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6. おーい でてこーい
6. おーい でてこーい ∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼ やしろ 1.「村の小さな 社 」を見たことがありますか。 れんそう このことばから何を連想する(associate)か、話し合いましょう。 あな 2.「深い、暗い穴」についての連想も話し合いましょう。 3.もし、深い、暗い穴があったら、あなたはどうするでしょうか。 す 4.もし、その穴に何を捨ててもいいと言われたら、何を捨てますか。 ∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼ たいふう さ あおぞら 台風が去って、すばらしい青空になった。 とか い ひが い 都会からあまりはなれていないある村でも、被害があった。村はずれの山に近い所にあ やしろ なが る小さな 社 が、がけくずれで流されたのだ。 むらびと 朝になってそれを知った村人たちは、 「あの社は、いつからあったのだろう」 「なにしろ、ずいぶん昔からあったらしいね」 た 「さっそく建てなおさなくては、ならないな」 と言いかわしながら、何人かがやってきた。 「ひどくやられたものだ」 「このへんだったかな」 「いや、もう少しあっちだったようだ」 その時、一人が声を高めた。 あな 「おい、この穴は、いったいなんだい」 あつま ちょっけい こ みんなが 集 ってきたところには、直 径 一メートルぐらいの穴があった。のぞき込んでみ ちきゅう ちゅうしん ぬ たが、なかは暗くてなにも見えない。なにか、地球の中 心 までつき抜けているように深い 感じがした。 「キツネの穴かな」 もの そんなことを言った者もあった。 「おーい、でてこーい」 わかもの さけ そこ はんきょう 若者は穴にむかって叫んでみたが、底からはなんの反 響 もなかった。彼はつぎに、そば いし ひろ な の石ころを拾って投げこもうとした。 あた 「ばちが当るかもしれないから、やめとけよ」 ろうじん いきお と老人がとめたが、彼は 勢 いよく石を投げこんだ。だが、底からはやはり反響がなかっ なわ さく かこ た。村人たちは、木を切って縄でむすんで柵をつくり、穴のまわりを囲った。そして、ひ とまず村にひきあげた。 「どうしたもんだろう」 「穴の上に、もとのように社を建てようじゃないか」 そうだん しんぶんしゃ 相談がきまらないまま、一日たった。早くも聞きつたえて、新聞社の自動車がかけつけ がくしゃ た。まもなく、学者がやってきた。そして、おれにわからないことはない、といった顔つ きで穴の方にむかった。 ず あら り け ん や つづいて、もの好きなやじうまたちが現われ、目のきょろきょろした利権屋みたいなも ちゅうざいしょ じゅんさ のも、ちらほらみうけられた。駐 在 所 の巡査は、穴に落ちる者があるといけないので、つ ばん きっきりで番をした。 きし ゃ さき さが 新聞記者の一人は、長いひもの先におもりをつけて穴にたらした。ひもは、いくらでも下 もど っていった。しかし、ひもがつきたので戻そうとしたが、あがらなかった。二、三人が手 む り ひ 伝って無理に引っぱったら、ひもは穴のふちでちぎれた。 しゃしんき かた て こし じょうぶ つな だま 写真機を片手にそれを見ていた記者の一人は、腰にまきつけていた丈夫な綱を、黙って ほどいた。 けんきゅうじょ れんらく こうせいのう かくせいき しら 学者は研 究 所 に連絡して、高性能の拡声器を持ってこさせた。底からの反響を調べよう としたのだ。音をいろいろ変えてみたが、反響はなかった。学者は首をかしげたが、みん なが見ているので、やめるわけにいかない。 おんりょう さいだい な 拡声器を穴にぴったりつけ、音 量 を最大にして、長いあいだ鳴らしつづけた。地上なら、 たっ へいぜん 何十キロと遠くまで達する音だ。だが、穴は平然と音をのみこんだ。 ないしん くちょう 学者も内心は弱ったが、落ち着いたそぶりで音をとめ、もっともらしい口調で言った。 う 「埋めてしまいなさい」 ぶな ん わからないことは、なくしてしまうのが無難だった。 見物人たちは、なんだこれでおしまいかといった顔つきで、引きあげようとした。