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41
Vol.
2016.10
PROLOGUE
理想のプレゼン
林 文夫
イベント開催報告
山下一仁研究主幹 講演会
「バターが買えない不都合な真実」
WORKING PAPER
戦前日本における経済発展と所得分配
岡崎 哲二
今月の書籍
OPINION
バター不足、TPPで深刻化へ
山下 一仁
北京・武漢・上海出張報告
瀬口 清之
世界で増殖する「破壊願望」
宮家 邦彦
裏目ばかりの中国外交
宮家 邦彦
国有企業改革と銀行システムの変遷
岡嵜 久実子
『金融市場の高頻度データ分析』
途上国発展の方策
『TPPが日本農業を強くする』
中国市場で再燃、日本企業のガラパゴス化現象
佐藤 彰洋 ほか
山下 一仁
Highlight Vol41_4.indd 1
岡崎 哲二
瀬口 清之
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Contents
理想のプレゼン������������������������ 1
林 文夫
バター不足、TPPで深刻化へ������������������� 2
時代遅れの酪農振興策が招く悲劇
山下 一仁
山下一仁研究主幹 講演会�������������������� 6
「バターが買えない不都合な真実」
北京・武漢・上海出張報告(2016 年 7 月 14 日~ 7 月 29 日)������ 7
民間設備投資の伸び鈍化等を背景に緩やかな減速傾向 日中韓 FTA 締結推進を望む声も
瀬口 清之
世界で増殖する「破壊願望」
������������������� 8
宮家 邦彦
裏目ばかりの中国外交��������������������� 9
宮家 邦彦
国有企業改革と銀行システムの変遷��������������� 10
リスク管理の視点がより重要に
岡嵜 久実子
途上国発展の方策����������������������� 14
戦前日本の少額金融にヒント
岡崎 哲二
戦前日本における経済発展と所得分配�������������� 15
府県別所得上位集中度の推計と分析
岡崎 哲二
中国市場で再燃、日本企業のガラパゴス化現象����������� 16
対中投資積極化に動く世界の潮流から取り残される日本企業
瀬口 清之
今月の書籍�������������������������� 20
『金融市場の高頻度データ分析 データ処理・モデリング・実証分析』
林 高樹、佐藤 彰洋
『TPPが日本農業を強くする』
山下 一仁
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理想のプレゼン
アドバイザー ● 林 文夫
以前、シカゴ大学ロースクー
スクリーンで文章を見せるのは、
ある。パワポを使わない従来型
時だけ。
ルの先生の講演を聴いたことが
最後のスライドで結論を述べる
のプレゼンだったが、彼の話が
完全に理解できたのには我なが
第二の工夫は、プレゼンの最
到であったことも勿論だが、も
て聴衆の顔が私を追って動くこ
ら驚いた。話の内容の構成が周
中に動くこと。私が歩くにつれ
う一つの理由は、私を含め聴衆
とを確認するためである。席の
の一人一人が、語りかけられて
配列がコの字の会場では、コの
いる、と感じたことだと思う。
字の内側を回遊することにより、
プレゼンは対話だと実感した。
聴衆との距離が近づく効果もあ
る。コの字でない場合には、ス
パワポはプレゼンの強力な武
クリーンの前を横切って歩く。
器になり得るが、弊害も大きい。
ただ、あまり動き回ると落ち着
日本人はよく、各ページにぎっ
きがないと思われるので、移動
しり情報を詰め込み、聴衆と一
緒にスクリーンを見つめて大半の時間を費やす。視
は二、三回にとどめる。
線を避けたい日本人の習性のゆえだろうが、これで
第三に、マイクにささやきかけない。聴衆が 50
図表を見せる必要があるのでパワポを使うが、使う
ら声を出す。人数がそれより多い場合は、無線のピ
は聴衆との対話は成り立たない。私もプレゼンでは、
以上はパワポの対話阻害効果を最小化するため、い
くつかの工夫をしている。
人程度の場合は、そもそもマイクは使わず、お腹か
ンマイクを使う。これにより顔を上げて聴衆に向
かって話し、時折移動することが可能になる。
図表を見せる時以外はスクリーンをブラックアウ
第四に、プレゼンの前に、聴衆の中に離れて座っ
の場合はそうもいかない。発音が悪いせいでキー
たちの目をかわるがわる見ながら話す。一人の人か
トするのが一番の解決策だが、英語によるプレゼン
ワードが聴衆に聞きとってもらえない恐れがあるか
らだ。発音に問題がなくても、シカゴ大学の先生の
ような話術の名手でもない限り、要所要所での話の
ポイントの伝達は視覚に頼らざるを得ない。
私はプレゼンの工夫の一つとして、図表以外のス
ライドに入れるブレット(項目)は、できるだけ四
つか五つ以下にしている。しかも、文章は書かな
い。キーワードだけ書き込む。スライドは余白があ
ればあるほどよい。スクリーンを見ただけではわか
らないので、聴衆は私の方を向いて私の説明を聴く。
ている数人を選んでおいて、プレゼン中は、その人
ら次の人に視線を移すときに、ついでにその二人の
間の聴衆の顔も確認できるよう、視線の移動はゆっ
くり行う。
NHK の E テレの「 スーパープレゼンテーション 」
では、これらの工夫が実践されており、我が意を
得たりと感じた。特に 2015 年 3 月 4 日放送のディ
ヴィッド・エプスタインのプレゼンは、私にとって
の一つの理想形だ(今でも E テレオンラインで視聴
可能)。芝居もそうだが、プレゼンもそれなりに奥
が深い。
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バター不足、TPPで深刻化へ
時代遅れの酪農振興策が招く悲劇
金融財政ビジネス 2016 年 8 月 18 日 掲載 ● 山下
一仁
ここ数年バターが不足するようになったのは、雪印乳業(現雪印メグミルク)集団食中毒事件で脱脂粉乳の
需要が減少し、これに合わせて生乳(搾ったままの牛の乳)生産を調整するようになったからである。農業界
でも注目されていないが、環太平洋連携協定(TPP)交渉で脱脂粉乳と成分の近いホエイの関税が大幅に削減
され、いずれ撤廃されることになった。ホエイの輸入増大で脱脂粉乳の生産が縮小すれば、バター不足は一層
深刻化する。これを回避しようとすれば、酪農政策にとどまらず農業政策全般にわたる抜本的な改革が必要と
なる。
足りない本当の理由
する生乳から作られる。生乳は乳代が高い飲用牛乳
2014 年からバターが不足している。
などの乳製品の生産に回される。このため、飲用牛
ある農業経済学者はその原因として、酪農家の
離農問題があるとし、それは生乳の価格が上がら
ず、酪農家の経営が苦しいためだと言う。わが国は、
もっと酪農保護を高めるべきだというのだ。
しかし、最近になって突然、酪農家が離農し始
めたのではない。酪農家の戸数は 1963 年の 42 万
戸から 2000 年には 3 万戸にまで大きく減少し、そ
向けに優先的に供給され、残りがバターや脱脂粉乳
乳の消費の減少率よりも生乳の生産量の減少率が大
きい時は、バターや脱脂粉乳などの乳製品向けの生
乳の供給量は、全体の生乳生産量の減少率よりも大
きく減少する。13 年の飲用牛乳向けの供給量は前
年比 1.1% の減少で、生乳生産量の減少率(2.1%)
がこれを上回ったため、バターや脱脂粉乳などの乳
製品向けの生乳の供給量は、8.1% も減少すること
となった。
れからは微減続きで現在 2 万戸となっている。こ
しかし、この説明には次の点に答えていない。
推移している。戸数は減少しているが、1 戸当たり
第一に、バターや脱脂粉乳などの乳製品向けの生
乳牛頭数の減少は毎年 1 ~ 2% と微減である。1 頭
13 年の 8.1% よりも大きかったのに、10、11 年は
の 10 年間、酪農戸数の減少は毎年 4 ~ 5% 程度で
の飼っている牛の数は増加しているので、全体の
当たりの乳量も増加している。生乳生産に影響す
るような離農はない。長期に見れば、酪農家戸数
乳供給量の減少幅は、10年が11.6%、11年は9.2%と、
なぜ、バター不足が起きなかったのか?
は 50 年間で 40 万戸から 2 万戸へ、20 分の 1 に減
第二に、脱脂粉乳をめぐる疑問。脱脂粉乳は、生
倍に増加している。
除くと、脂肪分と脂肪以外のたんぱく質や糖分など
少したが、生産量は 200 万トンから 800 万トンへ 4
また、離農と経営との間にも関係はない。乳価
は 09 年に引き上げられたし、副産物である子牛価
格も大幅に上昇しているので、酪農経営は好調で
ある。14 年度酪農家の年間所得は 974 万円、コメ
農家の所得 412 万円の倍以上である。
乳からバターと同時に生産される。生乳から水分を
の無脂乳固形分が残る。脂肪分からバターが、無脂
乳固形分から脱脂粉乳が生産される。これら乳製品
向けの生乳供給量が減少したので、脱脂粉乳の生産
量も 10 年 12.6%、11 年 9.3%、13 年 8.9% と減少し
ている。しかし、なぜ脱脂粉乳は不足しないのだろ
うか?
