Comments
Description
Transcript
産学協同実践的IT教育レポート
経済産業省 産学協同実践的IT教育レポート 平成 16 年度「産学協同実践的 IT 教育訓練支援事業」 平成 17 年度「産学協同実践的 IT 教育基盤強化事業」 平成 18 年度「産学協同実践的 IT 教育訓練基盤強化事業」 (平成 14 年度補正「高度 IT 人材育成システム開発事業」) 平成 19 年 3 月 みずほ情報総研株式会社 本書は、経済産業省から委託された「平成 18 年度 産学協同実践的 IT 教育促進事業」の 一環として、みずほ情報総研株式会社が、経済産業省が実施した以下の事業の成果をまと めたものです。本書の引用には、経済産業省の承認・許可が必要です。 平成 16 年度「産学協同実践的 IT 教育訓練支援事業」 平成 17 年度「産学協同実践的 IT 教育基盤強化事業」 平成 18 年度「産学協同実践的 IT 教育訓練基盤強化事業」 (平成 14 年度補正「高度 IT 人材育成システム開発事業」) はじめに ~ 情報サービス・ソフトウェア産業の未来開拓のために ~ 情報技術(IT)の発展に伴って目覚しい成長を遂げてきた情報サービス・ソフトウェア産業 は、近年、その成長の勢いが落ち着きを見せ始めたことから、成熟期を迎えつつあると見られ ている。しかし、成熟期を迎えたとは言われるものの、IT の基盤技術に関しては、依然、米国 が、日本を含む世界の市場をリードする状況が続いている。また、中国・インド等の新興諸国 が、国家経済を牽引する主要産業として IT 関連産業を立ち上げ、優秀な IT 技術者を次々と輩 出しており、その日本への影響も懸念されている。このような海外の激しい潮流の中で、成熟 期を迎え、成長の勢いが弱まりつつある日本の情報サービス・ソフトウェア産業の未来は、楽 観視を許さない状況にある。 成長の勢いが弱まりつつある上に、その先の未来が楽観視できないことから、昨今の日本の 情報サービス・ソフトウェア産業には、ある種の“閉塞感”さえ漂い始めている。この“閉塞 感”の打開のために、経済産業省では、この産業が、 “人”が創造するアイディアや“人”が有 するスキルが付加価値を生み出す産業であることを重視し、 「人材育成」による産業の競争力強 化と、それを通じた産業の未来の開拓を図ることとした。しかし、本レポートにも示されてい るように、企業内部における人材育成は、現在、様々な課題を抱えている。そのため、産業界 (産)に人材を輩出することをその役割の一つとする教育界(学)の協力を得て、産と学の協 同による人材の輩出を試みることとし、平成 16 年度「産学協同実践的 IT 教育訓練支援事業」 から、平成 17 年度「産学協同実践的 IT 教育基盤強化事業」、平成 18 年度「産学協同実践的 IT 教育訓練基盤強化事業」に至る“産学協同事業”が実施された。また、これらの事業に先立ち、 平成 14 年度補正「高度 IT 人材育成システム開発事業」が実施されており、平成 16 年度以降に 実施された事業においては、平成 14 年度補正事業のうち、学生を対象として実施された教育訓 練事業の成果が活用されている。 上記の産学協同事業では、大学・高等専門学校等の高等教育機関において、産業界の協力に より、実務に役立つ実践的な教育訓練が行われた。また、実施された教育訓練のうち、多くの 事業は、事業終了後も何らかの形で継続されており、実施先である各教育機関において、実践 的 IT 教育の基盤となっている。さらに、現在、情報工学系学部からは、毎年約 1.5 万人規模の 人材が輩出されていると推定されているが、上記事業の累積受講者は、平成 18 年度で 3,000 人 近くに達しており、わが国の実践的 IT 教育の普及に向けて、着実に成果を積み重ねている。 また、本事業では、産学協同による実践的 IT 教育を普及・定着させるための課題の明確化や 解決策の検討等を行った。個別に実施された数多くの教育訓練事業の成果と共に、それらに関 する検討・分析結果をまとめたものが、本レポートである。レポート本編には、事業の背景と なる情報サービス・ソフトウェア産業の現状や、産学協同事業の概要の他、事業全体としての 成果を掲載した。また、資料編として、各個別事業に関する詳細な情報を収録している。 本事業の実施にあたっては、多くの関係者の協力を頂いた。また、その後の事業の継続に尽 力されておられる各方面の関係者には、この場を借りて御礼申し上げたい。 本事業に参画された産学双方の関係者の熱意が広がり、産学の協同によって、情報サービス・ ソフトウェア産業に輝かしい未来がもたらされることを願う。 みずほ情報総研株式会社 情報・コミュニケーション部 [ 目 次 \ 第1章 1. 2. 2. 3. ~ 今なぜ、産学協同教育なのか? ~ 1 情報サービス・ソフトウェア産業の現状...........................................................................1 1.1 情報サービス・ソフトウェア産業の動向...................................................................2 1.2 情報サービス・ソフトウェア産業の課題...................................................................9 情報サービス・ソフトウェア産業における人材の重要性 .............................................25 2.1 産業内部の人材の状況.................................................................................................25 2.2 産業に供給される新卒人材の状況.............................................................................31 第2章 1. 事業の背景 実践的 IT 教育の現状 37 高等教育機関に対するニーズ.............................................................................................37 1.1 産業界のニーズ.............................................................................................................37 1.2 学生のニーズ.................................................................................................................43 1.3 有効な教育方法.............................................................................................................51 1.4 高等教育機関に求められる実践的な教育のポイント(まとめ) .........................53 高等教育機関における取り組みの現状.............................................................................55 2.1 高等教育機関の問題意識.............................................................................................55 2.2 高等教育機関の教員の現状.........................................................................................57 2.3 企業との連携に対するニーズ.....................................................................................60 企業側の取り組みの現状.....................................................................................................62 第3章 事業の概要 65 1. 経済産業省による「産学協同事業」の概要.....................................................................65 2. 平成 16 年度「産学協同実践的 IT 教育訓練支援事業」 .................................................67 3. 4. 5. 2.1 事業趣旨 ........................................................................................................................67 2.2 個別事業の概要.............................................................................................................67 平成 17 年度「産学協同実践的 IT 教育基盤強化事業」 .................................................69 3.1 事業趣旨 ........................................................................................................................69 3.2 個別事業の概要.............................................................................................................69 平成 18 年度「産学協同実践的 IT 教育訓練基盤強化事業」 .........................................71 4.1 事業趣旨 ........................................................................................................................71 4.2 個別事業の概要.............................................................................................................72 平成 14 年度補正「高度 IT 人材育成システム開発事業」 .............................................75 5.1 事業趣旨 ........................................................................................................................75 5.2 個別事業の概要.............................................................................................................75 第4章 1. 2. 3. 4. 5. 2. 77 事業の継続状況.....................................................................................................................77 1.1 個別事業の継続状況.....................................................................................................77 1.2 実施事業の累積受講者数.............................................................................................80 注目事例の紹介.....................................................................................................................82 2.1 九州産業大学 2.2 筑波大学 2.3 公立はこだて未来大学 ~ 使命感に基づく双方向型産学連携教育~ .......................82 ~ 実績の積み重ねから生まれた本格プログラム ~ .....................90 ~ 大学主導で進化を続ける産学連携 ~ .....................98 学生・「産」 ・「学」の声.....................................................................................................105 3.1 学生の声 ......................................................................................................................105 3.2 北海道大学卒業生グループインタビュー...............................................................129 3.3 「学」側関係者の声...................................................................................................134 3.4 「産」側関係者の声...................................................................................................143 実践的な教育訓練の成功・継続のための要件...............................................................154 4.1 産学協同による実践的な教育訓練を成功させるためのポイント .......................154 4.2 産業界からのノウハウ移転と高等教育機関の自立に向けて ...............................170 実践的な IT 教育の自立的な実施に向けての課題 .........................................................178 5.1 実施のための費用に関する課題...............................................................................178 5.2 講師調達の方法...........................................................................................................179 5.3 教材調達の方法...........................................................................................................183 5.4 高等教育機関における制度上の課題.......................................................................183 第5章 1. 事業の成果 実践的 IT 教育の動向 187 わが国における実践的 IT 教育に関する取り組み .........................................................187 1.1 日本経団連による高度 IT 人材育成への取り組み .................................................187 1.2 産業構造審議会における実践的 IT 教育に関する検討 .........................................189 1.3 文部科学省による高度 IT 人材育成拠点の整備 .....................................................190 1.4 情報処理標準カリキュラムに関する動向...............................................................195 世界の IT 専門教育動向.....................................................................................................202 2.1 米国における情報系教育...........................................................................................202 2.2 アジア諸国における情報系教育...............................................................................205 2.3 各国主要大学における情報系学科の教育内容比較...............................................207 第6章 終わりに ~ 産学協同による新しい未来を ~ 211 1. 「学」への期待...................................................................................................................211 2. 「産」への期待...................................................................................................................213 3. 「官」の取り組み...............................................................................................................217 第1章 1. 事業の背景 ~ 今なぜ、産学協同教育なのか? ~ 情報サービス・ソフトウェア産業の現状 本章では、まず、一連の産学協同事業の背景となった情報サービス・ソフトウェア産業 の現状を俯瞰する。なお、本レポートでは、企業等に対して IT を使ったソリューションや サービス等を提供したり、ソフトウェア開発等を行う企業が属する産業を「情報サービス 産業」、また、組込みソフトウェア開発に関連する企業が属する産業を「組込みソフトウェ ア産業」と表記する。さらに、本レポートでは、これらの「情報サービス産業」と「組込 みソフトウェア産業」を併せて、「情報サービス・ソフトウェア産業」と表すものとする。 .. . ※ 「情報サービス産業」は、日本標準産業分類上の「情報サービス業」と同義と見られることが多 いが、現在、社会の隅々にまで浸透している IT の影響力や IT 関連の人材は、きわめて広範な産 業にわたっているため、本レポートでは、原則として、それらの IT による影響力や人材の分布を .. 広く「情報サービス産業」として捉える。また、 「組込みソフトウェア産業」についても、組込み ソフトウェアは、既存の機器・製品等のほとんどに組み込まれ、きわめて多様な産業と密接な関 係を持っているため、それらの他産業にまで入り込んだ業務・人材等を含めて、 「組込みソフトウ ェア産業」と捉えている。文中、既存の各種統計・調査を用いている場面では、各統計が依拠す る産業分類上の定義に従っているが、 「情報サービス・ソフトウェア産業」は、それを主業務とす る企業以外の企業・産業においても、きわめて重要な意味を持つ業務・人材を含んでいるため、 文脈上、統計的な定義よりも、広い概念として捉えている場合があることに留意願いたい。 大分類 中分類 小分類 信書送達業 固定電気通信業 通信業 移動電気通信業 電気通信に附帯するサービス業 公共放送業(有線放送業を除く) 民間放送業(有線放送業を除く) 放送業 有線放送業 情報通信業 ソフトウェア業 情報サービス業 情報処理・提供サービス業 インターネット附随サービス業 インターネット附随サービス業 映像情報制作・配給業 音声情報制作業 映像・音声・文字情報制作業 新聞業 出版業 映像・音声・文字情報制作に附帯 するサービス業 図 1-1 細分類 信書送達業 地域電気通信業(有線放送電話業を除く) 長距離電気通信業 有線放送電話業 その他の固定電気通信業 移動電気通信業 電気通信に附帯するサービス業 公共放送業 テレビジョン放送業(衛星放送業を除く) ラジオ放送業(衛星放送業を除く) 衛星放送業 その他の民間放送業 有線テレビジョン放送業 有線ラジオ放送業 受託開発ソフトウェア業 パッケージソフトウェア業 情報処理サービス業 情報提供サービス業 その他の情報処理・提供サービス業 インターネット附随サービス業 映画・ビデオ制作業(テレビ番組制作業を除く) テレビ番組制作業 映画・ビデオ・テレビ番組配給業 レコード制作業 ラジオ番組制作業 新聞業 出版業 ニュース供給業 その他の映像・音声・文字情報制作に附帯する サービス業 【参考】日本標準産業分類上の「情報サービス業」の範囲 (総務省統計局資料より作成) 1 1.1 情報サービス・ソフトウェア産業の動向 ここでは、まず、「情報サービス・ソフトウェア産業」を、「情報サービス産業」と「組 込みソフトウェア産業」に分け、それぞれの産業の市場規模や産業人口数等、基本的な動 向を把握する。 (1) 情報サービス産業の動向 ① 市場規模と産業人口 . 図 1-2 は、前頁に定義された「情報サービス業」の年間売上高と従業者数の推移を示す .. データである。前頁で述べたような広義の「情報サービス産業」の市場規模・従業者数等 の正確な把握は現状では困難であるため、ここでは、「情報サービス業」を、“狭義の情報 サービス産業”と捉える。 図 1-2 によれば、狭義の情報サービス産業は、1970 年代から急速な発展を遂げている。 その成長は、一時は落ち込みを見せたものの、現在では、年間売上高 約 14.6 兆円を記録 し、従事者 約 54 万人を抱える産業へと発展した。 万人 兆円 16 100 14.6 従業者数 (参考)情報処理技術者(国勢調査) 年間売上高 14 90 85.0 77.7 80 12 70 60.4 10 55.8 53.7 60 50 8 40 6 32.1 30 4 20 2 10 0 0 1973年 1978年 図 1-2 1983年 1988年 1993年 1998年 2003年 情報サービス産業の年間売上高と従業員数の推移 (経済産業省「平成 17 年度 特定サービス産業実態調査:情報サービス業編」 ) なお、参考までに、上図中には、国勢調査による「情報処理技術者」数の推移を併せて 示した。国勢調査によれば、国内の「情報処理技術者」の数は、狭義の情報サービス産業 の従業者数を大きく上回っている。これは、社会における IT の活用が進むにつれ、IT に 関する技術者が全産業で増加している事実を示していると考えられる。IT を活用するため の人材として、これらの人材も含むとすれば、広義の情報サービス産業の産業人口は、約 85 万人と考えることも可能である。 2 参考までに、平成 17 年度(最新)の国勢調査では、 「システムエンジニア」が 77 万 3,600 人、「プログラマ」が 7 万 5,900 人となっているが、この2つの職業が、国内の「技術者」 の最多数(約3割)を占めている(図 1-2 の平成 17 年度については、 「システムエンジニ ア」と「プログラマ」を併せて「情報処理技術者」とした)。 農林水産業・ 食品技術者 2.4% 化学技術者 3.0% 金属製錬 技術者 0.8% その他の 技術者 3.3% システム エンジニア 建築技術者 11.5% 33.8% 機械・航空機・ 造船技術者 12.9% 土木・測量 電気・電子 技術者 技術者 14.6% 14.6% 図 1-3 プログラマー 3.3% 平成 17 年度国勢調査における「技術者」の種類と割合 (総務省統計局資料より作成) 図 1-2 に基づく、狭義の情報サービス産業(情報サービス業)の国内全体の市場におけ る相対的な規模を以下に示す。 次の図は、狭義の情報サービス産業よりも広い産業を含む「情報通信産業」の産業規模 が、国内総生産に占める割合である(「情報通信産業」の範囲は次頁・図 1-5 に示す)。広 範な情報関連産業を含む「情報通信産業」は、現在、国内総生産の2割にも相当する規模 を誇る主要産業として位置づけられるが、情報サービス産業を狭義で捉えても、その「情 報通信産業」の中でも、1割以上の市場規模を有する重要産業として位置づけられる。 国内総生産 (2004年) 498兆円 図 1-4 情報通信 産業 19.0% 情報通信 産業 (2004年) 94兆円 情報 サービス 産業 15.4% 情報サービス産業の市場規模 (国内総生産:内閣府「平成 17 年度 国民経済計算確報」 ) (情報通信産業 国内総生産:総務省「平成 18 年度版 情報通信白書」 ) (情報サービス産業:経済産業省「平成 17 年度 特定サービス産業実態調査:情報サービス業編」) 3 郵便 通信業 固定電気通信 移動電気通信 電気通信に付帯するサービス 公共放送 放送業 情報通信業 民間放送 有線放送 ソフトウェア 情報サービス業 情報処理・提供サービス 映像情報制作・配給 映像・音声・文字情報制作業 非鉄金属製造業 新聞 出版 ニュース供給 通信ケーブル製造 情報通信機器製造業 通信機械器具・同関連機械器 具製造 情報通信産業 情報通信関連 製造業 電気機械器具製造 一般機械器具製造 その他製造業 情報通信関連 物品賃貸業 サービス業(他 に分類されない 広告業 もの) 印刷・製版・製本 娯楽業 情報通信関連 電気通信施設建設 建設業 研究 研究 郵便 地域電気通信 長距離電気通信 その他の電気通信(含む、有線放送 電話) 移動電気通信 電気通信に付帯するサービス 公共放送 民間テレビジョン放送 民間ラジオ放送 民間衛星放送 有線テレビジョン放送 有線ラジオ放送 ソフトウェア(パッケージ(除く、ゲー ムソフト)及び受託開発) ゲームソフト 情報処理サービス 情報提供サービス 映画・ビデオ番組制作・配給 放送番組制作 新聞 出版 ニュース供給 通信ケーブル製造 有線通信機械器具製造 無線通信機械器具製造 ラジオ受信機・テレビジョン受信機・ ビデオ機器製造 電気音響機械器具製造 電子計算機・同付属装置製造 磁気テープ・磁気ディスク製造 電子計算機・同付属装置製造 その他の電気機械器具製造 事務用・サービス用・民生用機 事務用機械器具製造 械器具製造 他に分類されない製造 情報記録物製造 通信機械器具賃貸 通信機械器具賃貸 事務用機械器具賃貸 事務用機械器具賃貸 電子計算機・同関連機器賃貸 広告業 広告業 印刷・製版・製本 印刷・製版・製本 映画館・劇場等 映画館・劇場等 電気通信施設建設 電気通信施設建設 研究 研究 ※ 情報通信産業の範囲については、「情報の生産・加工・蓄積・流通・供給を行う業並びにこれに必要な素材・機器の提供等を行う 関連業」とした。 図 1-5 【参考】情報通信白書における「情報通信産業」の範囲 (総務省「平成 18 年度版 情報通信白書」 ) .. . ※ 「情報通信産業」には、日本標準産業分類上の「情報通信業」よりも広範な産業が含まれる。 上図の灰色網掛け部分が、図 1-1 の「情報通信業」に相当すると考えられる。 また、雇用者数・従業者数データから産業人口を見ると、 「情報通信産業」の雇用者数は、 国内全産業従業者の 7.3%にも相当する。わが国の経済に大きな影響を持つ自動車関連産業 が“一割産業”などと言われ、国内全従事者の約1割が従事していることを考えると、7.3% という数字は決して小さくない。この数字には、情報に関連する産業の社会的な位置づけ が示されていると言える。 狭義の情報サービス産業の従事者数は、その「情報通信産業」全体の 15.1%にも相当す る。情報サービス産業を狭義で捉えても、かなりの割合を占めていることが分かる。 4 情報通信 産業 7.3% 全産業従業者 (2004年) 5,200万人 図 1-6 情報通信 産業 (2004年) 380万人 情報 サービス 産業 15.1% 情報サービス産業の産業人口規模 (全産業従事者:総務省「平成 16 年 事業所・企業統計調査」 ) (情報通信産業 雇用者数:総務省「平成 18 年度版 情報通信白書」 ) (情報サービス産業:経済産業省「平成 17 年度 特定サービス産業実態調査:情報サービス業編」) 参考までに、自動車関連産業における自動車製造部門の就業人口は、約 75 万人1となっ ているが、これは、国勢調査による「システムエンジニア」の数(約 77 万人)と、ほぼ等 しい。ここからも、IT に関連する産業としての広義の情報サービス産業とその産業人口の 大きさを見ることができる。 ② 情報サービス産業が社会に与える影響 ここまで、情報サービス産業が社会に与える影響を、市場規模と産業人口の面から見て きたが、ここでは、情報サービス産業が製品・サービスを提供する先である顧客の産業か ら、情報サービス産業が社会に与える影響を把握する。 0 5,000 10,000 15,000 20,000 25,000 億円 30,000 35,000 製造業 金融・保険業 情報サービス業(同業者) 公務 卸売・小売業 情報通信業(同業者を除く) サービス業 電気・ガス・熱供給・水道業 建設・不動産業 その他 図 1-7 情報サービス産業の契約先産業別の年間売上高 (経済産業省「平成 17 年度 特定サービス産業実態調査:情報サービス業編」 ) 1 社団法人日本自動車工業会ホームページ(http://www.jama.or.jp/industry/industry/industry_1g1.html) 5 情報サービス産業における顧客は多様である。図 1-7 は、「情報サービス業」の契約先 を産業別に分類したものであるが、製造業を始めとして、「金融・保険業」、「公務」(官公 庁関連)、「卸売・小売業」など、情報サービス産業は、多様な産業に対して、製品やサー ビスを提供している。 情報サービス産業は、他産業での IT 化の促進において重要な役割を担っているため、わ が国の産業全体の生産性向上の鍵を握っているとも言われる。特に、図 1-7 にも示されて いるように、国内において比較的産業規模の大きな製造業や金融・保険業とのつながりは 強い。情報サービス・ソフトウェア産業は、わが国の経済活動や、そこから生み出される 国際競争力を支える基盤として、重要な役割を担っている。 (2) 組込みソフトウェア産業の動向 組込みソフトウェアは、現在では、あらゆる製品・機器に組み込まれており、その中枢 となる制御機能等を担っているが、組み込まれる製品・機器が多様な産業に分布している ため、従来、 「組込みソフトウェア産業」について、独自の産業として、市場規模や産業人 口を把握することは困難であった。しかし、近年、組込みソフトウェアの重要性に対する 認識が徐々に高まり、2004 年から、経済産業省によって「組込みソフトウェア産業実態調 査」が始まった。その統計によれば、2004 年から 2006 年までの「組込みソフトウェア産 業」の規模・産業人口の推移は、以下のとおりである。 億円 人 50,000 300,000 250,000 40,000 175,000 30,000 20,000 193,000 200,000 150,000 24,000 150,000 27,300 100,000 20,000 10,000 50,000 0 0 2004年 2005年 2006年 2007年 2008年 2009年 2010年 予測 推定組込みソフトウェア開発規模 組込みソフトウェア技術者数 図 1-8 組込みソフトウェア産業規模と技術者数の推移と予測 (経済産業省「組込みソフトウェア産業実態調査報告書」2004・2005・2006 年版を元に、みずほ情報総研作成) ※ 2007~2010 年の予測値は、開発規模・技術者数とも、年率 10.0%で成長すると仮定した場合。 (2004~2006 年の間の年間成長率の平均は、開発規模 13.5%、技術者数 16.9%) 6 図 1-8 では、2004~2006 年の調査結果とともに、予測値を示した。図 1-8 の注記のとお り、この予測値は過去の実績より低めに見積もっているが、それでも、年率 10.0%で成長 した場合、2010 年には、開発規模・技術者数とも、現在の2倍程度に達すると見込まれる。 「組込みソフトウェア産業」は、今後、その重要性に対する認識の高まりとともに、大き く成長する可能性を持った産業であると考えられる。 なお、図 1-8 では、「組込みソフトウェア産業」の規模は、まだそれほど大きくないよ うに見えるが、組込みソフトウェアが組み込まれている製品の多様性(図 1-9)を考慮す ると、その影響力は、産業の規模以上に大きいと考えられる。 その他の応用機器製品 4.1% 分析機器・計測機器等 7.3% AV機器 8.5% 医療機器 3.9% 家電機器 3.5% 個人用情報機器 6.3% 教育機器・娯楽機器 2.5% 設備機器 3.8% コンピュータ周辺機器/ OA機器 9.2% 工業制御/FA機器/ 産業機器 19.1% 業務用端末機器 7.6% 運輸機器 通信設備機器等 7.4% 8.7% 図 1-9 民生用通信端末機器 8.1% 組込み製品開発の事業分野 (経済産業省「2006 年版 組込みソフトウェア産業実態調査報告書-経営者・事業責任者向け調査-」) 図 1-9 では、特に、 「工業制御/FA 機器/産業機器」の割合が高くなっている。他産業 の生産性を左右するこれらの機器に対して、組込みソフトウェアは重要な役割を果たして いると言える。このような他産業における組込みソフトウェアの重要性を考慮すると、 「組 込みソフトウェア産業」も、 「情報サービス産業」と同じく、他産業を支える基盤産業とな っていることが分かる。 このような組込みソフトウェアの重要性を、ハードウェアもソフトウェアも含む「組込 みシステム」という観点から捉えた場合の、産業規模や従業員数を示したものが、図 1-10 である。これを見ると、組込みソフトウェアを含む組込みシステムの開発規模は、国内総 生産の1割を超えている。また、組込みシステムに関連する企業の従業員数をすべて合算 すると、全産業従事者の1割近くに達する。組込みソフトウェアを含む組込みシステムの 影響範囲は、先に見た「情報通信産業」と同じ位、広範囲にわたっている。 7 組込み システム 関連産業 11.8% 全産業従業者 (2004年) 5,200万人 国内総生産 (2004年) 498兆円 図 1-10 組込み システム関連 企業 従業員数 9.1% 組込みシステム関連産業規模・従業員数 (経済産業省「2006 年版 組込みソフトウェア産業実態調査報告書-経営者・事業責任者向け調査-」) ※ 上記報告書では、以下の業種を「組込みシステム関連産業」として従業員数を推定している。 製造業:一般機械器具製造業、電気機械器具製造業、情報通信機械器具製造業、電子部品・ デバイス製造業、輸送用機械器具製造業、精密機械器具製造業、その他の製造業 情報通信業:情報サービス業 8 1.2 情報サービス・ソフトウェア産業の課題 先に述べたように、 「情報サービス・ソフトウェア産業」は、わが国の経済・社会を支え る基盤産業となっているが、近年、その重要性にもかかわらず、この産業では、産業の現 状や未来に対する“閉塞感”とも言うべき雰囲気が漂っている。 経済産業省による産学協同事業は、この閉塞感を打破し、産業の未来を切り拓くことを 目的として実施されたが、本節では、事業の目的を再確認するために、近年の閉塞感を生 み出したと考えられる産業の現状や課題を把握する。 (1) 成熟期を迎えた情報サービス・ソフトウェア産業 ① 成長率の低下 1970 年代から、目覚しい発展を遂げた情報サービス産業は、成熟期を迎えつつある。 図 1-11 は、図 1-2「情報サービス産業の年間売上高と従業員数の推移」の年間売上高の 成長率の変化を示しているが、これを見ると、成長率の伸びは鈍化傾向にある。特に、2002 年以降、過去にない水準での低成長が続いており、情報サービス産業が成熟期を迎えたと の見方が強まる背景となっている。 50% 40% 30% 20% 10% 0% 1974年 1976年 1978年 1980年 1982年 1984年 1986年 1988年 1990年 1992年 1994年 1996年 1998年 2000年 2002年 2004年 -10% -20% 図 1-11 情報サービス産業の売上高成長率(前年比)の推移 (経済産業省「平成 17 年度 特定サービス産業実態調査:情報サービス業編」を元に、みずほ情報総研作成) ※ 図中の直線は、参考までに示した、売上高の変化の傾向を示す線形近似曲線(R2 = 0.2352)である。 また、図 1-12 が示すように、情報サービス企業の売上高営業利益率も、近年、低下傾 向にある。2006 年には、若干回復する気配を見せているが、それでも 4%台に留まってお り、2000 年の水準には及ばない。 このように、情報サービス・ソフトウェア産業においては、その成長率・収益率の低下 が、中長期的傾向として続いている上に、現在もまだ、回復の兆しが明確に見られないた め、これが、産業に対する閉塞感を生み出す根幹となっている。 9 % 7.0 6.2 5.8 6.0 5.7 5.2 5.0 5.0 4.5 4.7 4.0 3.0 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年 2005年 2006年 図 1-12 情報サービス産業の売上高営業利益率の推移 ( (社)情報サービス産業協会「情報サービス産業基本統計調査」2000~2006 年) ② 市場の成熟 産業に漂う閉塞感の背景には、産業の成長率・利益率の低下があると述べたが、その原 因は、産業自身の業務形態と、市場の成熟にあると見られる。 図 1-13 は、情報サービス産業の業務の種類を示しているが、最も高い割合を占めてい るのは、「受託ソフトウェア開発」となっている。これは、顧客であるユーザー企業から、 ソフトウェア開発を受託する業務であり、ユーザー企業が属する産業の動向や、個々の企 業の IT 活用(情報化投資)に対する積極性に、大きく左右される業務であると言える。 各種調査 1.7% その他 8.4% データベース・ サービス 2.5% ソフトウェア プロダクツ 9.4% 図 1-13 システム等 管理運営受託 13.2% 情報処理 サービス 18.4% 受注 ソフトウェア 開発 46.3% 情報サービス産業の業務種類別の年間売上高 (経済産業省「平成 17 年度 特定サービス産業実態調査:情報サービス業編」 ) 図 1-14 は、 情報サービス企業に対するユーザー企業の動向の影響を示すものであるが、 ここからも、ユーザー企業の情報化投資規模や、ユーザー企業自身の業績の変化が、情報 サービス企業に大きな影響を与えていることが見て取れる。つまり、受託ソフトウェア開 発を最大の業務としている情報サービス産業は、発注元である顧客企業の意向や顧客側産 業の動向によって左右される要素が大きい。そのため、顧客側の情報化投資が一巡する、 10 顧客側産業の業況が悪化する、などの事態が発生すれば、情報サービス産業は、大きな影 響を受けることになる。 自社の業況に最も強くマイナスに影響する要因 (上位10項目) 自社の業況に最も強くプラスに影響する要因 (上位10項目) 0 5 10 15 20 25 30 0 40 % 35 30 35 % 25.8 11.5 IT技術者の需給状況 3.8 25 12.4 6.7 IT技術者の需給状況 2.4 市場および競合環境のグローバル化 自社の営業方針の変更 2.4 企業間の合併・提携・連携の活発化 サービスに必要なITの変化 1.9 自社の提供するサービスの種類や範囲の変更 1.9 自社内の組織変革 1.9 自社の人件費等の変動 1.4 他社との競合環境の変化(国内) 1.4 サービスに必要なITの変化 1.0 図 1-14 20 28.7 自社の提供する商品・サービス価格水準の変動 8.1 自社の業務遂行方法の変革 15 他社との競合環境の変化(国内) 15.2 企業間の合併・提携・連携の活発化 10 ユーザ企業の業績の変動 22.9 ユーザ企業の業績の変動 自社の提供するサービスの種類や範囲の変更 5 ユーザ企業の情報化投資規模の変化 36.7 ユーザ企業の情報化投資規模の変化 6.2 1.9 情報サービス企業の業況に影響を与える最も強く影響を与える要因 ( (社)情報サービス産業協会「情報サービス産業白書 2006」 ) 以上の点をふまえると、情報サービス産業が、受託ソフトウェア開発中心の現在の業務 形態を続ける限り、今後の成長の重要な鍵を握るのは、ユーザー企業の情報化投資(IT 投 資)規模の拡大である。しかし、この点を楽観的に捉えるのは難しいとの指摘もある。 図 1-15 は、今後 2010 年までの IT 投資の成長率を予測したデータであるが、このデー タからも、IT 投資の成長率が低下傾向にあり、国内に限れば、市場の飛躍的な成長に大き な期待を寄せることは難しいと推測される。 30 % 12.6 25 20.28 23.83 22.63 21.87 8.9 24.73 24.49 25.02 8 6.7 10 5.7 11.16 10.17 9.15 8.20 12 10 20 15 14 11.74 12.12 12.54 6 3.6 4 1.7 5 1.9 2 0 0 2004年 (実績) 2005年 (実績推定) 2006年 2007年 2008年 2009年 2010年 (予測) ソフト投資額 ハード投資額 図 1-15 IT投資全体の対前年比成長率 国内 IT 投資動向予測 (日経 BP コンサルティング社 「日経マーケット・アクセス年鑑 IT 市場総覧 2006 年度版」 ) 11 なお、このような IT 投資の成長率の鈍化は、一過性の減少ではなく、先進国に共通して 見られる現象であると考えられる。 図 1-16 は、世界各国における IT 投資額の規模と IT 投資の成長率を分析したデータであ るが、これによれば、日本は、すでにある程度の規模の IT 投資を行っており、成長率はそ れほど高くはない“成熟市場”に分類される。従って、わが国において、IT の活用がすで に一定の水準に達している現状を考えると、今後も、わが国の情報サービス産業の市場に 対して、成長著しい新興諸国のような期待を寄せるのは難しいと見るのが妥当であろう。 10,000,000 ▼ 成熟市場 アメリカ I T 投 資 額 100,000 (log) 日本 ▼ 成長市場 ドイツ イギリス カナダ フランス 中国 ブラジル インド 韓国 ロシア シンガポール マレーシア ベトナム タイ インドネシア アイルランド サウジアラビア 1,000 100% クウェート 200% 300% 400% 500% 600% IT投資額成長率 (2001年を100%とした時の2009年予測値) 図 1-16 各国別の IT 投資の規模と成長率 (World Information Technology and Services Alliance「DIGITAL PLANET 2006」を元に、みずほ情報総研作成) 以上、本項で示したように、 “産業の成長の減速”という現状に加えて、今後の成長に対 しても大きな期待を持てないという“未来に対する不透明感”が、産業内の閉塞感をより 一層強める原因の一つとなっていると見られる。 12 (2) 基盤産業として問われる存在感 「情報サービス・ソフトウェア産業」の閉塞感を生み出すもう一つの原因として、産業 としての“存在感の低さ”が挙げられる。この“存在感”は、一般市民に対する製品・サ ービスの認知度や、その産業の国際競争力等と強く依存すると考えられるが、 「情報サービ ス・ソフトウェア産業」は、わが国の経済・社会に対して担っている重要性の割に、一般 市民の間での製品・サービスの認知度や、国際的な競争力が低く、産業の“存在感”が十 分に確立されているとは言い難い状況にある。 この背景には、受託ソフトウェア開発が業務全体に占める割合が高いこの産業では、個 人顧客ではなく法人顧客を主体とするケースが多いという事実や、受託ソフトウェア開発 志向が強く、世界的に大きなシェアを獲得できるようなパッケージソフトの開発には、十 分に成功していないという事実があると考えられる。図 1-17 や図 1-18 に示されているよ うに、世界的に広く利用されているパッケージソフトウェアの多くは海外製である。国内 のソフトウェア市場においても、日本の情報サービス・ソフトウェア企業は、著名なソフ トウェアの製造元としては、あまり認知度が高くないことが多い。 オラクル 4% SAP 3% Computer Associates 2% HP 富士通 1% 1% Microsoft 16% IBM 9% その他 61% People Soft 1% 図 1-17 EMC 1% 日立製作所 1% パッケージソフトウェアの世界シェア (経済産業省・厚生労働省・文部科学省編「2005 年版 ものづくり白書」 ) ク ラ イアントOS サー バー OS その他 0.6% デ ー タベー スソ フ ト その他 5.2% Mac OS 2.3% Windows 42.7% Windows 97.1% 日立製作所 5.2% 図 1-18 富士通 12.1% マイクロソフト 13.8% 日本IBM 17.2% Unix 41.1% E R Pパッ ケー ジ 日本ピープルソフト 4% サイベース 2.0% Linux 16.2% マイクロソフト 2% シーベル 6% 日本オラクル 44.5% 日本オラクル 14% 主要なソフトウェアの国内シェア (クライアント OS・サーバーOS:産業構造審議会 情報経済分科会 情報サービス・ソフトウェア小委員会第 1 回 人材育成ワーキンググループ資料) (データベースソフト:IDC Japan 2006 年 6 月) (ERP パッケージ:SAP Japan 決算報告) 13 SAPジャパン 74% 図 1-17 や図 1-18 のようなソフトウェアのシェアに比べ、参考までに、国際競争力があ るとされている製品の世界シェアを、以下に示す。 自動車や産業車両、液晶テレビ、ビデオカメラ等の製品では、世界の市場に占める日本 企業のシェアが大きく、日本企業が市場に対して有する存在感も大きい。このような製造 業の存在感と比較すると、情報サービス・ソフトウェア産業が有する存在感については、 未だ向上の余地が大きいと言える。 産業車両 自動車 その他 48.6% ゼネラル・ モーターズ(米) 13.8% トヨタ自動車 1 2 .2 % その他 25.4% フォード・ モーター(米) 10.2% フォルクス ワーゲン(独) 7.9% ダイムラー クライスラー (独) 7.3% 豊田自動織機 2 4 .9 % 三菱重工業 7 .3 % ユング ハインリッヒ(独) 9.0% リンデ(独) ・小松リフトG 22.1% ナコマテリアル ハンドリング (米) 11.3% 液晶テ レビ ビ デ オカメラ その他 0.3% サムスン電子 (韓) 5.0% その他 35.5% シャー プ 2 0 .0 % 松下電器産業 7 .6 % ソ ニー 3 9 .0 % キヤノン 1 4 .1 % フィリップス(蘭) 13.6% 日本ビ ク ター 2 0 .5 % ソニー 1 3 .3 % 松下電器産業 2 1 .1 % サムスン電子(韓) 10.0% 図 1-19 国際競争力のある他製品の世界シェア(参考) (日経ナビ 2008:世界シェア「24 品目シェア調査」) また、ソフトウェアの国際競争力の現状を示すデータとして、図 1-20 の輸出入統計が しばしば用いられるが、このデータによれば、ソフトウェアは、そもそも輸入超過の状態 にあることが分かる。世界市場においては、日本の情報サービス・ソフトウェア産業は、 海外に優れた製品を輸出するような供給者側ではなく、海外の優れたソフトウェア製品を 利用する消費者側に立っている。 14 百万円 500,000 400,000 364,583 300,000 200,000 100,000 31,991 0 輸出額 図 1-20 輸入額 ソフトウェアの輸出入実績 ( (社)電子情報技術産業協会、 (社)日本パーソナルコンピュータソフトウェア協会、(社)情報サービス産業協会 「2005 年 コンピュータソフトウェア分野における海外取引および外国人就労に関する実態調査」 ) なお、図 1-20 の輸出入統計を、参考までに、わが国屈指の国際競争力を誇る自動車と 比較した結果が、図 1-21 である。国際市場において確固たる地位を確立し、高い国際競 争力を有する日本の自動車産業と比較すると、ソフトウェアを生み出す産業との差は歴然 としている。 億円 0 30,000 60,000 90,000 120,000 150,000 135,100 自動車 13,400 ソフトウェア 320 輸出額 輸入額 3,646 図 1-21 自動車とソフトウェアの輸出入実績の比較 (自動車(2005 年)のデータは、(社)日本自動車工業会ホームページから) ※ ソフトウェアのデータについては、図 1-20 と同じデータを利用 このような世界市場における存在感の差は、世界のブランドランキングなどには顕著に 表れている。図 1-22 は、代表的なブランドランキングであるが、これを見ても、国際的 に認知されている日本のブランドは、自動車メーカーであることが分かる。 それに対して、ブランドが多数ランクインしている米国企業には、Microsoft や IBM、Intel を始めとする IT 関係の企業が多く、米国 IT 企業の存在感の高さがうかがわれる。 15 順位 1 企業名 順位 11 Coca-Cola 2 3 4 5 6 Microsoft IBM GE Intel Nokia 7 8 9 10 Toyota Disney McDonald's Mercedes 図 1-22 企業名 Citi 12 13 14 15 16 17 18 Marlboro Hewlett-Packard American Express BMW Gillette Louis Vuitton Cisco 19 20 Honda Samsung 世界ブランドランキング (BusinessWeek 誌&Interbrand 社「Best Global Brands 2006」 ) 過去、ソフトウェアよりもハードウェアが重要であった時代には、国内市場でも、技術 力を有する米国企業に伍して、日本企業が大きな存在感を誇っていた。しかし、図 1-23 に示されているように、今や、「技術力がある企業」としても、IT に関して「国際競争力 がある企業」としても、残念ながら、日本発の IT 関連企業の名前が挙げられることは少な い。特に、図 1-23 の右側の「国際的な競争力がある IT 企業」ランキングでは、ベスト 10 までのすべての企業が海外発の企業であるという結果となっている。 ■ 「技術力がある企業」 順位 企業名 1 トヨタ自動車 2 ホンダ 3 ソニー 4 メルセデス・ベンツ 5 マイクロソフト 6 石川島播磨重工業(IHI) 7 日産自動車 8 島津製作所 9 インテル 10 キヤノン ■ 「国際的な競争力があるIT企業」 順位 企業名 1 インテル 2 日本IBM 3 マイクロソフト 4 シスコシステムズ 5 サン・マイクロシステムズ 6 デル 7 日本オラクル 8 日本ヒューレット・パッカード 9 SAPジャパン 10 アップルコンピュータ 日本経済新聞社 「企業イメージ調査」 2005年より (一般ビジネスマン約8,500人の回答) 図 1-23 日経BP社 「ITエンジニアの働いてみたいIT企業ランキング」 (IT技術者約1,500人の回答) 国内における企業イメージ調査の結果 ここまでに、 「情報サービス・ソフトウェア産業」が、海外・国内双方に対して有する存 在感を示すデータを見てきた。これらのデータに示されているとおり、重要な産業が備え るべき“存在感の弱さ”が、この産業に対する閉塞感の第二の原因となっていると見られ る。 16 (3) 組込みソフトウェア産業における課題 「情報サービス・ソフトウェア産業」のうち、組込みソフトウェア産業においては、情 報サービス産業とは別の課題が存在する。 組込みソフトウェアの開発に関しては、近年、開発規模が飛躍的に増加する傾向にある にもかかわらず、開発のための期間が短期化していることが課題として認識されている。 図 1-24 は、組込みソフトウェア開発を手掛ける企業の課題を示したデータであるが、 このうち最も回答が多いのは、「開発期間の短期化への対応」となっている。 また、続く課題として「ハードとソフトの両方を熟知した人材の確保」が挙げられてお り、これも、重要な課題となっていることが分かる。参考までに、図 1-36(p.27)にも、 組込みソフトウェア開発を手掛ける企業にとっての課題が挙げられているが、ここでも、 回答の最上位は、「人材の確保」となっている。 このような「開発期間の短期化への対応」と、それに伴う「人材の確保」は、現在、組 込みソフトウェア産業における重要課題となっている。 0 10 20 30 40 50 60 70 % 63.5 開発期間の短期化への対応 ハードとソフトの両方を熟知した人材の確保 58.1 製品の品質水準の維持 42.7 機器・端末の多機能化・高機能化への対応 35.0 ハードウェアに依存する開発が多く、 技術の横展開が困難 13.8 機器・端末の技術的制約への対応 13.5 その他 3.6 不明 図 1-24 7.5 組込みソフトウェア開発における課題 (ソフトウェア産業研究会「ソフトウェアビジネスの競争力」中央経済社:平成 17 年 3 月) また、開発期間が短期化し、開発条件が厳しくなる状況の中で、 「品質の向上」も、重要 な課題として認識されている。 図 1-25 は、組込みシステムを搭載した製品の不具合の原因を示すものであるが、 「ソフ トウェアの不具合」が占める割合は、その他の項目に比べて最も高くなっている。このよ うな現状から、組込みソフトウェアの品質に対する問題意識が高まり、現在では、 「品質の 向上」も、重要な経営課題として挙げられている。 17 その他 20.4% ハードウェアの 不具合 23.3% 図 1-25 製品仕様の 不具合 22.2% ソフトウェアの 不具合 34.2% 製品出荷後に生じた設計品質問題の主な原因の割合 (経済産業省「2005 年版 組込みソフトウェア産業実態調査:経営者・事業責任者向け調査」) 18 (4) 労働環境に対する不満 産業に対する閉塞感の高まりと同時に、産業内部の労働環境に対する不満の声も高まっ ている。特に、情報サービス・ソフトウェア産業は、3K(きつい、厳しい、帰れない) 産業などと呼ばれ、労働時間が長く、ストレスの多い仕事に従事しているというイメージ が持たれがちである。 図 1-26 は、ソフトウェア業・情報処理サービス業の労働時間を、他産業と比較したも のであるが、このデータからも、これらの産業の労働時間が他産業よりも長いという事実 を読み取ることができる。 時間 3,000 残業時間 所定内労働時間 263 2,000 121 125 2,500 1,500 1,678 1,675 1,862 1,000 500 0 全産業 図 1-26 サービス業 ソフトウェア業 情報処理サービス業 ソフトウェア業・情報処理サービス業の年間労働時間 ( (独)情報処理推進機構 2006 年「第 28 回情報処理産業経営実態調査報告書」 ) しかし、労働時間が長いという事実のみを根拠に、 「労働環境が良くない」と結論付ける ことは難しい。産業に従事する人材が、労働時間が平均より長いという状況に対して、不 満やストレスを感じなければ、それが問題視されることはないだろう。 しかしながら、図 1-27 に示されているように、業務の忙しさや、それによって個人の 自由な時間が確保できないことに対して、産業に従事する多くの技術者は不満を感じてい る。また、仕事上のプレッシャーが厳しく、ストレスが多いことや、業務が多忙で疲れる ことなどに対する不満も多い。特に、IT 技術者/組込み技術者の双方で最上位に挙げられ ている「仕事が忙しくて自由な時間を確保できない」という点については、6~7割の人 材が不満に感じると答えており、一般的に認識されているような、この産業の労働時間の 長さ(=業務の忙しさ)と、それに対する産業内部の人材の不満が裏付けられた形となっ ている。 さらに、IT 技術者と組込み技術者の間には、不満に感じる項目に差があることも読み取 れる。特筆すべきは、「収入が良くない(収入に不満がある)」と「自分の将来に希望が持 てない」の2項目であるが、前者は IT 技術者の間で不満が多く、後者は組込み技術者の間 で不満が多いという結果になっている。 19 組込み技術者 IT技術者 0 10 20 30 40 50 % 70 60 0 10 20 30 40 50 % 70 60 仕事が忙しすぎて、自由な時間を確保できない 仕事のプレッシャーが厳しく、ストレスがたまる 仕事が忙しすぎて、ひどく疲れる 収入が良くない(収入に不満がある) 自分の将来に希望が持てない 技術革新のテンポが速く、ついていけない 会社やIT業界・組込み業界の将来に希望が持てない 仕事にやりがいを感じない 1位 2位 3位 その他 該当なし 図 1-27 1位 2位 3位 IT 技術者/組込み技術者が不満を感じていること (日経 BP 平成 18 年「IT 人材実態調査報告書」 ) 以上のように、情報サービス・ソフトウェア産業においては、労働時間の長さや、それ による業務の忙しさ、また、業務上のストレスに対する不満が多い傾向にある。これらの 環境の悪さや不満の多さも、産業のマイナスの課題として挙げられることが多く、産業に おける閉塞感を強める方向に働いている。 また、このような、産業内部の人材が抱く労働環境に対する不満は、産業外部にも伝わ り、次に示す「産業の人気の低下」の一因ともなっていると考えられる。 20 (5) 産業に対する人気の低迷 ここまでに述べたような、 “産業の成長の減速” 、 “将来に対する期待感の無さ”、 “労働環 境に対する不満”などを背景に、情報サービス・ソフトウェア産業に対する人気は、低迷 する傾向にある。 図 1-28 は、大学生の就職先の人気ランキングを、業種別に整理したものであるが、こ こでは、 「ソフトウェア・情報処理」業に対する人気は、全 14 業種中 11 位に留まっている。 順位 業種 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 旅行・運輸 マスコミ・広告代理店 メーカー(その他) 金融・証券・保険 サービス(その他) メーカー(自動車・輸送機器) メーカー(電気・電子) 商社 メーカー(建設・住宅関連) メーカー(医薬品・化粧品) ソフトウェア・情報処理 通信 百貨店・ストア・コンビニ 商業(専門店他) Î 図 1-28 業種別の学生の就職人気 (リクルート「大学生の就職志望企業(『採用ブランド調査 2006』より)」を元に、みずほ情報総研作成) このように、現在の情報サービス・ソフトウェア産業は、未来社会のインフラを支える ような重要産業であるにもかかわらず、学生にとっての人気産業とは言い難い。そして、 この事実は、産業の閉塞感を一層高める要因となっていると考えられる。 また、産業に対する人気の低迷は、産業への就職を希望する人材の量・質の低下ととも に、その産業に関連する学問分野の人気の低下を招いている。 2005年 1985年 60.0 62.0 64.0 60.0 66.0 電機・電子・通信・情報 機械・精密 機械・精密 電機・電子・通信・情報 化学・金属・材料・資源 その他工学系 建築・土木 化学・金属・材料・資源 その他工学系 建築・土木 図 1-29 62.0 有名私立2大学の理工学系学科(分野別)の偏差値の推移 (大手予備校の偏差値データを元に、みずほ情報総研作成) 21 64.0 66.0 図 1-29 は、有名私立2大学において、理工系の学科を分野別に区分した場合の平均偏 差値を示しているが、ここからは、1980 年代には、他学科と比べて人気が集中していた「電 機・電子・通信・情報」系学科も、2000 年代になると、他学科と際立って差がつくほどで はなくなっていることが読み取れる。過去においては、電機・電子・情報系学科は、工学 部の学科の中では人気の高い難関学科とされていることが多かったが、現在では、そのよ うな状況に変化が見られつつある。 また、図 1-30 は、過去数年における、国公立大学の情報系学部学科の志願倍率の推移 を示したものであるが、左のグラフからは、情報系学部学科の志願倍率が、国公立大学全 体の志願倍率よりも低い水準で推移していることが読み取れる。さらに、右のグラフから は、少子化等の影響により、国公立大学全体の志願倍率は低下傾向にあるが、情報系学部 学科の志願倍率は、全体よりさらに急激に低下していることが読み取れる。 前期日程志願倍率平均 5.0 2 0 0 3 年を1 0 0 とした時の志願倍率の変化 倍 110 情報系学部学科(国公立全体:N=76) 情報系学部学科(国公立全体:N=76) 国公立大学全体(非情報系含む) 国公立大学全体(非情報系含む) 4.0 100 3.0 90 80 2.0 2003年 2004年 2005年 図 1-30 2003年 2006年 2004年 2005年 2006年 国公立情報系学部学科の志願倍率の推移 (大手予備校の志願倍率データを元に、みずほ情報総研作成) このように、情報に関連する学部学科を志願する学生が減少していることや、情報サー ビス・ソフトウェア産業の就業先としての人気が低迷していることなどが、産業内部の人 材の閉塞感を、さらに強める方向に働いているものと考えられる。 最後に、今回の産学協同事業で、学生に対して実施されたアンケートの結果から、今の 学生が、情報サービス・ソフトウェア産業に対して持っているイメージを把握する。 図 1-31 は、情報サービス・ソフトウェア産業に対して当てはまると思う項目を選択す る設問の結果であるが、この産業が、 「今後ますます成長する」と思う学生は、半分に満た ない結果となった。また、 「優秀な人材が集まる」、 「世界に通用する企業が多い」 、 「国際的 な競争力がある」などの項目について「そう思う」と回答した学生は2割にも満たない。 このアンケートに回答した学生の多くが、情報工学等を専攻する学生であることを考え 22 ると、このアンケート結果には、現在の学生が情報サービス・ソフトウェア産業に対して 抱いているイメージが、それほど輝かしいものばかりではないことが示されていると言え る。 そう思う 40.8% 今後ますます成長する そう思う 18.1% 優秀な人材が集まる 図 1-31 (そう思わない) 81.9% そう思う 15.5% 世界に通用する企業が多い 国際的な競争力がある (そう思わない) 59.2% (そう思わない) 84.5% そう思う 12.5% (そう思わない) 87.5% 情報サービス・ソフトウェア産業に対する学生のイメージ (H17・H18 年度 本事業教育訓練受講者アンケートの結果から) ※ 上記アンケートは H17・H18 年度の本事業での教育訓練受講学生(主に情報工学系専攻)に対し て、それぞれ実施したアンケートの結果を合算したもの。 (N=375) ※ 設問は、日本の情報サービス・ソフトウェア産業に当てはまるイメージ( 「今後ますます成長す る」 「国際的な競争力がある」等)を、複数回答(回答数無制限)で選択するもの。 同様に、図 1-32 は、情報サービス・ソフトウェア産業での仕事に対する学生のイメー ジを尋ねた設問の結果であるが、こちらの設問においても、学生が仕事を選択する際の重 要な要素であると考えられる「自分の仕事に誇りをもてる」、「夢がある」などの項目に対 して「そう思う」と回答した学生は、2割に満たない結果となった。 仕事の内容がイメージしやすい そう思う 21.3% (そう思わない) 78.7% 自分の仕事に誇りをもてる そう思う 19.5% (そう思わない) 80.5% 夢がある 一生続けられる 図 1-32 そう思う 15.5% (そう思わない) 84.5% そう思う 4.3% (そう思わない) 95.7% 情報サービス・ソフトウェア産業の仕事に対する学生のイメージ (H17・H18 年度 教育訓練受講者アンケートの結果から) ※ 設問に対する注記は、図 1-31 と同じ。 なお、本事業で実施したアンケートでは、学生が、産業についてのイメージをどのよう 23 に形成するのかを把握するために、産業に関する情報の収集先を尋ねている。以下に、参 考までに、その結果を示す。 0% 10% 20% 30% 40% 50% 49.3% 先輩・友人 40.8% 就職関連以外のWebサイト 学校の先生 39.8% 就職関連のWebサイト 39.3% 30.3% 新聞記事 25.4% 業界誌 24.4% TV番組 22.9% 就職関連の雑誌 10.0% その他雑誌 家族・親族 その他 図 1-33 60% 7.5% 2.0% 【参考】情報サービス・ソフトウェア産業に関する情報の収集方法(複数回答) (経済産業省「平成 17 年度 産学協同実践的 IT 教育基盤強化事業 事業報告書」) ※ 上記アンケートは、H17 年度の本事業での教育訓練受講学生(主に情報工学系専攻)に対する 受講後アンケートの結果。 (N=201) 以上、本節で述べたように、情報サービス・ソフトウェア産業においては、産業自身が 成長の勢いを弱めつつあり、今後の成長に向けた模索が続く中、産業内部の人材が、産業 に対する閉塞感や不満を感じ始め、その結果、産業外部までも、情報サービス・ソフトウ ェア産業に対して良いイメージを失い、それによって、産業内部の人材がさらに自信を失 う ――― という“負の連鎖”が発生している。そして、この“負の連鎖”が、この産業 における閉塞感と、そこから抜け出しがたい状況を生み出していると考えられる。 よって、情報サービス・ソフトウェア産業の今後の発展のためには、まず、この閉塞感 を打開しなければならない。閉塞感の打開のためには、様々な方策が考えられるが、本事 業では、産業を支える「人材」に着目し、新たな人材の産業界への供給による閉塞感の打 開を試みた。このような問題意識に基づき、次節では、この産業における人材の重要性を 示す。 24 2. 情報サービス・ソフトウェア産業における人材の重要性 前節では、情報サービス・ソフトウェア産業の閉塞感を打開するための一つの方策とし て「人材」に着目することを述べた。そこで、本節では、この産業における人材の重要性 と、この産業における人材の現状や課題について詳述する。 