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ESDreport02 - ESD-J

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ESDreport02 - ESD-J
【中国】
竹 枝 地区の「生きものの里づくり」
~地 域×学 校×生きもの~
●
地 域:岡 山 県 岡 山 市 建 部 町 竹 枝 地 区
実 施 主 体:竹 枝を思う会 、岡 山 市 立 竹 枝 小 学 校
報 告:岡 山の自然を守る会 友 延 栄 一
1.はじめに
岡 山 市 建 部 町 竹 枝 地 区 は 、岡 山 市 北 部 、旭 川 に
沿 った 盆 地 に 位 置 する人 口 7 5 5 人 、小 学 校 ( 竹 枝 小
学 校 )の 児 童 数 3 0 人( 平 成 2 1 年5月1日現 在 )の 市 内
で 最も人 口 の 少ない 小 学 校 区で す。2 0 0 7 ( 平 成 1 9 )
年 に 建 部 町 が 合 併し、岡 山 市 になりました 。里 山と旭
川 に 囲まれ た 中 に 田 畑と集 落 が 点 在している里 地 里
山 地 域 で す。竹 枝 地 区 は 、地 区ごとの 祭りが 残り人々
の 絆 の 強い 地 域ですが 、近 年 、人 口が 減 少し、昭 和 4 0
年 代 に 1 0 0 人を超えていた 小 学 校 の 児 童 数も減 少し
竹枝小学校
ており、地 域 、そして小 学 校 の 明日を考えると、今 何 か
しなけ れ ば ならな いという思 い が 地 域 の 方と小 学 校
習 の 柱にホタルをすえた 活 動が 行わ れてきました 。
双 方から湧き上がりました 。
し かし、思う会 の 活 動 が 始 まる 前 の 2 0 0 5 ( 平 成
そのような 背 景をもとに、2 0 0 6 ( 平 成 1 8 )年 、小 学
1 7 )年 当 時 、目の 前 の 旭 川 の 河 原 は 草 が 生 い 茂り、子
校と地 域 住 民 が 協 働 で 、子どもたちに ふるさと を伝
どもが 近 づける状 態で はありませ んでした 。地 域 の 中
えていこうと「 竹 枝を思う会( 以 下 、思う会 )」が 結 成さ
高 年 世 代 は 、川で 遊び 、その 楽しい 体 験を持っていま
れました 。思う会で は 、ふるさとの 良さを伝える協 働 事
す。学 校 前 の 恵まれ た 環 境をもっと子どもたちのため
業 や 、学 校 支 援 ボランティアなどを 行 い 、持 続 可 能 な
に 活 かしたい 、そして、自分たちももう一 度 楽しみたい
地 域 づくり、人 づくりをめざしています。
という思いを持っていました 。
2.学 校 前の荒れた河 原を「 水 辺の
楽 校 」に
そこで 、最 初 は 思 いを持 つ 人 数 名 からでした が 、竹
枝を 思う会 の 結 成 の 頃 からは 組 織 的 に 草 刈りをはじ
め 、竹 を 切り、水 辺 に 近 づ けるように 整 備 を 始 めまし
た 。そして、2 0 0 6 年3月から、思う会 が 中 心 になって、
竹 枝 小 学 校 の 校 章 は 、学 校を 6 匹 の ホタル が 囲 ん
「たけえだ 水 辺 の 楽 校 」の 活 動が 開 始されました 。
でいます。その 校 章 のように、この 地 域ではホタルが 多
「たけえだ 水 辺 の 楽 校 」は 、国 土 交 通 省 や自治 体 が 整
く生 息しています。旧 建 部 町 にはホタル 保 護 の 条 例も
備したものではありません 。地 域 の 人 が 勝 手に名 付け
あり、か つ て小 学 校 で ホタルを 養 殖 するなど、環 境 学
て、子どもたちの た め に はじめ たもの で す。竹 枝 地 区