この農業経済学者の説明を真に受けた報道も
第三に、国際需給の問題。14 年以降、国際市場
アは次のように説明した。バターは酪農家が生産
い付け減少などで需給が大幅に緩和し、同年 10 月
あったが、バター不足について多くのマスメディ
2
では欧州の暖冬による生産増加、ロシアや中国の買
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のバターの価格は年初からは半分、前年比では 4 割
需要が落ちていないバターに合わせて生乳を生産
が、国内では不足するのだろうか?
てしまう。余った脱脂粉乳から還元乳である低脂肪
も下落した。なぜ、国際市場では過剰にあるバター
では、バターが不足する本当の理由は何だろう
か?
図表 1 は、バター消費が一定であるのに対し、脱
脂粉乳の消費は 2000 年以降大きく減少してきてい
すれば、バターの需給は均衡するが、脱脂粉乳は余っ
乳が作られると、飲用牛乳の価格も下がる。そうな
ると、乳業メーカーに生乳価格の引き下げを求めら
れる。これを回避しようとすると、脱脂粉乳の需要
に合わせた生乳生産にならざるを得ない。バターは
恒常的に足りなくなる。
ることを示している。同年に雪印が起こした脱脂粉
図表 3 は、バター、脱脂粉乳の各年の輸入量の推
対する商品イメージが悪化し、需要が減少している
ゼロで、脱脂粉乳だけが輸入されてきた。しかし、
乳による大量食中毒事件の影響である。脱脂粉乳に
のだ。
<図表1>バターと脱脂粉乳の消費量の推移
移を示している。01 年まではバターの輸入はほぼ
02 年から脱脂粉乳の輸入は大幅に低下し、この 10
年以上輸入されているのは、ほとんどバターである。
つまり、2000 年の雪印乳業事件によって脱脂粉
乳の消費が減少するまでは、消費が弱く、過剰気味
なバターに合わせて生乳生産を行い、不足する脱脂
粉乳を輸入してきた。この事件後は、消費が減少し、
過剰生産の恐れがある脱脂粉乳に合わせて生乳生産
を行い、不足するバターを輸入してきたのである。
(出所)ALIC「脱脂粉乳、バター等の需給表」
<図表3> alic 輸入量(生乳換算)
牛乳は不思議な商品である。牛乳から生クリーム
かくはん
と脱脂乳が分離される。生クリームを撹拌するとバ
ター、脱脂乳を乾燥させると脱脂粉乳になる<図表
2 >。こうして作ったバター、脱脂粉乳に水を加え
るとまた牛乳( 還元乳という )に戻る。このため、
バター、脱脂粉乳が余ると過剰に牛乳が作られてし
まうので、牛乳価格、生産者乳価も低下してしまう。
しかもバター、脱脂粉乳向けの生乳価格は飲用向け
よりも安いので、通常の飲用牛乳よりも安い価格で
還元乳を供給できる。牛乳と還元乳との値段の差が
それほどなければ、乳業メーカーにとっては、還元
乳を作った方が、もうけがよくなる。
<図表2>バター、脱脂粉乳から牛乳が作られる
では、13 年以降、なぜ十分な輸入が行われない
のだろうか?バターについては、高関税によって民
間の輸入は事実上禁止されており、低い関税の輸入
枠については、国内酪農保護を最重要視する農林水
産省の指示を受けて、国の機関(農畜産業振興機構、
alic)が一元的・独占的に管理している。農林水産
省が輸入し過ぎて、国内の牛乳・乳製品需給が緩和
すると、酪農団体と乳業メーカーとの乳価交渉に影
響を与える。酪農団体の交渉ポジションが悪くなる
と、その原因を作った農林水産省が責任を問われる。
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このようなことを考え、なかなか輸入しようとはし
ない。
11 年度は 1 万 6000 トン、12 年度には 1 万トンの
輸入が行われた。しかし、バターの生産が大きく減
少した 13 年度は、4000 トンしか輸入していない。
バター不足が深刻化し、社会問題化した 14 年度で
さえ 1 万 4000 トンである。
農水省が、わずかな輸入しか行わなかったのは、
12 年末の民主党から自民党への政権交代の影響だ
ろう。民主党政権の下では、酪農族議員が少なかっ
たので、農水省が少々大目に乳製品を輸入して、乳
価交渉に悪い影響を与えたとしても、与党の民主党
議員から文句を言われることはない。しかし、自民
党が与党に復帰してからは、そうはいかなくなった
TPPに便乗した酪農政策の改変
生乳は飲用、バター、脱脂粉乳向けの加工原料乳、
生クリーム、チーズなどの用途に向けられ、それぞ
れに価格が異なる。同じ物なのに一物多価なのであ
る。1965 年に作られた不足払い法( 加工原料乳に
補給金を支給)は、北海道が加工原料乳地域から市
乳(飲用乳)供給地域になるまでの暫定措置法だっ
た。飲用向けと比べ、加工原料乳に乳業メーカーが
支払う乳代は少ないので、規模の大きい北海道の生
産者でも、その価格では再生産できない。このため、
政府が不足払い(補給金)を乳業メーカーが支払う
乳代に加算することによって、農家に一定の価格を
保証し、北海道の酪農が再生産できるようにしたの
である。
のだ。
通常の商品で一物多価はあり得ない。高い用途に
ホエイ輸入増でさらに不足
用途別の配乳を確認し、加工原料乳向けの生乳が飲
TPP 交渉では、乳製品は全くの無傷とはいかな
かった。プロセスチーズの原料となるチェダー、ゴー
ダ等のナチュラルチーズの関税を 16 年目に撤廃す
ることとなった。これに対して、生乳換算でそれぞ
れ7万トンのTPP輸入枠を設定するかわりにバター、
脱脂粉乳の関税は維持した。バター、脱脂粉乳は図
表 2 が示す通り特別の配慮が必要となる乳製品だか
らである。
しかし、脱脂粉乳と成分が近いホエイという乳製
品がある。ヨーグルトを置いておくと、上にたまる
液体である。これはチーズを作るときに出てくる副
産物であり、チーズ生産が多い米国は以前からホエ
向ければもうかるからである。不足払い法によって
用向けに流れないようにしている。これが一物多価
を可能としている。不足払い法が作られる以前は、
生乳も一物一価だった。このときバター、脱脂粉乳
という乳製品の価格は安いので乳業メーカーは乳製
品を作ると赤字が出る。このため、生乳の価格を安
く抑え、飲用牛乳の販売で利益を出し、乳製品の赤
ほ てん
字を補填していた。このため生乳価格を抑えられる
酪農団体と乳業メーカーとの間では、紛争が絶えな
かった。不足払い法は一物多価とした上で、政府が
不足払いすることによって乳製品向けの生乳価格を
低く抑え、乳業メーカーに赤字が出ないようにした。
この結果、飲用向けの生乳価格は大きく引き上げら
れることになり、乳価紛争も下火となった。
イの輸出拡大に関心を持っていた。21 年という長
当初、農水省は 5 年くらいの対策だと説明してい
初から大幅に引き下げられるとともに、セーフガー
ム等向け生乳 136 万トンはバター、脱脂粉乳向けの
い関税撤廃期間を置いているが、ホエイの関税は当
ドが発動されても適用される税率は低く、輸入増加
の防波堤にはならない。脱脂粉乳と競合するホエイ
の輸入が増加すれば、脱脂粉乳の生産を縮小せざる
を得ない。これに合わせて生乳生産も減少せざるを
得ないので、バターの生産は減少し、さらに不足す
る。
4
た不足払いが、40 年以上も続いている。生クリー
加工原料乳 154 万トンに匹敵しつつある。加工原料
乳が生乳生産の半分以上を占める地域を加工原料乳
地域として、不足払い法は保護の対象としてきたが、
生クリーム等向けが増加している今日、北海道はも
はや加工原料乳地域ではない。つまり、“暫定措置法 ”
としての不足払い法は、すでに目的を達成したので
ある。
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高速大型船で、北海道の大量の生乳が関東・中京
生乳生産を行い、中国に輸出する。日本の乳製品企
トンである(13 年は 33 万トン )。これ以外に、北
粉乳などを使って、高次の乳製品・食品を製造し、
圏に移送されている。過去最大だった 03 年が 53 万
海道でパッキングした飲用乳が都府県に移出されて
いる。こちらは、13 年が過去最大規模の 33 万トン
である。北海道は都府県への市乳供給地帯となりつ
業は、ニュージーランドから輸入したバターや脱脂
中国に輸出する。こうすることで、ニュージーラン
ドとウィン・ウィンの関係を構築できる。
つあるのである。
北海道は従来、加工原料乳向けを主体としてきた。
バターの不足は、不足払い制度が当初目標とした
開拓し、これへの仕向けが増えてきた。今後、北海
事態が達成されつつあることを意味している。北海
道の加工原料乳生産が減少していけば、不足払い額
が減少するだけでなく、バターなどの乳製品に対す
る高関税も必要なくなるほか、alic という国家貿易
企業による乳製品の独占的な一元輸入制度も不要と
なる。
ところが、不足払い制度は廃止に向かうどころか、
TPP 対策の一環として、さらに強化される。今回自
由化されるわけではない生クリーム等向けも、不足
それが、生クリームや脱脂乳の液状乳製品の市場を
道を含め、日本の酪農が目指す道は、世界の飲用需
要である。北海道酪農は、アジアの飲用牛乳供給地
帯を目指すべきなのである。
そのためには、何をすべきか?用途別乳価は加工