その ひとがき 時、人垣をかきわけて前に出た利権屋の一人が、申し出た。 「その穴を、わたしにください。埋めてあげます」 村長はそれに答えた。 「埋めていただくのはありがたいが、穴をあげるわけにはいかない。そこに社を建てなく てはならないんだから」 りっ ぱ しゅうかいじょう 「社なら、あとでわたしがもっと立派なのを、建ててあげます。集 会 場 つきにしましょう か」 村長が答えるさきに、村の者たちが、 「本当かい。それならもっと村の近くがいい」 「穴のひとつぐらい、あげますよ」 さけ い ぎ と口々に叫んだので、きまってしまった。もっとも、村長だって、異議はなかった。 やくそく その利権屋の約束は、でたらめではなかった。小さいけれど集会場つきの社を、もっと 村の近くに建ててくれた。 まつ せつりつ あな う 新しい社で秋祭りの行われたころ、利権屋の設立した穴埋め会社も、穴のそばの小屋で かんばん 小さな看板をかかげた。 なか ま とか い もう うんどう 利権屋は、仲間を都会で猛運動させた。すばらしく深い穴がありますよ。学者たちも、 げ ん し ろ す ぜっこう 少なくとも五千メートルはあると言っています。原子炉のカスなんか捨てるのに、絶好で しょう。 かんちょう きょ か あた げんしりょく はつでん がいしゃ あらそ けいやく 官 庁 は、許可を与えた。原子力発電会社は、 争 って契約した。村人たちはちょっと心配 ぜったい ちじょう がい せつめい りえ き はいぶん したが、数千年は絶対に地上に害は出ないと説明され、また、利益の配分をもらうことで、 どう ろ なっとくした。しかも、まもなく都会から村まで、立派な道路が作られたのだ。 なまり はこ はこ げ ん し ろ トラックは道路を走り、 鉛 の箱を運んできた。穴の上でふたはあけられ、原子炉のカス は穴の中に落ちていった。 がいむしょう ぼうえいちょう ふよ う き み つ しょるい かんとく やくにん 外務省や防 衛 庁 から、不要になった機密書類を捨てにきた。監督についてきた役人たち さぎょういん し じ したが は、ゴルフのことを話しあっていた。作業員たちは、指示に 従 って書類を投げこみながら、 パチンコの話をしていた。 しめ 穴は、いっぱいになるけはいを示さなかった。よっぽど深いのか、それとも、底の方で じぎょう かくちょう ひろがっているのかもしれないと思われた。穴埋め会社は、少しずつ事業を拡 張 した。 でんせんびょう じっけん した い ふろうしゃ 大学で伝 染 病 の実験に使われた動物の死体も運ばれてきたし、引き取り手のない浮浪者 とか い おぶ つ みちび の死体もくわわった。海に捨てるよりいいと、都会の汚物を長いパイプで穴まで 導 く計画 も立った。 じゅうみん あんしんかん せいさん ねっしん 穴は都会の 住 民 たちに、安心感を与えた。つぎつぎと生産することばかりに熱心で、あ としまつに頭を使うのは、だれもがいやがっていたのだ。この問題も、穴によって、少し かいけつ ずつ解決していくだろうと思われた。 こんやく こいびと 婚約のきまった女の子は、古い日記を穴に捨てた。かつての恋人ととった写真を穴に捨 れんあい けいさつ おうしゅう こうみょう さつ てて、新しい恋愛をはじめる人もいた。警察は、押 収 した巧 妙 なにせ札を穴でしまつして はんざいしゃ しょうこ ぶっけん 安心した。犯罪者たちは証拠物件を穴に投げ込んでほっとした。 ひ う よご あら 穴は、捨てたいものは、なんでも引き受けてくれた。穴は、都会の汚れを洗い流してく いぜ ん す れ、海や空が以前にくらべて、いくらか澄んできたように見えた。 その空をめざして、新しいビルが、つぎつぎと作られていった。 けんちくちゅう てっこつ ある日、建 築 中 のビルの高い鉄骨の上でひと仕事を終えた作業員が、ひと休みしていた。 彼は頭の上で、「おーい、でてこーい」と叫ぶ声を聞いた。しかし、見上げた空には、なに もなかった。青空がひろがっているだけだった。彼は、気のせいかな、と思った。そして、 しせ い ほうがく もとの姿勢にもどった時、声のした方角から、小さな石ころが彼をかすめて落ちていった。 なが しかし彼は、ますます美しくなってゆく都会のスカイラインをぼんやり眺めていたので、 それには気がつかなかった。 ほし しんいち (星新一著「ボッコちゃん」新潮文庫より)