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伝統文化を支える技術

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伝統文化を支える技術
伝統文化を支える技術
上野 洋
和裁士という職種を知っているだろうか?いわゆ
貨店や呉服屋に行けば,身長,裄,腰回りを測って
る和服の仕立屋である。私は創業100余年を経た仕立
もらえば着物が出来上がってしまう。しかし,実は
屋の4代目として生まれた。お客様から預かった反
同じ裄であっても,ふくよかな体型の方と,細身の
物を手縫いで着物の形にして納める。そんな仕事で
体型の方の身丈(身長に依存する)や裄はあえて測っ
ある。現在,日本では技術を持った手仕事に従事す
た寸法を加減してお仕立てしたほうが着やすいし,
る人が急激に減少している。大工,鳶,畳製作など
着姿がいいことがほとんどである。それは和裁士(仕
以前であれば腕一本あれば普通のサラリーマンより
立屋)
しかわからない付加価値として提供できる。そ
もいい賃金を得られ安定した生活ができていた。そ
のことを理解している消費者は,百貨店や呉服屋で
のために,修行と呼ばれるような環境で一所懸命技
購入した品物をあえて和裁士に直接持ち込んで仕立
術を磨いた。このような仕事は技術とスピード が大
てを依頼するようになっている。
事で,この両輪が備わってこそ本当の技術者となる。
伝統技術は消費者の声を直接聞くことによって初
ところが賃金に関しては機械化の進行や海外労働力
めてその技術が継承される価値が出てくると思う。
との競争で加工単価が低下。われわれの職種に関し
しかし決して消費者第一というわけではない。きち
ては,ミシン縫製や海外縫製に圧迫されている。ま
んとした知識を持たない消費者のクレームに対して,
た,修行と呼ばれるような厳しい環境に身をおいて
先ほどのような,年月に裏付けられた理由を話すと,
努力する人も減少。そして丁寧にとかコツコツとい
ほとんどが理解してくれるはずである。そこに手仕
う名目で我武者羅にスピード を追いかけることもな
事のこだわりが見えると,クレームが逆に付加価値
く,必然的にこのような仕事に就く人が少なくなっ
に変わっていく。そして単なる技術だけでなく,技
てしまっている。
術の裏付けとなる理屈,理論を理解して初めてそれ
しかしこのような仕事は,今話題の新歌舞伎座を
を進化させる土壌が出来上がると思う。その理屈,
思ってみても,日本の伝統文化の担い手であり,決
理論で説明できないクレームや,自分のこだわりが
してなくなってはならない仕事である。そのために
あった時,その伝統が少しずつ変化して,消費者に
はどのような取り組みをすれば良いのだろうか?努
わからないようなゆっくりとした時間をかけて少し
力をしたことによって以前のような恵まれた業態に
ずつ変わっていくことが進化で,進化することによ
はならないとは思うが,各職種でその手仕事に対す
り時代に認知されていくことでこのような仕事が必
る付加価値を大きく消費者に認知してもらう努力が
要とされ続ける。消費者の理屈だけで急激に変わっ
必要だと思う。われわれの職種であれば,着物は百
てしまうと伝統技術そのものが壊れてしまうと思う。
ウエノ ヒロシ
1964年 東京都生まれ 創業100年を迎えた和裁業を営む4代目 「着物の価値は仕立てで決まる」「反物の販売はしない」というコンセプトを持つ
「お仕立て処うえの」の店主,新しい品物はもちろん,昔の着物の洗い張り,染め替え後の仕立て直し,帯の仕立てなどを手掛けている。現在はNHK
ド ラマの和裁指導なども行っている。早稲田大学理工学部卒業,労働省技能検定1級を持つ和裁士。第36回全国和裁技術コンクール金賞。全国技能士会
マイスター (社)日本和裁士会 東京支部副支部長 東京都和裁技能士会専務理事
KGK ジャーナル Vol.48-2 1
[特集]
伝統を継承し
発展させる
木
直
伝
統
を
継
承
し
発
展
さ
せ
る
タカギ ナオ
1948年大阪市生まれ。
山形大学地域教育文化学部教授
(兼任)
山形県男女共同参画センター館長
主な著書:
「小学校家庭科の指導」建帛社(共著)
,
「中学校高等学校
家庭科の指導」建帛社
(共著)
,「生活をつくる家庭科第1
巻」ド メス出版
(共著)
など。
2 KGK ジャーナル Vol.48-2
はじめに
伝統とは,ある集団・社会・民族の中で,長
い歴史を通して有形・無形の遺産として受け
継がれてきた思想・技術・風習・しきたりな
どのさまざまな事柄である。伝統芸能や伝統
行事,伝統工芸といったことばをよく耳にす
るが,いずれも長い歴史の中で技術や技能が
高められ,大切に受け継がれてきたものであ
り,今後も継承していくことが望まれる。
家庭科で伝統を大切にするといった場合,
主に生活上の伝統文化がその対象となる。そ
れらは単に“受け継ぐ”にとどまるのではな
く,いくつか考えておきたいことがある。
1.近代化の中の伝統文化
私達が営んでいる生活を他の地域や外国の
それと比較すると,わが地域やわが国の特徴
が浮かび上がり,伝統として受け継いできた
ものが見えてくる。日本の衣食住でいえば,行
事食や郷土料理,和服の着用や畳・床の間な
どに伝統文化を見ることができる。しかし,そ
れらは近代化に伴って急速に姿を消しつつあ
り,代わって,効率よく大量生産でき,安価で
地域色の薄いものが出回るようになり,簡便
な生活を営むようになってきた。
このような変化を見ると,私達の生活は便
利さや快適さを求める方向で変化し続けてき
たことがわかる。そして,それと引き替えに失
ったものも大きい。2年前に起こった東日本大
震災での原発事故で,私達がいかに大量の電
気を消費する生活をしているのかを思い知ら
されたし,これまでにも企業が提供する食品
の安全性の問題や建物の耐震偽装問題や建材
に使われる化学物質の安全性など,ひとたび
起こると生命や生活を脅かす深刻な問題が生
じるようになった。消費者の立場を考えたモ
ノやサービスの提供を求めていかなければ,
消費者は,企業側が提供するものの中から,せ
いぜい少しでもましなものを選択するしかな
い状況になってきている。
また,地域で代々伝承されてきた文化には
その土地ならではの,あるいはその人達なら
ではの洗練された技や知恵が詰まっているが
それらも消えつつある。
2.伝統文化と生活文化
ところで伝統文化と生活文化はどう違うの