原料乳価を安く、飲用乳価を高く設定することで、
飲用需要を減少させてきた。アジアの市場を目指す
のであれば、品質面での優位性だけではなく、価格
競争力も持たなければならない。
払い制度の対象にするというのだ。生クリーム等向
バターや脱脂粉乳の国際競争力がいつまでたって
なくなった北海道が再び加工原料乳地域となる。
止して、オーストラリアが 2000 年に改革したよう
けも加工原料乳に加わるので、加工原料乳地域では
牛乳の輸出と望ましい政策
ニュージーランドは世界最大の乳製品輸出国だ
が、生乳は中国には遠過ぎて輸出できない。しかし、
日本と韓国、台湾、中国などの近隣諸国への距離は
短い。北海道から関東に生乳を輸送できるのであれ
ば、日本から海路で中国等への牛乳の輸出ができる
はずである。
中国では、牛乳の消費量も輸入量も増加している。
も向上しない現状では、用途別乳価と不足払いを廃
に、単一乳価制に移行すべきである。これによって
加工原料乳の生産を縮小し、飲用向け生乳または飲
用牛乳をアジア市場に輸出することを目標とすべき
ではないだろうか。季節的な需要と供給のアンバラ
ンスから、牛乳が余る冬場にバターや脱脂粉乳に加
工し、これを夏場に牛乳に戻してきた。こうした処
理を余乳処理といい、このため都府県でも冬しか操
業しない工場が必要だった。しかし、アジアの市場
を考えるのであれば、国内で余乳処理を行う必要は
ない。余乳は輸出すればよいからである。
しかも、日本への中国人旅行者が育児用の粉ミルク
飲用乳価が低下すれば、現在緑茶にとられている
乳製品に対する評価は極めて高い。
製品の関税も段階的に削減・廃止する。バターが足
をこぞって買って帰るなど、中国では、日本の牛乳・
ニュージーランドは中国には輸出できないが、日
本は中国に近い。ニュージーランドは、バターや脱
国内の飲用需要を奪回できる。alic は廃止して、乳
りなくなり、価格が上昇すれば、自動的に輸入が行
われ、価格は低下する。
脂粉乳などの基礎的な乳製品の生産には優れている
輸入飼料依存型で食料安全保障に何ら貢献しない
いレベルの食品加工技術を持っている。ニュージー
地資源に立脚した畜産を振興すべきだった。農業保
が、日本の乳製品企業は、育児用の粉ミルクなど高
ランドの酪農技術によって北海道でより低コストの
ような畜産を振興するのではなく、国産の穀物や草
護の口実として利用するのではなく、食料安全保障
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から農業政策を立案してはどうか。食料安全保障は、
ベトナムやマレーシアなどの途上国も含め、日本
品目ごとの農業政策ではなく、農地面積確保のため
の自由化(関税撤廃)を達成している。関税貿易一
農地資源を維持してこそ達成できる。そうであれば、
の単一の直接支払いを行えばよい。コメの減反補助
金も酪農の不足払いもやめて、農地面積当たりいく
らという直接支払いを導入するのである。その上に、
コメ、野菜、牧草など、何を植えるかは、農家の創
意工夫に任せるべきであって、農政が口を出すべき
ではない。このような単一の直接支払いは、EU が
20 年以上の年月をかけて調整の末、到達した農業
保護の姿でもある。
以外の TPP 参加国は 99 ~ 100% という高いレベル
般協定( ガット )、世界貿易機関(WTO)はさらな
る自由化に向け異次のラウンド交渉を行ってきた。
TPP でも見直し交渉が予定されている。次の TPP 交
渉で、日本の農産物関税が撤廃されれば、コメの減
反政策やコメ麦、乳製品の国家貿易企業は廃止にな
る。国民は安い食料・農産物を消費できるようにな
■
るし、バター不足が起こることもなくなるだろう。
(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 山下 一仁)
山下一仁研究主幹 講演会
「バターが買えない不都合な真実」
2016 年 8 月 18 日 CIGS ホームページ 掲載
キヤノングローバル戦略研究所の山下研究主幹は、2016 年 7 月 5 日に一橋講堂において、「バターが買えな
い不都合な真実」というテーマで講演を行いました。
テーマ概要
しかし、酪農家の離農は最近に限ったことではな
2014 年からバターが不足している。一時期スー
供給量もバターの生産量も、2010 年や 2011 年の方
パーからバターが消えた。「おひとり様一つに限ら
せていただきます」というスーパーも出た。今でも
バターの売り場は以前よりも小さくなり、ニュー
ジーランド産のバターも並んでいる。
バターは、酪農家が生産する生乳から作られる。
農林水産省は、2013 年の猛暑の影響で乳牛に病気
が多く発生したことや、酪農家の離農等で乳牛頭数
が減少していることなどで、生乳の生産量が減少し
たためだと説明した。
い。バターや脱脂粉乳などの乳製品向けの生乳の
が 2013 年よりも大きく減少している。それなのに、
2010 年、2011 年に、なぜバター不足が起きなかっ
たのだろうか?バターと同じように、脱脂粉乳の生
産も減少しているのに、なぜ脱脂粉乳は不足しない
のだろうか?バターは国際市場では過剰なのに、な
ぜバターが入ってこないのだろうか?
これらの謎を解き明かすことで、バターが不足す
る本当の理由に迫りたい。
■
(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 山下 一仁)
講演資料および講演要旨のほか、本講演会の内容は以下の URL よりご覧いただけます。
http://www.canon-igs.org/event/report/20160818_3887.html
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北京・武漢・上海出張報告(2016年7月14日~ 7月29日)
Executive summary
民間設備投資の伸び鈍化等を背景に緩やかな減速傾向
日中韓 FTA 締結推進を望む声も
2016 年 8 月 19 日 CIGS ホームページ 掲載 ● 瀬口
清之
◇ 本年第 2 四半期の実質 GDP 成長率は前年比+6.7%と、前期
(同+6.7%)
比横ばい。先行きは下期が 6.4
~ 6.5%、今年は通年で 6.5 ~ 6.6%、来年は通年でも 6.4 ~ 6.5%程度にとどまるとの見方が多く、経
済は引き続き緩やかな減速傾向が続く見通し。
◇ 1Q の不動産投資促進策が 1、2 級都市で不動産販売価格の急騰を招いたため、3 月下旬以降、投資抑
制策が導入され、4 ~ 5 月以降、不動産価格の上昇が止まった。
◇ 民間設備投資は、輸出の減少、重化学工業の過剰設備の削減、金融機関の厳しい融資姿勢、期待成長
率の低下等を背景に、伸び率の減少が一段と顕著となっている。
◇ 消費は足許堅調を維持している。しかし、先行きは過剰設備の削減推進に伴って多くの工場が閉鎖さ
れ、大量の失業者が生じることから、労働需給が引緩むと見られる。このため賃金上昇率が低下し、
所得の伸びが鈍化することを背景に、消費は緩やかながら伸び率が鈍化傾向を辿ると予想されている。
◇ 本年の鉄鋼生産能力削減目標 4500 万トンのうち、上半期に削減できたのは 1300 万トンと全体の
30%程度にとどまった。政府高官は下期には過剰設備削減目標達成のために一段と注力していくと述
べた。
◇ 5 月 9 日付の人民日報に掲載された中国経済に関する権威人士の談話について、日本国内では、経済
政策運営の基本方針に関して党指導層内部で意見が対立していると見る向きが多い。これについて中
国の有識者の見方は、権威人士の談話は構造改革の精神を語ったものであり、これを短期的な経済政
策に関する国務院上層部の政府公式発言と単純に比較するのは意味がなく、路線対立もないとの見方
で一致している。
◇ ただし、足許の短期的な政策運営における景気対策の力点の置き方に関して若干の意見の相違が存在
しているのは事実であり、その点について中国共産党上層部が国務院の政策運営に対して一定の不満
を抱いている模様。
◇ 民間企業の設備投資が低下し、先行きの経済減速への不安が存在している状況下、中国政府のイノベー
ション、新規事業を通じた経済活性化重視の姿勢がますます強まっている。それとともに、高い技術
力を持つ日本企業との提携強化、地方政府による誘致姿勢積極化の動きは勢いを増していくと考えら
れる。
◇ 主要国の対中投資が急増する中、日本企業に変化が見られていない状況は「世界中のトップクラスの
競技者が中国で開催されている五輪で技を競い合っている中、日本選手だけが五輪への参加をボイコッ
トしているような印象」と指摘されている。
(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 瀬口 清之)
全文は以下の URL よりご覧いただけます。
http://www.canon-igs.org/column/network/20160819_3909.html
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世界で増殖する「破壊願望」
