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生命保険業における規制監督と企業会計の 国際的な調和化
生命保険論集第 182 号 生命保険業における規制監督と企業会計の 国際的な調和化 上野 雄史 (静岡県立大学 講師) 1.保険業における国際的な規制監督と企業会計の動向 金融規制の国際的な調和化が進められる中で、保険業においては国 際的な規制監督と企業会計の枠組みの中で、それぞれ経済価値ベース の測定方法を導入するという共通の方向性が打ち出されている。その ため、各研究所や監査法人などの報告書およびWeb上の情報では、規制 監督側の動向と合わせて企業会計側の動向についても言及されること が多い。 しかしながら、当たり前に同一であるかのように語られる規制監督 と企業会計の動向については、 『そもそも』の論点について触れられる ことは少ない。なぜ共通の方向性が打ち出されているのか、その方向 性に何の根拠があるのか、また企業会計は規制監督とは独立して存在 しているのか(もしくは、独立して存在すべきなのか) 、といった論点 である。 本稿では、国際的な規制監督、企業会計の概念的な枠組みについて 触れ、国際的な機関において測定方法が調和化される背景およびその 意義と問題点を明らかにする。 本稿の検討の対象は、主に生命保険業であり、金融業全般ではない。 ―87― 生命保険業における規制監督と企業会計の国際的な調和化 しかしながら、検討の中心は生命保険業に据えつつも、金融業全般の 状況についても触れていく。昨今の金融改革の動向を見ても分かるよ うに、金融危機後の国際的な規制改革に関する枠組みについては、紆 余曲折を経ながらも進んでおり、 その範囲は単一の業態だけではなく、 銀行、保険、証券などを含んだ金融業全体に及んでいる。特に銀行業 における規制は、バーゼルⅢのように保険業と比べて先行して進む傾 向にあり、保険業の規制に影響を与えることが多い。そのため銀行業 における規制についても生命保険業と関連のある部分に限定して述べ ていく。 さらに企業会計における規制の位置づけを明らかにする上で、 昨今の金融危機における経済価値ベースの測定(公正価値評価)の問 題などについても言及する必要がある。金融危機では、公正価値に関 する問題点についてG20の場で言及され、 企業会計基準設定主体に対し て直接改善が要請された。経済価値による測定は時にプロシクリカリ ティ(pro-cyclicality:景気変動増幅効果)を起こし、市場に大きな 影響を与えると考えられている1)。それゆえ、経済価値による評価を、 企業会計上の単なる測定結果として、各国の規制監督当局は無視する ことは出来ない。 本稿では、こうした点を踏まえて包括的に国際的な規制監督と企業 会計の関係について検討していく。 2.国際的な規制監督と企業会計の方向性 経済価値ベースにおける測定では、保険会社が保有する資産・負債 について、経済的な状況を反映させるために、一定期間で評価替えを 1)プロシクリカリティとは、景気循環を増幅させる効果のことである。景気 が悪い状況を押し下げる、逆に景気の良い状況を押し上げるという効果のこ とを指す。 ―88― 生命保険論集第 182 号 行うことが求められる。経済価値ベースによる測定については、時価 という呼ばれ方をしたり、企業会計上では公正価値(Fair Value)と いう呼ばれ方をしたりすることもある。その考え方は様々であるもの の、全ての測定方法には、その前提条件は「経済的な状況を反映させ るために、一定期間で評価替えを行う」という点で共通している。経 済価値ベースによる測定では、 「経済的な状況」をどのように反映させ るか、もしくはどういった情報を反映させるかが論点になる。 国際的な会計基準の作成・設定を行う国際会計基準審議会 (International Accounting Standards Board:以下、IASBという) は、保険プロジェクトの中で保険契約に関する国際的に統一された基 準の作成を行っている。2010年7月30日に公表した公開草案「保険契 約」において、履行キャッシュ・フローの現在価値に基づいて保険契 約の測定を行うことを提案している。履行キャッシュ・フローは、保 険契約の履行を前提とした経済価値ベースによる測定である。 この方向性は規制監督においても同一である。国際的な保険監督に 関 す る 規 定 を 作 成 す る 保 険 監 督 者 国 際 機 構 ( International Association of Insurance. Supervisors:以下、IAISという)は、そ の国際基準の根幹である保険基本原則 (Insurance Core Principles: 以下、ICPという)を2011年10月に改訂し、採択した。この改訂ICPの 14.4および14.14.1の中で、 資産と負債の測定について次のように述べ ている2)。 2)改訂ICPの訳については、 (社)損害保険協会のものを参考にした。以下の URLを参照されたい。www.sonpo.or.jp/pr/pdf/icp.pdf ―89― 生命保険業における規制監督と企業会計の国際的な調和化 14.4 資産と負債の評価は、経済価値ベースの評価である。 14.4.1 経済価値ベースの評価は、保険者の財務ポジションについての評価結 果が、隠された、または内在する保守的な、あるいは楽観的な見方によって曖 昧になったりすることのない評価である。このようなアプローチは、これらの ICP および基準を満たし、透明性と比較可能性の目的を共有するリスクベース のソルベンシー要件に照らして適当である。 このように改訂ICPでは、資産・負債の測定を経済価値ベースで行 うべきであることを示し、この測定方法がソルベンシーを明らかにす る上で最も適切であるとしている。 一方、EU域内においては、IAISに先行してソルベンシー規制に経済 価値ベースによる測定を導入することを決め、具体的な準備を行って いる。いわゆるソルベンシーⅡの導入である。欧州保険・年金監督者 会議(Committee of European Insurance and Occupational Pensions Supervisor:以下、CEIOPSという)は、現在EU域内に適用されている ソルベンシーIに代わる新しいソルベンシー規制(ソルベンシーⅡ)の 導入の準備を進めている。ソルベンシーⅡでは、保険会社のソルベン シーを経済価値で測定する。ソルベンシーⅡはEU域内において2014年 1月に導入が予定されており、予定通り導入されることになれば、米 国や我が国にも影響を与えることになろう。 このような動向を踏まえれば、規制監督と企業会計の両面において 経済価値ベースによる測定が、将来的には国際的な標準(グローバル・ スタンダード)になると考えられる。こうした動きを規制監督と企業 会計の国際的な調和化と捉えることも出来よう。ただし、測定方法の 方向性は同一でも、規制監督当局と企業会計基準設定主体の両機関で 掲げる目的は異なるため、完全な調和化(同一化)の方向にはない。 基準設定に関する方向性は、IAISもIASBも世界的な共通の枠組みを 作成することにあり、違いはない。しかしながら、情報の利用目的を、 ―90― 生命保険論集第 182 号 IAISは保険契約者の保護および保険セクターの維持を掲げているのに 対して、IASBは財務諸表の利用者に意思決定に有用な情報を提供する ことを掲げている(表1参照) 。この目的の違いはIAISとIASBの双方が 出す資料を見ても明確である。 表1 IAISとIASBの目的と測定に関する考え方の相違 IAIS 目的 保険契約者の保護、その ための保険セクターの 維持 測定に対する考え方 客観性を重視するもの の、主観性の介入もソル ベンシーの確保の観点 から時には容認 IASB 財務諸表の利用者に 意思決定に有用な情 報を提供すること 客観性を重視 (出所)IAIS、IASBの各種資料に基づき筆者作成。 