だろうか。石川1)
は,
「生活文化はあくまでも
個々人が「自らの生命の持続を支えるための
活動」
のなかから生みだしたものであり,それ
が集団的に支持され,世代的に継承されたも
の」
と説明している。生活文化も伝統文化も世
代的に継承されるという点で共通点があるが,
伝統文化が“伝承”に力点があるのに対して,
生活文化はよりよい生活を営むために必要で
価値あるものとして集団的(地域の人々や国
民)
に支持されるという点に特徴があり,伝統
文化を包摂し つつも,その時代に応じ て進
化・発展がありうるものである。
3.伝統に裏打ちされた生活文化を学ぶ意義
家庭科では,人々の暮らしを支えているも
のを理解し,今後,自分が生活を担っていくた
めに,受け継がれてきた伝統の本質を見極め,
生活文化の担い手となるための学習が大切と
なる。
このように考えると,小学校の調理実習で
味噌汁を作る場合に,煮干しを用いる意義が
見えてくる。最近,どんな料理にも即席のだし
の素を使ったり,だし入り味噌で味噌汁を作
ったりする家庭が増えてきているが,学校で
煮干しや削り節を扱うことは日本人の伝統的
な食文化(生活文化)に触れることであり,調
理の基礎を学ぶことになる。日本では食材や
料理によってだしの種類を変え,味や香りを
大切にしてきた。だしとなる材料も地域によ
って特徴が見られ,それぞれの地域で採れる
食材を生かし工夫してきたことが,その土地
固有の豊かな食文化を形成してきたことに繋
がっている。単に生活技能として味噌汁の調
理ができることにとどまるものではない。
きな粉作りも意義深い。大豆を煎り,石臼で
製粉する。石臼を回せば,いかに労力や時間が
かかるか,回し方や材料の入れ方にもコツが
要る。歴史を調べれば,大昔の交流などできな
かった時代でも,世界のあちこちで同じよう
な石臼が作られてきたことがわかる。人類共
通の生活文化との出会いである。
衣生活では,中学校で「和服の着装」を取り
上げている実践を目にすることがあるが,浴
衣を着てみるだけでなく,制限される動作と
ジェンダーの問題,貴族階級と庶民の衣服の
違い,立体構成と平面構成の特徴,なぜ日常着
として着なくなったのかなど,様々な視点か
ら探求することができる。私の暮らす東北地
方には刺し子という衣生活文化が受け継がれ
ているが,貴族階級の贅を尽くした染織とは
対極の,粗末な素材を大切にし,いとおしむ中
に,工夫と美的センスを結集させた伝統文化
である。奢侈禁止令によって綿織物が使えず,
目の粗い麻布に貴重な綿糸を差し込んでいっ
た青森県のコギン刺し。北前船によって関西
地方から持ち込まれた古手木綿の補修の過程
で生まれた山形県や福島県会津地方の刺し子。
薄暗い囲炉裏端で夜なべ仕事として家族の衣
服を製作しなければならなかった時代の過酷
な労働や文様の中に家族の健康や豊作を願う
気持ちを込めた当時の人々の想いに心を傾け
ることも意義あることである。
おわりに
家庭科で“実践的・体験的に学ぶ”というこ
とは,物事の本質や原理を五感を通して理解
するとともに,自然科学的,社会科学的な認識
を深めることでもある。しかし,そのような学
びにするためには家庭科のカリキュラムをど
う組むのかということであり,教師の家庭科
観が問われることにもなる。
2006年に教育基本法が改正され,
「伝統と文
化を尊重し,それらを育んできた我が国と郷
土を愛する」
ことが盛り込まれた。それを受け
ての学習指導要領の改訂であったわけである
が,初めから伝統文化ありきとするのではな
く,“主体的な生活者を育てる”ために意味あ
る学習内容としての教材でなければならない。
子ども達が伝統を大切にしつつも生活文化を
維持発展させることができるように,学ぶに
値する技や知恵,精神などが有効に機能する
教材を吟味し用意したいものである。
【参考文献】
1)石川実「生活文化を学ぶ人のために」世界思想社,
p.10,2003
KGK ジャーナル Vol.48-2 3
[特集]
伝統を継承し
発展させる
井
手
和
憲
ガ
イ
技ダ
術ン
ス
者の
か指
ら導
学と
ぶ
伝
統
文
化
イデ カズノリ
市町村立中学校教諭を経て,平成12年4月から佐賀県教
育庁学校教育課指導主事,平成17年4月から同生徒指導
担当係長,平成19年4月伊万里市立伊万里中学校教頭,平
成21年4月唐津市立切木中学校校長,平成23年4月唐津
市立呼子中学校校長,平成25年4月から佐賀県健康福祉
本部母子健康福祉課参事。平成18年4月から佐賀大学文
化教育学部附属中学校研究協力者,平成22年4月から佐
賀県中学校教育研究会技術・家庭科 部会副会長。
4 KGK ジャーナル Vol.48-2
1.ガイダンスの位置づけと指導
考え,その変化の様子から技術が果たしてい
幕末から近代の日本において科学技術の導
学習指導要領の改訂により,中学校技術・
る役割に関心をもたせたいと思います。
入を支えていた久重の作品には,授業で取り
家庭科に「ガイダンス」が設定されました。
扱い,日本の伝統技術や文化として生徒たち
ガイダンスは,内容A「材料と加工に関する技
2.伝統文化の継承
に知らせていただきたいものがあり,その作
術」の指導項目「(1)
生活や産業の中で利用さ
技術の発達について述べる時,生涯に約
品をご紹介します。
れている技術」
に位置づけられ,中学校入学後,
1,300もの発明を行ったと言われているアメリ
①弓曳童子
最初に取扱い学習させることとしています。
カの発明家であり起業家であるト ーマス・ア
江戸時代末期に製作された「弓曳童子」は,
技術分野にあっては,生徒たちが中学校に入
学して,初めて学習する内容であることから,
ルバ・エジソン(Thomas Alva Edison 1847
からくり人形の最高傑作と言われています。
年∼1931年)
が頭の中に浮かんできます。エジ
ねじを巻くと人形が右手で矢を取り,その矢
技 術に関する学習の意義等を明確にするとと
ソンの数々の発明の中でも,1877年に製作さ
を弓につがえ,的に向かって放つという動作
もに,中学校3年間の学習の見通しを立て体
れた蓄音機(ラッパ状のホーンの先端に針が
を行います。一度のねじ巻きで連続して4本
系的に学習を進められるよう設定されていま
ついた振動板を置き,円筒状のシリンダーに
の矢を射り,そのうちの1回はわざと的を外
す。
接触させ,ラッパに声を吹き込みながらシリ
すように設計されています。矢が当たった時
では,この「ガイダンス」についてどのよう
