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憲法から見た家族 - 日本女性法律家協会

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憲法から見た家族 - 日本女性法律家協会
特集1 連続講座「憲法と家族」 第1回
憲法 から見た 家族
∼ 現 代 家 族 ・男女共同参画社会と国家∼
辻村 みよ子 (明治大学法科大学院 教授)
はじめに――家族をめぐる検討課題と改憲動向
昨今の憲法改正論議や民法改正問題との関係を重視する視点から
「憲法と家族」
をテーマに3回連続講
座を企画した。第1回の基調講演では、歴史学・比較憲法学・憲法学・民法学・社会学・男女共同参画
政策など多様な視点から問題点を明らかにしておく 1。
1 現代家族の変容――歴史の視点から
(1) 近代家族の特徴
まず、近代国民国家形成時の家族の機能を確認しておこう。家族は、
生命や労働力の再生産、保護・休息、
性愛の充足等の多様な機能を営む、親族からなる集団である。一般には親族・集団・基本的機能・愛情
等の要素を考慮して定義されるが、厳密な定義は困難である 2。
近代国民国家の成立時には、一面では、家族は国民統合の装置であるとともに、他面では、国家権力
の介入を防ぐ防波堤の機能を果たしていた。国家対個人の二極構造のなかの中間団体として、一方では
国家によってひとつの公序として法的に保護され、他方では、私的領域への権力不介入を確立した公私
二元論によって、この2つの面をもった家族が存立し得たといえる。そして、私的領域に定礎された家
族の内部では、家長個人主義の下で、家長が家族を代表し、
(寡婦を除いて)多くの場合、家父長が女・
子供を支配する家父長支配と性支配が確立された。さらに資本制の進展によって、女性は、性支配と階
級支配の二重のくびきの下におかれた。家族の問題を私的領域に押しこめたことで、女性の隷従が固定
化し、隠蔽されたことは、フェミニズムが批判したとおりである。
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憲法から見た家族
このように、フェミニズムからの公私二元論批判は、女性が多く家事やケアなどの役割を担い、男性
が公的な役割を担うという旧来の役割分業論に対する批判をこえて、近代家族の本質
(近代家父長制の
もとで女性が性支配を受け、内なる差別が内包されていた特質)
、あるいは近代人権論の限界(個人の自
由・平等をといた近代個人主義人権論が、家族の外に対する自由・平等にとどまって、内では不平等を
内包して家長個人主義にすぎなかったという限界)
を鋭く指摘するものであった。
実際、近代家族制度は、1804 年のナポレオン民法典によって法的に確立され、20 世紀まで影響を与
えた。ナポレオン民法典では、妻は夫の後見の下におかれ、固有財産の処分権や夫婦共有財産の管理権
を否認された。貞操義務や離婚要件にも明白な不平等が存在し、夫は、妻の不貞を理由に離婚の訴えを
提起しえたのに対して、
妻は、
夫が夫婦の住居に女性をひきいれた場合でなければ離婚請求はできなかっ
た。また、妻の姦通は検察官の請求で懲役刑を課せられたのに対して、夫の姦通は原則として不可罰、
夫婦の住居に女性をひきいれた場合のみ罰金が課せられた。このような不平等はフランスでも 20 世紀
まで続き、夫権が廃止されて妻が自己の固有財産の処分権を得るのは 1938 年、自由意思による協議離
婚が認められるのが、1970 年代のことである。
(2) 家族の現代的転換とジェンダー構造
現代においても家父長制の本質は基本的に変わらず、女性が、資本制と家父長制の二重の拘束の下に
おかれる構造が維持された。しかし、20 世紀後半以降、現代憲法のもとで国家による家族の保護と男
女平等が確立され、個人主義化傾向が進展するにしたがって、家族の公化・憲法化と家族の解体(私化・
個人化の徹底)