54
Ⅱ 事例調査報告
の自 然 や 地 域 で 培 わ れ てきたくらしの 知 恵を 体 験 す
( 標 準 和 名 アカザ )の 数 を 数 えて 川 の 健 康 度 を 調 べ
る活 動を、ほ ぼ 毎 月 1 回 実 施しています。例えば 、自然
ようと思 い つきました 。3年 計 画 で す。しかし、対 象 の
の 宝 物さがし、ホタル 狩り、河 原 キャンプ 、川 遊 び 、ア
旭 川 は 、県 管 理 の 一 級 河 川 で 、一 部とは いえ 干 す 区
ユ 漁 体 験 、裏 山たんけん ・・・が 実 施され 大 人も子ど
間 は 、川 幅 2 0 m 、長さ2 0 0 mあります。川を堰く技 術に
もも楽しん で います。主 に 地 域 や 小 学 校 の 方 で 運 営
関しては 地 元 業 者 が 持 っており、漁 協 や 地 域 の 調 査
され ていますが 、テーマによって地 域 外 から専 門 家 が
参 加 者 の 協 力 は 得られる目途 がありましたが 、河 川 利
応 援 団としてかけつけています。2 0 0 8 年には 、国 土 交
用 上 の 行 政 手 続きや 、そもそも、川 の 健 康 度を判 断 す
通 ・環 境 ・文 部 科 学 省 の「 子どもの 水 辺 」へ の 登 録も
る科 学 的 な 調 査 方 法 が 地 元 だ けで は 困 難 でした 。そ
されました 。
こで 、地 域 外 の 応 援を募ることになり、私 のところに 相
談 が ありました 。それ は 、思う会 の 事 務 局 担 当 者と岡
3.
「 旭 川かいぼり調査 」
この「 水 辺 の 楽 校 」による楽しい 体 験 活 動を基に、そ
山 の自 然を 守る会 の 活 動 で 古くから知り合 いであり、
併 せて当 時 、岡 山 市 の 岡 山ESD推 進 協 議 会 の 担 当 課
( 環 境 保 全 課 )職 員だったためです。
こで 子どもや 大 人たちから出てきた 気 づきや 疑 問に答
今まで に やったことがないことでした が 、環 境 教 育
えるために、地 域 のことを調 べる活 動 が 行 わ れ ていま
や 調 査 活 動として、また 企 画自体 が 魅 力 的で 、興 味を
す。地 域 の 方 や 小 学 校 の 学 習 活 動により、昔 の 川 遊び
持って協 力してくれる方 がたくさん 現 れました 。調 整 の
の 証 言 集をまとめたり、ホタル 生 息 調 査を 行 い 、冊 子
結 果 、河 川 管 理 上 の 課 題は 、主 催に自治 体( 当 時は 建
にまとめたり地 域で 子どもたちが 発 表 会を行って調 査
部 町 )が 入ることでクリアし、調 査 につ いては 、岡 山 理
結 果を地 域で 共 有しています。
科 大 学 や 岡 山 淡 水 魚 研 究 会などで 調 査 体 制を整えて
しかし、地 域 の 素 朴な 疑 問 の 中 には 、大 人 でもどう
実 施することになりました 。
やって答えを 出したらい い か わ からないことが たくさ
調 査は 、
「 旭 川 再 生プロジェクト―てっきり復 活 大 作
んあります。2 0 0 6 年 のある時 、子どもたちは 、
「漁協の
戦 2 0 0 6 ― 」という名 称 で 、2 0 0 6 ( 平 成 1 8 )年 1 1 月4
人 は 旭 川 の 底 が 固まったからアユがとれ んと言うとる
日、建 部 町( 現 ・岡 山 市 建 部 町 )吉 田 地 先 の 旭 川 鹿 瀬
けど本 当 か 。川 の 底 は 本 当に昔と比 べて固まっとるん
橋 下 流 左 岸 の 約 2 0 0 m の 区 域 で 行 わ れ 、参 加 者 は 、
か?」と疑 問を持ちました 。それ は 、大 人 にとっても、こ
地 域 住 民を中 心 に 岡 山 理 大 の 専 門 家 、市 民 団 体など