ンダーを回転させることにより,シリンダー
と外れた時で首の動きを変えて気持ちを表現
に考え,指導していけばよいのでしょうか。教
の表面が音声の振動に合わせて削られ,視覚
するなど,見る人を喜ばせるための工夫が見
育基本法には,教育目標の一つに「伝統と文
的にその軌跡を音声信号波形として認識でき
られます。
化」
の尊重があげられています。また,改訂の
るようにしたもの)
,また1879年に完成した白
②無尽燈
すす
ねらいの一つに,日本の産業の特徴であるも
熱電球(木綿糸に煤とタールを混ぜ合わせ,炭
江戸時代末期から明治時代初期にかけて製
のづくりを支える能力を一層高め,
ものづくり
化させてフィラメント の材質として電球に用
作された,空気圧を利用した照明器具です。タ
を通して技術と社会などのかかわりについて
いたもの,さらに電球の寿命を延ばすために
ンク内の菜種油が空気圧によって自動的に灯
理解を深めるとともに,よりよい生活の実現
京都の竹を使用したこと)
などは有名です。
芯にのぼっていく仕組みで,一度加圧して点
を目指して,技術を適切に評価し活用できる
同じように,日本においても江戸時代の末
灯すると3∼4時間は連続して燃え続けたと
能力と実践的な態度を育成する目標や内容に
期,幕府や雄藩をはじめとして行われた西洋
言われています。オランダ製の「リクトパルレ
改善されています。このようなことを踏まえ
科学技術の導入の試みは,その後の日本の近
ン(風砲)」という空気銃にヒント を得てつく
て,ガイダンスでは日本のすばらしい伝統技
代化に大きな影響を与え,日本の各地で試行
られたとされています。
術や文化にふれ,技術者たちが考え出した知
錯誤を繰り返しながらさまざまなものが開発
③ねじ切りゲージ
恵と工夫を知り,技術の醍醐味を味わわせる
されました。
江戸時代末期から明治時代にかけて製作さ
ことにより生徒の興味・関心を引き出すこと
開隆堂の技術分野の教科書の5ページには,
れ,久重の弟子の倉重卯平の家に伝来したと
た なかひさしげ
が,それらを継承・発展させることにつなげ
「今も生きる先人の技術」
として,田中久重の
いうねじ切りの装置です。久重が考案した機
ていく良い機会になるととらえています。
作品が取り上げられています。福岡県久留米
械を卯平が複製したと言われています。この
特に,ものづくりの技術が日本の伝統や文
市に生まれた 田中 久重(1799年∼1881年)は,
装置を使えば,ゲージと同じ間隔のねじ山を
化を支えてきたことについて考えさせるため
幕末から明治にかけて活躍した「からくり儀
刻むことができ,規格のそろった互換性の高
に,伝統的な製品や建物などに見られる緻密
右衛門」と呼ばれた発明家であり技術者でも
いねじをつくることができるようになりまし
な加工や仕上げの技術など,生活や産業にか
あります。若い頃からからくり人形や無尽燈
た。
かわる技術を取り上げ,これらが人々の生活
などの発明家とし て世に知られ,嘉永4年
中学校で初めて技術分野を履修する生徒た
を向上させるとともに,日本の産業の継承と
(1851年)に和時計の最高傑作である「万年自
ちには,このような技術者たちによってつく
発展に大きく貢 献してきたことに気づかせて
鳴鐘(万年時計)」
を製作しています。そのから
りあげられたすばらしい作品の探求と,技術
いきたいと考えます。
くりについては,教科書に述べてあるとおり
者たちの功績をたどり,産業を変化させ歴史
さらに,そこから技術の発達が人間が行う
です。久重の発想の背景には,天文学や易学を
的発展を遂げていった過程など,日本のすば
の
作業の軽減や機械による作業量の向上,能率
修め,蘭学塾にも入門するなど,科学的な知識
らしい伝統技術の醍醐味を味わわせたいとこ
や生産性,自動化の実現とともに,生活や産業
を積極的に取り入れていることもあったと言
ろです。
などへの変化をもたらしてきたことについて
われています。
KGK ジャーナル Vol.48-2 5
小家の実践
小家の実践
的に調べていく。また,鳥取市の学校給食では,
「家族が喜ぶ“わったいなこんだて”を立てよう」
(第6学年)
地域食材を生かした献立が毎日のように工夫され
∼地域食材のよさを生かして∼
で,
実際に献立を立てている学校栄養士(中学校区
<ワークシート例>
ており,児童もそのことはよく知っている。そこ
学校給食センター所属)に地域食材を生かしたメ
鳥取市小学校家庭科研究会
ニューや調理方法の指導を依頼し,自分の立てた
献立のどこにそれが生かせるか具体的なアド バイ
1.はじめに
養バランスや食品の組み合わせを考えながら自分
食べるという営みが適切に行われないと,人と
なりに工夫することができる。
4.本時展開と指導の実際(5時間目)
(生活を創意工夫する能力)
しての健全な成長や発達は保障されない。また食
スをもらえるような活動を設定した。
(1)本時目標
べることは,もっとも安全で安心できるものでな
○これまでの学習を生かして,安全や衛生に気を
栄養バランスや食品の組み合わせを考えて,1
ければならない。ところが,今,食に対する安全
付けて家族のために食事を調理することができ,
食分の献立を工夫することができる。
や安心が保障されず社会問題になったり,子ども
食材を準備するための情報を整理することができ
の生活習慣病が話題になったりする極めて深刻な
る。
事態を迎えている。家庭科において,日常とって
○食事の役割の大切さ,1食分の献立の立て方・
いる食事を改めて見つめ直し,食事の役割,食品,
計画の立て方・調理の仕方・食材の選び方・買い
栄養,調理などの基礎的事項を関連付けて学習す
方を理解することができる。
(家庭生活についての知識・理解)
ることは,生涯にわたって健康で安全な食生活を
送るための基礎となる力となり,日常生活の中で
3.題材の指導内容と概要
主体的に活用できるようになることにつながる。
〈題材の指導計画(12時間)〉
鳥取県では,平成19年より『食のみやこ鳥取県』
○家族が喜ぶ「わったいなこんだて」を立てよう。
をかかげ,恵まれた自然環境のもとに生み出され
(5時間)
た数々の素晴らしい地域の食資源を見つめ直し,
・家族に喜んでもらうための食事作りの学習計画
県産食材の「地産地消」を進めている。一年を通
を立てよう。
してさまざまな食材に恵まれており,それらを使
・献立の立て方を知り,「旬」や「地産地消」を
った伝統的な加工品も豊富である。