という2つの局面が出現し、しだいに家族の変質がおこった。
フランスでも、
近代家長個人主義に支えられてきた家族制度を解体する意味をもつ民事連帯契約法(通
称パクス法)
が 1999 年に制定され、婚姻関係以外の異性間および同性間の民事連帯契約による家族形成
が認められた。婚姻外の同性カップルにも婚姻類似の効果を及ぼすことを国法で定め、パクス法の合憲
性や外国人の家族結集権の問題が憲法院で判断されたことにより、一方で、家族
(私法)
の憲法化、家族
の公化が承認されたといえる。他方、家族の個人化の側面では、パクス法は、契約と自己決定による家
族形成の新しい形態を容認するものであり、契約としての家族、個人の幸福追求権や性的指向をも充足
させる共同生活空間としての家族の位置づけが明らかにされた。さらに 2013 年にはフランスで同性婚
も認められ、世界で 14 番目の同性婚承認国になった
(オランダ、ベルギー、カナダの一部、アメリカ合
衆国マサチューセッツ州ではすでに同性同士の婚姻が法的に認められている)
。
このような
「制度
(公序)としての家族から契約としての家族、あるいは個人の幸福追求権を実現する
共同生活空間としての家族へ」
という展開は、世界各国で認められている。
2 諸国の憲法における家族規定の展開――比較憲法の視点から
日本の問題に入る前に、比較憲法の視点から、世界の国際人権条約や主要国の憲法上の家族規定につ
いて概観しておこう 3。
(1) 国際人権条約における家族規定
世界人権宣言(1948 年)16 条では、
「成年の男女は、人種、国籍又は宗教によるいかなる制約をも受
けることなく、婚姻し、かつ家庭をつくる権利を有する。
・・婚姻に関し平等の権利を有する。家庭は、
社会の自然かつ基礎的な集合単位であって、社会及び国の保護を受ける権利を有する。
」と定め、婚姻・
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特集1 連続講座「憲法と家族」 第1回
憲法から見た家族 [ 辻村 みよ子 ]
離婚の自由や男女平等を認めた。国際人権規約でも、
「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規
約 /A 規約」では、産前産後の保護や有給休暇等の保障を定めた。さらに、女性差別撤廃条約
(1979 年)
第 16 条は、親としての男女同一の権利・責任や
「子の数及び出産の間隔を自由にかつ責任をもって決定
する同一の権利」
(リプロダクティヴ・ライツ)
や
「夫と妻の
(姓及び職業選択権を含む)
同一の権利」など
を明確にし、別姓制の問題にも適用できる内容を定めた。欧州基本権憲章
(2000 年採択)では、
「家族の
生活、住居および通信を尊重される権利」
(プライヴァシー権)
や性的指向等すべての理由にもとづく差
別が禁止された。このように、人権論・人権保障の進展にともなって、家族規定も進化している。
(2) 各国憲法における家族規定
諸国の憲法は、大まかに 3 つのタイプに分類できる。
(A)社会主義国型では、中華人民共和国憲法 49
条が「1婚姻、家族、母親および児童は、国家の保護を受ける。2夫婦は、双方ともに計画出産を実行
する義務を負う」として家族保護や計画出産の義務を定めている。
(B)先進資本主義国
(社会国家)型で
は、婚姻の自由を基礎としつつドイツ連邦共和国基本法6条やイタリア共和国憲法 29 ~ 31 条のように
家族形成権や母性・子どもの保護を定めるのが一般的である。これに対して、
(C)非西欧型・発展途上
国型憲法では、インド共和国憲法が栄養水準・生活水準の向上のための国の責務を定める
(47 条)ように、
国家目標に即して母体と胎児の保護等を定める傾向にある。このように、家族の国家保護という場合に
も国や憲法の類型によって異なるため、広い視点に立って日本の問題を位置づける必要がある。
3 日本国憲法 24 条の意義――憲法史・憲法学の視点から