目的の相違は必然的に、測定に対する考え方にも表れる。IAISの改 訂ICPでは、ソルベンシーの確保という観点から主観性の介入(経営者 の見積もり)は否定されない。一方、IASBの基準である国際財務報告 基準(International Financial Reporting Standards:以下、IFRS という)では、測定において極力、経営者の見積もりを避け、客観性 を重視することが求められる。こうした違いがあるため、改訂ICPと IFRSにより提供される情報は、経済価値ベースという共通の考え方が あるものの別々のものと捉えるべきであろう。 しかしながら、両基準で本質的な違いがあるにも関わらず、IAISは、 規制監督と企業会計の測定方法を出来る限り共通化することが望まし いという考えを改訂ICPの中で以下のように示している。 ―91― 生命保険業における規制監督と企業会計の国際的な調和化 ICP14.0.1 IAIS は、一般目的の財務報告における計算項目のための手法が用 いられ、かつ規制報告の目的のための手法が、少しの変更に伴って、規制報告 の必要性を可能な限り満たすことができることが最も望ましいと考えている。 IAISは、IASBの保険プロジェクトに積極的に関与している。具体的 には、保険作業部会にオブザーバーとしての参加やディスカッショ ン・ペーパーや公開草案に意見を述べ、さらには保険契約の会計に関 するインプット情報の提供を目的とした各種報告書を作成している3)。 ただし、IAISは、完全にIFRSと同一化するのは難しいということは 認識しており、上記の文面の後に次のように述べている。 IAIS は、一般目的財務報告書と公表される規制上の報告書の間の相違点が、 公に説明され、差異調整が行われることが不可欠であると考えている。 完全に同一化することは困難であると理解しながらも、IAISがIASB に基準の調和化を求めるのは、何故であろうか。もちろん、この理由 について、第一に考えられるのは、規制監督側の『経済的なコスト』 であろう。会計基準の情報を、加工して規制監督上の情報として用い ることで、規制監督当局のコストを削減することが出来る4)。しかし ながら、規制監督と企業会計の関係を考えた場合、経済的なコストと いう理由で結論付け、単純化することは出来ない。金融危機後の国際 的な金融規制の調和化の動向の中で、規制監督と企業会計との位置づ 3)IAISが提供しているインプット情報としては、国際アクチュアリー会 (International Actuarial Association:IAA)に依頼して作成したIAA (2007,2008,2009)がある。 4)大石(2012、194頁)は、銀行規制機関が企業会計の数値を利用することに ついて、 「規制のネットワークにしてみれば、その会計基準を共用出来る方が 望ましいし、しかも、それがシンプルなものであるならばなお良い」と述べ ている。 ―92― 生命保険論集第 182 号 けは変化しつつある。次節以降では、金融規制の調和化について述べ た後に、規制監督と企業会計の関係を明らかにしていきたい。 3.金融規制の調和化 (1)国際的な機関の種類 規制監督に関する国際的な枠組みにおいては、具体的な監督手段を 決めるのは多くの場合、各国に委ねられている。これは規制監督に限 ったことでなく、経済規制全般に言えることである。この点について は、中川(2008、7頁)は、国際的な規則・基準の採用に関して、 「措 置の細部や実施のタイミングについては裁量が認められるのが通例で あり、各国の立法・行政裁量が制約されることはない」としている。 枠組みの具体的な実施については各国の政府が果たす役割が大きい。 図1 金融規制における国際的な機関(制度)の分類 ① 規制監督に直接的に関与しない機関(IMF・世界銀行など) ② 政府間での政策的な合意を形成するグループ(G8、G20 など) ③ 業態別の規制監督機関(バーゼル委員会、IAIS、IOSCO など) ④ 業態別の規制監督機関に関する調整や統括をする場(FSB など) (出所)Scott(2005,pp.4-12)に基づき筆者作成。 ―93― 生命保険業における規制監督と企業会計の国際的な調和化 図1は、金融規制における国際的な機関をScott(2005,pp.4-12) に基づき分類したものである5)。①は、国際通貨基金(International Monetary Fund:以下、IMFという)と世界銀行(the World Bank)の ように、規制監督に直接的に関与していない機関である。IMFは、その 目的として安定的な国際通貨制度を、世界銀行は、開発途上国の支援 を第一の目的に掲げている6)。両機関は、直接的に規制監督に関する 具体的な策定は行わない。ただし、IMF・世界銀行においては、国際的 な合意事項を融資の際に準拠することを求めるため、国際的な調和化 を推し進める役割を実質的に担っている7)。 ②は、G8やG20のように国際的な機関ではなく、政府間での政策的な 合意を形成するグループである。特に金融危機後の金融規制の調和化 の方向性は、G20での合意に基づき行われている8)。ただし、大まかな 方向性を定めるだけで、詳細な基準を定める訳ではない。詳細な基準 については、業態別の規制監督機関およびそれを統括する機関に委ね られることになる。 業態別の規制監督機関や統括機関は、国際的な規制監督について実 5)Scott(2005)は経済規制全般に関する国際機関の分類を行っており、図1 の分類の他に、EU、金融商品に関する国際的な機関、通商制度に関する国際 機関(GATs、WTOなど) 、多国間協定などを挙げている。 6)IMFの理念や目的については、以下のIMFのWepページを参照のこと。 http://www.imf.org/external/japanese/np/exr/facts/glancej.htm 7)IMFが支援国に対してどういった指導を行うのかについては、実際に支援を 受けた韓国の事例を参照されたい。文献については高(2005)が詳しい。IMF や世界銀行が推し進めた資本の自由化については、Stiglitz(2002)が批判 している。参照されたい。また中川(2008、385頁)は、IMFや世界銀行が政 策的に関与している金融規制の合意事項への準拠を求める姿勢について、国 際的調和プロセスとしての正統性に疑問を投げかけている。 8)経済協調のための国際協議の場はG8からG20に移行している。2009年9月に 行われたG20ピッツバーグ・サミットでは、各首脳は、G20をその国際経済協 力の第一のフォーラム(premier forum)とすることで合意し、今後、G20サ ミットを定例化することになった。 ―94― 生命保険論集第 182 号 務的なレベルでの規定を作成する。 G20が全体の方向性を示す場とすれ ば、これらの機関はその実施にあたって具体的な方法について検討す る場である。業態別の規制監督機関としては、先に述べたIAISなどが 該当する。 銀行の規制監督機関としてバーゼル委員会(Basel Committee on Banking Supervision:BCBS) 、証券の規制監督機関として証券監督者 国際機構(International Organization of Securities Commissions : 以下、IOSCOという)がある9)。ただし、これらの機関では規制監督に 関する原則を定めるものの、実務的な裁量はあくまでも各国にあり、 これらの機関が規制監督に関する権限を与えられている訳ではない。 また規制監督という位置づけではないもののIASBも国際的な会計基準 設定主体であるため、Scott(2005)はIASBをこの分類に含めている。 各業態別の規制監督の原則を統括し、調和化させる場として、金融 安定化会議(Financial Stability Board:以下、FSBという)がある。 