2.1 産業内部の人材の状況 (1) 人材の重要性 製造業のような大規模な生産設備等を持たない情報サービス・ソフトウェア産業におい て、人材はきわめて重要な経営資源であると言われている。特に、目に見えないソフトウ ェアの分野では、製造業において飛躍的な生産性向上を生み出した生産の自動化が、未だ に十分に実現されていないことから、その生産工程の多くを人の手によっている。ここか ら、情報サービス・ソフトウェア産業は、 “労働集約的”な産業であると表現されることも ある。 図 1-34 は、売上高に対する人件費の比率を示すデータであるが、情報サービス産業に 含まれる「ソフトウェア業」 「情報処理サービス業」では、全産業の 2.5 倍近い値を示して おり、売上高に対して人件費が占める割合が非常に高い。これは、情報サービス産業にお ける「人材」の重要性の一端を示しているとも言える。なお、以下の数値は平均値である が、情報サービス・ソフトウェア企業の中には、60~70%という高い水準の売上高人件費 率を示す企業も存在する。これらの事実からは、人材が重要な経営資源となっているこの 産業の特性を見ることができる。 40% 31.5% 30% 19.0% 20% 13.1% 10% 0% 全産業 図 1-34 情報通信業 ソフトウェア業 情報処理サービス業 情報サービス産業の売上高人件費率 (全産業・情報通信業:「財務省「平成 17 年 法人企業統計調査」」 ) (ソフトウェア業・情報処理サービス業:(独)情報処理推進機構 2006 年「第 28 回情報処理産業経営実態調査報告書」) 25 人材が重要な意味を持つこの産業では、人材に関する課題が、重要な経営課題としてい 位置づけられている。図 1-35、図 1-36 は、それらを示すものである。 図 1-35 では、情報サービス企業のうち、 「人材育成の強化」に取り組むべきであると考 える企業が9割を超えているというデータが示されている。ここから、人材の育成が、こ の産業にとって、いかに重要な課題であるかを読み取ることができる。 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 % 92.2 人材育成の強化 71.7 開発・生産の効率化(コストダウン) 営業力の増強 68.5 既存事業分野におけるシェア拡大 (高付加価値サービスへのシフト等を含む) 67.1 新規事業分野への進出 (上流工程への新規進出を含む) 62.1 47.5 対象とする業種・業界(顧客ベース)の拡大 45.7 企業間の提携や水平連携の促進 企業規模の拡大(合併等も含む) 37.4 協力会社やベンダーの囲い込み 36.5 マーケティング(市場探索)機能・商品企画機能の強化 35.6 32.4 管理費の削減 27.9 対象とする専門分野・業界の絞込み 23.7 先端分野の技術者の獲得 21.0 海外生産・発注の拡大 12.3 研究開発費の拡大 8.2 サービスに関わるグローバルスタンダードの重視 設備の更新 企業規模のスリム化 その他 図 1-35 5.0 2.7 0.9 情報サービス企業が今後取り組むべきと考える経営上の課題 ( (社)情報サービス産業協会「情報サービス産業白書 2006」 ) また、図 1-36 は、組込みソフトウェア企業における経営課題を示しているが、 「人材の 確保・育成が難しい」に対する回答は、他の選択肢よりも際立って多く、この課題が、い かに多くの企業に認識されているかを、確認することができる。 26 0 10 20 30 40 % 50 人材確保・育成が難しい 技術の高度化・専門化へ対応することが難しい 研究開発体制の構築・運営が難しい 高度な技術開発に対するリスクが大きい 技術の承継が難しい 資金の確保が難しい 取引先とのニーズ・シーズの情報共有が難しい 発注者からの情報提供が不十分 継続的な設備投資が難しい サプライチェーンの変化への対応が難しい 知的財産権の確保・取り扱いが難しい 不公平な取引慣行の改善が難しい 公的機関の支援制度の有効活用が難しい その他 図 1-36 組込みソフトウェア開発関連企業が現在抱える最大の経営課題 (経済産業省「2006 年版 組込みソフトウェア産業実態調査報告書-経営者・事業責任者向け調査-」) (2) 人材不足の現状 前項では、人材の育成が、情報サービス・ソフトウェア企業における大きな経営課題と して認識されている現状を示したが、ここでは、その課題を、さらに詳細に把握するため に、職種別の人材の過不足の状況を示す。 0 20 40 60 80 % 100 マーケティング・セールス システムコンサルタント ITアーキテクト プロジェクト・マネジメント ITスペシャリスト アプリケーションスペシャリスト ソフトウェアベデロプメント カスタマーサービス・オペレーション 不足している 図 1-37 適切である 過剰である 不要である 不明 不足している職種 (ソフトウェア産業研究会「ソフトウェアビジネスの競争力」中央経済社:H17 年 3 月発行) 27 図 1-37 は、情報サービス・ソフトウェア企業に対して、IT スキル標準に定義された職 種別に、人材の不足状況を尋ねた結果であるが、これによれば、上流工程に携わる職種(マ ーケティング・セールス、システムコンサルタント)ほど不足する傾向が見られる。 また、図 1-38 は、組込みスキル標準に定義された職種別に、不足している人材の割合 を尋ねた結果であるが、ここには、ほぼすべての職種が高い割合で不足しているという現 状が示されており、組込みソフトウェア開発に携わる技術者不足の深刻さがうかがわれる。 0 30 60 90 % 120 プロダクトマネジャ プロジェクトマネジャ システムアーキテクト ソフトウェアエンジニア テストエンジニア ドメインスペシャリスト QAスペシャリスト 開発プロセス改善スペシャリスト 開発環境エンジニア ブリッジSE 図 1-38 組込みソフトウェア技術者の職種ごとの不足率 (経済産業省「2006 年版 組込みソフトウェア産業実態調査報告書-経営者・事業責任者向け調査-」) (3) 人材育成に関する課題 前述のように、人材の育成は、情報サービス・ソフトウェア産業におけるきわめて重要 な経営課題として認識されているが、企業における取り組みは、その認識どおりには進展 していない。 図 1-39 は、情報サービス企業に対して、人材育成の状況や課題を尋ねたものであるが、 「戦略的な人材教育ができていない」 「業務多忙であり教育に割く時間がない」と回答した 企業が半数を超えている。なお、この2つの理由は、相互に関連するものであると考えら れ、業務多忙な状況が、戦略的な人材の育成を困難にしていると捉えることもできる。 また、図 1-40 は、組込みソフトウェア技術者個人に対して、育成(能力向上)に関す る課題を尋ねたものであるが、図 1-39 と同じように、 「多忙で勉強(能力向上)の時間が ない」 「体系的な勉強/育成法がない」という課題が上位に挙げられている。これらの課題 も、情報サービス企業における課題と同様に、相互に関連している可能性が高く、業務の 多忙さが育成に対する余裕を無くし、計画的・体系的な育成を困難にしていると考えられ る。 28 0 10 20 30 40 50 60 66.8 戦略的な人材教育ができていない 業務多忙であり教育に割く時間がない 56.1 教育の効果が分かりづらい 46.4 育成人材(指導員)が不足している 26.5 OJT中心であるが現場に教育体制がない 25.5 人材教育費が高額である 21.4 技術動向を早く教えられる人材がいない 15.3 教育に対する意識が低い・向上心がない 15.3 教材作成スキルがない 1.5 その他 1.5 図 1-39 % 80 70 情報サービス企業における人材育成の状況 ( (社)情報サービス産業協会「平成 15 年度 情報サービス産業における高度人材育成に関する調査研究報告書」) 0 10 20 30 40 50 60 70 % 多忙で勉強の時間がない 体系的な勉強/育成法がない 育成方針やキャリア・プランがない スキルを評価できない 給与が業務の実態に見合わないので、 優秀な技術者が集まらない 担当する業務範囲が狭くなっており、 専門特化した知識を持つ技術者ばかり増えている 外部委託によって技術を学ぶ機会が少ない 育成に問題はない 図 1-40 組込みソフトウェア技術者の育成に関する課題 (日経エレクトロニクス 2007 年 1 月 15 日号) また、図 1-41 は、企業の育成の状況を尋ねる設問において、 「(自分の所属する企業に) 特にスキルアップの仕組みがない」と答えた回答者の割合をグラフ化したものであるが、 これによれば、特に中小企業では、人材を育成するための仕組みが、企業内に整備されて いないという事実が読み取れる。 29 0 10 20 30 40 51.4 100人未満 32.7 100人以上500人未満 21.6 500人以上1000人未満 16.3 1000人以上5000人未満 12.9 5000人以上 図 1-41 % 60 50 会社に「特にスキルアップの仕組みがない」と答えた回答者の割合(所属企業規模別) (日経 BP 平成 18 年「IT 人材実態調査報告書」 ) このように、人材がきわめて重要な意味を持つ情報サービス・ソフトウェア産業では、 その育成が最大の経営課題として認識されているにもかかわらず、業務の多忙さや育成の 仕組みの未整備によって、戦略的・体系的な人材育成が実現されていない。 産業の閉塞感を打開するためには、産業における重要な経営資源である「人材」の育成 が非常に重要であるが、産業内部は、業務の遂行がまず優先され、戦略的・体系的な人材 の育成にまで、本格的に取り組む余裕がないという状況に置かれている。 30 2.2 産業に供給される新卒人材の状況 産業内部での人材育成が十分に実現されていないという状況を前項に示したが、産業内 部での人材育成が困難であるとなれば、次に期待が寄せられるのは、産業外部から供給さ れる人材である。外部から優秀な人材を調達することができれば、企業内部での人材育成 に向けるコスト等を抑えることが可能となり、企業は、その分、業務の遂行に注力するこ とが可能となる。なお、日本の企業では、産業外部からの人材の多くを新卒人材として調 達しているため、ここでは、情報サービス・ソフトウェア産業の新卒人材に関する現状や 課題を把握する。 (1) 新卒人材に対する企業の評価 図 1-42 は、情報サービス・ソフトウェア企業における新卒人材のスキルレベル調査の 結果である。この調査によれば、IT ベンダー企業・組込みソフトウェア企業のどちらの企 業においても、研修を受けずに即業務に対応できる新卒人材は1割程度となっている。ま た、注目すべきは、情報関連の分野を専攻した新卒者も、全体と比較してそれほど大きな 差がついておらず、企業に即戦力として評価されていないという点である。また、IT ベン ダー企業では、研修を受けても業務に対応できない人材が2割を超えている。 ITベンダー 企業 0 新卒者全体 情報関連学部出身者 25 6 50 69 14 組込みソ フ トウェア企業 % 100 75 0 25 65 新卒者全体 21 情報関連学部出身者 研修を受けなくても業務対応可能 研修により業務対応可能 研修を受けても業務に対応できない 図 1-42 25 7 50 75 83 10 % 100 10 84 6 研修を受けなくても業務対応可能 研修により業務対応可能 研修を受けても業務に対応できない 情報サービス・ソフトウェア企業の新卒人材のスキルレベル (産業構造審議会 情報経済分科会 第4回 情報サービス・ソフトウェア小委員会資料) これらの新卒人材に対する企業の満足度を示したものが図 1-43 であるが、ここには、 半数以上の企業が、新卒人材の採用時のスキルに対して満足していないという結果が示さ れている。 4.9% 満足している 7.4% どちらとも言えない 31.5% 満足していない 56.2% 無回答 図 1-43 情報サービス・ソフトウェア企業における新卒人材の採用時スキルに対する満足度 (経済産業省資料) 31 以上見てきたように、情報サービス・ソフトウェア企業の新卒人材に対する満足度は、 それほど高いとは言えない状況にある。この原因を明らかにするため、以下では、情報サ ービス・ソフトウェア産業の業務に直接関連する学問分野である情報工学等を専攻した新 卒人材と、そのような新卒人材に対する企業の評価に焦点を当て、その原因を把握する。 (2) 情報工学専攻の新卒人材に対する企業の評価 情報系の学問分野を専攻していない新卒人材のスキルレベルに企業が満足していないの は、ある意味、仕方がない面もある。しかし、過去約 20 年の間の情報処理技術者の専攻分 野の変化を示す下図(図 1-44)によれば、文系出身者の割合は減少傾向にあり、逆に、工 学分野の出身者の割合が増えていることが分かる。 0 25 50 昭和63年 13.0 22.4 平成5年 12.0 26.4 8.3 平成10年 平成15年 26.5 6.2 25.0 15.0 100 % 41.5 13.0 39.8 14.5 44.3 11.9 人文科学 図 1-44 75 51.3 社会科学 理学 工学 それ以外 学部卒業後、情報処理技術者になった者の専攻分野 (文部科学省「学校基本調査」 ) また、工学の中でも、情報工学等の分野を専攻した新卒人材の採用割合は、近年増加傾 向にある(図 1-45)。さらに、図 1-45 の最新(2004 年)のデータでは、新卒人材全体に 占める情報工学専攻者の割合が3割を超えている。 0 2002年 2003年 2004年 25 50 26.1 100 % 73.9 30.2 69.8 33.8 66.2 情報工学専攻者 図 1-45 75 それ以外 新卒採用者に占める「情報工学専攻者」の割合 (経済産業省 平成 17 年「IT サービス産業における新卒の採用等に関する実態調査」) 32 このような状況をふまえると、企業の新卒人材のスキルレベルに対する満足度の低さの 原因は、情報工学等を専攻した人材の“割合の少なさ”にあるのではなく、高いスキルを 持っていると期待される専攻人材が、企業の期待に応えていないことから生じるものでは ないかと考えられる。 これを裏付けるのが、図 1-46 である。これは、情報サービス・ソフトウェア企業が過 去に採用した情報工学専攻者に対する評価を尋ねた設問の結果であるが、 「ほぼ期待通りの 水準を満たしている」と答えた企業は3割近くに過ぎず、7割近くの企業が、 「期待通りの 水準を満たしているのは半数程度」、もしくは、「期待水準を満たす人材はほぼいない」と 答えている。 0 25 50 27.4 100 % 75 61.1 8.0 3.5 ほぼ期待通りの水準を満たしている 期待通りの水準を満たしているのは半数程度 期待水準を満たす人材はほぼいない 不明 図 1-46 これまでに採用した情報工学専攻者に対する評価 (経済産業省 「IT サービス産業における新卒の採用等に関する実態調査」平成 17 年) このような専攻人材に対する企業満足度の低さの原因は、 図 1-47 に見ることができる。 この図は、現役 IT 技術者の IT スキル標準に基づくスキルレベルを、経験した教育(学歴) 別に示したものであるが、ここでは、情報工学等の教育を受けていない IT 技術者と、高い 教育を受けている技術者の間に、それほど大きなレベル差は見られない。現状では、高等 教育機関の専門教育が、情報サービス・ソフトウェア産業の期待に十分に応えるものとな っておらず、これが新卒人材に対する企業満足度の低さの背景にあると見られる。 レベル 7 6 5 4 3 3.1 3.0 3.2 2.9 3.2 3.3 3.2 非専攻 専門学校 高専 短大 大学 大学院 その他 2 1 0 図 1-47 情報工学教育経験別のITスキル標準レベル (産業構造審議会 情報経済分科会 第4回 情報サービス・ソフトウェア小委員会資料) (原典:日経 BP 社「スキル実態調査」) 33 (3) 人材採用の現状 高等教育機関の専門教育が、情報サービス・ソフトウェア産業の期待に十分に応えてい ない現状では、企業は、新卒人材の採用にあたって、技術的なスキルよりも、個人的な資 質等を重視する傾向にある。 図 1-48、図 1-49 には、情報サービス企業の新卒採用において、個人の資質が重視され ているという結果が示されている。新卒採用は、即戦力の補充のみを目的としているわけ ではなく、特に、日本企業にとっては、将来の企業を担う幹部候補人材等の調達も大きな 目的であると考えられるため、採用にあたって、即戦力としての技術力の評価よりも、個 人の資質や将来性等が重視される傾向にある。しかし、現状では、新卒人材の間に、それ ほど大きな技術スキルレベルの差がないために、技術面に関する基準が、基準として成り 立たないという見方も可能である。従って、技術と将来性を兼ね備えた新卒人材が数多く 輩出され、それらの豊富な人材の中から選択ができるような状況が実現すれば、採用の基 準も変化し、技術的な側面も同様に重視される傾向が強まると考えることもできる。 0 20 9.7 テクニカルスキル ビジネススキル 60 100 % 80 新卒採用 中途採用 38 0.5 48.1 パーソナルスキル 図 1-48 40 89.8 13.9 新卒採用・中途採用を行う際に最も重視するスキル ( (社)情報サービス産業協会「情報サービス産業白書 2005」 ) 0 最終学歴 専攻(IT系重視等) 20 2.5 0 100 % 80 新卒採用 中途採用 7.6 0.0 資格 0.0 0.5 図 1-49 60 0.5 経験・実績 資質 40 85.6 89.8 13.3 新卒採用・中途採用を行う際の最大の判断基準 ( (社)情報サービス産業協会「情報サービス産業白書 2005」 ) 図 1-50 は、組込みソフトウェア技術者の採用基準を示しているが、 「コミュニケーショ ン能力」や「人柄」等の個人的資質が上位を占める点は同様であるものの、 「プログラミン グ能力」や「専門技術知識」等の技術スキルが、高い割合でそれに続いている。図 1-50 34 では、新卒採用と中途採用の区別はされていないが、組込みソフトウェア技術者の採用に おいでは、情報サービス企業における採用よりも、技術面が重視されていると見られる。 0 10 20 30 40 % 50 コミュニケーション能力 人柄 プログラミング能力 専門技術知識 組込みソフトの開発経験 職務経歴 ドキュメント能力 マネジメント能力 アプリケーションの知識 語学力 ハードの開発経験 業務系ソフトの開発経験 学歴 パーソナルスキル・資質 専門知識・技術スキル 経験・実績 資格 図 1-50 組込みソフトウェア技術者の採用にあたって「非常に重要」な要素 (経済産業省「2006 年版 組込みソフトウェア産業実態調査報告書-経営者・事業責任者向け調査-」) 35 (4) 高等教育機関に対する期待 業務多忙により、企業内での人材育成が十分に実現されていない現状では、企業が外部 から獲得する新卒人材に対して、大きな期待が寄せられている。しかし、すでに見たよう に、特に新卒人材の技術レベルに対する企業の満足度は、現在それほど高いとは言えず、 産業界へ専門人材を輩出する役割を担う大学等の高等教育機関に対する期待が、かつてな いほどに高まっている。 図 1-51 は、新卒人材のスキルを向上させるために採るべき方法を尋ねた調査の結果で あるが、回答の割合は、 「産学が協同して教育」 、 「教育機関が教育」、 「産業界が教育」の順 に高くなっている。産業界側は、高等教育機関に対して高い期待を寄せているが、次章で 詳述するように、現在、高等教育機関側も“実務経験を有する教員が少ない”など、様々 な課題を抱えており、教育機関側が単独で、産業界が期待する水準の教育を実施すること は難しい現状にある。そのような現状をふまえると、新卒人材のスキル向上を実現のため に現実的に最も有効な方法は、「産学協同による教育」であるとの結論が導かれる。 2.7% 24.1% 39.7% 26.0% 7.4% 入社後、産業界が自ら教育する 産学が協同して、入社前に身に付けるようにする 入社前に大学等の教育機関が教育 その他 無回答 図 1-51 新卒人材のスキル向上のために採るべき方法 (経済産業省資料) 企業内における人材の育成や、教育機関で実施する教育内容の決定は、本来、各企業・ 教育機関の自主性に任されるべきものであるため、産学協同による教育が、すべての企業 や教育機関にとって最善の策であると断言することは難しい。しかし、これまでに述べた ような情報サービス・ソフトウェア産業全体の状況をふまえるならば、産業の将来を支え る専攻人材を育成するために教育界の協力を仰ぐことは、成熟期を迎えたわが国の情報サ ービス・ソフトウェア産業にさらなる発展をもたらし、産業の未来を切り拓くために、も はや必須であると言うべきであろう。 平成 14 年度補正事業に始まり、平成 16 年度から平成 18 年度まで本格的に実施された一 連の産学協同事業は、このような問題意識を基盤としている。本事業は、産学双方が力を 併せてわが国の情報サービス・ソフトウェア産業の未来を切り拓くための新たな試みとし て位置づけられるものである。 36 第2章 1. 実践的 IT 教育の現状 高等教育機関に対するニーズ 前章までの流れを受け、本章ではまず、情報サービス・ソフトウェア産業の未来を支え る人材を育成するために、高等教育機関に対して期待される教育の内容を明らかにする。 ここでは、産業界側のニーズの分析に、企業や個人(現役技術者)に対する調査結果を活 用する他、教育を受ける側のニーズ分析として、情報工学を専攻する現役学生や卒業生に 対する調査結果も併せて活用し、多面的な角度から、具体的な教育内容の把握を試みる。 続いて、現在、高等教育機関において実施されている教育の現状や、産学連携に対する 教育機関の意識に加えて、産業界が求める“実践的な”教育に関する各種取り組みの現状 を概観する。末尾には、それらの高等教育機関の取り組みに対して、企業がどの程度参画 しているのか、その現状を示す。 1.1 産業界のニーズ (1) 企業における新卒採用の位置づけ 図 2-1 は、情報サービス企業に、不足している人材の調達方法を、IT スキル標準に定義 されている職種別に尋ねたものである。全体としては、既存社員の育成が主体となってい るが、ここでは、新卒人材に対する企業の期待に注目する。 0% セールス・マーケティング(N=187) コンサルタント(N=173) プロジェクトマネジメント(N=188) ITアーキテクト(N=172) ITスペシャリスト(N=177) アプリケーションスペシャリスト(N=179) 20% 9.6 5.2 11.7 16.3 15.3 13.0 19.0 9.5 25.6 14.2 100% 1.6 52.6 13.8 9.9 80% 48.1 27.7 8.0 5.9 新卒採用+育成 図 2-1 60% 34.2 ソフトウェアデベロップメント(N=176) カスタマーサービス・オペレーション(N=169) 40% 8.1 1.0 12.1 59.3 5.2 8.1 62.1 5.1 2.8 60.3 7.3 1.2 52.3 6.3 既存社員+育成 20.7 外部調達 6.3 13.6 その他 不足している人材を確保する方法 ( (社)情報サービス産業協会「情報サービス産業動向調査 2004 年」 ) 37 5.2 71.3 43.8 中途採用 14.3 必要なし 「プロジェクトマネジメント」や「IT アーキテクト」など、一定の経験が求められる職 種についても、企業側は、新卒人材を将来的に重要な戦力として捉えている。ただし、 「プ ロジェクトマネジメント」や「IT アーキテクト」には、ある程度の経験が必要とされるた め、新卒採用よりも中途採用を重視する企業の割合の方が、若干高くなっている。 それに対して、「IT スペシャリスト」や「アプリケーションスペシャリスト」、「ソフト ウェアデベロップメント」などの職種は、新卒人材を重視する企業の割合が、中途採用よ りも高くなっている。これらの職種は、新卒人材を採用した後、各社で育成すべき職種で あると考える傾向が強いと見られる。 以上のように、企業は、新卒人材に対して、多様な職種の採用意向を持っているが、そ の中でも特に、「IT スペシャリスト」や「アプリケーションスペシャリスト」、「ソフトウ ェアデベロップメント」などの職種に対しては、新卒人材への期待が高い。これらの職種 は、エントリレベルとして一般的な職種であり、そこで十分な経験を積んだ後に、 「プロジ ェクトマネジメント」や「IT アーキテクト」、 「コンサルタント」などの他職種のミドル/ ハイレベルへとキャリアアップしていく際の、キャリアのスタート地点として位置づけら れることが多い職種でもある。 新卒人材に対しては、上記のようなエントリレベルの職種に対する企業の期待・需要が 高いため、即戦力の供給という意味では、高等教育機関には、これらの職種のエントリレ ベルとして、新卒人材が、入社後ただちに活躍できるような教育を実施することが求めら れる。 また、「プロジェクトマネジメント」や「IT アーキテクト」などの他職種についても、 新卒人材に対する企業のニーズが存在することや、「IT スペシャリスト」や「アプリケー ションスペシャリスト」、「ソフトウェアデベロップメント」などのエントリレベルからキ ャリアを開始した新卒人材も、その後、職種を転向してキャリアアップを目指す可能性が 高いことなどから、高等教育機関には、それらの多様な職種としての将来の活躍を見据え た教育も求められると言える。 38 (2) 企業が高等教育機関に求める教育の内容 前項では、企業における職種別の新卒人材ニーズから、高等教育機関が目指すべき教育 の到達点・目標を示したが、本項では、その目標達成のために、高等教育機関が具体的に 実施すべき教育の内容を把握する。 図 2-2 は、企業が、情報工学系の学科に期待する教育の内容を分野別に示しているが、 これによれば、企業が期待する教育は、上位から順に、 「システム設計・ソフトウェア設計 に関する教育」 「通信・ネットワークに関する教育」、 「プロジェクトマネジメントに関する 教育」、「プログラミング技術に関する教育」、 「ソフトウェア工学に関する研究」となって いる。 しかし、ここで、企業が“最も期待するもの1つ”として挙げた内容を見ると、 「通信・ ネットワークに関する教育」は、その回答割合が低くなっており、ここから、 「通信・ネッ トワークに関する教育」は、企業としては、 “必須ではないが、可能であればぜひ学んでき てほしい内容”として捉えられていることが分かる。 その他の「システム設計・ソフトウェア設計に関する教育」や「プロジェクトマネジメ ントに関する教育」は、 “最も期待するもの”としての回答割合も高くなっており、企業が 教育機関に高い期待を寄せていると見ることができる。 0 10 20 システム設計・ソフトウェア設計に関する教育 通信・ネットワークに関する教育 70 7.6 コンピュータサイエンスに関する教育 80 90 % 58.2 19.0 ソフトウェア工学に関する研究 54.1 39.5 35.5 4.8 30.5 3.3 30.0 ソフトウェア検証に関する教育 0.0 特定アプリケーションに関する教育 1.0 図 2-2 60 60.0 8.6 不明 50 78.6 4.3 プログラミング技術に関する教育 特に期待するものはない 40 30.5 プロジェクトマネジメントに関する教育 組織マネジメントに関する教育 30 9.5 2.7 2.9 期待するもの 最も期待するもの1つ 4.5 18.1 N=220 企業が情報工学系学科に期待する教育 (経済産業省 平成 17 年「IT サービス産業における新卒の採用等に関する実態調査」) 次に、類似の調査であるが、中堅・大手を中心とする国内 IT 企業の人材育成担当者に対 して行われた調査結果を、以下に示す。 39 0 5 10 15 20 25 30 スコア 35 ソフトウェアエンジニアリング 31 テクノロジ 31 コミュニケーション 22 ソフトウェア開発 21 プロジェクトマネジメント 12 アプリケーションデザイン 8 7 アーキテクチャ設計/構築 メソドロジ 業務分析 6 5 N=12 図 2-3 情報/工学系の大学・大学院で、学生にしっかりと教育してほしいスキル (日経 BP 平成 18 年「IT 人材実態調査報告書」 ) ※ 優先度によって回答を重み付けしたものをスコアとして算出。回答者は、中堅・大手を中心とす る国内 IT 企業の人材育成担当者。 この図 2-3 によれば、企業側が求めるスキルとして回答の多いものとして、「ソフトウ ェアエンジニアリング」、「テクノロジ」、「コミュニケーション」、「ソフトウェア開発」な どが挙げられる。 図 2-2 と図 2-3 では、回答結果が若干異なっているようにも見えるが、これは、選択肢 の粒度や種類によるものであり、これらの結果は、以下のように解釈できる。 前項で見た「IT スペシャリスト」、 「アプリケーションスペシャリスト」、 「ソフトウェア デベロップメント」などの職種の基礎となるのは、ソフトウェアの開発である。図 2-2 と 図 2-3 の結果は、ソフトウェア開発に関する基礎的な知識・スキルの修得を望む企業側の 意識の表れであると解釈できる。特に、ソフトウェア開発の工程の中でも、 「システム設計・ ソフトウェア設計」に重点が置かれており、 「ソフトウェア検証」等への要望はそれらより も低いことや、 「プロジェクトマネジメント」、 「コミュニケーション」、 「ソフトウェアエン ジニアリング」、「プログラミング技術」などへの要望が高いことから、ソフトウェアを設 計・実装する段階で必要な知識・スキルの修得に対するニーズが高いと分析することがで きる。 これらの結果を整理すると、高等教育機関に対して企業のニーズが高い教育は、以下の とおりとなる。 【企業ニーズが高い教育】 • システム設計・ソフトウェア設計 • プロジェクトマネジメント • ソフトウェアエンジニアリング • コミュニケーション • プログラミング技術 • 通信・ネットワーク技術 40 また、図 2-4 は、組込みソフトウェア技術者に対して、教育機関に対する希望を尋ねた 結果であるが、ここでは、 「組込みシステム」、 「コミュニケーション/プレゼンテーション」、 「情報処理技術」、「ソフトウェア設計」などに対する回答が多くなっている。 組込みソフトウェア技術者には、情報サービス産業の IT 技術者に求められるようなソフ トウェアに関する知識・スキルに加えて、ハードウェア関連の知識・スキルが必須とされ る。そのため、ハードウェアに対してソフトウェアを組み込んで動作させる「組込みシス テム」に関する教育が強く求められている。 組込みソフトウェア技術者向けの教育として、コミュニケーション等のパーソナルスキ ルに関する教育のニーズが高いことも注目に値する。しかし、前頁の結果にも、 「コミュニ ケーション」が挙げられていることから、これは、職種を問わず、汎用的に求められる共 通スキルであると考えられる。 0 5 10 15 % 20 組込みシステム コミュニケーション/プレゼンテーション 情報処理技術 ソフトウェア設計 システム要求分析・方式設計 ソフトウェア・エンジニアリング ディスカッション/ネゴシエーション 開発プロセス プラットフォーム技術(OS・プロセッサ等) ドキュメンテーション プロジェクトマネジメント 通信技術 コーディング・デバッグ リーダーシップ 計測制御技術 テスト・検証 ビジネス戦略・技術戦略 ユーザインタフェース技術 マルチメディア技術 ストレージ技術 その他 図 2-4 組込みソフトウェア技術に関する学校教育で最も強化してほしい分野 (経済産業省 「2006 年版組込みソフトウェア産業実態調査:技術者個人向け調査」 ) 41 コミュニケーション等のパーソナルスキルに対するニーズの高さは、以下の調査結果か らも読み取ることができる。 以下は、現役の IT 技術者/組込み技術者に対して、「学生時代に身に付けておくべきス キル」を尋ねた結果であるが、3~4割の技術者が「コミュニケーション」を挙げ、最も 多い回答となっている。その他にも、 「リーダーシップ」や「ネゴシエーション」などの項 目が挙げられており、学生時代から、これらのパーソナルスキルを養っておくべきである という現役技術者の考えが示されている。 IT技術者 (N =1393) 0 10 20 30 % 50 40 38.3 コミュニケーション 18.7 ソフトウェア開発 ソフトウェアエンジニアリング 18.4 17.2 リーダーシップ 14.7 テクノロジ 13.0 ネゴシエーション アプリケーションデザイン 11.3 組込み技術者 (N =220) 0 10 20 30 コミュニケーション 44.5 ソフトウェアエンジニアリング 29.5 ソフトウェア開発 28.2 リーダーシップ 17.7 テクノロジ 17.7 開発方式設計 17.3 アーキテクチャ設計/構築 14.5 デザイン 14.5 図 2-5 % 50 40 学生時代に身に付けるべきスキル (日経 BP 平成 18 年「IT 人材実態調査報告書」 ) また、図 2-5 では、「ソフトウェア開発」や「ソフトウェアエンジニアリング」、「テク ノロジ」などが、共通して上位に挙げられており、学生時代から、これらに関する知識・ スキルの習得が必要であると考えられていることが分かる。 42 1.2 学生のニーズ (1) 企業実務に必要な実践的スキルの習得に対する考え方 続いて、高等教育機関にとっての人材の輩出先である産業界ではなく、高等教育機関に とっての顧客とも言える学生や卒業生に対する調査結果を示す。 図 2-6 は、主に情報工学系を専攻する学生に対して、現在の学部学科カリキュラムの満 足度を尋ねたものである。これによれば、半分以上の学生が、「非常に満足している」「満 足している」と回答しているものの、「あまり満足していない」「全く満足していない」と 答えた学生も合わせて4割を超えている。ここでは、現在の大学カリキュラムに満足して いない学生も高い割合に上るという結果が示されている。 現在のカリキ ュ ラ ム に対す る満足度 非常に 満足している 2.1% あまり 満足していない 39.5% 満足している 56.3% 図 2-6 全く 満足していない 2.1% 現在のカリキュラムに対する学生の満足度 (H17・H18 年度 本事業教育訓練受講者アンケートの結果から) ※ 上記アンケートは H17・H18 年度の本事業での教育訓練受講学生(主に情報工学系専攻)に対し て、それぞれ実施したアンケートの結果を合算したもの。 (N=375) 以下には、参考までに、自由記述欄に学生が記入したコメントの一部を示す。 現在のカリキュラムに「満足していない」理由 • 講義を聞いていて、どういうことに利用できるのか、実感が湧かないから。 • 就職してから役に立ちそうなものや、面白い授業があまり見当たらない。 • 今後どの程度役立つ内容であるかを考えると疑問がある。もう少し演習を増やしてもいい気がす る。 • 個人的な意見としては、もうちょっと演習(プログラミングやネットワーク関係)を多めにして もらいたいと思います • 座学が多く、あまりスキルが身に付かない。 • もっと新しい技術や知識に関する講座を開講すべきだと思う。実践的な講座を多く取り入れて欲 しい。 • 教科書(理論)的な情報関連科目が一通り揃っている点については良いと思うが、一方で実践的 な内容(プログラミング、ソフトウェア開発)が少ない。 • 技術のみが重視され、時代にそぐわない。コミュニケーション力を高める講座を、もっと増やす べき。 43 自由記述欄には、学生から様々なコメントが寄せられたが、中でも、 “就職してから役立 つ教育”や“講義(座学)に代わる演習”、“新しい技術”、“コミュニケーション”等の教 育を望む声が多い(なお、コメントの中には、 “実践的”との用語が見られるが、本事業で は、情報サービス・ソフトウェア企業が求める人材を育成するための教育を、従来の教育 よりも“実践的”と表現していたため、学生も同様の表現を用いている。) 図 2-7 は、 “実践的”なスキルを習得する講座をカリキュラムに取り入れることに対 する希望を尋ねた結果である。この図によれば、 「そう思う(カリキュラムに取り入れて欲 しい)」と回答した学生は、全体の9割近くに上り、そのような実践的な教育が、企業だけ ではなく、学生にも求められているという事実が示されている。 実践的なスキ ルを習得す る講座を、カリキ ュ ラ ム に取り入れて欲しいです か? そう思わない 1.0% そう思う 88.6% 図 2-7 分からない 10.4% 実践的なスキルを習得する講座に対する学生のニーズ (経済産業省「平成 17 年度 産学協同実践的 IT 教育基盤強化事業 事業報告書」) ※ 上記アンケートは、H17 年度の本事業での教育訓練受講学生(主に情報工学系専攻)に対する受 講後アンケートの結果。 (N=201) 実践的なスキ ルを習得できるカリキ ュ ラ ム は、 志望校を決定す る上で(大学等への進学時)重要な要素になると思いま す か? あまり重要な要素に ならないと思う 12.9% 重要な要素に なると思う 29.4% ある程度重要な 要素になると思う 52.2% 重要な要素に ならないと思う 5.5% 図 2-8 実践的なスキルが習得可能なカリキュラムの学生にとっての重要度 (経済産業省「平成 17 年度 産学協同実践的 IT 教育基盤強化事業 事業報告書」) ※ 上記アンケートは、H17 年度の本事業での教育訓練受講学生(主に情報工学系専攻)に対する受 講後アンケートの結果。 (N=201) 44 また、図 2-8 は、実践的なスキルを習得するためのカリキュラムが、学生にとってどれ ほど重要なのかを把握するために、実践的カリキュラムが学校選択の際の重要な要素にな るかどうかを尋ねたものである。この結果、「重要な要素になると思う」「ある程度重要な 要素になると思う」と回答した学生を合わせると8割を超え、そのようなカリキュラムの 有無が、その教育機関に対する志望を左右する要因になり得る可能性が示唆されている。 それでは、“実践的な教育”として、学生は、どのような教育を望んでいるのだろうか。 教育の内容を大きく“企業実務向けの内容”と“専攻研究に関する内容”に分けて、学生 に選択してもらった結果が図 2-9 である。これによれば、 「企業での実務を想定したシス テム開発演習・実習」が最も高い割合で挙げられ、それに「企業で使われるシステム開発 手法や方法論についての学習」が続く結果となっている。 “専攻研究に関する内容”に分類 される「専攻分野の技術の基礎となる理論についての学習」や「専攻分野における最先端 技術についての学習・研究」に対する回答割合は低く、学生の間では、専攻分野に関する 研究よりも、企業実務に関する学習に対するニーズが高いことが分かる。 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 企業で使われるシステム開発手法や方法論についての学習 (開発方法論やプロジェクトマネジメントなど) 57.1% 専攻分野の技術の基礎となる理論についての学習・研究 56.5% 41.6% 企業で使われるツールやアプリケーションについての学習 36.8% 専攻分野における最先端技術についての学習・研究 図 2-9 80% 65.3% 企業での実務を想定したシステム開発演習・実習 上記の中にはない 70% 1.1% 企業実務向けの内容 専攻研究に関する内容 情報工学系カリキュラムに必要だと思う学習内容(複数回答可) (H17・H18 年度 本事業教育訓練受講者アンケートの結果から) ※ 上記アンケートは H17・H18 年度の本事業での教育訓練受講学生(主に情報工学系専攻)に対し て、それぞれ実施したアンケートの結果を合算したもの。 (N=375) なお、研究志向や実務志向は、高等教育機関の位置づけや特徴、その目指す教育の目標 などによっても異なるため、上記の学生のニーズを、すべての高等教育機関に当てはめる ことは難しい。しかし、学生全体の傾向として、実践的な教育に対するニーズが高いこと を、ここで把握しておきたい。 45 (2) 学生が求める学習内容 ① 現役大学生 学生の間に、実践的な教育に対する高いニーズが存在することを、前頁までに示した。 ここでは、実践的な教育に留まらず、カリキュラム全体として、学生が望む具体的な教 育内容を把握する。 図 2-10 は、主に情報工学系を専攻する学生に対して、情報工学系の学習内容としてカ リキュラムに追加(もしくは強化)して欲しい学習内容を尋ねた結果である。これによれ ば、 「プログラミング言語」や「ソフトウェア工学」という回答が多くなっており、企業側 が求める教育内容と同じように、学生の間でも、ソフトウェア開発に関する基礎的な知識・ スキルの習得に対するニーズが高いと見ることができる。 0% 20% 40% プログラミング言語 50.4% ソフトウェア工学 38.1% プログラミング入門 32.3% オペレーティングシステム 31.7% ネットワーク工学 30.4% 26.9% データベース 21.9% 情報数理科学 17.9% 計算機科学 形式言語とオートマトン 上記の中にはない 図 2-10 60% 6.4% 9.6% 情報工学系の学習内容として追加/強化してほしい分野 (H17・H18 年度 本事業教育訓練受講者アンケートの結果から) ※ 上記アンケートは H17・H18 年度の本事業での教育訓練受講学生(主に情報工学系専攻)に対し て、それぞれ実施したアンケートの結果を合算したもの。 (N=375) 参考までに、図 2-11 には、情報サービス・ソフトウェア産業への就業を希望する学生 が、興味を持っている仕事の内容を示したが、学生の間では、システム・ソフトウェアの 企画や設計・開発など、実際にソフトウェアを設計・開発する仕事に対する興味が高い。 これは、企業が新卒人材に求めるニーズとも一致するものであり、この点において、企 業が求める人材と学生の希望は、ある程度合致している。高等教育機関で実践的な教育を 行う際には、これらの企業ニーズや学生の希望をふまえて、教育の到達点を設定すること が求められる。 46 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 59.9% 新しいシステムやソフトウェアを企画する仕事 56.7% システムやソフトウェアの技術的な設計を行う仕事 52.0% 実際にプログラミングを行い、現場でシステムやソフトウェアを創り上げる仕事 37.7% システムやソフトウェアに関わる最先端の技術を研究・開発する仕事 27.2% システムやソフトウェアを開発する技術者を指揮・監督するような仕事 21.9% 新しいシステムやソフトウェア、技術などを使ったベンチャーの起業 0.6% その他 2.0% 上記のいずれにも興味がない 図 2-11 70% 情報サービス・ソフトウェアに関わる仕事のうち興味のある仕事 (H17・H18 年度 本事業教育訓練受講者アンケートの結果から) ※ 上記アンケートは H17・H18 年度の本事業での教育訓練受講学生(主に情報工学系専攻)に対し て、それぞれ実施したアンケートの結果を合算したもの。 (N=342) ② 卒業生 次に、現役の学生ではなく、情報工学系の学部学科を卒業した学生が、専攻教育を評価 した調査の結果を示す。 図 2-12 は、学習した内容のうち、卒業後役に立っている分野を尋ねたものであるが、 すべての項目において「役立っていない」との回答も目立つため、高等教育機関には企業 で役立つ実践的な教育が必要不可欠であるとの立場からすれば、卒業生の専攻教育に対す る全体的な評価は、それほど高くはないと言える。 0% 25% 50% 計算機科学 15.4% 28.5% ネットワーク工学 16.5% 25.9% プログラミング言語論 16.9% オペレーティングシステム 18.9% データベース ソフトウェア工学 14.7% 形式言語とオートマトン 十分役立っている 図 2-12 21.4% 27.4% 30.2% 37.1% 25.5% 43.0% 18.9% 19.2% 48.9% 20.4% 16.0% 12.1% 4.9% 情報数理科学 6.2% 18.6% 2.4% 13.7% 34.6% 20.5% 15.9% 12.3% 100% 28.1% 29.1% 29.1% プログラミング入門 75% 50.7% 21.1% 52.8% 30.2% 72.8% 役立っている 少し役立っている 役立っていない 卒業後役に立っている学習分野 (経済産業省 平成 16 年「大学等における IT 教育実態調査報告書(情報系学科卒業生の視点)」 ) 47 教育内容別に見ると、 「プログラミング入門・言語論」 「計算機科学」 「ネットワーク工学」 「オペレーティングシステム」などの分野において教えられた内容は、企業でも役立つと 評価されているが、 「データベース」 「ソフトウェア工学」などの分野で教えられた内容は、 企業実務への貢献度が低いと見なされている。 図 2-13 は、図 2-12 よりさらに詳しく、科目(テーマ)別に結果を示したものである。 「役に立っている」 「十分役に立っている」が多い科目は、図 2-12 でも上位に挙げられて いる分野に属するものが多い。それに対して、 「機械学習」 「AI」 「カオス」等のテーマは、 企業の実務には「役に立っていない」との評価が多くなっている。 「役立っ ていない」が多い科目 「役立っ ている」「十分役立っ ている」が多い科目 0% 0% 10% 20% 30% 30.0% C言語 アルゴリズム データ構造 23.8% Windows 22.8% 22.6% 20% 30% AI 25.4% カオス 25.1% ファジー 24.8% 24.5% 多次元データ解析 24.0% インタプリタ言語 23.8% 21.1% UNIX 20.9% Mac OS 23.4% オペレーティングシステム 20.7% 最適化手法 23.1% オブジェクト指向言語 20.3% TRON 22.9% 図 2-13 40% 25.7% パターン認識 22.8% プログラミング言語論 プロトコルと伝送制御 機械学習 31.4% プログラミング入門 10% 40% 卒業後役に立っている学習科目 (経済産業省 平成 16 年「大学等における IT 教育実態調査報告書(情報系学科卒業生の視点)」 ) 図 2-14 は、さらに、情報工学系の教育に追加して欲しい内容を尋ねたものであるが、 各カテゴリの上位には、 「実習・演習」が挙げられている。また、最も多い回答は「ソフト ウェア工学」であり、企業の実務に役立つようなソフトウェア工学教育の実現や、各分野 での演習の実現が強く望まれていることが分かる。 また、図 2-15 には、同じ調査に寄せられた大学教育に対する要望(自由記入)のうち 類似の回答を多い順に示しているが、最も多かった要望は「実践から理論・基礎を学ぶ」 というものであった。他にも、 「理論・基礎の充実」という要望も多く見られ、大学教育に 対して、実践性の強化を望むと共に、その基盤としての理論・基礎教育を充実して欲しい という卒業生の希望が読み取れる。 また、既出の現役学生に対するコメントにも記入されていた“学んだ内容が何の役に立 つのか分からない”という点についても、同様の認識が多いと見られ、 「学問・技術の必要 性に関する教育」が必要であるとの意見も多く寄せられている。 48 ソフトウェア工学関連 0 10 20 30 40 50 60 63 44 プロジェクトマネジメント 16 プログラミング データベース 6 62 計算機システムの基礎 33 コンピュータ・アーキテクチャ 15 オブジェクト指向言語 8 データ検索・アルゴリズム 情報的な考え方(基礎知識) 7 パソコン(ハード) 7 20 演習・実習 12 画像処理 10 数学・理論 データマイニング 人工知能関連 80 78 ソフトウェア工学 システム開発演習 実習・演習・応用事例 情報処理系 70 6 7 図 2-14 情報工学系教育に追加してほしい内容 (経済産業省 平成 16 年「大学等における IT 教育実態調査報告書(情報系学科卒業生の視点)」 ) 0 10 20 30 実践から理論・基礎を学ぶ 50 70 人 60 63 英語力強化 30 理論・基礎の充実 23 演習と講義のバランス 22 最新技術に即した教育 21 産学連携の必要性 21 学問・技術の必要性についての教育 15 インターンシップ 14 図 2-15 40 大学教育への要望 (経済産業省 平成 16 年「大学等における IT 教育実態調査報告書(情報系学科卒業生の視点)」 ) 49 90 人 以上をふまえ、高等教育機関に対する学生・卒業生のニーズを、以下に整理する。 【学生・卒業生のニーズが高い教育】 • 学問・技術の必要性に関する教育 • 計算機システムに関する実習・演習 • プログラミング言語 • 情報処理に関する実習・演習 • ソフトウェアエンジニアリング • (理論・基礎の充実) • システム開発演習 • (実践から理論・基礎を学ぶ演習) 50 1.3 有効な教育方法 前項までに、教育の内容について見てきたが、ここでは、実践的な教育を行う際の「教 育方法」について詳述する。 図 2-16 は、本事業において、実際に体験・経験した教育訓練方法のうち、役に立って いる方法を(最大2つまで)回答する設問の結果である。この結果からは、実践的な教育 にとっては「実習・ケーススタディ」の効果が最も高いことが分かる。また、 「講義・座学」 に関しては、そこで得られた知識が役に立ったとの理由により、上位に挙げられている。 0% 20% 40% 60% 100% 77.0% 実習・ケーススタディ 58.6% 講義・座学 51.8% インターンシップ・OJT 47.6% グループ学習 33.3% eラーニング 図 2-16 80% 実際に役に立っている教育訓練方法 (H16 年度 本事業教育訓練受講者アンケートの結果から) ※ 上記アンケートは、H14 年度補正事業での教育訓練受講者(社会人を含む)に対して、翌年度に 実施したフォローアップアンケートの結果。(N=581) 注目すべきは、一般に効果が高いと思われることが多い「インターンシップ・OJT」や 「グループ学習」の回答が、それほど高くないことである。これらについては、受講者が そこから効率的に何かを学ぶことができるよう、実施方法に工夫が必要であることが把握 された。例えば、インターンシップや OJT は、実施方法によっては、単なる企業の業務補 助になってしまう可能性がある。また、グループ学習についても、グループ分けや、講師 指導、役割分担等が適切に行われなければ、受講者のレベル差により、一部の受講者は学 習についていけない一方で、一部の受講者には不満足な状況が生み出されてしまうことも ある。 「インターンシップ・OJT」や「グループ学習」については、このような課題を考慮 しながら、適切な方法による実施が必要不可欠であることが把握された。 これらの結果をふまえると、実践性の高い教育を実施するためには、実務的な要素が含 まれるような実習やケーススタディに加えて、従来どおりの講義・座学や、取り組みに工 夫が必要であるインターンシップ・OJT、グループ学習などを、適切に取り入れることが 重要であると言える。 また、組込みソフトウェア技術者に関する教育においても同じようなことが言える。図 2-17 は、学校における技術者教育として有効な教育方法を尋ねた設問の結果であるが、こ 51 こでは、実習やケーススタディの一つの形式であると考えられる「プロジェクトベース演 習」が最上位に挙げられている。続いて、 「企業講師による講義」や「企業実習」などが挙 げられており、企業での実務を意識できるような形式が有効であることが分かる。 0 10 20 30 % プロジェクトベース演習 企業講師による講義 企業実習 講義 グループ演習 企業との共同プロジェクト 企業技術者との交流 個人演習 イベント(ロボットコンテスト等) その他 図 2-17 学校教育における技術者教育で最も有効な教育方法 (経済産業省「2006 年版 組込みソフトウェア産業実態調査報告書-経営者・事業責任者向け調査-」) 上記をふまえると、実践的な教育に有効な教育方法は、以下のように整理される。 【実践的な教育に有効な教育方法】 • 実習・ケーススタディ(プロジェクトベース演習) • 企業講師による講義 • 企業インターンシップ・OJT • グループ学習 52 1.4 高等教育機関に求められる実践的な教育のポイント(まとめ) ここでは、「1.高等教育機関に対するニーズ」に述べた「1.1 産業界のニーズ」「1.2 学 生のニーズ」 「1.3 有効な教育方法」を元に、高等教育機関に求められる実践的な教育が押 さえるべきポイントを、再度整理する。 1.1、1.2 に示したニーズの高い教育内容は、以下のとおりであった。 【企業ニーズが高い教育】 システム設計・ソフトウェア設計 • プロジェクトマネジメント • ソフトウェアエンジニアリング • コミュニケーション • プログラミング技術 • 通信・ネットワーク技術 • 【学生・卒業生のニーズが高い教育】 • 学問・技術の必要性に関する教育 • 計算機システムに関する実習・演習 • プログラミング言語 • 情報処理に関する実習・演習 • ソフトウェアエンジニアリング • (理論・基礎の充実) • システム開発演習 • (実践から理論・基礎を学ぶ演習) また、1.3 に示した有効な教育方法は、以下のとおりであった。 【実践的な教育に有効な教育方法】 • 実習・ケーススタディ(プロジェクトベース演習) • 企業講師による講義 • 企業インターンシップ・OJT • グループ学習 これらをまとめると、高等教育機関に求められる実践的な教育のポイントは、図 2-18 のように整理される。 53 教育目標 • 将来のキャリアパスの基礎になるような汎用的な姿勢・考え方や、パーソナルス キル(コミュニケーションスキル等)を身に付ける。 • 企業が即戦力として新卒人材に期待を寄せる開発・技術系職種として、入社後 ただちに活躍することができるような知識・スキルを習得する。 教育方針 • • • • ニーズの 高い 教育内容 有効な 教育方法 学問・技術の必要性についての理解 Î 学習に対する姿勢の確立 高等教育機関の強みである理論・基礎の一層の充実 Î 基礎の確立 応用・発展事例についての学習 Î 実践的スキルの習得と基礎の再確認 最新技術の習得 Î 即戦力として活躍するための実践的スキルの習得 • プログラミング言語・技術 • ソフトウェア工学 • 各分野の発展的演習 • プロジェクトマネジメント • 組込みシステム • コミュニケーション • 企業講師による講義 • 実習・ケーススタディ (プロジェクトベース演習) • グループ学習 • 企業インターンシップ・OJT 図 2-18 システム開発演習 (設計を含む) 高等教育機関に求められる実践的な教育のポイント 54 2. 高等教育機関における取り組みの現状 前章に述べた高等教育機関に対するニーズをふまえ、本章では、それらのニーズに対す る高等教育機関側の取り組みについて詳述する。 2.1 高等教育機関の問題意識 高等教育機関に対して寄せられている期待に対して、高等教育機関側は、すでに動き出 している。 図 2-19 は、組込み技術に関する教育を実施している大学の教育方針を示したものであ るが、最上位の「産業界を支える技術者の育成」については、ほぼすべての教育機関が、 「非常に重視している」 「重視している」と回答している。 この図に示されているように、現在では、多くの教育機関が、産業界の要望に応える意 向を持っている。 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 % 100 産業界を支える技術者の育成 産業界を牽引していくトップ技術者の育成 グローバルに活躍する人材の育成 地域を支える人材の育成 学会で活躍する研究者の育成 教育に従事する人材の育成 ベンチャー企業を興すような事業家の育成 経営者・マネジメントに秀でた人材の育成 非常に重視している 図 2-19 重視している 組込み技術に関する教育を実施している大学が重視している教育方針 (経済産業省「2006 年版組込みソフトウェア産業実態調査-教育機関向け調査-」 ) 0 25 8.7 大幅な見直しが必要 図 2-20 50 83.7 部分的な見直しが必要 % 100 75 4.8 2.9 現状のままでよい 不明 情報工学系学部においてカリキュラムや授業法を見直す必要性 (経済産業省 平成 16 年「大学における産学連携情報処理教育の現状に関する調査報告書」 ) 55 また、図 2-20 は、情報工学系学部に対して、カリキュラムや授業法を見直す必要性を 尋ねた調査の結果であるが、ここでも、9割を超える教育機関が、 「見直しが必要」と答え ており、多くの教育機関は、現行カリキュラムには改善すべき点があり、それを見直す必 要があると考えている。 図 2-21 では、さらに、カリキュラムや授業法の見直しにあたって重視する具体的な方 法を尋ねているが、 「ソフトウェア工学、システム設計、プロジェクトマネジメント等の従 来より実践的な科目を増やす」という回答が最も多く挙げられており、先に述べた産業界 や学生のニーズに対応しようとする教育機関側の姿勢が読み取れる。 0 5 10 15 20 25 30 35 ソフトウェア工学、システム設計、プロジェクトマネジメント等の 従来より実践的な科目を増やす 36.5 システム構築の演習など、疑似体験型の授業を増やす 22.9 データベース、ネットワーク、情報セキュリティ等の システム構築に関する特定の専門技術に関する科目を増やす 21.9 ITスペシャリスト、アプリケーションスペシャリスト等、 職種を想定したモデルカリキュラムを設定し、より専門化した教育を行う 6.3 10.4 その他 図 2-21 % 40 カリキュラムや授業法の見直しにあたって重視するもの (経済産業省 平成 16 年「大学における産学連携情報処理教育の現状に関する調査報告書」 ) 以上のように、高等教育機関側も、すでに、産業界や学生のニーズに対応する十分な意 向を持っている。しかし、その実現にあたっては、様々な課題も見られる。 次項では、その最も大きな課題とも言われる“実践的な教育を担当できる教員”につい て、その採用・確保の状況等を把握する。 56 2.2 高等教育機関の教員の現状 (1) 実務経験を持つ教員の割合 企業実務に生かせるような実践的な教育を、実務経験を持たない教員が担当することは 難しい。そのため、実践的な教育の実施にあたっては、まず、そのような教育を実施する ことができるような、実務経験を持った教員の存在が不可欠である。 0 25 50 % 100 75 1.9 47.1 専任教員 29.8 13.5 3.8 3.8 50.0 非常勤講師 14.4 8.7 8.7 11.5 6.7 20%未満 60%以上80%未満 図 2-22 20%以上40%未満 80%以上 40%以上60%未満 不明 IT 分野の実務経験を持つ教員の割合 (経済産業省 平成 16 年「大学における産学連携情報処理教育の現状に関する調査報告書」 ) 図 2-22 は、企業における実務経験を持つ教員の在籍割合を示しているが、ここからは、 半数程度の教育機関でその割合が 20%未満と、それほど高くはないことが読み取れる。 また、60%以上の教員が実務経験を持っているという教育機関の割合は、非常勤講師で は 26.9%を占めているのに対して、専任教員ではわずかに 9.5%となっており、非常勤講師 に比べて、実務経験を有する専任教員は少ないという傾向がうかがえる。 (2) 実務経験を持つ教員の採用に対する姿勢 実務経験を持つ教員の採用に関する教育機関側の意向を示しているのが図 2-23 である。 この図によれば、実務経験を持つ教員を「積極的に採用している」と回答した教育機関は 4割を超えている。実務経験を持つ教員の在籍割合は、まだそれほど高くはないものの、 採用に対しては積極的な姿勢を持っている教育機関が多いと見られる。 また、図 2-24 は、実務経験を有する教員を企業から採用する際の要件を示している。 ここからは、特に、専任教員に対しては要件が厳しく、博士号や研究業績を求める教育機 関が9割を超えていることが分かる。それに比べて、非常勤講師については、やや異なる 基準を設けている教育機関が多いと見られるが、研究業績を求める教育機関は、それでも 6割近くに上っている。また、専任教員の要件とは異なる基準として、非常勤講師に対し ては、「実務経験(年数) 」などの業務上での実績が要件とされている。 57 0 25 50 40.4 専任教員 48.1 43.0 非常勤講師 15.0 44.2 積極的にしている 図 2-23 % 100 75 15.0 積極的にはしていない 不明 IT 分野の実務経験を持つ教員の採用 (経済産業省 平成 16 年「大学における産学連携情報処理教育の現状に関する調査報告書」 ) 0 20 40 60 93.0 学位(博士号) 28.8 90.4 論文等の研究業績 57.7 35.6 34.6 他大学で教えた実績 17.3 その他 不明 図 2-24 100% 80 39.4 専任教員 非常勤講師 9.0 5.8 IT 分野の実務経験を持つ教員を企業から採用する際の要件 (経済産業省 平成 16 年「大学における産学連携情報処理教育の現状に関する調査報告書」 ) ※ その他として最も多く挙げられたのは「実務経験(年数)」。その他には、「専門分野における業 務実績・技術開発実績」、「担当分野の専門知識」、「教育に対する姿勢」、等が挙げられている。 図 2-25 は、実務経験を持つ企業技術者の採用にかかわる課題・問題点を示している。 ここでは、採用そのものに関する課題として、 「候補者が教員任用基準を満たさないことが多い」 「専任講師、非常勤講師として適任かどうか評価するのが難しい」 などが挙げられている。 また、採用後の授業の実施に関する課題として、 「実務の知識・経験をどう授業に展開するかが難しい」 「生徒の知識が足りず、授業についていけるか不安」 「実務家が実践的な授業を行うための環境が不十分」 「授業外の指導が十分に行えない」 などが挙げられている他、 58 実務経験を持つ教員の募集に関する課題として、 「報酬が低いので、実務家にとって魅力がない」 「実務家を探すつてがない」 「企業の理解が不十分」 などが挙げられている。 これらの課題のうち、実務経験を持つ企業技術者の採用を困難にしていると考えられる のは、採用や募集に関する課題であり、 「候補者が教員任用基準を満たさないことが多い」 「報酬が低いので、実務家にとって魅力がない」 「実務家を探すつてがない」 「企業の理解が不十分」 などの事情により、企業技術者を積極的に採用したいという意向を持つ教育機関が多い割 には、実際の採用は、それほどまでに進んでいないと考えられる。 0 5 10 15 20 25 30 40 45 43.0 実務の知識・経験をどう授業に展開するかが難しい 29.8 候補者が教員任用基準を満たさないことが多い 28.8 生徒の知識が足りず、授業についていけるか不安 26.0 実務家が実践的な授業を行うための環境が不十分 24.0 専任教員、非常勤講師として適任かどうか評価するのが難しい 22.0 報酬が低いので、実務家にとって魅力がない 19.2 授業外の指導が十分に行えない 18.3 教えるスキルの不足 14.4 専任教員または非常勤講師となる実務家を探すつてがない 14.4 企業が大学教育に協力することへの企業の理解が不十分 8.7 教材作成が難しい 10.6 その他 5.8 不明 図 2-25 35 実務家を教員として採用する際の問題点 (経済産業省 平成 16 年「大学における産学連携情報処理教育の現状に関する調査報告書」 ) 59 50 % 2.3 企業との連携に対するニーズ 高等教育機関において実践的な教育を行う方法としては、実務経験を持つ教員を増やす 他に、教員が企業と連携し、企業技術者の協力を得て教育を実施するという方法がある。 図 2-26 は、情報工学系の学部に対して、企業との連携の必要性を尋ねた結果であるが、 ここでは、8割近い教育機関が、 「企業との連携は必要である」と回答しており、多くの教 育機関が、企業との連携を希望していることが分かる。 0 25 50 78.8 7.7 必要 図 2-26 % 100 75 不要 15.0 不明 情報工学系学部における企業との連携の必要性 (経済産業省 平成 16 年「大学における産学連携情報処理教育の現状に関する調査報告書」 ) しかし、実際の企業との連携の状況を見ると(図 2-27) 、 「企業の協力による授業や教材 開発を行っていない」教育機関が 65%にも上っており、教育機関側の希望に反して、企業 との連携は、あまり進展していない現状がうかがえる。 0 10 20 30 40 60 70 % 65.0 企業の協力による授業や教材開発を行っていない 9.6 企業協力のもとに疑似体験型の授業 企業と合同での教育プログラムの開発 7.7 企業と共同での教材の開発 7.7 6.7 企業の従業員向け教育プログラムをアレンジした授業 4.8 その他 9.6 不明 図 2-27 50 企業と共同での授業・教材開発の実施状況 (経済産業省 平成 16 年「大学における産学連携情報処理教育の現状に関する調査報告書」 ) また、図 2-28 は、企業との連携に関する教育機関のニーズを示しているが、ここでも、 6割を超える教育機関が、 「企業との協力・連携による講義や授業を増やす」と答えている。 これは、 「企業からの専任/非常勤教員の採用を増やす」と答えた企業を上回っており、実 務経験を持つ教員の採用を強化するよりも、企業との協力・連携の強化によって、授業や インターンシップ、教材開発等を実施したいと考えている教育機関が多いことが分かる。 60 0 10 20 30 40 50 62.2 企業の協力・提携による講義や授業を増やす 51.2 インターンシップを拡充する 37.8 企業と共同でプログラムや教材を開発する 36.6 企業からの非常勤教員の採用を増やす 14.6 企業からの専任教員の採用を増やす 12.2 寄附講座を増やす 3.7 その他 図 2-28 % 70 60 企業との連携に対する教育機関のニーズ (経済産業省 平成 16 年「大学における産学連携情報処理教育の現状に関する調査報告書」 ) また、図 2-29 には、寄附講座を実施する上での教育機関側の課題を、参考までに示し たが、実務経験を持つ企業技術者の採用でも挙げられた「企業へのアプローチの仕方が分 からない」という課題が、ここでは最上位に挙げられている。この課題は、多くの教育機 関が、企業と協力・連携するにあたって直面する共通の課題であると考えられる。 0 5 10 15 20 25 30 35 40 増やしたいが、企業にどうアプローチしていいかわからない 36.5 期間が限定されるのでカリキュラムにおける位置付けが難しい 36.5 18.3 寄附金額が低下しており、コスト的に厳しい 16.3 施設(会場・マシン等)の確保 14.4 企業が実施したいテーマが大学のニーズに合わない 9.0 教材の確保 4.8 企業から派遣される講師の教えるスキルが不十分 10.6 その他 図 2-29 寄附講座を開設・運営するにあたっての課題 (経済産業省 平成 16 年「大学における産学連携情報処理教育の現状に関する調査報告書」 ) 61 % 3. 企業側の取り組みの現状 前節では、高等教育機関側が、産業界に対する有用な人材の輩出を強く意識し始めてお り、そのために、企業との連携による実践的な教育の実施を望んでいるという現状を確認 した。本節では、そのような高等教育機関側の取り組みに対する、企業の協力の状況を把 握する。 図 2-30 は、企業側に尋ねた、大学との連携の実施内容であるが、ここで最も多く挙げ られているのは、「共同研究開発への取り組み」となっている。これに続くのが、「スポッ ト的な特別講義講演への協力」であるが、これを実施していると回答した企業は、わずか 15.3%に留まっている。