規制があまりない日本において、やはりカルチャーショックや不快感を感じたり、
家族への影響について憂慮することとなる。いずれの場合においても、これらの女性特有の問題は彼女たち
の性をあらためて意識させるだけでなく、彼女たちが外国の文化の中で“アウトサイダー”であることをい
やがおうにも認識させる(Twombly: 1995)。性に関わる問題を抱えることで、女性は困惑や苛立ちをおぼ
えるだけでなく驚憎や心痛を感じることもあり(Herbert: 1992)、これらが大きなストレスとなって彼女た
ちの留学成果や日本の評価にも影響することが考えられる。留学生が異文化において女性として抱える問題
はこのように深刻な側面を持つが、性に関わる問題は個人的・私的なレベルから公にされることはほとんど
なく、女性留学生アドバイザーでさえ問題の一部を把握しているにすぎない危険性があり、ましてや留学生
受入機関の男性教職員や社会一般に理解されていることは少ない。しかし、「国際イヒ」という言葉は単に人種
や文化の枠を超えるという意味で捉えられるだけでなく、男女という性の枠を超えることも考慮されるべき
であり、そのためには女子留学生特有の問題が理解される必要があると私は考える。
参考文献
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Publishors.
(4) Hofstede, Geert (1991) Cultures and Organizations: Software of the mind. McGraw-Hill International (UK)
Limited(岩井紀子・岩井八郎訳『多文化世界→童いを学び共存への道を探る 』有斐閣、1995)
(5)岩男寿美子・萩原滋(1988)『日本で学ぶ留学生:社会心理学分析』到草書房
(6) Paludi, Michele A. (1990) Ivory Power: Sexual Harassment on Campus, State University of New York
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(7) Robertson, Craire et al. (1988) "Campus Harassment: Sexual Harassment Policies and Procedures at
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(8) Twombly. Susan B. (1995) "Piropos and Friendships: Gender and Culture Clash in Study Abroad"
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(9) Wallaco,J. deA. (1993), "Leveling the Playing Field." CIEE Update, 5 : 12
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