FSBは、金融危機後、2009年4月にロンドンで行われたG20の首脳宣言 を踏まえて、従来の金融安定化フォーラム(Financial Stability Forum:以下、FSFという)を拡充して、設立された。FSBには、バーゼ ル委員会、IAIS、IOSCOの3機関だけでなく、IMF・世界銀行、世界主 要国・地域の中央銀行や規制監督当局なども参加しており、IASBも参 加している。 日本からは金融庁、財務省、日本銀行が参加している。FSBは、G20 の宣言に基づいた内容を具体化するための提言を各業態別の国際機関 や各国に対して行っている。こうした提言を踏まえて、バーゼル委員 会やIAIS、IOSCOなどの機関において業態別に基準の作成が行われている。 9)本稿では、他の呼び名(IAIS、IOSCO)と合せる形であれば、頭文字を取っ てBCBSとすべきところであるが、バーゼル委員会(もしくはバーゼル銀行監 督委員会)という呼び名が、我が国では一般的であるため用いない。 ―95― 生命保険業における規制監督と企業会計の国際的な調和化 (2)各国間での金融規制の国際的な調和化 国際的な金融規制においては統一的枠組みが重要とされる。グロー バル化した経済の中で協調的な枠組みを形成し、出来る限り同一の規 制を施さない限り、規制がされていない所にループホール(抜け穴) が生じる。特に、海外での取引が容易になっている今日、こうしたル ープホールの存在は、自国の問題だけでなく国際的な問題として波及 しかねない。 金融規制において国際的に最も拘束力の強いものとして挙げられ るのは、バーゼル委員会による自己資本比率規制であろう。表2は銀 行業における国際的な自己資本比率規制の導入とその推移をまとめた ものである。バーゼル委員会は、国際業務を行う銀行に対する自己資 本比率に関する国際的な規制を、1988年7月に公表し、1992年12月末 より適用を開始した(日本では1993年3月末に適用) 。この規制は、国 際決済銀行(Bank for International Settlements)におけるバーゼ ル委員会が公表したため、BIS規制とも呼ばれ、その後のバーゼルⅡ、 バーゼルⅢと比較してバーゼルⅠとも呼ばれている10)。 当初のBIS規制では、対象をG10諸国とし、各国の国際的な業務を行 う銀行に対して自己資本比率の算出方法を定め、その最低基準を8% 以上としていた。仮に自己資本比率8%に満たない銀行は、国際業務 から撤退を迫られることになる11)。さらに、2004年には、リスクの広 範化・多様化およびリスク計量の高度化に対応したバーゼルⅡが公表 された(日本では2007年3月より適用) 。この規制は金融危機後に再び 見直されることになり、2009年7月に当面の危機への対応として証券 化商品、 トレーディング勘定の見直しを行ったバーゼル2.5が公表され た。さらに金融危機に耐えられるだけの資本の質の向上を求めるバー 10)BIS規制は、バーゼル合意ともいう。 11)深尾(2009)によれば、我が国において自己資本比率規制は厳格には適用 されている訳ではなく、徐々に厳格化されていったことが分かる。 ―96― 生命保険論集第 182 号 ゼルⅢが2012年10月に公表され、2013年1月より各国で段階的に導入 されることになっている(日本では2013年3月より適用開始予定) 。 表2 銀行業における国際的な自己資本比率規制の導入とその推移 時期 1988年7月 内容 BIS規制(バーゼルⅠ)の公表 1992年12月 BIS規制の適用開始 2004年6月 バーゼルⅡの公表 2007年1月 バーゼルⅡの適用開始 2009年7月 バーゼル2.5の公表 2010年12月 バーゼルⅢの公表 2011年12月 バーゼル2.5の適用開始 2013年1月 バーゼルⅢの適用開始予定 (注)自己資本比率規制を巡る主要なものを取り上げた。より詳細な情報 については国際決済銀行内のバーゼル委員会のWEBページを参照され たい。 (出所)国際決済銀行、金融庁のWEBページから筆者作成12)。 ただし、こうした自己資本比率規制は、金融規制の中でも最も厳し いものであり、他の金融規制では裁量的な余地が残されている。国際 的な調和化の程度については、中川(2011、7頁)が述べているよう に各国の経済規制の相違を一切認めない場合からかなりの相違を許容 する場合まで、その幅は様々である。 国際的な調和化の過程では、各国が集まって具体的な枠組みを決め ることになる。その枠組みの場として、国際的な機関を用いて行われ ることが多い。例えば先のBIS規制では、バーゼル委員会の場で行われ 12)バーゼル委員会のWebページは以下の通りである。 http://www.bis.org/bcbs/index.htm 金融庁のバーゼル委員会関連のWebページは以下の通りである。 http://www.fsa.go.jp/inter/bis/bis_menu.html ―97― 生命保険業における規制監督と企業会計の国際的な調和化 ている13)。保険分野においては先述したようにIAISで行われている。 IAISの設立は、バーゼル委員会と比べて異なり遅い。1994年に米国イ リノイ州に本拠を置く非営利法人として設立された (現在の事務局は、 スイスのバーゼルの国際決済銀行にある) 。2012年12月現在、正会員は 140の国・地域・国際機関であり、オブザーバーとして150の保険会社、 業界団体などが参加している。 表3は、保険業における国際的な規制監督の枠組みの形成と推移を 表したものである。 既に述べたようにIAISは2011年10月にICPを改訂し、 採択した (改訂ICPの採択) 。 IAISにおける包括的な保険規制の原則は、 1997 年 9 月 に 保 険 監 督 に 関 す る 原 則 ( Insurance Supervisory Principles)を公表したことに始まる。同原則は、2000年10月に保険 監督のコア原則として改訂された。当初のICPでは、規制・監督につい て原理原則のみに触れており、 現在の改訂ICPのような詳細な記述はな かった14)。2003年10月に改訂版が採択され、具体的な評価手法や監督 方法にまで踏み込んだ内容を作成した。ただし、改訂ICPと比較すると 13 ) バ ー ゼ ル 委 員 会 は 正 式 名 称 を Committee on Banking Regulation and Supervisory Practice(銀行業と規制と監督実務に関する委員会)という。 1974年のG10会合で設立が合意されて設けられた機関である。バーゼル委員会 は、当初、G10諸国(米国、日本、英国、ドイツ、オランダ、フランス、イ タリア、カナダ、ベルギー、スウェーデン)にルクセンブルグ、スイスを加 えた12か国で構成されていた。各国の中央銀行総裁と金融監督当局の代表で 構成されている。2012年12月現在、インド、ブラジル、アルゼンチン、メキ シコ、中国、香港特別行政区、韓国、インドネシア、ロシア、サウジアラビ ア、シンガポール、南アフリカが加盟しており、G20の枠組みを中心とするも のに拡大している。 14)ICPの原文は、以下のURLからダウンロードすることが出来る。 http://www1.worldbank.org/finance/assets/images/Insurance_Core_Princ iples.pdf 2003年に改訂されたICPについては、以下のURLを参照されたい。 http://www.iaisweb.org/__temp/Insurance_core_principles_and_methodol ogy.pdf ―98― 生命保険論集第 182 号 詳細な言及は行っていない15)。 改訂ICPは、経済価値ベースによる測定方法についてだけではなく、 金融危機におけるAIG問題などの保険業に端を発した事例を教訓とし て、保険会社のリスク管理・企業統治、グループ管理体制などの強化 のための具体的な方法を提示している。