さらに、前節で教育機関側の希望が強かった「教育プログラムや 教材開発への協力」について、実施している企業は 3.8%に過ぎず、企業が、教育機関側の 希望に十分に応え切れていない現状を見ることができる。 0 5 10 15 15.3 12.4 非常勤講師の派遣 8.1 大学教員への情報提供 4.3 大学への機材提供 3.8 教育プログラムや教材開発への協力 2.9 寄附講座の開設 2.9 大学への業務の発注 企業奨学金の設置 1.0 専任教員の派遣 1.0 大学教員の受け入れ 1.0 0.0 3.8 その他 図 2-30 % 25 20.1 共同研究開発への取り組み スポット的な特別講義講演への協力 大学と共同したベンチャー企業の設立 20 企業側の大学との連携実施内容 (経済産業省 平成 17 年「IT サービス産業における新卒の採用等に関する実態調査」) さらに、図 2-31 は、情報工学系の学生をインターンシップとして受け入れた実績を持 つ企業の割合を示しているが、この問では、3割近い企業が、インターンシップの受入実 績が「ある」と答えている。 しかし、図 2-32 で、その結果を企業規模別に見ると、従業員数 2,000 人以上の大企業の 多くが、インターンシップの実施実績を持っているのに対して、中小企業での実施率は低 くなっており、インターンシップなど、実践的な教育の実施に向けた取り組みが、一部の 企業によって推進されている可能性が示唆されている。 教育への協力は、企業の本業ではないことが多いため、中小企業を含むすべての企業に 協力を望むことは難しいが、これまで見てきたように、高等教育機関において実践的な教 育を実現し、産業界に、企業が求める人材を輩出するためには、企業の協力が必要不可欠 62 である。実践的な教育の必要性は、すでに多くの高等教育機関にとって認識されている。 従って、今後は、高等教育機関側が抱える課題の解決とともに、企業側の積極的な協力を より一層促進していくことが、実践的な教育の実現にとって重要な課題であると言えるだ ろう。 0 25 50 28.2 70.8 ある 図 2-31 % 100 75 ない 1.0 不明 企業の情報工学系学生のインターンシップ受入実績 (経済産業省 平成 17 年「IT サービス産業における新卒の採用等に関する実態調査」) 0 0~100人未満 100~300人未満 300~1,000人未満 1,000~2,000人未満 2,000人以上 25 50 2.9 77.1 20.0 1.6 82.3 16.1 0.0 68.9 31.1 0.0 59.1 40.9 29.4 70.6 ある 図 2-32 % 100 75 ない 0.0 不明 企業の情報工学系学生のインターンシップ受入実績(企業規模別) (経済産業省 平成 17 年「IT サービス産業における新卒の採用等に関する実態調査」) 63 64 第3章 1. 事業の概要 経済産業省による「産学協同事業」の概要 前章に示した現状をふまえて、経済産業省は、情報サービス・ソフトウェア産業の競争 力強化のためには、高等教育機関において実践的な IT 教育を実施することで、産業界に高 度な IT 人材を輩出することが必要であるとの問題意識を掲げ、平成 16 年度から平成 18 年度にわたって、産学協同による実践的な教育訓練を支援する事業を実施した。 この事業では、全国各地の大学・高等専門学校において、IT 企業の協力の下、実践的な 教育訓練が実施され、その成果が報告書としてまとめられるとともに、産学協同による実 践的な教育訓練の普及・定着に向けた課題の分析と、その解決に向けた検討が行われた。 なお、この3ヵ年の事業に先立ち、平成 14 年度補正事業として、学生を含めた様々な人 材(現役 IT 技術者、求職者等)の就業能力の向上を目指した IT 教育訓練事業が実施され ており、上記の3ヵ年の事業では、この補正事業の成果も活用されている。そのため、本 レポートには、この平成 14 年度補正事業で実施された教育訓練のうち、大学等で実施され た計6つの学生向け教育訓練を、上記3ヵ年の事業と同種の事業として扱っている。 また、経済産業省によって、過去4年間の間に実施されたこれらの産学協同による教育 訓練事業を、本レポートでは、 「産学協同事業」と表記する。この「産学協同事業」に含ま れる事業は、以下のとおりである。 表 3-1 事業年度 経済産業省による「産学協同事業」一覧 事業名 事業分野 【教育訓練】 平成 14 年度 (補正) 「高度 IT 人材育成システム開発事業」(6 事業) 平成 16 年度 「産学協同実践的 IT 教育訓練支援事業」(全 9 事業) 平成 17 年度 「産学協同実践的 IT 教育基盤強化事業」(全 10 事業) - 学生対象 - (現役 IT 技術者対象) - (求職者対象) 【教育訓練】 - IT(情報)サービス - 組込みソフトウェア 【教育訓練】 「産学協同実践的 IT 教育訓練基盤強化事業」(全 11 事業) 平成 18 年度 ※「教育訓練プログラム開発・実証事業」に加えて、 「FD プログラム開発・実証事業」を上記事業として実施 65 - 情報サービス - 組込みソフトウェア 【教育訓練】 - 情報サービス - 組込みソフトウェア 【FD】(新設) 上記の各事業においては、年度毎に、複数の高等教育機関において実践的な教育訓練を 実施する事業が展開された。これら各々の教育訓練事業を、本レポートでは「個別事業」 と表記している。約4年にわたって実施された産学協同事業では、以下に示す、計 33 の高 等教育機関(大学・高専)で「個別事業」が実施された。 北海道情報大学 北海道大学 平成14年度補正事業実施機関 はこだて未来大学 平成16年度事業実施機関 平成17年度事業実施機関 平成18年度事業実施機関 (影:複数年度の実施実績を持つ機関) (影:複数年度の実施実績を持つ機関) (点線:FDプログラム実施機関) 鳥取環境大学 大阪府立高専 長崎大学 高知工科大学 高知工科大学 鹿児島大学 前橋工科大学 静岡大学 静岡大学 慶應義塾大学 慶應義塾大学 東海大学 東海大学 早稲田大学 図 3-1 宮城大学 仙台電波高専 仙台電波高専 宇都宮大学 宇都宮大学 立命館大学 立命館大学 九州工業大学 東北工業大学 東北大学 東北大学 会津大学 県立広島大学 九州産業大学 九州産業大学 東北学院大学 東北学院大学 茨城大学 茨城大学 筑波大学 筑波大学 芝浦工業大学 千葉工業大学 沖縄国際大学 琉球大学 琉球大学 金沢工業大学 東京工科大学 経済産業省の「産学協同事業」に参画した高等教育機関 なお、各個別事業の成果は、本レポートの資料編である「個別事業詳細」にまとめられ ている。本章では、年度別に各個別事業の概要を紹介するが、それぞれの個別事業の詳細 については、資料編である「個別事業詳細」を参照されたい。 66 2. 平成 16 年度「産学協同実践的 IT 教育訓練支援事業」 2.1 事業趣旨 産学協同事業の初年度である平成 16 年度には、 「産学協同実践的 IT 教育訓練支援事業」 が実施された。この事業では、将来、情報サービス・ソフトウェア産業においてプロフェ ッショナルとして活躍する人材の育成を目的として、産学の協同体制の下、大学等の高等 教育機関の情報工学系学科の学生を対象に、実務的なスキルを習得するための教育訓練が 実施された。 また、本事業では、事業成果(教育・研修方法、内容、受講者のスキルアップ結果等) の分析・評価を通じて、実務に貢献する実践的な教育訓練のあり方や要件等の提示を試み た。さらに、教育訓練の具体的な内容や、有効性の分析・評価結果を公表することで、実 践的な教育訓練の普及・促進を図った。 本事業では、公募提案形式により提案が募集され、事務局による資格審査・形式審査の 他、外部専門家を委員とする選定委員会を経て、9件の産学協同による教育訓練事業が採 択・実施された。なお、本事業は、「IT サービス分野」、「組込みソフトウェア開発分野」 の2分野から構成されている。 2.2 個別事業の概要 本事業で実施された9件の個別事業の概要は、以下のとおりであった。 連携企業等 (株)ヘッドストロング・ジャパン (社)日本情報システム・ユーザー協会 教育機関名 金沢工業大学 事業名 [IT サービス]CIO 候補生のための EPM 実践講座 事業概要 CIO 候補生のための新しいカリキュラムとして8講座が設計・開発され、そのうちの2 講座が実施された。実施された2つの講座では、社会人大学院の学生が、一流企業の現 職 CIO である講師の指導の下、ケーススタディに取り組んだ。 教育機関名 九州産業大学 事業名 [組込み]組込みソフトウェア技術者育成実践教育プログラム 事業概要 九州産業大学が策定を進めてきた“ハードを怖がらない”技術者の育成カリキュラムに、 ハードウェアとソフトウェアの協調設計演習が導入された。また、プロジェクトベース 演習の形式で、企業講師による開発プロジェクトの運営に関する教育が実施された。 教育機関名 茨城大学・筑波大学 事業名 [IT サービス]産学協同実践的プロジェクトマネジメント教育の導入 事業概要 企業ニーズ調査により、産業界が求める人材や大学に求める教育を明確にした上で、グ ループ単位のケーススタディを中心とした、「現場熟達技術者による討論会」、「基礎教 育」、「ケース研修」、「現場体験」から構成される教育訓練が実施された。 連携企業等 連携企業等 67 (株)福岡 CSK (財)九州システム情報技術研究所 (株)古河ソフトウェアセンター 連携企業等 (株)サイバー創研、 NTT ソフトウェア(株) 教育機関名 高知工科大学 事業名 [IT サービス]実践的ソフトウェア設計・製造演習システムの開発・実証 事業概要 NTT ソフトウェア(株)で開発され、同社で 10 年以上にわたり実施された実績を持つ新入 社員向けソフトウェア開発演習が、学生向けのカスタマイズを経て実施された。演習で は、要求定義から、設計、開発、試験、納入検査までを一通り体験することが可能。 教育機関名 琉球大学 事業名 [IT サービス]ケーススタディ型・教育訓練システム導入の有効性に関する検証 事業概要 県内の IT 系企業の人材ニーズに基づき、オープンソース系人材育成の基盤となる Linux システムの運用管理を行えるスキルを実務的なレベルで習得させることを目的とした 「システム管理基礎」および「システム管理業務」の2講座が実施された。 教育機関名 東海大学 事業名 [組込み]組込みソフトウェア技術教育訓練実証実験 事業概要 組込みソフトウェア産業界で求められるスキルニーズを分析(求められるスキルプロフ ァイル等の策定等)した上で、実際に動作する組込みシステムのハードウェアとソフト ウェアを学生に開発させる、プロジェクトベースのカリキュラムが実施された。 教育機関名 千葉工業大学 事業名 [IT サービス]実践的プロジェクトアソシエイトの育成システム 事業概要 PM 知識を体系化し、大学教育への導入を図った。現場経験豊富なインストラクタ陣に よる講義に加えて、演習やケーススタディを活用したプロジェクトベースドラーニング が実施され、PM の基本知識やツール、テンプレートの基本的な活用方法を習得させた。 教育機関名 北海道大学 事業名 [IT サービス]高度 IT 人材のための産学協同教育フレームワーク開発 事業概要 オープンシステムの基盤として実際に使われているソフトウェア製品技術の講義と演 習を通して、学生に、実践的なソフトウェア開発に必要な前提技術を習得させ、一流の ソフトウェア開発をリードできる人材となるため技術的な素養を身に付けさせた。 教育機関名 大阪府立工業高等専門学校 事業名 [組込み]自走ロボットによる組込みソフトウェア教育の開発 事業概要 松下電器産業の新入社員研修をベースにした自走ロボットソフトの開発演習が、プロジ ェクトベースドラーニング方式によって実施された。演習は、プログラミング初級者が、 高品質プログラムの作成方法やシステム開発手法を習得することを目標としたもの。 連携企業等 連携企業等 連携企業等 連携企業等 連携企業等 他 (株)自立型オキナワ経済発展機構、 (社)沖縄県情報産業協会 他 (NPO)組込みソフトウェア管理者・ 技術者育成研究会 他 (株)富士ゼロックス総合教育研究所他 新日鉄ソリューションズ(株)、 (株)日立製作所、日本 IBM(株) 他 松下電器産業(株) ※ 「連携企業等」については、一部のみが掲載されている場合もあるため、詳細については、本レポー ト資料集「個別事業詳細」を参照されたい。 68 3. 平成 17 年度「産学協同実践的 IT 教育基盤強化事業」 3.1 事業趣旨 平成 16 年度に引き続き、 「産学協同実践的 IT 教育基盤強化事業」は、情報サービス・ソ フトウェア産業の成長にとっての重要課題とされる高度 IT 人材を育成するための教育基 盤の強化を目的として実施された。 本事業では、IT 企業等と大学等高等教育機関の協同体制を必須とし、情報工学関連学科 の学生を対象として、ソフトウェア開発等に関する理論的・体系的知識、及び、実践的応 用力を習得させる工学的教育を開発・実証した。教育訓練の分野は、 「情報サービス分野」 と「組込みソフトウェア分野」の2つの分野に区分される。なお、本事業では、基礎的な 実践的スキルの習得を重視し、実施する教育訓練に、ソフトウェア設計・開発(実装)工 程を含めることを必須要件とした。 また、教育訓練の内容評価に加えて、産学連携教育を継続するための課題(阻害要因等) の抽出・分析や、解決策の検討等を行い、その結果をとりまとめた。 本事業では、公募提案形式によって、事業者を募集した後、事務局による資格・書類審 査と、外部専門家を委員とした選定委員会によって提案内容に関するヒアリング審査が行 われ、全国で 10 件(10 事業者、14 高等教育機関)の委託先が選定された。 3.2 個別事業の概要 本事業で実施された 10 件の個別事業の概要は、以下のとおりであった。 教育機関名 東北大学、東北学院大学、 仙台電波工業高等専門学校 事業名 [情報サービス]産学協同創造型 OSS 開発技術者養成システムの導入 事業概要 3校の異なる教育機関の学生を集めてグループを作り、オープンソースソフトウェア (OSS)を用いたソフトウェア開発演習を実施した。普段開発を体験する機会が少ない 大学生に対して、貴重な共同作業による演習の場が提供された。 教育機関名 筑波大学、茨城大学 事業名 [情報サービス]J2EE システム開発で学ぶプロジェクト実行管理 事業概要 豊富な現場経験を有する講師のきめ細やかな指導の下、実際の企業における手順を踏ま せ、ドキュメントの作成も重視する、実践的なソフトウェア開発演習が実施された。事 業には、自治体(茨城県)も参加している。 教育機関名 慶應義塾大学 事業名 [情報サービス]ソフトウェア開発における UML の実践的活用教育 事業概要 UML の活用に焦点を絞り、モデリングスキルの習得を目標とした講義・演習が実施さ れた。ベテランの企業講師により、企業研修をベースとした教育訓練が展開された。 連携企業等 連携企業等 連携企業等 69 仙台ソフトウェアセンター サイエンティア 他 いばらき IT 人材開発センター 日立製作所 他 日立インフォメーションアカデミー 他 教育機関名 前橋工科大学 連携企業等 事業名 [情報サービス]Web-GIS の利用環境構築とアプリケーション開発 事業概要 ネットワーク構築と Web-GIS アプリケーションの開発をテーマとする講義・演習が実施 された。企業側も、企業 PR 等のインセンティブを見出し、積極的に大学に協力した。 教育機関名 静岡大学 事業名 産学協同ソフトウェア工学教育の実践力強化プログラム 事業概要 ソフトウェア開発のすべてのプロセスを一通り体験することを目的としたソフトウェ ア開発演習が実施された。この演習は、NEC ソフト社が実際に実施している新人教育を、 大学教育に合わせた形で導入したもの。 教育機関名 県立広島大学 事業名 EA に基づく統一的システム管理スキルの育成 事業概要 大学院生と社会人を対象に、EA 概念についてのハイレベルな講義が実施された。講義 は、テレビ会議システムを用いて行われ、遠隔地のキャンパスの学生も同時に受講した。 教育機関名 高知工科大学、鳥取環境大学 事業名 [情報サービス]水平展開可能なソフトウェア教育訓練プログラムの開発 事業概要 豊富な研修経験を有するベテランの企業講師によって、ソフトウェア開発演習の指導が 行われた。演習では、実際に企業で用いられるドキュメント類やプロジェクト管理ツー ルが積極的に用いられ、実践性の高い教育訓練が展開された。 教育機関名 琉球大学 事業名 [情報サービス]PM 育成のための実践的教育システム開発 事業概要 大学院生を対象として、プロジェクトマネジメントに関する専門教育が実施された。講 義に続き、短期インターンシップも実施された。 教育機関名 宇都宮大学 事業名 [組込み]携帯電話用アプリケーション開発技術の教育 事業概要 大手企業が提供する開発環境を用いた携帯電話用アプリケーションの開発演習が実施 された。演習では、KDDI 社と協力関係にある企業の講師が、豊富な現場経験を活かし た丁寧な指導を行った。 教育機関名 芝浦工業大学 事業名 [組込み]組込みソフトウェア開発教育プログラム開発・実証 事業概要 従来シミュレーターを用いて行っていた上記大学の組込みソフトウェア開発教育に、今 回初めて実ハードウェア(LEGO 車)を使用した教育が導入された。 連携企業等 連携企業等 連携企業等 連携企業等 連携企業等 連携企業等 ウチダ人材開発センタ NEC ソフト 他 他 広島ソフトウェアセンター NTT ソフトウェア 他 他 自立型オキナワ経済発展機構 KDDI 他 さいたまソフトウェアセンター アルゴ 21、永和システムマネジメント 他 ※ 「連携企業等」については、一部のみが掲載されている場合もあるため、詳細については、本レポー ト資料集「個別事業詳細」を参照されたい。 70 平成 18 年度「産学協同実践的 IT 教育訓練基盤強化事業」 4. 4.1 事業趣旨 平成 16 年度・平成 17 年度の事業通じて、高等教育機関において実践的 IT 教育を実施す る際のノウハウや継続にあたっての課題などが明らかにされた。しかし、その一方で、産 業界のノウハウが高等教育機関に十分に移転されず、産業界が常時参加しなければ実践的 な教育訓練が実施できない、あるいは、費用が調達できなくなった段階で教育訓練の継続 が困難になる等の課題も認識されるようになった。 上記の課題に対して、高等教育機関が自立的に実践的 IT 教育を行うためには、産業界の ノウハウを高等教育機関の教員に移転することで、教員の実践的 IT 教育実施能力を高め、 実践的 IT 教育を行う際の産業界の負担軽減を図ることが重要であるとの検討がなされた。 しかし、この点に関して、本事業では十分な経験の蓄積が無かったため、平成 18 年度には、 それまでに推進してきた実践的な教育訓練プログラムの開発・実証に加えて、新たに、産 業界が有する実践的なノウハウを高等教育機関へ移転するための“ファカルティ・ディベ ロップメント(FD)”に重点を置いた「FD プログラムの開発・実証事業」を行うこととし た。 本事業では、公募提案形式によって、実践的な教育訓練/FD プログラムの開発・実証 等を行う事業者を募集した後、事務局による資格・書類審査を経て、外部専門家を委員と した委員会にて、提案内容に関するヒアリング審査を行い、教育訓練プログラム開発・実 証事業で7件、FD プログラム開発・実証事業で4件、合計 11 件の委託先を選定した。 教育訓練プログラム開発・実証事業 FDプログラム開発・実証事業 (学生向け) 教育訓練プログラム (学生向け) 教育訓練プログラム 今年度の事業範囲 設計・開発 設計・開発 設計・開発 設計・開発 (教員向け) FDプログラム 実施 実施 設計・開発 設計・開発 実施 実施 評価 評価 評価 評価 次年度以降に 求められる取り組み 実施 実施 評価 評価 導入・展開 導入・展開 FDに関する 自発的な取り組みなど 導入・展開 導入・展開 図 3-2「教育訓練プログラム開発・実証事業」と「FDプログラム開発・実証事業」の違い 71 4.2 個別事業の概要 本事業で実施された合計 11 件(教育訓練プログラム開発・実証事業7件、FD プログラ ム開発・実証事業4件)の個別事業の概要は、以下のとおりであった。 (1) 教育訓練プログラム開発・実証事業 まずは、教育訓練プログラム開発・実証事業(7件)の概要を示す。 連携企業等 富士通(株)、 富士通オフィス機器(株) 教育機関名 長崎大学 事業名 [組込み]組込みソフトウェア教育訓練プログラム開発・実証 事業概要 富士通グループから、教育・技術に関する多数の専門家が参画し、実践的な教育訓練を 実施した。学習ボードを用いた基礎技術の学習と、音声出力する電卓の開発プロジェク トを通じた総合演習により、組込みソフトウェア開発プロセスを学んだ。 教育機関名 立命館大学 事業名 [組込み]大学における組込み技術キャリア教育プログラムの開発 事業概要 組込み技術を学ぶための応用講座として、講義(組込み用 C 言語基礎講座)、実機演習 (組込み用 Linux 基礎講座)、プロジェクト型演習(グループワーク)が実施された。民 間企業から技術者を招き、実際の開発現場や市場動向に関する講演も行われた。 教育機関名 東海大学 事業名 [組込み]組込み技術教育に向けたプログラミング言語実習の開発 事業概要 ソフトウェア開発技術を専門に学ぶ学科の1年生に対して、組込みソフトウェア技術の 基本を習得させるための教育訓練が実施された。特に、プログラミングによる品質の確 保・向上を重視し、品質の重要性やテスト技術に関する教育が取り入れられた。 教育機関名 宇都宮大学 事業名 [組込み]携帯電話用組込みアプリ開発技術の教育 事業概要 Flash を専門とする第一線の技術者の指導の下、汎用性の高い Flash アプリケーションの 開発スキルを習得する教育訓練が実施された。授業には、テレビ会議システムを通じて、 鹿児島大学の学生も参加した。 教育機関名 琉球大学 事業名 [組込み]ETSS 準拠通信システム開発教育訓練事業 事業概要 情報工学、電気・電子、機械の各分野を専攻している大学院生を構成員とした混成プロ ジェクトチームにより、組込みソフトウェア開発をテーマとするプロジェクト演習が実 施された。PBL 前には、講義と個人演習も実施され、総合的なスキル習得が図られた。 連携企業等 連携企業等 連携企業等 連携企業等 72 他 (株)フォーリンクシステムズ、 (株)日立製作所 他 NEC ラーニング(株) KDDI(株) 他 他 (株)自立型オキナワ経済発展機構、 (株)マグナデザインネット 他 教育機関名 静岡大学 連携企業等 事業名 [情報サービス]顧客志向による情報システム開発力強化プログラム 事業概要 顧客が求める品質を備えた情報システムを開発するために必要な知識・スキルを習得す るための上流工程から下流工程への一貫教育として「システム分析設計論」+「情報シ ステムマネジメント」(講義)、「情報システム開発演習」(演習)が実施された。 教育機関名 東北大学・東北学院大学 ・仙台電波工業高等専門学校 ・宮城大学・東北工業大学 ・東北大学大学院 事業名 [情報サービス]標準 PBL による地域 IT 人材育成モデル構築・展開 事業概要 昨年度の事業成果を活用し、さらに改良された教育訓練が実施された。アプリケーショ ン開発プロジェクトを通じて実務上必要な技術を習得する「OSS 開発プロジェクト実 習」と、大学院生を対象とする「課題テーマ研究開発実習」が実施された。 連携企業等 NEC ソフト(株) (株)仙台ソフトウェアセンター、 (社)宮城県情報サービス産業協会、 (株)アート・システム、 (株)サイエンティア 他 (2) FD プログラム開発・実証事業 次に、FD プログラム開発・実証事業(4件)の概要を示す。なお、仙台電波工業高等 専門学校で実施された FD プログラムは、教育訓練プログラム開発・実証事業との併願案 件として採択されたものであり、教育訓練プログラム開発・実証事業で開発された教育訓 練の仙台電波工業高等専門学校への導入を図るものであった。 連携企業等 (株)仙台ソフトウェアセンター (株)アート・システム 他 教育機関名 仙台電波工業高等専門学校 事業名 [情報サービス]OSS 開発マネジメント教育プログラムの学内展開 事業概要 同じ仙台地域で実施されている教育訓練「OSS 開発プロジェクト実習」を、仙台電波高 専の授業として導入することを目的としたワークショップが実施され、産学協同による カリキュラム作成や、企業講師のノウハウの教員への移転を図った。 教育機関名 九州産業大学 事業名 [組込み]「プロジェクトベース設計演習」FD プログラムの開発 事業概要 平成 16 年度事業によって開発され、その後も企業の協力を得て実施されている「プロ ジェクトベース設計演習」を、大学教員が自立的・継続的に実施できるようになること を目指して、教員の企業実務へのオブザーバー参加や討議、演習参加等が行われた。 教育機関名 東京工科大学(他) 事業名 [情報サービス]大学横断的な産学協同 FD プログラムの開発・実証 事業概要 昨年度までの2年間の事業成果に基づいて、今年度は東京工科大学で実施された実践的 な教育訓練を、「実践的ソフトウェア教育コンソーシアム」の会員である他大学の教員 等が見学し、併せて、教員間で教授法についての講義・討議等が実施された。 連携企業等 連携企業等 73 (株)福岡 CSK、 (財)九州システム情報技術研究所 (株)サイバー創研、 NTT ソフトウェア(株) 他 北海道情報大学 事業名 [情報サービス]次世代 IT 人材育成を目的とした FD プログラムの開発 事業概要 大学院生を対象とする新しいカリキュラムとして、実践的な6講座を設計・開発(その うち1講座は実施)するとともに、それぞれの講座を担当する予定の教員が、企業での 研修受講、産学協同ワークショップ、技術者との討議等の FD プログラムに参加した。 ※ 連携企業等 (株)SCC、(株)コムワース、 (株)新日鉄ソリューションズ 教育機関名 他 「連携企業等」については、一部のみが掲載されている場合もあるため、詳細については、本レポー ト資料集「個別事業詳細」を参照されたい。 74 5. 平成 14 年度補正「高度 IT 人材育成システム開発事業」 5.1 事業趣旨 平成 14 年度、経済産業省は、IT サービス産業の競争力強化には、IT サービスに従事す るプロフェッショナルの質的向上が重要であるとの認識から、従来、単線的な職制で規定 されてきた IT 人材を、専門分化した職種及びレベルで体系化して定義した上で、それぞれ の職種・レベルで求められるスキルを明確化した「IT スキル標準」を策定・発表した。 平成 14 年度補正事業として実施された「高度 IT 人材育成システム開発事業」は、この 「IT スキル標準」の策定・発表を受け、 「IT スキル標準」が対象とする IT サービス・プロ フェッショナルの育成を目指したものである。具体的には、①既に活躍しているプロフェ ッショナルの更なる高度化、②学生等若年人材のエントリスキルの向上、③他業種経験人 材(離職者・失業者・就業見込の者を含む)が持つスキルを活かした IT サービス産業での エンプロイアビリティ(就業可能性)の向上を目的として、個別の教育訓練事業が実施さ れた。 本事業では、公募提案方式により、上記の目的を実現できる教育訓練事業を募集し、全 国で計 28 件の教育訓練事業が採択・実施された。この成果は、各教育訓練の個別成果とし て報告された他、実務志向の教育訓練のあり方、実践的な教育訓練システムに求められる 要件の形でまとめられた。また、これらの成果は、本事業に続いて、平成 16 年度以降平成 18 年度まで、産学協同による高等教育機関での人材育成に焦点を当てた産学協同事業が実 施される際の基盤として活用された。 5.2 個別事業の概要 「高度 IT 人材育成システム開発事業」では、計 28 件の教育訓練事業が実施されたが、 本レポートが対象とするのは、上記の 28 件の教育訓練事業のうち、大学等において学生を 対象として実施された、下記の6事業である。 連携企業等 新日鉄ソリューションズ(株)、 (株)情報科学センター 教育機関名 公立はこだて未来大学 事業名 実践型グループ学生教育コースの開発及び実施評価 事業概要 大学3・4年生を対象に、企業での新人研修をベースとした Web アプリケーションシス テム開発プロジェクトを実施。受講学生に IT 技術者の業務内容を理解させて、キャリ アイメージを持たせるとともに、システム開発に必要なスキルを習得させた。 教育機関名 立命館大学 事業名 大学によるキャリアパス開発のための IT 実務教育訓練 事業概要 学生が IT サービス職種にエントリするための教育として、理工学部情報学科の専門科 目に企業技術者研修を組み合わせた教育訓練を実施した。事業の成果は、新設する「情 報理工学部」に導入される新たなカリキュラムのベースとして活用された。 連携企業等 75 富士通(株) 会津大学 事業名 3つのコアスキル指標による新 IT 人材育成プログラム 事業概要 会津大学の学生と地元企業の技術者を対象者とし、技術教育に加えて、社会におけるプ ロフェッショナルを育成することを目的として、3つのスキル(社会的知性、ビジネス スキル、テクニカルスキル)を評価の軸とする教育訓練を実施した。 教育機関名 早稲田大学 事業名 大学における「IT スキル標準」の実務教育開発・実証実験 事業概要 学生・社会人に対して、高度 IT 人材の早期育成を行うことを目的として、 「IT スキル標 準」のレベルに応じた実務教育カリキュラムと教育コンテンツを開発し、実機演習・確 認テスト等を実施した。 教育機関名 九州工業大学 事業名 起業・創業に繋がる実践型 Java 育成システム 事業概要 福岡県飯塚市における新産業創出の長期的展望を描く「トライバレー構想」の推進に向 けて、起業・創業に直結しやすい Java 技術に焦点を当て、今後、IT サービスに従事す ることを目標とする学生を対象に、実践的な教育訓練を実施した。 教育機関名 東京都立科学技術大学 事業名 IT 標準スキルに準拠した高度 Linux 教育訓練システム 事業概要 「IT スキル標準」と LPIC(Linux Professional Institute Certification)の双方に対する整合 性の分析を行った上で、Linux 教育訓練システムの構築を行い、開発した教育訓練コー スの有効性の実証を行った。 ※ 連携企業等 NTT コミュニケーションズ(株)、 (株) T&F カンパニー 他 教育機関名 連携企業等 連携企業等 連携企業等 松下電器産業(株)、NEC(株)、 ナクシージャパン(株) 他 サン・マイクロシステムズ(株)、 (株)三井物産戦略研究所 他 (株)教育戦略情報研究所、 (株)日立製作所 他 「連携企業等」については、一部のみが掲載されている場合もあるため、詳細については、本レポー ト資料集「個別事業詳細」を参照されたい。 76 事業の成果 第4章 1. 事業の継続状況 本節では、過去に実施された産学協同事業の成果として、その継続状況等を示す。 1.1 個別事業の継続状況 過去(平成 17 年度以前)に実施された産学協同事業の多くは、現在でも、様々な形で継 続されており、実施先の教育機関における実践的 IT 教育の基盤となっている。以下には、 その概要一覧を示す(下線は、「2.注目事例の紹介」(p.82~)で取り上げている事例)。 表 4-1 年度 分野 個別事業の継続状況一覧(平成 18 年度末時点) 教育機関名 継続 状況 事業継続状況概要 (※ 詳細については、「個別事業詳細(資料集)」を参照) 情報 公立はこだて未来大学 ○ ・企業側のノウハウが大学へ移転され、大学が自立的に、実践的IT教育を実施している。 ・本事業で実施した教育訓練を基盤に、さらに高度な産学連携教育に取り組んでいる。 情報 立命館大学 △ ・H16年度より「情報理工学部」が新設され、本事業で培った知見に基づく実践的IT教育を展開。 ・企業側著作物の使用の為の財源不足等により、本事業と同内容の講座は実施していない。 情報 会津大学 × ・大学側では、主担当教員の退職により、本事業と同内容の講座は継続されていない。 ・連携企業を中心とする数社が、長期インターンシップや実践的IT教育を実施している。 情報 早稲田大学 × ・現在、本事業と同内容の講座は実施されていない。 ・開発した教材の部分的な要素は、関連する講義に反映・活用されている。 情報 九州工業大学 △ ・H17年度、文部科学省「現代的教育ニーズ取組支援プログラム」に採択され、発展的なカリキュラム・ 教材開発を行った。H18年度には、本事業の連携企業が、九州工業大学に講師を派遣した。 情報 東京都立科学技術大学 × ・本事業の教育手法は、既存の授業科目に取り入れられ、旧東京都立科学技術大学において、同様 の手法による演習が実施されていた。 情報 金沢工業大学(大学院) ○ ・自主財源により、7科目中6科目について、改良を加えながら継続実施している。 情報 茨城大学 ○ ・後期授業として実施中。カリキュラムに若干の手直しを行うとともに、産業界の講師の数を減じ、代わ りにTA(Teaching Assistant)で補完しつつ継続している。 情報 筑波大学(学部・大学院) ○ ・文部科学省「先導的ITスペシャリスト育成推進プログラム」、「魅力ある大学院イニシアティブ」に採 択。カリキュラムの一部で、本事業の成果が活用されている。経団連重点協力校に指定。 情報 高知工科大学 ○ ・H17年度事業成果を、書籍としてH18年10月に出版。本事業の教育訓練は、正規科目として、大学教 員が担当して継続中。H18に、大学教員が、東京工科大学でのFDプログラムを受講。 情報 琉球大学(学部・大学院) ○ ・民間企業6社より提供される財源を元に、H16年度と同様の実施内容のプログラムを、H18年度末に 開講予定(H17年度は準備のため未実施)。 情報 千葉工業大学 × ・事業予算が確保できない、カリキュラムの変更手続きが難しい、との理由で継続していない。 情報 北海道大学(大学院) ○ ・民間企業21社より提供される財源に基づく寄附講座として継続実施(平成18年度で終了予定)。 ・産学連携による教育訓練で使用した教材を書籍化し、H19年2月に出版。 組込 九州産業大学 ○ ・開発した教育訓練をH17年度に改良。これをH18年度の正規の講座に組込んで実施中。 組込 東海大学(学部・大学院) ○ ・組込み技術者育成を目的とした専門職大学院を設置。H19年4月開講。 ・経団連協力拠点校の指定を受けている。 組込 大阪府立工業高等専門学校 ○ ・カリキュラム内容の一部を改善した上で、専攻科(※大学相当レベル)の必修科目として実施。 ・言語系教材は、連携企業より購入。財源不足により、産学連携は継続していない。 情報 県立広島大学 ○ ・大学にて、学生は無料、社会人は有料の形式で開講し、学生の負担を下げる形での継続を実現。 ・社会人向けに改良した短期研修を、広島ソフトウェアセンターで新規に開講し、継続展開を図る。 情報 慶應義塾大学 ○ ・学内の正規授業科目として実施。費用不足のため、実施内容を見直し、大学単独で実施。昨年度の 大学側コーディネータが講師を担当。経団連協力拠点校の指定を受けている。 平 成 1 7 年 度 事 業 情報 静岡大学 ○ ・正規科目として継続実施。H17年度は選択科目であったが、H18年度には必須科目へ格上げ。 ・経団連協力拠点校の指定を受けている。 情報 東北大学 東北学院大学 仙台電波工業高等専門学校 宮城大学 (※H18より) 東北工業大学 (※H18より) 東北大学大学院 (※H18より) ○ ○ ○ 採 択 初 年 度 情報 鳥取環境大学 ○ ・正規科目として継続実施。 ・H18年度には、大学教員が、東京工科大学で実施されるFDプログラムに参加。 情報 琉球大学(大学院) ○ ・H18年度は、沖縄県主催の事業として継続実施中。実施内容はH17年度と同様だが、インターンシッ プ期間を半年間に延長。受講対象者も大学院生と社会人に拡張。経団連協力拠点校。 情報 前橋工科大学 ○ ・本年度も同内容で正規カリキュラムとして継続中。 ・昨年度の企業講師(2名)を大学の非常勤講師として採用。 組込 宇都宮大学(大学院) ○ ・H18年度は、平成17年度の企業講師の指導の下、講座内容を発展させた卒業研究を実施。 ・事業成果は、新都心共同大学院(H19年4月開校)で活用予定。同大学院は経団連協力校。 組込 芝浦工業大学 ○ ・内容や形式の改善を行い、高等教育機関の自主財源により、H18年度も継続実施。 ・計画中であったインターンシップは、企業と大学のスケジュールが合わないため、実施を見送る。 平 成 1 4 年 度 補 正 事 業 ( 平 成 1 6 年 度 事 業 ) 採 択 初 年 度 ( - ・H18年度も内容を見直した上で継続中。仙台地域の大学への拡大を図っており、参加校は増加。 ・H18年度の事業(実施代表機関:(株)仙台ソフトウェアセンター)では、発展的内容に改良し、大学院 生向け講座(東北大学大学院)を新設。 ) 77 表 4-1 には、平成 16 年度以降に実施された個別事業の多くが、実施先の教育機関にお いて、様々な形で継続・展開されている状況が示されている。事業成果の活用を含む、個 別事業の継続・発展の形態は、以下のように整理される。 【継続・展開の形態】 • カリキュラム内の正規授業として継続(自主財源、自治体支援、企業寄附講座、等) ⇒ 公立はこだて未来大学、金沢工業大学、茨城大学、高知工科大学、北海道大学、九州産業大学、 大阪府立工業高等専門学校、慶應義塾大学、静岡大学、鳥取環境大学、前橋工科大学、芝浦工 科大学、等多数 • 社会人向け講座として実施 ⇒ 県立広島大学、琉球大学、等 • 事業成果を取り入れて、新しい学部学科や大学院等を新設 ⇒ 立命館大学、東海大学、宇都宮大学、等 • 事業実施実績を生かして他機関の支援を受け、発展的な講座・プログラム策定等を実施 • 事業成果を書籍として出版 ⇒ 九州工業大学、筑波大学、等 ⇒ 北海道大学、高知工科大学・鳥取環境大学、等 上記のとおり、本事業で実施された講座を継続して実施する際の形態は様々であるが、 中でも、単位認定が行われる正規の科目として実施・継続している教育機関が多い点が注 目される。この際に必要とされる財源の調達方法も様々であるが、自治体や企業の支援を 受けて、事業実施時と同様の産業界の協力体制を維持している教育機関(北海道大学等) もあれば、企業側の教育ノウハウを吸収し、教育機関が自立して教育訓練を実施している ケースも見られる。後者のケースの代表例として、平成 15 年度の事業実施時から現在に至 るまで、本事業の成果を基盤に、産学連携教育の発展・拡充に取り組んでいる、公立はこ だて未来大学の事例を後節に紹介する。また、事業実施時の授業が継続されている他、大 学側が企業にも基礎研修を提供するという「双方向型」の産学連携が展開されている興味 深い事例として、九州産業大学の取り組みを、併せて後節に示す。 正規の科目としての実施が困難であった教育機関では、社会人向けの講座などの形で、 教育訓練が実施され、本事業の成果が学外等でも活用されている。例えば、県立広島大学 では、学生は無料、社会人は有料として教育訓練を実施し、学生の負担を極力抑える形で の事業の継続を実現した。 また、事業の成果を取り込む形で、新しい学部学科や大学院等を新設している教育機関 も見られる。平成 16 年度より「情報理工学部」を新設した立命館大学や、平成 19 年度か ら、新たな専門職大学院「組込み技術研究科」を開設する東海大学、また、同じく平成 19 年度から、他大学とともに「新都心共同大学院」を開講する宇都宮大学などが、これに当 たる。これらの教育機関では、本事業で実施された教育訓練の成果が、新しいカリキュラ ムに導入され、活用されている。 78 さらに、本事業の実績を生かして、他省庁・自治体等の支援を受け、発展的な講座・プ ログラム策定等を実施している教育機関もある。その代表的な事例として、平成 16 年度、 平成 17 年度の本事業の実施実績を基盤として、平成 18 年度に、文部科学省の2つの公募 事業に採択された筑波大学の事例を後節に紹介する。 他には、本事業の成果を市販の書籍としてまとめ、出版したケースも見られた。高知工 科大学で2年間、鳥取環境大学で1年間実施された実績を持つ教育訓練の成果は、実施代 表機関である企業が中心となって、平成 18 年度に2冊の書籍として出版された。また、北 海道大学で実施された事業の成果も、平成 18 年度に4冊の書籍として出版された。 表 4-2 市販書籍が出版された事業 個別事業名 水平展開可能なソフトウェア教育訓練プログラムの開発(平成 17 年度) 実施代表機関 (株)サイバー創研 連携企業等 NTT ソフトウェア(株)、(株)アクシス、(株)ザ・ネット 上記事業成果を基に 出版された書籍 教育機関名 高知工科大学・鳥取環境大学 「ずっと受けたかったソフトウェアエンジニアリングの授業(上)」 「ずっと受けたかったソフトウェアエンジニアリングの授業(下)」 著者:鶴保征城、駒谷昇一/出版社:翔泳社(2006 年 10 月) 個別事業名 高度 IT 人材のための産学協同教育フレームワーク開発(平成 16 年度) 実施代表機関 北海道大学 連携企業等 新日鉄ソリューションズ(株)、(株)日立製作所、富士通(株)、日本 IBM(株)、(株)日本シス テムディベロップメント、日本ヒューレット・パッカード(株)、(株)アルゴ 21、ソフトバンク BB(株)、日本 オラクル(株)、サン・マイクロシステムズ(株)、日本電気(株)、マイクロソフト(株)、住商情報システム(株)、 NEC ソフト(株)、(株)情報科学センター、日立ソフトウェアエンジニアリング(株)、札幌総合情報センタ ー(株)、(株)NTT ドコモ、NTT コムウェア北海道(株)、日本ユニシス(株) 上記事業成果を基に 出版された書籍 教育機関名 「ソフトウェアエンジニアリング講座 1 「ソフトウェアエンジニアリング講座 2 「ソフトウェアエンジニアリング講座 3 「ソフトウェアエンジニアリング講座 4 北海道大学 ソフトウェア工学の基礎」 システム開発プロジェクト」 プログラミング」 オープンシステム技術」 著者:IT トップガン育成プロジェクト/出版社:日経 BP 社(2007 年 2 月) このように、本事業は、過去に実施先となった各教育機関において、その後、実践的な 教育訓練が継続・展開されるための基盤となっている。 なお、表 4-1 には、今年度(平成 18 年度)に実施された事業が含まれていないが、本 事業では、事業の一環として、事業終了年度以降の継続計画の立案・提示を求めたことも あり、過去の事業と同様、今年度事業に参画した多くの教育機関で、次年度以降も教育訓 練が継続されることが見込まれる。 79 1.2 実施事業の累積受講者数 平成 14 年度補正事業(平成 15 年度実施)から、平成 18 年度に実施された事業まで、産 学協同事業は過去4年間に実施されたが、これらの事業では、数多くの学生が教育訓練を 受講している。ここでは、その受講者の規模の推移から、本事業の成果を把握する。 図 4-1 は、過去4年間に、本事業で実施された教育訓練を受講した学生の累積グラフで ある。平成 15 年度に実施された事業では、約 200 人に満たなかった学生受講者も、翌年度 には 800 人以上を記録し、その後も 1,000 人近い規模で増加している。最終的に、平成 18 年度の累積受講者数は、約 3,000 人近くに達している。 3,500 人 平成18年度開始教育訓練受講者 3,000 2,500 2,000 2,919 平成17年度開始教育訓練受講者 平成16年度開始教育訓練受講者 平成15年度開始教育訓練受講者 前年度までの累積受講者数 1,701 1,500 1,000 500 839 193 0 平成15年度 図 4-1 平成16年度 平成17年度 平成18年度 過去4年間の累積受講者数の推移 図 4-1 の内訳を示したものが、図 4-2 である。図 4-2 からは、本事業で実施された教育 訓練が、事業終了年度以降も継続され、着実に受講生が増加していることが読み取れる。 図 4-2 には、平成 18 年度に実施された FD プログラムの受講教員の数も示した。 図 4-2 の数値に関する留意事項は、以下のとおりである。 - 図 4-2 中、太字・網掛けで表示されている箇所は、本事業の一環として実施された教育訓練の受講 者である。太字・網掛けのない箇所は、教育機関が自主的に実施している教育訓練の受講者を示し ている。 - 受講者数には、一部、延べ受講者数が含まれている。 - 平成 18 年度事業以外の平成 18 年度の受講者数には、予定人数が含まれている(平成 18 年度事業 の平成 18 年度受講者数は、実績値に基づく)。 80 年度 平 成 1 4 年 度 補 正 事 業 分野 教育機関名 教育訓練受講者数(年度別) 継続 状況 平成15年度 平成16年度 平成17年度 平成18年度 累積 受講者数 情報 はこだて未来大学 ○ 24 34 24 18 100 情報 立命館大学 × 60 × × × 60 情報 会津大学 × 27 × × × 27 情報 早稲田大学 × 33 × × × 33 情報 九州工業大学 ○ 13 × × 33 46 情報 東京都立科学技術大学 × 36 × × × 36 (193) (34) (24) (51) (302) 13 15 20 48 平成14年度補正採択事業・受講者合計 金沢工業大学(大学院) ○ 平 成 1 6 年 度 事 業 情報 茨城大学 ○ 44 26 11 81 情報 筑波大学(学部・大学院) △ 100 17 16 133 情報 高知工科大学 ○ 51 33 50 134 情報 琉球大学(学部・大学院) ○ 20 × 20 40 情報 千葉工業大学 × 28 × × 28 採 択 初 年 度 情報 北海道大学(大学院) ○ 37 56 45 138 組込 九州産業大学 ○ 240 283 290 813 組込 東海大学(学部・大学院) ○ 17 100 180 297 組込 大阪府立工業高等専門学校 △ 62 22 16 100 (612) (552) (648) (1812) 25 ( 情報 ) 平成16年度採択(初年度)事業・受講者合計 県立広島大学 ○ 15 10 情報 慶應義塾大学 ○ 29 20 49 情報 静岡大学 ○ 67 60 127 ○ ○ ○ 42 情報 東北大学 東北学院大学 仙台電波工業高等専門学校 宮城大学 (※H18より) 東北工業大学 (※H18より) 東北大学大学院 (※H18より) 39 81 情報 鳥取環境大学 ○ 54 70 124 情報 琉球大学(大学院) ○ 13 12 25 情報 前橋工科大学 ○ 22 25 47 組込 宇都宮大学(大学院) △ 27 3 30 組込 芝浦工業大学 △ ( 平 成 1 7 年 度 事 業 情報 ) 採 択 初 年 度 - 平成17年度採択(初年度)事業・受講者合計 17 20 37 (286) (259) (545) FD受講教員数 (平成18年度) (平成18年度の仙 台電波工業高等専 門学校の項参照) 長崎大学 - 61 61 - 組込 立命館大学 - 15 15 - 組込 東海大学 - 72 72 - 組込 宇都宮大学(+鹿児島大学) - 21 21 - 組込 琉球大学(大学院) - 9 9 - 情報 静岡大学(大学院) - 12 12 - 採 択 初 年 度 FD/組込 九州産業大学 - 30 30 5 FD/情報 東京工科大学 - 30 30 13 FD/情報 北海道情報大学(大学院) - 10 10 7 FD/情報 仙台電波工業高等専門学校 - - - 10 ( 組込 平 成 1 8 年 度 事 業 ) 平成18年度採択(初年度)事業・受講者合計 (260) 年度計 193 646 862 1,218 2,919 35 累 計 193 839 1,701 2,919 ▲ 学生 ▲ 教員 図 4-2 過去4年間に本事業で実施された教育訓練の累積受講者数 81 2. 注目事例の紹介 本節では、過去に実施された個別事業のうち、注目すべき取り組みとして、九州産業大 学(連携先:(株)福岡 CSK 等)、筑波大学(連携先:(株)いばらき IT 人材開発センター等) 、 公立はこだて未来大学(連携先:新日鉄ソリューションズ(株)等)で実施された3つの事 業を取り上げる。これらの事例では、いずれも、経済産業省による産学協同事業の成果に 基づいて、その後発展的な新しい取り組みが開始されており、本事業が最終的に目指した 目標を実現していると言える。 本節では、これらの取り組みについて、その概要や経緯を紹介するとともに、発展的な 取り組みの実現を可能にした要因に注目する。 2.1 九州産業大学 ~ 使命感に基づく双方向型産学連携教育~ 九州産業大学では、平成 16 年度に、地元の主要 IT 企業 (株)福岡 CSK との連携の 下、 「組込みソフトウェア技術者育成実践教育プログラム」が実施された。その後も、 産学双方の熱意により、産業界講師が参加する授業が正式科目として継続されるとと もに、大学側も企業側の研修講師を担当し、「双方向型」の産学連携が展開されてい る。また、平成 18 年度には、FD プログラム開発・実証事業に採択され、大学側が実 践的な IT 教育の自立的な実施に向けて、さらなる取り組みを進めている。 (1) 実施された事業の概要 ( 「個別事業詳細(資料集) 」p.24~) 九州産業大学では、平成 16 年度に、以下のような事業が実施された(表中、機関名・役 職名等は、すべて事業採択当時のもの)。 テーマ名 組込みソフトウェア技術者育成実践教育プログラム 実施代表機関 九州産業大学 提案代表者名 牛島和夫 (九州産業大学 情報科学部 学部長) 教育訓練システム 導入・展開責任者 有田五次郎(九州産業大学 情報科学部 教授) 連携機関名 連 携 機 関 役割 プロジェクトベース設計演習実施 (株)福岡 CSK (財)九州システム情報技術 ニーズ調査及び評価システムの設計 研究所 この事業は、九州産業大学 情報科学部がそれまでに進めてきた「ハードを怖がらない」 ソフトウェア技術者の育成カリキュラムに対して、 「ハードウェア・ソフトウェア協調設計 の概念を持ったシステムレベル設計の演習」と、多数の経験とノウハウをもつ IT 企業との 82 連携による「組込みシステム開発におけるプロジェクト運営に関する演習」を新たに付加 し、カリキュラム全体の実践性を高めることを狙いとして実施された。 実施されたコースや受講者の詳細と、各コースの位置づけは、以下のとおりである。す べてのコースは、平成 16 年度の後期の正課科目として実施された。 表 4-3 九州産業大学:平成 16 年度事業で実施されたコース コース名 受講者 人数 情報回路実験 九州産業大学 情報科学部 2 年次生 204 名 組込みシステム/VLSI 工学・特別演習 (正規授業+授業時間外の特別演習) 九州産業大学 情報科学部 3 年次生 組込みシステム/VLSI 工学受講者 76 名のうちの希望者 12 名 プロジェクトベース設計演習(★) (「社会情報システム学・知能情報学演習」の 共通選択テーマとして実施) 九州産業大学 情報科学部 3 年次生 205 名のうちの希望者 24 名 (目的) ハードウェア設計教育の強化、プロジェクト運営の実践教育 (期待する効果) 組込みソフトウェア開発におけるハードウェア技術の重要性、プロジェクト管理の重要性の理解 1 年後期 2 年前期 プログラミング基礎 2 年後期 データ構造とアルゴ データ構造とアルゴ リズムⅠ リズムⅡ 3 年前期 3 年後期 オブジェクト指向設計 並列アルゴリズム設計 コンピュータネットワーク プログラミング基礎演習 データ構造とアルゴ データ構造とアルゴ リズムⅠ演習 リズムⅡ演習 オペレーティングシステムと システムプログラミング 計算機システム 計算機アーキテクチャ データベース 情報回路 情報回路設計 情報科学基礎実験 社会情報システム学・ 知能情報学演習 -プロジェクトベース 設計演習- 組込みシステム/ VLSI 工学・特別演習 情報回路実験 本事業で実証しようとする範囲 図 4-3 九州産業大学:情報科学部カリキュラムと本事業の位置づけ 上記のコースのうち、(株)福岡 CSK の技術者が講師として参加したのは、「プロジェク トベース設計演習」(表 4-3 中の★)であった。この演習は、表 4-4 のようなカリキュラ ムで実施されたが、ロールプレイによるプロジェクト開発経験、実機を用いたソフトウェ ア開発、企業技術者による指導のいずれも、学生に対して新鮮な印象を与えた。 企業側にとっても初の取り組みとなり、様々な試行錯誤の下に実現したこの「プロジェ クトベース設計演習」は、初年度から、従来とは異なる実践的な教育として成果を挙げた。 83 表 4-4 九州産業大学:「プロジェクトベース設計演習」カリキュラム(平成 16 年度) 回 日 内容(各回3時間) 1 11/15 (月) ・ 組込みシステムの概要/プロジェクト管理について 2 11/22 (月) ・ 組込みソフトウェア開発の基礎/演習における開発フェーズの説明 3 11/29 (月) ・ 開発演習課題説明、スケジュール作成 ・ 設計技法についての説明、設計レビュー 4 12/6 (月) ・ モータテスト、センサテスト、単体テスト仕様書の作成 ・ プログラムのコーディングおよびデバッグテスト 5 12/13 (月) ・ 駆動制御タスク(メイン)、センサ監視タスク、モータ制御タスク ・ 総合テスト仕様書の作成 ・ プログラムのコーディングおよびデバッグテスト 6 12/20 (月) ・ 総合デバッグテスト ・ 顧客検収(通常動作確認、スペシャルコース動作検証)、成果物確認 7 12/22 (水) ・ 追加機能案件の設計、動作仕様討議・決定 ・ コーディング実装および追加案件のデバッグテスト 8 12/24 (金) ・ 追加機能案件の検収・納品 ・ 発表・質疑応答(各グループ 15 分)、発表内容講評 (2) 事業終了後の発展的取り組み 本事業は、開始当初から、経営層を含む(株)福岡 CSK 側の関係者と、情報科学部・学部 長を始めとする九州産業大学側関係者の間で、その先数ヵ年を視野に入れた、長期的な産 学連携の取り組みの一部として着手された。その意向に基づき、事業実施翌年の平成 17 年度には、大学側が企業に研修を提供するという、逆方向の産学連携も開始された。平成 16 年度の事業実施時と同様の企業側の授業支援(自発的に参加を志願した(株)福岡 CSK 社 員ボランティアによるもの)は、平成 17 年度以降も継続されたため、ここに、九州産業大 学と(株)福岡 CSK が目指す、「双方向型産学連携」が開始された。 大学 IT企業 <学生> <開発技術者> プロジェクトベース プロジェクトベース 設計演習 設計演習 (講師派遣) 実務に基づく模擬演習 <教員> (講師派遣) 専門的な系統教育 図 4-4 企業技術者 企業技術者 セミナー セミナー 九州産業大学と(株)福岡 CSK の双方向型産学連携 84 ① 大学から企業へ(企業技術者セミナー) セミナー実施の背景 ハード面での制約の多い組込みソフトウェア開発には、コンピュータの基礎知識が必要 不可欠である。このため、組込みソフトウェア開発を手掛ける企業では、基礎知識教育が 必要とされるが、企業内では、この基礎知識教育を施すために必要な教材等を含めた適切 な環境の構築や、適切な講師人材の手配が難しく、充実した体系的な基礎教育が行われに くい状況にある。しかし、業務の一部として組込みソフトウェア開発を手掛ける(株)福岡 CSK では、社内技術者のレベルアップのために、すべてのスキルの基本となる体系的な基 礎教育の必要性が認識されていた。そこで、システム設計を専門とし、コンピュータの基 礎知識に関する豊富な教育経験を持つ九州産業大学の教員が、大学の専門科目をベースに した社内研修を企業で実施するという計画が検討され、九州産業大学と(株)福岡 CSK の協 同による「企業技術者セミナー」が実施された。 このセミナーは、十分なプログラミング能力を有する現役技術者を対象として企画され た(受講対象者の8割は 10 年以上の実務経験を持っていた)。しかし、情報科学に関して 専門教育を受けた経験を持つ者は、そのうちの約1割に過ぎず、多くの技術者は、実務経 験を通じて必要な知識を習得していたため、各技術者が有する知識には、かなりの差が見 られるという状況であった。九州産業大学教員による「企業技術者セミナー」では、この ような(株)福岡 CSK の現役技術者を対象に、コンピュータの動作原理やハードウェア・OS に関する系統的な基礎知識を習得するための講義・演習を実施し、技術者の今後のレベル アップに不可欠となる基礎知識の整理及び確立を目指した。 セミナーの内容 「企業技術者セミナー」は、平成 17 年6月から7月の約2ヶ月にわたり、週に1回 150 分実施された。実施時間帯は、受講する社員の業務に支障が出ないよう、夜間とされた。 また、受講者の理解促進を図るため、講義に加えて演習も実施された。 これらの講義・演習は、九州産業大学情報科学部の専任教員がテーマごとに分担して担 当した。演習の実施時には、実習助手及び同様の授業の受講経験を持つ4年次生が SA と して参加するなど、充実した指導体制が取られた。セミナーのカリキュラムを以下に示す。 表 4-5 回 開催日 (株)福岡 CSK における「企業技術者セミナー」カリキュラム テーマ 1 6/15(水) CPU アーキテクチャ 2 6/22(水) メモリの構造と動作 3 6/29(水) 入出力アーキテクチャ 4 7/6(水) コンパイラ&リンカ&ローダ 内容 ノイマン型コンピュータの基本動作原理として、 CPU の構成と動作、メモリアクセスの基礎、及び 割込みを含む入出力部とのインタフェース動作 など、プログラム作成に役立つ知識を学ぶ。 コンパイラの基礎から、翻訳、実行モジュール生 成の原理方式を学ぶ。 85 回 開催日 テーマ 内容 5 7/13(水) 論理回路 コンピュータを構成する論理素子及び例として 順序回路を学ぶ。特に、ソフトウェア技術者が一 般的に苦手とする、時間的・空間的な動作概念に ついての講義を行う。 6 7/20(水) 通信 シリアルインタフェース(RS232C など)を通じ て、プロトコルや通信制御を、実習を交えて学ぶ。 7 7/27(水) リアルタイム OS 組込みソフトウェアに必須なリアルタイム OS の 方式と動作を、実習を交えて学ぶ。 受講社員の評価 「企業技術者セミナー」は、(株)福岡 CSK の受講社員に好評を博した。受講後のアンケ ート評価では、61%の社員が「よく理解できた」、35%が「ほぼ理解できた」と答えている。 また、アンケートに寄せられた以下の感想からも、このセミナーの成果がうかがえる。 (株)福岡 CSK 社員の感想 • 有意義。刺激になった。知識の再整理になった。 • 基礎教育とはいうものの、組込み技術者としての幅を広げるという意味では、非常にすばらしい 内容であった。 • 実習が多いことは大賛成である。やはり自分で作った物が実際に動くのを確認するのがベストで あると思うので、その点では良かった。 大学教員に対する成果 「企業技術者セミナー」の成功は、大学教員に対してもインパクトを与えた。教員が普 段接する学生は、基礎基本の重要性を自ら実感したことがないため、教員がそれを力説し ても、学習に対して積極的な姿勢を示すことは少ない。しかし、企業の現役技術者は、日 常の実務を通じて基礎基本の重要性を痛感しているため、今回のセミナーにも、非常に高 い意欲を持って臨んでいた。この学生と現役技術者の意欲の差から、大学側の教員の間で は、「学習に対する受講者のモチベーションの必要性」が改めて認識される結果となった。 基礎基本の習得は面白味に欠けることが多いため、その習得に向けて、学生のモチベー ションを高めることは難しい。そのため、大学側では、企業技術者が講師として授業に参 加する機会に、基礎基本の重要性を学生に直接伝えてもらうことととした。 「大学での勉強 は将来どのように役立つのか」、これを企業技術者の生の声として伝えてもらうことで、学 校だけでは十分に効果が上がらない、学生のモチベーション向上を図ろうとしている。 広がる人材交流 「企業技術者セミナー」は、平成 18 年度にも、夜間3時間×7回の講座として実施され た。平成 18 年度には、受講対象を中堅技術者ではなく、入社2・3年目の若手社員とし、 同様の内容についての講義・演習を実施した。 86 なお、ここで研修を受講した(株)福岡 CSK の若手技術者の中には、九州産業大学で、学 生向け授業「プロジェクトベース設計演習」のインストラクタを務めている者もおり、両 者の間には良い循環が築かれている。また、昨年度、九州産業大学 情報科学部から、(株) 福岡 CSK に就職した学生も、平成 18 年度、大学での授業に企業側のインストラクタとし て参加した。企業から大学への協力の形で始まった本事業は、さらに大きな人材の循環を 生み出している。 ② 企業から大学へ(プロジェクトベース設計演習のボランティア支援) 実施内容 大学から企業への研修の提供に応える形で、企業側は、後期に実施される大学の正規授 業「プロジェクトベース設計演習」の支援を行った。平成 17 年度には、連携企業として、 (株)福岡 CSK に加えて、(株)テクノ・カルチャー・システムも参加した。さらに、授業回 数も、8 回から 14 回に増やすなど、改良が加えられた。この授業は、平成 18 年度も同様 の内容で、企業の協力を得て、実施されている(授業内容は、「個別事業詳細(資料集)」 p.521 以降の掲載内容と、ほぼ同様である)。 企業技術者の協力の状況と、企業技術者にとっての成果 企業側の講師は、社内公募によって募集されている。平成 17 年度、平成 18 年度とも、 過去に参画した社員の多くが自ら志願し、平成 18 年度には、 総勢 16 名の社員が集まった。 これらの社員に対しては、8~9月の土曜日を使って延べ4・5日程度の研修が実施さ れた。ここでは、教え方についてのトレーニングを実施したほか、講師によって教える内 容が異なることなどが起きないよう、授業内容についての理解を深めた。また、教材の作 成も社員の手によって行われ、学生の理解度を高めるための様々な工夫が盛り込まれた。 (株)福岡 CSK では、大学教育への協力等は、社外貢献としてプラスに評価されるが、企 業がこれを主業務としているわけではないため、昇給に直結するなど、参加した社員にと って表向きのメリットは少ない。そのため社員の多くは、多忙な業務の間を縫って、自主 的な活動の一環として、産学連携教育に協力している。しかし、参画している社員の間で は、 「面白い」 、 「教えることが逆に自分のためになる」、 「大学で教えるという経験ができる」、 「日常の業務では得られない緊張感が得られる」などの声が聞かれ、授業への協力を楽し みにしている社員も見られた。また、講師を担当する社員は、学生に教えるにあたって、 担当業務についての自分の知識を再確認するため、関連書籍を見直すなど、自己研鑽にも 励むようになった。さらに、その過程で、業務上で学んだ知識が整理されたり、時には間 違いに気づくといった思いがけない効用も生まれている。 このように、この取り組みは、企業側にとってもプラスの効果を生み出しており、これ が、(株)福岡 CSK 社員が、産学連携教育に積極的に参画する大きな動機となっている。 87 ③ 大学による自立的な実施に向けて 平成 17 年度の「双方向型」の取り組みを経て、平成 18 年度には、経済産業省の産学協 同事業に、九州産業大学と(株)福岡 CSK による「『プロジェクトベース設計演習』FD プロ グラムの開発」が採択された。この事業は、平成 18 年度事業における「FD プログラム設 計・開発事業」として採択され、大学における自立的な教育の実施のために、大学教員の 実践的な能力向上を目指すものであった。 九州産業大学では、平成 16 年度事業の成果に基づき、その後、「プロジェクトベース設 計演習」が継続的に実施されていたが、この演習を、企業講師に代わり、大学教員が担当 できるようになることを最終目標として、FD プログラムが実施された。FD プログラムで は、大学教員が、企業講師の指導を受けながら演習の指導法などを学んだほか、企業にお ける実務の実際や企業が求める人材を把握するために、大学教員が(株)福岡 CSK の業務会 議やレビューにオブザーバーとして参加し、企業技術者とのディスカッションなども行っ た(実施された FD プログラムの内容は、「個別事業詳細(資料集)」p.521 以降に掲載)。 以上、九州産業大学と(株)福岡 CSK の間で、過去3ヵ年にわたって行われてきた取り組 みの概要を紹介した。産学双方にとってプラスの効果を生み出す互恵的な産学連携は、現 実的には実現が難しく、多くの場合、その取り組みを継続するには困難が伴う。そのよう な現状において、本事例は、産学協同事業の成果が、産学間の中長期計画の一部として効 果的に活用され、産学間の取り組みが発展しながら継続されているという点で、注目すべ き事例であると言える。最後に、 “このような発展的な取り組みを可能にした要因”という 観点から、本事例において特に際立っている成功のポイントを示す。 (3) 発展的な取り組みを可能にした要因 本事例において、双方向型の産学連携という発展的な取り組みが実現された背景には、 “地域の産業を担う人材の育成が必要である”との強い使命感に基づく、産学双方の熱意 がある。それに加え、産学双方において、組織の意思決定権限者が積極的な姿勢を示した ことで、産学どちらも、組織を挙げての取り組みが可能になった。 FD プログラムの実施にあたっては、教員の通常業務の範囲を超える活動に対して、組 織側の理解を得ることが困難な場合があるが、学部長が主導し、組織全体として FD プロ グラムに取り組んだ九州産業大学では、組織的なバックアップの下に、教員が実践的な能 力向上に取り組む環境が実現された。また、企業側も、自立に向けた大学側の意欲に理解 を示し、通常、関係者以外に情報を公開しない業務会議やレビューに対して、特別に大学 教員の参加を認めた。この取り組みは、企業・大学間で秘密保持契約を結んだ上で行われ た。 このような企業側の積極的な協力を可能にしたのは、企業側関係者の“使命感”であっ た。平成 16 年度事業から現在まで、(株)福岡 CSK 側の現場責任者を務めている吉元氏は、 以下のように述べている。 88 「弊社では、地域での優秀な人材の育成により地場産業が発展していく中で、初めて自 社の発展も可能になると考えている。企業にも相応の覚悟が必要とされるこのような取り 組みを続けていくためには、“企業が求める人材の育成は社会に出る前から始まっており、 地場の発展に寄与する人材育成は、企業の(社会的)責任でもある”といったある種の使 命感が必要である。」 このコメントからは、同社が、自社を超えた地域全体を視野に入れ、使命感を持って、 本事業に取り組んでいることが感じられる。 未だ実施にあたっては課題の多い産学協同による実践的な教育を、今後より一層普及・ 促進していくためには、企業・教育機関双方に、このような使命感とも言える熱意が不可 欠である。本事例は、今回の産学協同事業として実施された熱意溢れる多くの取り組みの 中でも、最も注目すべき取り組みの一つであると言える。 「個別事業詳細(資料集)」における本事例の掲載箇所 ※ 平成 16 年度「組込みソフトウェア技術者育成実践教育プログラム」 : p.24 ~ p.47 ※ 平成 18 年度「 『プロジェクトベース設計演習』FD プログラムの開発」: p.521 ~ p.557 89 2.2 筑波大学 ~ 実績の積み重ねから生まれた本格プログラム ~ 筑波大学では、茨城大学と共に、茨城県内の地域ソフトウェアセンター((株)いば らき IT 人材開発センター)が主導する経済産業省の産学協同事業に、平成 16 年度・ 平成 17 年度と続いて採択された。