産経新聞【宮家邦彦の World Watch】2016 年 8 月 4 日 掲載 ● 宮家
邦彦
7 月 26 日に相模原市で起きた大量殺人事件の一
新聞の国末憲人氏が興味深いインタビュー記事を 2
過激派テロ発生か」と身構えたが、狙われたのは障
この種の若者を新たな手法で洗脳しつつあり、イス
報は米 CNN で知った。ついに日本でも「 イスラム
害者施設だった。改めて悲惨で痛ましく卑劣極まり
ない犯行の犠牲となった方々に心から哀悼の意を表
する。
せい さん
あの「安全な日本」でも「障害者」を狙った凄惨
な事件が発生するのか。欧米メディアが注目したの
はこの点だが、日本では人間の尊厳と障害者差別、
ぜ
ひ
緊急措置入院の是非、ヘイトクライムなどの問題が
連日論じられている。こうした議論は専門家に任せ
たい。今回筆者が注目したのは某日刊紙社説が書い
た「穏やかな人柄とみられた若者が一転、犯行に走っ
た背景」である。
最近欧米では大量殺人テロ事件が続発している。
回書いている。パリ政治学院の教授によれば、IS は
ラム過激派によるテロは「第三世代」に入ったとい
う。一方、欧州大学院大学教授は、この種のテロは
若者の「親世代への反抗」であって、宗教的要素は
薄いと言う。どちらが正しいのか。
誤解を恐れずに書こう。相模原事件も一種の大量
殺人テロではないか。もし犯人がイスラム教徒だっ
たら、メディアは「イスラム過激テロ、障害者を狙う」
と報じたかもしれない。そう考えると、今回の事件
は日本特有のヘイト犯罪というより、むしろ現代社
会が直面する共通の現象の一局面かもしれない。
筆者の仮説はこうだ。今世界では「グローバル化」
もちろん
の名の下に国内は勿論のこと、国家間、地域間で格
その多くは、世俗主義的で素行も悪かった若者が、
差が拡大し、若者の疎外感も増大している。イラン
報じられた。これって、どこか相模原事件に似ては
したことは否定しない。だが、最近欧米で起きてい
犯行前の数カ月間に「急速に過激化」して起きたと
いないか。同事件の犯人の動機は今も捜査中だ。犯
罪学や精神医学など門外漢の筆者が軽はずみな発言
を慎むべきことは承知の上である。
革命とソ連アフガン侵攻以降、「イスラムが過激化」
る IS を名乗る大量殺人の動機は、宗教的信念でも、
貧困に対する不満でもない。真の原因は社会で疎外
された若者が抱く一種の「破壊願望」ではないのか。
筆者が気になるのは「世界各地で起きている若者
有名な精神分析学者フロイトはこうしたゆがんだ
りも、もっと別の要素かもしれない」という仮説だ。
景に若者の「破壊願望」があるとすれば、テロの真
による過激な大量殺人の真の原因は、宗教や貧困よ
というわけで、今回のテーマは「 破壊願望 」、英語
では「デストルドー」などと呼ばれる、一連の衝動・
欲動である。
衝動を「死の欲動」と呼んだ。一連のテロ事件の背
の原因は「イスラムの過激化」ではなく、むしろ土
着の「過激主義が宗教化」した結果なのかもしれな
いのだ。
最近、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」
そうであれば、欧米のイスラム過激テロや日本の
これを額面通り受け止めるのは危険だ。犯人たちが
望」が今も増殖中であることを暗示している。これ
(IS)はテロ事件の多くに犯行声明を出しているが、
イスラム教徒であることは事実だが、多くは移民二
世で、豚肉を食し、大酒を飲み、家庭内暴力を繰り
返し、享楽的生活にふけった犯罪者予備軍である。
大量殺人事件などは、世界各地でこの種の「破壊願
も筆者のいう「ダークサイド」の一局面なのだろう
か。「 ダークサイドの覚醒 」は今日本でも確実に起
■
きている。相模原事件の闇は想像以上に深いのだ。
彼らがイスラム教の下で過激化したのは比較的最
近のことだ。「 イスラム過激主義 」については朝日
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(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 宮家 邦彦)
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裏目ばかりの中国外交
産経新聞【宮家邦彦の World Watch】2016 年 8 月 18 日 掲載 ● 宮家
最近の中国外交は見るも無残。やることなすこと、
ことごとく裏目に出ている。原因は何なのか。まず
は事実関係から始めよう。
【南シナ海問題】フィリピンが中国の人工島問題を
仲裁裁判所に提訴したのは 2013 年。昨年 10 月、同
裁判所は中国にも配慮してか、比側主張の一部にし
か管轄権を認めなかった。にもかかわらず、中国は
同裁判所に一切協力せず、無視を決め込んだ。案の
定、本年 7 月の判断では中国側主張の多くが否定さ
れた。外交的にはあまりに稚拙なやり方だ。
【日中関係】14 年 11 月の日中首脳会談以降も両国
関係は進展していない。それどころか、最近尖閣諸
島付近では中国公船・海軍艦船の活動がエスカレー
トしている。こうした動きは日米同盟を一層強化さ
せるだけなのだが、解放軍など対外強硬派は国内の
国際協調を求める声など意に介さない。
【米中関係】一連の首脳会議でオバマ大統領が習近
平主席に求めたのは南シナ海の非軍事化と米私企業
の知的財産権へのサイバー攻撃の中止だ。しかし解
放軍が関わるためか、習氏はゼロ回答を繰り返す。
米国はサイバー戦担当の現役中国軍人を起訴し中国
が造った人工島沖にイージス艦を派遣した。
【北朝鮮】中朝間の軋轢が始まったのは 80 年代から。
当時訪中した北朝鮮の金正日総書記は改革開放を始
めた中国を「修正主義」と批判した。90 年代以降、
金総書記は先軍政治の下で核兵器開発を始める。中
国は緩衝国家たる北朝鮮を見捨てることができな
い。金一族は中国外交の足元を見て生き延びたのだ。
【韓国】一時は蜜月に見えた朴槿恵( パククネ )韓
国大統領との関係も悪化しつつある。中国が反対す
る中、韓国は最新鋭迎撃システム「高高度防衛ミサ
イル(THAAD)
」の配備に踏み切った。中国は猛反
発し、韓国批判キャンペーンと報復措置を打つも後
の祭り。中国が韓国に投資してきた外交的資源は無
駄になった。
【台湾】中国は馬英九前総統の台湾との関係を深め
たが、今年 1 月の総統選で民進党・蔡英文氏の当選
を阻止できなかった。ここでも中国外交は投入した
資源に見合う成果を上げていない。
最近の成功例といえば、歴史問題でロシアを対日
批判に取り込み、アジアインフラ投資銀行(AIIB)
設立で欧州を巻き込んだことぐらい。でも、筆者の
関心は中国外交の失敗自体ではない。その裏にある
理由は共産党中枢の国際法「音痴」だけではないだ
ろう。筆者の仮説はこうだ。
•今の中国には一貫した戦略に基づく外交政策につ
きコンセンサスがなく、政治局常務委員 7 人の中
にも外交的知見を持つ者がいない。
•この外交的真空状態をめぐり、自薦他薦の政治プ
レーヤーたちは敵対者を陥れるかのように競い合
うから、外交政策は場当たり的に決まる。
とう こう よう かい
•論争は恐らく重層的だ。政策面では、韜 光 養 晦
型国際協調派と民族主義的対外強硬派が綱引きを
行っている。
•一方、権力闘争の面では、習主席の周辺で彼の仲
間と政敵たちが、政策とは別の次元で綱引きを続
ける。この 2 つは相互に関連し合う。
•問題は現在国際協調派の力が弱いことだ。仮に、
国際協調策が進んだとしても、不満を持つ対外強
硬派には、そうした流れを潰せるだけの物理的パ
ワーがあるからだ。
最近の中国のちぐはぐな動きもこれで一応説明
可能なのだが、これを具体的に検証することは非常
に難しい。
満州事変( 昭和 6 年 )を起こした 85 年前の日本
にも政治の中枢に外交的真空があった。当時日本の
政治指導者には現場の独断専行を制御するだけの
外交的知見がなかったのだ。中国が似たような状況
に陥ることはない、と誰が断言できるだろうか。 ■
(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 宮家 邦彦)
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国有企業改革と銀行システムの変遷
リスク管理の視点がより重要に
日中経協ジャーナル 2016 年 8 月号 掲載 ● 岡嵜
久実子
90 年代における中国の国有企業改革の実践過程では、国有銀行がかなりのコスト負担を引き受けていた。
主要銀行が株式を上場し、市場によるチェックを受けるようになった現在、銀行が国有企業の救済に関与する
ためには責任の所在が明確でなければならない。今次五カ年計画では、「金融が実体経済に貢献する」ことが
強く求められているが、政府、企業、銀行が市場メカニズム活用と金融リスク管理の視点を共有することが重
要である。
金融改革の原点
の目標は、今なお重要な課題として残されている。
1984 年 10 月、中国共産党第 12 期中央委員会第
その後の困難が大きかったことを示しているのだろ
3 回全体会議(12 期三中全会)は、その 5 年前に農
村部からスタートさせた同国の経済制度改革を都市
部に拡げ、計画経済に商品経済の要素を取り込んで