改訂ICPは、IAISの加盟国に金 融危機の再発防止するための規制監督強化の対応を求めたものと言え よう。しかしながら、改訂ICPでは、バーゼル委員会におけるBIS規制、 バーゼルⅡのような何らかの強制力を伴う定量的な規制が導入されて いる訳ではない。IAISは、ICPに関する実施評価を行い、加盟国に対し て導入を促す仕組みがあるもの、罰則規定は存在しない。つまり、改 訂ICPには各国の規制監督当局に対する拘束力はない。 表3 保険業における国際的な規制監督の枠組みの形成と推移 時期 1997年9月 内容 保険監督に関する原則(Insurance Supervisory Principles)を公表 2000年10月 上記の原則を改訂し、ICPの採択 2003年10月 ICPの改訂、採択 2011年10月 改訂ICPを採択 (出所)IAIS、金融庁のWEBページから筆者作成16)。 15)最新のICPの文量は、過去のICPとは桁違いである。最新版のURLは以下の通 りである。 http://www.iaisweb.org/__temp/Insurance_Core_Principles__Standards__ Guidance_and_Assessment_Methodology__October_2011.pdf 16)IAISのICPに関するWebページは以下の通りである。 http://www.iaisweb.org/Insurance-Core-Principles-material-adopted-in -2011-795 金融庁のIAIS関連のWebページは以下の通りである。 http://www.fsa.go.jp/inter/iai/index.html ―99― 生命保険業における規制監督と企業会計の国際的な調和化 しかしながら、この緩やかな規制の動きに一石を投じるのは、先述 したEUのCEIOPSによるソルベンシーⅡの適用である。ソルベンシーⅡ は、資産・負債の測定に対して経済価値ベースを導入したソルベンシ ー規制であり、EU内の保険会社が適用対象となる。ただし、EU域外の 国々は、同等性評価の対象となるため、同規制は各国に少なからず影 響を与えることが予想される。同等性評価では、EU域外に本社を置く 企業がEU内で事業を行う場合に、本社を置く国の規制がソルベンシー Ⅱと同等であるかを評価する。そのため、我が国においても将来的に ソルベンシーⅡへの対応が求められると考えられる。 保険業における規制の国際的な調和化は、バーゼル規制とは異なっ た形で徐々に進みつつあり、その方向として、 『経済価値』が一つのキ ーワードになりつつあるのは間違いない。 (2)国際機関間での国際的な調和化と枠組みの強化 国際的な基準の調和化は、各国間に留まらず、各国際機関間でも歩 調を合わせる形で行われている。主要先進国において金融規制の自由 化に伴い、銀行、保険、証券などの諸分野の規制が緩和され、業態間 の隔たりが少なくなった。それに伴い、複数の金融分野をセグメント として保有する金融コングロマリットを形成する企業が登場し始めた。 複数の分野にまたがって、さらに複数の国で活動を行う企業に対して 規制するためには各国間だけでなく、業態間での国際的な調和化が必 要とされる。 コングロマリット化への対応としては、バーゼル委員会、IAIS、 IOSCOは、1996年にジョイント・フォーラムを発足させ、銀行、保険、 証券の規制監督に共通する諸問題、金融コングロマリットにより発生 する問題について検討を開始した。その成果として、1999年に共同で ―100― 生命保険論集第 182 号 「金融コングロマリットの監督に関する報告書」を公表している17)。 さらに2001年11月のジョイント・フォーラムにおいて3機関は、「銀 行・証券・保険の比較調査に関するレポート」を公表した。このレポ ートでは、各機関の原則について、監督上の重要な要素を総括してい る。このレポートの結論では、3機関の基本的な原則の間に対立や矛 盾は見受けられず、 数多くの分野に共通点がみられると評価している。 しかし、同時に、類似の原則の適用方法に関する相違点が存在すると 評価している。 金融危機前から国際的な機関の間で、業態間での規制監督の問題に ついて、相互に理解を深め、金融コングロマリットならびにグローバ ルな金融活動に対する規制・監督に対する枠組の構築に取り組んでき た。金融危機後、従来の枠組みでは金融危機を未然に防ぐ役割を果た すことが出来なかったという反省から、調和化への取り組みは、国レ ベルだけでなく、国際機関同士においても加速し、より強固な規制の 枠組みが構築されつつある。 G20の宣言を踏まえて設立されたFSBは、従来のFSFとは異なり、よ り強固な組織基盤と拡大した能力を持つ組織として再構成されており、 具体的な対応策を各国際機関および各国に求めている。 FSBの目標とし て掲げられているのは、以下の8つである。 ① 金融システムに影響を与える脆弱性を評価し、これらに対処す るために必要な措置を特定し、監視する。 ② 金融の安定に責任を有する当局間の協調と情報交換を促進 17)報告書の項目を挙げると、 「自己資本の充実度に関する諸原則」 「自己資本 の充実度に関する諸原則の補論」 「経営陣の適格性についての諸原則」 「監督 上の情報交換に関する枠組」 「監督上の情報交換に関する諸原則」 「監督上の 情報交換のためのコーディネーター」 「監督者に対するクエスチョネア」など となっている。報告書の邦訳は、以下の金融庁のWebページから入手できる。 http://www.fsa.go.jp/p_fsa/inter/bis/bj_002b.pdf ―101― 生命保険業における規制監督と企業会計の国際的な調和化 する。 ③ 市場の動向およびその規制政策に対する影響について、監視し、 助言する。 ④ 規制基準の遵守に関するベスト・プラクティスにつき助言し、 監視する。 ⑤ 国際基準設定主体の政策策定作業について、共同での戦略的な 検証を実施し、その作業が時宜を得て、調整がとれ、優先順位 の高いものに焦点を当て、規制の抜け穴に対処していることを 確保する。 ⑥ 金融システム上最も重要な、国境を越えて活動する金融機関を 継続的に特定することを含め、監督カレッジに関する指針を策 定するとともに、その設置、機能、参加を支援する。 ⑦ 特に、金融システム上重要な金融機関について、国境を越えた 危機管理における緊急時の対処計画の立案を支援する。 ⑧ マクロ経済上および金融上のリスクの高まりおよびそれに対処 するために必要な行動を特定し、国際通貨金融委員会(IMFC) およびG20財務大臣・中央銀行総裁会議に報告するため、早期警 戒において、IMFと協働する。 FSBは包括的な金融規制監督に対してコミットする機関であり、さ らにIMF・世界銀行による公表された金融セクター評価プログラム (Financial Sector Assessment Program:FSAP)の報告書等の資料を 用いて、定期的なピア・レビューを行い、G20に報告する。 FSBは、金融危機に対応するために銀行、保険、証券をも対象とす る包括的な提言を2008年4月に「市場と制度の強靭性の強化に関する 報告書」 、 2009年4月 「金融システム強化のための提言および基本原則」 、 2010年11月に、 「システム上重大な金融機関がもたらすモラルハザード ―102― 生命保険論集第 182 号 の抑制」として公表した18)。 これらの中では、一律に同一の基準を各金融機関に求めるのではな く、金融システムに重大な影響を及ぼすシステミック・リスクを保有 す る 金 融 機 関 を SIFIs ( systemically important financial institutions)と認定し、対象となった金融機関に対する規制を別途 設ける方向にある19)。特に、SIFIsのうちグローバルな活動を行う金融 機関をG-SIFIsとし、G-SIFIsに対してはより厳しい規制が求められる ことになる20)。 