その結果、実践的な IT 教育に関する実績が築かれ るとともに、その重要性に対する認識が学内に広まり、平成 18 年度には、文部科学省 の2つの公募事業(①先導的 IT スペシャリスト育成推進プログラム、②「魅力ある大 学院教育」イニシアティブ教育プログラム)に同校の提案が採択され、産業界を牽引 するトップ IT 技術者育成のための本格的な履修プログラムが創設された。これらの提 案の採択にあたっては、実践的な IT 教育に対する同校の過去の実績が評価されてお り、特に上記①事業に関しては、同校は経団連の重点協力拠点校の指定を受けている。 (1) 実施された事業の概要 ( 「個別事業詳細(資料集) 」p.48~/p.247~) 筑波大学では、平成 16 年度・平成 17 年度に、茨城大学とともに、以下のような事業が 実施された(表中、機関名・役職名等は、すべて事業採択当時のもの)。 ① 平成 16 年度 テーマ名 産学協同実践的プロジェクトマネジメント教育の導入 実施代表機関 (株)古河ソフトウェアセンター(現:(株)いばらき IT 人材開発センター) 提案代表者名 児玉隆次 ((株)古河ソフトウェアセンター 技術開発部 部長) 教育訓練システム 導入・展開責任者 上田賀一 (茨城大学 工学部 情報工学科 助教授) 加藤和彦 (筑波大学 第三学群 情報学類 助教授) 連携機関名 連 携 機 関 役割 茨城県 商工労働部 産業技術課 委員会での助言、広報、他校展開 茨城大学 工学部 情報工学科 教育実施、カリキュラム検討、評価、 大学向けシラバス等の検討 筑波大学 第三学群 情報学類 (株)日立製作所(茨城支店) 茨城県情報サービス産業協会 ニーズ調査、スキル評価、講師選定 派遣、実施委員会での助言 平成 16 年度事業では、高度な IT 人材の不足という地域 IT 業界の課題に問題意識を持つ 茨城県内の地域ソフトウェアセンター(旧:(株)古河ソフトウェアセンター)が、地域内 の IT 企業と自治体に協力を呼び掛け、優秀な人材が集まる地元の主要国立大学において、 高度 IT 人材候補のための実践的なプロジェクトマネジメント教育の実現を目指した。 教育訓練は、既存の授業内容を一部変更して実施され、ソフトウェア開発を学ぶ授業に 現場の熟達技術者を招いて、企業における開発業務やプロジェクトマネジメントの実際を 学生に伝えた。また、学生が実際にプロジェクトマネジメントを体験できるよう、ケース 90 研修や企業見学等を取り入れ、従来の大学の授業とは異なる実践的な授業が展開された。 表 4-6 実施日 筑波大学:平成 16 年度教育訓練内容 コース名 受講者 1/13(木) 現場熟達技術者による プロジェクト事例紹介 1/20(木) 現場熟達技術者による プロジェクトマネジメント基礎 人数 92 名 筑波大学第三学群情報学類 学部生(主に 2 年生) 「ソフトウェア構成論」受講生 87 名 78 名 1/27(木) プロジェクト計画:ケース研修 2/2(水) ② 上記講座の受講者のうち、現場研修に 参加を希望する学生 現場訓練 16 名 平成 17 年度 テーマ名 J2EE システム開発で学ぶプロジェクト実行管理 実施代表機関 (株)いばらき IT 人材開発センター 提案代表者名 児玉隆次 ((株)いばらき IT 人材開発センター 技術開発部 部長) 教育訓練プログラム 導入・展開責任者 加藤和彦 (筑波大学 大学院 システム情報工学研究科 上田賀一 (茨城大学 工学部 情報工学科 助教授) 企業内人材育成等 責任者 高津次郎 ((株)日立製作所 茨城支店 公共情報部 部長) 連携機関名 教授) 役割 茨城県 商工労働部 産業技術課 委員会での助言、広報等 筑波大学 第三学群 情報学類 茨城大学 工学部 情報工学科 連 携 機 関 教育実施、教育展開 (株)日立ハイコス 講師選定派遣、カリキュラム設計 支援、教材作成、助言 茨城県情報サービス産業協会 講師選定派遣、委員会での助言 電脳郷 Web アプリケーション作成指導、 講師派遣、カリキュラム設計支援、 教材作成 平成 17 年度には、前年度のプロジェクトマネジメント教育に開発演習を加え、さらに実 践性の高い教育訓練が実施された。この講座は、土曜日に開講される特別講座として実施 され、意欲の高い学生が集まった。この講座では、実際にシステムを開発する模擬プロジ ェクトによって、実践的なスキルを習得させるとともに、プロジェクト管理の重要性を理 解させ、チームによる開発に必要とされる、リーダーシップ、コミュニケーション能力等 の育成を図った。これらの模擬プロジェクトでは、連携企業から参画するベテラン企業技 91 術者が、学生に対して、豊富な経験に基づく丁寧な指導を行った。 表 4-7 平成 17 年度:筑波大学カリキュラム 回 日 内容 (各回3時間) 1 11/19 (土) ・ ケースの理解 ・ 顧客要求仕様の把握と変更仕様の検討 ・ プロジェクト計画書の作成 2 11/26 (土) ・ 機能仕様、プロジェクト計画のデザインレビュー ・ 品質管理、コスト管理資料の作成 ・ ソフトウェア設計書の変更 3 12/17 (土) ・ ソースコードの作成・修正 ・ テスト仕様書の作成・レビュー 4 1/14 (土) ・ 基調講演 (一流プロジェクトマネージャの体験 談、若者への期待) ・ テストおよび不具合対応 5 1/21 (土) プロジェクト発表会 受講者 筑波大学 第三学群 情報学類 3、4 年生 筑波大学大学院 システム情報工学研究科 大学院生(修士課程) (計 17 名) 平成 16 年度、平成 17 年度のいずれの講座も、産業界のベテラン技術者の経験に基づく 講義や指導が、学生に新鮮な驚きをもって迎えられ、現場の様子と現場で実際に求められ るスキルや能力を伝えるという産業界側の意図は、ほぼ達成された。 また、2年連続で採択された本事業では、回を重ねるごとに、取り組みに対する関係者 の意識が高まり、それと共に教育訓練の内容も拡充されて、より充実した教育訓練が実現 されていった。さらに、そのような企業・大学関係者の変化は、大学学部内にも浸透し、 実践的な IT 教育の重要性に対する理解が広まるという、大学内の意識改革も進んだ。 (2) 事業終了後の発展的取り組み 上に述べたような経済産業省の産学協同事業が一つの糸口となって、学部内において、 実践的な IT 教育の重要性に対する意識が高まり、それは、さらに本格的なプログラムの創 設という成果に結びついた。平成 16 年度、平成 17 年度の2年間にわたって、産学協同事 業に取り組んだ実績等が評価され、平成 18 年度には、筑波大学による提案が、文部科学省 の「先導的 IT スペシャリスト育成推進プログラム」と、 「『魅力ある大学院教育』イニシア ティブ教育プログラム」の2つの公募事業に採択されるに至った。これらの新しいプログ ラムは、筑波大学が、産業界を牽引するトップ IT 技術者を育成するための本格的な取り組 みとして位置づけられるため、経済産業省の産学協同事業によって築いた実績が、これら の採択につながったことの意義は大きいと考えられる。 以下には、これらの2つの事業で整備が進められているプログラムの内容を示す。 92 ① 「高度 IT 人材育成のための実践的ソフトウェア開発専修プログラム」 文部科学省の「先導的 IT スペシャリスト育成推進プログラム」は、大学院を対象に、産 業界で先導的な役割を担う IT 技術者を育成するための拠点形成を支援する事業である。筑 波大学では、この事業で支援を受ける大学院プログラムとして、「高度 IT 人材育成のため の実践的ソフトウェア開発専修プログラム」(以下、「実践的ソフトウェア開発専修プログ ラム」と表記)が創設され、平成 19 年4月に本格的に開講する。 以下に、プログラムの概要を、簡単に紹介する。 「高度 IT 人材育成のための実践的ソフトウェア開発専修プログラム」には、筑波大学の 他に、電気通信大学、東京理科大学も参加し、それを、以下に示す数多くの企業が支援し ている。また、経済産業省の産学協同事業を主導した、(株)いばらき IT 人材開発センター も、地域産業界の立場から協力している。 図 4-5 「実践的ソフトウェア開発専修プログラム」実施体制 (筑波大学ホームページ:http://www.cs.tsukuba.ac.jp/ITsoft/outline/index.html#N2) 「実践的ソフトウェア開発専修プログラム」では、このような産業界による本格的な協 力体制の下に、図 4-6 に示すような実践的なカリキュラムが策定されている。 <ソフトウェア開発実践型科目群> カリキュラムのコアとなる科目群であり、これらの科目では、講義と併せて、十分な実 習時間を確保する(講義と実習の一体化)。さらに、継続的な学習によって学習効果を上げ るため、授業は週2回以上に分けて実施される。 <ソフトウェア開発プロジェクト型科目群> PBL(Project Based Learning)型の科目により、産業界で実際に行われているソフトウェ ア開発を経験する。この科目群は、修士論文に代わるものであり、PBL 型ケースプランニ 93 ング、PBL 型システム開発、研究開発プロジェクトなどから構成される。 <中長期インターンシップ> 国内外の企業や研究機関への中長期インターンシップに対して、単位が付与される。 <専門技術の基盤となる充実した科目群> 専門技術の基盤となる科目群である。関連科目群として、マネジメント、マーケティン グ、ファイナンス系の科目や、知的所有権・著作権等に関する科目も併せて開設される。 図 4-6 「実践的ソフトウェア開発専修プログラム」カリキュラム (筑波大学ホームページ:http://www.cs.tsukuba.ac.jp/ITsoft/outline/feature.html) 図 4-7 「実践的ソフトウェア開発専修プログラム」の修了要件 (筑波大学ホームページ:http://www.cs.tsukuba.ac.jp/ITsoft/admission.html) 「実践的ソフトウェア開発専修プログラム」の修了要件は、図 4-7 のとおりとなってい る。修了生には、通常の修士認定に加えて、「高度 IT 人材育成のための実践的ソフトウェ ア開発専修プログラム」の認定証が発行される。 94 この「先導的 IT スペシャリスト育成推進プログラム」事業に対しては、産業界側から、 社団法人日本経済団体連合会(日本経団連)が、各校に対する企業講師の紹介等の支援を 行っているが、筑波大学は、九州大学とともに、経団連が重点的な支援を表明した2つの 「重点協力拠点校」のうちの1校に指定されている。これは、筑波大学に蓄積された実践 的な IT 教育に対する実績やノウハウに加えて、過去の取り組みを発展・拡大させた、大学 側関係者の意欲が評価された結果であると見ることができる。 ② 「実践 IT 力を備えた高度情報学人材育成プログラム」 「先導的 IT スペシャリスト育成推進プログラム」に加えて、同じ文部科学省の「『魅力 ある大学院教育』イニシアティブ教育プログラム」にも、筑波大学による提案が採択され た。この事業は、現代社会のニーズに応える研究者を養成するため、大学院における意欲 的・独創的な教育の取り組みを文部科学省が支援するものである。この事業において平成 18 年度に採択された、筑波大学の「実践 IT 力を備えた高度情報学人材育成プログラム」 では、過去の経済産業省による産学協同事業の成果が活用されている。 以下、このプログラムの内容と、産学協同事業の成果の活用状況を紹介する。 図 4-8 「実践 IT 力を備えた高度情報学人材育成プログラム」 :履修プロセス (筑波大学ホームページ:http://www.cs.tsukuba.ac.jp/initiative/curriculum/index.html) <実践型システム開発プロジェクト> 産業界からの客員教員の指導に基づき、プロジェクト計画から実行管理までを PBL 形式 で行う実践的な情報システム開発プロジェクトによって、実践的なスキルの向上を図る。 プロジェクトでは、仕様書の作成から、見積もり・開発・納品・収益チェック(黒字/赤 字)なども行い、実践的なシステム開発経験を積む。本プロジェクトは、学部生との共通 科目として実施するため、開発チームにおける大学院学生のリーダーシップを引き出す効 果も狙い、プロジェクトマネージャに必要なマネジメント能力の養成を図る。 95 このプロジェクトの講師には、産業界から、経済産業省の産学協同事業で招いた講師と 同じ講師を招いているほか、教材も、経済産業省の産学協同事業で作成した教材に、追加 開発を加えたものが活用されている。 <実践企画ケーススタディ> 産業界からの客員教員の指導の下、実システムのケースを題材に、システム開発の初期 段階で作成される RFP(Request For Proposal)や企画提案書等を作成し、相互評価を行う。 これにより、IT アーキテクト、IT コーディネータに必要な企画力に加えて、ビジネスモデ ル構築力やシステムデザイン能力等を養成する。 産業界からの講師は、 「実践型システム開発プロジェクト」とほぼ同じ、経済産業省の産 学協同事業で招いた講師陣である。また、このプロジェクトの教材作成においては、経済 産業省の産学協同事業のノウハウが活用されている。 <システム開発型研究プロジェクト> 研究活動の一環として、産業界や研究所からの教員の助言の下、 「動くシステム」を構築 するための開発プロジェクトを、学生が自主的に企画・運営する。これにより、企画力、 システム開発力、コミュニケーション能力、マネジメント能力を含む総合実践力を養成す る。最終年度には、研究開発成果の一般公開が義務付けられている。 <リサーチリーブ型インターンシップ> 海外を含む他大学・研究機関・企業等において、一定期間、学生が研究開発に取り組む ことで、習得した技術や能力の実践力を高める。終了後には、報告会が実施される。 以上、筑波大学に新しく設置された新しい履修プログラムの内容を簡単に紹介したが、 これらは、経済産業省による産学協同事業を基盤として生み出された成果であると言える。 以下には、本事例において、産学協同事業の成果が、このような大きな成果に結びついた 背景や要因を示す。 (3) 発展的な取り組みを可能にした要因 本事例において注目されるべきポイントは、大学側における「小さな取り組みの広がり による学部内の理解浸透」と、産業界側における「事業を主導する機関の積極性」である。 小さな取り組みの広がりによる学部内の理解浸透 当初、筑波大学・加藤教授が手掛ける経済産業省の産学協同事業に対して、学内では、 あまり反応が見られなかった。しかし、平成 16 年度、平成 17 年度と続けて経済産業省事 業に参加し、実績を積み重ねるうちに、学内会議での報告やメディアの報道などを通じて、 学内の他の関係者も、実践的な教育に対する世間のニーズを認知するようになり、徐々に 取り組みの輪が広がっていった。 96 平成 16 年度時点では、通常授業に、産業界講師による特別講義+演習+企業見学を追加 するという試みでさえも、試行錯誤を経ての実施となった。その後、平成 17 年度には、同 様の体制による産学連携講座が、週末実施の特別講座に発展し、開発演習プロジェクトと して、内容の充実も図られた。これらの事業に取り組む過程において、学内関係者の理解 も得られるようになり、その翌年度には、一つの講座を超えた履修プログラムの創設へと 成果が発展することとなった。 これらの取り組みの発展の背景には、新しい取り組みに対して積極的な学風等も影響し ていると考えられるが、それ以上に、継続して着実に実績を積み重ねた、企業・大学側関 係者の努力も大きい。本事例は、最初は小さな試みとして始まっても、それが周囲の理解・ 賛同を経て、大規模な取り組みにまで発展した好事例と言えるだろう。 事業を主導する機関の積極性 ここまで、筑波大学に焦点を置いて本事例を紹介してきたが、筑波大学・茨城大学の両 大学における取り組みを、過去2年間にわたって主導してきたのは、(株)いばらき IT 人材 開発センター(旧:(株)古河ソフトウェアセンター)であった。筑波大学・茨城大学で実 施された教育訓練には、地域 IT 企業が多数協力しているが、これらの IT 企業を取りまと め、大学側とのコーディネートを務めたのが、(株)いばらき IT 人材開発センターである。 そのような意味では、同社の活躍がなければ、本事業は円滑に進まなかったとも言え、本 事例では、事業の中核として活躍したコーディネート機関の存在も重要であったと考えら れる。 (株)いばらき IT 人材開発センターは、IT 人材育成に関する事業に積極的に取り組んでお り、2006 年度には、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)から、IPA 賞も受賞している。 受賞者である鈴木・児玉両氏は、本事業においても中心的な役割を担っており、同賞の受 賞理由には、経済産業省の産学協同事業での取り組みも挙げられている。 企業と教育機関の間に、教育目的の新しいチャネルを築くことが困難な現状では、同社 のようなコーディネート機関の存在も重要である。平成 17 年度、平成 18 年度の産学協同 事業に参画した(株)浜名湖国際頭脳センターも、本事例の(株)いばらき IT 人材開発センタ ーと同様に、産学連携教育の推進にあたり、地域企業と大学の間で重要な役割を担ってい る。 現状には無い新しい取り組みを実現するためには、開拓役が必要である。そのような開 拓役を担う機関の活躍も、本事例の発展の基礎を築いた大きなポイントと言えよう。 「個別事業詳細(資料集)」における本事例の掲載箇所 ※ 平成 16 年度「産学協同実践的プロジェクトマネジメント教育の導入」 : p.48 ~ p.65 ※ 平成 17 年度「J2EE システム開発で学ぶプロジェクト実行管理」: p.247 ~ p.273 97 2.3 公立はこだて未来大学 ~ 大学主導で進化を続ける産学連携 ~ 平成 12 年 4 月に開学した「公立はこだて未来大学」は、「システム情報科学部」一 学部からなる大学であり、情報技術を基盤とする 21 世紀を担う人材の育成を目指し て、これまでにない新しい大学づくりを進めている。その取り組みの一つとして、同 校では、平成 15 年度に実施された産学協同事業(平成 14 年度補正事業)において、 産業界との連携による「実践型グループ学生教育コースの開発及び実施評価」が実施 された。この事業は、同校の実践的な IT 教育実現に向けた取り組みの基盤となり、現 在では、企業側のノウハウを吸収した大学が、自立的に実践的なプロジェクトを展開 している。また、同校では、産業界との連携を絶えず維持する努力が重ねられており、 現在でも、新たな実践的 IT 講座が次々と生み出されている。 (1) 実施された事業の概要 ( 「個別事業詳細(資料集) 」p.659~) 公立はこだて未来大学で、平成 15 年度に実施された事業(平成 14 年度補正事業)の概 要は以下のとおりであった(表中、機関名・役職名等は、すべて事業採択当時のもの)。 テーマ名 実践型グループ学生教育コースの開発及び実施評価 代 表 機 関 公立はこだて未来大学 申請代表者名 鈴木恵二(公立はこだて未来大学 情報アーキテクチャ学科 助教授) 機関名 連 携 機 関 役割 新日鉄ソリューションズ(株) 教材開発 (株)情報科学センター 教育訓練評価 公立はこだて未来大学の取り組み 上にも述べたとおり、公立はこだて未来大学は、平成 12 年(2000 年)4 月に開学した「シ ステム情報科学部」から成る大学であり、産業界や先端研究分野において 21 世紀を担う新 しい IT 人材の輩出を大きな目標の一つとして掲げている。その目標の実現に向けて、同校 は、開学以来、従来にない新しい教育の実現に取り組んできた。 平成 14 年に開学2年目を迎えた同校では、目標とする人材の輩出に向けて、基礎から応 用まで充実した IT 科目群が整備されつつあった。しかし、開学と共に入学した新入生の進 級・成長に伴い、以下のようなカリキュラム上の課題が学内で認識されていた。 初等レベルのプログラミング技術は習得できるが、開発プロセスや UML 等について学ぶ機会がな い。 学生が、IT 技術者に対する明確な職業イメージを持っていないため、高度な IT 技術を習得するた めのモチベーションが欠けている。 教育機関には、以上のような課題を克服できるような適切な教材(IT 技術者に対する職業観形成に 役立つ教材やプロジェクト形式で実践的な知識・スキルが習得できるような教材)がない。 98 これらの課題を解決するために、同校では、新3年生が誕生する平成 14 年度、新日鉄ソ リューションズ(株)の協力のもと、大学発の自主的な取り組みとして、産学連携によるプ ロジェクト学習を実施した。このプロジェクト学習は、必修科目として位置づけられてお り、新日鉄ソリューションズ(株)が提供する同社の新入社員教育用教材を用いて、18 名の 3年生を対象とする Java システム開発演習が実施された。 新日鉄ソリューションズ(株)は、現在の大学教育の実践性向上と産業界への高度 IT 人材 の輩出に対して高い意欲を有する企業として知られ、今回の公立はこだて未来大学の取り 組みに対しても、自社の人材や教育ノウハウを惜しまず提供した。 経済産業省による産学協同事業の実施 上記の取り組みなどが注目され、翌年度、公立はこだて未来大学による提案が、経済産 業省の「高度 IT 人材育成システム開発事業」に採択された。この提案は、前年度の取り組 みを発展させる形で、再び新日鉄ソリューションズ(株)の協力を得て実施された。 この産学協同事業で実施された教育訓練は、必修科目として位置づけられ、以下のよう な構成となっていた。この教育訓練は、初等レベルのプログラミング技術を有する3年生 (24 名)を対象とし、産業界の実務を知って、学生のスキル習得に対するモチベーション の向上を図るとともに、仮想顧客との対応を含むシステム開発演習を通じて、チームでの システム開発に必要な実践的なスキルを養うことを目的とした。 各コースの概要を以下に示す。 (※ 1回=4時間) ■ グループ演習 <産業界講師による講義:1 <産業界講師による講義:1 回> 回> 「IT事例集とスキルの対応集」 「IT事例集とスキルの対応集」 Î Î 学生のIT技術者に対する職業 学生のIT技術者に対する職業 理解と学習意欲の向上 理解と学習意欲の向上 <Java <Java 実装演習:10 実装演習:10 回> 回> サーバ構築演習 サーバ構築演習 JSP開発演習(BBS) JSP開発演習(BBS) <グループ別実践演習:30 <グループ別実践演習:30 回> 回> 要求分析・定義/ 要求分析・定義/ 設計/実装/テスト 設計/実装/テスト Î Î チームによる開発演習の導入 チームによる開発演習の導入 Î Î 本格的なプロジェクト型開発演習 本格的なプロジェクト型開発演習 <報告会> <報告会> 納品 納品 ■ 個人学習 <eラーニング> <eラーニング> Javaプログラミング個人演習 Javaプログラミング個人演習 <個人演習課題:10 <個人演習課題:10 回> 回> オブジェクト指向モデリング演習 オブジェクト指向モデリング演習 Î Î 基本スキルの確立 基本スキルの確立 Î Î 応用スキルの習得 応用スキルの習得 図 4-9 公立はこだて未来大学:実施された教育訓練の概要 ① 講義(産業界講師による講義) 最初に、学生の将来イメージとして、IT 技術者像を明確に示すことにより、学生の学習 意欲の向上を図った。ここで使用した「IT 事例集とスキルの対応集」は、産業界における IT サービスの成功事例と、これらを成功させるために必要となるスキルを明確にした資料 99 であり、以下のような内容が含まれている。 • IT が開く世界 • キーワードに見る IT 事例集 • 実システムのハードウェア紹介 • IT のこれから ② 個人学習(eラーニング+個人演習課題) グループ演習の前段階として、簡単な Java プログラミング課題を通じて基礎的な内容を 理解する、eラーニング学習「Java プログラミング個人演習」を実施した。 続いて、個人で課題に取り組む「オブジェクト指向モデリング演習」を実施し、UML によるクラス図の作成とそれを実装する課題演習により、グループ開発に必要なプログラ ミング環境の理解と、個人スキルのレベルアップを図った。 ③ グループ学習(Java 実装演習+グループ別実践演習) 「Java 実装演習」では、本格的なグループ演習への導入ステップとして、仕様について の理解や、仕様を記述する技術、GUI の作成スキルの向上などを狙いとして、スロットマ シンや JSP による掲示板をグループで開発した。 その後、一連のコースの総合演習として、 「グループ別実践演習」では、仮想的な顧客に 対応しながら、分析、設計、実装・テスト・納品までの一連工程を含むプロジェクト開発 に取り組んだ。ここでは、初級レベルの学生にとって、ゼロからのシステム設計・開発は 難易度が高く手戻りも多いことから、一定の Web アプリケーションを予め作成しておき、 それに対して、顧客が要求する機能を学生が追加開発する形式を採用した。これにより、 学生は、既に開発された Web アプリケーションに関する設計資料等を自ら参照する必要に 迫られるため、それらの資料自体が参考書としての役割を果たし、開発設計に関する学生 の自主的な学習が達成された。 (2) 事業終了後の発展的取り組み 平成 15 年度に実施された産学協同事業の成果は、その後、同校において実践的 IT 教育 が発展していくための基盤となっている。以下には、産学協同事業の成果と、その後の発 展の様子を示す。 実践的なプロジェクト型開発演習の発展 平成 15 年度に、 「グループ別実践演習」として実施された実践的なプロジェクト型開発 演習は、平成 16 年度以降も、週6時間通年で実施される3年次の必修科目として実施され ている。平成 16 年度には、事業実施時に学生によって作成されたシステムをカスタマイズ して、限られた時間内で、さらに高度なシステムの作成が可能なように、演習内容が追加・ 改良された。このように、課題の内容自体も、大学側の取り組みによって発展し続けてい 100 る。また、この演習は、産学協同事業実施時には後期に実施されていたが、平成 16 年度か ら、これを前期に実施することとし、後期には、前期の成果を活用して、さらに高度な開 発を行えるよう工夫された。 産学協同事業実施時までは、演習にあたって、産業界からの講師が指導にあたり、仮想 顧客役などを務めたが、過去2年間の連携により、産業界のノウハウは大学側に十分に移 転されため、現在では、大学側が自立的に演習のすべてを実施している。 また、現在でも、大学側は、演習内容の改良等に積極的に取り組んでいるほか、後期授 業で行われる開発演習では、 「実際に使われるソフトウェア」の開発を目指して、地元企業 等からの依頼による開発にも取り組んでいる。 産業界講師による講義の活用 産業界から講師を招いて実施した、学生の学習意欲向上のための講義は、事業終了翌年 の平成 16 年度から、「情報アーキテクチャ特論」として開講されている。この科目は、事 業実施時よりも拡充され、週1回の講義として、現在では、3・4年生 80~90 名が受講す る科目となっている。例えば、平成 16 年度に初めて開講した際の授業内容は、以下のとお りであった。 表 4-8 公立はこだて未来大学:平成 16 年度「情報アーキテクチャ特論」講義内容 回 1 2・3 講義内容 講義担当企業 ガイダンス 「IT 事例集とスキルの対応集」 4 IT 業界の仕組みとベンチャーの役割 (株)情報科学センター 5 IT 関連技術の標準化と Web サービス 北海道大学 6 仕事と学生 J-Tech Creations, Inc. 7 システム運用 北海道大学 8 自動車鋼板 SCM システム開発プロジェクト 新日鉄ソリューションズ(株) 9 ソフトウェア開発プロジェクト入門 新日鉄ソリューションズ(株) 10 システムアーキテクチャ マイクロソフト(株) 11 ソリューション営業の基本 NTT コムウェア北海道(株) 12 日立の仕事を私の紹介 (株)日立製作所 13 入社からの仕事内容の紹介 新日鉄ソリューションズ(株) アメリカと日本の違い なお、この科目では、産学協同事業で作成されたeラーニング教材も活用されている。 産学連携による上級教材の作成 平成 15 年度に実施された産学協同事業には、新日鉄ソリューションズ(株)の他に、(株) 101 情報技術センターも参加した。公立はこだて未来大学では、産学協同事業終了後、学内の 自主特別経費として「高度情報技術教育プログラム」が設置され、このプログラム予算(年 500 万円程度)によって、産学連携で教材作成が行われた。この教材作成は、(株)情報技術 センターと共同で実施され、産学協同事業で作成された教材よりも、さらに上級者向けの 「Web サービス利用に向けた OpenSOAP 技術基礎演習」と「オブジェクト指向に基づく実 践的データベース設計実装演習教材の開発」の2種類の教材が作成された。 また、同校では、函館市と協力して、地域の IT 技術者を対象としたセミナー(「IT 企業 塾」)も実施していたが、これらの教材は、ここでも活用された。 新たな分野での産学連携へ 平成 17 年度には、組込みシステム分野の科目においても、地元企業(株)SEC および(株) メディックの協力の下、産学連携によるプロジェクト型開発演習が開始された。この組込 みシステム開発プロジェクトは、前後期を通じて行われており、前期には、企業見学も実 施されている。開発時のレビューには、企業技術者も参画し、現場感覚を生かした指導が 行われている。 なお、この演習も、それまでに実施されてきた Web アプリケーション開発のプロジェク ト学習と同様の位置づけで実施されており、過去の産学連携教育で培われた大学側の知見 やノウハウが生かされている。 さらに発展を続ける産学連携 同校では、図 4-10 に示す人材育成体制のもと、現在でも、新たな産学連携の展開を目 指している。 平成 19 年度には、大学院において、より高度な IT 教育を実現するため、IT 企業 6 社に よる寄附講座として「実践的 IT 人材育成講座」を設置し、Web アプリケーション系の人材 育成に加えて、組込み系の人材育成にも取り組む。この取り組みでは、兼ねてから高度 IT 人材育成のための大学院科目として準備されていた「ICT デザイン特論」、「オープンシス テム特論」等の授業を寄附講座として位置づけ、IT 企業の協力を得て産学連携で教育を行 う。 また、経済産業省の産学協同事業によって開発された講座を基盤として、さらに、産学 が融合した体制で実システム開発や研究を行い、そこで実践的な IT 人材を育成するという 「人材育成トラック」の運営も進められている。このトラックに在籍する学生は、企業か ら実システム開発を受託し、そこで実践的なスキルや経験を積むとともに、それを生かし た研究に取り組む。この「人材育成トラック」は、企業に対して、大学が実際に使えるツ ール・プロダクトを提供し、大学は企業から貴重な実践の場(プロジェクト)を得るとい う双方向型の産学連携であり、今後の取り組みが注目される。 このように、公立はこだて未来大学では、大学側が、開学当初から、新しい実践的な教 102 育の実現に向けて高い意欲を持ち、経済産業省による産学協同事業を基盤として、さらに 産学連携による新たな取り組みを発展させてきた。 以下には、このような発展が可能になった要因を、改めて整理する。 図 4-10 公立はこだて未来大学:「人材育成トラック」構想 (3) 発展的な取り組みを可能にした要因 公立はこだて未来大学では、中長期にわたって産学連携が継続され、今なお新しい形で 発展を続けている。この発展を可能にした要因を挙げるとすれば、それは、大学側が当初 より有していた“長期的な視野”であると言えるだろう。取り組みの開始時点から、長期 的な展開を視野に入れているからこそ、様々な試みが、一過性の取り組みとして終わるこ となく、発展の基盤として位置づけられ、その後の新たな取り組みに結び付けられていく。 そのような意味では、同校における実践的な IT 教育の発展は、決して偶発的なものではな く、当初よりその実現が強く望まれていたからこそ、実現され得たと言えるだろう。 産学連携教育の立ち上げにあたっては、企業側の協力がきわめて重要な意味を持つ。し かし、企業側の“献身的”とも言える協力体制があっても、教育機関側に、それを受け入 れ、その後に繋げる意思や体制がなければ、それを長期間の取り組みとして維持・継続し ていくことは難しい。この点は、経済産業省の産学協同事業においても、大きな課題とし て指摘され続けてきた。教育機関における実践的な IT 教育の実現は、産業界が切望する取 り組みではあるが、その継続・発展の大きな鍵は、現実的には、教育機関側が握っている。 企業側の使命感や熱意を受け止め、それを発展させていくのは教育機関側であり、筑波大 学や公立はこだて未来大学における産学連携の発展は、それを示す好事例であると言える。 103 なお、産学連携の維持・発展にあたって、教育機関側に具体的に求められるのは、産学 連携を可能にする制度やカリキュラムの整備に加えて、“企業側のノウハウ吸収に対する、 教育機関側関係者の意欲的な姿勢”である。公立はこだて未来大学では、企業側のノウハ ウの多くが取り組みの過程で大学側に移転され、それがさらなる発展を支える基盤となっ ている。このような、新しい教育の実現に対する大学側の積極性と柔軟性が、本事例の成 功を支える最も重要なポイントであると言えよう。 「個別事業詳細(資料集)」における本事例の掲載箇所 ※ 平成 14 年度補正「実践型グループ学生教育コースの開発及び実施評価」 : 104 p.659 ~ p.678 3. 学生・「産」・「学」の声 本事業では、事業の有効性や成果を把握するために、各個別事業において、関係者ヒア リングやアンケートを実施した。本節では、これらの各種ヒアリングやアンケートなどか ら、事業に参画した関係者の感想や意見等を、学生・大学関係者・企業関係者に分けて紹 介する。 3.1 学生の声 学生(高専生・大学生・大学院生)に対しては、事務局によるヒアリングやアンケート が実施された。ヒアリングは、各個別事業の受講学生の代表者2~3名(最大数名)に対 して実施された。アンケートは、原則として受講学生全員を対象とし、教育訓練を受講し た直後(受講後アンケート)と、受講の翌年度(フォローアップアンケート)に実施され た。また、ヒアリングとアンケートに加えて、事業年度の年度末に実施された成果報告会 では、各個別事業から1名程度(計5・6名)の学生が参加する学生パネルディスカッシ ョンが実施され、学生の考え方や教育訓練の感想等が発表された。ここでは、これらの“学 生の声”から、本事業の成果を示す。 (1) 本事業で実施された教育訓練について ① 既存の授業との比較 まずは、学生に、 “既存の授業と比較して、本事業で実施された教育訓練が、どの程度実 務に役立つを思うか”を尋ねたアンケートの結果を示す(図 4-11)。 図 4-11 では、8割以上の学生が、「大いに役立つと思う」「役立つと思う」と答えてお り、本事業で実施された教育訓練が、 “実務に役立つ”という観点から、学生に高く評価さ れていることが分かる。 全く 役立たないと思う 3.6% あまり 役立たないと思う 15.6% 大いに 役立つと思う 40.0% 役立つと思う 40.7% 図 4-11 これまでに実施された授業と比較して、今回の授業は、どの程度実務に役立つと思うか? (H16・H17・H18 年度 受講後アンケートの結果から) ※ 上記アンケートは、H16・H17・H18 年度の本事業での教育訓練受講学生(主に情報工学系専攻) に対して、それぞれ実施したアンケートの結果を合算したもの。(N=889) 105 図 4-12 は、 “今回の教育訓練を受講して良かったこと”を具体的に、学生に選択させた 設問の結果である。これによれば、 「システム開発のプロセスや手順が理解できたこと」や 「企業における仕事の内容が理解できたこと」などが上位に挙げられている。 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 75.8% システム開発のプロセスや手順が理解できたこと 55.6% 企業における仕事の内容が理解できたこと 44.2% 実務で活用できそうな知識・スキルが身に付いたこと システム開発の楽しさが理解できたこと 32.5% コミュニケーション能力やリーダーシップが身に付いたこと 32.5% 25.6% プログラミングスキルが向上したこと 就職したい仕事についてのイメージが固まったこと 23.6% 今後学習すべき内容についての目標が明確になったこと 22.8% 18.3% 就職活動の際に、その経験をアピールできたこと 14.7% それまでの課程で学んだ知識・スキルの総仕上げが行えたこと 関連する資格が取得できたこと 2.2% その他 図 4-12 80% 5.3% 今回の教育訓練を受講して良かったと思うこと (H17・H18 年度 本事業教育訓練受講生に対するアンケートの結果から) ※ 上記アンケートは H17・H18 年度の本事業での教育訓練受講学生(主に情報工学系専攻)に対し て、それぞれ実施したアンケートの結果を合算したもの。 (N=375) アンケートやヒアリングでは、 “既存の授業と比べて良かった点”について、学生受講者 から数多くの意見が寄せられたが、これらの様々な意見は、以下のように集約される。 【既存の授業と比べて良かった点】 ① 通常の授業や研究では、個人で開発を行うことが多いが、今回、チームでの開発を初め て体験することができ、その難しさやコミュニケーションの重要性を学んだ。 ② 知識として学んでいたソフトウェアの開発プロセスを、実際に体験することができた。 ③ 演習の中で、これまでの授業で学んだ知識やスキルを活用することで、習得した知識や スキルが実践的なものになった(体系化された)。また、これまでに学んできた学問の意 味が理解できた。 ④ これまでに授業で学んだ知識やスキルが、仕事でどのように使われるのかを実感し、学 習に対する意欲が高まった。 ⑤ 実際に仕事で必要とされる知識やスキルを理解し、今の自分に足りないものを自覚する ことができた。 ⑥ 企業講師の話を聞き、企業での仕事の内容や雰囲気を理解することができた。また、就 業に対する意欲が高まった。 ⑦ 通常の授業よりも、興味を持って取り組むことができ、達成感が感じられた。 ⑧ 入社後に必要なスキルを習得したことで、就職時に有利になると感じている。 106 また、以下には、 “学生の生の声”として、ヒアリングやアンケートに寄せられた学生受 講者のコメントを、上記の項目ごとに紹介する。 ① チームでの開発やコミュニケーションの重要性に関する意見 • チームで開発することで、一人で開発するより効率的に開発が行えるということを学んだ。 • これまでに体験したことのないグループによる開発を体験できたのは、とても新鮮だった。また、 グループによる開発を通じて、コミュニケーションの重要性が理解できた。 • ひとつの目標の達成に向けて、チームが団結していく過程を体験でき、とても感動している。 • 大学では、個人でプログラムを作成することが多いが、実際の企業では、システムを作成するの に 1 人で1から作ることはないと思うので、実際のシステム作成過程を学べるこの授業は、受け ておいて損はないと思う。 • 今回は、リーダーを務めたので、メンバーに適切に仕事を任せることの大変さを実感した。 • 今回の講義では、どれもこれも苦労したものばかりですが、最も苦労したのが「グループで作業 すること」だと思います。複数人で協力してコーディングを行うのは、今回が初めての経験でし た。貴重な経験であると同時に、チームで仕事をするのは色々と大変なんだなぁ、としみじみ実 感しました。 • 今回のプロジェクトは、複数人で取り組むということに非常に大きな意義があったと思う。チー ム内で技術について教え合うことができたのも有意義だった。このような経験したことがない大 学生には、是非ともこの講座の受講を勧めたいし、次に参加する機会があればまた参加したい。 ② ソフトウェアの開発プロセス等の体験に関する意見 • 今回の授業を通して、ソフトウェアの企画、開発環境の選択、ソフトウェアの設計、コーディン グ、ドキュメントの作成、レビューなど、ソフトウェア開発のすべてのプロセスを、ひとつの開 発プロジェクトとして関連付けて学ぶことができた。 • 特に今回の教育訓練でよかったのは、グループでひとつの課題にチャレンジできたことと、シス テム開発の手順(要求定義→基本設計→詳細設計→プログラム開発→単体テスト→統合テスト→ 保守・運用)を学ぶことができたことである。 • 今まで個別に身に付けてきたプログラミング技術を応用して、講義で聞いただけであったシステ ム開発の工程を実際に経験することができたので、非常にやりがいを感じた。 • 大学の授業では、決められたものを決められたとおりに作るが、今回は、ユーザーを意識しなが らソフトウェアを作らなければならず、その点が新鮮だった。 • これまでに作成したものは、自分さえ分かればよかったが、他人にとっての使いやすさ(インタ フェース等)も考慮する必要があるということを学んだ。 • 例えば、ドキュメントの作り方など、企業の現場で必要とされる知識が学べたことが良かった。 ドキュメントの作成は、非常に面倒だったが、修士研究にも生かせると感じている。 ③ 習得した知識やスキルが体系化された、学問の意味が分かったという意見 • 今回の授業を通じて、今まで独自に得ていた知識やスキルを、体系的に学び直すことができた。 • 今回の教育訓練で、これまでに学んだプログラミング技術を活かすことができた。これまでは、 個別の授業で学んだことがバラバラな状態であったが、それらの知識がつながった気がする。 • これまでに学んだ組込みソフト系の講義の集大成のような内容になっていたのが良かった。 • 今回の演習の中で、これまで学んできた情報科学の目的が、自分の中で少しずつ分かってきたよ うな気がした。 107 ③ 習得した知識やスキルが体系化された、学問の意味が分かったという意見 • 情報関連科目に関して苦手意識があったが、この実習を乗り越えたことで自信がつき、積極的に 独学するようになった。 • 今までの講義で学んできた学術寄りな分野よりも、実践的・直接的な内容であり、とても良い経 験となった。学術的なものと実践的なもののバランスが重要だと思うが、今までは前者に寄りす ぎてきた感があったので、バランスをとるという意味でも良かったと思う。今後もこのような機 会があれば受講したいと思う。 • 学問に即した知識と、実務に即した知識の間にはまだ隔たりがあるような気がします。どちらが 優れているというわけではありませんが、学校で学んだことが社会人になってから少しでも役に 立ったほうが良いと、私は思います。そういった意味で、この教育訓練は、私にとって学問と実 務の橋渡しになりました。 ④⑤ 仕事に必要な知識・スキルが分かり、学習や就業に対する意欲が高まったという意見 • 自分の目標に対して必要なスキルが明確になり、勉強する分野がはっきりした。 • 産業界で実務経験を積んだ講師によって評価されるという、普段とは異なる新鮮な環境の中で、 自分が社会人になるために足りないものや、今後さらに深めていく必要がある知識・スキル等を 実感することができた。 • ロールプレイ方式の演習で疑似体験をしたことにより、技術以外の企業に入ったときに必要とな る知識やスキルを学ぶことができた。また、卒業までに身に付けておくべき知識等が分かった。 • 普段会うことができないような技術者に会って直接話をすることができ、良い経験になった。ま た、第一線で活躍する技術者と会って、自分の中でのモチベーションが高まった。 • 受講する前に予想していた以上に役に立ったと感じている。社会に出る前に今回のような講座を 受けていたら、組込みを目指している人は、よりしっかりとしたビジョンを描けるようになる。 これまで興味のなかった人も、組込みをやりたくなるだろう。とても意義のある授業だった。 • とても勉強になった。参加する前は自信も無く、自分の進む道にも迷っていたが、この講義を受 けて自信もついたし、今求められていることもわかった。 • この講義で学んだことが社会に出てから大いに役に立つものだと感じた。後輩にもぜひ受講を勧 めたいと思った。 • 現在学校で学んでいる内容が、実際に現場ではどういう風に使われているかということは、学ん でも学びすぎることはないと思います。就職してから「学生時代に○○を真剣に勉強していれば 良かった」と思う気持ちが、学生のうちから芽生えれば、とても有意義だと思います。 • 将来の仕事をする上での目標が明確になり、就職活動の面接で上手くそれを話すことができた。 • 私は今まで IT 業界に興味がなかったが、教育訓練を受講したことで希望が変わり、就職も IT 業 界に進むことになりました。本当に受講してよかったと思います。 ⑥ 企業での仕事の内容や雰囲気が理解できたという意見 • 産業界の講師から、現場の体験談等を直に聞くことによって、企業の中で行われている実際の仕 事の内容をイメージすることができた。 • 企業のソフトウェア開発の現場で実際に仕事をしている企業講師の話は、とても説得力があると 感じた。中でも、ソフトウェア開発のトラブルに関する体験談や品質の重要性などについては、 興味深い話を聞くことができた。 • 実際の仕事の流れが分かり、仕事のおもしろさ、やりがいを感じることができた。 • レポートを上司(上司役の企業講師)にレビューしてもらうなど、就職後に体験するような経験 ができたことが良かった。上司に面会するためにアポイントを取らなければならず、会社的な雰 108 ⑥ 企業での仕事の内容や雰囲気が理解できたという意見 囲気が、とても新鮮に感じられた。 • ソフトウェア開発には、プロジェクトマネジメントなど、プログラミング以外にも重要な仕事が あるということが理解できた。また、実際の現場における失敗談等、大学の先生からは普段聞け ない話を聞くことができた。 • 企業講師の実体験に基づいた豊富な知識、アイデアの豊かさに驚かされた。 ⑦ 普段の授業よりも意欲的に学習することができたという意見 • 企業研修のプロである講師の学生の興味を惹きつけるような教え方が印象的で、長時間の講座も 飽きずに受講することができた。 • “演習の中で実際にモノをつくる”、 “講義で学習したことをふまえ、考えながら試行錯誤して演 習に取り組む”等、通常の大学の実験とは異なる授業であったため、興味を持って意欲的に学習 することができた。 • ビジネスの場で活躍されている方々の話が聞けてとても良い経験になった。また今までのマンネ リ化した受動的な授業と違い、能動的な講義だったのも非常に魅力的だった。 • 授業の節目節目に、ドキュメントなどについて講師のチェックが入るので良い意味で緊張感を持 って授業に臨むことができた。 • とても大変だったが、それ以上にやり甲斐のある授業だった。授業を受けている間に、背筋が伸 びていくのが自分でわかった。 • 普段の大学の講義とは違った、とても刺激的で challenging な内容でした。これからの大学も、 もっとこのような形態の授業を採り入れても良いのではないかと思います。 • 短い期限内に仕上げなければいけないので大変だったが、普段の授業より達成感があった。 • 普段体験できないような体験ができてとても良かった。でも体験するだけだったら誰でもできる ので、体験して何を思ってこれからそれをどう生かしていくかが大事だと思う。こういった体験 ができる機会をもっと増やして欲しい。 ⑧ 就職に有利になると感じているという意見 • 私は現在 IT 業界で働いているが、この講座を受講していたおかげで、就職前から働くことに対 する心構えができた。就職活動直前の大学3年生・大学院1年生に、特にこの講座を勧めたい。 • 今回の授業を受講した経験は、将来 SE として就職したときに、他の新入社員に差をつけられる ものであると思う。 • 大変為になりました。私は来年からシステム開発系の企業に就職する身ですが、就職先で「はじ めてだらけ」の状態にならずに済むと思います。 ○ その他 • 内容に関して、どの部分にはどの学問が関わるのかなどが示されると、学術的な学問をどのよう に適用すればいいのかが判りやすく、その適用アプローチの研究にもなると思います。 • 大変良い試みであり、今後も継続してほしいと感じた。学生の方からも、産業界に何か貢献でき ればお互いにとってもっと幸せな関係になれると思う。 • 大学の講義は理論や概論が一般的で退屈であり、実践的な今回の講座は面白かった。しかし、実 践的な技術はすぐに陳腐化するものであり、そればかりでも偏った知識になってしまう。今回、 このアンケートで、全国で同じような講座が開かれていたことを知った。アンケートだけをイン 109 ○ その他 ターネットで行うのではなく、全講座で使われた資料や課題やその回答をインターネットで公開 して頂きたいものだと感じた。 ② 学生に対する負担 実践的な IT 教育を、教育機関における一つの講座として実施する場合、受講者に対する 負担が、他の授業よりも大きくなる傾向があり、この点が、実施上の課題の一つとして認 識されてきた。図 4-13 は、平成 17 年度、平成 18 年度の受講後アンケートで、本事業で 実施された教育訓練の負担を尋ねた設問の結果である。 負荷が軽すぎた 0.5% 他の授業等に支障 が出るほど負荷が 大きかった 29.5% どちらかというと 負荷は軽かった 6.6% ちょうど良かった 14.6% 図 4-13 負荷は大きかった が、他の授業等に 支障が出るほどで はなかった 48.9% 今回実施された教育訓練の負担度 (H17・H18 年度 受講後アンケートの結果から) ※ 上記アンケートは、H17・H18 年度の本事業での教育訓練受講学生(主に情報工学系専攻)に対 して、それぞれ実施したアンケートの結果を合算したもの。(N=438) 図 4-13 では、 「他の授業等に支障が出るほど負担が大きかった」、 「負担は大きかったが、 他の授業等に支障が出るほどではなかった」と答えた学生が合わせて約8割にも達してい る。ここでは、実践的な IT 教育を実施する場合、学生に対する負担が、既存の授業よりも 大きくなる傾向にあることが、数値として示されている。 以下には、「負担が大きかった」と答えた学生のコメントを紹介する。 「負担が大きかった」という学生のコメント • 授業時間以外の活動が多く大変であった。 • 今回の授業の開講時期が、就職活動の時期と重なっているため、授業の事前準備等に時間を割く のが難しいことが多かった。 • おもしろい講義だったが、年始年末に重なり、研究室の活動も忙しい時期であったため、あまり 時間を割くことができなかった。それに伴い、グループの集まりも悪かった。実際に社会に出た ら、その中で上手くスケジュールを組まなければならないと分かっているが、もっと忙しくない 110 「負担が大きかった」という学生のコメント 時期に受講したかった。 • 来年からは、長期休み期間(夏休み等)を利用した集中講義といった形式での開講を望む。 • とにかく時間が足りず、他の教科に取り組む時間を奪われた感じがあった。実務ではないのだか ら半年間というような短期間ではなく、一年を通してしっかりと学習・実習を行っていく過程で 実務に繋がるスキルを習得したいと思った。 • (通常の授業と比べて)突然講義のレベルが上がり、戸惑いを感じたので、もっとスムーズにこ の産学協同講座へと移行して欲しかった。 • 授業内容に対してもらえる単位が少ないような気がします。 上記では、“課題内容”“開催時期”などの他にも、“難易度”“単位数”等の面でも、改 善の必要性を感じた学生がいることが分かる。また、本事業の実施上の事情により、通年 の授業としての実施は困難であったため、半期の授業もしくは特別授業の形式で、後期に 開催される教育訓練が主流となったが、その点に不満を感じるコメントも散見された。 ③ 履修科目としての導入 次に、 “本事業で実施された教育訓練を、学部(学科・専攻課程)の履修科目として、今 後も引き続き実施すべきだと思うか”を尋ねた設問の結果を示す。 そうは思わない 8.2% どちらともいえない 13.5% そう思う 78.3% 図 4-14 今回実施された教育訓練を、自分の学部の履修科目として引き続き実施すべきか? (H17・H18 年度 受講後アンケートの結果から) ※ 上記アンケートは、H17・H18 年度の本事業での教育訓練受講学生(主に情報工学系専攻)に対 して、それぞれ実施したアンケートの結果を合算したもの。(N=438) 図 4-14 では、8割近い学生が「そう思う」と答えており、多くの学生が、本事業で実 施されたような実践的な IT 教育を、履修科目として今後も実施して欲しいと望んでいるこ とが分かる。 履修科目としての実施についても、様々な意見が寄せられたが、それらを整理すると、 以下のようになる。 111 【履修科目化に賛成の理由】 • 大学では経験の場が少ない、チームによる開発を経験することができる。 • 学習した知識や理論を、実際に活用する場ができる。 • 企業での仕事の内容や、実務に必要な知識・スキルを理解することができる。 • 学習した内容が、社会でどのように役立つかを実感することができる。 • これからの学習に対する動機付けができる。 • 進路選択や就職活動に役立つ。 参考までに、履修科目としての実施に関する“学生の生の声”を、以下に紹介する。 履修科目としての実施に賛成する意見 • 大学の講義では、複数の人とチームを組んで物を作り上げるような授業はありませんが、チーム で物を作り上げる時に必要なスキルは身につけるべきだと思います。 • 大学では、企業との共同研究となる場合もあるかもしれませんが、基本的に「自分の研究課題を 進める」ことが多いと思うので、どう周囲の人たちとチームを組んで進めていくのかということ が学べて良いと思う。 • (今の大学の授業では)習った知識を実践として生かす場があまりないため、ソフトウェア工学 で学んだ知識を実際に使うという場が与えられることはいいことだと思うから。 • 大学内の講義は受け身の講義が多いので、積極的に参加して、自らのスキルを上げるという意味 で、大学のカリキュラムに加えて欲しい。 • 授業や演習でやってきたことが実際の仕事の現場ではどのように役立つのかを知ることができ る。同時に、これからの学習に対する目標の発見や動機付けにもなる。 • 今学習していることが社会に出てどのように役に立つのかを、直感的に理解できると思うから。 • 普通に講義を受けていただけでは、このような社会に出てから必要なスキルについて教わること は出来ないので、本当にためになった。これからも、学生に対して、このような授業を続けてい ってほしいと思う。 • 大学の履修科目としてあるのは、すばらしいと思う。その授業を受けるか受けないかを選ぶのは 個人の自由だが、SE になるために必要な知識やスキルなどについて詳しく知ることができるの で、大学でこういったカリキュラムを組んでくれるのはすごくありがたいと思う。 • 卒業後に進学するにしても就職するにしても、履修しておいた方が進路決定の参考になる。 • 私たち学生は、実務的な知識や技術に対してのイメージが曖昧なまま、就職に向けて進みがちで すが、少しでも現場での仕事の内容が垣間見えるようなこの教育訓練で、仕事に対するイメージ も明確になるのではないかと思います。 • 就職活動の際に、この講義の内容をウリにすることができるから。 • 今まで大学で勉強したこととは違う次元の学習内容であり、社会に出てから非常に役立つと感じ たからです。今回の教育訓練のような科目が大学で受講できれば、学生にとっては将来への大き な自信につながると思います。 • 企業での仕事の一部を体験しながらいろいろ教えてもらえるという授業は、大学での講義とは一 線を画すものであり、実際に、学生が一番望んでいる講義だと思うから。 なお、図 4-14 では、1割にも満たないが、履修科目としての実施に反対する学生から、 アンケートでは、以下のような反対意見も聞かれた。 112 履修科目としての実施に反対する意見 ④ • 時間が足らない。学ぶ量に対して、授業時間が適切でない。 • 難しすぎる。 • すべての学生が IT 関係に就職するわけではないので、選択科目にするべき。 • 自分の研究内容とは、ほどんど関係がない。 • 大学では、もっと理論的な内容をしっかり学んだ方がよい。 • モチベーションが高い学生でなければ挫折すると思う。希望者だけを募った方がよい。 • 私は、大学または大学院での授業が実践教育に偏っていってほしくないと考えている。卒業また は修了までに、1~2つ、今回のような授業を履修すれば、自分が学習してきた知識がどう活か せるか、自分の技能は社会に通用するのか、などを体験することができ、履修後の知識・技能習 得に良い影響を与えられるのではないかと思う。 適切な実施学年 図 4-15 は、 “履修科目として実施する場合、何年生の科目として実施するのが適当か” を尋ねた設問の結果である。ここでは、専門課程が始まり、就職活動も行われる大学3年 生が最も適しているとの回答が多いが、その後の学習に対する動機付けを重視し、大学2 年生が最適とする回答もみられた。また、高専生の場合は、本科4年生との回答が最も多 い結果となった。 0% 大学1年 10% 20% 60% 53.0% 6.4% 大学4年 11.9% 大学院1年 大学院2年 0.2% 高専本科1・2年 0.2% 3.9% 0.0% 社会人になってから 1.1% その他 1.8% 図 4-15 50% 17.8% 大学3年 高専専攻科1・2年 40% 3.7% 大学2年 高専本科3・4・5年 30% 何年生の時に受講すべきだと思うか? (H17・H18 年度 受講後アンケートの結果から) ※ 上記アンケートは、H17・H18 年度の本事業での教育訓練受講学生(主に情報工学系専攻)に対 して、それぞれ実施したアンケートの結果を合算したもの。(N=438) 以下には、受講学年に関するアンケートでの受講者コメントを示す。 113 本事業で実施された教育訓練を受講する学年についてのコメント • 私は現在 IT 業界で働いているが、この講座を受講していたおかげで、就職前から働くことに対 する心構えができた。就職活動直前の大学3年生・大学院1年生に、特にこの講座を勧めたい。 • 今回の難易度のままなら大学3年(もしくは4年)でも十分対応できると思うし、大学院に進ま ない人が受講することに、かなりの価値があると思う。 (学部3年がよいとする意見) • 大学4年以降では、卒業論文や就職活動等が忙しく、逆に学年が若すぎると、知識がまだ貧しく、 実習内容が制限されてしまうと思います。その両方のバランスをとると3年生がベストだと思い ます。 • 大学3年の時が進路を控えていて一番本気になって勉強に取り組んでいるときだから。実際の自 分がそうで担当の人の話もとてもおもしろかったですし、この学年がいいと思います。 • 大学1、2年では、この授業を理解するのは難しいと思う。大学4年生になると就職活動や卒業 論文などで逆に忙しくなり、授業を受ける時間がないと思う。そのため、大学3年のときに受け るのがよいと思う。授業に受けると、コミュニケーションや応用知識が身につくほか、就職活動 でも役に立つと思う。 • 研究で忙しい4年生、大学院生には相応しくないタスク量だと思う。この講義の課題をこなすた めに、非常に多くの講義外の時間を費やし、その間研究が進まなかった。学部3年生を対象にす べきだと思う。 (学部2・3年がよいとする意見) • 1年生では基礎的な知識、技術が不足していてあまり共同作業による創造的なカリキュラムが作 りにくく、また、3・4年生では進路などについてある程度方向性を決定してしまっている人も 多く、この講座を通して学んだことを十分に生かせる期間が不足する場合も多いのではないかと 感じるので、その前後の期間を考慮すると2年生の後期が一番いいのではないかと思います。 • 学部の三年生は、講義を受講する上での予備知識の面で適当であるが、後期になると就職活動や 研究室配属が迫ってくるので、時間的に余裕が無い場合が多く、土曜を含む休日に講義があった 場合に就職関係のイベントに出られない事があった。また、四年生は卒業研究があるので、研究 室によっては講義を受ける余裕が全くない学生も多く出てくる。一方、一年生では内容的に難し く講義について来られない可能性があるが、二年生の後期ならばある程度講義の内容を理解でき ると思う。よって、学部二回生の後期か、三回生の前期が適当であると考える。 • 数学などの基礎教育の終わった学部2~3年あたりの授業として設置した方が、それ以降の専門 的な勉強を進めていくうえでの動機付けになってよいのではないかと思います。 (学部4年がよいとする意見) • 今まで教えてもらったことの総まとめでもあるので、学部4年くらいが妥当であると思う。 (大学院) • 就職前であり大学院生は即戦力と見られるので、大学院 1 年が妥当だと思います。 • 学部の3年までは講義において、プログラミング等の実装技術について重点的に学習するべき。 そして、4年次にて卒業研究を通して、設計→実装の流れを体験し、大学院にて実践的な要求分 析→設計→実装→評価という流れを体験できればいいと思う。 (高専生の意見) • 4年生に入って専門内容が増えている中で行ったほうがいいと思う。3年生だとまだ詳しく専門 をやっていなくてできないと思うし、5年生は卒業研究で忙しいので4年生がちょうどいい。 • たとえ2年生のときに受講したとしても、受講前に持っているスキル・知識に大差はなかった。 また、今回の訓練で得られたもっとも貴重なものは「経験」であり、もっとずっと早い時期に受 講して仕事への意識を高めておくことは学生にとって非常に有意義であると考える。 114 (2) 実践的な IT 教育について 以上、本事業で実施された教育訓練に関する“学生の声”を紹介したが、ここでは、本 事業に留まらず、現行のカリキュラムや、実践的な IT 教育一般に対する“学生の声”を紹 介する。 ① 現在のカリキュラムに対する満足度 平成 17 年度事業のフォローアップアンケート、平成 18 年度の受講後アンケートでは、 学生が現在の教育機関のカリキュラム(履修内容)に対して、どの程度満足しているのか を尋ねた。その結果が、図 4-16 である。 全く 満足していない 2.1% 非常に 満足している 2.1% あまり 満足していない 39.5% 図 4-16 満足している 56.3% 学部(学科・専攻課程)のカリキュラム(履修内容)に満足しているか?[図 2-6 再掲] (H17・H18 年度 受講後アンケートの結果から) ※ 上記アンケートは、H17・H18 年度の本事業での教育訓練受講学生(主に情報工学系専攻)に対 して、それぞれ実施したアンケートの結果を合算したもの。(N=375) 図 4-16 では、約6割の学生が、「非常に満足している」「満足している」と回答してい るが、約4割の学生は、 「あまり満足していない」「全く満足していない」と答えている。 「あまり満足していない」 「全く満足していない」と答えた学生のコメントの一部を、以 下に紹介する。満足していない理由としては、履修できる範囲や科目の内容、自分の希望 との合致など、様々な理由が挙げられたが、以下には、カリキュラムの内容に関する理由 を主に示した。 「満足していない」「あまり満足していない」と答えた学生のコメント • 講義を聞いていて、どういうことに利用できるのか、実感が湧かないから。 • 就職してから役に立ちそうなものや、面白い授業があまり見当たらない。 • 今後どの程度役立つ内容であるかを考えると疑問がある。もう少し演習を増やしてもいい気がす る。 • 個人的な意見としては、もうちょっと演習(プログラミングやネットワーク関係)を多めにして もらいたいと思います 115 「満足していない」「あまり満足していない」と答えた学生のコメント • 座学が多く、あまりスキルが身に付かない。 • もっと新しい技術や知識に関する講座を開講すべきだと思う。実践的な講座を多く取り入れて欲 しい。 • 教科書(理論)的な情報関連科目が一通り揃っている点については良いと思うが、一方で実践的 な内容(プログラミング、ソフトウェア開発)が少ない。 • 技術のみが重視され、時代にそぐわない。コミュニケーション力を高める講座を、もっと増やす べき。 ② 実践的な IT 教育の導入に対するニーズ 図 4-17 は、 “実践的なスキルを習得するための講座を、教育機関のカリキュラムに取り 入れて欲しいか”を、学生に尋ねた設問の結果である。この図によれば、9割近い学生が 「そう思う」と答えており、実践的なスキルを習得できる講座に対する一般的な学生のニ ーズは、きわめて高いことが読み取れる。 分からない 10.4% そう思わない 1.0% そう思う 88.6% 図 4-17 実践的スキルの育成を重視した講座を、積極的に大学等の教育に取り入れて欲しいと思うか? [図 2-7 再掲] (経済産業省「平成 17 年度 産学協同実践的 IT 教育基盤強化事業 事業報告書」) ※ 上記アンケートは、H17 年度の本事業での教育訓練受講学生(主に情報工学系専攻)に対する 受講後アンケートの結果。 (N=201) 過去に実施された学生向けアンケートでは、実践的な教育の実施に関して、学生から、 多数の意見が寄せられた。以下では、そのうち、いくつかの意見を紹介する。 大学等での実践的な教育の実施に関して • 既存の履修科目は、工学部にしてはあまりにサイエンス寄りであったように思える。もちろんそ ちらも重要だが、実際の場面を知ることも重要であると考える。 • 大学教育の中で、理論的なこと、学術的なことを学ぶことは重要だが、実務に則した内容がある ことも重要であると思うから。 116 大学等での実践的な教育の実施に関して • 大学には、まだ実践的な講義が少ない。実践的な講義はよく身につく上に、学生のモチベーショ ンも上がる。 • 実際の第一線で使える技術を学べてこその大学であると考える。 • 学校の講義は概念的・総論的な内容が多く、実践性に欠ける。卒業後、就職先で 1 から開発手法 を学ばなければならないので就学中にそのような講義を受けられるとありがたい。 • IT 業界への関心が高まっている現在、基本的な「IT 知識」と「技術」について学ぶ場を、大学 できちんと設けるべきだと感じている。しかし、私が所属する学部では、ネットワーク等の「知 識」を学ぶ事ができる講義は設けられているが、「技術」を身につけるための場がほとんど設け られていないのが現状となっている。私は、昨年の教育訓練を受けて、「IT 技術」は「知識」だ け学ぼうとしても、分かりづらい部分があり、実際に演習を行って、 「技術」と平行して学ばな ければ、自分の力として身につけることはできないと感じた。そのため、今後ともこのような教 育訓練を続け、学生に IT の「知識」と「技術」の両方を身につける機会を与えるべきだと思う。 平成 17 年度事業のフォローアップアンケート、平成 18 年度の受講後アンケートでは、 “情報工学系のカリキュラムに必要だと思う学習内容”を、以下の5つの選択肢から選ん でもらったが、その結果、企業実務を意識した内容が、専攻研究に関する内容よりも、高 い支持を集めている。 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 企業で使われるシステム開発手法や方法論についての学習 (開発方法論やプロジェクトマネジメントなど) 57.1% 専攻分野の技術の基礎となる理論についての学習・研究 56.5% 41.6% 企業で使われるツールやアプリケーションについての学習 36.8% 専攻分野における最先端技術についての学習・研究 図 4-18 80% 65.3% 企業での実務を想定したシステム開発演習・実習 上記の中にはない 70% 1.1% 企業実務向けの内容 専攻研究に関する内容 情報工学系カリキュラムに必要だと思う学習内容(複数回答)[図 2-9 再掲] (H17・H18 年度 本事業教育訓練受講者アンケートの結果から) ※ 上記アンケートは H17・H18 年度の本事業での教育訓練受講学生(主に情報工学系専攻)に対し て、それぞれ実施したアンケートの結果を合算したもの。 (N=375) また、図 4-19 は、自分のカリキュラムにおける「実践的な講座」 (演習)と「知識習得 のための講座」 (座学)の割合について、現状と理想(希望)を尋ねた結果である。ここで は、現状では、カリキュラム上における実践:知識習得の割合が、3:7もしくは2:8 になっているのに対して、希望としては、5:5や4:8の割合まで、実践的な講座を増 117 やしてほしいと考えている学生が多いことが分かる。実践:知識習得=7:3、もしくは 6:4と、かなり実践寄りのカリキュラムを希望する学生も、約4分の1に上っている。 40% 現状 理想 31.3% 30% 21.4% 25.9% 20% 23.4% 11.9% 13.9% 11.9% 15.9% 4.0% 8.5% 1.5% 0.5% 0.0% 10 : 0 0.5% 9:1 2.0% 8:2 4.5% 5.0% 7:3 6:4 10% 11.9% 3.0% 0.5% 5:5 4:6 3:7 すべて実践的な講座 図 4-19 2:8 1:9 2.5% 0.0% 0% 0 : 10 すべて知識習得のための講座 実践的な講座と知識習得のための講座の割合(理想と現状) (経済産業省「平成 17 年度 産学協同実践的 IT 教育基盤強化事業 事業報告書」) ※ 上記アンケートは、H17 年度の本事業での教育訓練受講学生(主に情報工学系専攻)に対する 受講後アンケートの結果。 (N=201) ③ 産業界講師に教わりたいこと 平成 16 年度の受講後アンケートでは、実践的なスキルを習得する講座で、産業界の講師 に最も教わりたいことを、学生に自由回答形式で尋ねた。その結果、学生が産業界講師に 教わりたいことは「実務」「具体的技術」「経験等」「業界」の4つに大別された。 以下、実践的な講座で教わりたいことについての学生の意見を紹介する。 ① 実務について • プロジェクトの実際について。また、学んでいることがどのような場面で役立つか。 • 勉強と仕事の、意味の違いを一番知りたいと思った。実際のシステム開発を通して、自分が学ん できたことが社会でどういう意味を持つのかを知りたい。 • 実際に今企業で必要とされている知識、技術について教わりたい。 • 実践的なスキルが何を指すのかによるが、その講師が職場で用いるスキルと同様あるいは、同様 のスキルが無理であれば平易にしたものを学べればうれしい。 • 業界が大卒の新人に求めているスキルはどのようなものなのか。 • 学生のうちに学んでおくと以後役立つと思われる内容を中心に据えて欲しい。 • 新入社員に求めるもの。 • プロフェッショナルとしての人のありかた。 • 現場の雰囲気。講師と生徒、ではなく、先輩と新人等の関係ではどのような仕事の運びになって いくのか、など。 118 ② 具体的技術について • UML などを用いた分析・モデリングなどの設計に関するスキルを身につけたい。 • アマゾンや楽天などの、ネットショップのシステムの構築の仕方。 • 実際のプロジェクトのやり方とテスト手法。 • グループ内でのリーダーシップ、コミュニケーション手法(ユーザとの折衝、要件定義の進め方)。 ③ 経験等について • 実際の仕事の流れや、トラブルに見舞われたときに、どう対処したか、また、学生ではコミット できないような大きいプロジェクトに関わる人の意見など。 • 今までに味わった生の経験や、そこから生まれてきた経験則(既知の情報にとらわれない)を伺 いたい。 ④ 業界について • 産業界の現状・問題について教えて欲しい。 • 企業の最前線ではどのようなことに関心が向いているのか、どのような技術が使われているのか が知りたい。 • 業界の展望。将来を見通して何を目指せばよいか。 (3) 情報サービス・ソフトウェア産業について 本事業で実施されたヒアリング・アンケートでは、情報サービス・ソフトウェア産業に 対する学生の就業希望や、その産業における仕事のイメージなども尋ねた。ここでは、そ の結果を示す。 ① 就業希望 図 4-20 は、情報サービス・ソフトウェア産業に対する学生の就業希望の程度を尋ねた 設問の結果である。これによれば、 “あなたは、卒業後、情報サービス・ソフトウェア関連 の仕事に就きたいと思いますか?”という問いに、「ぜひとも就きたい」「できれば就きた い」と回答した学生は、半数以上に上っている。図 4-21 では、その理由を尋ねているが、 「自分の専攻を生かせるから」との理由が最も多い結果となっており、 「仕事の内容が好き だから」「技術を身に付けることができるから」という理由が、これに続いている。 図 4-20 において、情報サービス・ソフトウェア関連の仕事に「どちらかと言えば就き たくない」 「絶対に就きたくない」と答えた学生は、全体の1割未満に過ぎない。昨今、情 報サービス・ソフトウェア産業に対する学生の就職人気の低下が問題視されているが、本 事業で教育訓練を受講した学生の多くは、情報サービス・ソフトウェア関連の仕事を、少 なくとも、就業先の選択肢の一つとして視野に入れていることが把握された。 なお、本事業における教育訓練の実施形態は様々であり、必修科目として実施された教 119 育訓練もあれば、単位認定の行われない特別講座として実施された教育訓練もあった。し かし、特別講座のような教育訓練においても、積極的に講座に参加する学生が多かったた め、事業全体として見れば、受講者には、平均的な学生より、意欲的・積極的な学生が多 い傾向が見られる。そのため、本事業におけるアンケートの母集団は、平均的な学生の回 答とは、若干異なる可能性も考えられる点に留意が必要である。 絶対に就きたくない 1.6% どちらかと言えば 就きたくない 7.2% 図 4-20 ぜひとも 就きたい 27.5% 選択肢の 一つとして 考えている 37.1% できれば 就きたい 26.7% 情報サービス・ソフトウェア関連の仕事に対する就業希望 (H17・H18 年度 本事業教育訓練受講者アンケートの結果から) ※ 上記アンケートは H17・H18 年度の本事業での教育訓練受講学生(主に情報工学系専攻)に対し て、それぞれ実施したアンケートの結果を合算したもの。 (N=375) 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 66.7% 自分の専攻を活かすことができるから 49.4% 仕事の内容が好きだから 49.1% 技術を身に付けることができるから 35.1% 最先端の技術を扱えるから 30.4% 今後も成長・発展する業界だと思うから 12.9% 実力が重視される業界だから 他の業界と比較して、就職しやすいから 他の業界と比較して、待遇が良いから その他 図 4-21 80% 7.6% 3.2% 1.8% 情報サービス・ソフトウェア関連の仕事に就きたい理由(複数回答) (H17・H18 年度 本事業教育訓練受講者アンケートの結果から) ※ 図 4-20 の問いに、 「ぜひとも就きたい」 「できれば就きたい」 「選択肢の一つとして考えている」 と回答した学生を対象(N=342) 図 4-22 には、図 4-20 の設問に、 「どちらかと言えば就きたくない」 「絶対に就きたくな い」と答えた学生の理由を示した。 「自分の能力面での適性がないと思うから」を理由とし て挙げる学生が最も多く、 「仕事の内容があまり魅力的ではないから」がそれに続く結果と 120 なっている。また、対象者の3分の1程度が、 「労働環境が良くないと思うから」を理由に 挙げている。 0 5 10 15 20 人 19 自分に能力面での適性がないと思うから 16 仕事の内容があまり魅力的ではないから 13 労働時間が長いなど、労働環境が良くないと思うから 10 他の業界と比較して、待遇が良くないと思うから 4 人との関わりが少ない仕事だと思うから 図 4-22 大学で研究者になりたいから 1 その他 1 情報サービス・ソフトウェア関連の仕事に就きたくない理由(複数回答) (H17・H18 年度 本事業教育訓練受講者アンケートの結果から) ※ 図 4-20 の問いに、 「どちらかと言えば就きたくない」 「絶対に就きたくない」と回答した学生を 対象(N=33) ② 希望する仕事 図 4-23 は、情報サービス・ソフトウェアに関わる仕事のうち、興味を持っている仕事 を選択する設問の結果である。 「新しいシステムやソフトウェアを企画する仕事」という回 答が最も多く、それに「システムやソフトウェアの技術的な設計を行う仕事」が続いてい る。 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 59.9% 新しいシステムやソフトウェアを企画する仕事 56.7% システムやソフトウェアの技術的な設計を行う仕事 52.0% 実際にプログラミングを行い、現場でシステムやソフトウェアを創り上げる仕事 37.7% システムやソフトウェアに関わる最先端の技術を研究・開発する仕事 27.2% システムやソフトウェアを開発する技術者を指揮・監督するような仕事 21.9% 新しいシステムやソフトウェア、技術などを使ったベンチャーの起業 その他 0.6% 上記のいずれにも興味がない 図 4-23 70% 2.0% 情報サービス・ソフトウェア産業の仕事のうち興味を持っている仕事(複数回答) (H17・H18 年度 本事業教育訓練受講者アンケートの結果から) ※ 上記アンケートは H17・H18 年度の本事業での教育訓練受講学生(主に情報工学系専攻)に対し て、それぞれ実施したアンケートの結果を合算したもの。 (N=375) 図 4-23 からは、情報工学系の学生は、研究・開発や、プロジェクトマネジメント、ベ 121 ンチャー起業などより、システムやソフトウェアの企画・設計に関する仕事に高い関心を 示していることが分かる。 また、以下には、 “学生の生の声”として、自由記入欄に寄せられた、学生の希望する仕 事内容を紹介する。自由記入欄には、様々な回答が寄せられた。 情報サービス・ソフトウェアに関してやりたい仕事 • プログラムをバリバリ書く仕事をしたいです。 • プロジェクトマネージャーよりも、プログラマーなど、実際に手を動かしてシステムを作る仕事 に興味がある。 • 具体的に何がしたいというのはまだ決まってはいませんが、どの分野に進むにしても、その分野 に関するスキルに長けたスペシャリストになりたいと思います。 • 主に組み込みなど、低いレイヤから高いレイヤまでの知識技術が要求される仕事を行いたい。 • 自然言語処理を使用した会話の出来るぬいぐるみや計算機を作りたい。 • 社会の基盤となる基幹的なシステムを構築したい。 • 業務分析から開発まで、一貫してプロジェクトに関わりたい。パッケージはあまり使わずフルス クラッチで開発したい。モデルの美しさを重視したい。 • 独創的で、かつ役にたつソフトウェアを生み出したい。 • 人々の役に立つようなものを作っていきたい。また、気が付いたら、それがあるのが当たり前の ような、身近なものを作っていきたい。 • 世界で活用される画期的なソフトウェアの開発をしてみたい。 • 専門家ではない一般ユーザーにとって使いやすい、楽しい Web サービスをそのデザイン・内容 をプロデュースできる仕事。自分の作り上げた世界で多くの人を喜ばせることができる仕事。 • 人々のコミュニケーションを促進させるような、画期的な Web アプリケーション、もしくはコ ミュニティサイトのようなものを作りたい。 • 企業の研究職に就き,大きな利益を生むソフトウェアを開発したい。また、ある程度のスキルを 得たら、経営や起業も行ってみたい。 • 起業・創業を目指したい。自分が参加したプロジェクトの生産物や自分の組んだプログラムを広 く世界に普及させたい。 • 現状の日本のソフトウェア輸出量を増加させるようなものを作りたい。 • 「○○と言えばコレ!」と言われるくらい有名で便利なソフトウェアを開発したい。 • 自分の作った技術が、街中にあふれているような、技術を作れる技術者。 • プロジェクトマネージャーとして責任ある仕事を任される技術者になりたい。 • システム開発をリーダーの立場でマネジメントしたい。 • 現在直面している問題にどのようなシステムを導入したら解決されるかを顧客に提案したい。 • 情報技術に詳しくない方と情報技術の専門家との橋渡しを行う仕事。 • 情報関連技術を利用した新しいビジネスを考えたい。 • システムの構築を通して、異業種・他分野の産業や社会について学びたい。 122 ③ 仕事や産業に対するイメージ 本事業のアンケートでは、情報サービス・ソフトウェア産業における仕事や産業そのも のに対するイメージについても、学生に尋ねた。 図 4-24 は、下記の選択肢の中から、情報サービス・ソフトウェア産業に当てはまると 思う選択肢を選ぶ設問の結果である。グラフ中の数値(%)は、その選択肢を選んだ回答 者の割合を示している。 0% 25% 38.1% やりがいがある 36.0% 若いうちから活躍できる 36.0% 最先端の技術に携わることができる 33.6% 自分が開発・制作したものが多くの人に知られる 30.4% 顧客や社会の役に立っていると実感できる 図 4-24 21.3% 自分の仕事に誇りをもてる 19.5% 仕事の自由度が高い 18.9% 夢がある 15.5% 高い報酬が得られる 14.9% 一生続けられる 100% 41.3% 創造性が求められる 国際的に活躍できる 75% 46.4% 個人の実力が評価される 仕事の内容がイメージしやすい 50% 10.4% 4.3% 情報サービス・ソフトウェア関連の仕事に対する学生のイメージ (H17・H18 年度 本事業教育訓練受講者アンケートの結果から) ※ 上記アンケートは H17・H18 年度の本事業での教育訓練受講学生(主に情報工学系専攻)に対し て、それぞれ実施したアンケートの結果を合算したもの。 (N=375) ※ 設問は、日本の情報サービス・ソフトウェア産業に当てはまる選択肢を、複数回答(回答数制限 無)で選択するもの。 図 4-24 の設問の選択肢は、すべて肯定的な表現に統一されているが、回答が半数を超 えた選択肢は一つも無く、上記の項目に関しては、肯定的なイメージがそれほど強くない という傾向が読み取れる。 項目間の相対的な差に着目すると、最も回答率が高かった選択肢は「個人の実力が評価 される」となっている。それに、 「創造性が求められる」 「やりがいがある」 「若いうちから 活躍できる」 「最先端の技術に携わることができる」などが続く。 一方、回答率が最も低かったのは、 「一生続けられる」という項目であり、この項目が当 てはまると答えた回答者は、わずか 4.3%に過ぎない。学生の間に、この産業の仕事は、転 職や離職が多いというイメージが定着している状況がうかがえる。さらに、 「国際的に活躍 できる」 「高い報酬が得られる」 「夢がある」 「仕事の自由度が高い」などの項目も、選択率 が低くなっており、これらについても、学生は、それほど肯定的にに評価していない。 123 図 4-25 は、仕事ではなく、産業に対する学生のイメージを尋ねた設問の結果である。 回答の形式は、図 4-24 と同様であり、当てはまると思う項目を選択する形式とした。 ここでも、肯定的なイメージが、全体的にそれほど強くはない傾向が見て取れる。最も 回答率の高い選択肢は、 「今後ますます成長する」であるが、これでも、回答率は4割に留 まっている。また、「日本と米国では、日本の方が優れている」「国際的な競争力がある」 などの選択肢については、回答率が比較的低い結果となっており、学生が、日本の情報サ ービス・ソフトウェア産業の国際的な競争力について、あまり肯定的には評価していない ことが読み取れる。 0% 25% 32.5% 競争がグローバルである 30.7% 今後の日本を支えていく 29.6% 中小企業が多い 世界に通用する企業が多い 19.7% 18.1% 15.5% 就職しやすい 13.1% 国際的な競争力がある 12.5% 大企業が多い 11.5% 日本と米国では、日本の方が優れている 2.9% 図 4-25 100% 37.6% ベンチャー企業が多い 優秀な人材が集まる 75% 40.8% 今後ますます成長する 有名な企業が多い 50% 情報サービス・ソフトウェア産業に対する学生のイメージ (H17・H18 年度 本事業教育訓練受講者アンケートの結果から) ※ 本設問に関する注記は、図 4-24 に同じ。 以下には、情報サービス・ソフトウェア産業に関して、過去のアンケートで、自由記入 欄に寄せられた、“学生の生の声”を紹介する。 肯定的なイメージ 社会貢献度 • 現代の社会を支える重要な業界。 • 最先端の技術を研究している業界であり、社会的な貢献度が高い。 • これから社会のシステムが変わっていく、その中心にある業界だと思います。 • 社会的な貢献度が高い。この国で一番栄えていると思われる業界。 • 情報系だけでなくその他の業界や分野にも貢献することができる。 • やはり社会的貢献度は群を抜いていると思う。まだまだこれからだと思っている のでやりがいのある仕事だと思う。 124 肯定的なイメージ やりがい 今後の成長 可能性 組込み関連 • 一言でいえば、厳しいけれどやりがいがあるというイメージがあります。 • 仕事がきつそうだけど、仕事を通じて自分を成長させる機会が多そう。 • いろいろな業界の業務知識を得ることができる。 • 他の全ての業界とのつながりがあり、やりがいのある業界だと思っています。 • 社会的な貢献度が高く、常に向上心が必要である。 • 今非常に注目されていて、最先端の技術を持っている。 • 時代の先端を行く業界である。 • 今頭打ちしている部分をソフトウェアによってさらに延ばせる可能性をもって いるから。 • 既存のさまざまなサービスに付加することでまだまだ成長しそう。 • やりがいがあり、今後需要があり衰退することはないと考えられる分野。 • 近年急激に成長してきたので、今後も大きな発展が望めそう。 • もう成長しきっている感がありますが、まだ成長する可能性がある。 • 常にイノベーションが求められる。今後、社会にとって必須の技術。 • 将来、もっとも不可欠なものとなる業界。 • まだ活躍する部分は大きいと思う。携帯電話などモバイルや、電化製品などの組 み込みなどたくさんある。今旬である! • 一番発展が目覚しいのは携帯電話であるが、携帯電話のような爆発的な普及を実 現できるような分野を取り扱っている企業は、日本を支えていると思うし尊敬し ている。 • 激務薄給 • サービス残業が多い。つまり働いているわりに給料が少ない。 • 大変な仕事だが、報酬が割に合わない。 • 待遇に激しい差があり、労働時間は他と比べると酷い。 • 仕事を創出する企業から、一次下請け会社、二次下請け会社、三次下請け会社と、 だんだん労働環境が劣悪になっている。 • 悪い印象しかない。長時間労働の割に給料が追い付いてないイメージしかない。 もっと労働にふさわしい対価を出してもいいと思う。 • 情報システムの重要性と報酬が見合ってない。安く長時間働かされる。 • パソコンとひたすらむきあっているイメージがある。 • ずっとパソコンに向かっていそうで、基本的に活動内容が暗い。 • 会社や人のためになるとは思うが、単調な仕事というイメージ。 • ストレスが溜まりやすく、精神的に大変そうである。 • 眼精疲労が激しそう。どちらかというと裏方、縁の下の力持ちというイメージが ある。 • エンジニアに関する文章を読むと、神経がすり減らされるといった否定的なもの が多い。新しい技術や知識を学ぶ時間もなく、厳しい仕事であるというイメージ がある。 否定的なイメージ 待遇 仕事内容 125 否定的なイメージ 職場環境 キャリア 社会からの 評価 • 職場に協調性のある人間が少なそう。 • 体力勝負の面が大きく、労働条件が悪い。 • 徹夜は折込済。 • 業界として幅広いので、色んなチャンスがありそうだが残業が多く、肉体的、精 神的にきつそう。 • やりがいがありそうだが、3K というイメージがある。 • アルバイトでシステム開発の補助をしていますが、3K(きつい・帰れない・結 婚できない)は事実だと感じています。 • あまり悪いイメージは聞かないが、SE などは残業があまりにもひどいとの話は 良く聞かれる。 • ソフトウェア業界は労働時間・仕事内容共に、とにかくハードというイメージが ある。 • 職種によっては過労死しそう。 • 成長分野なだけに人材が不足している。例えば、業界にふさわしいマネジメント 能力を持った人があまりいない。 • あまりにも急成長しすぎしたせいか、福利厚生が他の業界に比べて悪すぎる。び っくりするが、就職説明会で売りとして「うちはサービス残業がありません」と いうレベルである(あったら法律違反なのに。。。)残業がやたらに多いのも問題 かと思う。本当に肉体労働なら問題はないが、デスクワークなのに肉体労働と揶 揄されるレベルである。悪い意味で理系らしい(視野が狭い)人が多いせいもあ るかも知れない。このままでは、優秀な人は逃げていく業界になると思います。 それでも昔から希望していた業界なので進む予定ですが。。。 • IT 業界に対しては、仕事が忙しい(ただし波がある)、残業が多い、などのマイ ナスイメージはあるが、仕事なので仕方がないと思っている。 • ストレスが多い、休みが少ない、などと聞くことはあるが、やりたい仕事なので、 頑張りたいと思う。 • 若いうちしか働けない。 • 実力というよりも忍耐と精神力・体力が持つかどうかであり、若いうちに退職す る人が多いように見える。 • きつい仕事だと思う。現場で実際にプログラムを組んでみたりするのは若いうち しかできない仕事だと思う。 • 体力のある若い時期しかできない仕事。その後の見通しが立たないところが怖 い。 • 技術はあるが人材は使い捨てであるという感じが非常に強い。 • 常に勉強していないと取り残される。 • 実力主義のように思える。 • 移り変わりが激しく、実力のないものは消えていくイメージがあります。 • ハード面より軽視されがちだが、問題が発生すると責任を負わされる末端。 • 製造業と違って、手にとって目に見える成果が出てこない仕事が多く、評価され 難い。 • 産業・社会生活を支える基盤であり、時代の先端を行く業界であるが、その分仕 事がきつく、ミスが許されない。 • 社会的にも大きなシステムを構築することにより、社会に貢献するとともにその バグにより社会を危険にすることもありそうなイメージ。 126 その他 • 仕事の具体的な内容が理解されていないと思う。ライブドアなど、多種多様な仕事がある業界だと 思う。 • 構造がゼネコンに似ている(下請けへの丸投げなど) 。その一方で全体としてレベルの高い仕事を する方法論に欠けている印象を受ける(例えば、航空管制システムや東証のシステムですら止ま る)。 • 新しいアイディアを活かせる土壌ではなく、アメリカの後追いばかりの印象です。また、収益率が 悪く、効率的ではない大きいだけの企業が目立ちます。残業が多くプライベートを楽しむという点 においては、絶望的な業界だと思います。 • 業界・市場としての将来性はあるものの、いかんせん待遇や労働条件が劣悪。現状が打破されない と今後優秀な人材が他分野へ流出し、成長に支障をきたすことが懸念される。結果として国際的な 競争に取り残される危険性も十分にある。関心はかなりあるものの、就職に関しては慎重にならざ るを得ない。 • 革新的な仕事が出来そうな反面、労働時間等が過酷で、離職者も多いイメージがある。企業によっ て違いはあると思うが、全体的に社員にやさしくない環境で、半ば使い捨てられるような感じもす る。ただ、オフィス環境など働きやすい環境作りに積極的に取り組んでいる企業には好感が持てる。 • IT 系企業でのシステム開発が苛烈すぎるという印象がある。経済産業省の「情報サービス・ソフ トウェア産業維新」の報告書では、競争力のある優秀な人材の育成も挙げられている。しかし、私 の友人の一人は、非常に高い創造力と技術力を持っているにも関わらず、企業でのシステム開発の 苛烈さから IT 系企業には行かないと言っている。同報告書では、業務形態の変革についても述べ られているため、まずはこの部分を早急に改善していただきたい。 • 日本はアジア圏の競争や企業同士の新商品の出し合いによって、 開発の納期が異常なまでに短くな り多くの人材を潰していると私は良く聞きます。確かに現実的にインパクトを与えるためにも早く 作らなくてはならないのは分かりますが、このようなことがこれ以上おこることの無いように開発 論や手法、人材の使い方の確立をしていただきたいと思います。 • 組み込みには強いが、それ以外の部分では大きく負けていると思う。海外に取られないためにも、 日本だけの強みを強調していくべきである。 • 自分は、組込み系のソフトウェア産業が今後ますます発展し成長する事を期待しています。情報技 術のデファクトスタンダードはほとんどが米国の大企業に取られており、インドの IT 産業の成長 も凄まじい物があります。そういった状況の中、ソフトウェアの技術者として日本の製造業に貢献 するには、組込みソフトウェアに関わるのが一番であると自分は考えています。 • アメリカやインド、韓国と比べると、劣っているか、いずれ追い越される印象。 • 今後発展していきそうな業界とはいえ、 インドや韓国などの成長への対抗策も考えていくべきだと 思う。 • 労働環境の劣悪さなど、悪いイメージが先行しているように感じる。日本が世界と十分に勝負しう る分野になりえると思うので、今後様々な問題を解決しつつ、日本の産業をリードするような革新 的な企業が今後出て来ることを期待する。 • 社会的需要はあるものの、その価値と待遇の整合性が十分にとれていない印象がある。一部では過 大評価され、一部では過小評価され、正当な評価を受けることが少ないように思う。現状ではそれ が情報産業に従事する人々の不利益になっており、多くの課題があるように感じる。 127 なお、就業経験を持たない学生が、仕事や産業について抱いているイメージは、何らか の情報源に基づいて形成されていると考えられる。その情報源を把握するために、本事業 のアンケートでは、学生に仕事や産業についてのイメージを尋ねるとともに、そういった 情報の入手先についても尋ねたところ、以下のような結果となった。 この結果からは、学校の先輩や友人、Web サイト、学校の先生などが、学生にとって重 要な情報源となっていることが分かる。 0% 10% 20% 30% 40% 50% 49.3% 先輩・友人 40.8% 就職関連以外のWebサイト 学校の先生 39.8% 就職関連のWebサイト 39.3% 30.3% 新聞記事 業界誌 25.4% TV番組 24.4% 22.9% 就職関連の雑誌 10.0% その他雑誌 家族・親族 その他 60% 7.5% 2.0% 図 4-26 【参考】情報サービス・ソフトウェア産業に関する情報の収集方法(複数回答) [図 1-33 再掲] (経済産業省「平成 17 年度 産学協同実践的 IT 教育基盤強化事業 事業報告書」) ※ 上記アンケートは、H17 年度の本事業での教育訓練受講学生(主に情報工学系専攻)に対する 受講後アンケートの結果。 (N=201) 以上、3.1 学生の声では、本事業において寄せられた学生からの声を紹介した。 本事業では、それぞれの個別事業において、様々な教育訓練が実施されたため、実施先 の教育機関や受講した講座等によって、学生の回答には若干の差があるが、今回は、全個 別事業の受講者を全体として捉え、その全体的な傾向を示した。 全体としては、本事業で実施されたような実践的な IT 教育が、学生に高い支持を得る傾 向にあり、学生の側も、その継続・拡充を望んでいると言える。 また、学生に実践的なスキルを習得させると同時に、仕事や産業の実態について、産業 界から、現状に即した情報を伝えることも重要であり、これは、学生の側から望まれてい ることでもある(p.118) 。実践的な IT 教育の普及・促進とともに、産業界から学生に対す る情報発信も、今後の一つの課題として挙げられると言える。 128 3.2 北海道大学卒業生グループインタビュー 本事業では、実施された教育訓練の有効性を確認するために、教育訓練を受講して卒業 した後、IT 関連企業に就業した卒業生に対して、グループインタビューを実施した。 ここでは、その結果から、産学連携教育の有効性や課題を示す。 (1) 概要 グループインタビューは、平成 16 年度に、北海道大学大学院にて実施された「高度 IT 人材のための産学協同教育フレームワーク開発」事業の受講生を対象として行った。 「高度 IT 人材のための産学協同教育フレームワーク開発」事業自身は、事業期間中、図 4-27 の「オープンシステム工学特論・演習」部分のみを対象として実施されたものである が、同校で実施されている産学連携講座は、この他にも「実ソフトウェア開発工学特論・ 演習」、「集中研修」及び「インターンシップ」までを含む、一連の長期講座として実施さ れた。今回のグループインタビューでは、インタビューの対象範囲を、これらの産学連携 講座全体とし、現役 IT 技術者として就業している受講者に、そこで学んだことが、実際に どのように役立っているかなどを尋ねた。 実ソフトウェア 開発工学特論・演習 オープンシステム 工学特論・演習 集中研修 インターンシップ 要素技術の修得 応用力の養成 実践力の強化 H16年度事業での実施範囲 図 4-27 北海道大学 産学連携講座全体像 インタビュー対象者は、大学院修士課程1~2年を通じて産学連携講座を受講し、現在 では、そこで習得した技術を生かして、IT 関連職に従事している。各対象者のプロフィー ルは、以下のとおりである。 表 4-9 対象者 インタビュー対象者のプロフィール 現在の所属企業(部門) 現在の主な担当業務 A 総合 IT メーカー(アプリケーションシステム開発部門) プログラミング開発 B 大手 SI 企業 開発現場に対する技術支援 C シンクタンク (研究開発部門) (システム開発部門) 129 方式設計 (2) インタビュー結果 本インタビューでは、主に、「①産学連携講座の良い点・悪い点」「②インターンシップ について」「③改善した方が良い部分」「④社会に出てからの有効性」「⑤就業前後の IT 業 界のイメージ」 「⑥就業にあたっての処遇」 「⑦自分の経験の社会への還元」の7点に関し、 対象者の意見を収集した。 ① 産学連携講座の良い点・悪い点 まずは、産学連携講座全体について、良かった点、逆にマイナスだったと感じる点を尋 ねた。インタビュー対象者からは、学生時代より、産業界から直接教育訓練を受けること で、入社後に必要とされるスキルを十分獲得しているとの意見が聞かれた。しかし、広範 囲にわたる実践的な技術・スキルを習得することができた反面、研究活動で専門性を磨い た学生と比較した際の、自分自身の専門性という点に関して、やや不安を感じているとの 声が上がった。この他、やはり研究活動を通じて得られるような、知識を体系化するスキ ルなどについても、やや不安感を持っているとの声も聞かれた。 なお、産学連携講座の目的(既存講座との違い)は十分に明確化され、学生の理解を得 ているようであった。 産学連携講座の良い点 • 大学にいながら、社会に近いこと、新しいことを学ぶことができた。そういうことに触れるチャ ンスが多い講座であったと思う。 • 就職して役立つ知識が学べたと感じる。 • IT をやるなら広い視野を持つことが必要であり、講座ではこの点をよく見せてもらえた。非常に 広いテーマに対応していた。 • 幅広い技術を習得したことで、企業に入ってからも、様々な技術の話についていける。 • 産業界でとびきり優秀な技術者に、先生として会うことができた。就職してから、それがいかに 貴重なことだったのかが分かり驚いた。 産学連携講座の悪い点 ② • 他の講座(研究室)と比べると、研究に専念していない気がする。自分にコアがない。(先輩社 員に負けないくらいの)広い知識は持っているが、人から「大学で何を専門として研究してきた のか?」と聞かれた時に紹介できるものがない。例えば、就職活動の際に、他の学生は自分の研 究内容について話をしていたが、自分はできなかった。 • この講座でスペシャリティが与えられているかはわからない。 インターンシップについて 北海道大学大学院の産学連携講座では、海外企業を含むインターンシップが実施され、 今回のインタビュー対象者は、すべてインターンシップに参加している。このインターン 130 シップは、北海道大学大学院で実施された産学連携講座の大きな特徴でもあったため、今 回は、これらのインターンシップの感想も尋ねた。 インタビュー対象者からは、インターンシップにおいて、責任のある仕事を任されるこ とで、自分の意識が大きく変わり、仕事に対するモチベーションや自信・責任感が醸成さ れたの声が聞かれた。参加期間や参加プロジェクトにおける学生の役割等を改善すること で、さらに効果的なインターンシップになる可能性があるとの指摘もあった。 総体的に、インターンシップへの参加は、普段得られない貴重な経験として、高く評価 されている。 インターンシップについて • インターンシップは非常に良かった。自分の考え方が変わったほか、勉強に対してのやる気も沸 き、さらに自身もついた。 • インターンシップで国内外の企業に行ったことで、自分が(社会に出て)何をやらなければいけ ないかを、実感として理解することができた。 • インターンシップは有益であるが、どうしても企業にとって、切り出しやすい仕事を任されるこ とが多い。また、慣れるまでの期間を考えると、2ヶ月程度のインターンシップの場合、仕事を したのは実質1ヶ月程度だったように感じてしまう。 ③ 改善した方が良い部分 続いて、産学連携講座を振り返ってみて、改善した方が良いと感じる部分を尋ねた。 その結果、開発の基礎となるコーディングに関する教育を強化した方がよいとの意見が 出された。加えて、この講座は、学生にとっては、かなり負荷の高い講座であるため、学 生に対するサポート体制の充実が必要であるとの指摘も出された。また、このような実践 的なスキルを育成する教育訓練は、現在大学院のみで実施されているが、学部時代の研究 を志向した教育とは一線を画するものであるため、学部時代に学んだことと、産学連携講 座で学ぶことに整合性を持たせることで、さらに産学連携講座が効果的になるのではない かとの意見も寄せられた。 改善した方が良い部分 • フレームワークや手法は、十分に修得できるが、コーディング等開発部分についても強化をした 方が良い。 • 学生のうちに失敗を経験させることも講座の狙いにあるということだったが、そのせいか、学生 側へのプレッシャーがある。精神的に追い込まれている人も出た。もう少し、精神的なサポート もあった方がよいと感じた。 • 産学連携講座は、大学院のみで実施されていたが、講座で学ぶ内容は、学部時代の研究を志向し た教育とは一線を画するものであるため、学部時代に学んだことと、産学連携講座で学ぶことに 整合性を持たせることで、さらに効果的な教育になるのではないか。 131 ④ 社会に出てからの有効性 次に、大学院時代に産学連携講座で学習した内容が、企業に入ってから実際に役立って いるかどうかを尋ねた。 結果としては、やはり、学んだ技術は直接役立っているとの回答が得られた。また、直 接的に役立つ以上に、技術的な話題について先輩社員以上に容易に理解できる、知らない 技術に対しても応用が利くなど、広い技術を知っていることから生まれる効果が非常に大 きいことが把握された。 社会に出てからの有効性 • JAVA や J2EE を扱う部署であり、産学連携講座で学んできたことは直接役に立っている。 • 同期や先輩社員が知らない言葉でもほとんど分かる。詳しい内容まで知らなくても、聞いたこと はあることが多いので、まったく分からないということはない。既存の知識を足がかりに、応用 を利かせることができる。産学連携講座で学んだことは、あらゆる場面で役に立っていると思う。 学生当時はあまり実感がなかったが、就職して、学んだ内容の意味に気づく機会が多い。 同期社員との比較 • 同期の中でも、プログラムだけをみると「ものすごい人」はいる。自分はその域に達していない が、逆に、いろいろなところで働くことができると思う。 • 自身は、同期よりも一歩先を行っていると思う。会議等で技術的な話題が議論されているときで も、一度産学連携講座で経験しているので、勘所がつかめる。 • 同じ部署に配属になった同期は5名いるが、同期よりも、自分の方が多くのことを知っている。 • 先んじて実践的な知識やスキルを学んだことは、その後のスキル修得や実務能力の向上にプラス になっている。また、その差は、自分自身学び続けることで、一年たった今も縮まっていない。 ⑤ 就業前後の IT 業界のイメージ 産学連携講座の受講者は、仕事の内容についての理解度が高まるため、就業前後でのミ スマッチも少なくなると考えられる。この点を確認するために、今回のインタビュー対象 者には、就業前後で IT 業界に対するイメージが変わったかどうかも尋ねた。 その結果、学生時代に、実践的な知識やスキルを学び、また実務に触れることで、就業 前後でのミスマッチ感覚は少なかったとの回答が得られた。 就業前後の IT 業界のイメージ • 実務の内容は、想像していたよりもかなりドロくさいとは思うが、学生の時にある程度分かって いたので、大きな違和感はない。何かあると人手をかり出して突貫工事をやったりしている。産 学連携講座の先生からの情報が大きい。 • 思ったほど3K的な職場ではなかった。こうしたイメージは部署やフェーズによると思う。 • 企業によって文化の違いがあることも分かった。 132 ⑥ 就業にあたっての処遇 産業界では、学生の専攻を重視しない採用を問題視し、実践的な IT スキルを持つ学生に 対しては、入社時より、他の新卒社員より高い処遇を与えるべきであるとする意見も聞か れる。 この点に関しても、インタビュー対象者の意見を聞いたところ、学生は、就職や企業の 選択にあたって、単に高い処遇を求めているわけでなく、自分の能力をしっかり評価して もらうことが重要であると考えているとの声が聞かれた。企業の評価能力とそれに対する 適切な処遇が問われるところであろう。 就業にあたっての処遇 • 就職時、特にこうした産学連携講座を受講したことで処遇は変わらなくとも良いと考えている。 処遇の差は、仕事で示せばよい。 • きめ細やかな入社試験をして、自分が持つスキルをしっかり評価してもらい、結果として高い初 任給で採用されれば、それは魅力的だが、今の就職試験では、そのような評価はほとんど行われ ていないのでははないか。 ⑦ 自分の経験の社会への還元 今回のインタビューでは、インタビュー対象者全員が、自分達が産学連携講座を通じて 獲得したスキルに自信を持ち、さらに、これを高めた上で、後輩等へフィードバックして いきたいとの意志を示していた。これは、北海道大学大学院において産学連携講座を実施 した産業界講師陣を支える願いであったとも言えるが、受講生は、その願いを十分に理解 し、受け止めていると見られる。 自分の経験の社会への還元 • 自分もいつかは産学連携講座での講師等を務めてみたいと思うが、まだ若すぎるような気がす る。もう少し会社で経験を積みたい。 • 講師等に挑戦したいという気持ちはある。会社の2年目の研修では3年目の社員が講師になるの で、まずはここで経験を積みたい。 • 大学院の産学連携講座で得た貴重な経験を、いつか社会に還元したいと思っている。しかし、今 の自分にできることは、教えられたものを生かして企業の中で活躍し、認められて出世すること であると考えている。 以上、多数の企業が参画し、本格的な産学連携教育として、世間的にも注目を集めた、 北海道大学大学院における産学連携講座の成果を、学生の声を通じて紹介した。 産業界講師によって教授された実践的な技術は、卒業生が技術者としてのキャリアの築 く上での基盤となっている。また、企業人としても普段接する機会の少ない、業界第一線 の産業界講師に教えられたという経験は、受講生にとっては、今回の産学連携講座ならで はの貴重な経験であり、今後キャリアを築く上でも大きな意味を持つものであると言える。 133 3.3 「学」側関係者の声 本事業では、学生に加えて、教育機関(「学」 )側関係者(講座担当教員、産学連携担当 職員等)に対しても、ヒアリング調査を行った。ここでは、これらの調査から得られた「学」 側関係者の声を紹介する。 (1) 実践的な IT 教育の学生に対する効果 実践的な IT 教育に対する効果は、学生に対しても尋ねているが、「学」側関係者には、 教員の視点から見た、学生への効果を尋ねた。まずは、それらを整理した結果を示す。 【教員から見た実践的な IT 教育の学生に対する効果】 • 興味が持てる/将来役立つ内容であるため、学生が意欲的に演習に取り組んでいた。 • 大学では経験の場が少ない、チームによる開発を経験させることができた。 • コーディング以外にソフトウェア開発に必要な工程を学ばせることができた。 • 産業界講師によって、学生の緊張感を高めることができた。 • これからの学習に対する学生の動機付けができた。 • 学生が進路選択や就職活動を行う際に役立った。 上記の内容の多くは、学生から聞かれた意見と一致している。学生・教員双方が、今回 の事業で実施された実践的な IT 教育に対して、同様の印象を持っていると見られる。 実践的な IT 教育の学生に対する効果についての教育機関側関係者のコメント • これまでの授業では扱うことが難しい題材をテーマとする授業だったので、予想以上の学生が受 講し、授業の内容も学生に好評だった。通常の講義と比べると、学生の目の輝きが違っていた。 • 大学では、主に個人の技術の向上を目指している。これまでグループで課題に取り組むような課 題はなかったが、今回はグループで課題に取り組んだ。学生にとっては、大変貴重な機会になっ たと思う。 • チームを組んで何かに取り組むという形式の授業は他にないため、学生が想像以上にケース研修 に熱心に取り組んでくれた。 • 学生にとっては、ソフトウェア開発=コーディングというイメージであったものが、今回の授業 で、プロジェクト内での意思疎通や、設計・インタフェース、顧客の重要性などを学び、これま でとは異なる文化に触れて、意識面での変化が生まれたのではないか。 • 学生がプログラムを作る機会は大学にもあるが、学生のモノ作りは、他人に使ってもらうことを 前提としていない。顧客の存在を意識した演習は、そのような意味でも、非常に意義がある。 • 大学で学生が学んでいるのは、研究の方法や研究をするためのスキルであり、顧客が求めている ものを効率的に作るためのプロセス等は体験できていない。そういったプロセスを体験する上 で、今回の教育訓練は貴重な機会になったと思う。 • 本学卒業生の最終的なキャリア目標は、プログラマではなく、マネジメントであることが多い。 そのような意味で、学生のうちに、開発工程を一通り体験することができることは重要であると 考えている。 • 授業に企業講師が参加すると、良い意味での緊張感が生まれる。学生も、普段から接している大 学教員の注意は聞かないが、企業講師に注意されると、おとなしく聞いている。 134 実践的な IT 教育の学生に対する効果についての教育機関側関係者のコメント • 外部から現場を経験した講師に来ていただくと、学生の緊張感を高める効果がある。 • 就職活動で、自分自身の経験として今回の演習について話すことができ、そのような意味でも、 今回の授業は役に立っているようである。 • 学生は、SE という仕事を知っていても、その実態を十分に理解していないことが多い。演習を 体験することで、仕事の内容が理解でき、それが、就職時にも役立っているようである。 • 本事業で実施したような実践的な IT 教育(演習)は、前提となる知識がないと分からないこと が多い。このような演習を早い段階で経験させることで、学生が、他の授業の必要性を実感する ことができる。 • できるだけ早い時期に、今回のような教育訓練を通じて開発工程を学ばせたい。3年生から取り 組むようでは間延びしすぎである。簡単な工程から複雑な工程まで、様々な授業を通じて繰り返 し経験することで、組込みソフトウェア開発が理解できると考えている。 (2) 本事業の意義・成果 学生に対する効果の他に、本事業では、 「学」側関係者自身が、産業界から有益な経験・ 知見等を得ている。そのような今回の事業の意義・成果は、以下のとおりであった。 【今回の事業の意義・成果】 • 学生の意欲を引き出す産業界講師の「教え方」が参考になった。 • 開発工程や開発方法、作成すべきドキュメント、顧客との交渉、プロジェクトマネジメ ント等、ソフトウェア開発の実際を知った。 • 教育の目標が明確になった。 本事業で実施した実践的な IT 教育に対して、「学」側関係者からは、総じて肯定的なコ メントが多く寄せられている。しかし、以下には示されていないが、一部では「職業訓練 的であって、大学教育には適さない」等の意見も聞かれており、「学」側の関係者間にも、 やはり意識の差があることがうかがわれる。 今回の事業の意義・成果についての教育機関側関係者のコメント • 今回は、非常に人気がある企業講師だったので、講師の教え方も上手く、その点も参考になった。 • 産業界で活躍している講師が、学生が日頃興味を抱いているような話題や、学生にとっても身近 な話題を例として用いて、分かりやすく説明するなど、学生の興味を引き出すような教授方法を 用いており、教え方という面でも、非常に参考になった。 • 企業と連携したことによって、企業の実業務に則したテーマ、講座内容で面白み(興味)がある 教え方、運営方法等についての知見を得た。また、実業務であるお客との折衝の仕方、プロジェ クトの日程管理、コスト管理等について、大学では教えられない知見を得た。 • 今回の講座開講時に、多くの学生からの問合せがあり、当初予定よりもグループを1つ増やすこ とになった。このような講座に対する学生の期待が、大学側の予想以上に高いことが分かった。 • チームで開発を行うような授業が学生に受け入れられやすいということが分かり、今後のカリキ ュラムを考える上で、非常に参考になった。企業において、どのような仕事が必要とされるのか という点が伝わったことも、今回の成果と言えるのではないか。 135 今回の事業の意義・成果についての教育機関側関係者のコメント • 教育において最も重要なものとは、 「どのようなものを学ぶことが必要なのか」、また「なぜその ようなものを学ばなければならないのか」 、など、生徒にモチベーションを与えることである。 ビジネススキルは、特に、教育だけでは完全に習得するのは難しいものであるが、今回の講義で、 プロジェクトマネジメントが重要であるという“気づき”を生徒に与えることができれば、それ も一つの成果ではないかと考えている。 • ソフトウェアの開発について、大学で教えていることは、主にプログラムを正しく作成すること である。しかし、そこから一歩踏み込み、他人が満足できるようなソフトウェアを開発する方法 までを大学で教えることは難しい。大学教員は、企業で働いた経験があるわけではない。自分も 今回の講座を通じて、ソフトウェアが、現実に企業でどう作られているのか、初めて知った。 • 今回の教育訓練は、大学教員にとっても、非常に勉強になった。例えば、教員は業務で仕様書な どを作成することはないので、開発にあたって準備する書類等は参考になった。 • ソフトウェアのようなモノを作る授業では、“何かできればよいのか”という教育の具体的な目 標が明確になる。このような授業を行うことで、教育の方向性が明確になるのではないか。 (3) 産学連携の必要性 本事業を実施する前提となった産学連携の必要性について、 「学」側は、様々な認識や意 見を持っている。以下に、本事業で得られた教育機関側の意見を整理する。 【産学連携の必要性】 • 実務経験を持たない教員が、経験が必要なソフトウェア開発を教えることは難しい。 • 大学教育には、基礎のみではなく実践も必要であるが、最新の技術知識が必要な実践的 な教育の実施にあたっては、産業界講師の参画が必要である。 • 例え産業界出身の教員であったとしても、教員は現場から離れているため、最新の技術 に関する知識を持っていない。最新技術に関しては、産業界講師の方が詳しい。 産学連携の普及の方策として、産業界の人材の教員採用などが挙げられることが多いが、 現実的には、教員になった時点で、実務の現場からは離れてしまうため、例え産業界出身 の教員であったとしても、最新の技術に関する知見については、現役の産業界講師の助力 を求めていることが把握された。教員採用を通じて、産業界と教育機関の人材交流が行わ れたとしても、最新の技術に関する情報・知見を得るためには、産学連携が必須とされて いると言える。 産学連携の必要性に関する教育機関側関係者のコメント • 昔、企業は、大学では基礎を教えれば十分であると言っていたが、今は、その頃とは要求が変わ り、実践的な教育を実施してほしいと要求するようになってきた。その要求を受け、大学でも実 践的な教育を実施した方がよいと考えているが、実際のところ、大学単独で実践的な教育を実施 するのは難しいのではないかと感じている。 • 本学には、情報工学のカリキュラムとして、エンジニアリングが欠けているが、それを大学教員 で教えることはできないという問題意識があり、それが今回の講座の実施につながった。 • 本学のカリキュラムは、ソフトウェア工学を含めて、コンピュータサイエンスのほぼ全分野をカ 136 産学連携の必要性に関する教育機関側関係者のコメント バーしているが、ビジネススキルが必要とされるプロジェクトマネジメントは、これまでカリキ ュラムに組み込まれていなかった。それを、試行的に実施したのが今回の講座である。 • ソフトウェアの開発は、経験工学に基づいた分野である。そのため、実際の開発経験を持たない 大学教員には、その理論的な側面しか教えることができない。開発において真に重要な部分(実 際に開発する際に注意すべき点等)を教えることができるのは、産業界で経験を積んだ講師だけ ではないか。 • 学生も、実社会で役立つことを学びたいと考えているため、基礎的な知識を教えるだけでは、役 に立たないと感じてしまう。しかし、現在、企業で使われている技術や知識について学ぶとなる と、学生も興味を持って非常に熱心に取り組んでくれる。最近では、実務的な講座に対する関心 が強い。 • 大学では、実践的な教育より、基礎の習得が重要だとする意見もある。確かに、基礎の追求が重 要であることが事実だが、現実的には、基礎だけでは何もできない。従って、基礎と実践をバラ ンス良く習得させることが重要だと考えている。 • 基礎の習得には面白味がないので、学生も興味を持たない。実際にモノを作ったりするような実 践的な演習を織り交ぜることによって、学生も興味を持って取り組むことができる。 • 今回実施したような演習の基礎になるのは、開発の一連の流れであるが、これは、単体で教えら れるようなものではないので、プロジェクト演習の形で教えることになる。しかし、プロジェク トを実施するにあたっては、開発のための技術が必要になる。その技術は、最新のものでなくて もよいが、できれば新しい技術を使った方が、学生にとっても面白い。そのため、基本を教える 演習とは言っても、常に新しい技術についての知見が求められる。 • 大学教員は、基礎理論を専門としているため、実際の製品を使った経験に乏しく、企業で実際に 使われている技術や製品については、基礎的な知識しか教えることができない。また、目まぐる しくバージョン等が進化する製品には、大学教員では対応しきれない。大学教員は、最新の技術 をフォローすることが仕事ではないので、新しい技術の演習を実施するためには、産業界の助力 が必要である。 • 実務に結びつくような実践的な講座は、大学側だけでは実施困難である。大学教員には、実際に プロジェクトマネジメントを経験している人は少ない。産業界出身の教員もいるが、産業界での 仕事の内容が研究や開発だったという人材が多い。また、ソフトウェア工学を専門とする教員は 少ない。また、ソフトウェア工学を専門としていても、論文が書ける分野(理論化されている分 野や定量化が可能な分野)しか教えていないのが現状である。 • 教授自身は産業界の出身だが、最新の事例を取り入れるために、産業界講師を呼びたい。大学だ けで実施していると、内容がすぐに陳腐化してしまう。 • IT 関連の技術に関しては、移り変わりが早く、産業界出身の教員でも、最新の技術に精通してい るわけではない。そのため、地元のソフトウェアハウスと関係を保ち、最新の技術については、 産業界の協力を得られるようにしている。 • 大きな目で見れば、大学は少子化の流れの中で淘汰されていく。そのような流れに取り残されな いように、今回のような新しい試みを積極的に取り入れていくことが重要であると考えている。 (4) 産学連携教育を進めるにあたっての課題 次に、産学連携の必要性に加えて、産学連携教育を進めるにあたっての課題についての 教育機関側の意見を示す。課題に関しては、様々な意見が寄せられたため、それらの意見 を「産業界講師の任用に関する意見」 「産学連携教育における教育機関側(「学」)の役割に 関する意見」 「産学連携教育における企業側のインセンティブに関する意見」 「実践的な IT 教育の普及・継続に関する意見」に分類して整理した。 137 ① 産業界講師の任用 産業界講師の任用に関しては、常勤教員としての採用には博士号が必要とされる場合が 多いこと、非常勤講師としての採用に関しては謝礼が安価であること、などが課題として 挙げられた。しかし、産業界講師の任用状況は、その教育機関の姿勢や方針によって大き く異なるため、以下のコメントにも、それらの差が反映されている。中には、教員の半数 以上が、産業界出身の客員教授で占められている大学もあったが、この大学では、博士号 を採用の必須要件とはしない他、産業界講師を「客員教授と」として採用している(末尾 の2つのコメントを参照)。 産業界講師の任用に関して ② • 教員になるために博士号を条件とする教育機関が多いのが、産業界講師の採用にあたっての一番 の障害ではないか。システム開発で論文を書くことは難しいため、実業に携わる産業界で博士号 を持っている人材は、ほとんどいない。産業界出身の大学教員には、実際の開発ではなく、研究 などに携わっていた人材も多い。 • 今回の経験から、産業界講師に適任なのは、企業で教育に従事した経験がある人材であることが 分かった。これは、これまでには無い視点である。民間出身者と言っても、研究に従事してきた 人材であれば、大学教員とそれほど変わらない可能性がある。 • 産業界の講師については、スポットで講演してくれる人材には事欠かないが、IT 企業の第一線で 働くなどの社会経験があり、かつ集中講義形式で学生の演習を担当してくれる人材が居ない。ま た、見つかったとしても、大学側が必要な報酬を支払えないという課題がある。 • 産業界から適切な人材を探すことが困難であるため、今年度から特任教授制度を設置した。この 制度の対象者としては、 「退職後、大学で博士号を取得する代わりに、学生に対する教育も行う」 という人材を想定している。特任教授には、学科単位の会議への出席やシラバスへの意見提出が 求められる。 • 非常勤講師に対する謝礼や報酬が非常に安いため、依頼できる人が限定されてしまう。第一線の 現役社会人に対して講師を依頼することは難しい。 • 現在、大学側が、非常勤講師の数を減らす方向に動いているので、企業講師を非常勤講師として 任用することは難しい。特任教授の方が登用し易い。 • 現在、大学内でも、一部の組織では、教員採用の際の基準を変え、産業界出身者を採用しやすく しているが、学生に対する教育を行う通常の学部学科では、従来どおりの採用基準が用いられて いる。 • 産業界からの講師の採用条件として、博士号の有無は問わない。また、教育に関する実績等も評 価しない。それよりも重視しているのは、課題設定の適格さと生徒の求めるものに対応し、柔軟 (インタラクティブ)な授業が行える能力。採用の面談で、プレゼンテーションスキルや、コミ ュニケーションスキルを評価し、インタラクティブな授業が行えるかどうかを評価している。 • 外部から採用した講師には、 「非常勤講師」という肩書きを与える大学が多いが、本学では、大 学の規定を変更して、あえて「客員教授」という肩書きを与えている。 「客員教授」とは、通常、 研究実績等のある教授が他大学で教える際などに用いられる呼称であるため、産業界の講師とし ても、自らのキャリアにとって大きなプラスになる。 教育機関(「学」)側の役割 産学連携教育においても、 「産」には担えない「学」が果たすべき役割は存在する。その ような役割についての意見を、以下に紹介する。 138 産学連携教育における教育機関( 「学」)側の役割に関して ③ • 「学」の役割は、基礎知識を修得させた学生を社会へ送り出すこと。実践的な教育は、単発では なく、カリキュラム全体として考えることが重要。実践的な講座を一つ開講するだけで十分であ るならば、企業に入社してから行えばよいことになってしまう。学校の役割は、バランスの良い カリキュラムに則って、この分野の基礎知識を、網羅的に学生に修得させることである。また、 その知識も、ただ机上で学ぶだけではなく、体験に基づいている必要がある(例えば、“ウォー ターフォール型開発”という単語を知っているだけではなくて、それを実際に一通り経験してい ることが大切)。 • IT ほど、変化のスピードが速い分野は他にはない。IT 分野は、その原理原則を見極めることが 難しいほど、技術等の移り変わりが激しい分野である。そのような分野において、 「学」に最新 技術に関する教育を提供するなどの役割を期待することは非常に難しい。そこで、その部分(最 新技術の提供)を、この分野では、 「産」が担っていく必要がある。一方、 「学」も、産業界で使 われ始めた新しい技術や開発方法論の研究・検証など、 「産」を理論的にバックアップする役割 が求められている。 • 原理原則は、企業内教育ではなく、学校で教えた方が良い。現場のエンジニアの知識は OJT に基 づいていることが多く、理論等の基礎を体系的に教えることができる人材は少ない。 • 最新の技術に関する知識だけでは、内容が薄すぎてしまうので、そういった知識がどのような意 味を持つのか、もっと本質的な部分を、大学側が学生に説明する必要がある。 • 企業講師は、要領よく一気に全てを説明してしまう傾向がある。しかし、教育という観点からは、 一気に説明するのではなく、学生にまず考えさせ、様子を見ながら徐々に説明していった方がよ いこともある。 • 産業側がケースや教材を提供する場合、それが学生のレベルに合致しているかどうかを判断でき るのは学校側のみ(産業側には不可能)。今回のケースでは、普段システム構築等に馴染みがな い学生に対して、企業の IT 投資案件についてのケースが提供されていた。また、ロールプレイ の際、想定されている場面が理解しにくく戸惑っている学生が散見されたが、これも、学校側が、 学生の実務に対する理解度を、産業側に的確に伝えなかったために起こった事態であると言え る。従って、教材等の提供を産業側に任せる場合、学校側は、提供された内容が対象となる学生 に合致するかどうかについて、的確に判断する必要がある。 • 普段、学生がどのような指示の下で授業を受講しているかを熟知しているのは学校側(具体的に は、担当教授)である。従って、講座の運営は、産業側に全面的に任せてしまい、学校側は傍観 者に徹するというのではなく、学校側も主体的に講座運営に関わり(作業の指示を教授が補足す る等)、講座が常にスムーズに運営されるよう努めることが重要。 • 企業が必要とする人材は、企業に入ってから育てればよいという見方もあるが、それでは大学と いう存在が無駄になる。大学では4年間もの教育期間があるのだから、それを有効活用し、大学 のうちから、人材育成を進めることが重要である。 • 企業でも、同じような演習を実施することはできるが、多忙な企業で、教育機関のような丁寧な 授業が実施できるとは限らないので、学生のうちに、大学で演習を体験しておくことは重要であ る。 • インドでも、企業入社前の段階での教育の前倒しが求められており、業界全体として、大学側に 問題提起を行っていると聞いている。 企業側のインセンティブ 産学連携教育における企業側のインセンティブは、本事業で分析を試みた重要課題の一 つであった。この点については、企業側の意見を後節に示すが、ここでは、 「学」側の意見・ 139 感想を紹介する。中には、企業出身の大学教員から、示唆に富む意見も寄せられている。 産学連携教育における企業側のインセンティブに関して • 企業側にとっては、非常勤講師に対する謝礼は非常に安く、優秀な学生を獲得できるというメリ ットもないため、大学と連携する(大学へ人材を派遣する等の)インセンティブが働きにくい。 • 今回は、連携先の企業から、比較的寛大な協力をいただいているが、今後は、連携する企業に優 秀な学生を採用できるなどのメリットがないと、実施するのは難しい。 • 企業講師にとってのインセンティブは重要だと思う。しかし、謝金は数千円/時間しか払えず、 今のところインセンティブとなり得るものは、非常勤講師という肩書きが得られることくらい。 今後の継続に向けては、まずは非常勤講師を大学側と交渉し、認めてもらうつもりでいる。 • 企業は、大学と協同でカリキュラムを作成することで、そのカリキュラムやノウハウを企業内の 人材育成に用いることができる。また、外販用の教育サービスとして、カリキュラムを活用する こともできる。大学との連携は、知名度の高い大学であれば、企業にとってもブランド力の向上 につながるほか、大学と密接な関係を保つことで、企業内の優秀な人材の輩出先も確保できる。 さらに、大学の方が、中立的な立場で調査研究を行いやすいため、大学と協同で調査研究等を行 えば、企業単独で行うより、活動の幅が広がるというメリットもある。 ④ 実践的な IT 教育の継続・普及 実践的な IT 教育の継続・普及のために、それらに関する課題の解決策を検討することは、 本事業の大きな目的の一つであった。しかし、実態としては、事業実施年度と同様の規模・ 体制での継続・普及には、様々な工夫が必要とされ、企業側・教育機関側双方が協力して 工夫を重ね(規模を縮小する、教員が企業講師からノウハウを学ぶ等)、翌年度の実施につ なげているケースが多く見られる。 ここでは、それらの取り組みに関して、「学」側の問題意識を紹介する。 実践的な IT 教育の継続・普及に関して • 大学としては、今後も産学連携講座を進めていきたいと考えているが、外部講師を招聘するため の費用の調達が難しいため、産業界や国の支援がなければ、継続的に実施するのは困難である。 • 大学教員を評価する際、現在のような研究実績についてのみの評価だけではなく、教育に対する 取り組みについても評価する仕組みがないと、教育に対する努力が報われない。 • 実践的な IT 教育を普及させるために、FD プログラムなどの研修を受講した教員を認定し、大学 の評価の際に、認定された教員の数を評価するなどの、何らかの仕組みが必要ではないか。行政 側で、ぜひ検討していただけるとよい。 • 教育における産学連携では、大学側の資金が不十分な場合が多く、充実した産学連携教育を実現 するには、企業側に持ち出しをお願いせざるをえない状況にある。しかし、このような状況では、 教育に協力できる企業を探すのは難しい。現在は、企業側も、日本の現状に対する危機感を持っ ているからこそ協力してくれるのだと思う。現状では、残念ながら、そのような危機感・使命感 を持った企業に期待するしかない。将来的には、そのような企業から、大学側が数年程度でノウ ハウを吸収することが必要であると考えている。しかし、演習については、大学教員のみで実施 するのは困難である。特に、トラブルが起きたときの対処は難しい。ソフトウェアが動かなかっ た場合や、適切に修正できなかった場合に、開発経験の少ない大学教員では、企業講師のように 的確かつ柔軟なアドバイスを行うことは難しい。 140 なお、実践的な IT 教育の継続のためには、教育機関側が、企業の協力を得ずに自立して 教育訓練を実施できるようになることが理想的である。そのための方策の一つとして、教 員が企業の実務に参加する“教員の企業インターンシップ”が論じられることが多いが、 企業インターンシップの実施は、下記に示すような事情から、一般的には困難であると考 えられている。 大学教員のインターンシップに関して • 産学連携講座を始めて、3年程度経過したら、企業の助けを借りずに、大学が自力でその講座を 実施できるようになる必要があるが、そのためには、大学教員が、企業講師と同じ内容を、自分 で教えられるようにならなくてはならない。そのための方法として、産業界での大学教員のイン ターンシップなどが効果的ではないか。【企業関係者】 • 企業へのインターンシップ参加は、通常の業務に加えて実施しなければならず、現実的には難し いことが多い。また、教員の実績(キャリア)としては評価されにくい。 • 過去に、企業への大学教員のインターンシップを実施したことがあるが、教員が企業内での仕事 のやり方に馴染めず、途中で挫折してしまった。 • 最近は、セキュリティ等の問題上、同じ企業の社員でも、他のプロジェクトの開発に参加するこ とは難しくなっている。よって、そのような状況では、社外の大学教員が実務に参加することは きわめて難しい。【企業関係者】 • 情報系の教員であれば誰でも産業界の講師の持つノウハウを吸収できる訳ではない。実際には、 「ソフトウェア工学」を専門とする教員でなければ、企業ノウハウを習得するのは難しいのでは ないか。 (5) 情報工学系学部学科の人気 本事業では、情報工学系学部学科に対する人気の低下も、一つの問題として認識されて いた。そのため、教育機関側の関係者には、ヒアリング等でその現状を尋ねた。 以下には、その結果を示す。教育機関によって、状況には差が見られるものの、学生の 人気の低下やレベルの低下に関して、危機感や問題意識を持っている教育機関が多い。 情報工学系学部学科の人気についての教育機関側関係者のコメント • 情報系には技術志向の強い学生が多く来ているが、総数としては減りつつあるのが正直な感想。 • 本学科では、それほど深刻な人気の低下は感じていないが、危機感は持っている。 • 情報系学科は人気がないわけではないが、受験生の熱が冷めてきている感じを受ける。大学受験 者全体の減少を考慮しても、以前と比べると、情報系学科の受験者数は低下していると感じる。 • 学生のレベルは全体的には下がっているという印象を持っている。 • 学生のレベルについて、上位の学生のレベルは昔から変わらないが、学生の間のバラツキ(上下 差)が広がっていると感じる。 • 情報系の倍率は下がっている事実は、否定はできない。しかし、これは大学のみががんばっても どうなるものではない。情報産業自体の魅力をあげてもらって、その分野の専攻を希望する学生 の数を増やして欲しいと願っている。 • 電気・電子・情報系は、有名国立大学でも志願倍率の低下が問題になっていると聞いている。 141 情報工学系学部学科の人気についての教育機関側関係者のコメント • 入学試験における倍率は3倍以上が望ましい。それ以下になると、優秀な人材が入ってこないと いう経験則が、学内で共有されている。【国立大学】 • 日本では、理系の生涯賃金の低さが指摘されている。また、電気・電子関係の仕事は、給与が高 いわけでもなく、海外への仕事の流出も進んでいる。電気・電子・情報系の人気が下がっている のは、学生が、そのような事実を敏感に感じ取っているからなのではないか。 • 高校生は、マスメディアからの影響を強く受けている。現在では、環境、ロボティクス、エネル ギー、宇宙などがキーワードであり、このキーワードに関わる学部・学科は、概ね人気が高い。 • 組込みという分野は、学生にあまり認知されていない。 • 学生は、“フロンティア”が見える専攻を選ぶ。例えば、物理などは、未知の部分が多いため、 フロンティアとして現在でも人気がある。IT はありふれているので、学生にとっては日常的であ り、フロンティアとして見られていないのではないか。 (6) 情報サービス・ソフトウェア産業への学生の就業状況 本事業では、情報工学系学部学科の学生の就職先についても、教育機関に尋ねた。