ゆくことを決定した。これを受けて、国務院(内閣)
は金融制度改革研究小組(委員会)を立ち上げ、金
融改革の方向性を検討させた。
当該委員会は、関係政府部門の幹部だけでなく、
30 代半ばの研究者や人民銀行( 中央銀行 )の若手
スタッフもメンバーとして呼び込み、金融に関する
諸問題の実態調査を進めるとともに、国内外の専門
家との意見交換を積極的に行った。委員会に若手を
それは、当時の目標設定が本質を突いていたことと、
う。計画経済から市場経済に漸進的に移行するとい
う経済体制改革の大方針の下で、金融という「市場
経済の権化」のような機能を適切に拡充していく難
しさは、当初の想像を大きく超えていたのではない
か。なお、当時若手研究者として議論に参加したメ
ンバーの中には、現在、政府部門の責任ある立場で、
改革の推進に当たっている人もあり、そのことは同
国の金融制度改革を後退させない力の重要な部分に
なっているように思われる。
図 1 中国のマネーサプライの推移
加えたのは、計画経済を追求した旧制度に捉われな
い、斬新な発想を求めてのことだったと言われてい
る。
委員会は、金融改革の大目標として、①中央銀行
が金融市場調節を自在に行える体制を確立する、②
中央銀行を中心に、多種類の金融機関が併存する金
融システムを徐々に構築する、③多様な信用供与手
段や融資ルートを発展させる、④金融機関に経営自
主権を与え、自らの判断で責任をもって融資を実行
し、リスク管理を行うようにさせることなどを提案
し、それらは党中央の方針として大筋で認められた。
30 余年の時間を経た現在、中国の金融セクター
(出所)中国人民銀行、国家統計局
国有企業改革の負担のしわ寄せ
が提供する資金量は当時の 4 百倍近い規模に達し
70年代半ばの中国はモノバンキング・システムで、
きている。しかし、80 年代に設定された金融改革
78年から84年にかけて、4つの専業銀行
(農業、中国、
(図 1)、市場メカニズムもかなり効くようになって
10
銀行としては人民銀行 1 行が存在するだけだった。
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建設、工商銀行)が再建ないし人民銀行から分離す
商業銀行の建て直し
た。80 年代後半から、多種多様な金融機関の設立
97 年のアジア金融危機によって、金融システム
会社をはじめ、市場経済国にあるような金融機関は
国有商業銀行の建て直しを優先課題に据えた。そ
る形で設立され、人民銀行は中央銀行業務に特化し
が認められるようになり、現在では証券会社や保険
ひととおり揃っているが、同国の金融システムが銀
行を核とした間接金融優位の状況である点に大きな
変化はない。最近でも、非金融民間部門の資金調達
の 7 割前後は、銀行貸出によって賄われている。
図 2 中国の名目 GDP および貸出残高の推移
が健全であることの重要性を認識した中国政府は、
して、翌年から 2000 年にかけて、4 行の資本金を
財政資金で補充するとともに、貸出残高の 2 割以上
に相当した不良債権を、簿価で専門買取り機関(資
産管理公司、以下 AMC)に引き取らせた。しかし、
国有商業銀行の財務内容はいったん回復したもの
の、2、3 年後には政府支援実施前と大差のない状
況に戻ってしまった。国有商業銀行の不良債権比率
が再び 20% を超えた理由について、銀行サイドは、
国の政策に応じた国有企業支援の影響が大きいとみ
なしていた(表 1)。
表 1 2002 年頃の国有商業銀行の不良債権の原因
不良債権の原因(銀行の自己申告ベース) 構成比 (%)
銀行自らの経営管理ミスによる
(出所)中国人民銀行、国家統計局
重複建設、環境汚染等への対応として国が
設備の稼働停止や施設の閉鎖等を命令した
国有企業の経営不振による
10.4
9.4
29.8
国の要請に応じた貸出条件の変更等による
6.8
図 2 にみられるように、80 年代及び 90 年代の中
国の指示に従って実行した政策性貸出が
不良化した
32.4
に銀行貸出が急伸することも少なくなかった。経済
地方政府の介入等による
11.2
国経済成長の振れは大きく、その動きにつれるよう
制度改革の初期段階においては、例えば紡績企業の
設備高度化のための融資など、国の産業政策に呼応
(出所)成思危 [2006]
した資金供与のかなりの部分を国有銀行が担ってい
中国は 01 年 12 月に世界貿易機構(WTO)に加盟
転換するための条例が制定されると、国有銀行は国
すると約束していたため、外国銀行との競争に備
た。また、1992 年に国有企業の経営メカニズムを
有企業のリストラ支援のために、利子減免、債権放
棄などの協力を強く求められるようになった。
当時の風潮として、「 財政も、国有企業も、国有
銀行も、いずれも国のものであり、究極の資金の出
所は同じだし、利益の行き先も同じ」といった認識
が関係者の間で共有されており、それぞれの存在意
したが、加盟後 5 年以内に銀行業を完全に対外開放
え、主要銀行の財務内容の改善が喫緊の課題となっ
た。そこで、同国政府は 2003 年から 2 回目の政策
支援に乗り出し、従来の国有商業銀行 4 行に交通銀
行を加えた 5 行を対象に、公的資本注入と不良債権
の AMC への移管を認め、さらに香港での株式上場
を目指させた。
義の相違を踏まえて組織を運営するといった意識は
改革を促す触媒として海外上場を採用したのは、
有商業銀行は多額の不良債権を抱え、2000 年前後
で、国有商業銀行に抜本的な意識改革を促すためで
乏しかった模様である。そのような運営の結果、国
には深刻な資本不足に陥ってしまった。
国内よりも厳しい市場のチェックを受けさせること
あった。また、地方政府や国有企業は、市場メカ
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ニズムの浸透を目指す銀行制度改革に抵抗しがち
資金利鞘については、高度経済成長の終焉ととも
05 年から 10 年にかけて、5 行は香港と上海に株式
顧客を巡る銀行間の競争が激化し、貸出金利を引下
であったため、その圧力を排除する狙いもあった。
を上場させた。同じ頃、国有商業銀行に次ぐ資産規
模を有する株式制商業銀行のうち 8 行も、政府の奨
励に応じて、株式を上場させた。
株式上場後、主要上場銀行(13 行 )は順調に収
益を上げ続けたが、ここにきて変調の兆しが見え始
めている( 図 3)。銀行収益伸び悩みの主因は、資
金利鞘(資金運用金利と資金調達金利の差)の縮小
と不良債権増(図 4)を受けた貸倒引当金の増加で、
市場ではこれは一時的な現象ではないとみられてい
る。
に企業の資金需要が後退すると見込まれる中、優良
げ、預金金利を引上げる方向への圧力が強まる可能
性が高い。さらに近年は、証券投資などを絡めた財
テク商品やインターネット金融による預金類似商品
が次々と登場しており、預金金利上昇の圧力が強
まっている。一方、経済成長が鈍化する中で、中国
の工業セクターは深刻な過剰生産能力の問題に直面
しており、その調整過程では銀行が利子減免や債権
放棄を求められ、不良債権を増加させてしまう可能
性が高い。また、地域によって程度は異なるものの、
不動産バブルがはじけ、銀行の債権回収に影響が及
んでいる事例が少なくないとの報道もある。こうし
た状況は、短時間では変化しないだろう。
図 3 主要上場商業銀行の税引前利益の推移
「金融の実体経済への貢献」とリスク管理のバランス
中国の今次五カ年計画(16~20 年)では、国有企
業改革に関しては、多岐に亘る項目の中に、企業活
力を増強するとともに、競争力の劣る企業を秩序
立った形で市場から撤退させるといった目標が含ま
れた。目標達成のためには、金融面からの支援が不
可欠であろう。一方、金融制度改革の大目標として
は、「 金融の実体経済に貢献する効率を向上させ、
また、経済構造転換をサポートする能力を向上させ
(出所)各行財務報告
図 4 商業銀行の不良債権の動向(四半期末)
る 」ことや、「 金融リスクを効果的に防止し、管理
する」ことが掲げられた。
人民銀行・周小川行長は、昨年 11 月、五カ年計
画中の金融制度改革の重点について解説した際、
「中国経済が高速成長から中高速成長に移行するに
つれ、高速成長によって蓋をされていた構造矛盾や
体制上の問題などが、徐々に表面化してきた」と指
摘し、金融リスク管理の重要性を強調した。銀行業
監督管理委員会も、折に触れ、金融が実体経済に貢
献するためには、リスク管理体制の整備が大前提で
あると主張している。
00 年前後の国有銀行の不良債権集中処理時には、
(注)03、04 年中は、国有商業銀行と株式制商業銀行のみ
の計数。
(出所)中国銀行業監督管理委員会
12
高度経済成長のおかげで、債権償却等の痛みを緩和
することもできた。中国の名目 GDP は第 9 次 5 ヵ年
計画中(96~00 年)に 1.6 倍、10 次計画中(01~05 年)
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には 1.9 倍に拡大した。こうした中で、AMC に移管
の道を開くこと、⑤ 輸出や海外進出をサポートす