FSBの要求に応じるためにIAISは2012年5月に、市中協議文章を公 表し、 保険セクターにおけるG-SIFIsを選定するための具体的な手法に ついて言及した「グローバルなシステム上重要な保険会社」 (G-SIIs) の提案を行った21)。 18)FSBが公表した報告書「システム上重大な金融機関がもたらすモラルハザー ドの抑制」の中では、主に以下の6つの提言がなされており、具体的な取り 組みをFSB と関係各国当局は、国際的な基準設定主体に促している。 Ⅰ「モラルハザードリスクを抑制するための包括的な政策枠組み」 Ⅱ「グローバルに活動する SIFIs はより高い損失吸収力を持つべきである」 Ⅲ「SIFIs の破綻処理は実行可能な選択肢でなければならない」 Ⅳ「SIFIs 監督の強化」 Ⅴ「中核となる金融インフラの強化」 Ⅵ「G-SIFIs に関する各国の施策の実効的・整合的な実施の確保」 原文と邦訳は次の金融庁のwebページを参照のこと。 http://www.fsa.go.jp/inter/fsf/20101112/01.pdf(原文) http://www.fsa.go.jp/inter/fsf/20101112/02.pdf(邦訳) 19)FSBが公表した報告書等については、以下の金融庁のWebページを参照され たい。http://www.fsa.go.jp/inter/fsf/index.html 20)2011年11月3日4日に開催されたG20カンヌ・サミットにおいて、システム 上重要な金融機関(SIFI)に対する一連の措置は承認されている。 21)こうした動きとは別にIAISは、金融危機後に国際的に活動する保険グルー プの規制・監督基準である共通フレームワーク(ComFrame)の作成を行い、 2011年7月に検討案を公表した。IAISは、ComFrameの完成を2013年7月まで に行うことを目指している。 ―103― 生命保険業における規制監督と企業会計の国際的な調和化 国際的な規制の調和化への取り組みは、金融危機前は銀行、保険、 証券といった各業態間で温度差があった。バーゼル委員会のBIS規制 (バーゼルⅡ、バーゼルⅢを含む)のような定量的な規制を導入する 機関もあれば、 IAISのICPのように各国に自主的な導入を促す機関もあ る。各機関の姿勢が、金融危機によりそれほど変化した訳ではない。 ただし、金融危機後、FSBから各業態別の国際機関に対して新たな枠組 みを構築することが求められ、さらに構築された枠組みの実行を各国 の規制監督当局が求められるようになった。 具体的にはFSBによって提 示されたG-SIFlsの枠組みがそれに該当しよう。 4.国際的な規制監督と企業会計との関係 (1)企業会計と法律との関係 金融危機以降、緩やかな調和化の方向であった金融規制はより強固 な枠組みへとシフトした。各国、業態別の国際機関で共通した枠組み を構築することが求められつつある。この流れの中に企業会計もまた 組み込まれようとしている。本節では、各国間および業態間で進む金 融規制の調和化の流れと企業会計の立ち位置を明確にしておく。 業界内で自主的に行われる規制(いわゆる自主規制)を除けば、規 制は法律内で、具体的な制約条件などが決められる。しかしながら、 我が国おける企業会計は実質的に規制の役割を果たしているものの、 正確には規制ではない。 企業会計は、経済主体の財政状態および経営成績を表すための手段 である。その目的については、IFRSが掲げるような財務諸表利用者に おける経済的な意思決定の有用性が重視される傾向にあり、規制とは 一定の距離が存在する。我が国においては、各種の法律上において、 『一般に公正妥当な会計処理基準』 (Generally Accepted Accounting ―104― 生命保険論集第 182 号 Principles:以下、GAAPという)に従うことが定められており、規制 化していると言えなくもない。例えば、会社法、金融商品取引法(以 下、金商法という。 )においては以下のように企業会計について言及さ れている。 <会社法第432条> 『株式会社の計算は一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行 に従う』 <金融商品取引法第193条> 『この法律の規定により提出される貸借対照表、損益計算書その他 の財務計算に関する書類は、内閣総理大臣が一般に公正妥当であ ると認められるところに従って内閣府令で定める用語、様式およ び作成方法により、これを作成しなければならない。 』 会社法や金商法そのものでは規制について言及していないものの、 各種法律の中でGAAPに従うことが定められている。さらに保険業法に おいては次のように定められている。 <保険業法第54条> 『相互会社の会計は、一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行 に従うものとする。 』 法律内でGAAPに従うことが定められているため、企業会計は実質的 には規制の役割を果たしており、法規制の一種として捉えることも出 来る。しかしながら、法規制とは異なり、法律の中では詳細にその規 定が定められている訳ではなく、詳細な基準(GAAP)については法律 とは独立して定められている。法律内でなく、法律外でGAAPが設定さ れていることには大きな意義がある。法律の制定においては国会の審 議を経なければならない。 しかしながら、 法律外で設定されていれば、 国会の審議を経ずに基準を設定することが可能となる。つまり、企業 ―105― 生命保険業における規制監督と企業会計の国際的な調和化 会計は政治的、政策的な影響からは分離された形を取っている22)。 以上は、我が国におけるGAAPと企業会計の位置づけであり、各国に おける企業会計と法律の位置づけは異なる。国際的な視点でみると、 我が国と同様にGAAPが法律内に組み込まれていないのは、アメリカや イギリス、オーストラリア、カナダなどが挙げられる。一方で、企業 会計が法制化されている国も多い。例えば、ドイツにおいては、HGB (ドイツ商法典)の中で会計原則・会計基準が定められており、フラ ンスにおいては、会計原則を定めたプラン・コンタプル・ジェネラル が法制化されている23)。ただし、EUの証券市場に上場する企業に対し てはIFRSが適用(連結ベースに対して)されているため、国内法のみ の適用対象の企業を除けば、国内法ではなく、IFRSの影響下にあるこ とになる24)。つまり、IFRSの適用によりEU域内の上場企業の財務報告 は、国内法の基準から分離される形になっている25)。 (2)規制監督における会計情報の利用 各国における企業会計は法律からは独立して設定される傾向にあ る。各国のIFRSの適用拡大に伴い、この傾向はより顕著になりつつあ 22)我が国では、2001年7月に民間の企業会計基準設定機関である企業会計基 準委員会が発足し、会計基準の作成の場が大蔵省(現在の金融庁)の企業会 計審議会から移行した。 23)ドイツの会計基準は商法に規定されているため、会計基準の改正には国会 の審議を経る必要がある。そのため、政治的な影響を受けやすいと指摘され ている。ドイツの状況については岩宮(2010) 、潮崎(2008) 、フランスの状 況については、鈴木(2010)を参照されたい。 24)IFRSは、EUの承認プロセス(エンドースメント・プロセス)を経て適用さ れる。一部の基準については、問題個所を除いて適用される「カーブアウト」 と呼ばれる措置が取られている。IFRSを無条件で承認している訳ではない点 に注意が必要である。具体的にはIAS第39号のヘッジ会計がカーブアウトの対 象となった。 25)なお、中国においては、 「中華人民共和国会計法」として会計基準が法制化 されている。 ―106― 生命保険論集第 182 号 る。 しかしながら、 企業会計が法律の枠組みから独立していることが、 規制監督と企業会計が独立することには必ずしも結びつかない。