就職 状況は、各教育機関の立地や特性によって様々であるが、 「情報工学科の学生に対する需要 が増えている」という指摘が複数の教育機関関係者から聞かれたことは、注目に値する。 これは、既存の調査結果を裏付けるものでもある(図 1-45 参照)。 情報サービス・ソフトウェア産業への学生の就業状況についての教育機関側関係者のコメント • IT 業界への就職は多いが、就職前に仕事の具体的な中身を理解していない学生が多いと感じる。 • IT の職種では、3K的な側面があることを学生は知っているが、 「大変だからやめる」というより も、「やりたいから志望する」という傾向が強い。 • 本学の卒業生は、大手電機メーカーを含めた IT 関係に就職することが多く、就職の状況は過去 とそれほど変わっていない。優秀な学生が他業界に行くといったような傾向は、特に見られない。 • 情報サービス・ソフトウェア企業よりも、大手製造業(電機、自動車など)の人気が高い。 • 地元には、自動車関連の企業が多いため、大学院を含む工学部の学生の半数は、組込み系の人材 として採用されている。これまで、企業側は、大学教育にはあまり期待しておらず、自社で人材 を育成するという意識が強かったが、最近では、企業側にも、やはり大学で基本を学んでいる人 材は違うという認識が生まれ、情報工学科の学生に対する需要が増えている。(今年度、就職希 望者は 100%就職先が決定した。) • 近年、企業は、自社の研究に関連する研究をしてきた学生を採用する傾向が強まっており、表に は出していないが、学生の要件を絞り込んできていると感じる。これは、企業では社内教育を十 分に実施できないこともあり、企業が、もともと技術を持っている学生を採用したいと考えてい るためではないか。 142 3.4 「産」側関係者の声 本事業では、最終年度である平成 18 年度に、過去4年間の産学協同事業に携わった企業 (「産」)側関係者に対してアンケートを実施し、産学連携教育に関する企業側の意見の収 集を試みた。ここでは、その結果や、過去に実施されたヒアリング調査から、 「産」側関係 者の声を紹介する。 (1) 本事業における企業側の成果 本事業では、産学連携教育の継続・普及のための方策の検討が行われてきたが、継続・ 普及のためには、 “双方向”の産学連携、すなわち、教育機関側だけではなく、産学連携に 参画した企業側にも成果が残ることが重要であると認識されてきた。教育機関側の資金的 余力が少ない現状では、企業側に直接的なメリットが少なければ、産学連携教育を長期に 継続して実施することは難しい。 そのような企業側のメリットを把握するために、平成 18 年度には、企業側関係者に対す るアンケートを実施し、 「実践的な IT 教育の実現」という本事業の本来の目的以外に、企 業側で達成された成果を尋ねた。その結果が、図 4-28 である。 0% 20% 40% 60% 講師・インストラクタの自己研鑽・キャリアアップ 60.9% 51.6% 最近の学生の状況・スキル等の把握 社内人材(高度技術者等)の社外貢献 43.8% 研究・教育面での提携を目的とした大学とのチャネル確立 42.2% 35.9% 大学における教育内容の把握 経済産業省事業への参画による一般的な企業認知度の向上 34.4% 将来顧客(学生)に対する企業認知度の向上 28.1% 26.6% 新卒人材候補(学生)に対する企業認知度の向上 地域の産業振興 21.9% 優秀な受講者(学生)の採用・獲得 新卒採用面での提携を目的とした大学とのチャネル確立 その他 図 4-28 80% 15.6% 10.9% 7.8% 「実践的な IT 教育の実現」以外に企業側で達成された成果(複数回答可) (企業関係者アンケートの結果から:N=64) 図 4-28 によれば、企業側の成果として、 「講師・インストラクタの自己研鑽・キャリア アップ」という回答が最も多く、半数以上の6割にも上る企業関係者が、これを成果とし て挙げている。以下に示すアンケート回答も見られるように、 “学生に対して教える”とい う経験は、講師・インストラクタとして教育訓練に参加した企業人材にとっては、通常の 実務では得難い有益な貴重な経験と捉えられている。一方、企業側の成果として予想され 143 ていた「企業認知度の向上」や「学生の採用」等については、比較的回答が少ない結果と なった。以下には、アンケートの自由回答欄に寄せられたコメントを示す。 「講師・インストラクタの自己研鑽・キャリアアップにつながった」 • 開発業務の中では、大勢の前での発表、講義、あるいは教えるという機会が少なく、その経験が できたことは大きい。 • 日常業務では経験することの少ない、人に教えることの難しさを感じ、我々自身も大きな勉強と なった。 • 人に教えるという立場に立つことで、若い社員にとっては非常に良い経験をさせていただけたと 思います。 • 優秀な学生の訓練にあたって、自己の勉強不足が分かり、自己研鑽にはずみがついた。 • 講義準備のために文献を読み直したり、講義資料作成を行う過程で、講師のスキルアップが図ら れた。 • 相手が学生であり、普段とは異なる対処が求められるので、コミュニケーションスキルなどを改 めて見直す機会を得ることができた。 • 実務家向けとは異なるスキルが必要とされる学生向けの講義を実施することで、インストラクシ ョンスキルを向上できた。 • ある一定期間生徒を受け持ち教えることによって、講師自身が自身の存在価値を感じ、モチベー ションが向上した。 「最近の学生の状況・スキル等を把握することができた」 • 学生の状況を肌で感じることができた。 • コーディング実習などにおいて、高専在学の学生のスキルの高さを実感できた。 • 自分の学生時代と比べると、理論より実践力を持った学生が多くなった感じた。 • 基礎学力の低下と論理的思考能力の著しい低下を垣間見た。大学にふさわしい授業を実施するこ とは困難と思われた。ただし、意欲ある学生もおり、企業にて鍛えられれば遅れをとりもどせる と思われる。これまでの教育で学習の動機付けが欠けているように思う。 • 研修中のコミュニケーションから、学生が希望する職種(SE・開発)や業種などを理解すること ができた。 • 学生の組込みシステムに対する認知度を確認でき、今後の新人研修のカリキュラム作成の参考に することができた。 • 大学での講義内容や研究内容の概要を知ることにより、新卒人材候補に対しての育成教育カリキ ュラムを組む上での参考となった。 「技術者としての社外貢献になった」 • 組込みソフトウェアの開発技術だけでなく、組込み業界の動向や面白さを学生に伝える事ができ た。 • 実施代表機関から当社講師に対し感謝状をお送りいただいたこともあり、講師自身が地域貢献を 実感できたと思う。 • 弊社理念の一つでもある人材育成の面でも、社外貢献できたと思う。 • 講師・インストラクタを務める社員は、「社会的な取り組みに対する誇り」を感じている。 144 「大学とのチャネルが確立・強化された」 • 教員との情報交換が可能になった。 • 協力して頂いた教官とは太いチャンネルを築けた。 • 関係強化になった。 • より深くコミュニケーションが取れるようになった。 • 既に実施先の大学とのチャネルは確立されていたが、本事業以降、教授だけではなく、事務局と の連携も図れるようになった。 • 具体的なカリキュラム作成および授業を通して交流を図ることができた。とくに教育機関におい ても、企業で必要としている開発標準にしたがった実践的な開発方法の教育に関心を持っている 熱心な教官がおられることがわかったことは収穫であった。 • 大学の先生方との意見交換を通じて、当社のスタンスや方針などをお伝えできたことで、当社の 認知度が上がり、学生をご紹介いただける可能性が増した。 • 大学教員を研修講師として招き、企業単独では困難であった体系的な研修を、当社の主催研修と して実施することができた。 「大学における教育内容が把握できた」 • 現状の大学カリキュラムの把握ができた。 • (大学における)具体的な授業体系、内容と教員の考え方の実情を知ることができた。 • 研修受講のための前提知識を決めるにあたり、大学で実施されているカリキュラムの概要を把握 することができた。 「学生に対する/世間における企業認知度が向上した」 • 教育現場に企業が赴くことで、企業名だけでなく業務内容、求める人材像などについて詳しく説 明する機会を得ることができた。 • 地域の情報関連企業がどのような仕事をしているのかを、参加学生に認識させることができた。 • 企業説明会への来場および弊社への就職志望者数が増加した。 • 地場の IT 企業に関する認知度が上がり、就職先の1つとしての認識を持ってもらえた。 • ブランド力の乏しい地元企業にとっては、その存在を学生に知ってもらう格好の機会になった。 受講者の採用という直接的な成果につながらなくても、長い目で見ると大きなメリットがある。 • 「教育訓練プログラム事業報告書」が Web サイトに掲載されたことにより、認知度が向上した。 • セミナや講演会での発表の場があり、人材育成への取り組みでの認知度向上が見られる。 「地域における産業振興につながった」 • 県の情報サービス産業協会などを通して地域の情報通信企業との IT 人材育成に関する交流を行 うための基盤が構築できた。 • 地域貢献を社是とする弊社にとっては、このような教育を受けた学生を地域に輩出できるという ことは、非常に有意義なことと考えています。 • 地域の活性化や地場・業界の発展のために、「優秀な人材の育成」は不可欠であり、この中にあ って本取り組みは、大学教育をより効果的にするために、企業側として何が貢献できるかといっ た観点のもとに行われている。そのような効果(成果)は、一朝一夕に得られるものではないが この継続性こそが重要で、優秀な学生を輩出していく土壌となることを期待(確信)している。 145 (2) 産学連携教育の継続・普及にあたっての課題 企業側関係者に対して実施されたアンケートでは、産学連携教育における企業側の成果 に加えて、その継続・普及にあたり、企業側が感じている課題についても尋ねた。 図 4-29 は、その結果である。 0% 10% 20% 30% 40% 講師・インストラクタ調達のための費用が不足している 34.4% 教材調達・改訂のための費用が不足している 28.1% (企業側に)産学連携教育に取り組む時間的余裕がない 28.1% (企業側で)産学連携教育に対する組織的な合意形成ができない 18.8% (教育機関側の)授業時間の確保が困難 18.8% 14.1% (企業側に)適切な人材がいない (教育機関側の)受け入れ体制が整わない 14.1% (教育機関側の)教育方針と合わない 適切な連携先(産学連携教育の実施を望む高等教育機関)が見つからない (教育機関側の)学生が集まる見込みがない その他 図 4-29 60% 45.3% (企業側に)直接的なメリットが見えにくい 高等教育機関と企業を結びつける機関の費用が不足している 50% 12.5% 9.4% 7.8% 6.3% 7.8% 産学連携教育の普及・促進にあたっての課題(複数回答可) (企業関係者アンケートの結果から:N=64) ここでは、 「講師・インストラクタ調達のための費用の不足」が、最も大きな課題として 挙げられており、全体の半数近くの回答者が、この選択肢を挙げている。この認識は、教 育機関側の認識とも一致しており(p.178)、産学連携教育にあたっては、講師・インスト ラクタの調達が、最重要課題となっていると言える。 また、続く課題としては、「(企業側に)直接的なメリットが見えにくい」ことが挙げら れており、先に述べたような、企業側の直接的なメリットの少なさが、産学連携教育の継 続・普及にとっての大きな課題となっている事実が、ここからも読み取れる。 なお、図 4-29 の上位5つの回答は、すべて、費用負担に関するものか、企業側の事情 によるものとなっており、教育機関側の事情によるものは、相対的に見ると、回答率が低 い。これより、企業側は、産学連携教育の継続・普及のためには、企業か教育機関のいず れか(もしくは双方が)負担すべき費用の問題(講師・教材のための費用調達)、もしくは、 企業自身が抱える問題(メリット・時間的余裕の確保、合意形成)の解決が必要であると 認識していることが分かる。 146 以下には、各項目に関して、企業関係者より寄せられた意見を示す。 「講師・インストラクタ調達のための費用が不足している」 • 大学側は授業準備や拘束時間に対する企業側の負担に対して無関心であり、時給を支払うことだ けで相応の負担をしているとの認識があるように感じられる。このような状態では、ボランティ アとしての費用負担以上のものは計上しにくい。 • 全体的なコース企画・設計・教材および講師調達費用など、全般的に一般企業向けの半額前後と 想定しています。ビジネス的な採算面を考えると多くのリソースを投入するのが難しい状況で す。短期間であればある程度の対応は可能ですが、長期間の連携となると公的機関などの支援が 必要と思われます。 • 講師が務まるような人材は、ビジネスの現場で多忙を極めている。また、そういう人材を講師に あてがった場合、売上の減少や代替人材の調達費用発生などを覚悟しなければならず、人材層の 薄い企業にとっては大きな障害となる。 • 継続にあたり講師費用が不足している。県が定める講師謝礼が1時間約 5,000 円となっており、 1日2時間または4時間程度の講義の場合、準備作業や当日の移動時間等を含めると原価割れと なってしまう。 • 大学での講義はコマ(90 分)単位だが、移動時間などを考慮すると丸一日拘束されることにな る。この点に鑑みると予算不足である。 • 大学内で行う講師は、事業として行うか、地域貢献を行うかで分かれるが、事業として行うには 財源が不足している。一般的に、講師は時間2万円~5万円の配意が相場であるが、大学内の財 源はそこまで見込めていない。 • 企業団体等の予算で賄えるのは、1コース当たり、講師・インストラクタ1名分であり、効果的 な教育訓練をするために実質的に掛かる費用をまかないきれない。ボランティア的な要素だけで は、事業継続は難しい。 • 今回は十分に費用をまかなうことが可能でしたが、今後大学のみの実施となった場合、10,000 円 /日といった額になると聞かされています。教育なので儲けを考えずに動くことも可能ですが、 どこまでも無理が利くとは思えません。 • 企業で優秀とされている人材は、大学教官より高給であり、大学へは異動したがらない。能力に 応じた給与を保証しなければ、個人としてのインセンティブは無い。企業から派遣する場合も、 一線級の人材は、企業にとって稼ぎ頭であり、廉価では貸し出せない。 「企業側に直接的なメリットが見えにくい」 • 産学連携の際の企業への報酬等、営利企業としては現状ではメリットがない。 • 人材採用などのメリットはあるが、産学協同でのビジネス推進としてのメリットは無い。 • 直接的なメリットはなかなか見えないと思われる。間接的には講師のスキルアップ、将来的な相 互発展が考えられるが。 • 金銭的なメリットや優秀な人材確保というメリットに直結していない。 • 例えば新卒人材の優先確保などのメリットがはっきりと見えないと厳しい。 • 受講生に対する PR にはなっているが、受講生が自社へ就職してくれる等の具体的なメリットが 見えにくい。 • 入社するか分からない人材に企業のノウハウを含めた教育をするのはメリットがない。 • 多少なりとも直接的メリットはある(教える側の意識アップ等)が、教育を受けた学生が講師の 企業に就職する訳ではないため、単に技術の流出となる可能性がある。 147 「教材調達・改訂のための費用が不足している」 • 実践教育に必要な最新のソフト、ハードは高額である。 • ソフトウェア開発環境購入のための費用が不足している。 • 大学側の要望に対応した研修を実施するにあたり、教材開発の新規作成が必要とされ、そのため に多くの開発工数が必要となる。 • 高度な教育を行うための教材は高価であり、2~3万円するものもあるが、大学で使用する場合 数千円が相場となるので、費用と見合った適切な教材を探すのが困難である。また、独自に開発 しても、使用人数で割ると割高になる。 • 現状では、改善をする場合のアウトソース費用がないため、作りっぱなしになる。 • 教育訓練プログラムで使用する教材(ソフト)の改訂費用に対して公的な補助があるとよい。 • ビジネス前提で予算を消化した場合、まとまった教材をつくることは不可能。様々なボランティ ア仕事が前提となる。 「(企業側に)産学連携教育に取り組む時間的余裕がない」 • 時間的余裕≒人材の余裕と置き換えて考えると、上述したように通常の企業では、人材は常に不 足している状態で、人的余裕はまったくないというのが実状。 • 産学連携事業については企業側として相当の作業工数がかかるが、実施期間を通して、専従的/ 準専従的に要員を宛てる余裕がない。 • 大学のカリキュラムの調整によっては、長期間講師等を派遣することになるため企業の現場との 調整が必要となる。 • 時間的余裕がないことは当然であるが、それを調整してまで行うメリットが見いだせない。 • ビジネスとしての取り組みなら可能。 「(企業側で)産学連携教育に対する組織的な合意形成ができない」 • 直接的なメリットが見えないことです。入社後の教育コストを考えると大学で教育してほしい が、連携教育のコストを負担しても回収できるかどうかは不確実だからです。 • 企業にとっても、社内での PR が難しい。今回は、経済産業省事業ということで認めてもらって いるが、大学で産学連携講座を実施しても、企業内では、それほど評価されない。 • リソースを提供する場合、共同研究と違って、企業にとっては直接的なメリットが無いため、寄 付となり、株主説明が難しい。本来、教育は教育機関の責務であり、企業に負担を求めるのはお かしい。現状の余りのひどさに、やむにやまれず協力しているのが現状である。 「(教育機関側の)授業時間の確保が困難」 • カリキュラムの変更のための(大学側の)合意形成に時間が掛かる。 • 現在の既存の教育体系でも、学生はかなりハードな授業を受けており、それぞれ質が高い。追加 で新たな実習などを盛り込んでいくのは難しい。 • 企業側として納得できるレベルまで教えるとなると、網羅的な内容だとまったく時間が足りな い。経験を積むのが一番良いのだが、それを授業時間のみで行うのは難しいと思える。 • 既存のカリキュラムの変更は難しく、また通常授業の飛び飛びの日程では非効率かつ 90 分単位 の短時間では講師の日程調整が難しい。その点では、夏季休暇中などの集中講義が望ましいが、 この場合は学生が参加しづらいと思われる。 148 「(企業側に)適切な人材がいない」 • その期間、専属であたれる人材の確保が難しい。 • 実戦経験と教育技術を兼ね備えた人材は意外と少ない。 • 講義、発表をすることに不慣れな人が多く、人材が限られている。 • 大学教員になるために博士号が必要とされるという条件は、企業から大学へ人材を派遣する際の 障壁となっている。IT サービス産業界の人材で、博士号を持っている人材はほとんどいない。ま た、多くの場合、大学教員になると給与が下がるので、その点も、企業から人材を派遣する際の 大きな障害になっている。 「(教育機関側の)受け入れ体制が整わない」 • 技術者育成を本気で考える制度がない。教授は研究成果でのみ評価され、教育では評価されない。 • 事務部門が保守的なため、新しい制度の設計ができない。 • 企業が必要としている実践的な教育に関心を持つ教官が、まだ大勢を占めるに到っていない。 • 大学の内部の制度上の課題が大きい。非常勤講師として認められるかどうかが学内でも認知度を 測るバロメータとなる。 「(教育機関側の)教育方針と合わない」 • 論文重視で、実践を軽蔑する風潮がある。研究重視、教育軽視の風潮がある。 • IT 教育の到達目標が大学、学部、担当教官の間で確立していないように思われた。また、履修し た科目名に応じたスキルが学生に獲得されておらず、授業内容に問題があるように思えた(Word のオペレーションを大学で教えている等) 。産学提携教育は学生側に基礎学力があることが前提 で、それは大学側の義務であると考える。 • 教育と OJT を組み合わせることができる企業に対し、教育機関では教育のみで終わってしまう。 「高等教育機関と企業を結びつける機関の費用が不足している」 • 企業と大学を結びつけ、教材等の資産を継続的に蓄積、維持、管理する機関が必要である。 • 高等教育機関と企業を結びつける機関を運営する場合、当面はボランディア的な業務となる。専 任の担当を置きたいが、その場合の人件費が不足する(500 万円/人年)。 • 大学・企業間には直接のチャネルがないため、その間に入って調整を行う機関が必要とされるが、 公的支援等がないと、その機関にコーディネートを依頼することができない。 「(教育機関側の)学生が集まる見込みがない」 • 産学連携教育のプログラムが、大学単位と同等のものとして扱われたり、連携先となる企業への 就職など、学生にとって直接的なメリットが見られないため、受講者を集めるのが難しい。 • 学生にもっと勉強をがんばれと地域の IT 企業がメッセージを送っても、今の学生には響きにく い状況にある。地域の企業から話を聞くと、学生の間では IT 企業への人気は下がっている。産 業に人気があれば、企業からがんばれと言えば、学生も反応するだろうが、現状では、「そんな に勉強しなければならないのであれば、IT 業界に就職しなくてよい」という学生が出て、逆効果 になりかねない。 149 その他 • 大学・企業間には直接のチャネルが無いため、その間の調整を公的機関等に行っていただかなけ れば、今回のような産学連携教育は行えない。 • 講師を派遣する体力のある企業は参加できるが、そうでない企業の参加は難しい。 (3) 産学連携教育の継続・普及に向けて 続いて、アンケートやヒアリングで寄せられた様々な意見から、産学連携教育の普及・ 継続に向けた意見として、 “産学連携教育の必要性”や“産学連携教育に取り組むメリット” などについて、企業側の考え方を示す多様な意見を紹介する。 ① 産学連携教育の必要性 元々、企業側の問題意識に基づく“産学連携教育の必要性”についても、本事業では、 企業から具体的な意見が寄せられた。以下には、それらの意見を紹介する。 産学連携教育の必要性 • 地元の中小企業では、1~3ヶ月程度のプログラミング教育は可能だが、何ヶ月もかけて、基礎 理論からじっくり教えている時間的余裕はない。当社でも、新卒人材には、3ヶ月程度で実務に 参加してもらっているが、3ヶ月という短い期間では、基礎からは教えることはできない。その ため、大学で、基本情報処理程度の基礎理論や、ネットワークなどについての基礎知識は、しっ かり学習してきて欲しい。基本的な知識は、企業で時間をかけて教えている余裕がないが、そう いった基本知識を知らないと、業務の幅が非常に狭くなってしまう。実際の業務では、サポート 業務なども多く、プログラミングの知識だけでは対処できないことも多い。また、基本的な知識 を持っている人材と持っていない人材では、その後の成長の速度も異なる。 • 即戦力となる学生を作るためには、技術教育の他にも必要なものがある。その部分については、 企業でなくては、学生に教えることはできない。企業参画は必要である。 • 自分たちが講師を勤めることによって、大学の授業が社会でどのように役立つかを伝えたい。 • 産業界の強み(=現場だから分かっていること)とは、要するに、過去のトラブルについての知 見である。大学が自立的に教育訓練を実施するためには、その知見を産業界から大学に伝えるこ とが必要である。 • 産学連携教育を効果的なものとするためには、協力する企業側の体制も重要である。現場技術者 と大学側をつなぐために、企業側にも教育の専門家が必要とされる。 なお、実践的な IT 教育を受講する適切な学年については、 「学」側関係者の意見として も紹介したが、「産」側からも、以下のような意見が寄せられている。 適切な受講学年について • 今回のような実践的な IT 教育を経験することによって、自分が大学で学んでいることが、社会 に出てからどのように役立つのかを理解できる。そのような意味では、企業の即戦力を育成する というよりは、受講することで、大学のカリキュラムがより一層有効になる(学生がさらに意欲 的に取り組めるようになる)という点に、このような教育訓練の意義があるのではないか。3年 150 適切な受講学年について 生という時期は、そういった体験をするのに適した時期であると思う。 • 現在の内容であれば、3年生が適当であると思うが、もっと平易な内容の演習を1年生のうちに 体験してもよいかもしれない。このような演習を体験することで、自分の目標が把握でき、また、 仕事の実態やイメージを掴むこともできる。自分が学習している内容の意味が分かるという意味 では、早いうちに実施してもよいのではないか。学生が、目標を持ち、大学で勉強する内容に早 い段階から興味を持てるようになれば、勉強にも身が入るはずである。 また、本事業で実施された個別事業の中には、米国人講師が参加した事業もあり、そこ では、米国の大学教育や新卒採用の現状についての情報を得ることができた。以下には、 参考までに、それらの情報を示す。 米国の大学教育・採用の状況(米国人講師から) • アメリカの大学でも、今回実施したような演習を行っている。しかし、学生のモチベーションは、 アメリカの学生の方が高いと感じる。 • アメリカの大学には、サバティカル制度があるので、教員が企業に就業して、また大学に戻って くるといったことが可能である。 • AI などの分野は、企業より大学で研究が進んでいるが、ネットワークやセキュリティなど、企 業で用いられる技術については、大学よりも企業の方が進んでいる。 • マイクロソフトなどのアメリカの IT 企業は、論理的な思考力を重視して新卒学生を採用する。 そのため、コンピュータサイエンスを専攻した学生のみではなく、物理学を専攻した学生が採用 されることもある。 ② 企業側のメリット 産学連携教育を長期的に継続・普及させるためには、協力する企業側に、何らかのメリ ットがあることが重要である。そのような企業側のメリットについて、「メリットがない」 という意見を先に示したが、中には、積極的にメリットを見出している企業もある。以下 には、そのような積極的な意見を紹介する。 産学連携教育に取り組む企業側のメリット • 企業側としては、若手社員の参画によるスキルと意識の向上、知名度の向上など、ある程度採算 を度外視しても得られるものは非常に大きく、弊社としては今後も積極的に取り組んでいきたい 内容だと考えています。 • 弊社では、産学連携講座の講師になると、社外貢献として人事考課ではプラスに評価されるが、 昇給など即効性のある便益には直結しない。体力的に大変であっても、「面白い」 、「自分のため になる」、 「大学で教えられる」、 「日常の業務では得られない緊張感が得られる」などが、社員が 講師活動を続ける際の動機付けになっているようである。 • 産学連携は、企業側にとってもメリットのあるものにすることができる。例えば、大学で得た開 発成果を、ビジネスに活用することもできるのではないか。ただし、現時点では、学生の知識・ スキルが不足しているため、ビジネスに活用できるような成果は得られていない。まずは、教育 訓練を重ねることで、学生の質を高めることが大切だと思う。 151 産学連携教育に取り組む企業側のメリット • 非常勤講師であっても、大学の講師という肩書きが、営業などの際に非常に有効である。また、 大学と協同で何かに取り組んでいるという事実そのものが、企業の PR になる。 • 非常勤講師というメリットの価値を、まだ十分に認識していない企業が多いと感じる。 • 本事業については、自社の役員も認めてくれている。弊社は、複数の大学で産学連携教育に協力 しているほか、自分自身も、複数の大学で客員教授や非常勤講師・委員を務めている。上席が評 価してくれているのは、このような活動が会社の広報になっているとの認識があるからである。 ③ 産学連携教育の継続・普及に向けた提案 産学連携教育を継続・普及させるために必要な具体策に関しても、企業側関係者からは 様々な意見が寄せられた。 産学連携教育の普及・促進に向けた提案 • 企業が大学に講師を派遣する代わりに、大学には、夜間講座などの形で中小企業の人材育成を担 ってもらいたい。中小企業では、人材育成に多額の投資をすることは難しい。 • 地元企業は、大学に対して社会人教育へのニーズがある。大学には研究施設を提供してもらうだ けではなく、研修の実施も期待している。地元の IT 企業は基盤が脆弱で、受講のための費用を 捻出できない。働くことが最優先であり、教育にかけるゆとりがないのが実状である。 • これまで、企業が大学教育について半ばあきらめ、何も主張をしてこなかったのも、大学教育の 改革が進まなかった原因の一つである。また、社員が大学で教えるということを企業が評価しな ければ、産学連携は進まないので、大学で教えるというキャリアパスを企業が認める(さらには 奨励する)ような仕組みも必要である。企業は、産学連携を社会貢献として考えるべきである。 • 講座すべてに協力するのではなく、大学の講座の中での節目として、スポット的に協力するので あれば、企業側にとっても負担が軽く、協力しやすい。 • 大学院生等を企業に派遣して、例えば、企業で不足している要素技術について、学生が講義を行 う等、大学のシンクタンク化(ヘルプデスク化)による連携の有り方を検討している。 (4) 産学協同事業に取り組んだ感想から 企業関係者に対するアンケートでは、産学協同事業に取り組んだ感想を自由記入で寄せ ていただいた。記入された感想は、本事業で得られた成果に関するものから、産学連携教 育の普及に関する提案に至るまで様々であるが、以下に、それらの一部を紹介する。 産学協同事業に取り組んだ感想(企業関係者アンケートから) • 今回参画してみて、学生のみなさんにとっては社会人と直に接する希少かつ貴重な経験であり、 教育内容そのものも大事ですが、教育の中での経験や、その間に接する社会人から感じ取る職業 観というものを大切にしていただきたいと思います。これらは、どのような企業に入ったとして も、彼らにとっての財産になることは間違いないと思います。 • 現在、IT 企業は、新卒者にとっては不人気業種に位置付けられており、人材確保は IT 企業にと って死活問題となっている。そんな状況下にあって、産学協同での実践教育は、企業側にとって は、IT 企業の仕事の魅力を伝え、企業の存在をアピールする格好の場になると考える。経営的に 考えれば、これは人材確保のための投資であり、本来は企業の自助努力として取り組むべきもの 152 産学協同事業に取り組んだ感想(企業関係者アンケートから) であろう。しかしながら、実際に産学協同実践教育に取り組んでみた率直な感想としては、講師 の確保、時間の捻出は極めて困難であり、講師を出す現場の責任者にとっても、大きな負担とな ってしまう。体力の乏しい企業にとっては、投資したくても投資できない(お金の問題ではなく 人材の問題)というのが実状であろう。 • 採用のタイミングでしか関係の薄かった産業界と大学が、今回のような取り組みを通して、企業 側講師が学生、教員を教え、教員が企業の社員を教えるなどの、お互いが補完しあえる流れの第 一歩ができたことは非常に素晴らしいと感じている。この交流を更に発展させ、大学及び企業の ニーズをリアルに把握し、そのニーズに対応していく為には更なる人材交流(出向等も含めた) も必要と考える。参加企業が増えれば、個々の企業ノウハウが大学によって学問化され、そして、 その学問が企業に戻ってくるという善循環も期待できる。 • 産学連携教育は、今や、大学等の教育機関側と産業側の双方にとって最重要な分野であると言い 切ることができます。産業界においてリーダーシップを発揮するような人材は、大学等での教育 を経て産業界に入るわけですから、大学等の付加価値として、産業界に受け入れられ結果として 社会に貢献できる人材を送り出すことであるのは当然と言えます。逆の言い方をすれば、企業に とっては、受け入れた学生を役立つ人材に仕上げるために、現在、巨額な投資をしている(つま り、個別の企業が教育機関としての機能の一部を担っている)わけで、もし、人間としてきちん としていて、エンジニアや専門家としての基礎力を身に付けた人材を大学等から多数受け入れる ことができれば、そのまま企業の価値を高められることになります。 • これまでの産学連携は、企業が講師を派遣して学生に講義をする形態が主流であったように思わ れる。しかし、産学連携のあり方は地域によって様々。県内では、中小・零細企業が大半を占め ており、独自の研究開発を行えないのが実情。中小企業支援の観点からの産学連携もありうる。 例えば、大学がシンクタンク、もしくは企業のヘルプデスクとして学生を企業に派遣し、企業側 で足りない技術や知識を伝授することもあってよいのではないか? 具体的には、中小 IT 企業 にとって、インターネット技術の急速な高度化、オープンソース化や WEB2.0 化の流れの中で、 体系的・継続的に技術を習得することは、時間的制約の中でむしろ学生以上に困難をきわめ、新 しい流れに対応しにくい状況が一層加速している。新しい要素技術については、むしろ学生の方 が敏感であり、時間的にも習得しやすい環境にある。ビジネス環境も大きく変化し、新しい技術 に依拠したビジネスモデルが多数出現している中、地方の疲弊した地域経済を活性化し、地域内 の中小企業の競争力を高めるための大学の役割を明確にした産学連携のあり方として、大学の 「ヘルプデスク化」「地域のシンクタンク化」が求められていると思う。従来は、其の役割を大 学教師が担当していたが、時間的な制約も多く、また、キメの細かな対応は困難であった。企業 ニーズにもピンからキリまで様々なので、今後は、むしろ学生を活用し、企業ニーズにこたえる 形態=「ヘルプデスク化」を中心に、連携のあり方を考える時期に来ているのではないかと思う。 中小企業にとっては、ちょっとした技術的解決があれば、新たなビジネス展開が可能なケースは 多数存在する。学生にとっても、企業ニーズを捉え、ベンチャー気質を育てる意味でも有益では ないかと考える。地方には地方の産学連携のあり方がある。 • 営利企業としては企業認知度向上や社会貢献としての参画は負担が大きい。中国、ベトナム、イ ンドなど国家政策で産学連携を推進し IT 人材を育成するなか、日本はまだまだ出遅れていると 感じている。今後のグローバル対応を進める中、管轄官庁の支援の強化継続をお願いしたい。 • 今回の事業に参画することにより大学の現状と学生の優秀さがわかった。今後の継続について は、メリットとコストのバランスを考えると、現実的には企業だけでは非常に困難だと思う。こ れからの日本産業を支える組込み事業の推進するためにも、今後も国の事業として継続していた だきたい。また、今回の事業にプラスして、学生だけではなく、地域地場企業の社員も参加でき る講座の実施についての補助も検討していただければ、地域の活性化となり、結果として日本全 体の経済活性化になると思う。 153 4. 実践的な教育訓練の成功・継続のための要件 過去4年間にわたり実施された産学協同事業では、35 事業に及ぶ個別事業が実施され、 それらを通じて、様々な反省点や課題が明らかにされた。また、本事業では、各種検討や 分析を通じて、産学協同による実践的な教育訓練の実施と、その継続・発展に関する、数 多くの知見が集積された。 本章では、これらの成果をふまえ、大学・高専等の高等教育機関において、産学協同に よる実践的な教育訓練を成功裡に実施し、さらに、その経験を基盤として、その後、教育 機関が自立的に実践的な IT 教育を継続・発展させていくために必要な要件を整理する。 本章は、産業界の協力による実践的な IT 教育の導入を検討している教育機関や、産業界 のノウハウの吸収による実践的な IT 教育の自立的な実施を望んでいる教育機関を対象に、 本事業で得られた知見を提供するものである。 4.1 産学協同による実践的な教育訓練を成功させるためのポイント 図 4-30 は、高等教育機関が自立的に実践的な教育訓練を実施できるようになることを 最終目標として、産学協同による実践的な教育訓練を立ち上げ、実施・継続するための一 連のステップを示す。 実施ステップ 【S-PDCA】 PDCA】 Start 重要なポイント • 連携先 • 連携期間 • 体制 (企業側・学校側) • 企業側のメリット • インストラクタ • カリキュラム • 教授方法 • 実施時期・期間 • 教材 • 受講対象者 (立ち上げ) 企業との連携体制構築 Plan 教育訓練の計画策定 Do 教育訓練の実施 Check 教育訓練の評価 (継続に向けた検討) • 教育訓練効果の測定 • 次回の実施に向けた改善策の検討 Action 自立的な教育訓練の 実施・継続 • 企業技術者によるスポット支援 • 指導手引書等の作成・活用 図 4-30 • 学生の動機付け • 学生の理解度把握 • サポート体制 • カリキュラム変更 産学協同による実践的な教育訓練の実施ステップ 154 産学協同による教育訓練を実施した経験の少ない高等教育機関が、産業界の協力を得て、 実践的な教育訓練を実施するためには、企業との連携体制の構築に始まり、教育訓練に関 する計画策定から、その実施と評価、さらに、その後の継続に向けた検討などのステップ を経る必要がある。また、産学協同による実践的な教育訓練を、一過性の特別講座とせず、 その経験を生かして、実施先教育機関の実践的な IT 教育の基盤強化を図るためには、実践 的な教育訓練を実施する過程において、教育機関側が、産業界から教育訓練の実施に必要 なノウハウを吸収することが必須となる。前章でも見たように、現実的には、産業界側が 永続的に産学連携教育に協力することは困難である場合が多いため、教育機関が、産業界 の協力に完全に依存することなく、最終的には、自立的に同様の教育訓練を実施できるよ うになることが望まれる。 そのような最終目標を視野に入れた上で、以下には、産学協同による実践的な教育訓練 を成功させるためのポイントを、図 4-30 のステップ毎に示す。 (1) 企業との連携体制構築(Start) 高等教育機関の教員のみでは実施が難しいと考えられる実践的な教育訓練を実施する場 合は、教育訓練の実践性を担保するために、企業の参画が必須となる。この際、高等教育 機関側は、企業に対して何らかのアプローチを取り、連携先の企業を探す必要がある。 また、産学協同による実践的な教育訓練を実施する場合は、学校側にも、相応の体制作 りが求められるが、学校側の体制は、その後の教育訓練の継続・発展に向けての重要なポ イントとなる。ここではまず、これらの立ち上げの局面で留意すべき点を整理する。 ① 連携先 連携先の企業を選定する指針として、連携先企業が備えるべき要件は、以下のとおりで ある。 i) 適切な講師人材を有していること 連携先の企業を選定する際に、最も重要な要件となるのが講師である。そのため、候補 となる企業が、適切な講師人材を有しているかどうかを、まず判断する必要がある。 産業界講師は、産学協同による実践的な教育訓練の実施にあたって、きわめて重要な意 味を持つ。同一の教育訓練を実施しても、産業界講師の教育技術(インストラクションス キル)によって、受講者である学生の満足度は大きく変化する。また、産学協同による教 育訓練は、産業界における実務の雰囲気を学生に伝えることを大きな目的の一つとしてい るが、学生は、産業界講師の人柄や熱意を通じて、産業界の雰囲気を感じ取る。 講師の要件は以下に詳述するが、このように、産業界の講師は、学生にとって、産業界 の代表者とも言える存在であるため、まずは、連携先候補である企業が、そのような講師 に相応しい人材を有していることを確認することが重要である。 155 教育機関が実施したい教育内容(分野)に関する知見を有していること ii) 連携先の企業は、当然のことながら、教育機関が実施したいと考える教育内容(分野) に関する業務実績や知見を有していなければならない。特に、比較的新しい技術に関して は、当該技術が、産業界でもまだ十分に普及していないことがあり得るため、 「学」側関係 者は、この点には留意が必要である。 「学」側関係者から見れば、すでに産業界で普及して いるのではないかと思われるような技術・手法(例えば UML など)でも、その企業の実 際の業務においては、標準的な技術・手法として活用されていない場合もある。そのよう な可能性を考慮し、教育機関側は、連携先の企業が、その技術の活用実績をどの程度有し ているかを確認することが必要である。 iii) その教育機関の卒業生に対する人材ニーズがあること 連携先の企業に求められる要件として、通常、第一に挙げられることは少ないが、産学 間の長期的な関係の維持という観点から重要な要件として、 「企業が産学連携教育の実施先 教育機関に対して、新卒人材ニーズを持っていること(実施先教育機関の卒業生を採用す る意向を持っていること)」という点が挙げられる。これは、後述の「企業側のメリット」 の一つでもあるが、企業が実施先の教育機関から得る最も大きな成果は「人材」である。 そのため、その成果を直接的に享受することができる企業の方が、産学連携教育に対する 協力のインセンティブが働きやすい。 通常、企業側に、優秀な人材の獲得等のメリットが存在しなければ、産学間の関係を長 期的に維持することは難しい。しかし、実践的な教育訓練の実現・定着のためには、企業 側との長期的な関係の維持は、必要不可欠であると言える。このように考えると、実際に、 実施先教育機関の卒業生に対する採用実績や採用意向を持つ企業の方が、連携先としては 望ましいと考えられる。本事業において、この要件を満たした事例は、特に、地域の大学 と地元企業の間で実施された個別事業に多く見られたが、これらの事業では、事業終了後 も、産学間で良好な関係が維持・継続されているケースが多い。 iv) その取り組みに組織として取り組んでいること 連携先の企業に求められる最も重要な要件として、 「産学協同による実践的な教育訓練を 実現しようとするその取り組み自体が、企業内で組織的に奨励されていること」という点 が挙げられる。組織的に奨励されているとは、即ち、その取り組みが、企業側の担当者個 人に留まらず、組織の上層部の意向に基づいていることを意味する。 過去の個別事業の事例からは、企業側の担当者個人の努力による取り組みであっても、 短期的には成果を挙げることは十分に可能であると見られる。しかし、その後の教育訓練 の継続的なサポートなど、長期的な産学間の関係維持を考えた場合、企業側の負担は、予 想以上に大きなものとなるため、組織的に推進されているような取り組みでなければ、担 当者個人の意向による継続は困難であるケースがきわめて多い。 156 また、企業から講師を派遣するにあたっても、組織的に推進されている取り組みでなけ れば、優秀な第一線の講師の手配・獲得は難しい。企業側の担当者個人の裁量だけでは、 現場で多忙を極める優秀な技術者を、通常業務以外の取り組みにアサインすることは困難 である。さらに、企業側担当者個人の裁量だけでは、サポート要員としてのサブインスト ラクタも十分に確保されず、企業側で、充実した体制が取れないこともある。 このように、企業側から優秀な人材を調達し、長期間の協力を得るためには、産学協同 による実践的な教育訓練の実施という取り組みが、企業内で組織的に認められている(組 織上層部の支持を得ている)ことが重要である。 v) 使命感・問題意識を有していること 企業側の組織的な取り組みを可能にするためには、企業側(組織の上層部)が、人材育 成や社会貢献・地域貢献などに関する使命感や、現行の教育や産業の現状に対する問題意 識等を有していることが望ましい。 経営的な観点からは、利益の計上も営利企業の一つの社会的な責任であると考えられる ため、採算を度外視してまでの教育への全面的な協力は、多くの企業にとっては容易では ないことが多い。しかし、元来、産学協同による実践的な IT 教育の必要性は、産業界側の 問題意識に端を発するものであるため、産業界側にも、その問題提起に対する責任を果た すことが求められている。 教育機関が、協力を求める先としては、このような認識を多少なりとも有している企業 が望ましい。企業側には、ある程度、コスト面以外でのメリットを模索する姿勢が必要で ある。そうでなければ、採算面では課題の多い学校教育への協力を、長期的に継続して行 うことは難しい。 産学協同による実践的な教育訓練の実現・定着のためには、企業側との長期的な関係の 維持が不可欠である。ゆえに、連携先の企業には、現在の産業が抱える問題意識に対する 責任や、企業が果たすべき役割に対する使命感を有していることが望まれる。 ② 連携期間 連携先の企業を選ぶ際には、企業側が協力可能な期間についての確認も必要である。 i) 授業時間外の受講者サポートへの協力が可能であること 開発演習等が主体となることが多い産学連携講座では、課題に取り組む過程で、何らか の問題が発生したり、授業で学んだ内容以上の発展的な知識が必要となることが多々ある ため、通常の講義主体の授業と比べて、授業時間外の学生サポートの必要性が高まる。し かし、産業界講師は、通常、学内キャンパスには在席していないことが多いため、本事業 で実施された個別事業の中には、「授業時間外に講師から指導やサポートが受けられない」 という点に対して、学生から不満や要望が寄せられた事業もあった。 157 理想的には、産業界講師の指導時間として、授業時間のみではなく、学生が課題に取り 組む課外時間も含まれるべきである。また、産業界講師が常駐しての指導が困難である場 合は、可能な限り、メールや Web 掲示板等によるオンラインでの質問の受付や、サブ講師・ 大学教員による指導等、学生に対するサポート体制の充実が望まれる。連携企業を選ぶに あたって、教育機関側は、企業側に対して、これらのサポート体制も含めて、どの程度の 協力が可能かを確認する必要がある。 ii) 教育訓練実施後も、長期的な協力が可能であること 繰り返し言及しているが、産学協同による実践的な教育訓練を、単発の講座とせず、そ れを一つのきっかけとして、実践的 IT 教育を、実施先の教育機関に根付かせるには、企業 側の長期的な協力が必要不可欠である。 そのため、当初より、連携先の企業を選ぶ際には、長期的な協力を前提として、そのよ うな長期的な協力が可能な企業を連携先とすることが望ましい。本事業で実施された個別 事業の中でも、長期的な関係が維持されている事業では、そのような長期的な協力を前提 として、取り組みが開始されたケースが多い。長期的な協力関係は、教育訓練終了後に模 索されるものではなく、取り組みの開始当初から視野に入れておくべきである。 ③ 体制(企業側) 連携先となる企業側に求められる体制上の要件を、以下に示す。 i) 組織上層部の積極的な支持を得ていること 上でも既に述べているが、産学連携の取り組みが組織的に奨励されていること、即ち、 組織の上層部の支持を得ていることが、長期的な取り組みにおいては必須となる。組織的 な支持が得られず、担当者個人の取り組みとして産学連携が始まった場合、企業側の負担 が大きくなると、それ以降の継続がきわめて困難になる。企業側も相応の負担をせざるを 得ない現状において、産学連携教育を継続させるためには、企業側の組織上層部の積極的 な支持を得ていることが重要である。 ii) 現場の技術者に加えて、教育の専門家が参加できること 産業界講師としては、現場経験が豊富な人材が理想的である。しかし、実務経験を持た ない学生が理解できるような形で分かりやすく現場経験を伝えるためには、現場の技術者 の通常業務とは異なる、教育的なスキルも必要とされる。また、学生にとって学習効果の 高い教材等の開発や、多様な学生に対する柔軟な指導を行うためにも、産業界講師には、 教育に関する高い知見が求められる。 これらの役割を、一人の技術者が担うことは通常困難である場合が多い。そのため、企 業側の体制としては、現場経験を持つ技術者に加えて、教育に関する豊富な知見・経験を 158 有する教育専門家の参画が望まれる。連携先の企業に適切な教育専門家がいない場合は、 教育サービスを提供している企業の知見を活用するという方法も考えられる。 ④ 体制(学校側) 以上、企業側に求められる要件を見てきたが、ここからは、学校側に求められる要件を 示す。産学連携の取り組みの立ち上げにあたっては、学校側にも、適切な体制の構築や企 業側のメリットに対する配慮などが求められる。 ここではまず、学校側に求められる体制上の要件を示す。 組織としての取り組みが可能であること i) 企業側において組織としての取り組みが重要であるのと同様に、学校側も組織として取 り組まなければ、産学協同による実践的な教育訓練を、学内で長期的に継続し、定着させ ることは難しい。そのため、学校側にも、担当教員個人の取り組みを超えた組織的な取り 組みとして、教育訓練を実施することが求められる。組織全体としての取り組み支援が困 難である場合でも、少なくとも、実践的な IT 教育の必要性については、担当教員のみでは なく、組織内で一定の合意が形成されていることが必要である。 なお、以下の2つの要件は、組織的な取り組みであることを示す“指標”であると位置 づけられる。 産学連携講座の単位認定が可能であること ii) 産学協同で実施する講座の受講によって、単位認定がなされることは、最低限の要件で あると言える。産業界講師の都合などから、産学連携講座は、特別講座として実施される ケースも多いが、どのような形態で実施されても、単位認定がなされることが望ましい。 単位認定が行われないと、就職対策講座のような位置づけとなってしまう場合が多く、 それは、高度な人材の輩出を望む産業界側の問題意識とは異なるばかりか、単位認定の有 無によって、学生側の受講姿勢も大きく異なり、学習効果が上がらないという事態も発生 する。従って、産学連携講座における単位認定は、最低限の重要な要件であると言える。 iii) 産業界講師の非常勤講師としての任用が可能であること 産業界講師を学内の非常勤講師として認めることができるかどうかは、本事業において も、その教育機関が産学連携にどれだけ組織的に取り組んでいるかを示す、一つの指標で あった。各々の教育機関が置かれている状況は異なるため、この指標を、すべての教育機 関に一様に適用することは難しいと考えられるが、産業界の講師に対して、教育機関の役 職を与えることができれば、組織として、産学連携に取り組んでいると言えるだろう。 なお、積極的な取り組みを推進している教育機関の中には、 「特任教授」、 「客員教授」な どとして、産業界講師を迎え入れている事例も見られた。 159 ⑤ 企業側のメリット 最後に、教育機関側に求められる要件として、 「企業側の成果(メリット)に対する配慮」 を挙げる。 企業側と学校側では、コストに対する感覚が大きく異なるという点については、本事業 において、何度も指摘されてきた。産学連携教育を実施する場合、教育機関側が一般に認 識している以上に、企業側の負担は大きいことが多い。そのため、企業側が、産学連携に よって十分な成果(メリット)を得られなければ、現実的に、長期的な関係維持は、きわ めて困難になる。教育機関側は、この点に十分に留意しなければならない。 これらの成果(メリット)については、前章でも触れたが、教育機関側から企業側への 研修の提供など、双方向型の産学連携体制を構築することができれば、長期的な関係維持 につながる。また、産業界講師を、 「非常勤講師」 、 「特任教授」、 「客員教授」などとして迎 えることができれば、これは、企業側にとっても大きな価値をもたらす。 このような企業側のメリットに、学校側が十分に配慮し、学校側として十分な対応をす ることが、産学間の関係を長期的に維持するためには、きわめて重要である。 以上の要件を整理した結果を、表 4-10 に示す。 表 4-10 「企業との連携体制構築」ステップにおける成功のための要件 連携先 • • • • • 連携期間 • 授業時間外の受講者サポートへの協力が可能であること • 教育訓練実施後も、長期的な協力が可能であること 体制(企業側) • 組織上層部の積極的な支持を得ていること • 現場の技術者+教育の専門家の参加が可能であること 体制(学校側) • 担当教員個人の取り組みとしてではなく、学科や学部などの組織としての 取り組みが可能であること(少なくとも、実践的な IT 教育の必要性に対す る合意が形成されていること) • 産学連携講座の単位認定が可能であること • 産業界講師の非常勤講師としての任用が可能であること 企業側のメリット • 産学連携の取り組みを通じて、企業側が、何らかの成果(メリット)を 得られること(産学間で双方向の関係を築くこと) 適切な講師人材を有していること 教育機関が実施したい教育内容(分野)に関する知見を有していること その教育機関の卒業生に対する人材ニーズがあること その取り組みに組織として取り組んでいること 使命感・問題意識を有していること 産学協同による実践的な IT 教育を高等教育機関に実現し、定着させるためには、企業と の連携体制を構築する初期段階から、上に示した要件を、可能な限り満たしておくことが 望ましい。 160 (2) 教育訓練の計画策定(Plan) 連携先の企業を決定し、企業側・学校側の体制を構築したら、次に、具体的な教育訓練 の計画策定を行う。ここでは、学生にとって満足度の高い教育訓練の実施を目標として、 このフェーズにおいて留意すべきポイントや満たすべき要件を整理する。 ① 講師・インストラクタ 産業界講師(インストラクタ)の具体的な選定にあたり、産業界講師に求められるのは 「現場経験」 「教育スキル(インストラクションスキル)」 「教育への熱意」の3点である。 技術者の実績としての「現場経験」は、学生が、産業界講師と教育機関の教員の間に、 最も大きな違いを感じる要因であるため、産業界講師の最低要件であると考えられる。 また、産業界講師として招聘された企業技術者が、教育に関する経験やノウハウ(初心 者に分かりやすく説明する技術など)を十分に有しておらず、実践的な教育訓練の効果を 弱めてしまうケースもしばしば見られる。したがって、講師の選定にあたっては、現場経 験に加えて、教育スキルを有している人材を選定するか、教育の専門家(企業の研修担当 講師や大学教員等)が教育的側面を補完するなどの工夫が必要となる。 さらに、上記2点に加え、産業界講師には、「教育に対する熱意や情熱」が必要である。 本事業で実施された個別事業のうち、学生や学校側関係者の評価が高い事業では、例外な く、産業界講師が教育に対する熱意を有していた。これが、産業界講師の現場経験を教育 の現場に伝えたいという動機の源となり、魅力的な授業展開の推進力となったと考えられ る。そのような意味で、 「教育に対する熱意」は、産業界講師にとっての最重要要件である とも言えるだろう。 ② カリキュラム(内容) 教育訓練のカリキュラム(内容)を検討する際に留意すべき点は、以下のとおりである。 i) 学生にとって難易度が高すぎない/低すぎないこと 産学協同による実践的な教育訓練を受講した学生の満足度が低い場合、その原因の大半 は、教育内容の難易度にある。特に、産学連携教育では、産業界側が、高い理想と意欲に 基づき、教育機関における既存のカリキュラムの内容を詳細に吟味することなく、学生に とってきわめて高い水準に目標を置いてしまうケースがしばしば見られるが、学生にとっ て、授業内容の理解が困難な場合、教育訓練の効果は著しく低下する。 また、同一内容の教育訓練を複数の教育機関で展開するような場合に、それぞれの教育 機関の学生が有するスキルが異なると、同一内容の教育訓練であっても、学生の理解度に 大きな差が見られることがある。このようなケースでは、ある教育機関の学生にとっては 難しい内容の教育訓練が、異なる教育機関の学生にとっては非常に平易であるといった事 態も起こり得る。 161 いずれにせよ、学生にとって難しすぎても易しすぎても、教育訓練の効果を十分に高め ることはできない。そのため、各々の教育機関が持つ既存のカリキュラムや、そこで学ぶ 学生のスキルを十分にふまえた上で、難易度が適切な水準になるよう、十分な調整が必要 となる。 限られた時間で消化可能な内容であること(学生の負担が高すぎないこと) ii) 産学協同による実践的な教育訓練を受講した学生から寄せられる否定的な評価のうち、 大きな割合を占めているのが、教育訓練の負担の高さである。 産業界の意欲的な姿勢や学生に求める水準の高さから、限られた時間内で多くの内容を 学生に教え、教育訓練を充実させようとする試みは多く見られる。また、学生が課題に割 ける時間は限られているにもかかわらず、大きな課題を与え、学生に対して当たり前のよ うに長時間の課外活動を求める教育訓練も、しばしば見られる。実践的なスキルの習得に は、集中的な学習が有効であるとする考え方自体は否定されるべきものではないが、学生 に対する過度な負担を当然とする考え方には、注意が必要であると言えるだろう。 さらに、企業研修をベースにした教育訓練も多く実施されているが、一定期間、特定の 研修に専念することが可能な企業と、多数の授業が並行して実施される教育機関では、教 育訓練の総時間や受講者の姿勢、前提知識等が大きく異なる。そのため、産学連携講座は 企業で研修を実施するのと同じようには運営できないという点を念頭に置く必要がある。 また、授業時間数の制限や、学生の負担への考慮から、企業研修で実施されるすべての内 容を学生向け教育訓練に盛り込むことは、一般的には困難であるとの認識も必要である。 このように、教育機関における教育の実施には、様々な制約があることを念頭に置きつ つ、教育訓練を計画することが求められる。 iii) 教育機関側の既存カリキュラムとの連続性・整合性があること 産学連携教育では、産業界側が、高い理想と意欲に基づき、教育機関における既存のカ リキュラムの内容を十分に吟味することなく、学生にとってきわめて高い水準に目標を置 いてしまうケースが見られるという点については、上に述べたとおりである。他にも、産 学連携講座であることから、新規性が強調され、既存のカリキュラムにない新しい内容を 学ぶことを目標として、講座が実施されることがある。しかし、このような場合は、教育 機関側の既存のカリキュラムと、産学連携講座で実施する教育内容に連続性や整合性がな いと、学生の理解が困難になるばかりでなく、産学連携講座を実施する意義が伝わりにく くなり、何のために実施されている講座なのか、その目的を学生が理解できないことも起 こり得る。また、通常の授業とは全く関連のない、新しい知識を学ぶ講座として産学連携 講座を実施しても、それを教育機関で実施する意義が問われる結果となってしまう。 このような事態を避け、産学連携教育を意義あるものとするためには、既存のカリキュ ラムと産学連携講座の間に、何らかの連続性を持たせ、産学連携講座によって、既存のカ リキュラムを復習し、そこで学んだ知識を応用できるような内容とすることが重要である。 162 これにより、受講した学生も、既存のカリキュラムを通じて、これまで自分が学習してき た内容の意義を深く理解することとなり、その後の学習に対する動機付けにもつながる。 既存のカリキュラムの内容確認は、教育訓練内容の計画を策定する段階では、必要不可 欠なステップであると言える。 iv) 企業での実務の理解につながる内容であること 産学が連携して講座を実施する目的は、企業の実務を理解し、そこで必要な知識・スキ ルを習得することにある。よって、実務的な要素がなければ、産学連携の意義が薄れてし まう。そのため、産学連携講座を有意義なものとするためには、教育機関の既存のカリキ ュラムと連続性を持たせた上で、さらに、そこに実務的な要素を付加しなければならない。 また、産学連携講座では、実務で必要な知識・スキルを習得するばかりではなく、企業 における仕事についての理解が促進されることが望ましい。これによって、学生は、自分 の将来のキャリアに対するイメージを具体化し、その後の学習や就職に対するモチベーシ ョンを高めることができるようになる。 このように、産学連携講座としては、実務に必要な知識・スキルの習得を通じて、実務 についての理解を深めるとともに、その後の学習・就業に対する意欲を高められるような 内容が求められる。 ③ 教材 講師・インストラクタとカリキュラム(内容)に続き、教材に必要な要件を整理する。 i) 学生にとって難易度が高すぎない/低すぎないこと 学生にとっての難易度に関する要件は、前項の「カリキュラム(内容)」と同様である。 なお、実践的な教材として、実際の製品を教材として用いることも有効ではあるが、その 場合、教材の極端に難易度が上がり、学生の理解度が低下することもあるので、その点に は注意が必要である。また、逆に、学生の理解度に配慮した結果、教材が易しすぎたとい うケースも過去に見られた。「カリキュラム(内容)」と同様に、適切な難易度は、教育機 関によっても異なるため、その調整が重要な課題となる。 ii) 後からの復習が可能な教材であること 本事業では、企業側が、通常一般には公開しない機密情報を含む教材を作成し、教育訓 練終了後、教材を回収したケースも見られたが、受講者からは、復習のために教材を手元 に残しておきたいとの声が聞かれた。産学連携教育においては、企業側が、公開できない 貴重な情報を開示し、教育訓練を実施するケースも考えられるが、その場合も、意欲が高 い受講者のために、受講者が後から復習可能な教材を用意することが望ましい。 163 iii) その後の再利用が可能な教材であること 教材の再利用は、実践的な教育訓練の継続にあたっても、重要な課題となる。 テキストのような教材は、増刷等によって何度も配布が可能であるが、例えば、企業が 開発環境や組込みソフトウェア開発用の機器等を貸し出したような場合には、教育機関側 では、教育訓練の再実施が不可能なことがある。 教材は、実践的な教育訓練の実施にあたって、必要不可欠であり、教材が無ければ、教 育訓練の実施は困難である。よって、実践的な教育訓練を継続的に実施するためには、当 初より、教材や開発環境を、継続的に利用可能な形で、企業から提供してもらうことが必 要である。本事業では、教材に対するコストは、講師に対するコストに次いで大きいこと が把握されているが、教材の継続利用の可否は、実践的な教育訓練の継続を左右する大き な要因になり得るため、事前の十分な検討が求められる。 ④ 教授方法 教授方法とは、講義・座学等の授業形態を指す。ここでは、実践的な教育訓練に相応し い教授方法に関する要件を整理する。 i) 演習(開発作業等)を伴うものとなっていること 実践的なスキルの習得を目的とする実践的な教育訓練には、実際に手を動かす演習が含 まれていなければならない。知識の習得を主な目標とする授業と同じような座学や講義主 体の形式では、技術的なスキルを習得することは難しい。 また、実践的な教育訓練として、ソフトウェア開発プロジェクトを模した PBL(Project Based Learning)が採用されるケースが多いが、PBL を採用する場合、プロジェクトの一部 として、ソフトウェア開発演習が含まれることが望ましい。開発演習が含まれない PBL は、 学生にとっては、単なるロールプレイングに終わってしまい、高い教育効果が望めないこ とが多い。そもそも企業の実務を知らない学生が、仮想的なロールプレイングのみでプロ ジェクトを理解することはきわめて困難である。そのため、プロジェクト形式の演習を実 施する場合は、仮想のケーススタディを採用するのではなく、小規模でもよいから、実作 業を伴うプロジェクトを組み込むことが重要である。 ii) 学生が自ら考える作業が含まれていること 演習を実施する際、ただ単に、テキストに書かれた作業を実施するだけでは、教育訓練 としては、初歩的なものとなってしまう。教育訓練の実践性を高めるためには、学生が、 自ら企画し、考える作業が含まれていなくてはならない。学生が、それまでに培った技術 や知識をすべて投入・活用して、自ら作業を行ってこそ、実践的な教育訓練としての効果 を高めることができる。 164 iii) きめ細やかな指導を行うこと 学生が自ら考える演習を実施する際には、学生の個性や理解度に応じたきめ細やかな指 導が必要となる。教材に示された課題に取り組むような演習では、それらの課題を修了さ せるための指導を行えばよいが、学生が各自でそれぞれ課題を設定する演習では、産業界 講師に対して、それぞれの課題に対する最適かつ柔軟な指導が求められる。 これは、産業界講師に対して、大きな負担を強いることになるが、様々なシステムやソ フトウェアに応じたトラブルや問題解決は、産業界での実務に通じるものであり、教育機 関の教員との差別化要因でもある産業界講師の経験や知見が、大いに活用できる局面でも あると言える。 産学協同による実践的な教育訓練の醍醐味は、一方的な講義ではなく、自由演習のよう な課題設定型の授業での産業界講師の柔軟性にある。そのような意味では、演習に対する きめ細やかな指導は、教授方法の要件として、不可欠であると言えるだろう。 ⑤ 実施時期・期間 産学連携講座の実施期間については、様々な意見が見られる。集中演習で実践的なスキ ルを習得するため、短期集中型の講座とする方がよいとの意見もあれば、大きな課題に取 り組むためには長い期間が必要であるとの意見もある。 産学連携講座の実施期間は、講座の特性や、取り組む課題の分量にも左右される。例え ば、新しい技術を習得しながら、自由設定型の課題に取り組むような講座には、新しい技 術を理解し吸収する期間と、自由課題に取り組む期間の双方に、ある程度の期間が必要と される。それに対して、既存の知識を整理・応用して、自由課題に取り組むような講座で は、短期集中型の方が、最初から全力で取り組み易いといった考え方も成り立つ。 さらに、他の授業との関係から、他の授業がない時期に集中講座として実施した方が、 その講座のみに集中することが可能であるため効果的な場合や、他の授業と並行しての受 講するため、余裕を持って長い期間を設定した方がよい場合もある。 このように、講座の期間や実施時期については、その講座の特性や、他の講座との関係 等をふまえて、最適な条件を選択すべきである。なお、どのような講座を実施するにせよ、 開発演習が含まれる場合は、通常の講義より学生の作業量が多くなることが多いため、そ の負担を考慮した期間設定・時期設定が必要である。 また、前章で学生の意見を紹介したが、適切な実施学年については、産学連携教育に期 待する効果によって異なると考えられる。例えば、 「専門課程での学習や将来のキャリアへ の動機付け効果」を重視する場合は、早い段階実施した方がよいと考えられるが、 「総合演 習としての効果」を重視する場合は、最終学年近くで実施した方がよいと言える。また、 「学生の負担(研究・就職活動等)」を考慮し、最終学年は避けるべきであるとする意見を 考慮すれば、その一つ前の学年で実施することが最適との結論に至る。いずれにせよ、ど のような効果・要因を重視するかを、まず決定することが重要である。 165 ⑥ 受講対象者 受講対象者は、「前提となる知識・スキル」に加えて、「高い意欲」を有していなければ ならない。どちらも、実践的な教育訓練の効果を最大にするために、必須の条件である。 教育訓練自体が、実践性も質も高いものであったとして、受講する学生が、その内容を理 解する前提とする知識・スキルを習得していなければ、教育訓練の効果を高めることは困 難である。また、前提とする知識・スキルを有する学生であったとしても、学習意欲が欠 けている場合は、教育訓練の効果を高めることは難しい。 特に、産学連携講座を必修科目として実施する場合は、様々な学生が受講するため、学 生の間の知識・スキルや意欲に、大きな差が見られることが多い。そのような事態を避け るために、本事業で実施された個別事業の中には、あえて、高い知識・スキルと意欲を有 する学生のみを選抜し、教育訓練の効果向上に成功した事例も見られた。 最後に、「教育訓練の計画策定」ステップにおける成功のための要件を整理する。 