(1) 憲法制定過程:「柔軟性」と「先取り性」
、個人主義的家族観
日本では、ナポレオン民法の影響をうけて起草された 1890(明治 23)
年の民法人事編において、戸主
権や家督相続制を基礎とする
「家制度」
が構築された。この旧民法草案が施行延期された後、1898(明治
31)年に制定された
「民法 親族・相続編
(いわゆる明治民法)
」では、家父長的な
「家制度」がさらに強化
され、妻の
「無能力」
(行為能力の否定、家督相続からの排除など)
、同居・貞操義務が確立された。こ
の制度は、大日本帝国憲法の天皇主権原則と結びついて天皇を頂点とする天皇制家父長家族を形成し、
国家による国民統合の装置として家族を機能させた。
第二次大戦後、1946(昭和 21 年)
に制定された日本国憲法は、国家と家族の基本原理を一新した。憲
法 24 条は、
13 条の個人尊重原則や 14 条の平等原則の規定をうけて、
婚姻の自由と夫婦同等の権利(1項)
を定め、婚姻や家族に関する法律が、個人の尊厳と両性の本質的平等
(2項)
に立脚して制定されなけれ
ばならないことを定めた。
以下では、まず憲法 24 条の制定過程に示された家族像を明らかにしたうえで、戦後社会の変容過程
と現代家族に関する理論的な問題点をみておくことにしよう。
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憲法から見た家族
日本国憲法の憲法制定過程では、
総司令部案
(マッカーサー草案)
作成の9日間
(1946 年 2 月 4 ~ 12 日)
にベアテ・シロタ・ゴードン氏によって家族規定の草案が起草された 4。ここでは、
「家族(family)は、
人類社会の基礎であり、その伝統は、善きにつけ悪しきにつけ国全体に浸透する。それ故、婚姻と家族
とは、法の保護を受ける」と定められ、他にも、妊婦及び幼児をもつ母親に対する国の保護、非嫡出子
に対する法的差別の禁止と非嫡出子の権利、長男の権利の廃止、児童の医療の無償等の豊富な規定がお
かれた。ドイツのワイマール憲法や北欧諸国の憲法、旧ソ連憲法等を参考にして起草された。これらの
諸規定は人権委員会で承認されたが、運営委員会で削除され、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚し
て家族法が制定されるべきことを定めた総論部分だけが、マッカーサー草案 23 条として成立した。日
本政府は家族保護の色彩を払拭することに主眼をおいたため、その規定は婚姻中心のものに変化した。
さらに、1946 年 6 月からの帝国議会審議の過程では、一方で保守派議員から日本型家父長家族(「天
皇のお膝元に大道が通じている」
日本国の国体としての天皇制家父長家族制度)
擁護論が主張され、他方
で社会党などの左派議員からワイマール憲法型の家族保護論が主張された。結局、この両者を同時に排
除する形で、
「家」
制度の否定による近代化・民主化が志向された。いわば左右両派の攻勢に対する妥協
として、個人尊重主義を基礎とした画期的な憲法 24 条が成立したということができる。
(2) 戦後の家族と憲法 24 条論の展開
憲法 24 条をうけて、1947 年から民法改正過程が進められた。審議過程でも
「家を重しとするか、人
を尊ぶか」の選択が問題となったが、「柔軟性」と
「先取り性」を特徴とする現代家族法が成立した。実際、
民法は「家制度」
の根幹である戸主権を廃止し、夫婦の氏の決定
(民法 750 条)
や、離婚の際の財産分与等
についても当事者の協議を優先する個人主義的色彩を示した。他方、親族の扶養義務や祭祀承継に関す
る規程など、運用次第では、旧来の家制度や家意識が存続される可能性が残った。
1950 年代後半から 1970 年代前半までは、高度経済成長・核家族化を背景に憲法下の近代型家族像が
ある程度定着し、日本型の女性の自立 ( 専業主婦化による妻の座権の向上の反面、女性の人権や実質的