好景気の下では、新規ビジネス参入者も多く、国有
不良債権の償却を先延ばししないことや、不良債権
された不良債権額は相対的に小さくなった。また、
企業の営業権譲渡や機械設備の売却が容易であった
と言われている。さらに、同時期には住宅政策の大
転換( 持家奨励 )を受けて不動産価格が高騰し、担
保不動産の処分を進めやすかったという状況もあっ
た。今後はそのような「幸運」はあまり期待できない。
主要商業銀行は、目下のところ十分な貸倒引当金
を有しているほか、伸びが鈍化したとはいえ利益を
計上できている。従って、企業の債務負担削減に協
力する余地がないわけではない。ただし、上場銀行
として市場の目に晒されている以上、債権放棄等の
支援要請に応じるには、市場参加者に説明可能な理
由が必要である。
過剰生産能力の削減と銀行に期待される役割
今年の政府経済運営においては、過剰生産能力の
削減が重要課題のひとつになっている。中国の経済、
財政、金融に関する政策の基本方針を討議、決定す
る中央財経領導小組(トップは習近平・共産党総書
記兼国家主席)は、今年 5 月の会議において、当面、
共産党と政府は
「三去一降一補
(『三去』は、生産能力、
在庫、過剰債務の削減、『 一降 』は生産コストの引
下げ、『一補』は弱点分野の補強)」に重点的に取り
組むことを確認した。この方針が政策措置として実
ること、などを奨励している。また、銀行に対し、
証券化の実現に向けた努力をすることなども求めて
いる。
持続可能な経済成長を実現するためには、「金融
が実体経済に貢献する」という目標は、経済合理性
にかなっていなければならない。そのためには、市
場メカニズムを活かすことが役に立つはずで、民間
資本や民営企業の力を取り込むことも有効であろ
う。なお、日本の経験では、企業の過剰債務と銀行
の不良債権処理において、関係者が問題の大きさに
怯み、景気回復を期待して対応を先送りし、結果と
して問題をさらに深刻にしてしまった、というよう
なことがあった。政府、企業、銀行が問題の所在を
正確に把握し、リスクに対する認識を共有したうえ
で、痛みを伴う対処に果敢に取り組んでゆく決意を
鈍らせないことが、極めて重要である。
■
参考文献:
劉鴻儒等(2009)
『変革-中国金融体制発展六十年』
中国金融出版社
成思危主編(2005)『路線及関鍵:論中国商業銀行
的改革』経済科学出版社
周小川(2015)「深化金融体制改革」『中国金融』
2015 年第 22 期
行に移される過程では、商業銀行にプレッシャーが
かかる可能性が高い。
すでに今年 4 月、人民銀行と銀行、証券、保険の
3 監督委員会が連名で通達を出し、鉄鋼及び石炭産
業の過剰生産能力削減に対する金融面からの支援方
針を公表した。通達は、金融機関に対し、① 設備
投資関連融資は、対象によって条件に差をつけて実
行すること(製品の質が悪く、成長が期待できない
企業からの融資引き上げを含む)、②企業の過剰債
務削減につながる直接金融市場を育成すること、③
再建可能な企業については債務リストラに協力する
一方、企業の吸収合併向けの資金需要にも適切に応
じること、④ リストラ人員や関連企業が新たな有
望ビジネスを起こそうとする動きに対し、創業融資
(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 岡嵜 久実子)
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途上国発展の方策
戦前日本の少額金融にヒント
朝日新聞 2016 年 7 月 27 日 掲載(承認番号:A16-1006)● 岡崎
哲二
現代の世界が直面している深刻な問題に、経済格
このうち、東京大学の小島庸平氏と上智大学の高
済学者トマ・ピケティ氏などが論じているが、国や
農業金融を、開発経済学で注目されている「マイク
差がある。一国の中での所得格差は、フランスの経
地域間にも所得格差はある。世界には、平均所得が
著しく低い水準に停滞している国が少なくない。低
橋和志氏による論文は、戦前日本の産業組合による
ロクレジット」の観点から分析している。
所得の国々の経済発展を実現するための方策は、開
マイクロクレジットとは、低所得者向けの少額金
て研究されている。
ン銀行を創立したムハマド・ユヌス氏が、2006 年
発経済学という分野で、理論と実証や実験に基づい
現在は先進国の日本も、かつては発展途上国だっ
た。故アンガス・マディソン教授(オランダ・フロー
融のこと。その機能を担うバングラデシュのグラミ
にノーベル平和賞を受賞したことで広く知られるよ
うになった。
ニンゲン大学 )の推計によると、明治維新直後に
マイクロクレジットが重要な理由は、担保となる
は、現代の通貨価値にして 737 ドルだった。2010
受けることが難しい人々を対象としている点にあ
あたる 1870(明治 3)年、日本の 1 人あたりの所得
年の各国の 1 人あたりと比較すると、同じ日本でも
約 30 分の 1 にすぎず、アフリカのザンビアやジン
バブエといった途上国の水準に近い。
ような資産を持たず、一般の金融機関からの融資を
る。グラミン銀行の場合、借り手に 5 人の互助的な
グループを形成させることにより、無担保の融資で
も返済の確率を高める工夫をしている。
日本経済は明治時代、さらには徳川時代を含むそ
しかし近年は、グラミン銀行を含むマイクロクレ
経済史の分野では多くの研究蓄積がある。近年、こ
と比較すれば低いとしても、一般の金融機関より高
れ以前の時期から、どのように発展してきたのか、
うした経済史の知見を現代の経済開発研究に活用す
ることが、試みられている。
研究の成果の一つが、6 月に北海道大学で行われ
ジット機関への批判も起きている。金利が「高利貸」
い。収穫までの期間が長い穀物生産を主とする「耕
種農業」のための金融には、有効に機能していない
ことなどがある。
た、経済史に関する学会(社会経済史学会)の年次
戦前の日本にあった産業組合は、耕種農業(米作)
准教授によるセッション「『 途上国 』日本農業の開
の金利で融資していた。どのようにして、可能だっ
大会で発表された。一橋大学経済研究所の有本寛・
発経済史」は、明治以降の日本の経済史を現代の経
済開発の視点から見直し、新たな検討を加えつつ、
現代への含意と教訓を導くことを意図したものだっ
た。
4 本の論文に関する発表、コメント、および討論
から構成された。特徴的なのは、4 本の論文がそれ
ぞれ経済史研究者と開発経済学研究者のペアによる
共同研究の成果という点だ。経済史と開発経済学の
深い融合をめざした工夫といえる。
14
にたずさわる小規模の農家に、銀行などとほぼ同等
たのだろうか。
金融機関は、融資しようとする相手の返済能力を
適切に評価する必要がある。ところが小規模農家を
対象とする融資では、担保が少ないことも含めて、
こうした信用評価が難しい。その結果、小規模農家
は円滑に資金調達ができず、農業の生産性を上げる
ためのさまざまな投資が行われない。
ちいさがた
かのう
小島氏と高橋氏は、戦前期の長野県小県郡和村の
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産業組合について残されている個別の融資先に関す
関係に基づいて、融資先の人物の属性に関する主観
た。
内で情報を共有し、融資のためのコストを節減する
る詳細な史料を用いて、融資のしくみを明らかにし
和村の産業組合は、各融資先を「 資産 」、組合へ
的評価を行う。さらに数値化することで、産業組合
可能性を開いている。
の出資額の「持分」、約束を守る程度を示す「守約」、
金融機関に関する研究で、各融資先の個別的な情
た「信用程度表」に基づいて、融資判断をしていた。
は非常に困難である。しかし、歴史的な対象では可
「勤勉」の四つの項目をそれぞれ 25 点満点で評価し
そして統計的分析から、資産・持分といった客観
的な情報が重視された一方、守約や勤勉といった融
報を研究者が利用することは、現代の対象において
能な場合がある。この論文には、このような歴史研
究の利点がよく生かされている。
資先の人物の属性に関する主観的評価も、ある程度
経済史研究は単なる過去に関する研究ではなく、
これは、現代の途上国における農業金融を改善す
発経済学研究の本格的協働は、大きな可能性を持っ
■
ている。
の役割を果たしていたことが明らかになった。
るうえで、有力な手がかりを与える。地縁と人的な
現代の問題と直接に関わっている。経済史研究と開
(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 岡崎 哲二)
WORKING PAPER
(CIGS Working Paper Series No. 16-001J)
戦前日本における経済発展と所得分配
府県別所得上位集中度の推計と分析
2016 年 8 月 31 日 CIGS ホームページ 掲載 ● 岡崎
哲二
この論文では、戦前日本の所得分配に関する新しい推計を行った。アンソニー・アトキンソン、トマ・ピケティ
等の研究グループは、税務統計とパレート補完により、主要国における上位所得者への所得集中度を長期的に