意識した地域食材や加工品について調べよう。
「わったいな」とは,鳥取県東部地方の方言で,
・家族の嗜好や健康を考え,1食分の献立を立て
感動や驚きの「おお,すごい。」を意味する。本題
よう。
材は,家族のために,栄養価の高い地域の「旬」
・栄養バランスを確かめよう。
の食材を使った献立を考え,実際に自分で作り,
・みんなで話し合い「わったいなこんだて」を完
家族に「わったいな!!」と言って喜んでもらお
成させよう。̶̶̶̶̶̶
うという相手意識と目的意識を明確にした活動の
○身近な食品でおかずをつくろう(6時間)
ゴールを設定して取り組んだ。そうすることによ
○家族と楽しく食事をしよう(1時間)
り,児童一人一人がよりよい食生活について主体
〈地域食材を生かすための指導の工夫〉
的に考え,実践できるようになるとともに,食を
地域食材に注目させるために,まず「旬」を意
通して,家族・地域を大切に思う心情を育むこと
識させる。「旬」の野菜と「旬」ではない野菜との
もできると考え,実践した。
栄養価の違いをグラフなどの資料から確かめさせ,
2.題材目標
「旬」の食材を取り入れたいという気持ちを高め
○自分の食生活を振り返り,食材の選び方に関心
られるようにする。「旬」の食材が身近な地域にあ
をもち,栄養のバランスを考えた家族に喜ばれ
れば,より新鮮な状態で入手できることに気付か
る1食分の献立を立てようとすることができる。
せ,どの時季にどんな食材があり,現在どこで手
(家庭生活への関心・意欲・態度)
○家族の嗜好や健康を考えた1食分の献立を,栄
6 KGK ジャーナル Vol.48-2
(2)学習過程
(生活の技能)
̶̶̶̶ 〈本時〉
に入るかなどを『食のみやこ鳥取県』のパンフレ
ットや鳥取の「旬」カレンダーなどを使って具体
家族が喜ぶ「わったいなこんだて」を完成さ
せよう。
○学校給食センターの栄養士の先生から,献立を
完成させる際のポイントを聞く。
①栄養バランス
②調理時間
③「旬のもの」「地域食材」
○グループで互いの献立の工夫を紹介し合い,話
し合う。
・疲れ気味の両親にスタミナをつけてほしい
と思っているが,たんぱく質が多すぎるしカ
ロリーも高い。
・野菜が少ないが,一品増やすのは大変なの
で,付け合わせの野菜を足すか,デザート を
入れるなどで何とかしたい。
○栄養士の先生のアド バイスやグループでの話
し合いによって修正したポイントを発表し,本
時を振り返る。
・給食のすまし汁の
具に豆腐竹輪が
入っているのを参
考にした。たんぱ
く質も取れて,カ
ロリーも低いので 栄養士や友達のアドバイスをうけて
献立を修正する。
ちょうどよかっ
た。らっきょうの甘酢漬けは,おばあちゃん
がた くさん 作 ってい て いつも 家に ある の
で,それをサラダに入れて疲れをとって欲
しい。
・付け合わせの野菜に旬のブロッコリーを加
え,デザート に八頭町で栽培されている花御
所柿を加えた。
5.おわりに
「日常の食事と調理の基礎」の学習において,成
長期の児童の栄養バランスを考える上でも,栄養
価の高い地域の旬の食材を扱うことは,大切な視
点であると実感した。
今回の学習を通して,自分達の地域でもそれぞ
れの季節にさまざまな食材が生産されていること
に改めて気付き,ふるさとへの愛着や誇りを新た
にした児童も多かった。また,古くから愛されて
きた伝統的な加工品にも,その食品が生まれた歴
史や愛されてきた理由などに,その時代,地域な
らではの背景があり,それらに触れることで,伝
統を継承していくことの大切さに気付くこともで
きた。
自分達の食べている給食に,地域食材を生かす
工夫をしている専門性の高い栄養士と連携するこ
とで,児童が実践に生かしやすい調理法をその場
でアド バイスしてもらうことができ,家庭におけ
る実践化への意欲につながった。
今後も,地域や家庭とのつながりを大切にしな
がら,家庭科における実践的・体験的な活動が,
生涯にわたって日常生活の中で活用できる力にな
るよう実践を重ねていきたい。
KGK ジャーナル Vol.48-2 7
技・家[技術分野]の実践
技・家[技術分野]の実践
挽き曲げ法を利用した木製品の製作
奈良県吉野郡吉野町立吉野中学校 岡 賢次
る姿が見られた。また,釘の下穴あけでは,卓上ボ
(3)実習の様子
①設計について
ール盤(ド リル径1.5㎜)
を使用し,割合簡単に加工
構想の発想が難しかっ
することができた。組み立てでは,小幅材を温湯に
たので,小物を整理する
数分間浸し,挽き溝のところを一つずつ曲げてい
ものを製作するという提
った。生徒たちが一番興味深く,慎重に取り組んだ
1.はじめに
木材を加工する時に使う工具について尋ねると,
示をし,見本を参考に設
場面であった。あらかじめ,挽き溝の状態で曲げに
新しい学習指導要領が平成24年度より完全実施
両刃のこぎりは知っているがあまり扱ったことが
計させた。授業の中で設
くい材料については,挽き溝を深めるなどの助言
となった。改訂の基本方針は「ものづくりを支え
ない生徒が5割近くいて,実習するには難しさを
計をまとめさせることは
をしたが,10名中1名ぐらいはこの時に材料がち
る能力などを一層高めるとともに,よりよい社会
感じた。しかし,身近なところで製材された木材
時間がかかるので,夏休
を築くために,技術を適切に評価し活用できる能
を目にする機会が多くあることから実習を早くや
み前に製作品の設計を学
に木工用ボンド を挽き溝にすり込み,厚板
(パター
力と実践的な態度の育成を重視し,目標や内容の
りたいという声が聞かれた。そこで,材料と加工
習し,構想図と部品図を
ン1では仕切り板)へ釘接合を行った。なお,小幅
改善を図る」ことである。「材料と加工に関する技
に関する技術への学習意欲を喚起する指導の工夫
かくのは夏休みの宿題に
材ではN13,厚板どうしではN25のステンレス釘を
術」の内容は,より整理された形で履修させるこ
として,使用する材料が奈良県の吉野産材である
した。構想図の中には,
用いた。組み立てでは,しっかり固定しながら板に
ととなった。生徒に意欲を持たせながら材料の性
良質のヒノキであることや,伝統的な技法である
調味料入れやカード 入れ,
対して直角に釘を打つことに気をつけた。仕上げ
質や加工方法を学習させるために,以前,奈良県
挽き曲げ法を用いていることを知らせた。その他,
花瓶立てなどの発想が見
では,ヒノキ材の良さを生かすために紙やすり
技術・家庭科研究会の研究専門委員会で取り組ん