平等の点では不十分な自立)の傾向が認められた。夫がいわゆる
「内助の功付き労働者」として外で働き、
妻が内で支えるという社会全体と家族内での性別役割分業や女性のM字型就労形態が固定化された。他
方で封建的な
「家」
制度の復活を求める復古的な改憲案は影をひそめた。
1970 年代後半から 1980 年代には、産業社会批判やいわゆる
「男社会のゆきづまり」を背景にした家族
の変容傾向が出現した。例えば、核家族の増加率が 1975 年までは 12.2%であったのに対して、その後
10 年間でのびが止まり、1985 年以降に減少に転じた。また、女性の労働力率が上昇し、性別役割分業
の矛盾が自覚され始めた。ライフスタイルの変化、離婚・少子化・シングルの増加、単身赴任の増加等
による母子家族・父子家族の増加が認められ、家族の多様化と近代家族の解体傾向が始まった。
しかし自民党憲法調査会では一貫して
「家庭は、祖先から受けて子孫に伝承すべき人間の生命を育て
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特集1 連続講座「憲法と家族」 第1回
憲法から見た家族 [ 辻村 みよ子 ]
る礎石であり、また社会の基底であることにかんがみ、国は家庭を保障することを規定する」という規
定が求められた。2000 年からの両院の憲法調査会でも、
「24 条は、家族は個人主義に準じるものだとい
う考え方で書かれている。憲法の最大の欠陥は、24 条的なもの、家族やコミュニティーといったもの
を全く認めてない点にある」
(自民党議員)
という記載がある
(衆議院憲法調査会報告書中間報告)。憲法
24 条が個人主義の元凶で、家庭崩壊等の社会問題の原因であるという見方に対して、
「親孝行が減った
のは憲法のせいだというのは、憲法を過大評価している
(安念潤司参考人)
」という皮肉をこめた意見が
述べられたことも記録されている 5。これが 2004 年自民党憲法調査会憲法改正プロジェクトチーム「論
点整理」の
「家族や共同体の価値を重視する観点から見直しすべきである」
という第 24 条見直し論につな
がった。
他方、2008〈平成 20〉年 6 月 4 日の国籍法違憲判決では、婚外子や未婚・非婚の増加などの状況の変
化を理由にあげて婚外子差別等を含む国籍法 3 条 1 項を違憲と判断した。さらに 2013(平成 25)年 9 月
4 日、最高裁大法廷は全員一致の判断で民法 900 条 4 号を違憲と判断し、
原審決定を破棄して差戻した(裁
判所 HP 参照)
。
このように、柔軟性や白地規定性
(内容を法律等に委ねて詳細を規定していないこと)
を特徴として時
代先取り的に自由主義的規定をおいてきた民法の家族法も、家族の変容の前についに改正を余儀なくさ
れる段階に入り、差別規定や人権制約規定の撤廃にむけて改正が求められることになった。
このように、最高裁もようやく国際的な潮流に理解を示すようになった流れの中で、自民党政権は、
民法改正を阻止しつつ旧来の法律婚家族の保護等の理念を優先する立場から、復古的な改憲論を展開し
てきた。2012 年の自民党改憲草案で、
「家族は、
社会の自然かつ基礎的な単位として、
尊重される。家族は、
互いに助け合わなければならない。
」
と明記され、生活保護制度見直しや扶養義務の強化につながってい
る。
4 家族規定の合憲性――憲法・民法理論の視点から
(1) 現行法規に対する違憲訴訟の展開
家族をめぐる憲法訴訟の展開をみると、家族形成と自己決定にかかわる訴訟が数多く提起されている
ことがわかる。上記民法 900 条 4 号但書婚外子差別規定違憲決定のほかにも民法 750 条夫婦同氏原則を
めぐる訴訟などがある
(第 2 回の講座以降で扱われるため、これらについては省略する)
。
ここでは、憲法学の観点からは、憲法 13 条・14 条・24 条の関係を明確に議論すべきこと、とくに従