れ から川を良くしていくために 知っておきた い 問 いで
で 約 4 0 0 名にのぼりました 。
した 。
2時 間 の 調 査 の 結 果 、アカザ 6 0 6 匹 ほか 、カワムツ、
思う会では 、子どもたち、また自分たちの 疑 問に答え
ウナギなど 2 5 種 の 淡 水 魚 が 見 つかりました 。調 査 の 結
るため 、川を堰き止めて干 上 がった 川 の 魚を拾う「 か
果 、アカザを多 数 確 認でき、川 底も浮き石 が 多く、比 較
いぼり」で 、川 底 の 石 の 隙 間にすむ「てっきり」という魚
的 良 好な環 境であるということがわかりました 。最 後に
水 辺の学 校「自然の宝 物さがし」
旭 川のかいぼり調 査
「ESD×生物多様性」プロジェクト2009報告書
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埋まっている石を参 加 者 が 「 川を耕 す 」と称して動 か
係を活 かして、環 境 省 のモニタリング サイト1 0 0 0 の 調
し溜まった 泥 の 攪 乱を行 いました 。子どもの 疑 問 から
査 や 、自然 環 境 の 保 全に向けた 取り組 み 、小 学 校 の 学
始まったこの 大 が かりな 調 査 に、地 域 の 方も専 門 家も
習との 連 携などへと学 習 活 動 へ の 展 開 が 行 わ れてい
一 緒 に 参 加してくれ て、だ れも見 ていなかった 川 底を
ます。
一 緒 に 見 て、その 良 好さを 実 感 できたこと、岡 山 理 大
や 研 究 者などの 外 部 で 竹 枝 地 区 に 興 味を持ってくれ
たことは 次につながる成 果でした 。
4.生きものの里づくり
「 てっきり復 活 大 作 戦 2 0 0 6 」の 成 功 後 、予 定 通り3
2 0 0 8 ( 平 成 2 0 )年 、竹 枝 地 区 は 、
「 岡 山 市 身 近な
年 間 の 調 査 を 行 い 、2 0 0 7 ( 平 成 1 9 )年 は 参 加 者 約
生きもの の 里 」に 認 定されました 。これ は 、身 近な 生き
3 0 0 人でアカザ 1 1 7 0 匹 、確 認 魚 種 2 8 種 類 、2 0 0 8( 平
もの の 保 全 活 動を継 続 的 に 行う地 域を認 定し支 援 す
成 2 0 )年 は 、参 加 者 約 2 0 0 人 、アカザ 1 8 6 2 匹 、確 認 魚
る岡 山 市 の 制 度 で す。認 定を 記 念して、2 0 0 9 ( 平 成
種 2 7 種と環 境 指 標としていたアカザ の 確 認 数 が 倍々
2 1 )年2月1 5 日に、住 民 自 身 が 、ふるさとの自 然 の 魅
と増 加しました 。この 結 果 は 、川 に 関 心 を 持 ってもら
力を再 発 見し、その 価 値を見 直 すため 、
「 ふるさと再 発
い 、環 境 保 全 に つなげようという地 域 にとって心 強 い
見ツアー」が 実 施されました 。ツアー参 加 者 は 、地 区 の
結 果でした 。
親 子 約 4 0 人 、地 区 外 の 応 援 団 約 1 5 人 、スタッフや 話
な お 、2 0 0 8 年 の 調 査 終 了 後 、この 成 果 をまとめ 一
し手 約 2 0 人 でした 。竹 枝 小 学 校 区 のそれぞ れ の 地 区
区 切りとなる予 定 でした が 、2 0 0 9 ( 平 成 2 1 )年も、ア
の「 生きものの 里 お 薦めポイント」で 、その 地 区 の 人が
カザ 研 究をしている 岡 山 理 大 の OBの 依 頼 で4回 目
特 徴 的な生きもの や自然 、伝えたい 思 いをツアー参 加
の 調 査を 岡 山 理 科 大 学 の 主 催 で 実 施されました 。調
