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再生医療による - 東京女子医科大学

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再生医療による - 東京女子医科大学
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(未来医学事典)再生医療による臓器・組織再生の取り組
み
松島, 麻子
未来医学, 未来医学(23):70-73, 2008
http://hdl.handle.net/10470/10358
Twinkle:Tokyo Women's Medical University - Information & Knowledge Database.
http://ir.twmu.ac.jp/dspace/
未来医学事典
FUTURE MEDICINE
未来医学事典
再生医療による
臓器・組織再生の取り組み
7
松島麻子
独立行政法人 産業技術総合研究所 関西センター 尼崎事業所
セルエンジニアリング研究部門 組織・再生工学研究グループ MIRAIIGAKUJITEN
1
るのではないだろうか。しかし、日本再生医療
「再生医療」とは?
学会によると再生医療とは「機能障害や機能不
全に陥った生体組織・臓器に対して、細胞を積
「再生医療」とは何か?と聞かれたら、おそら
極的に利用して、その機能の再生をはかる」技
く多くの
(再生医療の研究に携わっていない)
人
術であると定義されている。現在の再生医療は
は、
「組織・臓器そのものの再生」
をイメージす
「機能の再生」
に主眼が置かれているのである。
多くの人が再生医療に対して持っているわか
図1 再生医療に必要な三要素
りやすいイメージとして、切っても切っても生
えてくるトカゲの尻尾が挙げられるだろう。ヒ
細胞
トは進化の過程で、他の能力を得るためにトカ
ゲのような再生する能力を捨てたといわれる。
しかし、その能力は完全になくなったわけでは
ない。例えば、小さな切り傷は放っておいても
治るし、献血しても新しい血液が体内で造られ
る。さらに、肝臓は病気などで切除してもある
足場
増殖・分化因子
程度の大きさまでは回復する。このように、ヒ
トの中にも再生能力は残っているのである。こ
の再生能力の元となるのが
「幹細胞」
といわれる
細胞である。幹細胞とは多分化能(様々な細胞
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未来医学 No.23 2008 年
事 典
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再生医療による臓器・組織再生の取り組み
表1 再生医療研究例
研究開発段階
再生組織
細胞
足場
臨床応用研究
骨
間葉系幹細胞
リン酸カルシウム
軟骨
軟骨細胞
間葉系幹細胞
コラーゲンゲル
口腔粘膜上皮細胞
間葉系幹細胞
生分解性高分子
脱細胞化組織
末梢血管壁細胞
骨髄細胞
生分解性高分子
心筋細胞
筋芽細胞
間葉系幹細胞
生分解性高分子
コラーゲンゲル
フィブリンゲル
製品化
表皮
脂肪
食道
角膜
血管
血液
心筋
動物実験
気管軟骨
歯根膜
中枢神経
膀胱
肝臓
表皮幹細胞
脂肪細胞
間葉系幹細胞
角膜上皮幹細胞
口腔粘膜上皮細胞
造血幹細胞
鼻中隔
間葉系幹細胞
因子等
生分解性高分子
歯根膜細胞
胚性幹細胞
(ES 細胞)
間葉系幹細胞
Dexamethasone
Bone morphogenetic protein-2
Transforming growth factor-β3
Dexamethasone
Insulin
Basic fibroblast growth factor
Insulin
Epidermal growth factor
Epidermal growth factor
Epidermal growth factor
Basic fibroblast growth factor
Transforming growth factor-β2
Iusulin-like growth factor-1
Interleukin
Basic fibroblast growth factor
膀胱細胞
尿路上皮細胞
生体吸収性高分子
肝細胞
間葉系幹細胞
コラーゲン
高分子材料
リン酸カルシウム
になることができる)
と自己複製能
(多分化能を
フィーダー細胞
(マウス)
Epidermal growth factor
Basic fibroblast growth factor-2
Epidermal growth factor
Epidermal growth factor
Basic fibroblast growth factor
Insulin
Hepatocyte growth factor
Transforming growth factor-α
Epidermal growth factor
を表 1 に示す 1)、2)。再生医療には
「細胞」
「足場」
維持したまま増殖することができる)を持つ細
「増殖・分化因子」が必要であるといわれる(図
胞と定義され、様々な組織中に存在することが
1)
。本表ではそれぞれの組織の再生医療研究
わかっている。近年では一度損傷したら再生し
において使用される細胞、足場、因子の代表的
ないとされていた脳の神経にも幹細胞が存在す
なものを示している。
ることが明らかになってきた。これらの幹細胞
ほとんどすべての組織に関して再生医療研究
を利用して、失った組織・臓器の機能を回復さ
が行われているが、中でももっとも研究が進み
せようとする試みが現在行われている「再生医
ヒトへの臨床応用が進んでいるのが上皮系の組
療」なのである。本稿では現在行われている再
織
(表皮、食道、角膜など)
である。特に自分自
生医療研究の概要と未来展望について述べる。
身の細胞から作製した自己培養表皮に関しては
2007 年 10 月に日本で初めて、再生医療製品と
2
して厚生労働省から認可された。さらに、
角膜、
再生医療の現状
現在日本で行われている再生医療研究の一部
食道などの組織においては東京女子医科大学の
岡野光夫教授のグループによって開発された
「細胞シート」
技術を用いた臨床応用研究が進ん
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未来医学事典
FUTURE MEDICINE
でいる 1)。上皮系の組織において臨床応用が進
表4 医療機器産業発展の問題
製造元
承認年月
自家培養表皮
J-TEC