来は、憲法 14 条の男女差別の問題として扱われる傾向が強かったのに対して、13 条の個人の尊重、婚
姻の自由、幸福追求権(自己決定権・家族形成権)
、24 条の個人の
(人間としての)尊厳、男女同権の保
14
憲法から見た家族
障を重視すべきことを指摘しておこう。
(2) 民法 733 条の違憲性
とくに女子のみ6カ月の再婚禁止期間を定める民法 733 条は、妊娠していないことが明らかな場合も
例外なく女性のみについて再婚禁止期間を課す規定である。
(男性は離婚の翌日にも再婚しうるのに対
して女性のみが必ずしも必要でない場合にも6カ月間禁止されるという点で)憲法 14 条・24 条および
女性差別撤廃条約 16 条違反であり、女性差別の規定であることを確認しておこう。嫡出推定の重複を
避け父子関係の混乱を防止することが立法趣旨とされ、従来は女性のみが懐胎するという肉体構造に基
づく合理的な差別であると解され、2013〈平成 25〉
年の広島高裁岡山支部判決も合憲と判断した。
しかし、長く再婚禁止期間規定を置いてきたフランスの民法でも 2004 年にこの規定自体が削除され、
韓国の民法でも 2005 年の改正時に削除されている。このほかベルギー等でも規定が廃止されて、今や
再婚禁止規定を残存させている国は日本だけであると言われる。そのため、女性差別撤廃委員会 2009
年 8 月の総括所見や国際人権規約委員会等から、民法 733 条等の早期改正が勧告されている。このよう
に諸外国の事例や近年の動向を無視した判決には、
「時代が後戻りしたよう」
(山陽新聞 2013 年 4 月 27 日)
との批判が寄せられている。また、従来あまり問題にされなかったが、当該女性との結婚を望む男性の
婚姻の自由や当該女性の再婚の自由を制約する点でも憲法 13 条違反の疑いが強く、また、この規定に
よって不利益を受けることの多い子どもの権利の制約である点に留意して理論的検討を深めるべきであ
ろう。
5 現代の家族モデルと家族のあり方――社会学等の観点から
(1) 3つの家族モデル
近年では、家族社会学やジェンダー法学等の分野で家族モデルに関する検討も進み、種々の家族像が
提起されつつある。ここでは3つの家族モデルを区別しておこう。
Ⅰ)個人主義的家族モデル:第一はリベラリズムの影響を受けて個人の人権
(幸福追求権・自己決定権・
家族形成権など)保障と自立の重視、平等の徹底をめざす立場である。
「家族の個人化」を追求する立場
といってもよい。
Ⅱ)国家主義的家族モデル:第二は、社会主義国型・途上国型のほか、天皇制絶対主義型家族モデル・
自民党改憲案等
「行き過ぎた個人主義を是正し」
「文化や伝統を尊重する」という名目で国家による家族
保護を求める
「伝統的・復古的な家族像」
も含まれる。先に見たように多くの国で家族保護が標榜されて
いるが、ここには、
(ア)
国民統合・国家統制のための
(強制を伴う)
保護:社会主義国型、明治憲法下の
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特集1 連続講座「憲法と家族」 第1回
憲法から見た家族 [ 辻村 みよ子 ]
天皇制国家型家族、ナショナリズムに通じる血族的共同体型家族の保護など、
(イ)
発展と救済(救貧)の
ための保護:途上国型、
(ウ)
社会権
(母子の健康等)
を実現するための保護:社会国家型、
(エ)権利保障
やパターナリズムに由来する国家介入・保護
(子どもの保護やドメスティック・ヴァイオレンス防止等)
:
社会国家型などが含まれる。日本では、このうち
(ウ)
の保護を国家の責務とするとともに、(エ)の最小
限度の介入を認めていると解することができる。
Ⅲ)共同体的家族モデル:中間団体としての家族の
(社会・共同体に対する)責務を重視する三極対立
構造型の家族モデルであり、個人主義的なリベラリズムに対する共同体主義
(コミュニタリアニズム)や
共和主義