以下のような指導の工夫を行った。
られた。部品図を見ると
だ内容をもとに,地元吉野の伝統産業である三宝
寸法的に無理のあるもの
③実習のまとめについて
に用いられる挽き曲げ法と,良質な吉野ヒノキの
や形が分かりにくいもの
生徒相互の意見交流をする中で,相互評価とし
まさ目材を用い,木製品の製作を行った。
があり,点検することに
少し手間どった。
2.題材設定の理由
己評価として,実習の感想や加工で工夫したこと
吉野町は,歴史的に木材産業を中心に発達した
などを振り返らせた。
地域でもあるが,現在は木材の需要が少なくなる
とともに,林業や製材業に携わる事業所が少なく
4.成果と課題
なっている。また,本校の生徒は地元の産業につ
・製作前に挽き曲げ法を用いた曲げ加工を実際に
生徒たちは,苦労をあまり知らず生活している
いて表面的に知っているが,具体的な加工の様子
やって見せて(写真1)自分でも加工したいとい
ことから発想が乏しく,使用条件や使用目的など
う意欲を持たせた。
の構想を考えることが難しかった。そこで,いくつ
などはあまり分からないという現状がある。
本実践では,伝統的な地元の産業に目を向け,
製作を通じて吉野産材の良さを再認識するととも
写真1
図1 組み立て図例
ぎれてしまった。その後,曲げた部分の補強のため
(240番)で素地磨きだけをした。
図2 部品図例
て作品の「よいところ探し」を行いながら,自分の
作品のよいところに気がつくようにした。また,自
写真2
か使用条件や使用目的などを例示することで身近
・挽き溝の深さを1㎜程度残すために,刃わたり
の先ともとにクリップを取り付けたり(写真2),
で使えるものを考えるきっかけができた。実習の
写真3 見本作品例
中で関心が高かった作業は,挽き溝をつくること
に,創意工夫する楽しさを実感できるような実践
のこぎりびきの際にまっすぐ切れるように端材
を行った。
をあて木に利用したりするとともに,挽き溝加
②製作について
と温湯に浸して曲げることであった。この伝統的
工の状態を生徒に相互に点検させるなど失敗な
けがきでは,さしがねを使用した。小幅材への
な技法である挽き曲げ法を使った加工が体験でき
3.指導実践について(第1学年)
く行わせるよう工夫した。
けがきで90°
に曲げる挽き曲げの部分は,挽き溝
たことで,次のものづくりへの意欲につながる。ま
(1)
指導計画(計15時間)
・完成後は,班ごとに製作品の「よいところさが
(7㎜間隔で8本)のけがき線をひくので,けがき
た,環境との関わりでのこくずなどの利用も考え
・材料の特徴や性質,加工法(4時間)
し」の意見交流をさせる中で材料の良さや加工
を進めるほどにこば面に対して直角に上手くひけ
る機会ができた。これらの経験を通して,ものづく
・製作品の設計
(2時間)
の技術に気がつき,自己評価とともに相互評価
るようになった。部品加工では,意欲的に取り組
りへの興味や関心がより高まるとともに,意欲的
・製作品の製作
(8時間)
をすることで,次への製作意欲を持たせるよう
み,のこぎりびきの扱いが最初は不慣れで苦労す
に取り組む姿勢から,加工に対する基礎的な技能
・製作実習のまとめ
(1時間)
に工夫した。また,環境との関わりについて,
ることはあったが,挽き溝が1㎜程度残っている
を身に付けることができた。
木材資源の有効活用という視点から,のこくず
かを生徒相互に点検したり,端材をあて木に利用
今後は,個々の創意工夫が一層いかせるように,
や端材の利用についても考える機会を設けた。
してまっすぐにのこぎりびきをするなど,工夫す
指導方法を改善しつつ取り組んでいきたい。
(2)
授業展開
8 KGK ジャーナル Vol.48-2
KGK ジャーナル Vol.48-2 9
技・家[技術分野]の実践
技・家[技術分野]の実践
「アルミによる鋳造実験」
・
「切る」「たたく」「磨く」といった基本的な加
工から,金属は溶かすことにより加工できる
∼金属の鋳造加工に挑戦して∼
製品が大きく広がったことに気づかせる。
滋賀大学教育学部附属中学校 宮内 稔
1.はじめに
また,融点に達する熱量を確保するためにキャ
鋳造とは,金属などの材料を熱して液体にした
ンプ用の木炭と廃材を利用した。本時の授業の前
ものを型に流し込み,冷やして固めることで,複
に,木材を利用した製作を行っていて,その際に
雑な形状のものを作ることができる方法である。
出てきた木片を残しておいたものである。木材を
鋳造に使用する型のことを鋳型(いがた)といい,
利用した授業が終わるたびに,木片を段ボールに
鋳造によってできたものを鋳物という。
残すように指示されていた生徒は,
「ゴミだと思っ
アルミ缶が溶け始めると「本当に溶けた!」と
人が金属と出会ったのは約7000年前だと言われ
ていたのに,このために残していたのか」と驚い
歓声が上がる。知識が体験と一致した瞬間である。
ている。当初は,天然で金属の状態で存在する金
たようである。
液体化したアルミニウムを観察させると「
(ド ロ
や銀を取ってきて装飾などに使っていたようであ
ド ロしているので)気持ち悪い」「水銀のようだ」
るが,約6000年前頃には,鋳造により武器や生活
3.題材の指導内容と概要
という感想が出た。そこで溶けたアルミニウムを
の道具が作られていたと言われている。日本でも,
○金属の特徴 1時間
一滴地面に落とすと,水滴のように広がり,薄い
鋳造は古い歴史を持っていて,現在でも鋳造で作
・金属材料の特徴を知る
塊のようになる。熱が奪われ再び固化する当たり
られた製品が社会で広く使われている。
・鉄と今回の材料であるアルミニウム,ステン
前の現象であるが,先ほどまでアルミ缶という製
図3 アルミ缶が溶ける様子
レスの比較
技術の授業で金属を加工するにあたり,切断や
品だったものが,水滴のように広がり固まる様子
研磨などはおこなっても,鋳造を体験することは
○アルミ鋳造についての流れの説明 1時間
に驚いていたようである。
少ない。そこで,身近な生活の中にあるものを使
・高温の作業になるため服装ややけど防止など
鋳造のための鋳型は,ちょうどバレンタインデ
の安全指導に重点をおく
って鋳造をおこない,金属材料の特徴を体験的に
学習させたいと考えた。
○鋳造加工 2時間
(図1参照)
2.題材の設定にあたって
ーが近かったこともあり,スチール製のケーキ用
型が安く販売されており,それを利用した。しか
しステンレスボールから型に移す際に,寒い時期
アルミ缶の変化を
観察する
