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肝細胞癌と副腎皮質腺癌を同時に手術した犬の 1例
肝 細 胞 癌 と 副 腎 皮 質 腺 癌 を 同 時 に 手 術 し た 犬 の 1例 ○松本英,小出和欣,小出由紀子,矢部摩耶 表1 初診時血液一般検査所見 表2 初診時血液化学検査所見 表3 手術前の血液化学検査所見(43病日) (小 出 動 物 病 院 ・ 岡 山 県 ) 犬の全腫瘍のうち原発性肝腫瘍の発生率は0.6-1.5%で,そのうち50%が肝細胞癌である。また副腎腫 瘍の発生率は1.5%であり,肝細胞癌と副腎腫瘍はいずれも比較的稀な腫瘍である。今回,肝細胞癌と副 腎皮質腺癌が同時に認められた犬に遭遇し治療する機会を得たので,その概要を報告する。 【 症 例 】 シェットランド・シープドッグ,避妊雌,14歳齢。歯周病のため歯石除去を希望して当院に来院した。 ◎初診時臨床検査所見 体重3.5kg(BCS:3/5),体温37.9℃。歯石の多量の付着を認めた。またLevineⅢ/Ⅵの心雑音を聴取した。 CBCではMCH,血小板数の軽度上昇を認めた(表1)。凝固系検査ではHPTの軽度延長を認めた(表1)。血液 化学検査ではAST,ALT,ALP,GGT,TCho,TG,Lipase,BUNの軽度から中等度の上昇,Albの軽度低下を 認めた(表2)。 肝酵素の高値が認められたため,腹部超音波検査を行ったところ,肝臓内にモザイクパターンを示す腫 瘤(4.75×3.87cm)を確認した(図1)。その為,追加検査として血清AFP・内因性ACTH測定とACTH負荷試 験の実施,歯石除去の際にCT検査と肝生検を行う事を提案し,飼い主の同意が得られたためにこれを実 施した。その結果血清AFPは2876ng/ml(正常値<70)と高値を示し,コルチゾールはACTH負荷前(4.62μg /dL)は正常範囲内だったが,負荷後1時間で21.16μg/dlと高値を示した。CT検査では肝内側左葉の腫瘤 (約4×3cm)(図2,3)と左副腎の腫大(3.14×1.47cm),大動脈腰リンパ節の腫大(約1.3×0.5cm)(図4)を確 認した。肝生検は後日の病理組織学的検査で巣状壊死,炎症,空胞状変性と診断されたが,腺腫や腺癌 を完全には否定できないとされた。 図1 初診時腹部超音波検査所見 ◎治療および経過 以上の検査結果より,肝内側左葉の腫瘍と左側副腎の腫瘍が疑われた。左側副腎は外科的摘出を第1 選択とし,肝腫瘤については病理組織学的検査の結果より手術適応かを決定することとした。検査後,第3 病日に一旦退院とし,初期治療として抗生物質,トリロスタン,ウルソデオキシコール酸,メトロニダゾール, メシル酸カモスタット,ACE阻害薬およびH2ブロッカーによる内科的治療を開始した。しかし第12病日に元 気消失,食欲不振,嘔吐を主訴に再来院した。血液検査により膵炎所見が認められたため(Lipase1328U/ L),入院下にて対症療法にて治療した。一般状態が安定したため,第17病日に退院としたが,退院後も膵 炎の再発や食欲の不定が認められた。その後もALT,ALPさらにAFPの持続的な上昇が認められたため, 第43病日に肝内側左葉の切除および左側副腎の摘出を実施した。 手術は胸腹部正中切開による開腹アプローチとした。開腹下では肝内側左葉の腫瘤(図5),左側副腎の 腫大(図6),大動脈腰リンパ節の腫大を確認した。肝内側左葉の完全肝葉切除,左側副腎およびリンパ節 の摘出を行った後,常法にて閉腹した。病理組織学的検査では肝内側左葉は肝細胞癌(図7),左側副腎 は副腎皮質腺癌(図8)と診断された。リンパ節内への転移所見は認められなかった。 術後は静脈内持続点滴,抗生物質,肝庇護剤,H2ブロッカー,水溶性複合ビタミンの静脈内投与,ACE 阻害薬の経口投与に加え,術直後から12時間毎にプレドニゾロンの皮下注射(0.5~1.0mg/kg)を行った。 一般状態良好は良好に推移し,術後11日に抗生物質,メトロニダゾール,ACE阻害薬およびウルソデオキ シコール酸を処方し退院とした。術前に高値を示した肝酵素,AFPは術後漸減し,AFPは術後32日には正 常値を示した。現在術後4カ月が経過し,僧帽弁閉鎖不全症の進行と軽度の慢性腎不全が認められており 対症療法を継続中であるが,腫瘍の再発や転移は認められず,一般状態もほぼ良好である 。 図2 腹部造影3D-CT検査所見 肝臓腫瘤(矢印) 図3 腹部造影3D-CT検査所見 肝臓腫瘤(矢印) 図4 腹部造影3D-CT検査所見 副腎腫瘍(矢頭)とリンパ節(矢印) 【考 察】 本症例は肝細胞癌と副腎皮質腺癌という比較的稀な腫瘍が同時に発生した。過去の報告では,肝細胞 癌の犬の約20%で他の良性腫瘍や内分泌腫瘍を併発するとされている。特に肝細胞癌と副腎皮質腺癌は どちらも多飲多尿やALPの著高といった共通した症状や検査所見を示すために,高齢の症例では場合は 併発疾患の見逃しがないよう注意が必要だと思われた。また,術前に高値を示していた血清AFPは術後漸 減し,術後32日では正常値を示した。AFPは肝細胞癌の犬の70%で上昇が見られ,治療効果や再発の指 標になるとされている。本症例でも継続してモニターすることで再発の指標となると思われた。なお,本症例 では術前と術後の病理診断の結果に相違が見られた。犬の肝臓腫瘍におけるコア針生検の組織学的検 査の診断率は90%といわれており,結果の評価は慎重に行う必要があると思われた。 図5 手術時所見(肝臓腫瘤) 図6 手術時所見(副腎腫瘍) 図7 摘出した 肝内側左葉(割面) 図8 摘出した左側副腎 (割面)とリンパ節