者 に 伝え、それ に 参 加 者 が 質 問して魅 力を確 認し、ツ
査 参 加 者 は 約 3 0 0 人 。参 加 者 の 2 / 5 の 約 1 3 0 人 が 岡
アーの 最 後に、一 枚 の 竹 枝 小 学 校 区 の 地 図に「 生きも
山 理 大 生 でした 。調 査 終 了 後 の ふりかえりで は 、岡 山
のの 里 」の 魅 力をまとめました 。
理 科 大 学 、地 域 、小 学 校 長それぞ れ が 、か い ぼり調 査
このツアーでまとめた 情 報をもとに、
「 身 近な 生きも
を通じての 地 域 へ の 思いを交 歓して終わりました 。
の の 里 」の 指 定を活 かした 地 域 づくりにつ いて、2009
この 成 果 は 、他 の 専 門 調 査も含 め 2 0 1 0 年3月に 調
年 度 は 具 体 的なイメージと目標を定 めました。計 画 で
査 報 告 書 にまとめられました 。また 、地 域 で は 引き続
は、① 竹 枝 小 学 校を「 生きものの里 」の情 報 発 信 拠 点と
き、か い ぼり調 査 で 築 か れ た 地 域 外 の 研 究 者との 関
して位 置 づ ける。② 旭 川を中 心 に、矢 淵 川 、農 業 用 水
第4回 旭 川かいぼり調 査( 2 0 0 9 年 )協 働 関 係 図
56
Ⅱ 事例調査報告
路 、学 校 田を結び 、裏 山を含めて竹 枝 小 学 校を「 生きも
しようという話でまとまりました 。
のの里 」のセンターにする。
ことなどが 示されました。
この 勉 強 会 の 後 、まとめた 内 容に基 づ いて「 生きも
ま ず 、竹 枝 小 学 校 の 情 報 拠 点 化 は 、情 報 の 蓄 積
の の 里 」づくりの 活 動 は 動き出しました 。1 1 月初 旬 に、
と学 習 ・展 示 の 充 実 が 目 標 で す。展 示 に つ い て は 、
まず 、水 路 から学 校 田 へ の 冬 期 通 水 が 始まりました 。
2 0 0 8 ( 平 成 2 0 )年 に 岡 山 理 科 大 学 学 芸 員 課 程 の 学
続 いて、矢 淵 川と旭 川 の 合 流 点 へ のワンド造 成 は 、竹
生たちがアカザ の 模 型などを作 成し、校 内 にミニ 博 物
枝を 思う会 が 、県 から河 川 法 第 2 0 条 に 基 づく承 認を
館を開 設しています。2 0 0 9 ( 平 成 2 1 )年 は 、ホタルの
得て、住 民が自ら重 機を使って河 川 維 持 工 事を行い2
模 型を作 製 するとともに、学 校 のホタル 学 習 へ の 協 力
月に 完 成しました 。か いぼり調 査で の3年 間 の 河 川 作
を行いました 。
業 の 実 績で 信 用を得ていることが 幸 いして、市 民 主 体
周 辺 の 生きものの 生 息 環 境は 、現 在 、河 川と田んぼ
の 河 川 整 備が 実 施できました 。
と水 路 の 分 断 や 、ヘイケボタル の 減 少など 問 題 があり
ます。そこで 、2 0 0 9 ( 平 成 2 1 )年 1 0 月3 1 日に、農 村ビ
5.地 域×学 校×生きもの
~これからに向けて~
オトープ の 専 門 家 ・和 歌 山 大 学 の 養 父 志 乃 夫 先 生を
招 いて開 催しました 。参 加 者 は 約 3 5 人 、地 区 および 小
学 校 の 関 係 者と、岡 山 理 大 の 教 員・学 生 、地 区 外 の 参
このように4年 間で 、地 域 の自然に親しみ 、生きもの
加 者が 半々でした 。
の 保 全 、復 元につなげる取り組 みは 、一 つ 一 つ 形を見
地域の人が取り戻したい自然環境のイメージは、学校
せ てきました 。そして、生きものを 通じた 取り組 み によ