2007 年 10月
自家培養軟骨
Celontech
2001 年 1月
自家培養軟骨
Duplogen
2002 年 9月
自家培養表皮
Tego Science
2002 年 12月
自家培養皮膚
Tego Science
2005 年 3月
自家培養表皮
MCTT
2006 年 5月
んでいる背景には、組織自体が比較的単純な構
造であること、培養・移植時の足場が不要であ
日本
ること、などが挙げられる。
また、骨・軟骨などの硬組織に関しても、ヒ
トへの臨床応用が進んでいる。我々の研究室で
韓国
は 2001 年から患者自身の骨髄を使用した自己
培養骨の臨床応用研究を行ってきた 3)、4)。培養
骨は、患者骨髄を培養することで得られる間葉
系幹細胞をリン酸カルシウム製人工骨上で骨芽
る。またアメリカ、EU などでも多くの再生医
細胞へと分化培養することによって作製され
療製品が承認を受けている。このように、日本
る。さらに、間葉系幹細胞は軟骨へも分化する
は研究に関しては進んでいるが、実用化に関し
ことから、コラーゲンと間葉系幹細胞を複合化
てはかなり遅れているといわざるを得ない。こ
し軟骨欠損部に移植する臨床応用も行ってき
の原因の一つとして、
(特に細胞などを使用し
た。現在までに 60 症例以上を経験し、良好な
た製品に関する)医薬品・医療機器の承認審査
結果を得ている。骨・軟骨などの硬組織で臨床
制度の問題が挙げられる。再生医療技術をより
応用では、すでに人工骨として長い使用実績の
多くの人に享受してもらうためにも再生医療研
ある材料を足場として使用しており、さらにこ
究を実用化
(製品化)
するためのインフラ整備が
れもすでに医薬品として使用実績のある試薬を
求められている。
分化因子として使用しているため、ヒトへの臨
床応用に対する障壁が低かったと考えられる。
日本における再生医療研究・臨床応用の現状
は上記のとおりである。では、諸外国ではどう
3
再生医療の将来
なのか? 少し古いデータになるが、2004 年
2007 年 11 月、京都大学の山中伸弥教授ら
3 月に特許庁技術動向班により作成された「特
のグループが皮膚の細胞に 4 つの遺伝子を導入
許出願技術動向調査報告書」によると、日本の
することによって多分化能を持つ細胞(iPS 細
再生医療に関する特許出願および論文掲載件数
胞)を作り出すことに成功したと報告され話題
はアメリカ、EU に次いで多く、この分野の研
となった 7)。そして2007年12月、
我々のグルー
究において日本は世界トップレベルであるとい
プでも間葉系幹細胞に 1 つの遺伝子を導入する
える 。しかし、製品化には至っていない。そ
ことで、弱った細胞の機能を回復することがで
の一例として、再生医療製品として国から認可
きることを報告した 8)。このように近年、再生
を受けている製品数について日本と韓国を比較
医療研究は
「細胞操作」
の方向に向いている。な
した(表 2) 。先に述べたとおり、日本では
ぜか? 最初に紹介したとおり、現在行われて
2007 年ようやく培養表皮が 1 例認可されたに
いる再生医療は
「細胞を使用した失われた組織・
過ぎないが、韓国では培養皮膚、培養軟骨を中
臓器の機能の再生」を目的としているが、その
心として 5 つの再生医療製品が認可を受けてい
元となる細胞は体内にあるものを採取し増殖さ
6)
5)
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未来医学 No.23 2008 年
事 典
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再生医療による臓器・組織再生の取り組み
せ使用している。元気な細胞がなければ現在の
再生医療は成立しないのである。そこで細胞を
操作することで元気な細胞を確保しようとする
のが現在の研究の流れとなっている。
この技術が確立することによって、将来、一
滴の血液から幹細胞を作り、さらに生体外で培
養し完全な組織・臓器を作ることができるよう
になるかもしれない……ほとんど SF の世界で
ある(図 2)
。このような夢を実現していくため
には、大きなブレイクスルーがいくつも必要と
なるだろう。今はまだ夢としか思えない課題を
実現するために、日々着実に研究を進めていか
なければならない。
参考文献
1) 岡野光夫、大和雅之監修、
『再生医療技術の最前線』
シーエ
ムシー出版、2007 年
2) 文部科学省ライフサイエンス課、
「我が国の再生研究につ
いて」
、2006 年 2月
3) Ohgushi H, et al., Osteogenic differentiation of marrow
stromal stem cells in porous hydroxyapatite ceramics, J
Biomed Mater Res, Vol. 27, 1993, pp.1401-7.
4) Ohgushi H, et al., Tissue engineered ceramic artificial
joint--ex vivo osteogenic differentiation of patient mesenchymal cells on total ankle joints for treatment of osteoarthritis, Biomaterials, Vol. 26, 2005, pp.4654-61.
5) 大串始監修、
『再生医療に用いられる細胞・再生組織の評
価と安全性』
シーエムシー出版、2007 年
6) 特許庁技術動向班、
「平成 15 年度特許技術動向調査報告
書 再生医療」
、2004 年 3月
7) Takahashi K, et al., Induction of pluripotent stem cells
from adult human fibroblasts by defined factors, Cell,
Vol. 131, No. 5, Nov 2007, pp861-872.
8) Go MJ, et al., Forced expression of Sox2 or Nanog in human bone marrow derived mesenchymal stem cells
maintains their expansion and differentiation capabilities, Exp Cell Res, in press.
図2 再生医療の目指すところ
再生組織・臓器培養装置
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