推計し、所得分配および広く経済学に関する研究に大きなインパクトを与えた。日本についても彼らの研究プ
ロジェクトの一環として、森口千晶とエマニュエル・サエツが 1890 年代~ 2000 年代における上位所得グルー
プへの所得集中度を推計している。これらの研究はいずれも、国単位で推計を行っているが、ここでは戦前日
本について府県別に上位 0.1%グループへの所得集中度を、同じく税務統計とパレート補完によって推計した。
また、推計されたデータをもとに、経済発展と所得集中の関係、所得集中と治安との関係を、府県別クロスセ
クション・データによって検討した。その結果、1920 年代以降、経済発展と所得集中度の間に正の相関が見ら
れるようになったこと、所得集中は治安の悪化と正の相関を持っていたことが明らかになった。
■
(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 岡崎 哲二)
全文は以下の URL よりご覧いただけます。
http://www.canon-igs.org/workingpapers/macroeconomics/20160831_3922.html
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中国市場で再燃、日本企業のガラパゴス化現象
対中投資積極化に動く世界の潮流から取り残される日本企業
JBpress 2016 年 8 月 18 日 掲載 ● 瀬口
清之
対中投資積極化に動く欧米・韓国企業
この統計データは実際の投資動向に比べて 1 年ほ
昨年 11 月、アジア太平洋政策に詳しい米国の政
米主要国等の対中投資姿勢が積極化し始めたのも今
府元高官が来日した際に朝食を共にした。開口一番、
「日本の大企業や政府関係者と面談したが、彼らの
中国経済に対する見方が極端な悲観論に傾いている
ど遅れで動くことが知られている。したがって、欧
年からではなく、2、3 年前からである。
この点について日本および外資企業の投資動向を
のに驚かされた。日本はこれで大丈夫なのか?」
詳しく把握している専門家に確認したところ、それ
彼の言葉通り、その懸念が現実のデータとして現
が返ってきた。欧米企業の姿勢の変化はリーマン
れ始めている。
今年上半期の主要国の対中直接投資額の前年比
は中国現地で感じられる実感どおりであるとの答え
ショック後の世界経済不況から欧米諸国が徐々に回
復に向かい始めた時期とも符合している。
の伸び率は、米国 + 50%、ドイツ + 90%、英国
これに対して、日本の対中投資は統計上 2014 年
41%、日本 -14%。日本とフランス以外の主要国
領有権問題発生直後の 2013 年以降である。
+169%、韓国 +18%、台湾 +34%、フランス -
の対中投資額が大幅な伸びを示している。
ただし、フランスは昨年が前年に比べて 72%も
急拡大したため、今年はその反動が出ただけで、一
昨年に比べれば若干増加している。2014 年以降減
少し続けているのは日本だけであり、その下落幅も
大きい(図表 1 参照)。
図表 1 主要国の対中直接投資額の推移(単位 億ドル)
から急落しているが、実際に急落したのは尖閣諸島
昨年 4 月の日中首脳会談以降、日中関係は徐々に
改善には向かっているものの、南シナ海問題や尖閣
諸島周辺海域での中国公船の航行増加など新たな摩
擦の火種もあり、その改善テンポは遅く、日中関係
の先行きに対する不透明感が払拭できていない。こ
のため、日本人全体の対中感情の改善も鈍い。
そうした状況が日本企業の対中投資姿勢にも影響
しており、依然として日本からの直接投資のほとん
どが既存進出企業の再投資の拡大であり、新規投資
は殆ど見られていない。
再投資についても日本企業は総じて慎重姿勢を崩
していないため力強さを欠いており、2、3 年前か
ら積極姿勢に転じている欧米企業との違いが明確に
なってきている。
前出の対中投資動向に詳しい専門家によれば、最
近中国で開催された子供服や食品の大規模な展示会
(注)2016 年のデータは上半期の前年比を基に年率換算し
て算出。(資料 CEIC)
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の会場には中国全土から 1 日数万人が来場した。欧
米企業や韓国企業はこぞって巨大ブースを出展し、
中国の顧客向けの広告・宣伝活動に注力していた。
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その中にあって、主要国の中で唯一日本だけ主力
し、大きな収益を上げている。しかし、それは日本
部の地方の無名企業が出展するだけで、日本の存在
国リスクを過度に懸念し、中国市場のチャンスを真
企業が出展せず、大きな展示ブースもなく、ごく一
の希薄さが際立っていた様子を見て強い不安を覚え
たと言う。
この状況について、その専門家は、「主要国の世
企業全体の 1 ~ 2 割に過ぎず、大半の日本企業は中
剣に見ようとしていない。
背景にある中国市場に対する認識不足
界トップクラスの競技者が中国市場で開催されるオ
多くの日本企業経営者が中国市場の変化や欧米企
て、日本だけがオリンピックへの参加をボイコット
か?
リンピックで熾烈な戦いを繰り広げている中にあっ
しているような印象を受けた」と語った。
ガラパゴス化現象の再燃
かつて日本の携帯電話、パソコン、デジタルテレ
ビ放送などは世界トップクラスの技術力を持ってい
た。それにもかかわらず、海外市場での展開に消極
的だったため、日本国内市場だけでしか普及せず、
グローバルスタンダードからかけ離れた存在となっ
てしまった。
これが「ガラパゴス化現象」である。
技術力は世界トップクラスであるにもかかわら
業の投資姿勢の積極化に気づいていないのはなぜ
その答は 2012 年の尖閣諸島領有権問題を巡る反
日デモの激化を機に多くの経営者が中国出張の回数
を減らした結果、中国市場を自分の目で見る機会が
少なくなり、極端な悲観バイアスのかかったメディ
ア情報を鵜呑みにするようになっているからであ
る。
日本のメディア報道を担う現地の記者の中にも本
社の対中悲観バイアスに対して批判的な見方は多い
が、本社編集責任者の見出しのつけ方や記事の取り
扱いの大きさに対しては不満があっても口出しでき
ないのが実情である。
ず、経営者の内向き志向が原因で世界市場から取り
メディア内部でそうした葛藤があるにもかかわら
る。
的な中国観を修正することなく経営を続けている。
残されたことは明らかな失敗だったと認識されてい
ず、多くの経営者はその事情を知る由もなく、悲観
いま世界の主要なグローバル企業が巨大な資本と
例えば、主に重工業の動向を反映する経済指標で
としない日本企業経営層の内向き志向は、ガラパゴ
ドする中国経済の動向を分析できないこと、中国国
優秀な人材を投入して戦っている中国市場を見よう
ス化現象の再燃のように見える。
海外市場のニーズに合わせた製品・サービスの開
発・販売に消極的な内向き志向が原因でグローバル
市場から取り残されて巨大なチャンスを失ったこと
ある李克強総理指数では最近のサービス産業がリー
内で得た利益を配当金として日本に送金することに
ついての制約はなくなっていることなどは、中国経
済に精通した記者に聞けば、言うまでもない常識で
あると教えてくれる。
は周知の事実となっているにもかかわらず、多くの
しかし、それを分かりやすく繰り返し報道するメ
る。
を理解している経営者は少ない。
企業において学習効果が見られないのは不思議であ
もちろん、自動車関連、小売り、生活用品など一
部の日本企業は中国市場で積極的にビジネスを展開
ディアはないため、いまでもそうした基本的な事実
ただし、中国に年数回程度出張する経営者であれ
ば誰でも知っている事実であるため、それを知らな
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いのはメディア報道のせいだけではない。
これに対して、内陸部の武漢、重慶、成都、西安
日本の多くの経営者が中国市場に対する関心を失
企業が特に注力しているのはこの内陸部市場の開拓
うか、あるいは過度に慎重になっている間に、中国
市場では大きな構造変化が生じた。2010 年以降の
中国市場は、次の 3 つの変化が生じたため、以前の
常識では理解できなくなっている。
第 1 に、投資主導から消費主導へのシフトである。
中国の GDP(国内総生産)成長率は、2010 年頃まで、
輸出・投資主導の時代が続いていた。
しかし、2011 年以降は 2013 年を除き、一貫して
消費の寄与度が投資を上回っている。特に今年の上
半期は GDP 成長率に対する消費の寄与率が 73.4%
に達した。
第 2 に、2010 年以降、中間層が急増し、高付加
価値の製品・サービス需要が急拡大している。1 人
当たり GDP が 1 万ドルに達した都市の人口の合計
は、2010 年に 1 億人だったが、2013 年には 3 億人
等の主要都市は高度成長を続けている。欧米・韓国
である。
多くの日本企業の経営者は以上の 3 つの構造変化
を認識していないため、約 10 年前の中国経済観を
前提に中国ビジネスを判断しているのである。
武漢で見られる日本企業の積極姿勢