規制 監督における定量的な規制に企業会計上の数値が利用されているから である。具体的には、銀行における自己資本規制やソルベンシー規制 などの定量的な規制がその例として挙げられる。 我が国においては、バーゼルⅡに基づく銀行業における自己資本の 算定では、会計上のその他有価証券評価損やその他有価証券の含み益 の45%、一般貸倒引当金などを自己資本の額として加えて計算する。 そのため、会計上の測定値が自己資本の額に影響することになる。 表4 生命保険業におけるソルベンシー・マージン比率の内訳 ソルベンシー・マージン比率= ソルベンシー・マージ ン総額 リスクの合計額 × 1/2 ソルベンシー・マージン総額の内訳 資本金(基金)等の額 価格変動準備金 危険準備金 一般貸倒引当金 その他有価証券の評価差額×90%(評価損の場合は 100%) 土地の含み損益×85%(評価損の場合は 100%) 全期チルメル式責任準備金相当額超過額 負債性資本調達手段等 全期チルメル式責任準備金相当額超過額及び負債性資本調達手段のうち、 マ ージンに算入されない額 払込資本金等(外国生命保険会社のみ適用) 控除項目 その他 (注)網掛けの部分が会計上の数値を用いるところである。 (出所)生命保険協会(2012、6 頁)に基づき作成(網掛けは筆者が追加) 。 ―107― 生命保険業における規制監督と企業会計の国際的な調和化 ソルベンシー規制においても同様である。表4は我が国におけるソ ルベンシー・マージンの計算方法およびソルベンシー・マージン総額 の内訳を表したものである。我が国におけるソルベンシー規制では、 ソルベンシー・マージン総額を「リスクの合計額×1/2」で割ったも のをソルベンシー・マージン比率とする。 リスクの合計額については、 通常の予想できる範囲を超えるリスク (保険リスク、 予定利率リスク、 資産運用リスク、経営管理リスクなど)を数値化して算出する。リス クの合計額については、企業会計上の数値が影響しないものの、ソル ベンシー・マージン総額の内訳には、銀行の自己資本の算定と同様に 一般貸倒引当金やその他有価証券の評価差額などの企業会計上の数値 が用いられている。また積み立てられる資本金は、会計上で算定され た利益剰余金によって構成されていることを考えれば、これも会計上 の数値が利用されていると言えよう。 ソルベンシー・マージン総額の内訳の中で最も企業会計上の影響を 強く受けるのは、その他有価証券評価差額金である。その他有価証券 は、 「売買目的有価証券」 、 「満期保有目的の債券」 、 「子会社株式および 関連会社の有価証券」以外の区分に位置し、保険会社が保有する有価 証券のうち半分程度を占める26)。その他有価証券評価差額金は、企業 会計上で保有している有価証券の時価評価の変動を反映したものであ る。金融危機において、保険会社各社のソルベンシー・マージン比率 は一時的に低下した。その主要因は保有しているその他有価証券の時 価が大きく減少したことによる所が大きい。 財務報告の数値を一部利用して、規制上の定量的な数値を導き出す。 そのため、財務報告の数値が間接的に規制上の定量的な数値に影響を 及ぼすことになる。自己資本比率規制やソルベンシー規制などの指標 26)その他有価証券の占める割合などの詳細については上野(2013)を参照さ れたい。 ―108― 生命保険論集第 182 号 は、金融機関の安定性を測り、時に規制監督当局が早期の是正を求め るためのものである。その影響の是非は別として、会計数値が規制に 組み込まれていることで、企業が規制上の数値を向上させるための会 計上の行動(裁量的な行動)を誘発する可能性がある27)。 (3)金融監督における財務報告の利用と市場規律 市場規律を機能させるためには、市場で企業間を競争させ、規律付 けを強化することがその具体的な方法として考えられる。その規律付 けのための手段として企業会計が利用されている。特に規制監督当局 が金融機関を規制する場合に、 企業会計上の数値に基づき行う傾向は、 金融ビッグバン以降強まった。 金融ビッグバン以降、金融監督行政は、事後チェック型に移行して いる。 「金融検査における基本原則」の「補強性の原則」では、 『検査 は、自己責任原則に基づく金融機関の内部管理と、会計監査人等によ る厳正な外部監査を前提としつつ、 「市場による規律」などを補強する ものである』としており、検査においては、財務諸表に基づいた数値 が基本的な前提となっている28)。 「市場規律」を監督の要素として取り入れるのは現代の国際的な基 準においても同様である。 IAISの改訂ICPでは効果的な保険監督の前提 条件として次の5つを挙げている。 27)竹内(2011)は、日本の銀行が、自己資本比率規制が強化されるに従い、 裁量的な行動をとっていることを実証している。また自己資本比率規制の導 入当初から、自己資本比率規制については、BIS規制の導入当初から、銀行が 規制に適応するため、会計手続きを修正することによってバランスシートを 変化させるであろうことが懸念されていた。詳細については、橘木(1992) を参照されたい。 28)金融検査におけるマニュアルにおいても、企業会計上の数値を利用した検 査が行われていることがうかがえる。詳細は金融庁(2012)を参照されたい。 ―109― 生命保険業における規制監督と企業会計の国際的な調和化 B) 評価方法 1. 効果的な保険監督の前提条件のレビュー ・十分に発達した公共インフラストラクチャー ・金融市場における効果的な市場規律 ・適切なレベルのシステミックな保護(又は公的セーフティネット)を提 供するメカニズム ・効率的な金融市場 ・健全で持続可能なマクロ経済および金融セクター政策 効果的な市場規律ならびに効率的な金融市場は、現代の規制監督に おける必要条件とされている。効果的な市場規律と効率的な金融市場 を成り立たせるためには、 企業会計による情報提供機能は欠かせない。 効率的な金融市場が存在してれば、企業会計の数値を通じて効果的な 市場規律を施すことが可能になる。企業会計の数値は公に公表され、 個々の企業の評価に直結するため、企業に適正な行動を促すことを動 機づけることが期待される。 (3)企業会計による経済的な影響 企業会計で用いられている数値は企業評価で用いられるため、企業 に規律付けを促す作用がある。しかしながら、市場の規律付けの効果 と企業会計基準の適用(改訂を含む)が合わさることで、一定の方向 に企業の行動が誘導されることが起こりうる。 その典型的な例としては、 持合株式が挙げられよう。 持合株式とは、 各企業同士が企業防衛などの目的で持ち合っている株式の事である。 持合株式は、日本的経営を象徴することの一つとして取り上げられる ことが多く、特に銀行が融資先の企業と株式の持合関係にあることが 多かった。 図2を見ても分かるように持合比率は、1990年後半から急激に低下 ―110― 生命保険論集第 182 号 し、特に現在では6%程度にまでに低下している。この背景には、金 融商品の時価会計が影響していると言われている。1990年から、先物・ オプション取引、市場性のある有価証券などの時価情報に関して、財 務諸表の注記で開示することが求められた。さらに1999年に「金融商 品に係る会計基準の設定に関する意見書」および「金融商品に係る会 計基準」が公表され、満期で保有する目的や子会社・関連会社の株式 を除く有価証券に対して、時価評価をし、バランスシート上に評価損 益を反映させることが決まった。2002年3月期から、持合株式に対し て時価評価をすることが求められた。 図2 上場企業における持合株式の割合の推移(金額ベース) 30 25 20 (%)15 10 5 2009 2008 2007 2006 2005 2004 2003 2002 2001 2000 1999 1998 1997 1996 1995 1994 1993 1992 1991 0 (年度) (出所)伊藤(2010、13頁)のデータに基づき筆者作成。 