の校章が表している6匹のホタル(すなわち、自分たちが
り、竹 枝 地 区 の 魅 力を発 信してきました 。
親しみ利用してきた生きもの)で学校の周囲が囲まれて
その 活 動 の お か げ で 、竹 枝 の 活 動 に 参 加していた
いる環 境です。前 述 の 通り今でも自然 豊かな地 域です
地 域 外 の 家 族が 、竹 枝 地 区に移りすむという明るい 話
が、地 域の人から見ると、昔に比べたら悪くなっており、
題 が ありました 。
「 自 然 の 中 で 子 育 てするなら竹 枝 が
6匹のうち3匹しか光っていない状態だそうです。 勉 強 会では 、
「 生きものの 里 づくり」についての 簡 単
な構 想 発 表 の 後 、学 校 周 辺 の 旭 川 、支 川 の 矢 淵 川 、た
め 池 、プール、水 路 、学 校 田などをみんなで 点 検し、地
域 の 思 いと専 門 家 の 視 点を重 ね 合 わ せて地 図 にまと
めました 。
結 果 、河 川と支 川 の 流 れ の 分 断に対しては 、① 合 流
点 に 池 (ワンド)
を つくり、冬 季 の
魚 のす みかにす
る。② 学 校 田 を
冬 水 田 ん ぼ にす
ることでヘイケボ
タル の 生 息 環 境
を つくる。③プ ー
ル に 産 卵 するア
カガ エ ル の 生 育
を 助 ける 方 策 を
考える。の3点を
すぐ に で も 実 施
一 番 」という魅 力を発 信して、子 育 てした い 家 族 の 定
住 促 進を進 めた い 地 域 にとって、願ってもないことで
す。
しかしながら、小 学 校 の 児 童 数 の 減 少 に 歯 止 め が
か か っているわ け で は ありませ ん 。
「 た けえだ 水 辺 の
楽 校 」や 「 旭 川 か いぼり調 査 」などの 取り組 みが 外 部
から 高く評 価され ても、現 時 点 で は 、それ が 必 ずしも
学 校 の 存 続 や 地 域 の 活 性 化 につながっていないとい
うことに 対 する危 機 感 、不 安 があります。活 動スタッフ
も年を取っていきます。草 刈りなどの 維 持 管 理 活 動 に
も外 部からの 応 援が 欲しいということで「 地 域 づくりサ
ポーター」の 募 集が 始まりました 。
竹 枝 地 区 の 中 で 、生きもの の 里 づくりは 、様々な 課
題 や 活 動 の 中 の 一 つ で す。私 は 、その 一 つ の 面 で 関
わっているだ け の 地 域 外 部 の 一 人 で す が 、竹 枝 小 学
校 や 竹 枝 の 魅 力 に 取り憑 か れ ています。岡 山 理 科 大
学 の 学 芸 員 課 程 の 教 員 をはじめ 、そのような 地 域 外
応 援 団 は 増 えています の で 、関 わりの 範 囲 を 単 なる
調 査 活 動 から教 育 、維 持 管 理 活 動 へと拡 大していくこ
とが 、地 域 からは 期 待され ていると思 います。地 域 の
改 善 計 画が 書き込まれた地 図
「ESD×生物多様性」プロジェクト2009報告書
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期 待 に 応えられる面もあります が 、地 域 外 の 人 、特 に
市 域 および 広 域 の 子どもたち、また 、地 域 づくりサポー
学 生にとって、応 援 するだけではない 双 方によい 関 係
ターとして関 わってくれる大 学 生 や 高 校 生などの 教 育
が 必 要です。大 学 や 学 生は 「 調 査 活 動 のフィールド提
に活か せる可 能 性があります。
供 」を受けて、
「 調 査 結 果 の 地 元 へ の 還 元 」がされると
私 たちは 、地 域 、学 校 、地 域 外 応 援 団それぞ れ 違う