(リパブリカニズム)の影響を受けている。近年では
「新たな親密圏」の構想も提起されている 6。
(2)「制度」としての家族から「幸福追求のための空間」
としての家族へ
同性カップルなど新たな親密圏の関係が重視されるようになると、
従来のような国家の制度ないし「公
序」としての家族から、個人間の
「契約」
、幸福追求の空間としての家族へという展開が認められる。す
でにみたフランス 1999 年のパクス法や諸国の同性婚法やイコール・パートナーシップ制度の動向がこ
れを物語っている。
(3) 新しい家族像――家族社会学・フェミニズムの視点からみた課題
近年の家族社会学やフェミニズムの議論では、
「男女の性愛で結ばれた夫婦とその子からなる家族
(sexual family)
の終焉」
(マーサ・ファインマン 7)
や
「迷走する家族」
「多元的で誰でも実現できる家族
モデルの創造」(山田昌弘)などの傾向が指摘されている。また、
「ジェンダー家族
(gendered family)
」
や「男性中心家族」
の解体後の選択肢としてコレクティブ・ハウジング、シェア・ハウジング、ゲイ・ファ
ミリーなど
「選びとる家族」
が展望される。
6 日本における家族の変容――男女共同参画政策の視点から
(1) 少家族化、少子化、晩婚化、非婚化の進展
日本では、1970 年代以降、シングル・非婚の増加による少数家族化、女性の晩婚化と高学歴化、就
業率の上昇、離婚率の増加などの現象が顕著であり、家族の変容が論じられてきた。1990 年代以降は
女性の晩婚化と高学歴化、就業率の上昇が顕著であり、共働き家庭が増加した。最高裁が 1987 年に判
例を変更して条件付ながら有責配偶者からの離婚請求を認めたこともあり、事実上破綻した夫婦の離婚
を承認する判例傾向のもとで、離婚率が増加を続けた。
とくに少子化傾向が著しく、合計特殊出生率
(15 歳から 49 歳までの 1 人の女性が一生に産む子ども
16
憲法から見た家族
の平均数)が低下している。この数値は、戦後の第一次ベビーブーム期には 4.3 を超えていたが、その
後低下し、2005 年には 1.26、2011 年には 1.39 となった。国際的な比較においても低下しており、ア
ジアの諸国でもシンガポール 1.28(2008 年)
、韓国 1.19(2008 年)
、台湾 0.91(2010 年)のように低く
なっている。
出生率低下の主な要因は、非婚化・晩婚化であり、その背景には、就業率の上昇、家族数の減少等が
ある。2010(平成 22)年の総務省
「国勢調査」によると、25 ~ 39 歳の未婚率は男女とも高くなっており、
男性では、25 ~ 29 歳で 71.8%、30 ~ 34 歳で 47.3%、35 歳~ 39 歳で 35.6%、女性では、25 ~ 29 歳
で 60.3%、30 ~ 34 歳で 34.5%、35 ~ 39 歳で 23.1%となっている。さらに生涯未婚率も、30 年前と
比べて相当高く、男性は 2.60%(1980 年)
から 20.14%(2010 年)
へと約8倍、女性は 4.45%(1980 年)
から 10.61%(2010 年)へと 2.4 倍になっている。男性の5人に1人が生涯未婚
(非婚)であるという実
態は驚くべきことであろう。
何故結婚して家族をもつという選択に至らないのか、あるいは、結婚願望が実現できないのか、とい
う課題こそが問われ続けなければならないだろう。
性別役割分担に対する意識にも変化が生じてきた。総理府・内閣府の調査では、
「夫は外で働き、妻
は家庭を守る」
という考え方について 1973 年には、男女ともに賛成
(
「賛成」
+
「どちらかといえば賛成」)
が8割を超えていたが、2002 年に、47.0%(男性 42.1%、女性 51.1%)がこの考え方に反対し(「反対」
+「どちらかといえば反対」)、反対派と賛成派
(46.9%)と拮抗するようになった。2004 年に反対と賛成