すべての日本企業がガラパゴス化しているわけで
はない。経営者が中国市場をよく理解している一部
の勝ち組企業は中国市場の新たなチャンスを的確に
捉えて、大きな収益を確保している。
7 月下旬に武漢市に出張したが、当地では日本企
業の活力がみなぎっている。武漢市には武漢鋼鉄と
いう巨大国有企業があり、6000 人規模のリストラ
が進行中である。
を超えた。
それにもかかわらず、武漢経済は今年上半期の
足許は 4 億 ~ 5 億人と見られており、2020 年に
に武漢市内の高層マンション、オフィスビル建築や
は 8 億~ 9 億人にまで達する見通しである。この人
口が日本企業の潜在的顧客層である。
第 3 に、沿海部主導から内陸部主導の経済成長へ
GDP が 7.6%と引き続き好調を持続している。実際
地下鉄工事の状況を見ると、8 ~ 10%の成長率を維
持しているように見えるほど街中が大規模工事現場
である。
と変化した。北京、上海、広州などの沿海部主要
武漢在住の日本企業幹部は、武漢市民の旺盛な消
徐々に安定成長期に入りつつある。
てスローダウンを感じていないと語る。
都市はすでに先進国並みの所得水準に達しており、
費意欲を目の当たりにしているため、生活実感とし
特に、昨年 12 月にイオンの武漢 2 号店が開業し
た後、日本企業にとっての追い風が一段と強まって
いる。同店はイオンモールの中でもアジア最大の規
模で、530 メートル四方の 3 階建てで駐車場の収容
台数は 4500 台である。
このモールが完成した後、家族揃ってイオンモー
ルで食事と遊園地とショッピングを同時に楽しむこ
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とが武漢市民にとって最もトレンディな週末の過ご
し方になったと聞く。ちょうどその頃から武漢市内
の日本料理店も急増するなど、武漢市全体が日本に
の成功は難しい。それには社長自身が年に 5 ~ 6 回
は中国に出張する必要がある。
傾斜している。
しかし、それを実践するにも最初のきっかけが必
しかも、最近の日本車の販売好調を背景に、当地
ない経営者の方々には、是非一度、武漢、重慶、成
の自動車関連企業は休日出勤をしなければ受注をこ
なせない状態になっており、毎月 1、2 社ずつ日本
企業の進出増加が続いている。本年 4 月から成田へ
の ANA 直行便(1 日 1 便)が就航し、日本との往来
も各段に利便性が高まった。
現地ではいま、日本人学校と総領事館設立待望論
要である。北京と上海にだけ年 1 ~ 2 回しか訪問し
都、西安のどれかを訪問し、いまの中国経済の変化
の大きさを肌で感じることを勧めたい。
それに加えて、中国から日本へのインバウンド旅
行客の急増が持続している原因を考えてみてほし
い。
が高まっており、関係者はその実現に向けて各方面
昨年の中国株暴落、最近の円高・元安、南シナ海
極的な姿勢が目立っている。
イナス材料ばかりである。
に働きかけているなど、現地の日本企業関係者の積
を巡る摩擦、中国経済の減速など、頭で考えればマ
日本企業がガラパゴス化現象から抜け出す方法
しかし、中国から日本を訪問するインバウンド
企業経営者が中国経済に対する過度な悲観論を払
人、前年比 2.1 倍の激増に続き、今年も上半期だけ
拭するには現地に足を運んで、自分の目で実情を見
るのが一番である。昨年もある経済団体から訪中
ミッションの訪問先について相談を受けた際に、迷
旅行客はそうしたことには関係なく、昨年の 499 万
で 307.6 万人、前年比+41.2%と猛烈な勢いで増加
している。
わず武漢を推薦した。
その背景は中国国内での中間層の急増である。そ
訪中団が 12 月に武漢を訪問した後、経済団体内
ある。
部で出張報告を行ったところ、その後団体の会員企
業の間では以前のような過度な悲観論を述べる人は
見られなくなったと聞いた。
急速な構造変化が進行中の巨大な中国市場でビジ
ネスを本格的に展開するには、経営トップの社長自
身が経営組織体制の変革を含めて重要な決断を下す
ことが必要である。ボトムアップ型のコンセンサス
の中間層こそ中国市場における日本企業の顧客層で
新聞を読む際にも国際面の中国経済報道だけでな
く、決算発表など企業情報面の記事の中に含まれる
中国情報にも注目してみてほしい。最近は中国ビジ
ネスにおける日本企業の二極分化が顕著となってい
るため、中国事業の業績好調企業の情報に注目する
ことが大切である。
が形成されるのを待っていると、その間に中国市場
以上のような視点から中国ビジネスを再検討する
からである。
ガラパゴス化現象に陥らないようになることを期待
■
したい。
が大きく変化してしまい、ビジネスチャンスを失う
このため、社長自身が中国市場を十分理解し、自
ら最終的な経営判断を下さなければ中国ビジネスで
ことにより、1 社でも多くの日本企業が中国市場で
(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 瀬口 清之)
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今月の書籍
『金融市場の高頻度データ分析
-データ処理・モデリング・実証分析-』
著 者:林 高樹、佐藤 彰洋
出 版 社:朝倉書店
価 格:本体 3,700 円+税
発 行:2016 年 7 月初版
本書の「金融市場の高頻度データ」とは、短い間隔で生成される取引ま
たはそれに類する市場の記録に関するデータを指す。近年、金融市場の高
頻度データは、誰もが手にすることができるようになってきている。かつ
て、高頻度データは高価で、一部の人しかこのデータに触れることができ
なかった。そのような時代には、データを入手できるかが重要であった。
しかしながら、近年、大量のデータを安価に入手できるようになったこと
より、高頻度データをどのように分析し、分析結果をどのように活用し意
思決定につなげるかが金融実務において重要な課題となっている。本書で
は、国内株式市場と外国為替市場にフォーカスし、高頻度データの分析の
方法論、データ処理の方法、モデリング、実証分析結果の例を示し、高頻
度データ分析をどのようにはじめ、得られた結果をどうやって解釈すれば
よいかについて丁寧に解説するよう心掛けた。また、インターネット時代
に適応し、データ分析の例やソースコードに関するテキストはウェブペー
ジからダウンロードできるようにした。こうして、パソコンを取り扱うこ
とができれば、実際に金融市場のデータを入手して、手元のパソコンで分
析を試してみることができるように構成した。
『TPPが日本農業を強くする』
著 者:山下 一仁
出版社:日本経済新聞出版社
価 格:本体 1,800 円+税
発 行:2016 年 8 月初版
〇 日本農業は関税で保護しなければならない弱者だ
という観念が農業界では強い。そして、多くの農産
物の関税を維持することになった TPP 交渉妥結後
も、TPP で農業は大きな影響を受けるという認識が
強い。日本農業は関税で保護されなければならない
ほどひ弱な存在なのだろうか? 自由貿易は日本農
業にとって敵なのだろうか?
〇 関税で国内市場を守っても、高齢化と人口減少の
ため、国内で消費される農産物は減少する。しかし、
日本の人口は減少するが、世界の人口は増加する。
世界の市場に通用する財やサービスを提供できれ
ば、国内市場の縮小問題を乗り越えられる。最善
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の人口減少対策は国内産業のグローバル化を進め
ることである。農業はその典型例だ。だから、海
外市場への輸出拡大のために、相手国の関税や非
関税障壁を引き下げる TPP などの自由貿易交渉が
重要になる。日本農業が生き残るためには自由貿
易が必要なのである。
〇幸いにも、日本農業には高いポテンシャルがある。
農業人口の高齢化も、農地集積による規模拡大が
できれば、生産性を高めるチャンスとなる。また、
米、牛乳、牛肉をはじめとして、多くの日本の農
産物には海外市場で競争できる可能性がある。
〇 それを現実のものとするには、先端技術の農業
への応用、減反廃止、農地改革、農協の抜本改革
など農業政策の大転換、TPP をはじめとする輸出
振興のための積極的な通商交渉が不可欠だ。
〇 農林水産省の交渉担当官として通商交渉の最前
線で奮闘した経験を持つ著者が、TPP 反対論の誤
りを正すとともに、TPP をはじめとする通商交渉
の実態を解説し、TPP 成立後の日本農業のあるべ
き姿を展望する。
本書カバー紹介文より
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論文・コラム、あるいはセミナーやシンポジウム開催の情報などを、
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CIGS Highlight Vol.41
発 行 日:2016 年 10 月 3 日
編集・発行:一般財団法人キヤノングローバル戦略研究所
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