表 4-11 「教育訓練の計画策定」ステップにおける成功のための要件 講師・ インストラクタ • 豊富な現場経験を有していること • 高い教育スキル(インストラクションスキル)を有していること • 教育に対する熱意を持っていること カリキュラム (内容) • • • • 教材 • 学生にとって難易度が高すぎない/低すぎないこと • 後からの復習が可能な教材であること • その後の再利用が可能な教材であること 教授方法 • 演習(開発作業等)を伴うものとなっていること • 学生が自ら考える作業が含まれていること • きめ細やかな指導を行うこと 実施時期・期間 • 講座の特性をふまえた期間とすること(短期集中演習・通年講座) • 実施時期の決定にあたっては、 「専門課程での学習や将来のキャリアへの動 機付け効果」「学生の負担(研究・就職活動等)」「総合演習としての効果」 などの点を考慮し、最適な時期を決定する 受講対象者 • 前提となる知識・スキルを有する学生を受講者とすること • 意欲の高い学生を受講者とすること 学生にとって難易度が高すぎない/低すぎないこと 限られた時間で消化可能な内容であること(学生の負担が高すぎないこと) 教育機関側の既存カリキュラムとの連続性・整合性があること 企業での実務の理解につながる内容であること 学生にとって満足度の高い教育訓練を実施するためには、教育訓練の計画策定段階にお いて、上記のような要件を満たす必要がある。 166 (3) 教育訓練の実施(Do) 教育訓練の計画を策定したら、実際に、その教育訓練を実施する。ここでは、計画策定 フェーズに引き続き、学生の満足度を高めるために、 「教育訓練の実施」フェーズで留意す べきポイントを整理する。 ① 学生の動機付け 教育訓練の実施にあたって、まず重要となるのが「学生に対する動機付け」である。 技術・スキルを学ぶ目的が明確であるという点は、産学連携教育の大きな特徴である。 そのため、教育訓練の開始当初から、これから学習する内容やこれまでに学校で学んでき た内容が、実務において実際にどのように使われているのかを実感させることが重要であ る。学習の目的を理解すれば、学生の意欲は向上し、結果として、教育訓練の効果も向上 する。 また、実務を知らない学生の興味を維持するために、演習等のテーマとして、実務上で よく見られるテーマ(例えば、学生にとって理解しにくい業務システム)よりも、学生が 理解しやすい身近なテーマを用いると効果的である。 ② 学生の理解度把握 実践的な教育訓練の実施にあたっては、学生の理解度を常に把握しておくことも重要で ある。毎回小テスト等を行っている事業も見られたが、演習が主体の講座では、小テスト が馴染まない場合も考えられる。そのような場合には、講師陣が学生の様子を注意深く観 察し、学生の理解の把握に努めることが必要である。 学生の理解度が低いまま授業を継続すると、授業の難易度が高すぎたとして、学生の満 足度が低迷する可能性が高い。そのため、学生の理解度が思わしくない場合は、下記に示 すように、学習内容そのものを再検討し、柔軟に変更することも視野に入れた方がよい。 ③ サポート体制 既に述べたように、演習主体の講座では、課外時間の取り組みが増えるため、授業時間 外のサポート体制が非常に重要となる。産業界講師が、授業時間以外は学内に在席してな いような場合は、メールや Web 掲示板のようなオンラインサポートの仕組みを活用して、 受講者がいつでも講師に質問することが可能な状態を作り出すことが重要である。 ④ カリキュラム(内容)変更 学校側にとっては新しい試みとして産学連携教育を実施する場合、実施してみて初めて、 学生にとっての難易度が判明する。中には、難易度が高すぎ、当初計画した内容では、実 施が困難であることが見込まれるような場合も考えられる。そのような場合には、実施途 中であっても、大幅にカリキュラム(内容)を変更することが必要となることもある。 167 表 4-12 「教育訓練の実施」ステップにおける成功のための要件 学生の動機付け • 学習内容が、実務において役立つことを、早い段階で実感させる • 学生の興味を維持するために、学生にとって身近なテーマを用いる 学生の理解度把握 • 学生の理解度を、こまめに観察する • 場合によっては、学生の理解度に合わせて内容を変更する サポート体制 • 授業時間外のサポート体制は必要不可欠 • オンラインサポートの仕組みを活用する カリキュラム変更 • 初めて実施する産学連携講座が、学生にとって難易度が高すぎる場合など、 大幅なカリキュラム変更が必要となる場合もある (4) 教育訓練の評価(継続に向けた検討)(Check) 教育訓練が終了したら、それを評価し、その後の継続に向けて、反省点・課題等を検討 する。ここでは、「教育訓練の評価」フェーズで留意すべきポイントを示す。 ① 教育訓練効果の測定 教育訓練の効果は、可能であれば、テスト等によって定量的に計測することが望ましい。 しかし、自由課題型の演習等、総合的な演習の場合は、その効果測定が難しいため、学生 に対するアンケートを実施し、学生の満足度や、改善すべき点についての意見等を収集す る。その後、収集したデータや意見から、教育訓練の効果を総合的に把握する。 ② 次回の実施に向けた改善策の検討 教育訓練の効果を把握し、改善すべき点等についての意見を収集したら、その後、その 改善の方法等についての検討を行う。これらの検討は、可能であれば、委員会等公的な場 を設けて行うことが望ましい。また、この段階では、継続実施に向けた具体的な方策につ いても検討を行う。 表 4-13 「教育訓練の評価(継続に向けた検討)」ステップにおける成功のための要件 教育訓練効果の測定 • 学生のスキル向上を、可能な限り定量的に評価する • アンケート等を実施、学生の意見を収集する 次回の実施に向けた 改善策の検討 • アンケート等から、要改善点を抽出し、改善の方策について検討する • 今後の継続実施に向けた具体的な方策を検討する 168 (5) 自立的な教育訓練の実施・継続(Action) 教育訓練を計画・実施し、それを評価するというフェーズを経て、その後、最終的には、 教育機関が自立的に実践的な教育訓練を実施する。ここでは、 「自立的な教育訓練の実施・ 継続」の段階で留意すべきポイントを示す。 ① 企業技術者によるスポット支援 教育機関が自立的に実践的な教育訓練を実施する場合も、最新の技術に関する知見や、 トラブル対応等に関しては、企業技術者の支援が必要とされることが多い。そのため、可 能であれば、企業技術者には、講師としてではなく、スポット支援を行う立場で参画を求 める。スポット的な支援であるため、全回ではなく、一部の授業のみに協力を求めたり、 教育機関側だけでは解決困難な事態が発生した場合にのみ、協力を求めることとする。 ② 指導手引書等の作成・活用 教育機関に、実践的な教育訓練に関する知見を集積するために、指導手引書等を作成す ることが望ましい。これによって、産業界講師と連携して授業を実施した担当教員のみで はなく、それ以外の教員も、実践的な教育訓練に関する知見を得ることが可能となる。 このように、教育機関側に対する産業界のノウハウ集積と、実践的な教育訓練の学内展 開を目指して、指導手引書等を作成することは、非常に効果的であると考えられる。 表 4-14 「自立的な教育訓練の実施・継続」ステップにおける成功のための要件 企業技術者による スポット支援 • 企業技術者からは、継続的な支援を受けることが望ましい 指導手引書等の 作成・活用 • 指導手引書等を作成し、学内に知見を集積し、学内展開に備える 169 4.2 産業界からのノウハウ移転と高等教育機関の自立に向けて 前項では、産学協同による実践的な教育訓練を成功裡に実施するためのポイントを整理 した。しかし、実践的な IT 教育を普及させるためには、産学協同による教育訓練を成功さ せるだけではなく、そこから、高等教育機関が産業界のノウハウを吸収し、実践的な教育 訓練を自立的に実施できるようになることが必要である。そこで、本項では、実践的な教 育訓練の実施に向けて、 “高等教育機関が自立を図るために重要なポイント”に特に焦点を 当て、それらを整理する。 平成 18 年度の産学協同事業においては、 「ファカルティ・ディベロップメント(FD)プ ログラム開発・実証事業」として、産業界から高等教育機関への産業界ノウハウの移転を 目的としたプログラムの実証を行った。ここでは、それらの成果をふまえて、高等教育機 関が自立して実践的な教育訓練を実施できるようになるための取り組みにおいて必要な要 件や、留意すべきポイント等を示す。なお、本項では、上記の「ファカルティ・ディベロ ップメント(FD)プログラム開発・実証事業」として実施された事業に限らず、高等教育 機関が自立して実践的な教育訓練を実施できるようになるための取り組みを総称して“FD プログラム”と呼ぶこととする。 (1) FD プログラムに求められる要件 高等教育機関が自立して実践的な教育訓練を実施できるようになるための取り組み(FD プログラム)としては、きわめて多様な取り組みが考え得る。しかし、平成 18 年度の産学 協同事業を通じて、高等教育機関に、着実に産業界のノウハウを移転し、実践的な教育訓 練の自立的な実施を可能にするためには、以下のような要件が必要であることが把握され た。それらを整理して示したものが、図 4-31 である。 まずは、実務経験を持たない高等教育機関の教員が、企業における実務の内容を知り、 実務に必要となる知識やスキルとはどのようなものかを理解することが必要である。これ が、要件1の「企業実務の理解」に当たる。 その後、それらの実践的なスキルを、学生に教える前に、教員自身が習得することが求 められる。これが、要件2の「教員に必要なスキルの習得」に当たる。 さらに、学生にそれらを教えるにあたって、その教え方を検討する必要がある。これが、 要件3の「カリキュラム・教授法の検討」に当たる。 そして、最後に、それらの要件をふまえて、高等教育機関が、実践的な教育訓練を自立 的に実施することが必要である。これが、要件4となる。 図 4-31 の右側には、それぞれの要件を実現するために取り得る具体的な方法が示され ている。これらは、平成 18 年度の産学協同事業の成果から抽出された方法であるが、ここ では、これらを実施方法の一例として示す。なお、それぞれの方法によって、実践性には 差が見られるため、方法の選択にあたっては、その点に留意が必要である。 170 具体的な実施方法 (本事業における実証から) FDプログラムに必要な要件 要件 4 教員に必要なスキルの習得 (実践的な教育に必要な 基礎スキルの習得) カリキュラム・教授法の検討 (学習内容や学生に対する 教え方についての検討) 自立的な教育訓練の実施 (学生に対する教育訓練の実施) 図 4-31 ① 企業での実務参加 (実プロジェクトへの参画) 企業での実務見学 (レビュー/ミーティング参加) 企業技術者へのヒアリング・意見交換 企業技術者によるセミナー(授業)形式の講義聴講 • 企業技術者の指導による演習体験 (モデリング・設計・ドキュメント作成等の体験・習得) • 企業内セミナー/研修参加 (ツールの活用法等) • 企業技術者によるセミナー(授業)形式の講義聴講 • 企業技術者による教育訓練での講師役体験 • 企業技術者とのワークショップ(協同作業)による カリキュラム・教材・指導書等の作成 • 企業技術者によるセミナー(授業)形式の講義聴講 実践性高←低 要件 3 (企業実務において必要とされる 知識・スキルについての理解) • • • • 実践性高←低 要件 2 企業実務の理解 実践性高←低 要件 1 • 企業技術者のスポット支援 • 企業技術者によって作成された指導手引書等の活用 FDプログラムに求められる要件 要件1「企業実務の理解」 高等教育機関において実践的な IT 教育を実施する前提として、実務経験を持たない高等 教育機関の教員が、企業での実務の実態や進め方を理解することが、まず必要となる。 そのための方法としては、以下のような方法が考えられる。 i) 企業での実務参加(実プロジェクトへの参画) 企業における実務を理解するために、最も有効な方法は、教員が実際に、企業での実務 に参加することである。これは、例えば、教員を対象とした企業インターンシップなどと して実施され得る。企業インターンシップは、具体的には、教員が一定期間(例えば半年 間~1 年間程度)企業に派遣され、企業の技術者とともに、開発プロジェクトに携わる(プ ロジェクトの一部の開発業務を実施する)というものである。これによって、教員は、実 際に業務に携わった上で、実体験として企業実務を理解することができる。 しかし、受入れ側の企業の体制や守秘義務の問題、高等教育機関の側での制度上の問題 や教員のスケジュール調整等によって、その実現が難しい場合には、以下のような方法も 考え得る。 171 企業での実務見学 ii) 企業での実務に参加することが難しい場合には、企業で、実際のプロジェクト会議(ミ ーティング、レビュー等)を見学する(オブザーバーとして参加する)などの方法が考え られる。この方法でも、教育機関では経験することが難しい、中・大規模プロジェクトの 実態や、そういったプロジェクトの進め方、プロジェクトメンバー内のコミュニケーショ ン、実務の厳しさなどを実感することが可能である。 iii) 企業技術者へのヒアリング・意見交換 企業での実務見学も困難である場合には、現役技術者に時間を確保してもらい、実務の 内容や、実務において必要とされるスキル等について、ヒアリングや意見交換を実施する などの方法が考えられる。この方法では、教員が直接的に実務を経験することはできない ため、実践性という面では、それほど効果が高いとは言えないが、少なくとも、産業界関 係者から、直に実務についての知識を得ることができる。 iv) 企業技術者によるセミナー(授業)形式の講義聴講 上述の方法が難しい場合には、企業の技術者に、実務に関する講義等を依頼し、それを 教員が聴講することで、間接的に企業実務を理解する方法が考えられる。 ② 要件2「教員に必要なスキルの習得」 企業での実務を理解した後、実務に必要となる実践的なスキルを学生に教える前に、ま ず、教員自身が、それらのスキルを習得しなければならない。その際に可能な方法として は、以下のようなものが考えられる。 i) 企業技術者の指導による演習体験 教員が実践的なスキルを習得するためには、企業の技術者の指導の下、教員自身が、ま ず演習を体験することが効果的である。教員自身が、学生と同じ内容を学ぶことで、学生 が習得を目指すスキルを、教員が先に習得する。演習の内容としては、モデリングや設計 の他、開発・実装、ドキュメント作成など、実施を計画している教育訓練に応じて、様々 なものが考えられる。 ii) 企業内セミナー/研修参加 教員が、企業内部の技術者向けに実施されるセミナーや研修に参加することも、効果的 な方法である。これらのセミナーでは、企業の現場で使用される代表的なツールの活用法 等を学ぶことができる。この方法では、参加する教員に、企業技術者と同じ水準の前提ス キルが必要とされる。しかし、企業側に特別な負担を強いることなく、実施することが可 能である。 172 iii) 企業技術者によるセミナー(授業)形式の講義聴講 上述したような直接的な(手を動かす)経験によってスキルを習得することができない 場合には、次善の策として、企業技術者による講義等を聴講することで、実践的なスキル についての知識を習得する方法が考えられる。 ③ 要件3「カリキュラム・教授法の検討」 企業実務を理解し、教員が学生に教えるべき実践的なスキルを習得したら、次に、学生 に対して、それらの実践的なスキルをどのように教えるべきか、その教え方や具体的なカ リキュラムを検討することが必要である。学生と教員では、経験や前提となるスキルが大 きく異なるため、多くの場合、学生に対しては、教員がスキルを習得した方法とは異なる 方法が必要となる。そのため、可能であれば、教育に関して知見を有する専門家の協力等 を得て、学生に教える際のカリキュラムや教授法を、具体的に検討する。 その方法としては、以下のようなものが考えられる。 企業技術者による教育訓練での講師役体験 i) 産学協同による実践的な教育訓練では、通常、企業技術者が講師を務める。その際、教 育機関の教員も、産業界講師の指導を受けながら、講師役(場合よってはサブ講師役)を 体験する。この方法は、平成 18 年度の産学協同事業でも実証されたが、教授法についての 議論や検討に留まらず、実際に、教員自身が講師を務め、自身の教え方を検証することが できるため、非常に効果的な方法であると言える。産業界講師は、教員の教授法等につい て、必要に応じてアドバイスを行うこともできるため、教員自身が、教え方をレベルアッ プさせることも可能である。 この方法は、学生に対する教育訓練の実施と、教員への産業界のノウハウ移転(FD プ ログラム)を同時に行いたい場合に、きわめて有効であると考えられる。 企業技術者とのワークショップ(協同作業)によるカリキュラム・教材・指導書等の作成 ii) 学生に対する教育訓練が実施されない状態で、産業界から教員へのノウハウ移転を行う 方法としては、企業技術者と協同で、カリキュラムや教材、指導書等を検討・作成する方 法などが考えられる。この場合、協同作業に相応の時間を割くことで、充実した検討が可 能になる。 iii) 企業技術者によるセミナー(授業)形式の講義聴講 上述の方法が難しい場合は、学生に対する教え方について、産業界講師から、セミナー 形式で知識を教授してもらうという方法も考えられる。この場合も、教え方について参加 者間で議論する時間を設けるなどの工夫を凝らすことで、有益な成果を得ることができる。 173 ④ 要件4「自立的な教育訓練の実施」 要件1~3をふまえた FD プログラムを実施することで、産業界のノウハウの移転が進 み、従来実施できなかった、あるいは企業の講師に依存していた教育訓練の一部を、高等 教育機関の教員のみで実施できるようになる可能性が高まる。FD プログラムの最終要件 は、教育機関による「自立的な教育訓練の実施」という最終目標の実現であるが、この段 階においても、以下のような方法で、産業界の協力・支援等を得ることが可能である。 i) 企業技術者のスポット支援 産業界のノウハウは、産業界の技術者の経験に基づく部分が多いため、そもそも企業で の実務経験を持たない教員にとっては、吸収が難しい部分も多々存在する。そのため、教 育機関が主体となって、実践的な教育訓練を実施する場合でも、そのような部分について は、企業技術者が、スポット的な支援・協力を行うことが望まれる。例えば、本事業にお いても、柔軟な顧客要求への対応や、トラブルへの対処、品質の確保等の局面では、企業 技術者の協力が必要であるとの意見が寄せられた。 企業技術者の全面的な協力が難しい場合でも、重要な局面でのみ企業技術者を招き、講 義・支援等を行っていただくという方法が考えられる。 ii) 企業技術者によって作成された指導手引書等の活用 企業技術者が不在の状態でも、実践的な教育訓練がスムーズに進行できるように、指導 手引書を作成するという方法もある。これらの手引書を作成しておけば、担当教員がそれ を参照することもできるほか、他の教員がそれを参照して、そこから産業界のノウハウを 吸収することも可能となる。そのような意味で、産業界のノウハウが書面化された指導手 引書は、実践的な教育訓練の実施を望む高等教育機関にとっては、貴重な成果物となる。 (2) FD プログラムを実施する上での課題 以上、高等教育機関が自立して実践的な教育訓練を実施できるようになるための取り組 み(FD プログラム)に必要な要件を示した。 続いて、本事業で把握された、FD プログラムを実施する際の課題をまとめる。 ① 企業インターンシップの難しさ 欧米では、一定の経験を有する大学教員が専門分野に関する能力を向上させるための研 究休暇制度(サバティカル制度)が存在する。IT 分野においても、教員が、半年~1 年間 の休暇を取得し、IT 企業等の中で、訪問研究員等の立場で研究活動を行う場合がある。 本事業では、当初、高等教育機関の教員がこのような制度を活用するなどして、一定期 間インターンとして企業の開発業務に参画することが、FD の望ましい実施形態の一つで あると考えられていた。しかし、事業期間の制約等の事情から、本事業においては、高等 174 教育機関の教員が企業で中長期のインターンシップを行うという事例は存在しなかった。 企業でのインターンシップの難しさに関しては、本事業におけるヒアリング調査等から も、以下のような意見が寄せられている。 教員のインターンシップに関して • 企業へのインターンシップ参加は、通常の業務に加えて実施しなければならず、現実的には難し いことが多い。また、教員の実績としては評価されにくい。(大学関係者) • 過去に、企業への大学教員のインターンシップを実施したことがあるが、教員が企業内での仕事 のやり方に馴染めず、途中で挫折してしまった。(大学教員) • 情報系の教員であれば誰でも産業界の講師の持つノウハウを吸収できる訳ではない。実際には、 「ソフトウェア工学」を専門とする教員でなければ、企業ノウハウを習得するのは難しいのでは ないか。(大学教員) • 最近は、セキュリティ等の問題上、同じ企業の社員でも、他のプロジェクトの開発に参加するこ とは難しくなっている。よって、そのような状況では、社外の大学教員が実務に参加することは きわめて難しい。(企業関係者) 上のような様々な意見をふまえ、以下に、教員の企業インターンシップに関する問題点 を整理する。 i) 企業側の要因 企業ノウハウの漏洩やセキュリティ上の懸念 外部の者を企業内部に招き入れることにより、企業秘密が外部に漏洩することを懸念す ることは一般的であるが、高等教育機関の教員を企業内に受け入れる場合にも、同様の懸 念が生じる。最近では特に、セキュリティや個人情報保護等の観点から、企業内部でも、 関係者以外の従業員がプロジェクトの情報にアクセスすることができなくなっている場合 が多い。よって、そのような状況の中で、企業外部から教員が一時的にプロジェクトに参 加することは、きわめて困難であるのが現状である。 経営層の理解と支援制度等の不在 高等教育機関の教員を、中長期にわたって企業内に受け入れるためには、高等教育機関 と繋がりのある企業の従業員の個人的な意欲だけでは不十分である。インターンシップの 実施は中長期に及び、関係する部署の業績や組織への影響も考えられるため、企業の上層 部や経営層の理解に加え、制度的な支援がなければ、その実施は難しいことが多い。 ii) 高等教育機関側の要因 高等教育機関における支援制度等の不在 前述のサバティカル制度のような制度が高等教育機関に存在しなければ、インターンシ ップへの参加には、教員の特別な調整や努力が必要とされる。そのため、インターンシッ プが学内で組織的に奨励されたり、インターンシップに参加した教員を評価する仕組み(教 175 員にとってのインセンティブ)等がなければ、教員がインターンシップに積極的に参加す ることは難しい。 学内や学外に広げる仕組みの不在 企業インターンシップに参加した教員が中心となって、インターンシップで得られた成 果・ノウハウ、課題を学内(あるいは学外)で共有するための組織的な活動の場(学内の 委員会・研究会、学外の教員との交流を担うコンソーシアムなど)がなければ、教員の個 人的な取り組みで終わる可能性がある。 産業界との日常的な交流の不在 前述の通り、企業にとっては機密の流出にも繋がりかねない試みであるため、大学が組 織として、あるいは教員個人として、日常的に産業界と交流し、信頼関係を醸成していな ければ、インターンシップの実現は困難であると考えられる。 このように、教員のインターンシップを短期間で実現することは、現状では非常に困難 である。そのため、平成 18 年度に実施された産学協同事業では、「企業の実務の理解を目 的とした企業でのミーティング・レビューへの参加」、「企業講師の演習の受講による教員 に必要なスキルの習得」、「企業の講師とのカリキュラムや教授方法に関する討議の実施・ 指導書の作成」など、教員のインターンシップを代替する様々な方法が模索された。 ② 実施のための時間確保に関する課題 教員の企業インターンシップも含め、FD プログラムを実施する際には、そのための時 間の確保が課題となる。ここでは、そのような実施時間の確保に関する課題を整理する。 教員の通常業務との調整 FD プログラムを、長期休暇以外の通常の学期中に実施する場合は、教員が担当する授 業に影響が出ないよう、その調整が大きな課題となる。また、FD プログラムには、ある 程度のまとまった時間が必要となるが、長時間を確保する場合は、学生指導や研究等の通 常業務を抱える教員の負担も増すこととなり、それらの業務の代行等が必要となることも ある。 企業との調整 FD プログラムには、通常、企業が参画することが多いが、企業側にも、業務上の都合 があるため、教員側と企業側との調整が難しいケースも考えられる。また、教員と同じよ うに、企業側に対しても、通常業務以上の負担を求めることになるため、その点への配慮 や企業内での対応が必要となる。 176 ③ 産業界講師による継続的・スポット支援 本事業では、通常、高等教育機関ではあまり意識されることのない“顧客”に関係する 学習内容(要求分析、顧客対応、品質管理等)や、想定外のトラブルへの対処、また、学 生のモチベーションの向上につながるような産業界講師の体験談紹介等、FD プログラム のみでは、高等教育機関が吸収できないような産業界ノウハウも存在するとの声が多く寄 せられた。したがって、これらの移転が難しい産業界ノウハウに基づく内容については、 FD プログラム実施後も、引き続き、産業界講師から(スポット的な)支援・協力を受け ながら、教育訓練を実施することが望ましいと考えられる。 また、連携先の企業を選定する段階での留意事項としても述べたが、教育機関は、企業 側から、スポット的な支援を含む何らかの形で継続的な支援を受けることが可能かどうか を、企業と連携を開始する段階で、確認しておく必要がある。 ④ 双方向型の産学連携 FD プログラムを実施するための企業側の時間的・金銭的負担は、決して小さなもので はない。そのため、産業協同事業のような支援を受けられる場合は、企業側も参画しやす くなるが、公的な資金等が見込めず、企業と高等教育機関が自立的に FD プログラムを実 施しなければならないような場合には、企業側の参画のハードルは、非常に高くなる。 FD プログラムを始め、産学協同による取り組みを、企業側の技術者個人の熱意や意欲 のみで(ボランティアとして)継続することは、現実的には困難である。継続して取り組 みを実施するためには、産学双方が享受できるメリットが存在することが望ましい。 企業側がメリットを享受できる形としては、高等教育機関の教員が、企業の技術者向け に体系的な基礎研修・理論研修を実施したり、産学が協同で研究・開発プロジェクトを実 施し、そこに教員が参画することなどが考えられる。産学協同による教育の取り組みと同 様に、産学協同で実施することが必要となる FD プログラムにおいても、産から学への一 方向ではなく、学から産への方向にも、何らかの成果が提供されることが望まれる。 以上、FD プログラムに求められる要件と課題を示した。 実践的な教育訓練の自立的な実施を目指す高等教育機関では、これらの要件・課題をふ まえて、効果的な FD プログラムを実施し、産業界からのノウハウを吸収することが必要 となる。また、FD プログラムの実施後も、産業界と高等教育機関が、常に協力を得られ るような双方向の関係を維持することで、実践的な教育訓練の継続・発展が実現されると 言える。 177 5. 実践的な IT 教育の自立的な実施に向けての課題 本事業では、個別事業の実施や、関係者へのアンケート・ヒアリング調査等を通じて、 実践的な IT 教育を高等教育機関が自立的に実施するための課題の明確化を試みた。 本節では、事業を通じて把握されたこれらの課題と考え得る解決策について整理する。 5.1 実施のための費用に関する課題 まずは、費用に関する課題について分析する。以下は、平成 17 年度の産学協同事業の成 果から、情報サービス分野の教育訓練(9機関)と組込みソフトウェア開発分野の教育訓 練(2機関)のそれぞれについて、各費用項目の割合を平均した結果である。 情報サー ビス 分野 平均 組 込みソ フ ト ウェア 分野平 均 一般 管理費 9.1% 一般 管理費 9.1% その他必要 経費 25.6% その他必要 経費 4.4% 講師調達 関連費 45.6% 教材調達 関連費 19.7% 図 4-32 教材調達 関連費 38.9% 講師調達 関連費 47.7% 教育訓練分野別の費用構成割合 上記の結果を見ると、情報サービス分野の教育訓練と、組込みソフトウェア開発分野の 教育訓練では、 「教材調達関連費」に大きな差が見られることが分かる。組込みソフトウェ ア開発分野では、教育の実施に必要な費用のうち、教材に対する費用が大きな割合(約4 割)を占めている。情報サービス分野では、教材に費用を必要としない分、その他必要経 費の割合が高くなっている。 また、今回の分析結果を読み取る際の一つの目安として、以下に、各教育機関の費用項 目割合を平均した結果を示す。今回の分析結果を総体として見ると、 「講師調達関連費」が 最も高い割合を占めていることが分かり、ここから、実践的な教育の実施にあたっては、 産業界講師を調達するための費用が最も必要とされていることが読み取れる。 今回分析結果平均 一般 管理費 9.1% その他必要 経費 21.8% 講師調達 関連費 46.0% 教材調達 関連費 23.2% 図 4-33 全教育機関の費用構成割合(平均) 178 5.2 講師調達の方法 すでに見たように、実践的な IT 教育を実施するための最も大きな課題は、産業界講師の 調達である。また、講師の調達とともに、演習主体の教育訓練等を円滑に進め、学生に対 してきめ細やかな指導を提供するための、アシスタントの調達も重要である。 そこで、本項では、実践的な IT 教育を実施する際の産業界講師やアシスタントの調達と いった課題について、産学協同事業で用いられた方策等をふまえて、今後、同様の取り組 みを進めようとする教育機関が取り得る有効な解決策等についての検討を行う。 (1) 産業界講師の必要性 産学連携教育に関しては、 “産学連携は永続的に必要なのか、それとも、時間をかけるこ とによって、産業界から大学へのノウハウの移転は可能なのか”という点も、一つの重要 な論点とされてきた。この点については、本事業でも様々な議論が行われてきたが、多く の教育機関においては、“産業界側からのある程度のノウハウを吸収した後でも、やはり、 何らかの形で、産業界との連携が不可欠である”との意見が多い。その理由としては、以 下のような事情が挙げられる。 • 最新の技術動向や、企業の現場で用いられている技術についての教育訓練を実施する場合、大 学教員は、必ずしもそれらの技術に精通しているわけではないため、最適な教育者とは言えな い(大学教員が産業界出身者であったとしても、最新の技術については、産業界講師の方が、 豊富な知識を有している)。 • プロジェクトマネジメントや品質管理等、企業での実務経験に基づく教育訓練の実現のために は、産業界講師の知見が必要不可欠である。 • 顧客の存在を意識した開発演習の場合も、企業での実務経験が求められるため、産業界講師が 必要とされる。 全体的には、入門から中級程度の教育訓練(例えば、プログラミング言語の習得等)の 場合は、大学教員が必要なスキルを習得し、自ら学生に教えることも十分可能であるが、 教育訓練の実践性を高め、その内容が実務に近づくほど、企業講師の協力が不可欠とされ る傾向が見られる。 また、本事業においても、高等教育機関の教員が、企業インターンシップ等を通じて実 践的なスキルを習得することで、実践的な IT 教育を普及させる方法について議論されたが、 一般的に、大学等の教員が実践的なスキルや経験を獲得するために、企業での実務に参加 しても、教員の実績として評価されることは少ない等の理由から、その普及は難しいとの 指摘も見られた。 以上のような種々の理由から、実践的な IT 教育の実施のためには、産業界講師の参画は 欠かせない要件であると言える。 179 (2) 講師関連費用の調達方法 前頁までに見たとおり、実践的な IT 教育を実施するためには、産業界講師の参画が不可 欠である。しかし、産業界講師を招聘する際に問題となるのが、講師を招聘するための費 用である。講師に対する費用は、講師謝金等の形で支払われることが多いが、本事業で実 施されたコスト分析からは、授業 1 回につき、概ね5~10 万円程度の講師謝金が発生して いることが把握された。特に、企業内のハイレベルな人材ほど、また、大きな企業に所属 する人材ほど、単価が高くなる傾向があり、経験豊富な熟練の人材を招聘するためには、 それに見合った費用が必要とされる。 今回の産学協同事業では、講師調達のための費用の問題を、公的支援という形で解決し た。しかし、公的支援は、あくまで一時的な手段であり、今後、教育機関が自立的かつ継 続的に産学連携による実践的な教育を実施するためには、費用の調達方法を確立しなけれ ばならない。その際に考えられる方法としては、以下の3つを挙げることができる。 ① 大学側が、必要な費用の大半を負担する。 ② 大学側と企業側で、必要な費用を折半する。 ③ 企業側が、必要な費用の大半を負担する。 ①は、大学における自立的な実施という観点からは、最も望ましいと言えるが、実際に このような形で産学連携教育が実施されているケースは稀である。これは、一般的に、大 学等の高等教育機関においては、研究に必要とされる費用の獲得に比べて、教育に必要と される費用の獲得が難しいためであると考えられる。また、その背景には、成果がある程 度明確に表れる研究に比べ、教育の成果は把握しにくいという事情があるものと推測され る。なお、費用の受益者負担(学生が受講料を負担する)という方法も考えられるが、産 学連携教育に必要とされる指導コストの高さから、通常、受益者負担は、あまり現実的で はないことが多い。 ②は、大学における産学連携資金の調達の現状と、産学連携教育の趣旨に照らせば、最 も合理的であると考えられ、実際、産学連携教育の継続に成功するケースには、この形態 で実施されるものが多い。この点に関しては、本項にて後述する。 ③は、いわゆる寄附講座など、企業側に高い意欲と資金的余力がある場合に限り、実施 可能な形態である。平成 16 年度に産学協同事業が実施され、注目を集めた北海道大学の例 は、このパターンに分類される。また、表面上、②のような形態をとっていても、実際に は、企業側が無償でさまざまなツールやサポート等を提供し、それによって教育訓練が成 り立っているという、きわめて③に近い②の形態も見られる。さらに、まだ実現されては いないが、本事業の中では、企業間で教育訓練の継続的な実施に必要な資金を出し合うと いう構想も検討されている。まだ構想段階ではあるが、そのような方法も、検討に値する と言えるだろう。 ①から③の他に、公的支援も、現実的に考え得る方法の一つであり、実際にそのような 180 事例も見られるが、公的支援に頼った事業の継続は、自立的かつ継続的な実施という観点 からは、根本的な解決にはなりにくく、一時的な対処とならざるを得ないことが多いとい う点を指摘しておきたい。 (3) 産学の相互参加による産学連携教育の実現 上記①~④の中で、自立的かつ継続的な実施という観点から、最も合理的であると考え られるのは、②の形態である。この形態は、産学連携に必要なコストを、大学と企業で相 互に負担するものであると述べたが、費用負担以外の側面からは、この関係は、相互にメ リットを与え合う“ギブアンドテイク”の関係であると捉えることもできる。 一般的には、企業が、収益に直結しない活動を中長期的に継続することは難しいため、 企業持ち出し、または、企業の無償協力による産学連携が、中長期的に成功するケースは それほど多くはない。しかし、企業にとって、収益以外の明確なインセンティブが存在す る場合は、必要なコスト以下の費用で、高等教育機関と長期的な関係を築くことができる 可能性が高まる。その際の企業にとってのインセンティブとしては、以下のようなものが 挙げられる。 ① 企業が提供する講座やインターンシップを通じた優秀な学生の採用 ② 学生や大学に対する企業活動や企業名のPR(企業ブランドの浸透) ③ 教育での連携を端緒とした、研究活動等における大学との包括的な連携 ④ 体系的な理論・知識教育等についての、大学教員への企業内研修講師の委託 企業にとって十分な講師費用の調達が難しい場合には、企業に対して、上記のような収 益以外のインセンティブを提供するという方法も考えられる。 今回の事業でも、多くの企業が、①や②のインセンティブを重視して、産学連携教育に 参画している。特に、実施先教育機関の学生を、自社の新入社員として採用する意思のあ る企業にとっては、①や②は、収益以上に大きなインセンティブとなり得る。本事業にお いても、卒業生の多くが地元に就職する大学と、地域の企業が連携している事業では、産 学連携教育が、産学双方にメリットをもたらす形で実施されており、この点は注目に値す る。例えば、前橋工科大学や鳥取環境大学、琉球大学等と、それぞれの連携先である地域 各社を、一例として挙げることができる。 教育機関側が、企業にとって有益なノウハウや知見等を有する場合には、④の方法も効 果的である。④のケースでは、教育機関側が企業側に一方的に協力を請うのではなく、教 育機関側にも企業に対して提供可能な知見が存在するため、二者間に対等な関係が築かれ やすい。例えば、平成 16 年度、産学協同事業に参画した九州産業大学では、大学教員が企 業の研修講師を務める代わりに、企業人材が大学の演習に協力し、自立的な形で産学連携 教育が継続されている。さらに、平成 17 年度・平成 18 年度の事業に参画した静岡大学の 場合は、先進的な取り組みを進める大学のカリキュラムから企業が学ぶことも多く、企業 181 が大学カリキュラムの“逆輸入”に価値を認めている。これらのケースでは、教育機関側 にも、企業に対して提供できる有益な知見等が存在しており、それが、相互に有益な関係 を築く基盤となっている。 上記以外にも、産学連携教育から企業が得られるメリットとして、 「企業人材のキャリア アップ」なども挙げられる。一般に、教えるという行為は、自身のキャリアアップにとっ ても有益であると言われるが、大学において教鞭を取ることも、企業人材のキャリアアッ プにつながる。さらに、 「非常勤講師」等の肩書きは、企業人材が、企業で活動する際にも、 有益なものとなる。後述する静岡大学や金沢工業大学のように、 「客員教授」として活動す ることができれば、企業での実務においても、プラスの効果を生み出す。 以上のように、教育機関と企業のギブアンドテイクには、さまざまな形が存在する。こ のようなギブアンドテイクによる産学連携教育を目指す場合は、双方にとって有益なメリ ットを提供し合うことが重要である。なお、当然のことながら、これらのメリットは、企 業規模や産学連携教育への関わり方等によっても大きく異なるため、実施にあたっては、 相手企業に適したインセンティブを提供することが必要である。 (4) アシスタントの調達方法 講師の調達とともに、演習主体の教育訓練等を円滑に進め、学生に対してきめ細やかな 指導を提供するための、アシスタントの調達も重要な課題である。ここでは、今回の事業 における各教育機関の取り組みから、考え得る方法を整理する。 一口にアシスタントと言っても、求められる役割は様々である。環境整備やトラブルシ ューティングのために必要なスタッフを、アシスタントと位置付けることもあれば、講師 に代わって、演習の際に学生一人一人を指導するサブ講師をアシスタントと呼ぶこともあ る。しかし、いずれにせよ、実習や演習が主体となる実践的な IT 教育を、メイン講師一人 で実施することは難しいため、何らかの形で、アシスタントが必要とされることが多い。 このアシスタントの調達方法としては、以下のようなものが考えられる。 ① メイン講師と同じ企業から調達する。 ② 経験豊富なリタイア人材や、大企業から独立した人材を活用する。 ③ 大学院生をアシスタント(TA)とする。 ④ 以前その教育訓練を受講したことがある学生をアシスタントとする。 上記の方法は、推定されるコストの順に並んでいる。 ①について、メイン講師と同じ企業からの調達が必要な場合、その留意点は、先に述べ た方法に準ずる。この場合は、企業側に、収益もしくはそれ以外のインセンティブが必要 となる。 今回の事業の中には、②の方法を用いた教育機関もあった。この方法では、該当する人 材を探すのが困難という難点はあるものの、一般的には、企業に所属する人材を調達する 182 よりも、コストを低く抑えることができる。特に、大企業を退職・独立して、個人事業所 等を営んでいる人材の協力が可能であれば、大企業に所属する人材と同等の経験を有する 人材を、低いコストで調達することが可能となる。このような②の場合の人材の選定・調 達の方法としては、連携企業からの紹介、大学教員からの紹介、地域ソフトウェアセンタ ーからの紹介等が考えられる。 ③は、一般によく用いられる方法である。しかし、実践的な IT 教育において、この方法 を用いる場合は、TA を務める大学院生が、実践的なスキルを習得していることが条件とな る。今回の事業の中には、芝浦工業大学等、TA を務める大学院生に対して、実践的な研修 やインターンシップの実施を検討している教育機関も見られた。 ④は、産学連携教育の前年度実績が必要となる点を除けば、最も実施しやすい方法であ ると言える。以前、本事業で産学連携教育を実施した教育機関の中には、はこだて未来大 学など、前年度にその教育訓練を受講した学生を、当年の受講生に対する発注者役と位置 付けて、指導役を任せている事例も見られる。 5.3 教材調達の方法 講師の調達は、情報サービス分野と組込みソフトウェア開発分野のいずれの産学連携教 育においても共通する課題であった。しかし、組込みソフトウェア開発分野においては、 講師の調達と同じように、教材の調達にも多くの費用が必要とされ、この点も、非常に大 きな課題となっている。 この課題に対する一つの解決策は、 「再利用可能な教材を利用すること」である。市販の 組込みソフトウェア開発用の教材には、ソフトウェア部分を書き換えることで、何度でも 再利用可能な製品が存在する。今年度の事業で、芝浦工業大学が用いた教材も、そのよう なタイプの教材であり、ハードウェアの組み立てやソフトウェアの書き換えが繰り返し行 えるため、同じ教材を用いて、異なる課題を設定することも可能である。このように、中 長期間再利用できる教材を工夫して用いることも、一つの解決策として挙げられるだろう。 しかし、今回、宇都宮大学で実施されたような教育訓練では、バージョンアップが頻繁 に行われる開発ツールを使用するため、今後、環境を最新の状態に保つための費用が必要 となる。また、組込みソフトウェア分野は、対象とするハードウェアが多岐にわたるため、 ボード等、再利用ができない教材を用いることが必須とされる教育訓練もあるだろう。こ のようなケースに対する一つの解決策は、 「教材の共有」である。これは、教材を利用する 教育機関が、教材購入のための費用を出し合い、教材を共有し合うものである。この仕組 みは、本事業の中では、まだ実現されたことがないが、今後、教育機関の積極的な取り組 み次第で、実現可能ではないかと考えられる。 5.4 高等教育機関における制度上の課題 前節では、主に費用の面から、産学連携教育を実施する際の課題について分析を行った 183 が、次に、費用だけでは対処が難しい、環境的・制度的な問題についての検討を行う。 当初、本事業において、制度上の課題として考えられていたものは、 “実践的な IT 教育 を既存のカリキュラムに組み込むことが困難”とするカリキュラム上の制約や、 “産業界講 師を非常勤講師として任用する際に論文実績や博士号が必要とされる”という講師任用条 件の制約の2点であった。しかし、本事業においては、それらの課題を乗り越えて事業を 実施した教育機関も見られ、取り組み次第で、それらの課題は解決可能であることが示さ れた。以下には、それぞれの課題に対する対処法やその事例等を示す。 (1) カリキュラム上の制約 “実践的な IT 教育を既存のカリキュラムに組み込むことは困難である”というカリキュラ ム上の制約に関しては、以下の2点が課題として挙げられている。 • 入学時に学生に約束したカリキュラムは、卒業時まで原則固定される。 • 新しい科目を導入するためには、既存のカリキュラムを削減する必要があるが、現行のカリキ ュラムの中に、削減可能な科目がない。 “入学時に学生に約束したカリキュラムは、卒業時まで原則固定される”という制約に ついては、残念ながら、特効薬はないというのが大方の見解であろう。しかし、どの教育 機関においても、既存カリキュラムの枠組みの中で、適切に産学連携教育を位置付けて実 施している。多くの教育機関においては、現行の教育の集大成としての総合演習、もしく は、現行のカリキュラムでは習得できない実践的なスキルを習得する新しい講座として、 産学連携教育を位置付けている。したがって、産学連携教育は、工夫次第で既存のカリキ ュラム中に取り込むことが可能であると見ることができる。 また、さらに切実な課題として、 “新しい科目を導入するためには、既存のカリキュラム を削減する必要があるが、現行のカリキュラムの中に、削減可能な科目がない”という課 題も挙げられている。しかし、これは、その教育機関において、実践的な IT 教育がどの程 度重要視されているかという点にかかわる問題であると言える。その教育機関において、 実践的な IT 教育の導入が優先的な取り組み課題であると認識されれば、解決に向かう問題 であると考えられるため、この課題の解決のためには、他の教員に対して、実践的な IT 教育の重要性をアピールし、組織全体を巻き込むことが必要となる。 なお、カリキュラムに関しては、法律等によって、実践的な IT 教育や情報処理技術者資 格取得のための教育訓練の受講を義務付ければ、大学側も対応せざるを得ない、との見解 も示された。仮にこの案が実現すれば、カリキュラム上の制約は一定の解決を見ることと なるが、その実現にあたっては、まず、十分な検討を行うことが求められよう。 (2) 講師任用条件 産業界講師が、ゲストスピーカー等としてではなく、正式な形で授業に参画し、学生に 対して指導を行うためには、その教育機関において、非常勤講師として任用されることが 184 望ましい。しかし、非常勤講師を任用する条件として、博士号や論文実績の保有を求める 大学が多く、それが、産業界講師の活躍の場を狭くしているとの指摘がある。 しかし、今回の事業に参画した筑波大学や前橋工科大学では、担当教員等の積極的な働 きかけにより、産学連携教育を担当する講師を、非常勤講師として任用することに成功し た。これは、担当教員等の積極的な働きかけによって、大学側も柔軟な対応が可能である ことを示しており、良い先例が築かれたと言える。 また、同じく今回の事業に参画した静岡大学では、学位等の要件は比較的寛容であり、 企業出身の講師が数多く活躍している。中には、客員教授として活躍する企業講師も多く 在籍しており、企業人材の任用は、特殊な事例ではなくなっている。平成 16 年度事業に参 画した金沢工業大学でも、教員の多くが、客員教授という肩書きを持つ現役の企業プロフ ェッショナルであった。これらの事例からも、教員任用の際の要件は、民間の知見を活用 しようとする大学の姿勢の現れであると解釈できる。 一方、学部講師の任用については、比較的柔軟な対応が可能であるが、大学院講師の任 用については、学問実績を重視した基準の適用が通常であるとされ、この点については、 依然として、解決策を模索すべき大きな課題となっている。この課題に関する注目すべき 取り組みとして、大学院生を対象とする教育訓練が実施された琉球大学では、産学連携教 育の推進のために、学部長の主導の下、 「特任教授制度」が導入され、産業界講師を受け入 れる体制を整えるための取り組みが進められた。国立大学法人においても成功しているこ のような事例は、その他の教育機関においても大いに参考になるものと言えよう。 (3) 制度的な制約を乗り越えるために 高等教育機関における制度は、法律等が定める一定の枠内において、教育機関が独自に 策定・維持しているものであり、組織の基盤として、多くの関係者の合意の下に成り立っ ている。そのため、カリキュラムの改定や、講師任用条件の変更等、情報工学系の学部学 科のみに限らず、教育機関全体に影響を及ぼす制度の変更にあたっては、多くの関係者の 同意が必要である。このような組織を支える制度の変更とは、多くの関係者の意識を変え ることと同義であり、そのためには、多大な努力が必要とされる。 制度の変更を促進するために、今回の事業で効果を発揮したのは、組織において意思決 定権限を持つ責任者等の参画である。前述の琉球大学等、今回の事業で大きな成果を上げ た教育機関には、必ずと言ってよいほど、学長・学部長等の権限者の参画が見られる。担 当教員の孤軍奮闘を越えた権限者の参画は、産学連携教育の推進・定着のためには、必須 であると言ってよい。権限者が参画することによって、組織全体として実践的な IT 教育を 重視する姿勢を示すこととなり、他の教員の意識改革という面でも、大きな影響を持つこ ととなる。 185 (4) 大学の役割とは 産学連携教育を教育機関に導入する際に、制度的な問題の背景として、深く横たわって いる問題が、特に大学の役割についての、産業界と学校側との認識の相違である。 地域の学生が入学し、同じ地域に卒業生を送り出す大学については、そのような認識の 相違はそれほど大きくはない。そういった大学の中には、地域の産業が求める人材の輩出 を自らの役割として認識している大学が多く、産学連携教育に対しても、組織全体として 取り組む姿勢が見られる。また、学生が実践的なスキルを習得することが、そのまま就職 の際の武器ともなるため、そのような事情からも、学校側が、実践的な教育の推進に積極 的であることが多い。対する企業側も、大学教育への参画によって、優秀な学生の採用や 企業 PR 等、さまざまなメリットを享受することができるため、コストを度外視しても、 積極的に産学連携に協力するケースが多く見られる。このように、地域に密着した大学の 場合は、元々、産業界と学校側の双方に、産業界で役立つ実践的なスキルの習得に対する 需要が存在するため、産学連携教育が比較的スムーズに実施され得る。 しかし、全国区で学生を集め、全国に卒業生を輩出する大学においては、大学側が、自 らの役割を、学問を支える研究人材の輩出と捉えている場合も多く、それが、産業界との 意識の差を生む背景にもなっている。特に、そういった大学においては、カリキュラムも 学問的な視点を重視して構成されることが多く、産業に役立つ人材の輩出を願う産業界の 立場からは、その点を問題視する声が多い。この根底には、大学という教育機関の歴史や 社会制度等、さまざまな要因が絡んでいると推測されるが、現実に、意識の相違が問題視 されている以上、そこに、何らかの調整が必要であることは明らかである。 大学には、「教育」の他に、「研究」という機能が必要であるという点に関して、異論を 挟む余地は少ない。しかし、そのバランスを、常に「研究」>「教育」としてよいものか どうかについては、議論の分かれるところであろう。大学自ら、その役割を、研究人材の 輩出であると認識していたとしても、大学・大学院を経て、最終的には産業界に進むこと となる大多数の学生や、その学生を受け入れる産業界にとっては、大学が、自らの希望の みに基づいて、自身の役割を規定しているように見えることもある。産学連携教育に対す る取り組みは、まさにそのような問題意識に端を発するものであった。 しかし、産業界の側も、異なる価値基準を有する相手に対して、一方的に認識の相違を 表明するだけでは、問題は解決されない。この意識の相違を乗り越え、双方にとって望ま しい状態をもたらすためには、双方の立場を理解する関係者を含めた、大きな枠組みの中 での議論が必要とされよう。 186 第5章 1. 実践的 IT 教育の動向 わが国における実践的 IT 教育に関する取り組み わが国の高等教育機関における実践的 IT 教育は、大学等における IT 教育の実践性不足 に対して問題意識を持つ、一部の企業と大学の連携によって先導的に取り組まれている。 政府においても、経済産業省などが、高度 IT 人材の育成施策の一環として産学協同による 実践的 IT 教育の実証事業等を行ってきた。このような動きを引き金として、近年、わが国 の大学、大学院における実践的 IT 教育の重要性が産学官で深く認識され、高度 IT 人材育 成を促進するための教育基盤形成に関する取り組みが、産官学の間で本格化している。 本章では、その代表的な取り組みとして、日本経済団体連合会(以下、日本経団連)を 中心とした産学連携による高度 IT 人材育成に向けた産業界の活動を始め、産業構造審議会 における実践的 IT 教育に関する検討や、文部科学省による高度 IT 人材育成拠点整備、情 報処理学会による情報専門学科の標準カリキュラム(J07)策定の動きなど、わが国におけ る実践的 IT 教育に関する最新動向を概説する。 1.1 日本経団連による高度 IT 人材育成への取り組み 日本経団連では、2005 年 6 月に、大学における IT 教育の強化に向けた提言として、 「産 官学連携による高度な IT 人材の育成強化に向けて」2を発表した。この提言では、IT 利活 用の推進が焦点となる昨今において、IT を活用し、高い付加価値を創造できる高度情報通 信人材育成が重要であることを指摘した上で、わが国の中核技術として産業全体の競争力 の源となっているソフトウェア(組込みソフトウェアを含む)の開発・利用に携わる人材 の質・量の不足が深刻化していることを訴えている。日本経団連の試算では、産業界には、 毎年、新卒人材としてトップレベルの高度情報通信人材が 1,500 人程度、将来的には 3,000 人程度必要であるとされ、そのために、日本経団連は、世界的水準の高度な IT 専門教育を 行う先進的実践教育拠点を 10 拠点程度整備していくことが必要であると提言した。この提 言の背景には、米国等の IT 先進国において高度な実践的な IT 教育が実現されている事実 に加えて、中国、韓国、インド等において、高度 IT 人材育成が国策として取り組まれ、世 界的な IT 人材供給基地として発展しているのに対し、わが国の大学における IT 教育は、 学術的な教育研究に偏重する傾向が強く、企業内の実践教育・業務に耐えうる高度な IT 専門知識・スキルを備えた人材を輩出できていないという産業界の危機意識がある。 2006 年 2 月には、日本経団連の「情報通信部会」に下に、国内主要 IT ベンダー、ユー ザー企業、業界団体等から構成される「高度情報通信人材育成部会」が設置され、産業界 が求める推奨カリキュラムの策定等が進められている。また、高度 IT 人材育成ための協力 2 「産学官連携による高度な情報通信人材の育成強化に向けて」2005 年 6 月 21 日、(社)日本経済団体連合会 (http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2005/039/honbun.pdf) 187 大学が広く募集され、筑波大学、九州大学の2校を重点協力校、静岡大学、信州大学、東 海大学、東洋大学、立命館大学、埼玉大学、群馬大学、茨城大学、宇都宮大学、琉球大学 が協力校として認定され、産学連携による高度 IT 人材の育成のための取り組みが進められ ている。これらの取り組みは、2006 年 1 月に、政府 IT 戦略会議により発表された「IT 新 改革戦略」における高度 IT 人材育成戦略と、その具体的施策として、2006 年度から文部 科学省が予算化した「先導的 IT スペシャリスト人材育成推進プログラム」 (6.3 億円)へと 結びついた。日本経団連では、「先導的 IT スペシャリスト人材育成推進プログラム」に採 択された筑波大学グループ(筑波大学、電気通信大学、東京理科大学)、九州大学グループ (九州大学、九州工業大学、熊本大学、宮崎大学)などを中心に、第一線技術者の講師派 遣、カリキュラム、教材の共同開発などを行い、各大学は、高度 IT 人材育成のモデル拠点 整備を進めている(表 5-1 には、重点協力校、協力校に対する取り組み示した)。 また、経済産業省が平成 18 年度に実施した「産学協同実践的 IT 教育訓練基盤強化事業」 においても協力校の5校が採択され、政府による実践的 IT 教育の促進施策との連携が図ら れている。その他、日本経団連では、産官学が IT 人材育成を強力に推進している中国、韓 国等のアジア諸国や、アイルランド、ノルウェー等の欧州諸国の高等教育機関における IT 人材育成に関する調査を行い、わが国における実践的 IT 教育訓練のあり方についても継続 的な検討を行っている。 表 5-1 日本経団連による高度情報通信人材育成強化に向けた取り組み (日本経団連による講演資料をもとに作成) 対象大学 重点協力校 (高度 IT 人材育成のためのモデル拠点) 筑波大学、九州大学 取り組み概要 ・ 大学ごとに支援チームを結成 ・ プログラムの運営体制および具体的なカリキュラム 内容について産学協同で策定(企業ニーズと大学教 育のギャップ解消のため、育成目標とする人材像か ら、必要となるカリキュラムを大学・企業が協力し て考案) ・ 大学では対応が困難な 10 科目程度を企業側が担当 ・ 派遣教員による学生へのメンター ・ 企業の一線で活躍している産業界講師の派遣、常任 講師を各重点協力校に複数名派遣 ・ PBL 等の実践系科目や最新トレンドなどに関する教 材を産業界講師とセットで提供、 ・ 奨学金制度(月額数万円)の創設 ・ 協力企業の優先採用 ・ プログラム運営の意思決定機関への参加 等 協力校 ・ 立命館大学、東海大学、静岡大学、信州大学、 ・ 新都心共同大学院(宇都宮大学、埼玉大学、 ・ 茨城大学、群馬大学による共同大学院)東洋 大学、琉球大学 協力内容を決定するための特別チームを結成 個別の要望に応じて、産業界側の協力・支援を実施 重点協力校に対する協力内容の検討を踏まえ、連携 プログラムを拡充・展開 188 大学 海外 企業 特別採用枠 海外大学 海外大学 各分野の トップクラス 学生交流 教授・教員の相互派遣 ノウハウの相互提供 等 若手教員 海外大学 海外大学 大学院 大学院 ダブル ディグリー 拠点大学院 拠点大学院 第一線の 専門家派遣 ノウハウ提供 奨学金付与等 I T 企 インターン(実習) 業 若手・中堅 の派遣 入学 必要な予算措置 政策支援 等 海外大学 海外大学 学部 学部 ユーザー系企業 IT系 IT系 教授・教員 教授・教員 研究機関 研究機関 各種製造業(組込みソフトウェア) 経営系等 経営系等 機械系、電気系等 機械系、電気系等 政府 図 5-1 日本経団連による拠点大学院のイメージ (日本経団連による講演資料をもとに作成) 1.2 産業構造審議会における実践的 IT 教育に関する検討 経済産業省の産業構造審議会情報経済分科会情報サービス・ソフトウェア小委員会人材 育成ワーキンググループ(委員長:株式会社 CSK ホールディングス 有賀貞一取締役)で は、社会経済活動への IT の浸透、インフラ化、産業全般のグローバル大競争の激化等の構 造変化の中で、情報システム・ソフトウェア産業だけでなく、ユーザー産業も含め、IT 人 材の供給・育成についての将来展望が不透明になりつつあるとして、今後の産官学におけ る高度 IT 人材育成のあり方について重点的な検討が行われている。同ワーキンググループ では、わが国の高等教育機関における IT 教育について、近年、産業界と教育界は議論を深 め、具体的協力の試みを本格化させつつあるとしつつも、職業人に対する継続的・戦略的 な育成プログラム等を含めた全体戦略の展望が共有されているとは必ずしも言えず、その 結果、両者の役割についてコンセンサスが十分に形成されていないことが指摘されている。 また、実践的な IT 教育に関するカリキュラムの充実化が進む一方で、大学側の問題として、 システム開発経験、特に、複数人でのシステム開発経験のある教員が少ないことや、教え る内容をモデル化した適切カリキュラムや教材が少ないなどの問題が挙げられている。さ らに、企業人材の教員招聘における慣習的阻害や、教員の実践的開発のノウハウの学習機 会の不足などの問題に加えて、産業界側が、実践的教育の必要性を認識しつつも、大学教 育との連携に直接的メリットを見出し難いことから、従来、自ら資金や人員を提供するこ とについては必ずしも積極的でなかったことなども、実践的な IT 教育の促進を阻んできた 原因であるとしている。そのような課題に対し、わが国における自律的な高度 IT 人材育成 を促す全体的メカニズム(高度 IT 人材育成プラットフォーム)を構築し、高等教育機関の 189 みならず、その他教育機関においても、産業界に高度 IT 人材を供給するという役割を踏ま えて、産業界から、人材・スキルの提供を受けつつ、教育方法の高度化を図ることが期待 されるとしている。また、その際、高度 IT 人材に要求される知識体系が学問領域をまたが ることを踏まえ、ダブル・メジャー的な教育サービスの提供の仕組みが重要になると指摘 している。 具体的には、2007 年夏を目途に、産業界(ユーザー業界、ベンダ業界等)と経済産業省 が運営の責任主体となって、関係省庁や教育機関、学会関係者の協力も仰ぐ形で、専門的 かつ実践的な行動のための組織として産学官協議会を設置し、高等教育段階における実践 的なモデルカリキュラム(カリキュラム標準)の策定及び普及、社会科学系知識と情報工 学系知識、または、情報工学系知識と各種の工学系知識の同時獲得が可能なダブル・メジ ャー教育の普及・促進、ファカルティ・ディベロップメント(FD)支援方策、産業界と教 育界との人材交流促進策、スキル標準に示された業務実施上の知識・スキル体系と、情報 教育専門カリキュラムに示された知識・スキル体系との対応付け等を進めていくとしてい る。このような総合的な人材育成施策の実現には、産官学の IT 人材育成に対する深い共通 認識・コミットメントと実施を担保する仕掛けが重要となる。また、これらの施策が情報 サービス・ソフトウェア産業やユーザー企業の産業競争力強化という効果に結実するまで には相当の時間を要するため、その施策が、自律的に発展・機能するためのメカニズムの 具現化も早急に求められよう。 1.3 文部科学省による高度 IT 人材育成拠点の整備 文部科学省では、IT 分野、特に高度な専門性を有するソフトウェア技術者等の不足に対 し、学界・産業界の双方から、早急に効果的な人材育成・強化システムを構築する必要性 が指摘されていることを受け、大学院を対象とした「先導的 IT スペシャリスト育成推進プ ログラム」を実施している。これは、ソフトウェアの研究開発現場で直ちに求められる専 門的なスキルを有することはもとより、長期的な社会情勢の変化とそれに対する IT の変容 等に応じたソフトウェア開発に先見性をもって柔軟に対処し、企業等で先導的役割を担い 得る実力を備えた「先導的 IT スペシャリスト」の育成を行う拠点形成を支援・推進する事 業であり、2006 年度から 4 年計画(平成 18 年度 6.3 億円、平成 19 年度 7.9 億円)で進め られている。 平成 18 年度の募集には、全国から、合計 26 件(25 大学) (内訳:国立 18 件(17 大学)、 公立3件(3大学)、私立5件(5大学))申請があり、6件のプログラム(採択されたプ ログラムの体制・概要は表 5-2~表 5-4 参照)が採択された。「先導的 IT スペシャリスト 育成推進プログラム」は、①企業等で先導的役割を担い得る実力を備えた人材の育成を目 指している点、②単独の大学院ではなく、国公私立の大学院が他大学や産業界等の関係機 関との連携により拠点を形成し、教育研究機能充実していく点を重視している点が特徴で あり、2007 年4月から、実際に大学院に学生が入学し、教育が開始される予定となってい 190 る。採択されたプログラムを見ると、従来、大学院教育は研究活動が主体であったのに対 し、実際のソフトウェアやシステム開発、産業界での最先端の技術に関する教育に力点が 置かれている。また、教育手法に関して、PBL(Project Based Learning)や長期インターン シップなど、実践的な教育手法が取り入れられている点も特徴となっている。また、産学 連携の観点からは、日本経団連の重点協力校である筑波大学、九州大学での両プログラム に対して、それぞれ 10 以上の企業が連携企業として参加しており、本プログラムに対する 産業界の期待が非常に高いことがうかがえる。文部科学省が公表している文部科学省事業 評価書(平成 19 年度新規・拡充事業等)によれば、平成 18 年度は、組込みソフトウェア、 アーキテクト分野を対象としたのに対し、平成 19 年度は、これの分野に加え、情報セキュ リティ分野にも力を入れることが予定されており、わが国の IT 人材ポートフォリオ上育成 が必要な人材の教育研究基盤の強化が重点的に図られることとなっている。 文部科学省は、 「先導的 IT スペシャリスト育成推進プログラム」により、高度 IT 人材育 成プログラムが開発・実施されるとともに、その取り組みが、プログラムに参加している 複数の大学院に普及し、高度 IT 人材育成が推進されるという効果を見込んでいる。また、 教育プロジェクトの実績報告書や関連する検討会、フォーラム等の実施により、社会から の評価、他大学への波及効果の検証を通じて、教育プロジェクトの評価が行われる予定で ある。人材育成プログラムの継続的な改善という観点からは、開発された高度 IT 人材育成 プログラムの着実な実施と、その有効性評価、評価に基づく育成プログラムの継続的な改 善という PDCA サイクルを通じて、高度な実践的 IT 教育のインストラクショナル・デザ インを確立していくことが重要となる。特に、 「先導的 IT スペシャリスト育成推進プログ ラム」の“企業等で先導的役割を担い得る実力を備えた「先導的 IT スペシャリスト」の育 成”という目標を踏まえると、カリキュラム、教材の協同開発、最新技術の提供、第一線 技術者の教育現場への派遣、インターンシップ受入れなど、具体的育成プログラムでの産 学連携のみならず、産業界が求める具体的人材像の提示や育成プログラムの評価など、育 成プログラム促進の仕組み作りという面で産業界の果たす役割が極めて高いと言えるだろ う。 大学院 大学院 大学院 連 連 携 携 携 携 連 連 大学院 大学院 連携 携 連 大学院 大学院 産業界 人材育成拠点 大学院 大学院 携 携 連 連 連 連携 携 連携 連携 第一線の 第一線の 技術者・研究者 技術者・研究者 大学院 大学院 大学院 大学院 支援 支援 【育成分野】 【育成分野】 文部科学省 文部科学省 •財政支援 •財政支援 •プログラム推進のための検討 •プログラム推進のための検討 「先導的情報通信人材育成推進委員会」 「先導的情報通信人材育成推進委員会」 拠点大学の選定 拠点大学の選定 人材育成プログラムの評価 人材育成プログラムの評価 等 等 図 5-2 平成19年度 平成19年度 ・情報セキュリティ ・情報セキュリティ 平成18年度(継続) 平成18年度(継続) ・組込ソフトウェア、アーキテクト ・組込ソフトウェア、アーキテクト 先導的 IT スペシャリスト育成推進プログラム (文部科学省事業評価書から引用) 191 表 5-2 先導的 IT スペシャリスト人材育成推進プログラムの概要(1) (文部科学省ホームページおよび各大学ホームページから引用) 高度 IT 人材育成のための実践的ソフトウェア開発専修プログラム ホームページ http://www.cs.tsukuba.ac.jp/ITsoft/index.html 筑波大学 システム情報工学研究科 大学 電気通信大学 電気通信学研究科 東京理科大学 理工学研究科 (株)NTT データ、(株)日立製作所、(株)リコー、 (株)ルネサス テクノロジ、サン・マイクロシステムズ(株)、 企業 新日鉄ソリューションズ(株)、三菱電機(株)、 住商情報システム(株)、東京海上日動火災保険(株)、 日本電気(株)、日本ユニシス(株)、富士ゼロックス(株)、 マイクロソフト(株) 世界最高水準の先導的 IT スペシャリストを育成するために、実践的なソフトウェア開発技術の教育拠点 を形成する。