2002年1月に施行された「銀行等の株式等の保有の制限等に関する 法律」による影響も大きいと考えられ、どの程度、時価評価が直接的 ―111― 生命保険業における規制監督と企業会計の国際的な調和化 に影響したかどうかを測定することは難しい29)。しかしながら、持合 株式が時価評価されることは各企業の業績にとっては重大な影響をも たらすため、この新しい尺度が、持合株式を売却するという行動を誘 発したと考えて差支えないであろう。金融商品の会計における持合株 式の時価評価が、持合株式を『直接的に』減少させることを要求した わけではない。しかしながら、その評価損益をバランスシート上に計 上することに伴い、 『結果的に』持合株式を低下させることになった。 (4)規制監督側からの企業会計側への改善要求 企業会計上の数値は、財務諸表利用者の経済的な意思決定に用いら れ、その意思決定が市場評価にも関連する。企業側(情報開示を行う 側)は、利用者の経済的な意思決定を自社に有利な形で行って欲しい ため、企業会計上の数値をより良いものにしようとする動機づけが生 まれる。この動機づけが、持合株式の減少に見られるような裁量行動 を起こすこともある。ただし、この動機づけは、企業経営者に適正な 行動を促す規律付けとして作用するために市場規律という位置づけで 重要視される30)。一方で、この動機づけは、時に不正会計などを引き 起こすことに繋がるため、市場規律を維持するためには、財務報告の 質を保証するための財務諸表監査ならびに内部統制の充実、効率的な 金融市場などの存在が欠かせない31)。 問題が生じるのは、市場規律がうまく機能しなかった場合である。 具体的には、企業経営者に対して誤った動機づけを与えてしまった場 29)同法では、銀行が株式(これに準ずるものを含む)について、2004年9月 30日以降、その自己資本に相当する額を超えて保有することが禁止された。 30)企業会計はコーポレート・ガバナンスとも密接に関係している。 31)不正会計(もしくはそれに近い会計処理)を行う企業に対しては、市場(投 資家)がその存在を看破し、低い評価を付けることが出来るかどうか、もし くはそうした不正を未然に防ぐための内部統制や監査制度が充実しているか どうかが問われることになる。 ―112― 生命保険論集第 182 号 合や投資家の行動が企業を適正に評価しなかった場合(評価できなか った場合)である。金融危機においては、既によく知られているよう に市場規律がうまく作用しなかった。 金融危機では、企業会計上での経済価値ベースの測定方法である公 正価値について相当の混乱が見られた。各金融機関が保有する証券化 商品(サブプライム・ローンなどを含む)の情報開示が適時に、かつ 適切に行われなかったため、市場に情報がうまく伝達されなかった。 各金融機関が証券化商品の多額の評価損失の計上を行うたびに、市場 が疑心暗鬼の状況に陥った32)。さらに金融危機後、急激な市場におけ る流動性の低下に伴い証券化商品の市場評価が困難になるなど、様々 な混乱が生じた33)。 IASBは2008年10月に、従来認めていなかった金融資産の保有目的区 分の変更を認め、これにより所定の条件を満たせば時価評価が必要な 売買目的区分から、時価評価を必要としない満期保有目的への変更が 可能となった。この改訂は通常のデュー・プロセス(正当な手続き) を経ないまま行われた。デュー・プロセスに乗っ取らない形での会計 基準の改訂は異例であり、この背景には政治的な圧力があったと関係 32)2007年6月22日にベアスターンズが傘下の2社のヘッジファンドに対して 証券化商品の損失に対して32億ドルの支援を発表した。その一か月後に、2 社のヘッジファンドの資産価値がほとんどなく、倒産している状況にあるこ とがCNBCによって報じられた。ファンドマネージャーが、ファンドを救済す るために誤った情報を伝えたのではないかという疑惑が生じ、投資家の疑心 暗鬼を招く一因となった。CNBCの報道については、以下のURLを参照されたい。 http://www.cnbc.com/id/19807752/Two_Bear_Stearns_Hedge_Funds_039Esse ntially_Worthless039_CNBC ベ ア ス タ ー ン ズ を 巡 る 詳 細 は 、 Laux and Leuz(2010,p.101)が詳しい。 33)金融危機を巡る混乱についてはBrejcha and Richmond(2008)が詳しい。ま た公正価値会計が金融危機にどのような影響を与えたかについては、Laux and Leuz(2010)、大日方(2012)を参照されたい。 ―113― 生命保険業における規制監督と企業会計の国際的な調和化 者が認めている34)。 さらに金融危機を受けた2008年11月15日に開催されたG20ワシント ン・サミットおよび2009年9月25日に開催されたG20ピッツバーグ・サ ミットの中でも会計基準に関する改善要求がなされた。具体的には、 会計基準設定主体が市場の混乱時における、証券の価格評価のガイダ ンスを強化することや、国際会計基準設定主体のガバナンスを更に強 化することなどを短期的な目標として要求し、さらに、単一の、質の 高い国際基準を創設することなどを中期的に求めた。 しかしながら、直接的な改善要求をしたのは、2009年4月2日に開 催されたG20ロンドン・サミットである。同サミットの「金融システム の強化に関する宣言」の付属文章の中(次ページ参照)で、具体的な 改善項目を提示している35)。 IASBは公正価値測定に関するガイダンスの見直し、従来の金融商品 の会計基準や減損評価の見直しなど、様々な見直しに着手せざるを得 なくなり、現在もロンドン・サミットでの要求に答えるべく基準の改 訂に向けた作業を継続して行っている。 規制に組み入れられている企業会計の数値が監督規制上で上手く 作用している間は問題にならない。しかしながら、その方向性が望ま しくないものになった場合、政策的な立場から企業会計側にその事象 に対する対応が求められることになる。金融危機後の規制監督側から の要求はそのことを如実に表している。会計基準が金融危機の一端を 担ったのか、そうでなかったのかという点も大きな問題点であるし、 34)政治的な圧力に関する報告についてはIFRS(2012)を参照されたい。 35)「金融システムの強化に関する宣言」の文言は、以下の金融庁のWebページ を参照した。 http://www.mofa.go.jp/mofaj/kaidan/s_aso/fwe_09/sengen_fs.html 原文については、以下の金融庁のWebページを参照されたい。 http://www.mofa.go.jp/policy/economy/g20_summit/2009-1/annex2.html ―114― 生命保険論集第 182 号 議論すべき点である。しかしながら、より重要な事実は、 『市場』とい う規制監督当局が完全にコントロールすることが出来ないシステムに 現在の金融規制監督が依拠しているという事実である。そして、その 市場に影響を及ぼす可能性がある企業会計を、規制監督側は無視する ことが出来ず、積極的に利用することで規制監督を行っていかなけれ ばならないという現実である。 「金融システムの強化に関する宣言」*会計基準に関するものを抜粋 我々は、公正価値会計の枠組みを再確認しつつ、会計基準設定主体が、流動 性および投資家の保有期間を踏まえ、金融商品の価格評価の基準を改善すべき であることに合意した。 • 我々はまた、会計事項に対処する景気循環増幅効果に関する FSF の提言 を歓迎する。我々は、会計基準設定主体が、2009 年末までに以下のため の措置を採るべきであることに合意した。 • 金融商品の会計基準に関する複雑性を低減する。 • より広範な信用情報を取り込むことで、貸倒引当金に関する会計上の認識 を強化する。 • 引当金、オフバランス・エクスポージャーおよび評価の不確実性について、 会計基準を改善する。 • 監督当局とともに価格評価基準の適用における明瞭性および整合性を国 際的に実現する。 • 単一の質の高いグローバルな会計基準に向けた重要な進捗をもたらす。 • 独立した会計基準設定プロセスの枠組み内において、国際会計基準審議会 の定款の見直しを通じ、健全性規制当局および新興市場国を含む利害関係 者の関与を改善する。 ―115― 生命保険業における規制監督と企業会計の国際的な調和化 6.市場規律と経済価値ベースによる測定 規制監督上全体のグランドデザインとの中では、経済価値ベースの 測定は、市場規律を活かした規制監督と結びつくことになる。今後、 規制監督全体の枠組みでみれば、市場規律とSIFIsなどのマクロ・プル ーデンスに基づく規制とどのように組み合わせるのか、などの課題は 多いと考えられる。特に金融危機で露呈したように、市場参加者の動 きが、危機を増幅させることも起こりうる(直接的な原因が、企業会 計側にあったかどうかは別にして) 。 企業会計がもたらす可能性がある プロシクリカリティに対してどのように対応をしていくかは、規制監 督側だけでなく、企業会計側にとっても今後重要な問題となりうる。 ただし、マクロ・プルーデンスの規制における全体像はまだはっき りしていないため、本節では、これまでの検討を踏まえ、経済価値ベ ースによる測定が規制監督と企業会計間で調和化されることの意義と 問題点を考察する。 IAISはIASBの保険プロジェクトに積極的に関与している。その姿勢 は、金融危機前から行われていたものである。そのため、全体の国際 的な金融規制の動向と経済価値ベースとの調和化の動きは無関係のよ うにも思われる。しかしながら、IAISとIASBとの関係が従来と変わり なくても、周りの環境は金融危機後に大きく変化した。 IASBとFASBのコンバージェンスの作業状況について、FSBがコメン トし、 プレッシャーを与えるようになった。 G20の宣言と要求を受けて、 IASBも国際的な規制監督を意識した基準設定を行わざるを得なくなっ た。規制監督は会計数値を利用する形で行われている。経済的なコス トを減少するために利用してきたとも捉えられるが、規制監督と企業 会計との関係はこれまで述べてきたようにそのような単純な関係では ない。 規制監督における前提条件である市場規律は、企業会計と密接に結 ―116― 生命保険論集第 182 号 びついている。企業会計の数値は、実質的に市場を通じて影響を及ぼ すため、規制監督側から見ても無視することのできない存在であり、 その情報を勘案しつつ規制監督を行う必要がある。 企業会計の側からは、建前では独立性を唱えても、現実は実務的な 観点を無視して基準を適用することは難しい。特に保険契約の会計基 準の様な複雑な基準においては、実務的な観点を織り込むことが欠か せないため、各国や国際機関における国際的な基準への協力が不可欠 である。 こうした実務的な現実の中で、調整が行われ、規制監督と企業会計 の役割は異なるものの、ある種のプラットフォームを統一しようとす る作業が行われている(図3はそのイメージ図である) 。 図3 保険業における国際的な規制監督と企業会計との関係 経済価値ベースによる測定方法 規制監督による報告 企業会計による報告 (出所)筆者作成。 実質的な議論において、IASBは規制監督の目的では会計基準設定し ていないことを強調している。そのため、表面上は『結果的におおよ そ同一のもの』となったにすぎないという解釈がなされるであろう。 しかしながら、表面的な表現や立場はともかくとして、実質的に企 業会計が金融規制に利用され、一定の影響を有していることは間違い ない。保険業はソルベンシー規制における定量化のプロセスの中で、 ―117― 生命保険業における規制監督と企業会計の国際的な調和化 資産評価についてはIFRSの数値がそのまま利用されることが想定され る。さらに、負債の数値についても共通している部分は、企業会計の 数値を利用する形で、そこに規制監督上の規制を加えることで計算さ れることになろう。 規制監督および企業会計による財務報告は、一般に公開されること を前提としている。そのため、市場関係者は、こうした情報を利用し つつ、経済的な意思決定を行うことになろう。仮に最低資本要件を満 たすだけのソルベンシーを確保していたとしても、その質や量が足り なければ、その充実を市場の圧力から自主的に求められる。また企業 会計の財務報告を通じて、 保険業はソルベンシーの充足だけではなく、 効率的な企業運営が促されることになる。規制監督と企業会計の両方 の作用を上手く活かすことが可能になり、強固な市場規律が構築され ることが期待される。 ただし、経済価値ベースによる測定は、様々なリスクを内在してい ることを忘れてはならない。経済価値ベースの測定は、Mark to Market (マーケットからの情報) 、Mark to Model(評価モデルに基づく情報) のどちらかによることになる。市場からの情報ではなく、評価技法に 基づく推定値による場合、不確かな値を計上することになり、その信 頼性を如何に確保するかが課題になる。どちらの測定であっても市場 の変数を利用して測定されるため、急激な市場評価の変動が生じた場 合、資産と負債のボラティリティが増大することは避けられない。そ うした変動に対して、市場規律が上手く働くのか、誤った行動を誘発 しないのか、など未知の要素が多いのは事実である。 市場と結びつく経済価値ベースの評価には、今回の金融危機で見ら れたような、未知の思わぬ落とし穴が存在する可能性がある。最も懸 念されるのは、規制監督と企業会計の経済価値ベースで調和化される ことで、起こりうるリスクも同一化する可能性が高いということであ る。経済価値ベースの測定を調和化することのメリットだけでなく、 ―118― 生命保険論集第 182 号 そこに内在する新しいリスクに備える姿勢が欠かせない。 7.我が国の生命保険業に向けた示唆~むすびに代えて~ 市場規律という点でも、現在の国際的な規制監督の枠組みは株式会 社が主に前提となっているように思われる。我が国においては、4大 生命保険会社(日本生命、第一生命、明治安田生命、住友生命)のう ち、3社が相互会社形態を取っている。上場していない相互会社にお いて市場規律がうまく作用するかどうかは不明な点が多い。相互会社 であっても、格付け機関からの格付けが行われ、社債などによる市場 からの資金調達を行うものの、上場していなければ企業価値は分かり にくい。そのため、市場規律が働きにくい可能性がある。 今後は、経済価値ベースにおける利点だけでなく、現行のロック・ イン方式による保守的な規制監督の利点についても導入前に十分に議 論し、検討しておく必要がある。特に経済価値ベースによる評価は、 市場評価と結びつき企業に規律付けを求める作用があり、それを規制 監督当局者も期待している。しかしながら、それが常に規制監督当局 の思惑通りに働くとは限らず、企業や利害関係者の思わぬ行動を誘発 してしまうこともありうる。経済価値ベースの測定は市場をコントロ ールする手段がない以上、こうした危険を常にはらんでいることを注 意しなければならない。 どういった測定方法であれ、それに付随するリスクが必ず存在する ことを認識する必要がある。 かつ測定方法が共通化されることに伴い、 そのリスクを世界で共有していることを認識しなければならない。不 幸なことにこうしたリスクについてはほとんど認識されていないよう に思われる。国際的な調和化への対応を行うだけでなく、こうしたリ スクをどのように認識し、対応するのかを考えておかなければならな ―119― 生命保険業における規制監督と企業会計の国際的な調和化 い。 (本稿は、生命保険文化センター平成23年度「生命保険に関する研究 助成」による成果である。ここに記して御礼申し上げる。 ) (参考文献) 1.Brejcha, B. 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