の比率が逆転し、2009 年には、反対 55.1%(男性 51.1%、女性 58.6%)
、賛成 41.3%(男性 45.9%、
女性 37.3%)
となった。
しかし、内閣府の「男女共同参画社会に関する世論調査」
(2012 年 10 月)では、一転して賛成の割合
が反対の割合を上回った。賛成の割合が男女共に前回調査より増えたのは、1979 年以来今回が初めて
である。このような
「賛成」の割合の上昇傾向は、北欧を除く先進諸国でも 1990 年代に認められた。日
本では、1992 年調査と 2012 年調査結果を比較すると、男女とも若い世代ほどおおむね性別役割分担に
賛成の割合が低いものの、男性の 20 ~ 29 歳では賛成の割合が上昇していることがわかる。
世代別・男女別にみても性別役割分担に賛成する傾向は強いが、性別にみれば女性の方が反対する割
合が高く、世代別では、男女とも 60 歳代と 20 歳代が最も賛成が多いことがわかる。とくに 20 歳代男
性の賛成が 60 歳代とほぼ同率であることが特徴的である。
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特集1 連続講座「憲法と家族」 第1回
憲法から見た家族 [ 辻村 みよ子 ]
(2) 民法改正論議と男女共同参画推進の課題
上記のような家族の変容に直面して民法改正の要請が続いてきた。長く
「時代先取り性」を保ってきた
家族法が、ついに時代に追い越されることになったといえる。1991 年に活動を開始した法制審議会民
法部会身分法小委員会は、1994 年に民法改正要項試案を発表し、1996 年に
「民法の一部を改正する法
律案要綱」が答申されたのである。この要綱では、選択的夫婦別姓制度の導入、婚外子の相続分平等化、
再婚禁止期間の 100 日への短縮、5年間の別居による離婚制度の導入等が定められた。
しかし、
1996 年に成立した民法改正案要綱は国会で継続審議・廃案の運命をたどり、
以後 20 年近くたっ
ても上記の民法改正案は成立していない。その後、女性差別撤廃委員会への日本政府第 6 回報告に対す
る総括所見が 2009 年 8 月に提示され、そのなかで、民法改正と暫定的特別措置導入の2つが、2 年以
内のフォローアップ項目と指定された。これを受けて、2009 年 8 月 30 日総選挙による政権交代後民主
党政権によって民法改正を実施する方針が示されたが、2012 年 12 月の自民党の政権復帰後はこの動き
が遠のき、前述のように 2012 年 4 月に公表された自民党憲法改正草案では、
「家族は互いに助け合わな
ければならない」
(24 条 1 項後段)
という規定が追加された。
このような
「復古的・時代逆行的」
な改憲動向のなかでは、男女共同参画推進の課題も多いといわなけ
ればならない。とくに日本政府は、2003 年以来、2020 年までに指導的地位につく女性の比率を 30%に
するという政策目標を掲げてきた。すでに残り 6 年になり、その実現が難しいことが自明となりつつあ
る。世界の動向と比べても日本の男女共同参画レヴェルの低さが顕著であるが、その事実があまり知ら
れてないことにも重大な課題が隠されている。
例えば、2013 年 10 月 25 日に発表された世界経済フォーラムのジェンダーギャップ指数では 136 か
国中 105 位に後退した 8。これは、健康・教育・経済・政治の 4 分野の平均点で算定されるが、日本は
とくに、政治分野が 100 点満点中 6 点台で、世界 118 位となっている。IPU の調査結果 9 でも、一院な
いし下院の女性議員比率の世界平均は 20%を超えているが、日本の衆議院議員比率 8.1%で、189 か国
中 163 位にすぎない。政治行政・経済・学術分野等でポジティヴ・アクション 10 などの緊急措置が急
務であることは、間違いない。
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憲法から見た家族