筑波大学大学院システム情報工学研究科コピュータサイエンス専攻を核として、電気通信大 学、東京理科大学、産業界との有機的連携により、組み込みソフト系及びエンタープライズ系人材の育成 のための実践的ソフトウェア開発専修プログラムを設け、実習やプロジェクトワークに重点をおいた教育 を実施する。 情報理工実践プログラム ホームページ http://www.i.u-tokyo.ac.jp/ist_hands-on/ 東京大学 情報理工学系研究科 大学 東京工業大学 情報理工学研究科 国立情報学研究所 アーキテクチャ科学研究系 (株)日立製作所 、(株)東芝 、日本電気(株)、 企業 (株)富士通研究所、 (株)三菱総合研究所、 日立ソフトウェアエンジニアリング(株)、(株)NTT データ、 鹿島建設(株)、(株)東京大学エッジキャピタル 「情報理工実践プログラム」では、社会を先導する独創的ソフトウェアを開発することのできる技術創造 人材を見出して開発実践に導くとともに、ソフトウェア開発の下流から上流までを俯瞰して開発過程を設 計することのできる開発設計人材を養成する。基盤カリキュラムと先端的ツールを活用し、産学連携によ る実践工房において、技術創造と開発設計の相乗効果による先導的 IT スペシャリスト育成を達成する。 192 表 5-3 先導的 IT スペシャリスト人材育成推進プログラムの概要(2) (文部科学省ホームページおよび各大学ホームページから引用) OJL による最先端技術適応能力を持つ IT 人材育成拠点の形成 ホームページ http://www.agusa.i.is.nagoya-u.ac.jp/ocean/ 名古屋大学 情報科学研究科 大学 南山大学 数理情報研究科 愛知県立大学 情報科学研究科 静岡大学 情報学研究科 トヨタ自動車(株)、(株)デンソー、ブラザー工業(株)、 企業 富士電機リテイルシステムズ(株)、東京エレクトロン(株)、 (株)オートネットワーク研究所 計算機科学及び情報通信の基礎の上にソフトウェア工学を系統的に修め、最先端ソフトウェア技術に柔軟 に適応し、その応用及び技能への転化を可能にする人材の教育プロジェクトを提案する。ソフトウェア工 学をメタ技術の観点から教授し、それを実際のソフトウェア開発へ適用するメタ技術展開力を、PBL と OJT の融合概念と位置付ける OJL(On the Job Learning)により涵養する教育カリキュラムである。 高度なソフトウェア技術者育成と実プロジェクト教材開発を実現する融合連携専攻の形成 ホームページ http://IT-spiral.ist.osaka-u.ac.jp/ 大阪大学 情報科学研究科 京都大学 情報学研究科 高知工科大学 工学研究科 奈良先端科学技術大学院大学 情報科学研究科 大学 兵庫県立大学 応用情報科学研究科 立命館大学 理工学研究科 和歌山大学 システム工学研究科 神戸大学 自然科学研究科 大阪工業大学 情報科学研究科 企業 (株)オージス総研、(株)日立製作所、 (株)日立システムアンドサービス、(株)NTT データ 情報通信技術、特にソフトウェアの高度な技術者育成を目標とし、ソフトウェア工学分野で教育・修得す べき内容をより豊富にかつ体系的・実践的に教育課程に取り込むため、関西圏の情報系 7 大学院に分散し ている該当分野の卓越した専門家群を結集し、融合連携型専攻を構築する。特に重要視する実践的教育に ついては、参画企業と協働して、教科書的例題ではなく現実の開発プロジェクトそのものを教材として開 発し、適用する。 193 表 5-4 先導的 IT スペシャリスト人材育成推進プログラムの概要(3) (文部科学省ホームページおよび各大学ホームページから引用) 次世代情報化社会を牽引する ICT アーキテクト育成プログラム ホームページ http://cl.is.kyushu-u.ac.jp/qITo/wiki.cgi 大学 九州大学 システム情報科学府 九州工業大学 情報工学研究科 熊本大学 自然科学研究科 宮崎大学 工学研究科 企業 日本IBM(株)、 富士通(株)、(株)東芝、 新日鉄ソリューションズ(株)、東京海上日動火災(株)、 日本電気(株)、マイク ロソフト(株)、(株)NTT データ、(株)日立製作所、 日本ユニシス(株)、日本電信電話(株)、(株) SRA 先端技術研究所、 (株)ルネサス・ソリューションズ、(株)東陽テクニカ、 サン・マイクロシステムズ(株)、NEC 通信システム(株)、 パナソニック・コミュニケーションズ(株)、安川情報システム(株) 次世代情報化社会を牽引する情報通信技術(ICT)の指導的技術者を育成する.社会における ICT の位置 づけを理解し、幅広い知識と高い倫理観と高度な技術レベルを兼ね備えた人材を養成するために,先進的 かつ体系的なカリキュラムを開発する.九州工業大学と緊密に連携し、日本経団連の全面的支援,地域の 産業界や自治体および周辺大学との協力体制に基づき、PBL を中心とした実践系科目を充実させ、学生の 主体性を伸ばす。 先端 IT スペシャリスト育成プログラム ホームページ http://www.sfc.keio.ac.jp/students_soukan/researchprojects/itspecialist.html 大学 慶應義塾大学 政策・メディア研究科 早稲田大学 理工学術院 中央大学 理工学研究科 情報セキュリティ大学院大学 情報セキュリティ研究科 企業 日本電信電話(株)、日本 IBM(株)、(NPO)Mozilla Japan 慶應義塾大学、早稲田大学、NTT、日本 IBM、Mozilla Japan の産学 NPO 連携により、先端ネットワーク、 大規模分散システムや新 IT 応用システムを構築でき、実践的な IT スキルを備えたスペシャリストを養成 する。特に、学生参加型の研究プロジェクトやインターンシップを通じて実践的な力を養い、合同プロジ ェクトレビューにより、幅広い視点でシステムを分析・評価・検証でき、先導的な役割を担える人材を育 成する。 194 1.4 情報処理標準カリキュラムに関する動向 (1) 情報処理標準カリキュラム策定の経緯 社団法人情報処理学会(以下、情報処理学会)では、わが国の大学等の高等教育機関に おける情報処理教育について随時検討が重ねられており、各教育機関の情報処理教育カリ キュラムの開発・実施において参照される、標準的なカリキュラムの策定を進めてきた。 歴史的に見ると、1990 年には、J90 と呼ばれる情報処理標準カリキュラムが発表され、 その後 1997 年には、第 2 世代の情報専門学科標準カリキュラム J973が発表された。 わが国の情報処理標準カリキュラム策定の流れは、1960 年代から続く、米国の情報処理 標準カリキュラム策定の流れ4を追う形で進められてきた。J97 は、米国の情報処理標準カ リキュラムである CC1991(Computing Curriculum 1991)を参考に策定された。さらに、米 国では、その後、1990 年代におけるインターネット利用の飛躍的拡大、Web 等の発展普及 等の IT 分野におけるパラダイムシフトへの対応、情報処理教育におけるエンジニアリング 的側面の充実を図るため、2001 年に CC2001 が策定され、コンピュータエンジニアリング 分野の改善等が進められた。その後、2005 年には、最新カリキュラムである CC2005 が公 表されるに至っている。 CC2001 では、情報処理教育が、CS(Computer Science)、CE(Computer Enginerring) 、 SE(Software Engineering) 、IS(Information Systems)に体系化され、CC2005 では、それら の 4 分野に IT(Information Technology)が加わった。CC1991 までの標準カリキュラムでは、 計算機科学を対象とした CS 分野が中心であったのに対し、CC2001 や続く CC2005 では、 CE、SE 分野等のエンジニアリング的側面の強い分野が、明示的にカリキュラムに組み込 まれた。また、組織の情報化を意識した IS 分野や IT 基盤の高度利活用・維持管理を扱う IT 分野に対する標準カリキュラムが策定されるなど、IT に関する社会的なニーズに則して カリキュラムが体系化された点が大きな特徴となっている。 わが国では、情報処理学会が J97 を公表してから約 10 年が経過し、その間、情報技術に 関する飛躍的な発展、技術技術の社会インフラ化が進んだ。このような状況の中、高度情 報技術者育成の重要性が一層増大し、わが国の情報処理標準カリキュラムの見直しが、情 報処理学会で始まっている。具体的には、情報処理学会の情報処理教育専門委員会(委員 長:早稲田大学理工学術院 筧 捷彦教授)の下に、情報専門学科標準カリキュラム策定プ ロジェクト J07 が発足し、2007 年度を目処に、標準的なカリキュラムを公表することを目 標として検討が進められている。 (2) 情報専門学科標準カリキュラム策定の経緯 情報処理学会の情報専門学科標準カリキュラム策定プロジェクト J07 では、米国におけ 3 4 大学の理工系学部情報系学科のためのコンピュータサイエンス教育カリキュラム J97(第 1.1 版) (社)情報処理学会(1999) (http://www.ipsj.or.jp/12kyoiku/J97-v1.1.pdf) Currculumn68, 78 は ACM(Association for Comuting Machinery)により策定され、CC91 以降は、ACM と IEEE(The InstITution of Electrical and Electronics Engineers)が共同でカリキュラムを策定している。CC2005 では、ACM、IEEE に 加え、The Association for Information Systems (AIS)が策定に参画している。 195 る最新の情報処理標準カリキュラムである CC2005 等も参考にしながら、わが国における 標準的な情報処理教育カリキュラムを策定することを目標に、分野毎に複数の専門家から 構成される委員会を設け、各分野の標準的なカリキュラムの策定を進めている。 J07 の策定にあたっては、①当該分野のカリキュラムの国際的な整合性に十分配慮する、 ②カリキュラムの端から端までを縛るのではなく、最低限どのような知識をどの深さまで 習得することを目標とすべきかを定める、などの原則をふまえ、具体的な科目配置・履修 学年等は一例を示すに留めることなどを方針として掲げている。このような方針は、教育 プログラムの認定(例えば、日本技術者教育認定制度5)においては、教育機関の自主性・ 創造性を最大限尊重し、教育方法の開発・実施は、それぞれの教育機関が担うべき役割と していることに呼応するものである6。2007 年 3 月に公表された中間報告によれば、J07 も CC2005 と同様、カリキュラム全体が CS(Computer Science) 、CE(Computer Enginerring) 、 SE(Software Engineering) 、IS(Information System)、IT(Information Technology)の5つの 領域に体系化されている。2007 年 3 月の段階では、各領域で扱う知識項目(又は知識体系: Body of Knowledge=BOK)が洗い出され、それぞれの教育プログラムが教育・学習の対象 とすべき中核項目(Core)が選定されている。今後、知識項目のブラッシュアップととも に、対象とする知識の習得目標、具体的な科目配置・履修学年などのカリキュラム例の策 定が、2008 年 3 月を目処に進められる予定である。 (3) 情報専門学科標準カリキュラム J07 の知識項目 情報専門学科標準カリキュラム J07 を構成する5つの領域、CS(Computer Science) 、CE (Computer Enginerring) 、SE(Software Engineering)、IS(Information System)、IT(Information Technology)別の知識項目の概要は、下記の通りである。 ① CS(Computer Science)領域 J07 では、CS 領域を、情報処理とコンピュータに関する基本的な内容を、理論的および 実際的観点から系統的に扱う研究・教育分野であると規定している。また、今回のカリキ ュラム策定にあたっては、わが国の CS カリキュラムと比較して、米国の CS カリキュラム が、ソフトウェア工学、データベース、離散数学に関する内容の教育が手厚いことが意識 されている。J97 との相違点としては、①科目ではなく BOK を定めている点、②領域、ユ ニット、トピックから構成され、ユニットでは、内容(トピック)と学習目標を設定し、 ユニットの組み合わせにより科目を特徴付けている点、③コアユニットを設け、 「必修」的 な考え方が盛り込まれている点、などが挙げられる。 5 6 大学など高等教育機関で実施されている技術者教育プログラムが、社会の要求水準を満たしているかどうかを外部機 関が公平に評価し、要求水準を満たしている教育プログラムを認定する専門認定(Professional Accreditation)制度であ る。同認定制度(通称:JABEE 認定)は、日本技術者教育認定機構(JABEE : Japan Accreditation Board for Engineering Education/設立 1999 年 11 月)が、技術系学協会と密接に連携しながら技術者教育プログラムの審査・認定を行って いる。 情報専門学科標準カリキュラム中間報告(社団法人情報処理学会 J07 プロジェクト連絡委員会) 196 表 5-5 には、J07 および CS2001(CC2005 の諸領域のうち、CS 領域は他領域に先行して 策定されたため CS2001 が最新である)における BOK の領域をコア時間数の比較を示した。 J07 では、知識体系の領域として、マルチメディア表現(MR)が設けられた点も特徴的で ある。コア時間数は、CS2001 と比較して少なくなっているが(対比:14%減)これは、一 般にわが国の理工系学部カリキュラムは、米国と比較して、選択専門科目が多く、卒業研 究の占める時間数が大きいという事情が配慮されていることによる。 表 5-5 略称 領 CS 領域の知識体系 域 ユニット数 コア 時間 参考:CS2001 コア時間 DS 情報の基礎となる数学など 8 41 43 PF プログラムの基礎 5 38 38 AL アルゴリズムの基礎 10 18 31 AR アーキテクチャと構成 9 33 36 OS オペレーティングシステム 13 15 18 NC ネットワークコンピューティング 7 14 15 PL プログラミング言語 11 19 21 HC ヒューマンコンピュータインタラクション 8 8 8 MR マルチメディア表現 6 3 0 GV グラフィックスとビジュアルコンピューティング 8 3 3 IS インテリジェントシステム 10 3 10 IM 情報管理 14 14 10 SP 社会的視点と情報倫理 10 11 16 SE ソフトウェア工学 12 20 31 CN 計算科学と数値計算 合計 4 0 0 135 240 280 ※ MR は CS2001 には存在せず、J07-CS で設けられた領域 DS 50 CN PF 40 MR AR 30 20 GV SE 10 0 IS PL HC AL SP OS IM 図 5-3 NC J07-CS1、CS2001 領域別コア時間数比較(実線:J07-CS、点線:CS2001) 197 ② IS(Information System)領域 情報技術の利活用が進展する中、情報の管理、組織の効率的・効果的なサポートのため の情報技術、情報システムの適切な活用が求められ、これら事項に関する専門家の育成が 必要となっている。IS 分野は、そのような専門家に求められる能力育成を図る分野と規定 され、そのための知識体系が ISBOK と呼ばれている。 公開された ISBOK は、大項目から小項目までの3レベルで知識項目が展開されており、 大項目は、情報技術の基礎的な側面、組織や管理に注目した組織的な側面、情報システム の仕様・設計・実装・運用などに焦点をあてたシステム理論と開発の側面の、3つの側面 から整理されている。J07 の ISBOK は、IS97 の BOK に「社会や技術の変化、わが国固有 の教育事情」を加味し、体系化されている。 表 5-6 IS 領域の知識体系(J07-ISBOK) レベル1(大項目) 情報技術 組織と管理概念 システムの理論と開発 レベル2(中項目) レベル3(小項目)数 コンピュータアーキテクチャ 6 アルゴリズムとデータ構造 10 プログラミング言語 7 オペレーティングシステム 13 通信 12 データベース 13 人工知能 5 組織理論一般 7 情報システム管理 17 意思決定理論 5 組織行動 8 変革プロセスの管理 4 IS の法的、倫理的側面 8 プロフェッショナリズム 7 個人的または対人関係の技能 10 システムと情報の概念 6 システム開発へのアプローチ 5 システム開発の概念と方法論 7 システム開発ツールと技術 3 アプリケーション計画 5 リスク管理 3 プロジェクト管理 15 情報とビジネスの分析 3 情報システム設計 7 システムの実装とテストの戦略 9 システムの運用と維持 4 特殊な情報システムの開発 合計 10 209 198 ③ CE(Computer Enginerring)領域 CE 領域の知識体系は、米国の CE 分野の標準カリキュラムである CE2004 を参考に、わ が国の産業の状況をふまえたものとなっている。 CE2004 では、CE 領域を、現代のコンピュータシステムとコンピュータ制御機器に使用 されているソフトウェアとハードウェアの要素の設計、組み立て、実装および維持する科 学/技術を扱う分野として定義しており、カリキュラムも、そのための人材を育成するも のとなっている。これ対して、J07 の CE 領域では、カリキュラムによって育成される人材 として、コンピュータそのものを開発する人材ではなく、組込み技術を扱う人材を想定し ており、この点に、わが国独自の産業構造に対する配慮が見られる。 表 5-7 CE 分野の知識体系 略称 コンピュータ工 学の知識領域と ユニット 数学の知識領域 とユニット 知識領域 コア時間 CE-ALG アルゴリズム 9 25 CE-CAO CE-CSG CE-DBS コンピュータのアーキテクチャと構成 回路および信号 9 17 データベースシステム 8 38 18 5 CE-DIG デジタル論理 10 29 CE-DSP デジタル信号処理 10 17 CE-ESY 組込みシステム設計 24 30 CE-HCI ヒューマンコンピュータインタラクション 13 7 CE-NWK テレコミュニケーション 16 22 CE-OPS オペレーティングシステム 10 22 CE-PRF プログラミング 8 14 CE-SPR 社会的な観点と職業専門人としての問題 15 16 CE-SWE ソフトウェア工学 11 16 CE-VLS VLSI の設計および製造 11 8 CE-DSC 離散数学 6 23 CE-PRS 確率・統計 11 15 188 305 合計 ④ ユニット数 SE(Software Engineering)領域 情報システムや組込みシステム等、ソフトウェアの重要性が増す中で、ソフトウェアの 生産性、信頼性向上に対する要求が高まっている。そのため、ソフトウェアエンジニアリ ングに関する専門教育の充実が求められている。 J07 の SE 教育では、ソフトウェアやシステム開発における実践(エンジニアリング)的 観点(開発ライフサイクル全体の網羅、品質・生産性・コストの重視、人間およびチーム による開発)が重視されている他、 「ものの考え方」を身につける学問として、モデリング、 V&V・プロセス改善、マネジメントや実践に必要な概念を幅広く習得することを目指して いる。これまでにも、情報処理学会では、大学学部での SE 教育に必要な BOK として、米 199 国の CCSE を日本向けにアレンジしたモデルカリキュラム(Jpn17)を既に提示しているが、 Jpn1 は学習内容が多く、わが国の学部教育のカリキュラム時間数の制約等により、現実的 な学部教育への導入は難しいと指摘されてきた。そのため、今回の標準カリキュラム策定 では、J07-SE を Jpn1 のサブセットと位置づけ、SE 専門教育の学部教育への導入に対して、 さらなる配慮が加えられている。 表 5-8 SE 領域の知識体系 Jpn1 対応 BOK サブユニット数 単位数 確率・統計 3 0 0 離散数学 論理と推論・計算理論 コンピュータ基礎 4 5 2 2 2 2 22.5 22.5 22.5 2 2 1 2 10 2 知識カテゴリ名 情報科学基礎知 識項目 オペレーティングシステム基礎・デー タベース基礎 ネットワーク基礎 一般工学基礎 データ構造とアルゴリズム・プログラ ミング言語基礎 ソフトウェア構築 ソフトウェア・ エンジニアリン グ知識項目 22.5 22.5 22.5 22.5 9 2 20 2 22.5 ソフトウェアモデリングと要求開発 3 2 22.5 ソフトウェアアーキテクチャ ソフトウェア設計とソフトウェア・エ ンジニアリングソフトウェア V&V 形式手法 4 2 5 2 22.5 22.5 7 2 22.5 開発プロセスと保守 9 2 22.5 3 2 ソフトウェア品質とエンジニアリン グエコノミックス ソフトウェア開発マネジメント 16 合計 ⑤ 時間数 22.5 2 22.5 30 337.5 IT(Information Technology)領域 IT 領域は、企業等の組織における IT 基盤の構築・維持に必要な知識を扱う領域と規定 され、将来、IT ベンダー、ユーザー企業における IT 分野の技術支援(ネットワーク、デ ータベース、セキュリティ、ヒューマンコンピュータインタラクション、Web 技術など) を行う人材を育成することを目指したカリキュラムが検討されている。 今回策定された知識体系は、IT 領域を対象とする学科における2・3年次の約 1.5 年間 の専門課程を想定して策定された。 7 Jpn1 は、JABEE 認証と ABET の認証を意識したモデルカリキュラムとなっている。 http://blues.se.uec.ac.jp/acc-se/IPSJ-SE-Curriculum.html に公開。 200 表 5-9 略称 IT 領域の知識体系 エリア(知識領域) ユニット数 コア時間 ITF IT 基礎 6 33 HCI IAS IM ヒューマンコンピュータインタラクション 情報保証と情報セキュリティ 7 11 情報管理 6 20 23 34 IPT 技術を統合するためのプログラミング 7 24 NET ネットワーク 6 20 PF プログラミング基礎 6 38 PT プラットフォーム技術 6 14 SA システム管理とメインテナンス 4 11 SIA システムインテグレーションとアーキテクチャ 7 21 SP 社会的な観点とプロフェッショナルとしての課題 9 23 WS Web システムとその技術 6 21 81 282 合計 201 2. 世界の IT 専門教育動向 情報技術が急速に発展する中、情報技術分野の先進国である米国では、高等教育機関に おける情報系教育が専門分化し、伝統的なコンピュータサイエンス教育だけでなく、ソフ トウェアエンジニアリング教育の充実化が図られている。また、コンピュータ関連学部へ の入学生の減少傾向や、情報技術の他産業への浸透による産業界のニーズの変化に応える ため、コンピュータサイエンスとその応用分野の専門教育を組み合わせた教育を導入する 動きも強まっている。一方、韓国、インド、中国等のアジア諸国では、IT 産業の競争力強 化を目指して、産官学連携により IT 専門教育の強化を進めている。 本章では、これら諸国の IT 専門教育に関する動向を紹介し、世界における IT 専門教育 動向を俯瞰する。 2.1 米国における情報系教育8 コンピュータ関連学部の学部長等から構成されるコンピューティング・リサーチ・アソ シエーション(Computing Research Association:CRA)では、2004 年の会議において、コ ンピュータ関連学部に対する入学者数の減少と、企業側の大学に対する要求の変化への対 応が議論され、その中で、「“コンピュータサイエンス学部には、内向的な人材が巣食い、 部屋に引きこもっている”というような誤ったイメージの払拭が重要である」との結論が 出された。また、その上で、「これからの IT 人材には、部屋を飛び出し、さまざまな人と さまざまな方法で連携することが求められている。そのため、コミュニケーション能力と 問題解決能力が不可欠なスキルである」として、 「CS+X」 (コンピュータサイエンス(CS) プラス他分野の学問(X))と呼ばれる教育の実現が進められている。また、多くのコンピ ュータ関連学部では、技術系企業に勤める卒業生や、一般企業の CEO、CIO などの有識者 で構成される諮問委員会を学内に設置し、カリキュラム等に対するアドバイスを受けるな ど、教育改善や改革のための活動を強化している。表 5-10 には、最近の米国の大学にお ける情報系教育改革の事例や課題を示した。 2006 年に開催された CRA の会議では、 「ソフトウェアのグローバリゼーションとオフシ ョアリング」、「コンピュータサイエンス教育におけるグローバリゼーションの影響」につ いてのセッションが設けられ、グローバリゼーションの米国に対する影響について議論が 行われた。この中では、オフショアリングは IT 分野のグローバリゼーションの一つの兆候 にすぎないとして、グローバリゼーション時代における米国大学の対応について検討され ている。米国では、IT のグローバリゼーションは当然の流れとして理解され、教育内容や 大学のあり方を含めて、グローバリゼーションにいかに対応していくかが、議論の焦点と なっている。具体的には、急速な市場変化に対して、大学教育がスピーディに対応できな いことや、教育のアウトカム(卒業生のキャリア)に関するデータが存在しないことなど が、現在の大学教育に関する問題であることが指摘されている。また、コンピュータサイ 8 Computing Research Association ホームページから(http://www.cra.org/) 202 エンス学部の入学者数の減少に対して、減少は周期的であるとしながらも、その対応策と して、高校生に対する CS 分野のコンテストの開催、リクルーティング活動の強化、大学 1~2年次の教育カリキュラムの改善などの必要性も議論されている。 203 表 5-10 大学名 米国における情報系教育改革の事例・課題 概要 オフショア化による技術者の雇用形態の変化と SOA 等に代表される技術トレンドの変化を背景に教育プログラムに変革が必要であるという認識の 下、世界規模で人材やサービスを管理する時代を意識して、修士教育プログラムを全面改訂した。このプログラムでは、プロジェクト管理、プロセ ジョージア州立大学 ス改革、システム統合のコースを必修科目として選定し、 「海外のプログラマを使いこなすためのスキル」の養成に力点を置いている。技術面では、 ロビンソンビジネスカレッジ SOA 教育にフォーカスし、プログラミングコースは .NET フレームワークをベースとしている。今後、医療情報技術、無線技術に関するコースを開 設する予定。改革の背景には、学生数が 2000 人から 650 人まで減少したという事実があり、最新のカリキュラムを組むことで、教育機関としての 魅力向上を図っている。 オハイオ州立大学 ペアリングによって課題に取り組むことで、コミュニケーションスキルの醸成を目指している。システム・ソフトウェア設計の授業でも、3~5人 コンピュータサイエンス& のチームによる作業を導入。カリキュラム修了にあたっては、口述試験と筆記試験の両方にパスすることを求め、コミュニケーション能力の育成を エンジニアリング学部 意識している。しかし、ビジネススキルの開発については、対応が不十分であるとの認識を持ち、充実化を検討している。 IT と人との関係を研究する社会情報科学や、組織の IT システムのあり方を研究する組織情報科学を必須科目としている。また、副専攻科目として、 204 インディアナ大学 情報科学スクール等 社会科学系の科目の単位を取得することを義務付け、学生が幅広いスキルを身に付けられるよう配慮している。業種・業界知識と IT の知識を複合 的に備えた人材の育成を行うため、IT を特定の領域に関連づける授業を増やす方針である。同大学のように、伝統的なコンピュータサイエンスとは 一線を画して、より複合的な教育プログラムを目指す IT 系の学部が、全米で 40~50 で開設されている。これらのコースでは、コンピューティング コースとビジネス系、社会科学系のコースを連携させるなど学際的なアプローチを採用している。 ボストン大学 MBA と情報システム修士を同時に取得することができるプログラムを開設。IT と、マーケティングや金融等のビジネスとの連動が重要であるとい マネジメントスクール う理念に基づく。 カリフォルニア大学 MBA プログラム プリンストン大学 工学・応用科学スクール コンピュータサイエンスとビジネスの両分野を連携させた新しい MS コースを創設する予定である。IT 技術者がビジネスを知るだけでなく、経営を 専攻する学生にとっても、IT に関する一定の知識は必要不可欠との理念の下、今後は MBA コースが、より深く IT を取り込んでいく方針となって いる。 コンピュータサイエンス専攻の学生により幅広い知識を習得させるべく、数学、物理、生物学とコンピュータサイエンスを合体させた生物情報科学 コースを新設している。企業が年間 5,000~2 万 5,000 ドル拠出すれば、一日講座を開くことが可能となっている。企業は、優秀な学生を見つけるこ とができるとともに、学生や教授が興味のある分野をリサーチできる機会にもなっている。 ミシガン大学 ビジネスと IT の融合に対するニーズは高いが、これを教授できる教員の絶対数が不足している。ビジネススクールの教授陣で、工学やコンピュー 情報スクール タサイエンスの学位を所得し、テクノロジを使う現場経験を有する人材は少ない。 引用:CIO Magagzine 2005 年 12 月号(IDG Japan) 2.2 アジア諸国における情報系教育9 (1) 韓国における情報系教育 韓国では、1997 年に、IT 産業の競争力強化を目的として、政府(情報通信部)の主導に より、大手 IT 企業や電子通信研究所(ETRI)が連携して、IT 分野のトップ人材を育成す るための大学 Information and Communications University(ICU:情報通信大学)が設立され た。同大学は、IT に関するトップ人材の育成を目標として掲げており、カリキュラムの一 部について米国のカーネギーメロン大学と提携し、グローバルレベルで競争力を持つ IT 人材の育成を目指している。さらに、同大学では、教員の大部分が実務経験を持ち、産業 ニーズをふまえたカリキュラムの継続的な改善を行っている他、専門的技術分野以外の科 目の履修を義務化するなど、学際的な教育を展開している。また、連携する IT 企業も、共 同研究だけではなく、奨学金の支給や長期インターンシップの受け入れも行うなど、産学 の間でも積極的な連携が行われている。なお、現在も、韓国政府は、IT 戦略「Broadband IT Korea Vision 2007」において、高度 IT 人材の育成を明確化し、政府予算を集中的に投入し ている。 (2) インドにおける情報系教育 インドでは、ソフトウェア産業の育成強化を国家的戦略と位置付け、 「第 10 次5ヶ年計 画」に、2兆 1,300 億ルピー(約5兆 6800 億円)というソフトウェアの生産目標を掲げて いる。また、2008 年までに、ソフトウェア及び IT サービス輸出を、80 億ドルから 870 億 ドルにまで拡大する計画を立てている。インドにおけるソフトウェア産業の急成長は、高 い英語の普及率や数学教育の水準の高さに加えて、比較的低コストな労働力が原動力とな っている。IT 分野の教育においても、Indian Institute of Technology(IIT:インド工科大学)、 Indian Institute of Information Technology(IIIT:インド情報技術大学院大学)等の、ハイレ ベルな高等教育機関が設立されている。 IIT では、6ヶ月に及ぶインターンシッププログラムや、夏季6週間の実践形式のワー クショップ等、理論と実践の統合を促すための教育が導入されている。 IIIT は、1998 年に、ソフトウェア輸出の拡大に伴う産業界からの要請によって、実践的 な人材の育成を目的に設立され、自由度の高いカリキュラムやプロジェクト形式の学習の 導入等に特徴を持つ。IIIT では、欧米の IT 企業(IBM、ORACLE 等)や国内の有力企業等 が、大学内に独自のラボを設け、教員・学生を交えて、産学共同の研究が行われている。 また、企業から同大学の学生に対する奨学金の提供も多く、様々な形式の産学連携により、 高度な IT 人材育成が進められている。 9 参考資料:アジア情報化レポート 2005(韓国、中国、インド)財団法人 国際情報化センター(CICC)発行 (平成 17 年 7 月) 205 (3) 中国における情報系教育 中国では、2002 年に「ソフトウェア産業振興アクションプラン(2002~2005 年)」を公 布し、その中で、ソフトウェア人材育成が最重要課題と位置付けられ、80 万人のソフトウ ェア人材を育成するという目標が掲げられた。このような政策に基づき、中国教育部と情 報産業部は、清華大学・北京大学等、国内 35 の大学において、モデルとなるソフトウェア 学院を設立した。これらのソフトウェア学院には、大手外資系企業(IBM、Microsoft、 ORACLE 等)が参画している。 中国のトップ大学の一つである清華大学は、学内に 10 の教育研究所と8の共同研究所を 有する。同大学のソフトウェア学部(THSS:Tsinghua University, School of Software)には、 Lenovo ソフトウェア部、Yong-You ソフトウェア、Tsinghua TongFang 等の国内有力企業が 連携し、海外企業での一年間に及ぶ長期インターンシップも実施されている。このように、 中国では、産学の強固な連携の下で、国家施策として、実務志向の IT 専門家の育成が行わ れている。 上記諸国については、いずれも、情報サービス・ソフトウェア産業を国内の一大成長産 業と位置付け、産業振興を目的とした人材育成に国家的課題として取り組んでいる点や、 人材確保や市場展開を目的として、国内・海外の有力な IT 企業が、高等教育機関での実践 的教育に積極的に関わっている点が共通している。 わが国では、中国やインド等の IT 企業に開発業務の一部を委託するオフショア開発が 着実に進みつつあり、これら諸国の IT 人材育成強化は、現地における能力の高い人材の確 保という観点からは歓迎すべきことであると言える。しかしながら、その一方で、オフシ ョア開発の進展や、優秀な人材を背景としたこれらオフショア先企業の国内市場への進出 は、わが国の情報サービス・ソフトウェア産業に対する脅威となる可能性もある。したが って、今後のグローバル化の流れの中で、わが国の情報サービス・ソフトウェア産業が競 争力を高めていくためには、わが国の高等教育機関における情報工学系教育のあり方を見 直していくことが、喫緊の課題であると言えるだろう10。 10 オフショアの内容は、国内銀行のシステムの全面構築(オープン系プラットフォームでのリテール業務向けの銀行 システムを 10 カ月で構築)といった内容にまで拡大している。 206 2.3 各国主要大学における情報系学科の教育内容比較 図 5-4 には、諸外国の主要大学における情報系専門教育と、我が国における主要大学の 情報系専門教育を、米国の標準カリキュラムである CC2001 の知識項目と比較した結果を 示した。 この比較から、日本の情報系専門学部のカリキュラムでは、実践面での基礎となる分野 が手薄であり、特に、ソフトウェアの基礎とも言える Programming Fundamentals(プログ ラミング基礎)の分野が脆弱な傾向にあることが把握される。また、その学部・学科の創 立経緯から、カリキュラム構成に偏りが見られることも分かった。例えば、A大学のカリ キュラムは、比較的バランスが取れているが、制御系の学部を母体としているため人工知 能関連の授業等、Intelligent Systems(知的システム)の比重が大きい。また、B大学は、 数理系学科と工学系学科が統合されて誕生した学科であるため、カリキュラム全体として は、比較的バランスが取れているが、Programming Fundamentals(プログラミング基礎)の 分野が弱い。その他、C大学は、応用数学系の学科であるため、理論科目の比重が大きい ことや、D大学は、数理系学科として設置されているため、離散数学や数値解析の分野の 比重が大きいこと、などが読み取れる。 これらとは対照的に、海外の大学では、基礎的な分野、特に Discrete Structures(離散数 学)から Architecture and Organization(アーキテクチャと計算機構成))が充実している。 特に、インド工科大学のカリキュラムは、CS2001(CC2001)のカリキュラム内容をバランス よくカバーしており、CS2001 を強く意識して作成されていると見られる。 その他、海外大学では、それぞれ特徴的なインターンシップがカリキュラムに導入され て、産学による実践的 IT 教育が行われている。 207 DS temp CC-Core CN 必須 0.3 0.2 SE 基礎↓ 0.15 DS temp CC-US PF US モデル 0.25 AL CN AR OS IS IS PL SE SP temp CMU学部 PF 0.3 0.25 0.2 0.2 SE AL 0.15 0.15 0.1 0.1 AR SP 208 IS CN AL SE AR SP temp 京大学部 B大学 PF 0.2 0.3 0.15 0.1 AR 0.05 SP OS IS NC GV CN AL SP 0.3 0.15 0.1 0.1 AR SP GV PL HC AR IM OS IS NC GV PL HC DS temp D大学 東工大学部 PF CN 0.3 PF 0.25 AL 0.2 SE AL 0.15 AR 0.05 0.1 SP AR 0.05 0 NC AL 0.05 PL 0.2 SE PF 0 0.15 IS 図 5-4 AR 0.25 OS PL 0.1 0.1 DS temp 東大学部 C大学 PF IM HC 0.15 NC 0 IM SE AL 0.15 GV 0.05 0 0.2 0.2 HC 0.2 SE 0.25 IS 0.25 AL 0.3 0.25 OS PL DS CN CN 0.05 HC DS DS temp 清華学部 PF IM NC GV PL 0.3 0 IS 0.25 SP DS temp IIT学部 PF OS HC 0.3 PL HC IM NC GV 日本 NC 0 OS SE IS GV 0.05 0 CN OS PL 0.25 IM temp 北大学部 A大学 IM DS CN AR 0.05 HC 0.05 海外 SP NC GV DS 0.3 AL 0 OS HC CN 0.2 0.1 AR 0.05 IM NC GV PF 0.15 0 IM 0.3 0.25 SE 0.1 SP 0 temp MIT学部 CN 0.15 0.05 CC2001 英国等モデル AL DS:Discrete Structures (離散数学) PF:Programming Fundamentals (プログラミング基礎) AL:Algorithms and Complexity (アルゴリズムと計算量) AR:Architecture and Organization (アーキテクチャと計算機構成) OS:Operating Systems (オペレーティングシステム) NC:Net-Centric Computing (コンピュータネットワーク) PL:Programming Languages (プログラミング言語) HC:Human-Computer Interaction (ヒューマンインタフェース) GV:Graphics and Visual Computing (グラフィックスとビジュアル計算) IS:Intelligent Systems (知的システム) IM:Information Management (情報管理) SP:Social and Professional Issues (社会と職業) SE:Software Engineering (ソフトウェア工学) CN:Computational Science (数値計算) DS temp CC-Dis PF 0.2 SE 0.1 SP 0.3 0.25 0 IM OS IS NC GV IM OS IS PL HC NC GV PL HC CS2001(CC2001)をベースとしたカリキュラムの国際比較結果 (資料:公開情報を元に経済産業省の委託を受けたみずほ情報総研が作成したもの。大学によってシラバス等での記載情報にバラツキがあるため一部推定が含まれる) 表 5-11 大学名 海外大学におけるインターンシップの事例 国名 インターンシップの内容 【名称】Corporate Studio Sponsors カーネギーメロン大学 米国 【内容】本学がもつ高度な技術を利用して、最終的に新製品として発売することが可能な水準の製品プロトタイプを開発する。高品質 で欠陥のないソフトウェアを開発する技術を持つため、多くの企業が MSE のスタジオプログラムを後援している。 【名称】EECS VI-A Internship Program 【実習先企業】Compaq、IBM、Motorola、Philips、等 【対象学年】第 3~第 5 学年までの 3 回の夏学期、および、第 3~第 5 学年までの春または秋学期のうちの 1 期 マサチューセッツ工科大学 米国 【内容】単位付与および報酬支給あり。正式参加許可者には、企業実習に対する選択科目の履修単位が付与され、さらに実習先企業で 24 単位の工学修士論文を書き上げれば、5学年修了時に電気工学とコンピュータサイエンスの学士号および修士号が与えられる。本プ ログラム終了後、学生がその企業へ就職する義務も、企業がその学生を雇用する義務もないが、多くの学生がその企業に就職している という実態がみられる。 【名称】Summer Vacation Work and Internships 【実習先企業】Accenture、Data Connections、IBM、Rolls Royce、等 ダブリン大学 アイルランド 【内容】インターンシップ先企業によって対象学年・実習期間・報酬等は異なる。例えば、IBM のダブリンソフトウェア研究所では、 209 学生は「Extreme Blue」と呼ばれる 3 ヶ月間の夏季実務研修プログラムで、様々なプロジェクトに参画することができる。 【名称】Internships and Social Practice 【対象学年】第 2 学年 清華大学 中国 【期間】1 年間 【実習先企業】Lenovo Software Department、Yong-You Software Corporation、Tsinghua TongFang、Tsingfua SziGuang、等 【内容】学生は、実務研修期間中に 1 年間のエンジニアリング研修を受けるとともに卒業論文を完成させ、ソフトウェア理論およびソ フトウェア工学の基礎知識をソフトウェア開発や実用化に活かす能力を習得する。 【名称】Internship Research Course 韓国情報通信大学 韓国 【実習先企業】韓国電子通信研究院(ETRI)、韓国通信(KT) 、DaCom、等 【内容】学生は、研究目的・内容・期間・研修先・予想される研究結果等を記載した「実習研究提案書」を指導教官に提出し、指導教 授が、それを基に研修先を選定する。本コース終了後には、指導教官が、学生から提出された研究レポートおよび研修先から受領した 学生の評価書等を参考に、本コースの合否の判定を行う。常勤の実務研修の場合には 1 ヶ月あたり 3 単位が与えられる。 インド工科大学デリー校 インド インド情報技術大学院大学 インド 【名称】Summer Workshop on DigITal Systems Design 【対象者】6 学期を修了した者 【期間】6 週間 【内容】Xilinx Inc. および CMC Ltd. の後援を受けたワークショップ。設計プロジェクト上位入賞者には賞金が与えられる。 【対象学年】最終学年最終学期 【内容】学生は、最終学期に、大手 IT 企業で実際の産業プロジェクトに携わるとともに、国内外の企業や大学の実務研修を利用する機 会が与えられる。 210 第6章 終わりに ~ 産学協同による新しい未来を ~ 最後に、産学協同による実践的 IT 教育の普及・定着と、高度な IT 人材の輩出による、情 報サービス・ソフトウェア産業の競争力強化に向けて、今後、関係各方面に対する期待や 役割、課題等を、「産」 「官」「学」それぞれの視点から示す。 1. 「学」への期待 (1) 実践的な IT 教育に対する需要への対応 国公立大学の独立行政法人化や、少子化による大学全入時代の到来、学校経営への株式 会社の参入など、大学を始めとする高等教育機関を取り巻く環境が急激に変化する中で、 高等教育機関の生き残りをかけた競争がすでに始まっている。今後、各教育機関にとって、 その独自性や存在価値を世に示す必要性がより一層高まることは、必至であると言えるだ ろう。本事業の趣旨である“産業界が求める実践的な IT 教育の実現”は、そのような状況 の中、各教育機関が、社会からの要求に応え、その存在価値を示す上で、きわめて重要な 選択肢であると考えられる。 経団連の提言にも示されているように、情報サービス・ソフトウェア産業は、今後の産 業の発展のために、より一層、産業界のニーズに適う教育を求めている。従来、この産業 で必要とされる教育は、産業界が一から提供することが慣例化していたが、今後は、教育 機関において早い段階から教育を開始することで、産業への関心を持ち、同時に高い適応 力を備えた、より一層高度な人材の輩出が望まれている。オフショアの進展等、産業界に おける環境変化が進む中で、実践的な IT 教育への需要は益々高まっている。 また、本事業において実施されたアンケートやヒアリング等を通じて、産業界のみなら ず、学生も、そのような産業界志向の教育を求めていることが確認された。昨今、学生の 学習意欲が低下傾向にあるとの報告もあるが、本事業では、その認識を覆すように、どの ような教育機関においても、多くの学生が、“自分にとって役立つ知識や技術の習得”に対 して非常に積極的であることが把握された。多くの学生は、自分にとって有益な知識や技 術の習得を望んでおり、学習した内容が、実社会で使われていることが実感できると学習 意欲が向上する、という事実も把握されている。大学が教育の主眼とする体系的な学問の 習得も重要であるが、学生にとっては、学んだことが将来確実に役に立つと感じられるよ うな実践的な知識の習得も、同様に重要である。無論、今回の事業で産学連携講座を受講 した多くの学生は、これらの講座が、通常の授業より負荷の高い授業であることを理解し た上で講座を選択しており、一般の学生よりも、元々、高い意欲を持っていた可能性は否 定できない。しかし、それでも、多くの学生が、本事業で実施された産学連携講座を評価 し、その必要性・継続性を肯定しているという事実は、産業界に対して希望を与えるとと もに、教育機関側にも、今後より一層の努力を求めるものであると言えよう。 211 このように、教育機関が輩出する人材を受け入れる産業界では勿論のこと、教育機関が サービスを提供すべき学生の間でも、実践的な IT 教育に対する需要は高い。今後も一層の 激化が予想される厳しい競争環境の中で、高等教育機関が社会の要求に応え、社会にとっ て存在価値の高い組織として生き残っていくためには、産業界や学生など、教育機関へ期 待を寄せる主体の需要に応えることが必須であると考えられる。高等教育機関の未来は、 教育機関自身の手に委ねられていることは承知しつつも、上に述べたような、高等教育機 関に寄せられている周囲の強い期待に対して、これまで以上の柔軟な対処を望みたい。 (2) 教育に対する評価の重視 実践的な IT 教育の定着に向けて、さらに「学」側に期待したいのは、 「教育」に対する評 価の重視である。前章でもふれたように、高等教育機関においては、「教育」よりも、「研 究」が重視されることが多く、そのため、学生に対する教育は、教員個人の熱意や意欲に 依存しているケースが多い。 これは、種々の事情によるものと考えられるが、その背景として、教育の成果は、研究 の成果よりも測りにくいという事情があるのではないだろうか。対象となる学生によって、 教育内容は大きく異なるため、良い教育の定義はきわめて難しく、教育の成果を客観的に 測ることも非常に難しい。また、教育の成果は、往々にして、その教育機関に入学する時 点で選別される(したがって、教育の成果とは無関係なはずの)学生の質と同一視されて しまうことも多く、純粋な教育の成果についての評価はきわめて困難である。そのため、 「教 育」は、高等教育機関が担っている大きな役割の一つであるにも関わらず、これまで、あ まりその評価が重視されてこなかった。この点は、カリキュラム内容についてのランキン グが大学の知名度に大きな影響を及ぼす米国などとは、大きく事情が異なる。 しかし、今後、高等教育機関の教育の質を高めるためには、教育に対する評価基準を明 確にし、教育を改善するためのインセンティブが働くような環境を創ることが必要である。 教育に対する取り組みが、さらに評価されるような環境が醸成されれば、産業界のニーズ や学生の希望に耳を傾ける教員も増え、高等教育機関と、周囲の期待のミスマッチも解消 に向かうだろう。 以上、産業界を支援する立場から、 「学」側への期待を述べたが、産学連携と言えば、 「研 究」分野における取り組みを指した従前と比べ、最近では、本事業を含め、各所で産学連 携による「教育」の実現に向けた動きが見られるようになってきた。これは、実践的な人 材の輩出を望む産業界側としては、非常に望ましい傾向であると言える。今後も、この動 きがさらに大きく広がっていくことを期待したい。 212 2. 「産」への期待 (1) 問題意識の自覚とトップダウンによる取り組み 産学連携による実践的な IT 教育の実現に向けた昨今の取り組みは、産業界側の問題提起 に基づくものであった。しかし、産業界側も、その実現に向けて、いくつかの課題を抱え ている。 まず挙げられるのは、個々の企業における問題意識の自覚である。情報サービス・ソフ トウェア業界全体としては、実践的な IT 教育の実現に向けた期待が大きいものの、現状で は、期待のレベルに留まり、具体的な取り組みについては、“総論賛成、ただし、個別の協 力は厳しい”といった雰囲気が強い。確かに、ビジネスとして有望でない限り、大学教育 等への協力は容易ではないと思われるが、実践的な IT 教育は、企業側の参画無しでは実現 され得ない。産業界の人材の供給源である高等教育機関において、実践的な IT 教育を実現 することが、深刻な人材不足を憂う業界にとって、きわめて重要な意味を持つことを、各 社固有の問題として具体的に認識し、個々の企業の積極的な協力を求めたい。 なお、各企業における問題意識を高めるためには、企業の経営層が、問題意識を持つこ とが必須である。産学連携教育への参画は、収益目的のビジネスではなく、業界の将来の ための社会貢献として取り組むべきことである。そのため、現場の各部門の判断で取り組 むのではなく、経営層からのトップダウンの優先事項として取り組まれることが望ましい。 (2) 積極的なメリットの自覚 産学連携教育の参画をビジネスとしてとらえ、そこで継続的な収益を上げることは、現 状では困難である場合が多いが、前章で詳述したように、産学連携教育への企業の参画に は、収益以外のメリットも多い。以下には、p.181 に示した、収益以外に企業が得られるメ リットを示す(各項目の詳細については、p.181 参照)。 ① 企業が提供する講座やインターンシップを通じた優秀な学生の採用 ② 学生や大学に対する企業活動や企業名のPR(企業ブランドの浸透) ③ 教育での連携を端緒とした、研究活動等における大学との包括的な連携 ④ 体系的な理論・知識教育等についての、大学教員への企業内研修講師の委託 上記以外にも、大学にて策定された先進的・体系的なカリキュラムの企業への逆輸入な ども、それが可能である場合には、きわめて有益である。また、企業から講師として参画 する個人のメリットとして、「教えることによる自分の知識の体系化・再確認や、それを通 じたキャリアアップ」なども挙げられる。その際、教育機関側が、企業講師を「客員教授」 等として迎えることによって、企業講師にとっても、活躍の場が広がることとなる。 このように、企業と異なる長所を持つ高等教育機関との連携は、他の機会には得られな い貴重なメリットを企業にもたらす。企業によっては、それらのメリットが、収益以上の 213 大きな価値を持つこともある。各企業は、短期的な収益面のみを見て、産学連携教育への 参画を躊躇するのではなく、中長期的視点に立った視点で、積極的にそのメリットを検討 することが必要である。 (3) 求める人材の明確化 産学連携教育に対する問題意識の自覚やメリットの発見に加えて、産業界が取り組むべ き課題は、「求める人材の明確化」である。この「求める人材の明確化」は、即ち、産業界 が、高等教育機関における“実践的な IT 教育”の目標を示すことに他ならない。 多くの高等教育機関は、教育機関を取り巻く環境の変化の中で、教育を改革する必要性 を自覚し、積極的な取り組みを進めている。情報工学系の分野においても、努力を重ねて いる教育機関が多いが、特に、この分野は、教育の具体的な内容を、未だ模索している状 態にあるとも言える。 その原因は、産業界の側にもある。産業界は、産業界にとって有益な人材を育てるため に実現されるべき教育として、“実践的な教育”を求めているが、その“実践的な教育”と は一体何なのか、未だ産学の間に明確な合意は形成されていない。しかし、それが、「学」 側を躊躇させる一因となっているのも事実である。開発ツールや言語の用法に習熟する要 素技術的な教育が、“実践的な教育”なのか。ソフトウェアの開発やプロジェクトマネジメ ントを一通り体験するだけで、実践的な教育として十分なのか。さらに、そのような教育 を大学で行うことは効果的なのか。また、そもそも、そのような教育を大学で行う必要は あるのか ――― 。 勿論、産業界が求める教育の内容は、対象とする高等教育機関によっても異なるもので あり、産業界は、すべての教育機関に一律に同じ内容を求めているわけではない。しかし、 このように求める教育の中身が曖昧であるという状況が、 「学」側の対応を、より一層難し くしている面もある。一部の大学においては、産学の間で、自然に合意が形成され、相互 に価値を高めあう win-win の関係の中で、実践的な教育が実施されているところもある。し かし、実際に、「産」側が“実践的”とする教育が産学連携で実施され、学生からも評価を 得ながらも、 「学」側が、その必要性を十分に認めてはいないケースも一部に見られた。 “実践的な教育”とは、産学連携による単発の講座を指すのではなく、実践的なスキル が、理論的な基礎と共に体系的に習得されるよう、カリキュラムの改定も視野に入れたも のであるとの意見もある。しかし、カリキュラムを作り変えるためには、産業界にとって は依然として曖昧な部分の多い“実践的な教育”を、「学」側も納得する形で体系化するこ とが求められる。また、実践的なカリキュラムの策定は、一つの理想ではあるものの、そ のような大きな改変のためには、大学の積極性に加えて、産業界の深い関わりも必要とさ れ、実現へのハードルはさらに高いものとなる。 この点に関しては、現在、日本情報処理学会で検討が進められている、情報系学部生を 対象とした日本版 IT 教育のための「カリキュラム標準(J-07)」の策定に、期待が寄せられ 214 ている。今後は、産業界自らが、大学に求める教育内容を明確に示し、それを検討中のカ リキュラム標準に対して求めるなど、産業界側の積極的な貢献が求められよう。 (4) 業界自身の課題解決 高等教育機関において実践的な教育が実現されても、その教育を受けることを希望する 学生の数が産業界の需要に満たなければ、人材不足に関する問題は解決されない。実践的 な教育の実現を機に、そういった教育を受けることを希望する学生が増えれば望ましいが、 そのためには、まず、情報工学系学部学科への入学を希望する学生の数が増えなくてはな らない。 特に、工学系の学部学科の場合、その人気の趨勢は、その分野が対象とする産業自体の 規模や将来性に左右されることが多い。したがって、情報工学系学部学科の人気を高め、 専攻を希望する学生の数を増やすためには、情報サービス・ソフトウェア産業に対する人 気を高めることが条件となる。 産業の人気や魅力を決める要因としては、さまざまなものが考えられるが、比較的大き な要因は、産業の成長性や将来性である。一般に、規模の大きな産業として確立し、今後 もしばらく、その規模や優位性を維持し続けると予想される産業の人気は高い。また、現 在は、まだ規模が小さくても、今後大きな成長が予想される産業も、高い人気を集める傾 向にある。 ここで、国内の情報サービス・ソフトウェア産業について考えてみると、高い成長率を 示し、国内における将来の主要産業の一つとして目されていた一昔前と比べて、現在の情 報サービス・ソフトウェア産業は成熟期を迎え、その成長性・将来性を、かつてのように 楽観視することは難しくなっている。特に、この産業においては、高い国際競争力を有す る技術の不足により、基幹技術の多くを外国産の技術に依存しているという現状が、産業 の将来性に対する危惧を招いている。今後一層厳しさを増す競争環境の中で、産業全体が 持続的な成長を続けていけるかどうかという点については、楽観視を許さない状況にある と言えるだろう。加えて、中国やインドに代表される、相対的に人件費の安いアジア諸国 が、情報サービス・ソフトウェア産業を、国家経済を牽引する産業として立ち上げており、 そのような国から輩出される優秀な人材によって、国内技術者の仕事の一部流出が起こる のではないかとの懸念も強い。このような種々の事情により、情報サービス・ソフトウェ ア産業の成長性・将来性に対する見通しは、以前よりも格段にその不透明さを増している。 そのためか、情報サービス・ソフトウェア産業に対する人気は、近年、低下傾向にある との報告もされている。しかし、その人気の復活のためには、まず、産業の競争優位を確 立し、将来に対する明るい見通しを示さなくてはならない。 また、情報サービス・ソフトウェア産業の労働環境についてのイメージが、人気の低下 を招いているとの見方もある。情報サービス・ソフトウェア産業の業務は、厳しい納期要 求への対応や、システムトラブルへの対処等、実際に、厳しい時間的制約の下で行われる 215 ことも多く、これが、この産業では、長時間労働が求められるとのイメージにつながって いる面は否めない。また、顧客との間やプロジェクト内での利害調整等が必要とされるこ とも多く、やりがいも大きい反面、苦労も多いとのイメージもある。しかし、このような イメージは、すべて架空のものではなく、その根源には、改善可能な現状も存在する。 情報サービス・ソフトウェア産業は、無限の可能性と広がりを持っている。IT は、今や 金融や流通、交通、土木、医療、教育等、あらゆる産業界において、無限の広がりを持つ 産業の基盤そのものであり、既に、各産業の中で、IT を積極的に活用した新たなビジネス モデルがいくつも創出されている。 情報サービス・ソフトウェア産業に対する学生の人気を高め、優秀な人材を集めるため には、産業界が自らこうした可能性や広がり、将来の見通しを社会に示すことが必要であ る。情報サービス・ソフトウェア産業自身が、今後、積極的にそのようなメッセージを発 信していくことが求められよう。 216 「官」の取り組み 3. 最後に、産学連携による実践的な教育の定着を図るために、「官」、即ち、行政側が取り 得る施策について検討を行う。 産学連携の取り組みは、基本的には、産業界と高等教育機関の意思決定に基づいて実施 されるものであり、「官」として取り得る施策は、それらの取り組みに対する側面的な支援 が中心となる。その支援策としては、 ① 産学連携教育や FD に関する取り組み支援・促進基盤の構築 ② 実践的な IT 教育に対する既存施策の発展的活用 ③ 実践的な IT 教育を評価する仕組みの検討 などが挙げられる。以下には、それぞれの施策の概要を示す。 (1) 産学連携教育や FD に関する取り組み支援・促進基盤の構築 過去約4年間にわたって実施された産学協同事業では、各年度末に成果報告会が開催さ れ、高等教育機関や企業において産学連携教育やファカルティ・ディベロップメント(FD) に積極的に取り組む関係者や各方面の有識者の間で、有益な意見交換が行われた。このよ うな意見交換や協議・検討を行う場の創設は、産学連携教育や FD に関する取り組みを支 援・促進するためには、きわめて有益であると考えられる。 また、高等教育機関が、産学連携教育や FD の実施に高い意欲を持っていても、その実施 方法の確立や協力先の企業探しに難航するケースは多い。さらに、高等教育機関の教員個 人の意欲的な取り組みによって、産学連携教育や FD が実施されているケースでは、その取 り組みに限界が見られることもあり、外部から、何らかの支援が望まれることもある。 産学連携教育や FD の実施に関するこのような課題の解決のためにも、今後、個別ケース に関する意見交換会を超えた、横断的かつ継続的な活動を行う基盤を設置し、産学連携教 育の実施を支援することは、非常に有益であると考えられる。なお、その際には、本事業 を含め、過去に実施された産学連携教育の成果と課題を明確にし、今後の取り組みに生か していくことが必要とされる。 (2) 実践的な IT 教育に対する既存施策の発展的活用 情報サービス・ソフトウェア産業界における人材育成を目的として、経済産業省は、こ れまでにも、情報処理技術者試験を始め、IT スキル標準や組込みスキル標準、情報システ ムユーザースキル標準等、さまざまな施策を展開してきた。今後は、高等教育機関におけ る実践的な教育の普及・促進に向けて、既存の諸政策・制度と、情報処理技術者試験や各 種スキル標準との連続性が確保されれば、一層その取り組みが推進されるだろう。 既に、情報処理技術者試験については、所定の要件を満たす講座の受講による受験の一 部免除等が考えられているが、IT スキル標準についても、高等教育機関における実践的な 217 教育と関連付けたいというニーズが高まっている。今後は、そのような実務能力を持たな い学生に対しても、IT スキル標準を活用することができるような取り組みが必要とされる だろう。そのような取り組みによって、実践的な教育を修了した学生のスキルを“見える 化”し、就職の際に公に示すことができるばかりか、高等教育機関が、その実践的な教育 によって習得されるスキルの内容を対外的に示すための共通基準として用いたり、企業が、 新卒人材に求めるスキルを提示する際に用いることも可能となる。いずれの施策について も、今後、更なる検討が期待される。 このように、今後は、高等教育機関における実践的な IT 教育に対しても、既存の施策を 効果的に活用していくことが求められよう。 (3) 実践的な IT 教育を評価する仕組みの検討 上に述べた施策の他にも、実践的な IT 教育を普及させるために、その実施を奨励すると いう方法も考えられる。初期段階としては、高等教育機関や企業が実践的な IT 教育を実施 したという実績に対して、行政として、何らかのインセンティブや評価を与えるような仕 組みなどが挙げられる。 実践的な IT 教育が現在以上に普及すれば、さらに実践的な IT 教育の内容を評価できるよ うな制度や仕組みの検討も進むだろう。上に述べた、学生個人が持つスキルを評価するた めの基準とともに、高等教育機関が実施する実践的な IT 教育の内容を評価できるような仕 組みについても、今後、検討が進むことを期待したい。 (4) 産学官の連携強化と施策の継続の重要性 以上、「官」が具体的に取り組み得る3つの施策について述べたが、最後に、それらの施 策を実施する際に、考慮されるべき点を確認する。 近年、特に、IT に関する分野においては、産学連携教育に対するニーズの高まりととも に、その注目度も高まりつつある。その流れを受け、経済産業省を含む複数の省庁によっ て、特色ある多様な取り組みが進められている。取り組みが多様であることは、歓迎すべ きことであるが、これらの取り組みは、有機的な連携を保ち一体となって行われることで 初めて、既存の施策以上に、その効果を高めることが可能になる。これまでにも、省庁間 の連携の必要性は強く認識され、そのための努力が進められてきたが、今後も、より一層、 省庁横断的かつ密な連携が必要とされることに変わりはない。 また、横断的な連携は、省庁間にとどまるものではない。産学連携教育は、産学間の連 携によって初めて可能となる取り組みであるため、産学間の連携強化のための「官」の支 援もきわめて重要である。このような意味では、産学の連携に官が加わり、その連携を後 押しすることで、産学連携教育の取り組みが、より一層普及・促進されると考えられる。 産学間にとどまらない、産学官の連携の強化が、産学協同による実践的な教育の普及・定 着を図るためには、非常に重要であると言える。 218 産学協同による実践的な IT 教育の実施に向けた取り組みは、人材の輩出をその最終的な 目的としているため、短期間で成果を測ることは難しい。そのため、この取り組みの推進 にあたっては、中長期的な視点から、可能な限り継続的に施策が実施されることが必要で ある。そのような継続的な施策の実施によって、人材育成の基盤が強化され、産業界が求 める人材の輩出が、最終的に達成されることとなろう。 以上、本レポートでは、情報サービス・ソフトウェア産業を取り巻く現状と、その打開 策としての産学協同による実践的な教育の必要性を確認した上で、産学協同事業として経 済産業省が実施した取り組みの概要とその成果を示した。また、レポート後半においては、 産学連携教育を普及させるための様々な課題について検討を行った。 産学協同による実践的な教育は、情報サービス・ソフトウェア産業の新しい未来を拓く ための取り組みである。現在、特に IT 人材育成を巡る議論は、これまでにない機運の高ま りを見せている。この取り組みを、情報サービス・ソフトウェア産業界の未来につなげる ためには、「産」・「学」・ 「官」それぞれの積極性に加えて、三者の連携強化と、その長期的 な継続が重要であると言える。 このような三者の連携強化と、その長期的な継続のためには、情報サービス・ソフトウ ェア産業の未来の開拓に向けた目標と熱意の共有が必要である。未来を切り拓こうとする 熱意が強いほど、産業の未来は、よりその輝きを増すと言っても過言ではない。 本レポートが、そのための取り組みの推進に資することを願い、本編を締めくくるもの とする。 219