ステンレスボールの色の
変化を観察する
図2 報告会用プリント
だったのですぐに固まってしまい,型にきれいに
生徒たちに金属の特徴をあげさせると,「硬い」,
「丈夫である」といったことが,「金属光沢があ
る」という言葉とあわせて必ず出てくる。金属は
4.指導の実際
5.おわりに
「鉄」で代表されるように,丈夫な素材としての
鋳造実験で時間がとられるのは火の管理である。
材料の特徴を比較させたいという思いもあり,
イメージが強い。
木炭に火をおこすのに時間がかかり,火がついて
木材の加工の実習終了後,この実験をおこなった。
「ではその硬くて丈夫な金属を加工していくに
も適度に空気を送りながら,燃焼温度を上げてい
そのため,雪のちらつく寒い日に実験をするクラ
はどうすればよいか。
」と質問すると「ものすごい
く。燃料である木炭や木材を補充する際にも注意
スもあり「鋳造」といえる実験結果にはならなか
が必要で,補充の際に炎の温度が下がるので,ち
った。しかし,身近なものを使って
「硬くて丈夫」
ょうど良い状態に保つのが難しい。
な金属が液体に変化することを体験し,おそらく
アルミニウムの融点まで温度を上げるために,
6000年前の人々が感じたように,「こんな風に(金
メラメラと燃える炎ではなく炎の先端がとがった
属が液体に)なるんだ」と驚き,知識と興味を深め
流し込むことができず失敗に終わってしまった。
炎の変化を
観察する
高い温度を加える
(加熱する)」と返ってくる。金
属を加熱すると柔らかくなるということを知識と
して知っているのである。
そこで,生徒でも簡単に手に入るアルミニウム
に目を付けた。アルミの融点は約660℃と比較的低
「鋭い炎」と,ゴーという「音」が出るようにす
る実験ができたと考える。
い。また台所用品などによく利用される一般的な
る必要がある。温度変化はステンレスボールの色
課題として,山形鋳物や南部鉄器など伝統的な
ステンレスの融点は約1400℃から1530℃程度であ
○観察記録の報告 2時間
の変化で見極める。色合いは紫→青→橙と変化し
鋳物と関連させることで,学習への意欲や伝統文
る。この温度差を利用すれば金属が溶ける瞬間を
・観察記録を元に,気がついた点の意見交換を
ていき,橙色の段階でアルミ缶を入れる。(図3)
化への関心を高める流れや,成功しやすい実習方
作り出せると考え,題材を設定した。
10 KGK ジャーナル Vol.48-2
燃焼温度を上げるための送風に
ヘアドライヤーを活用
図1 アルミ鋳造の概要
おこなう(図2)
法を研究していきたい。
KGK ジャーナル Vol.48-2 11
技・家[家庭分野]の実践
技・家[家庭分野]の実践
(1)中村家住宅の見学
ざまなコンセプト住宅が立ち並んでいた。現代の
住まいとの出会い
まず,生徒たちには,中村家住宅の平面図が入
コンセプト住宅も中村家同様,最初の20分間を「自
ったワークシートを持たせ,
「自分の家と違うとこ
分の家 と違 うと ころ はど こか ?そ の理 由は 何
∼ふるさとの古民家にふれ,現代的なコンセプト住宅の風を感じて∼
ろはどこか?その理由は何か?」という視点から
か?」の視点をもたせ,どんな家族がどのような
20分間自由に見学をさせた。土間が広い,入口が
住まい方をするのかを想像しながら,自由に見学
いっぱいある,柱の面取りが違う,納戸構がある,
させた。見学ののち,住宅メーカーの担当者への
床下が高い,一部屋だけ豪華な造りだ,天井が高
質問コーナーを設けた。住まい手の住要求によっ
静岡大学教育学部附属浜松中学校 加賀 恵子
1.はじめに
い。集合住宅に住む者,高気密住宅・高断熱住宅
い,壁がない,引き戸が多い…。ワークシートの
て,住まいの造りや設備が異なる,住まいの顔が
平成24年度から全面実施となった中学校学習指
に住む者,快適な室内環境を整えるためにエアコ
記載欄は,あっという間にいっぱいになった。こ
変わることを体験的に学ぶことができた。
導要領では,住生活と衣生活が人間を取り巻く環
ンに頼る生活を行っている者が多い現状である。
の間,吹きぬけていく風を感じながら広間に寝そ
境として一つのくくりとされた。住まうことも装
頭では理解していても実感は伴わず,単なる知識
べり高い天井を眺める者,客間で殿様気分に浸る
うことも,人と人,人ともの,人とことなどさま
の吸収となりがちである。
者,床下に潜り込んで探検に興じる者,いろいろ
ざまなかかわりの中で成り立っている。本題材「安
そこで,実感を伴った学びの場を設定しようと
な生徒の姿が見られた。
全で快適な住環境を整えよう」は,生徒たちが日
考えた。幸いにして,学区内には,国の重要指定
見学ののち,囲炉裏端に車座になって座り,中
頃とりたてて考える機会もない住生活を,改めて
文化財「中村家住宅※」があった。また,浜松市の
村家住宅を管理する市教委の担当者への質問の時
「感じ・気づく」体験の場を設定し,これをベー
郊外に位置するこの地は新興住宅地も抱えており,
間となった。生徒が感じた疑問には,ひとつひと
スに「自分・家族・地域」をつなぎ,「過去・現
住宅メーカーの展示場や建売住宅が多く立ち並ん
つに理由があり,気候風土,庄屋という社会的な
在・未来」をつなぐ中から見つめさせたいと考え
でもいた。
地位,農業を中心とした生活様式,財産を守るた
て計画したものである。
ふるさとの古民家「中村家住宅」と「現代のコ
めの工夫などを,実感を伴って学ぶことができた。
ンセプト住宅」を見学するとともに,「今自分が住
2.題材「安全で快適な住環境を整えよう」の導入
んでいる家」との比較をさせる中で,気候風土や
における「感じ・気づく」体験の場の設定
文化・住要求によってさまざまな住まい方がある
住生活学習の導入「住まいとの出会い」では,
ことを体験的に学ばせ,未来の自分らしい住まい
これまでも,写真や映像などを用いて,住居が気
方を考える出発点とすることにした。
【授業で使用した
ワークシート】
候風土や文化など地域の特性や生活を反映してい
ることをおさえ
※〈中村家住宅〉について
てきた。
遠江国の敷知郡宇布見(現静岡県浜松市西区
生徒たちはそ
雄踏町宇布見)において,今川氏の時代には代
の写真や映像の
官・江戸時代には庄屋を務めた中村家の住宅。
中から,先人た
寄棟造葦葺平屋建の建物で,貞享5年(1688年)
ちの日本の蒸し
には完成していたと考えられている。
外観
暑い夏を快適に
3.生徒のあらわれ
ふるさとの古民家と現代のコンセプト住宅の見