Win− Winの 関 係でしょう。このような 関 係を生きも
立 場で 竹 枝 の 生きものの 里 づくりや 学 習に関 わること
のを通じてどれくらい 広げていけるでしょうか 。
になりました 。この 関 係をこれ からも活 かしながら、地
また 、学 校 に 関していえば 、旭 川 に 最も近く、里 山も
域 × 学 校 × 生きものをつなぐ活 動 が 成 果をあげ 、そこ
水 田も近 い 環 境 は 、竹 枝 の 子どもたちだ けでなく、市
から関 係を広げていくことが 、持 続 可 能な地 域 づくりに
域 全 体 の 子どもたちにとっても有 意 義 な 教 育 資 源 だ
つながっていくのではないかと考え、これからも活 動し
と思 います。竹 枝 で なけ れ ば 得られ な い 環 境 資 源 を
ていきたいと思います。
表 竹 枝を思う会・たけえだ水 辺の楽 校の実 践( 2 0 0 6 ~ 2 0 0 9 )
・竹 枝を思う会の結 成
・水 辺の楽 校など学 校と地 域の協 働 事 業 開 始
2006
・水 辺の楽 校が 岡 山 E S D 活 動 推 進 団 体に指 定される
・旭 川かいぼり調 査を提 案 、多 様な団 体の協 働により実 施
・かいぼり調 査の報 告 書を岡 山 市( 環 境 保 全 課 )が 発 行
・岡 山 市のホタル調 査に学 校と地 域が 協 働して取り組む
・水 辺の楽 校を中 心に、学 校 周 辺の自然や生き物の情 報を着 実に蓄 積
・
「いい川 、いい川づくり全 国 大 会( 東 京 )」で水 辺の楽 校の取り組みみを発 表 、入 選
2007
・第 2 回 旭 川かいぼり調 査を地 元 団 体として共 催 。新たな成 果を生む
・岡 山 E S D 活 動 発 表 交 流 会で事 例 発 表 、特 別 賞 、市 長 表 彰を受ける
・学 校 前の旭 川が 、文 科 省 、環 境 省 、国 交 省 連 携 事 業の「 子どもの水 辺 」に登 録
・活 動 報 告 書「 ふるさとを伝えたい!」を編 集 発 行 。地 区 全 戸 配 布 。
・水 辺の楽 校の活 動 、
「 竹 枝っ子 通 信 」の発 行を年 間を通じて継 続
・環 境 省のモニタリングサイト1 0 0 0 里 地 調 査を受 託(5年 間 継 続 )
・吉 田 地 区が 行う
「 農 地・水・環 境 保 全 対 策 」事 業(5年 間 継 続 )
と連 携
・昔の川 遊び 調 査を実 施 。川の文 化 祭 開 催
2008
・PTAの協力で土 師 方 川の水 辺 整 備
・岡 山 市の「 身 近な生き物の里 」の認 定
・第3回「 旭 川かいぼり調 査 」に協力
・岡 山 理 科 大 学の協力で小 学 校に「ミニ博 物 館 」開 設 。
・
「 身 近な生きものの里 」認 定 記 念イベント「 ふるさと再 発 見ツアー」実 施
・活 動 報 告 書「 ふるさとを伝えたい!2 0 0 8 」を編 集 発 行 。地 区 全 戸 配 布 。 ・水 辺の楽 校の活 動 、
「 竹 枝っ子 通 信 」の発 行を年 間を通じて継 続
・生きものの里づくりに向けたワークショップ 開 催 。 2009
・第4回「 旭 川かいぼり調 査 」に協力。
・生きものの里づくりの実 践 開 始 。岡 山 県の承 認を得て矢 淵 川 河 口 部のビオトープ 造 成を地 域で施 工
・
「 山 陽 新 聞 桃 太 郎 賞 」を竹 枝 小 学 校 受 賞
注 竹 枝を思う会・たけえだ水 辺の楽 校「 ふるさとを伝えたい!2 0 0 9 年 度 報 告 書 」を筆 者が 修 正
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Ⅱ 事例調査報告
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