おわりに――まとめと課題
これまでの検討から、日本の家族をめぐる問題は決して家族内の問題にとどまらないことが明らかに
なったと思われる。社会全体の性別役割分業構造や性別役割分担意識が、日本の男女共同参画の遅れの
基礎にある限り、家族の変容や少子化との関係を併せて分析しなければならない。憲法との関係でも、
家族をめぐる民法規範のなかに違憲の疑いが強い条項が残存する限り、その合憲性を厳格に審査して違
憲性を払拭し、男女平等を実現するための民法改正を実施すべきであろう。
急務である民法改正や、DV被害者・子どもの保護、加害者の更生などは、国家が介入すべき領域と
いえる。これに対して、個人のプライヴァシーやリプロダクションに関する事項、
「親密圏」に関する問
題については、可能な限り国家からの自由が尊重されなければならない。国家が介入すべき領域と介入
すべきでない領域との区別が不可欠であり、これが逆転しているようにみえる現状について批判的に検
討することが求められる。
さらに家族をめぐる法制度上の問題を、男女共同参画
(ジェンダー平等)
や女性の人権・子どもの人権
の観点から検証することが必要である。世界のジェンダー主流化や男女共同参画の流れのなかで、日本
が置かれている男女共同参画の現状、家族の問題等をトータルに見なおしてゆかなければならない。そ
して何より、近年の改憲論議の根底にある
「復古的で時代錯誤的な家族観や人権観」
によって家族問題を
考えることなく、男女共同参画や男女平等
(憲法 14 条・24 条)
、個人の人権や自己決定権・幸福追求権(同
13 条)の視点を明確にしたうえで民法改正や家族の在り方を再検討することが急務であろう。
日本のように男女共同参画が著しく遅れている国で、復古的な家族観にたった憲法改正が進み、人権
と男女共同参画の観点から不可欠な民法改正が先送りされることがいかに重要な問題であるかを、改め
て認識しなければならない。そのため第 2 回・第 3 回の講座では、憲法 13 条と夫婦別姓制の問題、憲
法 13 条・24 条とドメスティック・ヴァイオレンス等の問題を取り扱う予定である。今後もご支援・ご
協力をお願いしたい。
1
詳細は、辻村みよ子『ジェンダーと人権』日本評論社2008年第6章、同『憲法とジェンダー』有斐閣2009年第8章、同『ジェ
ンダーと法(第2版)』不磨書房2010年第9章、同『概説 ジェンダーと法』信山社2013年第9章を参照されたい。
2
山田昌弘ほか「家族とジェンダー」江原由美子・長谷川公一ほか編『ジェンダーの社会学』新曜社2004年96頁以下参照。
3
辻村前掲『憲法とジェンダー』223頁以下、2013年11月22日当日配布レジメ・資料参照。
4
ベアテ草案につき、ベアテ・シロタ・ゴードン(平岡訳)『1945年のクリスマス』柏書房1995年参照。
5
衆議院憲法調査会報告書2005年365-367頁参照。
6
中里見博「ジェンダーが揺さぶる憲法構造の変容」法律時報73巻1号56頁以下参照。
7
マーサ・ファインマン(上野千鶴子監訳)『家族、積みすぎた箱舟』学陽書房2003年等参照。
8
http://www3.weforum.org/docs/WEF_GenderGap_Report_2013.pdf (World Economic Forum “The Global Gap Report
2013”pp236-237)
9
http://www.ipu.org/wmn-e/classif.htm(2014年2月1日現在)International Parliament Unionのリストでは同率の国を一
つに数えているため日本は128位と記されているが、189か国中162位である。
10 辻村みよ子『ポジティヴ・アクション――「法による平等」の技法』岩波新書2011年を参照されたい。
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