学という体験の場では,正に空間や環境を体や心
で感じている生徒の様子が多くみられた。中村家
住宅の広間に10人近い生徒が寝転んで「いいよな
あ,この空気。この感じ。
」
「田舎のおばあちゃん
内部
の家に行ったみたいだなあ。」「昔の人の生活の工
過ごすための工
夫ってすごいよなあ。
」と誰に言うというでもなく
夫に気づく。
「軒
発せられた言葉の数々に,教室での学びでは届け
があることで,
られない実物にふれることの大切さを改めて感じ
直接太陽の光が
た。授業後の振り返りには,今まで殊更に考える
入ってこないよ
うになっている
こともなかった自分の住まいを,さまざまな視点
資料提供;浜松市文化財課
【住生活学習自己評価カード】
【新聞に取り上げられた中村家住宅の見学】
静岡新聞平成19年3月9日掲載
で見つめなおすとともに,未来の自分らしい住ま
んだね。」「壁の代わりにもなっている障子や襖を
「中村家住宅」は,このような歴史を持つ国の重
明け放つと,風がす∼っと抜けていくんだね。」
「床
要文化財であるが,同時にふるさとの古民家であ
下が高いことで,湿気から健康を守っていたんだ
る。雄踏町のほぼ中心に位置しているため,生徒
住宅展示場には「家音を楽しむ生活」をコンセ
ね。」などの意見が出されてくる。
たちは幼いころから中村家の横を行き来して生活
プトとした住宅や「リビングから個室につながる
的に設けていきたいと思う。
しかし,残念ながらどれも実感を伴ってはいな
してきている。
家族のふれあいを大切に考えた」住宅など,さま
※本実践は,浜松市立雄踏中学校在職中に行った実践である。
12 KGK ジャーナル Vol.48-2
い方について考え始めた生徒の姿があった。
(2)「現代のコンセプト住宅」の見学
今後も,地域に目を向け,その地域ならではの
学習材から実感を伴って学べるような機会を積極
KGK ジャーナル Vol.48-2 13
技・家[家庭分野]の実践
技・家[家庭分野]の実践
●地域の食文化について課題を見付け,その解決
未来につなごう
を目指して自分なりに工夫している。
(工夫・創造)
∼みやぎ郷土料理プロジェクト∼
●地域の食材を生かした調理や郷土料理に関する
基礎的・基本的な技術を身に付けている。(技能)
前 宮城県多賀城市立多賀城中学校 猪股 智秋
●地域の食文化の意義について理解するとともに,
日常食や地域の食材を生かした調理に関する基礎
的・基本的な知識を身に付けている。
1.はじめに
技術・家庭科の果たすべき役割は,社会の変化
に主体的に対応できる人間の育成であり,将来に
わたって自立した生活を営むことができる能力を
身に付けさせることである。学習した事柄を進ん
具体的には…中学3年で取り上げる題材であるた
め,1年時に学習した食事の果たす役割や食品の選
択,また,調理技術や調理用具などの適切な管理な
どについて繰り返し学習できるように導入時で確
認する。
(知識・理解)
4.指導と評価計画(7時間)
(1表参照)
で生活の場で活用することが,自立した生活を営
② 実践的・体験的な学習の導入
む能力へつながるものと考える。
学んだことが,家庭生活で生かされるように適
5.成果と課題
食生活の自立において,必要な基礎的・基本的
時性や季節等を考慮し計画を立てる。
生徒たちは,今まで以上に意欲的に取り組む姿
な知識及び技術を習得することは,望ましい食習
慣に結びつくとともに,家族への敬愛の念を深
め,さらに,勤労の尊さや意義を理解することに,
つながると思われる。本題材では,地域の食材を
具体的には…地域の食材や地域の食文化について
は,季節や行事と深くつながっている。季節を考慮
して,身近に入手できる食材等を使い家庭生活で実
践しやすいように配慮する。
生かした調理や地域の食文化について学習し,先
③ 融合題材の開発
人の知恵に触れることで,生活をよりよくしよう
日常生活に生かす観点から可能な限り,家庭生
とする態度を育み,家庭や地域社会の一員として
活ですぐに実践できるように配慮する。また,既
の自覚をもって自分の生き方を考える態度も養い
習事項を用いて考えることができるような学習課
たい。
題を設定することで,さらに確実に基礎的・基本
また,近年,学校における道徳教育の重要性が
的な知識や技術が身に付くと考えた。
高まっており,道徳の時間はもとより各教科など
のそれぞれの特質に応じて適切な指導を行わなけ
ればならない。地域の食材や食文化の学習活動を
通じて,必要な基礎的・基本的な知識及び技術を
習得することはもちろん,道徳教育と相互に効果
を高められる可能性を見出したい。
④ 道徳教育との関連
具体的には…中学3年生において,今まで学習した
B
(3)アイ,D
(2)アの内容を融合させる。
「郷土料
理」を大きなテーマとして,調理実習や地域の食文
化について触れる。また,地域の食材を利用するこ
とが環境にもよいことに気づかせる。
中学校3年間を見通した指導計画を検討し「B
食生活の課題と実践」において食生活の自立と
や地域社会の一員としての自覚をもって自分の生
道徳教育が相互に効果を高めることを目指して,
き方を考える態度を養いたい。
2.指導の工夫
具体的には…地域の歴史や先人の知恵等に触れる
ことにより,家庭や地域社会の一員としての自覚を
もって自分の生き方を考えることへつなげる。
① 基礎的・基本的知識や技術の習得(繰り返し学
習の導入)
小・中の既習事項を踏まえ,導入時に確認する
3.題材の目標
については,今後さらに研究を進める必要がある。
生徒の意欲を喚起し,実践的な態度を育むことが
取り組み,食生活をよりよくするために実践しよ
ついては,繰り返し学習できるよう配慮する
うとしている。
(関心・意欲・態度)
▲【3時間目用 ワークシート みやぎの郷土料理のルーツを探ろう】
1表 指導と評価計画(7時間)
学習活動に即した評価規準と評価方法
時
間
学習内容
1
食生活を振り返ろう
身近な料理を分類しよう
・自分の食生活を振り返り,よい食習慣について考える。
・身近な料理を挙げ,グルーピングし,タイトルをつける。
2
地産地消 地域の食材を使って郷土料理を作ろう 多賀城産えだまめで
「ずんだもちを作ろう」
・地産地消のよさを考える。 ・ずんだもちを調理する。
*D
(2)
アの融合題材
地域の食材を生かした
郷土料理に関する基礎
的・基本的な技術を身
に付けている。
地域の食文化の意義に
ついて理解している。
消費生活と環境とのか
かわりについて理解し
ている。
3
みやぎの郷土料理のルーツを探ろう 先人の知恵を生かして,
郷土料理に挑戦「おくずかけ」
・おくずかけのルーツを知る。 ・おくずかけを調理する。
*道徳との関連
地域の食材を生かした
調理や郷土料理に関す
る基礎的・基本的な技
術を身に付けている。
地域の食文化の意義に
ついて理解している。
4
我が家の行事食 行事食づくりに挑戦しよう「仙台雑煮」
・雑煮に込められた意味を知る。 ・仙台雑煮を調理する。
*道徳との関連
地域の食材を生かした
調理や郷土料理に関す
る基礎的・基本的な技
術を身に付けている。
地域の食文化の意義に
ついて理解している。
5
未来につなごう みやぎの郷土料理プロジェクトレポート1
・未来に伝えたい食文化について,課題を設定しレポートを
作成する。
6
未来につなごう みやぎの郷土料理プロジェクトレポート2
・具体的にどんな郷土料理を伝えたいのか,レシピなどを調
べてレポートを作成する。
7
未来につなごう
みやぎの郷土料理プロジェクト発表会
関心・意欲・態度
●地域の食文化について関心をもって学習活動に
等の工夫を試みる。また,身に付きにくい内容に
14 KGK ジャーナル Vol.48-2
さらに深く調べたいという生徒もいた。道徳教育
できるような題材開発を試みたい。
生活をよりよくしようとする態度を育み,家庭
指導計画と題材を工夫し授業展開を試みる。
が見られた。自分の調べたことや考えを発表し,
創造・工夫
技能
食生活や地域の食文化
について関心をもって
学習活動に取り組むこ
とができる。
知識・理解
日常食や地域の食材を
生かした調理に関する
基礎的・基本的な知識
を身に付けている。
地域の食文化について
関心をもち,課題解決
に向けて,意欲的に取
り組むことができる。
地域の食文化について
課題を見付け,その解
決を目指して自分なり
に工夫している。
地域の食文化について
関心をもって学習活動
に取り組み,食生活を
よりよくするために実
践しようとしている。
地域の食文化について
課題を見付け,その解
決を目指して自分なり
に工夫し発表する。
KGK ジャーナル Vol.48-2 15
イ ン フ ォ メ ー シ ョ ン
図書紹介
中学校 技術・家庭科 技術分野
生徒に育てたい心と技能
森田 忠 編著
明治図書/定価2,058円
(税込)
本書は技術分野におけるものづく
りの活動を通して,育みたい教科の
あり方とそれをどのような形で実践
するかという方法について述べた書
籍である。
とかく,教科のあり方に関して述
べている書籍は,学術書として位置
付けられ,研究者の間では,教科の
理論を示す重要な書籍として扱われ
る。ところが,実際に理論を展開す
図書紹介
評価が変わると授業が変わる
̶子どもとつくる家庭科̶
編著 伊深 祥子・野田 知子 共著 石川 勝江・菅野 久実子
開隆堂/定価1,260円
(税込)
タイトル「評価が変わると授業が
変わる」とは,次のような意味であ
る。
「評価」
は授業の中で子どもが何
がわかり,何がわからなかったのか
を測ることで終わるのではなく,そ
の授業が子どもにとってどういうも
のであったのかをとらえることであ
る。そして,評価から,どうすれば
より子どもと学びを深めることがで
きるのかを考え,授業やカリキュラ
ムの改善につなげる。つまり,教育
16 KGK ジャーナル Vol.48-2
る段階になると,
「どうやってその理
論を実践するの?」となる。本書は
このような疑問に対して,現場の教
員が教科のあり方についてまで議論
し,それを現場の教育に落とし込む
上で必要な実践の方法,さらには実
践後における評価のあり方にまで言
及している。
大きく分けて2つの章で構成され
る本書は,第1章でものづくりの活
動を通して養われる技術的な能力や
技能の捉え方,道徳的な涵養の重要
性について述べている。また,第2
章では,授業実践における題材の紹
介や指導計画の作成,さらには新し
い評価基準に基づいた評価の方法,
それを測るための具体的なテスト問
題例を紹介している。
第1章での見所は,ものづくりの
活動が特質上,生徒の積極的な学習
を促しやすい側面を取り挙げ,こど
もの技術的な能力を育むには,自分
で学習している状況に自ら気付かせ,
それを改善し,より積極的に授業に
取り組める教材の開発が授業者にと
って必要であると述べている。すな
わち,メタ認知を学習に取り入れる
ことの重要性である。
第2章では,授業の効果を測るた
めの評価基準に力点を置いて,題材
の紹介などを行っている点に注目で
きる。特にテスト問題に関しては,
とかく知識問題などに偏りがちにな
る問題構成や,どうやってテストを
作るか困っている新任教員などには,
評価基準に沿って,生徒の学習成果
を測る実例を示している。
このような書籍をバイブルにして,
質の高い技術分野の授業を創って欲
しいという願いも込めて,是非本書
を推薦したい。
のプロセスを省察する営みとして評
価をとらえている。また,子どもた
ちへの「成長のメッセージ」となる
評価を重視している。本書を読むと,
評価とは一般に考えられているより
も動的であると気付かされる。学び
を通して,教師が掲げたねらいを子
どもたちは超えていくことがある。
その学習成果に気づいた教師は目標
を変え,授業を修正し,そして評価
が変わっていく。
本書の特徴の1つは,
評価の問題や
提案を授業紹介と関連させながら示
している点や,評価と授業づくりの
往還での教師の迷いや授業修正のプ
ロセスが記述されている点である。
「評価が変わると授業が変わる」と
いうことを,具体的に理解でき納得
できる。
また,本書は,19の豊富な授業実
践紹介から,家庭科のおもしろさと
可能性を改めて示してくれる。授業
実践に通底しているのは,サブタイ
トルにある「生徒とつくる授業」で
ある。生徒のつぶやきや疑問など想
定外の発言を受け止めて応答し,授
業案・授業シナリオを変えていく。
そこに,生徒とつくるヒントがあり,
授業の醍醐味がある。本書には,思
いがけない生徒の発言から授業展開
を変更し,生徒同士,生徒と教師の
応戦も描かれている。
このような評価や授業をめざして
教師の専門的な力量を高めるために
は,仲間とともに行う省察が重要で
あるとし,その様子も記されている。
大谷 忠
(東京学芸大学 准教授)
綿引 伴子
(金沢大学 教授)
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